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2017-03-28

洋画ポスターがダサくてもいいという考えには賛成できない

本職のデザイナーさんたちが日本映画ポスターダサいのはしょうがないじゃん

みたいなことを言っているようですが

「多くの人に見てもらおうと思ったらそうなっちゃうんだよ~」というのには全然賛成できません

あのね、ララランドはいいと思うんですよ ああいうのは多くの人に見てもらいたいって映画でしょ

JK狙いの青春邦画ポスターもいいよ 家族で行くキッズアニメ映画ポスターもいいよ

そういう、普段映画半年に一回観に行くか行かないかみたいな

人たちも狙ってる映画ならそりゃそうするしかないですって思うんですよ

でも、これ一体誰がわざわざ映画館まで観に行ってんのかなみたいな映画あんじゃないですか

それレンタルに出るの待てばいいじゃん100円だよみたいなの

そういう映画ポスターはダサくちゃダメ

要するに、映画好きな人たちだけをターゲットにした方がいい映画ってのもあると思うんです

って言うと映画好きはポスターがダサかろうがダサくなかろうが

観に行くから関係ないとか言っちゃうんでしょ知ってます

さすがにねぇ映画好きったって個人の好みあるからジャンルによってはスルーしたり

これ地雷っぽいかレンタル待とうとかあります

そういう人たちによしスクリーンで見ておこうって気にさせるのに

ちゃごちゃした文字入れはいらない だってそういう人たちは気になったら調べるし

映画についての情報自然と入ってくるようなアンテナも持ってるんだから

あと、ダサいポスターだとすごいつまんなそうに見える

映画の内容とポスターのダサさは関係ないって分かっていてもやっぱりダサいポスターだと映画本編もつまんないし

部屋に飾っておきたくなるようなポスターなら映画面白いだろうなって、そういうのありませんかね

逆にさ、映画好きしか観に行かないだろーなみたいな映画説明文だらけのポスターにしたことで、

本当にみんな観に来てんですか?

そもそも大ヒット作を観に来る人たちは周りもみんな観てる(=だから面白い)とか

CGアクションが凄い(=動いてるところを観た)とかそういう理由で来てるんだろうし

アニメ映画ならテレビ放送ときバンバンCMやってるはずだし

JK向け映画も、映画のものより友達とか彼氏と「一緒に時間を過ごす」ことを目的に観に行くんじゃないかと思うんですよ

そういう人たちに、説明文で「へー面白そうだね」って思わせても「レンタル屋に並んだら観よう」って思うんじゃないですか?

ちょうど二週間前のことだ

ふざけて昭和青春ドラママネをした

太陽バッキャロー

まさかこんな事態になるとは思ってもみなかった

太陽メンタルがここまで弱かったとは

責任を感じている

2017-03-26

日本では金使う遊びばっかりで貧しい!ドイツでは友人と散歩しておしゃべりする遊びが主流!」

こういったコメントにいっぱいお星さまついてたけど、みんなこんなのがいいんだ?

友人と散歩しておしゃべりって…そりゃたまーにならいいだろうけどさあ、友人とわざわざ時間合わせて遊ぶ時にそんだけでいいのかよ。

お互い忙しい仕事の合間をぬってスケジュール合わせてたまの休みを使って、で散歩。いや、いいよ?たまーにならさ?それが理想的だし当たり前になれって言われてもねえ…。

金使うことの何が悪いんだ?気の合う友人とせっかくだからお金使って飲み食いしたりカラオケとか遊べるところで遊んでもいいじゃん。

と金使って遊んでるからと言って、しゃべったりしてないわけじゃないしなあ。

そりゃ根源的なものだけ抜き出せば「友人と散歩しておしゃべり」だけでいいだろうけど、そんなんで間が持つの?みなさん普段コミュ障とか会話が苦手とか言ってませんでしたっけ?まさか「友人となら滞りなくしゃべれるし、もしそういう風に喋れないなら真の友人じゃない」とか言っちゃう童話青春ドラマみたいな考えしてる人が多数なのかな。人間、何年も生きてればそうじゃないって普通気づくはずだけど。まあ、間が空いても気にならない関係は確かにあるけど、その場合散歩中にぼーっとすんのか?たまの休みを使って間を楽しむ。ずいぶん粋ですね、みなさん。

つか、金払う遊びの中でも食事しながらの友人との会話ってかなり上質な遊びの部類だろ。別に家で作って招くのでもいいけど、それだと遊びというよりはなんかホームパーティーとかそっちの部類になるよね。

