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はてなキーワード: ときとは

2012-02-23

インディーズ活動している歌手CD通販で買った

発送を待っているとき彼女ブログ更新された

戦隊もののの大きなシールを貰ったが持て余している

嫌いな人にあげちゃおうかな、今度の通販に使うおうかな

そんな内容だった

「今度の通販」という所で私の注文だろうか、と思っていたら、やはりそうだった

歌(創作物)と作者は別物と思いつつも、CDを聞くたび、

もやもやした気分になり残念なきもちになっている

死んでもなお愛する旦那セカンドレイプされるなんて故人が可哀想。

故人は旦那を愛しているから死んでもなお操を守ろうとしたのに、(旦那談)

故人が死んだあとは再婚してるのね。

別に旦那勝手結婚でもしてればいいけど、この本の内容にたいして謝罪をするべき。

「ぼくは若気の至りで変なこといっちゃったし、未成年とき犯罪しちゃったけど、もう大人だし更正してるから許してね~」って。

それに加えて「加害者は更正してねーから死して償え」ってね。

プリンシパルエージェント関係におけるモラル・ハザードとしては、以下の例が挙げられる。

外回りの営業マン(エージェント)が、上司プリンシパル)の目を盗んで、勤務時間中に仕事サボる場合

医師が不必要に多くの薬を患者に与えて診療報酬を増やそうする場合。これは、医師エージェント)が処方する薬の量が医学的に適切なのか否かが患者プリンシパル)には判断できない、医師エージェント)が必要以上に薬を処方しないように医療保険保険者(プリンシパル)が医療現場監視するのが困難である、という情報非対称性に基づく。

会社株主プリンシパル)が経営者エージェント)を、業績に連動する報酬で任用した場合経営者会社に大きな利益をもたらせば高額の報酬を得るが、多額の損失を会社に与えても(あからさまな過失・故意が立証されない限りは)損失を負担する義務は無く、最悪でも解任されるのみである。このとき経営者収入期待値を最大化する経営判断は、会社にとって最も合理的な判断よりも、よりハイリスクハイリターンなものとなる。しか株主経営判断のための十分な情報をもたないため経営者の判断に任せるほかない。


モラル・ハザード」は本来は保険業界で使われていた用語で、保険によって保険事故補償されることが、被保険者のリスク回避行動を阻害するという現象を指す。この場合の例としては以下が挙げられる。

自動車保険において、保険によって交通事故の損害が補償されることにより、加入者の注意が散漫になり、かえって事故の発生確率が高まる場合

金融において、巨大金機関倒産に伴う連鎖倒産等を防ぐために行う政府の資金注入を予見し、金融機関経営者株主預金者等が、経営資産運用等における自己規律を失う場合

医療保険において、診察料の多くが保険で支払われるために、加入者が健康維持の注意を怠って、かえって病気にかかりやすくなる場合

医療保険において、受診の際の自己負担が軽いために、加入者がちょっとした病気でも診察を受けてしま場合

火災保険をかけたために、注意義務を怠り、結果として火事リスクが高まる」などのリスク回避を疎かにする事をモラールハザードmorale hazard)、「火災保険をかけておいて放火する」などの意図的に事故を起こす事をモラル・ハザード(moral hazard)と分ける場合もある。


http://anond.hatelabo.jp/20120223150353

激しく同意コンサル料を払ってくれるなら、そもそも設計書書くのが自分たちだから仕様とちがうとかありえないし。

コンサル料は大抵は期間に対して支払われるから、なんどでも、好きなだけやり直せばいいよ。

しっかり、仕様に落とす。ただ、高いけどね。

 

ただ、パッケージ売りとちがって、オーダーメイド物は大抵 客の勉強も必要だぞ? 

たとえば、オーダーメードスーツ作るときに全く知識ないと、どんだけ要望を落とそうとしても無理。

まぁ、スーツはできるが、本当に客が欲しいものかどうかは、まぁ、あと2回3回作ってって話にはなるだろうね。

 

あと聞きたいのは セールスマンオーダーメードするのか? オーダーメードしない作ってあるものカスタムメイドだったら、知識要求しないのは当たり前だなぁ?

