はてなキーワード: 反省とは
前半部分は本当に同じ感覚を覚えた。
何が一番怖いかって、乙武氏にとって不愉快な経験をすると(今回はそれが入店お断りだった)
ただの私怨でも障碍者差別の文脈に持ち込んで60万フォロワーの前に晒して、相手を社会的に
追いつめるように仕向ける事が出来る事を見せつけられた感じがする。
特に謝罪を受け入れた後で、後ろから刺すような真似はいくらなんでもクレームとして卑劣。
少なくとも真っ当な社会人なら一度店主の謝罪を受け入れたのなら、内心で思うところはあっても
どうしても不満があればそれはそれで店主と個別に抗議するなり交渉するなりすればよかったじゃないですか?
あとで抗議の嵐が殺到する事を本意でないって白々しい言い訳をしながら
twitterで車いすユーザーが〜と書いていたのに結局女性が泣いたから許せなかったのですか?
それだったら最初から同行の知人を泣かせたからと書けばよかったじゃないですか。
それ以前に泣き言言いたいだけだったら奥さんに言えばいいじゃんと思うけど。
更に言った言わないの水掛け論で激昂して自分の記憶が定かでもないのに、
そこまで嘘付いた言い切れるのですか?
本当に店主はそういったのか、言ったとしても全然違う意味合いで言った事を
思い込みで切り取っていないのですか? そもそも記憶定かな話ではないんですよね?
介助が必要な事を伝えるのが忘れていたとしても、個人店で2人で回してるピーク時に運んでほしいのなら
少しはスタッフの手が空くまで待つとか譲歩の余地はなかったのですか?
モンスタークレーマーが使うようなキツい言葉や無茶な要求を出したせいで店主が態度を硬化したんじゃないですか?
乙武氏の文面からは、自己弁護に固執していて本当になんていうかすべてのやりかたが狡猾に見える。
最後のもし許しを願えたらってそれあなたが単に怒ってるだけですよね?
そうやって他の人がひいきにしているお店を下手すると閉店に追い込む事でそのお店に通ってる他のお客さんに楽しみも奪うのですか?
障碍者差別やバリアフリー以前に、乙武氏の今回のクレームの出し方は本当に卑怯だし、同じ方法で
差別とは関係なく単に不愉快な思いをするとtwで一言かくだけで下手すると簡単に対象を社会的に殺す事だって出来る。
もしかすると単に相手の性格が嫌いで気に入らないだけで話をねつ造して相手を社会的に抹殺出来るかもしれない。
さすがにそこまであくどい性格ではないと心のどこかでは信用してる自分がいるけど。
そう考えだすと今回の釈明文のやり方は本当にひどい。
それだったらそもそもTwitterで今度行かせてくださいとか和解したようなことは言うべきじゃなかった。
文句があれば有名人も一般人も関係ないって言うけど有名人の知名度と影響力なら
別のケースで有名人が嘘付いたとして相手が真実だったとしてもフォロワーの大半は有名人の方を信用するしょう。
書いてて文章めちゃくちゃだけど、むちゃくちゃに吐き出さずにいられないぐらい本当に彼のやり口に寒気を感じた
そもそもあの件にどっちが悪いなんて白黒つける必要はないと思っている。
というのは、どちらにもそれなりの言い分があり、かつ、非があるとおもっているから。
まずレストランについて思うこと。
予約していても入店を断られるというのはどう考えても気分のいいことではない。
断るなら、それ相応の断り方ってもんがある。断り方というか言い方と言った方が正しいか?
「従業員の数をかんがえるとほかのお客様へのサービスがおろそかになる」
的なことをやんわりと伝えれることができればよかったのだ。
昭和の頑固なラーメン屋のおじさん(勝手なイメージ)じゃないんだからさ。
それができれば乙武氏に同伴していたという女性が泣いて店を飛び出す、という事態にはならなかったかもしれない。
次に乙武氏について思うこと。
予約する時点で、レストラン側が乙武氏の名前を聞いて「もしかしてあの乙武さんですか?」なんて聞けるわけがない。
全国に「乙武さん」という名字の方がどれだけいるかわからないが、それが佐藤さんや田中さんだったらキリがないわけで、そこは乙武氏が気をまわしてもいいところ。
ブログには「お恥ずかしい話だが、自分で店を予約する際、あまりバリアフリー状況を下調べしたことがない。さらに、店舗に対して、こちらが車いすであることを伝えたことも記憶にない。それは、とくにポリシーがあってそうしているわけではなく、これまで困ったことがなかったのだ。」とあったが、それは乙武氏の友人やお店の配慮があってのことだと思う。
そういう恵まれた環境にあったんだろう。
いい人にはいい人が集まるとはいうが、そのとおりで、人徳のなせる業だ。
同伴していた女性が泣いて飛び出してきたからって短気すぎないか?
