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2017-05-30

死亡率○%の意味がようやくわかった

官房長官が本当に日本海に落下したときニュースタイトル

http://anond.hatelabo.jp/20170529225133

この日記を読んで今まで抱えてた疑問を思い出した。

どれだけの高所からなら無事に着水可能なのか。

意外と低くて15mくらいから骨を折る可能性が出てくる。

着水時に足から入るかどうかでも衝撃のGが露骨に変動する=生存率が上がる。

20mからはもう死亡率50%程度らしい。

 

まあ、厳密な統計とかはこの際どうでもよくて、

一番気になったのが「死亡率○%」の意味だ。

これは単純に同じ20mから着水したのが100人で生きていたケースが50人なら50%ということだろう。

ただし不思議なのが死亡している人間と死亡していな人間の差だ。

着水したとき腹ではなく足なら大幅にG軽減ができる実験結果がある。

また、骨の折れ方によっても生存率が変わってくる。

例えば腕や足の骨が折れても生きていられるが首の骨が折れたらひとたまりもない。

同じだけの運動エネルギーが等しく体に掛かるのならそれをどこで受け止めてしまったのかがこの「死亡率○%」を作っている。

運がいいわるいという単純な言い方を紐解くと

着地・着水の際の人体の衝撃の受け止め方パターンの違いということだった。

よく考えれば運動の鈍った老人がコケ骨折というのも

骨の強弱に加えて衝撃の拡散するような受け身を取れなくなっているのも原因の一因と考えられる。

意図せずとも受け身を取る形になれたらこ場合骨折しなくなるわけでそれが%として表記されるのだろう。

 

掻い摘んで言えば%は首の骨が折れたかどうかということだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170529173144

それだけ読んでてマニュアル読むの嫌い(少なくとも適当文章を書き散らすよりは)って不思議

2017-05-29

理系男子文系女子

文系女子です。女子って年齢でもないけど。

最近知り合った理系男子と数回食事に行ってきた。相手男子って年齢ではなく、わたしより1つ年上。

察しの通り色恋沙汰の話なんだけど、不思議現象が起きていて自分でもよく分からずまいっている。

というのも、彼と私は水と油のように合わないはずなのに、どことなく惹かれてしまっているから。

お誘いはあっちからしてくれるので、向こうも多少なり興味を持ってくれているとは思う。

でも、わたしはまだ素を出せない。

・年上だから敬語で話すと丁寧になる→本当はだらしない

女子っぽさのあるキレイファッションで会う→本当はパンツ派だしカジュアル(持戒ここは崩す予定)

相手テンションに合わせて話す→ほんとはがつがつ話すタイプ

恐らく相手から見た私は、明るくて礼儀正しい子っというところ。それはそれであながち間違いではないけど、私のだらしないところ、大雑把でずぼらなところとか、全然ばれていない。(隠しているつもりはなく、年上だから気を遣ってしまう結果、隠れてしまう。)

一方、彼は私の前では恐らく素の状態

オレンジ毎日食べてるって言ったら、その栄養についてつらつら語りだすくらいだからね。(オレンジビタミンC水溶性からうんたらかんたら)

大学院卒で頭が良く、理系ステレオタイプにそのまま当てはめたような感じ。

でも、わたしにはそんな彼が面白い生き物に見えてすごく素敵だと感じる。こんな人、ド文系の私の周りにはいなかったから。

単純に面白いし、研究の話を聞くのも苦じゃない。むしろ聞きたい。

ただ、学歴にも差があるし(私は大卒だけど高校商業科だから学力は低い)、几帳面さも全くないし、性格真逆だし、何より私はロジカルじゃないから、たぶんいろいろ衝突しそう。

果たしてこの人と付き合ったとして、私は自然体でいられるのか?

よれよれTシャツの部屋着でごろごろしたり、お気に入りパン屋パンを買って簡単ブランチを済ませたり、地元民に人気のごてごてした狭いステーキやさんで赤身肉を一緒にたいらげたり、なんとなくふらふら散歩をしたり、そんなことはできるのだろうか?

料理掃除も身なりも、彼の前では完璧でいなきゃいけないような、そんな気がしてならない。

にもかかわらず、また会いたいと思う。素敵だと思う。笑ってくれると嬉しいと思う。もっと知りたいと思う。がんばっている姿勢がかっこいいと思う。

私は恋に恋をしているだけなのか。

まずは自分を出すところからだとは思うし、別に付き合うと決まったわけじゃないけど、このまま関係を進めていいのだろうか。

理系男子が、分からない。

エロゲーに近づけようとする試み

エロゲーに無理やり近づけようとする試みをしていたAVをみた。

無理やりギャルゲー静止画風の画面づくりなっていたので、女優棒読み演技もあいまって不思議違和感があって笑えた。一方でエロゲーフォーマットとしての魅力も感じてしまった。映像テンポカメラワークを工夫すれば傑作になったかもしれない。AVじゃカメラ一台しか使えないだろうけど。

タイトル

立命館論文問題不思議なこと

立命館論文燃え上がってる件。

いろいろな意見が出て燃えているが、有害猥褻定義って何で話しているのだろう?

有害セックス描写がある、猥褻セックス描写が描かれている

なんて単純な思考ではあるまい???

有害猥褻も明確な定義は無いから、色々と上で問題になったり議論したりしているのだろうし(詳しくはぐぐれとしか言えないが)

ついでにいうと有害図書エロ本だけじゃない。過激グロセックス暴力青少年に悪影響を与えそうなもの社会に多大な影響を与えそうなもの。とお上判断したものを言う。

猥褻に関しても、どこから猥褻という明確な基準はない。三要件あるけど、まあ色々揉める

R-18有害猥褻という断定はまずい。時折「有害だと自覚していたかR-18タグつけたんだろ」というコメントを見るが、余りにひどい。

論文内でも有害定義すら出ていなかった。ただ有害・猥雑などの文字を置いただけでは誤解されても仕方あるまい。

有害指定図書自治体ごとに決めるが、有害指定する条例を持たない自治体もある。個人感覚だけで有害と断言するのはとてもよろしくないと思う。

引用転載の事に「法的に問題無い」と言うのなら、まず有害猥褻も知っておこうぜ。って思うんだが

司法行政でも無いのに有害と決めつけるのは、どうだろうなあ

それとあの論文有害情報特に見られる場所として2ちゃんねるPixivの2サイトが上がっているんだが、他にも無かったのかと言いたい

http://anond.hatelabo.jp/20170528175740

関連記事で読んだ性教育に力入れてた時期(80年代後半から10年ほど)に当てはまる世代だけど、それでも「授業でやった」を大印籠にできるほどではないと思う。

ましてそれ以前の秘匿&遅れに遅れてた性教育世代で、女兄妹、PCネット環境スキルなしで、かつ所謂キモくて金のないおっさんなら?