そして、そういう要望を聞く折衝担当セールスマンで 作る担当システム屋だなぁ。

セールスマン通さず、システム屋に直接発注すれば、それは安くなるけど、セールスマン通してないんだから、折衝がついてこないのもあたりまえだ。

セールスマンはいらいないから安くしろ、だが、セールスマン並みのサービスは要求するってどいうこと?

 

セールスマンがやってるんだからシステム屋もやれというのなら、セールスマンプログラム組めというのと全く同じだ。

分業なんだから業態が違えばルールも違う。関係ない。

http://anond.hatelabo.jp/20120223004052

橋下の敵対勢力とどちらが共感出来ないかが問題だと思うけどな。

大阪市財政健全化には橋下が不可欠だから弱者云々は橋下の手法に弊害が出始めてから考えても遅くはないだろ。

いざというとき選挙で落とせばいいわけだし。

財政破綻したら弱者がどうとか言ってられない事態になるしな。

ゲハブログ地球温暖化懐疑論者に共通すること

  • 基本的に、一次ソースは一部しか確認しない
  • 単なる一人の関係者意見を、その団体の総意だと言い張る
  • 既に十分考慮されている事項について、鬼の首を取ったかのように「こんなことも想定していないのは無能」と騒ぎ出す
  • それがもう想定済みであることを指摘されると、「意見が通らなかったのは不満だが、主張したいことが言えたので満足」と言って逃げる
  • 意見が対立したときに、『一部だけ譲歩』ということができないない
  • 不確定要素を含んでいることを前提とした主張は、その不確定要素を理由に攻撃する
  • その割には、自分の主張には「可能性を排除することはできない」と言って逃げ口を作る
  • 都合の良いデータを出してくれる機関正義
  • 最終的に陰謀論にもっていく

http://anond.hatelabo.jp/20120223111650

死刑確定して更生について考慮しなくていいので実名報道しますという記事について

kyo_ju死刑制度, マスコミ, 日本”生きるに値しない命”という言葉を初めて目にしたときと同じ背筋の凍り付く感じがした。

ワタミ社長について

kyo_juしねばいいのに, 経営, 労働2012/02/22

kyo_juしねばいいのに, 教育自分閻魔大王に舌を抜かれるところを実況中継するという捨て身の教育ですね、わかります

2人殺し殺人犯に生きるに値しないということに背筋が凍るのに、ワタミ社長は生きるに値しないと言い放つらしい。

http://anond.hatelabo.jp/20120223094627

別に美樹ちゃんを死刑にしろと息巻いているわけでもないだろう。

ブラック企業を勝ち抜いてきた奴がブラック企業トップになって自分がやってきたことを下に押し付ける」

という美樹ちゃんの行動論理考慮した上で「美樹ちゃんはトップに座るな」と言っているわけで。

もし、美樹ちゃんが訴えられて死刑判決下りそうだったら、そのときはてサは美樹ちゃんの側につくと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120222210103

まさか待っていた人がいたとはw

こっからはまあオカルトが入ってくるんだけど、CがABとは別の場所にいたときでも、CさんはDさんがそこに居るような気になるのではないか

このツリーの他増田が書いていたように

幼稚園血液型別にクラスを分けたら、典型的血液型占いで言われていたような振る舞いをしたのよ。

それはそもそも血液型にそういう効果があるわけじゃなくて、親とか先生とかの血液型に対する共通認識子供にそう振舞わせた。

のようなことは起きるのだけれども、この「思い込んでいる主体」と「振舞わされる対象」との距離が常識的に想像できる以上に離れていても、影響を及ぼすのではないかと考えた。

親や先生がそこにいなくても、思い込んでいる主体と直接的な接触がなくても。

言ってみれば「呪い」だよね。この呪いが体系化されたものとして占いがあるのだと思ってるわけ。

オカルトチックではあるけれども、比較的飲みこみやすい解釈だと思ってるんだけど、どう?

