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はてなキーワード: 無視とは

2016-09-30

感動ポルノ試論

ポルノポルノたる所以は,女性の複雑な主体性無視して,その劇中での人格を観客である男性性的興奮を刺激することにのみ隷属させることにある。


で,24時間テレビ〜バラバラ近辺で知られるようになった感動ポルノもまた同様に,障害者の複雑な主体性無視して,その番組中の人格を観客である健常者の感動を呼び起こすことにのみ隷属させることを指している。


食欲ポルノというのもあるらしいが,それもまた,料理本来の複雑なありようを無視して,その映されかたを視聴者の食欲を刺激することにのみ隷属させることを言う。つまり本来不要クリームなりチーズなりが,本来不要なほどに熱せられて溶けしたたっていた方が美味しそうなのであればそう見せる,ということだ。


からポルノか否かの違いは,岡田斗司夫が言うように安直であるかどうかにあると言ってもいいのだが,同時に彼が言っている「感動させようとしているかどうか」にはない。


そんなの,誰だって感動させようとはしている。


ただ,感動させようとするときに,時に失われそうになる題材の複雑なありように気づけるかどうか,気づいた上でそれを尊重するかどうかにこそ,ポルノか否かの分かれ目はある。


クライマックスいかにもなBGMを流すのは安直だと,岡田安直否定するが,話はそう単純ではない。


例えば対位法はいかにも安直ではない雰囲気可能にする手法だと言えるが,何故そうなのかといえば,例えば残酷なシーンであればそれが持つ複雑さの中にある悲しさや可笑しさをBGMに担わせれば対象の複雑さの一端が担保されるからである


しかし,本当の現実に寄り添えば,そもそもBGMなんて流れないわけで,何かしら音楽を流した時点で対象の複雑さを毀損してるとも言える。BGMが流れていなければ如何ようにも解釈できたはずの対象に,一定の方向付けをしてしまうからだ。


それでも,繰り返しになるが何かしらの芸術的作品を作るからには誰だって受け手に感動してほしいと思っている。ただ世界の複雑なありようが描かれていればそれが正義だというわけでもない。


もう一度言う。


感動させようとするときに,時に失われそうになる題材の複雑なありように気づけるかどうか,気づいた上でそれを尊重するかどうかにこそ,ポルノか否かの分かれ目はある。


まり,例えば目の前の女性に対して,自らの性欲に隷属させようとして彼女主体性を踏みにじるような,そんな行動様式で何かを伝えようとすることこそがポルノを作るという行為なのだ


女性の,障害者の,料理(を丹精込めて作った料理人の心)の,その尊厳を一顧だにせず自分勝手目的手段にすることがポルノを生むのであれば,それはもはやレイプと言えよう。


