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はてなキーワード: 描写とは

2017-03-27

文字説明せずに絵で描写しろ」って

漫画にかぎらず、映画説明台詞はやめろ!)や小説登場人物の心情を説明するな!)、ときにはTVバラエティ番組テロップを出すな!)でも幅を利かせてるけど、実際のところ特に根拠はないよね。

http://anond.hatelabo.jp/20170327002725

だが、そういう中でも希に異性からアプローチを受けることがあった。

社会人になってから知り合ったその人には、こうしたコンプレックス鬱屈した部分の一部をうち明けていた。

異性としてというより、人として感じる安心感から話したような記憶がある。下らない自己嫌悪真正から受け止めてくれたことが嬉しかった。

そうしているうち、経験を積んでみたら変わることもあると言われ、全てを委ねた。

女の自分語りはさも当たり前であるかのようにこういった描写

サラリと入ってくるから、いけ好かないしまったく共感できない。

リトルウィッチアカデミアを見て父親ゆとり批判を始めた

リトルウィッチアカデミアの最新話を痛い胃を抱えながらMXで見ていた。

父親ソファに座り作業をしていた。

番組の内容的には主人公のアッコとかい日本人が、イギリス魔法学校でなかなか思い通りに行かずに拗ねてしまうということだった。

父親はいきなり、勉強していなくて思い上がって文句言い始める奴って嫌いだ云々言い始めた。

自分は即座に主人公自体魔法と無縁で生きてきたのに、イギリス魔法学校にいる設定だから仕方がないと言った。

また、作中ではアッコは努力している結果である描写がある。

高校生時代自分努力をする以前に持病であまりにも体調が悪いなかで、努力していない云々と相当言われたことを思い出してしまった。

けものフレンズが目立つ理由がわかった。

皆、疲れているのだ。

説教は聞き飽きているし、言われたところでどうしようもないのだ。

父親は上手くいった方だからアレコレ言える。

また、不努力批判成功者既存権力による人々の搾取正当化をしてしま可能性さえある。

気をつけなければいけない。

また、アッコは主人公なので運命でどうにかなってしまうであろうことから割と作中の不努力批判綺麗事に聞こえてしまう。

2017-03-25

最近流行ってる角が丸くなってるようなUIデザインが嫌い

フラットデザイン自体はいい、でもあの角丸デザインが無理、なんかリソース無駄遣いしてる感じが嫌だ

AeroとかAquaみたいな装飾多いデザインならそれでも特に違和感はないんだが、フラットデザインみたいな、すっきりしてますよー、リソース無駄ないですよー感を出してるデザインでされると違和感バリバリ感じてしま

今はベクター描写とかでリソース食うなんて考えなくていいんだろうけど、なんか心理的に納得行かない

特にGoogleがこれを多用しまくってて萎える、そこと無駄な影以外はマテリアルデザイン最高と思えるだけに悲しい

2017-03-22

向井秀徳当事者性による二重性批判


「俺がそこにいた!」

初期ナンバガ歌詞を振り返るとこういう文体が多い
omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ

これは一人称の文に見えるが、実は三人称
俺“は”ではなく俺“が”と書くためには
「俺」という登場人物第三者視点から見る必要がある
まり三人称視点登場人物としての「俺」を描写していることになる

だが、この三人称の語り手は客観的ではない
いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする
語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない
まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的記述した三人称、となる

自分自身物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ
向井映画監督を目指していたそうだが、
カメラファインダーという隔たり越しに登場人物描写する手法もうなづける

だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしま
その対象が持っていた熱や存在感当事者性はどんどん薄まるだろう
そのメタ的な隔たりによる当事者性の薄まり向井は冷たいと感じた
そういった客観性集合体こそが「冷凍都市」であり
それを攻撃するための当事者性の象徴こそが「性的衝動」となる

語り手の俺が登場人物としての俺や少女描写する、という二重性
正確に描写しようとカメラの精度を上げるほど当事者性が薄れるジレンマ
こうした二重性を自覚した上で破る矛として性的衝動を用いたのが
初期ナンバーガールの詩の原理なのではないか

ではザゼンだとどうなのか
カメラ技術進化すれば、もはや人の目で見ているのと変わらなくなる
そうした現在において「メタフィクション批判」はもう古い、リアリティもない
向井秀徳カメラ技術もこなれてしまった
だが、世間当事者性は弱まるばかり、性的衝動を用いて復権させなければいけない
(よみがえる性的衝動
性的衝動は二重性を攻撃することでこそ、その強さを示せるのだ
から語り手/登場人物という入れ子構造を使わずに二重性を作らなければいけない

そこで向井リフレインに注目する
同じ場所言葉を何度もダブらせることで、反復が差異を生む
フィルムの一コマコマを切り分けるのと同じだ
(繰り返される諸行無常
こうして場所を移すことなく二重性を生み出すことに成功した
ナンバガ時代の二重性が
登場人物としての俺を乖離させることで生み出す客観的二重性だとすれば、
ザゼン以降の二重性は、単独で生み出せる主観的二重性といえるだろう
向井カメラシャッターを切らず、
ただ自分の目のまばたきでフィルムを切り分ける方法を見つけたのだ

はいえこ主観的二重性は『omoide in my head』の時点で芽生えている
思うに、福岡時代当事者性=性的衝動の強さを無根拠に信じていられたのではないか
カメラを手にしたばかりの少年にとってはどんな景色自分のものに思えるように
だが東京に来て、描写対象性という問題に直面して当事者性を鍛え直す必要が生じる
そうして鍛え上げた結果、福岡時代のような信頼を取り戻しつつあるのが
現在ザゼンボーイズでの素朴な描写に至るのではないか


