「ひとつ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ひとつとは

2016-07-28

なぜリアル系ロボットアニメは少なくなったのか

リアル系スーパー系境界曖昧なのは理解しているし、スーパー系の中にもリアル的な要素を持った作品があることは承知しているが、それでも全体としてリアル系が少ないことは事実ではないだろうか。特に完全新作オリジナルリアル系ロボットアニメとなると、下手をすればコードギアスまで遡ることになりかねない。



リアル系の人気がなくなったわけではないはずだ。ガンダムマクロスも、なんだかんだで新作は歓迎されている。にもかかわず、近年の野心的といっていい新企画の数々が、ことごとくリアル系を外しているのは何故なのだろう。



ひとつ考えられるのは、リアル系土俵で戦えばガンダムには勝てないから、あえて捻った企画を上げている…ということである。そうしないと企画が通らないのかもしれない。あるいは、ガンダム登場以前のスーパーロボットに親しんでいた人たちが、上のほうで裁量権を握るようになったのかもしれない。



どうあれ、リアル系ロボットアニメの新作を、どうかまた作って欲しいものであるスパロボの主役機も、最近スーパーっぽいのが多いので、リアル系選択できるようにして欲しいものである。よろしくお願いします。



「どういう基準リアルだとかスーパーだとか言ってるんだ」と突っ込まれそうなので、私が考える「リアル系」の定義を書いておく。



マジンガーZのように、ロボット世界に数少ない特別存在として、スーパーヒーロー的に扱われている作品エヴァンゲリオンのように、ロボット機械ではなく生物的な存在だったり、ファンタジー的な不思議な力を持っているような作品。それらを除く、すなわち「(主役機も含めた)ロボットがただの機械として作中世界に広く存在している作品」が、私の定義するリアル系である



ただし、この定義について納得してもらいたいわけではない。あしからず

相模原市で起きた障害者施設殺傷事件、よくわからないなぁと思う。

容疑者は事前に、実際に殺傷が行われた施設ともうひとつ施設名前をあげて、犯行予告をしていた。しかもご親切に、「職員の少ない夜中にやる」とまで書いてた。

それならもうちょっと、なんとか出来なかったのかな、と思う。

・そんな危険人物は、犯行を予告していた夜中だけでも拘束しておく

とか。(人権屋がうるさいか?)

・少なくとも両施設は夜の警備員数を増やし、警察パトロール巡回も増やすなどの対策をとる

とか。(これはできたのじゃないかと思うんだけど。当日、施設内にいた警備員は一人で、犯行が行われている最中仮眠をとっていたとか)

監視カメラなんか何台増やしても意味ないでしょ。カメラ不法侵入者を攻撃してくれるわけではなく、ただ彼(彼ら)のすることを記録するだけなんだから…。監視カメラつける資金警備員雇う資金に回したほうがまだよかったのではと思う。





この容疑者精神的な病気があるのかどうかも、疑わしい。

大麻をやっていたっていう情報があるから、それによって引き起こされる病症かもしれない…。

そもそも、障害者安楽死させろと思っているような人が、どうして、支援施設なんかで働こうと思ったのか、そこも不思議で。

そこしか就職口がなかったのか、それとも端から何かを(たとえば今回のような事件を起こすことを)想定して、内部の構造事情を探るために就職したのか…。

不思議だなぁ。




なんでもかんでも精神病で片づけないでほしいと思うけどね。

もしこの容疑者精神鑑定無罪無罪…?)になるようなことがあるなら、一生、窓に格子がはまった病院から出られないようにすべき。(今は規制が厳しくてそんな病院いかもしれないけど、ないなら作るべき)

犯罪者人権なんて守られなくていい。

なんで、ただ懸命に生きていた不特定他者人権を侵した犯罪者人権が守られなきゃいけないの? そんなものただちに剥奪してやればいい。

お前が憎い

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

お前は今まで心の底から渇望したことがないんだろう。そして、求めても得られず、何年も苦しんだことがないのだろう。あまつさえ、お前にとっての「プラスマイナスゼロ」になるために、ただ「ふつう」になるためにゴミのような境遇から這い上がらなければならない人間ことなど何も気にかけていないのだろうな。

俺はそれが許せない。

お前のように、何も求めずとも得てきた人間

健康的な精神健康的な肉体、趣味友達、親、彼氏社会的成功、生きる理由などなくても生きられる暖かい暖かい生活をして生きたお前。

俺は憎悪する。

お前の境遇のものではない。その境遇にあって何も感じず、その無知から軽い気持ち他者を見下す前をこそ憎む。

お前が不幸になったときゲラゲラと笑ってやろう。お前の子供が入院したときは鉢植えの橙百合を贈ろう。

それまでは幸せにな。無病息災でな。お前に何かあったとき、俺が耳元でゲタゲタと笑ってやる。

お前の得てきたものほとんどは俺は得られていない。

しかし俺は強烈に生きている。生きざるを得ない。お前の生活レベルに遠く及ばずとも、はいつくばっでも生きている。

お前の日記を読んだとき、涙が出た。

臓腑から絞り出すようなため息が出た。

お前、お前のような人間がいる。そのことにだ。

お前が憎い。

お前の文章のすべてが憎い。

単語の選び方ひとつに身を切られるほどに憎悪が吹き出す。

お前のように人間は、軽い気持ちで下の階を覗き見るんだろう。

夜景がきれいだとか、ここから景色は雄大だとか。そういう気持ちのぞき込んだのだろう。

お前はもうわかっているだろうが、お前がうらやむ綺麗な夜景にはゴキブリが生きるために蠢いている。

お前はゴキブリの巣を見てうわっと顔をしかめるだろう。

お前、お前を俺は許すことができない。

のぞき込むのは簡単だ。しかしお前のような人間が、「ふつう」を光り輝かせて上から降りてくると、それまで「普通」だと思っていたやつらは「俺は底辺だったのか」と意識せざるを得ない。闇の中で身を潜め、温めあってそれなりに幸せに生きていたのに、光をいきなり浴びせられ、自分たちゴキブリだったと気づかせられる。お前にはわかるまい。

お前は罪びとだ。

しか断罪はできない。するつもりもない。お前は罰を受けるべき人間ではない。幸せに、子供と夫と生きていけばいいだろう。

しかしお前の肩に憎悪を乗せる。

呪いを、恨みを俺が乗せる。

お前は幸せになるべきだ。俺たちを踏みつけて、生きていくべきだ。

お前を憎みながら、俺は蠢いていく。

いつかお前のレベルまで這い上がるのが俺の生きがいだ。そしてもっと上へ、もっとまともなところへ行きたい。

それが俺の生きがいになってしまった。

人間、本当に憎い時は息を吐くんだな。お前のおかげで分かった。

幸せに。

生きがいなど幻想だ。

人間は派手な物語によって生きるのでない。

光を逃れて陰に入った安心感だけで生きていけるのだ。

[]

ランドの三巻を読んだ。相変わらずよく分からない漫画だった。

ひとつひとつ情報小出しになっていて、少しずつ状況は飲み込めてくるんだけど、三巻まで読み進めても描かれている社会全体のシステムや、「なぜ」「それら」が「そうなっている」のかがいまひとつからない。というかむしろ物語の基盤をなすそれらの謎がより大きくなっていくのがすごいところだし、面白い漫画なんだと思う。