感動ポルノに感動するということは,レイプ映像を見て性的興奮を覚えるのと同じくらい,道徳的には救い難く,精神分析学的には,まあしょうがないのかもね。

あなた宇多田ヒカルありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20160930010427



私の父は厳格な人だった

ゲームテレビ子供教育に悪いと信じ込んでいて兄である私と弟はただの一度もゲームを買って貰ったことはなかったしテレビも1日の視聴時間が決められていた

お小遣いは定額制ではなく使用用途を伝えその都度貰っていたが、基本的に本や文房具以外のものが認められることはなかった

高校入学した頃には私以外の全員がケータイを持っていたが、私にそれが与えられることは遂に最後までなかった



しかしそんな厳しい父を尻目に小学校高学年までの私はとにかくよく遊んでいた

2つの習い事に加え塾にも通っていたが、休日はもちろん塾が終わった後の短い時間でさえ無駄にすることはない徹底ぶりだった



それが出来たのは、ひとえに母のおかげだった

母は父に内緒でよく私に少額ではあったがお小遣いくれ、時には習い事を休ませたりしてくれた



ゲーム漫画もうちにはなく、テレビ自由には見れなかったが、私はその分友人の家に入り浸って幼いころの自由時間を満喫していた

今考えれば迷惑子供だっただろうと思う



そして中学入学した頃、色々なことが変わった



私は休日に外出するのを禁止された

私は一切それを守らずそれまで通り遊び倒した

父はなぜ言いつけを守れないんだと怒り、私は玄関に立たされた

ふてくされて突っ立っている私をもういいよと中に入れてくれるのは母の役目だった

流石の私も少し堪えたが、頻度は減らしたものの眠ったり仕事をしている父の目を盗んでは遊びに行くのを辞めなかった

父はまた言いつけを守れと怒り、私は玄関に立たされた

母は何も言わずに私を見ていた

父は家族食卓という時間を設けた

私は休日に遊べなくなった分、平日夕方めいいっぱいまで遊び家族食卓に遅れた

父は私の夕飯はないと言い、母も反省しなさいと言った

私は遊ぶのを辞めなかった、決して非行に走ったり学校や塾を休んだりする事はなかったが、遊ぶことは辞めなかった

ある日、母は私に言った、父さんの言うことを聞きなさい、と

それからしばらく経った頃、父は急におかしなことを言うようになった、更に少し経った頃、父は急性アルコール中毒病院に運ばれた

私は怖くなり、父の言いつけを守るようになった、遊ぶことをやめ家で読書をする時間が増えた

それから少しして父は夜中、急に外に出ていくようになった

私はそれを阻止するため玄関に布団を敷いて寝た

父はよく分からない薬を大量に買ってくるようになった

私は父が寝ている間にそれを没収しては机の引き出しに隠すのが日課になった

父は朝早く起きると財布の中身を確認しては金が足りないと言うようになった

私は誰も盗っていない事を証明するため日に1度写真を撮り、父よりも早く起きるようにした

私が父の言いつけを守った時間が増え、習い事の段が上がり、学校の成績が上がる度、父は昔の父へ戻っていき、我が家平穏を取り戻していった

私以外の家族3人に笑顔が戻るに連れ、私の中には私だけが犠牲になっているという思いが募っていった

私は自分の憎しみをコントロールすることが出来なかった、心の底から父と母を憎んだし、休日自由に遊ぶ弟を卑怯だと心の中で罵った

愚かな私は他人気持ちを考える事が出来なかった、自分気持ち正当化するために家族悪者に仕立て上げた

父と母は十分に私を愛してくれていたのにそれを理解できなかった

私には望むだけの本が与えられたし、望んでも通うことが出来ない人間もいる塾や習い事へ行かせてもらったのに、ただ一面だけを取り上げ、事実を見ることが出来なかった

父の症状が殆ど寛解したある日、私は友人と1泊2日の旅行に行きたいと言った、お金のない友人が私のために当ててくれた懸賞だった

父の症状はみるみるうちに悪化していった

私はそれを無視した、頼むから行かないでくれと泣いて頼む母を無視した、兄ちゃん行かないと父さんに約束してと言う弟を無視した

私は母と弟に言った、父の症状が悪化しても毎日寒い玄関で寝て夜中の2時に一度起きてまた朝5時に起きるのは私なのだから、お前らは毎日ぐっすり眠っているのだから良いだろうと

それは事実とは違った、まずそれらは毎日のことではなかったし、母がそれを出来ないのは父の分まで忙しく働いているからだった、弟にも弟の事情があった

なのに私は全てを無視して、他人気持ちを考えず、家族を口汚く罵って、ただ自分が楽しみたいという理由のためだけに旅行へ行った

その日父は死んだ

私が高校2年生の春だった

父は書き置きを残した

私への言葉だった、お前にはもう何も期待しない、自分の好きな場所自分のしたいことだけして暮らせと、そう書いてあった



知人だけでなく親族にも自死だという事は隠した

家族3人しか知らない

父は休養しながらも仕事を続けていたので式は母の想いに反して大きなものになった

私は笑顔で父の生前の思い出を語った、嘘の思い出を、思ってもいないことを、父をなくした不幸な長男面して喋った



私には明確に父を殺したという意識がある

ふとした時、誰かと話している時、急に思う、なぜ親を殺した人間がこんな笑顔で、こんなニコニコと話しているんだろうと

同時に思う、自分はそんな可哀想自分に酔っているのだと、罪の意識など微塵もないのだと、自分が悪いなどとは考えていないのだろうと

しかし、また同時にそんな考えに至る自分に驚く、なぜ一丁前に自死遺族面しているんだと、もしかしたら誰かに受け入れて貰えると思っているのかと

そしてそんな時どうしようもなく自分を殺したくなる、罪があるのなら死ねば良いし、親を殺してなんとも思わないような人間死ねば良い、どちらにしても自分死ねば良いとそう思う



