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2016-12-06

SIer出版社は似ているか

エンジニアから見たSIerがクソな理由 - 負け犬プログラマーの歩み

↑の記事を読んでいて、SIerってそんなにヤバいのかなぁと思い、衝動的に書き連ねている。



旧帝の大学院を出て、出版社就職して1年半が過ぎた。

SIer出版社中心で就活していて、それぞれ1社ずつから内定をもらい、出版社のほうを選んだ。

SIerSE職で内定をもらっていて、出版社では入社以来編集者をしている。

SIerの方(仮にA社とする)は社員数4ケタの元請けSIerで、毎年新卒100人ほど入るらしい。

一方、弊社はA社の数十分の1の社員しかいない専門出版社で、新卒が入らない年すらある。

はてなにいるとSIerの話がよく出るので、就職した後もA社を気にかけることがあるのだが、果たして自分がA社に入っていたら、どんな人生が待っていただろうか。



給料

大手SIerの給与ランキング。平均年収は800万円前後か : IT速報

ここのランキングに載ってるのが正しければ、あまり変わらなさそう。

ちなみに出版社と言えば三大(小集講)の給料バカ高いことで有名だが、弊社含むそれ以外の中小出版社は大したことないことが多い。

(同規模の会社比較すれば高いのだろうけど)



労働時間休日

残業時間はA社のほうが弊社より若干多いだろうか。

出版社は、一般刊行周期が短いほど激務になる傾向がある。週刊誌編集部はそれこそ過労死レベルの激務と聞くが、弊社のような書籍メインのところはそこまででもない。

所定労働時間はA社は7時間半、弊社は7時間なので、時給換算だと弊社のが若干有利かもしれない(出版社は実働7時間のところが多い)。

あと、A社だと夏休み有休で取ることになってるらしいから、有休消化率は高くなったかも。

弊社は有休とは別に夏休み(=ひと夏で消える有休)があるので、本来有休までなかなか消化し切れない。



仕事内容

新人研修めいたものはA社でもあるはずだし、弊社でもあった。

期間はA社のほうが長そう。さすがに2年目の今頃には現場にいるだろうが。

A社だと多少コーディングに携わって、その後は進捗管理クライアント折衝が中心だろうか。

いきなりということは無いだろうが、やがて何十人以上のプロジェクト管理やることになりそう。多数の協力会社はてな用語では下請け)の人と共に……。

出版社現場に入って最初にやったのは、校正校閲(本の誤字脱字・内容チェック)。

そこから先輩の指導で本を1冊担当し、編集プロダクション編プロ)の人と共に本を完成させた。今は、何冊かを同時並行で制作しているところ。

編プロはうちの業界場合ライター編集者が集まった会社で、編プロに書いてもらった原稿自分出版社人間がチェックする。

まとめると、↓に書いてあるのと近いが、編プロが筆者を兼ねている場合がままある。

http://anond.hatelabo.jp/20150212124233

SIerと違うっぽいのは、SIer人月仕事を投げているのに対し、出版社は1ページいくら編プロ原稿料を払っていること。

なので、出版社編集者が、編プロから出てきた原稿に何度ボツを出しても、出版社が払う原稿料は変わらない。

優秀な編プロならボツも少なく、彼らにとっても割がいい仕事となる。

一方、そうでない編プロだと「今回のボツで、先方の時給が最賃以下になったな」と同情することもしばしば。

でもボツ原稿出版するわけにはいかないので、頑張ってもらうしかない。それを応援するのも仕事ひとつ

まりにひどい原稿が出てきて、かつ時間がない場合は、自分らで原稿に手を加えざるを得ない。たまに「自分赤ペン先生かな?」と思う時がある。

裏を返すと、技術力(文章力や専門知識など)は日常的に磨かれるので、フリーライター編集者として独立する元同業者は割と珍しくない。



やりがい

動くカネの量や成果物を使う人の多さは、A社のほうが大きいと思う。実際「大規模プロジェクトを動かすプロマネ志望!」と言いまくって内定をもらった。

自分プログラミング能力は皆無に等しいが、技術力を活かすより多くの人に影響を及ぼせる仕事がしたい気持ちの方が強かったので、A社でもそれなりに楽しめるのかもしれない。

弊社は専門出版社なので、想定読者数がそもそも少なく、動くカネも少ない。ただ、読者にとっては確実にニーズがあって、人様の役に立っているという実感は味わいやすい。

専門の人らのブログとかで、自分らが携わった本を褒めてくれていると素直に嬉しい。



会社の将来性

A社はじめSIerは受注産業なので、仕事していれば食いっぱぐれることはないが、逆に言うと仕事し続けないと儲けられない。

一方、弊社はじめ出版社メーカーの側面があり、成果物著作権は自社にあるので、当たれば労なく稼ぐことができる。

(逆に言うと、どんなに頑張って商品を作っても、売れなければ儲からないということだが)

それなりに続いている専門出版社場合、その道の人が必ず買ってくれる本というのがあって、そういうのが利益を下支えしている。



自分の将来性

A社のほうが業界的に転職が多そうだが、プログラミング能力がないまま転職できるのかという不安がありそう。

弊社はフリーになる道もあり得るが、原稿料商売では弊社にいるより稼げないのは目に見えている。

起業して編プロ社長になれば儲かるかもしれないが、社員をこき使うことによる良心の呵責で死にそう。

元請けSIer出版社プロマネがメインという点では共通しているし、磨けば他社でも通用する汎用的なスキルだと思うが……業界知識の壁があるか。



出版社に入って「自分らが権利を持ってるって強いなぁ」と実感しているので、将来独立するならば、自前のコンテンツでご飯が食べたいと思う次第。

ぶっちゃけリア充は嫌いだけどパリピはそこまで嫌いじゃない

しかにウェイウェイした雰囲気のものには馴染めないが、彼らは何が楽しいかってのははっきりわかる点で、賛同はできないが理解はできる感じがあるのよね

もっというと彼らはパーティーオタクともいうべき存在、そんなきがするのよ、一方でリア充ってなんか今ひとつ正体とか内面が見えにくいから苦手

俺的な勝手基準だとリア充って「流行ってるから君の名は。カップルで見て、聴いてる音楽RADWIMPSONE OK ROCKとか、そんな感じのイメージ

で、それが何のためにあるかというと流行ってるから、そんだけみたいな、パリピも流行ってるは重要ファクターであるだろうが、その上でそれを愛してノッてる感じがする

思えばオタクだってオタ芸とかアニクラとかで「アキバ系パリピ」とも言える層が少なからず増えてきた、収斂進化であってもまだRADカップルで聞いちゃうリア充よりはその点で接点は1mmくらいはあるんじゃないか、そう思う

もちろん彼らの完全無欠な存在じゃない、マナーの悪さや排他的グループとかち合った時はマジで印象最悪だった、でもマナーに関しちゃアニクラ勢だって最近マナー悪い奴が増えてきてる、そういうところをクラスタのせいにしてはいけない

適度に距離を置くことは大事という前提な上で、ひょっとしたらどこかでわかりあえる接点があって、そっから何か新しい化学反応がもし生まれたらなと思うし、オタクともし0,1パーセントであってもw借りあえる何かを持ってる可能性がああるのは「パリピ」だといくつかの箱を回ったオタクの俺の考えでした

所詮理想論ではあるが、旧世代新世代みたいな断絶より、共通点を探しそこから輪を広げていければ、そっちの方が最終的にクラブ文化のためになると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161206105538

場末の小さいIT企業でもあったなあ

ブスなのに若い・やせてるってだけですげーチヤホヤされてもてまくってる女

本人自身もそれ目的に入ったっつってたから、自分価値をわかった上でそれが最大限いかせるところにいくってのは、ひとつの知恵だね

なんとか駆動開発って増田が数日前話題になってたけど、女もチヤホヤされてうれしい・おっさんもうるおいあってうれしいで誰も損してない限りは、外からあーだこーだいうことではないわね

お前ら今更Amazonおもしろ(笑)レビュー叩いてんの?

