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はてなキーワード: 衝動とは

2017-04-22

やっぱ性の衝動と付き合うって違う頭なんだよ

たすけてくれ

2017-04-20

痴漢冤罪事件って復讐心とか生まないの?

痴漢冤罪事件線路に走って逃げる人が話題になってたけど。

それよりも「誰一人として女性側に復讐していない」事実不思議でならない。

痴漢冤罪って仕事生活社会的地位をすべて奪うレベル破壊力があるし

実際に奪われた人も居る。積み上げてきたものデカい人ほど、ダメージも大きい。

そんな状況に陥ったら、1人くらいは女に復讐してやろうとか、犯罪の1つでも起こしてやろうって

衝動に駆られる人だって出て来そうなもんだけど、それに関連するニュースは今の今まで見たことが無い。

単純に女性側の所在が解らないとか、心身が喪失しすぎて復讐する気力もないのかはわからないけど

コナンだったら、これが動機で2、3人くらい死んでてもおかしくない。

2017-04-18

20170406_ミュシャ

ちょうど仕事の谷間も時期だったので、衝動的に有休を取って平日の昼間に六本木国立新美術館まで行ってミュシャ展を観に行った。

連休にぶつかると混雑は必至なのはわかっていたので、そうなる前に観に行きたいと思って行ったのだが行って正解だった。

はいえ、平日にも関わらずそれなりに人が多かった(ちょうど草間彌生展も同時開催してたので、そちらの客入りの影響もあったのかもしれないけど)。

少し前のNHK特番を見て予習したのだが、やはり生で観るのとでは迫力が全然違った。

まず、ミュシャの画風がスラヴ叙事詩とそれ以前(パリポスターとか広告絵を書いてた頃)で全くの別人のようで大変驚いた。

スラヴ叙事詩はそこに描かれた苦難の時代を生きるスラヴ人眼力の凄まじさに、まさに射竦められる心地がした。

「残りの人生スラヴ民族のために捧げる」というミュシャのの真摯姿勢が感じられた。

一般的ミュシャイメージといえば、パリ時代サラ・ベルナール舞台ポスター代表される作品群だが、これはこれでもちろんよかった。

花と女性四部作に描かれる女性官能的だけど、決して下品ではないエロティズムが魅力的だった。

「花と女性」だけでなく、宇宙的なモチーフ(太陽・月・六芒星星座)も取り入れられてるのも特徴的だった。

故郷チェコ(当時はチェコスロヴァキアか…)に戻ってからパリ時代ポスター画みたいな作品をいくつか描いているが、

そこに描かれる女性は少し趣が異なる、スラヴ系特有の丸顔が特徴的だった。

朝の10時半頃から昼過ぎの14時までゆっくり鑑賞することができて満足した。

帰りは遅めの昼食を東京ミッドタウンの中の店で採った、新宿にもあるだし茶漬けえんで冷汁を食べた。これは美味しかった。

後はついでに近くにあった日本酒ショップで取り扱ってる日本酒三種の試し飲みセットを注文したがこれは正直微妙だった。

保存のせいなのか…どれも苦味が気になってしまい味に違いがあまり感じられなかった。

2017-04-17

こんにゃく「を」挿れた者だけどセックスレス解消したっぽいよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170414164203