ブログツイッターもやってなくて書く場所も聞いてくれる相手もいないのでここに
誰かツッコミ入れてくれ

2017-03-21

知ってるかな? エロポルノコンテンツ嫌悪する非合理的宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

エッチなすけべコンテンツが増えれば増えるほど性犯罪は減り平和になる事実統計でも明らかになっている事実を。

https://archive.is/DZ77L

ポルノコンテンツが貧弱だった時代強姦発生数の高さに注目。

ポルノコンテンツの普及とともに性犯罪が減り続けているのがわかる。

そしてポルノ規制理不尽に厳しくしている国ほど性犯罪が多いという現実

ポルノコンテンツにおおらかであればあるほど性犯罪が減って平和になる。

えっちコンテンツは充実すればするほど性犯罪を減らし、平和を実現するという点で、聖書より偉大なコンテンツ

児童ポルノ法(ポルノ規制強化法)が性犯罪を増やしたという根拠

http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20140430/1398800010

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20130722/20130722122433.png

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20140430/20140430041834.gif

日本宗教にあまり関心が無く、ポルノに寛容だからこそ、世界トップクラス治安の良さを誇っている。

日本が正解だってことアメリカをはじめ世界各国が気づき始めているってことだね。

早く世界日本に追いつければいいね世界日本を見習え。

ちなみに崇高で知的女性団体も、薄い本などへの二次ポルノ規制に反対。

規制強化は逆に害が大きく、女性活躍を妨げるから

性的暴力漫画販売禁止論に「否」 日本女性団体規制でかえって差別的状況に」

http://www.j-cast.com/2016/03/04260466.html

女子現代メディア文化研究会: ~国連女子差別撤廃委員会、「日本における女性の権利保障~ 議題「性的暴力描写したビデオ漫画販売禁止」についての意見書

http://wmc-jpn.blogspot.jp/2016/02/blog-post.html

しろポルノ安全であるとの見方が有力。水門は常に開放しておくのがよさそうです。

http://pmazzarino.web.fc2.com/lesson2.html

さらに気になるのは、昭和33年から数年間の強姦件数の多さです。

このころの少年下半身に何があったのか定かではありません。

しかし、一年間に4500件以上という数字は、尋常ではありません。

これまた近年、有害図書規制を強化しようとする動きがあります

ですが、このグラフからは、ヘアヌード写真集アダルトビデオもなかった時代のほうが、少年性犯罪に走りやすかったという事実が読みとれます

しろポルノ安全であるとの見方が有力でしょう。

水門は常に開放しておくのがよさそうです。

ポルノ性犯罪の関連性の否定について 及び真のリベラル政党必要性について - Togetterまとめ

https://togetter.com/li/998443

ポルノ性犯罪の関連性を否定した証拠 : kaizaringuのblog

http://blog.livedoor.jp/kaizaringu/archives/29948623.html

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

知ってるかな? スケベコンテンツ嫌悪する宗教蔓延している国の真似をしてポルノ規制を強める愚をやってしまうと、逆に性犯罪は増えてしま事実を。

エッチなすけべコンテンツが増えれば増えるほど性犯罪は減り平和になる事実統計でも明らかになっている事実を。

https://archive.is/DZ77L

ポルノコンテンツが貧弱だった時代強姦発生数の高さに注目。

ポルノコンテンツの普及とともに性犯罪が減り続けているのがわかる。


そしてポルノ規制理不尽に厳しくしている国ほど性犯罪が多いという現実

ポルノコンテンツにおおらかであればあるほど性犯罪が減って平和になる。


えっちコンテンツは充実すればするほど性犯罪を減らし、平和を実現するという点で、聖書より偉大なコンテンツ


児童ポルノ法(ポルノ規制強化法)が性犯罪を増やしたという根拠

http://d.hatena.ne.jp/skymouse/20140430/1398800010

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20130722/20130722122433.png

http://f.st-hatena.com/images/fotolife/s/skymouse/20140430/20140430041834.gif


日本宗教にあまり関心が無く、ポルノに寛容だからこそ、世界トップクラス治安の良さを誇っている。

日本が正解だってことアメリカをはじめ世界各国が気づき始めているってことだね。

早く世界日本に追いつければいいね世界日本を見習え。


ちなみに崇高で知的女性団体も、薄い本などへの二次ポルノ規制に反対。

規制強化は逆に害が大きく、女性活躍を妨げるから


性的暴力漫画販売禁止論に「否」 日本女性団体規制でかえって差別的状況に」

http://www.j-cast.com/2016/03/04260466.html

女子現代メディア文化研究会: ~国連女子差別撤廃委員会、「日本における女性の権利保障~ 議題「性的暴力描写したビデオ漫画販売禁止」についての意見書

http://wmc-jpn.blogspot.jp/2016/02/blog-post.html

銀と金ドラマ

Amazonプライムで全部見た。なんというか、よかった。

でも、なんか、違うんだよな。でも、内心は良かったと感じている。

それでなんでよかったのかって考えたら、結局は「他の実写ドラマみたいにならなくてよかった」という事に気がついた。

 

もちろん、この銀と金も(再現が無理、または難しいから変えた事以外にも)改変はあった。

目につくのが

・巽が女性中条ドラマだと中島)の弟子女性

・船田がでしゃばる

川田が出てこない

チップじゃなくて血液モニターで掛け金を表現

有賀編の謎改変(放送されてる部分じゃないから詳しくは伏せる)

といったところか。まぁ、巽はそんなに出番ないか女性でもいいし、中条弟子が女なのも手っ取り早く青木がむしられている描写になって別にいいし、船田がでしゃばるのも原作で喋るシーンがほとんどないようなキャラなので良いし、川田も出すとなると時間がかかりそうだからいい。血液モニターだけは不満。鷲巣麻雀意識しすぎてるだろって思うし、チップのほうが明らかに合理的だとおもう。

でもそれ以上に、12話で銀さんイカサマはしっかりとカメラでさり気なく映してて、内容わかってる自分からしたら興奮した。ポーカー勝負西条友達中途半端イケメンと金だけの不細工で生々しくてよかったし、西条自体もよかった。何よりも13話の有賀がよかった。さり気なくよかった。

