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はてなキーワード: 効果とは

2016-08-25

瞑想」について

瞑想」――言葉だけは誰しも聞いたことあると思う。なんとなく、座って目を閉じて心をリフレッシュできるもの?というくらいの一般認識はそこそこ広まっているとしていいのだろうか。

かくいう私も今年になってから始めたのがこの瞑想。寝る前に15分くらい実践している。例として挙げるには恐れ多いけれど、アップルコンピュータ創始者であるスティーブ・ジョブズ氏や、京セラ名誉会長でありJALを再建させたことも記憶に新しい稲盛和夫氏も実践しているらしい。

今やブームになっているとまでは言いがたいが、知っている人はやっている、心身のリフレッシュ方法だ。瞑想はいったい何なのか?その実践方法瞑想による効果について私なりにお伝えしたい。

■「自分思考自分の考え」というのは誤り

細かな歴史や背景については検索すればいっぱい出てくるのでここでは省略するが、発祥はもちろんインド仏教からだ。しかし、現代人の多くが実践している瞑想はそういう宗教的目的ではなくて、強いて分かりやすく言えば、雑然とした頭の中をすっきり整頓させることを目的としてやっている。

まずこの「雑然とした頭の中」について理解するための方法として、あなたにもぜひ試してみてほしいのだが、「10秒間、何も考えないでみる」をやってみてほしい。いかがだろうか。みな、「気づくと何かを考えて」いないだろうか。たった今、自分で何も考えないと決めてかかったにもかかわらず、気づくと何かしら考えているのだ。

まり人間思考というのは一見自分制御しているようで、実際はそうではないことが分かる。あなたに今思い浮かんだその思考は、あなた自身制御によって浮かんだ思考ではない、という点だけはまず基礎知識として知っておいてほしい。

ストレスの源である自我と関わりのない時間もつ

この自らの意思とは無関係自動的に湧いてくる思考のことを自我と呼ぶ。人間ストレス精神的な苦しみはこの自我によってもたらされる。つまり自我自分自身と捉えてしまうことによって、日々嫌な思いや嫌な気持ちを味わってしまっていると理解していただければと思う。

釈迦様ですら、この自我のことを悪魔と呼んだくらい、人間にとって厄介な存在ものなのだ瞑想とはそんな自我と関わりのない時間もつための手段ひとつになる。

基本はリラックスして座る、鼻でゆっくりと呼吸する、呼吸に集中する

瞑想をする理由が分かったらあとは実践あるのみとなる。実践と言っても学校勉強ビジネススキルアップのように小難しいことは一切ない。基本は、

リラックスして座る

鼻でゆっくりと呼吸する

意識を呼吸に集中させる

の3つだけ。本を読んでみるとマントラを唱えるとか色々あるけど、要点としては変わらない。最初のうちは自宅のベッドなど静かな場所でやった方がいいだろう。慣れたら昼休み中のカフェでもできたりするそうだ。

基本はリラックスして座る、鼻でゆっくりと呼吸する、呼吸に集中する

座り方も写真のようないかにもな座り方があるがそれにあまりこだわらなくてもいい。大事なのは自分が本当にラクできる座り方であること。ラクに座れたら、次にゆっくり鼻から息を全部吐く。吸う時は鼻に任せる感じで、またゆっくりと吐く、これを繰り返す。

最後に何より難しい「意識を呼吸に集中させる」だが、自分の呼吸を五感で感じるつもりでスーハーする呼吸音に耳を傾け、肺に入る空気を体で感じる。慣れるまではこの呼吸に集中するのが難しく感じるが、集中してしばらく続けるとコツがつかめるはずだ。

■頭に浮かぶ雑念とは戦わない

無事、瞑想の態勢に入れたあなたに改めて伺いたいが、いかがだろうか。慣れるまでは先ほどの「思考の大群」が頭に押し寄せては来ないだろうか?

私も始めたばかりの頃は、あまりにこの思考邪魔すぎてとても瞑想どころじゃなかった。しかし、ここで超大切なコツをひとつ。その邪魔思考を決して消そうと思ってはいけない。なぜなら、その消そうとしているあなたの思いですら、あなた思考から出てきているものからだ。

非常にややこしく感じるかもしれないが、ここではそういう思考に決して立ち向かってはいけない。ただただ、浮かんでくる思考を、映像を眺めるかのように傍観し続けてほしい。

■まずは1日15分から。何が変わるかは人それぞれ

瞑想はやり過ぎはいけないと言われている。また、非常に集中力を要するものなので、最初タイマーをセットして15分を目安に実践してみるといい。上手くやれれば最初の1回目から効果を感じることができるかもしれない。他にも、実践している人の声として、

集中力記憶力が向上する

まらないことで怒らなくなる

考え方がポジティブになる

熟睡できるようになる

自信がつく

などがある。私も始めてから3~4ヵ月ほどだが、昼間の集中力は明らかに向上した(気がする)。科学的に集中している時間を計ったわけではないので断言はできないが、実感できるレベルにまでは十分向上している。

あなたは何が変わるだろうか?やり過ぎに注意しながらも、楽しみながら実践していただきたい。

東向きの窓際にベッドおいてカーテン全開にして寝てても平気で午後まで寝てる人間にも光目覚まし時計効果がありますか……?

