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2016-12-06

ARASHI LIVE TOUR Are You Happy? 京セラドーム大阪12/3 MC MADE紹介

LIVE TOUR 2016-2017 Are You Happy? 12/3京セラドーム大阪公演MCにて、ジャニーズJr.ユニットMADEステージ上で紹介されました。

必死メモをとり、解読してまとめましたので(自分の字を読み取るのに時間がかかった・・・)、よろしければどうぞ。

もうTwitterでも散々出回ってると思いますが。

ニュアンス含みますのでご了承ください。少しでも多くのMADE担に届け!

ベスアQRコードのくだりが終わり(これも涙が出るほどおもしろかった)、

松本ペットボトルでしゃべろうとした」

櫻井「昔ペットボトルでしゃ・・いや、マイク飲もうとしたことある

というハイハイ翔潤翔潤案件に気をとられていたところ。

松本「えー、今回ですね、ジャニーズJr.たくさん出てくれているんですが、今日はそのうちのMADEをみなさんにご紹介したいなと思っております。だいぶ長いことついてくれている」

櫻井二宮相葉「長いよね~」

松本「じゃあ、MADEのみなさんいらっしゃーい」

MADE「失礼しま~す」正面より出てくる。礼儀正しさ百点満点。

嵐・客席拍手。下手より冨岡・秋山・福士・稲葉の順に並ぶ。

嵐「かわいい」「かわいいな」「色違いでね」

口々にかわいい連呼Power of the Paradiseの衣装をほめている様子。

冨岡(黄色)・秋山(赤)・福士(青)・稲葉(緑)と、メンバーカラーリボンをつけていました。

ちなみにこの日の曲中は秋山冨岡(赤)・稲葉福士(青)でした。終わって誰かにメンカラのものを借りたかと思うとかわいくて頭抱える。

とみけんといなぴは誰に借りたの?教えて?

【参考】12/3パワパラJr.カラー黄色山本・林・影山・福本)緑(幸大・基・岸1)

自信はないけど。。

松本「なんで君たちのなかにはいないんだ!」ぉこ。

二宮櫻井あたりが「一人足りないからね、すみませんねぇ、4人だから」とフォロー

櫻井「でもずーっと僕らについてくれていますね。みなさんどうぞよろしくお願いします。ちょっとじゃあそれぞれ自己紹介お願いします」

二宮はい」←なんでニノはい?ってメモが残ってたから間違いなく言ってる。

冨岡「はじめましてMADEアクロバット担当冨岡健翔です!よろしくお願いします!」

秋山はじめまして。えーっと、僕は嵐のファーストコンサートを見て、ジャニーズ事務所に入ろうと決めました。今、夢が叶っております秋山大河です!」(突然の夢が叶っておりますに「?」のメモ笑。)

福士「MADEのなかで、一番顔面がうるさい眼力担当の福士申樹です。よろしくお願いします!」嵐客席ざわざわ。

稲葉はい100人乗っても~?大丈夫―!MADEリーダー稲葉光です!」(ほんとに突然100人~言い出すし、大丈夫~を自分マイク通して言っちゃった。自己完結。)

二宮全然流行ってねーじゃねーかコレ」

大野「誰も言ってなかったぞ」

稲葉「みなさん、流行らしてくださいよろしくお願いします!」

実際はちらほら全力の「大丈夫」が聞こえてきたか安心してください

そして二宮くん大野くんツッコミありがとうツッコミのおかげでウケました。

また(バックについてくれて)長いよねって話になり、

櫻井「俺らについてどれくらいになるの?ざっくり」

秋山「えっと、初めてツアーについたのが5×10ときなので、2009年ですね。7年。」

みんな拍手

二宮歴史があるんだな」

松本だってツアーになるとね、MADEに会って、安定感のあるMADEのチームプレーが見れますし」

安定感!!だって!!!ありがとうございます!!!

そして尊敬する先輩の話へ。

松本「じゃあ聞いちゃいますか」

二宮年収ですか?」

松本「なんで先輩が後輩に年収聞かないといけないの」

二宮くん、やめて、振り込みたくなるから(最高)。

松本「昨日ね、Jr.のみんなとご飯食べに行ったの。俺はニノリーダーと近かったんだけど、ずーっとこっち側Jr.子に好きな、尊敬する先輩は誰みたいな話をしてて。まぁいろんな話を聞いて。じゃあ聞いてみよう!」

二宮「これは素直にね?」

櫻井「嵐じゃなくてもいいんだよ。あ、お父さんとかは無しね」

冨岡「僕が尊敬する先輩は少年隊錦織一清さんです。」

松本「なぜ?」

櫻井「お会いする機会あった?」

冨岡「先月、いやもう先々月ですね。10月ABC座っていう舞台やらせいただきまして、そのとき演出錦織一清さんで。あと僕らMADEとして2008年PLAYZONEファイナルにつかせていただいたご縁もありまして、そのときからですね、実は」

秋山「僕はやっぱりこの事務所に入ったきっかけになった嵐さんが本当に大好きです」

客席拍手

秋山「あとは今でもすごくお世話になっているNEWSさんだったり」

松本「まぁまぁでもさ、NEWSも4人いるし、嵐も5人いるわけじゃん?」

二宮「強いてでしょ?あえて」

松本「強いて、みんななんだけど、一人しか選べないとしたら?」(怖い)

秋山「僕はファーストコンサートとき相葉くんのうちわを持っていたので相葉くんです。」

二宮「へー、相葉くんのドラマ映画・歌・踊りではなく、うちわを持っていたから」

TOP怖いよ~~~~大河逃げて~~~~~

相葉「そこ掘るところじゃないから」(優しい)

福士「僕はその、嵐さんに思い入れがすごいありまして、初めての嵐さんドームコンサートに初めて出させてもらったんです、10年くらい前なんですけど、自分が入ってすぐの年だった」

