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はてなキーワード: 不思議とは

2016-05-30

人生30年以上生きてきたなかで身近に新発見があると嬉しい

すでに知っていると思っている中にも実は知らなかったことってあったりするよね。

そういうのを見つけた時って、ほんの些細なことでもすごく嬉しくなる。世の中には、まだ知らないことのほうが多いんだって

そんなわたし出会った新発見は昨日のテレビから流れてきた一言

「うせやろ」

あー!芸人さん噛んだ!って思ったのに誰も突っ込まないか検索してみたら関西ではよく使われている言葉なんだって

しかも使い方は、「うそやろ」よりももっと信じられない時に使うんだって

これ、今まで絶対聞き流してきた自信ある!

関西の友人から絶対に言われたことある自信ある!

それを言い間違いだなんて気づきもせず、今の今までこんな言葉なんて存在しないと思って生きてきたなんて不思議

何が不思議って、例えばこれが昨日作られたルールだとして、わたし以外の人間全員がそれをあったことにしてるだけかもしれないのにそれを否定出来ないってことが不思議

この言い表しがたい気持ち一言表現できる言葉とかあればいいのに!チョベリバ

子供を産みたくない。結婚はしたい。

いま、大学に通っていて就職とかをぼんやりと考えているのだけれど、高校生ときからずーっと考えていることがあって、やっぱり自分は「子供はいらない」ということ。もちろん産んでくれたお母さん、育てるために働いてくれているお父さんにはとっても感謝してる。就職してお金ができたら絶対お金親孝行しようと思ってる。

けどさ、私はやっぱり子供は欲しくない。

結婚はいいな、と思う。いま彼氏いないけど。一緒に人生を歩いていけるような人に出会えたらいいなと思う。恋愛はしたい。せっくすだってしたいと思う。けれど子供は欲しくない。

直感的に欲しくないと思うのもある。可愛いとは思う。他人赤ちゃんを見て、とっても可愛いと思う。それと同時にこの子にこれからずーーーっとお金をかけていかなきゃいけないのか、とも思うし保育園入れるのかなって思うし、ママ友コミュニティとか絶対嫌だなと思う、私は小学校から女の子コミュニティが苦手だし、小学校に上がってシール交換でハブられないかとか、スポーツが苦手で体育の時間に嫌な目で見られないかとか、学年が変わってもう友達じゃなくなったよとか言われないかな、とかさ。

中学に上がって中二病に目覚めたらどう対応したらいいんだろ、とか、急に笑い出したり自分は他とは違う、誰も分かってくれないとか。

非行に走らないかとか犯罪に手を染めないかとか、まずちゃんと五体満足で生まれてくるかどうかとか。

話は変わってしまうけど、これを言ったら絶対に怒られるけど、健常者じゃなかったときに育てていける自信がない。本当にない。愛せるかどうか分からない。お母さんは本当にすごいと思う。いちばん尊敬してる。私がシール交換でハブられたとき中二病になって急に笑い出したときもずーーーっと変わらずいてくれたし育ててくれた。もちろん嫌なこともたくさんある人だけど、いまはそれより尊敬感謝がつよい。


妊娠してる人に厳しい社会で、休みももらえないし保育園も入れるか分からないし、ゲーム買わないとハブられる時代だし、ケータイも買ってあげないとハブられるし、ちっちゃい頃からツムツムとかさせないといけない時代なのかな。この前させてる人いたけど。っていうか私はいまの小さい子供達がどうにも苦手なのかな。多分そうだと思う。

自分の腹からまれてくる子供がそういう苦手な部類に入るから嫌だと思うのもあるけれど。外的要因もある。

なんでこういう社会子供産もうとか思えるんだろう。

不思議で仕方ない。

いつも彼らはどこかにを読んだ。小川洋子短編はいつも難しい。いかにも文学って感じだけど、不思議と心地よい感じがするのが面白いと思う。

個人的に一番分かりやすくて感じ入ったのが、ビーバーの話だった。場面描写が美しくて脳裏にありありと浮かんでくるのが素敵だったし、ビーバー生き様登場人物生き様リフレインさせていいるのが理解やすかった。質実剛健というとニュアンスが変わるのだろうけど、慎ましやかであることとか堅実に過ごすこととか着実に生きることを、あるいはそうあったことを讃歌している一編で読後感がとても良かった。

