「ケチ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ケチとは

2016-05-26

警視庁とか底辺高校生でも受かるから

警視庁地方警察官高卒。びっくりするような学力で受かる。

中学校高校、ろくに勉強しないで、運動部で実績上げてたら楽勝で受かる。え、これでも受かるんだ?っていうような学力でも神奈川県警警視庁ばんばん受かる。

そういうのが高校までの学歴で、警察官になってるんで、そりゃまあそうなるわな、っていう犯罪ばかり、もしくは犯罪をみすみす見逃すってのが頻発するのは当たり前。

今に賄賂だらけの警察っていう状態になりますよ。

治安維持大事だけれど、それにお金ケチるとバカしかまらいからこうなるのよ。

2016-05-25

「きちんとお金のことを考えること=節約すること」みたいな話し方はいいかげんにやめないか

http://anond.hatelabo.jp/20160524095223

このエントリなんだけど、

これを書いた人の気持ちはわかるんだけど、

  

「きちんとお金のことを考えること=節約すること」みたいな言い方が強くでてしまうのは

それはそれでどうよ、と突っ込みたくなる気分

 

節約すること自体はいいんだけど、

節約ばっかりして、適切な投資をしないとそれはどんどんとジリ貧に陥っていく道なので、

投資すべきものにきっちりと投資をするということも「お金を大切にすること」だと思うのだよね

まあ、こういうと元のエントリーにはなしがもどっていってしまうけれども…。

 

ただ、ある程度でかい規模の金額をまわす人の場合

まりケチくさすぎても、けっこう重要なとこにお金をツッコむときケチったりして、

プロジェクト士気を下げたりすることがあるんで、ケチもほどほどにしてほしいな、とも思う。

 

 

あと、お金石油とかみたいな有限の資源とはそもそもの性質が違うので

「使ったらなくなる」というのは個人的感覚としては正しいと思うのだけど

社会的お金の全体量は「使ったらなくなる」というよりも、

もう少し不思議でよくわけのわからないものから

国家単位でのお金とかって「使ったらなくなる」というか「計画性なく使ったら辻褄が合わなくなる」という感じで

国家お金の使い方のはなしって、なんか節約がどうこうという感覚だけで話されるといろいろなんだかなぁ、という気分

2016-05-20

舛添のヤフオク時代は悪くない

1万円から3万円のものほとんどだっていうし。

外交上お土産として、たいして高いものじゃない。

しろ正規ルートから買うより安い。

問題は、ちゃんとその目的で使われたことがわかる証拠が開示されてないことだよね。

舛添って、小物というか、ケチだよね。

いろいろと。

公用車を使うとか、必要ものだったのかそうでないものかはおいといてヤフオクとか。

関係いくらでも出てくるし、欲に正直で小物。

小物に相応しいポジションなら、そこそこ成果を出せると思う。

都知事には向いてないと思うけどね。

2016-05-19

芸能人クリスマスに8万のプレゼント彼氏にして3倍になって帰ってくるかと思ったら何もなかった」

とある番組の録画をYoutubeで見ていて、

女同士で「金持ちであってもケチなやつはいる」と盛り上がっていた。

誕生日直前に別れてきた」「絶対誕生日プレゼント渡したくないからだ」とも。

 

それをボーっと見ながら

(そうやって金目当てにされてたのを見透かされてたから何もくれなかったし結局見捨てられたんじゃないの・・・?)

と思いながら見ていたのだが

その女同士のトークでは一切、そういう話題が出て来ずに、終始ケチ金持ちがいるという話で盛り上がっていた。

童貞の俺の感覚おかしいのだろうか。

2016-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20160517180923

偶然出会ってその瞬間にりょうおもいになるのが天然で、

アプローチの結果ほだされてしぶしぶつきあうことにしたみたいなケースは、いわば養殖だよな

からまれる愛も、ないとはいわんが、結局発生源が養殖って時点で、どうしたってケチがつく

2016-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20160509114938

私は男ですが、割り勘して来る女性が好きです。

別にお金ケチりたい訳ではないです。

好きになった人のためなら、いくらでも払います

ただ「奢られて当たり前」という考えが好きではないのです。

そう考えないような、自立している強い女性が好きです。


北海道女性は、そういう傾向があるみたいですよ。

元増田の知人男性は、北海道出身女性と付き合ってみてはどうでしょうか。

2016-05-07

http://b.hatena.ne.jp/entry/286898039/comment/death6coin

スターを買え。ケチんな

スターってネガティブ意味なの?

色ごとの意味合いとかわかんないからカラースター使いにくいんだよなぁ

同じ人間でも立場が違えば意見も違うだろうし

から意見矛盾がある」とか言われてもね

ケチを付けたい人ってのはどんな理由でもケチつけたいんだろうな

理屈と米粒はどこでもくっつく

2016-05-05

[]5月5日

○朝食:焼きオニギリ二つ

○昼食:納豆ご飯(あおさ納豆二つ)、ゆうげ、スライスチーズ

○夕食:パン三つ(チーズベーコンチーズカスタード



調子

月曜日ゴロゴロチキンカレーを食べてから、完全に歯車が狂ってグダグダになってますが、

明日仕事なので気分をリセットして、楽しくすごそー!

