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はてなキーワード: 最近とは

2016-12-03

映画時代

せんせいの会社

ニコニコ動画無料サービスが使いものにならないのはとうの昔に自分は知ったが、2つ3つ自分で作製した動画をアップして、検索にも以前には表示されたが、ちょっと長い動画を次に作ってアップしようとしたら、出来ない状態になっていた。

はてなダイアリー(旧ブログ)にYou Tube動画貼り付け機能最初から自由にあったものが、最近再生出来なくなっている。

かいじったの?

ウチに対する妨害

動画先生の御意向かい!(爆笑

はてなバグが酷いって事だろうね。

正直Googleって検索エンジンよりも

ストレージとかスプレッドシートのほうが最近役に立ってるわ

SEOは今後どう進化していくべきなんだろう

膨大なインターネット情報一つ一つを価値のある情報かどうか手動で判別するなんてのは実質不可能から

Googleサイト構成やら情報量やら他サイトからの紹介の量やらから独自アルゴリズム

情報価値判別して検索結果の上位下位を決めていて、

公開したコンテンツをその独自アルゴリズムに何とかして価値があると認めさせるテクニックSEOとか呼ぶ。



まあ、天下のGoogle様が開発しているとはいGoogleアルゴリズム判断した情報価値

実際に人間から見た価値というのはかなり相違がでることが多々あって、

SEOテクニックだけはやたら知恵を持ってる業者アフィリエイターが「Googleアルゴリズムにだけ宝石に見える生ゴミ

というのをゴミを大量にばら撒いているという実態があり、最近取り沙汰されているキュレーションサイトなんかはこれなんだろう。

「無根拠医療系の情報を流すことはときに命に関わる」みたいな尤もらしい批判もよく聞くけど、まあWelq以外も同じくらい嫌われてるのを見るに

「よくもインターネットゴミをばら撒きやがって」で憤ってる人の方が多いように思う。



サービス群は、まあ有名ドコロの企業運営してるからこそ話題になったようなもんだけど、

それより悪質なまとめサイトキュレーションサイトはまだまだ山のように絶賛運営中で、

これらはGoogleが生ゴミを生ゴミ判別できるようになるまで消えることはないのだろう。



Googleが生ゴミを生ゴミ判別できるようになったところで次に業者達は純金に見えるウンコを生み出すのだろう。

ウンコ判別できるようになったらプラチナに見える吐瀉物を生み出すのだろう。

Googleじゃないけど最近Youtube検索結果とかも酷いもんだったと思う。


やだなぁ、10年後のYoutube検索結果が赤文字サムネ静止画動画で埋め尽くされてたりしたら。

どうか人類進歩のために彼らが駆逐されますように……

2016-12-02

http://blog.tinect.jp/?p=34070

この手のライフハック最近いい所ついていると思うけど、

いかんせん最初の小さな出来事から始めるとか計画を書き出すとか以前の問題

行為のものが嫌でしょうがないという心理障壁はどうにもならんのよなあ。

もう座っただけでウッとくる。

そういや最近テレビでめきめっきー見ないけど

メッキが剥がれて干されたの? めっきーだけに(笑)

私の性格と人付き合い

・相性の良い人とだけ付き合う

・それ以外の人や、不当な批判をしてくる人とは、「空間距離置き」と「ヘッドホン遮断」で交流を断つ

・相性のいい人は、mbtiでいうintp,istp,infp,isfp,isfj,esfpあたりの人。分かりやすく言えば、私と似たようなタイプの人か、猫っぽい人、無邪気な馬鹿、お母さんタイプの人、悟り系など。