みんな、こういう一見して理想的なようだけど、絶対実行しないだろうみたいな概念が大好きだね。

あと「心が貧しい」的なマウンティングもみんな大好きだね。「心が貧しい」なんてただの言いがかり以外の何物でもないのに。




http://anond.hatelabo.jp/20170325194531

2017-03-23

祖父母のお葬式映画の話

先日、高齢だった祖母が亡くなった。

遠く離れて暮らしており、交流子供の頃から夏休みと年の暮れにほぼ一日ずつ。

世間でそれが多いか少ないかは知らないけれど、一人っ子だった父方の、より高齢だった祖父母宅への泊まりがいつも優先されていて

私の中で母方の祖父母は「二番目のおじいちゃんとおばあちゃん」だった。

関係は良好だったと言っていい。けれど母方の祖父母には、その家に近く住む叔父叔母イトコが何人もいた。

私と名前の少し似ているイトコたちと私へ、祖母はいつも名前を呼び違えた。

お葬式で私はきっと泣けないだろう。そう思っていた。だって祖父の時には泣けなかったから。泣かなかったから。


先に亡くなった祖父お葬式の時。

泣いているイトコを見て「ああ私は泣いていないな」と思ったのだった。

祖父との思い出をたぐりよせようとして、交流の深いイトコたちを差し置いて私が泣いていいのだろうかとも思った。


ところでここで映画の話になる。「エンディングノート」という映画だ。

祖父葬式からしばらくして、映画館で見た。

内容は、ガンで闘病のうえ亡くなったお父さんの姿を娘さんが撮影したドキュメンタリーだ。静かで私的映画だ。

娘さんにはお子さんがいる。お父さんがそのお子さん、つまり「孫」と対面するシーンがある。

「孫の存在のものをお父さんが大事だと感じている」のがもう映像からひしひしと伝わる。美しいシーンだ。

祖父を亡くした後に私はその映画を見て「人というものは生まれたという存在だけで大事に思うことがあるのだ」と思った。

あんな風とは違うにしても、私が生まれとき祖父母は子供大事存在ができたことを喜んでくれただろうと思った。

祖父お葬式で泣けなかったことは私の中でどこかわだかまっていたけれど、一つの解を映画からもらった。

母方の祖父だけでなく父方も含めて。繋がりがほかより薄いなんて判断できない。

それに私にとっても大事な両親の、大事な人たちだ。


…戻って、祖母お葬式の話である

上記の祖父映画の話を経ていたので「泣けないだろう」とは思ってもつらすぎることはなかった。

お棺へ花を入れるくだり、イトコたちは泣いていた。私は泣いていなかった。

でも「お父さんとケンカしないようにね」と言いながら叔母が花を入れて。弟がそれに「よくケンカしてたね」と軽く囁いてきたとき

──私も知ってる。と思ったらふいに涙が出てきた。

ヤンチャな悪戯っ子のような物言い祖父と、面倒見はいいが口うるさくあしらう祖母のやりとりが浮かんだ。


そうしてもう一つ、その数日前に見た映画を思い出した。

「ぼくとアール彼女さよなら」という、やさしい青春映画

その中のとてもいい台詞を思い出して、またひとつ、すこし赦されたような気がした。


自分に対してどこかに書いておきたかったのと、

映画好きなので私に大事ものをくれた映画のことを宣伝したいなぁという気持ちで書いた。そんだけ。

2017-03-22

アイドルとは何ぞや

アイドルとは何ぞや

只今、16歳のJK

から高校二年生の青春真っ盛りのこの時期に私はジャニオタをやっている。

もちろん学校生活は充実しているしジャニオタではない友達もいるし彼氏はいない。彼氏はいない(2回目)


そんな私の生活の中心はジャニーズである

ジャニーズのためにバイトをしてジャニーズのために大阪福岡東京へと飛んでいき、

ジャニーズのために彼氏は作っていない(彼氏は出来ないだけ、ごめん)


そんなジャニーズ中心の生活を送っている私は小学生からジャニーズが好きである

くそDDのため、少クラは毎回録画、ジャニーズ番組も当然のように録画。

何があっても絶対リアタイ

ただ私にも周期的に担当ができる。

それはデビュー組であったり、Jr.であったり。

元担は2年くらいだった。

もちろん今でも元担のことは好きだし番組も見ている。

今の担当半年目くらい。

から、つまり、私はDDの事務所担という事になる。

そんな奴にアイドルジャニーズを語られても(笑)と思う方もいるだろう。

いや、いる、絶対いる。

まあ、語るけど。




ざっくりいうと、最近ジャニオタが嫌いだという日記であり、

自己満のため誰も見ないでびっくりマーク×100って感じ。


ここで本題に入るが、アイドルとは何ぞや。

最近奇妙なことにジャニーズの匂わせ彼女がどんどん増殖している。

ホント怖い、ペーペーJKにはこんなの耐えられない。無理。

何が耐えられないってジャニタレが叩かれてる事だよ!!

匂わせ彼女と付き合ってるジャニタレが叩かれることに関しては

興味ない。いや、ほんとに興味ない。だって関係ないし(やめろ)

そんな彼女しか付き合えないジャニタレが悪いんじゃ―ん。


ただ、週刊誌となると話は違ってくるんだよ。

週刊誌にとられるって事はその記者の人にストーカーまがいの事されてるってことだからね??