雪かきお話

おらの地方では、冬に雪が降るんだ。まぁあれだ、日本海側、裏日本地方ってやつだ。裏日本を放送できない言葉というならば、西海岸地方と呼べば、太陽サンサンって、暖かそうでいいと思うんだけど。

冬になると雪かきをするんだ。でも、あらかじめある程度は降ることが想定されているので、早く起きたり、夜中にこっそりと、除雪をするんだ。

近所のおばあさんの家の前とか手伝ってあげたり、除雪車が除けた雪の壁をちょっと崩してあげたりとか、若い分だけ、余計に働く。

そういうもんだし、わざわざ人にいうほどのこともなく、やって当たり前のことをもくもくとやっているだけだ。

雪で大変って書くのもアホくさいので、黙って除雪をこなすだけだ。変な同情は求めない。

変に自己主張する人がくるくらいなら、雪国減税とか日照時間減税とか気候が過酷な分だけ、税制バランスをとってくれるだけでいいと思う。

最近、わざわざ除雪ボランティアとか、自己主張する人たちがあらわれた。手伝ってくれるのはありがたいんだけど、facebooktwitterボランティア雪かきしてます的な発言をわざわざする人ってなんなんだろう。

みんなの役に立つことをするのはいいと思うんだけど、やって当たり前のことを点数稼ぎみたいにいうのも、微妙に引っかかるものがあるんだな。

目の前にいる人が喜んでくれれば、いいわけで、世界中に向かって、「雪かきボランティアする私ってすごい。人事の人見てる」的見え透いた感が、途方もなくいらいらするんだ。