が、なんかちょっと昨日のゴタゴタとか、あのカレー食べたことによる体調不良とか、パンチライン面白くなかったこととかも重なって、ちょっとゲームは出来なかった。

これじゃあいかん!

金曜日お仕事なので、お仕事頑張るとして。

土日はしっかり遊ぼう!

なんかノベルゲはケチがついたので、EVEリメイクじゃない別のゲームをしよう。

積みゲーからなんか面白そうなのは……

トゥームレイダーとか面白そうかなあ?

世間アンチャーテッドで盛り上がってる中プレイするのも乙だし、これにしようかな。

よおし、金曜日の夜からトゥームレイダーで遊ぶぞー!

2016-05-02

http://anond.hatelabo.jp/20160502233217

増田で人の楽しみにケチをつけているあなたほどではないと思います

2016-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20160423184004

キモいから採りたくないけど正直に言うと問題になるから

趣味ケチをつけているだけなのでは

息子がぐるぐる回っていたのに今はスプラトゥーンはまっている

娘が登校拒否だったのに今は吹奏楽部で頑張ってる話

に便乗して、うちの現在小4の息子の話を書く。

 

うちの息子は上の元増田とは違い、普通にセックスして出来た子だ。

また、うちは割と放任主義というか、そんなに手間をかけなかったし、手間もかからない子供だったように記憶する。

夜泣き記憶も無いし、ましてやダッコして寝かしつけたって事もなかった。特に面倒だったという記憶は無い。

元増田記事を読んでると、パパさんがかなり頑張ったように見えるけど、おいらはちっとも頑張った記憶が無い。

 

しろ、ちょっぴりサイテーな事もした。

一緒に風呂に入れるくらいの月齢か年齢になって、息子を風呂に入れたままオイラシャンプーしていたのだよ。

シャンプーをすすいでふと風呂を見ると息子がいない!

…というか背中だけ水面に見えてたんだな。なんだ、素潜りごっこでもしているのかな?と一瞬思ったが、溺れていただけだった。

そりゃ慌てて息子を担ぎ上げましたがな。

お湯をそこそこ飲み込んだかしてて泣き喚く以前に結構苦しそうだったけど息はしてたので大丈夫だった。

嫁にバレたら鬼のように怒られると思い、必死あやしまして、何とか泣くのを風呂場の中で収めました。

 

またある時は、マンションエレベーターから降りる時、息子を抱き上げて一緒に降りたんだが、閉まりかけのドアに息子の指を挟んで怪我させてしまった。

この時も嫁にバレたら大変と、「いやぁ、息子君がさ、三輪車の車に手を巻き込んじゃってさ」とか言いながら手当てをしつつ何食わぬ顔で誤魔化しきったりもした。

 

そんな二人きりの秘密を持つオイラと息子の関係から、今も結構仲がいい。

つか、とにかくそんな事件もそこそこありつつの息子と一緒にいるのは結構しかったよ。

息子の成長記録という程のものでは無いが、三つほど当時の動画をYutubeで今も見る事が出来る(もちろん非公開)ようにしてある。

三つともタイトルに「ぐるぐる」という言葉が入っている。

1.自転車で「ぐるぐる回った」息子
よく遊びに行った近所の公園で、自転車でただひたすらに公園敷地内をぐるぐる楽しそうに回る4歳くらいの時の息子。何故タイトルが「ぐるぐる回った」になっているかというと、自転車こぎながら延々と自分で「ぐるぐる回った」と言い続けているかである。なかなかどうしてこれが可愛い
2.シュートマラドーナばりに決めて「ぐるぐる腕を回して」喜ぶ息子
幼稚園年長時代地元サッカーチームに入ってたんだが、その地元の小さな大会での息子の活躍を収めたものである群衆状態からするっと一人ドリブルで抜けて、何人かを華麗に交わし、見事ゴールを決めた瞬間。そのあと、両腕をぐるぐる回してその喜びを表現している。これまた可愛い
3.逆上がりで「ぐるぐる回り続ける」息子
多分小学校二年生くらいだと思うが、同級生の中でも逆上がりが出来たのが早かったらしく、それをパパ様に見てもらおうと一生懸命逆上がり鉄棒を回り続ける息子の姿を収めた動画。こいつが、回るたんびに何故かウィンクしてたりする。そのウィンクのぎこちなさが可愛い

 

そんな「ぐるぐる」好きの息子だが、元増田記事に習ってちょっとだけ感動っぽい事も書いてみよう。

確か去年の父の日のことだったと思う。

そん時は毎日仕事から帰るのが遅くて、帰宅しても息子は既に寝ている時間になっている事が多くて、休みとかもそんなになくてほとんど一緒にいる時間もなかった。

で、いつものように帰ってパソコンデスクに座ると何やら封筒が一つ置いてある。

なんだろう?と思って封筒を開けてみると…、…息子のまだまだ下手くそな字で書かれたオイラ宛の手紙だった。

実はあんまりにも感動して以前に増田に少しだけこのことを書いた事がある。

パパ、毎日おしごとおつかれさまです。最近はパパとぜんぜんあそんでないけど、いっしょうけんめいはたらいているパパはかっこよくて大好きです。ぼくも大人になったらパパと同じくらいはたらいてお金持ちになりたいです。からだには十分気をつけて下さい