自分が死ななかったのは、その無神経さもあるだろうが

ひとえに母と弟のお陰だと思う

私は父が居なくなった後すぐに家を出た、父の最後の言葉からどうしても父の家を自分が居て良い場所だとは思えなかったか



高校に行きながらバイトをして、大学入学後もバイトを続け、最初に母から借りた引っ越し代や入学時に借りた入学金は全て返済した

お金の返済は、どうしても振込は嫌だと母が言うので現金実家まで持っていった

それ以外にも何かと母は私に実家へ来るよう約束を取り付けた、大学入学後買ったケータイには毎日朝昼晩メールが来た

母は私が死なないように心配していたのだと思う



私は外ではそう出来るように、母に対しても明るく振る舞えば良かったのだが、母と弟に対してはどうしても昔のような態度で接することが出来なかった

父がいなくなった後、私が母と話すときの態度を傍から見ていれば、私が次の日死んでしまっても不思議ではないと思うだろうがから、母には悪いことをしていると思う

でもどうしても、母と弟の顔を正面から見ることは出来なかった

時が経つにつれ私は父への想いよりも生きている母と弟への思いが強くなっているように感じる

おそらくどちらかが、私に父を殺した責任を取れと言えば私はその場で命を断つと思う

そして、こんな事を考えながらも実際の所、私は二人の気持ち確認するのが途方もなく怖い、そう怖いから二人から距離を取ったのかもしれない



今週、そんな私も20幾度目かの誕生日を迎え、母が祝ってくれると言うので、昨日は実家にいた

用意してくれたケーキを食べ母と少し会話した後3人でテレビを見ていると、母がコンビニに行くと言うので、私も帰ろうとした所、引き止められた

弟と二人きりになるのは久しぶりだったし、会話するのはもっと久しぶりだった



弟は誕生日おめでとうと言い、私は驚きながらありがとうと返した

続けて、その…兄ちゃんに俺……と言い出した所で弟は泣き出した

どうやら、ずっとごめんって、と言おうとしているようだった、でもそんな簡単言葉も聞き取るのが難しいくらいに弟は泣いていた

泣きながら、ごめんごめんと言っていた

ごめん兄ちゃんずっとごめん、と泣きながら言っていた

兄ちゃんが家を出て行く時ホントは止めたかった、でも止められなかった、兄ちゃんが俺の変わりに父さんを助けてくれてた、でもありがとうも言えなかった

ホントもっと俺が頑張るべきだったのに、兄ちゃんが変わりに頑張ってくれた、ごめん、ずっとごめんって言いたかった、ずっとありがとうって言いたかった

でも言ったら兄ちゃんが死んじゃうような気がして言えなかった、ずっと言いたかった、兄ちゃんごめん、あの時、ホントは言いたかった、兄ちゃんありがとう

弟が目を手で伏せ泣きながら喋っている間、私は弟以上に泣きじゃくっていた、本当に信じられないくらい泣いていた

本当は弟より先に私が言うべきだった、弟にごめんと、また弟の気持ち無視していた、自分のことだけを考えていた



弟は帰りに誕生日プレゼントをくれた

私はなんとなく何をあげたらいいのか分からないので昔兄弟が好きだったアーティストアルバムをくれたのだくらいに思っていた

このエントリーを読んで初めて「花束を君に」という歌のことを知った

しかしたら弟はこのプレゼント話題きっかけにしようとしてたのかも知れないし、単純に私のためにこれを選んでくれたのかも知れないが

とにかく、知ることが出来てよかった

衝動的に書いたので読み辛いだろうけど

ありがとう

野原ひろしが平均だった時代実在したのか

野原ひろしの年収は650万であり、これは2016年現在から見れば5%のエリートに属するというブログ斜め読みした。

ふむ。では当時ならひろしは平均、あるいは平均よりちょっといい程度とみなされたのだろうか。

Wikipediaによれば野原ひろしの年収650万はアニメ94話の台詞からの推測であり、これが放送されたのは1994年4月である

