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2017-02-22

隣にキチガイがいること

先日、去年5月に発生した東京都小金井市アイドルへのストーカー刺傷事件の初公判が行われた。

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0220/san_170220_1905462248.html

逮捕されたキチガイ事件からアイドルに対してやっていた常軌を逸した行動についてはみなさんご存知だと思うが、

ふと一連の記事を見ていて、自分中学高校時代に散々痛めつけられて10年近く経った今でも強いトラウマになっているキチガイ(同性)のことを思い出したので、

その個人的経験を踏まえて、「キチガイが隣にいること」の恐ろしさについて語っていきたい。

キチガイスペックはこんな感じ。

・近年ネットを騒がせた偽◯ガーにそっくり

・やることなすこと「パワー系池沼」そのもの

衛生観念は全く皆無(ハンカチで鼻をかんでそのまま等)

キチガイに絡まれた直接な原因は「学校でやり残していた宿題をやっていたことにそいつが噛み付いた。」たったそれだけ。

ちょうど部活が一緒で出席番号も近かったのもあったのか、余計迫ってきて、なにかあるごとに「仲良くなりたいから話し合い(という名目自己主張の押しつけ)がしたい」と言って気持ち悪いといったらありゃしない。

その上、自分教師から嫌われやすタイプだったためか、教師キチガイに肩を持ち始めて、一層こちらの言い分が通らなくなってしまった。

そいつのために部活やら何やら辞めたのだが、それでもネチネチとついてきた(挙句の果てには教師自分修学旅行林間学校の部屋を一緒にさせようとしたりした。)

結局高校卒業きっかけにピタリ関係が終わり、結局キチガイとは縁がキレた。そして、今でも連絡は一切ない。

実際、高校卒業してから他の同級生と話をする機会があったのだが、あのキチガイには相当うろたえていたようである

要はクラスメイトも扱いに困っていたキチガイを運悪く押し付けられてしまったということである

そして、色々とそのトラウマ浪人大学社会人と悩まされていた中で、アイドルストーカー刺傷事件が発生して、事件公判の一連の流れを見ていて、思うところがあり、ここに書くこととなった。

こういう個人的経験を踏まえて、被害者の方の苦しみや怖さは十分理解できるし、周囲の人間であれば是非被害者の苦しみを理解して欲しい。そして、被告人には適切な処罰医療処置を施してもらいたいものである

ということで、自分経験と今回の事件をふまえて、「キチガイがいることの恐ろしさ」について述べていきたいと思う。

1.「そいつのために行動の一つ一つが束縛される」

とにかくキチガイ自分要求のために「束縛する」ことが大好きであり、なまじ力関係で向こうが上だとかなり行動は制限されてしまう。向こうは物理的な暴力はもちろん、つきまといや暴言でどんどんこちらの行動を束縛してくるのである

小金井事件被告人も「アイドル恋人・妻にする」という要求のためにアイドルの行動にいちゃもんを付けて、束縛しようとしていた。

2.「言動・行動が支離滅裂

とにかく言動・行動の一つ一つが支離滅裂なのである。それも見るだけ聞くだけで耳や目が腐るぐらいの支離滅裂ぶりである

小金井事件被告人も「君を嫌いなやつはクズだ(この文章助詞の使い方がそもそもおかしい)」というTwitterアカウントアイドルへの気持ち悪いリプ・ツイートをやっていたり、自分が送ったブランド物のプレゼントを「入らないと思うなら返せ」と言って返してもらったところ、更に逆ギレしたりと本当に「支離滅裂」なのである

3.「嫌がることを"あえて"やる。そんでもって嫌がられていることがわからいかもっとやる。」

小学校ぐらい出ていれば何をすれば人が嫌がるかどうかぐらパット見で分かるし、それをやってはいけないことぐらい身についているはずなのだが、こういうキチガイはそういった分別を知っているか知らないかわず"あえて"やるのである。そんでもって加減を知らずに取り返しのつかない程度にまでとことんやるのである

あの事件被告人も1.や2.で述べたように被告人が嫌がることを執拗にやり、しまいには殺人未遂事件にまで発展してしまった。今回の事件では被害者に対して警察事務所、後援者がしっかりとフォローしていたので良かったものの、自分の時のように「キチガイの肩を持って煽る」人もいるわけで、そういうタイプがいると余計厄介になる。

4.「家族にすらも理解してもらえないトラウマ10年以上も続く」

これが一番の問題である関係完璧に離れて、名実ともに「赤の他人」になったとしても、トラウマが延々と続き、10年以上経っても「昨日のこと」のように思い出してしまうのである

自分自身これのせいで本を読めなくなったり、ちょっとした作業をするにも脳裏によぎってしまうのであるが、家族には全く理解されなかった。(小金井事件以降ようやく理解されるようになった。)