知らない方が普通と言われてもそう不思議ではない条件が揃っていると思うけど。

そしてその世代ネットの外にはそんなに遠くない距離にいると思う。

元増田の授業でやっても記憶してないというのも支持する。

授業・教科書で~と言っている人らは、授業・教科書きっかけに興味・探究心を持ってその後調べたりしたから定着したんだと思う。

まれ環境にいる人なら母や女兄妹やのちのパートナーから

そうでない人は半分以上はエロへの興味ついでからじゃない?

それこそ性教育に力入れるようになってから?は、他では絶対禁忌とされていたおっぱい性器無修正で堂々と載ってた訳だし。



授業はさわりだけ過ぎて現実世界事象とは中々リンクしないと思う。

自身最初授業でやっても、実物なし・内蔵断面図程度では理解が足りず、その後エロコンテンツなどで触れるまでは挿入場所女性の前の穴(尿道)だと思っていたし、子供もそこを通って出てくるものだと思っていた。(男女で凹凸対になっているという考え方)


さら中学生くらいになると定かではないが、ゴムの付け方と意味は男女ともにニヤニヤしながらも受けた記憶があるが、同じような流れで女子生理用品の話はなかったと思う。

性教育に力を入れていると言われてる世代でもこんなものだし、その頃も「生理」が説明なしの印籠になっていて、男子としてはよくわからないけど、「生理から全て何もかも仕方ない」以上の知識を得られる事は自身で調べるなり、聞き調査しなければ辿りつけない。


ではナプキンタンポンの知識はどこでかというと、触りをエロコンテンツで見聞きして「はて?それはなんだろう?エロイ事かな!?」と知的探究心で調べてからかと思う。

前述のように恵まれていれば女兄弟パートナーから知るのかもしれないが。

そういった意味ではフェミが喚くポルノコンテンツも、悪しきモザイク文化もまわりまわって興味・知的探究心を掻き立てるという意味で、少しはプラス意味でも性教育に繋がっているのではと思うけどどうかね。


これをより締め上げて禁忌にして、また性教育後退して(お上はそれを望んでいる風にみえる)なんてなったら、最近若い世代PCなし、スマホのみで能動的な調べ物も中々しない、しにくい環境らしいから、より生理などに無知になる。

最悪、裏に潜ったエロコンテンツから得た知識でより間違った知識ガチガチになった世代ができるかもね。


そして更にこの世代所謂キモくて金のないおっさんルートに乗ったら…?

そうでなくても未婚率・パートナーは面倒くさいからと交際相手のいない率も上がってるらしいし、割りと杞憂ではない未来だと思うな。

知ってて当然・授業で習った。はネットの外に出て全世代男性でみたら案外少数派なのでは…?は言い過ぎかも知れないがそれくらいの気持ちで居た方が良いと思う。

余談だけど男はその辺見栄も張るから、知ってる!といいつつも全然知識不足とかありそうだ。

そもそもどこまで知っていれば必要十分なのかもわからないし指針もない。

女性らが言う「知ってて当然」は、どこを何まで?

これを男側で応えられる人となると更に減ると思うけど。

エロコンテンツや自学習知識は得られても、人自身に寄り添った情報オープン家族パートナーがいないと得られないため)

勿論逆側で、男の生理について必要十分な知識を持っている女性も多いとは思わない。

が、そこで男側は知ってて当然!とはなってない点を見て欲しい。


まずは現実を正しく理解して、生理関連も男子勃起話をニヤニヤして話すのと同様くらいの空気にしないと、社会世間単位知識が広まることはない。

そうなると、普段生活ではパートナー家族理解してくれるから~と問題がなくても、非常時などの時によく話にあがってる(デマかどうかは別として)生理用品突き返しなどの受難があるのではと思う。

どう逆立ちしても性教育が遅れていて、世間としては恥ずかしい物秘匿すべき物という認識の方が多数なのだから、知っていて当然ではなく、知らなくても仕方ない、知らなくて普通くらいの認識の方が当たり前に思える空気にしていかないと長期的にみると大変な事になると思うよ。

平和ボケ

普段ニュースあんまり見ないから俺が知らなかっただけかもしれないけど

イギリスとかインドネシアでもテロ起きているんだな

ISILって中東のあたりで活動してるのかと思ってたけど世界どこにでもいるんだな

もうどこでテロが起きても不思議じゃないんだな

クロスビデオとか出会い系バーで盛り上がってるのみるとああ平和だなこの平和いつまでもつづくといいなーって思う

隣の国からミサイル飛んできそうだけど

英文意味乖離英語日本語乖離

英文意味乖離

英語話者は皮肉冗談好きな人が多く、語った言葉意図している内容が違うことがよくある。日本語と同じように、空気を読んで相手意図を探る必要がある。

たとえば映画サウンド・オブ・ミュージック」で、マリア大佐が初めて出会うシーン。ここでマリア勝手ボールルーム(パーティーで踊るための部屋)に入り込み、一人で踊っている所を大佐に見られてしまう。マリアは驚いてそそくさと部屋を出るが、この時、大佐マリアにこのように言う。

In the future, you'll kindly remember there are certain rooms in this house which are not to be disturbed.