兎の話は熱に浮かされた人々の醜さというか残酷さが現れていた内容だったと思う。個人個人は取るに足らない悪しか持っていないのだろうに、大衆群衆になるとこうも悪臭を撒き散らすのかって感じの物語で、ざらざらした読後感が残ってしまった。

小鷺の話は奇妙でユーモラスだったし、蝸牛の話は不気味でホラーちっくだった。馬の話は不安感を、チーターの話は喪失を描いていたんだと思う。犬の話は(他のもだけど)よくわかんなかった。

最後の竜の落し子の話もこれまたよく分かんなかったんだけど、場面がどんどん幻想的に、現実世界と地続きなのに風景画のような美しさに満ちていくのが印象的だった。先人たちが何かを書き残した洞窟だったり、鐘楼けが突き出た湖だったり。美しい旅の話だった。

折角の短編集なので、一編一編じっくりと味わうのがいいと思う。一気に読むのは、いろんな作風の余韻が混ざり合って悪酔いするかのような感覚に陥るからおすすめしない。

ハーゲンダッツを食べると無くなるのはなぜか

あんなに高いんだぞ

「食べても無くならないアイス」として差別化されていても

不思議じゃないだろう

なんで食べたら無くなるんだよ

耐久消費財になってくれよ

http://anond.hatelabo.jp/20160529210019

女に対しては、若いことは褒め言葉しかないだろう。

なんでかしらないけど、女って歳を食えば食うだけ精神的に歪んでいくよね。

もちろん劣化スピードは人それぞれなんだけど、成人してから人として成長することはないって点は不思議共通する。

かめはめ波の出し方を研究した

人間の体には不思議な力が巡っている。

俗に気とかオーラとかチャクラなんて呼ばれて、漫画アニメで日夜研究が盛んな分野だ。

だいたい共通して、感情の高まりに比例した力を発生させることができる。

強いものでは星や銀河系くらい破壊できそうである



さて、ドラゴンボール言葉を借りるなら、「気」というものコントロールすることで「かめはめ波」が打てるらしい。

さっそくやってみた。

自律訓練法では「右手が重くなる」と念じることで本当に右手が重くなるらしい。

これは右手に気が集まることを意味している。

私は瞑想して、体中のどこが一番気を集めやすいか探ることにした。

頭のてっぺんからまり、目、鼻、口、と隅々まで試した。

私の場合、やはり手のひらが一番気をためやすいように感じた。



あとはこの気を発光するレベルまで高め、質量を持った何かに変換して打ち込むだけだ。

私は再び瞑想した。

いつだって答えは自分の中にあるものだ。

2016-05-29

[]

http://anond.hatelabo.jp/20160529184351

ひさしぶりのポエジー。

書き手の「私」(女と思われる)の部屋に、

ある日小さなおっさんが現れ、

不思議な同居生活が始まるというお話

おっさんは部屋というよりも、

「私」の心に住みついた同居人である

おっさんとの交流を通して、

「私」は人間的に成長してゆくのだろう。

2016-05-28

しょうもない本を何年も出せる作家

自己啓発ビジネス系の棚に行くんだけど、本屋で。

中谷彰宏和田秀樹石井貴士、他にもいるだろうけど、

ホントしょうもない薄っぺらい内容を書く著者が、

定期的に新刊を出してるのが不思議

何年も。

売れてるの?

あんなのを1,000〜2,000円出して?

2〜3冊ならハッタリで売れるだろうけど、

もう何年も出してる。

固定ファンがいるのかな?