小金井事件被害者自分と同じような状況に悩まされているのである。(本が読めなくなった後遺症物理的な怪我によるものなのか、心理的ものによるものなのかはわからないのだが。)

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2017/02/22/kiji/20170221s00042000215000c.html

彼女10年以上、下手したら一生トラウマにさいなまれ可能性が高い。本当に被告人には「被害者人生を返せ!」と言いたくなる。

長々となったのだが、「キチガイが隣にいて、関わる」というのはここまで恐ろしいことなである。そんでもって、全く理解してもらえない後遺症にも悩まされるのである

小金井事件被害者と周囲の関係者、並びに現在このようなキチガイと戦っている人々に対しては少しでもその苦労が和らぐように願っている。

情報疲れた

清水富美加不倫していたらしい。

個人的にかなり好きな女優さんだった。まれCMなどで天真爛漫な姿を見せる彼女はまぶしかった。不倫していたことは出家以上にショックだった。過去にはベッキー不倫したりミスチル桜井が売れないころに支えてきた彼女を捨てキャンギャルと付き合うなどいろいろあるみたいだ。しかし今回ほどショックな感情を抱いたことはなかった。不倫でなく交際であってもあるいはショックだったかもしれない。嫉妬だな。

アイドル熱愛報道を知ったファンはきっとこんな気持ちだったんだろうな、と理解した。

疲れた芸能人は究極的に他人なのだろう。当たり前だが。。。アイドルにかぎらず芸能人にたいして自らがイメージして信頼している人物像はすべてアイドル偶像)でしかない。他人コントロール不可能である以上は当たり前なのだ芸能人報道にこんなにがっかりして嫉妬したのは初めてかもしれない。絶望とまでいうと言いすぎであるしかしなんだかずいぶんと、疲れたな。マギーハイスタ横山健不倫報道があった時にはそんなにショックを受けなかった。

マギーはどうでもいいがハイスタはかなり好きだ。なのであれは嫉妬というよりも軽い失望を覚えた程度だった。

マギーはどうでもいいと思い清水富美加不倫にはショックを受ける。勝手なのは自分のほうか・・・

マギー清水富美加自分人生とは絶対に接点などできない人であることは変わらない。変わらないのに勝手好き嫌いを設け勝手失望してと、まるで意味のない偶像への恋愛感情。なにかもうそういった情報に触れること自体疲れてきたな。

芸能報道だけでなく殺人事件とかもそうだ。芸能人不倫と同じように個人感情暴走したものについて考えること自体本質的意味はないのだろうし。もっと軽いので言えば個人ブログ炎上とかもそうかもしれない批判するにしろ参考にするにしろ眼にした瞬間に好悪を判断する。見ないか見るか、批判するかしないか判断するだけで思考リソース無駄遣い。

たぶん基本的情報自体が総じて不要ものなんだろうなと最近は思ってきた。情報というより報道というほうが正確かもしれない。

東京マラソンの通行規制情報などは価値ある情報だ。ふるさと納税の返納品も価値ある情報だ。しかしもういわゆる一般的な「メディア」が流す情報は究極的に無価値エンターテインメントしかないのだろうな。


情報化社会と言われて久しい。情報コミットする必要性が過大になり異常なまでに情報が目に入ってくる。その波に疲れた芸能人だって不倫する。そんなこと当たり前で他人絶対的倫理観構成されているなんて思ったこともない。しかしこの如何ともしがたい自らの感情を処理する向けどころがない。彼女浮気したら弁護士ちんこをきれば解決するのかもしれない。しか報道で知るようなぶつけ先がない感情は膿となって自分の中にため込んでしまう。はけぐちとしては増田に書くぐらいである。

ここまで読んで山奥で暮らせばいいとつっこみが入りそうであるが僕は都会の喧騒も好きであるし、人間関係が人に重力を与えると思っているのでリアル関係の中で揺さぶられる感情はいいと思っている。しか情報には疲れた現実的に見ない術がない。会社に行けば同僚が話してくる。実家に帰れば母がテレビをつけ笑っている。インターネット接続すればニュースで溢れている。

情報に関して正確な判断をすることは良いことだ。しかし僕はもうそ判断をする前段階として情報に触れたくすらないのである

http://anond.hatelabo.jp/20170222121906

辛かったねぇ。大変だったねぇ

主張する女を排除する社会から日本

女性は男が相手だろうと気にせずどんどん言いたい事を言えばいいと言いわれる反面、女なんだからもっと男をたてろと言われる事もある。

フェミニストを主張する女性は、はてな場合は既婚者か子持ちが多く安定したポジションと言う安全地帯の中から主張している。

これを「私も主張していいんだ!」と捉えると男性中心に動いている社会から排除される。

嫌なら日本から出て行くしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20170222121018

正しさと正しさをぶつけ合ってもっと正しい何かを得るための試行錯誤をしてんだよ。

お前こそ、今自分が持ってる正しさこそが本当に正しいものだと信じてるのか? 反論され得る余地があるのに?