松本ジャニーズJr.としてコンサートに出た初めてのものが嵐だったと」(ちょっと申樹のしゃべり方がやばくて伝わりづらく、言い直してもらってましたw)

福士「はい、嵐さんの東京、あ、京セラドームだったんですけど、それがすごい印象に残って、かぶってしまうんですけど、嵐のみなさん、が、ずっと変わらず尊敬しています」(句読点位置やばい

嵐がかぶってる?に反応。まだかぶってないよ!とやいのやいの。

二宮「あえてだよ」一人に絞ろうとするニノ

福士「二宮くんです。尊敬する理由としてはですね、去年の打ち上げときにも二宮くんってことに・・・

相葉「ってことに」

二宮「おいアイツなんだよ」

福士「やっぱり天才だなって思ってて、なんでも器用にこなすところがすごい、自分にはないところなので、すごい尊敬しています。これからもよろしくお願いします」

二宮「よろしくね」とってもニヤニヤしている二宮くん。

じゃあ最後は。

相葉100人乗っても、ね」

稲葉はい、僕は櫻井翔くんが」

櫻井「お!うそ、ほんと」

大野「お前早いな、もうちょっと溜めろよ。な?全然見えてない、俺をスルーして

いっただろ。(やいのやいの)もういいよ。」ひとしきり突っ込んで満足げな大野さん。

櫻井「うれしいね

稲葉「僕たちMADEとして、T.A.B.O.Oのときから翔くんソロにつかせていただいてるんです。それで今回翔くんソロのリハのとき、いっつもお弁当差し入れしてくれるんです」

二宮相葉「え~、それ~~!?釣ってんなぁ!」

MADEありがとうございまーっす」一礼

櫻井「俺が物で釣ったみてーになる!!」

釣ってる釣ってるとギャンギャン騒ぐ嵐の4人。

櫻井「あのー、俺がソロときいつも大変なことお願いして時間かかるから、夜メシ食う時間いから、俺が入る前弁当発注してその間に食べといてって言って、でソロリハーサルはじめるの。だからそれで、みたいな空気なっちゃってるから・・・じゃあいいよ、また買うよ。」

MADEありがとうございまーっす!!!!!」何度も頭ペコペコ。

松本「えー、ということで。今回ツアー最後までついてもらってますMADEのみなさんどうぞ覚えて帰ってください」

MADEありがとうございましたー!よろしくお願いしますー!!」

こんな感じでした。ほんとニュアンス

今年はMADEマイク持ってしゃべる機会が例年よりたくさんあって、嬉しいですね。

残り名古屋東京福岡まで、全力で駆け抜けていってください。

他のJr.や、札幌では短かった宇宙Sixもまた、紹介してもらう機会がありますように。

星野源radwimpsの曲が流行っているのはドラマ映画の内容に即した曲を提供たからだと思う。

これを機会に今後は90年代に始まったタイアップという悪しき習慣がなくなりますように。

http://anond.hatelabo.jp/20161205233622

フォールアウト

高い城の男のドラマ

風立ちぬ

逃げるは恥だが役に立つ

とか、まだまだたくさんあると思うが

目玉をどこに落とした?

2016-12-05

芸能人で誰が好き?

数ヶ月前、別部署の先輩に別部署飲み会に誘われて行った時のこと。その飲み会でその時初めて会った女の先輩に聞かれた質問だ。

特にいないですね」

俺は素直に答えた。実際特に好きな芸能人もいないしそもそもテレビを見ない。見ても名前名前を覚えられない。(ドラマとかの役名で覚えてしまう)

有名人とかでもいいよ」

何が違うんだと思いつつも、多分スポーツの分野とかも含めていいんだなと思いながら、頭を捻っていると隣で聞いていた同僚Aが先輩に逆に質問をした。

「先輩は誰が好きなんすか?」

「C.ロナウド。A君は?」

即答だった。さっきまとめ記事かなんかでこの名前を見かけたから、このことを思い出したんだけど。

「そうですね。ボクは…」

Aはアイドルモデルなど何人か女性名前を挙げた。聞いたことがあるようなないような…佐々木希くらいしか覚えてない。

「なるほどね。で、君は?」

先輩はもう一度俺に振る。俺からは何も出ないよ。と半ば諦めていたが一応唸りながらビールに手を伸ばした。催促するように先輩は続ける。

「えー?いないの?かわいいなとか思う芸能人かいるでしょ」

え。そんな基準でいいのか。てっきりその人のファンで、その人がでるドラマとかバラエティ番組を逐一チェックするようなレベルのことかと思ってた。

「まーそれで言えばさっきAも上げてましたけど佐々木希とかかわいいですよね。あとミュゼ広告の子とか。名前しらないけど。」

「トリンドルのこと?じゃあ君はかわいい系よりキレイ系の方が好きなんだね。元カノさんとかもそういうタイプ?」

思い返してみると確かに(例外がないものとして)女性を二分割したらそっち側に入る人が多かったかも知れない。

「うーん。(二つに分けた場合は)確かにそうかも知れないですね。」

続けて先輩はAにも分析をする。何を言ってたかはあまり覚えてない。確かかわいい系に寄ってるとか言われてた気がする。二人を分析し終えた先輩は一呼吸置いて言った。

「二人とも理想高すぎ。だから彼女できないんだよ。現実をちゃんとみて!」

そこからは何か変なモードに入った先輩がひたすら話してたが割りと適当に相槌を打ちながら聞き流していた。

その時はお酒が入ってた事もあって頭が働いてなかったけど、今思い返すとこの質問ってずるいなと思った。

かわいいと思う”有名人”』を上げさせて「理想が高い」という結論を出す。そうなるに決まっているじゃないか。そもそも好きな芸能人かいないと言ってる時点で俺の方が現実的だろ。というか「芸能人誰が好き?」と聞かれて上げた人が付き合いたい人ってわけじゃないだろ。