(そもそも泣くのかよ、と女の私は思うがそこはまた別の話なので言及しないでおく。感受性の強い方なんだよ、きっと)
大人気(おとなげ)ないよ。
今頃、女性は私が一因でこんなことになって迷惑かけたな、とか思ってらっしゃるんじゃないかな。
乙武氏はTwitterでみんなに意見を問う、というのはご自身の知名度を理解したうえでやったのではないだろうか。
知名度もある、伝える文才もある。
実際、ブログを拝見して、今回の騒動について反省している内容なんだが、どこか同情心を誘う。
しかも最後に「でも、やっぱり、店主がお許しくださるのなら、いつの日か再訪してみたいな。だって、お店の料理、本当においしそうだったから。」なんて書いてあったら、やっぱりいい人だな、なんて思ってしまう。
乙武氏にいい人という看板がついたら相対的に他方は、ということになる。
たとえ店名を明かしていいといわれたとしても。
私は両親に喧嘩両成敗という意識のもとで育てられたので、どちらが悪いとは白黒つけない。
で、この論争の終着点はどこよって
ノシ
PS3の設計がそもそもの混乱の始まりだね。いくらデバイスハブ構想があっても、まず本体を普及させないとダメ。そして本体普及させるのに必要なのはゲーム。Cellはあまりに扱いにくいし、本体価格などもあって、PS3は思うように売れなかった。PS2時代はPS2にだけソフトを供給すれば良かったけど、海外だとXbox360の方が売れたし、日本だとPS3の方が売れてるから海外でも売ろうとするとマルチにするしかない。すると、PS3のCellアーキテクチャはただの足枷。しかもWiiの方がさらに売れたから、Wiiをハブってたサードはさらに苦境になってる。その結果としてソーシャル(笑)に逃げてしまってますますゲームが作れない悲惨なことになってる。PS4はその反省をふまえて作りやすいゲーム機にしたけど、もうダメだね。ソニーがなくなるのがゲーム業界を救う一番の方法だな。
いやいやいや
「連れの女が泣いたから」
は少し頭の働く人間だったら悪意なしには使わないよ
しかも事件直後、頭に血が上ってる時に書くならまだしも
2日後、いろいろ反省して考え抜いたのちに
今回、ツイッターであのやり取りを見ていて、心底ゾッとした。
一応反省したテイで開始されるこの文章、しかし反省というよりも、文章の2/3は怒り収まらぬ様子の文章。
この人、軽率だとか自分で言っているけども、多分軽率の度合いがわかってない。
下手したら店が閉店に追い込まれてもおかしくない。人生が狂っても驚かない。
今回、乙武さんがやった行為は、ひとつのことを知らしめたと思う。
それはつまり、飲食店等の客商売をしていて、障害者という存在はとてつもなく危険だということ。
今まで作ってきたイメージも客も評判も何もかも、障害者の気に入らない事をしてしまったが最後、晒され、叩かれ、悪者にされ、最悪の場合全て失ってしまうかもしれないこと。
まるで何気なく街中を歩いていて、突然通り魔に命を奪われるようなものだ。
不運としか言いようがない。ああ、障害者には関わりたくない。近寄って欲しくない。性質が悪い。人生滅茶苦茶にされかねん。
このような、全く建設的ではない、障害者も健常者も社会も誰にもいいことのない、ネガティブイメージ。
これを知らしめた、ということだ。
乙武さんのこの釈明記事を読んでなお、ネガティブイメージは払拭できないなと思う。
普通の人なら、自分がネット上で悪として叩かれ晒されているだけで、十分先行きに絶望して日常生活に支障を来すだろう。
でも、こんなことしちゃった僕の気持ちも解って下さい!という文章からはそこに対する気遣いは全く感じられない。
てか相手の謝罪ツイートも見たのか見てないのか知らないが、「許してくれるなら」って、会話する気なしとしか思えない。
なぜ電話であらかじめ手がかかる事を伝えなかったのだろう。
店で面倒をみきれなければ、責任を持ち切れなければ、店だって拒否をする権利はある。
だけど先に伝えておけば、店にだって準備のしようがあるだろう。
店側もやむなくどうしても無理なら、また改めて後日お願いできませんか?と伝えることだってできる。
その事前の根回しもなく、当日突然、当たり前に手伝いを要求。
そんなの絶対、店の人だって不愉快だ。怒られても仕方ない行動だ。
念のため、障害者だから不愉快というものではない。健常者に求められたって不愉快だ。
障害者だけでなく「何かに対応が可能な準備」には少なからずコストがかかる。
インターネットが使えない、或いは苦手な人のために電話対応用の人員機材を用意するのも、