でも、実際これって「原作を知っているからよかった」部分なんだよなぁ…

そう考えると、なんというか、原作を知らなくても「最高!神アニメ!」となるアニメと、ドラマアニメで「銀と金」を作ってほしかったなぁ…。

2017-03-19

[]セーラーゾンビ漫画全4巻)

いきなりゾンビがあふれだしたとき学校にいた女子高生主人公



がっこうぐらし!に足りないと感じたキャラドラマストーリー演出テンポよく詰め込まれてて密度濃くて、がっこうぐらしでのフラストレーション解放できた

これでがっこうぐらしの続き見なくても満足に死ねるわって思う感じ

どうしてゾンビになったのかっていうところとそれへの対策の2つががっこうぐらしだけどその分展開遅くてちょとtイライラしてたんだよね

でもこっちはゾンビへの対策ドラマだけにしぼってるからいさぎよくて読みやすいし引き込まれやす

可愛い絵柄と意外とえぐいゾンビ描写もいいし百合的にもゾンビ妄想的にも最高だった

でも3巻で終わってもいいくらいだったかなあ

語りきれてないところがあるから4巻があってうれしいことはうれしいんだけど、全体のボリュームやまとまりからすると3巻で終わってたほうがすっきりしてた気はする

http://anond.hatelabo.jp/20170319074152

音楽に対するカテゴライズに敏感になっている部分があるんじゃないか

2ちゃんねる設立当初から戦争映画スレッドには必ず軍事オタが湧いてきて、

時代考証のここが変だとか装備品のここが間違ってるとか兵隊描写おかしいとか、

あの兵器あんなに威力無いとか、当時の日本兵はこんな事言わないとか言い出して、

映画その物の評がまともにできたことが一度もない

ジャズ警察もあれとおなじやろ

菊地成孔町山智浩の『ラ・ラ・ランド』冷戦のあらすじ

菊地成孔“ラ・ラ・ランド酷評”の動機を吉田豪が解説。「あれは菊地ジャズ警察による町山智浩への攻撃なんですよ」


吉田豪見解結構正しい。菊地成孔世界を敵に回したかったのではなくて、町山智浩と戦いたかっただけだ。

上の記事だけだとなんのこっちゃな感じですけど、以下簡単な流れを解説


背景: 町山智浩菊地成孔が『セッション』(デイミアン・チャゼル監督の前作)を巡って喧嘩した。

町山智浩「『セッションマジでヤベー。ボクシング映画みたい」

菊地成孔「チャゼルはジャズ好きとか言ってるがそのジャズ描写があらゆる点でクソ。業界でこれ褒めてるやつ皆無」

1. 町山智浩が『ラ・ラ・ランド』をラジオで絶賛。「今回もすごくいいですよ。でも相変わらずジャズ警察(笑)の方々には叩かれてるらしいんですけどね」

 *この時点では日本公開されていなかったため、『ラ・ラ・ランド』を叩いている「ジャズ警察」とはアメリカ本国の人たちを指している…‥ように見せかけて、前回の論争時の菊地成孔念頭にあったのは明らか

2. 菊地成孔映画音楽情報サイトに一回目の『ラ・ラ・ランド』叩きを掲載論調としては『セッション』の時と一緒。

3. だが、今回は町山側が沈黙ラジオでも重ねて『ラ・ラ・ランド』を紹介し、褒めまくる。

4. アカデミー授賞式で『ラ・ラ・ランド』が作品賞を逃す。この時の中継で町山が解説を務めていた。

5. 菊地が補記としてさらなる『ラ・ラ・ランド』叩きを展開。

 町山に無視されたのが応えたのか、「WOWOWの授賞式中継に出演していた映画評論家」とほぼ名指しで当てこすりみたいなことを書く。内容は「ホントあんたも『ラ・ラ・ランド』が大したことないってわかってたけど、世論の流れに気圧されて本音言えなかったんでしょ???」。

 山本一郎との抗争を見ればわかるように、町山智浩は売られた喧嘩ダースで買う人間なので、引きずり出す戦術としては正しい。

6. が、やはり町山は無視twitter で「(菊地のララランド記事を受けて)観客叩きはよくないよね」とコメントしている他の人を賛同RTしたりはしているが、直接菊地に対して言及はしてない。至現在

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170318094213

二郎系ラーメンと同じだよ。

ラーメンと言えば、二郎

ニンニクシマシ、ヤサイカラメ

ネット上ではしばしば話題になるけれど、巷のラーメンランキングで上位に来ることは無いという。。



けもフレは、B級アニメ好きと、○○なフレンズなんだね!というフレーズを使いこなしたい人が騒いでいるだけ。

メイドラゴンキャラ描写や、このすばのお笑いレベルに比べたら、

けもフレはかなり淡泊で薄い作品しかない。

2017-03-17

小説登場人物や出来ごとの整理。

村上春樹小説が楽しめないんだよね。みんなどうやって本を読んでいるんだろう。

有名な1Q84いや、情景描写というか、一つ一つはいいけど、20ページぐらいでなんか、ふーん、って感じで止めた。

タクシーで高速に乗っておりて道路公団の話とか出てきたのは、憶えているけれど。

短期記憶が、弱いらしくて、どうも個別のことを、整理して記憶するのが苦手で、主筋が見えないとなかなか、分からない。

から人生自体も楽しめないのかなって思ってしまう。

  

辛うじて、最近読んだ長編小説だと、宮城谷さんの晏子ぐらいかなー。それも

人物相関図・家系図みたいなのを、チラシの裏に書いて、なんとなく、読んだ。

司馬遼太郎のも、割と話というか、説教臭い話があるからかなー。

登場人物が、個性的だったり名前や筋を、どこかで聞いていて予備知識があるからよみやすいのかな。だいたい人間関係処世術テーマにしているし。)

  

ビジネス書とかは、読めるんだけど。

漫画単行本とかでも、もくじの前に、あらすじや登場人物の顔が描かれていて、ざっくりと、おさらいが出来るけど。

そんなに漫画では苦労しないけど。

小説は、苦手になってる。。

  