時間と労力と才能にあふれた力作ばかりのはてなブックマークの中で

ときどき匿名ダイアリー記事が混じってる時あるんだけど、恥ずかしくないのかね。

匿名ダイアリーで上がってるのってちんこまんこ言って笑ってるようなIQ0の記事が多いじゃないか

ブックマークする方もする方だけど、増田の基礎体力が落ちすぎていると思う。

書いた後は一度見直しから送信するとか事象には裏付けが取れるよう参照リンクをつけるとかお笑いネタには2重3重の落とし所を隠しておくとか、

各自もっと勉強してスキルアップを目指してほしい。

おじさんとの約束だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170222092540

①多くの人にとって切実な主題テーマメッセージ)があって、②それを物語という形でうまく表現できていて、③何かしらの新しさ・斬新さがあると「名作」と言われることが多い。

逆に言えば、①’そんなこと悩んでるのはお前だけだとか、②’「あなたの言うことはもっともだけど、別に物語表現する必然性はないよね、論文でいいよね」と言われちゃうものとか、③’それ昔○○先生がやったよね?、みたいなのは名作とされづらい。



いま本棚を見ててこれに当てはまるので分かりやすい例は、遠藤周作の『沈黙』。最近映画化された。

これは、①執筆当時問題になっていた、カトリックプロテスタントの歩み寄り運動エキュメニズム運動)の争点を、キリスト教不毛の地日本舞台表現した。

物語としてのエンタメ性も高く、③そこでのキリスト教観も新しかったために、大ヒットした。



ちなみに①について、時代を超えた悩みについて書かれたものは、歴史的な名作になる。

社会関係資本

SNSブログで、仕事が上手くいかなくたって人生なんてなんとでもなるさというような主張を良く見る

そういう主張はだいたい「私は就活失敗したけど、こういう縁があってなんとか就職結婚して今に至っている」とか

「勤めていた会社をやめてしばらく無職だったけど、知り合いからの連絡で別の会社を手伝うことになって云々」とか

具体例がもっともらしくて説得力があるように見える。

そういうのを見ると、あぁ人生なんとでもなるだなぁ。肩の力抜いて生きよう。という気持ちになるんだけど、

同時に自分就活失敗したり仕事辞めたりしても、こんなに上手くいかないだろうなと思う。

人生なんとかなるという主張を読むと、だいたい共通して友人知人、インターネットの繋がりに救われてる。

私のような人間関係がひどく希薄人間はたぶんこういう救われ方はされない。

仕事辞めたけどなんとかなったという話を読んでいても、そんな友人関係持ってないぞとどこか思ってしまうのだ。

この手の主張をする人は、ちゃんと人間関係を築いてきたから助かってるじゃないかな。

自分で築き上げたのか、あるいは生まれ環境がめぐまれていたのかは分からないけど、ちゃんと助かるべくして助かってるようにみえる。

苦境に立たされた時、こんな私でもなんとかなるんだろうか...

ゲイオープンで恵まれてるけど生きづらい

カミングアウトなんて言葉自分には合ってないくらい、そもそもクローゼットもなくて、親、友達職場自分ゲイだって知ってて、彼氏も紹介しまくってて、

幸いにも、強い差別劣等感ゲイであることに関して与えられないで、アラサーまで生きてきたけど、

生きづらくない、なんてこともなく、結局生きづらい。

オープンなだけであって、クィア的でない、積極的権利獲得家なわけじゃない。というかオープンってなんだ。隠す意識ほとんどなく来ちゃったよ。

からLGBT」界隈で浮く。自分マイノリティとしての思いみたいのはあるんだけど、「LGBT」のテーマあんまり重なっていなかった。

ホント批判とかじゃなくて、もう、なんか自分ぬるま湯甘ったれて恵まれててすんません、ってなる。話せなくなる。

権利とかもちろん保証されたいし(彼氏同棲してから将来の不安とか考えるようになった)、遺族年金裁判も気になるし、

でもこういうのってマジョリティ政治参加な気がして、葛藤する。んなのどっちでも正しいのに、オープンで恵まれてる自分葛藤してるのとかクローゼットの中だ。クローゼットあったわ。

いや、彼氏に話すけど。いや、でも夫に妻に政治の話をするのか? いや政治の話ではないし。なにこれ。社会通念との軋轢? いやマイノリティ社会に溶け込めないマイノリティ

というか恵まれてるのか?