でもあの時なぜコレを反論できなかったんだろう。てか先輩もC.ロナウド好きって言ってたじゃないか。それはどうなんだ。

あー俺はいつか騙されて高い壷とか買わされるんだろうな。それからその先輩には時々飲みに誘われる。壷を買わされないように気をつけようと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161205035229

おめーはアホか

ちょうちん‐もち〔チヤウチン‐〕【▽提▽灯持(ち)】 の意味

出典:デジタル大辞泉

1 夜道や葬列などで、提灯を持って先導する役。また、その人。

2 ある人の手先となってその人をほめてまわること。また、その人。

エキサイトレビューは、もともとドラマアニメなどの作品特定の人が続けてレビューするサイトだろうが。

真田丸レビューを見てみろ、

http://www.excite.co.jp/News/review/author/kimatafuyu/

他のライターだが、「真田丸」と「べっぴんさんしかレビューしてない

これは単なる担当制だ

ちょうちん持ちというからには、テレビ新聞雑誌Webなど

複数メディア本来とは違う趣旨で同じ作品をほめまくるくらいじゃないと

エキサイトレビューみたいなマニアしか見ないサイトで数回レビュー書いたくらいで

顔真っ赤にして「わーぼくちゃんが気に入らない記事書いてる!ちょうちん持ちに違いない!」

アホか、いやアホに対して失礼した

[]

普段感想書きではなく、趣向を変えて書いてみる。

今回のテーマは、「ちょっと敬遠したくなる作品」。

それでも、アクの強さに見合った魅力があることも確かだと思った漫画

現在連載中、或いは最近完結した作品のみを対象ピックアップし、核心に迫るようなネタバレも避ける。



ゲハ

人間と蝶の未熟児みたいな謎の生命体を、主人公が不純な動機で飼うことから始まる。

この漫画は全体的に「不快感」を意図的に漂わせている。

タイトルの『オゲハ自体、その謎の生命体に主人公が「汚いアゲハ蝶みたいだからオ(汚)ゲハ」と名付けたかである

謎の生命体の生態や、登場人物たちの事情を全て俯瞰して見れる読者だからこそ分かる、綱渡り状態の危うさが度々提示されるのが見所だ。

だが、意図的はい作品全体に漂う不快感はいかんともし難く、冒涜的ととられる表現も多い。

序盤で描かれる、オゲハ相手にほくそ笑む主人公に眉をひそめる人は多いことだろう。

そこらへんを漫画必要演出として割り切れるなら、どうぞ。



不登校日常

タイトルの通り、不登校児の主人公のを日常を描いた漫画

雰囲気コメディ調で、主人公は何か重苦しい理由のせいで不登校というわけではない。

そのため不登校という要素から連想される後ろ暗さはなく、重苦しい漫画ではないものの、それ故に主人公の身勝手言動は同情の余地がない。

主人公家族は善良なので、その身内たちに一方的迷惑をかけながら惰眠を貪る主人公は、コメディである前提を考慮しても眉をひそめる人も出てくるのは仕方がない。

そこを許容して、あくまコメディとして楽しめるなら、どうぞ。

まあ、正直なところ今回紹介した中では、これはかなりマイルドな部類なので万人受けしやすい方だと思う。



ファイアパンチ

1話から大きく注目された漫画だが、あれで作品方向性を読み違えると肩透かしを食らうかもしれない。

「強力な力を持った主人公を中心に、復讐のために道中の敵と戦いながら活躍するヒーローもの」みたいなものを期待すると裏切られる

まず、主人公は不死身に近い再生能力説得力を持たせるため、敵にいいようにやられることが多い。

主人公目線物語が語られたり展開することは意外にも少なく、サブキャラたちだけのやり取りが圧倒的に多く、群像劇の側面が強い。

1話カニバリズムや、炎で焼かれ続けるなどのトーチャーポルノ表現もそうだが、以降も獣姦などの異常性癖狂言キャラ出張る、ディスコミニケーションの連続など、無批判で受け入れるには厳しい要素がどんどん出てくる。

あと、アクションシーンはお世辞にも上手くない。

それでも、作風方向性から漂う個性というものは間違いなくあるので、そこに魅力を感じたのならどうぞ。



ラフィリア~人間椅子奇譚~

対人恐怖症の主人公が、想い人の生徒会長に気付かれないよう、かつ傍にいたいがために生徒会室の椅子を改造して、その中に自分が入る。

プロットから分かるとおり、とんでもない変態マンガである

誰得椅子の改造方法を詳しく解説したり、主人公生徒会長に対する情念たっぷり独白など、「変態」な人間表現するための描写をかなり念入りに行う。

ただの変態人間独白だけで物語は進まない。

周りに認知されない存在からこそ偶然知ってしま登場人物たちの秘密を、主人公垣間見しまうのだ。

事件が起こり、それを隠蔽しようとするとある人物の一連のシーンが、これまた丁寧に描かれていて、妙なところにリアリティを追求している点も見所だ。

プロットインパクトに負けない、圧倒的な描写や展開が魅力でもあるが、構成されるほとんどの要素がアウトローな上、それをやたらと丁寧に描いているので、そこに拒否感を覚えなければどうぞ。



間宮さんといっしょ

この漫画の何が面白いかといわれると、正直なところ私はうまく説明できない。

要人物の多くが独自価値観を持っており、しかもそれを前面に出して展開される。

もちろん、そんなことをしてまともなコミニケーションなど成立する筈もなく、不可解さや不愉快さは読者にも伝染しやすい。

それは主人公たちの人格も同様で、読者が共感できるような普遍的な是非で物事判断しないし、動かない。

それでも、一見すると作中ではなぜか成立しているような気がする人間ドラマは何とも奇妙だ。

私が解釈するこの作品テーマメッセージは、「社会的な、或いは政治的観点での『正しい人格』の押し付け拒否し、確固たる自我確立を目指すこと」だと思う。

それでも、露悪的な言動をする主人公や、我を通す人間イニシアチブをとりつづける世界観は、結局のところ側面的には『正しい人格』を別のものに摩り替えただけで、読んでいて気持ちのいいものではない。

