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2017-05-23

地震が怖い

去年の熊本地震からこの1年間、地震が怖い。

熊本在住ではないが、九州在住。震度4〜5くらいあった場所に住んでる。

あの時は2日に分けて大きい地震があったが、どちらとも夜の寝る前くらいの時間地震が起きて、怖くて本当に寝れずほぼ徹夜状態だった。

そしてあの日からずっと、ふとした瞬間に揺れているような気がする感覚に悩み続けてる。

仕事してたり家帰ってテレビ見てたりするときに、ふと「ぐらっ」と震度1~2あるだろうか、っていうくらいの小さな揺れてる感覚が頻繁に起こる。

テレビ見ても地震の速報は無いし、Twitterとかで検索しても誰も地震ことなんてつぶやいてない。これを1年経った今でも、1日何回も繰り返す。

あと、たまにテレビの上に出る速報のピンポーンって音も恐怖でしかない。徹夜で揺れがおさまるのを待ってるときテレビつけとくことしかできなくてあの音がずっと鳴り続けてたからだとおもう。

ついこの間も福岡での地震予想が話題になった時、数日間ちゃんと寝れなかった。その予測日を過ぎた今でも夜何回か起きて地震は起きてないってことを確認してから布団の中で眠れるのを待つ日々をおくっている。

こんな症状で悩んでる人他にもいるとおもうんだけどな…私のまわりには相談する人もいなくて最近本当に寝不足が辛くなってきたので思い切ってここに書いてみた

2017-05-21

次元狭間

今でもたまに思い出しては腸が煮え繰り返る思いがするので、

吐き出すために以下書き留めておく。

もう2年ほど前の話だが、

一言でいうと僕らは渋谷とある箱に酷いぼったくり方をされた。

道玄坂の上のとある箱だ。

イベント前日

僕は当時そのイベント主催者ではなく

呼ばれたアーティストなのだが、

主催者と仲が良かったのと、初めて行く箱だったのもあり打ち合わせに同行していた。

普通イベント前日ともなればある程度メールなりなんなりで主催と箱の店長くらいの間では連絡をしているはずだが、

から聞いた感じ連絡するのも初めてといった状況だった。

この時点で危ないな、と思うべきだったのかもしれない。

イベント当日

イベントのリハで早めに入ったあたりから

他の箱ではないような話をチラチラ聞くようになった。

証言1)

店員から指定されたキャッシャーの位置でお釣りの準備をしていたら、店長が無理やり通路を押し入ってきてドアに挟まれた。

一言、そこはドアの邪魔になるからやめてとか言えば良かったんじゃないの?

証言2)

DJブースで機材を広げるため、横の空いてそうなスペースに一時的に置いたらものすごい剣幕でそこはつかうから置くな、と怒鳴られた。

機材を移動するまで異常なまでに睨まれ続けた。

証言3)

イベント中、店長が「今日ドリンクが穿けないからこのままだと箱代を別途もらうかも」といったニュアンスのことを主催に告げた。

もともと今回のイベントは箱代無料という話で主催オーナー(店長ではない)と話がついていたはずなのに。

証言3あたりからだんだん怪しい流れになってきた。

イベント中にドリンク購入を促すアナウンスをする主催

自身このイベントは何度も出演しているが初めてのことだった。

イベント

ここからが本当の地獄というやつだった。

店長が箱代の追加徴収をしたいと申し出てきた。

店長の言い分としては



というものであった。

確かに、イベント中出演していたアーティストCDを売るブースを設けていたのだ。

事前の打ち合わせで物販の話を何もしていなかった点は主催側に落ち度があったかもしれない。

しかし、主催側はドリンク代をどの程度保証する、なんて話は一切していなかったはずだ。

その後店長主催で話し合うも、話は平行線

主催がもともと詳細を連絡していたオーナーとも連絡がつかず。

痺れを切らして店長がこう言った。

「物販の売り上げの3割で手を打ちませんか?」

主催や僕らも早くこの場を立ち去りたかったので、

その話を呑んだ。

店長が売り上げの3割にあたる領収書を書き、

主催名前の記入を促した。

そして、物販の売り上げが3割戻ってきた。


…あれ、主催に7割売り上げが戻ってくるんじゃないの?

よくよく主催領収書見直してみると、

名前を書いた欄は、僕らがよく見る領収書で言うなら、"上様"とか書く方ではなくて、飲食店名が書かれている方。

僕らが領収した領収書になっていたのだ。

これは本当にしてやられたと思った。

しかし、主催もこの時点でかなり疲弊していて

そのままここを立ち去ることとなった。

最近聞いた話だが、

この店長はその後も色々トラブルを起こしたらしく、

今は別な店長になっているらしい。

僕はあの日から

この店長名刺をこっそり忍ばせて

都内イベントに出演したり遊びに行ったりするようにしている。

また嫌な思いをしないために。

2017-05-20

デレステが難しすぎるので、アイマスがもしミステリ作家を起用したら

セクシーギルティの曲が超楽しいし、愛海をセンターにしたら「雫ちゃんのおやまわきわきしたい」みたいな顔をするのが楽しくて、

久々にイベントコミュを全部見るぐらいはプレイしようと頑張ってるんだけど

スコア以前にPROをクリアすることもできない、あの矢印のやつってどうやるの?

そもそも腕が二本じゃ足りないと思う、アイマス森博嗣世界観を想定してるのかな?

というわけで、もしアイマスミステリ作家積極的に起用したら


ゲーム大好きつながりで宮部みゆき三好紗南が主役のコミュを書くが、

中居くんによるコマーシャル映画模倣犯トラウマを刺激され、

最終的に、 桃華の両親が離婚親権病気がちな母親が取ることとなる

ファザコンアイドル的場梨沙の執筆権を巡って対立する法月綸太郎福井晴敏

ガンダムのつながりでバンダイナムコとのコミュニケーションには一日の長がある福井の前に、法月綸太郎は苦戦を強いられる

さら福井図書館自由宣言の件を思い出させるふみふみスクショを法月に送りつける攻撃により、勝負は決まったかに思われたが、

最終的に「いやでも、的場梨沙はあなた好みのOL女子父親ぐらいの年齢と不倫するエピソードをするにはまだ若いですよ」の一言福井は断筆を宣言し、ミネバは無事オードリーとならずミネバアーシタとして木星で暮らすこととなる