……恵まれているのかって考えると、恵まれてるんだよな。生きてるし。自殺する人、多いからつらい。

まれてたら、恵まれない状況になるまで健康に生きるしかないのか。

法律が変わるのはいつも悪いことが起きてからから、本当に真面目に政治のいい国の国籍を取る方が現実的なんじゃないか、とか考えちゃうのいやだ。


この前、フェイスブック結婚ラッシュ見てて、けっ!って思って、自分結婚指輪買ってプロポーズしたぜって投稿したら(実際去年同棲中の彼氏にした)、

いやそんなにユーザーいたの? 普段いいねって2、3件じゃん!って突っ込みたくなるくらい桁が二つ違ういいねとかがついて、俺そんな友達いた?ってなった。

なんか、こういういいねが1万集まったら、内縁関係認めまーすとか、保険は無理だけど年金は認めるよとか、遺産関係以外のお金簡単に認めらんなくてねぇ、戸籍上の表記くらいはさせましょとかしてくれればいいのに

あー、政治的


逆に、じゃあノンケ友達女子友達に、話せるかって、いや話した所で……ってなる。話すけど。

そういえば昔、高校同窓会公務員になった同級生に、みんな(性的少数者)がまとまれ法律はすぐ動かせるでしょ?とか言ってきたけど、

いや、もうホント誰かまとめてよ、ってなる。

クローズオープンも正しいのに、両立できないの疲れる。

いや確かにクローズ社会的障壁だと思う。でもなんかそうかな? 別に言いたくないことを言わされる必要ないし。

なんで秘密にするのかって話になると、体裁とか学校とか思春期とか教育とか価値観とか親とか、色々言われるし、全部しっくり来るし。

それ聞いちゃうと、よくもまぁ自分は全部かいくぐってきたなって思うし。

ずっとクローズでもいいじゃん。って本当に思うから本当に会う人に言ってるんだけど、

オープンのお前に言われたくねぇ、みたいになるから、結局そもそもオープンのお前に言われたくねぇって面と言ってくれる関係の人としか話してないな。

そう考えると、別にオープンなわけじゃなくて、生きやす人間関係の方へ流れていってるのか。

嫌なやつからは逃げてる。ということは、やっぱり自分マイノリティ性ある?

いや、嫌なやつとか普通に他の人と変わらない率でいるよ。戦う時もあれば、逃げる時もあった。

贅沢なのかな。贅沢なんだろうな。

とっととゲイとか普通になんないかな。

オープンだと、ゲイとか初めて会ったとか言われんの。バカなの?

たかもしれないけど、って添える人、ありがとう精神的波風立てないの大事

でも、オープンとしては、そもそもオープンに話したいわけで、別に取り立てて自分ゲイであることが重要でないわけで、

もっとね、さらっと流そう。

と上からで言ってみても、そもそも、さらっと流せる人だと思えた時点でしか言ってないわ。ちんちくりんだわ。

中学ん時はめっちゃ喧嘩したな。喧嘩しといてよかったな。キモいかいうやつにブチギレてたな。

なんでゲイであることに自信あるんだろうと考えても、別にないし、自尊心も大してないし、鬱になったことだって普通にあるし、鬱治ってんのかって言われたら治るとかってもんじゃねぇしって言い返すし、

あーでも一つは親はあるんだろうな。

12歳の時に言った時、ダメだったら家を出てどうにでも生きてやろうって思ってたな。そういう意味では自分普通じゃないって自覚してたな。

拍子抜けした。

今になって母と話すと、当時は母はそういう相談ダイヤルとかも使ってみたり、LGBT家族的なのも調べたりしてたらしくて

(当時、親に衝撃を与えていたのを気づかなかった。気付かなかったもんだからそれから親の前でもイケメン筋肉芸人とかに普通にハマったりしてた。ポスターとか貼ってた)

そういうとこでの色々な違和感とかも感じたり、もちろん違和感だけじゃなかったけど。違和感があったからこそ(多分俺がゲイであることに悩んでなかったから)、

最終的に、俺は俺だしいっか、ってなったらしい。


うん、恵まれてる。


生きづらいだなんて、口が裂けても言っちゃいけない。



でも政治的オープンゲイによる強制オープンはよくないって常々思うから自分はそういうオープンにはなりたくないなってクローズ友達の前で少し気をつけてるかも。

なんで俺がゲイ同士に挟まれにゃならんのだ。



もう、極端、やめよう!