スカスカの本を金出して読んでウンザリしないのかな?

それとも毎回新規の客が買ってるのかな?

そんなに新規自己啓発ビジネス系の本買う客がいるのかね。

それか組織で買ってるとか?

不思議しょうがない。

客先の

システム仕様を相当把握している感じの人がプログラミングはできないのがなんだか不思議


あそこまで内部の動きわかってるんだったら全然書けそうなのにな 実はできるんだろうか


どうでもいいけど属人化しすぎでやばい 資料がほぼないから毎回現行の解析からになる

話題ループするのは何故だろう

twitterとかブログとか見てると偶に「定期的に話題になる」とか文言を見る。

話題になっても結論は出なかったのだろうか。

不思議である

これだ、これ

http://anond.hatelabo.jp/20160526082201

もう過ぎ去ったはなしだが、うちの妹が突如として俺に対して異常に甘くなった時期があった

母曰く「あんたを見るときだけあの子の目がハートの形になってる」「あんたのことを話すときだけ語尾にハートマークがついてる」「あの子好意を抱いてる相手を前にすると両手を後ろ手に組む癖があって、あんたと話すとき殆どそうしている」と

思い当たる節がなくて不思議に思っていたが、当時妹と友人達との間で交換日記みたいなもの流行っていて、壮絶な女の見栄の張り合いが繰り広げられていることは母を経由して知っていた

ここからは俺の推測だが、たぶん、そこで妹が友人達にハッタリをきかせられる唯一の存在が兄である俺で、友人達に「自慢の兄」を吹聴するうちに、自分自分のついた嘘に騙されてしまっていたんじゃなかろうか

少しでも自分のでまかせが現実になるよう暗示をかけ続け、ついには現実の俺と理想の兄の境目が曖昧になり、あの気色悪い猫なで声の発生源となってしまったんだろう

帰省したときに推測が当たっているかどうか母に訊ねてみるか

煙草お酒の害について

 もう何週目だ、というくらい定番話題だけれど、ブクマコメントなどを眺めていると、煙草に対してあれだけ厳しいはてな民の方たちが、お酒に関しては随分寛容なので不思議に思う。

 まず、本人の受ける健康被害ということは、自業自得というかそれこそ基本的には本人の問題なので一旦後回しにするとして、やはり煙草嫌いの人たちが一番に指摘するのは副流煙だろう。これは直接的に他人健康被害をもたらすので、問題にするのはよくわかる。

 一方、お酒には確かに副流煙的なものはない。しかし、煙草を吸って前後不覚になり暴れるとか、記憶が飛ぶとか、めちゃくちゃな運転をする、などいうことはない。酔っぱらいによって引き起こされた幾多の暴行暴言等を考えると、お酒他人の心身に与えている影響は煙草とくらべても決して少なくないはずだ。副流煙バンバン吸ってもガンになるには大分時間がかかるが、酔っぱらいに車で轢かれれば一発であの世行きだ。

 また、煙草臭いというのも不快ものだけど、お酒臭い、正確には酒そのものではなく酔っぱらい臭いというのも相当不快だ。深酒した翌日の人の口臭たるや、喫煙者のそれに勝るとも劣らない。そういう口で寄ってこられると、殺意すら覚えるほどだ。ただ、酒は社会通念上昼間から飲んでいたらそれ自体諌められるのに対し、煙草は年中無休という違いはある。飲酒状態他人に近寄らないというなら、煙草ほどの害は確かにない。

 最後に、本人への健康被害だが、アルコールも相当なハードドラッグであり、常習者の受けるダメージ煙草にも劣らない、というか、飲酒量によっては煙草よりはるか危険なのではないかと思う。ニコチン依存廃人になり一家離散、という話は聞いたことがないが、アルコールではしばしば発生する。もちろん、アルコールも常習しなければそこまでの事態にはそうそう陥らないし、対して煙草普通年中無休で毎日吸うものなので、この量・頻度の違いというのは確かにある。逆に言えば、煙草だって月にニ三箱つきあいで吸っている程度ならそこまでの健康被害はないだろう。