そして国税庁資料を見ると1年勤続者(男性)の平均年収賞与含む,単位:万円)は当時以下のように推移している。

西暦 平均年収
1989 493
1990 520
1991 547
1992 558
1993 555
1994 560

1994年の平均年収は560万である。650万は当時の平均より90万多い(ちなみに彼は35歳だが、1994年の35歳~39歳の平均給与は全体平均と同じ560万である)。

年収というやつは必ずしも正規分布しているわけではなく、一部の凄まじい金持ち平均値を引き上げる傾向がある。従って中央値基本的に平均よりも低いと見た方がいい。

その点も含めると、おそらく1994年の野原ひろし650万は中央値よりも100万ほど多いと思われる。平均給与より月収が8.3万多い計算になる。これを平均よりちょっと良い程度と思うかどうかは……まぁ人によると思うが、どちらかというとそこそこ年収のあるやつが自分年収を隠して言う時に「いや俺だって安月給だよそんなん。え?平均とくらべて?同じようなもんだよ、あー、まぁ、ギリギリ平均よりちょっとだけ良いくらい?」的な雰囲気を感じる。イラッ☆

バブル全盛期と比較してみる

1年勤続者(男性)の平均年収1997年の577万をピークとして緩やかに下っていき、リーマンショックでとどめを刺される。

野原ひろしは35歳の男性社員である。ということでこの全盛期で見ると、35歳~39歳男性1997年の平均は589万であるバブル全盛期の中央値平均値殆ど同じだったと仮定すれば、1997年のひろしの年収650万は平均よりちょっと良い、というのは、まぁわからなくはないだろう。月給にして他の人より5万円多いのを「ちょっと」というのは、多い側からみればそうかもしれないが、少ない側から見ると「あ?それちょっとっていうならよこせや」と思うところな気はするが。

なお2014年の35歳~39歳男性の平均年収は502万である。やんなるね。

埼玉県春日部市の平均年収

一方で春日部市における平均年収から見た野原ひろしはどうか(春日部市の平均収入ググると妙な数字が出てくるけど、これソース不明瞭だし計算式も公開されてないので信用に値しないと考え無視した)。

総務省統計局では都道府県別の家計調査2000年からしかないが、ひとまずこれを参照する。春日部市単独データは無いが、春日部市人口15万人以上であることから中都市に該当する。曰く、2000年賞与を含めた年平均月額の世帯主収入は466,591円である12倍すると534万。バブル全盛期をちょっと過ぎた2000年でこの数字である

650万とは実に120万の差がある。中央値はこれより更に下であることを考えれば、春日部市における野原ひろしは当時から見ても平均的、あるいはそこからちょっと良いだけとは言い難いように思う。

レール

野原ひろしのような人生は、なるほど現代からすると相当なカチグミであるように見える。しかし当時の社会背景を考えれば、こうしたレールに乗ることは平均的な能力プラスアルファでどうにかなる範囲だったのではないか

個人的結論としては、これは当時から困難だと思う。

彼は1994年当時で35歳、20年前に大学中退して(つまり高卒で)入社したとのことである。従って1979年入社であり、これは残念ながらバブル期である

当時新規有効求人倍率は1を切っていた。

加えて彼は高卒であり、今ほど大卒信仰が強くない時代はいえこれがプラスに働くことはまず無い。ゆえに就職活動において基本的には不利な立場にあったと言える。

そして彼が得た内定中央区日本橋にある商社である

どう考えてもこの時点で相当なカチグミである。これを平均よりちょっと良いレベルとは当時ですらやはり言えないように思う。

まとめ

そういうわけで、野原ひろしは1994年当時で見てもエリートだと思う。バブル真っ盛りの時と比較してギリギリ「平均よりちょっといい程度だね」と見栄込みでいうことは出来ると思うが、それ以外ではいささか厳しい。