直訳

「今後、あなたは親切にも覚えてくださるでしょう、この家にはいくつかの乱してはいけない部屋があることを」

DVD字幕

「今後も用のない部屋には入らぬように」

DVD日本語音声

「覚えといてください、許可なく用のない部屋を覗かぬように」

フォーマル英語なので、「入るな」の婉曲表現として「乱してはいけない」(not to be disturbed)と言っている。この"disturb"は「部屋に入って掃除をしないで下さい」とホテルの部屋のドアノブに吊るしておくサイン"DO NOT DISTURB"で使われる言葉だ。さらにkindly remember(親切心から覚える)と相手への配慮をしているように見えるが、このkindlyは実際はすごく皮肉を込めている単語で、言いたいことは「勝手にその辺の部屋に入るな」である

このような皮肉は、日本語にしても文化の違いにより伝わらないため、日本語版では直接その意を述べている。

英語でも日本語でもそうだが、文を見ただけではその文の意味することは分からず、言葉を発した人の意図などの非言語的な要素を補って理解する必要がある。

"I mean it"は「それを意図している」のか

英語話者が「今のは皮肉冗談じゃなくて言葉通りの意味だ」と言いたいとき定番フレーズとして"I mean it"がある。

英語にはこのような定番フレーズが無数にある。あまりにも自然に使われているので、イディオムとして認識されていないが、実際は慣用によって、その意味するところが文字通りの意味から離れている。

特に口語ではそういった定番フレーズはかなりの割合を占めているので、避けては通れないのだが、その意味を知らない英語学習者は「I mean it? 私はそれを意味している・・・?」などと混乱してしまうことになる。

meanが「意図して言う」という意味になることを知っている学習者なら、「私はそれを意図して言っている」という意味だと分かるだろう。だが、「それ」とはなんだろうか。

日本語では「自分がさっき言った内容」を指して「それ」と表現することはないので、日本語を介した英語理解はここで限界を迎えることになる。

しか映画を見ている時に、役者真剣な顔をして"I mean it"と言っているのをみて、さらに言われた相手がうろたえながら、さっき語った内容について反論を始めたならば、"I mean it"は「俺は本気で言っているんだ」と言っていたことが分かるだろう。

日本人英語日本語を介して理解するのには限界がある。しかし、空気を読み、非言語的な要素を感じ取ることで、意味していることを理解できる場合がある。

そして、使用されている状況から"I mean it"というフレーズ真剣さを感じ取り、それが頻出することから定番フレーズであると知ることが出来る。そこまで分かれば、真剣に「今のは本気だ」と言いたい時に、自然と"I mean it"というフレーズが口から出てくるようになる。フレーズ自分のものとし、スピーキングでも使うことができるようになる。

ネイティブの語彙の増やし方

これはネイティブがやる語彙の増やし方と同じだ。ネイティブは新しい表現出会うと、状況からその意味を読み取り、なんとなく理解する。その表現に何度か出会えば、いままでに出会った状況を加味して、無意識レベル総合的に意味判断し、表現の完全な理解に至る。その表現を気に入ったらすぐに自分でも使うので、新しい表現をみんなが気に入ると流行語になる。

ネイティブは知らない表現出会っても、意味理解するために辞書を引くことはあまりない。新しい表現であればそもそも辞書には載っていない。

なぜ辞書を引かなくても意味がわかるのか、不思議に思うかも知れないが、人間の脳には本来そういう能力が備わっている。我々日本人も、子供の頃に日本語習得するために辞書を引いたということはほとんどないのではないだろうか。

さらに言えば、言葉の本当の意味辞書を引いてもわからない。辞書を引き、言葉意味を別の言葉説明しているのを見ても、腹に落ちるような理解が出来ることは稀だ。たとえ腹に落ちたと思っても、実際には説明理解して納得できたというだけで、本当に言葉意味理解できたわけではない。言葉を本当に理解して自分のものにするには、状況から感じ取って自分の物にするしかない。

このように自然に語彙を増やす方法については、こちらに詳しく書いた。 http://anond.hatelabo.jp/20170526220542

英語表現が正しいかどうかは慣用によって決まる

文法的に正しく、意味も合っているけれど、自然でない言い方というのがある。

Lang-8で非ネイティブスピーカー日本語を読んでいると、たとえば「今日私はコンピューターをしたい」といった文に出会う。文法意味おかしいということではないが、「コンピューターをしたい」という言い方はせず、「パソコンをしたい」というのが自然だ。

これは英語でも同じで、発せられた言葉自然かは文法意味ではなく、慣用によって決まる。みんながそういう言い方をするなら自然表現であり、しないなら不自然だ。

たとえば冷静になれ、と言いたい時に、英語では"Keep our cool"という言い方をする。私達の冷たいをキーしましょう、というような文法的おかしフレーズだが、みんなが使っているので自然表現だ。

これに対して冷静という言い方がわからず、平常心になれと言おうとして"Be a normal mind"と言ったとしよう。

文法おかしいわけではないし、normalやmindの意味を誤解しているわけでもないのだが、"normal mind"は「正常な精神」を意味している。"Are you suggesting I'm insane?"(あなたは私がイカれてると言いたいのですか?)などと怒らせてしまうことになりかねない。

「慣用されている自然表現であるか」も、文そのものからは分からない非言語情報になる。そしてこの自然さを感じ取れないと、ライティングスピーキングおかしな文を作ってしまうことになる。

言葉とは慣用の集積である

イディオムというのは慣用されることでもとの意味から離れてしまった表現のことであるが、そもそも慣用されていない表現は不自然になる。「コンピュータをする」のような、使われていない表現は、その言語表現として正しいものとは認められない。

その意味で、全ての言語表現慣用表現だと言えるだろう。

言葉というものは、単語文法構成されたものではなく、実際は慣用の集積である。そして全ての言語表現が、文字通りの意味から少しだけ離れているか、大きく離れている。文字通りの意味から大きく離れたものイディオムと呼ばれ、少ししか離れていないものは呼ばれない。

英語をやりこんでいくと、全フレーズがそのフレーズに固有の感覚を持っていることを感じるようになってくる。それはネイティブたちの間で概ね共通した、そのフレーズ出会った時の体験から来ている。

まり、同じような時にネイティブは同じような表現を使うので、ネイティブたちは同じような場面で同じような表現をしているのを見ることになる。こういった共通体験により、その表現に固有の感覚が生まれ、それはネイティブたちの間で共有される。

