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はてなキーワード: クラスメイトとは

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527011529

解読してみた。

 

1、1年次:世界史A 2-3年次:日本史B

2、1年次:日本史A 2-3年次:世界史B

 

のどちらかを入学時点で選択する仕組みで、目先の興味に引っ張られて入学後すぐに世界史を受講できる1を選んでしまった。

クラスの中には理系コースを選んだ人もいるから分母はクラス全員よりは小さいけれど、それにしても文系コースを選んだクラスメイトの中で1コースを選んだ人間がたったの2人しかいないのは、1コースが少数派であることの証である

この周囲の傾向を見る限り、他の高校でも文系志望者の大部分は、日本史ではなく世界史でB科目を選ぶのが主流だと考えられる。

そうだとすれば、世界史でB科目を選ばなかった自分はおそらく大学に行っても世界史では周囲についていけないに違いない。

 

あってますか?

2017-05-24

明日中間テスト

中間テスト明日から始まる。

高校生になってから勉強部活もせっせこ頑張ってきた。

クラスメイトは「勉強だりぃ」とかほざいているが、ぼくはもうちっと意識を持つべきだと思っている。義務教育ではない高等学校は贅沢品なのだ。と誰かが言っていた。

主体性のある人間になりたい。と言うことが主体性がないのかもしれない。

英単語漢字確認をしてさっさと寝よう。

2017-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20170519081429

リアルタイムで見ていた世代だが、当時からまったく同じことを思っていた。

なので、あなたのその気持ちはわかると、一旦同意した上で。

さて、それから10年後くらいにエンタの神様とかレッドカーペットとか、

一大ネタ番組ブームがあったのだが、

増田はそれには間に合った世代だろうか?

自分はそれらもすさまじくつまらないと思っていた)

「そっちは面白かったよ」というのなら、

増田は笑いのセンスがどうこうとかではなくて、

リアルタイムの熱気みたいのを差し引いて評価してる可能性がある。

熱気とはたとえば、コンテンツ自体はつまんねーと思いながらも、翌日学校でそれを肴に話す楽しさのことだ。

ボキャブラはつまらなかったが、クラスメイトとの話のとっかかりにはなった。

これは娯楽やネットのない時代ある時代の話ではなく、昔スマホがあったとしても、同じようにLINEツイッターを使って、友達番組悪口を言い合っていたであろう。

現に今も、どうしようもないテレビ番組の内容が、ちょくちょくトレンド入りしている。

増田の下の世代の今の子供たちもたぶん、

エンタあたりのネタ番組Youtubeを見て

「はあ?こんなの当時面白がっている人いたの?」

と同じように不思議がっていると予想する。

だって、今はもう消えてしまった知らない人が、

その週限りの消費ネタをやってるのをみたところで、

からどうしたって思うだけだからね。

そしてそのまた未来の子供達はヒカキンはじめしゃちょー動画を見て(以下

2017-05-18

思い出せない

女の子をすぐ憶えてしまうんだが、実を言うと思春期マジで好きだったの女の子名前が思い出せない。

最初小学生の時に出会って、仲良くなったのに転校してしまった女の子しか高校3年の時に再会した。おまけに、相手の方も憶えていてくれた。

もう一人は、中学生の時のクラスメイト

どーなってんのかな、マジで

2017-05-13

極端な人間になってしまった。もう無理

甘えだと言われてしまうのはわかってる。現実から逃げてるのもわかってる。でももう生きていける気がしない。普通になれない。ボロボロで恥ずかしい。

中学とき、真面目すぎるあまり周りにドン引きされた。でもそれしか自分アイデンティティが無かったのでその努力評価して貰うために必要以上に頑張っては色んな意味ボロボロになるということを繰り返していた。体育祭ダンスで異常に張り切ったり合唱オーバーに歌ったりしていた。笑われてもなぜか手を抜くことなくやり通した。

高校では私を見かけるたびにみんなが笑っていた。クラスメイトはいつもニヤニヤしながら馬鹿にしたように私に話しかけてきた。高校では目立たないようにしていようと思っていたのに目立ってしまっていたようだった。中学からの癖もあっただろうし、世間知らずだったので女子高生にしては変な振る舞いをしていたと思う。さすがに辛かったので散々普通になろうと容姿やら挙動発言に気をつかっていたが最後まで普通の人とは見てもらえなかった。ストレスがかかりすぎて逆に感情がなくなっていた。

大学に入ってから人間関係で散々トラブった。私が我慢できないことが原因であることが多かった。まだ挙動おかしいのか後輩に笑われたりもした。何にも馴染めなかった。

他人に認めてもらえなかったか自己否定感と承認欲求が入りまじっていてどうしようもない。自分を守るために怯えたり自己顕示したりと極端なことしかできなくて結局何にも得られない。

人を信用できない。人が怖い。だから気に入られるように謙虚無難に接しようとするが、素の自分を認めてもらいたいという欲求が勝って嫌われてしまったりする。私はおかし人間だ、普通にならなきゃという気持ちと、どれだけ努力しても普通になんてなれなかったと投げやりになりありのまま認めてもらいたいという気持ちのせめぎ合いだ。

どうしたら認めてもらえるのか。病的なほどに人の顔色を伺って自分を抑えて周りに適応しようとしたけれど駄目だった私は、逸脱することでさらに認められることから遠ざかっていく。中学時代に逆戻りだ。あの頃は普通でいることに関心がなかったけれど今はもう普通に生きて認められたいという気持ちが大きいから前よりもっと苦しい。このままただでさえ異常な承認欲求肥大していけばもっともっと私はどうしようもなくなるだろう。私はどうすればいい。

2017-05-08

ずっと好きな人

初恋の人が未だに好きで忘れられない。10年前、小学校6年生になるときに私が引っ越しをして転校するまで、家が隣で小さいこからよく遊んでもらっていた幼馴染。

まれときから友達、みたいな感じ。幼稚園も「その子と一緒がいい」と言って同じ幼稚園に行った。年中のころ、よく私のクラスに様子を見に来てくれていた。

年長のころは隣のクラスだったので遠足お菓子を隣のクラスにまとめて渡しに行くときは私が手を挙げてよく行った。

小学校入学して、1年生の時になぜか噂が立って隣のクラスから「〇〇のことが好きなの??」って休み時間によく聞きに来る人がいたけれど、なんて答えていいかからずに「好きでも嫌いでもない、普通」って答えていたな。そのあとも転校するまでちょくちょくいろいろ言われてた。今となっては微笑ましい。福祉の講習みたいなのでやった車いすバスケの時に「増田好きな人は…!」と同級生男子マイクで言われそうになったり、「〇〇が増田のこと好きって言っていたよ」とかとか。