ーー

村上春樹1Q84

ウィキで、あらすじを読んで、うわ。全然イメージしていた話と違うなーと。ちょっと、びっくりした。。

  

  

恐る恐る

けもフレの海外ブログへの日本人コメントで、「ディストピアなのに登場人物イノセントで」、と知ったかぶってるのが怖かった。

イノセントって単語サリンジャーフィッツジェラルド村上春樹継承する文脈中の文脈で、

下手に口にすると文学方面から猛烈なツッコミが入る系なんだが。

もちろんイノセンス押井守は分かってタイトルを付けてる。

彼はイノセンスについて、ことわざだけで物語形成することは出来ないか、というヒントを語った。

ことわざとは脈々と引き継がれてきたもので、イノセンスは今までの物事を繰り返している。

まり純粋さなんて怪しげなもんだ、というメッセージともとれる。これは一義的もので他にも当然議論余地はあるだろう。

けもフレ以前のサリンジャーフィッツが描いたイノセントイノセント故に狂気的で、狂気であるから世界否定しようとする。

フィッツの『グレート・ギャツビー』は世間的な社交界を開く面々を白眼視し、ニック曰くの高潔なるジェイを変彼の中で祭り上げる。

もし仮にけもフレがイノセンス文学ならば、狂気的なイノセンス故に前段階の文明は灰燼に帰したのだという描写があったり、

今の関係性を狂気的な手法で維持するといった、イノセンス帰結を描くのではないかと思われる。しかし本当にそうなのだろうか?



追記:ブコメツッコミならともかく鬱陶しいだけなんですが。

オタク映画館SAOを見るよりモアナを見ろ

モアナ伝説の海、とにかく凄かった。

まりに凄すぎたので、とにかくこのホットな感動を伝えたいという衝動に突き動かされて今これを書いている。

もう本当に凄い。

クオリティという意味でもそうだし、面白さという意味でもそうであるし、何かもうこの映画の全てを総合して凄いとしか表現しようがない。

もう色々な人に出来る限り観に行って欲しいくらいに素晴らしい映画なのだが、その中でも特にオタク達に観に行って欲しいのだ、この映画を。

何故ならこの映画普段ディズニーアニメのメインターゲット層であるお子様達よりも、素敵なお姫様王子様とのラブストーリーに憧れる少女達よりも、大人になってもディズニーラブなお姉様方よりも、それらのどの層よりも、何より冒険と戦いと伝説勇者にいまだに憧れる馬鹿野郎共にこそ深々と心にぶっ刺さる熱い熱い熱い映画であるのだから

そう、この映画は大いに感動も出来るし、ハートフル気持ちにもなれるという普段ディズニー看板を全く偽ることなく、果てしなく広がる海を旅する冒険と、心を奮わせる激しい戦いと、熱き血潮と筋肉入れ墨をも同時に詰め込んだスーパーマッチョアクション巨編なのである


しかしこのまま熱く内容についても語り尽くしたいところではあるのだが、まだ公開して一週間も経っていない今そこまでネタバレしてしまうのは気が引けてしまう。

何よりこれを書いている目的はより多くの人にモアナを見て欲しいという気持ちからであるからして、そんな未視聴の人達から初見の感動を奪ってしまうのも忍びない。

なので、大筋のネタバレを避けつつ「モアナ伝説の海」という作品の魅力をいくつかピックアップして紹介していきたい。




1.ストーリーがいい

すでに巷では海のマッドマックスだのワイルドスピードだのと評判であるが、まずモアナは決してそんなインパクト重視な部分だけの映画ではないことを強く主張したい。

確かに途中から明らかにマッドマックスだし、終盤のセーリングバトルはまさしくワイルドスピードである

そういう面がモアナのわかりやすキャッチー面白であることは否定しないが、それらに劣らぬ魅力がそんな荒唐無稽描写を単なるパロディギャグで終わらせない骨太ストーリー展開にある。

序盤の展開を少しネタバレしてしまうことになるが、ここで軽くその一端を語らせて欲しい。



村長である両親や周囲の期待に応え、村を継ぐという自分の将来がすでに決まってしまっている少女モアナ

しかし同時に彼女は小さい頃から抱き続ける、海を越えて旅することへの憧れを捨てきれずにいた――。



ここまではディズニーでよくある抑圧されたプリンセスという構図であるが、モアナはここからが少し、いやかなりいつもと違う。



しかし、村長の娘として過ごす内に、彼女が暮らす島には徐々に異変が現れ始める。

・島の命が涸れていく――。

異変の原因は、今も口伝で伝わる神話の昔に起きたある伝説に原因があった。

伝説は嘘ではない。海へ出ることを夢見るモアナの唯一の味方である祖母は、島に危機が訪れた今こそ彼女真実を語る。

・島の先祖達の真なる歴史、そして島の中のとある場所封印された船達。そして幼少の頃より海に選ばれし者であった自分運命

・島に、いやこの世界全てに危機が迫る今こそ、少女は己の運命先祖から受け継いだ血に突き動かされて、封印された船を駆り、世界を救う旅へと出発する――!