歴史アイドル丹羽仁美のコミュを書き出す鯨統一郎

ページ数を本屋本棚に並ぶ本のタイトルで水増し、原稿料をせしめる技を磨き続けた彼にとって

ゲーム台本執筆は苦難の連続であった

最終的に、ふみふみが19歳なのに飲酒をしてしま逮捕されるのあった

なんでアイマスなんだよFGO書きたいBL書きたいとゴネ出す汀こるもの

バンダイナムコSideMの方で我慢しませんか? グラブルコラボイベントならどうですか? などの説得を受けるも、交渉は難航する

最終的に、ミステリサーの姫時代黒歴史をほぼそのまま安斎都に演じさせる大胆な台本が完成した

佐藤聡美佐藤利奈を完全に間違えて記憶していたせいで千川ちひろ

「私きになります!」と言わせてしまった、米澤穂信

最終的に、楓さんが「呪文十文字」というダジャレを言うのであった

富士茄子の神に愛された強運に立ち向かう白菊ほたるの諦めないコミュを真面目に書き始める城平京

割と真面目にこの人こういうキャラクタが好きだと思うから書けばいいと思う

最終的に、案外普通の最終巻と虚構推理の最終巻と虚構推理の第二部開始のマガジンRが爆売れするのであった

はいあさりななみー

はい、いしもちあさみ

と、バンナムからの依頼を完全に勘違いし一人合作アップロードする石持浅海

最終的に、碓氷優佳が棟方愛海にわきわきされるイヤラシイ小説森奈津子に描かれることとなってしま

意気揚々前川みくにゃんの隠された大阪キャラを引き出そうとする有栖川有栖

しかし開発スタッフに「こうサブリミナル効果奈良に海があるように見せてください! あのトリックは失敗じゃないんです!」と謎の主張をし

最終的に、リレー小説から離脱することになってしまった

WOW!! NEED!! 〜シンキングモンキー 歌唱拳〜 ってクイーンの歌ですよね!

DETECTIVE HIGH! ~恋探偵物語~は完全に夢水シリーズだし、もはや真美は赤い夢であることは確定!」と訳のわからないことを言い出すはやみねかおるだが、早々ににっちもさっちもいかなくなり、

最終的にデレマス三重出身アイドル三重弁の講釈をさせるコミュができあがるのであった

ちょっとちょっと三重への地元愛なら僕も負けてませんよー!」と張り切り出す黒田研二

ところが真かまいたいちの悪評はバンナムにも届いており一向にオファーはこなかった

最終的に、実はレディレイトンVS大逆転裁判脚本を書いていた黒田研二であった

京都の二十歳は京都出身に二十歳のアイドルがいないことに絶望し断筆を宣言

そこから始まる歴史改変により、うなーの人はいつまでもうなーの人のままであり

最終的に、メジャー2のエロ同人誌によりうなーの人は一躍時の人として成功を納めるのあった、うなー

高橋さん、おれ、またシナリオライターやります!」と大槻ケンヂに山ほどカレーを食べされられてハイになっている、うだるちんはそう宣言した

うだるちんは、大下うだるが元ネタから実質ミステリ作家、実質ミステリ作家なのだファウスト短編乗せたことあるし! ファウスト短編乗せたことあるし!

しかし、あの当時の暴露グセがまた出てしまい、2ch大炎上

最終的に、

こなゆきがそーらから

やさしく、おりてくる

てのひらで受け止めて

雪が切ない

どこかで見てます

あなたは立ち止まり

思い出して、います

空を見上げながら(ここで春香が映る)

嬉しそうに雪の上を歩くあなた

私には本当に愛おしく見えた(ここでやよいが映る)

今でも覚えている、あの日みた雪の白さ

初めて触れた唇の、ぬくもりも忘れない

あいすてぃるらぶゆー

粉雪が私に、いくつも降りかかる

暖かいあなたの、やさしさに似ている

楽しそうに、話をして、くれたあなた

私には心から恋しく思えた

いまでも夢をみるの

あの日、見た白い世界

あのとき触れた指先の冷たさも忘れない

アイスティルラブユ

いまでも覚えている

あの日見た雪の白さ

はじめた触れた唇の、ぬくもりの

粉雪のようなあなたは汚れなく綺麗で

私もなりたいと、雪にねがう

アイスティラーーーーブユ

新聞がカサカサする音

めくるときのカサカサを聞くと眠くなる。

子供のころ、日曜日とかにお父さんが窓際でカサカサと新聞を読んでいて、それは時間がすごーくゆっくりになって、そのカサカサと窓から入ってくるふわふわした風の心地よさでよく二度寝した。

自分でカサカサとめくりながら読んでも、あの日ほどではないが時間ゆっくりになって、あーねむい。昼寝しよ。

2017-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170512121042

はーいマジレスしますよー

排卵検査薬というものが出ている

たまごがないと受精しないんだから排卵日は正確に特定しろ

基礎知識はあるものとする

精子寿命は3日ほど、たまご寿命は1日もないくらいと思っておこう

排卵の前日、当日の2日で3回くらいはやろう


あと、偶然かもしれないが、俺の経験

心身ともに好調な時に出来やす

睡眠食事運動大事

うちは山登りした翌日に出来た

俺も妻もあの日は充実感があった


追い込まれると出来にくいと思う

メンタルも体も、幸福感持ってやろう

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170510074328

国会ウォッチャーwww

あの日死ねま~んに毛が生えたようなのをありがたがって

年末国会ウォッチャー」で流行語大賞ですかwww

今度は民進党の誰が受け取りに来るのかねwww

二年連続で山尾っすか?www

2017-05-09

東日本大震災でも規律が乱れなかった理由って

よく「他国民族比較して日本人規律を重んじる証拠」で引き合いに出されるけど、違うと思うんだよね。

あれって別に規律を重んじてるからじゃなくて、誰もがただ疲れてただけじゃないの?

自分あの日都内の某駅から自宅まで歩いて帰った身だが、あの日は本当に疲れていた。

福島はこんなもんじゃなかったろうが、都内結構揺れて、金曜日の午後にビルの中で仕事をしていた自分はあの揺れで死を覚悟した。しか避難のためにビルの外に1回出て、ビルに戻ったら同じような揺れがもう1回あったんだ。

さすがの自分にもこれは堪えた。

疲れた心と体を徒歩で家に持って帰るのが精一杯。

あの時あの場で略奪だの強盗だの、何か問題を起こそうという発想は全く無かった。

海外では災害が発生するとお決まりのように略奪だの強盗だのが発生するらしい。

そういう事象に対して、自分は「よくそんな体力があるなぁ」とか「そういうタイミングでないと物資が確保できないほど困窮しているのか」とか、そういう感想しか出てこない。