オープンクローズも同じように保証しましょ。現状通りか。

えーでも、金持ちになって子育てとかしたいわ。悪影響とか言われても知らんわ。国内に敵がいるなら海外で育てる。

そんなに金ないや。

まれるの早すぎたのかなぁ。同性で子供つくって育てる未来の方が生きやすかったかなぁ。

ゲイで、オープンで、同棲してて、

それ以上を望むなってプレッシャーは嫌だし、じゃあ権利獲得に尽力しろっていうのも。

グラデーションの性のように、政治的グラデーションゲイでいいじゃん。ってか政治的グラデーションノンケばっかりだよ世の中。

いや、何が言いたいんだろう。

わりと、普段からこの微妙オープン性のせいで極端な意見ばかり聞かされてるのかもしれない。

ノンケからしかり、女子からしかり、クローズからしかり、クィアからしかり、

アメリカみたいな劇的変化もいいけど、まぁ、なんか取り立てて、とっとと普通になればいい。

ちょまどは初心者なのか

https://twitter.com/chomado/status/833873549211283457

> これを真に受けて本当に気軽に申し込み「最近触り始めた話」を5分間したら 一部で技術的内容が薄いと叩かれるのは初心者の入りにくい一因では

俺は初心者LTをやることには違和感は感じない。人前で話す訓練をしたり識者からフィードバックをもらうことはステップアップのための良い経験だし、初心者ならではの観点大事なこともある。

問題は、ちょまどが初心者かということだ。初心者自称するには、あまりにもちょまどは有名すぎるし、(本人の努力の賜物だが)さまざまな経験も重ねている。

初心者無能とは違う。何年もエンジニア経験を積んでもPython環境構築すらできないのは、初心者ではなく無能だ。無能なのに声だけが大きい人は邪魔しかない。老害が煙たがられるのと同じである

もっとも、ちょまどが無能だというのは技術的な話に限ってだ。わかりやす資料を作ったり人を惹きつけるプレゼンをしたり、これだけの人間を反応させることに成功していることは彼女の才能に他ならない。純粋エンジニアリング愛する人達の邪魔をするのではなく、そういう、エバンジェリストカンファレンスみたいなところで真価を発揮して欲しいものだ。技術者の有志のコミュニティが「すごーい!たっのしー!」で済むようなちょろいコミュニティだと思って馬鹿にされるのは心外だ。初心者無能でもお遊びでやってるわけでもなく、超一流の技術を身につけることをゴールに見据えて真摯技術力の向上に取り組む意思のある方々を指す言葉だということは忘れてはならない。初心者馬鹿にすんな。

2017-02-21

ある日のルノアール...

女性「女を顔で選ばないで、もっと性格をみて付き合ったら?」

男性 「いや、ブスもデブもオバさんも付き合った事あるけど、どいつも美人と同じぐらいワガママだし面倒くさいから顔は妥協できない」

大河ドラマの一視聴者が今年感じるちょっとしたこと。

2017年、今年の大河ドラマは「おんな城主直虎」。毎週楽しく見ています

6年くらい前からTwitterを利用し始めて、作品名タグで色んな人たちの感想・実況ツイートを見ながら視聴するようになりました。

そこで最近、というより今年になって感じるようになったことがあります

それは「前作を引きずっている人の多さ」です。

直虎の前作は真田丸でした。キャスト脚本も豪華、有名な武将真田幸村主人公なだけあって盛り上がるシーンが多かったように思います。また見ているこっちが大笑いしちゃうようなシーンもたくさん盛り込まれていて、Twitter真田丸タグは毎週大盛り上がりでした。

年が明けておんな城主直虎が始まって、またTwitterで実況ツイートを見ながら楽しんでいるんですが、そこで頻繁に見かけるのが

「直虎では〇〇はこんな事してるけど、真田丸だったら父上が△△して解決ちゃうよね」

「直虎は××が足りない。真田丸だったらここは◻︎◻︎だ」

…といった真田丸との比較ツイートしかも、直虎に対してあまりいい感想じゃないんです。

もちろん、作品というのが全ての人から良い評価を得る訳ではありません。大河ドラマも、毎年ここが良くなかった、という感想は沢山あります

さらに直虎の生きる時代真田丸の頃より少し前で、同作に登場した人物も出てきます。そんな二作品連続して放送されれば、視聴者記憶も新しく当然比較されます

からこそ、直虎に比べて真田丸は良かったなあという意見が目立つのです。

真田丸は本当に沢山の人が視聴し、中にはこれが初めての大河ドラマだったという人も多かったんじゃないでしょうか。

実際、私の友人やTwitterフォロワーにも、大河には興味がないが真田丸は見た、という人が本当に多かったです。

前述したようなキャストの豪華さや盛り上がる場面の多さ、そして展開の移り変わりのテンポの良さは、確かに見やすかったように感じます

世間一般大河ドラマについている、歴史に基づいた渋くお堅いイメージ(あくまでも私の意見です)を覆すような作品だったと思います

その分、真田丸最終回を迎え、ロスになったという声も多く見ました。私も、毎週楽しみにしていたものが終わってしまって寂しくなりました。が、それは毎年の大河で感じています