まぁこれを、仕事で疲れて帰ってきて読んで泣かないお父さんなんかサイコパス以外いないだろう。

大泣きしましたがな。

で、最後はこう結ばれていた。

くそくどおり、パパがいっしょうけんめいはたらいたお金WiiUスプラトゥーン買って下さい。パパといっしょにあそびたいです

息子があまりにも家の手伝いをしなかったので、風呂洗いを休まず続けたら買ってやると約束していたのである

奴は、約束したその日から一日も欠かさず風呂洗いをやりきっていた。

なけなしの小遣いしか貰っていないオイラには予想外で、実際約束の事なんかすっかり忘れてしまい、一応はそのために残していた金も飲み会とかで使い果たしていた事に気付くのが遅かった…。

嫁に泣きついても「あなた約束したのだからあなたが払えばいい」と取り付く島も無い。

無い袖は触れないので、息子には「クリスマスになったら多分ちょっと安くなるからその時に買ってやる」と取り繕った。

クリスマス商戦に安くなるわけはなかったのだが、しょうがないから昼飯代ケチって貯めましたがな。

 

というわけで、息子はスプラトゥーンにはまりまくり現在なのであった。終わり。

追記:スプラトゥーンを一度も一緒に遊んだ事は今だ無い。そもそもやらせてくれない…

http://anond.hatelabo.jp/20160423184004

趣味読書」よりブサ顔や低学歴の方がはるかに大きくネガティブバイアスかかるので趣味くらいしかケチつかないのであればマシな方

2016-04-22

前略、はてな様。(前編)

まずは、大変遅ればせながらはてな上場おめでとうございます。2ヶ月遅れですが。

私は一、はてな無名ファンです。

先にお断りしますと、この文章は長いです。12,000文字近くあります。そう言えば最近「長すぎて読めない」ってタグ見なくなりましたね。

元々は数日前に自分のブログに投稿したのですが、アイコンを見てもIDを見ても誰にも認識されていないであろう私がこんなことを書いているのも気持ち悪いような気がして、衝動的に消してしまいました。そんな文章ですが、せっかく書いたので思い返して増田に投下します。それでも交流のある僅かな方からは、「あ、あいつだ」とすぐバレると思いますが、全く構いません。

大げさな振りをしてしまいましたが、この、はてなの世界からゆるやかに距離を置こうと思いまして。

ハイコンテクストな話題で、関係者でも有名ユーザーでもない私が語るには随分と分不相応であろうことは承知しているのですが、私は人知れず長年このはてなという会社とそのサービス利用者でした。たぶん、相当熱心なファンのほうだと思います

しかしこのはてなという界隈、おそらく長年世間一般的には「俺ははてなが大好きなんだー!!」とはなかなか言い出しづらい雰囲気と言いますか、一部一種のギークナードか?)臭さみたいなものから逃れられないセグメント感があったために、公の場であまりそれを声を大にして語る機会が無かったという状況があったような気はしています

勝手な想像ですが、よく言われるとおり先日上場した株式会社はてなとしてはきっと、そういった閉鎖的なカルチャーからの脱却を図る必要があるのは事実なのであろうと考えています

私は「はてな界隈」という自然発生的な、「インターネット好き」が作ったプラットフォームコンシューマージェネレイテッドなコンテンツが組み合わさってできた若干マニアックな文化がとても好きで、かつてインターネットに期待していたワクワク感のようなものを自分の感性ともっとも近い形で目指している会社だなと思っていたので、はてなを好んで使っていた理由も、今これを書いている理由も、サービスが向かう方向性とのギャップが発生したということで仕方ないのかな、と考えてはいます

回りくどい書き方ですが、つまり、ここ最近(数年)の急激な利用者層の変化、人気ブログホッテントリに上がってくる記事とその使われ方の変化、新たな利用者層との精神的摩擦に疲れて消耗するのが嫌になった、ということです。

私は自分の楽しみのために自分が面白いこと書き、読むっていうスタンスで自分のスペースを使ってきたので特定のユーザー群を非難するのはその趣旨とズレるし、メタな「ブログ論」を書くつもりは無いんです。なのでわかりやすバズワードは書きませんけど、要は、そういうことです。お察し。


ここまで書いておいてから自己ツッコミを入れますが、私がここでこんなことを書いていても、おそらくそれほどの価値は無いのでしょう。

私は長年使っているとは言いながらも、所謂はてな村」と言われるような有名ユーザー層に所属するようなアカウントではないし、特別人に見られるコンテンツを上げていたわけでもコミュニケーションを取っていたわけでもないし、こんなことをグダグダ書いていても「知らない人。気持ち悪い。」で片付けられてしまうような気はします。

コンテンツもお金も落としてもいないアカウントですので、ある意味運営側の立場から見れば、「うるさいことだけごちゃごちゃ言って全くサービスに貢献しない面倒くさいアカウント」あるいは「フリーライダー」と言われても仕方がない気がします。

これは別に被害妄想を語っているわけではなくて、自分がサービスを利用して得たメリットと、お客さんとしての価値を第三者的に見た時、そういう風に判断されてしまっても仕方ないかな、と冷静に思っただけです。