雪かきってのは、土建屋さんの冬の稼ぎでもある。その仕事を奪っているって感覚はあるのかなとふと思う瞬間もある。

役に立つことはこっそりとやれよといいたい。こんなときこそ、アノニマスだ。

http://anond.hatelabo.jp/20120222180730

音楽時間合唱で歌う曲を選ぶときに「歌謡曲ダメです。」と、泣いてまで主張した先生がいたが、

その曲は、何年後かに教科書に載るようになっていた。

ふと考えてみると、もっと古い曲で

丘を越えててんとう虫のサンバコンドルは飛んでいく、翼をくださいなど、このほかにもたくさんあると思うけど

歌謡曲として流行って、一定時間が経って、普遍的な価値を認められて、教科書に載るということはあるのかもしれない。


しかすると、ラノベもそのうち現代文教科書に載るかもね。

そのときには、その司書さんも認めてくれるのだろう。

下市長に共感できない理由

橋下大阪市長府知事時代におこなった、自由主義的な行政改革を応援はしていたものの、

島田紳助の盟友だった、という事実のせいで、今ひとつ、彼を信用出来なかった。

なぜ、左翼連中に叩かれながらも懸命に働いている彼を信用出来ないのか、自分を責めたことすらある。

だが、その感覚は、正しかったのかも知れない。




島田紳助は昨年、暴力団との親密な交際が発覚したという理由で引退したけれども、

本当に責められるべきはそこではなく、吉本女性社員を、人気のない部屋に引きずり込んで、

壁に顔面を4、5発以上もたたきつけ、ツバをはきかける……という、度の越した暴力事件を起こしたことだ。

立場の弱い者に対して、数々の暴言暴力をふるいつづけていたことが、ときおり報道されていた紳助

司法の場で、公にはっきりと、その事実が認められている。

彼の嗜虐性、異常性、卑怯性、利己主義ぶりなどは明らかだろう。




そして橋下は、紳助暴力行為が発覚した後も、紳助番組で長い間、人気弁護士として活躍を続けていた。




確かに弁護士は、人格が最低な人間人権を守るために、活動しなくてはならない場合だってあるだろう。

だが、紳助番組に出演する主な理由は、弁護士の矜持とは別物だ。

売名行為であり、金儲けであり、つまり自分のためだ。

もしも橋下が倫理を重んじるタイプならば、紳助暴力行為が明らかになった時点で、潔く番組を辞めるべきだった。

しかし、橋下はそうしなかった。




義理もあるだろう。

紳助がよっぽどうまく立ち回り、橋下ら「先生」には、自分も含めた芸能界の汚い部分を見せようとしなかった……

そんな可能性だってある。

それに、もしも橋下が番組を降板していたとしたら。

自分が裏切られたと感じた紳助が、橋下を許しはしなかったに違いない。

当時、芸能界に大きな支配力を発揮していた紳助によって、芸能界から干されてしまった可能性だって、ある。

そのことだけで、橋下という男の人間性を判断してはいけない……と自制していた。




ところが、である

最近の彼の主張は、自己責任論が過ぎ、ついには小学校留年を認めるべき、なんておバカなことを言い始めた。

幼少期に受けた劣等感は、その後の人生に大きな傷跡を残す。

そのトラウマは、小学校の知識を習得することよりも、もっと深刻な悪影響を与えるだろうと、彼は考えないのだろうか。

彼には、弱者……特に、いくら努力をしても結果を出せないような、真の弱者をいたわる根本的な感性が、欠けているのじゃないか




過労死を従業員に強いた渡邉美樹を、大阪市の特別顧問を迎えたのは象徴的ではないか

低所得からのし上がり、努力家で、基礎能力コミュニケーション能力が大変高いという点で、共通している。

そして、努力への過度の信仰と、無能者への強烈な侮蔑感も共有している。

彼らにとっていたわるべき弱者は、強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。

真の弱者無能者や低能者に共感する能力が、完全に欠けているんじゃないのか。




弱者、低能者or無能者=努力をしない人々。

それが彼らに共通する価値観なのではないのか。

努力をしても結果を出せない、という事実に思いを馳せる想像力、共感力が彼らにはない。




怠惰な連中を排除するのにはおおいに賛成だ。

だが、弱者が人並みの努力をして、人並みの結果を出せないことは責められるべきことなのか?

橋下らは、弱者が他人の数倍の努力をおこなうことは当然だというのだろう。

だが、他人の数倍の努力ができるのは、それだけの体力を持ち合わせた者に許された特権。

それが彼らには理解出来ず、共感も同情もできないのだ。




そもそも、決して許せないことを人間はしないもの

橋下の目には、帰国子女という恵まれた立場でありながら吉本マネージャーをしている女性などは、努力を怠った無能者に見えたのかもしれぬ。

無能者へ暴力を振るう人間」を許容できたから、橋下は紳助と盟友であり続けたのではないのか?




怠惰を改めない左翼でもなく、弱者侮蔑する右翼でもなく、真実は真ん中にあるのじゃなかろうか。

怠惰を改め、無能者の努力を評価する。努力をおこなった強者は果実を得るが、その分、低能者の失敗もカバーする。

そして、お互いが尊敬し合う……それが私の目指す社会であり、橋下を応援出来なかったのは、彼と目指すべき理想が異なっていたかなのだ

2012-02-22

弟が嫌韓

2chの影響か知らんが高2の弟の嫌韓ぶりが最近酷い

家族団欒で食事してるときでも

何の脈絡もなく韓国の話をするから両親も凄い困惑してる

自分戸籍も知らずに

ラノベは入れません

中高一貫校に通っていたとき図書館の話。

カウンターに『購入希望図書』を書くノートがあるのだが、そこに書いた本は漫画以外なら大体購入してもらうことが出来た。

ほぼ毎日通っていた私はちょこちょこそのノートを見て楽しんだりしていた。

ところで高校くらいになったときに世の中でラノベ流行りだした。

すると購入希望ノートラノベ名前が挙がることが多くなったというか・・・ラノベばかりになった。

しかも書き方が『タイトル/出版社/全巻』 ※全巻=大抵が5巻以上

これがノートにズラズラ。何作品も。

購入理由も書かなきゃいけないのだが、理由がないのか知らないが「よろしくおねがいします」だけ。

これを全部購入していたら文庫棚がラノベ祭になるなー、と微妙な気持ちに。

それはさておき、あるとき司書さんと話すことがあり購入希望ノートについて話した。

私「これらのラノベ、どれも『全巻』って書いてますけど、全部入れていたらキリがないですよね」

司書さん「・・・あー、ラノベは入れませんよ」の一言

どうやら司書さんは『ラノベ漫画と同じようなもの』として扱っているそうだ。

個人的には同意であるラノベ好きな人が多いので大きい声では言えないが。

そんなわけで私が通った学校ではラノベは入れません。

クレーム対処について

クレームに正しく対処するためには、そのクレームに対して「正しく恐れる」ことが大切になる。

恐れかたは、少なすぎても、多すぎても、トラブルを生む。正統なクレームに「毅然とした対処」を行うことはトラブルを生むけれど、ちょっとしたクレームに対して大きすぎる反応を返すこともまた、同じぐらいに間違っている。クレームを恐れることは大切だけれど、必要な大きさだけ正しく恐れて、恐れた大きさに見合った対処を行わなくてはいけない。