・熱血系、バリバリ体育会系ザイル系、教育ママ教師っぽい人、正義感の強すぎる人、現実的猛禽類っぽい人は無理 近寄らないに限る

・お互いにマシンガントーク議論っぽく会話するか、相手が私のマシンガントークを冷めた目で受けとめる会話かその逆

空想癖とマシンガントークの人は基本的に好き。

音楽製作とか小説とかを媒介にしてコミュニケーションが取りたい

・正直、人付き合いは諦めているので、来るものを拒まず大切にすることも必要かなと最近思う

最近観た動画 「NC論説 批評家はいつ間違う?」

動画 → http://channelawesome.com/when-are-critics-wrong/

日本語訳 → http://www.nicovideo.jp/watch/sm29650666


概要

自身批評家である“Nostalgia Critic”ことダグ・ウォーカー氏が、批評家独自分析

批評家批評のものの意義について語っていく。

前半は批評家一般人映画の観方の違い、一枚岩ではないことなどを、いくつかの作品を例に出しながら語っていく。

後半はそれら踏まえた上で批評家存在意義について語る。

恐らく重要メッセージは「良き批評家は、より良いコミュニケーション追従するのではなく、意見を分かちあう道を示す」という部分だと思う。

そこに至るまでの解説説得力は、いち批評家立場に裏打ちされた経験則もあり、理屈に納得するかはともかく見応えあり。

尻が臭いと言えない風潮

最近フェチが激増しているので、

やたら尻がどアップされているの目につくけれども、

精神面と目にあまり良くなくて、

できれば何発か叩いてのけたいが、

それをしたら変態扱いされそうで困る。

実は極左には評判が悪い「この世界の片隅に

一般的には悲惨戦争体験の新しい表現として評判のこの映画だがガチ左翼、とくに朝鮮シンパにはすこぶる評判が悪い

そもそもこうの史代の「夕凪の街 桜の国」が日本人被害者ぶって戦争体験だけ美化されてるニダとかなんとかで受けが悪く、

こうのが「この国に生まれながらこの国のことが嫌いな人たちがいるようです」みたいなことを口走ったおかげでド極左に敵視されてたようだ

「この世界の〜」原作では例の太極旗のくだりでこうの自身批判落とし前をつけたようだが、今回の映画版ではそのへんをわりとサラッとやってしまったのがいたく朝鮮シンパの気に食わないらしい  片渕須直監督の「あの場面ではすずさんに唐突国家を背負わせる必要もなかったのでは〜」的な発言も心象が悪いらしい

そもそも呉みたいな軍都に住んでて無垢にひたむきに生活を営み、彼らの産業植民地三国人どもを抑圧してることを見ないようにしてるようなほんわかした生活描写朝鮮シンパ的にはありえないみたいだ