どの巻も帯の煽りが不穏なのが気になる。三巻では天国の街の様子も描かれていて、それが一層この漫画の分からなさを加速させている。またかつて天国というか現実社会で巨大な地震津波のような天変地異に見舞われた描写もあって、瓦礫を処理している場面や、それらと無関係に過ごしている現実社会の人々の暮らしぶりを対比させると、東北震災以後の社会テーマにしているのかなとも思うんだけど、それだけじゃランド存在説明できなくてもやもやする。

全体的に分かっていることと分からないことが明白に色分けされた漫画からミステリー好きが読んで損はないと思う。

最終的にしこりが残る余韻を残す作品になりそうだけど期待してる。

あとちょっとカテゴリを使ってみる。

病人障害者を生かすか殺すか決めよう

それをちゃんと考えるべきときが来たんだ。

身体的・経済的理由で、ひとりでは生きていけない病人障害者がいる。そういう、治癒可能性はないけど生命維持のコストはあるみたいな、取り返しのつかない事から起きる全ての損害は、とにかく「金で補填する」以外の手段はない。とにかく金の問題なんだ。

全ての損害っていうのは、病人障害者生活費医療費だけじゃなく、彼らの面倒をみる人間となる家族施設病院スタッフが割く労力も入る。患者から受ける言葉身体暴力なんか、まさに損害そのものだ。そんで、面倒みる為にする配慮努力と忍耐に対して”充分な”給料や、福祉企業による物理的/精神支援がその補填だ。

病気障害は、理不尽権化みたいなもんだ。どうしようもない。そういう解決しようのない問題を、唯一埋め合わせできるのは金だけなんだよ。

気持ち問題じゃない。そういう話じゃない。資本主義な以上、どんな人間も金を使って生きてるのは事実だ。金を稼げない類の病気障害というマイナス要因は、とにかく金をつぎ込んで収めるしか道はない。補助金でも何でもつぎ込んで、病人障害者の面倒をみれば”儲かる”仕組みを作って、みんなが生きていける道を築くしかない。病人障害者が生み出す全ての損害を金で補填するってのは、要するにそういうことだ。

だけど、現実はもう言うまでもないよね。

全く補填できていない。病人障害者に限らず老人、乳幼児福祉施設低賃金労働問題とか、その派生保育園落ちた死ねとか、もう目新しくもなんともない。

そりゃ、病人障害者が救われないことや死んでしまうことは、悲しいことだ。誰だっていつ病気になるかわからない。事故障害者になるかもしれない。だから基本的人権社会保障存在する。そしてその存在保証の為にも、病人障害者には生きていて貰わなきゃならない。なるほどたしかに。

でも現実として、その損害を補填するだけの金がもうこの国にはないだろ。

相模原市事件犯人だって、薬物依存とか精神病入院してたんだろ。それなのに、福祉にも家庭にも「補填」されずに出てきちゃったから、病気から救われずに社会からこぼれ落ちたから、犯行という「損害」が起きてしまったってわけよ。まさに犯人自身が、もう日本には病人障害者を救う為の金と労力を充分に割くことが出来ない、っていうひとつの事例じゃん。似たような感じでたくさんの病人障害者社会からこぼれ落ちて、そのまま消えて死んでいくような土壌があったから、犯人みたいに不幸の重なりと個人的事情モリモリ感ある特別攻撃的な奴がポッと出て来ちゃうんだよ。

社会保障制度がありますよ」「病人障害者になって自活できなくても生きていけますよ」

そんなおキレイな建前と、本当はもう救いきれない現実の剥離が、こういう事件の形として噴出しただけじゃん。

病人障害者、その周囲の人間ためのコストを充分に補填できる金はこの国にないって、いい加減に認めるしかないだろ。

その人の生命保証する為に、金を払うだけの「価値」があるのかを判断しなければならない程、この国はもう駄目なんだって現実を認めるしかない。

人命を金銭価値に置き換えて判断するのは、倫理ガーとか、助け合いこころガーとか言う奴が絶対に湧くだろ?でもな、そんな倫理自尊心を守れる程日本はもう裕福じゃないんだよ。現場人間押し付け体裁だけは保とうとするから現場健康だったはずの労働者が壊れたり、暴力を振るったり、今回みたいにぶっ殺したりするんだよ。衣食住が足りなくても礼節は守ろうなんて、無茶なんだよ。

「何の病気や何の障害であれ、生きる権利がある」のが基本的人権生命尊重だっていうなら、患者とその周囲の人間苦痛を和らげる全ての手段がつくされて、全ての選択肢が許されるべきだ。直接的に言えばな、もっともっともっと積極的にあらゆる面から金がつっこまれているべきなんだよ。

でも、今それができているか?いや、今までだってできていたか

できてなかったし、更にできなくなってるのが現状だろ。弱者の救済とかそういう「良い事で普通とされいる事」は、金持ちだけの特権だってみんなもうよく知ってるだろ。

病気障害を持って生まれることや後天的になってしまうことは、ほとんど運みたいなもんだし、不幸だし残念だし理不尽だし、仕方のないことだ。それを助ける金がないことも、仕方ないことだ。だって、ないものはないんだから

誰を生かすべきで、誰を見捨てるべきか。

思いやりとか助け合いとか言って先送りにするのはもうやめて、そろばん弾いて考えるときが来たんだよ。助けられる人を助ける為にも、切り捨てる判断必要だ。コラテラルダメージってやつ?今回の事件現場障害者福祉施設ってのもあるし、哲学が過ぎるけど「生きているとはどういうことか」の再定義から考える位のことからした方がいいかもな。今の政府路線のまま自己責任範囲を広げるのが一番理に叶うだろう。家庭に負担押し付け過ぎて社会問題にしない為にも、尊厳死安楽死議論もするべきだ。

病名は伏せるが、不治の病であり、自活する力のない病人のひとりとして言っておく。

病気障害も、金がないのも、全部仕方がない。

そして、病気障害も、貧乏も、全部受け入れることから始めるしかないんだよ。

からまず私から受け入れる。もし、私に払える医療費はもうないと国から言われたら、自力医療費を稼げない私はそのまま死ぬことを受け入れる。直接殺されるのはさすがに勘弁して欲しいが、治療継続できずにゆっくり悪化してゆっくり死んでいくなら、もう構わない。国に見捨てられた、殺されたなんて言わない。病気なのに金がないから、仕方がないんだ。

もしいつか自分が同じ立場になろうとも、重篤な奴は見捨てると決めるか。

キレイ事を守ってみんなでゆっくり破滅しながら、あるかないかからない生き残る道を探すか。

正しいか正しくないかじゃない。金がないという問題に、どう対処するかの話なんだ。

宝くじ10億円」と、「眠るように二段ジャンプ」、どっちがいい?

みなさんは、

宝くじ10億円」と、「眠るように二段ジャンプ」、

どっちがいいと思う?