さら国内商社年功序列給料が上がるため、2014年55歳の野原ひろしの年収はほぼ間違いなく1000万を超えているだろう。2014年の55歳~59歳の男性平均年収は631万であり、彼は最終的に平均の1.5倍を上回る所得者ということになる。

彼は今からみてもエリートだが、当時からエリートであり続けた、というのが正しい見方ではないだろうか。

家に一人でいると涙が出てくるので医者に行った、を書いたものです

家に一人でいると涙が出てくるので医者に行った、を書いたものです。

http://anond.hatelabo.jp/20160910195752



改めて担当部署と話をしました。

最初に言われたことは、私に命令した人たちは、意地悪をしているわけではなくて、あなたのためにとったほうがいいから言ったのだ、といわれました。



正直、じゃあ他の新入社員にも同じように、資格を取るように命令してみたら?、とか、

あなたが同じことをやってみてはいかがでしょうか、とか

私は理由つきでできないことをちゃんと何度も伝えたのにそれを無視されていて、

よかれとおもってやったって言えるってなんなんだろうとか、いろいろなことが頭がぐるぐるしました。



本当にその選択肢がいいかどうかは、本人が決めることであって周りが決めることではないと思います

特に今回は上が何を考えているかは全く説明されずただ一方的命令ばかりでした

それに、職場のほかの人たちにとっても、私が言われている資格は難しいものです。

周りから見ても大変な状況におかれていて、私自身の意見も反映されず、お前のためだといえる神経が理解できません

もちろん担当の方も仕事ですし、実際にどの程度情報を得ているかはわからないので、単に命令した側の気持ちを代弁しているに過ぎないですが、

なんか、セクハラ加害者被害者も喜んでた馬鹿みたいな発言するのに似ている、と思いました(実際に、被害者立場上拒めないときなどに、抵抗がなかったか合意の上と思う人もいるそうです)。



とりあえず、パワハラだと認識していること、資格にかかったお金は返して欲しいこと、医者にかかっているお金も出して欲しいこと、などを伝えました。

要するに、私はパワハラによる損害を補償してほしい、という要求を伝えました。

これが通るかどうかはわかりませんし、どうなるかはわかりませんが、少なくともお金に関しては早く返して欲しいです

既に10万円以上出費させられているので、安いお金ではないですし。医者に関しても1万は超えました。

治るのにどれぐらいかかるかわからないし、穏便に解決したら一番いいと思いますが、

会社がどう対応してくれるか次第なので、あまり考えないことにしました



カウンセラーには、今はそういう話を進めていくにはまだしんどい時期だろうからゆっくりすすめていくといいですよ、といってもらえました。

カウンセラーとはまた会っていく予定です。誰かと話をしたりご飯を食べに行くと気が晴れます

でも、会社のお昼は朝起きて見ないと会社にいけるかわからないので、当日しか誘えないのが残念なところです



今は、休み休み仕事に行っていて、傷病休暇など使いつつ働いています

本当は忙しい時期だから休むと迷惑がかかるんだけど、そうおもってるとどんどんしんどくなることもわかっているので、

会社のせいだから恨むなら上司を恨んでください、と思うことにしました



お薬も副作用を見つつ服用しています

最初にもらった分はわりと効果があって涙は出なくなったけど、頭がぼーっとする副作用が出たので量を減らしてもらいました。

量が減ってぼーっとすることはなくなったけど、気分がちょっと落ち込んで、結局涙が出てきたので相談する予定です



会社が今後どういう対応を取ってくれるかはわからないですが、最近はずっと日記をつけています

病状・体調の把握もできますし、何がきっかけで悪化しているのか、わかるのは楽です。

30分残業したら次の日しんどかったとか、最近はいろんなことが覚えてられないので、メモしとくのが楽です。

努力ってなんなの?可視化できんの?