その時は好きでもなかったし、意識もしていなかったんだけれどな。


5年生の宿泊学習の時にナイトツアーみたいなので迷子になって(w)探してくれたのが今も記憶に残っている。

私は低学年のときに父を亡くしてからものすごく太ってしまったこともあってブッサイクなのによくそんなに優しくしてくれたなと今も思う。


で、その子のことを好きになったのは自分が転校してその子たちと離れたとき。いつしかの子のことを考えるようになった。

私が転校して、転校先でいじめられてよく前の学校クラスメイトの夢を見るようになった。夢の中にその子はよく出てきていた。目が覚めて、夢のことを思い出すと不思議と会いたくなった。そんなわけで徐々に好きになっていった。

ちなみに今も前のクラスメイトの夢を見るけれど、メインはその子ばかりになっているので無意識にその子意識が向いているんだと思う。


私は中2から精神科に通って、中3になって不登校になって、先生らに見捨てられて卒業して適当通信制高校入学して慣れたころに急にパソコンメールメールが来たときすごいテンションが上がったな。

お互いにこの春、高校卒業してそれぞれの進路に進んでいるはず。その子に久しぶりに会いたいなと思っているけれど、メールするわけにもいかないし、なんだかもどかしい気分。


つい最近、その子の19歳の誕生日だったから思い出して書いてみた。

会いたいなーチャンスあったら付き合いたいなー私も青春したいなー


これから先、好きな人ができたとしても、その子以上にいい異性は見つからいかも。

(未だにその子との相性占いをしてしまうw)


うそう、2月に7年ぶりに同級生の子と会ったんだけれど、「〇〇が好きかもしれない」という話をした。

その同級生の子には話してもいいと思ったから。照れくさかったけれどなんかすっきりした。

みんな知らない間にいろいろなことがあったことを聞いた。

自分中高生は楽しくなくて苦労したけれど、前の学校同級生みんなにはどういう進路であれ幸せになってほしいと思う。


あーなんか最後ずれた。

魔性についての考察

 理由あって「魔性女性」に興味がある。

 魔性とは一体何なのか、何故、彼女たちは魔性を宿すに至ったのか、どうすれば魔に魅入られず無難にやり過ごすことが出来るのか、知りたい。

 まず、どうして魔性女性に大きな関心を抱くようになったかの経緯について説明させて頂く。

 もう十年以上前の話だ。

 大学には入ったものの、雰囲気が全く合わず精神的に追い詰められていた。医療系の大学だったが、勉強する内容の重要性について頭では理解出来ていても、全く興味を持てなかった。授業も半強制的に入部させられた部活動ストレスしかなかった。

 家庭の状況も、詳しいことは省くが、あまり良くはなく、どこにも安らげる場所がなかった。独り暮らしでも出来ていればよかったのだろうが、地元大学ということもあって、親の意向により却下された。

 経済的問題ではなく、単に束縛したかったのだと思う。ちなみに増田男性なので、娘を心配する親心とかそういうものではない。

 そんなこんなで、入学してから数年は、内面を押し殺して級友たちに愛想を振りまきながら(閉鎖的な環境だったので、浮いてはならないという意識があった)、何とかかんとかやっていたが、ある時、留年した。

 留年したことによる自尊心の損耗と、牢獄から抜け出る時期が遅れることへの絶望を覚えたのと同時に、大学からしばらく離れられるという安堵があったことは否めない。一年間の休養を経て大学に戻ったが、当たり前だが一つ下の学年と合流しての再出発だった。そこでPさんと言う女性出会った。

 Pさんは清楚な美人で、社交性もあり、学年の中でも慕われていた。成績も優秀な上、運動神経にも優れ、所属する部活動大会では毎年優勝候補に挙がるほどだった。力のある教授運営する研究室にも出入りしており、要するにパーフェクトに近い人だった

 そんなPさんがどういうわけか私によくしてくれた。彼女の交友範囲はとても広かったが、特に学士留年生のグループと仲良くしていて、その関係もあったのだろうが、傷心だった当時の私にとっては有難いことだった。

 有難いと思っているだけで済ませられればよかった。

 お察しの通り、彼女に恋をした。入学してから一瞬たりとて心の休まる時がなかった私にとって、彼女笑顔天使のそれに思えた。彼女はよく、誰にも見えない角度でわざわざ上目遣いになって、輝かんばかりの笑顔をこちらに向けてきた。

 この他にも色々あったが、当時の私が非常に純粋であったことを差し引いても、Pさんのこちらに対する態度は異性への好意を示すもの解釈して問題なかったように思う。あの状況下で彼女の内心を疑う者はまずいないだろう(個人主観ではあるが)。

 ほどなくして私は彼女告白をした。彼女の反応はすげないもので、私はとても焦った。何故? あれほど好意を向けてくれていたのに、どうして? 焦りから、青臭い感情を凝縮した内容のメールを送ってしまった。この一通のメールだけで、この後は一切電話をかけることもしなかったが、本当によかったと思っている。

 あっさりと流したが、この時は本当にしんどかった。全身の血液がドス黒く濁り、冷たく沸騰しているような感覚が続いていた。そんな時、あるクラスメイトの男と話す機会があった。仮にYとする。

 始めは野郎二人で食事をしながら世間話をしていたのだが、慰めてもらいたい気持ちがあったのだろう、ついPさんとのことを話してしまった。そうしたらYの血の気がみるみると引いていった。

「だからの子はそういう子なんだよ!!!

 まだ心の整理が出来ていなかった私は、どうして彼女はこちらに好意もないのにあんな態度をとったのか気になって仕方がなかった。むしろまだ好意を持ってくれているものとどこかで信じていた(よくある話だが)。だからYにも意見を求めた。そうしたらこの反応。何かがおかしいと思った。問い詰めた。確実にSは何かを知っている。何を?

 私が引きそうになかったため、Yは遂に折れた。絶対に誰にも言うなよ、俺から聞いたってことも秘密だぞ、と念を押してからYは言った。

 「宗教だよ」

 今度はこちらの血の気が引く番だった。混乱する私に対してYは自分携帯電話の画面を見せてきた。そこにはPさんからメールがあった。

 「セミナーに一緒にいきませんか? 料金は私の紹介で、特別料金の〇〇〇円です」

 という内容が女の子らしいテンションで書いてあった。何のことはない、Pさんの正体は美人局だったのだ。そして私は獲物に過ぎなかった。かつてのSと同じく。Pさんがセミナー勧誘を切り出す前に私が舞い上がって告白をしたため、その後の展開は違ったが。

 後にSから引き出した断片的な情報を基に彼女ブログ特定した。目を剥いた。子供の頃UFOを見た、宇宙エネルギーを感じている、アセンション、などなど彼女が本物であることを認めざるを得ない内容がこれでもかと綴られていた。