宝くじ10億円」を選んだとしたら、豪華な家に住んで、豪奢な旅行を楽しんで、美味しいものを食べたりして、10億円でできる贅沢をして過ごすのだろう。

それは「幸福」かもしれない。

だけど、その「幸福」はやがて去っていく。

そういった「幸福」の先に待っているものは、年老いた自分

体が動かなくなり、病気の苦しみにのたうち回り、死んでいく未来だ。

眠るように二段ジャンプ」を選んだとしたら、豪華な家に住むことも、豪奢な旅行を楽しむことも、美味しいものを食べる喜びもなく、ただ眠るような「ジャンプ」を迎えるのだろう。

年老いることもなく、病になることもなく、体は健康なまま、苦しむこともなく飛んでいく。

楽しいことがないかわりに、苦しむこともない。

眠りにつくようにゼロになり、ゼロという永遠の二段ジャンプを得ることができる。

苦しみを感じられなければ、何ひとつ感じられない。

苦しみを感じることができるから、喜びを感じることができる。

喜びを感じることは、素晴らしいことだ。

それはわかっているのだけど、その苦しみが幸せをちっぽけなものにするほど巨大なものになってしまったとしたら?

喜びを凌駕するほどの苦しみを感じなければならないとしたら?

もう何ひとつ感じられなくても、もう何も感じない、ゼロ状態になることのほうが、「幸せ」なこともあるのではないだろうか。

いちばん素晴らしいことは、「宝くじ10億円」当たって遊び呆けたあとに、「眠るように二段ジャンプなのだけど。



http://anond.hatelabo.jp/20160728025759

それでもそろそろ、安楽死は認められてもいいいんじゃないかと思う。

私は、特別障害者に対して差別意識を持っている人間なわけじゃない。

私自身が、精神障害者だ。陰性の統合失調症

まれて初めての「発作」は、かれこれ30年ほど前、まだ8歳だったときに遡る。

それ以来、騙し騙し生活してきた。

ときどき発作で動けなくなり学校を長く休んだりした。

食べ物を受け付けなくなり、倒れて、点滴に通ったりもした。

それでもなんとか大学まで進み、もうすぐ卒業か、っていうところで限界に達した。

車に乗れない。

当然、電車にも乗れない。

大学は1年休学後、退学せざるを得なかった。

通院も出来なくなったから、入院治療をした。

精神病棟は怖かった。

昼夜問わず聞こえる奇声、隣のベッドの女の人は寝てるとき以外は始終ぶつぶつと独り言を言っていた。

盗癖のある患者もいて、よく物を盗まれた。

こんなところにいたら余計頭がおかしくなる、と思って、早々に退院した。

でも、世間から見れば、私もああいう人たちの仲間だ、と思う。

今は、家族の運転でなんとか通院して投薬治療を続けている、けど、未来に対する希望はない。


大学に通えてるときは、このまま順調に大学卒業して、就職して、普通に生活できるのかな、なんて思っていた。

大学は、県内でも一番の国立大学に通っていた。いわゆる、「旧帝国大学」のひとつだ。

その頃は、彼氏も出来たし、友達もいた。


でも今では、引きこもりだ。

重度の引きこもりってわけじゃない。母にくっついて買い物くらいは行く。

でも、一人ではどこにも行けない。

いつくるかわからない発作に怯えて、通常飲む薬とは別に処方されてる頓服を肌身離さず持っている。(家の中でも)

夜中に、発作で飛び起きることもある。

過呼吸と動悸、幻聴なのか幻聴じゃないのかはっきりしない話し声。

家の前で誰かが立ち話をしてるのが聞こえて何度も確認にいくけど、もちろん人影はない。

調子がいいとき幻聴も聞こえない。

でも、少しでも生活サイクルが狂うと、たちまち具合が悪くなる。

から、季節の変わり目なんかは怖い。ちょっとした気候の変化が体調にダイレクトアタックしてくる。

もうすぐ38歳になるのに、結婚はおろか、ちょっとしたバイトさえ出来ない。

から、生きてることに罪悪感を感じている。

家族に対して申し訳ない。

高齢の親は、自分たちがいなくなった後の私の心配ばっかりしている。

1歳年上の兄は、親の死後は自分が面倒を見なきゃいけないと思っていて、長く付き合った彼女との結婚を諦めた。

そんなことしなくてもいい、生活するだけならなんとかなる、と言っても、たぶん家族の心情としては、放置出来ないんだろう。

私が、明らかに重荷になっている。

友達はいない。もうみんな結婚して家庭を持っているから、連絡は絶えた。

彼氏なんているわけない。そもそも外に出ないんだから出会いがない。



そんな状態にあるから年金を少しずつ貯めている。

お金があれば、スイス外国人安楽死させてもらえるらしい。

そんな情報ネットで見たから。(精神疾患場合は駄目っていう情報もあるけど)

日本だって、そろそろ、安楽死を認めてもいいんじゃないの、って思う。

死にたいとは思わないけど、自分がいなくなれば少なくとも家族負担は減らせると思っている。

安楽死という方法は、一部の人にとっては救いになる。

から病気だとかそういう理由のある人には、安楽死、認めてもいいんじゃないの?

自分が苦しいって言うのもあるけど、それ以上に、家族の、とりわけ兄弟人生まで奪うのは、辛い。

いっそ血も涙もない兄弟で、こんな出来損ないの妹なんて気にせずさっさと家を出て結婚するような人間ならよかった。

そんなふうに思ってる障害者もいるってことも、知ってほしい。





-------------------------------


追記。ちょっとブコメに気になる言葉があったので。




手足がないわけじゃないからさっさと自殺しろ、という人がいるけど、これ以上家族の負担になりたくないから(法的に認められた上での)安楽死を望む、という意味理解できませんか?

もちろん、自殺は難しい。

それ以上に、残された家族負担が大きい。

世間の目、ご近所の噂話。

それこそ、兄弟結婚にもかかわってくる話になる。

死んだあとまで家族負担になりたくないと思うのは自然なことじゃないかな?

跡を残さないように死ぬために、樹海へ向かったこともある。

でもね、行動が極端に制限される中、そこまでたどり着けなかったよ。なんとか新幹線まで乗り込んだものの、新幹線の中で意識失って、気がついたのは病院



ブコメした本人が、自殺したいけど手足がないから(不自由から自殺もできない人だったのなら、同じように安楽死が認められるように頑張っていこうよ、と思うけど。



------------------------------------------



安楽死と書くからよくなかったかな。

自分意志で、という意味で、尊厳死を認めてほしいと思う。

「夢」かいうけど、べつに小さなことでよし

就職面接なんかで「将来の夢は?」と聞かれたりする。会社興すとか、老後に移住するとか、庭付き一軒家をたてて自給自足とか、本を出版して後世に名を遺すとか、1000人友人をつくるとか、そんな大きなこと考えている奴ももちろんいるんだろうが、、

他人からくだらないと思われそうなことを重点的に、まずは本当にやりたくて今すぐでもできることをやってみる。困難である必要も、費用時間がしこたまかかることでも、他人と違うことである必要も、ふだんの生活犠牲にしてひとつに絞ることも、他人から羨望あるいは感謝される要素を入れることも、収益をあげる・節約につなげることも、知識・鍛錬・技能向上につながることも、そんなもん必要ではないわ。そんなの夢って言えるのか?と他人から言われるような、ちっぽけすぎることでよし。

あと、誰かが作った「夢」イメージにうっかり誘導されると、それこそ無駄でつまらない時間費用をつかう羽目になる。本当に海外旅行行きたいの?住宅欲しいの?せめて、騙されたつもりでやったほうがいいと思うよ。テレビあたりはとくに注意だね(海外旅行否定しているのではなく、実際大抵楽しいもんだけどさ)

その習慣がついて、普段生活の充実度がだいぶ向上した。

宝くじ10億円」と、「眠るように安楽死」、どっちがいい?