まあそんなこんなで日本人としての加害性を無視した本作も戦後民主主義左翼に言わせれば大政翼賛映画になってしまうようだよ

最近増田でなんか見る気がしない的なネガキャンがさかんに行われてるのもその辺の事情もあるのではないか

単にインターネット接続料以外はビタ一文コンテンツに金を落とせないというクソネット貧民ニートであるだけという可能性も大きいけど

ムラを形成しようとする人間って死ぬべきなんだと思う

最近職場に謎のルールが増えてきた。

ビジネスマナーという名前で呼ばれているがやっている事はただの俺ルールである

そして形作られているのはマナーを守った意識の高い職場ではなくただのムラ社会だ。

仕事の能率と会社空気はゆったりと悪化していっている。

もうウンザリだ。

何故この世界にはムラを形成したがるろくでなしがいるのだろうか。

自分が何も持っていない事をムラのルールを知っている事をステータスにして補いたいのだろうか。

働き者の無能は手に負えないとはまさにこの事だ。

諦めてただの無能になってくれ。

新入りをいびって悦に浸ってエゴを満足させてもいつか自分に返ってくるだけだ。

魔女狩りの末路はいだって共食いによる破滅だ。

そんなことも分からないのか?いや分からないだろうなだってお前らはそれほどに無能からこそムラの掟というステータスを求めたのだから

精神的不調で会社を休んでしまうんだけど

朝起きた瞬間に、体に力が入らない日がある。何の意欲もわかない日がある。

ただひたすらに、怠くて、体も頭も重く、建設的な思考が一切出来ず、そのまま休んでしまう。

会社に休む連絡を入れた後は、そのままベッドから起きるか、もう一眠りして昼ごろに起き出すか、

どちらにせよ、起き出した後は無心でいられるようなことだけして過ごす。漫画小説ゲーム、録画の消化。

そういうことすら出来ず、ベッドに横になったままの日もある。



夕方ごろになると、少し頭が軽くなっていて、明日のことについて考えられる。

今日休んでしまった罪悪感を、明日から頑張って取り返すぞ、という気持ち相殺する。

周りからは勤怠が悪いと思われているだろうけど、私にはこんな日が必要なのだ、だから気にしない、と自分に言い聞かせる。

いや、本当はもっと色々考える。自分のかけている迷惑について。でも途中でシャットアウトする。だってそうしないと生きていけない。


こういう日が、1か月に一度くらいある。最近は増えているから、2週間に一度くらいか。ひどい時だと、二日連続で休んだりする。

甘えている自覚はある。以前に一度鬱をやったことがあって、休職からの復帰はできたけれど、そこから休み癖がついてしまっているのだ。

もしくはぶり返しかけているのかもしれないけど、もはや自分じゃわからない。今は全然激務じゃないから、ぶり返す理由もなくて。



こんな朝って、どうしたらいいんだろう。みんなどうしてるの。

怠いとか眠いとか行きたくないとか、思ってる人きっと沢山いるよね。だけどみんなちゃんと登校・出社するよね。

私も、怠くても行ける日もあるよ。でもダメな日もある。そのダメな日の対処方法が、わからない。いや本当はわかってるけど、日に当たるとか何も考えずシャワー浴びるとかすればいいんだけど、わかっていてもできない。その「できない」を、どう「できる」に変えていけばいいのか。



だらだら書いてしまったけど、知りたいのは、動けない朝ってみんなどうやって乗り越えているのかってことです。

最近漫画の売り上げが落ちてきている理由

ハングリーさが足りない

例えばキン肉マンゆでたまご原作漫画二人とも母子家庭で、高校在学中にプロになろうと頑張っていたが稚拙漫画だと編集部評価は低かった 

しか編集長はこれくらいの方が子供に受けるかもしれんと二人に会いに行き、もしも漫画が続かなかったら就職の世話をしますと親を説得し既に決まっていた二人の就職を止めさせて、東京に住居を用意して漫画を書かせた

今の時代ならゆでたまごは間違いなく漫画家になっていないと断言できる

何がなんでも売れる漫画家を発掘する気が編集にないのが売り上げが落ちてきている原因だ

【必見!】はてブクで☆を集めて、自分ブログにお客を呼ぼう☆ミ

ブログを書き始めたけど、なかなかPVが集まらないみんなー! 必見だよ!

ご紹介するスゴ技は、「はてなブックマーク」を利用して自分ブログ集客に役立てようって方法なんだ。



このはてなブックマークってのは、好きなサイトコメントを書くことができて、そこに小粋でシャレオツ一言を書くと☆がもらえるんだ。

で、こうした☆をいっぱい集めると、集まったブクマの中でもギュン×2って目立つことができて、

「わ、あの☆がいっぱいの神ってる人、カッコE! この人のブログのぞきに行ってみよっ!」

なんて、お客をわんさと集められるって寸法さ!



ボクも最近はてなブックマーク(略して「はてブク」)にハマっていて、いっぱい☆をもらったんだ。

そしたらさ、ボクの弱小ブログのPVが驚くことに!

今日は、そのゴキゲンな結果を、大、大、大発表! さあ、ごChuアイ!



12月1日

ブクマに寄せられた☆(レポートメールより)

   さん (id:  ) の今日の☆レポートです。

 本日の☆ : 125

ブログアクセス数:54

記事を1つ更新した)


11月30日

ブクマに寄せられた☆

   さん (id:  ) の今日の☆レポートです。

 本日の☆ : 291

ブログアクセス数:4

記事更新しなかった)


11月29日

ブクマに寄せられた☆

   さん (id:  ) の今日の☆レポートです。

 本日の☆ : 120

ブログアクセス数20

記事更新した)



いやっほう! はてブ最高ッ!!