 彼女は様々な種類のカルトを次から次へと渡り歩いているようだったが、当時、彼女が入れ込んでいたのは代替医療詐欺をメインとするカルトだった。彼女は、医療大学学生という肩書を利用して、明らかに効果がないと思われる高額な代替医療商品宣伝ブログ上で行っていた。彼女自身モニターとなっていた。

 本当に恐ろしかった。あの天使のような笑顔も、何もかもが嘘だったことが。そしてその嘘に踊らされていた私自身の滑稽なまでの無防備さが。

 恐怖とともに、怒りと恥ずかしさ、情けなさが爆発的に湧き上がって全身がねじ切れそうになった。吐きそうだった。

 ここで私は最大の失態を犯す。傷ついたプライドの代償行為。弄ばれたという被害者意識の炸裂。どこまでもみっともなく、どこまでも愚かな行動。

 「前回のメールの内容は冗談だった。ところであなたのことは全て分かっているよ」

 といった内容のメールをPさんに送ってしまった。勿論、前回のメールの内容が冗談なわけはなかったし、本気だった。何を今更としか言いようがない。見苦しいこと極まりない。

 そして「あなたのことは全て分かっているよ」。これは示威行為だ。Pさんは自身の裏の顔を隠すべきものとして認識していた。事実、事が広く知れ渡ったら大きな問題となっただろう。まだ学生とは言え、医療者の端くれが代替医療詐欺に手を貸していたのだ。ブラックジョークでは済まされない。

 私はPさんのアキレス腱を握っていた。そのことをあえてPさんに伝えることで、Pさんと同等以上の立場に戻ろうとしていた。惨めな男としか言いようがない。

 さて、この行動がどんな結果を生んだか。

 死ぬほど後悔することになった。

 想像してみてほしい。私は留年生、つまり成績不良の劣等生だ。対してPさんは先述したようにどの角度から見ても完璧優等生だった。学年内のどのグループとも交流があり、誰からも信頼されていた。教授から好感度も高い。留年生で、味方がほとんど大学内にいない私が彼女に立ち向かうことは、自殺行為しかなかった。

 おそらくPさんはそこまで計算した上で、獲物を選定していたのだと思う。もし私を型に嵌めることができず、暴れ出したとしよう。周囲はこの状況をどう見るか? 身の程を知らない勘違い劣等生が学年のマドンナに振られてトチ狂っているとしか思わないだろう。

 そうした保険をかけた上でPさんは私に近づき、魅了してきたのだ。気づいた時は、後の祭りだった。

 私は学年内において孤立することになった。いや、孤立で済めばよかった。表立っては誰も口にしなかったが、私の学年内における扱いは完全に狂ったストーカーのそれだった。

 告白を断られた時に送ったメールは既に広く出回っていた。Pさんが「勘違いされて変なメールが来た」と、多方面に流したからだ。このことはYが教えてくれた。だが、Yこそが最悪の敵だった。彼の立場にたって考えてみてほしい。

 誰が私にPさんの正体を知らせた? 内通者は当然Pさんにとって敵となる。そうなることをYは恐れたのだ。Pさんと敵対して、この学年で、この大学で生きていけるわけがない。だからこそ、Yは誰よりも激しく私を攻撃してきた。Pさんに睨まれないために。彼自身が生き延びていくために。

 私は全てを理解した。これ以上、足掻けば足掻くほど状況は悪くなってゆく。あの時点で私に出来たのは、ただひたすら身を縮めて、ひっそりと残りの学生生活をこなしていくことだけだった。復讐手段がなかったわけではない。インターネット掲示板彼女ブログを貼り付けて拡散すれば、彼女とて無傷では済まなかったろう。

 だがそれをして何になる? 私に対する大学内での風当たりはさらに強くなるだろう。裏では散々なことを言われていても、表向きは何もないことになっていた。私が何もしなければ、向こうも直接的には何もしない。そういう冷戦状態で安定していた。

 その時期、何度か私の携帯電話に非通知の電話がかかってきたくらいで、特に何事もなかった。だから私はそれ以降、影になろうと必死努力した。

 こうした経緯で私は魔性女性というものについて、大きな興味を抱くことになったのだった。

 少し長くなってしまったので、一旦、ここで区切らせて頂く。私自身の魔性についての考察は次回に持ち越したい。ところで、もしよかったらこれを読んだ方の中で、魔性女性について思うところがあれば、是非、コメント欄に書いてほしい。ブコメでもいい。魔性女性について、自分の考えを整理するための参考にさせて欲しい。よろしくお願いします。

2017-05-03

ファミリーにゲーノージンがいると、おうちの事情が筒抜けで大変だね

オヤ離婚したとか、一言も言わなくても近所の人もクラスメイトも、みんなに知られちゃう

今は昔ほど離婚タブー感ないから、それほどでもないのかな?

でも、言ってもいない人に知られるのはイヤじゃないかな。

私が子供の頃はまだそんなによくあることじゃなかったから、同じ状況だったらホントすごくイヤだったろうな。

親が別れたことはすごくよかったから、離婚はすごく肯定するんだけど。

(家から争い事がなくなったからね。すごーくほっとして、ホントしかった)

友達離婚を迷ってると相談されたときは、

「別れた方がいいよ!」

しか言わなかったから、我ながら相談相手としてどうなのかと思ったけど。

だってさー、「子供の為には親が揃ってた方がいいのかな?」って言われても、

私は片親育ちみたいなもんだし、そんなのわからいからね。

自分としてはケンカばっかしてる親ならいない方がよっぽどいいよ!としか言えないしね。

振り返ってみると、父と暮らしたのは正味5年くらいで意外と短かったと言えなくもない。

しかったこともあったはずなんだけど、イヤなことの記憶に残るパワー、マジでハンパない

母に離婚相談されたときは一も二もなく賛成した。

独裁者みたいな父がいなければ、うちの中がもっとずっと静かで平和であることは間違いない事実だったからだ。

今もあのとき母が離婚決断してくれたことには、賛辞を贈りたいし、素晴らしい決断だったと思う。

死んだ人を悪く言うなと言うけれど、父のことを何か語れといわれたら、悪口雑言尽きることがない。

本当に!!

両親が別れてくれてよかった!!!!!