最近はてなブログブクマを見ていて、「これは自分には合わないな」と思ってケチを付けたくなる機会が多くなってきたことと、でも、ケチを付ける発言力(あるいは権利)のバランスを天秤に掛けて、ああ、もう自分が楽しく見ていられる場所ではないのかな、と感じることが増えてきたことと、単なる1ユーザなのにそんなことを考えてしまうこと、考えさせられてしまうことが嫌になってきてしまったということがあって、こりゃ、私の居場所はもう無いのかもしれないな、と思いつつあるということです。

かつての掲示板サービス群から始まってブログランキングやら、SNSやら、インターネットサービスではいろんなところでこのような文化の変遷みたいな場面は見てきたはずなのだけれども、思ったより自分の生活の大きな部分にはてブが入り込んで浸透していたことに自分でもかなり驚いていますね。

前提としてなぜ、こんなマイナーキャラの私がそこまで一、ネットサービスに入れ込んでいたのかについてちょっと語らせてください。長くてすみません

私のはてな歴は12年くらいです。長かったらどうだというわけでは無いのですが、はてなを知ったのはまだ人力検索しか無かったころで、自分が実際にユーザーになったのは例の「日本人にはブログより日記」のちょっと後、「はてなダイアリーはてなブログに名称変更」とかエイプリルフールネタでやっていたころです。最古参ではなくて、ブログブームの頃に「はてな界隈」を意識するようになったので第2世代くらい、ということになるのでしょうか。

その後アカウントが一回変わっていて今のIDは5、6年くらい前に取りなおしたものなので、おそらく古参ぽさは無いですね。


はてなには他社のサービスと比べてとりわけIT系ユーザー比率が高いと思いますが、私もそうです。一貫してネット関連ですが完全な同業というわけではなく、何度か変遷を経て今は流通系事業会社インターネット事業担当になったというキャリアです。

はてなのサービスを認識した時はちょうどMovableTypeの2.6あたりが日本でも流行りだした頃で、「Web日記がhtml無しでこんなに簡単にできるなんて!」「コメントとかトラバとかすげー!コミュニティ作れまくり!」とかっていう話題で日々興奮していたのを覚えています90年代後半からネットは見ていたけれど、これからいよいよ「普通の人」にもオープンに普及していくんだなー、と夢描きながら仕事で、あるいはプライベートでどう活用しようか考えていたんですよ。「Web2.0」より2年前くらいのことですね。

その頃、ちょうどあるECサイトコミュニティサービスの担当をしていたんですね。いろいろやりましたよ。掲示板サービス炎上して閉鎖に追い込まれたり、画像著作権で揉めたり、ブログが使えるようになってからは、「ブログ商品の宣伝を書いてリンクを貼ってくれたら100ポイント!!」とかい現代であればGoogle警察が1日でぶっ飛ばしにくるようなプロモキャンペーンもせっせこ考えては公開してました。更にその後はOpenPNEベースのmixiっぽいSNSをやったりとか。

今考えるとうわーっていう企画も多かったのですが、おおらかながら大真面目にやってたんですよ。まじめに、ライトユーザーに使ってもらうにはどうしたらいいかとか、コアユーザーがどう伝搬してくれるかとか考えてました。その頃は(ネット上のマーケティングにおいては)セグメントの乖離とかそういう問題も今ほどは研究されていなかったし、たぶん自分でもまだ十分理解できてなかったんですよね。私はそんな感じの人間です。


自分語り方面脱線したので話を戻しますが、ブログブームちょい前の頃、世の中で出始めたブログアカウントを片っ端から取っては試すということをやっていたんですよ。ココログはてダから始まって、livedoor、goo、ExciteSeesaaJugem、FC2、楽天、MSN、ドリコムウェブリブログドブログYahooヤプログ、アメなんたら……

でですね、そのときにはてなの特異性に気付いたわけです。

なんだこりゃ、殺風景サイトだなぁ、なんか研究室みたいだなぁ、システム屋くさいなぁ、ってのが当時の正直な印象です。まったく間違ってないと思いますが。

ダイアリー以外の他のブログサービスはだいたい大手キャリア系か、大手ポータル系か、大手ホスティング系のいずれかじゃないですか。実際仕事で関わることがあったのはそういった会社さん達だったわけだったんですけど、私個人的にはこのはてなダイアリーってやつにとても興味を持ったんですよね。

純粋にIT系オタク集団(失礼)がコミュニティで勝負するっていう構図のサービスがすごく面白いなって思いまして、当時から実際にIT系のギーク技術記事とか、濃厚なネットのいざこざとかそういうのがぐちゃぐちゃと集積されつつあって、うわぁ危険と思いながらもはてなだけは明確に識別して見に行く感じになってたんですよね。

人力検索もそうですが、アンテナとか、キーワードとか。私はネットコミュニティをやりたくてこの世界に入ってきた人間なので、人と人をつなげるサービス、というコンセプトに対して面白いことをやろうとしている人達がいるんだなーって思ってたんです。こんな殺風景非コミュ論壇だらけのサイトなのに。なんだかそのギャップがまたすごく居心地が良くてね。よく閉鎖的って揶揄されるはてなですけど、私はそんな風に思ったことなかったな。

そう、私は村感というよりは、僻地の秘境だけどここは自由でオープンだ、っていうように感じていたんです。

今はなおさら顕著ですけど、その頃って既にインターネットサービス外来大手サービスに集約されつつあったじゃないですか。ブログにしたってMovableTypeWordpressも外から来たものだし、MySpaceとか、Facebookもそうだし、その後の流れって周知のとおりって感じじゃないですか。強いて言えばmixi……はやっぱべつにいいや。