街中で視覚障害者が自力で歩けるように点字ブロックを道に埋めることも、
コストであるからには、そして商売であるからには、費やせる量にも上限がある。
乙武さんは、自分が突如手を借りる時に必ず不自由することなきよう、店に人を置いておけというのか。
当たり前に店はそのコストを払い続けて、そして乙武さんはこの店にそれをペイできるほどの金を落とすというのか。
ただ、事前に事情を説明すればいいだけのことだ。
時間がわかれば、店だって事前にその時だけ何か用意ができたかもしれないのだ。
障害者が健常者に比べて何かしら手間がかかるからといって、障害者の方々はひきこもる必要はない。
でも、健常者同様に、相手に迷惑をかけるのであれば、気遣いはしてほしい。
人にひと手間かける時は、すみませんが、ご迷惑ですが、は普通のことだ。
そして、人は必ず手助けができる状況にいるわけではないことも、当たり前に理解しろ。
(まあ健常者でも、理解できてない頭の弱い人は多々いるのだけども)
同等、平等っていうのはそういうことだと思う。
手間がかからなければ偉いものでもなく、手間がかかるから下扱いされる謂われなどない。
私は障害者を差別しないから、ちゃんと人と人としての気遣いも求める。
それもできないなら、障害者だからではなく、人として関わりたくない。
損得や苦楽が判断基準ではない。単にひととなりの問題だ。
それが解っている障害者の方々は多いだろうに、乙武さんの行為はそういう方々の行動を台無しにしている。
不愉快過ぎて、普段文章なんか書かないのについ増田してしまった。
有名人ないし著名人は危険、という部分も大いにあると思います。賛同します。
乙武さんでなければここまで大きな話になることはなかっただろうと私も思います。
ですが、仮に今回の出来事を誰もが知ってる芸能人が書いたら、ただの傲慢、感じわり~、だけで片づけられた話でもあると思います。
そして、大多数の著名人は、店名名ざしでこういう話を持ち出したりはしないようにも思うと、添えさせていただきます。
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なんで自ら選んで障害者になったわけでもない方々が、そんな「健常者より気遣う」必要があるのでしょう。
例えば店で買い物をした時に、店員からありがとうございましたと言われる。客はありがとうと返す。
売ってやったわけでもなく、買ってやってるわけでもない関係がそこにはあると思うのですが、
手伝われる方も、手伝う方も、それくらいの気遣いが出来ればじゅうぶんにスムーズだと思います。
「健常者より気遣いしろってこと?」という表現は、まるで自炊できずにコンビニ弁当ばかりの人が、
「自分は料理できないから店員に対して余計に礼を述べろっていうのか?」くらいに思えますよ。
障害者が社会に手助けを求めるのは当たり前の権利であるなら、手伝うことは社会の責務です。
その責務を、各々できる人たちが可能な範囲で担当するだけのことです。
ただ私は円滑でお互いが気分よくなれるコミュニケーションを求めるだけのことです。
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もし自分でコミュニケーションをとることがとても困難な方の場合は、おそらく介添えの方が同伴されることが多いと思います。
何も障害者本人が必ず何かレスポンスを、というつもりは、もちろんありません。
むしろ、それが難しい方が単独で居られるなら、それは積極的に手助けなどをしないとまずいのではないかなと思います。
きれいごとであり、理想論であり、空論であり、なおかつ傲慢でもあるのも、否めない部分があります。
さらには承知した上で意図的に強調をしているので、批判や反発もあるべきだと思います。
だいたい、匿名ですし。(他に長文をさくっと発表できる場所がないからですが。)
手足がなかったら同じことが言えるか、とおっしゃる方がいらっしゃいました。
乙武さんの苦労が簡単に理解できると思う程傲慢ではありませんし、全て察せられると思える程の自信もありません。
ですから、自分の想像だけを根拠に「言える!」と簡単にお答えできるわけもなく、
しかしながら「言えないかもしれない」という生半可な気持ちでもないので、回答は「わかりません」になります。
ただ、たまたま手足がある人ですので、手助けの余力がある可能性も高いですし、その立場から手足のあるなしなんか目もくれずに
不愉快なら、「こうだから」不愉快だ、「こうすればよいと私は思うのに」と言うだけのことです。
手足があるから、手足がないから、何か遠慮しなくてはいけませんでしたか?