まれ環境遺伝子の違い、脳の細かな差異

親、友人、学校地元コミュニティーメディア

時代技術、時の権力法律、国際情勢、

そういう無数の乱数に影響される中

努力かいうふんわりした概念なんてどうやって測るのか


フィーリングか?結果論か?

物事に取り組もうとする姿勢

それにしたって、「取り組もうとする意思原動力」が

全員に最低限保障されてる訳じゃないでしょ

それも脳みそのつくりで決められてるかもしれないしな


なんつーか努力しない言い訳とかじゃなくて(少しはそれもあるけど)

やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないけど、

それができない人がいたとき努力かいうよくわからない概念批判するのって

上に並べたような様々な要素の原因を無視して、

他は悪くない、お前の魂がわるい、っていうすごく強い否定に繋がるってこと

そしてそれは不毛だということ

ずっと怒ってる人

母はずっと怒っている。

父にも、私たちにも、何事にでもすぐ怒る。

誰も頼んでないのに勝手にやって『やってあげたのに、なんで!』ってすぐ怒る。

昔の事を延々怒ってる。けんかの度に、掘り起こして怒る。

キーキー大声でヒステリックに怒る。

私は悪くないのにどうして誰もわかってくれないのって顔してる。

もう66歳なのに。元気だな、と思う。

そして、感謝もしない。そんなの当然でしょって顔してる。

まわりに期待しすぎている。

ストレスがたまってしょうがない、とか言うけど

から見てれば、自分ストレスにしてるとしか思えない。

確かに父はろくでなしだけど、もうそういう人間なんだから

こちらが諦めるしかないのだ。受け入れて無視すればいいのだ。

それを言うと『ご立派ですこと』って言う。ムカつく。

自分ストレス他人ストレスを与えることを自覚してほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160929191057

はてブを始めたころは、過激運動瞑想睡眠を勧めていて、何様だと憎んでいた。


はてブに慣れてくると、あいかわらず過激運動瞑想睡眠を勧めていて、こいつは無視無視と疎んでいた。


はてな村の住人であることを自認した今では、過激運動瞑想睡眠野菜350gを推進して欲しい、と親しむようになっていた。


そんな愛すべきid:xevraさん。

2016-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20160929221039

裁判官検事をやたら細かく区分しているくせに、福岡高裁判事都市部地裁判事より低いというあたり、裁判所検察については何も知らない人だな。地裁でも判事判事補か、部総括か否の方が重要だし、家裁存在無視してるし、所長や所長代行の存在を知らない。

http://anond.hatelabo.jp/20160928053429

 典型的老害だなぁ、と思いつつ同じ老害として参戦するよ。(笑)

なんでかって批評とか感想こそ努力しないで『俺強』できる行為のものだと思うしさ、『俺強』って(確か)ゲームチートとかバランス崩壊からまれ言葉じゃん? 匿名自分作品を公開して問い掛けるでもなく、(web上の)有名人新聞インタビューしかも前編だけを見て印象批評から自分も印象を述べる、って「ナニソレ?」って話じゃん。

 ゲームだよね、これ。

それっぽい言葉を使ってはいるけどデータ無視で、しかもそういうデータ解析を拒否して語ってる以上、「川上クンはこう言ってるけどボクの知ってるのはこうだから違うし、当たってる部分もあるかしんないけどムッとした。ニコ動みたいに面白いの作れ、オマエ会長じゃん。(ボクお客様だし)」ってだけの話なんだよね。出版側が購買者の解析や傾向なんか出す筈ないんだけどさ。w

 メタ批評やめろって話なんだけど、印象論の延長線上にある主観出版代表への問い掛けである以上、異論を感じて語りたかったら内容に関してはメタにならざるを得ない。生み出されるのはジャンプヒーローよろしく地球最強の神とそれを超えた主人公と実は神を統べる世界の王と更にそれを超えた主人公世界の王の上にいる大王の上に神がいて、そいつ破壊神と対なんだけど実は宇宙は12コあって――、みたいな作者でさえ匙を投げたくなるようなセカイ。

 権威付けなんてそんなモノであって、昔話で町一番→国一番→世界で一番おいしい店なんて看板掲げた店主の話があったと思うけどアレと同じだよね。どうして自分の店が流行らないのかライバル店に見に行ってみたら、大事なのは謳い文句じゃなくて身近さと誠実さと飾らなさ、それに店主に共感できるかどうかだったって話。だってジビエを知らなくても馬刺しがあるし、パスタがなくても焼うどんがあるし、ホースラディッシュより山葵があるんだもん。

 もう批評家権威を持つ時代は来ないよ?