大人のおもちゃはいくつか試したことはあるんだ。

言われてる通り、固くてダメだった。あと大抵大きすぎる。

なんていうかさ、あったかいのが入ってくる感触だけほしかったんだよ。

そこだけは妄想で補完できなかったから。

形状はただぶった切っただけの四角柱?かな。

アク抜けばよかったのか。

衝動的にやったことなのでゴムまで頭回ってなかったわ。




こんにゃく挿れたのは割と前の話を思い出して書いたものなんだけど、つい最近、たぶんレス解消したっぽい。

語尾が微妙なのは最後まで行き着けなかったから。




結局、何が原因だったかっていうと、言葉が足りなさ過ぎたことだった。

お互いに思ってたことの半分も言い合ってきてなかった。

子供が寮暮らしはじめて、夫婦だけに戻ったおかげで、お互いが自分のことを話す余裕が出てきた。

お互いに、お互いのことがずっと大好きだったことがわかった。




よくよく考えてみたら自分夫婦って、出会った頃から「今ヤる時でしょう!!」っていう時もずっと喋ってて

お泊りデートなのに一晩喋り続けてたとか普通にあったぐらいで、とにかく「理解」に飢えてた。

自分を知ってほしい、その上で受け入れてほしい、大事にしてほしい、愛してほしい。




セックスはたぶんその延長線上にあったことなんだ。

それを、そんな大事なことを、子供言い訳にして、ずっとないがしろにしてたんだなあ、ってね。




今でも全部さらけ出したとは言いがたいけど、でもだいぶ話が出来たと思う。

そんで、昼間っからラブホに行った。




夫の病気身体が動かなくなるもので、一緒に入浴してもそれは「入浴介助」であって…みたいな状況が長く続きすぎた。

子供の手前もあって、わたしだけ水着着用で洗ってたしな。

ラブホの広い浴室は身体洗いやすかったし、音とかお湯勿体無いとか気にしなくていいのが嬉しすぎた。

あたしのカラダ見て夫が一部を元気にしてるのも嬉しかった。

風呂上りローブ羽織っていちゃいちゃすればいいのにやっぱり喋り続けてるとこも

ベッドに誘う夫のぎこちなさも

なんか昔と全く変わってなくって、懐かしくて、嬉しかった。




久しぶりすぎるのと今までと勝手が違うのとで、色々失敗して、結局最後までは行き着かなかったけど

ハダカで抱き合うだけでもすごく安らげて、やっぱり暖かさは大事なんだよなって思った。






ももこんにゃくはあっためないからな!w

小児性犯罪も駅員に対しての暴力明日は我が身かもしれない恐怖

30半ばからうすうすと感じていたことが40を過ぎて確信に変わったことがある。

それは、年を追うごとに内なる衝動を抑えることが難しくなっていくということだ。

自らのだらしない部分は山ほどあることを自覚している。

しかし、それを外に出さず人並みに生活が出来ているのは、それらとどのように付き合えば人に知られずに生活を続けられるかの処世術を身に着けているだけにすぎない。

そうした処世術は年を追うごとに身につき、年を取れば取るほど器用に生きられるものだと思っていた。

ところが30半ばを過ぎた頃からどうもそううまくも行かないようになってきた。

衝動が理性を上回ってしまうことが多くなってきたのだ。

それは、惰眠であったり深酒であったりやるべきことの後回しだったり、今はそれほど実害のあるものでもない。

ただ、それらのコントロールが日に日に下手になっていくことだけは間違いなく実感がある。

人には言えないようなうちに秘めたる衝動がないわけではない。

犯罪者であるかそうでないかの違いは、衝動の有無ではなく行動の有無だと常々思ってきた。

だとするならば、もしこの衝動を抑えられることができなくなれば、自分だっていつ犯罪者になってもおかしくはないのだ。



駅員を突然殴ってしま中年も、かの事件で捕まった46才も、いままでそうした衝動がなかったわけではないのだろう。

ただ、その年になったことで抑えることができなくなってしまったに過ぎなかったのではないだろうか。

これから先、自分のこの衝動とどのように折り合いを付けて生きていけばよいのだろう。

しろ衝動は年を追うごとに育っていく一方にさえ思えてならない。

世代が引き起こす事件報道がいいようのない不安になって胸に突き刺さる。

http://anond.hatelabo.jp/20170417130107

レイプ犯の話をしてるんだが

それは一部の性欲が残ってるだけで、レイプする程の強い衝動が残るか、の証明にはならない

過去去勢されたレイプ犯なんて誰もいない

今まで何万人の男が去勢されて、その1人としてレイプなんかしてない

中には性犯罪去勢された奴も居たろうが、再犯で捕まった、なんて話は一度として聞いたことがない

http://anond.hatelabo.jp/20170417115403

最近研究で、人間は壁くらいしか絵を描く場所がなかった時代より前の時代の方が、セックスはほぼ全てレイプで、乱行は当たり前だったらしい

女性レイプ願望は、その時の本能の名残で、男のぺニスに凹みがあるのは、乱行レイプを楽しんだ後に、子供ができないよう精子を掻き出すためだったとか

まり人間は性の代替行為を覚えてから、やっと自分の性衝動を抑える術を学んだわけ

月の稼働何時間から死にたくなる?

俺は240時間〜260時間くらいがすごく死にたい

 

それを抜けると「死にたい」という思考すら忘れるから一旦落ち着く

 

そして320時間〜400時間衝動的に死にたくなる

 

でも一番死にたくなるのは、それらが終わって2日くらい休んだ後

 

土日に休むのは逆に危ない

http://anond.hatelabo.jp/20170417084357

うーん、事前に「言い訳通用すると思って」行為に至るのであれば、もう少しうまくごまかすこともできると思うのよ

もっと用意周到に準備したり、殺すにしても遺体処分を見つからないようにするなりさ

今回の事件みたいに杜撰犯行であっさり露見しちゃうのはむしろ衝動的で場当たり的な犯行なのではないか

まあ単なる憶測というか邪推だけれども

後先のことを考えてたら当然犯行をとどまることもできたはずだろうと思うのはこちらが冷静だから

犯行を実際にやらかす人間はそういうブレーキが効かなくなっている状態なのではないのかなあ

http://anond.hatelabo.jp/20170417012238

性犯罪は性衝動に基づく犯罪ではない、ってもう定説だと思ってたが

http://anond.hatelabo.jp/20170415230107

追記:

とりあえず直接の疑問について。

そもそもそんなすぐバレる事確実な犯罪を何故犯すのか、って事になるんだけど。

ん。だから前文で「ある程度は衝動的な犯行ではあっただろうが」と書いている。合理的判断すればリスクに見合わない行動であっても、時として人はそこまで完全に自分自身を理性下に置くことはできない。だからこそ間違いが起きる。

殺せばバレないと思ってた?でもそれにしては証拠残しすぎ

口封じや事件の隠匿を狙った殺人効果的だ、という話はしていない。ただ、罪を犯してしまった人の心理として、明日捕まるのと1週間後に捕まるのでは、そこには越えられない壁があるという話に過ぎない。そのまま被害者目撃者)を放っておけば、短時間で捕まってしまうだろうと考えた加害者が、事件発覚を遅らせるためさらに重大な犯罪に手を染める、という心の動きはそこまでおかしものではなかろう。…それが頭の悪いものであっても。

証拠を残しすぎなところを見ても、計画性の薄いかなり衝動的な犯行であったが故の悪あがき(殺人死体遺棄)であったように思う。



あと、なんというか、ロリコン得体のしれない理解不能ものとして犯行動機を探るよりは、鉄道車両痴漢が発生するプロセスから紐解いた方が理解やすいんじゃなかろうか。

痴漢というのは、狭い車内に沢山の人が乗り込む満員状態によって引き起こされる。これは多数の人間同士が密着することによって、誰の身体が誰の身体に触れているか判断がつかない状況が生じているせいだ。こういった状況下で気が大きくなる心理というのは、容易に理解できるかと思う。匿名ブログサービスからついつい余計なことを書き込んじゃう心理は、自分が今味わってるそれだ。

幼児を狙った性犯罪誘拐がセットになるのは、成人女性に比べて単独でいる時間が少ないせいというのが主な理由だろう。あと運びやすさ。性犯罪殺人強盗に比べて犯行にかかる時間が長い。故にターゲットを人目につかない場所まで誘導誘拐する必要が出てくる。人気のない夜道を歩く女性や、一人暮らし女性宅が狙われやすいのは、犯罪者からすれば自明の理だ。

からこそ幼児を狙った性犯罪の多くが、身内や近しい人間犯行となりやすい。妻の連れ子や、学校や塾の教え子などは長時間密室ふたりきりになる機会が生じやすく、また社会的立場により口封じがし易い(自分我慢すれば母親が悲しまない等)環境も整っており、多くの悲劇を生んでいる。

今回の件も、たまたま相手誘導のしやすい子で、かつ目撃者のいない空間が整っていたからこそ魔が差ししまった、という単純な話ではなかろうか。



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なんというか、こんな的外れロリコン分析を真に受けちゃうのかと驚かされる。

性犯罪にかかわらず、殺人副次的ものである場合加害者の心の動きというのは、だいたいが口封じのためだ。

今回の事件でいえば、ある程度は衝動的な犯行ではあっただろうが、徹頭徹尾パトスに駆られた人物という犯人像は、いくらなんでも現実的ではない。逮捕された容疑者男性が実際に犯人であるなら、亡きロバートKレスラー苦笑いしそうな心理分析必要なく、「顔見知りに近い人物による犯行がための目撃者被害者)の殺害」で説明は事足りる。というか地理的な要素をまず検討するってのは、殺人事件捜査では基本じゃなかろうか。

無論、増田友人が想像するような犯罪者がいないわけでもないだろうし、上記の分析仮定仮定を重ねたものだが。

いずれにしても、ロリコンがすべて同じような理想を抱いているという増田友人の言は、暴論にすぎる。あまりにもモヤモヤするので、ロリエロマンガについての個人的な分類を語りたくなってきた。



ロリエロマンガは大雑把に2つに分類されると考えられる。

リアル系ファンタジー系(仮称)だ。

それぞれの特徴を説明する前に、身体的にも精神的にも経済的にも未熟な幼児を性の対象とするということがどういったことか、改めてざっくりと説明しておきたい。

相手苦痛・損害を与える、だ。

当然ではあるが、だからこそ幼い子供は法によって保護されている。

ロリエロというジャンルを捉えるなら、まずここが出発点といえるだろう。



リアル系の特徴

これは現実的シミュレーションを含んだもののことだ(リアルだとは言っていない)。上記の点により肉体的・精神的な苦痛を伴ったり、救いのない展開や、レイプ児童売春性的搾取といった犯罪的な要素がついてまわる。

また、リアル系の傾向はストーリーだけではなく、絵柄にもその傾向が見て取れる。

それらの特徴を内蔵的と仮称する。

内臓的絵柄とは、人体デッサンにおいて、皮下の骨格や内臓といったものをしっかりと踏まえた、解剖学的な正しさを感じさせる絵柄のことだ。かなりざっくりと説明するなら、ごつごつとしていたり、あばらを描いていたり、目の大きさが現実的サイズの絵柄のことだ。