みなさんは、

宝くじ10億円」と、「眠るように安楽死」、

どっちがいいと思う?

宝くじ10億円」を選んだとしたら、豪華な家に住んで、豪奢な旅行を楽しんで、美味しいものを食べたりして、10億円でできる贅沢をして過ごすのだろう。

それは「幸福」かもしれない。

だけど、その「幸福」はやがて去っていく。

そういった「幸福」の先に待っているものは、年老いた自分

体が動かなくなり、病気の苦しみにのたうち回り、死んでいく未来だ。


眠るように安楽死」を選んだとしたら、豪華な家に住むことも、豪奢な旅行を楽しむことも、美味しいものを食べる喜びもなく、ただ眠るような「死」を迎えるのだろう。

年老いることもなく、病になることもなく、体は健康なまま、苦しむこともなく死んでいく。

楽しいことがないかわりに、苦しむこともない。

眠りにつくようにゼロになり、ゼロという永遠の安楽を得ることができる。

苦しみを感じられなければ、何ひとつ感じられない。

苦しみを感じることができるから、喜びを感じることができる。

喜びを感じることは、素晴らしいことだ。

それはわかっているのだけど、その苦しみが幸せをちっぽけなものにするほど巨大なものになってしまったとしたら?

喜びを凌駕するほどの苦しみを感じなければならないとしたら?

もう何ひとつ感じられなくても、もう何も感じない、ゼロ状態になることのほうが、「幸せ」なこともあるのではないだろうか。

いちばん素晴らしいことは、「宝くじ10億円」当たって遊び呆けたあとに、「眠るように安楽死なのだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20160726080139

俺もおとといくらいに始めた緑勢だけど

俺んち周辺市内も同じような感じだ

数名のレベルMAXガチ勢がガッチガチに固めててなんもできん…

緑が3個くらい寄り添ってるところがひとつだけあってどっちがレジスタンスなんだよ感がある

でもグローバルでは緑が圧倒的優勢になってるからいいんじゃね

2016-07-27

増田さんには申し訳ないけど

小池さんかな

インタビューコメントを見る限り、国と都の出来る事の領域の違いをきちんと把握した上で、地道に実行できそうな政策をいくつか掲げてらっしゃるなと思うのは増田さんなんですけど、死票にしたくないので小池さんかな〜

TVでは事前にインタビュー内容は分かった上でのインタビューなんだろうけど、すっと数字がでてくるし、堅実で勉強家ないいスタッフ抱えてるんだろうと思った

小池さんは、少し実現するには壮大だなと思えるものがチラホラ

オリンピック寄付制度とか

欧米ではノブレス・オブ・リージュという言葉があるように、特に社会的地位があって経済力のある方の寄付が盛んですよね

施しではなく世の為に役に立つ栄誉の為の寄付

日本ではあまりまだ根付いていないかもしれないけど、勝手な印象で引き合いに出して申し訳ありませんが、某医院先生みたいな方とか「有意義である」と思えば寄付してくれる人は日本でもいるはず

もっと言えば、震災時に集まったお金

あれも寄付

から金額の大小で実感沸かないかもしれないけど日本人にも寄付精神はちゃんとあるので、やろうと思えばできるんだろうけど(面白いアイディアだな!と思ったし)何事も同じ規模以上の前例がないとやりにくいだろうと思ってしま

できなくはなさそうだけど、大変そう

でもやっぱりオリンピック用のコスト削減も併用した上でお願いしま

水素ステーションはあった方がいいと思います

未来エネルギー事業の発展のために

そして三人目の主要候補鳥越さん

無しです

女性問題が主な理由で無しです

政治と金(と食べ物)の問題には非常に世の中厳しい

法じゃなくて倫理観世間が動くぐらい厳しい

けど、女性問題ってどう?と思う

真偽は別として、現時点で「それくらいで」って言う人もいる

コンドーム無しのやり捨て・残留からDNA鑑定書済みレベルじゃないと「ひどいこと」にはならないのかな

まりセクハラなんてその程度なんですよ

もちろんそれに当てはまらない方もいるけど、若い人程(もしかしたら内心ヒステリックだなと思いつつそれでも)女性尊重してくださる

自衛の為で、女のことなんかどうでもいいと思われてかもしれないけど、とにかく結果、女性尊重してくださる

でも年がいけばいくほど「そんな程度で」になってる気がする

育った世代価値観の違いに気付かず、悪いと思わない

ここでこのスキャンダルを乗り越えて当選したら自分は正しかったと思われるのでは?

から、またやる

女性インタビュアーに「そんな話は二人になった時に」とか答えてたけどあれは引く

ひとつデマならこの件はそんなに気にしてなかったかもしれないけど、これだけ同業界からレッテル貼られてる段階でもう剥がせない

大学に出入りしていた時に女子大生なら今度は都下の公務員女性の方?

もしなにかあった時、きっと「その程度で」で問題はなかったことと同じになる

こんな言い方はあれかもしれないけど、正直ブスは関係ない話だと思います

でも数少ない美人が、あなたの嫁だったり、娘だったり、ましてや処女恋人だったらと考えたら

正確に言うと、ご本人が悪いんじゃなくて、セクハラに対して「その程度で?」「大げさな」という反応が見受けられる今の世の中では無理だ

女性政治家ってやたら「女性の為に、女性に優しい」って謳い文句にするけど(小池さんも)、この件で応援演説した女性政治家は今後絶対に「女性の為に」って言って欲しくない

政治に関わる事ならガンガン追求できるだろうけど、問題にできそうもない問題を起こしそうっていうのが一番やっかいなので、まず都知事になって欲しくないです

障害者大量殺傷事件政府首相国民も、興味などないようだ。

いまだに公式声明ひとつもでなければ追悼集会の案内もない。

歩きスマホが危ない道幅の狭い住宅街に、ポケモンGOが来た。

うちの子風邪でダウンしてしまったので、今日会社休みをとった。今、子どもは寝ているので、様子を見ながら、先週末から気になっていたことを、長文に書いてみよう。

立て込んだ住宅街で、アップダウンが激しく、カーブの多い道幅の狭い道路が入り組んでいる・・・東京23区住宅街では珍しくはない道路事情だろう。私が日常的に駅へ行くのに使っている道路も、そのような地域の人々の生活道路ひとつだ。道幅は広いところで5メートルあるが、全体をつうじては4メートルのところが多い。歩道は確保されていない。タクシー運転手も嫌がるような一方通行の狭い道だ。

その道路の中でもとりわけ道幅が狭い区間が、200メートルほどある。一番狭いところは道幅3メートル50センチだ。

この道は私たち住民生活道路だが、数百メートル向こうを通っている幹線道路への抜け道として「抜け道マップ」に掲載されたこともあり、ただ通過するだけの車も少なくない。近隣のコンビニ配送大型車もひっきりなしに通る。時間帯によっては学生ママチャリも多い。住民は、ベビーカー子供を乗せたお母さんも、歩行補助のカートを押して歩くおばあちゃんも、道路幅のわりに多い交通量に気を使いながら、びくびくして歩いている。