そんな中、日本ドメスティックな小さなネットベンチャーが純粋なコミュニケーションの仕組みだけで世界観を醸成して、しかも生き残るっていうことに夢を感じたんですよ。まあ、ドメスティックっていう部分について言えば、jkondoさんが渡米した時期とかあったなぁ、とかあるんですけども。

はっきり告白しますけど、私のような自分で新しいプラットフォームを開発するほどの実力が無い中途半端ネット屋にとって、超恥ずかしながら彼らはヒーローだったんですよ。jkondoさんやnaoyaさんは私とほぼ同い年ですけど、勝手に同世代ヒーローだと思ってたんですよ。

はてなブックマークソーシャルブックマークという概念を身近に体験した時は「単なる『お気に入り』じゃなくて、興味を持ったものについて何時でも語り合える世界が作れるんだなあ」ってリアルに衝撃を受けたし、スターが登場した時は(FacebookTwitterより前に)これ、シンプルだけどもしかして世界を幸せにする機能じゃね?って感動したりしましたよ。

だいたい、jkondoさんはすごいんですよ。私など勝てる要素が無いですよ。スプリントでもロングでもヒルクライムでも絶対勝てないですよ。山も強いし、みんな山手線一周1時間48分てできます??サラッと書かれてたけど、メチャクチャ速いよ!!俺も何度もやってるけど、大真面目にやっても3時間切るのだって大変だよ。明治通り中央通りはともかく、田端駒込あたりの裏路地とかどうしてたんでしょうね。メッチャ危ないよ!!つか、あの頃の自転車クラスタみんなどこ行っちゃったんでしょうね……

何の話でしたっけ。そうそう、趣味が合いそうな人達が集ってるっていう話でしたね。

私の文章は、テキストサイトからアルファブロガーあたりまでの文章にめちゃくちゃ影響を受けていると思いますちょっと極端なことを書いたら「フロム先生の真似か」とツッコまれてドキッとしたり、写真クラスタの真似をしてやたらでかい写真を並べてみたり。最近は年に一回お正月だけに現れるmk2さんの文章を見ると涙が出そうになります。長文には慣れています。必死に調べないとついていけないような技術論議や、内蔵をさらけ出して書いたような、編集が入った本では読めないようなブログを読みたいし、そういう記事でみんなが共感していく世界が見たかったんです。

はてなブログ目次記法は便利だと思うんですけど、他所ニュースサイトに貼られた記事を引っ張って目次を並べていかがでしたか?なんていう記事を、私は単純に面白く読めないんですよ。「参考になりました!」じゃねーよ!!ならねーよ!!残念すぎるだろ!!なんて思ってたんですよ。

ここまでで既に5,000文字を超えてしまいましたが、話が飛んでしまったので一旦元に戻します。

まり、そういった「自分の好きなものを好きと言う」「好きなものを選んで、好きなものを見て共感する」という、人の本能的なコミュニケーションの楽しみの源泉のようなものを、私は求めていたんだと思います。自分の背中に正直な、泥だらけのスニーカーで追い越すような体験を期待していたんです。

もちろん、どんな時代にだって人と人のコミュニケーションにはいろいろあって、変わらないものがたくさんあるんだとは思いますよ。パソ通の時代だって、BBSの時代だって、初期のブログだって、「読みました。記念カキコ☆」はあったし、コメント欄で交流が繋がって新たな友達ができるという興奮だってあったし。

最近はてなだって、今、その興奮を新たに体験して純粋に喜びを感じている人達がいるはずだしそれはもちろん喜ばしいことなんですけど、さすがにこの情報過多なご時世なので、ツールと場所の管理と運営をしっかりやっていかないと、純粋な喜びを埋もれさせず、コンテンツの品質を保つのは相当に厳しいなという実感はありますね。

一般化、大衆化、というものはだいたいそうで、単純に「この村も昔は良かったのに」っておじいさんが言っているっていうような話ではないと思うんですよ。

こんなことを話している私自身が既にネット上では「古い側」の人間になっているのかもしれませんが、個人的には、「はてな村」とかって言われている界隈にそれほどイライラするような内輪感を感じたことは無いんですよね。実際にひどい攻撃的な言葉が飛んできて嫌な思いをしたことだってありますし、慣れ合いとかってのは昔も今もあるわけなんですけど、だいたいは好きなことを好きなように書いた、っていうモチベーションによって書かれた記事は、面白ければ当たるし、面白くなければ流行らないわけじゃないですか。読む側だって気に入ったら読めばいいし、気に入らなかったらスルーすればいい。だいたい、広い世界で見ればごく一部のできごとだっていう側面もあったわけじゃないですか。

だから、一定の、嘘を嘘と見抜ける程度のネットリテラシーさえあれば、海水浴場の中に浮かぶ邪魔漂着物があっても、農耕地が石だらけで荒地になっていても、単に避ければいいだけだって思ってたんです。

むしろ、良い記事にフォローが集まったり、ひどい記事はひどい記事でそれに集まった批判が有益だったり、そうやってやり取りを応酬する中で集合知として収斂されていくという光景は、みんなで海を掃除したり、畑を耕していくような感覚を覚えていつもネット醍醐味であり爽快ですらありました。