こういった身体的なデッサンの人体は、苦痛表現するのに適しているのだろう。猟奇的作風作家にも多い傾向だ。

LOたかみち氏の爽やかな表紙に反して、こっち系の作家が多い。というか、町田ひらく氏といったこっち系のドきつい人がいたりするので、リアル系が苦手な人には正直、キツイ

キツイ



ファンタジー系の特徴

ファンタジーといってもRPG世界といった意味ではない(お約束)。現実リアル)の対義としての非現実ファンタジー)だ。どうしても犯罪臭はあるもの苦痛や鬱展開はほとんどなく、概念としてのロリを具現化させた存在と戯れる傾向にある。

そのため絵柄の特徴もリアル系内臓的なものとは対照的スキン的絵柄となっている。具体的には、きめの細かい肌触りや柔らかさといった表層の部分を重視する人体デッサンのことであるつるぺたという表現死語化してひさしいが、要はあんな感じだ。

LOでこっち系といって思い浮かべるのは阿骨打先生だ。個人的トップに入る好きな作家だが、死亡説が囁かれるくらいには寡作な方である(そうなる事情も分かるので複雑だ)。

余談だが、熟女エロマンガの絵柄の特徴は肉的だ。



ロリエロマンガは出発点が出発点だけに、分類がはっきりしているジャンルだと感じる。

が、近年はスキン的絵柄のリアル系ストーリーみたいなハイブリッド型の作品じわじわと広がってきている。クジラックス氏の例の作品あたりが起点だろうか。



ともあれ、人の性的指向なんて十人十色から惹かれ合ったりするわけで、一口ロリといっても、それのどこに着目するかは人それぞれなのだ。と書いたら急に口調がアライさんみたいになってしまったのだ。

フェネック、もう終わるのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170417011102

ロリ犯罪は性衝動に基づく犯罪だけど、

アメリカでおきてる殺人は、別の動機からでしょ。


衝動は、性欲を二次ポルノ代替的に満たせられるけれど、

たとえば、財産目当ての欲望による殺人は、財産しかそれを満たせないって感じ。

洋ゲー洋ドラ洋画では、ダメなんだ。

アニオタ二次ポが犯罪を抑止してる、と言うけれども

世界で最もエンタメ産業の盛んなアメリカ

世界の1/4の囚人収監してるのはなぜ?