少なくとも規律を重んじてたわけじゃなかった。本当に疲れてたんだ。

2017-05-07

ずっと好きだったんだぜ

Facebookにモトカノが友達候補にあがった。あの頃の笑顔のまま。

結婚したいくらい心から好きだったけど、あっさり振られたのをよく覚えてる。

今では彼女名字は変わっている。そうか、子供はいないのか。

あのころSOHOで夢をおいかけ、ギリギリ生活を送ってた自分も、今はなんとか社会に溶け込めている。

それなりの地位収入を得ることができてる。

きっとあの頃の君は、僕に対して「あぁ、こいつはダメだな」って思ってたんだろう。

ダメなヤツには変わりないが、愛する妻と娘達に囲まれ仕事もなんとか乗り越えてる。

から別れを切り出されたあの日からスイッチしたんだよ。

ようやくふんぎりつきそうだ。

ずっと好きだったんだ。でも、それはもう過去の話だ。

俺は人並みのシアワセっぽいモノを手に入れた気がするよ。

2017-04-28

ネットエロ写メをあげたことがある

ネットってかツイッターな。

もう一年近く前になるけどツイッターで「裏垢」なるものをやってた

JCJKって記号だけで男がホイホイ釣れるんだよ 実際自分はその位置にいたかさらに男が釣れた

多分承認欲求と性欲が合致して尚且つ自分危機感倫理観が無かったからそういうことが平然と出来たんだと思うんだけど。

中3あたりから初めて高1までやってた(今高2)んだけど親にバレたんだよね

どうバレたかってツイッターアカウントメアドじゃなくて電話番号登録した挙句連携さなかったんだよ

今考えてもアホとしか思えないミス

母親に震える声で「これなに?」って見せられたとき人生終わった死のうって思ったよね

母親ツイッターとか全然分かんなくて、父親が見つけたらしいんだけど、本当にその時ばかりは死のうとしか思わなかった

まあ当然ツイッター全面禁止になって両親とも関係が険悪になって…

時間が経って今、ツイ廃自分ツイッターやめられなくて親に内緒ツイッター再開して、親ともまぁ普通に喋れるようになってさ、見た目は通常に戻ったんだよ。

でも心のどこかであの日からずっと「あのことがあったから私は親に何も言えない」みたいな、言葉では表しづらい何かがあるんだよね

エロ写メ上げたのがバレて親に泣かれた時、「自分ってそんなにかけがえのない存在だったっけ?」って純粋に疑問に思った

親の私への態度は申し訳ないけど優しい親とかいい親とか言えるようなものじゃなくて、友達に親の話をすると「親大丈夫?どっかおかしいんじゃない?あんたのことマジで嫌いなんじゃない?」とかっていわれるレベル

うそんな親の被扶養者になってるのも嫌だし、親もそんな人間のクズみたいな私と一緒にいるの嫌だろうから家を出たいって言ったらそれはダメだの一点張り

親の気持ちが全く分からないし、こんな自分死んだほうがいいよなァとあの時を思い出すたび考える。

2017-04-27

自動筆記

ニューサロメ ぼくってさーあ

君のさあ でも知らなくない?

わくわくしてたのに、あの日は…

好きだったのか?そんな気もするが

おどっておこう!世界も終わるし

もうさーあ やんなっちゃうよな

いままでなんだったんだろう

でもなんかいい感じ

あーあこれが自由

紙コップ自販機

つらくない?いつもあの

赤ランプ どきどきするし

なんだか遠くの星にきざまれた傷の

ような気がして…やりきれない…

はいつも大丈夫 お祈りの時間

刻一刻 減ってます わりと いいね 平気

チャックが まれに とじていた だめになる

スポイルされた この 行き場のない グミ

アイスクリームなの? でも、とうめいだから

とうめいのほうがずっといい お湯もだし

私ばっかりって感じ あついし…

卓越 かんじがきらいです

ウォークインクローゼット やんなっちゃうよ

よんどころない とけている ゆるくゆるびもてゆく

からなんだよ?

コンクリートにも 相手をしてよ いくところもない

シャープペンシルがにらむ ボールペンにすさまじく遠く、知らない これってなんだ?

のど、のど、のどかわいた…そんなに遠いのにさ?

ワークスペースうさぎ、またピクミンしよう

からはじまることばの数の知らない家の知っている人

リサ砂糖ならす夜のダンス

夢の中でやってしまった苺色のカンパリ飲み干して護ってた純潔ゆくゆくはブランコに放り投げちゃえ

あんなに大きな冷蔵庫では二度と出会えない

オウムの足つき本当に愛しているんだろ

昨夜落ちてきたピンクマリッジブルーちょっとしょっぱい結晶でした

文化おくるみゆっくり左岸左岸

わけのわからないことを言おうと頑張る乳幼児は早速パーティーへ繰り出して乗り回せ

宿題は軽やかにニューカレドニアへ向かい最終的にはコンビニ店長になる心算

大人を分かる気のない子供いじめてやるぞお前などずっと嫌いだったんだ大好きだから

2017-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20170424123036

高速で流れエアリプでも空気に参加できるローカルタイムラインあの日しかったネットのいろいろなものに似ていたのだ

彼らが投影していたものは(人多い)IRCであったり(人多い)ICQであったり(実況の)2chスレであったり(ネタバカだらけだった)ニコ動であったりする

イエスタデイワンスモア

2017-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20170411195143

私の実家の初代猫は毛布入りの箱に入れられて放置されていた。

田舎だったので都会の人間放置したのだと思う。

錆びついて老朽化したバス停留所で、穴の空いた板の上に乗っかってた。

彼女を連れて帰ると母は誰が責任もつのかと叱責した。

医療にかかる生命の維持費とエサ代のことだ。

そのうち彼女は家の仲間になったが、よその子供と恋愛して納屋でたくさんの子をもうけてしまった。

彼女は数日間甲斐甲斐しく子供の世話を焼いていたが、ある日を境目に子供の姿は忽然と消えた。

泣き叫ぶ彼女の声は掠れ、悲痛な声色であることは幼い耳にも理解できた。

自分子供をどうしたのかと訪ねたが、父の部下に預けたか心配はいらない、とのこと。

その後彼女は泣き叫ぶのをやめたが、それは避妊手術が終わったあとのことだった。

数年後父の仕事関係挨拶に来た部下の方に私はこういった。猫は元気ですか、と。

母はなぜかその場を苦笑いごまかし、彼が帰るまで別の部屋で待機するように申し付けた。

顛末はこうだった。あの日いなくなった子猫は町中に捨ててきたのだと。

よりによって車の通る町中にである。この判断通りすがり人間に期待できる良策だったか愚策だったか判断は付きようもない。

結果を知る由もない私だったが、流石に拾ってきた身勝手を捨ておいて母を罵倒した。

母が元々人間のネジが数本外れた毒親であったせいもある。

の子達が目の前で殺処分されていたら印象はより悪化したことだろう。

数十年後に田舎に帰った私にもたらされた報告は、彼女と称した親猫の長期不在であった。

彼女はそのままお山の中へ消えたままだという。

2017-04-11

明日、夫に離婚を切り出します。

夫へ 

ようやく、あなた離婚意思を伝える決心をしました。

この決意が鈍らないうちに、私はここに文章を残しておきたいと思います

気持ちをまとめておきたいのです。

拙い文章になりますが、あなたに語りかけるつもりで書きますね。

あなたは今、自室に篭っています。寝ているのでしょうか?