 別段全面的禁酒せよ、とまでは言わないけれど、他のドラッグ類に比べてアルコールはあまりにも甘く見られている。酔っぱらいに対する態度も、少なくとも欧米に比して日本はかなり甘い。せめて煙草に対するのと同じ程度の厳しい包囲網をしくべきだ。その上で一部の愛好家がマナーを守って楽しむのであれば、それはそれで良いと思う。煙草だってそうしてもらえれば特に文句はない。

 ちなみに、大麻や他のそれほどハードではないドラッグ類についても、同じ程度の扱いにゆるめて良いんじゃないかと思っている。

 アルコールは深く日本の文化と結びついており、また酒造産業保護ということも考えなければいけないけれど、伝統未来永劫のものではないし、古くから受け継がれているものがすべて正しい訳でもない。少しずつでも改めていくべきなのではないかと思う。

ブクマしたエントリー他人ブクマはどうやってチェックしてるの?

僕はブクマした後、そのページのブコメあんまり見直さないんだけど、

ブクマしたページを一つ一つ、何度も見直してるんでしょうか?

自分ブクマした後に、他の人のブクマスター付けてる人がいると不思議

僕もたまに記事自体見直したりはするし、その時はついでにブコメもチェックするけど、

エントリーに対してのブコメチェックはしてない。

ブクマしたエントリーコメントを一括してチェックするツールがあるんでしょうか?

2016-05-27

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160527/k10010537421000.html

「すべてがクロではなく誤解もある」【例】クロ80:誤解20

「すべてが誤解ではなくクロもある」【例】誤解80:クロ20

 

一瞬、後者の方が黒っぽく聞こえる不思議

はてな民シロクマをなんとかしろ

シロクマの屑籠というブログ。まず当事者性がない。文章力ではなくボキャブラリーだけで文章権威を与えているふうに装っている。よく読みこんでみると恐ろしく内容がない。

ブログ論を書いているが実際に彼オリジナル記事ワインだけであとは互助会分析ブログ分析などなど逃げ道を用意しただけのマウンティング文章

ホットエントリーにあがってきているのを見るがあれを読んでよく不快にならないのかと不思議だ。互助会よりもよほどきもちわるいのだが

オバマ大統領の所感と脳の不思議

現職米国大統領による広島訪問という歴史的出来事テレビで見た。

ベルリンの壁崩壊と同じような歴史の節目になるんじゃないか、なってほしいという希望とともに少し緊張もしていた。

 

耳をテレビに集中させオバマの声を聞き漏らすまいとしていたらオバマ発言がそのままダイレクトに脳に入ってきた。

なんという俺の英語力の進歩。集中しているからなのかと思っていたら俺が聞いているのは同時通訳による日本語だった。

 

そしてそのままNHKの19時のニュース

アナウンサーの声がとぎれとぎれにしか理解できない。

どうなってしまったのだ。疲れているのか。

それとも何かしらの体の異変前兆かと思っていたら、副音声英語を聞いていた。

 

ポンコツ脳の勘違いだが、何かを考えるときには人は言語ではない「何か」で思考しているのかなと思った。

http://anond.hatelabo.jp/20160527111935

あと不思議なことに女がやることは2割りくらい割り引いて考えてる自分がいる。(どうせ女がやったことだから大したことないだろ、と) あとすごい偉業を成し遂げた人は男であってほしいという不思議先入観

この感覚自分には全く無いんだけど。なんでそんなメンタリティを獲得したのかすごく気になった。女なんてどうせ〜みたいに言われて育ったの?