それは、腫れ物扱いって言うのではないでしょうか。
もやもやしながら推移を見てきたわけだが、追いオリーブによって決定打が打たれた。
「見苦しすぎワロタ」。
今となってはもう明らかだが、これはもともと、店にいやな思いをさせられた客と、客にいやな思いをさせられた店との、ただの口論に過ぎなかった。
どちらが正しいか、というより、どちらが相手の状況を汲み取れる大人だったか、という程度の。
ところが、乙武氏は致命的な対応をしてしまった。彼は自分の最大の弱点にして最大の武器「五体不満足」を掲げてしまったのだ。
これは最強のカードだ。
おすぎとピーコに勝てるのは、三つ子以上のオカマであることが必要なように、
このカードに勝つには、六体以上の不満足を満たさなければならない。(不満足を満たすとはこれいかに)
あまり面白くない冗談を書いてしまったが、これの何が致命的であるかというと、かねてから彼が主張するバリアフリー、健常者も障害者も対等である、という意識は、お互いの意識改革によって実現されねばならないのに、対等のテーブルを自分から早々に降りて、攻撃に転じたことを意味するからだ。
(ふと、現在の彼の心境は、手塚治虫『火の鳥』鳳凰編の、茜丸ーー我王と鬼瓦を作る競争をして、誰の目にも我王の作品が優れていて、自分が負けるのが分かるのだが、茜丸は我王の、殺人鬼であった過去の所業を明かすことで、我王を追放して自らの面目を保つーーに似ているかもしれない、と思う)
彼は一人の客として、店側の不寛容に文句をたれるべきだった。(60万人に店名を挙げ褒めるもけなすも、私は問題のあることだとは思わない。それは影響力をもった彼の自己責任だ)
しかし、障害者差別のカードは、「かの差別”的”発言に寛容で、バリアフリーの主張を持つ」乙武氏がここで切るカードではなかった。
スレタイでもあったが、「私怨」を差別問題にすり替えたことによる周囲の落胆と、差別問題の後退は、やはり大きい。
(そんなの有名人ひとりに出来ることじゃねーよ、という意見はあるだろうが、彼はその力も、魅力もある、稀有な人物であると思っている)
失われた信頼を取り戻すのは、長い時間と苦労を伴うだろう。茨の道もあるし、これまでと変わらない道も、あるにはある。選ぶのは彼なので、その選択にとやかく言うことはできない。
しかし、やはりもう一段踏み込んだ言葉を発言する責任はあると思う。ネットを巡る日本の言論状況は、今回の問題も含めて、きわめてリテラシーが高く、本質を逸れてない意見が多かったように思う。西洋の言論のアプローチとは異なるかもしれないが、決して遅れても、愚かでもない。じじつ、最初にあげた2chの一行は、彼の、反省はしているが謝罪はしていない長文の本質が簡単に見抜かれている。
そこで食べログをちょこっと覗いてみた。
俺は今回一番反省しないといけないのは食べログなんじゃないかと思ってる。
一言「乙武さんは入店できません!」と注意書きがあれば良かったのである…は冗談だが。
いやそんなことはどうでもいいが、俺は食べログに何度も騙されてきたから、乙武氏が食べログで見つけたというのを読んで、「食べログなんかで探すからだ!」と反射的に思ったのである。
食べログに文句書かれて売上減ったと、訴訟すら起きてる始末である。
多分件の店が繁盛してるっぽいのも食べログのおかげなのであろう。
だとするなら、食べログに儲けさせてもらって、食べログのせいで乙武信者の猛攻撃を一斉に受けたのだ。
ところが誰も食べログのことなど問題にしない。
そこがムカつく。
ものすごい隠れ家的オイラしか知らない的なお店が食べログのせいでいつ行っても満席とか。
食べログで絶賛されてたから行ってみたら大したことなかったとか(ほんとにしょっちゅう…)。