あるいはパソコン麻雀ゲームでもしているのでしょうか? 

あなたはもう何年も、まったく働かずに、

ずっと家の中でツイッター麻雀ゲームをしていますね。

あなた麻雀好きなことはよくわかりました。

でも、さすがに1日8時間はやりすぎではないですか? 

その時間の半分を、就職活動に充てる気にはなりませんか?

私はこの文章を書き上げたら、今日は早めに寝ます

そして明日の朝、あなたにはっきり伝えます。「離婚しよう」と。

あなたはどんな反応を示すでしょうか? 

驚くのでしょうか? それとも、ついに来たと思うのでしょうか? 

いずれにしても「遅すぎた」というのが私の今の正直な気持ちです。

どうしてもっと早く決断できなかったのだろう? 

5年前に言えたらよかった。3年前でもずいぶん違っていた。

時間は巻き戻せません。

この12年の結婚生活を振り返るたびに、私は深い後悔と絶望に苛まされます

私の人生ってなんだったんだろう? 

子供のころに夢見ていた、幸せ結婚生活って?

特にこの7年は、あなたを養うことで精一杯でした。

そう、残酷だけどはっきり言います

私はあなたを養っています。ずっと働いて。母親でもないのに。

私は今年44歳になります。どこからどう見てもオバサンです。

再婚なんて無理だと思う。

あなたと別れたら、猫でも飼って、静かに生きていけばいいかしら? 

もちろん前向きなことも考えてますよ。離婚後は新しい仕事にも挑戦したい。

今はスーパーのお寿司屋さんとスナックのかけもちで精一杯ですが、

本当は事務などにも興味があるのです。

ブランクがあるし、今さら私を雇ってくれる会社があるかどうかわからないけれど。

でも、私は少なくともあなたよりはよほど真面目に社会と向き合っていますよ。

なぜ離婚を決意したか? 

理由シンプルです。あなたが働かないからです。

決して働かないあなたに、私は心底、失望しました。

結婚して最初の2年は良かった。

あなた広告会社営業マンとして地道に働いていた。

今思えば、あの2年間が、私にとって唯一の幸福な期間だったのかもしれません。

毎日主婦として、あなたの帰りを待っていました。

家事なんて少しも苦じゃなかった。

毎日掃除をして洗濯をして料理をするのが、楽しくてしかたなかった。

でも、そんな日々はあっけなく終わりました。

あなたが何の相談もなく会社を辞めてしまたから。

ボノボのワッペンで食っていく」

あなたは言いました。私はまったく意味がわからなかった。

ボノボ? ワッペン? どういうこと? 

私の困惑をよそに、あなたはどんどん話を進めていきました。

あの日のこと、今でも決して忘れません。

突然、家に大量のダンボールが届きました。

あなたはご満悦の表情で、ダンボールの封を開けました。

中には大量のワッペン

すべてにボノボイラストが描かれてました。

「これは売れるよ。仲間と作ったんだ。アイデアは俺。

ボノボ、知ってるだろ? サルの仲間。

これからはね、ボノボがくるよ。必ずくる。

ボノボブームはすぐそこまできてる」

唖然しました。ふっと眩暈がして、気が遠くなりました。

私は崩れ落ちないように、どうにか膝に力を入れて、必死で立っていました。

あなたはそのあと、ボノボのワッペン販売サイトを作り、通販事業を立ち上げました。

でも、すぐにやめましたね。たしか三ヶ月ぐらいではなかったですか? 

一体、ワッペンは何個売れたんですか? 

私が知る限り、あなたが発送作業をしている姿を見たことがありません。

あの時あなたが仲間と呼んでいた人たちは今どこで何をしているのですか?

あれから7年が経ちました。

あなたツイッターアイコンは相変わらずボノボのままですね。

つぶやきの内容はネット麻雀の戦況記録ばかりですが。

私の人生は、あなたネット麻雀応援することですか?

「働かないの?」

何百回、聞いたことでしょう。あなたの答えはいつも同じ。

「今はメンタルが不調だから

もう聞き飽きました。もし本当にメンタルが不調なら、

きちんとお医者さんにかかるべきです。

でも、それを言うとあなた露骨に不機嫌になる。

「俺を精神病扱いしないでくれ」と。

私が仕事を探してきて、あなたに紹介しても、答えはいつも同じ。

「そんな誰でもできる仕事はしたくない。人生は一度きりだから

誰でもできる? あなたに何がわかるんですか? 

あなたはそれらの仕事の内実を知っているのですか?

本当は、あなたはそれすらできない人間なのではないですか?

ひたすら私に寄生して、このままずっと生きていくつもりではないですか?

最後に、私が完全に離婚を決意したきっかけを伝えておきますね。

あなたはある日、ツイッターで知人宛にこんな風につぶやいてましたね。

「そろそろうちの嫁も切れるかもしれんw

もし別れることになったら、誰か他に養ってくれる女を探さないとw」

さすがにまずいと思ったのか、あなたはそのツイート半日ほどで削除しましたね。

でも、私はしっかりこの目で確認しましたよ。スクショしておけばよかったかな。

いずれにしても、あなたは本当にクズです。

あなた結婚したことを死ぬほど後悔してます

ここに書いたことを、明日、直接話しますね。

では、今日のところは寝ます

おやすみなさい。

2017-04-10

忘れてしま

もうずっと昔のこと。

ヒト一人が生まれて、大人になって、そこからまたヒトが生まれるぐらいの昔のこと。

だけどすごく大事な、自分の中ではとてつもなく大事なこと。

だったのに。

あの時はあんなに忘れないって思ったのに

忘れられるわけなんてないって思ってたのに

そんなことは不可能

気が付いたらそのことを一度も思い出さずにいる日があって

そんな日が気が付いたら週に何度もあって

気が付いたらそれが1ヶ月の半分ぐらいになって

でも時々思い出して泣くんだよ

つの間にか、思い出しても涙が出なくなって

つの間にか 思い出せていたはずのディテールあやふやになって

つの間にか 靄がかったようなぼんやりしたものになって

その頃の辛かったことなんてもう思い出せないけど

その頃の幸せだったことだけは何故か消えなくて

壊してしまった理由は鮮明に覚えてるのに

あの日激情はとうに消えてしまっていて

悲しみは薄れこそすれ

愛しさは消えることはないのに

それなのに、思い出せない

今もこんなに愛おしく思っているのに

忘れてしま

砂時計の砂粒よりも小さい欠片になって崩れていくように?

素焼きの器から水が染み出していくように?