不快には種類がある

同じ不快の表明であっても、それが技術者人格や、現場対応に対する不快なのか、あるいは技術者技量や開発方針に対する不快なのかで、対応は異なってくる。

技術者人格対応に対する不快が表明された場合には、まずはその不快に対して謝意を表明しないといけない。不快に対して最小限の妥協を遅滞なく行った後、「その状況を維持します」と表明するのが正しい対処になる。不快を突っぱねれば間違いなくトラブルになるし、こうした不快に対して大きく反応しすぎると、今度は開発ができなくなってしまう。

技術者技量や、開発方針に対する不快が表明された場合には、一切の妥協してはいけない。開発者は常に「ベストを尽くしている」ことが前提であって、ここで妥協を表明することは、開発側が「ベストを尽くしていなかった」と受け止められてしまう。開発側は常にベストを尽くしており、それに対して不快不安が表明されたのなら、その人と交渉を続けることは間違いなくトラブルに結びつく。開発に対する不快が表明された際には、速やかに他のソリューションを当たってもらうように誘導しなくてはいけない。

進捗の説明や、開発それ自体に関する説明は、丁寧に行わなくてはいけない。進捗自体に関する説明は、それがどれだけ面倒であっても必ず有限で、丁寧に対処すればいつか終わる。際限もなく終わらない可能性にいらだってしまうと、相手を不快にしてしまう。たとえばデスマプロジェクトを5つ受け持てば、炎上の話を5回繰り返すことになるけれど、これは我慢して同じ話を丁寧に繰り返さなくてはいけない。

何らかの譲歩を求めて、「とりあえず不快を表明する」タイプの人は難しい。不満が無くても瑕疵を探索するし、瑕疵を見つければ譲歩を求める。どこに突っ込まれるのか予測できない。譲歩を求める相手に対して心がけることは、一刻も早い「妥協の表明」になる。「特別扱いしろ」という相手に対して、「特別扱いをさせていただきます」と速やかに表明してみせなくてはいけない。ごくわずかだけ下がってみせることで、相手の瑕疵追求の意志が和らぐ。下がりながら応対して、その後また元の場所に戻る。下がり続けてはいけない。追い詰められてしまう。

知らないことには「知らない」と返答する

自分現場ではやっていない、あるいは不得意な開発について、客先担当さんマネージャから「この開発手法はできないのですか?」と問われた場合には、「できません」と答えなくてはいけない。「それはよくない手法です」とか、「やってやれないことはありません」といった答えかたは危ない。

やっていないことに詳しい人は少ない。詳しくないことに対して、開発者が「専門家言葉」としてあやふやな感想を述べてしまうと、言葉が一人歩きをはじめてしまう。もしも何かのトラブルに巻き込まれてしまうと、そうしたあやふやな感想が、「あの開発者プロダクトを囲い込んで開発工数を奪った」といったトラブルの種になってしまう。

情報工学の範囲を超えた、精神論を強く希望するお客さんと話すときにも、注意すべきことは変わらない。自身がどれだけ情報工学に詳しくても、対峙する精神論がどれだけいい加減なものに見えても、知らないことに対して git push する人間があやふやな感想を述べてしまうと、将来的にトラブルを招く。「自分はそれに対してこう考える」を述べる際には、「これは個人としての感想ですが」のような前置きを入れて、技術者としての立場を明示的に遮断してから「こうだと思います」を表明しなくてはいけない。

リスクは近くで対処する

相手を怖いと感覚した人間は、相手に「恐ろしさに見合った賢明さ」を期待してしまう。それがトラブルの種を生む。

原因がよく分からないトラブル対応した担当者は、分からないその状況を、恐ろしいと感じる。「恐ろしいから」バグレポートを上げる決断をためらって、「この問題はマジやばくなったらだれかが見つけてくれるだろう」と、自分以外の人間にある種の賢明さを期待する。結果としてシステムは、「専門家である技術者から端末を切断されて、書かれたコードを信じて、状態が悪くなるまで通常に稼動してしまう。

口うるさいお客さんのマネージャが視察したときなどは、「あの人と喋るのは、資料がちゃんと揃った後日にしよう」という思いが頭をよぎる。口うるさいマネージャは、同時にたぶん、もっとも大きな不安を抱えた人でもあって、不安に対する対処を怠った結果として、取り返しのつかないトラブルを招くことがある。

技術者が厄介な状況を感覚したそのときに、技術者感覚はすでにいびつになっている。危ないと感覚したそのときには、だからむしろ危ない何かに近寄る態度で対処を行うと上手くいく。