ブクマから自分ブログ流入があるとか少しでも思った私がバカだったぜ!!

私のような夢見がちなバカを産まないよう、言っておく。



はてなブックマークで☆を集めても、ブログのPVにはつながらない。マジで

何で最近若い女は無愛想なのはどうしてか?

どうしてか?

http://anond.hatelabo.jp/20161202123049

ドクター中松とかw

エジソンなんかも偏屈爺さんだったし、アインシュタインは頑固者だし、ちょっと変な人は少なからず居るでしょうね。

ただ、最近自己PRの上手い人が表にでるようになったので、変な人は表にでてこれない気がします。

最近の注目エントリクソつまんなすぎ

エントリクソっていうと何かエレクトリック雰囲気あるよね

「あ~ここ、ここのエントリクソがいい味出してますねぇ~」みたいな

ちょも問題もそうだしキュレーターもそうなんだけど

最近不手際が起きたら責任者

「俺は悪くない、悪いのは他の人間。だけど誰が悪いとかをやるつもりはない」

ってやる大人が多すぎでしょ。

 

お前が責任者だろ。

お前が責任者だろ。

責任取れないほど権限がないならその仕事をすんなよ。

その仕事をすんな。

責任取れないような仕事をすんな、と。

お前がやったか問題が起こってるのに知らないフリをすんな、と。

責任者になれない人間が何で人に指示出してるの?

お前が気を付けなかったら誰が気を付けるんだよ。

本当にこんな言い訳通用すると思ってんのかね?

 

もっと言えばこんなお粗末な対応しかできない人間権限を渡すんじゃねーよ馬鹿会社

結局は会社が悪いんだけど、こんな責任逃れしか言えない行動できないカスを雇うんじゃねーよ。

企業イメージ確実に悪くなんのにバカなんじゃないの。

 

日本人、質下がりすぎ。

もっと本当に正しい日本人って悪い事したり失敗したら正々堂々と謝って

次の反省に活かすのが日本人の正しい在り方だろ。

非を認めて次に生かす、これができなければ日本人として価値ねーから

国籍を捨ててどっか別の国に行ってくれ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/shiba710.hateblo.jp/entry/2016/12/01/144225

んー

まあ感想文としては上出来なんじゃないだろうか

客観性の強い分析と比べて、こういう「あるレンズ(この場合右手主人公説)を使ってこういう風に見立ててみました」という趣向はどうしてもこじつけ感を感じるのであまり評価をする気になれないんだが



今年は『君の名は。』を筆頭に、映画音楽の新しい関係を感じさせる良作が相次いだ一年だった。従来の主題歌タイアップよりも深く踏み込み監督アーティストががっつりとタッグを組んで制作した作品が結果を残している。

新しい関係と言われても正直ありふれた普通の、いやむしろ当たり前と言ってもいい製作法としか思えないが、もしかすると映画では本当に珍しいんだろうか

それはお気の毒に




コトリンゴ:「主題歌」という役割分担が難しくて。“悲しくてやりきれない”もあるし、どちらを主題歌にするのか最近まで決まらなかったんですけど、結局映画用に新しく録り直した“悲しくてやりきれない”はオープニングテーマで、主題歌は“みぎてのうた”ということで落ち着きました。

へーーー

主題歌」と「オープニングテーマ」って、違うんだー

挿入歌」と「オープニング・エンディングテーマ」の違いならわかるけどー

あるいは「主題歌」が文字通り作品の内容を反映させているというのならわかるけど、その場合、別の曲と役割分担で悩むということ自体おかしいですよねー

主題を反映させている時点で主題歌なんだから

違いをちゃんと説明できるんですかねー?