【FF15】Amazonのレビュー内容が酷いらしい…【海外との違い】 - Togetterまとめ

俺はもうずっと前からムカついてたけど?お前らたびたび面白がって持ち上げてたよな?

そもそも言いたいことは、ああいったレビューひとつ面白かった試しねえから

この記事でいえば、

フリスビーしました」 ← ふーん、ネット民の大半てこれが面白いんだ…。そしていまだにこういうレビューするのが面白いと思ってるやついるんだ。

「ボロクソに叩かれててワロタwwww」 ← 面白半分の奴らが大半なことも気づかないの?それとも面白半分に何かを荒らすのが面白いと思ってんの?

いつまでおもちゃにされたAmazonレビュー面白がってんの?ネット民て?

公共の場荒らし面白がるなんて、今日ヤンキーですらそんなことしないんじゃないの?

あと、個人的感想だが、★1つのレビューは大抵目立ちたがり屋の極論カスが多いね。★5もふわふわした一ミリも参考にならない意見が多いけど。(ここは争点ではない)

真面目にレビューしてれば★なんていくつでもいいよ。問題はそれを投票で持ちあげるカスども。つまりネット民

結局、日本ネット民度問題か知らんが、特にAmazonレビュー周りのおもしろ(笑)レビューや荒らすことではしゃいでる奴らを持ち上げてた一時期が存在したのは事実であり、それが今になってこういう風に問題視されてるわけ。

ただ一つ言っておきたいのは、コミュニティの一生のコピペみたいな状況ではなく、最初から今にいたるまで、Amazonレビュー周りのネタ(笑)は何一つ面白くなかったということ。

そしてお前らはそれを持ちあげてたということ。いまだに新鮮な顔して面白がってる馬鹿も多いようで、ネット社会ってものを憂いちゃうよね。

で、お前らってやっとAmazonレビュー周りのネタの寒さに気づいたんだね。よかったね。少しは成長できて。Amazonおもしろ(笑)レビュー面白がってた過去って死ぬほど恥ずかしいからね。せいぜい悔いてね。

AmazonGoが底辺職業を奪うことについて喜びを感じています

みなさんはどうですか?

レジ打ちしかできない人間存在する事実

そんな人間に500円以上も時間給を払わないといけない現実

チャンチャラおかしいと思いませんか?

AmazonGoの試みは徹底的に合理的であり、甘ったれ思想を打ち壊す暴力性があります

あの動画を見たとき、僕の心は洗われました。なんて美しい世界なんだろう、来年はなんて素晴らしい年になるんだろう、と。

鋭利で柔軟な発想は愚鈍で硬直した社会にメスを入れます

適応できない人間という癌を切除することで社会はまたひとつ強く歩み出せるのです。

いいじゃないですか、生活保護があるんですから生存権ぐらいは容認してますよ?

それが受給できないのはそいつ問題でしょう。我々は果実だけを享受すればいいんです。

韓国の一件に思うこと

あの大統領も、もはや辞める辞めないを通り越して、てめーいつ辞めるんだコラという状態になっている。

ナッツリターンの時もそうだったが、いったん来るとこまで来てしまうと、あの国は流れが速い。

時代劇の後半部分を見ているかのようだ。

さて、あの問題の発端のひとつに、大統領と親しい有力者の娘が入試面接で不自然優遇されたこと、

試験を受けていないのに答案が提出されていたことなどがある。

確かにコネや親の権力を笠に着てやりたい放題というのは面白いものではない。

そいつを叩けばスカッとする人も多いだろう。

しかし、例えばあの有力者の娘とやらが真面目に馬術をやっていればそれでよかったのか。

今の制度自体に、それだけで済まない歪みがあるような気がする。



我が国でも、学生スポーツというのは、メジャーものほどセミプロと化している。

ほぼ運動能力のみで選抜され、日々練習に明け暮れ、そして培った能力とやらで就職していく。

大学生活において、彼らはキャンパスにろくに通ってないし、試験だってどうせまともに受けちゃいない。

そんなのはもはや公然の秘密だ。長嶋一茂なんかはアホなので堂々と言っちゃってるが。



だが、それがおかしいという声はなかなか上がってこない。

なぜかというと、都内キャンパスに通う一般学生にとっては所詮他人事というのもあるし、

また、今の学生スポーツではそうでもしなければ活躍できず、名前が売れないとわかっているからだ。

まっとうな弱小チームより、傭兵でもいいから勝ってもらった方がいい。

体力と根性があり、上の言うことに従う人材は、企業にもなんだかんだで需要がある。



まあそういうわけで、当分今の流れが変わることはないんだろうが、

あの問題の半分ぐらいはスポーツ推薦自体制度矛盾にあるのではないかと思っている。

民進党心配

どちらかと言えば僕は保守的思想を持っている方だと思う。

自民党による安定した政権運営を頼もしく感じている。

しかし、それにしても。

現在自民一強、安倍一強というのは政治の形として決して健全な姿ではない。だから野党第1党にはしっかりして貰わなければならない。

なのに。

どうしちゃったんだろう、民進党

党首である蓮舫。「なぜ2位じゃダメなんですか」とか二重国籍に関連した問題とかについては置く。

テレビ番組での家庭公開で、夫を貶めるような言動を繰り返ししていた。公共電波で、蓮舫の夫のみじめな姿が全国に発信された。

http://okutta.blog.jp/archives/8571094.html

あれ、どういうつもりだったんだろうか。

面白いことを言うつもりだったんだろうか。

あれを見て、既婚男性がどんな感想を持ったか

一言で言えば「イヤな女」。

岡田代表を評した時もそうだった。「つまらない男」。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082300764&g=pol

そりゃ岡田がつまらない男なんだろうってことは見りゃわかる。でもそれをそう表現することにどんな意味があったのだろう。

別に蓮舫夫妻の家庭関係なんかどうだっていい。岡田はつまらない。

ただ政治家自分パブリックイメージをどうしたいか、その意識はあるんだろうか蓮舫

「戦う女」か? いや、今のままではただの「イヤな女」だ。

まあ実際蓮舫は「イヤな女」なんだろう。でも本質は「イヤな女」だったとしても、そうではないふりをする努力くらいしたっていいんじゃないか?

安住代表代行

IR推進法について、「本来賭博関係する法案は、議員立法ではなくて、内閣責任で出さなきゃダメなんですよ」と述べていた。

法の内容は別にして、法の出し方がいけない、と。「粗い議員立法」じゃなく「閣法できちっとして」と。

http://blogos.com/article/200568/

うーん。たとえ建前でも、旧民主党は「官僚主導から政治主導」言ってなかったか

それを議員立法は粗いとか、閣法(内閣提出の法案官僚が書いた法案)がきちっとしてるとか言っちゃっていいのか。

そもそもIR推進法って、「直接カジノを作るための法律」じゃあなくて、「カジノをつくるためのいろいろな環境整備を官僚に命じる法律」のはず。

まり勝手官僚に好きなように法案を書かせるのじゃなくて、「国会はこう考えているから、それに沿った仕組みをつくれ」という法律だ。

他の法律との整合性などの、ものすごく細かいところは官僚の独壇場で、国会議員にはちんぷんかんぷんだろうが、大きく「こういうのを作れ」と命じることができる。

方向を命じておけば、官僚の好き勝手にはならない。これこそ「官僚主導から政治主導」なんじゃないのか?