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160824184921

便秘下痢が続くなら飲め

特に下痢が続く人なら効果がある

いたって普通状態ならあえて飲まなくもいい

どうしても気になるなら整腸剤でも飲ませておけ

http://anond.hatelabo.jp/20160824114125

ヴィパッサナー瞑想を1日2時間しろ

グルグル悩んでる時間を当てれば余裕だろ。

これだけを真剣にやれ。

俺はお前の症状が全部理解出来るし仕組みもわかるがここで説明されてもどうもならないだろう。

瞑想に取り組めば自分理解出来るし今のその問題はすべてが解決する。




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この2冊はお前の為に厳選した2冊だからこれだけは頑張って読め。

1冊目は瞑想に関する実践テクニックが多いから必携だが

2冊目はまさにお前のことが書いてあるといっていい。




2冊だけ読んだらあとは瞑想毎日取り組むだけだ。

他の努力は怠けても瞑想にだけは真剣に取り組め。

効果保証する。

にゆえ「24時間テレビ」は黄色基調にするか

公式には映画幸福の黄色いハンカチから拝借であるらしい。

黄色障碍者が好む色である と、まことしやかに言われる。俗にキチガイ色とも。キイロのキはキ印のキである

かの有名な「黄色い救急車」の いわゆる都市伝説も、この手の印象から派生したと思われる。

さて「24時間テレビ」とは何かと言えば、丸一日たっぷり時間をかけたお涙頂戴の障碍者見世物である

例えば闘牛は赤い布に滾って突進する。血のような赤は、あの舞台には欠かせない色だ。(実際には赤で無くても良いと聞いたこともあるがさて置き)

色には少なから意味がある。あの黄色は、それが本当に効果をもたらしているか否かは抜きにして

単位の観衆から一身に注目を集め・照明が焚かれ・カメラを向けられ、という健常者であっても取り乱しかねないような非常な状況下において

彼らをなるべく平静な精神状態に保つ意図でもって配されたものである。そう考えると何だかしっくりこないだろうか。

2016-08-23

SMAP解散をいちいち公共電波を使って報道するな!

って親父がめっちゃキレてる。

家族の前でキレられても困るんですけど。ネット批判書き込みするとか、テレビ局に抗議の電話するとか、スポンサー突撃するとか何か少しでも効果のあることをやればいいのに。家族に怒鳴り散らす姿を見せてこの人はどうしたいんだ?

そもそも知識人日本民放地上波なんてまず真面目に見ないんだよなあ。

バカバカ相手バカ向けの情報垂れ流してるだけってことは自明なんだから日本テレビなんてこんなもんよ。期待しすぎだよ。何年生きてんだよ。学習してくれ。

嫌なら見るな

見ないという選択肢もあるのにそのことにすら気づかない。ましてや自分から自分の欲しい情報を得ようという努力とは無縁の人生

ああ悲しくなる。

テレビの前に座ってれば自分にとって都合のいい情報が流れてくると期待してるわけだ。

ほんとアホかと。

東京五輪セレモニーの優れた配色

日の丸の赤というのはまさに暖色の中心の赤。

それを中心に据えながらCool Japan表現する難しさはデザインを心がけた人間ならすぐに分かることだ。

しかし、あのセレモニーには確固たる答えがそこにあった。

セレモニー中に使われている暖色は赤のみ。しかも、FF0000と表記したくなるくらい原色の赤。

それに対して、ショーのメインとして使われているのは白黒のモノトーンと、赤の補色に当たるシアンとそれより寒色側に位置する青系のみ。

基本となるモノトーンは、潔さや清潔感想像させる白、礼儀や誠実さを感じさせる黒という日本代表的カラーと言える。

そこにただ寒色系を織り交ぜだだけでは無機質で寒々しいショーになってしまっただろう。

しかし、日本の象徴であり暖色の代表格と言える赤を、さらテーマカラーではなくアクセントとして時に大胆に用いたことで、内に秘める情熱やたぎるような生命力が見事に表現されていたのだ。

恒星は青くなるほど温度が高くなる。そんなことをも思い出させてくれるような、火傷では済まない熱さが伝わったはずだ。

そのために黄色や緑などの生命感溢れるカラーを徹底的に排除し、それが生命力溢れる原色を前面に押し出すリオのショーに対して真っ向から挑むことになったのは単なる偶然ではないのかもしれない。

リオが押し出したのが生命自然だったのに対し、マリオドラえもんなどの非実在キャラクター都市テクノロジーなどが存分に登場するムービーがそれを物語っていると言っていいだろう。

多くの観衆や視聴者はこのたった10分間だけのショーを見ただけで、リオオリンピック過去のものになってしまったと感じたはずだ。

その証拠に、東京五輪セレモニーを挟んだ前と後のショーとでは全く違うものに見えたのはわたしだけではないはずだからだ。

一見挑発ともとれるこの行為は、まさに地球の裏側であり全く文化の異なる国にバトンが渡されたことを意味するには効果が絶大であり、オリンピックが終わった直後であるにも関わらずすでに4年後を期待させるにはこの上ない演出となったと言っていいだろう。

居合わせた観衆や視聴者の誰もが東京五輪に少なかぬ期待を抱いたはずだ。

ここまで大したデザイン勉強したこともなく、ホームページの配色くらいしか担当したことのない人間妄想だったがいかがだったろうか。

しかしそれよりも何よりも、自らの人生40年を振り返って、まるでその集大成走馬灯のように見させられたかのようであまりにも感慨深かった。

本当に近頃の商用文化だけでお茶を濁すようなものにならなくてほっとしている。この時代に生まれてよかった。

ただこの考えで行くと、小池百合子氏が選んだ高価なお着物の配色は東京五輪テーマとはそぐわなくなってしまうのだがこれは何かの暗示だろうか。

通常兵器効果があるなら最大火力?