これである。これがモアナの真の姿なのである

そう、もう完全に少年漫画なのだジャンプに連載されていても違和感がないほどに完全に少年漫画なのである

何だったら船をロボットに置き換えても通じる。

飄々とした老人が語る真実。選ばれし血筋運命。島に封印された兵器世界を救う旅に出る少女

まさしくロボットアニメ文法そのまんまである。そんな作品を見てみたいと思わないオタクがいるだろうか。

俺は見たい。そして実際に見た。凄い。この序盤以降も、もう本当に自分が望むままの血湧き肉躍る冒険活劇が繰り広げられるのである

そう、冒険活劇。まさしくモアナとはそれである

この時代ガッチリと、一分の隙も無く見事な、全く伝統的でブレることな王道を真っ直ぐ突き進む冒険活劇が見られるのだ。

それこそが、そんなストーリーこそがモアナ最大の魅力であると、自分はまず自信を持ってオススメしたい。




2.ラブストーリーじゃないバディものである

そして二つ目ポイントもそのストーリーに掛かってくる部分なのであるが、「この映画は全くラブストーリーではない」というところをそれとして挙げたい。

そうは言ってもディズニーで、一応プリンセス主人公なんだぜ? ラブストーリーじゃないなんてことあるの?、と思われるかもしれない。

しかし、安心して欲しい。

自分のようにモテない独身男が一人で観に行っても全く闇を抱えることがない程に、清々しいくらいにラブストーリー要素は一切ないのである。(一応カップリング的なものはあるが、あくまファンの受け取り方次第である)

前年度のディズニー映画ズートピア」も恋愛関係というよりはバディものに近い関係性であったが、モアナはそれよりも更にバディもの、なんだったら師弟もののような関係性となっている。

一応に一応を重ねて今作のプリンス立ち位置であるマウイというキャラクター存在するし、彼と二人でモアナは旅をすることになるのだが、映画全編通して二人の間には一切恋愛を匂わせるような心の交流存在しない。

しかしだからと言って二人の関係が薄いということは全くなく、冒険を通じてモアナという少女とマウイという英雄の間には友情のような、あるいは兄妹のような、あるいは師弟のような、固い固い絆が結ばれることになる。

そしてそこに恋愛というモチーフが一切入ってこないというのが、本当に爽やかで気持ちよく思えるのである

恋愛感情の一切無い男女のコンビというと「シュガーラッシュ」の例も存在するが、デフォルメの効いたキャラクター同士であるあちらよりも一人の人間としての形を色濃くデザインされた男女二人が恋には落ちないモアナはより珍しく映るだろう。

そしてそんな関係の二人だからこそ、シンプル恋愛だけでない複雑な魂の結びつきを感じる余地も生まれキャラクターとしての奥行きを生み出しているようにも感じられるのだ。

独身男の心を傷つけない優しさという点だけではなく、そういう作品的な深みを生んでいる意味としても、ラブストーリーでないということはかなりオススメ出来る点である個人的には考えている。




3.単純な悪役のいる物語ではない

これまたストーリーに掛かっているポイントであるが、個人的にもこのポイント独立したものとして強く推したかったので語らせて欲しい。

さて、ディズニー映画と言えば必ずわかりやすヴィラン(悪役)がいるというのが御約束である

時には極悪非道、時にはコミカルで憎めない、そんな多種多様ヴィランディズニー映画には登場するのだが、彼らはまた必ず物語最後には主人公達に打倒されるものでもある。

単純な小悪党というパターンも多いが、彼らは多かれ少なかれ作品内の歪みを体現した存在でもあり、彼らが単純に倒されるだけでいいのだろうかというモヤモヤを残していったりもする。

それをして作品に奥行きと考察余地を与えたり、現代における社会問題を反映させた構図としてみせたりするのがディズニー映画の一つの魅力ではある。

それは個人的にも長所ではあるとも思うのだが、やはり作品を見終えた後でいくらかの引っ掛かりや疑問を抱えたままになるし、それがあまり気持ちのいい感情ではないことも否定は出来ないだろう。