山尾志桜里

もと検事で、頭は切れるし弁は立つし、環境次第では活躍できそうな人だったんだが。

ガソリン疑惑なんかどうでもいい(きれいに裏金ひとつも作れないようじゃ先が思いやられる)。

それよりも「日本死ね」。2016年流行語大賞トップ10に入り、山尾が表彰された。

http://www.buzznews.jp/?p=2104422

この言葉には嫌悪感を感じるが、それが発せざるを得なかった苦境があったことはわかるし、それゆえ多くの人々の心に刺さったのもわかる。

世界の暗い部分を切り出す意味のある言葉だったんだろう。

から山尾がこの言葉を紹介した意義はあったと思う(たとえ自作自演であったとしても)。

ただそれを流行語の賞として山尾が受け取るのは別の話だ。この行為によって、「日本死ね」という言葉は否応なく強く山尾志桜里と結びついた。

この言葉呪詛だ。

それを唱えることによって、確かに何かが動く。と同時にそれを唱えた人物にも呪いがかかる。

この呪いがこの先どれほど山尾の政治キャリアを困難にするかについて、彼女とそのブレインは思いを馳せなかったのだろうか。

日本死ね山尾志桜里」。

「なぜ2位じゃダメなんでしょうか」も呪いとして蓮舫に降りかかり続いたが、「日本死ね」はその比じゃない(そもそも「なぜ2位じゃダメ」は前後をちゃんと聞けばわりとまっとうな発言である)。

日本死ね山尾志桜里」。

これから何百万回繰り返されるであろうこの呪い言葉によって、彼女日本代表する政治家になる道は閉ざされたに等しい。

全く、民進党はどうしたらいいんだろう。

民進党心配

どちらかと言えば僕は保守的思想を持っている方だと思う。

自民党による安定した政権運営を頼もしく感じている。

しかし、それにしても。

現在自民一強、安倍一強というのは政治の形として決して健全な姿ではない。だから野党第1党にはしっかりして貰わなければならない。

なのに。

どうしちゃったんだろう、民進党

党首である蓮舫。「なぜ2位じゃダメなんですか」とか二重国籍に関連した問題とかについては置く。

テレビ番組での家庭公開で、夫を貶めるような言動を繰り返ししていた。公共電波で、蓮舫の夫のみじめな姿が全国に発信された。

http://okutta.blog.jp/archives/8571094.html

あれ、どういうつもりだったんだろうか。

面白いことを言うつもりだったんだろうか。

あれを見て、既婚男性がどんな感想を持ったか

一言で言えば「イヤな女」。

岡田代表を評した時もそうだった。「つまらない男」。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016082300764&g=pol

そりゃ岡田がつまらない男なんだろうってことは見りゃわかる。でもそれをそう表現することにどんな意味があったのだろう。

別に蓮舫夫妻の家庭関係なんかどうだっていい。岡田はつまらない。

ただ政治家自分パブリックイメージをどうしたいか、その意識はあるんだろうか蓮舫

「戦う女」か? いや、今のままではただの「イヤな女」だ。

まあ実際蓮舫は「イヤな女」なんだろう。でも本質は「イヤな女」だったとしても、そうではないふりをする努力くらいしたっていいんじゃないか?

安住代表代行

IR推進法について、「本来賭博関係する法案は、議員立法ではなくて、内閣責任で出さなきゃダメなんですよ」と述べていた。

法の内容は別にして、法の出し方がいけない、と。「粗い議員立法」じゃなく「閣法できちっとして」と。

http://blogos.com/article/200568/

うーん。たとえ建前でも、旧民主党は「官僚主導から政治主導」言ってなかったか

それを議員立法は粗いとか、閣法(内閣提出の法案官僚が書いた法案)がきちっとしてるとか言っちゃっていいのか。

そもそもIR推進法って、「直接カジノを作るための法律」じゃあなくて、「カジノをつくるためのいろいろな環境整備を官僚に命じる法律」のはず。

まり勝手官僚に好きなように法案を書かせるのじゃなくて、「国会はこう考えているから、それに沿った仕組みをつくれ」という法律だ。

他の法律との整合性などの、ものすごく細かいところは官僚の独壇場で、国会議員にはちんぷんかんぷんだろうが、大きく「こういうのを作れ」と命じることができる。

方向を命じておけば、官僚の好き勝手にはならない。これこそ「官僚主導から政治主導」なんじゃないのか?

山尾志桜里

もと検事で、頭は切れるし弁は立つし、環境次第では活躍できそうな人だったんだが。

ガソリン疑惑なんかどうでもいい(きれいに裏金ひとつも作れないようじゃ先が思いやられる)。

それよりも「日本死ね」。2016年流行語大賞トップ10に入り、山尾が表彰された。

http://www.buzznews.jp/?p=2104422

この言葉には嫌悪感を感じるが、それが発せざるを得なかった苦境があったことはわかるし、それゆえ多くの人々の心に刺さったのもわかる。

世界の暗い部分を切り出す意味のある言葉だったんだろう。

から山尾がこの言葉を紹介した意義はあったと思う(たとえ自作自演であったとしても)。

ただそれを流行語の賞として山尾が受け取るのは別の話だ。この行為によって、「日本死ね」という言葉は否応なく強く山尾志桜里と結びついた。

この言葉呪詛だ。

それを唱えることによって、確かに何かが動く。と同時にそれを唱えた人物にも呪いがかかる。

この呪いがこの先どれほど山尾の政治キャリアを困難にするかについて、彼女とそのブレインは思いを馳せなかったのだろうか。

日本死ね山尾志桜里」。

「なぜ2位じゃダメなんでしょうか」も呪いとして蓮舫に降りかかり続いたが、「日本死ね」はその比じゃない(そもそも「なぜ2位じゃダメ」は前後をちゃんと聞けばわりとまっとうな発言である)。

日本死ね山尾志桜里」。

これから何百万回繰り返されるであろうこの呪い言葉によって、彼女日本代表する政治家になる道は閉ざされたに等しい。

全く、民進党はどうしたらいいんだろう。

2016-12-05

日本死ね」はなぜ燃えたのか

結論から言うと、ウヨとサヨの対立から

言葉遣いが悪い」「子供に真似してほしくない」といった否定の声が上がっているけれど、言葉遣い問題なんてたいした可燃性はない。実際今回の流行語大賞では「ゲス不倫」というとても綺麗とは言い難い言葉が選ばれているけれど、それが言及されるのは「日本死ねはいかがかという話題のついでに触れられる程度で、まったく燃えていない。反発を招いている根っこは言葉遣いにはなく、わかりやす攻撃できる箇所として言葉遣いの汚さが選ばれていると見るべきだ。

根っこにあるのは党派対立であり、右翼たちの反発を招くポイントが含まれているがゆえに右翼たちによって燃やされているのだ。

では右翼たちの反発を招く真の炎上ポイントはどこか。

ひとつめは死ね対象日本であること。

そしてふたつめは野党に利用されたという点だ。

右翼たちは愛国を掲げている。日本は素晴らしい国であり、日本攻撃されることは許せない。

そんな右翼たちにとって、「日本死ね」は感情的に反発せざるをえないフレーズだったのだ。

石原慎太郎氏は件の増田に対し「こういうこと言うんだったら韓国でも中国でも行ったらいいんだよ」と発言している。また、流行語に選ばれたあとのネットの反応に「日本死ねがいいんだったら韓国死ねもいいのか」というものが見受けられた。