……でもね。最近の例の動向はちょっと様相が違っていて、私のようなユーザーにとってはもうちょっと見ているのが厳しいな、というのが本音です。商業的なまとめサイトが場を汚染している、というような話であればユーザーコミュニティによるチェックと自浄作用が働きますはてブうまいことそういう機能果たしてきたと思うんですよね。

でも、ユーザー側のほうで「良いと思ったから良いと言った」というお気に入りによるキュレーション機能が働かず、返報性の原理によるコミュニケーションが中心の場になってしまったら、今のままのはてブでは、(コメントツールとしてはともかく)少なくとも情報ツールとしての価値は大きく毀損されます。これは、ユーザーモラルもありますが、サービス構造上の問題として避けられなかったことだと思うんですよね。


海や畑が全部「あれ」になったら、もうどうしようもないでしょう。もう去るしかない。

この問題についてはさんっざんぱらたくさんの人に書き尽くされているのでここでは書くつもりないんですけど、小遣い目的で面白くない記事が量産される、共有のヘッドライン専有されて他のユーザーに影響を及ぼす、内容に関係なく相互フォローする、これらは本人の意識あるなしに関わらず、関係ない人から見たら無益です。

これについてルール違反がないのならば、サービス品質を維持するための運営/システム側の構造課題を疑ったほうが良いし、ユーザー側についても、一部の炎上チャリーンで喜ぶようなやつは単なるスパムなのでこれは単純な絶対悪ですよ。

別にネットの世界で今始まったことじゃないんですよ。むしろはてブ牧歌的で今まで性善説でよくやってこれたなっていうレベルじゃないかと思いますTwitterでも「相互フォロー推進委員会」とかあったなあ。一方的に何百人単位でフォローしてきて、ふぁぼりまくって、こっちが反応しないと砂をかけて去っていくようなのが……

ただそういう人達ごにょごにょ楽しくやってるだけならどうだっていいんですけど、今はホッテントリが明らかに使いづらくなっていたり、更には他のSNS経由でこの界隈の記事が流れてきて反応したらおかしなことになったり、実際にそういうことが発生しだしているんですよね。これが結構精神的にくるものがあるんですよね。

というわけで、そういう一団がこのサービスのほんの数%、もしかしたら0.数%の人達であり、ほとんどの普通の人は何も気にせず普通に自分の日記を書いているんだ、てことはわかっていても、でももう気持ち的にこの界隈と一緒の世界でブログを書くのは無理かもしれない。既に古参と言われる人達がかなり去っていっているし、生き残っている人達も読者層が急激に変わっていたりとかして、なんていうか、見ててつらい。

最近、ある有名人ブロガーブログを読んでいて、半年前にも同じテーマで書かれたことがある記事がホッテントリに入っていたのを見たんですけど、ふとブコメを見てみたら、半年前の記事と反応のコメントが全然違くてびっくりしたことがあったんですよ。よく見ると、並んでいるアイコンがガラリと変わっていることに気づきました。読者層が急激に入れ替わっているんですね。

この人はムラ社会に寄る人では(読者から見たイメージでは)無いし、長い人とも新しい人ともバランスのいい関係を築けていてすごいなあ、と思っていたのですが、図らずも急激に「有名人」として新規層の神輿に乗せられているように見える状態になってしまって、一方で彼自身は広告収入で儲けているようなブロガーではないし、内心複雑な気持ちなんじゃないかな、とか勝手心配をしていたりします。そういう人、何人かいますよね。余計なお世話すぎるとは思うのですが。

------------------

すみません、長すぎて登録すると切れてしまうので、途中で切ってトラバで繋げます

http://anond.hatelabo.jp/20160421113131

元増田です

増田ケチって自分で言ってはいても、もし親や兄弟親友が住む街が被災したら、たぶん何か自然としてるだろ?

俺は、1年前に転職するまで、熊本県内で学校先生やってたんだよね

俺が教えた子たちはみんな、当たり前だけど今でも熊本にいて被災してるんだ




他人お金は送れなくても、誰だって家族プレゼント送ったり、親友にご祝儀包んだり、知り合いに仕事回したりは、別に何も思わず出来るだろ?