から「後から判明したこと」から遡って「なぜあのときああしなかったの?」と言うのは無しでいこうよ。小学生じゃないんだからちゃんとストーリーの中での必然性を語ろうよ。



エネルギー切れるまで打たせろ」→ゴジラが一通り東京荒らし尽くして制止している状態が「休眠」であると「仮定」できるようになって初めて言えること。それ自体ゴジラ停止から数日後でしょ。

無人機使ってから誘導兵器云々」→だからそれも後出し軍隊同士の戦争じゃなく「どんな進化するかわからない不明生物」との戦闘なんだって相手の出方が全く予想できない状態で「相手停止!一斉攻撃!」なんて指揮したらそれこそ負けフラグのものでしょ。ましてそこに「群体化・有翼化」なんて可能性が出てきたら、確実に「通常兵器による攻撃差し控えよう」という判断になるわ。

「休眠してる間に次なる進化可能性を誰も考慮してないの?」→だから、それがあったからこその国連の「核攻撃やむなし」って判断でしょ。ちゃんと見てた? その考察あったから安田くんも「そりゃ選択肢としてはある」って言ったんだよ。むしろ、群体・有翼化して四方八方に飛び散るかもしれない(そして各地で再び巨大化するかもしれない!)生き物に対して、あなたが「物量作戦空爆が上策」と思ってるのが不思議で仕方ないよ。

結果論結果論、そして穴だらけの考察あなたの書いてることは、普通に全てシナリオの中で解決がついてることばかりだよ。あなたが「おかしい」と感じるのは、端的に言って読解力不足のせいなんだよ。

ハッキリ言うけど、そもそもあなた最初は「群体・有翼化」の話が作中で出ていたことを完全に見落としてたでしょ? そのレベル記憶作品の「あれがおかしい、これがおかしい」と言うのはちょっとどうかと思うよ。

それにね。「シン・ゴジラ」のラストは、「みんなでゴジラ倒したったwwwやったぜww」じゃないんだよ。あなたはそれさえ分かってないんじゃないの? ラストシーン尻尾の大写しは、最後最後で「ほんとにギリギリ幸運による成功だったに過ぎない」「一歩間違えたら最悪の事態だったかもしれない」「しかもその悪夢はまだ終わってないかもしれない」ってことをあの映像で観ているものに見せつけて、最後にゾッとさせる系のエンディングだったんだよ? 人類ゴジラ禍をまだ全然逃れ得ていないし、だからそもそも「あの攻撃が後から見てもベストでした」なんてこと、映画の中でも誰も言ってないしそういう作りにもなっていない。ただ「その時点その時点で得ていた情報の中で、各自が最適を選びながらがんばった」という話だったんだよ。各自の行動に、ストーリーご都合主義的で不自然かつ間抜けな見落としはほとんどない。そういった完成度の高さも、あの映画評価されてる一因なんだよ。

もちろん、本当のところ映画制作の都合上「そう言いつつも、この絵を見せたいからこうしたんだよねー」という部分は、そりゃある。映画からね。「リアル」と「リアリティ」は違うからね。ただ、その嘘の見せ方自体もかなりうまかった。納得して許せるなと思えるレベル。その意味で、あの作品の防御力はゴジラ並に堅い。だから、あの映画に切り込みたいならもっと違った角度、切り口、意表をつくアプローチ必要なんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160823104151



なお、タイトルの「通常兵器による最大火力」について一言考察。ここからはオマケ。

アメリカには「通常兵器有効」だというデータはあったのだろうけど、それに加えて、ゴジラレーダーのような能力を備えることまで予測していたのかもしれないね。でないと『同質量の金と同額』とまで言われる世界一高価なステルス爆撃機B2を(しかも3機も!)投入するのは不自然から。そして爆撃に使用するのは外しようのない、最大火力の誘導兵器である地中貫通爆弾バンカーバスター

まり、この時点ですでにアメリカは「普通に適切と考えられる最大の兵力」を投入してるんだよね。しか当事国同意を得ないうちに素早く。アメリカいか危機感をもち早期収束を焦っていたかが分かるね。しかし、そんなアメリカですら残念ながら予測できていなかったことが二つあった。「ゴジラ攻撃の対空レーザーへの進化」加えて「バンカーバスターで貫くことはできても死なないどころか怒らせただけというゴジラ身体構成(結果、馬鹿みたいに被害火災とおそらく放射能汚染)が拡大)」という2点。この2点のミスは致命的でかなり痛い。結果、米軍全体でも21機しか保有しないB2のうち3機(しめて約5000億円?)とその搭乗員を失い(エリート爆撃機乗員6名以上…プライスレス)、同盟である当事国の首脳陣をほぼ全滅させ(プライスレス)、同首都に壊滅的な打撃を与え(東北震災の約10倍としてざっと数百兆円? 円と株の暴落による世界経済への影響は…少なくとも米国債ドル暴落にも歯止めかからないレベルの打撃はまさにプライスレス)…。これ、単なる「攻撃作戦失敗」の域を越えてるよ?! いくら大統領に巨大な権限があるとしても「判断ミス」追及されたら辞任どころか死刑になってもおかしくないくらいの大失態だよ? ゴジラ対処する必要がある超非常事態からこそギリギリ責任問われずに済んでるけど。結果、アメリカ自分判断では動けなくなり、国連主導の解決策に移行するしかなくなった。その国連判断が、中露という地勢的に近隣な国々を中心とした「核攻撃止むなし」という結論であって、「通常兵器でなんとかしようとしてた前半」と「核攻撃止むなしの後半」では主体が変わってることもけっこう重要ポイントですね。