村人を教育した処で小さな批評家が増えるだけで、行き着く先はデータマイニングと巨大資本同調圧力に基づいたゴリ押しか、小さな身内だけのセカイ。リアル戦争でも起こしてリセットすれば別だろうけど、毎年何冊出てるかも知らないラノベを全部読んでる人なんてどこにいるの? 居たとして、そういう人の感想を誰が求めてるの? って話でしょうよ。

 汎化と特化はセカイの特質のどこに注目するかであって、物語普遍的構造に違いなんかない。

特化したセカイの多様性は小さな身内を汎化された大きな世界に埋没させ、画一化されたセカイは小さな身内の中で特化される。

 それだけの話だと"思う"よ?(笑)

取り敢えずベテランIDさんは、はてな村の身近な人と自分過去を語るところから始めたらどうかな? きっとラノベより面白いものが動き出すと思うから

2016-09-28

やさしい会社で働きたい

30代、男、独身理系院卒。



転職を考えている。

受託開発系の会社新卒入社して、いままで働いてきたけれど、もうつらくなってきた。

建前では技術系のスペシャリストが集まっているということになっているけれど、実際には都合よく使い捨てできる駒でしかない。

基本的客先常駐で、一つの職場で長年働くことは稀。数年ごとに全く畑の違う仕事をやらされる。

本人の適正や、経験希望は一切無視され、そのときたまたま引き合いのある客先に無理やりねじまれる。

私がいまの常駐先に来たときは、まったくの未経験分野だったにも関わらず常駐先に対しては経験豊富専門家として紹介されていた。

自分上長からは、客から何か技術的な質問が来たとき絶対にわからないと言うな、専門家のフリをしろといわれた。

もちろん、そんなことで誤魔化せる訳がない。お客さんとは毎日一緒に同じ職場で働いているのだ。

おそらく、私が経験豊富専門家でないことはすぐにバレていたと思う。

新しい職場で、仕事内容も全くわからず、周りに質問もできない環境は本当に辛かった。

さらに、上長からはお前は努力が足りない、本気になっていない、甘えていると、ことあるごとに詰められた。

同じ客先で働いている先輩社員からはほぼ毎日のように、死ね、殺す等の言葉ハラスメントがあった。

これは冗談として言われたのではなく、強い語調で吐き捨てるように言われていた。

別の先輩社員から私生活に立ち入るようなセクハラや、飲み会の場でのアルコール強要暴力的な振る舞いもあった。

私がいる部署職場おかしいのかと思っていたけれど、他の部署に行っている同期に話を聞くとどの部署も同じような感じらしい。

会社全体で、上のものは下のものに対して何をしても良い、下のものは逆らうことは許されないという価値観が共有されているようだった。



もう疲れてしまった。

今の常駐先にも長くいることはないだろう。また新しいところへ無理やり行かされ、同じことを繰り返すだけだ。

新卒で入った会社だし、まだ専門的なスキルも身についていないという理由会社をやめることはしなかったけれど、

これ以上続けても、得るものがないように思う。

いままで仕事をしていて、嬉しい、楽しいと感じたことは一度も無かった。幸せではなかった。



私は、人が人として尊重される会社で働きたい。

人をモノ扱いしない会社で働きたい。

誰かが辛い目に遭っているときは、みんなで助ける会社で働きたい。

それぞれ得手不得手がある中でも、お互いを許し合い協力する会社で働きたい。

私は、人に優しくされたいし、優しくしたい。



そんな会社はどこにあるのだろうか。どうすれば出会えるのだろうか。

もう本当に疲れてしまった。私はもう今の会社で働くのは嫌になってしまった。

私は、人が優しくし合える、やさしい会社で働きたい。

何故FXで勝てないのか

FX10年の増田です

 

FXってスプレッドを除けばゼロサムゲームだって言われてるじゃん?