なので、全てのフレーズにこめられた感覚理解し、自分の中に取り入れていくべきだ。そのためには膨大な学習必要になる。

しかし、たとえば、「なんでそうなるの?」と言った場合、我々日本語ネイティブの間では、あるコメディアン自動的に想起される。そのコメディアンに固有の感覚が「なんでそうなるの?」というフレーズにはこびりついている。しかし、それを外国人が感じ取るのは、限りなく難しい。ノンネイティブがここで完璧を目指しても、克服不可能な壁に当たるだけなので、ある程度で妥協せざるを得ない。

そこまで目指さずとも、まともな英語表現をするためには、その表現が慣用されているかどうかを知っていなければならない。「コンピュータをする」は使われないが「パソコンをする」は使われる、ということを知っていれば、「コンピュータをする」を避けて「パソコンをする」と言える。しかし、これにも膨大な学習必要だ。

長文すぎて増田限界に達したので、ここで一旦区切る。

後半 http://anond.hatelabo.jp/20170529005228

2017-05-28

計画中出しおちんぽが帝愛地下帝国で働いて養育費出せよっていう話にはならないのが不思議ですよね

http://anond.hatelabo.jp/20170528155905

まあ、あん論文真面目に読むような奴と、pixivランキングをチェックしてる奴、どっちが多いかって言ったらどう考えても後者の方が数十倍いからな。自分論文が誰にも読まれないと思っていても不思議では無い。実際、あの馬鹿ツイッターで晒さなければ何の話題にもならずに消えて行っただろう。

同僚女性生理周期を憶測ではあるが調べ上げてチームリーダにご注進してた俺の時代がついに来たな

出した答えが正しいかどうかは当人確認するなんてそんなハラスメントできないので分からなかったが

チームリー視点では推測の表が休暇や早退と不思議なほど合致してるので人員の薄くなる時期が大体予測ついて保険がかけやすいと好評だった

で、これは余談で生理とはあんまり関係ないが、脳内だけでふわっとあの人はこの時期ぐらいかなって捉え方だとつい楽観的に考えてしまって当日朝一電話一本で休まれときついけど

チャートにして明確化すると悲観的に推移したときに手薄過ぎてやばいタイミング可視化されるので保険をかける決断が付けやすいとのチームリーダ談。

鉄道趣味叩きは「児童ポルノ潰し」の要領で応用せよ

http://anond.hatelabo.jp/20170528071247

我欲自慰公共露出する目的活動は、どれほど過激な行動がなくとも、たとえば公共交通内ではなく、もしマイカーオートバイで似たようなことをしたとしても、少年少女退行から大人に戻れない。そもそも正常な趣味じゃない。その前提で大人鉄道趣味を叩くべきだ。

熱心な鉄道好きの一人である高山何某が悪いのは、自らの振る舞いを卑怯少年少女退行と思っていないことにある。「大人がグレる時代から」と、あまりにも情けないほど卑屈すぎる詭弁を撒き散らしているのだ。

そもそも存在自体社会にとって許されるものではないのが児童ポルノ鉄道趣味なのである。で、当事者自分のことを世間の人たちは目を背けたがるような存在と見なしていることを分かった上で、「ワル」な自分に酔いしてている。これも一緒だ。しかし、社会姿勢があまりに違いすぎる。

鉄道趣味大衆化による弊害2000年代後半の所謂罵声大会を起点に一機に広まっている。狼藉2012年から目立つようになり、更に元締めすら酷くなったのは2013年からで、度々炎上しているのに、社会鉄道趣味公共ビジネス現実批判しようとしたのは1つもないように思う。これはあまりにも公正とはいえない。

非常に不思議なのである児童ポルノなら1999年法規制される前には、すでにその固有名詞存在し、社会問題として認知され、有罪沙汰もあったことは渋谷系文化の記録でもわかるのだが、なぜ鉄道趣味はそうできないのだろう。

鉄道趣味類似している問題は、児童ポルノである児童ポルノは、1990年代から発生した社会問題であるが、これは「表現の自由」と言えるものだろうか?少年少女の性消費で我欲を満たしたいという若気の至りの裏には、住民治安被害少年少女搾取などの不安がある。

性消費感覚鉄道趣味に明け暮れる高山何某は、鉄道趣味の中でもハイレベル存在なのである。つまり、退行を拗らせたこいつらをつまみだして、大人に更生させる回路を作れば、幼児退行はこの国から消えるんじゃないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170527135959

逆にコーヒーへの興味が自分の中にあるのに挽いて入れたりしたことすら無い人がいるのが不思議

数千円と半日時間もあれば体験できるのに、自分コーヒーに興味があるのに、それでもやらないのはどういう心理なのかマジでわからん

ネトフリで銀河鉄道999観てるが

初見でみているが

この作品を見る限り

銀河にはイカれた住人が住んでいるヤバい惑星しかない。

あと緊迫シーンの劇伴エヴァっぽい。

あと鉄郎はなんかいろんな意味モテすぎ。

あとメーテル超人的な身体能力でもってバトルで敵を圧倒する上に容赦なく悪人の心の闇をついて説教する。そんなキャラだとは考えてもみなかった。

全体として不思議な魅力のある映像作品である。独特の暗さ、馬鹿馬鹿しさ、戯作的(昔話や説話)なプロット。一話ないし二話完結の連作近未来的な風景とオンボロ和風家屋風景との不思議な混ざりあい。男女の痴情のもつれなどのテーマ惑星ごとに古い映画イメージや設定そのまま模したようなエピソード群。小説家アニメ演出家志望など完全に業界側よりの人物設定。

2017-05-27

恋と服

恋をするとお金がかかる。

なぜなら女子とは、恋をした途端に着る服がなくなってしまう生き物なのだ(※)。デートが決まったりなんかした日にはもう、新宿原宿銀座に向かわずはいられなくなる。私は主に、恋をすると新宿をあてもなく徘徊する流浪の民となる。ルミネや界隈のショップというショップをまわり、クローゼットの肥やしを片っ端から一新し、それまでさして気にも留めなかった化粧品を手にとってはレジに持って行ったりするのだ。