そういう経験を経て俺は大分前に自分のアンテナだけを頼りにするようにした。
なにはともあれ、食べログが一番いけないのだ。
天華の救済(法の華三法行) - 宗教団体、霊感商法などの被害リンク集まとめ@Wikiより
「法の華三法行」と当団体との関係性について -天華の救済 公式ホームページ-
法の華三法行=よろこび家族の和=天華の救済とみなすのが適切かと思われます。
最近は宗教団体も賢くなったのか、信者も教団の宣伝のためにブログを作って相互連結してSEO対策したり、SNSも利用したりと懸命なようです。
とりあえず下のドメイン(これは一部)をフィルタリングする必要があるようです。
cultquiz.hatenablog.jp
tenkachie.hateblo.jp
ehqs46ex0s.wordpress.com
cxiero.wordpress.com
universaljoy.kan-suke.com
http://togetter.com/li/505750/]
人の話を色々聞くのが好き。
自分でも良くないとは思っているらしいが、やめられない。
未だにスポンサーとなってくれる男性がいるし(体の関係はすでにないらしいが)、今現在進行中の相手は不倫ではないものの全く先がない。
普通の人だとドキドキしない。
らしい。
一生懸命生きている人が好き。
そんな人、自分が好きになった人の側に少しでもいられるなら、それでいい。
そういう人がたまたま既に結婚している人だったり、一般的に「やめておきなよ」と言われてしまうタイプの人だったり。
僕の好きな人は、物凄くちゃんとしているのに、そこだけネジが吹き飛んでいる。
仕事は出来る。
性格もいい。
気配りも出来る。
その子が僕以外のどのぐらいの人にその事を話していたのかは分からないけど、ほとんど他に知っている人はいなかったと思う。
不倫をしている人間の一つの共通項として、「ほとんど人に話さない」というのがあると思う。
でも完全に一人で抱えたままに出来ない、「誰かに話してしまう」というのがもう一つの共通項。
本人もそんな事は分かっているし、言われる事も分かっているのでほとんど人に相談しない。
何より不倫って、「人に言わない」っていう人じゃないと成り立たない。
一人で黙って、ただ黙々と既婚男性についていく人。
でも、耐えられなくなる。
または終わった後、自分で整理がついてから誰かにこっそり話す。
僕は数人、不倫経験のある女性から話を聞いた事があるが、男性の話は聞いた事がない。
男はわざわざそんな話をしないのだろうし、何より男とそんな話をしたくない。
僕は女性と話すのが好き。
男はすぐ仕事の話を始めるのでめんどくさい。
閑話休題。
で、不倫の話を聞いていて思うのは、とにかくひたすら圧倒的に先がない。
お互いが楽しむ、というスタンス以外に続けていく事が出来ないので、どちらかが本気になってしまったら終わり。
本気になってしまった方が苦しむ事になる。
男はめんどくさいやりとり抜きで若い女性と時間を過ごせるので、ただただひたすら優しく接する事が出来る。
女は同世代とは違う余裕と優しさにうっとり出来る。
男は性別的にあちこちに種をまいて知らんぷり出来る生物なので、基本的に釣った魚に餌をやらなくなる。
女は出産まで時間がかかる上に、育てる事にも時間がかかるので一人の男に固執しがち。
女性側が一方的に熱を上げ、男性は「こいつが一緖にいて欲しいというからいてあげているだけ」「別れたいなら別れる」「俺と一緖にいると駄目なる」という感じの事を散らつかせて(時には真に善意で言っていると自分では信じて)、時おり自分の罪悪感を処理する。