とられるジャニタレが悪いんじゃなくて撮った週刊誌が悪いんだよ。

そういえばジャーナリズム大賞とかよくわからん賞をベッキー不倫記事で文春が取ってたこと納得いかない。

世も末だな。私なら皆を幸せにする記事に大賞取らせるわ、ふざけんな。

話は逸れたけど、何でそんなに最近ジャニオタって偉そうなのかなーって。

いやね、ジャニタレお金を払ってコンサート行ったりグッズ買ったりCD買うのって

そのジャニタレにそれだけする価値があるからなんだよね。

貢いでるなんて一回も思ったことないしこれからも思わない。てか、思えない。


お客様神様時代なんてもう終わったんだよーそもそも来てなかったんだよーって

全国のジャニオタに行ってまわりたいくらい。

自担生活費になると思って買ってるってのも別にいいと思うけど、

そのお金をどういう風に使うかはそいつ自由じゃん?

何でお金の使い方までオタクが決めようとしてんの?


あ、論点ずれてた。ごめんね。



私の応援スタンスちょっとマイノリティみたいで、

基本自担は何してもいいよってスタンスなのね。

名前出して悪いけど、関ジャニ∞コンサートのMC中に元カノの話したもんね。

私はむしろウエルカムだったしめっちゃテンション上がりながら見てたけど一緒に見てた友達ドン引きしてたわ。

ちなみにその子は今もエイターでその時もエイター

私は一緒に見てただけでその時はジュニア担当してた。


まあ結果、アイドルとは何ぞやって問いかけてみたくなったんだよね。

あなたにとってのアイドルとは?

アイドルに夢を見る人も元気もらう人もリア恋する人もいろんな人がいるけど、

アイドルと言えど、人間ですからね。

あなたの思い通りにならなくて当然。

こうして欲しい、ああして欲しい、これはやめて欲しいって望むのは良いけど強制しちゃだめだよ~。

もう一回立ち止まって考えてみて?

貴方がしてる事はジャニタレにとって有益なこと?

本当のファンとかそういうの嫌いだけど、

少なくとも自担迷惑かけないって事だけは守るべきだとは思うよって話。




ちなみに私にとってのアイドル可哀想人達です。

だってプライベートでそこらへん歩いてたら声かけられるし、握手求められるし、

かといって塩対応だと叩かれるし。

あ、重岡くんの遭遇エピ最高だから調べてみて。

2017-03-21

ジャンプ打ち切りしそうランキング私的

ポロ>>U19

~死相が既に見えているの壁~

左門>勉強青春

もしかして次の10週で死ぬかも知れない壁~

火ノ丸≧ゆらぎ≧ネバランマリー>ソーマ

半年後には死んでるかもの壁~

鬼滅>>ストーンゴルフ

来年には死んでるかもの壁~

ヒロアカ>ブラクロ

~死とはなんぞやの壁~

ハイキュー>斉木>>磯兵衛>銀魂>>ハンタ>>>>ワンピース

事情により欠番 ワートリ

2017-03-18

青春っていいなぁ

おっさんになると行動した後の回復力が遅くなってやばい

2017-03-16

いつから日本人は「自分青春」を持たなくなったのか

「俺がガキの頃は尾崎青春でさー」みたいな事言っちゃうオッサンを見ると切なくなるんだよね。

お前にはお前だけの「青春」が無かったのかよと。

最近の子ニコニコ動画とか深夜アニメとかが「青春」になっちゃってる人多いんでしょ。

そういうのって悲しくない?

青春」って他人が与えてくれた創作物を消費するだけの時間なんかじゃなくて自分自分として構成される過程に起こる自分だけの物語であるべきでしょ。

自分で午前二時フミキリに望遠鏡を担いでいったならそれはその人の「青春」でいいけど、それが他人の歌うヒットソング歌詞しか無いならそれは「青春」とは呼べなくね?

いつから日本人ってこうなったんだろう。

爺さん婆さんですら「青春」の話させると往年のスターいかに格好良かったかを語りだすしかなり前からこの現象は始まってそう。

童貞捨てに飛田新地へ行ったら手コキで果ててしまった話www

飛田新地青春通りに童貞を捨てに行ってきたぜっ!



もう、35歳になるからな。

そろそろ大人になりたいと思って。



事前の情報収集ではお店の呼込みのオバちゃんから

ガンガン声をかけられるということだったけど、



「お兄ちゃん、ええ娘おるよー!」

「どうぞー、いらっしゃい、お兄ちゃん、近くまで来て見てみいなー」

デビューしたての新人かわいい娘やでー、お兄ちゃん来て来て!」



から次へオバちゃんたちの呼込みの声が飛んできて

愛想笑いしすぎてほっぺたが痛くなっちまったな。



肝心の女の子は最高レベル



いろんなタイプ美人が様々なコスプレをして

イラに向かって微笑みかけてくるもんだから

ついにモテ期到来か!?

って錯覚してしまったほど。



右も左もかわいい子ばかりで

マジで迷うな飛田ってとこは。

めっちゃ迷ったけど、最終的には

篠田麻里子似の女の子に決定!