http://anond.hatelabo.jp/20160822223135

群体化・有翼化こそお話し都合にしか見えない。

本当に群体化・有翼化が危険視されるなら真っ先に考案されるのは誘導兵器空爆を繰り返すことだろ。

航空機迎撃されても無人機最初迎撃させて加熱させれば被害は抑えられる。

核を使ったらどうやっても核汚染が引き起こされるし何より歴史に汚点が付く。

どれだけ巨大な災害が現れたとしても国に対して核使用あん簡単スイスイ決まる方が考えられない。

どんな指揮官でもというかリアル指揮官であればあるほど通常兵器での攻撃で済ませるための作戦を必至に立案する。

そもそもゴジラに関して言えば日本しか被害にあってない状況で核使用国連で通るのがまずフィクションなんだが。

まあ、リアルかそうでないかを言い争っても仕方ないが、

通常兵器効果が見込めたらあとは物量作戦というのはリアルであるならばどんな状況においても基本的戦術戦略

それを刺激したら群体化・有翼化の可能性あるって言うが休眠中がまさにその群体化・有翼化進化のための準備期間だったらどうするんだよって話。

作中で一度ゴジラは体長をサイズアップするためと冷却機能向上のために海中で数日間帰っていった。

まりゴジラ進化が早いと言っても大規模な進化をするにはそれだけの時間を有するということ。

尻尾人間の体が出てきたのも休眠中群体化の準備をしていた可能性が大きい。

冷却のためだけなら致命傷を与えかねない外敵のいる地上で休眠状態に入る必要は全くない。

また海中に変えればいいだけだから

以上のように例え群体化・有翼化したとしても取るべき戦術は物量作戦での熱暴走って変わらんのよね。

ゴジラ自体がそれに対しての答えを用意できなかったから群体化に切り替えようとしたんだろうけど

まさにそのための準備期間が休眠中だったわけ。

眠してる間に新たな進化準備をしていた、という推察を一度大きな進化して帰ってきたゴジラという前例があるのに

誰も話の都合で推察しなかったのが子供だまし。

物量作戦否定してヤシオリに話を持って行かせたいだけのこじつけしかない。

じゃないと話つまらないもんな。日本主導じゃなくなるからニホンVSゴジラじゃなくなるし。

 

何度もいうけど進化危険があるなら進化するためだけの時間ゴジラに与える方が愚策だし

その対処日本しかまだ被害にあってないのにいきなり色々ぶっとばして核使用はご都合すぎる。

休眠に入ったか調査云々も、アメリカ空爆機が迎撃されてそのまま何も米軍が手を出さないのもフィクション

攻撃中に攻撃対象の動きが止まったら普通作戦中なら総攻撃する。

元々空爆によって東京被害出ることは織り込み済みだから止める意味もない。

レーザー撃ったからびっくりしてやめた、とか子供だまし、本当に子ども感覚

そんなので作戦は止まらいから。

角度変えて作戦続行する。

自衛隊ですらあれだけ駆除するためにやれること全部やったのに米軍が3機迎撃されただけでアッサリ手を引くのが日本マンセー

はてブnofollowが付くのか

はてブnofollowが付くようになるのか。

はてブ全体にnofollowが。


はてブは、SEO効果リンク稼ぎでの互助会をやってるのがかなりいるしな。

nofollow化も仕方ない。


それに、コメントしたいからしているだけなのに、

そのコメント数でSEO効果が上がるのもおかしい。

2chとかコメント数がすごいが、あん2chのやりとりのようなことを

はてブコメント欄でしても、SEO効果が付く。

これは、やっぱり、是正しないとな。


ということで、はてブnofollowが付くのは当然のこと。


それに、はてブnofollowが付いたからって、

それで、はてブを使わないようになるってのはどういうこと?

ホッテントリなんか関係なく、記事を書くものだろ。

ホッテントリなんか、内容がペラペラ記事ばかり上がってきてるし。


nofollowになっても、facebooktwitterは付いてないけど、

はてブなんか比較できないほどアクセス数があるしな。

nofollow化で人がグンと減るなら、はてブってのは所詮それだけのものだったんだよ。


はてブ互助会がうざいんだろ?

nofollowを付けたら一気に減るからnofollowにするわけで。

ちょっと待て、「野火」こそ過大評価されすぎだろ

シンゴジラとか邦画論争と関係なくてすまんが、逆張りではなく、「野火」は面白くなかった

なぜあんなに好評なのか謎である



良くなかった点のまとめ


映像

NHK再現ドラマっぽいハイビジョン感というか、RGBギラギラな緑(自然)にギラギラな青(空)

そこにわざとらしく墨を塗られたようなボロい日本兵がくっきり映る

それはそれでいいとして、時間の経過を表すために挟まれる、内容とまったく関係無い「移り変わる雲」「夕陽の海」とか、ダサい上にダルい

映像オーバーラップ手法とか、あえてやっているとしても何の効果も感じない

内臓飛び出たり四肢が舞う感じの殺戮シーンも、特に印象に残るほどではない



・演技

これといって迫力あるシーンがない

(わりと重要な役である若い役者の下手くそさは再現ドラマ感を際立たせ、

ブランキードラムの格好付けたキャラクターには既視感がある

リリーフランキーも、別にいいとこなかった

山本浩司ちょっと好きなんだが、ちょい役すぎてすぐ消えた

若い役者リリーの役、山本のほうが良かったのでは)



ストーリー

普通だった

予想通りの話(別に急展開を望むような題材ではないが)