つの間にか

その笑顔さえも

2017-04-07

「女は具体的なアドバイスより共感を欲する」ってさぁ

ならあの日死ねも「うんうん大変だねしんどいねわかるよ」って言っときゃ納得するんかい

するわけねーだろ

都合のいい時だけ都合のいいこと言いやがって

2017-04-06

今でも忘れられない

 今からもう3年くらい前、自殺しようと思った。統合失調症にかかって約7年くらい経った頃のことだった。

 私の場合幻聴死ね死ね毎日追い詰められ、死に方も指定されていた。しかし、幻聴指定された死に方で死ぬのは嫌だった。そして、病気のせいで死ぬのだから私の身の回りの誰が悪いわけでもない、ということを示すための死に方が良かった。結果、水中毒で死のうと決めた。これなら、統合失調症の症状でまれにあることだし、私が死にたいと思って死んだのだと周りの人々に思われることはないと思った。幻聴指定された死に方でもなかった。この方針が決まった時、「やったぞ!私は奴らのいいなりにはならないで死ぬんだ!」と心中快哉を叫んだ。

 500mlのペットボトルを大量買いした。そして両親が寝静まった後、いつも処方されている量の睡眠薬を飲み、静かにそれらを飲み始めた。

 ボトルを何本飲んだ頃かは忘れたが、段々と意識朦朧としてきた。その朦朧とした意識の中でふと思った。

 「これ以上飲んだら本当に死んでしまうかもしれない」

 だが、それでもさらに飲むことを選んだ。この時の気持ちは今でも忘れられないし、この文章はこの気持ちを書き留めるためのものである。ただ、言葉にはできない。

 そのあとの顛末間抜けものだ。私の体に入った水分は綺麗にシモから抜けていき、今もこうして生きている。

 それから生きてて良かった悪かったは当然あるが、そんなことはどうでもいい。

 あの日快哉を叫んでから世界金色に染まったかのように見えたこと、夜中に一人でさらに死にやすい方向へと舵を切ったこと、それらが今でも忘れられない。

 それらを今でも忘れたくない。

やれたか委員会

中学の時、朝練が急きょなくなりいつもより早めに教室に入ったら、隣の席の女の子が何人かでエロ本を読んでいた。

「何やってんだよ・・・」ってクールな感じで切り抜けたけど、「絶対言わないでよ」って言われてから、その子からのボディタッチが日に日に多くなった。

ある日の帰り道、方向が一緒だったので一緒に帰っていたらエロ本の話になって「ウチくる?」って話になり生まれて初めて女の子の家に行くことになった。

部屋に入るまでは特に思わなかったけど二人きりになった途端、なんだか急に恥ずかしくなってドキドキして無口になった。

親は仕事でいないらしく童貞の俺でもこの状況はやれると確信できる空気だったのだけど、無言の空間に怖気付いて「用事思い出した」って言って帰った。

あれから席替えやらクラス替えがあったけど、あんまり話さず高校も別々になった。

そんなクラスメート女の子から突然Facebook友達申請メッセージが来て飲みに行くことになった。仕事上京しに来たらしい。

もう30近いし中学のころからさすがに老けてたけど、笑顔の素敵な巨乳女性に成長していた。

仕事の話、高校大学の話、どこかに旅行行った話など他愛もない話で盛り上がって楽しかった。

2件目を出てそろそろお開きかなと思い「品川駅まで送ってくよ」と言ったら「泊まっていい?」と言われて、あの日の思い出がよみがえった。

女の子の部屋の匂いキスしそうな空気の中で逃げ出したこと、置き去りにした俺の青春走馬灯のように脳裏を駆け巡った。俺はもう子供じゃない!

一呼吸置いて「おう、いいよ」と返事をしたら「増田はいくじなしだからやっぱやめとこ」って笑顔でそう言って、その子は本当に新幹線に乗って帰ってしまった。

これ、やれましたかね?

2017-04-01

メンヘラ拗らせたけどしんどい

ただただしんどいしんどいから耐えられなくなる前に頭の整理をするために書く。全部。

留学先で会った10以上も歳上の外国人男性と付き合い始めた。しかもめちゃくちゃ特殊仕事の。

初日の授業で少なからずビクついていた私に、隣の席に座っていた彼がピカソみたいな似顔絵を描いて見せてきたのが最初だった。キャラものノートなんか使っていて、オッサンのくせに可愛いなと思った。(実際年齢詐称を疑うレベルには幼い顔立ちな気がする) たぶん子供っぽいちょっかい垣間見える愁いに似た表情にも惹かれていたのかも知れなかった。帰国直前に誘われて、ローカルビアガーデンに2人で飲みに行った。ラムボトルを空けながら下らない話をして、それからねだられるままに頰にキスをした。飲み会嫌いの引きこもりだったからきっとこういうのは酒の席の冗談なんだと思った。割に早い帰寮時間は守る手合いだった。寮までの帰り道、ほろ酔いの私の手を引いて下手くそ日本語で付き合ってくれと繰り返すものから、いよいよ訳が分からなくなって、思うように扱えない英語肯定の返事をしてしまっていた。

南国の夜は暑くて彼も私も少しばかり汗をかいていて、だからシャワーを浴びたら僕の部屋においでと言われた。今度は英語で。それまでもたまに遊びに行ってはいたけれど果物を剥いたりスナックをつまんだり、そんなたわいのない楽しみを共有していただけだったから、また酔い醒ましに美味しいものでも食べさせてくれるんだろうと思った。頭が空っぽすぎた。結局ルームメイト占領していてシャワールームは使えなかった。

そうして本当に果物を食べてジュースを飲んで、そのままセックスした。生で。さらに言うならば私はモロに生理最中だった。ねえ待って、さすがに汚いからやめよう。上手く言葉が出てこなかった。大丈夫気にしない、たぶん彼はそう言った。そういう問題じゃねえ。でももう何もかもどうでもよかった。あ、そうかそういうことだったのか、処女でもなければカマトトぶってるわけでもないのに、どうしてもそこまで思いつかなかったのが不思議だった。さすがに手慣れてるのが妙に悔しかったけど、それでも案外余裕が無さそうなのが可愛いなとぼんやり思った。

拙い言葉だったけど伝わっていたと思う。でも、中には出さないでね、と英語では何と言えばよかったんだろうか。

翌日は卒業式だった。毎週の式の後には皆で飲みに行くのが恒例だったが、式のあまり冗長さに完全に気力を奪われていたから、シャワーだけ浴びて頭痛と荷造りを理由に(荷造りの方は嘘ではなかった)部屋で寝そべっていた。多分そのまま意識飛ばしていて、次に目を覚ました時には12時を回っていた。ナイトクラブに行くのかと思っていたルームメイトが意外にも早く戻ってきて、風邪をひくからと起こしてくれたようだった。