店の暖簾をくぐると、女の子はすぐに立ち上がり、

「来てくれてありがとう、お二階へどうぞ。」

とオイラを案内してくれて、




イラ階段を上がってすぐの部屋に通される。

すでに明かりは落とされて薄暗くなってて、

隣の部屋の声が聞こえないようにする配慮から

有線のJ–POPが流れてた。



篠田麻里子似の女の子名前はAちゃん。



飛田来るの初めてやねん」

関西弁で言ってみたら、



「そうなんだ~!じゃ、最初に詳しく案内しといた方がいいよね?」

と言って丁寧に料金システムを教えてくれて、



「はじめての飛田だし、なんか緊張してしまってるからいかも。」

という理由を言ってオイラ20分を選択



料金を渡して云々の事務的なことを終えた後、

服を脱いでいよいよプレイ開始!



ちなみに飛田新地では女の子ごとにNG行為があって、

Aちゃんはチューと指入れがダメなんだとか。



服を脱いだAちゃんはめっちゃスタイル良くて

それだけでオイラの股間はビンビンに。



股間をビンビンにさせたまま布団の上に横になると、

Aちゃんがオイラのナニをウェットティッシュ

丁寧に清めていく。そしてスキンを装着。



ただ、スキンがきつかったんだよな。

たぶんオイララーサイズじゃないとダメなんだけど、

普通サイズをつけられたっぽい。

つけてるだけで刺激になってたしね。



まぁでもなんとかなるでしょって思ってたんだけど、

ならなかった!。



で、もうひとつ誤算だったのが、

Aちゃんが手でオイラのナニをしごきはじめて

クレヨンしんちゃんの話で盛り上がってしまったことだな。



どっちが言い出したかは忘れたけど、

クレヨンしんちゃんの話してる間、

ずっとしごかれてたもんだから

けっこうオイラのナニは刺激され続けて

パンパン状態になってたんだと思う。

スキンもきつかったしな。



から

「じゃ、そろそろいれよっか」

ってAちゃんがオイラのナニのカリ首を掴んだ瞬間

発射スイッチ作動してしまったんだな。



ヤバイって思って肛門をギュってしたけど、

全然間に合わず。。。



そのまま出ちゃいましたとさ。。。



童貞捨てるつもりだったのに

手コキでイッてしまったなんて最悪じゃん!

って凹んでると、

そっとAちゃんがハグして慰めてくれた。



惚れていまいそうやないか



でも、そのままプレイ終了のチャイムが鳴っちゃったから、

結局童貞を捨てることはできぬまま。



20分16000円。

童貞捨てれたら安かったんだけど、

高くついてしまった!ショックはでかい



今日ほどクレヨンしんちゃんが恨めしいことはない!



でも、飛田新地へはまた行きたい!

キャラはてな民運動会廃止!」

本当にはてな民って運動会でみんなに「がんばれーw」って言われながら最下位でゴールしてたガリガリのメガネ君が集まるところなんだねw

俺みたいな陽キャは楽しい思い出しかいからなぁ……w

悲惨青春を過ごしたはてな民大人になってもそれをコンプレックスとして抱えてるんだねw

2017-03-12

性の喜びおじさんを、我が事のように思う

性の喜びおじさんが亡くなったという噂が飛んでいる。

どうか嘘であって欲しいと思う。

ネット上には、彼は精神に疾患があり、これ以上触れるべきではないという意見がある。

その通りだと思う。

だけど俺は、それでも彼について語らなければならない。

なぜなら彼は、俺自身からだ。

俺はもう三十も後半だが、二十代の頃、女とうまく恋愛することができず、不遇な時代を過ごした。

それでこの歳になって死ぬほど後悔して、なんとかして失われた青春を取り戻そうとして、いまさらならながら若い女に対して恋活している。婚活ですらない。

痛いだろう。でも、だからこそ、そんな自分にとって、性の喜びおじさんは、自分自身代弁者のような存在だったのだ。

彼の、若いカップルに対する怨嗟青春を諦めきれずに、ひと回りもふた回りも若い女を求めて、おっさんなりに精一杯オシャレをして渋谷ナンパする姿。

そのどれもがあるあるすぎて、自分の事のように思っていた。

から、彼が彼のファンという若い女に告白されていたときは、それがどれだけ本気だったかからないが、すごく嬉しかった。なんでか彼は断っていたが。

彼を他人事とは思えない。

から彼には生きていて幸せを掴んで欲しいし、もし万が一、亡くなったというニュースが本当だったときには、イケメン高校生にでも生まれ変わって精一杯青春を謳歌して欲しい。今はそれだけが願いだ。

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170308220153

こんなの楽園じゃん、青春じゃん…

男だけの高校生活よりよっっぽど楽しそう…

2017-03-08

同性の先生が好きだったわたし美男高校地球防衛部LOVE!の話

女子高生だった頃、学校先生に恋をしていました。

先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。

いわゆる百合BLにも触れてきたオタクわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。

世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。

相手先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。

授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。

暗い青春でした。

三年生になり、今の恋とこれから人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生存在があったことは間違いありません。

先生が好きだから辛くて、先生が好きだから幸せでした。




オタクわたし受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。

その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。

のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています

受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。



ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。

タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログ「恋」表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。

同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。

そして今でも救われているのでしょう。





先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。

あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります自分自分肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます

防衛部のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。

防衛部のおかげで、今、楽しいです。

ファンがそれぞれ思い思いの言葉作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。



様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。






今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館イベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。