ロリコン理論に基づくなら、

殺人衝動殺人映画で満たすアメリカ囚人が少ないはずなのに・・・

2017-04-16

私はアイドルに恋をしている。

私は、アイドルに恋をしている。



決して叶わないと分かっていて、それでも恋をしている。

自分では、もうどうしようもない感情で、「誰かを好きになる時理由なんかは必要ないの」と曲の歌詞にこれ程共感することはないだろうと思う。

痛い、とは分かっているから、どうか私の話を聞いてほしい。

痛いと分かってるからこそ、誰にも言えないから





私は彼を高校1年生の時から一方的に愛している。

友人の勧めで画面越しの彼に出会ってしまった時、何もかもどうでも良くなるくらい彼に惹かれた。

ひたむきに、でもファンを見つめる目をキュッと細めて幸せそうに微笑んでいた。

あぁ、なんて素敵な人なんだろう。


それから彼に関する全てを収集した。もっと知りたい。もっと彼のことを知りたい。

私がそれまでなんとなく知っていた彼よりも、彼はもっと男気があって芯が通っていて凛とした人でした。



普通女の子青春時代に味わう淡い恋も、すべて彼に気持ちが向いてしまいました。

もちろん誰にも言えず心の中だけで、誰にもこの恋の事を言いませんでした。

彼氏もいましたし、成績も学年順位1桁を争っていましたから、傍から見たらとても充実した日々を送っていたように見えたでしょう。

けれど、勉強を頑張っていたのは彼の行った大学に行きたかたから。

彼氏キスも、目を閉じた私の瞼の下には、大好きな大好きな想い人の姿が浮かんでいました。

最低でしょうか。

からこそ、彼氏とは「それ以上」ができなかった。





それでも、彼が大好きでした。

テレビの向こうでキラキラ笑顔を向けながら、無理難題にも果敢にチャレンジしていく姿がどうしようもなく好きで、どうしようもなく愛おしかったのです。






進学した私は彼への気持ち意図的に押し殺しました。

このままではいけない、と思ったのです。

このまま画面の中の人ステージの上の人に淡い恋をしていたって、何にもならないのだから



別の趣味を見つけ、徐々に彼を避けるようになりました。

進学先で辛いことがあった時は彼に縋りたくなったけど、それではいけないと強く言い聞かせて。





人生で一番の大失恋




背けていた現実に目を向けて、大切に大切にしていたコレクションも全部売り払いました。

どうしても捨てられないものだけを残して。

たくさんの彼で埋め尽くされていた私の部屋はがらんとしてしまいました。



私の部屋、こんなに広かったっけ。



ひとしきり泣いて、それから捨てられなかったものを2度と思い出すことがないように奥深くに仕舞いこみました。







彼への興味をいよいよ失った頃、友人からの誘いで再び彼の所属するグループコンサートへ出向くことになりました。

この時の私はもう、あの涙はなんだったんだというくらい彼への恋心をすっかり失っていましたから、絶対大丈夫だと思ったのです。

いま、今の自分なら、ただただ普通にコンサートを楽しめるはずだと。










そんなの、無理だった。

大好きな彼が私の目の前のステージから出てきた瞬間、もうダメだと思った。

どうしようもなくその細いのに男らしい背中に抱きついて、あなたが好きだと言いたい衝動に駆られた。

勿論、そんな事は実際出来っこないけど。

大好きだった彼の声、大好きだった彼の姿。

私はやっぱり彼の全てが大好きで、それはきっと形を変えても永遠に残る美しい恋なんだと。









社会人になったらさ。

こんな気持ちだって自然に薄れてくと思ってたの。



全然ダメだよ。大好きなんだもん。



でも言えないから。

から普通ファンの振りして、今日も楽しく昨夜のテレビ番組でのあなたの事を職場の人と話す。


あなたコンサートで「可愛い」「大好きだよ」「心から愛してる」「俺の命だよ」って言ってくれる。

から

あなたが「長い髪の子が好き」って言ったから、髪はロングだし毎日手入れも欠かさない。

あなたが、「美意識の高い子が好き」って言うから、だらしない生活に鞭打って食生活から振る舞いまで気を付けてる。

あなたが、「フリフリとかパステルカラーの服が好き」って言うから、日頃からスカートを履いて、女性らしい格好をしてる。

あなたの「自慢の彼女」で居るために、あなたに「可愛い」と言われて恥じないように。

例えあなたが私のことを知らなくても、私はあなたの為を思えばなんでも頑張れるんだよ。



そうやって私の言動ひとつひとつに、あなたの「好き」が詰まったまんま。

今日仕事疲れたら、パソコンの中で儚げに歌うあなたの横顔を見て、もう少し頑張ろうって思うんだよ。

一日頑張った身体を引きずって帰ってきたら、またあなた香水を身に纏って、あなたの柔らかな歌声を聴きながら、あなたサラサラの金糸を頬に感じながらただ愛される夢に深く沈み込むのでした。





そうして私は6年間、片想いをしている。








そんな私の想い人は、

手越祐也といいます

2017-04-15

言ったらなんだけど

本当に「助けようと思って動いた」奴は

ちょっと自分の意に染まない結果に終わったぐらいで

対象幼児とか罵らないと思うんですよ




そういう自制心もないし、

罵ってる自分がどう見られるか考える客観性もない

明らかに幼児性と衝動性と自己愛の強い人格障害なわけでね




人を助けるような段階じゃなくて自分をなんとかしなきゃいけないんだけど

そこには向き合えないので「助けたい」って言いながら言いなりになりそうなメンヘラ探すわけですよ

でも知能や意思力が弱すぎてメンヘラすら奴隷に出来ずに失望する

そして自分欲望メンヘラ投影してブチブチと罵る

けが必要なのはお前やろって話になるわけです

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414180305

女の子への殺人衝動遺伝的なものであったばあい

の子もも殺人衝動を持っているかもしれないよね。

佐世保小6女児同級生殺害事件や、タリウム事件名古屋女子大生の例を思えば、

子供達の性別女児であっても安全とは言い切れない。

なのでばいす

近い将来人を管理するナノデバイスが開発されてさ、体調の悪さとか痛みとかを共有出来たらいいよね。

私「今日体調悪くて……」

上司「あぁん?ほんとうか?!」

私「ほら」

上司「うぉう!これはいかん!」

みたいな流れにならないかな。ならないか

後は犯罪防止の為に。

通常ではありえない衝動に駆られ、その脳波を検知したナノデバイスから警察情報が行き、事前に逮捕

みたいな流れにならないかな。ならないか

それでもよく思われたい

自分は本当に八方美人なんだなあと思う嫌われて憎まれるのが耐えれない弱い人間だと思うたとえ自分に非があるわけでなく逆恨みされてる場合でもどうにかしたいと思ってしまう。SNSでとても仲良くしていた人がいたがしょっちゅうメッセージを送られ四六時中会話しなければいけないような付き合いに疲れてしま関係を切ってしまったがその後その人は深く傷ついてしまった。そのせいで辛い思いをしてしまい私が切らなければそうなることもなかったのだったと多分恨まれしまっているのだ。でも今更どうすれば良いのだろうどうしたら気持ちが晴れてくれるのだろうか 私に出来ることがあれば言って欲しいと思っていた。そして死ななければ許されない死ぬほど辛い思いを味あわなければ相手は満足してくれないのだろうと考えてしまった