そんなわけで、離婚には大賛成なのですが、自分の口で伝えたわけでもない相手がそれを知っているということは別問題なのです。

ゲーノージンファミリーは大変だな…

しかし人は誰でも与えられた環境の中でどうにかこうにかやっていくしかないのだな…

2017-04-27

死ね発達障害児

もうすぐ5歳になる発達障害児がいる。

毎日毎日、家でも外でも保育園でも、問題を起こさない日は無い。

排除したい。

我が子だからこそ、排除したい。

周りに迷惑をかけるだけの存在の我が子。

発達障害児人権なんて無い。

善悪理解できておらず、欲しか頭の中にはない生き物だから

自分中心にしか行動できない生き物だから

注意しても忘れるから

脳が恐ろしく機能していないんだよ。

我が子が死んだら、まず保育園担任が喜ぶだろうな。

次に、我が子のクラスメイト保護者が喜ぶ。

定型の子は、毎日園であった出来事自分から細かく報告できるから、「今日も◯ちゃんは嫌な事してたよ!」と両親に言ってるんだろうな。

我が子の被害にあってる子なんかは、「また◯ちゃんにやられた」って泣きながら言ってるんだろうな。

発達障害の我が子は、今日あった出来事なんて、こっちが聞かない限り言わない。

詳細も言えない。

綺麗事じゃない。

世間発達障害児の親のブログなんてさ、「発達障害だけど我が子が一番可愛い!」とか、そういう内容ばかりなんだよな。

私は、発達障害の我が子に消えてほしいよ。

2017-04-23

相変わらず推定有罪人権否定し優しい顔をした日本会議はてな村民

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASK4N4T86K4NUUPI00D.html

ブコメ欄みて愕然としたわ。はてなの皆さんは中世なみの倫理をお持ちなんだと関心するね。

例えばid:homararaコメント(こいつだけじゃなくて色星つけたid:amanoiwato id:erukiti、その他スターつけた奴らもちゃんと聞けよ)。"関わっていようといまいと、自殺者が出たクラスの生徒には内申書や履歴書に「同級生自殺」と記載する事を義務付けるべき。"

なんでこれがワッチョイされてんだ?普通におぞましすぎんだけど。罪人の子が罪人だった江戸時代か?ただでさえ息子の犯罪母親記者会見で涙してる世の中なのに今度はクラス隣組ごっこかよ。考えてもみーよ、お前らが面接する生徒なり就活生なりの履歴書に「同級生自殺」って書いてあるんだぜ?もう気持ち悪いったらありゃしないし(←自殺がではなく本人に関係ない情報が載ってることがね)絶対就職差別食らうだろ。麻原彰晃の娘が大学入学拒否された国なんだから容易に想像がつくよね。それこそ部落在日を笑えない状態になるでしょ。

なおかつ履歴書タトゥー掘らされた無辜クラスメイトだけじゃなく、いじめられてる張本人にも不利益なのは明白。なぜならばタトゥー彫られたくないクラスメイト一丸となって(ああ絆って美しい)いじめ隠蔽するだろうからだ。仮にいじめ被害者自殺したとしても内申書や履歴書に「同級生自殺」と記載されたくない点でクラスは一致団結してるのでウソをついてでも事故か何かを装うだろうよ。俺もそうするもん。

でもはてな村民犯人(と思われる人)を土に埋めてノコギリで引いてキャッキャウフフできればそれで満足なんだろうなー。

[重要]揚げ足とりが大好きなお前らのために言っとくけど「はてな村民」「はてなの皆さん」と主語がでかくてオマエモナーなのは承知してるし日本会議教義とかもよくわかんないし過激言葉遣い多めだけどただのレトリックネットスラングから突っ込まないように。あとidコールしてんのは晒したいわけじゃなくてマイオピニオンを届けたかっただけだよ。

[星をつけた皆様(書き込み時点)]id:retrokomachi id:yogurina id:toppogg id:Hige2323 id:tanaka6119 id:hatehate0920 id:porimern id:n_tomo id:peketamin id:repon id:atahara id:w400 id:test_neko_jp id:ineod id:yumenoa id:techboon id:uunfo id:LaNotte id:bbnaka314 id:rashtail28 id:uza_momo id:irukakorokoro id:respawn id:otoan52 id:black-tiser id:Aodrey id:indeee_333m id:Kassy8107 id:innoshimniac id:fu_kak id:flowerload id:kotobukitaisha id:tora2142kuma id:yukimurasama id:hopperjp id:vndn id:Ryotsubo id:hate1229 id:amikonds id:minoymmt id:Wanko id:greenbuddha138 id:takamurasachi id:ata00000 id:oobatomoyama id:six13 id:ririankou id:lli id:ZGOK id:omh41 id:natsukitchen id:HILOKI-T id:hirotanatumi id:bkios id:Shibe id:izum5 id:camellow id:kyo_ju id:i_ko10mi id:Nekomajin id:wumf0701 id:ryun_ryun id:Dai44 id:sigege id:accaman

2017-04-21

干支占い流行らない理由

干支12種類ある

星座12種類、血液型は4種類に人を分けて占う

年代別の性格の違いは月別より大きいし、12種類に分けるのだから星座血液型より的を射た占いが出来るように思うが干支占い流行らない

何故か考えてみた

1.学校同級生が全て同じ干支なので盛り上がらない、クラスメイトあいつと自分が似たような運命性格な訳がないと気がついてしま

2.干支は人に言ってしまったら正確な年齢がばれてしまう、いい歳になってきたら気軽に人に言えるものではない

3.有害である占い信者がディスられ担当干支子供を生むのを控えるようになり少子化に繋がる

実際日本人が今より迷信深く干支信者が多かった頃は

丙午は火災の多い災いの年だとか丙午の女は夫を食い殺すと言われていて、丙午に生むのを避ける為に皆が避妊中絶していたので出生率

丙午の1966年出生数は136097人出生率は1.58

前年の1965年の出生数は182370人出生率は2.14

1967年出生数193565人出生率は2.23

このように丙午だけドンと下がっている

自分の知る丙午の女達は実際気が強く夫を食ってる人が多いのであながち迷信ではないかもしれないが、丙午に産み控えるのがバカバカしいという親を持ち、周囲から気の強い丙午の女だと言われ育ちバブル世代なのも大きい気がする

まぁ今もこの年に生んだら確実にB型の子供が生まれますと言われたら産まない血液型信者とか普通に居そうだし干支占いが広がったら少子化に繋がり害しかない

考えてみたら流行らなくて正解すぎた

2017-04-16

人狼ゲーム ビーストside

リアルでの「人狼ゲーム」に巻き込まれ最初村人サイドとして狼を殺して生き残った主人公が、今度は狼サイドとして村人役の人間を殺す側に回る、という作品

ぶっちゃけ人狼ゲームにこういう「個人的関係」や「主人公性格」という要素を入れるとゲーム性が薄れるのでつまらなくなると思っている。「純粋ゲームとしてやるから面白いもの」に、無理やり人間性やら人命の大切さみたいな話を入れても、プラスにならないどころか無粋な感じになる。実際「主人公=村人サイド」だった前作は主人公性格に難点があったことも合わせて微妙な出来だった。

しかし、前作「村人サイド」側の話において、主人公自分が生きるためにクラスメイト犠牲にするという決断を行った。このことで主人公内面において変化が生じ「前の戦いで」犠牲にした人をムダにしないためにも自分意思で人を殺そうという状態になっている。そして、今作では主人公と他の人間との関わりは弱いため、ゲーム的要素が前作よりは強くなっている。