真田幸村は有名な武将ですし、井伊直虎はそれに比べると知名度も低く、苗字なら聞いたことがあるなあ、くらいの人が多いんじゃないでしょうか(恥ずかしながら私もそうでした)。

ましてや女性で、若くから戦や政治などの最前線にいるわけでもなく、かといって華やかな世界にいる姫というわけでもなく、物語序盤で出家しています戦国武将の生涯を描く真田丸に比べれば地味です。

でも、大河ドラマって元々地味なものなんじゃないか?と思うのです。

歴代大河ドラマを遡ってみると、主人公になった人物はそれこそ歴史教科書絶対載っている人や武将を思い浮かべたら必ず名前が上がる人など、とにかく有名な人が沢山います

でも、その中に時々ぽつんつんと、歴史専門家でもない限りこのドラマがなければ名前も知らないままだったような所謂マイナー人物が主役の作品があります

もちろんドラマである以上創作要素もありますが、その人がどんな役割をして、どんな生涯を送ったのか、初めて知る人物からこその楽しさがあるんじゃないかと思うのです。

大きく分けてしまえば、直虎も含めそういった作品マイナー枠、真田丸のような作品メジャー枠という感じで、描写する時代が近くても、いわば全く土俵が違うのです。もちろん、同じマイナー枠なら比べても良いのかと言えばそうは思いません。

毎年見ている側の意見としては真田丸はここ最近大河作品では珍しいくらい展開が常にはっきりしていて、直虎がむしろスタンダード大河ドラマ!なんです。

悪い意味でなくゆっくり進むのが普段大河なんじゃないかなあと。もちろん今までの作品全部がそういうわけではないです。

から真田丸面白かったのは重々承知の上で、そろそろ気持ちを切り替えて新しい作品として直虎を楽しみませんか、と言いたいのです。

私が大河ドラマを見たのは小学3年生の時、「北条時宗」が最初です。それからは毎年欠かさず見たり、過去作品DVDを借りて見たりしていますが、歴史の長い大河ドラマファンとしてはまだまだです。ましてやTwitterを使い始めたのはそれよりも短く、過去大河作品も今年の様に比較する声が多かったのかもわかりません。

なので、ちょっと毎年見てるからって意見するなという方もいらっしゃるかもしれませんし、もっとからファンの方が不愉快に思われるかもしれません。

この記事を書いたのも、オブラートに包まず言ってしまうと結局

「毎週毎週直虎楽しんで見てるのにいつまでも真田丸比較して下げるなよ!(怒)」

気持ちが募ってしまった結果なので、つまるところただの愚痴で、吐き出しです。

もう1月も終わったのに、いつまでも比較して文句を言うなら見るのをやめたらいいのに…と少々過激に思ったこともあります

ですが、それ以上に直虎をとても楽しく視聴しているので比較して下げられ続けるのは悲しいんです。

真田丸のことを一旦置いて直虎は直虎!と意識を変えてみたら、違った感じで見えたりするかもしれません。

長々と読みにくい文章失礼致しました。ここまで読んでくださった方がいたら、ありがとうございます

最後にこれだけ。

一回気持ちを新たに直虎を見てみませんか?きっと楽しいです。

これじゃ遊戯王知らない人にはわかんないから書いたよ

遊戯王知らないけど今何が話題になってるの?」って人のための記事

http://anond.hatelabo.jp/20170220012819

遊戯王はなぜ炎上したのか

http://anond.hatelabo.jp/20170221010811

どっちもわかるけど普通の人にはもっともっと噛み砕いたほうがいいと思って書いたよ

http://yugioh-hack.com/yugioh-enjyo-link/

フェイスブックって、もっと有効というか面白い使い道ないでしょうか

まらなすぎて、月一回ぐらい確認程度にしか見てないんだけど

それでも自撮りとか、延々と息子の写真をアップする親バカとかそんなのばかり

「お前の人望が悪いんだ」というのは置いといて

せっかくアカウント持ってるし、なんかもったいない

公式アカウントフォローでも目いっぱい増やせばいいのかな

http://anond.hatelabo.jp/20170221174217

そうだね、そう考えると難しいよね。

イケメンとか眼鏡が好きとか、人の数だけ好みがあると思う。ただ、その属性をその人の魅力の全て、100%だと断じてしまうことが「人格無視している」と捉えられてしまうんだと思う。

コンタクトでも素敵だけど眼鏡を掛けるともっと素敵!は好みの範囲だけど「眼鏡を掛けてない女は人間じゃない、ゴミ」となると、人間として尊重してないことにならないかな?