それでも魅力を語るならば、主要人物たちの関係性や、ディスコミニケーションのまま成立する人間ドラマの妙さだと思う。

今季と今期の違い

今期だとアニメサジェストされ

今季だとドラマサジェストされるんすけど

検索する人たちの間に深い谷が存在するんですかね・・・

2016-12-04

日本映画関係者発言見てると海外はまだ遠いなと思う

正直10年以上前日本ゲーム業界見てる気分。


中国配慮して中国寄りの映画作りましょうよ。

とかもっとグローバルな映画・・・

とか、わかってなさすぎて苦笑する。


10年位前に日本ゲーム業界もそういう方向性を目指したけど、結局大失敗した。

それは、結局のところ日本人外国人の考え方をした映画を作るのは無理だから

日本人外国におもねった作品を作ると「アメリカ人が考える忍者物」と同じことにになってしまうことをメジャー立ち位置にいる日本人全然理解できてないんだよね。

特に普段海外海外って実際に海外に行ってるわけでもない中途半端な人たちはそのへん全然わかってない。

だってアメリカ的な映画ならアメリカ人が一番得意に決まってんじゃん。

中国的な映画なら中国人が一番得意に決まってんじゃん。

もし、それを回避したいなら映画監督プロデューサー制作会社社長も全部アメリカ人中国人にしないと駄目(実際ハリウッドはそれやってるけど)

こないだ「君の名は。」に言及してた某実写映画監督とかそういう中途半端理解しかしてない臭いがプンプンする。


で、話戻すけど、日本ゲーム業界が最終的に得た知見は「日本人らしいゲームを作ること」だった。

それが最も独創的でユニークになって海外で唯一無二になって受けるんだ。

ってことを10年かけて理解した。

そして、今それを実行してる業界は、「アニメゲーム漫画業界」だけ。

そしてそれをいか流通に乗せて広められるか?

ってことに注力する段階に入り始めてる。

まりカルチャーのものを輸出して理解してもらう段階に入ってる。

weeeaboooってつまりそういうことだよね。


日本人自然ハリウッド映画理解してるけど、それはアメリカ文化100%はいわずとも多少なりとも知識として持っているから。

そしてそれは戦後何十年にも渡ってアメリカ映画界が積み上げてきた結晶なんだ。


こないだ川村元気インタビュー読んだけど、「ハイパードメスティックもの海外で受ける」って言ってたよ。

今のところ実写映画界で理解してるのはあの人とかその周りくらい。

日本実写映画ドラマはいつそれを理解するかねぇ。

ガンダムって戦争ポルノだよね

特にパイロットが互いの思想信条ぶつけ合いながら戦うガンダム特有のあれって戦争なめてるにもほどがあると思う。

戦争不条理性ではなくあくま悲劇性とかドラマを強調したがる辺り日本人戦争に対する認識って根本的にカミカゼやってた時からなんも変わってない。

戦争あくま決闘の延長としか捉えられてないという意味ではカミカゼというか名乗りをあげてモンゴル人に殺されてた時代で止まってるのかもしれない。

から戦争を扱った日本作品は基本つまらない上に気持ち悪い。

http://anond.hatelabo.jp/20161204212703

そりゃそうだ。




っていうか、今ちょうどダビンチとピカソについて自分も考えてたんだけど、

芸術におけるストーリーってどう思う?

ルネサンス期の作品って聖書モチーフにしたものが多いし、

絵を見ればストーリーはなんとなく理解できる。当時の人ならなおさら

一方で、あまり詳しくはないんだけども、

ピカソの絵って、デフォルメされたものが多く

ストーリー説明されないとわからない印象がある。

現代アートもっと先鋭化して

ストーリーから自由になった哲学思想表現になってると思う。

(そういう意味で、映画ドラマなどの方が、ルネサンス系譜なのかなとも思うし、現代アートオルタナなのかなとも思う)




現代アートって、

thinkよりfeelで説得させる必要過去作品より強いのかな、って思うんだけど

どう思う?

反論求む。

みんな言ってないだけで違法コンテンツ見てるでしょ?

流石にTwitterに書くと燃えちゃうけど、

みんな違法コンテンツ見てるでしょ?Youtube音楽を聞いたりドラマを見たり、

違法ダウンロードサイトからまんが落としてるんでしょ?



「そういうのはよくない」と思っていたオレだけど、

「え?なんで見ないの?Youtubeで見れるじゃん?」って言われた時に唖然としてしまった。


本音と建前の文化ってホント最悪だ。

2016-12-03

ドラマ映像ってほんと綺麗になったね

たまに昔のドラマとか見るとびっくりする

2016-12-02

ドラマERの思い出。ネタバレ有り。

ドラマERの思い出。ネタバレ有り。






   

ASKAとか薬物中毒ニュースを聞くと、

ERシーズン6とカーター先生ベント先生を思い出してしまうんだよなぁ。

私はERは好きじゃなかったんだけど(メロドラなので)、姉がずっと見ていて、

ER6、7は面白いって聞いて、中学高校の頃、重要な所だけ見た。

ルーシーカーター先生統合失調症患者に刺されて、

ルーシー死んじゃって、生き残ったカーター先生が影で医療用の麻薬を打ちはじめて、

それがバレて同僚の皆に詰問されるんだけど、

ベント先生はもう本当にいい奴でさ、

私の中で、安西先生バスケがしたいです、的なシーンになってて泣けちゃうんだけど、

カーター先生更生施設に行って更生するわけだけど、

やっぱり薬物中毒になると本当に大変なんだなって思う。

更生施設のガランとした感じとか、

施設の人は最初カーター先生に厳しい感じだったはずだし(強い意思がないといけない的な)、

もう本当に頑張ってって感じ。

 


シーズン後(だっけ?)に刺した統合失調症患者カーター先生は再会するわけですが、

心神喪失状態だったんだからしょうがないだろう的なことを言って、最悪だと思った。

ちなみに私も統合失調症患者なんですが、

精神疾患にかかった人でも、重大な犯罪をしたらそれなりの罪は負うべきだと思う。

閉鎖病棟に入るにせよ、被害者やその家族無罪という言葉を投げかけられるのはひどく辛いと思う。

せめて、本来ならこの罪に相当する、ぐらいは言うべき(言ってるのかな?)