……と思ってたんだけど3巻で「人狼ゲーム」としてみたらやっちゃいけないことをやってるのでどうしても評価できない。その不測の事態から切り返しが悪いとは言わないがフェアではない。フェアじゃないやり方で主人公側が勝つとか、物語として最悪。自分で程度の低い作品って認めてるようなもんじゃん。

ラストシーンも、この作品は結局何がヤリたかったのだ、という根本的な問題ダメ人狼ゲームをヤリたかったのだとしたら人狼ゲームとしては途中から破綻したし、主人公人格簡単豹変しすぎてそれを物語として全く回収できてない。読んで損した感強い。

成金の子供が、ヤンチャが多い地域公立学校に通うと

育ちがいいわけじゃないし、親が成金なだけだけど、実家は近所の中では金持ちの部類だった。

長女だから構ってもらったし、モノには苦労しなかった。自分は、よく言えばのほほんとした人、悪く言えば世間知らずのボーッとした人間だ。

通ってた公立の小中学校の学区に大きい市営の団地があって、同級生の半分はそこの子だった。片親率は高いし、同級生父親職業は聴いちゃいけないって暗黙のルールもあった。いい奴もいるけど、少しヤンチャすぎるのもいた。そこでは金持ちは悪であった。でかい家に住んでるだけで恥ずかしかった。あまり目立ちたくなかったけど、いじめられた。

そんな学区に一軒家たてる親も親だし(親も出身は県外なので仕方はないが)、大学の附属とか私立にワザと通わせないのは世間知らずだ。というかガチ虐待の部類。

高校は、その土地富裕層が多いとこに建てられた学校だった。公立だけど、地方なので富裕層の子供とかが多かった。自分と似た環境人間が多かったから、友達も多くて楽しかった。中学ヤンチャな人たちの話をすると本当にビックリされた。学区に団地があるのと、一軒家とかマンションが多いのとでは環境が違いすぎる。

家を建てて子供を育てようとするならば、建てる場所地域柄は大事。ワザと公立に通わせても、他のクラスメイトとの差で義務教育の9年間悩まされて、その記憶をその後の10年くらい悩まされた人間もいることを知っておくべき。

2017-04-15

こんなゴミみたいなマンガの作り方があってたまるかふざけんな

http://anond.hatelabo.jp/20170415182325

最後まで読んだら、あとがきに予想の斜め上のことが書いててブチ切れそうになってる。

今だから告白しますが、僕はこの物語第一話を作り終えた次点で次の話をどうするか全く考えていませんでした。

キャラクターも主要な人物以外は何も考えていなくて、近藤先生クラスメイト全員分のデザインを先に自由に描いていただいて後から僕がそのデザインに適宜キャラクターをつけていくという変わった方式物語を作っていきました。

言い訳ではありませんが、こうした物語の作り方こそ、マンガ醍醐味ではないか勝手に思っています

それをどう料理するかは来週の自分に任せる。僕はそんなひりひりするマンガの作り方がとても好きです。

そんなひりひり感を読者の皆様にも味わっていただけたのなら、こんなにうれしいことはありません!

ふざけんなああああああああああああああああああ!!!


私はこの部分を読む前に、先の感想を書いた。

まり支離滅裂な内容や展開、一貫性のないキャラクターたちのブレ具合に頭がクラクラしたと書いた。

まさかこんなアホな作り方をしていたとは思わなかった。

確かにそういうマンガの作り方が当てはまる作品はあると思う。そういう作り方がうまくいく人もいるだろう。

だが、こういう人間を描くのが大事作品でそれはダメだろマジで。そして、お前のような人間がやっちゃダメだろそれ。

多分終わり方は最初から決めてたんだろうなと思ったし、実際3巻の途中で思った通りの結末になった。

その過程はもうぐちゃぐちゃで、

特に最後は殺しきれなかったキャラを強引に殺しただけ。

そういう意味不明な展開だったから、最後主人公ラストシーンのような選択をする説得力が全くない。

もうほんとひどい。

なんだこれ。なんなんだこれ。

ゴミマンガと言うだけならまだ許せるが、作り方も最初から読者を舐めきった作り方をしており、

それを誇っている作者のコメント

自分天才だと思ってる馬鹿作者としか思えない。

それをどうどうと載せるヤングアニマル編集部


すべてがゴミすぎてすごい腹がたった。

2017-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20170414110230

増田がどの地域で生まれ育ったのか知らんけど、ワイの地域在日の人がクラスに1割はいるような環境やったさかい特に在日理由としたヘイトのようなものは基本なかったで?

普通に金くんとか林くんとかクラスメイトとして接しておったし。

まあ、中には相性悪そうな人もいたが、特に彼らが虐げられるような環境にはならんかった。

故に、隠すよりも公開する方がメリットだと大凡在日の人は判断すると思うんやけど、増田はなぜ隠し通したんかね。

純粋に気になる。隠す理由ってそんなにないだろ。

2017-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20170330204723

この増田みたいにパンツを1枚1万円で買おうって人がたくさんいるとは全く思えないのだが。

高校クラスメイトで考えたとして、男子20名のうち買おうって人は1人いるかいないかくらいの気がする。

恋愛経験値不足

中学高校田舎公立で過ごしてきた。昔から勉強はできたが、運動が苦手で異性には好意を寄せられなかった。

中学の頃はただ好意を寄せられないだけだったが、高校では担任教師が昔から体育会系で、運動ができない僕は格好のおもちゃだった。学内テスト模試の結果が返ってくるたびにこの教師クラスメイトの前で、僕に向かって「勉強しかできないやつはつまらない、もっと運動しろ」と言い、しまいには女子クラスメイト複数に「勉強しかできないこんな男嫌だろ?w」と投げかけ、僕をクラスの笑いものにしていた。

こんな底辺人間と関わりたくないと一念発起し、更に勉強を頑張ることで東大に入ることができた。しかし、この高校の頃の出来事が軽いトラウマになっているのか、女子と話すときに「どうせこいつも内心では僕のことを馬鹿にしているんだろうな、気持ち悪く感じているんだろな、見下されているんだろうな」という考えが離れず、どうしても距離をおいた付き合いしかできないでいた。この考えが間違っていることはわかっているのだが、サークルなどに入っておらず、触れ合う女子東大女子に限られる場合、ある程度当てはまってしまう。彼女らは容姿いいわけでも勉強が平均よりできるわけでもないのだが、プライドが高く、そして東大という女子率の低い環境にいるため、リア充的な東大男子にちやほやされているからだ。

話がそれたが、要するに女子に対する嫌なイメージが払拭できないでいたのだ。

この状態のまま2年を過ごしたが、ここで転機が訪れた。簡単な話、友人にピンサロに連れて行かれたのだ。天国だった。かわいい女の子が僕のことを一人の男として(客としてだが)見てくれ、しか性的好意を許すような関係になれるのだ。女の子に認めてもらえるということがとても嬉しかった。ピンサロに通うことで女子への嫌なイメージが薄れ、なんだか彼女が欲しくなってしまった。

今年から大学三年、どうすれば彼女を作れるのだろうか?知恵をお借りしたい。

同じ大学女子は嫌で、他大のウェイウェイしたインカレサークル自分には空気が合わないことがわかりきっているのでどうすればいいかまったくわからない。

もう手遅れなのだろうか?