歩きスマホ」は、この道では、既に問題として指摘されていた。駅に向かう人と駅から歩いてくる人が狭い道路の両側にいるだけで、道幅は半分以下になる。車はひっきりなしに通る。そこで歩きスマホなどしたらどういうことになるか・・・後ろから車が来ていることにも気づかずに手元を見て歩き続けている人がいたので、見かねて、すれ違うときに「危ないですよ」と言ったこともあるが、「何、このおばちゃんは?」という目つきで睨み返されただけだった。

この道路は曲がりくねっている。道路幅が5メートル区域からカーブを描いて下り坂を曲がったところが幅4メートル、その先が幅3メートル台の区間で、歩きスマホという問題などなかった時代でも、カーブを無謀にも飛ばしてくる土地勘のない車と、歩行者自転車が接触しそうになるようなことは、しょっちゅうだった。せめて拡幅すれば危険は軽減できるとして、区の「安全安心な住み良いまちづくり推進評議会」のようなところでも議題になったそうだ。だが、道路の拡幅は一向に実現しそうにない。地権者が多すぎて埒が明かないのである

私自身も、先日、そこでヒヤリとする目にあったばかりだ。日曜日で、ママチャリスーパーに買い出しに行くため、道路の左側を徐行していた。私の10メートルほど前にはカートを押した高齢者ゆっくりと歩いている。道路の右側は幼い子ども2人の手を引いた父親母親が歩いていて、それだけで道幅は半分以下だ。ここに車が来たら危ないなあと考えながら、私が高齢者ほとんど追いついたときカーブの向こうから歩きスマホ若者が現れた。面白いマンガでも読んでいるのか、画面をスワイプしながらニヤニヤと笑って歩いてくる彼は、高齢者に気づかず激突しそうだ。そこは高齢者が慣れたもので、電柱の際に立ち止まり若者を先に通そうとした。歩きスマホ若者道路の左側をそのまま歩いてきて、右側の親子連れとすれ違おうとする瞬間、両者の間に確保された狭い空間を抜けて、私はママチャリで進もうとペダルを踏み込んだが、急に歩きスマホ電柱に気づいたのか、道路中央に向けて足を踏み出した。「フラフラ道路の真ん中に出てきた」のである。このままでは私が歩きスマホに激突してしまう。反射的にハンドルを切って自転車の急ブレーキをかけた。後続の自転車が反射的に左に出て、電柱脇の高齢者に気づいたのだろう、左後ろからブレーキの音がした。同時に、カーブの向こうから下り坂でスピードに乗ったミニバンが曲がってきた。子どもの「あっ」という声が聞こえた。歩きスマホは下を向いたままこっちに歩いてくる。耳にイヤホンがささっているのにそのとき気づいた。後続の自転車のおじさんが「っぶねぇ!」と叫ぶ声がした。

いったい、どのようにして何事もなく済んだのか、回想しても思い出せない。私は気づいたら道路の右側、縦一列になって立ち止まっていた親子連れの後ろで自転車を降りてハンドルを支えていた。道路の左側では、電柱脇の高齢者も、歩きスマホ若者も、後続の自転車も、通り過ぎていくミニバンとは接触していなかった。一瞬のできごとだった。でも、長く感じた。スローモーションに見えた。

歩きスマホが急に道路の真ん中に出る前に、一瞬でいいから画面から目を上げて周囲を確認し、できれば道路脇に寄って立ち止まってくれていたら、あんなふうにヒヤリとすることはなかっただろう。

こういう環境に、「ポケモンGO」がやってきた。この先で道路が少し広くなっているところに、何かのスポットがあるのだそうだ。

日曜日夕方、狭い道路で、2列に広がった男子2人組が、一心不乱にスマホを見つめて歩いてくる。「男子」と言っても20歳は超えているようすだ。普段この狭い道路を使っていれば、体の小さな子どもでも、この道で2列になって歩いたりはしない。その後ろのほうには、自転車にまたがって、ハンドルにもたれかかってスマホ操作をしつつ、つま先で地面を蹴りながらふらふらと進んでいく15歳くらいの少年もいる。前方などまるで見ていない。この先はカーブだし、右方の道から出てくる車もいる。事故が起こらなければいいけれど。

ポケモンGOで歩いて健康増進」と言って宣伝するのはよい。スマホアプリを起動したままで歩くだけなら何の問題もないのだからしかし、せめて、画面を見ていなければならないようなシーンは公園敷地内のような広いスペースや、歩道が整備されている場所だけにしてくれないだろうか。それでも「歩きスマホ」に係る問題は避けて通れないだろうが、人と自転車と車がひしめきあっている幅の狭い生活道路に、多くの「歩きスマホ」が出没することは、シャレにならないのだ。

ARがどうのこうのなどという高尚なことは、現に人間暮らしているリアル世界に持ち込むのなら、交通事故のような基本的安全性を確保してから実験してほしいと思う。

居酒屋 みすちる」のお品書き

トゥモロー ネバネバソース

オクラ納豆の特製ソースをかけた冷ややっこ)



・抱きし明太

ちくわの中に明太子たっぷり詰めた店長オススメ一品



・名もなき豚

一口トンカツ



・innocent 豚トロ

(3時間かけてトロトロに煮込んだ店長オススメ一品



・終わりなきワサビ

ひとつだけワサビが大量に入っているロシアン寿司 学生さん大人気!)



シソゲーム~勇敢な海苔の歌~

ひとつだけシソが大量に入っているロシアンのり巻き サラリーマン大人気!)



毎週金曜日は21時より店長率いるコピーバンドMiss Adult」が生演奏します!

お楽しみに!!

恥ずかしくて死にそう

今恥ずかしがっても何も変わんないのはわかってるけど

片付けしててハルヒ小説(分裂までそろってる)みつけて友達ハルヒSSやりとりしてダサイクルしてたこととか

キノの旅10巻ちょいまで集めてたの見つけて、mixiSS書いたらマイミクにいた学校先生がわざわざ解説つけてくれたりとか

学園キノも見つけてクソだったなあとか

今みたいにネットで気軽にAV見れない時代には、本屋サンプル動画がたくさん入ったDVDCDつきの本が売られてたんだけど、それを中学生とか高校生ときにどきどきしながら買ったんだけど、そのディスクとか

いまその動画みたら古臭すぎてひとつも抜けるきしなかったわ

あわわわわってなるものばっかりだわ

あーひゃばいやばいやはくしょぶんしなきゃ

家族こじらせた

典型的機能不全家庭と、典型的子ども放置系家庭の家が近かったのが、全て悪かった。

自分は、どことなく家での居心地が悪かった。

幼なじみ兄弟たちは、自営業の両親が夜中にならないと帰ってこないことが、兄弟が何人いようと寂しかった。

需要供給完全に一致してた。小学生にあがってしばらくしないうちにはもう、一日中幼なじみの家に入り浸ってた。

小学生になったからって、情操教育に手を抜いたら駄目なんだね。

自分は、帰るべき安心できる「巣」の認識がごちゃごちゃになった子どもだったと、今では思う。

どっちが本当の家か、どっちが本当の家族か。

名目上の家庭と、心がある家庭が別々になってた。

夕方になると自分だけ別の所に行かなきゃいけないのが嫌だった。自分だけ一緒に夕飯が食べれないのが悔しかった。みんなと一緒に雑魚寝して眠れないのが寂しくて仕方なかった。