わたしの恩人である作品を、どうかよろしくお願いします。




ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619

ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383


美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STARチケット

ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041

ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256

e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001

2017-03-06

この世はクソだが生きている

 生まれたところが悪かった。家は一番近い、通っていた小学校から1kmぐらいあり近くに店というかコンビニすらなかった。田舎田舎でも、周りは工場で、あるのは汚い海と里山とは言えない荒れたしょぼい山。

 他の同級生はみんな家への帰り道で友達と一緒に帰っている。自分学校から200メートルぐらいまでの帰り始めは同級生と帰っていたような気がする。しか自分はとっとと同級生たちと別れて1人で家への道に向かった。友達、というより、同級生すら近所に1人もいなかった。ひとりぼっちで家へ帰る。コンクリートが敷き詰められた道の上で足を進めた。夏は暑いし冬は寒かった。うらやましかった。友達と一緒に帰る同級生が。家に帰った後に家の近くで遊ぶ同級生が。自分と言えば部屋でDSを寂しくプレイしていた。

 そんな状況もあってか、小5ぐらいのときからいじめられた。反抗してもそれ以上のものが帰ってくるだけだと思っていたのでただただ泣いているだけだった。その状況を上っ面だけの友達もどきには相談できるはずもなく、担任教師毎日起こる他の人間のけんかの処理で手一杯、母親病気の手術後でそれどころではなく、父親は唯一の稼ぎ手で疲れて帰ってくるので言えない、姉貴に言ったところで何になるのか。結局言えずじまい。どこのどいつも信用ならない。それでも小学校には通った。謎の義務教育という言葉に勝てなかったからだ。

 話は変わるが題の“クソ”は小学校時代に学んでしまったことである自分いじめられていたのは上述のとおりだが、それ以上、自分以上にいじめられている男子生徒がいた。自分はいじめられたのでどうしようもない、助けに入ろうものなら自分のもの悪化するのはみえている。どうしようもなかった。そのときに周り、学年に1つしかないクラス、をみたがいじめに加担する人間、見て見ぬふりをする人間、がいた。がいた、というよりもそういう人間しかいなかった。同じクラスいじめが起きていることがわからない小学生などいなかった。その子へのいじめはついに小学校卒業するまで終わらなかった、自分のもの同じだが。自分より弱いと認定したら誰かが介入するまで終わらない、たとえそれがPTA会長の息子であっても。こうして学びたくないことを自分小学生で学んでしまった。

 話を元に戻すとして、義務教育十字架を背負って、なんだかんだあった小学校卒業した。中学校では部活には入ったものの、他人に愛想をつかしていたので、ほぼさぼって家でPCを使ってインターネットサーフィンをしていた。他人を気にせずなんて快適でいろいろ知ることができるのかと思った。はてな出会ったのもこのころDSiうごメモはてなを始めてからだ。そこからはてなブックマークブックマークってなんだそれ、といいながら始めたのである。そんなことをしていたので中学生になっても終わるまで結局友達といえる人はできなかった。

 家に帰ると快適だったが学校生活はほぼ変わらず、何故かというと自分たちがいた小学校からほぼ全員が同じ中学校に上がるためである。荒れ具合で言うなら、小学校でも脱走騒ぎなどはあったが中学校のほうがひどいものだった。3階から牛乳瓶が降ってき、学校敷地内では煙が上がりボヤ騒ぎ、靴箱まで自転車で乗り上げてくるのは何も珍しくはなかった。自分に対するいじめは続いていた。いじめをする人間は他の小学校から来た人間に代わっていたが。そのころはもはや今では使われなくなった言葉だが、厨二真っ盛りで、洋楽にはまった。ゲーム経由で。聞いたことのないロックメロディーでカッコいい歌詞、これがなければ今の自分はない、いないだろう。それとは関係なしにそれまでの自分に対するいじめピタリとやんだ。原因は悲しいかな、恥ずかしいかな、中学一年生にもなって、おもらしなるものやらかししまったのである別に増田の恒例にのっとって書いているわけではない、真実なのだ。大ではなく、小だったが。推察するにいじめ主犯格自分の1つ後ろの出席番号だったのでテスト中にもらした自分がまるで何もなかったように一日を過ごしたため、狂気性を読み取ったものだと考えられる。不幸中の幸いにもその情報は他のクラスには漏れていなかったのだろう、そして2年生になりなにが起きたのかわからないが、学級委員長になった。そこには自分いじめていた主犯も同じクラスにいたのだが、2年生が終わるころにはまだ1年あるのに授業の先生ごとに1年間ありがとうございましたというお礼を言いに行くまでのクラスになった。謎だった。授業中にもインターネットもじぴったんで獲得した知識無双できたのは記憶に残ることである。3年生になると2年生がまともだった反動と、小学校自分いじめてた主犯と同じクラスになったので特に記憶はない。いじめられるのはほぼないに等しかったが。