恋愛って虚しい、と思ってしまうととことん虚しく感じられてしまうけど、できれば諦めないでほしいな

http://anond.hatelabo.jp/20170221165946

突き動かされた結果他の分野を馬鹿にする原動力にすると。

まあもっとアドラーが言ったことで俺は何も言ってないけど、とか予測範疇の反応が帰ってきそうだが。

http://anond.hatelabo.jp/20170221164716

正直言うとツッコミ待ちなんだけどな。

なかなか上手く突っ込んでくれなくてワイ的にもにょったりする。

もっと精進せねば。

暇だったので

街行く男の人を観察して、第一印象で「なんとなくモテそうな人」と「モテなさそうな人」の違いはどこにあるのかと考えてみた

1.髪型

ぶっちゃけ髪型がモサくなくて、眉毛が整ってるだけで男の人はある程度オシャレに見えるよ。少なくとも清潔感を漂わせることはできる。

2.服装

モテなさそうな服装の一番の原因はズボン(パンツ)の裾部分だと思う。清潔感のあるファッションの人はなんか足首にかけてタイトになる形のを着ている(気がする)。逆にダサそうなのは足首ダルっとしててサイズが合ってない。あと、顔がモサいと自覚してる人は革ジャン革パンツ革ブーツシルバーアクセサリージャラジャラ〜みたいなのはやめたほうがいいかなぁ。ファッションよく分からなかったら無印◯品のお兄さんとか参考にすればとりあえず清潔感という点ではクリアーする、と思う。

「べつにモテたくねーから!」と言う人も、「第一印象他人から好感を得る」位の努力ファッションにつぎ込んでも損はしないよ。

とても上から目線アドバイスだけど、「勿体無い!」と思うひとが(男の人は)特に多い気がしたので。「女にファッションジャッジされたくねーんじゃ!」って言う意見もごもっともだと思ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20170221141230

元増田ですけど、残念ながらこの遊んで暮らすイメージは、そのまま運転手の爺さんの妄言イメージだよ。

もっといえば、どれだけ高尚な「遊んで暮らす」だろうが、時間が止まらず流れる以上、

そして人間世界にたった一人じゃなくて大勢でつるんで生きている以上、高尚さや多様さに関係なく競争と欲は生まれると思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170221145225

は?アホなのかな?そんな話してないけど。

ここ数年10万人規模で増え続け昨年はついに17万人増だという事をようやく知って、

慌てて30万という大きめの数字を出すことで逃げに走ったのかな?笑

30万人だと成立して17万人だと成立しないという具体的な根拠ってなんすか?笑

エイゴガーとかインフラガーとか言ってるけど、もっと重要なことをわかってないんだなぁ。

惰性の力

遊戯王大炎上を起こしている。

どうせ2ヶ月もすりゃ「リンク召喚!あらわれろーなんたらドラゴンー!」とかいう声がデュエルスペースに響いてることだろう。

炎上の原因については、他のプレイヤーが俺より上手い言葉説明してくれている。

だが彼らがリンク召喚で騒いでいるのは、遊戯王愛着があるから資産をつぎ込んでまでプレイしていた大好きなゲームが二度と戻らない姿に変わってしまたから。どれだけ理屈をつけてもそこに尽きる。

やめる人間というのは、結局騒がず処分をするだけ。そして今回はその処分買取拒絶などでできない。だからやめるにやめられず、「離れる」という選択になる。リンク召喚が定着した頃にとってつけたように出された「専用のリンクサポート」で、手持ちのデッキと一緒に遊戯王に戻ってくるか、ないしは売っても捨てても同じこと、と誰かに譲ったり捨てたりするか。

絶対前者だね。

さて、こういった「突然のローテーション」で最大の被害をこうむるのは誰だろう?個人だろうか?否、カードショップである

確かにショップというのは頭の痛い存在である。不当な値段のつり上げ、特定カードの買い占め、査定段階での買い叩き。色々ある。ショップの顔色を窺って「再録禁止」とか「再録しても枚数は少なくする」なんてことをしていて、結局供給は焼け石に水、値段は火に油といったことを起こしているカードゲームもあるくらいだ。

俺がカードゲームプレイしていた頃は、ショップ店員が「ろくに仕事をしない」「自分ミスを客のせいにする」など、人間として終わっているような連中が多く、そういう意味でも嫌な存在だった(今はだいぶマシなようだが)。

だが、たとえば不要になったカードを「売る」時に便利なのはショップだし、欲しいカードが1,2枚あるという時に便利なのもショップだ。

また、高校生くらいになると、誰かの家に行くという習慣が完全になくなる。そういう時、遊ぶのに場所を取り、風で吹っ飛び汚れに弱いもので遊ぶにはどうすればいいかまさか学校の空き教室喫茶店一角を使い続けるわけにもいくまい。リーズナブルな値段で安全なスペースを提供してくれる…カードゲーム流行るには、どうしてもそういう店が必要になってくる。