でも、そんな混ぜこぜの慣れ合いが許されるのは小学生まで。中学にあがる頃には、幼なじみたちも成長したのか、もう兄弟だけで充分みたいだった。

最初からそうだったんだけど、段々自分だけ「よその家の子」になって、「兄弟」じゃなくなっていった。あんなにずっと一緒に居たのに。血はつながってないけど兄弟だって言い合ったのに。

幼なじみ兄弟から「本当の兄弟じゃないから」って扱いに下げられて、何処にも居場所がなくなって、焦った。

かといって血縁がある本当の兄弟の方は、情がなかったと言えば嘘になるが、もう家庭という土台部分が駄目過ぎた。人数が居た分兄弟だけでも成り立つようになった幼なじみの家と違って、うちの家は親兄弟がいくつになろうが、血縁のある他人のままだった。

幼なじみ兄弟の輪にもう入れてもらえないなら、自分も本当の家庭に戻るべきなのかとも考えた。

家庭全体は駄目だとしても、せめて兄弟間だけでも本当に家族になれればと、馬鹿みたいな恥ずかしい努力もした。けど、自分みたいに家の外に支えを見つけられなかった他の兄弟は変にこちらに依存してきただけで、多角的関係なんか全く築けなくて、気持ち悪くて、嫌になって、やめた。

子どもだったし、不器用だったし、こちらがいろいろ自分勝手にし過ぎたせいでもあった。

結局、家族という群れの認識をこじらせた自分は、本当の家族の中にも戻れず、幼なじみの家にも当然行けず、どちらも捨てる為に地元を出て、今は東京にひとりで住んでる。

存在を忘れられたくなくて、惨めだろうが必死幼なじみ兄弟に食いついてたこともあった。でも、大学に入って少し地元から距離ができた隙にやっぱり忘れられてしまった。幼なじみ兄弟たちは、大人になった今でも近くに住んで協力して暮らしているのに、自分に対しては東京に長く遊びに来るときにすら連絡ひとつくれなかった。というかそもそも、こちらから連絡しないかぎりもう連絡なんか来ない。幼なじみ兄弟のうちひとりが結婚して、お祝いを用意したから渡すよ・受け取るよという約束もしたが、それも忘れられてて、プレゼントはずーっとうちに放置されたまま。

とっくの昔にウザがられているのはわかっている。小さい頃の慰め合いにいつまでも固執する自分が悪いのだ。

でも、自分にとっての家族兄弟は、幼なじみたちだと刷り込まれしまったんだ。全てがおかしいと気付いた時にはもう修正できなかった。

あんなに懐深く招き入れておいて、やっぱりいらないって急に蹴り出したことを、少しは酷いと思ったっていいだろ。

自分にはもう家族ってのがよくわからない。作れる気がしない。距離感がわからない。

本当の家族も、幼なじみたちも、自分も、たぶん誰も悪くないんだけど。どうしてこうなっちゃったかな。

ただ、ずっと一緒に居たかっただけなんだけどな。

相模原事件人権意識


朝、相模原事件ニュースを見て目を疑った。

酷いニュースなのはもちろんだが、それよりもっとおかしいのはマスコミ報道姿勢



一通り事件について報道した後、オリンピック都知事選話題に何のためらいもなく移っている。


19人も亡くなるという戦後最悪の殺人事件であれば、即特番が組まれるべきで、他にもバラエティ番組を延期するなど何かしらの自粛ムードが起きても不思議じゃない。

政府対応も同じで、首相役員会で簡単声明を発表するのでなく、きちんと映像付きで被害者と遺族の方へのご冥福と、事件真相究明について語って欲しい。



その一方で、なぜアメリカケリー国務長官プーチン大統領映像付きで今回の事件に対し迅速に声明を発表しているのか、なぜ日本より海外メディアの方が大々的に報道しているのか。



ひとつ仮説を立ててみた。

海外では障害者の方も「当然」人権を持っているという意識根底にあり、健常者だろうが障害者だろうが19人の人命が失われた事実フォーカスし、同じように報道し、哀悼の意を表するのに対して日本人はもしかするとその意識が欠けているがためにこんなに軽いマスコミ政府対応になっているのではないだろうか?



プロテニスプレイヤーフェデラー言葉を思い出した。

http://grapee.jp/14951(より引用

日本記者ロジャー・フェデラーインタビューしたときに「なぜ日本テニス界には世界的な選手が出てこないのか」と聞いたらしいんです。

するとフェデラー

『何を言っているんだ君は? 日本には国枝慎吾がいるじゃないか!』

と言った」



という内容。

これだけで全てを判断することはできないが、日本人障害者を軽く見ているというひとつの例ではないかと思う。少なくとも欧米よりは。



障害者だけでなく、社会的弱者全体への意識が低くなっていないだろうか?風当たりが強くなっていないだろうか?

マスコミ民意の鏡である」という言葉があるが、まさにこのマスコミ報道姿勢自分たち障害者社会的弱者に対する意識を現しているものだと思うがどうだろうか?

2016-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20160726120055

そして、終わりのとき唐突に訪れる。

マツタケの周りを無尽に巡り、すべてのキノコが自らを今宵の主役であると誇って競い合った一夜の宴。

その宴が終局へと達しようかとした、まさにその瞬間。

舞台を柔らかく照らし出していた豆電球の灯りが不意に数回瞬いて、室内は予期せぬ暗黒に包まれた。

キノコたちの戸惑いとざわめき。

菌糸体たちの声ならぬ動揺が一瞬にして辺りに充満し、室内は混乱の渦の中に叩きこまれた。

 

始まったな……。

ボクはささくれ立ちそうになった感情を、理性と諦観によって押し込めた。

そうだ、ボクは別に大丈夫。こうなることは分かっていた。

ただ、ひとつだけ誤算だったこと。

それは、計画通りならば、いつものように就寝しているはずの彼女が、今日この日になって舞踏会存在に気付いてしまったということだ。

 

漆黒の闇の向こうで、事態が目まぐるしく変化する気配が感じられる。

貴婦人たちの悲鳴と絶叫。門番や警備兵たちの怒号と苦悶が、耳ではなく肌を通じてボクに伝わる。

10秒、20秒。……いや、数分だったかもしれない。

永遠にも感じられる長い時間が経った頃、室内はようやく静寂を取り戻した。

ボクは身動ぎひとつすることができない。

おそらくは、あの突入の瞬間までキノコたちの舞踏に見入っていたであろう彼女が、果たして今、何を考えているのか。

そして、まもなく室内が光を取り戻した後、彼女がどのような表情を浮かべているのか。

……ボクは小さく唇を噛むと、暗闇の中でなお光を拒むように固く目を閉ざして、息を潜めた。

 