話を戻して、

薬物中毒者とは関わりたくないし、薬物に手を出しやがって…、とはやっぱり思う(自分精神薬漬けだけど)。 

カーター先生薬物中毒者にしては綺麗に書かれてたと思うし(本物の薬物中毒者は見たことないけど)

でも薬物から抜け出したいっていう本人の強い意思があるなら

意思がない人が刑務所指導受けてる特集ニュースで見たこともある)、

それを支えてあげる施設必要だと思う。

主婦が自宅でクスリ作って家計のたしにしてるような麻薬大国アメリカと比べたらマシなんだろうけど、

日本更生施設の現状のコラム読むと、やっぱり施設はもうちょっとあってもいいような気がする。


 

後半、かっこ書きが多くなってしまった。

http://anond.hatelabo.jp/20161202145515

こないだまで大河+主演ドラマダブルヘッダー

番宣としての歌番組出演が相次いで疲労ピー

入院が危ぶまれレベル

一生かけて守りたいと思う人に出会える人は幸せだと思う

恋愛弱者で全くマッチング期待できなくて

婚活するのもドラマがまるでなくて社会歯車意識が強くなって気分悪いし

何がいいたいかというと空から金髪ロング高身長筋肉巨乳美人が降りてきて「私と結婚しろ・・・!」と高圧的な態度を取られて

美しさと突然の事態に驚き尻もちついた僕はただ同意する以外に方法は無かった・・・

みたいな感じで結婚したいなあと思う我が人生であった

ドラマ映画に出てくるパソコンOS

ログイン画面とか、機密ファイルを開くときパスワード画面とか、ファイルコピー中の画面とか。

たまに Windows でも MacOS でもないのあるでしょ。


普通商社だとか学校暴力団なんかで Linux を使っているとは思えない。

(そして少なくとも主要なディストリビューションではなさそう)

あのOSは何なんだ?





というのも疑問なんだけど、

撮影必要ちょっとした画面だけでも、作るの大変だと思うんだよ。

なのに敢えて WinMac を使わないのは理由があるの?




以下、自分で考えた説。

http://anond.hatelabo.jp/20161202111909

あとアニメ映画が今一般ももてはやされてるのはぶっちゃけ一般人にとって

アニメってなんだっけ??」

というアニメ耐性が無くなってる状態が起因してる。

なぜならゴールデンタイムにはアニメなんか流れてなくて一般人が観るのはクッソつまらないバラエティ番組からだ。

もしくはクソドラマ

そんなのと比べるとアニメ映画微妙だったり雑かったりする内容でもとても新鮮で面白く見える。

君の名の雑さが特に言及されることがなく一般層に大いに受け入れられたのも、

普段みてるクソバラエティの雑さに比べたら何倍もマシだから気になるわけがない。

ちょうど胡椒を知らないヨーロッパ人胡椒食った瞬間のような状態

単に味に免疫がないから珍しくてもっと欲しい欲しいとなっている。

これが宮崎駿長編アニメ映画作らなくなったことも追い風で、

一般層が持つ「定期的にアニメコンテンツを楽しみたい」という欲求宮崎駿ポストたちが満たしているのが現状。

あとはオタク層に映画を何回も見にいかせるという風潮が流行らせることができたマーケティングのおかげ。

でも何度も見に行かせて豚ども数字に興味を持たせるのはCDを大量に買わせてランキング気にさせる手法の1種なので、

いずれ飽きがきて狙った効果が得られなくなるのは目に見えてる。

世界の片隅とかも同じノリでやろうとしたけど既に効果が落ちてきている。

財布が無限にあるわけじゃないんだからこんな立て続けに消費させようとしても無理です。

シンゴジラ→君の名→声の形ときて、さすがに学習しはじめたやつが「またか」となってしまう頃、

まあ時期が悪かったね、としか

 

まり片隅にが他の作品のようにポスト宮崎の1人になれるかというとわりぃ、やっぱつれぇわ…

妊娠しておめでとうと言われて

妊娠した。

あたり前のように「おめでとう」と言われる。

ありがとうと答える。

しかし一方で、これは一体何がめでたいのだろうと不思議だ。

ちなみに不妊治療の末に妊娠した。

治療のことは誰にも言ってない。

私としてはとても前向きに、ほとんど悩まず治療してたのに

人に話して大変な体験扱いされるのが嫌だったからだ。

確かに子供は欲しかった。

でもいなくても幸せだった。

ただ年齢的に厳しくなる前にやるだけのことをやろうと思ったのがメインで

子供を産まないと自分人生が完成しないとか、そんなことは思わなかった。

自分の中だけで考えれば

不妊治療というプロジェクトが実っておめでとう、なのかもしれないが

周りの人や社会から見ておめでたい理由は一体何なのだろうか。

夫婦にとって子供がいることがおめでたいという固定概念なのだろうか。

子供が居ないとき幸せで、居ないなりのおめでたさもあったのに?