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/1252

http://anond.hatelabo.jp/20120222105010

そういう時は「何でそうなったかわからん」と言うしかない。

外れたときに外れた理由が説明できないなら

当たったときたまたまなんじゃないのか、常識的にジャッジして…

http://anond.hatelabo.jp/20120222105010

はいわかった

結局なんでもわかる風なことを吹いておいて

厳しいツッコミを受けたとき

占いが外れたとき

「近くの星が…」とかゴニョゴニョ言うか「なんでこうなったかからない」と居直るか、

があんたの流派なのね。




やっぱりそれ俺にも今日から出来るなあw

http://anond.hatelabo.jp/20120221235031

大学の授業に出てないぼっち男子割と多いぞ

彼らが何をしてるかというと普段はバイトして一人暮らし生活費稼いで出席が

単位に影響する授業だけ出てテスト前になると

初対面だろうがなんだろうが拝み倒して前に座っていた人達ノート借りてた

ゼミでチームで何やこれやするときも、ガリ勉と組んでただ座っているだけ

プークスクスいうやつらは、友達3人揃って座っていても前に座っているだけでプークスクスいう

から

どうしてもその人たちと会うのがいやなら教授相談してゼミ変えてもらえばすむ話だと思うけど。

私なら勉強の成果をまとめるのはリア充に任せて、2~3回だけ勉強会に出て後はバイトかいって出なくて

勉強発表会の席にはちゃっかり座っとく。全面的に投げられたら、勉強会でほぼ勉強一人でやらされてリア充達は

ろくに役割分担はしてなかったことを教授さりげなく匂わせる

大学生ゼミでの勉強発表会なんて幼稚園の「お遊戯会」とそう変わらないから深刻に考えすぎ

教授もたいした期待はしてないよってもう遅いか

http://anond.hatelabo.jp/20120222084812

俺、四柱推命をやってるんだけど、メンタルが弱い人って生まれたときの八字(年月日時)でだいたい出てる。

日干のまわりにあまり友好的でない干があって、根っこがないタイプ

本人の努力でこれを克服できることって、まずない。

「甘え」じゃない。「そういうふうに生まれてきた」んだよ。そう言われたからって、気が楽になるもんじゃないだろうけど。

不況不況って言うけど

そもそも不況って何?って感じなんだよね

こっちは生まれた時からこの失敗したら即終わりのどん底しか知らないんだから

しかも何もできない子供時代に状況は悪くなる一方とき

2012-02-21

自信過剰の人を見てて思うんだけどさ

もうちょっと謙虚に生きればいいんじゃないのって。

一言つけて加えておくと、個人的には「能力がある人」は自信過剰でも選民思想でもなんでも持ってていいと思ってる。てかむしろ持ってたほうがいいくらいだ。その能力を積極的に社会に貢献するよう活用して欲しい。下手に謙虚だとその才能が埋もれちゃう恐れだってあるくらいだ。こんな出る杭打つ国だし。

で、思うのはそうでないたくさんのその他の「何者か気取りの」自信過剰人達。何なのあれ?特に見た目がいいでもない、頭がいい訳でもないみたいだし、とりわけ話がおもしろいわけでもない。それでも何かを持っているのかなと思って少し探るように質問を重ねてみても本当に何も出てこない。けれども態度だけは尊大で、自尊心丸出しでなんだか自分のこと好きなんだろうなあという感じが見え透いている。

いや、もちろん自分のこと好きなのはいいですよ、ただそれと客観的に見た能力は別ですから。完全に。結果出してりゃあなた自分のこと好きだろうが性格悪かろうがこっちはそれなりに評価するし、何もできないならそれに見合った態度でいて欲しいんですよね。上に書いたみたいに能力があって少し控えめな人とか本当によくいるんですよ。特にこの国では分別がある人程それをひけらかさないし、見せびらかさないよう目立たないよう腐心してることがすごく多い。そういうの時になんにもできないのにでしゃばる人がいると集団の最適配置が狂うんだよね。

もちろんここまでだけ書くと仕事のことなのかな、みたいになるけど、そんなでもなく、人とかかわる限り、複数人で関わる限りは本当によくある話。みんなで行く旅行先決めるとか、チームでのスポーツやってる時とか、ただみんなでおしゃべりしてるときだってそうだ。本当に上手くこなせたり、おもしろい話ができるやつじゃなくて、なんだか勘違いしてる奴がどうにもみんなの時間を奪って行ったりする。もちろん八分にしちゃえば?みたいな話もあるけどそういかない立場だったりそれも可哀そうかなと思ったりすることもあるんだよね。