もちろん女は、ただただ慌てる。
これが進んで行くと、「奥さんと別れて」とか「妻とは別れる」とか「全部ばらしてやる」とか大変な事になっていく。
ならない時はどちらかがただひたすら我慢する事になる。
とにかく先がない。
完全にお互いが割り切って体の関係を楽しむ、という状態でないと続かないのだが、どっちかが本気にならないという保証はない。
僕の好きな人は、そういうものを色々乗り込えて学習して、”慣れた”らしい。
反省するわけではなく。
めんどくさい事が始まると、「ああ、はいはい。このパターンね。」と身構えてやり過ごせる。
らしい。
という話を聞きながら。
悲しくなる。
と話すのだが。
「いい人だとは思うが好みではない」
と言われる。
そりゃそうだろう。
僕は歴代の男のようにぶっ飛んではいない。
この人の好みでもないだろう。
そもそもこんな話を聞かされる奴は対象外だろう。
普通の人と結婚したなら、普通にその人を幸せに出来るだろう。と自分では思っている。
でもそんな男性にはドキドキしないのだ。
だから僕は違うのだ。
分かってはいるのだが。
解ってはいても。
聞きながら悲しくなる。
先がなくても。
一緖にいられればいいんだそうだ。
捨てられると分かっていても。
歳を取って自分の魅力が減退しても。
40になったら50の人を。
50になったら60の人を。
相手にすれば。
笑顔で言われても。
一緖にいられれば僕もいいので。
そうですね。
僕の事は好みではないので。
もちろん体の関係なんてない。
この文章だと僕がいいように話し相手にされているだけのようだが。
向こうは申し訳ないのでもうやめましょう、と言う。
僕はそれでも話がしたいので追いすがる。
ビッチなんて相手にする人の気持ちが分からんぜ、と思っていたけど。
いざ自分がこういう状態になるとどうにもならないもんだ。
きちんとした人で。
考え方も好きで。
性格も合うし。
話も合う。
ただ、恋愛感だけネジがキレている。
不倫もそうだ。
惚れた方の負けだ。
そもそも恋愛自体が。
惚れた方が負けなんだとは思うけど。
チャンスがあればまた話し込むだろう。
そしてまた。
話を聞いて悲しくなるのだ。
今回の「慰安婦」「風俗活用」発言で、みんな寄ってたかって橋下を批判してる。それはいいけど、私はどうもすっきりしない。
今回の橋下は今までと何か違うことをしているわけでも言っているわけでもない。MBSの女性記者相手にぶち切れたときも、文楽問題のときも、いつも同じだった。理屈も何もない、無茶苦茶を言って我を通してしまう。
MBSの女性記者のときは、橋下の理屈が子細に読めばそもそも無茶苦茶だったうえ、しかも女性記者の認識のほうが結局正しかった。でもほとんど批判されなかったどころか、橋下のほうがむしろ支持・擁護されかねなかった。
文楽問題のときは「文楽の闇を暴く」とまで言ってたくせに、ほとんど何もしなかった。あれだけ言ってたのはありゃ何だったの?というむなしさに、彼は何も答えない。
私が知らないだけで、他にももっとあるに違いない。地下鉄の職員が煙草を吸っただけで処分を受けるとか、明らかに過剰だと思うが、大きく批判された記憶がない。
それで肝心の大阪の財政が改善されればいいが、かえって悪化しているばかりのようであって、その点すらまともに批判されてきたようではない。全くない。
今回の橋下は、今までと何も変わりない。たしかに、外交問題になってしまったからリアクションも大きくなるというのは分かる。それは分かる。
しかし、今まで橋下を批判する機会は今までに何度となくあったのに、なんで今回はこんなに批判されるんだ?
疑問を変える。なんで今までは批判されなかったんだ?