おめでとうと言われることに違和感を覚え続けて数か月。

こう納得することにした。


おめでとうと言われなきゃやってられない。



なんなんだつわりって。

毎日毎日ひたすら気持ち悪い。

意味もなくだるい

自分がとんでもない怠け者になったような気がする。

家事仕事もできない。

私はこんな役立たずだったのかと絶望的になる。

幸い旦那ができた人なのでそんな私をひたすら励ましてくれて

「いま凄い仕事をしてるんだからそれでいいんだよ」と言ってくれる。

つわり期間に彼の家事スキルも素晴らしく向上したので

自分の不甲斐なさにウンザリしながら横になって過ごしてる。

ドラマとかで見る「妊娠したよ!やったね!」なんて

病院から家に帰る30分で終わった。

旦那と親にメールして終わった。

「これからどうなるんだろう」という不安がむくむく大きくなった。

愛おしそうにお腹をなでて「楽しみだねぇ」なんて今のところない。

だた気持ち悪くて、何だか知らんがブクブク太るばかりだ。

医者さんに話したら

妊婦さんは5か月までみんなそうですよ~。胎動が分かるようになるまで頑張ろう」

とのことだったから、そんなもんかと思っている。



そんな感じの妊婦生活なので、おめでとうと言われなきゃやってれらない。

から「良かったね!」と言われて「あ、良かったんだ」と思わなきゃ無理。

いま良いことが起きてるし、これから起こるのはめでたいことだと暗示をかけてる感じ。

あの「おめでとう」はその為にあると思うことにした。


まだ安定期に入ってないので、ごく限られた人にしか妊娠を伝えてない。

これからいろんな人にこの話をして「おめでとう」のラッシュがくるのかと思うと少し気が重い。

中には子供を望んでいてうまくいってない友達もいる。未婚の友達もいる。

「おめでとう」の裏にひっそり「あぁ貴女もなの」という落胆も感じる。

ちくしょー、何なんだ。

そんなの私一人に何とかできるわけもないので

せめて精一杯こころから「ありがとう」と答えて

彼女たちの人生におこる色んなこと、妊娠以外のことも、しっかり祝っていきたい。

2016-12-01

逃げ恥ブーム

逃げ恥ブームを見ていると

自分が初めて彼氏できた時に「今日会社休みますみたいですね」と毎週引き合いに出されて

婉曲にバカにされていたのを思い出して薄暗い気持ちになる。

そういうふうにあのドラマを消費している人間がいるはずだ。

http://anond.hatelabo.jp/20161201152559

あんなもんをガッキーのかわいさ抜きで見れる輩はどんな脚本ドラマでも見るぞ

逃げ恥とやらを読んでみた

原作を。

電子書籍で1巻無料だったので。



ごく普通の、何の取り柄もないヒロインが何故か高収入イケメンに愛される

(多分。1巻の時点ではそこまでは行ってなかったので。でもそうなるんでしょ?)

ファンタジー少女漫画しかなかった…

契約結婚する経緯は漫画的なご都合主義で強引に進んで突っ込みどころ満載だし、時々出て来る結婚とは云々などのセリフも薄い薄い。

これに「現代若者リアルが云々」とか解説つけてるマスコミどうなのよ…

単に津崎さん萌え~とか思って読むだけなら別にいいだろうし面白いのかもしれないけど

社会派的な要素もあるのかなあとか思ってしまった自分勘違いが悪いのか。

ただの女の妄想ラブコメであってそれ以上でもそれ以下でもないよね、これ。

どっちかというと現実忘れたくて読む感じの。

それともドラマ版は違うんだろうか?

君の名は。」に潜む仕掛け―「無常」と「自我」の「対決」の物語

すでにこの映画を見て2週間は経つ。鑑賞直後の雑感は箇条書きで記してはいたのだが、一応もう少しまとめようと思い立ったのでここに記す。

おそらくほとんど人の目には留まるまいが、ネタバレを含むので、ここから以下はぜひ本作をご視聴の上でお読みいただきたい。

また、私自身はこの作品を1度しか視聴しておらず、またこの映画に関する情報パンフレット以外ほとんど(ネット上の評論も含めて)目にしていない状態であるので、思い違いや抜け、または同様の結論に至った他の方の評論がある可能性があることを了承されたい。

また、本文の後半でいくつかの仏教用語使用している。が、恥ずかしながら私の仏教知識は全くの独学であり、また理解もかなり浅いものである。もし仏教用語または知識に間違いがあれば、ぜひとも私のツイッターアカウント(https://twitter.com/gachikibou)またはメールアドレス(gachikibou@gmail.com)あてにご叱正をいただきたくお願いする次第である


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君の名は。」は、大変すばらしい映画だった。

これまで、私は新海誠監督映像作品をいくつか観た(すべてテレビDVD)が、どれも見ていていたたまれない気分にさせられるのがいやだった。今回も「新海監作品」というだけで拒否感が強かったのだが、それを良い形で裏切ってくれる作品であった。

この映画の良い点については、映像作品素人の私でもいくつか挙げることができるが、この文章では、私が「この映画が多くの人の心に深く響いた理由である確信した、ある「仕掛け」について取り上げたい。

私がこの映画で見事な「仕掛け」であると考えるのは、「入れ替わっていた時の記憶は夢のように消えていく」という設定である

ご視聴いただいた方にはわかる通り、この設定は脚本構成必要不可欠であり、それ自体が新海氏の作品テーマの一つである「すれ違い」を生むポイントでもある。

しかし私は、この設定そのものが、多くの観客に非常に深い共感を覚えさせるための、きわめて重要な「仕掛け」であったと確信している。



さて、その「仕掛け」について考える前に、まずは一般的な、夢の「記憶」について少し考えたい。

 

夢の記憶は、実体験のそれよりはるかにもろい。

そもそも、人間が見るほとんどの夢は、目覚めた時には忘れられてしまっているし、たとえたまたま夢を覚えていたとしても、目覚めた後しばらくすると、その記憶が朝のルーチンな行事などによって急速に塗り重ねられていく経験を、多くの人はしているはずだ。

そしてそれは、非常にインパクトのある強烈な夢であっても、実は例外ではない。

 

例えば、前日見た怖い夢について友人に話す時、どうしてもその「怖さ」を伝えることができないというもどかしさを感じたことがある人は多いはずだ。

それにはいろいろな理由が考えられるだろうが、そもそもそうした場合に思い出している夢の「記憶」というのは、実際にはその時の夢に対するおぼろげな「あらすじ」と「『感動』を体験したという『記憶』」を元に、目覚めてしばらく経ってから再構築された、いわば「レプリカである