ボクが再び目を開けたとき、そこはもう、すべてを覆う闇の中でも、華やかな舞踏会ステージでも無くなっていた。

かつて舞台の中心だった箱の周囲にズラリと整列させられ、太い円錐形の乱入者たちに槍を突きつけられたシメジ、舞茸、そしてエリンギ

舞台の周囲には、突然の暴虐に果敢に抗ったのであろうエノキ兵たちの傘と軸が、無残にもバラバラに裂けて石づきの上に散らばっていた。

そして、箱の上。

キノコたちにとっては玉座にも等しいその神聖空間に、彼らの王マツタケの姿は、今もあった。

しかし、そこから伸びる影は、マツタケ1本だけのものではない。

マツタケを組み敷くように、周りを取り囲む10数体の固くゴツゴツとした長身

産毛のない皮に染み付く黒い無数の斑点が、箱の上でゆらりゆらりと揺れている。

 

真竹。そして、孟宗竹。

 

彼らの革命は、今、一分の隙もなく完遂した。

ボクが彼らの企てを後押しした理由については、いまさら語る意味など無いだろう。

事態はすでに収束へと向かい始めているのだ。

キノコたちのこれからについても、もはやボクは興味を持たない。

それはとうの昔に終えた葛藤からだ。

……ただ。

こうしてすべてが終わりかけた今になって、ボクの胸に押し寄せるこのやり場のない感情は何だろう。

いや、ボクの感情などはどうでもいい。

それよりも、彼女

彼女がもしもこの光景を見て、今のボクと同じような胸の痛みを覚えているのだとしたら……。

 

背後でカタンと小さな音がして、ボクは冷えきった顔をゆっくりと動かす。

移ろう視界。回る世界

そして、振り返った先にある彼女の顔は……

障害者のいない世界幸せなのか

障害者っていってもさ

犬や猫より知能が高い人が多いよ

みんな人間よりずっと知能の低いペットは愛玩するのに

知能の低い人間のお世話はできないの

知的障害者幸せになれないから産まないとか言うのもなんでなの

幸せって本人以外が決めるもんじゃないよね

社会迷惑になるとか言う人もいるけど

多様性を維持できる社会の方が優れているよ

適者生存、今の社会で不適合に見える人々も

世の中が変化するときには思わぬ適正が発揮されるかもしれない

社会迷惑を掛けないようにするよりも

障害者やその家族を支える仕組みづくりの方が大事なんじゃない?

障害者人間バリエーションひとつ

弱者を許容できる余地があるのが本当に幸せ世界なんじゃないの

ポケモンGOの最大の功績

断言していいけど、将来振り返って評価されるポケモンGOの最大の功績は、ながらスマホ問題をここまで表面化させたことになる。

なぜなら、今まで一部の若い人間ばかりがバッシングされていたの歩きスマホ問題年寄りまで巻き込んで世界中問題にさせたのだから

今まで嫌悪感を露わにしてた人間たちもこぞって歩きスマホ。まさに滑稽。

警察がはじめに運転手という大人を取り締まりターゲットにしたのは本当に正解。

あれで繁華街とかで学生ターゲットキャンペーンを行って、みすみす事故放置するようなことになっていたら、若い人間たちは開き直る一方だったに違いない。



間違いなく言えることは、これによってウェアラブル市場が一気に活性化するということ。

BTイヤホンブレスレットリング、VRグラス、etc

まだ見ぬ画期的解決方法提案されるのも間違いなし。

ヘッドセット通話が未だに白い目で見られるけど、こんなのはあっという間に日常になる。

今までは気密性の高いイヤホンが主流だったけどそれこそむしろそれぞれが常に音を発している方が安全な世の中になるかもしれない。



これで本当に拡張現実の準備が整ったことになる。

そのドキドキ感はピカチュウ出会ってしまった瞬間なんて比にならないくらいだ。



ついでにもうひとつ断言させてほしい。

この増田は、必ず5年も立たずに再び話題になる。

ブクマしないで後悔してもしらないからね。

日本家電メーカーは3つだけあればいい。

ひとつ総合家電メーカーパナソニックマネシタと呼ばれようが生き残ったものが正しい。

もうひとつ重電まで手掛ける三菱重工業日立イラネ。IHIとかも全部三菱重工業にくっつけてオシマイ。

もうひとつアイリスオーヤマパナソニックが高くて買えない貧民ザコ御用達メーカー。てかオーヤマ()

2016-07-25

バイビーモンスター願わくば二度と会いたくないね

いやー参っちゃうよね。君の隣にもいない?顔がベラボーに可愛くて、何となく色んなことが周りから許されてきた結果、とんでもないモンスターに育っちゃった女の子

一言アドバイスしよう!「彼女たちに出会ったら、逃げるが勝ちだゾッ★」

自分大好きモラハラ女には、こっち側理屈通用しません。なぜなら彼女たちはあっち側の世界で生きてるから

あれ?ここだけ世界境界線が引かれてるのかな?

自分大好きモラハラモンスターの特徴は

1.とにかく顔がベラボーに可愛い

2.人あたりが良く、第一印象は◎!世渡りが上手でそれなりの社会的地位を得てる

3.でも仲良くなるとあれって思うことが増えてくる

•例えばお金を借りてもこっちから言うまで返さない(2万円貸したら半年返ってこなかったよ!言いにくかったけど勇気を出して返してっていってみたの。そしたら次に私の家で会った時に返してくれたよ!!やったね!返し方がまたすごいかちょっと聞いてよ!なんかの用事で台所にいた私の名前彼女リビングから呼ぶから、なんだろうと振り返ったら彼女が!私に!背を向けたまま!2万円を指で挟んでピラピラしながら!!「これー」だってありがとうって言えない病気かな?レストランでもこんな下品なお会計しいよね?)

•そう、物も金も返す時もありがとうを言わない(水着一年超貸した上に、返す時に「持ってきたのえらいでしょー」って言われたよ★)

•みんなからプレゼントを誰かにあげるとき何故か自分1人からのような顔をして渡す(普通さ、これみんなからとか言って渡すじゃん?たとえ言わなくても受け取った側が勘違いしてる様子見せたら、違うよ!これみんなから!とか言うよね?言わないんだよねー名指しでありがとうって言われておいおい完全に誤解してるよって状況下で、平然とした顔して黙ってんだよねー)

誕生日プレゼントなど、プレゼントを貰っても自分は決して返さない(もう付け加えることはないよ...そのままの意味だよ...)

自分が損になることは一切しない(彼女しょっちゅう私の家に泊まりにくるくせに、自分はどんなに状況下で頼まれても一切人を家に泊めないよ〜!)

などなどだよ〜怖いね〜何が怖いって全部ひとつひとつはそんなに大したことじゃないでしょ?だから最初はうーん、気のせいかな?むしろこんなこと考えちゃう自分が悪いのかな?って思っちゃうんだよねー。

!!そんなことないよ!逃げて!これが重なったらそいつは完全に自分大好きモラハラモンスターだよ!泣

まり彼女たちの特徴は「与えてもらうことが当たり前だから人に何かを与えてもらったことに感謝もできないし、自分が与えることも出来ない」って所にあるんだねー!成る程!やべえやつじゃん!

そんなモンスターと私は15から28までだらだらとなんとなく連れあってきたよ★まぁ、変な所もあるけど昔から友達だし、共通の友人達とつるんでワイワイすんのも楽しいし....