みんながそれなりに、過剰でなく適切に空気が読めればいいんだろうけど難しいよなあ。教育というので改善できるわけでもなし。ああいデリカシーみたいなのってどういう要因で決まってるんだろうかと本当によく不思議になる。

餓死の原因は家族全員の非コミュ

さいたま市家族三人が餓死したのは、父・母・息子の三人ともが非コミュだったからだ。

全員が職場にも地域にも一切友達を作らず孤立して暮らしていたため、病気で働けなくなっても誰にも助けを求めることができずに死んだ。

名古屋餓死した夫婦も、二人とも非コミュだった。北九州男性孤独餓死非コミュの単身世帯だったから起きた。

家族のうち一人でもコミュニケーション力が人並みにあり、友人知人の居る人間が居たなら餓死は起こらなかっただろう。

女性非コミュ恋人配偶者コミュ力のある人間を求める傾向にあるのは、自身やわが子の危険回避意味合いもあるかもしれない。

しか男性非コミュ恋人配偶者自分と同レベル非コミュを求める傾向にあり、これは危険な傾向なのではないかと思う。

身体が元気で働けているうちは良いが、もし病気になって困窮したとき夫婦共に非コミュでは行き詰ってしまうのではないだろうか。

光市裁判の経緯について間違って語る人が多すぎ

経緯・弁護方針についての2パターンの誤解

ひとつめの誤解パターンがこれ。

http://d.hatena.ne.jp/Prodigal_Son/20120220/1329742220

あの事件を調べていて痛切に感じたのは「ないがしろにされる被告人」だった。

あの弁護団がついて初めて被告人自分の意思を語り始めたように思えた。

正直な感想をいえば、差し戻し控訴審まで、そのような「直球の」弁護が行われていたとは

資料を読む限り、とてもそうは思えない。

しかし、控訴審でようやくそれが実現したときには、

すでに「世論の声」(やつを高く吊るせ)に司法が抗しきれないほどの事態となっていた。

この経緯説明は間違いですよ。

こりゃちょっと、一審二審までの弁護士への、事実と異なる中傷じゃないんですか?

一審二審の弁護士無能どころか、無期懲役を勝ち取ってたんです。

安田弁護士スター軍団による「直球の弁護」が行われ始めてから連戦連敗で、ついに死刑まで行っちゃった。

というのが実際の経緯です。

(また、ブログの書き手の口振りだと

 「直球の弁護」が初期から行われていれば世論は今のようでは無く、判決も違った。

  …と言いたいようですが、その根拠は何なのでしょう?)




もう1パターンの誤解、

この書き手とは逆、

安田弁護士達を無能な悪玉とみなす立場で、

「あの弁護団がアホな弁護しなきゃ無期だったのに」

って意見も良く見ますがそれも間違い。

どうも経緯を理解してない人が想像以上に多いのかな?




裁判展開と弁護方針変更の経緯

元々は「反省してま~す」作戦で一審二審と無期を勝ちとってました。



けれど当時の被告が書いた

『犬がある日かわいい犬と出合った。・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか』

という友人宛の手紙が晒された事で流れが一気に逆転、

最高裁が「死刑妥当」と高裁差し戻した顛末。

これが事実




この大ピンチに弁護を買って出たのが安田弁護士達21人のスター軍団。

替わった時点で既に「反省してます」作戦が通用しない状況になっていたから、

ドラえもん」云々の作戦に路線変更したのは戦略的かつ当然の判断。




要するに誤解2パターンとも、

安田弁護士達に過大に注目しすぎ。良くも悪くも。

プロとしてクライアント

反省作戦は通用しなくなったよ、どうしたい?」と状況を説明して、

クライアントから出てきた希望アイデアを元に弁護をしただけ。

(一審二審の弁護士だって同じようにプロ仕事をしてるわけで、

 してなかったと勝手に推測して断言するブログ筆者の根拠があまりにも謎。)