なんとなくのフィーリングですかー?

悪い意味で、文系

中身の伴わないレッテルに振り回されるなんてはっきり言って馬鹿だとしか思えないけど、そんなので騙される連中も一定数いるだろうから全くの無意味ではないんだろうねー



意味の無いレッテルというのは「主人公」にも同じことが言える

作中で明言されていない役割なんてどうでもいいわ



そうやって読み取るのが、作品の正しい受け取り方だと思う。

くだらない

誰の言葉かは忘れたが「作品解釈に明らかな誤読はあっても正解は無い」

正しい受け取り方が存在するというのがどうしようもない勘違い

そんな勘違いをしているか

だけど、主人公を「右手」と捉えると、その印象が逆転する。

別に逆転していないもの勝手に逆転したかのような錯覚を覚えることになる

自分は予断をもって作品を鑑賞していましたアピールしかなってないんだよ



全体的にはまあ良いとしても以上の点は気になった

生きる意味と生きがいについて

 なぜ人間は生きているのだろう と疑問に思ったことがある

 生きる意味って何だ 何で生きているんだ 悲しかったりめんどくさかったりすることもある人間の営みはなぜ続くんだ? という具合にだ

 最近流行りの星野源という歌手は、生きる意味なんかない と歌の中で言っている

 そもそも、人間理屈というもの発明してから、この疑問は出てきたのだと思う。 それ以前は意味という概念さえなかったのだ。 理屈という、言葉によってなされる概念から、その疑問は生まれたのだと思う。 言葉がない生物は、疑問さえも持ちにくい。言葉がなければ疑問という理屈はないからだ。

 もともと、人間歴史にも言葉がない時代があったはずだ。そんな時に生きる意味を考えた遠いご先祖はいたのだろうか。わからない。

 というわけで、僕も生きる意味なんかないのだと思う。

 その代わり、人には生きがいというものがある。

 家にいる我が子の笑顔が生きがいの人もいれば、アイドルを追いかけまわして楽しむのが生きがいだったり、二次元にいるアニメキャラ萌えてそれを生きがいにする人だっている。それは人それぞれなのだ

 だけど、生きがいがない人間も世の中にはいる。 例えば今の僕だ。

 前までは彼女と一緒にカフェだとかホテルだとかに行ってイチャついていることが、何よりも幸せだった。しかし、次第に愛は薄れ、さまざなプレッシャーやら不信感やら、無粋な感情に押しつぶされてしまえば、そんなものは息を潜めうやむやになってしまう。

 生きがいを失った僕は、生きる意味について考えた。再びだ。

 生きがいがなかった時代にはしばしば生きる意味について考え、彼女ができればそんなことも考えないようになり、別れた今 また考えているのだ。

 要するに、生きる意味を考えるということ自体、生きている辛さからの逃避なのだと悟った。

 理屈というものは、本質から遠ざかり、悩む人をより深い絶望感に誘うことだってある。自殺者がそのような気がする。

 意味のないことを考え続け、ある日 そんなものはないと悟り、なら死んじゃおうぜ みたいな感じで。

 絶望溢れる人は、生きる意味がないとニヒリズムに陥り、生きることをやめることもあるのかもしれないと最近思う。

 しかし、生きがいがある人はそのようなことにはならないだろう。生きがいは理屈では本質を突けない。生きがいを理屈説明しても、それはきっとただの後付けにしかならない。生きがいを感じながら生きるのが楽しいから、そこには理屈がない。理屈がないことで救われているのだ。

 生きることを肯定した前提で書くけれど、やはり生きがいは持つべきだ。理屈にとらわれない動機。それが人を生かすのだと思う。

 かくいう僕は、最近の生きがいは(一応)食べることだ。 食べると幸せだし、救われる気が一瞬する。それでも、胸が落ち込み動けなくなったら、筋トレをして体を痛めつける。筋肉痛になれば、ウジウジする余裕がないからだ。それでもうつ状態になってしまったりすれば、もうその鬱感に抵抗することはやめて、堕落した生活を過ごす。そうすれば少しは胸が楽になって、数日は生きていける。