元々の話題日本の保育行政待機児童問題であったはずのものに対して韓国名前が出されるというのはかなり唐突に感じる。

しかし、日本死ね反日韓国という連想ゲームがなされたのだと考えると非常に自然理解できる。

元は単なるネット上での話題に過ぎなかったもの民主党(当時)の山尾志桜里氏が国会で取り上げたことで全国区話題となり、流行語大賞において受賞者に選ばれたのも山尾志桜里であるというのも重要ポイントだ。

右翼たちにとって民主党民進党)は敵である。敵が手柄を上げてニコニコしているというのはこれはもう大いに気に食わない。少しでも攻撃できる箇所があるなら叩かずにはいられないだろう。


ここで議論の発端となったつるの剛士氏のツイートを見てみよう。

@takeshi_tsuruno

(´・ω・`)oO(『保育園落ちた日本死ね』が流行語。。しかもこんな汚い言葉国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました。きっともっと選ばれるべき言葉や、神ってる流行あったよね。。

皆さんは如何ですか?#流行語大賞

2016年12月2日 08:18


ここで批判対象となっているのはまさに山尾氏である。これは「民進党叩きツイート」であり、であるがゆえに民進党を叩きたいネットユーザーたちが共感を示し「炎上」に至ったのだ。

と、ここでこう疑問に思う人がいるだろう。つるの剛士別に右翼じゃないし、党派性から民進党叩きしてるわけじゃなくて素朴な感想を書いてるだけでしょ、と。

確かにつるの剛士氏は右翼として認識されているタレントではない。しかし、彼は右翼言説の影響を大いに受けているはずだ。

以下に彼がツイッターフォローしているアカウントの一部を列挙する。

百田尚樹

櫻井よしこ

高須克弥

WiLL編集部

西村幸祐

山際澄夫

石平太郎

石井孝明

三橋貴明

竹田恒泰

KAZUYA

青山繁晴ファン「淡交」

青山繁晴有本香語録

青山繁晴BOT

武田邦彦bot

この他に自民党維新の会議員も多くフォローしている。

はっきり言ってこいつをフォローしてるのは一発アウトだろと思うような偏った人物が何人もフォローされており、表に露骨に出さないだけで相当に右翼言説の影響を受けていると推測されるし、彼が中立立場からモノを見ているとみなすことは難しい。ツイートにわざわざ「日本人としても」などというフレーズ差しまれているのは右翼言説の影響なのだろうか…と穿った見方もしたくなる。



そして、左翼たちからすると関心の重点は待機児童問題にあり、言葉遣いが悪いだのなんだのいう論点はまったく本質的でない、もっともらしいだけのただの難癖に感じられる。件の増田の怒りに対して共感を覚えるがゆえに言葉遣いがどうのといって怒りが相対化されることが非人間的に感じられる。例えばいじめ被害者加害者を殴ったら暴力はいけないと言われる場合のように。

から左翼左翼で「日本死ね」叩きには反発をするし、左右で殴り合いになるのだ。



俺はネットでのクソの投げつけ合いが大好きだからこういうガソリンみたいなエントリを書いてるけど、建前ではこんな話はくだらなくて待機児童問題解決こそが大事だよなーと思います

来年はい一年になるといいねハム太郎

アレフ勧誘を受けた

帰り道大通り駅で地下鉄を乗り換えていたら突然女の子連れのおばさんに話しかけられた。「マインドフルネスって知ってますか?」「ヨガを習っているんですが、自分講師になる練習がしたいので練習相手になってほしい」と。明らかに胡散臭くて面白そうな匂いがしたので連絡先を交換して別れた。

翌日連絡があってその週末市内某所のファミレスに呼び出された。まず俺とおばさんの2人(もしくはプラス子供)かと思ったら、子供に加えてもう先に一人若い男が来ている。田中さん仮名)と呼ばれた彼は年は23歳で俺のひとつ下でパチンコ店員をしていて、一ヶ月くらい前にカレーを食べようと思って歩いていたところ俺と同じように駅で声をかけられ、その日のうちにレッスンを受けたという。なんでヨガを習っているのか尋ねると自分頭が悪いからと言う。たしかにIQ80くらいに見えた。おばさんが「毎日10時間睡眠だったのが6時間睡眠になった」「田中さんはその日の内に実践したので効果はすぐに現れた」と重ねる。

そんな話をしたところでチャクラ診断とやらをする。いろんな「人助け」とか「ホラー映画」とか40〜50個くらいの項目に「よく当てはまる」「当てはまる」「当てはまらない」で回答していく。それぞれ2点1点0点が与えられ、各設問は5つのカテゴリに別れ、最終的に5つのスコアが現れた。

それっぽい折れ線グラフ作成され「あなたは〇〇な人ですね」みたいにいろいろ浴びせられる。詳しく覚えてないが、そのうち喉が悪くなるカテゴリの点数が高かったらしく「喉の風邪をひきませんか?」と言われたが、風邪を引いたら大抵喉は痛くなるものだと思い「普通です」と答えると「そのはずはないです」不満げになられたりしながら、本題のヨガ講義をするに前に自己紹介スライドを見せられる。

これまで曹洞宗の父とクリスチャンの母の間に生まれて、周りの大人がみんなバカに見えて、小学生のころテストをしたら知能指数道内一番だと言われたけど、頭良く振る舞っても損しかしなかったのでバカのふりをしてたら本当にバカになってしまって、悪さと享楽の限りを尽くしたが、ヨガ先生出会ってヨガを学んで大切なことお金とかそういうものじゃないと気づき、今では六年くらい経って最高に幸せだ、みたいなことを言っていた。

かつてどんな悪さをしたのか聞いたら「男遊びとか、ときには薬とかにもを手を出しました」と言う。隣に娘がいるにそんなこと言っていいのかと内心ツッコミを入れつつ「そりゃ大変でしたね」みたいな反応しかできなかった。あと三年前から姉と2人の会社社長をやっていて、市の援助を受けた新規企業の成果発表会で、ヨガの教えを取り入れた発表をしたら一番評価された、みたいな自慢をされた。そんな感じの話を聞いたあたりで、最初のレッスンが始まった。

内容は大別して、嘘を言わないとか人に優しくしようとか極めて道徳的に当たり前なことと、チャクラとかクンダリニーとか理解不能オカルトものと、いか自分先生ヨガ修行を30年近くしてる)がすごいか、の3種類に分かれた。1つ目に関しては、不要言葉は削ぎ落として(あいさつでさえ)意味あることだけ言うようにしようとか賛否ありそうな点もあったが、普遍的ないわゆる良い習慣なことばかりで「なるほど、そうですね」みたいな感じだった。問題は後ろ2つで、本当に意味不明だった。チャクラは腹の中のぐるぐるしたものクンダリニーから溢れ出ていくつかのゲートを通過して頭頂から突き抜けていき、これを極めると覚醒するのだという。そしてピラミッドチャクラ装置であり、クンダリニー覚醒して実際に訪れてみれば分かる、と言う。耐えきれなくって「いやそんなわけないでしょwww」と笑っていると、真剣に「そうやって思うのは覚醒してないからだ」「私も娘もクンダリニー覚醒してるのでわかる」と言う。3つ目の師匠に関して本当に謎だったので「会ってみたい」と言うと「面会には1000円かかる」と言われて「さすがに金はかけたくないっす」と素で反応してしまった。こんな応酬をしたあたりでタイムアップ。「良ければあと3回くらい予定を入れましょう」と言われたがさすがにそこまで付き合えないので「とりあえず来週土曜」と時間場所は決めなかった。最後資料の入ったクリアファイルプリントを抜き出して田中さんと俺の分けて渡されて、「また会うのなら」とクリアファイルごと貸し出されそうになったが、さすがに荷が重く思いプリントだけ貰って解散となった。