それは本来の「記憶」ではなく、自分自身によって作られた本来の「記憶」の「代替品」である。そのゆえに、自分自身でもその「記憶」を、生の体験として感じられないのだ。

 

では、なぜ人は、わざわざそのようにもろい夢の「記憶」を、再構築してまで取っておこうとするのだろうか。

それは、その人が、その夢の中で何らかの「感動」(それは「喜び」であっても、人によっては「恐れ」であってもよい)を体験たかである

 

ある夢について、人が「いつまでも覚えている(実際には再構築したレプリカを取っておいている)」のは、その人がその夢の中で、時には現実以上に「感動」させられたからだ。

(つまりは、面白かったテレビドラマアニメDVDなどで保管しておこうという行為と同じである

しかし、そのとっておきたい夢の「記憶」そのものは、前述のように実に「もろい」のだ。

「感動」は個人の心にとって極めて重要体験であり、その存在保証する「記憶」は、ある意味自分のもの」でもあるのに、夢の「記憶」は、いくら手放すまいと抱え込もうとしても、どうしようもなく風化し、変質し、最後には消えてしまう。

すると最後には「『感動』を経験したという『記憶』」という、ある意味抜け殻のようなものけが手元に残るのだ。

この感覚を、自覚している人は多いはずである

 

しかし、人間はそれでも夢の本来の「記憶」をあきらめきれない。

なぜなら、強く「感動」したという事実は、人にとって極めて重要からだ。

からこそ人は、無意識にでも夢の「記憶」を、抜け殻である「『感動』を経験したという『記憶』」を元に再構築して「レプリカ」を作り、それを代替品として残すのだ。

たとえ残しても、その「レプリカ」が、本来の生の「記憶」には及ばないにもかかわらず。

 

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さて、ここまで、夢の「記憶」が本来記憶からレプリカ」に置き換わっていく過程を見てきた。

ここまで考えれば、人はもう一つの事実に思い至る。

 

多くの人は無意識のうちに気が付いているのだ。

実は、夢の「記憶」に限らず、人間実体から得られたものを含むすべての「記憶」も、年月が経つと消えてしまう「もろい」ものである、ということに。

「よかったことの記憶は美化される」というが、実際には美化という「脚色」ではなく、後に再構築された「レプリカ」かもしれず、場合によっては「レプリカ」の「レプリカである可能性すらあるのだ。

 

記憶」は、同じ時代の別の「記憶」や、新しい「記憶」、またはその人自身の心境の変化などによって絶えず影響を受け、さらに年月とともに風化する。

そうして形の崩れた「記憶」を、人は心の棚から引き出して眺めるたびに、足りないところや影響を受けたところを成型しなおし、「ああ、あのころはそうだった」と納得して、引き出しに仕舞う。

仕舞った途端に、その「記憶」はまた変質を続け、風化していく。

そのようなものに、果たしてその「記憶」が生み出されたころの、生の部分が残っているだろうか。

 

そしてその「記憶」がもろく変質し、最初のものと変わってしまっているという事実は、最終的には自分のものの「はかなさ」にたどり着く。

自分があの時得た喜怒哀楽の「感動」を保証する大切な「記憶」が、年月を追うごとに変質し、「レプリカ」に置き換わっていく。

さらにその「レプリカ」すら、風化に耐えられずに「レプリカ」の「レプリカ」に置き換わってしまう。

それは人間記憶システム限界であり、そのような「はかない」もの立脚している人間存在限界であり、どうにも抗えない無情な運命である

この残酷な「はかなさ」を前に、人は多かれ少なかれ、悲しみと恐れを抱くのだ。

 

しかし、いくら「はかない」ものであっても、人はやはり「『感動した』という事実」を保証する「記憶」を手放せない。

それを手放すことは、過去の「感動」を手放すことであり、つまりは「自分自身」の一部を手放すことに等しいからだ。

自分自身」を手放したくないという強い思い。これは、人間という存在の持つ、根源的な欲求の一つといってよい。

 

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さて、ひるがえって「君の名は。である

この作品で、主人公たちは人格の入れ替わりという「夢の体験」に近いもの体験する。

入れ替わっている時の「記憶」は、(夢の「記憶」と同じく)極めてもろく、曖昧ものであることが劇中の様々な演出や、女性主人公祖母経験から示唆される。

また、主人公二人が入れ替わっている最中のことを把握しようと相互に残した記録すら、「世界修正力」とも呼ぶべき現象によって、問答無用に消されていくのだ。

この演出は、夢の中で強烈な「感動」をしながら、夢の「記憶」が消えていくのを経験した人々(たぶん非常に多いはずだ)に、夢の「記憶」の「はかなさ」、どうあがいても失われてしま焦燥感と苦しさを思い出させる。

 

しかさらにその後、この設定の巧妙さが控えている。

この映画において、入れ替わりの「記憶」は、夢の「記憶」と同列にできるものではない。

なぜなら、その「記憶」は(時間軸のずれはあるにせよ)現実世界での体験によるものからだ。

ここで視聴者は(特に視聴者層として想定される若い世代にとっては無意識のうちに)、自分の持つすべての「記憶」そのものも「はかない」ということに気づかされる。

そしてその「はかなさ」は、前述のようにこれまで確かだと思っていた「自分自身」、つまり自我」の「はかなさ」へと続いているのだ。

 

 

この作品が、単なる「恋愛のすれ違い」を描いた作品でない点は、ここにある。

この作品の入れ替わりの記憶に関する「設定」そのものが、人が「自我存在のはかなさ」に知らずのうちに触れる、という高度な「仕掛け」となっているのだ。

 

そしてさらさらに、この仕掛けにかかった視聴者は、「自我のはかなさ」を抱えながら、大災害から人を救いたいという強い想いの結実と、主人公二人の恋の結末を追っていくのである