一人目の誤解者、ブログ筆者が絶賛する「直球の弁護」は

他に手がなかったから状況対応的に始められたものであって、

安田弁護士が主導的能動的にこれを選んだわけではない。

(だから逆の「安田が変な路線変更したせいで死刑になった」も間違い。)




まとめ

「直球の弁護」は

被告手紙で状況が大幅に変わったための路線変更。



一審二審を担当した弁護士控訴審以降も継続して弁護していたら

やはり類似の路線変更を余儀なくされただろうし、

手紙が出てくる前の一審二審を安田弁護士担当していれば、

やはり「反省」を前面に押し立てて戦ったと思われる。

それがプロ妥当戦略判断であり、

クライアントの意思でもあった筈。




「直球の弁護」「被告人論理」が登場しだしたのは

安田弁護士個性的からではないし、

安田弁護士が有能(または無能、アホ)だからではない。

要するに、被告死刑に追い詰められたから。

「直球の弁護」を褒めるなら、

死刑の機運を高めた人達(いるのかな?)がお手柄ということ。

無期懲役でキマリな情勢下にはあの弁護方針を取る弁護士は居ないので。

anond:20120221162450

なんか自由人みたいな意味ノマドって言ってるみたいだけど、本当のノマドってそんなぬるいもんじゃないぜ。

なんたって生き物が相手だから休めないんだぜ。やれ出産だ、ほら迷子になった、今年は雨が少なくて草地が少ないやら、年中無休二十四時間働き通しよ。

しか家族経営で家父長制だから窮屈なのよ。うちのオヤジときたら頭が古くてやってられん。嫁すら親が決めるような社会からな。種ヤギ見つくろってるわけじゃないんだぞ、わかってんのかオヤジ!!

ただ定住してない流浪生活ってだけでなんでそんなにあこがれるかわからん。定住者の無い物ねだりに過ぎないんじゃないのか?

「GKB47」がダメだっていう人たちの、本当の理由

政府自殺対策 相談の受け皿整え周知を』

(前略)政府の啓発は「自殺サインに気付こう」の一点張りで、自殺予防で最も重要情報を欠いている。「サインに気付いたら(死にたくなったら)、どこに相談すればいいか」という具体的な情報である

 民間団体の批判も、ここに集中した。自殺に傾いた人を支えた経験があれば、それがどれだけ過酷な営みか想像できよう。無責任な呼びかけだけでは、かえって支援する人を追い詰めかねなない。政府が取り組むべきは、自殺相談の受け皿を整備し、その受け皿情報を周知徹底することだ。

(2/20朝日新聞「私の視点」より抜粋

http://www.lifelink.or.jp/hp/Library/article_asahi20120220.pdf

「民間団体の批判も、ここに集中した」ってことは、「GKB47」って名前がチャラすぎる云々は言いがかりで、本音はこの「政府が取り組むべきは、自殺相談の受け皿を整備し」ってところなんですね。簡単に言うと「そんな宣伝に金使うなら俺らに金をもっと出せよ」とか?

私はゲートキーパーという言葉を知らなかったし、政府自殺対策強化月間いうのがあることも知らなかった。「GKB47」が話題になって、今回初めて調べてみました。こうして勉強する人間が出てきただけでも意味があるのでは。

抗議文のなかに「広く国民に、ゲートキーパーとしての意識を持ってほしいというのは分かりますが、戦略として完全に間違いです。不特定多数の人にこんなキャンペーンで正しい意識が身につくわけがありません。(自死遺族支援)」というのがあったけど、まず興味を持ってもらわないことには正しいも正しくないも意識すら持たないでしょう。

自殺に傾いた人を支え」ることが「過酷な営み」なのであれば、数少ない組織(NPO法人等)に頼るよりも、周囲の人が気付いてみんなで支えてあげたほうがいいのでは? お金(=補助金税金)もかからないし。それとも、自殺対策推進室が言うところの「専門性の有無にかかわらず、国民一人ひとりが、それぞれの立場でできることから進んで行動を起こしていくこと」は困ることなんですかね? 専門性を持った自分たちの立場がなくなるとでも? 一人でも自殺者が減ることが目的なんでしょう。むしろ、いいことじゃないですか。

それに自殺したいほど困ってる人がいるときに「困ってるの? じゃああとは専門家へ」っていうよりも、「自分でよければ話くらい聞くよ。一緒に考えよ?」っていう社会のほうがステキだと思うなぁ、ぼかぁ。

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