パーティーには来ないの、と彼からメッセージが来ていた。ごめんね少し疲れていたの、でも休んだからもう大丈夫。それなら僕のルームメイトは朝まで帰って来ないから良ければおいで、明日には帰っちゃうんだろ。でも門限直後だから、今警備員フロア巡回してるんじゃない。

そんなやり取りをもちろん英語でしていたら、突然日本語テキストが送られてくる。大丈夫から、すごく時間が惜しい。どうやって入力したんだろうか(冷静に考えたらグーグル翻訳コピーに決まっている)、昨日の今日馬鹿だと自分でも思う、またしてもその可能性は頭から抜け落ちていた。だって今日こそ彼は私のソレを知っているのだから。とにかく会いたいな、とただそれだけを思った。

実際警備員はいたから無理なものは無理で(もちろん男女で寮のフロアは分かれているし立入禁止だった。後から知ったことだが案外皆平気で立ち入って自国の友人と小さなホームパーティをしているらしかった)、しばらくエレベータホールで偶然会った別の友人と話し込んでしまった。結局抜け出せたのは1時を過ぎた頃で、小さくノックをして部屋に入ると彼自身やや驚いたようだった。

いつものように甘い果物を食す(私が講師に貰ってお裾分けしたのを切り分けてくれていた、ナイフを持ち合わせていなかったので有り難かった)、あまりにいつも通りの子供っぽい様子に少し安心した。彼も大勢での飲みはそう得意ではないらしく疲れているように見えた。金曜日、多くの学生は出払っていた。静かな夜だった。ルームメイト見送りのため、未明には戻らないといけなかった。

ベッドに横になって、しばらくただ寄り添ってどうでもいい話をぼんやりとしていた。職業柄よく鍛えられた身体が温かかった。手を伸ばして頭を撫でると、アジア人らしい硬質の、まだパーマの少し残った髪の手触りがやたらと心地良かった。いつの間にか彼は身体を起こしていて、私は彼の腕の中にいて、どちらからともなくキスを重ねた。そのまま首筋まで降りてくる、指が背中に回るのが感じられた。分かってる、分かってるんだ、でも明日にはもう会えないから、お願いだ、そう耳元で繰り返す声は絞り出すように震えていて、この人も臆病なんだろうかと思った。それもそうかも知れなかった。あちらからしてみれば相手10も下の日本大学生なのだから。ただ、そんなことはどうでもよかった。it doesn't matterってやつだ。どう考えても問題ありすぎるくらいだけど、とにかく全てが関係のないことだった。

幸運にも私の日本へ帰るフライトは午後発だった。ルームメイト未明に引き払った後、すっかり生活感のなくなった部屋で私は1人荷物の最終確認をした。スーパーあの日飲んだラムを買った(シンプルに美味しかたから飲んだ瞬間に購入を決意していただけの話だ)、3本買ったら、300円にも満たなかった。物価おかしい、その100円のボトルで私はおかしくなってしまった。

から友人と出かけるらしい彼がフラリと部屋に来た。スーツケースが膨らみすぎてベルトを締めるのに苦戦していた所だったが、それをあっさり片手で締めてくれた(不覚にもそんなことでささやかときめきを覚えてしまった)。無性にしかった。私は12時に同じ便の友人と待ち合わせをしていた、彼の方は11時だ。彼が出かけたらそれで終わりなんだろうと思った。セフレでもいいと思っていた昨日の私は完全に居なくなって、一回りも歳下のこどもを愛して欲しい心持ちになってしまっていた。一度だけキスをした。気をつけて、良いフライトを。最後はそんな言葉だったように思う。彼が帰った後のドアを眺めていたら一瞬目元が滲んで、よれたアイラインを引き直すのにスーツケースを再び開ける羽目になった。ベルトは私1人ではうまく締められなかった。

どうせ帰国後は連絡が途絶えるありがちな展開だと思っていたらそうでもなかった。

時差はそれほどないとはいえ、毎日夜更けに電話が来る。インフラが貧弱すぎてまともな電波もないのに時折ビデオ通話を掛けてくることもある。そして画面越しにキス要求してくる。いい加減にしろ。一体何歳だお前は(ここまで言って私も頭を抱える)。日に日に訳の分からない日本語ばかり覚えてきて、母語でないということの恐ろしさを感じる。なるほど確かに相当上がり症の私も英語から言えるような台詞を散々吐いている。

最近は開き直って、こちらもグーグルに教えてもらった彼の国の言葉を少しずつ混ぜてみるようになった。合わせて3ヶ国語。メインは英語から、正直なところ意思疎通はそれほどスムーズではない。平易な言い回しを探したり、喉に引っかかった単語を拾い上げたり、案外楽しいじゃん、と思う。難しいことは言えないのだろう、小学生レベルフレーズで伝えてくる言葉が、もどかしい発音日本語が、一つ一つ愛おしいと思う。

ただ気づいてしまった。会えない。こんな当たり前のことが異常なほどしんどい。忙しいから会えないとかではない、物理的な無理がありすぎた。GWは混みすぎて間に合わない、夏休みっていつだ。彼氏旅行に行っている親友が恨めしくてならない。セックスの何がそんなに楽しいんだと言い張るタイプの嫌な女だったけど今なら少し分かるような気もする。男の言う気持ち良さはまだ分からない、下手というつもりは決してないが(それほどの経験も無い)むしろ辛さや羞恥のほうが勝る。それでもそこに確かに存在していることを肌で感じたいと今は思う。無論セックスでなくてもいい、やけに手入れされた綺麗な頰に触れたいとか、無骨だけど温かい手で撫でられたいとか、ただそれだけの事だ。自分がこんなにもどかしい気持ちになるなんて思っていなかった。もっとサバサバ(笑)系だと思い込んでいた。

こうなるに至るまでの経緯を仔細つらつらと書いた。なんたるメンヘラだろうか。めちゃくちゃ搔い摘んだらセックスして情が移っただけの話になってしまった(情ではないと自分では思っているけれど件の親友にはとんでもない目で見られた)。親には言えない。最近結婚圧力が重たいのに言えるはずがない。もちろん友人にも全ては話せない。彼女らは私のことを少々潔癖すぎるくらいに思っている(はず)だから、とてもこんな汚い私は見せられない。

もも限界だった。お子様な私のキャパティ決壊しそうだった。から書いた。

神様お願いです、航空券時間を私にください。今はそれだけです。

2017-03-24

あれからどうして何も言わず私のもとを離れたのか

なぜ?