大阪のことだけ、東京は関係ない、現実の影響力は大きくない、どうせ左翼が発狂しているだけ等々、事態を軽く見てきた人が多すぎたんじゃないか?(今回の件でもまだ「左翼がうるさいことを言っているだけだ」みたいなことを書いている人がいたわけだが)
特に関東の人たちは、あまりにも「他人事(ひとごと)」として橋下の問題を見すぎてやしなかったか?(文楽の件では、結局予算が出ることになった時に「そりゃよかったですね」と軽くあしらってすませた人まで twitter にいた)
東浩紀が端的に、
https://twitter.com/hazuma/status/334969038641979392
橋下徹は、そりゃいろいろおかしいところもあるけれど、でも実行力や洞察力のある重要な政治家だと思うけどな。こういうふうに潰していいんですかね。
と言っている。他方で、「ぼくは橋下徹支持派ではなく、維新の会に投票したこともありません」とも言っているが、しかしこれは、橋下の「慰安婦」「風俗活用」発言以前の、大方の人の本音ではなかったか。
たしかに、今回は問題が多方面にわたるため、大きく炎上した、あるいは「釣れた」。橋下は米国まで釣ってしまった。
しかし、彼の言っていることやっていることは基本的にはこれまでと全く変わりがなく、同種の言動を彼は繰り返してきたのである。
・・・私は大阪市民でも府民でもないし政治的には中道右派だけれど、無茶苦茶言われていたMBSの女性や、煙草一本で処分を受けた地下鉄の職員だって、私と同じ人間だと思いますよ。同じように扱わないとおかしいと思いますよ。
なのに今までと、そして今回の一件と、なにこの扱われ方の違い。
面倒くさいので、関東の人たちが今まで橋下に対してどういう言動をして問題を過小に捉えてきたか、いちいち Togetter にまとめるつもりはない(できれば、誰かにやってほしいとは思っている)。
橋下を支持する大阪府民市民は頭おかしいと、同じ関西人として、容赦なく思うわけだが、ここまで事態を放置して「他人事」にしてきた人たち、特に関東の人たちの無責任ぶりはいったい何なのか。
この手の微妙な問題、「全肯定はできないが一理あり」って一切いえないのね。
一理ありとかやむを得ないとかは、許容でも推奨でもないのに、
ちょっとでも肯定すると全肯定に捻じ曲げられ「問題だ!反省していない!」で終了。
こちらは勝てば官軍でお終いなのか。
乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される
子供や障害者や要介護者を連れて行く時は、ファミレスであっても日時を言う前に受け入れて貰えるかどうか聞くことが普通だと思ってたから、そもそもバリアフリーに対応してないことを責める人が多いのに驚いた。
手足が不自由な障害者の方の意見を聞いてみたいな。もちろん一枚岩ではないだろうけど、乙武さんを支持する人の方が多いのかな。
乙武さんがこれまで小さな飲食店に行く経験がなかったとは考えられないし、これまでは予約時に何も言わずとも受け入れて貰えてたんなら、都会の個人飲食店は凄いよなぁ。地方じゃ考えられない。
子供や要介護者を連れて食事に行くことがたびたびあるけど、予約時にそれを言い忘れてた場合、入れないならあっさり引き下がるし、予約に穴開けてすみませんとこちらが謝るし、「車椅子、もしくは要介護者(障害者)を上まで運んでくれ」とは言わないし、そこまで食い下がった上できつい対応されるなら仕方ないと反省するタイプなので、乙武さんの言い分は全くわからなかった。
例えば入れないとわかった時点できつーい対応されてたなら店側もうちょっと何とか…となるだろうけど、ぶっきらぼうに「入れません。サイトに書いてましたけど」くらいなら普通(よりちょっと悪いくらい)じゃないのかな。少なくとも店名挙げてツイートはしない。ホテルのレストランじゃないんだから。
大体、「上まで運んでくれ」って、事故があった時はどうするつもりだったんだろう。うーん。もやもや。
これ乙武さんだからみんな盛り上がってるけど、たとえば他の無名な障害者だったら全然話は違ったんだろうなあ。
特に知的障害者とか。車椅子以上に入れないお店ばかりだし、身体障害者と違って同情度も低い低い。
とはいえ、可能なら全てのお店がバリアフリーに対応していて、全ての人が人間の抱え方(どうすればうまく抱えて運べるか)を理解しているような社会が理想だとは思う。
いくら車椅子や義肢があっても障害をフォローできない場面は多々あるので、障害者も、そうでない人と同じように食事を楽しめる社会になって欲しいな。
どんな人でも、どんな障害者でもね。
「確実に反省の意思がないとは言い切れない」「文字だけ読めば反省の意思があると思われる」という言い分で、
橋下の発言を批判している国内外の方々が納得してくれるかどうかを考えろよ。