寝不足で朝飯も食っておらず勝手におごりだと踏んで少し高めの900円くらいのエッグマフィンプレートを頼んでいたが、まさかの割り勘でテンションだだ下がり。店を出るとおばさんと田中さんと2人はさら用事があるのか俺だけ駅へ帰ることに。

帰り道に即座に友人に「激ヤバ資料ゲットしたwww」と連絡すると近くに居たので帰りの足で合流。近くのカフェに入って何かやばめの勧誘なのは間違いないみたいな話をしていると友人がプリントに「グル」というワード発見アレフと気づく。それからはいろいろと腑に落ちまくってなかなかのカタルシスだった。逆にそれまでに気づかない自分の警戒心のなさに愕然とした。

とまあ、何が言いたいかと言うと「ヨガ」というキーワードを出されて延々オカルトな話を聞かされても一般人(少なくとも俺や田中さんに至ってはおそらく今も)はそれに気づくことができないし、札幌市もそういうヤバめなおばさんのやってる会社を援助しちゃうし、未だにカルト現代社会に息づいていて、社会勉強で、年末にして厄年っぷりを発揮したなと思ったのでした。

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

体の小さい子

先日うちの会社シス管部署に行く用事があった

社内でも他より厳重になっていて、扉もちょっと重いのね

ICカードかざしてパスコード入れて、重い扉を開けて中に入る

重いって言っても俺にとっては「ちょっと」程度だったからなんとも思ってなかったんだけど、その日は俺よりも通路の前にいた30歳くらいの女性社員が扉を開けている姿を見てびっくりした

彼女はドアノブに手をかけたあと、扉全体に体重をかけるようにして肩で押して開けていたんだよ

きっと彼女にとってはすごく重いんだろうね

女性には力がないってことも頭では判っていたけど、俺が片手でグッと力を入れれば開く扉を、大人なのにあん体当たりするみたいにして開けなくちゃいけないなんて考えになかった

どこの部署女の子か判らないけど、遠目で見ても背は低かった

別に虚弱そうでもなければ華奢でもなくて、ただ単に背が低いだけって感じの女の子

俺より頭ひとつは小さそうだった 150センチくらいだったのかな

でもそのくらいの低身長は珍しいってほどでもないよね? よくいる低身長程度? 男で言うなら165センチないぐらい?

150センチといえば俺ならたしか小学6年生ぐらいの身長だったと思うけど、力も小学生並なのかもしれない

やばいよなーなんかあっても自分の身も守れないんじゃないか

目の前に荷物が重くて困ってる小学生がいたら助けてやるじゃん(事案疑惑とかは置いといて気持ちの上では)

それを大人からって誰も助けてくれなくなるんだな

今度から気持ちを改めようと思った

マキシマムザホルモン転売対策

マキシマムザホルモンライブ活動を再開するらしい。

メンバーナヲ妊活・育休に入り、活動を休止していたがそれがひと段落し復活するようだ。

そのツアーチケット転売対策おもしろい。

チケット申し込み時に顔写真登録

当選すると「購入権利」が与えられる

・当日会場で全員身分証明書確認し、その場でチケット代を支払い入場する

といったもので、儲け目的の高額転売も当日いけなくなったチケットを定価で転売するということも不可能になる。

増田でもはてブでも転売についてあーだこーだ意見があったがこれがひとつの正解だと思う。

SMAPに関するたたき合い

12月になった。

SMAP年末を持って解散するという。

SMAPのことを語ることは、すでにちょっとしたタブーとなりつつある。

事情も知らない部外者がなんか言ってるんじゃない」という批判を受けるからだ。

この初めて使う匿名ダイアリーも同じように怒られてしまうかもしれない。

  

署名運動が盛んになったり、新聞掲載都電ばんえい競馬TV局へのメッセージなどいろいろなところで何とか解散しないようにと活動するファンがいる。

彼女たちの活動に関して批判するわけではない。

自分の好きなアーティスト活動もっと見たいという署名

彼らが出演するメディアへのメッセ―ジ。窓口が設けられている以上悪くはないと思う。

ただ、「彼らが解散したくないといっている」「事務所解散させられる」「これはパワハラなんです」

こうなるとちょっとどうだろう?申し訳ないが気持ち悪さを感じてしまう。

それは事実かもしれないし、事実ではないかもしれない。それを憶測だけで書くのはどうなのか。ここは間違っていると思う。

「彼らの発言をみればそんなことを考える人ではないことがちゃんとわかる」

人の気持ちは変わるし、気持ちだけではどうにもならないこともある。そして、他人気持ちは変えられない。

彼らがもし、「解散したいか解散します」と発言したならば納得する人も多いかもしれない。

それがはっきりと示されていないことで混乱を招いたのはよくわかる。私の好きなもの活動が終わるとして、こんな終わり方で納得できないのもわかる。

もし彼らが本当に「解散したいんだ」と思っていたとしたら、存続を願うことは酷ではないだろうか。

でも「彼らが本当に解散したい可能性」を取っ払って考えたら、暴走ちゃうよなぁ、と思う。

  

一方でこうしたファンツイッターで裏アカウントだの愚痴アカウントだのを作ってたたいている人。

こちらも気持ち悪さを感じる。

グループファンを名乗りながらそのような発言をすることでファン自体、またタレントマイナスイメージが付くことがわからないのだろうか?

(こうしてここで匿名で書く私も同じかもしれないが、何をどこで書いてもたたかれるので。

私はSMAPファンでも、そのとあるほかのジャニファンでもないが、インターネット上でたたき合いをするいい大人たちのよくわからない争いは、もう見るに堪えない。)

何をしても事務所のせい、何をしてもI氏のせい。どちらもしていることはおなじではないか

もちろん良識あるファン存在することも知っているが、タグをつけてつぶやいたり、

プロフィール応援する人の名前を書いているということがどういうことなのか今一度考えてほしい。そういう人の発言が、一番目に留まりやすいのだから

  

私はとあるグループファンだった。

事情は違えど、彼らは唐突事実上解散した。解散というのは、メンバーが全員揃っていないこといいたい。

数名はグループ名を変えて活動した。国内国外いろんなところで。

残りの数名はグループ残留するかたちをとり、以前と同じグループ名で活動した。

ただ純粋に彼らの音楽を、彼らを応援していた人たちは突然スタンスの違いで攻撃あい、二度と分かり合えないような状態になった。

どちらも応援する人。

どちらかだけを応援するひと。

どちらかだけを応援して、もう一つのグループのことはファンタレントも徹底的に批判する人。

過去の姿が好きだっただけで、今はもう応援していない人。

そして、元のメンバーでの活動を望む人。

望まない人。

過去楽曲について、過去グループについて語ることはできなくなった。

当時の曲をいいよねといえば、「いまだに全員での活動を望んでいるお花畑一生懸命活動している彼らに失礼だ」と攻撃を受ける。

皆ただの一ファン芸能人にとってのなんでもない。過去楽曲を聴こうと、彼らの作りだしたコンテンツひとつにすぎないのだからいちファン糾弾されるのもおかしい。

事実上まだ作品流通しているのだからいいじゃないか

スタンスの違いなのか、いったいなんなのか。

私は心底疲れてしまい、彼らのことは全く応援しなくなった。たまに過去楽曲聴くが、名曲ぞろいだったなと思う。

  