ただ……許して

眠りの奥 外側の感情 撫でまわす 居眠りな笑顔

いつもいつも これからいつまでも

あの日見た夕日は 永遠幸せ運ぶ

時の中でかわるがわる朽ちて消える

鳥の声儚く響く 遠くへ届け

2017-03-17

3月の田舎者

上京して20年くらいが過ぎた。あの日の3月を思い出す。この春上京するだろう田舎者に伝えたい。東京暮らしもっとも変わるのは、

失敗しても大丈夫

になることだ。

私の出身地では、高卒で某大手電機メーカー工場採用されれば「正解」だった。そのため、高卒の子供をもつ親は工場に勤める人に採用の口ぎきを依頼したりした。私はそれが嫌で、自宅から遠い進学校を選び、そのあとはさっさと上京した。母は高卒でその工場に勤めてほしそうだったと思う。父は私が進みたい道を選んで欲しそうだった。錯覚かもしれないが。

上京してからはいろいろ面食らう毎日だったし、失敗は山ほどやらかした。それでもなんともなかった。田舎なら私の中では終わった話でも、まわりが延々口にし続けるだろうと思えて心底嫌になった。

結局、その安心とされた大手工場は数年前に閉鎖され、実家限界集落になり、住民税では公務員給与も払えない自治体となり、道路は補修されず、山ののり面は大雨で崩れたまま自然に帰っていく緩やかな消滅軌道に乗っている。ふるさと納税なんてしたくもない。早く消滅してほしい。

失敗を許さな田舎は、結果的に誰も行動をおこさなくなった。

から上京する田舎者にたったひとつ忠告は、学校仕事が始まる前にSUICA練習を終えてほしい。

2017-03-16

ミルキーを勢いよく食べる君

僕は遠くから見つめていた

その時の僕の気持ち

カールを食べた後の口の中のよう

初めて出会ったあの日

チーズスナック菓子

隣で袋を開けていたよね

あの時 僕はカリカリ梅の種

舌で転がしているようだった

味のなくなったガムを捨てるみたいに

運命は決まっていたんだね

2017-03-15

機械室で事務仕事してたら心と体がぶっ壊れた話

 三月機械室は寒いビル全体に快適な空調を提供するための機械が詰め込まれ、常に忙しく稼働しているが、地下三階のこの部屋自体は空調の対象外だ。本来人間のいる部屋ではないから当然である

 束の間静かになったかと思うと、あちらの機器が動き、こちらの機器が唸る。遥か上層まで温風を送るための、巨大な機械の稼働音。出入口の重たい鉄の扉には、騒音漏れ出しを防ぐためだろう、「開放厳禁」のプレートが貼られている。

 その扉の横には、在室者表示パネルがあるのだが、あまり意味はないのかも知れない。人がいると表示されているにも関わらず、全ての照明をオフにして出てゆく人が時々いる。後に残るのは機械が動く音と、非常誘導灯の光だけ。

 私はその、地下三階の機械室で働いていた。申し訳程度に置かれたストーブは、部屋の寒さと広さに対してあまりに貧弱で、温かいと感じたことはなかった。仕事中もコートは脱がず、ヒートテックの腰と肩と下腹部に、貼るタイプカイロを仕込む。電気ポットも電子レンジももちろんないので、温かい飲み物を一日に二本は買いに行く。それだけやっても、夕方には体が氷のように冷たくなる。大きな音をずっと聞いているためか、外に出ると全ての音が遠く小さく聞こえた。

 ここまでの文章を読めば、そういう場で働く職業の人か、と思われるだろう。だが、実際はタイトルの通りであるExcelや専用ソフトを用いた書類作成が主な仕事であり、その他コピー取りや備品の注文といった雑務も行う、私はただの「派遣事務女性」だ。機械室の奥の、気休めのようにパーテーションで区切られた広場という就業場所以外は。

 そこに常駐しているのは私一人だった。他の人は打ち合わせで外に出たり、営業所に出向いたり、同じ建物内の別の事務所仕事をしていた。

 ただの事務のくせに、スマートフォンは常に手元に置いていた。心証が悪いのは分かっていた。それでも手放せなかった。一人きりで機械室に置かれた心細さも多分にあったが、在室表示を見落とした誰かに照明を落とされてしまったら、光源は非常灯とパソコンモニターだけになる。そうなると私はスマートフォンLEDライトを点けて、機器の間の通路を通り抜け、自分で照明スイッチの所まで行かなくてはならない。そういう事態が、一日に三度は発生する。昔、自分懐中電灯を持って歩くお化け屋敷に入ったことがあるが、今は何故あんものお金を出していたのかと不思議に思う。機械室に、脅かしに来るお化けはいない。誰も居ない。こちらの方がずっと怖い。

 そんな環境で三日ほど働いた。たったの三日。その三日間で、私の心は駄目になった。四日目の朝、起き上がれなくなった。


 目は覚めているのに体が動かない。スマートフォンの目覚ましアラームが鳴っている、うるさい、止めなければ。頭では分かっているのに、全身が鉛のように重く、手を伸ばすのも一苦労だった。起き上がることはもちろん出来なかった。

 毛布にくるまったまま、体調が悪いので休みます、と派遣元派遣先にそれぞれ電話を入れた。そのまましばらくぼんやりしていた。食事を摂るべきだと思い至って、ベッドの上を這い、落ちるようにして床に降りた。その姿勢のまま、壁を見つめて泣いた。

 休むつもりなんかなかった。少なくとも昨日の終業の時点では。テキスト形式のToDoリストに、明日作業に使うはずのファイルパスを貼り付け、紙の資料は机の上に出しておいた。温かい飲み物を毎回買うのはお金がかかり過ぎると思い、買い物リスト魔法瓶と書き込んだ。小腹が空いた時のための飴のストックも、どの職場にも持ってゆく自作マニュアルも、引き出しの中に入っていた。明日もここで仕事をするのだと信じて疑わなかった。

 最後の一藁が積まれたのは、おそらく退勤後、帰りの電車に乗った時だ。運よく空いた座席に座ることが出来た私は、鞄から文庫本を取り出したものの、読む気になれず膝の上に置いてしまった。凍え切っていた体が、車内の暖房に温められて緩むのを感じた。それを自覚した時、ああ、今の私はホームレスの人みたいだ、と思った。

 ローカル現象かも知れないので補足しておくと、私が利用している普通電車には、時々ホームレスが乗ってくる。全財産であろう荷物を抱え、申し訳なさそうに体を縮めている。彼らが乗ってくるのは、決まって冷え込みの厳しい早朝や深夜だ。深夜営業マクドナルドも、地下街もない田舎から、初乗り料金の切符を買って電車の中で暖を取るのである

 彼らのほとんどは、きっと悪いことをしたわけではないのだろう。好き好んでそうしているわけでもないのだろう。私も同じだ。それなりに一生懸命やってきたつもりだった。そうして勝ち取ったものが、この労働環境と、冷え切った体だった。