お陰でもう死にたいと思うのを通り越して自分を殺してやりたいと思うようになった気がつけばロープを探している

たまに死ぬことに対するストッパーが無くなりそうになる感覚があるのが本当に恐ろしい。どうしようもないのに。

薬だ。薬さえあればこの何かどうしようもない衝動止めれる薬を飲まなければ心療内科に行かなければ薬が飲みたい早く薬をもらわないと間に合わないまだ死にたくない生きたい死にたくない

2017-04-13

唐突うんこを漏らしたくなる

唐突に、何の文脈もなく、うんこを漏らしたくなることがある。街を歩いているときカフェコーヒー飲みながら本を読んでいるとき、誰かと真面目な話をしているとき、談笑しているとき、何でもない日常の一コマうんこを漏らしたい衝動と戦っている。正直漏らしても何のいいこともないのは理性では承知しているつもりで、お前は何と戦っているんだ状態だが、もはやこれは衝動と言っても良いぐらいの強度で、僕の頭と主に肛門周りを強く刺激してくる。

特に、誰かと会話しているときに、「うーん、これは」とか「うーん、違うんじゃない」とか、うんこを想起させる発言をされた瞬間が一番やばくて、その瞬間僕の大臀筋に緊張が走る。

そんな衝動と日々戦っていると、自分のこの衝動犯罪者のそれが似ているのではないかと思ってしまうことがある。「魔が差して」痴漢してしまったり、「衝動的に」通り魔をしてしまった犯罪者自分は同じなのではないかと思うと身震いするような空恐ろしさを感じる。

人混みの中で急にうんこでも漏らしたら確実に僕は異常者扱いされるだろう。それが、「我慢したんですが便意を耐えられずに」であればある程度仕方がないとする向きもあるだろうが、「排便衝動に耐えられなくて積極的に」だと完全にアウトである

自分のこの衝動を見つめ直して見ると、「今、誰も俺がうんこするなんて思ってもいないだろうな」と感じる場面で特に便意が強くなる気がする。日常感が強ければ強いほどその欲求高まる。おそらくだが、大層に言えば、予定調和からの脱却欲求があるのだと思う。つまり相手の裏を掻いてやろうという気持ち、といったところか。

宮台真司がかつて喝破したように、我々は大きな物語喪失し、終わりのない日常を生きている。その日常の断絶という物語を生む道具が私のうんこなのであるうんこによって日常は非日常と化し、そこから新たな物語生まれる。もちろん、僕個人物語が大きく変わるだけで、世界は何も変わらないだろう。でも、少なくとも誰かと朗らかに談笑している途中に僕が唐突うんこをすれば、その日は僕の人生の大きな変化点になるに違いない。それが僕にとって良いことか悪いことかは分からないが、僕はそうなるのを心のどこかでは期待しているのかもしれない。

からクーラーボックスに入るコンビニ店員やおでんつんつんするユーチューバーを見たときはよく分からない親近感と憧れに似た気持ちを感じたものである

なので、彼らのニュースとその後の炎上を目の当たりにした僕は他人事とは思えなかった。もし僕が彼らに先んじて渋谷ホコ天うんこしていたらきっと僕も彼らと同じ目にあっていたに違いないからだ(大阪なら何事もなく許される気がする)。逆に言うと、彼らを親の仇のように批判していた人たちはああいった愉快犯的な衝動が一つもないということで、それはそれで羨ましい気持ちにもなる。

もちろん、上で述べたことはただの欲求であって、本当にうんこすることは今後もありえないとは思っている。そこが僕と炎上した先人たちの超えられない差と言えばそうなんだろう。だがしかし日常の一コマコマでこれからも便意と戦っていかなければならない人生を思うと、若干暗い気持ちになってしまうのは否めない。そんなときは、老人になったら嫌でもすることになるんだから、と自分を励ましたりしている。

ちなみに、上記衝動と戦う中で一つ気づいたことがある。

おならをすると少し衝動が和らぐということだ。だから、僕は(もちろん相手は選ぶが)時々唐突おならをするようにしている。談笑中に唐突放屁。ごめん、屁こいた。ガハハハハ。といった具合である

うんこ代替としておならというのは分かりやすい。使う部位も一緒なのも良い。そんなわけで、日々どうしようもなくなったときおならお茶を濁しているのだけど、最近どうもおならでは満足できなくなっている自分に気づく。

これらおそらくだが、おならが僕の中で日常化してきているのだと思う。もともとは談笑という日常風景に対するカウンターパンチおならだったはずが、談笑+おならがセットになって僕の日常となってしまったのだ。

これは、影で「おなら野郎」と罵られるという犠牲を払いながらも、うんこよりはマシと放屁をし続けていた僕にとっては由々しき事態である代替品としてのおなら通用しなくなってしまった僕の日常にはもはやうんこしか残されていないのではないか

それだけではない。この事実は、もし僕が忌憚なくうんこをするようになったとしても、それはまた新たな日常の到来を意味しているのである

うんこを超えるうんこ存在とはなんであろうか。

私には一つ思い当たる節があるが、恐ろしすぎてここには書けないため、ニーチェ言葉を転記するに留めておくことにする。

怪物と戦う者は、その過程自分自身怪物になることのないように気をつけなくてはならない」

2017-04-12

やりたいことを我慢して死ぬまでつまらないことして

からといって衝動に任せて買い物したり、やんちゃしたりしたら満たされるかっつーと、ぜっぇーんぜぇん満たされない。

酒だぁ、肉だ!セックスだっ……だめだ満たされない。

俺を支配してる欲望も、義務も、仕事も、快楽も、何もかも、その価値否定する!