自我のはかなさ」という「無常」を自覚しながら、それでも捨てきれない「感動」を最終的には得るのであり、これをあえてたとえるなら、大乗仏教における「色即是空」の一端を突き付けられながら、それと相反する「自我」を、恋の思いを主軸にした「感動」として体感させられているようなものである普通人間にとって、これが強烈な体験とならないはずがない。

 

この作品を、「何か『高尚な深み』がない」とか、「ヒットする要素が盛りだくさんで鼻につく」といって評価しない人がいるようだが、前述の「仕掛け」が意識されるならば、その評価は間違っている、と言えるだろう。

確かに、ストーリー上はこの作品恋愛物であり、その結末そのものに何らかの「高尚な思想」は存在しない。

最終的に二人は再会し、そして新しい「記憶」が生まれるだけである

しかし、上記の「仕掛け」による、実は仏教的ともいえる「無常」と、それと対立する「自我」を強烈に意識した構成は実に見事であるし、十分に評価に値すると、私は考える。

 

何より、「無常」と「自我」の対立、というよりは映画エピローグの流れてとしてはむしろ「対決」を、恋愛ドラマをもとにしながらも、とりわけ若い世代視聴者体感(おそらく初経験だ)させるなど、尋常映画ではない。

この点で、私はこの映画日本アニメ映画の中でも特筆すべき存在であると考える次第である

 

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この映画に関して、もちろん上記以外優れた点は数多くある。

今回記した部分はあくまでも私が特に注目した点であり、冒頭に述べた鑑賞直後の箇条書きの全体量で言えばせいぜい1-2割といったところである

海監督の特徴である映像意図的な美しさや、おそらく何度も検討を重ねて練り上げられた脚本など、評価するところはまだまだあると思う。

しかし、私自身まだ一度しか視聴していないこともあり、また映像脚本に関してはより以上に素人であるので、それ以外の評価は他の方にゆだねたいと思う。

 

そして、私はやはりこの映画は、10から20代の「無常」に関して初心(うぶ)な若い世代に鑑賞していただきたい。

この映画で抉り出されるものは、少なくとも2500年ほど前から人類が立ち向かっている、非常に大きく根源的な問題の欠片である

それに触れた経験というのは、おそらくそ若者にとってかけがえのないものになるだろう。

2016-11-30

テレビ

テレビを見るのは1日30分以下。

好きな人ものが出たり紹介される時だけ見るようになった。テレビはそのための道具。

それ以外は見てないし、暇だからテレビつけるってこともめったにない。

以前は共通話題を探るために見ていたけど、

共通話題がなくても、スマホでその場で好きなもの見せて共有できるから、困らない。

テレビで見るのはニュースぐらいかニュースの内容はネットで既に知ってるけど。

ニュースが最大の共通話題、かな。



逃げ恥を知ったのもネットからだけど、

ドラマを好きな誰かが見てたから、話題になったのだろう。

好きなものだけを見る世の中は、

多くの人に共有される話題は、最初個別的な小さなところからしかまらないことが多いのかな。

さなところから始まって、ネット拡散商品コンテンツ購入となるのだろうが。

ドラマに限らず、テレビ無料なのでネットで知った後、足を踏み入れるのは手軽なんだなって思った。

ドラマに関してはテレビのオンエアが初出だし、そういう意味での価値は感じる。

有料なら見ていない。



ただ、ドラマって広告を見てもらうためのコンテンツっていう部分もあり、

コンテンツ自体が見られても、商品の売上に繋がらなきゃ意味ないんだろうなって思う。スポンサーからしたら。

広告に乗せる商品に魅力があるのが大前提だけど。

ネット拡散テレビ拡散お金を出して商品を買うためのハードルってどっちが低いんだろうか。

商品を買ってもらうためには商品を好きもしくは興味を持ってもらわなくちゃならないんだが。

一番のハードルは、

好きなものしか見ない人たちに拡散してもらうために必要な、

商品好きな人たちに好きになってもらえるような商品を産み出せないことか。

ドラマ好きの人に好きになってもらえるようなドラマを産み出せない的な。

よく泣く

映画ドラマアニメ漫画を見ながら、よく泣く。

しかし、泣いた作品が必ずしも良い作品、心に残る作品、感動した作品なわけではない。

なぜなら途中10しか見ていないドラマのその部分だけでも泣いてしまうことがあるからだ。



泣いてしまう場面を考えると、例えば登場人物が念願叶って歓喜していたり、

あるいは絶望に瀕して喘いでいたり、泣いていたり、怒っていたり、

あるいは感情を押し殺すことによって

その感情がより際立って表現されているところが挙げられる。



要するに感情に大きな動きがある場面だ。

感情の発散がカタルシスにつながる場面も多い気がする。



そして、他人感情の爆発に出会った時に

おそらく泣くことでしか呼応できない自分の姿に気がついてしまった。

自分自身感情の振れ幅というもの

フィクションのさまざまに比べると驚くほどに小さい。

そもそも日常生活の非ドラマチックな日々の中に

感情を揺さぶる起因となるものなどそうそうない。

感情を動かすことに慣れない身の上で

一番わかりやす感情の発露の方法が涙を流すことなのだ。




以下脱線

感情移入というのはこういうことを指す言葉なのかな?

自分感情が揺れることが少ないので

フィクション舞台フィクション人物のあらゆる感情

自分のものとして追体験している気がする。

事象感情のつなぎ方は全て自分の感じ方とは違うという前提のもとで見ているか

感情移入ができない」という文言が出てきようがないのだが、

感情移入ができない」という人は自分登場人物だったら

またはその場に居合わせたら、という立場映画を見ているということなのかな?

この世界の片隅に』の感想に騙された!!!

感想で「戦時中日常淡々と描いている」

戦争悲惨さを深刻に描いていない」

ドラマチックではない」

とかあったから、観に行った。

ウソつき!!!

悲惨じゃねーか!!!

悲しいじゃねーか!!!

騙された!!!

みんな感想書き直せ!!!

文頭に「戦争悲惨だと思いました」とつけろ!!!