女の仕事 男の仕事

つい、女は仕事ができない、男は仕事ができるって考えてしまうけど、やっぱりそうでもないよね。というどうでもいい話。

私は女で、いわゆる仕事ができるタイプではない。というか普通の人。

なので、どちらかというと嫉妬心から「やっぱり女は仕事ができない」と思いたい方。

だけど、やっぱりそうでもないよな。と客観的に考えると思う。

例えば美容師さんだと、男か女かというよりは経験年数がものを言う。知ったかぶりの男の新米美容師に、とんでもない髪型にされたことがある。

かつて働いてた職場には男性社員が圧倒的に多かったが、彼らは自分いかにすごい経歴とか人脈を持っているかという雑談ばかりして、人にものを教えるのがものすごく下手だった。というか教えてくれなかった。「まずはやってみろ」という感じ。

今の職場女性ばかりだが、何か仕事を教えるときに必ず「なぜそれをやるのか」を一言添えてくれる。これには本当に助かっている。

結局、力自体は女も男も同じだけ持っているけど、女は途中で家庭第一になって脱落していくからものすごいスキル責任感を培った男だけが残るのかな。

あと不思議なことに女がやることは2割りくらい割り引いて考えてる自分がいる。(どうせ女がやったことだから大したことないだろ、と) あとすごい偉業を成し遂げた人は男であってほしいという不思議先入観

2016-05-26

すぐ泣く女が周囲と自分の為にできること

私はすぐ泣いてしまう女である



物心つく前から私は超が付くほどの泣き虫で、毎日大きな声で泣き出しては母親を悩ませていたと聞く。


幼稚園に入ってもそれは変わらず、朝起きて変な形の寝癖が付いていて/雨が降っていて外が暗くて/朝食の牛乳が熱くて…とまぁ本当にどうしようもない理由しょっちゅう泣いていた。


子どもの頃から泣き虫自覚はあってコンプレックスに感じていた。小学校で作った七夕飾りの、短冊にはこう書いてあった。

「なみだが出ちゃうのを止めれますように」



26歳になった今でも私はすぐに泣く性分を引きずっている。こないだも、狙っていた特売品が売り切れたのを知って一人スーパーで涙を流してしまった。アホちゃうか。


他にも泣きたくないのに涙が出て恥をかい経験枚挙に暇がなく、あんまり振り返ってると虚空に向かって「あー!」と言いたくなってくるのでここらで止めておく。




さて、すぐ泣く女というのは世間的にはまぁ重たくて面倒くさくて、関わると厄介な存在と思われがちであるぶっちゃけ私自身もそう思っている。

しかし涙腺と言うのは思い通りに作動してくれないもので、泣いてる場合でないと頭では分かっていても勝手に涙は出てきてしまうし、止めようとすればするほど止まらない。


泣きたくないのに泣いて、周りに引かれて、自分が心底嫌になって、また泣いてしまう。泣き虫人間ならば一度はそんな経験がある筈だ。というわけで、私が26年この性分と付き合っていく中で培った、なるべくそ場の空気をぶち壊さず、かつ自分気持ちが楽になる工夫を挙げてみようと思う。


自称泣き虫の人は多分皆オリジナル処世術を持っていると思うので、もしそんな人がいたら是非自分のやり方と比べてみて欲しい。




自分をよく観察する

まずはここから始めた。成人するまでほぼ毎日泣いていた(特に問題を抱えていたわけではなく「なんとなく」泣いていた)ので、このままではマズイと思った私は毎日泣いてるとき精神状態を観察することにした。「あ、涙出始めたなー」「今頭がカッとしてるなー」「なんか周り見れなくなってんなー」「なんとなく止まりそうな感じがしてきたなー」…これを毎日繰り返すうちに、私は自分が泣いている姿を観覧者の目で眺めることができるようになった。後頭部あたりにもう1人の自分がいて、眺めている様な感覚だ。


もちろん今でも、喧嘩したり、映画を見たりするとどうも観覧者の目になれない日もあるが、それも半年に1回あるかないか程度になった。これによって、まず「涙は出ているけど気持ちコントロールできる」状態を作ることに成功した。