でも、妊娠したことをきっかけで気づいちゃったの!「私の時間は有限で貴重だ、夫と生まれてくる子供、そして親や親戚、心から大切な友達のために使いたい。こんなモンスター相手に浪費してる場合じゃねぇ!」

今まだあなた学生だったりしたら、つるまないとやってけないってとこが学生生活にはあるから(特に女子には)モンスターから完全に逃げることは難しいかもしんない。でも例えば、2人では会わない、とか私あなたとそんな仲良くしたくないっていうのを上品に態度で伝えることが有用だと思うよ。

そしてすでに社会人のこんなモンスターが身近にいるあなた!今すぐ逃げましょー!笑

最後モンスター

バイビーモンスター願わくば二度と会いたくないね

結局世間自分の鏡だから、上手くやってるつもりでも、モンスターにはどっかでモンスター人生が訪れると思うよ。なかなかハード人生だけど、君が選んだ道だぜ。なんとか最後まで楽しんで生きろよ!

ポケモンgoロケット団が来てほしい

ポケモンgoで遊んでいる。

とても楽しんでいるけれど、もやもやすることも、なくはない。

今日学校の近くのジムがめずらしく黄色になっていた。

てっぺんをみると、強さのポイントが1500もあるシャワーズが、頼もしくしっぽをゆらゆらさせていた。

サブにはサンダースもいたので、ここぞとばかり、私のナンバー2のヨーゼフちゃん(ガーディ仮名)を鎮座させた。

サブ二匹の強さのポイントはおおよそ800ほど、タイプもバラバラで、これで暫くは弱小黄色の休憩所が確保できるか、と考えていた。

正直、ヨーゼフちゃんを置いてあちこち回るのは気がひけたが、黄色の端くれとして、奉仕のつもりで協力した。

その4時間後、ヨーゼフちゃんが無惨にもボロボロになって、私のところに帰ってきた。

現状、このゲームシステムについては2点、もやもやする部分がある。

ひとつは上記の通り、「ジム」と銘打ちながら、その実陣取り合戦拠点に駒を置いて押さえておくシステム

旅先で出会った友としてのポケモンを置き去りにして、見知らぬ誰かにタコ殴りにされて帰ってくるのは、本来ポケモンジムとは趣旨も印象もかけ離れている。私の知っているポケモンジムは、ポケモン自身の鍛錬のために、パーティを組んで挑む所のはずなのだが、このゲームでは強くなりもしなければ、パーティも組めない。

もう1つは「色分け」システム

これはハードの時のバージョン戦争にも通ずるところがあるのだろうが、「色が違う=敵」の構図をより強くしてしまっている。

事実、色の違う人々とは何1つ協力しあえないのだ。協力できるシステムが無いから、その余地がない。色の違う人達は、自分ポケモンを傷つけるだけの敵なのだ。今のところ。同じポケモンをしている人たちなのに。

あのジムは今、青色のものになって、てっぺんではプテラひらひらしている。

もしあのジム仮想敵、例えばロケット団が来て、あのプテラを捕まえてしまったら、私はチームなんて関係なしに他の人たちと乗り込みに行って、3色入り乱れて共同戦線がはれるのに。

その方がなんだか、らしくていい、ような気がする。

2016-07-24

増田哲学 Ver 0.0.1-2

情報空間でこれだけ匿名思想が交換されているのに、その淘汰の中で哲学が生み出されるのは不自然ではないだろう。

ネット社会普通になったし、そろそろそれにあった思想とかがうまれても普通じゃね?)

物理空間に拘束されている人が、その時に必要だと感じられた概念を生み出してきたように、物理世界電脳世界境界はない今の「日常」に、最適な思想も生まれしかるべきだからだ。

逆に言えば、物理空間に拘束されていた人々が生み出し且つ淘汰されてきた思想は、そのような外的環境における状況に最適なのであれば、現在「日常」に当てはめるのには限界があるのだ。

従って、物理世界電脳空間の双方に存続する知性に最適な思想というものを構築する必要がある。

ネットが無い時代にうまれ哲学っていうのは、ネット現実ひとつになるなんてことを考えていたわけじゃないから、いまの時代フィットするわけがないよ。だから

 ネット現実ひとつになった時代に生まれた俺たちがゼロから考えるべきなんだよ。これまでのことはとりあえず意識しないで)

まず、匿名で知識が共有されるとき特定人間神格化するというのは適切でないだろう。つまり、それぞれが匿名で考え方を晒し、取捨選択の中で淘汰されて生まれ思想特定のひとが「所有」するという状態は生まれるべきではない。

増田なんだから、これは俺たちみんなのモノっていうことで)

更に言えば、生成される思想は、「静的」なものでなく「動的」なものである必要がある。たしか思想の交換の中からは「不変のモノ」も生まれ得る。しかし、「更新」を前提にすることこそが、情報空間における相互依存が前提である知性社会においての哲学のしかるべき姿なのだ

(みんなで考えるから過去現在未来と常に変わらない考え方も出るとは思うけど、基本、バージョンアップされるのが前提だよね)

まり 増田哲学において、その思想は「無所属」、つまり特定の人、組織、それに準ずるものに、現実仮想において属するものになってはらない。

更新」も前提にするべきものである時代とともに、新たな情報が交換される中で新たな知がそこに統合される必要があるからだ。それこそが情報空間で生まれた「哲学」の所以である

「増殖」も基本的前提となる。「拡散」、「改変」、「複製」、「転載」も自由だ。様々な、改変、解釈が行われていっても最終的に優れたものけが淘汰されて残り、それが改めて集約されることで思想自体の「更新」へと繋がるからだ。

(だから増田哲学の前提は、「ここで生まれ思想はそれに関わる皆に所属するということ」、「常に更新されるべきということ」、「コピペ、改変、新解釈拡散、すべて自由」。あとは、増田住民がそれが正しいかどうかを判断するよ)

同時に、その思想が追及すべきなのは電脳仮想、または現実空間に関わらず、「術からず知性を持つ存在幸福」であり、その幸福を達成するために準拠しうる行動指標を示しうるものであるべきあろう。そして、その本質的な部分は恒久的な、または長期的視野からみた「大いなる良」を達成するうえでの「相互補完」ということになる。「相互補完」とは各知性の「個」を尊重しつつも同時に

「他」の存在なしには持続的存続はあり得ないということを理解し、「他」を「自」と同様に意識する状態を指す。そして、「大いなる良」とは、「相互補完」の意識が浸透した「個」が相互に、そして「全体」と連結することで、存在しうるあらゆる知性がそれぞれにとって最適な存続環境を作り出すうえでの均衡状態を持続的に維持することを実現する思想であり行動様式を指す。

増田哲学をとりいれることで、人間も、宇宙人も、A.I.も、クジラシャチイルカなど独自言語体系を持つ高等生命も全てがハッピーになればいいよね。出来れば永遠に。)

2016-07-23

ブクマカGO

頭の悪いブコメを5つ以上ブクマしてからはてな匿名ダイアリーというジムに行く。

増田の中から対戦相手ランダムに決まる。

ブクマしたブコメを互いにひとつずつ晒し、より頭の悪いブコメだった方が勝利。

負けた場合相手ブコメブクマをつける。

こうして頭の悪いブコメにどこまでブクマをつけられるかでランキングが決まる。