2017-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20170327183559

俺の経験を書くね。俺の友達の話だ。友達っつっても超仲良かったかと言われても微妙なんだけど。まぁ、何かあればそこそこ世間話ができるクラスメイトだったのは確かだ。高校卒業してから同窓会という名の飲み会でも顔を合わせてはお互いの近況について話をした。明るくそつのない印象は高校時代と何も変わらなかった。まさか彼女あんなことになるなんて誰も想像すらしてなかった。

様子が変わったのは大学卒業して社会人になってからだった。元々スリムだった彼女だったが、しばらくぶりに会った彼女は頬がこけ、まるで別人のように痩せてしまっていた。あまりの変貌ぶりにその場では何も言えず、後から彼女友達に何があったのかを確認した。そいつも詳しくは知らないようだったが、どうも彼女拒食症じゃないか、というのが通説だった。食べ物ほとんど食べられず、食べてもすぐに戻してしまう、とか。ストレスが原因でかかることが多いらしいが、彼女が抱えたストレスがなんだったのかは誰も知らなかった。一説には彼女が勤めていたIT関係職場問題があったとか、長らく続いていた恋人と別れたのが原因じゃないか、とか。結局のところ、俺にはわからなかった。

ある日、彼女友達からLINEで「彼女が亡くなった」と連絡があった。風邪から肺炎になったのが直接の原因だったらしい。

俺は葬儀に出席した。高校の知人を中心に、こじんまりとした式だった。出棺の前、花を棺に投げ入れる時、彼女の顔を見た。綺麗だった彼女の顔は見る影もなかった。落ち窪んだ目は閉じられながらもそれを拒否するかのように少しだけ開いていた。彼女の光のない瞳を俺は見た。背筋を寒気が走った。

「みんな大人なっちゃうんだね」

亡くなる前、彼女を含む数人で遠出をした時、消え入りそうな声で彼女は言った。その車内で起きていたのは運転手である俺と助手席に座っていた彼女だけだった。「しゃーないよね」と返すのがやっとだった。彼女は助けを求めていたんじゃないか。俺が手を差し伸べられていたら。もう二度と光を映さな彼女の瞳を見た時、その時のことを思い出さずにはいられなかった。

元増田に俺が言えることは何もないんだが、俺は彼女最後の顔を見て、月並みだが、人生が変わったんじゃないかと思う。命について、真剣に考えることが増えたんだ。

彼女の顔は今でも鮮明に思い出せる。きっと一生、忘れることはないと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170326234128

イベントに参加したり、レイヤーになったり、カメコになったりするレベルには意識的にならず

クラス勢力に合わせて口だけ「私って結構オタクなんだよねー」とか言って上手く世渡りしてるクラスメイト

名大学受かって東京行っちゃったりするのも、昔のヤンキー時代と同じ

つの時代収入とは別のヒエラルキー学校には必要

2017-03-17

子供が欲しくない

私は20代前半。

人生で一度も、子供が欲しいと思ったことがない。

理由を色々考え、出た結論は「面倒なことが増えるから」だった。

妊娠出産育児エッセイを何冊か読んだ程度の知識なのでザックリとしているが、

つわり地獄のような苦しみや、大きなお腹を抱えて生活することの大変さを知った。

食生活に気を使い、妊婦に優しいアイテムを買い、定期的に病院検査し、マタニティスクールに通い、

役所病院費用補助金申請し、生まれてくる子供のためのグッズも揃えないといけない。

この時点で「めんどくせぇ~」と心の底から思った。

出産もめちゃくちゃ痛い。無痛分娩もあるが、「産むときだけ痛くなくても、いてえのは陣痛だよ陣痛」と

母親によく言われるので、まったく痛みのない出産はまず無理なんだろう。怖い。

まあとにかく生まれました。おめでとうございます。あー終わった終わった、というわけにはいかない。

この世の右も左も分からない赤ん坊を、同じく育児の右も左も分からない母親が育てるって超難易度高い。

でも面倒だからお世話やめた、なんてことはできない。もう生まれてるんだから

もしも子供が生まれつきの持病を持っていたら。不便なアレルギーがあったら。アトピーがあったら。

とんでもなくブサイクだったら。発達障害だったら。学校いじめられたら。逆にいじめっ子になったら。

夫が育児に非協力的で理解がなかったら。偏食だったら。

同じクラスメイト母親が変な人だったら。担任先生が変な人だったら。

PTAが面倒臭かったら。受験に失敗したら。就活に失敗したら。悪い友達とつるんだら。

学生のうちに妊娠したりさせたりしたら。「産んでくれって頼んでない」と言われたら。

様々な不安が尽きない。そのくらい我慢しろよと言われるものも沢山ある。

でも嫌なのだ可能性として起こり得ることを考えると、子供はいらない。

子供に何かあったとき自分人生経験知識が乏しすぎてフォローできず、母親失格になってしまう。

子供もきっと苦しむ。

これまでの人生出会ってきた多くの選択出来事は、「ミスしたら自分に返ってくる」ものだった。

志望校に落ちようと希望の会社に不採用になろうと、嫌な思いをするのは自分だった。

勉強しなかったツケ、就活対策をちゃんとしなかったツケは自分に返ってくるだけ。

しか妊娠中の生活に気を使わなかったり育児を面倒臭がって放棄したら、苦しむのは自分ではなく子供である

親が徹底的に子供の見本となり、子供を守り、道に迷ったときに手を差し伸べなくてはいけない。

自分がそんな立派な人間になっていないのに子供を作っては子供がかわいそうだと本気で思っている。

デキ婚する人はどうしてすぐ産もうと決断できるのかわからない。その度胸はどこからくるんだ。

たまにネット出産が「3000万ガチャ」と揶揄されるが、本当にそのとおりだと思う。莫大な金がかかる。

そんなガチャをうちの親は私の前にも何度も回してきた。尊敬する。

今まで何人か彼氏がいたし、今もいる。

「この人と結婚したい」とは思っても、「この人との子供が欲しい」と思ったことは一度もない。

ずっと2人きりでいたい。夫との時間を独占したい…とよく思っていたけど、

まあずっと同じ屋根の下で2人でいたら、恋人時代気持ちなんてすぐ消えて

だんだん生活マンネリ化してきてうまくいかなくなったりもするんだろうな。

から子供がいたほうがいいのかもしれないけど、そんな緩和剤代わりに子供をポンとつくっていいのか。

妊婦子連れベビーカーバッシングネットでよく目にする。

保育園も落ちれば国に死ねと言いたくなる。

育児中にあった嫌なことや肩身の狭い思いをした体験談も沢山見る。

(家庭板のまとめを読むのはやめたほうがいいかもしれない)