泣き虫を隠さない。泣いても重くないキャラ振る舞う

いずれバレてしまうのだ。隠していたって仕方無い。


泣く姿を見られてしまう前に、「私が泣くのは日常的なことである」「泣いていても頭の中は割と冷静だったりする」「私が涙を流し始めても放っておいて」「もし不快であれば正直に言って」と、できるだけライトな明るい雰囲気で周知徹底させておくと、後々人間関係もそんなにこじれずに済むと分かった。


また、普段から神経質な態度でいると、いざ涙が出た時にどうしても「積もり積もったストレスで爆発してしまった」風に見られるので、日頃からなるべく「おおざっぱなおちゃらけキャラ」で人と接するようにした。少々イジっても誰も罪悪感を持たないくらいの感じで居ておくことで、色々やりやすくなった。


涙は出しっぱなしでも良いが目ヤニ扱いする

例えば仕事中、電話口で客に怒られて涙が出たとする。そういうときに一番やってはいけないのはメソメソすることだ。ありえないくらいその場の空気が壊れるし客は困惑してしまう。


自意識過剰メソメソは隣り合わせの存在だ。自分のことばかり考えて涙を流す時、人は多かれ少なかれ可哀想雰囲気を醸し出す。

周りの人はどう感じるだろう。なんだか自分が悪い事をした様な気になって、モヤモヤした気分になる筈だ。しかし、メソメソ泣いてる人の涙をしっかり咎められる程胆力のある人はそういない。

可哀想な人は最弱故に最強なのだ。だからこそこういうとき絶対メソメソしてはいけない。

一番意識しないといけない対象は客であり、対応であり、要は目の前の仕事である。泣いてることなど本当-----ーにどうでもいい。


涙の存在を頭から消し去る。一番手っ取り早く涙を止められる。もし涙が出続けても、全神経を仕事に集中させる。「涙よ止まれ」と思うことも禁止。ほっといたら勝手に止まるもの心配なんてしなくても良い。

涙は液体なので、顔面を伝ったり視界を曇らせたりして気を散らしてくる。その時は「目ヤニ邪魔だな〜」と思いながら涙を拭う。不思議と涙に意識が向くことはない。


普通に仕事してる+なんかよく分からないけど目ヤニがめっちゃ出る、といった自己認識で動いていると、声色やテンション普段ともあまり変わらない自分がいることに気付く。

周りも普段と一切変わらない態度で接してくれる。


涙のスルー感謝する

残念ながら、どんなに心頭滅却しても私が泣き虫であることには変わりない。私が重い印象にならないよう努力しても、周りの受け流し方次第では、重たくて面倒くさくて関わると厄介な存在にも十分なり得る。


今周りにいる人達は私がすぐ泣くことをスルーしてくれて、たまに泣き虫をイジってくれる。誰も腫れ物に触るような応対をしてこないことが心地良い。

ちょっとしたことですぐ涙を流すのを見て、イラつくことがあるかもしれない。謂れのない罪悪感でモヤモヤするかもしれない。でも、皆それを受け入れてくれている。申し訳なさを感じる。ありがたい。


のんびりした空気の時を選んで、私は「いつもすみませんありがとうございます」と伝える様にしている。その時は泣かない。泣きそうだなぁと思ったらまた別の機会にする。そのくらい徹底している。

仕事で悩みを相談したり、素直な気持ちを話す時、私は絶対泣かないと決めている。冷静に話ができる人だと思われたいから。




工夫さえしていれば泣き虫でいてもいいのだ、と思うようになってから、私は少しずつ泣く回数が減ってきた様に感じる。

しかしたら、オバサンになる頃には私は泣かなくなっているかもしれない。


ただ現状、周りの人達良心に大きく依存していることは確かなので、理解感謝しつつ自分でももっと工夫できることがないか考え、色々試していくのは続けていきたいと思っている。

 