金で買えようと買えまいとかんけえねぇ!!その全てを否定する!

世界よ、俺に否定されろ!!!

2017-04-05

ADHDだけどわりとなんとかなってる、という話

定期的に出てくるADHD奴のチラ裏自分語りだと思ってくれ。

典型的発達障害子供の頃からいろいろな人に心配迷惑をかけて生きてきた。小学生くらいの頃は落ち着いてひとところにとどまっているということができず(多動)、見えているはずの電柱階段が脳では処理できずに、急に動いて電柱にぶつかったり階段から転げ落ちたりしていた(衝動性)。椅子を後ろに倒して後頭部を強打したり、自転車を漕いでいて車と衝突しそうになり岩と激突したりした。特にこの頃はそもそも脳と体が上手くシンクロできておらず、ずいぶん大きくなってからもご飯をぼろぼろこぼしながら食べていた。本当に親には迷惑をかけたと思う。

注意障害の方もかなりひどく、これは今でもそうなのだが、短期記憶の保持時間が極端に短い。だからさっきその辺においたメガネのことを忘れて見当違いのところを探し回ったり、傘を持って電車に乗って何も持たずに降りたりする。傘は99%くらいの確率でなくすのでもはや持ち歩かないのが基本。マフラー腕時計もつけられない。何かをやっていてもすぐに他のものに気を取られてそっちを深掘りし始める。宿題なんて当然家に帰ったらその瞬間に忘れるので、先生が出すであろう宿題予測して授業中に終わらせるように心がけていた。数学計算ミスをするので大体の問題は△だったが、長期記憶概念理解には優れていて、全体的な成績はそんなに悪くなかった。

まれてこの方ずっと低血圧で朝が極端に弱く、雨が降ると日中はずっとエンジンがかからない。あまり他者には興味がなく、自分思考想像の中に浸っていれば幸せだった。幼少期からとにかく読書が好きで、普段は多動のくせに本を読ませておけばじっとしていたという。

こういう人間だったから、当然企業就職することな不可能だろうと思っていたので、大学に進学してから研究者を目指していた。しかなんやかんやあって先生と衝突したりして、博士課程には進まずに一旦就職口を探す羽目になったのが修士終わりの頃のことだ。十中八九就職先が見つからずにしばらくニートとしてブラブラすることになるだろうと思っていたら、ひょんなことから一社だけ受かってしまった。なぜかは今でもわからない。

あれからしばらくたった。わたし企業勤めなど続くはずがないし、どうせすぐにやめるだろう、と思っていたが、意外と長いこと続いている。何より自由やらせてもらえる部署に移れたのが良かった。昨日は10時頃に起き、11時頃にブランチを食べて12時前に出社した。起きてからベッドから出れるようになるまでかなり時間がかかるのだが、脳は起動しているのでその間にメールを処理してしまう。飯を食ってコーヒーを飲んだら少し体が起きてくるので、出社して自分が今やっているプロジェクト分析時間を使う。合間につべ動画を見たり、Switchゼルダをやったりする。田舎からのんびりしているし、車で通勤できる(から、傘をなくさない)のがいい。最初東京だったのだが、あのごみごみした感じがどうしても合わずに結局東京から脱出してしまった。それに、その時の部署には常識人が多すぎてわたしは窮屈だった。

何がよかったのか、を考えるが、結局は縁と運であったような気がする。東京がいやになって会社をやめようと思っていたときに、今の上司が「それならこっちの部署に来るといい、空気うまいぞ」と言って引き抜いてくれたのだ。なぜかは分からないがわたしが好き勝手にやることを評価してくれる。興味のある分野の興味のあるトピック自分なりに分析しているだけなのだが、それでお金がもらえるのはありがたいことだ。自分社会に合わせなくても、わたし場合は、社会結構自分に合わせてくれた。それに対しては感謝しかない。どうにかして恩を返せないかとは思うが、どうしたらいいのかはよくわからない。

何処かで博士課程に戻ってせめて博士号くらいは取りたいとずっと思っているのだが、今の会社もそれなりに気に入っているので、両草鞋になりそうだ。あんまり忙しくはしたくないんだがなあ。