それに、ふるさと納税は損しないどころか俺も得するし、自動車保険はどうせどこかには払うお金

あと、俺の貯金の何割かは熊本県内で働いて貰った給料だしね

から、俺がしたことはただそれだけのことなんだよ




から、俺みたいに熊本に縁のある人以外は、別に今回の地震で何かをしなくたっていいと思う

でも、自分の大切な人がいる街で何か起きたら、今度は自分の番だと思って、出来る人が出来ることをすればいいだけなんだと思うよ

2016-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20160420090502

お前わからないわからないいってるだけじゃん。

何もわからない子ちゃんは他人意見に対してケチつけるなんてことはできないんだよ。

2016-04-19

募金ができない

ケチなのだろうか募金をしてあげたいのだが

お金が惜しくてできない

数百円でも勿体無いと思ってしま

家族とかなら送金するのだが、、、

2016-04-17

[] なぜ県外に避難しないのかとても疑問だ。誰か教えてくれ。

熊本で一連の地震が起きた時、僕は震源地結構近くにいた。

震度6の揺れが来たこともあった。


4/14の最初地震があった時点では、震源地益城とその近くでは大変な被害があったけど、その他の地域への影響は限定的だった。

一部地域水道水が濁ったり断水になったりというライフラインへの影響と、スーパーコンビニから水とパンが消えたというのが主な被害だった。

余震は続いたが、本震は過ぎたことだし、徐々におさまってまた日常が戻ってくるだろうというのが大半の人の考えだったに違いない。僕もそう思っていた。


そして、その不意を突くように、4/16未明、あの大地震が起きた。

南阿蘇村を中心に大きな被害があったことは周知のことだと思う。


この地震以降、僕の周りでも状況の深刻さの度合いが変わった。

ほとんどの店がクローズしており、営業している店を見つける方が難しくなった。当然、営業している店には長蛇の列。

電気水道・ガスのライフラインが止まる家庭が急増した。

炊き出しや給水場などが増え、そこでお世話になることが普通になった。ああ、ここは被災地で、僕も被災者なんだなと実感した。


事態が完全に回復することの見通しが立たない中、これじゃ生活がままならないなと思った僕は県外の実家一時的に帰ることにした。幸いにも僕の実家熊本からそう遠くない。

僕の友人にもそうする人はいたし、テレビでもそういう人たちのことが写されていた。

高速道路が一部閉鎖されたりと多少の交通規制はあったが、通常の1.3倍程度の運転時間実家に帰りつくことができた。


実家では、スイッチを押せば電気が点いたし、蛇口をひねれば水もお湯も出た。

快適だ。僕はあっさりと快適な生活を取り戻すことができた。

こんなにも簡単に元の生活を取り戻すことができたことに、僕は言いようのない違和感を覚えていた。

そしてその違和感が、熊本に漂っていた雰囲気としての深刻さと、そこから簡単に抜け出すことができたこととのギャップだということに気づいた。


もちろん、阿蘇大橋が落ちて身動きがとれない阿蘇人達や家が倒壊するなどの大きな被害を受けた人達を始めとした「どうしようもない理由」を抱え、支援に頼らざるを得ない人達はいる。

だがそれ以外の人達は、案外簡単にこの状況から脱することができるんじゃないか。


僕は実家に帰ったが、友達の家でも、親戚の家でもいいし、宛がないならしばらくビジネスホテルに泊まるでもいい。

緊急事態だし、ゴールデンウィークの代わりの旅行とでも思えば出費のことは我慢できるだろう。

熊本車社会から大半の人は自家用車を持っている。車を使えば簡単にこの被災地から抜け出すことができるのだ。

仕事は、電気が来てないんだから大半の職場では休業だろう。僕の会社も数日間は臨時休業となった。有給をとってもいいだろう。

地震が起きたのは土曜日未明から、土日の間だけでも避難するという選択肢もある。


もちろん県外に出ることを強要することはできないが、何かそこにとどまらなければいけないという思い込みがあるような気がする。閉じ込められたという勘違いがあるような気がする。

絶対にそこに留まらなければならない理由はあるのか?

ライフライン機能しない状況では、金銭的に余裕がある人でもその場所に留まる限り、支援に頼らざるを得ない。

余裕がある人は、県外へと出て、自分支援を受けなくてよい状態にすることが、「本当に支援に頼らざるを得ない人」を助けることにならないだろうか?

その方が、不自由がないからその人自身時間有効に使えるし、win-winな結果になると思うのだが。

[追記]

ついにエコノミークラス症候群で死者が出た。

熊本を出さえすれば、あっけないほどに、いつも通りの生活を送ることができるのに。

旅費をケチっている場合ではない。

「他の人も大変なのに自分だけ」と罪悪感を感じる必要はない。

しろ、前述のように、自分支援を受けなくていいようにすることは、支援に頼らざるを得ない人への助けになるのだ。

合理的感情にとらわれている場合じゃない。

県外へ出ることができるのに避難所不自由生活を送っている人は積極的に県外へ出るべきだ。

2016-04-16

なんのために…

日々の売り上げを管理するためのシステムが導入された。

従来から使用していたもの更新たかたちである

当然、一連の作業について手順が定められ、それにのっとって日々進める。

…のだが、例外的な手順が多すぎて、結構な頻度で異なる作業が発生する。

まり作業平準化できていないのだ。

結果、従来と同じかそれより大きな時間・労力がかかっている。

初出の例外なのに(いつもと何か違うことに)気付かないとマネジャーはキレるし、余計な時間取られるし、せっかくの新システムも宝の持ち腐れである

思い返すと導入当時システム屋と打ち合わせる際に相当金ケチってたみたいだから、そもそもがそんな優れたシステムじゃないんだろうな。

なんのために投資を行うのか…。

オークションで出品したら、ネチネチネチネチネチネチと文句言ってくるオッサンに当たってしま辟易していたらどうやら返り討ちに合わせていたらしい。

たかが数百円でここまで仕返しできるなら痛快だ。ざまみろ、と正直思った。

このひとは最初から喧嘩腰でウエメセで、あーやだなー変なひとに当たっちゃったなーはよ終わらんかいなーと思ってたので、なんか…ほっとした。

それに、たかが数百円をケチり、イチャモンつけまくりで手に入れた商品で、このひと幸せになれるんだろうか、幸せなんだろうか、と、他人事ながら心配だ。きっと嫁もいないし、いたとしても関係は冷え切ってるだろうし、優しくてあったかくて幸せ、というとこにはきっと生きてないよ。

2016-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20160414221154

異議あり!誰も寄り付かない店は改装費用ケチるため汚い!