本当に見て貰いたいものはそんなに反響が無くてどうでもいいことを呟くと伸びる不思議

そのどうでもいいことがなんで人の琴線に触れるか理解できればいいんだろうか

ギャバンシャリバン価値がわからず、ニルスの不思議冒険太陽の子エステバンが大好きだった。

近未来世界観はつるつるした金属感や流線型雰囲気が嫌いで、スチームパンクが大好きだった。

ミニ四駆が大嫌いでフェアレディZ価値がわからなかった。B'zを聞いている奴らの価値がわからなかった。

2016-05-25

地位とか名誉とか権力とかの話

ネットが普及してから個人主義時代になって、自分努力や実力を他人評価してほしいとか、有名になりたいとか、簡単に言うヤツが増えてきて、そのたびに何とも言えない気持ちになる。

俺は以前になんとなくやったことが偉い人に見初められて、たった数か月で突然業界内の有名人になったことがある。その話をすると大抵羨ましがられるんだが、実際には苦労の連続だった。



まずそれまで一緒につるんでいた仲間たちは、手のひらを返したように散っていった。あからさまな嫉妬と悪意のある嫌味でずいぶんバカにされた。当時はリア充だったはずなのに、応援してくれたのは唯一地元親友のみ。友情ってなんだろうなーと思った。

それ以上に辛かったのが、経験ゼロ状態即戦力として投入されたこと。嬉しかったのは最初だけで、すぐに苦痛になった。慣れたら慣れたなりの要求も上がってくる。それでもまあ、評価されたことは嬉しかったし、業界のために尽力した。がむしゃらに勉強もした。

地道な努力かいあって実力が通用するレベルに達してくると、今度は更に上にも一目を置かれるようになった。ところが今度は自分業界へ引き上げた人から嫉妬嫌がらせされるようになった。

だが、ある程度有名になると一個人が悪意を持って消そうとしてもなかなか消せるものではない。実力と共に着実に味方を増やしてきたので、潰されそうにはなったけど、結果的に潰されることはなかった。

だけどまあ、そんな醜い足の引っ張り合いを目のあたりにするとそんなところにしがみ付いている自分バカバカしくなってサクッと全部捨てた。未練もまったくこれっぽっちもなかった。苦労せずに手に入れたものはどんなに価値があるものでも執着がないって不思議だよな。



他人に褒められたから喜ぶってバカだなあって思う。他人から評価って結局他人が都合の良いものを都合の良いように評価しているだけなんだから、その評価にとらわれて喜ぶとか自信を無くすとか自分にとって無意味なんだよ。

自分が精一杯やった結果ならば、それでいいじゃん。その結果が自分の実力なんだから、それ以上なんてないだろ。今は結果に結びつかなくとも、確実に自分の血肉になってるから次のチャンスに繋げればいいじゃん。

勝手他人評価なんか気にすんな。自分主体絶対評価ほど、充実して安定した毎日はないぞ。

教員ネガティブすぎて引く

仕事しながら大学通っている社会人学生なんだが、大学教員がこぞってネガティブドン引きしてる。


業界である程度名の知れてる連中ばかりなのに、「評価されない」とか「俺なりに精一杯頑張ってるんだ」とかムキになって俺に主張する。別に貶しているわけでも、張り合っているつもりもないのに。なんで俺にそんなにこだわるのか不思議でたまらない。

俺以外にも生徒はたくさんいるんだけど。



技術は誰がどう見ても素晴らしいし、俺なりに尊敬しているつもりなんだが、下の立場の奴に自信がないってなんなの?

http://anond.hatelabo.jp/20160525170513

批判はするけどサイトには跡を残さない(コメント欄を汚さない)

俺もそう思ってたか炎上した奴がなんであんなに顔真っ赤にしてギャーギャー言うのかと不思議だったが

炎上袋叩き状態の時にdisブコメtwitter連動してる人が結構居て

あれはコメント欄批判書き込まれるより辛いんじゃないのかと思い当たった

彼等にとってはtwitterリアル世間から