ただ、上記の映像と演技がベースで話も普通だとすると、どこを見ろということである



そしてやはり今年「ゆきゆきて神軍」を見たのだが、面白かった

一部ファン神格化されてるサブカル映画ってイメージだったので、全然期待せず見たのが逆に良かったのかもしれない

内容としては「野火」の後日談的なドキュメンタリーとも言えるわけだが、

戦争でのやましいことを忘れて生きようとするおじいちゃん達と、それを許さぬ奥崎さんとの取っ組み合いの喧嘩とか、

こっちのほうがちゃんと地獄を感じる


http://anond.hatelabo.jp/20160822214815

2016-08-22

日本人美的センスの無さ

一般大衆レベルで、つくづく日本人美的センスがない。


2020東京五輪所謂パクリエンブレムだが、どう考えても最高に格好良かった。誰かも言っていたが、モジュール化できるエンブレムという発想は私にとって革命的だった。ところが一般的には大変不評だった。改めて選考したときのその他3案や、その前に出回っていた扇型のヤツは、凡庸すぎて目眩がしたものだが、無視しがたい程度に好評だった。


セブンイレブンコーヒーのヤツ、なんの問題もない。非常に格好良いとは言わないが、マイナス評価するポイントが見あたらない。レギュラーラージ、ホットコールドくらい分かれ。中学校で習うだろ。(レギュラーは習わないか?) この程度も分からないような人が、コーヒーが碾きたてかどうかにこだわるなんて、意味がわからない。馬鹿馬鹿なりに缶コーヒーで満足しなさい。況や、デザイン云々するでない。馬鹿なんだから


その原因のひとつに、文字がある。例えばアルファベットなら30字弱(大文字文字合わせてもその倍)しかなく、デザイン性を高めやすい。事実、長い歴史もつ様々なフォントがあり、用途によって適切な効果を発揮する。しかし、漢字はその点ダメだ。格好良くしようと思ってもキリがない。成功例もあるが、アルファベットには敵わない。


このことを痛感するのが、商店看板施設の案内表示だ。主に漢字で書かれた日本のそれは、致命的にダサい海外アルファベットのそれは、おおむね素敵だ。これは単に西洋コンプレックスなのではない。日本語には漢字があり、格好良くデザインするには数が多すぎ、格好良くするコストが高くなり、格好良くしたほうが良いという動機の低下や、格好良いモノを見る機会の少なさからくる美的センス育成の機会の逸失につながるのだ。


日本人はどこで美的センス(のなさ)を身につけるかというと、アニメマンガゲームなのだろう。クルマを見ているとそう感じる。日本クルマ(の失敗例)は、だいたいアニメロボットに似ている。大人が数百万出して買うような美的レベルに達していない。達していないはずなのに、みんな嬉々として買う。


デザインが全てではない。私は日本が好きだ。

でも、一般大衆レベルで、日本人美的センスがない。

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

ベアベうるせーぞゴミカス左翼

お前ら左翼が揃いも揃って使えねークズから年金問題国債タブー扱い腫物扱いのまま政治が停滞してるんだろうが

そういう臭い物の蓋を開けるのがマイノリティ左翼仕事だろ?

なんで一緒に問題解決できないからって蓋しめてんの?

昔の殺人事件起こしてた左翼の方がまだ自浄作用効果としての千倍価値あるわ

死ね

毎朝ムンクの顔→おもいっきりの笑顔を繰り返して表情マッサージしている

(昔なんかの営業向けセミナーで習った、表情筋ストレッチ

これやってるのにどんどん頬の肉が落ちて父親そっくりになってきた

垂れ下がる顔の肉を持ち上げるのには役立つかもだけど、そもそも減少してきてる肉を増やす効果はないから当たり前か

初めてオナホを使ったが死にたくなった

http://anond.hatelabo.jp/20160818013029 の続きです。

最近の尼は発送が遅くなってきたのに、今回は即日発送して翌日には到着しました。なんでこんな時だけ早いんだよ。でもちょっとしかった。死にたい

ちゃんと調教しないとフェラは歯が当たる・喉まで使えない等あまり気持ちよくはない。

これ絶対言う人がいると思った。同種に「パイズリは気持ちよくない」ってやつがある。「え、キャビア?あれってそんなに美味しくないよ~(苦笑)」みたいな台詞だという実感がないのだろうか。ただ好きなんだから、実際にどうだったかなんて関係ないし別に知りたくもないです。死にたい

何買ったの? 「真実の口」とか?

はい、一発で当てないでください。真実の口と言えば嘘つきが手を入れると抜けないというあの口です。上手いネーミングですね。ついでに尼にお勧めされた、真実の唾液ってローションも一緒に買いました。死にたい

手で触った感触は、デブ親父の三段腹でもここまでではないだろうという程にぶよぶよとした感触で、率直に言うとやや気持ち悪い(シリコンってもっと硬いもの想像していた)。これをベヘリットとか言った奴は一生オナホで抜けない呪いに掛かれば良いと思う。お陰でベヘリットが思い浮かんでしまって物凄く辛くなった。死にたい

とりあえず気になる口周りの造形、先述の通り、自然に空いた口元は真正からでも真横からでも大きな破綻はなく、見た目としては非常に良い。恐る恐る指を入れてみるとすぐ歯と舌に当たるわけだが、この上下の歯に挟まれ感触が口腔内を強く意識させるアクセントとなっていてなかなか馬鹿にできない。見た目だけかと思ったが、これはリアルと言って良いのではないか。ただし人体模型を見て思うリアルの方だと思う。死にたい

これは存外に期待が持てると確信し、キスも試してみたが想像力が足りないのか魔法使いとしての経験不足なのか何かが違う気がする。舌が短いから?いやそういう問題でも無いだろう。油臭さといったもの特に感じなかったし、外観及び内部の造形は確かに人体を模しているはずなのに、だ。こんなものなんだろうか。とりあえずファーストキスの味はシリコンの味でした。これはかなり死にたい