 端から見れば、僕は堕落したどうしようもない奴にしか見えないけれど、それでも生きる。 鬱感が僕の営みを妨害して絶望に陥れたりもするけれど、それでも生きる。生きていればいいこともあるだろうとどこかでわかっているからだ。

 いろいろ書いたけど、鬱でどうしようもない僕を生かしているのはそんな希望なのだなぁ と。だから、今の僕の生きがいは希望なのかもしれない。

 

 

家に来るインド人について

最近、夜の3時くらいにインド人が7人ほど家の中に入ってきて、ベッドの前でダンスを踊るのですが、どうすればいいのでしょうか。



もちろん、最初に彼らが来た時はとてもビックリしました。

私が寝ていると、突然、部屋の扉が開き、部屋がライトアップされ、その中で、無音で、インド映画にあるようなダンスを踊るのです。



誰でも驚くと思います警察通報しようかとも思いました。

しかし、よく見ると、どうもこちらに害を与える様子がないのです。



とりあえず、訝しがりながらもそのダンスを見てみることにしました。

そうすると、そのキレのある動きに見とれてしまい、結局最後まで見届けてしまったのです。

ダンスが終わるとインド人たちは両手を合わせ、一礼して帰っていきました。

私は呆然とその場に座っていました。



それからは、彼らは毎晩のように来るようになりました。

私もいつしか彼らが来るのを楽しみにするようになっていました。

ハリの無い人生だったのが、確かに明るくなった気がしたのです。

夢のような毎日でした。



しかしそれも束の間のことでした。ある事実に気がついてしまったのです。

なんと、彼らが踊る輪の中に、いつも一つだけ空きがあるのです。そう、彼らのダンス完璧ではなかったのでした。

それに気づいてからというもの、私の心は沈んでしまいました。残念なことに、もうダンスを見ても楽しくありませんでした。



ある夜、うんざりするような気分で彼らのダンスを見ていると、突然、あるヒラメキが頭に浮かびました。

私はベッドから立ち上がり、彼らの中に混ざり、見よう見まねでダンスを踊り始めました。

「1人足りないのなら、私がその1人になればいい。」

それが私の出した答えでした。



これで、またあの楽しいダンスが戻ってきたのです。

さらに嬉しいことに、私が混ざると、彼らもとても楽しそうに踊るのです。

踊っている途中で横を見ると、ニカッと満面の笑みを返してくれます



それからは毎晩一緒に踊るようになりました。

彼らのダンスはとても難解で、激しいです。

正直に言うと、とても疲れます

しかし、これまでの人生経験したことのない充足感を感じるのもまた事実なのです。

あの楽しいひと時を過ごせると思うと、いても立ってもいられないのです。



インド人たちとダンスを踊るようになってからというもの、実生活の方に支障が出るようになってしまいました。

職場で居眠りをして、上司に怒られることがよくあります

同僚からは「疲れてるから少し休んだほうがいいよ」と言われます

また、先日医者に行ったら過労と診断され、しばらく安静にするように言われました。

しかし、安静ということは、すなわちインド人と一緒に踊ってはいけないということです。

そんなことが許されるのでしょうか?