話がそれたがSMAPファンも今こうなりつつあるのではなかろうか。

年末までの活動と割り切って応援する人。

そもそも一人のメンバーしかきじゃなかったという人。

5人でのグループ存続を信じて活動する人。

活動する人を否定する人。

25年も活動してきて、名曲もたくさんある。

当時の楽曲について話せなくなるのはおかしいし、5人または6人の話をする人は皆復活を望むお花畑だとたたかれないでほしい。

曲に罪はないし、過去に罪もないのだから

存続を願って活動する人。

それを批判する人。

どちらも今一度冷静になってほしい。

メディアに踊らされているのにメディアに頼る矛盾に気付いてほしい。

何の生産性もないたたき合いに何の意味もないことに気付いてほしい。

単なる一般人の私だが、SMAP報道が出た夜中にはびっくりしてしばらく眠れなかった。

当たり前にテレビに出ていた人にも当たり前はないのだと。

  

泣いても笑っても、おそらく今月末までというのは変わらないのだろう。

この残された一か月ですべきことはたたき合いだろうか?それとも根拠のない陰謀論を流すこと?同じCDを買いあさること?

本当に彼らのために何かをしたいと思うのならば、すべきことは何だろう?

http://anond.hatelabo.jp/20161204103950

大衆迎合主義衆愚主義におちいった国家が長持ちした例は史上ひとつもないよ。

http://anond.hatelabo.jp/20161130090016

この世界の片隅にネタバレ含みます

元増田とは少し考え方が違いますが、選ばれなかった過去という話を明確に打ち出しているので、あり得たもうひとつ世界というのは重要な要素だと思います

原爆で母を失ったヨーコは母の左手を握っていたために助かりましたが、すずさんが「晴美ちゃんのことを左手で引いていたら…」と後悔する際に出てくる映像と重ねることができます。終盤にあの凄惨な親子のシーンを唐突に挿入する演出もかなり意図的ものと思います。そしてもしすずさんが左手で手をつないでいたなら、晴美は助かっていたのかもしれません。

分岐ということで考えるならば、北條周作の求婚以前に水原哲とすずさんが結ばれていたら娘が産まれ、もしかしたら親子は広島被害を受けたかもしれません。

そして、おりんさんという人もすず=りんという名前から、すずさんのもうひとつのあり得た姿だったのかもと考えられます

また、もしかしたら兄要一も南洋で生き延びてワニのお嫁さんと暮らしていたかもしれません。

それらのあり得た世界が選ばれなかったのは時代や状況のせいで、またただの偶然にすぎません。そうやって無数の可能から偶然選んだひとつの結果をどう受け止め生きるのか、ということをこの作品は語っているのだと思いました。

そして最後にヨーコという(どこかの世界ですずさんの娘だったかもしれない・もしくは晴美のような)少女がすずさん・周作夫婦出会います

昔おりんさんが西瓜の赤いところをもらったように、すずさんから海苔巻きをもらって、無数の世界が重なり合います

この結末は、海苔を巻いた望遠鏡を覗いて眠ってしまったバケモノ、亡くした右手が描いた鬼イチヤンのおかげだったのかもしれないね、と考えるのはとても素敵なことだと思います

[] #8-3「おにぎりの具」

俺たちは近くの店に向かった。

ドコゾ系列スーパーということもあり、とりあえずここを調べれば他も大体同じである

「誰が調べにいく?」

「マスダの兄さんは先ほど調べにいったから、また行くのは不自然だ。それ以外がいい」

「じゃあ、ミミセンがいくか?」

「僕は耳栓をつけていないと思考が働かないのは知ってるだろ。色々と精彩を欠く」

そう答えるミミセンの声は、自分で思っているよりも小さい。

シロクロは“アレ”だし、タオナケは超能力が暴発したら大事なので、弟が調べに行くことにした。

俺たちは堪え性の無いシロクロを押さえ込みつつ、離れた場所から見守る。




弟の動きは妙にぎこちなく、まるで「別の何か」を警戒しているようだった。

おにぎりの陳列コーナーに向かうかと思いきや、その隣の棚に向かう。

そこからおにぎりが陳列されたコーナーを覗くようだ。

そうして数分後、弟の動揺が見て取れるほど身じろぐ。

から弟に聞いたのだが、このとき棚のおにぎり昆布ひとつ消えたらしい。

消えた昆布の在り処を探そうとしたときレジに向かう客のカゴに目が移った。

その客がとったおにぎりは鮭であって、昆布は手にとっていないはずなのに、なぜかカゴに入っていたのだ。

驚いた弟はその客のもとへ向かいそうになったが、すぐに思いとどまり今回の昆布の謎を思い出していた。

あの客を追うのはミスリード、本当に追うべきは「あのカゴに昆布おにぎりを入れた奴」なのだ

弟は辺りを見回す。

手段は分からないが、それでもそいつを探すことは不可能ではない。

もし、何らかの手段でカゴに昆布おにぎりを入れた奴がいるなら、それがレジを滞りなく通過して、その客も「あれ?……まあ、いっか」となる場面を見届けたいはずだ。

それを眺めている奴がいる可能性が高い。




……いない!?

アテが外れたのか……いや、そうではない。

いたのだ、近くに一人。

気づいた弟は逸る気持ちを抑え、競歩で近づく。

走るような速さの弟は、常に足のどちらかは地面に接していた。

(#8-4へ続く)

無神経な人間ひとりごと

人の創作物キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非と、ホモ百合創作物が責められるのはまた別問題だと思うし、後者は実際のところただのマイノリティーの否定ではないかと思っているんだけど、ごっちゃにされがちじゃないだろうか。



私はオタクだし自分マイノリティーの要素があるのは自覚しているけれどマイノリティであることを人に責められたくないし、人のマイノリティーを責めたくもないし、そして責められるべきではないと思っている。


こう言ってはなんだけども、むしろマイノリティーを責める理屈が解らない。

自分がなんでこうなったのか解らないけど、私は同性愛や、男性女性以外の性別について、全く抵抗を感じない。当たり前に、そりゃああるでしょう、という感じ。

同性愛の人が身近にいたわけでもないし、同性愛ものを人より多く読んで育ったということも特段ないと思う。

なんでこうなったのか解らないけれど、そういう愛の形や、心の在り方に関して、抵抗がない。抵抗を感じる心持ちが解らないほどに、抵抗がない。

前に同性の友達に「実は同性愛者だ」と言われたことがあるけれど、「そうなんだ」で終わった。

たとえばおなじように男女のカップルが2組いたところで、その二人の間にある関係性や愛情が同じなんてこともないだろう。

男女だろうが男男だろうが女女だろうが同じ人間人間の間にある関係性のひとつで、それ以外の性別だって人間で、性別なんてものは、一人の人間が持つ単なる要素のひとつしかない。

単なる、とはいえ、その要素を持つからこそその人が成り立つのから大ごと。

でも本人にとっても、周囲の人にとっても、その重視する度合いは変わる。


こんな風な考えだからなのかわからないけれど、私にはマイノリティーを責める理屈がわからない。

たとえば宗教上駄目というのもあるんだろうけど、そういうのを自分以外の他者にも適用するのは簡単じゃないし、戦争して力で捻じ伏せたところで他者の心にも自分の考えをインプットできるかっていうとそうでもなくて、じゃあ延々話し合えばできるかっていうとそうでもないし、戦争と話し合いとスキンシップ敬遠嫌厭で許容できるだけの距離をはかりあって付き合うしかない。