しかし、今回のモアナにはそれが一切存在しなかった(と、個人的には感じている)。

単純に歪みと闇を抱え、倒されるだけのヴィランというもの存在しないのである

確かにモアナ冒険の途中には、モアナ達を狙う敵達が登場したりはする。

しかし、いずれも己の信念、というよりは生き方に基づいて立ち塞がるのであり、憎み合う敵というよりは障害物に近いものとなっている。

そしてその全てが憎めなくてどこか面白い、魅力のあるキャラクター達となっているのだ。

からと言って、モアナという作品がそんなただ優しいだけの世界を描き、テーマ性の薄いものになっているのかというとそんなことも一切ない。

作品テーマ最後まで一本筋の通ったもの存在しているし、それは様々なことを深く考えさせられるものである

モアナを取り囲む世界も優しさに満ちていることは否定しないが、時にどうしようもない厳しさというのも十分に描かれている。

そして、この世界におけるこれまでのようなヴィラン体現する歪みというものは、モアナとマウイを含む全ての人物が己の心の中に持っているものとされている。

モアナとマウイは冒険を通じて自分の歪みと向き合うことでそれを打倒し、誰にも押しつけることなくそれを昇華する。

からこそ、明確なヴィラン存在しない物語というもの存在し得るのである

そして、そんな物語の迎える結末というものが、もう本当に、涙が出るほど清々しく、爽やかな気分にさせてくれるのだ。

何の引っ掛かりも疑問もなく、ただただ爽快感だけを残してモアナという作品は終わってくれるのである

単純なハッピーエンドではなく、みんながこれからも考え続けていかなければならない。確かにそういう作品大事だし、素晴らしいこともわかる。

しかし、たまにはここまで気持ちよく、優しい世界を描いた作品を讃えるのもいいではないか

さらに加えてこの作品プリンセスの不遇を描くに辺り、誰かしらや何かしらからの悪意が存在したりしないことも個人的には素晴らしいと思っている。

物語の序盤のモアナは抑圧された状況下にあることは確かなのだが、それは全て優しさと正当な理由があってのことなである

からこそ、モアナの旅立ちのシーンが本当に胸を打つものになっている。

そしてそれはプリンセスの生い立ちや状況だけでなく、マウイという存在や行く手を阻む様々な困難の全てに単純な意地悪や悪意だけで構成されているものがない。

そういった部分も、この作品の優しさと爽やかさと気持ちの良さを支えているように思う。

作為的な悪というもの存在しない点。それもまたこの作品における重要オススメポイントとさせていただきたい。




4.ディズニー渾身の映像

これについては今更自分のような者が語ることはないほど周知されていることだとは思うのだが、それでも今一度ここではモアナの魅力としてオススメさせて欲しい。

南洋の島々の楽園のような景色雰囲気

そして透き通るような美しさを持ちつつも精巧絵画のように鮮やかな色をも見せ、生き物のようにうねる、これがアニメーション可能なのかと驚愕しきりの海の表現

愛くるしくも時に凜々しいキャラクター達の活き活きとした表情と動き。

そして何より激しいアクション! グリグリと動きまくる格闘戦! ド迫力な神と英雄のバトル! 躍動する筋肉! 精緻美術設定によって作られた変態改造船舶

もう枚挙に暇がないし言葉も足りない程に美しくて活気に満ち溢れた、そして過激かつマッチョモアナ世界スクリーンの向こうには広がっているのだ。

なのでこれはもう是非ともディスク化を待たずに劇場へ足を運んで、ドデカスクリーンでこの映像美を拝んでいただきたい。

そのマッチョマッハアクションにはとてつもなく興奮することは間違いないし、そのあまりに美しい世界観に感動することもまた間違いがない。

特に予告編でも一部見ることが出来る夜の海を光る船団が行くシーンは本当に、本当に美しすぎて溜息が出るので絶対劇場で見て欲しい。

そして海のマッドマックスと呼ばれる所以たるシーンも併せて是非。いや、マジでスゲーのよ。




5.挿入歌の使い方が最高

これもまあ今更自分が語るようなことではないと思うのだが、それでもあまりに感動したので書かせて貰いたい。

とにかくこのモアナという作品劇中歌が強い。

劇中歌の強さで天下を取ったディズニー作品と言えば「アナと雪の女王」が記憶に新しいが、個人的にはモアナのそれはアナ雪に勝るとも劣らぬ力があると感じた。

その上で、更にアナ雪よりも強いモアナの要素として劇中歌が挿入されるタイミングがとにかく最高ということが個人的には挙げられると思っている。

アナ雪で一番有名かつ作品テーマソングともなっている「Let It Goであるが、実は劇中での使用は一度のみなのである

それもエルサが城から逃げ出して自身能力で氷の城を作り上げるという、映像的には圧巻の美しいシーンではあるのだがタイミングとしてはいまいちカタルシスを感じていいのか微妙な部分で使用される楽曲であった。

対してモアナにおけるメインテーマソングである「How Far I'll Go」は、作中で数回に渡って使用される。

そして、それは主人公であるモアナが悩む時、壁にぶつかった時に、己を慰めるように、あるいは鼓舞するかのように歌い上げるのだ。

この劇中歌の流れるタイミングと、ストーリー的なカタルシスの一致がとにかく素晴らしいのである。素晴らしいシンクロ具合を見せてくれるのだ。

そしてこのテーマソングが一度ならず幾度も使用されるというのもありがたい。

作中のシーンに合わせて幾つもの曲を書き下ろすディズニーにしては珍しいしそこを欠点に感じる人もいるかもしれないが、一つの曲を大事に使ってくれる今回の方が個人的にはより好みであった。

そして何より言うまでも無いこの「How Far I'll Go」という楽曲自体の素晴らしさ。

切なくも力強いこの曲のサビの部分は、何度も使用されてこの歌を覚えていくことで作品の後半に進む程により心を震わされ、感動させられる作りになっているように思える。

更にモアナ役の吹き替え声優である屋比久知奈さんの歌声もこれまた最高で、これがあってこそと思えるものであり、この歌声と曲が合わさる相乗効果は本当に言葉にならない。

そして無論、「How Far I'll Go」以外にもモアナには素晴らしい劇中歌の数々が存在しているし、それらの使い方も言うまでもなく素晴らしい。

特に「We Know The Way」という曲はこれまた複数回使用される曲なのだが、映像と力強いメロディーとを合わせて自分の中の冒険心というものをこれでもかとかき立てられる素晴らしい曲であった。

とまあ、とにかくモアナ劇中歌は「曲自体の素晴らしさ」、「それが使用されるタイミング」、「その曲を覚える程繰り返し使用してくれる演出」と三拍子揃ってとてつもない感動を与えてくれるものとなっているのだ。

そしてそれを劇場の迫力ある音響で堪能出来る至福といったらもう、是非とも映画館に足を運んで味わって貰いたい。それ程大きなオススメポイントである。というかモアナでも極上爆音上映とかないですかね……。




さて、以上が自分モアナという作品で素晴らしいと感じたポイントであり、オタク達にオススメするポイントである

いかがだろうか、正直書いてる内に止まらなくなって自分でもちょっと引くほど長くなってしまったが、それくらい情熱に任せて書いてしまえる程モアナという作品面白かったのだ。

なので、これを読んで少しでも食指を動かされた人には、本当に是非、すぐにでも劇場で観ていただきたい。

というか今すぐ観よう、今日レイトショーで観よう、明日レイトショーでもいい、休日は言うまでもなくモアナで予定を埋めよう。

自分もあと三回くらいは観るつもりである

誰に何を言われたからでも、観覧特典のような配布があるわけでも、ディズニーから金を貰ったからというわけでもない。

ただただあの優しくも熱い冒険世界をまた味わいに行きたいかである

そしてこれを読んでいる皆様にも、是非ともそれを味わっていただきたい。

純粋にそう願いながら、この文章をようやくここで終わらせることにしよう。

いや、やはり最後にもう一度。

オタクよ、モアナを観よう。絶対にハマるから





……


………


…………



……さて。おまけで、かなりネタバレになってしまうがもう一つのオススメポイントを書き残しておきたい。






6.特殊性


それは巨女巨女だ。

ディズニー渾身の映像クオリティで作られた巨女

巨女こそが女神の姿であり、自然であり、豊かな緑であり、巨女が島となり、大地となり、命を生む!

これこそまさしく地母神信仰の姿!!!

この映画は紛れもなく巨女信仰映画であり、子供達に巨女属性を幼い頃より刷り込ませ、更に一般的認知をも拡大せんとする目的で作られた映画であることは間違いがないだろう。

そう、巨女一般性癖!