正直に言うと、彼らとのダンスは既に私の生活に欠かせないものになっているので、たとえドクターストップがかかったとしても、止める自信がありません。



ここ数日、彼らはダンスが終わり、部屋から帰るとき意味ありげな手招きをするようになりました。

どうも「こちらについて来い」という意味らしいのです。

これは私が彼らの一員として認められたということなのではないでしょうか。

彼らについていくと、その後にどうなるのかは分かりません。しかしどうも、今の生活よりも楽しいものになる気がするのです。



彼らはきっと今夜も部屋に来てダンスを踊るでしょう。

そして、意味ありげな手招きをするでしょう。



私はもう我慢する自信がありません。



どうしたらいいのでしょうか。

2016-12-01

welq問題SEO担当者として思うこと

ウェルチというジュースがあった。

welchと書く。

濃くて上手いというキャッチだったと思う。



森山みるくかだれかがCMしていたと思う。

上手いぶどうジュース最近ないなーって思う。

電通まつり問題とCMD(ちょまど)問題の奇妙な共通点

http://anond.hatelabo.jp/20161129234656

を読んでて、両者に共通するかもと思ったことを、書く。

別にこれで誰かを貶めようとかそういう考えはないです。


中の人物が若くて可愛い女性である

高橋まつりは可愛い

千代田まどか可愛いデカパイ


社会的に見て「憧れの企業」で働いている

まつりは電通

(ウェイが一番入りたい会社

ちょまどはMSエヴァジェリスト

IT土方おっさんが一番なりたい職業


その企業は、最近事業形態の変更を余儀なくされている

電通ネット広告の台頭に苦しんでいた、特にまつりのいたネット広告部門は詰められていたらしい。

MSがちょまどを採用した理由は、若いエンジニアリーチするため。

TwitterとかでPVを持っているちょまどを採用。(Cloud9内、de:code 2016映像などから。)



これで何がわかるってこともないんだけど、3番目みたいに外圧仕事のやり方を変えると歪みが出てきて、

それで膿みたいなのが出てきて炎上するのかもわからんね。

最近じゃあうんちが固くておじさん

半分こんにちはしてるね。

うんこ界のモスバーガー

や、そこまでジューシーなやつじゃないよ。

片山のゆうちゃんの犠牲社会必要だったのだ

最近ASKA覚せい剤再犯云々の最近話題

どうやら覚醒剤と似た成分のサプリだか向精神薬が誤って引っかかってるのでは?

という憶測が色んな所でささやかれているらしい。

個人的には自分もなんか怪しいなぁって感じてる。



これって今までだったら「天下の警察がそんな初歩的な判断ミスするわけがねーだろ」

で一蹴されるはずのところだけど、「まあでも警察誤認逮捕しまくりだってことは片山のゆうちゃんが証明しちゃったしなぁ」

ってなって胡散臭く感じちゃうだけでも片山のゆうちゃんの犠牲社会有益だったって思わない?

健常者が作る映画にはイライラする

最近はいろんな映画HULUで見ている。

映画は健常者専用の娯楽だ。才能に恵まれた健常者が恵まれた健常者に向けて自分思想押し付けるのが映画だ。



映画を見ると、恵まれた健常者が人生の厳しさをドヤ顔で語る様を見せられたりする。

健常者の苦痛なんてアトピーゾンビ人生に比べたらゴミみたいなものだ。

とろろのような痒みと擦り傷のような痛みに拷問のように24時間苦しめられ、容姿キモイから他人から中傷され、死ぬまでこの苦しみが取り除かれることはない。

おまけに他者から暴行誹謗中傷を受けたせいで様々な精神障害を手に入れた。

さらに、脳が委縮して記憶力や気力や精神の安定を失った。



まれた健常者はいいよな。創作する気力があって。経済的にも精神的にも余裕がある恵まれた健常者は才能を開花させる余裕がある。

常に苦痛や痛みに耐えているアトピーゾンビが才能を開花させることはないだろう。苦しみを耐える才能なら開花している気がするが、そんなのは金にならないか意味ない。



人生は厳しいんだ!どやーってか。かっこいいと思ってんだろうな。全然かっこよくないわ。恵まれてきた健常者には響くんだろうな。

健常者のきれいごとを聞かされる非健常者であるアトピーゾンビの身にもなって欲しい。

健常者が健常者用の言葉で感動して健常者用の金を払って健常者ランド経済を回している。

そこに非健常者の居場所はない。

まぁ、この世は健常者のためにある健常者ランドから、非健常者が不快な思いをしようとどうでもいいのだろう。