自分がその当事者になることを恐れている。

私が万が一妊娠してしまったら、周りは「おめでたいこと」と捉えるから、きっと産むんだろう。

人間ひとりつくって育てるというとんでもない行為は「やっぱりやめた」ができないから、恐ろしい。

今付き合っている彼氏とうまくいって結婚の話が出たとして、「子供が欲しい」と言われたら本気で悩む。

「夫が子供を欲しがっている」とか「(義)両親が孫の顔を見たがっている」という理由

私が折れて妊娠出産していいものなんだろうか。母体は望んでいないのに。

周りが希望してるから命をつくるなんて無責任ではないだろうか。

「産んでくれって頼んでないのに!」って子供に言われてしまったら、

「私だって産みたくなかったわ!」って思っちゃうんだろうか。

私は自分に面倒事を沢山もたらした原因である子供を愛せないんじゃないか

どんな理由であれ、私のように子供が欲しくない人はきっといるんだろうけど(多分)、

子供は欲しいもの、望むもの、みたいな風潮が世間にある。

少子化という言葉があるということは、子供とは「産んで増やさないといけないもの」なんだろう。

私か相手子供をつくれない体なら仕方ない。それよりも「つくらない」ほうが周囲から疑問視されそう。

育児がしにくい世の中になってるのも問題だけど、そういう社会的な面よりも私の心理的な面が大きい。

こんな私が、子供が欲しいと素直に思える日はくるのだろうか。

それとも、たいしてよく考えないまま流れに身を任せていたら、案外大丈夫なものなんだろうか。

一応言っておくと、親に虐待されていたわけではない。むしろ末っ子なので甘やかされて育った。

子供はあまり好きではなかったけど、最近は仲の良さそうな親子を外で見かけると微笑ましいと感じる。

ただそれは楽しそうなほんの一部分を見たからで、

その場面を自分が得るまでにどれほど苦労しないといけないのかと考えると子供を欲しいとは思わない。

甥・姪をめちゃくちゃ可愛がってしまうのと同じだ。

あと、反出生主義という主義があるけど、そこまで過激な考えではない。出産尊いものだと思っている。

私は出産したくないというだけ。

今ふと思ったけど、学生時代全然楽しくなかったことと、この考えには関係はあるだろうか。

まらない地獄のような学生時代子供に味わわせたくないとか無意識に思ってるんだろうか。

そこはよくわからない。

とにかく、子供をつくることによってありとあらゆる責任が降り掛かってくるのが面倒で耐えられない。

面倒事は回避したい。だから子供はいらない。

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170314181833

長男気質からなのか

小学生の頃から社会人の今に至るまで

年賀状クラスメイト職場の同僚全員に出し

義理チョコには義理チョコを返すように心がけていた。

しかしながら5年に1回ぐらいは

調子にのってチョコなんて配って何を企んでいるんだ。

勘違いも甚だしいし下心見え見えで気持ちが悪い。しね」

という内容の影口を叩かれていることを知ってしまう。

実際に聞いたこともある。

思えば1月1日にくる年賀状も多くて7枚。

平均3.78枚。

ももう今年で27歳になります

これからは分をわきまえて

年賀状上司しかさないし

義理チョコを誰かに渡すこともしません。

人間として人らしく社会に受け入れてもらえるよう

分をわきまえて慎ましい暮らし精進していく所存なので

どうかお手柔らかに。

2017-03-10

化粧したことがない就活生に薄化粧を教える

就活を機にドンヨリいそいそとスッピンじゃあれだよなぁ等とググり出した過去の私へこのエントリを送る。

そもそも世の中の初心者向け就活メイクというのは丁寧すぎる。もちろん化粧というのはお絵かきのようなプラモの塗装のようなものから丁寧に工程を積んでゆけば仕上がりは違うし、就活においては就活ルールの許す限り仕上げられるところを仕上げたくなるものだ。

しかしこちとら化粧なんてもの七五三で唇を紅に染められて以来、中学高校もこっそり色気付き出したクラスメイトを傍目に素肌で生きてきている。描けば描くほど、この状態はあっているのかと不安になるのだ。

そこで、今回は最低限の薄化粧についてレクチャーする。(悲しいことに多分今から話すのは多くの女の子中高生で通っている部分かもしれない。)

ビフォーアフターの違いは「自分の顔だから鏡で違いがわかる」程度で、「きちんと化粧をしている」感は求めない。それは貴女にはまだ早すぎるし、そもそも職種によっては「化粧がちゃんとできているか」は論点ではない。インターン等で、人事ではなく自分採用される職種若い女性の化粧をチェックしてみよう。同じ社内でも人事のお姉さんは「そもそも化粧するひと」が採用されてる率が高い。また、例えば技術女性でも、年齢に比例してどんどん化粧がしっかりしてくる。

ここで求める化粧の効果は「すっぴんじゃないかマナーをわきまえられているぞ!」という内心の自信と、純粋な化粧の効果すなわち「見た目の印象を詐欺ることで同じ言動でも感じよく思わせる」こととする。いいか一部のサービス業接客業セクハラ親父のお膝元じゃなければそれで十分なんだ。

長くなりました。

本題に入ります

まず前提として(まだ塗る話にいけない)洗顔と保湿はこれまで通りでは足りなくなる。化粧と化粧落としは肌に悪いので意識しないと荒れてくるので、放置派の貴女も最低限化粧水は用意するように。心細いなら乳液も。化粧水は洗顔後と化粧前に顔にパシャパシャ付ける。

銘柄ドラッグストア定番商品っぽく売られてる安いやつでよい。最初は選び方がわからなくてもだんだん「クサい」とか「こんなの水道水とかわらないのでは」とか好みが見えてくる。徐々にPDCAを回して行け。個人的にここはあんまり安いと怖いか百均は避けておきたい。

次に、毛をなんとかしよう。ひげとほほげは剃ろう。足腕ふくめカミソリを使ったことないなら切り傷をこさえちまうから剃らない方が良い。とはいヒゲが濃い自覚があるならせめて「横滑り防止」とパッケージに書かれているものを慎重に。切れ味カミソリ級のものを顔に当てるので不慣れだと血が滲みまくる。

フェリエという電動カミソリが絶対切り傷ができないのでとてもおすすめだけど4000円弱するので無理にとは言わない。

眉毛は剃るより抜く方がゆっくり処理できるし怪我もないから抜こう。幸い今は太眉がはやっているので俺物語でもマイナスは小さい。まずは眉間と瞼だけでよいので「そこは眉じゃないでしょ」というところに生えているやつらを抜き尽くそう。濃い人は特にそれだけでは心もとないかもしれないが、眉毛本体を変形させるような行為には慎重に。しばらくテレビ雑誌美人眉毛をまじまじと見る期間を持って勉強していこう。