慎重に慎重を重ねるべく下調べした結果、最初風呂場で使うことを決めていた。これは次の二つの理由による。まず、温めて使う方が良いらしいということ。カツ丼弁当は冷めたままでも美味いが、温めればさらに美味くなるのと同じ原理だ。次に、勝手の分からない最初特にローションを多めに使う方が良いらしいということ。これはそういうものなのか、と先人の知恵に倣う。ここでふと冷静になると何を真面目に調べてるんだと正気に戻りそうになる。死にたい

尚、一応の葛藤として、ここまで守り通した童貞を失って良いのかということについても悩んだ。今この瞬間はまだ、ただの童貞でいられるが、使ってしまったが最後人間童貞になってしまう。人間に対する童貞ってただの童貞よりずっと恥ずかしいのではなかろうか。死にたい

道徳教育の場に於いて、人という字は人と人が支え合う姿を示すと言われる。しかし肉親を除く誰にも支えられず、また支えるべき人を持てなかった自分にもはや人としての幸せなど望むべくもない。人でないなら人に対する童貞など何も不自然ではない。この手が他の誰かの手を取ることをできないなら、もうこの手にはオナホさえあれば良いじゃないか死にたい




風呂場ですべきことを終え、湯で人肌程度に温め、ローションをたっぷりと注入し、さあ準備が整いいざ鎌倉といったところで時間が止まった。何かを忘れていた気がしていたが、立つべものが立たない。何もおかずが無い。そりゃそうだ、風呂場なんだから。むしろリラックスして萎える場だ。予想外の事態に少々戸惑ってしまったが、最初はお試し、練習のようなものだと割り切って想像力で半立ち程度にしてとりあえず入れてみる。感触としては違和感、としか言いようが無い。そもそも包まれるという感覚自体違和感なので仕方ないのだけど。死にたい

気持ちいい…?と呼んで良いのかも微妙で、確かに、まあ、知らない感覚なんだとは思う。刺激があるわけでもないし、気持ちいいわけでもないし、本当に何とも言えない感覚だ。ああいや、半立ちだったのがちゃんと立つ程度には刺激はあるのだと思うが、多分それは文字通り刺激に対する生物的な反応であって精神的な感応にまでは至っていない。動かすとまた違うのかとも思ったが、特に差は無い。いや、上下の歯で削られてるような感覚がある。痛いと言うほどでは無いが、痛覚に近いものなのでこれが苦手な人はいるのは理解した。とはいえ、これが良い刺激なのかともいうとよくわからない。全くこれだから童貞ってやつは。死にたい

ただ、横向きにしたときビジュアルについては造形の良さもあって非常に良い。また抜いた瞬間には、ちゅぱっという感じのリアルな音が自然と出るのも悪くなく、このビジュアルと音については充分、リアルと呼べるのではなかろうか。どのぐらいリアルかって言えば、コイン投入即天和スーパーリアル麻雀ぐらいのリアルさだろうか。死にたい




だらだらと微妙感触を楽しむのも微妙なので、さくっと致すことにしたがやはり何というか。悪くは無いと思うんだけど良くもない。一応、当該商品名誉のために補足すると自分の側に問題があるのだと思われる。よくよく考えてみれば、恐らく一般的と思われる上下運動による致し方を普段していないのでその動きの刺激に対する感覚がない。また面倒なことに、寒がりの愚息は分厚い皮ジャンを着込んでおり全く脱いだことがないので刺激に対して極めて鈍感であることが容易に想像される。つまり自分は、道具で致すことすら満足にできない不出来な存在だったということだ。死にたい

水洗いについては案外、早々に滑りが取れたこともあって虚しさを覚える前に終えることができた。問題はむしろ乾燥だ。逆さまにしてもさすがに奥には水気が残る。数日置けばそこそこに乾燥はするようだが、それでもまだ奥には水気が残っている気がする。ひとまず黴の発生は避けたいので、ドラム洗濯機で低濃度オゾン殺菌を行うことにした。白物家電の何とかイオン系は居住空間に於ける効果は全く信頼に値しないが、密閉空間に於ける(何とかイオンと同時発生する)低濃度オゾンによる殺菌効果であればそれなりに信じられなくもない。まさか家電メーカーオナホの殺菌に使われるとは夢にも思わないだろう。死にたい



今後の課題。ローションを使ったこともあり、風呂場以外でやらなくて良かったと思う程度には手足含む周囲が酷い有様になったわけだが、世間ではどうやってこの問題解決してるのだろうか。やはりタオルやら何やらを敷いてやってるんだろうか。もっとカジュアルに使ってるイメージだったのだが。カジュアルオナホを使う生活って最低ですね。死にたい

2016-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20160821221127

問題解決まで至らなくても見当はずれの批評ドヤ顔で繰り返す奴らが少なくなる効果があるだけでもかなりマシ。

SNS登録時にプライベートな話をする際はプライベートグループを作ってしましょうとかの基礎的なネットリテラシーアドバイスをした上で、最終確認時に認証も兼ねてその辺りわかってるかのテストをしてやっと登録されるようになる世界がきそう。