みんなでモアナを観て巨女の素晴らしさを知ろう!

2017-03-16

落語心中のみよ吉の描写はさすがにずるくて女作者ならではだと思う。

菊比古を落とす時の送り狼になりなさいと冗談めかしていいつつ、最後は抱きついて決め台詞

これで落ちない男はいないわ、って声が聞こえてきそうな描写で、男作者ではぽんと出てこない。

押見修造とかは女の子気持ちすらえぐるみたいだけど、あくま少女だしね。

艶のあるメスが描けるのは女性作者ならでは。

愚問

ジョジョスタンドって、スタンド使いじゃないと見えないっていう設定じゃん?

6部の徐倫が糸を出しまくって腕がほどけたり体に穴が開くのとか、どう見えるんだろう?

(一般人の看守には糸が見えてない描写はあったけど)

怪我ひとつない徐倫がいて、「なんかこいつグッタリしてるな」っていう風に見えるんだろうか

あと5部のギアッチョも、何も着ずにクソ寒い中走ってるように見えるんだろうか

コンビニに置かれるエロ本について

#コンビニエロ本を売らずにおむつを売れ

https://togetter.com/li/1090143

先日、このようなtwitterでこのような侃々諤々があったということを知った。

私はコンビニでの勤務経験もないし、子持ちの母親でもない。

コンビニ日用品ラインナップにおむつを加えるべきか、については

既に議論も尽くされているだろうから、敢えて触れる必要はないと思っている。

それは各店舗地域の客層・需要収益性を考えて判断すればよい。

問題エロ本の方だ。

コンビニで働いたことのあるような人たちですら

雑誌棚の成人向けコーナーに置いてある本について、多くの人が誤解しているように見える。

勿論、これは出版社流通説明不足に起因するものだと思うが

18禁雑誌を堂々と販売している」という主張は

少なくとも法的には、或いは出版業界としては正しくない。

まず、コンビニに置いてある漫画や実写系のエロ本

確かに雑誌の傾向としてはエロ本しか表現しようがない。これは間違いない。

しか結論から言うと、コンビニに「18禁(成人向け)の雑誌」は置いていない。

出版社所謂18禁、成人向けの雑誌書籍には一目でそれと分かるよう

成人向けのマーク記載する必要があり、そのマークのついた雑誌特定書店通販しか購入できない。

成人向けマークのついた雑誌書籍は、表紙の段階から下着はもちろん、乳首性器露出といった過激描写に特徴づけられる。

内容も様々で、激しい性描写人倫に悖る行為暴力的猟奇的な内容まで含まれる。

これらの雑誌書籍コンビニでは売っていない。

(というよりも、コンビニが店に置くことを許可しないのだが)

このマークによる流通制限出版社による自主規制ゾーニングである

ではコンビニに置いてある括弧付きの「エロ本」とは何か。

これには成人向けマークがない。

極論すれば、様々な週刊誌や「少年~」「ヤング~」という

漫画雑誌となんら変わるところはない一般向けの「普通雑誌である

青年誌を読む人にとって、「ヤング~」という漫画雑誌

描写のある漫画が載っていることは驚くに値しないだろう。

或いは、週刊誌に時折ヘアヌード袋とじがあることはよくご存知のはずである

では週刊誌は、「ヤング~」は18禁雑誌だろうか?

コンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌書籍は、これらと本質的な違いはない。

少なくとも法的にこれらを明確に区別する根拠はない。 ※青少年条例に基づく有害図書規制個別指定されたものを除く

ただ、エロの占める割合が高いというだけの話であり

例えば漫画場合、性描写自体は「ヤング~」の延長にある程度だ。

性器に対する修正もかなり強く、この点は特に成人向けマークのある雑誌差別化されている。

成人向けコーナーにある雑誌の表紙にきちんと目を通してほしい。

確かに扇情的ものは多いが(エロ本である以上、当然ではあるのだが)

下着のようなものはなく、そう見えるもの殆ど水着である

エロ本のくせに、乳首性器露出していない。

雑誌ビニール紐で縛っていない店舗でも青いシールで封がされており

立ち読みはできないようになっているはずだ。

何故か?

様々な年齢や客層が利用するコンビニに置かれるからだ。

ふと目に入ってしまっても、直接に性的ものが映り込まないよう細心の注意が払われている。

水着グラビア写真が表紙を飾る雑誌と、果たして要素としてどんな違いがあるだろうか?

エロ本であることは否定し難い。

しかし「18禁雑誌」ではない。

あくま出版社は誰でも買える、一般向けの雑誌として流通させている。

だが現実に、コンビニでは成人向けコーナーへそれらエロ本隔離されているではないか

そう言われるのはごもっとである

それらエロ本店舗の隅に隔離したり、未成年エロ本を売ろうとしないのは

コンビニ各社の陳列・販売における自主的判断によるものである

これは流通側の規制であり、雑誌を作った出版社意図とは基本的関係がない。

畢竟、コンビニが「一般向けの雑誌を成人向けとして扱っている」ということになる。

ここが多くの人が誤認するもとになっている。

実際、コンビニでは成人向けコーナーにあるようなもの

ある書店では普通雑誌の横に並んでいるということも大いに有り得る。

その書店配慮が足りないかもしれないが間違っているわけではない。

流通各社による、方針の違いでしかない。



「成人向けマークがどうとか、そんなものレトリックしかない。

 エロ本エロ本であり、やはり子供の目の届く可能性があるコンビニにあるのはおかしい。」

「あの表紙で普通の客に配慮しているつもりなのか?