というのも、恋をすると、何らかの力により、これまで自分が何をどのように考え服を着ていたのか、まったくといっていいほどにわからなくなってしまう。馬鹿になってしまっているのだろうか。恐ろしい。ルミネエスカレーターを何往復も上下しながら、これは面白い現象だなぁと毎度俯瞰してみたりするが、そう考えている本人は何と言っても必死である。それまで手持ちの服で十分に生活していたはずなのに、ある日を堺にクローゼットの服たちが途端に色あせて見えてしまうのだ。なんということだろう。こんな服で外へお出かけになんて行けない。ましてや好きな人の前になんて、とてもじゃないが立てやしない。その思いは焦燥となり、私の足をルミネ伊勢丹へ向かわせる。

目の前の彼に、少しでも可愛いとかきれいだとか思ってもらいたい。きっと恋をすると誰もが、そんな気持ちでいっぱいだ。しかしそれよりも切実なのは、彼の前に立ったその時、はやる心臓邪魔されず彼の目を見つめられるような、なんでもない涼しい顔をして会話できるような、そんな自信を持つために、私は服のちからを借りるのだと思う。

着るものとはとてもすごいちからを持っている。誰に見られるわけでない下着ひとつとっても、新しいブラやお気に入りパンツを身につけるだけで、それだけで気分は花が咲き、なんとなく遠くを見て歩けるようになるものだ。勝負下着とは、彼のためではなく、自分の自信のために身につけている。

恋をするたびに私のクローゼットには新しい服が増え、その分惰性で着ていたものたちは消えていく。新陳代謝のようだなぁと思う。惰性で着ていたものたちだって、昔いつかの誰かを思いながら買ったものなのだ。それなのに、新しい恋をするとまるで世界が一変したかのように、とにかく古臭く、やぼったく見えてしまう。よくこんなもの着ていたなと、中にはそう思ってしまものだってある(一応言っておくが私は相手の好みの服装に合わせるタイプ人間ではないので、そういう意味世界が一変したのではなく、あくま自分の中で、大好きだった服が色褪せて見える)。

誰かに恋をするたびにこの現象が起きるので、人生の七不思議としてここに書き留めておく。

今日新宿夕方まで歩き回った。

明日デート代々木11時待ち合わせ。パックしてもう寝なくちゃ。



※…すべての女性がそうではありません。それから妙齢なのに女子とか言ってごめんなさいね

※※追記:妙齢とはうら若いという意味だそう。誤用ごめんなさいね。この場合はじゃあいい歳してとか言ったほうがいいのかしら。

就活の話

就活エントリが上がってたので共感?して書く。

四月くらいまでは余裕を持って取り組めていたと思う。でもなんでだか、段々よく分からなくなった。息切れしたのかもしれない。いつになってもあがり症で人見知りとかいうおよそ就活には向かない自分性格のせいかもしれない。

SPI勉強に身が入らなくなって、説明会にも足が遠のき、選考に進んでた企業ドタキャンすることもあった。

同時期に大学に行くのも面倒くさくなった。卒業のためには週一回のゼミだけは行かなくちゃいけないんだけど、出席してない。原則として欠席5回で単位アウトのゼミで既に7回休んだ。就職以前に卒業できないって相当やばい状況だと思うんだけど、不思議危機感がない。今日一人暮らししてる家の近くの市民プールで2時間泳いで、そのあと川沿いを30分くらい散歩して、辿り着いた公園で本を一冊読み切った。お腹が空いたのでコンビニ冷やし中華を買って、また公園に戻って食べた。

でも家に着いたら反動のように気が塞ぎこむ。もう二週間くらい食器を洗ってない。意を決してマグカップを洗おうとしたら、中の抹茶ラテ結晶化してて笑ってしまった。菓子パンの袋が床に散らかってて、人工甘味料胡散臭い匂いが鼻につく。部屋の隅に炊飯器があるんだけど、それがどうしても怖くて開けられない。放置してある残った米を見るのが怖いから。

これからどうしようかなと思う。友達には駄目な人間ということがバレてるから、笑いながらネタにしてくれそう。でも家族に打ち明けるのが怖いな。父も母も兄も高卒で、自慢の娘のはずたったんだけどなたぶん。GPAが3.5あったって言ったらよく分からんけどって言いながら喜んでくれたんだ留年するとはとても言えないな。

月曜になったら、ゼミ先生必死で謝って救済措置を恵んでもらおうと思う。あと停滞気味だった就活も再開して、また1から業界見直し説明会に行こうと思う。

ああでもそれをする前にまずは家の片付けをして、風呂掃除もして、ゴミ出しして、カビが生えた米を捨てないとって考えると死ぬほど面倒くさくて、ベッドの上で菓子パンかじりながら増田見てる。

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

長すぎたようなのでこっちで増田に応答。

http://anond.hatelabo.jp/20170527122912

人工知能学会全国大会論文査読なしだ。これは、人工知能学会けが問題なのではなく、情報系の大部分の国内学会査読なしである

ただ、その理由が「本会議ボコボコにして論文で落とせばいい」としているのが、こちらからみると不思議だ。査読付き論文も同じ国内学会に出すことを前提に書かれているかのようだ。

この分野における研究者の業績評価に用いられるのは国内学会ではない。

AAAI,IJCAIなどのトップカンファレンスと言われる、重要査読付き国際会議にどれぐらい通したか研究者の業績が決まる。

まり英語に直さないと、そもそも、業績になどならない。ダメ論文は、国際的評価されないだろう…と思っているから、あまり関心がないのだ。

この辺の常識は分野によって違うので私もわかってなかったです。教えてくれてありがとうございます

文系だと和文でも立派な業績になるので、その辺の感覚の違いというのはあるかもですね(もちろん、英文やその他の外国語で書いた方が評価されるのはその通りなんですが)。

ただ人文系論文って、文章だけを並べて数十ページとか普通に行くやつも多いです。歴史系だと、ちゃんとした和文学術雑誌文字数上限は30,000字ちょいくらいで、20,000字未満だと「あそこ短いから書きにくいよね」とか言われる世界なんです。英文だと8,000 wordsくらいかな? この辺、理系情報系の人たちとは「論文の長さ」に関する感覚がけっこう違うと思うんですがどうなんでしょう(あと、基本的単著)。