でも効果大してなさそう。

貧困JK問題が僕に教えてくれた事

相対的貧困の方が深刻な問題(世に問うべき)」と書いた記憶がないんですが、上記文章のどの辺がそう読めたのか、後学の為に教えていただけないでしょうか。

ブコメにもあったけどこの煽り力は本当に素晴らしい。少し分けてほしい。

今日聖書を読む読む

ロマ書の続き。



信仰効果は以下の3つ。



1. 義とされること:罪を許された状態になる。

2. 恩恵に入ること:①罪の苦悶がなくなる、②心に平和が来る、③天国をしのん現在の艱難を耐えることができる、④天命にしたがって確信をもって行動することができる状態になる。

3. 神の栄えにあずかること:神に似た者に化せられること。



また、信仰により、苦難を耐えることができる、忍耐により信仰は練達する、信仰が練達すれば決して裏切られることのない希望を得られる、とある



マルクスが「宗教民衆アヘンである」っつったのはこの辺なんかな。

2016-08-20

パチュリーめも

東南アジアに自生しているハーブで、防虫剤代わりに使われていた時代もあります

気の流れをよくする、という作用があるのも嬉しい特徴です。

考えすぎ・気の使いすぎの人の気持ちを安定させる作用があります

塗布した時の効能の種類はたくさんあり、中でも

「鬱滞除去作用」「リンパ強壮作用」が強く注目されます

そのため、足のむくみ対策としてパチュリーを少し希釈してオイルマッサージすると

すっきりするという効果が得られる可能性があります

医学的に彼女の作り方考えてみた

 最近は、恋愛工学ってのが増田で話にでる。

 女に出会いまくる(ナンパ街コン)→5分くらい話したりお茶する→連絡先交換→アポイントとって飯に誘う→飯で酒入れて手を握るなり肩を組む(どこまでOKかのチェック)→手を握って歩く→キスする→連れ込んむ→セックス

 こういう風に各流れを分解して、それぞれのテクニックを磨きましょうっていう奴だ。セックスさえすれば女はなし崩し的に男を好きになるから(いわゆるフィルターがかかってイケメンに見えてくるってやつ)、セックスしなきゃ付き合うこともできないってのが論理根底にある。

  

 しかし、俺はこれをやれなかった。ナンパ100人くらいしたが、お茶できたの1回、そもそも連絡先交換は1人も成功しなかった。

 なぜか?俺がチビデブ不細工からだ。

 高身長がやれば成功するかもしれない。チビでもイケメンならいけるかもしれない。

 しかし、俺はAVで出てくるモブくらいの不細工。つまりリアルでは女と関われないかAV男優やってみました的な立ち居地の男達と同じくらいの容姿ということ。

 流石にプロキモメンで売ってる男優ほどではないが、チビということも入れると相当無理ゲー

  

 じゃあ、俺には彼女ができないのか?

 そんなこと無いだろう。よく言う話だが、かなりの不細工でも1000分の1くらいは可能性があるわけだ。

 俺も、道を歩いていて、明らかに不細工を見つけても、「じゃあそいつ絶対彼女いないといいきれるか?」と言われたらたいてい難しい。

 もうよっぽどホームレスで明らかだったり、言葉は悪いが完全に見た目で分かる障害者とかでないと、「おそらくいない」とは言えない。

 相当な不細工コミュ障のおじさんでも普通に左手の薬指に指輪してたりするのは良くみる。

  

 そう、俺に足りないのは、『クライテリア評価基準)』じゃないかと思った。

 医学的には、「これはこの病気じゃないか検査してみようかな?」って迷ったら、『クライテリア』を出す。

 「咳が出ている→+1点、涙が出ている→+1点、耳が痛いらしい→+1点」みたいな感じで、点数を出して、「0点なら確率5%以下、1点なら確率20%、2点なら確率50%」とかが出て、じゃあ1点以上なら検査してみましょうね~とかだ。

 これを彼女作りに当てはめてみよう。

  

収入 → 800以上は+3点、500以上で+2点、300以上は+1点、0は-1点

顔 → イケメンは+5点、フツメンは+1点、ブサメンは-3点

身長 → 180以上は+5点、170以上は+3点、165以上は-1点、165以下は-5点

BMI身長体重割合) → 22以下は+5点、25~22は+2点、25~30は-3点

ファッション → 清潔感あれば+3点、普通なら+1点、不潔なら-3点

髪型 → 似合ってれば+3点、普通なら+0点、乱れてるなら-3点、不潔なら-5点

コミュ力 → 他人に話させられれば+5点、会話をつなげるなら+2点、微妙なら-1点、ダメなら-3点

人望 → ラインが1日10件以上+8点、ラインが1日3件以上+3点、ライン1日無し-3点

社会的地位 → エライ人なら+5点、普通なら+2点、底辺なら-3点

  

42点~-29点までの点数がつく。

このあとが大事だ。

  

42点~30点 → 顔面偏差値 70↑の美女彼女作れる(100人声かけて1人彼女作れる程度)、顔面偏差値60↑の女をセフレにできる(100人声かけて1人セフレにできる程度)

29点~10点 → 顔面偏差値70↑の女は無理(1000人声をかけても無理レベル)、顔面偏差値 60↑の女と彼女なれる、顔面偏差値50↑の女をセフレにできる

9~0点 → 顔面偏差値60↑は無理、顔面偏差値50↑の女と彼女なれる、顔面偏差値45↑の女をセフレにできる

-1~-10点 → 顔面偏差値50↑は無理、顔面偏差値40↑の女と彼女なれる

-11~-29点 → 不可。

  

まあ、テキトウだが、こういう感じの『クライテリア』を作るとする。(適当自分でやってみたら、-5点だった。身長が161しか無いしブサメンからマックスでも+24か)