 心の背骨が、音を立てて折れた。


 たった三日で、と書いたが、実際はそうではない。実は夏から、私は似たような環境で働いていた。

 そこはとあるビルの、やはり本来機械室で、冷房機器がなかった。もちろん窓もなく、日差しに焼き殺されることこそなかったが、這い上がってくる湿気に蒸し焼きにされるような、座っているだけで体力を削り取られるような環境だった。

 体調を崩して病院に行くと、熱中症と診断された。冷房を付けないと体に毒ですよと医師に言われ、冷房機器自体職場にないと伝えると絶句された。月の医療費は一万円近くに上り、休んだ分の給与はもちろん出ず、家計は逼迫した。冷房なしでも平気な鋼の肉体ではない私が悪いのか、と理不尽に感じた。

 それでも働き続けたのは、頑張れば良くなると信じていたからだ。冷房は今手配してるから、という雇用主の言葉を信じていた。臨時事務所と言えどここまでひどいことはそうそうない、とも聞かされていた。認められれば営業所への配属も叶うと思っていた。結局、夏も終わる頃になって馬力不足のエアコンが付いた。そんなものが要らない秋が来て、防寒着とカイロヒートテックで武装するしかない冬が来た。

 なんとかそこでの仕事を二月いっぱいまで勤め上げ、三月からの配属先も機械室の臨時事務所だと聞かされた。今度はきちんとした事務所でしょうね、と私は確認した。ちゃんとした事務所体裁になっている、という言葉を信じて、契約更新書類に判を押した。

 ちゃんとした事務所

 机とパソコンが置かれ、電話通信環境さえあれば、それは「ちゃんとした事務所」ということになるのだろうか。パーテーション暴力的に乗り越えてくる冷気と騒音は、ないものと見做すのが一般的なのだろうか。私には分からない。

 ただ、体を壊し、薄給にも耐えて、それでも次は良くなると信じて頑張った結果がこれか、と絶望を噛み締めるには十分だった。新しい事務所環境も、三日間という時間も。


 仕事に行こうとして起き上がれなかったあの日から一週間、ずっと泣いて過ごしている。正確に言うと、何をしても涙が出て止まらないのだ。あの機械室で過ごした時間よりも、自室の壁を見つめて泣いている時間の方が長いというのはどういうことか、自分でもおかしいと思う。

 年甲斐もなく泣きじゃくりながら関係者電話をして(泣き止んでいる時間ほとんどないのだからやむを得まい)、とりあえず休職することが決まった。仕事休みになったらやりたいと思っていたことは沢山あったはずなのに、旅行はおろか、買ったままになっていた本を開く気力もまだ湧かない。せめて気持ちを整理しようと、布団に潜り込んだままタブレットを使ってこの文章を書いている。


 まだ耐えられる、という考え方は危ない。自分限界と、改善の時期を正確に見極められるのならその限りではないが、少なくとも私には無理だった。まだ働けると思っていた。自分限界は、思っていたよりも小さかった。

 雇用主の人は、どうか労働環境に気を使って欲しい。口では耐えられると言いながら、無自覚ダメージボロボロになっている、私のような人もいるかも知れない。同じ環境に置かれても、年に八百万円貰っている管理職と、四百万円貰っている社員と、二百万円貰っている派遣社員と、仕事が大好きで報酬なんか気にならないという人では、耐えられる限界がそれぞれ違う。

 もし望まずに似たような環境に置かれている人がいたら、出来れば逃げて欲しい。次の仕事も見付けられていない私が、逃げても大丈夫だよ、とは到底言えないから、「出来れば」としか言えないのだけれど。朝から晩まで涙が止まらず、食べ物を買いに出れば道行く人や店員にぎょっとされ、転職活動をしようにも履歴書に貼る写真が撮れない、自分の好きなことも楽しめない、友人から電話を受けてもロクに話せない──こんな状態になるくらいなら、もっと早く逃げておくべきだったのだと思う。


 涙が止まったら、仕事を探しに行くつもりだ。最低限の空調機器の備わった居室で働かせてくれる転職先が、見つかるといいのだが。


【同月16日23時 追記】

 勢いのまま書いて投稿したものに、多少の加筆修正を行った。面白くもない話題の長文なのに、予想よりもブクマ数が多くて驚いている。目を通してくださった方、ありがとう。その程度で休むのか、とのお叱りも覚悟してコメント欄を開いたはずが、今は世界の優しさを痛感している。

 子供の頃の夢は作家だったので、文章力を褒められたり、覆面作家じゃないかと疑われるのは面映ゆい。私が本当に作家だったら、有名なジョークよろしく「良かった、可哀想派遣社員はいないんだ……!」となって、それはそれで良かった気もする。

 現実の私は、ボイラー技士の資格は持っていないが、その類の業界の専用ソフトの扱いに慣れている。派遣会社業界経験者優先で仕事を紹介するし、少人数の臨時事務所特に教育不要経験者を欲しがるわけで、私が同じ業界の似たような職場に続けて派遣されたのはさほど不思議なことではない。


 この労働環境が法に触れるものであることは、私も承知している。ただ、同じ事務所に出入りする他の社員たちは、不満は言っても我慢は出来るという様子だった。性別給与も、滞在時間も違うのだから仕方がない。

 私が一人で告発したとして、正社員ならふてぶてしく居座ることも出来るだろうが、派遣社員場合はそれが原因で(表向きは「経営上のやむを得ない事情」で)即座に切られる可能性がある。自分就業中にはとても出来なかった。逆に今の私は失うもののない身なので、後任が同じ目に遭う前に一言言っておきたいとは思っている。

 本文中にも書いた通り、もしこれを読んでいる中に環境を作る側の人がいらしたら、少しの配慮をお願いしたい。この記事へのブクマコメントだけでも、「私より辛かったんじゃ……?」と思うような書き込み複数あった。それらは全て、改善されるべきものだ。改善出来ない立場の人は、どうか自分の身と心を守って欲しいと願う。


 幸いだったのは、今回の派遣先短期契約で、私も近々次の仕事を探す心積もりであったこと。転職情報を集めたり、職務経歴書を作り始めた矢先だった。自分の心が折れたのは計算外だったものの、少し休んで五月くらいに次の仕事を見付けられれば大体予定通りだな、と結構気楽に構えている。

 収入が絶えることだけが不安だったので、傷病手当金を貰える可能性があると教えて頂けたのは助かった。貰えないとしても、自分メンタルケアのためにも明日病院に行くつもりだ。


 名も顔も知らぬ私の文章を読んで、心配してくれる人がいる。それだけで心が軽くなった。本当にありがとう

 ストレス要因はなくなったので、たっぷり寝て美味しいもの食べて、あとはジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに八時間くらい篭もれば回復すると思う。今はまだ泣いてるけど。私の今後のことは、どうかご心配なく。

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