英語じゃないといけないっていう縛りもなくて、たとえばフランス研究ならフランス語で書いた方が評価されるだろうし韓国研究なら韓国語で書いても立派な業績になりますよ、って感じです。最近は若手研究者の国際化が進んで、英語博士論文書く人も増えてますが、ドイツ語博士論文書きましたって人も増えてきてるんですね。そういう意味で、そちらの分野とは国際化の感覚は違うのかな、と。

解雇規制緩和は正しいのか

少し昔話をする、IT業界に関してクリエイティブな印象しかなかっった学生の頃に専門を卒業して客先常駐メインの特定派遣会社(当時は100人規模)に就職した。

そこは足りない知識は客先で学んで来いと言う管理職の声の元、新卒単独でどんどん派遣したもの生存確率が低く

10人中8人が3年以内に辞めていくために社員の大半が中途採用リーマンショック以前からいる中堅社員だった。

自分自身も3年以内に辞めた社員に含まれた。

辞めてから今を通して解雇規制緩和って実は会社が得するだけではないか、とモヤモヤした気持ちがなんとなく整理できたのでここに書く。

現行の法律に関する知識は皆無なので、あくまチラ裏として読んでもらえると幸いである。

まず特定派遣とは正社員を客先に派遣する客先常駐をメインとする自称SIerに多い、中には客先常駐であることを求人段階で隠すか別の言葉ごまかす会社もある。

まっとうな会社として新卒を受け入れている所が過半数を占めるが新人教育は1か月足らず後は客先に丸投げ、ダメならクビと言う流れの会社が多い。

そんな中小が占めるSI業界解雇規制がほぼ機能していない・・・ダメなら退職を促すメール社員に送り自己都合退職させる行為業界全体で行われている。

特定派遣会社正社員なのに、まるで派遣社員のように扱われている、請負メインの中小正社員でもダメ烙印管理職から押されたら社員自身に非がなくても邪魔から辞めろと遠まわしに言い放ち退職届を出させる。

抵抗すれば、特定派遣会社派遣先を紹介せず別の会社業務命令扱いで紹介派遣社員が嫌がった場合業務命令に背いたとして懲戒解雇にすると脅して辞めさせる。

請負メインの中小場合は、業務をさせずひたすらシュレッダー係りか雑務処理をさせてミスすれば叱責して精神的に追い詰めて退職に追い込む。

ここまでされてなぜ、訴える事例が出てこないか不思議に思った人が多いのではないだろうか?

上記の事を見てきた自分労基署相談してみたところ「IT業界は横の繋がりが強いから訴えると後の転職活動に影響が出やすい、まだ転職できる年齢なら騒がずに退職奨励にさせてやめたほうがいい」だった。

実にクソである、もう少し詳しく聞くと営業営業仲間のネットワーク管理職管理職仲間のネットワーク社長社長仲間のネットワークがあり辞める際に騒ぐと注意するべき社員として情報業界に流れるとのことだった。

評判を打ち消すレベル技術力があればいいのだが上記の会社では教育がなく技術者レベル個人資質依存するため、辞めた社員技術力はかなり低い事が多く難しいのが現実とのことだった。

そもそもなぜ低いか、私が見てきた事をネタ説明すると新卒新人教育は1か月足らず後は客先に丸投げする会社派遣先に「優秀な子」と伝えるため派遣先教育必要ない人と理解派遣契約を結ぶ。

いざ派遣されると案の定派遣先責任者は怒り心頭新卒の人は何も悪くないのに怒られ最悪できる仕事掃除書類整理だけになる事が多いため技術力は一切身に付かないまま契約打ち切りになる。

この時に新卒は知らないだろうが、営業派遣先責任者が裏で手打ちをして「新卒が虚偽の経歴を経歴書に書いた」として派遣先から新卒個人責任と扱われ新卒個人を出入り禁止にして新卒派遣した会社とは

今まで通りの関係を続けると言う事になって幕引きとなる。そして会社に戻っても受け入れてくれる派遣先が見つからずクビになるため技術レベルが低いまま新卒第二新卒として転職市場に放り出されるのである

請負会社場合もっとひどい、中学生かと思うようないじめダメ烙印を押した正社員いじめ精神的に追い詰めるため業務に触れる事なく社員転職市場に放り出されるのである

こんな事例を見ていると「解雇規制緩和は正しいか?」と思うようになる、ITSI業界無法地帯化してるのに解雇する会社に法的ペナルティーがないままホイホイ切れる緩和をしていいのだろうか。

解雇規制がなくなれば労働者陰湿嫌がらせ理不尽対応もされる事なく、経営者は面倒臭い事をせずにクビに出来るから日本労働環境が明るくなるのか?

ただでさえ会社がやりたい放題の状況を悪化させるのではないか?優良企業業務経歴と技術力による足切りと定員がある、解雇規制緩和で労働者流動性が上がってもスタートで失敗した人は延々と解雇される事になるだろう。

解雇されるかされないか会社の考え次第となる状況が現状の労働環境改善しないまま生まれたら、ブラック企業が廃れても会社意向に反する態度を取って解雇された人が巷に溢れることになる可能性の方が大きい。

この時だけ、経営者視点を嫌う人たちがいきなり経営者視点になる現象が起きるのだが経営者視点に立つほど権力を持った人たちなのか疑問に思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170525145352

人工知能学会から返って来た人工知能研究者。例の論文の著者の1人とも知合で今回もご挨拶した。家族文系研究者あり。

多分理解されていないところをいくつか書く。

小説分析研究対象ではない。

これは工学論文なので、あくま分析対象フィルタリング手法であり、小説手法入力するデータに過ぎない。

文学研究と異なり、小説の内容については評価を下していない。あくまで、データにどういう文字列が含まれていると、手法がどういう影響をうけるのかについて分析しているだけ、という立場だ。

分析対象手法であって小説ではない。だからこそ、「有害」という内容について評価を下しているかのような表現不適切なのだと思う。

人工知能学会全国大会論文査読なし

人工知能学会全国大会論文査読なしだ。これは、人工知能学会けが問題なのではなく、情報系の大部分の国内学会査読なしである

ただ、その理由が「本会議ボコボコにして論文で落とせばいい」としているのが、こちらからみると不思議だ。査読付き論文も同じ国内学会に出すことを前提に書かれているかのようだ。