さてやっと塗って描く話にしよう。ここで化粧童貞が誤解しているのは「化粧は基本的に色が薄くて透明度が高い」という点である例外アイライナーと一部のコンシーラー口紅(ルージュグロスではない)くらいなもので、基本的に画用紙にクレヨンで描いたようには塗られない。うすーく塗って、すこーし変えるものだ。

世の中によくいるガッツリ塗られている人は、カバー力が高い色んなものを何層にも厚めに塗っているもので、普通にささっとやると、ああはならない。

化粧下地ファンデーションを使いたいなら必要になる。化粧のノリが違う。

化粧のノリといわれてもよくわからいかもしれないが、化粧以外に例えるなら素材による汚れやすさとか汚れの落ちやすさが似ている。電柱にぶつかってウワッというくらい汚れる上にちょっとはたいたくらいじゃ変わらないのがノリが良い状態である下地第一役割ファンデをノセることなので、化粧水と同じで、割となんでもいい。逆に下地にも使える日焼け止めもよいだろう。下地ミスると肌が荒れたり乾いたり、ときにはかぶれたりするので、訝しんだら早めに使用中止&買い替えを。これは他も同じだけれど下地BBクリームファンデ商品点数豊富な上に、体質に合わない時は明確に合わない。自分の好みや肌質が掴めてくるまではプチプラ試行錯誤を。

BBクリーム、あるいは「下地がいらない」と書いてあるファンデなら下地不要だ。

次に、ファンデとどっちが先でもいいけど、コンプレックスがあるなら(目のくま、鼻の赤み、部分的なくすみやニキビ跡など)コンシーラーを塗って隠す。これは質感は二の次でとにかく塗り潰すというものなので多様すると変になるのでピンポイントに。合う商品はかなりケースバイケースなので(塗り面積、地肌の色、症状など)、値段が3ケタのものから買っては試すしかない。具体的なブランドでいうと、キャンメイクセザンヌケイトちふれメイベリンあたりが定番か。百均最近ふつうに使い物になるらしい。

次にファンデあるいはBBクリーム。これは、顔の色味を整え、かつ質感を盛るためのものだ。顔がテカりやすい人ならパウダーファンデ、それ以外ならBBクリームでいいだろう。1000円台が安くてそこそことしては相場。ここで欲張って色白になろうとすると事故るので、なるべく地肌に近い色をできればドラッグストアで顔に、抵抗あるなら手や腕に塗って試す。いざ顔に薄く塗り伸ばすと何も変化が無いような印象があるが、もう一度言う、そういうものだ。肌荒れが気になったり塗る行為に抵抗があったらCCクリームを買おう。CCBBから塗り潰す力を犠牲にして代わりに色々いいことがあるようなやつである

BBクリームリキッドファンデの上からフィニッシュパウダーあるいはフェイスパウダーを塗るのが定石だけどまぁ、無くてもまぁ。

文を打つのに疲れてきました。

チークは顔色が良くなるので必須ほとんどの人がピンクが似合うタイプの人いわゆる「ブルベ」か、オレンジが似合う「イエベ」のどっちかだけど、売れ筋人気はコレと書かれたのを選べは大抵ピンクオレンジ中間の色なのでそれを買おう。プチプラ相場は3ケタ円。本当に塗ったのかどうかよくわからいくらいにほっぺのらへんに載せればオッケー。

眉を描くなら、自眉が薄いなら、「輪郭ボケてていいから、眉が有る」という状態まで持っていけば良い。描くと眉が有るようになるので自分でびっくりするので、まずはそれに自分で見慣れてから形状は徐々にトライアンドエラー修正する。

アイライナーは今の流行からしても別にいらない。アイシャドウはいらん! 不慣れだとラメパールにびびる。(化粧することに慣れてから、目元は塗りがいがあるので手を出してみよう。まずは焦茶色の単色や、パッケージがまぶたの形になっている「見たまま塗るだけ」商品から。)

ビューラーは失敗も少ないししたほうが良いけど、まつ毛が抜けたりまぶたを挟みやすかったり苦手なら無理しなくていい、とはいえ、まつ毛長いね〜とよく言われる人は変化が大きいか練習したいところ。つけま? いらん。カラコンもいらん。

くちびるは荒れてるならまずはリップクリームで治そう。色が薄い、あるいは悪いならプチプラ商品を試す。安いのはどれも一長一短。特にコンプレックスは無いなら放置でよい。

あと何かあるかな

ああ、クレンジングは(同じ価格帯なら)化粧が落ちやすものほど肌に悪いので、肌の調子自分マメさ丁寧さを見ながら…。

家にもうすぐやっと着くので終わりにします。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309211010

なんで小学校教員ルール説明しないんだろうな

体育の時間サッカーやらされた時、

監督してる奴は国語の、いかにも知らなさそうなババア教員だった

クラスメイト勝手に盛り上がってて、

説明をさせるのも申し訳ないんでそこら辺ほっつき歩いてたら

そのババア教員が「ほら、ショータイムショータイム

頭ファックされてんのか

体育で何が一番嫌だったって

怠けてる、ふざけてるって言われることだった

小中学生の時は日頃の行いが良い生真面目な増田くんで通っていたので

ちょっとくらい何か失敗してもお咎めなしだったが、体育の時「だけ」周りが別人のように冷たくなるのがキツかった

正直どう見たって誰よりも息切れしてゼエゼエハアハア言って嘔吐寸前、毎時間死にかけてたのに

あいつは怠けていると白い目で見られ、聞こえるように悪口を言われた

別に走る距離を短くしてもらってたなんてこともないし欠席もしてなかったけど

「凄く息切れしてるね、大丈夫?」なんて先生にもクラスメイトにも一度も言われず成績は五段階中ずっと二だった

高校大学底辺からかだいぶゆるくて楽だったな

小中学生の時には一切なかった競技ルール説明指導もしてくれたし

ちゃんと出席してるからってそこそこの成績をもらった

最近では、左右の目で視力が大幅に違うのに黒板の字は読めるからという理由眼鏡なしで生活していたり

脈拍が人より速めで血圧も低め、扁桃腺も常に腫れ気味で喉が詰まっている、空間把握能力も低いのが

ボールをうまく追えない・すぐに息切れする原因ではないか?と分かってきたので

今なら自分なりに対策を練ったり、自分はこういう体質だからしょうがないと諦めがついたり

周囲に説明したりもできるのだろうが

子どもの頃はただただわけもわからず苦しくて辛くて死んでしまたかった

体育があると思ったら子どもの頃になんて絶対に戻りたくない

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