私はただの恋愛ものが大好きで、すてきなふたりがお互いを好きであるなら、「一生添い遂げてしまえ」、と思うし、同性愛や男女以外の性別の人たちにも、そうであることについての葛藤とか苦しみとか悲しみとかを感じずに済んで欲しいなあと思うし、そんなものを除いた、同性愛や男女以外の性別の人たちの恋愛ものだってもっと読みたい。

もっと現実の世の中に溢れて欲しい。



最初に書いた文の、前者の「キャラクター勝手恋愛関係にした妄想をしたりそういう創作をすることの是非」については……これに関しても発表されている創作物に対して自由感想を持つことは責められるべきじゃないし、同じような感想を持つファンファンでそれを共有することが責められる意味もよくわからない。

ただそれで発表されている創作物自体が損害を被るのは問題だし、そうなる可能性のある行動を軽軽に傍若無人に取るべきではない、とは思う。

あ、性的ものを堂々と多くの人の目に触れる場所に掲げるのも問題というか、普通に迷惑だと思います



本当に純粋にこう思うのだけど、オタクがこれを言ったら、ただの自己正当化屁理屈のように取られるのかなあ。

創作現実はごっちゃにすべきでない、そりゃそうだけど、別に現実だって普通にあるでしょ、そんなこと。それ自体が私の勘違いだろうか?いいやそんなはずない。

ちなみに私自身は異性に目がいく傾向があるけれど、たぶん同性の人にも恋に落ちるときは落ちるだろうなあ、という気がする。どうも私にとっての性別は、人を好きになるとき、そんなに重要視する要素じゃなさそう。


たぶんわたし、無神経なのかもしれないなあとも思う。

だけどみんなも私みたいな感覚になれば、楽しいしみんなが生きやすそうなのになあと思う。

戦争をする気はないので、なんとなくこんなところで、ひとりで零します。

2016-12-03

[]

豊田市藤岡民俗資料館に行ってきましたわ。

昭和29年建築の旧藤岡中学校の校舎を流用した資料館です。

室内はやや肌寒く、昔の授業環境を実感できました。



屋外に藤岡地区最後の一機となった水車が展示されているのですが、

こちらは陶器づくりに使う原料を砕く「トロンミル(一部の表記トロミル)」を

動かす為のものでした。

陶器の原料をえるための藤岡鉱山も近くにあったそうです。

採掘される花崗岩が風化した土のことを「サバ土」と呼んだとのことで、

とたんに親近感がわきましたわ。あとで確認したところ地質学でいう真砂土と同じもののようです。

平成26年に起きた広島土砂災害でも「サバ土」の保持力の低さが話題になりましたけど、

火山温泉噴火をもたらすように、土地利益不利益を同時にもたらす例のひとつですわね。



校内の「棒の手(この地方、土着の武芸ですわ)」の展示を追うと、

藤岡町では1972年猿投神社への演武奉納が途絶えるほどの大災害が起きています

別の展示の年表によればその正体は豪雨による土砂崩れでした。

おそらくサバ土のえられる土地質がこの災害関係していたのでしょう。



ですけど、サバ土には罪はなく、ただそこにあるだけ。

特質をよく知り賢く利用してほしいですわ。

サバ仲間からのお願いですわ。

こどもを産むか、産まないか、悩んでいる

結婚1年目。私27歳、旦那42歳。いわゆる年の差婚共働き

私の両親が孫を所望している。

私はなんとなく昔から「こどもを育てる責任」のようなもの自分には重すぎるとわかっていたので、こどもを産まない道を選ぶつもりだった。

ふだんの生活が自堕落すぎて、親も「こいつは結婚しない(できない)」という態度。あまり期待はなかったように思う。

ところが運良く旦那出会い結婚できたことで、産めるかもしれない、という期待のようなものを抱いてしまったようで。

特に母のプッシュがすごい。「30までには産まないと!」と産むことを前提に話をされる。

そして困ったことに、私自身も、最近「産んでも良いかな」と思いつつある。

もともとこどもは好きだし、旦那の甥っ子姪っ子の世話も月3くらいしている。正直かわいい

それなら産めばいいじゃん、と思われそうだが、もうひとつ困ったことがある。同じくらいの熱量で、産みたくない気持ちもあるのだ。

産みたい、産みたくない、両方の気持ちほとんど同じだけあって、本気で悩んでいる。

産みたい理由

・こどもかわいい、すき

旦那と私のこどもならもっとかわいいはず

・こどもがいたら旦那とちゃんと家族になれそう

旦那DNAを残したい

孫の顔を見せてあげられる、親孝行になる

母親になりたい

・こどもは?という質問から解放される

世間体が保たれる

旦那が先に旅立つだろうしひとり残されるのはつらいか

産みたくない理由

妊娠こわい

出産こわい

・痛いのが苦手

ストレスに弱い

・死なせてしま可能性がある

自由時間がなくなる

お金がかかる

社会的デメリット(保育園ママ友いじめ)

旦那の年齢

自分勝手理由ではあるけれど、どちらも素直な気持ち。産みたいけど産みたくない。育てたいけど育てたくない。

30までは悩んでいられるけど、女にはリミットがある。そのときどういう決断をしたら後悔がないのだろう。

そもそも後悔しない選択がないのかもしれないけれど。

自担週刊誌にも人気になってしまった

時間が経てば落ち着くかと思って特に吐き出すこともなく終息するのを待っていたのですが、時間が経てば経つ程、何だか腹が立ってきて、年末歌番組コンサート純粋に楽しめる気がしないので、気持ちの整理をする為に少し書きたいと思います


ここ1、2年で露出が急激に増えた私の担当くん。革命なんて言われて、いちファンとしてこんなに嬉しく有難いことは無いくらい劇的にお仕事が増えました。

麗しい容姿トキメキ、緩いコメントに癒され、時に懐かしい黒髮時代に想いを馳せながら、HDD雑誌の整理に追われる日々……。

その充実感は彼の言動からもひしひしと伝わってきていました。


所謂見切れの時代、どうすればアイドルとしてひとつ抜きん出ることが出来るかを必死に考えもがいていた彼。

そんな彼を世間は「強かだ」と評し、誰もがそのポテンシャルの高さに期待を寄せて、彼もまたそれ以上の結果を残していく。彼の評判を聞く度に、ファンとしても鼻が高く、もっと彼の魅力をたくさんの人に知って欲しいと心から思って応援していたのです。


……と、まぁ彼の魅力や影の努力などはご興味のある方は既に知っていると思うので割愛で……



ここ数ヶ月で2度も週刊誌に載ってしまった件について思うことです。


正直怒っています

掛け持ちで申し訳ないですが、先日、人生で初めて「自担結婚」というビッグビックリイベントに遭遇しました。

結婚に関してきっと喜べない方もいると思いますが、私はめちゃくちゃ祝福しています。本当に良かった!おめでとう!(でもほんの少しだけ寂しい……)

ベスアのあの幸せな画に涙を流しました。そんなお祝いムードをこんなに短期間で打ち消された事に、とても腹が立っています

あとメンバー誕生日でしたしね。楽しくお祝いしたいところにこの情報……。



そして呆れています

熱愛に関して、別に誰と付き合っていても私はそこまで気にしていません。

二股に関しても(記事をよく読んでないのですが)二方とのお付き合いの真偽は定かでは無いので、とりあえず置いておきます(仮に事実ならモラル的にもアウトですけど)