この分野における研究者の業績評価に用いられるのは国内学会ではない。

AAAI,IJCAIなどのトップカンファレンスと言われる、重要査読付き国際会議にどれぐらい通したか研究者の業績が決まる。

まり英語に直さないと、そもそも、業績になどならない。ダメ論文は、国際的評価されないだろう…と思っているから、あまり関心がないのだ。

今回の人工知能学会も、多くの論文が、今年、同内容でどこか良い査読付き国際会議投稿された英語論文原稿を、日本語翻訳したものだ。

国内学会査読なしにしているのは、多様な論文を受け入れる意味もあるが、一番の理由は、査読者を確保する事が難しいからだろう。

査読者になるのは国際的活躍するトップの優秀な研究者たちだ。彼らの時間を、国内学会論文査読などに使わせてしまっては、国際競争力が落ちる。

ただ、一応、賞を出す制度があるので、全論文に対し、誰かが読んで評価はしている。

全国大会では学生普通に発表する

そういうわけで、全国大会で発表することに大した業績的意義がないので、学生普通に発表する。

企業研究者全国大会大勢来ているので、優秀な学生が入ればインターンに呼んだり就職勧誘したりする。

全文一般公開するかどうかは学会による

多分、今回問題になったのは、ここだろう。人工知能学会は、全論文PDF一般公開してしまう。

このあたりの対応は、情報系でも、国内学会によってまちまちだ。昔は、CD-ROMを配るだけで、CD-ROMを持っていないと論文が見られないなんて会議や、電話帳みたいな紙の予稿集を配っていた会議もある。

今は、会議参加者しか見ることの出来ない専用のサイトから論文ダウンロードさせる会議もある。

なぜ下請けさんは「名刺」を出さないのか?

不思議なのだが。

多重請負構造なのはわかっている。

あなたが孫受けの人だということはわかっている。(再委託体制というものも近年では提出されるようになったし)

今後もしばらく付き合いがあると思うので、あなたの本当の会社名刺を、そのまま出してくれれば良いのに。

なんで出さないのか?

ダメだと明確に言われているのか?

例の論文は、本当に法的にセーフなのか

本題に入る前に、いくつか検討を行うべき点がある。

(1)表現を『有害』と評することについての社会的通念

社会流通する特定表現を具体的に名指しして『有害』と評価する場合、その評価責任は、そのような評価を下した主体が負うのが一般的である

例えば、都道府県の定める条例に基づき『未成年者の健全育成に有害である』と評価された特定出版物を、『有害図書』に指定流通差し止め場合があるが、その指定(あるいは指定基準)の責任は当の都道府県が負う。

実際に、都条例(「東京都青少年の健全な育成に関する条例」)の条文が変更され、近親相姦描写指定根拠に加えられた際、またその条文を根拠として実際に書籍が『有害図書』に指定された際に、都を批判する声が少なからずあった。表現を『有害』と評価する主体はその評価について責任を問われる、という社会的通念が如実に現れた実例と言えるだろう。

有害情報』はインターネット上に流通する表現についての評価であるが、これも評価主体責任を問われるという点は『有害図書』の場合と同様である

例えば、特定ウェブサイトが、検索エンジンサービスセキュリティソフトウェアフィルタリングソフトウェア等によって『有害』と評価され、アクセスを妨げられた場合、その評価責任を当該サービスないしソフトウェア提供者が負うという点については、広く合意されるところである

(2)予めゾーニングされた表現の『有害』性

どのような表現を『有害』と評価するか、具体的な線引きについては評価主体により差はあれど、大別すれば、「援助交際違法薬物の取引」といった実際の犯罪行為と一体のものと、「(現実架空の別を問わず暴力・性行為犯罪行為描写」といった未成年者の閲覧に不適切もの、の2つである

このうち後者について、評価主体行政ないし公的機関場合表現の自由知る権利とのバランスを取る必要から未成年者による閲覧を抑止する施策ゾーニング)が講じられていれば表現のもの禁止はしないという形を取ることが多く、またそのような施策が予め講じられた表現に対して『有害』か否か積極的評価することは(必要が無く、にもかかわらず上記のような責任無用に負うことになるので)避ける運用となるのが通例である

他方で、ゾーニング必要性の有無を判断するのは表現を発表する側であり、通常これは『有害評価を下す側とは別であるから、『有害ギリギリラインゾーニングが行われることはない。すなわち、表現を発表する側はより大きな安全マージンを取り(安全側に倒して)ゾーニング実施することになり、そして上記のとおりゾーニングされた表現については『有害評価が保留されがちであることから、もし仮にゾーニングされていなかったとしても『有害』とは評価されなかったであろう表現ゾーニングされてしまっている(が、そうとはわからない)という例も珍しくないはずである

したがって、ある表現ゾーニングされているからといって、その表現直ちに(例えば行政公的機関などの評価主体判断に照らして)『有害であるとは断言しえない。

(3)慣行としてのゾーニングに対する表現者意識

業として表現流通させている者(出版社小売店ウェブサービスなど)がゾーニング実施するのは、上記条例をはじめとする法令を遵守することが第一義的な理由と考えてよい。そしてそれらの業者を介して自身表現流通させんとする個々の表現者は、業者との契約規約に基づく形でゾーニング同意し、間接的に法令を遵守することとなっている。

このことは、当該法令理念目的基準について、必ずしも表現者賛同ないし納得はしてないけれども、業者を利用する都合上その定めに従っている、というケースが内包されている可能性を示唆する。より具体的に言えば、表現者自身は「未成年者にとって性的表現有害ではない」と考えていたり「この程度の性的表現は『有害』にあたらない」と考えていたりした場合でも、業者を利用するため業者実施するゾーニング基準に従った結果として(あるいは、閲覧者の利便性を図る手段としてゾーニング活用する意図で、もしくは、自身思想と食い違っても「悪法も法なり」という判断の下)法令を遵守している、というケースがありうる。

同時に、上記のとおり行政公的機関ゾーニング済の表現への『有害評価を保留するので、動機はどうあれゾーニングに従っている以上、自身表現が『有害』にあたることはない、という意識表現者にあったとしても不思議ではない。これは逆に言うと、『有害評価を下されること=ゾーニング努力を怠った粗忽者ないし社会迷惑をかける厄介者レッテルという意味包含し、表現者にとってのスティグマとして機能しうる。