 悲しいことに高校勉強ほとんどせず推薦入学で決まってしまった。勉強はしないのにテストの点はいい。中学校では大丈夫だったことが高校で牙をむくことになる。特になりたい職業も決まっていなかったので入った高校普通科。だったため、毎日勉強パレード落ちこぼれた。小学校から家に帰ってはゲームネットサーフィンと遊ぶ習慣は抜けなかった。勉強がつらいと聞いていたので入った部活もあって活動していないようなもの毎日授業が終わっては青春を謳歌している同級生を横目に家までの道のり約20kmを自転車で帰っていた。今思うと勉強がつらくてもまともな部活に入っておくべきだった。異性との交流はまだしも同性と汗を流して青春すらしていないことは今の自分に影を落としている。ほぼ勉強はできなかったが、英語だけは中学生の頃に洋楽が好きになったこともあり、予習をすることができた。相変わらずとくにしたいことも見つからず、理系に進み、授業を受けた。3年間も堕落していてあっという間に過ぎ、センターを受けた。前期は落ちたが、後期で滑り込んで地方国立工学部に受かった。これもひとえにセンター英語の点が150点を超えていたからに違いない。卒業式時点では決まっておらず、進路が決まって学校に行ったら担任先生がちょうどいなかったのでお礼の言葉を言えなかったのは心残りである

 書くのを忘れていたのだが、自分女性に対するトラウマがあった。まだ、自分小学生低学年のころは幸運にも上級生がおり、数人の集団で下校していた。集団で。その人は、女王様みたいな人だった。みんなで集まって帰るのが常だったのが、ある日待っても待っても自分以外の上級生がでてこなかった。それにしびれを切らして自分一人で帰ったら、次の日、こっぴどく怒られた。泣いた。泣いても怒られ続けた。それ以来、女子、もとい女性に対するトラウマ、同じ空間にいるだけで挙動不審になる程度のものがあった。

 大学生になった。眩しかった。同時に今までの自分を変えなければ、と思った。社会に出て他人とかかわらずに、女性と同じ空間にいることなしに生きていくことはできないと悟った。かといって頼れる人もいなかったので荒療治することにした。学部工学部でいないため、女子とかかわることはない。となったため、女子率90%以上のサークルに入った。最初挙動不審オンパレード、視界にいるだけで挙動不審になっていたが、もう今となってはほぼそうなることもない。幸いなことに入ったサークルの内容が自分人生においてゲームインターネット、の次にはまることのできるものだったので勉学そっちのけではまっていた。同期には男子もいたので良かった。その男子と友達になった。友達になれた。入って1年で上級生になり、同時に部長にもなった。居心地のいい空間を目指して奔走した結果、今では家に次ぐ第二の居場所であるサークル以外では、ボランティアアルバイトもした。大学生になって初めて一人でホテルに泊まり、みんなでカラオケに行った。ゲーム会をした。モラトリアムはすごかった。ずるずる引きずられながらも普通科高校に行っておいてよかったなと思った。

 振り返ってみると散々な小中学校勉強特に語ることのない高校、今のところ唯一楽しかったといえる大学、といったところであるどん底を知っている奴はそれを知らない奴より、強いかもしれませんね、とジョニー先生は言う。自分にとってはどん底だった。でもこれからはもう大人で、自分未来自分で決められる。支えは少ないけれどこの縮みきったバネを思いっきり伸ばしていこうと思う。これからまれてくるこどもたちに自分のような思いはさせない。

P.S. これはシュウカツ!-シュウショクカツドウ-を迎えるにあたって、自分人生を振り返るとともに、たまっているストレスを吐き出すために書かれたものである。まだ大学生活は1年あるが、いまだに彼女はできていないので来年になったら大学卒業したが童貞卒業できなかったとネタにすることができるだろう。なんかかいたら大分すっきりした。死にたいと思ったことは数知れず、でも生きているのだ、ここに。

 

聲の形発達障害者に夢を見させるだけで終わる

散々論評されているがこの物語障害者がどうとか、イジメがどうとか、そういうんじゃない。

聾唖の硝子によってもたらされた破壊から展開するコミュニケーションの大切さと再生物語を緻密な脚本で説いた泥臭い青春

人との関係性や自分と向き合うきっかけになる今作ではあるが、実はこの前向きな考え方はただしイケメンに限るよろしく「発達障害者以外で」ということを考慮しなくてはならない。