2017-04-04

外で怒鳴ってるおじさんを見ると、理由はどうあれとりあえずハリセンを取り出して「メルシーボクーーー!!」などと叫びながら全力で頭を張り倒したくなるのは僕だけじゃないと思う。

でもホントにやると殴り合いのケンカになったりしそうで、そしたら僕は自分でも驚くほどフィジカルが弱いので、そうなるともう僕には少し距離を取って周囲をフニャフニャと舞い踊るくらいのことしかできない。

回ったり踊ったり傘をクルクル回したりしていると楽しくなってくるので自然笑顔になるのだけれど、昔から僕の笑顔は目が笑ってなくて怖いらしくてとても不気味だと言われる。

口角あがりまくった能面みたいな感じらしい。

鬼ごっこの鬼をしたら年下の子が漏らしたり、夢に出てきたとか言われて、結局鬼が回ってこなくなって、暇だから鬼を追走するようになったら鬼ごっこ自体開催されなくなったりした。

まあ、そんな顔のおかげか、毎回怒鳴るのをやめるまで続ける気概気合を入れて挑むけど、まだ失敗したことがない。

はいえ、中学生のころからやってるけど年に数回くらいなのでまだ通算50回もないと思う。

から怒鳴りつけおじさんに遭遇してしまうとたまに会社に遅れるけど、ちょっと遅れますって電話しとけばセーフぐらいの範囲で済んでて助かる。

踊りながら怒鳴りつけおじさんと何度も目が合うと、怒鳴るのを止めるか、たまにこちらに向かって怒鳴ってくる人もいる。

でも怒鳴られても、踊るのが楽しいのでウフフ、オホホと曖昧な返事をしていると皆じきに立ち去ってくれる。

怒鳴られていた人と一緒に「なんだアイツヤベェよ」「ヤバイっすね」と言いながら去ってくれたりするととてもうれしくて背中を見送る口角が余計吊り上がる。

きっとそのあと再開されるお説教では、道端で怒鳴りつけていた先ほどまでほどの熱はこもらないだろうから、もう少し理性的に話し合いや指導ができているといいなといつも思う。

最近なにやら診断も下ったりしたが、どうやら僕は物事の捉え方とか、やるやらないの判断とか、衝動抑制とか、そういうのがいろいろ多方面にズレているらしい。

はいえ昔から自分では、どれだけ周囲と自分幸福にしつつなるべく善良に暮らそうとしても、純粋気持ちで「人を殺してみたかった」とか言っちゃったり、自分のしでかしたことをものすごく他人事のように淡々と語ったりするタイプの、ヤバイ犯罪者言動にごくナチュラル共感できてしまう、かなり紙一重な感じのキチガイであると思っていたのでその辺はさして変化はない。

好奇心に対する歯止めがかなり薄いのだと思う。

やらかししまって理由を問われても、自分としては「やってみたくなったから」「気になったから」以上の答えがあまり用意できない。

なのでたまに職質されると、よしよし日本警察はちゃんと僕のような不審人物を見抜けているのだな、ととても安心する。

まあ、グロいのとか血とか痛いのとかダメから他人物理的に危害を加える系の方向にはそういかないとは思うのだけれど、人から「優しい」と称され倫理観ブレーキ的なものがあるように見えても、単に自分がしたくないから偶然それはしてないだけみたいなスレスレ感が常にある。

そして、お外で怒鳴りつけるおじさん各位はそうした行為が、奇怪な風体をしたミニマムスローダンスおじさんである僕を呼び寄せるくらいキチガイホイホイであることを自覚して、ちゃんと戒めて欲しいと思う。

2017-04-03

なんかこう衝動的に増田電話番号書いたら

どんな電話がかかってくんのかなってやってみたくなることってありませんか

ぼくはあります

2017-04-01

こんな作品を見たい

人を幸せにする仕事

「私の夢は、世界征服することだった」


こんな感じの作品を見せてください。

わたし結婚友達のような恋人とするの方が一緒に生活するイメージができる。

でもその友達のような恋人も、従来の恋愛と(ほぼ)同様に友達から恋人になるわけで、

その友達ももちろん誰でもいいってわけじゃない。趣味価値観金銭感覚知識、いろいろある。

…となるともうこれはただの恋愛なのでは?

さらに言えば、ドキドキするわけでも、雷に打たれたような衝動があるわけでもない。

まり気持ちの線引きが難しいということ。

いつ伝えるか、とかの線引きが曖昧ということ。

行動的な難易度は同等として、メンタル内面)的な難易度は高いのでは?

あれか、形式的な線引きをしなければいいのか。

告白プロポーズetc…をしない。

いやそうはいかないじゃん。現実的に考えて。

「この人は友達だけど、一緒に生活できそうだなぁ」って思った途端に

それは恋だよと世間は言うもの???

たとえそれが「友達として気楽でつかずはなれず心地よい距離感で居れるから」という

理由だとしても世間は言うのか???

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