だがテーブルが綺麗な店は大抵チェーン店指導を受けるせいでありあまり味と関係が無い!

2016-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20160413024243

港区なんて東京の裕福地No.1だろ?270万なんて即払えるレベル

ケチ大阪土民は国へ帰れ

http://anond.hatelabo.jp/20160413024243

家政婦雇ったと思って諦めろよ。

子供預ける金を考えれば問題無いだろうよ。

大阪人間ケチだな。

それに嫁が働いたら家事育児の分担が増えるだろ、どーすんの。



私立大学奨学金使って行けば400万円は掛かるわけで、裕福家庭では無い大卒女は皆400万円ほど借金を持っている可能性があるな。

300万に減っているのは独身中に返したのかね。

2016-04-07

フリースタイル教皇庁名勝負数え歌:「ニーチェ vs 神」

◆ビーフに至るまでの経緯

神だけどお前らから著作権料を徴収しにきました。

rna ニーチェが神を殺したのが1883年頃だからとっくに著作権切れてるだろ。

mckassyi あれ、神様は死んだって昔、ニーチェさんが。

KariumNitrate ニーチェが亡くなる1900年までに死亡が確認されてるので色々時効ですね。


ワックはてなーdisに神さんマジ激おこ「まだ死んでねえっつの!!」

ニーチェにバトルをふっかける



◆バトル前コメント

ニーチェ「いやー負ける気? がしないっスね。もう終わりでしょ正直神とか。前世紀が全盛期だったでしょ。今日調子いいですわ。全身が口になったみたいな、断崖の高みから落ちる渓流の轟みたいな感じ。はやく俺のフロウを谷へ向かって流し落としてえ気分でーす」

a.k.a. Shit する God人類? 最近頑張ってじゃないんですか(笑)。でも、まだちょっとちょっとまだねえ。譲れないでしょ。チャンピオンの座は」


◆バトル(会場:バイロイト祝祭劇場

M.C. Leo PP. XIII「さあ、Big. G.G ことガリレオ・ガリレイマルティン・”シスマ”・ルター以来のビッグマッチアップがやってきたぜ! ニーチェ vs 神! 果たして神は死んだのか!? それとも死なないのか!? さっそくはじめるぜ、DJ Shit-ダールダ!  ギミアビーーーーッ!」


(チェケチェケチェケバウ♪)



ニーチェ

Yo ツァラトゥストラならこう言うね

 Tell you I’m da superstar,

 Tell you I’m da Supermensch!

 Yes オレはスーパーマン

 どうみてもおまえ Wimp なバットマン

 勝てるわけねえじゃん おれはクリプトン

 負けるわけねえじゃん おれのスクプリト

 食らっちまいな オレ=アンチクライスト

 かつて神をdisった俺たち

 いまやdisる価値もないおまえだし

 死んでくれて良かったな思うし

 だったら 至高の軽蔑 ’n 思考の聖別

 くれてやるぜよ 代わりに Gi’mme 地上の権力

 全力つくして行くぜ善悪の彼岸!」


「そう僻むなよ スーパー メーン!

 見下げたやつだぜ ルサンチ メーン!

 面妖ガイ(コンプラ) 永劫回帰

 複雑怪奇新刊なんかに

 殺されるわけない オレの神学

 見学 してみる? 瞬殺しちゃうかもだが

 哲学道徳煉獄アフォリズム

 反時代的なおまえの考察

 降伏するならいまのうちだぜ

 Cuz You're just a human!

 勝手に使うなヨソのザラシュトラ

 ゾロアスター に頼ったところで

 いまさら来ないぜその明日は AMEN!」


ニーチェ

エイメン唱えたところでこの世はB面

 救いなんかないサーセン だから俺たちB-Boy

 やってんだろ 忘れたか? 無邪気そのもの忘却

 返却なんかしないぜ今夜かぎりで負債

 シナイ山登ってもいらねえぜ十戒

 聴く耳もたねえ キルミーベイベー

 そんな明日ならやすなかソーニャ

 あれかこれかで悩むならよしな

 身過ぎ世過ぎで死屍累々のこの世で

 いつか掴むぜ獅子の声を Mein に

 カインの末裔なら上等なんだ だったら

 おまえの御徴(サイン)に否(ナイン)!」


サインが見えねえ お前はシックスセンス

 欠けたブルース・ウィリスだな

 それに引き換えオレはダイ・ハード

 ぜったい死なねえマジハートフル

 祝うんだ毎年のクリスマス of my child

 with ジーザスクライスト ye shall find

 俺たちいつでも Homie 三位一体

 おまえはいつでも Zombie 惨殺死体

 だけど おまえ次第だ 忘れんな

 俺とおまえらで 結んだ契約

 俺はおまえらを いつまでも啓発

 してやってんだ Say So Still God’s not Dead!」



M.C. Leo PP. XIII「Hoooooo! 終了ー! それでは審査員の皆様、ジャッジをどうぞ!」