破壊再生」の物語、レールから外れてしまった若者が摩耗しあいレールに再び乗る物語

だが発達障害者は元々レールに乗れていないじゃないか。そんな私たちコミュニケーションによる再生を望めない。

私自身も作品を見た当初、彼ら(彼女ら)に憧れ一瞬の夢を、希望を見せられたが、そんなものは早々に打ち砕かれてしまった。

残酷作品だ。

自分がどれだけ重度の青春コンプを患っているか知る方法

https://www.youtube.com/watch?v=px0MXM9gL9E

この「君の名は」×「青春」の破壊力抜群の動画を見て死のうかなと思うか思わないか

今更聲の形を読んだ

作者は自分が書いたキャラクター全員が嫌いだって言ってたけど自分は全員好きだ

不器用で摩耗しながらでしか人と関わることができない欠損だらけのキャラクター達に好感を覚えた

そんだけ

そんなどろどろとした青春に憧れを覚えたけど、自分には無理だなと思えた

結局のところ、当然かもしれないけど聾唖の硝子ちゃんがいないとこういったぶつかり合いは起きてくれないんだよね

2017-03-05

初恋の人の夢をみた

閉じられた学校空間たまたま席が近くて、気がつけば互いが好きだったらしくて、

共通の友人からそれを聞いて、両片思いから付き合い始めて、一緒に遊んで、ただそれだけで楽しくて、

でも彼女の親は不倫が露呈し離婚して、転校し、目の前から突然消えて、離れるしかなくて、ショックで、

しか家族に裏切られて家庭が崩壊した彼女はそれ以上にショックだろうに自分は何もできず、何も言えず、

無力感と不信と、性と性欲への嫌悪感けが今でもきっと拭い去れていないのだと思う

こうしてあの記憶を鮮明に追体験させてくる夢は、おっさんになってしまった今には完全に毒

一緒に行った映画記憶他愛もないやり取りや、夏祭りで暑さにお互い参りかけた失敗の記憶や、

知らないゆえに純粋で楽しかった青春の瞬間が、取り戻せやしないくせに目の前から消えてくれない

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304132425

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

 

あの作品アイドル=カワイイを脱却できていると思う点は大きく二つある。

ひとつは、主軸として「(私達で)終わりにする」物語だというところ。

カワイイという他人に媚びた、というと言い方が悪いが、他人のウケに依存する状況を続けていると、

どうしても商業的になってきてその「カワイさ」を演じ続けることを強いられるようになっていく。

それは現実的に考えても辛いことだし、アニメはい女性人間、歳をとり成長し進学就職していくもの(=ずっと一緒には居られない)というリアル思考が、暗黙的にキャラクターたちにも存在していた。

そこで彼女たちは、アイドルという青春を引き伸ばす道を選ばずに、作中にして若干1年、現実声優ユニットとしても5年で「おしまいにした」。

それも、人気の絶頂最中でその決断を、予め意図したとおりに断行した。

その振る舞いには、これまでのアイドル文化に対して投げかけるような強烈な思想を感じる人もいるだろう。

作中のライバルグループは、メジャーデビューして続けていくことを選んだが、

彼女らはそれを否定するでもなく、「私達がどうありたいか」という思考を大切にした。

その思考について、本編だけでなく劇場版の過半をそれに割いてまで、伝え続けた。

そういうところが非常に現代的だと思うし、観る者に旧来のアイドルからアップデートを促すようにも感じられる。

 

ふたつ目は、作中における「カワイさ」の表現について、あくまでも彼女自身の「カワイイ」観・美意識に基いているところ。

パフォーマンス自分たちの手で、裁量で、決定し作り上げているというところから現代的な感覚に寄り添う配慮がみられる。

そもそもアイドル活動部活という設定にしたところからそうだけれど。

もちろん美少女ものメディアを原点にした作品から彼女らが自発的表現した「カワイさ」自体男性ウケに寄せてあることは否定しない。

けれども内発的に行動している設定にすることで、「やりたくないけどウケの為にやらされる」ような見る側も心苦しい媚び方を見せなくてよくなった(少なくともアニメ上では)。

それどころか、彼女らの美意識に従えば、それの転び方によっては「ウケは悪いが独特な自己表現をするグループ」になっていたかもしれない。

実際に作中で迷走してロックバンドKISSコスプレをしだす一幕があったほど。

ともかく、そうした主体的に行動するウーマンパワー的な土壌を作っておくことで、女性視聴者作品を受け入れやすくなった。

結果として「一見男性向け作品なのに女性ファンも非常に多い」コンテンツとなった。これも今時のヒットコンテンツではよくある現象だ。

ちなみに、この「自分たちカワイイと思うことはやるけど、そう思わない(嫌な)ことはやらない」という、

女性アイドル自身尊厳を守るというかパフォーマーとしての意志尊重する動きは、大手に属さずにアイドル的な活動をする現実若者にも広がっており、

もはや今の若者はそういうグループしか応援しない、と言うと大げさだが、そういう審美眼はちゃんと持っている人が多い。

他のアイドルアニメ作品でもそういう思想共通していて、例えばアイドルマスターシンデレラガールズも、

アイマス作品は土壌としてファンを大切にする文化があるにもかかわらず、アニメでは「ファンの期待に応える」ような描写ほとんどなかった。

描かれたとしても「ファンはいつも支えてくれている」というような、受容の存在として描かれていて、ファンの期待や要望圧力に従うような描かれ方はしなかった。

その一方で何が描かれたかというと、一貫して、アイドルたち自身内面の成長が描かれた。

ただ、外面から圧力がなかったわけではなく、それはプロダクションTV局側の方針との衝突いった形であらわれており、

それと折り合いをつけながら、けれども自分の守りたい個性や魅せ方も守っていくあり方を、

周囲の支援のなかで「彼女自身が」見いだしていく、という大筋になっている。

やはりラブライブと同様に、いい意味で「内輪で閉じている」のだ。そしてそれを良しとしている。

まるで、この世界プロデューサー仕事は、個性的な人たちの自己実現を助けることが主で、

その過程で生まれキラキラパフォーマンスという副産物に変えて売っているかのよう。

そして、「それは創作上だからこそできる綺麗言だよ」とはもはや言い切れない時代だと感じる。

 