 結果的不快に感じている人も少なくはないのだし、カバーをかけるなどして対処するべき。」

こうした意見も大いに出てくるであろうことは想像に難くないし、

それらについて賛否どちらの立場に与するつもりもない。

ただ「そもそも18禁雑誌コンビニ置いてあるのがおかしい」という

事実誤認による空虚な論難を避け、より建設的な議論を促すためにも

出版流通による自主的規制を通り抜けた末に店舗に並んでいるという実態はより広く知られる方が望ましい。

2017-03-15

フィクションだけで起こりうる描写

マンガアニメではよく見かけるけど現実には起こり得ない現象

一番最初に描いた作者はどこから着想を得たのかが気になる

例:まきぐそ、鼻ちょうちん

[]サイコパスガッチャマン クラウズ(1期)【ネタバレ

dアニメストアたまたまこの2作を続けて見たんだけども、両方めちゃ面白かったていうかこの2作は全然違うのに構図が似ていてビックリした

 

クラウズではギャラックスがみんなの善意スキル効率的結集運用して無秩序欲望に打ち勝ったけど、その人類勝利シーンは先にサイコパスを見ていたせいで結構不気味に感じた

ギャラックス世界をより良くアップデートしていったら最終的にシビュラシステム完成するよねこ

 

無秩序欲望人類の英知(システム)で抑え込んでより良い世界にしていきたいけど、世界が良くなったらなったでまた槙島みたいなのが出てきて「そんなのは家畜だ、野生に帰るんだ」とか言い出してぶっ壊しにかかるわけだ

どっちなんだよと

 

以下個別感想

サイコパス

序盤に出てきたあかねの家みたいな生活あこがれまくるんだけど、ああい総合生活支援ロボットみたいのいいよね

今後VRの発展で作られたりするんかな?

ほかにも現実攻殻機動隊中間くらいの微妙ライン近未来社会感は本当によかった(服の転送とかはオーバーテクノロジー感あったけど)

 

作中は猟奇犯罪者ばかり出てきてなかなかグロかったが、とにかく格闘シーンがかっこよかった。どみねーたは起動遅いし判定も遅いし無駄威力強いしで使いにくそ

あと影薄いけどドローン君たちは毎度大活躍だったな。ただの箱が喋りもせず走ってるだけなのにかわいいという不思議タチコマによる先入観

 

終盤、あかねシビュラに呼ばれたところであっこれまどマギ展開くると思ったよね

「私、すべての潜在犯を消し去りたい! 過去未来すべての潜在犯を! 叶えてよインキュベーター!」って言ってシビュラの一部とかになってシステム変革すると思ったよね?

そんなことはなく結構臭い終わり方になったけど現実あんなもんか

 

あとイケメン先輩(名前忘れた)がとっつあんと同じになっていくところはベタだけどグッとくる。手も潰れてたし義手にしたんだろうな

 

調べたら劇場版もあるんだな。見なきゃ

 

ガッチャマン クラウズ

1話スーツギミックがかっこよくて戦闘で魅せていくのかと思ったけどそんなことはなかった

戦闘あんまりしないが序盤からルイ君とギャラックスとか謎だらけの展開でどんどん引きまれ

 

はじめちゃんがちょーかわいいんだけど底知れなさが不気味で(もし仲間が死んでもへらへらしてそう感があった)、どこかで一度へこんだり落ち込んだりするとこ見せてくれないかな~とか思ってたけど、カッツェをデートに誘ったところでああこのキャラはこれでいいんだなと、このまま突き進んでくださいと

 

他のキャラもみんな個性的出ててよかった。隊長かわいいODの強さだけは言ってるのと違くない?って感じのしょぼさだったけど(カッツェの力と相殺されたんだろうか)

あと食べ物描写もいろいろよかった お弁当とか隊長おつまみとか

 

でもカッツェは絶対に許さないよ。好き放題煽ってたら巨乳女子高生がかまってくれてキスされて最後おっぱいの中に保護されるなんてあるわけないだろ。調子に乗ってたらブクマカ正論で煽られて憤死するとかの落ちでよかったんだよあんなの

 

まあ面白かったしいいや。さーて2期もみるっすよ~

http://anond.hatelabo.jp/20170314210938

そんなタイトルだけ書かれても実体験の描写もなくて燃やしづらい

  

悲報

クソだクソだと思ってた我が社、思ってた以上にクソだった

http://anond.hatelabo.jp/20170314210938

わざわざ消したみたいなので詳細に書いてくれることを祈ります

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314191944

世界危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家国際機関社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為危機感がそのまま「世界危機」にシンクロして描かれることを指す

具体的な中間項を挟むことなシンジ君は語りに入ったし、主人公たちの心理的危機感孤独がそのまま使徒リンクした形で描写された。

まして俺のいった「エヴァ以降はセカイ系解釈が広がった」という文面を勝手にお前は捻じ曲げている。

ちなみにニコニココメントを見てみろ。

「変容するセカイに関してはもともとディック的な世界観があった。セカイ系なんて勝手に名付けやがって」

と俺と似たような意見を俺以外のやつが述べてる。もう一度探すのはめんどくさいか自分検索しろ

まりエヴァ以降セカイ系解釈は明らかに幅が広がっているし、その証左ウィキペディアの「初出と初期の用法」のエヴァの事例にも顕れている。

もっとセカイ系定義なんて作り変えられていったもので、上の東浩紀がいったか固定化されるなんてもんでもないと思うがね。

http://anond.hatelabo.jp/20170314191325

中間をふっ飛ばしシンジ君の語りに入るラスト君と僕象徴する碇司令と母のエピソードシンジアスカ(こっちは劇場版)。

個人または二人の関係性を通して変化するセカイ。自分個人の小さな事情がセカイに直結する心象風景描写と現状描写

どれも当てはまってるが。

いまだによくわからないけど、批評文脈とかではなくある作品セカイ系と呼ばれる条件ってクライマックス主人公感情トリガーとなって世界が終わったり別の世界になる描写があるってことなのかな

ピンドラセカイ系と言われたけれどシュタゲセカイ系ではないらしい

2017-03-12

ミュシャ展に人が押し寄せてるの見ると作品バックグラウンドを読み解くことより

表面的な美しさと緻密な描写日本人は好きなのだと感じる

ラッセンが好きなのも仕方ない話だね

芸術音痴海外から言われるのも頷ける

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