友達がいない」というパターンもある。これは何もぼっちだの何だのではなく、大学生社会人になったり、引っ越したりといったことで、人間関係一新され、カードけが手元に残った。そういう時に便利なのが、ショップ大会なのである

「小汚いし不愛想で約束もろくに守らないクソオタクの店」という印象が強いだろうが、彼らのおかげでカードゲーム流行しているのもまた事実なのだ

カードゲーマーは、ショップくらいしか共通の居場所がないのである。…もっともこれはカードゲームに限った話ではなく、どんなオタク界隈もそうなんだけどね。

また、「事実上の突然のローテーション」として、ポケモンカードガンダムウォーの裏面変更の話が同時に出ているが、裏面変更は実は珍しい話ではないらしい。そして告知は突然おこなう。これは個人にはもちろん、ショップにも大打撃である。高価な賞品が、ある日突然「絵のかいてある紙切れ」になってしまうのだから

そしてこういうことをするときは、企業側は旧裏面のサポート事実上打ち切るようなルールを制定しておきながら、新旧裏面を同時に使えるようなルールサポートすることで返品を避ける、という手法を取る。つまりショップは不良在庫を抱えるのである。この裏面変更は、旧裏面のカードを取り扱ってきた店をたくさん潰した。そして生き残った店は、後釜となる商品の取り扱いをやめる、ないしは「これまではフロアの半分だったのが小さなショーケース1つになる」という風な大規模な縮小を起こした。

そうなるとカードを続けていたプレイヤーというのは「オフ会」などの草の根大会に移行するか、ないしはばっさりカードをやめるか。確かに続けようと思えば続けられるだろうが、そういったコミュニティの拡大はまず見込めないだろう。

まりショップが取り扱いをやめれば、ゲームというのは緩やかに収束していくのだ。

確かにショップは大打撃を受けた。潰れる店も多く出てくるだろう。

じゃあ、生き残った店は遊戯王の取り扱いはやめるか?

やめないでしょ。だって売れるもん。

から結局、ショップはこの変更で大損して、それでも客はショップに来るから商品を取り扱い続けて。客はやめようやめようと思っても、売っても大した値段にならないから結局続けてしまって。

から結局惰性で続くのよ、このゲームは。

処世術

いたいらしてる人、ところ構わず当たり散らす人なんかには近づかないようにしているが、

それでも巻き添えを食いそうになった時には、「大丈夫?なんか最近疲れてる?」と言うようにしている。

そうすると大体半分くらいの人は「実は・・・」と悩みを語りだす。

もう半分くらいの人はもっと怒り出す。

http://anond.hatelabo.jp/20170221143224

チュートリアル

一見さんはまずプレイしてから覚えようとするが、このゲームにはユニットの動かし方、特性ルールが動かしてみただけでは把握しにくい。

まり導入に自動操作チュートリアル必要タイプ

しかし作者の解説部分しかルール説明がなされていない。

作者的には「すぐ理解できるでしょ」ということなのだろうし実際すぐ理解できるが、ゲーム業界ポートフォリオがどの程度であれば納得されるのか、という疑問点につながっている。



リスタートがない?

しくじった際のリスタートがない。終わるまで待つ時間ストレス



ポートフォリオ

ここは先日述べた「安心感」の構成。この系列ゲームにおける面白さはおそらく以下のようなもの

  1. 自軍ユニットの育成。育成がないなら入手の面白さ。コレクター性とゲーム内の実益
  2. 相手ユニットに対するシビアさとカタルシス。つまり難易度のこと。特にユニットを手に入れたとき快感は次のステージのみでは発揮できるようにしたほうがいい。プレイヤーの万能感をどうくすぐるか。快感面白さ01。
  3. 戦略的な要素による囲んだ時のコンボなど戦術を変化させるコンビネーション組成面白さ。合成があるゲームなどにも言える。これは変化の面白さと言っていいかもしれない。
  4. 次に進みたいと思わせるシナリオ継続面白さ。
  5. シナリオ分岐においてどのユニット随伴させるかにより変わるゲームバランス、あるいは倒せるユニット。よくある周回しなければ倒せない系の要素など。これは保留による未来の期待にかかる面白さ。シナリオと併せて未来への期待を面白さとしてもいい。
  6. 聴いていて心地よいSE。切りつけ音など。戦闘画面などは実は操作していない段階なのに操作感と関係がある。ボタンを押した結果何かの快感につながっていること。快感面白さ02。
  7. 面白さを説明するのに不足はないが、現状では残念ながら説得力に欠けていると思う。もっといえばちゃんとしたものを作って一度ブレイクさせて実績にしてしまったほうが良い気がする。
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