最近アイドルはもう「見世物」ではなくなった。

他人目線価値観に、自分生き方翻弄されたくない。

自分たちがやりたいようにやるから共感してくれる人はついてきて。

そういう思想ベースに、角が立たないように上手にやっていく。

これが多様化した文化の中にある、今のリアルアイドル

もちろんそういう風潮にもマイナス面は当然ある。

商売に長けたプロデューサー主体性を奪われないために、アイドル自身セルフプロデュース力が求められる。

成功するグループとしないグループの差はより残酷可視化される。

けれども私たちは、往年のアイドル文化を作ってきた人たちが、丸坊主にしたり惨めな謝罪会見をさせられたりと、もっとむごたらしいものを見てきた。

からアイドル主体性を取り戻した「パフォーマー」に変化していくのは時代の流れだし、そういう価値観を含む創作がヒットするのも必然のことだと思う。

かつてのオタク文化評論などで有名になって文化人を気取っている40、50の方々は、やはり頭がカタくなっておられて、

まり最近アニメ、とくにアイドルアニメなんかについて好意的な評をしない、どころか言及すら嫌がるレベルで卑しめがちな感じがする。

けれど今、もっとも、文化的ホット考察すべきジャンルアイドルものなのだと私は思う。

実写版ハルチカ」を見てきた

どんな改変をしたのだろうと気になり。

美男美女が恋に恋をして部活はどうでもよく好きなの!好きじゃ無いの!どっちなの!みたいな映画かと予想してた。

大改変。実写「近距離恋愛」ぐらいの改変をある意味期待していた。



結果的ホモ要素が無かった…が、うーん。大改変でもなかった。

ホモじゃないが。ラブというわけでも…なんというか、作品自体ちょっと感動したレベル

アニメ原作もとても出来が良い作品というわけでは無いと思う(こういう立場で書いている)

でもそのエッセンスを上手に拾ってミステリー部分も起きつつ

演者ガチさはスウィングガールズを思い出す。青春部活ものに仕上がっていた。

少なくとも予告の印象とは違う。



ふと監督名前を見たところ「市井昌秀

な、なんと!髭男爵元メンバーじゃないですか!!笑い飯哲夫の元相方!!!

…ってそれは置いといて、去年大注目になった星野源ブレイクきっかけを作ったであろう映画「箱入り息子の恋」の監督でしたね。

なるほどなぁ。なるほど、なるほどです。



元を知ってる人は結構王道の汗と涙の青春ものとして召喚された「ハルチカ」を確認しに。(メインキャスト二人が目の美容パックになるレベルで美しい)

市井監督最新作、として邦画ファンはチェックしてみてはどうでしょう



最後ひとつ

こんな映画なら予告であんラブラブキュンキュンストーリーみたいな宣伝してんじゃねぇよ!

2017-02-27

青春群像劇みたいなマンガを読むのがキツくなってきた

少年向けでも青年向けでも。

理由を考えてみると、おそらくだが、二次元女性が可愛すぎるのが原因だと思う。

見ててかなり嫉妬という身もだえしてしまい、「こんなかわいい存在が身近にいてなんて恵まれてるんだこいつら…」と思ってしまう。

だいたいヒロインモブにいたるまで、二次元描写されている女性がかわいすぎるのがいけない。我慢ならなくなってきた。青春群像劇ものはたいてい周りの女性といい感じになったり好かれたり良好な関係を築いたりするので、そこがいけないところだ。

現実はいいんだよ。新垣結衣が誰と付き合ってようがミラジョボビッチが誰と付き合ってようが、俺の身近にいる美人可愛い子が誰とつきあってようが俺の身近にいるいい感じの女性が誰と付き合ってようが非常にどうでもいい。これは昔からそうだ。別に面食いというわけでもなく、例えが下品申し訳ないが、俺はAVなどでもかなり雑な素人ものが好みである。、

しかし、かわいい女性を見たくないわけではない。むしろ積極的に見たい。しかし、俺はそこにいないというジレンマを年々感じるようになってきた。

二次元サイコーwww三次とかプギャーwww」みたいなギャグなのか本気なのかわからない気取った人間ネット可視化されているが、俺はそいつらとは違い、別に二次元こそ至高!」などと考えたことは一度もない。ただただ昔から二次元描写されている女性かわいいと思っているだけである

そんな魅力的な二次元女性だが、ハーレムものはまだ大丈夫な方であり、素人ものが好きということもあって私は比較シチュエーションを重視しているため、青春群像劇シチュエーションの生っぽさにかなり没入してしまう。そしてその生っぽい世界には、かわいい二次元女性存在していて、生々しい関係を築いている。二次元女性を生々しく感じられ、その一方でその生っぽい存在がこの世界はいないという葛藤がそこで生じてしまう。つまり、キツくなるのだ。

断っておきたいが、私は青春群像劇みたいなマンガストーリーは好きだ。ただただそこに存在する生っぽい二次元女性の魅力とその存在を立体的な感覚で知覚できないというのがキツいのである

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