ただ、絶対に警戒して然るべき時期(前回の件が表沙汰になった直後)にこのような脇の甘さを見せられては、反省していない!と取られて当然だな、と擁護のしようもありません。

twitterで憤りを言葉にされている方は、撮られた内容よりも『撮られてしまった事実(タイミング含む)』に怒っているのだろうなとその発言を見ていて思います

10周年を目前とした明らかに人気が出てきたこの大事な時期に、週刊誌の格好の餌食になることは明白で、そういった危険自覚して行動して欲しい、それができていないから「最近調子に乗ってる」と言われてしまうのです……。



擁護派はちょっと論点がズレてる?

twitterで私は信じてる〜とか本当のファンなら叩かないで〜と言っている人は、怒っている人が何に対して腹を立てているのかを読み違えて、食ってかかっているような気がします。

例え両方と男女関係に無くとも、誤解を招くような付き合い方をする事自体が、明らかに彼(等)の落ち度であるわけです。タレントにとってもファンにとっても基本スキャンダルは無い方が良いじゃないですか。しかも数週間前に騒がれた後なんですから



ファンが騒ぎすぎ

こんな記事を書いておいて、って感じなんですけど、この件に関して騒いでる人って主にファンでは……と思った次第です。

意外と普段なんとなくテレビをつけて彼を見ている層は、そこまで関心を示していないような気もします。ナーバスになりすぎて逆に煽っているのは私たちなのかもしれません。

ただ、心情的には怒ったり悲しんだりして当然なので、騒ぐなとも言えないですけど。



理想アイドルでいて欲しかった

これはあくまで私の超個人的アイドル観なんですが、プライベートはどうであれ、ファンに見せる姿は徹底的にアイドルでいて欲しい!のです。

実際には誰かとお付き合いしていようとも、私たちに向けた、彼なりの理想アイドル像を信じていたかったな、と。

(アイドルスキャンダルはつきもの、と言われてしまったらそれまでですが)

インタビューなどの言葉の端々からも、彼の聡明さや、健全で手の行き届いた素敵な家庭環境イメージしていただけに、1度目の失敗から成長(反省)が見られなかった彼の行動には疑問しか湧かないです。

そして今まで彼から与えられていた情報で出来た私の理想は儚く脆く打ち砕かれたのでした……(助平なのは分かってたけどw)



そんなこんなで、担降りしませんが、暫くは顔見る度に脳裏にいらん情報が浮かんできそう。


大きい事務所からタレントが手を焼かずとも裏で色々と処理されていくんだろうけど、もういい大人なんだから自分言動と影響力には責任を持って欲しいです。

熱愛自体はそこまで重い問題でも無いので、今回のザワつきがどれだけ重大な事なのか彼に伝わりにくいのでは、と危惧しています。だからこそ確実にペナルティーを与えてくれと思う人の気持ちも分からなくはないです(流石に今度こそちゃんと反省してくれよ、マジで)

とにかく多くのファンが心を痛め、ため息を漏らした事を、彼には重く受け止めて頂きたいです。

そして10周年は一緒に盛大に気持ち良くお祝いしたいです。

2016-12-02

http://b.hatena.ne.jp/entry/business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/284031/120100018/

のん本名能年玲奈)さんの起用は真木さんの仕掛けた「勝算」のひとつだったんでしょうか?」

キャスティングは片渕監督アイデアです。話題作りかどうかは、映画を見れば一目瞭然でしょう」。

いや、見ても分からないし、話題作りなんだろうと思ったか質問したんだろうよ・・・

あまちゃん」の能年というハクがなければ厳しいからいちいち本名を付記してるんだろうよ・・・

しっかりしろ真木

勘違いすんな真木

あまちゃん」が無かったらすずの演技なんて評価されないんだよwww

漏「僕の部屋や職場で声が聞こえるんよ」

妻「私は聞こえないの!」

これね、病院に行って「お腹痛いです」って言ったら、

医者が「私は痛くない」って同じなんだ。

漏れ場合病院にも通って「幻聴幻聴区別できて、かつ無視できるなら問題無い」て診断されて、

職場幻聴無視してたら「集団ストーカーいじめ」で、

幻聴じゃなくて陰口でもなく、社会正義のふりのいじめだった。

aiueo700さんの例もあるし、集団ストーカー風加害が、実際にある。

ひとつ言いたいのは「ほのめかし」は自分でぐるぐる考えるから妄想であって、

誰かに「シャブ中警察行けよ」言われたら、判断できるわバカ野郎警察呼べよ。

自由になりたい

駅前に座っているホームレスのおじさんが「精神身体従属する」と呟いていた。



会社上司ミスをした私に向かって「少し休んで頭を冷やしてこい」と言った。



私は疲れて声も出なかった。



家に帰ってから、ふと思った。

いったい、私を規定しているものはなんだろうか?

精神だろうか、身体だろうか。

もし精神なら、この疲労した体から抜け出したら楽になるのだろうか。



そう思った瞬間、私の魂は身体から分離していた。



気が付くと、夜の住宅街を猛スピードで飛んでいた。

家々の屋根の隙間を通り抜け、公園落ち葉を散らし、冷たい夜風を全身に受けながら、私は「あああ」と声にならない叫びを上げていた。



そこには自由があった。何にも邪魔されない自分存在していた。

「もう元には戻れない。」そう思った。



明日、出勤しない私を気にかけて、上司マンションに連絡するかもしれない。

管理人が扉を開けると、そこには私の身体が横たわっているだろう。

その体は呼吸をしていないし、心臓は止まっているだろう。



しかし、そんなことはどうでもいい。

今ここに本当の私がいる。それだけで十分だと思った。



これからどこに行こうか?



ふと上を見上げると、夜空に星が輝いていた。

そこには真空の空が無限に広がっていた。



私の魂は夜空に向かって徐々に高度を上げていった。

その輝く光はやがて星々の間に溶け込んで、小さな点の一つになった。



夜空に星がひとつ増えたことを気にする人は誰もいない。

2016-12-01

WELQよ、安らかに眠れ。

俺はWELQ特にDeNAパレットの非公開化がすげー親友の死かのように思えた。

なぜなら、俺はインターネットが好きで、インターネットでの自分にとって大きな存在ひとつの死だったからだ。



WELQやキュレーションメディアの存在はもちろん一般ユーザーの目にも多く触れていることもあり、

やはりアフィリエイトサイトやそれらの文脈から見てきた俺の目で見ても、インターネットひとつ文化として思い入れは深い。



彼らがやったことは、表面的に言えばSEOによってパクった上に誤ったコンテンツ配信し、流布したことだと思う。



SEOは、権威あるGoogleに認められるための手段しかすぎない。

例えるならば、それは点数を取れば良いだけの大学受験に近いものがあると思っていて、キュレーションメディアはそこに向かってがんばった結果だと思う。

もしSEOをすることが悪いのであればそれはやっぱり入学試験に1番の根本的な問題があるだけでしかない。



しかSEOという入学試験のものには「学問」の価値があるかのように見えるから尚更たちが悪い。

SEOをするということは、Googleという権威が定めた受験勉強のような見せかけの価値に向かって頑張ることしかできない。

そして結果生まれるのは、SEOという入学試験を通して生まれた、質の悪い学生というわけだ。



そんなキュレーションメディアは多少なりの価値はあったし、俺は単純に憎めなかった。



ただ、やはり道を踏み間違えた責任は大きい。

権威あるものに認められたもの権威生まれる。

そこに対する義務を果たしきれなかったことは、大きな悪だと思う。



俺は明日からまたWELQやキュレーションメディアがなくなっても、何も変わらない毎日を過ごすだろう。

けれど、自分の生きている世界に与えた影響は大きく、インターネットもまた少しずつ変わっていく。



WELQよ、安らかに眠れ。