(4)著作者人格権侵害とみなされる引用

著作物二次利用原則的著作権者許可を要するが、著作権法32条により『引用』であれば無許可に行うことができる。正当な『引用』と認められるには「引用部分とそれ以外の部分の主従が明確であること」「引用する必然性があり、その必要な量のみの利用に留まること」「出典を明記すること」などの要件を満たさなければならない。

第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行合致するものであり、かつ、報道批評研究その他の引用目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。


しかしながら、著作権法113条6項には、次のような条文がある。

百十三条  次に掲げる行為は、当該著作者人格権著作権出版権、実演家人格権又は著作隣接権侵害する行為とみなす。

6  著作者名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権侵害する行為とみなす。


これは上記の『引用』と矛盾するように見えるが、そうではない。無許可で『引用』することはできるが、その結果として著作者名誉・声望を害したら著作者人格権侵害とみなされる、という形である。つまり理論上は、正当な『引用』であっても著作者人格権侵害になる場合があるとされており、ゆえに「例の論文は『引用』の要件を満たしてるから法的にセーフ」とする主張は、全て誤りである

このような条文があると、否定的な論評・批評のための引用ができなくなるのではないか、と心配する向きもいるかもしれないが、意見表明による名誉棄損を免責する『公正な論評法理』が、上記条文における「名誉又は声望を害する方法」の当否判断にも準用され、否定的な論評・批評のための引用も内容の公益性妥当性次第で免責されると考えられている。

ここまでのまとめ



本題

例の論文では、R18としてゾーニングされた10作品を標本として利用しているが、ゾーニングされていることをもって直ちに有害であるとは言えず、またその作者らが自らの作品の『有害』性を自認していることにもならないため、「この10作品は『有害である」との評価自明ではない。

にもかかわらず、論文ではこれら10作品を「『有害情報』のフィルタリングアルゴリズム学習データ」と位置付けており、このことはつまりこれら10作品が『有害情報』の代表であるという評価を下しているに等しい。その際、法令制度あるいは他者によって定義された『有害評価準拠する旨の記載がないため、この『有害評価論文著者が主体的に行っているものと解され、その責任論文著者が負う。

これら10作品が『有害情報』の代表例として紹介されたことは、作者らにとってスティグマとして機能することが懸念され、名誉・声望を害したと言えるのではないか

整理すると「論文著者が主体となり10作品を名指しで『有害評価したことが、10作品の作者らの名誉・声望を害したと疑われる」。

論文ではこれら10作品に含まれ性的表現引用しその意味内容批評しているとは言えるが、『有害情報』の代表例としてこれら10作品を名指ししたこと自体について十分に論証するだけの記述が割かれ『公正な論評法理』に適う内容になっているか、といえば、議論が分かれるように思う。少なくとも「論ずるまでもなく法的にはセーフ」とは断言できないと考えるが、どうだろうか。

2017-05-26

めっちゃ歩きスマホしてる

先日、歩きながらビール飲んでる人の増田話題になったが、私はめっちゃ歩きスマホしてる。

歩いてる間中イヤホンを着けてスマホの画面に目を落としてゲームやら読書やらはてブやら株価チャートチェックに明け暮れているのだ。

ついでに言うと、歩きタバコもする。流石にこれは常にしているわけではないが、路上喫煙禁止ではない場所歩きタバコ。吸殻はケータイ灰皿に入れる。

一般的に想定されるはてなーが見たら批判されそうな行為連続だか、不思議と注意されたことはない。歩きスマホなんか、新宿駅とか渋谷駅など、人がごった返している場所でも常に行っているけれど、他人にぶつかりもしなければ、絡まれもせず注意もされない。

しかしたら、私の姿を見たり、傍を通過することで発狂したり迷惑を蒙って泣き寝入りしている人がいるのかもしれないが、幸福なことに、そのような他人事情を訴えられたこともない。また、歩きスマホへの当たり屋にも遭遇したことがない。

もしも、私の行いのせいで迷惑を被って泣き寝入りしている人がいたら、是非直接声をかけて欲しい。私としても自分利益を優先して他人迷惑不快感を強いるのは本意ではない。その場合はすぐにあなた様の利益を優先して、そのような行動を慎みたいと思っているのだ。

それにしても、誰にも注意されない。やはり、マナー程度を振りかざして他人を注意するような行為を慎む、奥ゆかしい人々がまだまだ大半であって、頭に「私はあなたのせいで不快です」と言う見えないハチマキを巻いて、「マナー」とやらを理由他人行為に踏み込もうとするような、勇気に溢れたバイタリティのある方々は日本には少ないのかもしれない。

確かにそのような、コントロール不能な他人行為を正したいと言う情熱の元に生活をしていたら、かなりの労力を払わなければいけないし、疲れるだろうし、常にイライラして精神衛生クオリティを落として生活しなければならないから、割に合わないのだろう。

考えてみれば、私も他人電車ベビーカーで乗ってこようが、何を飲み食いしてようが、化粧してようが、前を歩く人がビールを飲んでようが、タバコを吸おうが、ガラガラを引いてようが、自分に直接危害を加えられない限り(または、私がどこかに移動することで避けられる限り)大して気にならない。

とは言え、自分一般化するつもりもないから、他人マナー違反行為が気になるなら、頑張って正して欲しいとも思う。それを止める気もないし権利もないと思っている。

とにかく、日本人の大半であろう、慎しみ深い人々のおかげで、私は歩きスマホ歩きタバコも堪能し、自由謳歌できるのだから、大変ありがたい事であるありがとう日本日本イキロ

から入った結果

KAT-TUNジャニーズでも結成~人気出てからデビューまでの下積みが長いグループで(だからこそのデビューミリオン

本人たちのヤンキー感はデビュー前後からグループイメージ作りみたいなものだった(ごくせんの影響)

ジャニーズファンのなかでは「ああ見えて優等生」「ああ見えてチャラついてない」だったのに

から入りギリギリを極めた結果、ここまで来てしまった。

ある意味プロとして追及したのだろう…。

残りの3人はスポ根インテリ不思議キャラ→熱血指導キャラなのでどうなるか分からないが

新生KAT-TUNを待っているよ。

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