さらに、顔面偏差値ごとの女をスライドショー形式(あるいは芸能人の顔を1偏差値10人くらいの密度で並べてもいい)にする。

これで、ある程度自分アタックして効果がある女を自覚することができ、ムダに気負う必要がなくなる。

「俺はこのレベルの女に話していけば、100分の1でも効率よくアタックできる。頑張ろう」と合理的に思える。

「俺は今-5点くらいの男だけど、頑張って0点くらいまで点数上げていこう、5点分だけ頑張ろう」と思える

  

こういう感じで、モチベーション確率を出すことが大事じゃないかな。

あと、都市ごとのレベルを作るとか。

たとえば、渋谷では+10点以上じゃないと声かけしても意味無いよとか。

そういう感じでスタディー(論文作るとき調査報告)を増やしていけば、ある程度モチベーションになるんじゃなかろうか。

ブログ初心者心得

世の中にブログ道の種類はいろいろあって、ひとつではない。

そのいろいろとは何かというと、まずブログ黎明からブロガー歴史を学ぶということがある。

これを神ブログ学といい、その人々をアルファブロガーという。

ちなみに道とはすなわち人気ブログへの道ということである

また人気ブログの掟、定石などを学ぶということがある。

またいろいろのデザインプラグインなどを主に学ぶということがある。これをかたちから入る学という。

また各無料ブログサーバーをはじめ、手当たり次第に学ぼうとすることもあるだろう。

このほかにも、種類を細かく分けていけば、学び方はもっといろいろあるだろう。

またアフィリエイトの学というものがある。

それにもアフィリエイトの貼り方を学ぶものと、アフィリエイトを貼りたい者のためにアフィリエイトのもの講義しているものと二通りあるようだ。


ざっと上記のごとくブログ道にはいろいろあって、めいめい好む種類を学ぶにあたって、めいめいがどのようにして学ぶかが問題である

その方法はといえば、これまた教える師の思惑、そして学ぶ者の思惑がそれぞれ違うので、様々である

ブログ道を志して、学びに入ろうとする人々の中には、初めからこれぞという当人の思い込んだ方向があって、その方法当人独自に見つけるというケースもある。

しかし、それほどまで特別に思い込んだ方向もなく、方法も自ら探り当てるに至らぬような人は、ものを知った人の言葉を読み、どこから入ればよいか、初めての稽古の仕方はどのブログをまず見るべきか、あれこれ問い求める。これは世の常であるが、誠にそうあるべきことである

自分が追求したいブログ性質を正しく見定め、それを学ぶ方法を確かに掴んで、ゆくさき横道の悪い方に落ちないように、業績も早く出来上がるように、効率的であるようにと、初めからよく考えめぐらせて、学びに入りたいものである。同じく努力していても、その学びの方法によっては、得失の差が出て来ることだろう。


そうはいっても、ブログの種類はさまざまであるから特にこれをと、はたか押し付けるのはよくない。たいていは、当人みずからが思い込んだほうにまかせてよい。

いか初心者といえども、ブログ道を志すほどの者は、まさか子供のような料簡でもあるまいし、分に応じて当人の考えは必ずあろうというものである

めいめい好むこと好まぬことがあり、また生まれつき得意なことと苦手なことがあるのだから、苦手なことを努めても、効果を上げることは少ない。

またどういうタイプブログにしても、どのようにして書くかという手順を一応の理屈によって、これはこうだからと示し教えることは簡単であるが、その示し教えた通りにやることが果たして本当に良いものかどうか。それは案外、悪いのではないかブログというものは、いかベテランといえども知りがたいことも多いのだから、やはり鵜呑みは良くはなく、実は当人こころまかせにするのが一番良いのだ。


結局、ブログはただただ年月長く、止まらず怠らず、励み努めることが肝要である

学び方はいかようにしてもよいだろう。それほどこだわることはない。方法がどれほど良くても、怠って努めなければ効果はない。

また、それぞれの者の才能によって、効果は非常に違ってくるが、才能のあるなしは生まれきのことだから、手のつけようがない。

しかしたいていは、才能の無いひとにしても、怠らずに努めさえすれば、それだけの効果はあるもの

また、歳を取ってしまったひとも、努めて励めば、思いの外、効果を上げることがある。

また、暇の無いひとも、思いの外、暇の多いひとよりも効果を見せもする。


それだから、才能の乏しいこと、学ぶことのおそいこと、暇の無いことなんぞによって、こころくじけて、やめてはならぬ。

なににしても、努めさえすれば、事はできると思ってよい。

こころがくじけることが最もブログ道で嫌うことなのだ。

2016-08-19

弱っている人を文章だけでは救えない

古くから執筆者などは文章によって人を救おうとしてきた。

自らの見識や知恵を凝縮し、数時間でそれを獲得できる形に加工することは彼らによる思いやりでもあるだろう。

しかし、他者の救いを必要としている弱っている人たちにとって、文章提供するのは悪手だったりする。

文字で伝える情報を正確に理解するには労力が必要からだ。

精神的に弱っている人は、エネルギーを費やすこと自体が難しくなっている。

おまけに表現方法が多様になってきた昨今では、文字に対する抵抗感を持つ人の割合はかなり多くなっている。

この現状では、せっかくの名文をもって人を救おうにも、それが達成される見込みは薄くなってしまう。

 

執筆に勤しむものはそれに慣れているため、活字に対する抵抗感が少ないのでそれに気づきにくい。

大衆との間にこうしたギャップがあることを自覚すべきだ。

コラムニストイラストを多用するのは、文章という抵抗感を薄める手段としてはかなり効果的だろう。

自らの文章力のみに注視するのではなく、そうしたそもそもの目的を達成する手段模索することも、これから執筆者には求められる資質となると私は考える。