あれはまあ正しいんだけど、実際よくよく見ると公平ではないんだよねって話

 

例を挙げる

100万円でドル円100.00円をレバ2020枚Lしたとする

スプゼロ仮定して、100pips上がれば120万円、100pips下がれば80万円だ

プラス20マイナス20

これはもちろん公平だが、それは足し算の世界での話だ

掛け算の世界だと、120/100=1.2と80/100=0.8だけど、これは公平じゃない

掛け算で公平なのは

120/100=1.2と100/120=0.8333だ

わかるかな

 

レバ100Lで100pips上がった時2倍、100pips下がった時0ってのを受け入れてるけど

掛け算の世界だと100pips上がった時2倍、100pips下がった時1/2ってのが正しい

そうなるためには、枚数じゃなくてレバレッジ固定で取引できるようになればいい

(そんな業者は知る限り無いが)

で、重要なのは自分が足し算のゲームをしてるか、掛け算のゲームをしてるかっていう話だ

1回のトレードの変動幅が小さくなればなるほど、両者は近似状態となるので実質足し算のゲームをしているが

1回のトレードの変動幅が大きくなればなるほど、ゼロサムではなくなり掛け算のゲームになる

まり負ける確率が上がる

 

天才的に上手い人でもない限り、この負け確率の増大は無視できなくなるんだが

ゼロサムゲーム」っていう先入観からか意外と気づかない

 

てわけで、一度低レバ短期でやってみるといいよ

オススメはレバ2以下のデイトレスイング

とにかくレバを一定に保てるくらいの余裕がほしい

 

そして必ず定期的にノーポジリセットする

もちろん足し算の世界になるから、複利効果はかなり長期で考えないといけなくなるけどね

君の名は。性的描写男性恋愛物を作る難しさ

君の名は。」で口噛み酒のシーンが気持ち悪いと言う話になっている。

http://togetter.com/li/1029154


口噛み酒自体は新海監督のある種のフェティシズムの発露であるというのはインタビューでも言っていたのでまぁ気持ち悪く感じる人がいるのもわからなくはない。

本来性癖は人によって千差万別でかなり慎重に扱うべきものからだ。

一方でエロは万人にほぼほぼ普遍的存在するものなのである程度の公約数的な部分を確保してしまえば多くの人間にフックするという強みもある。


新海誠監督は今まで過去作においてエロティックな場面をほとんど描いてこなかった。

その理由は私にはわからないがある種の特徴の一つでもあったと思う。

そういった点がこじらせた「童貞」臭さと言われる一端でもあった。


※ちなみに新海監督は童貞臭いと言われることを一定程度評価している旨をラジオ番組発言している。

おそらく童貞臭いという評価に内在する純粋さ・ピュアさが新海監督がターゲットにしている思春期の男女にまさにクリティカルにHITする部分だと思っているからだろう。


今回はそこから一歩踏み出し、フェティシズム一定程度健全エロさを作中に含ませようと考えたのは恐らく言の葉の庭の足フェチ描写が観客に評価されたかであると思う。

「意外と若い男女ってエロティック描写に寛容じゃん?」

ということに気づいたのだと思われる。

東宝に出した最初企画書の時点で三葉の胸を揉む描写が既にあったことが見て取れる。

ベタベタ描写、みたいなことが注釈で書いてある。


一方で性欲を丸出しにしてしまうと下品すぎて観客が引いてしまうことは恐らく既に把握していて、言の葉の庭では足を触る描写エロティックだが徹底的に崇高かつ審美的に描き下品さをかき消すと言う手法を使った。

それに対して今回使った手法ベタベタと言っているように定型的で既に出来上がった文脈手法をそのまま持ってきた形だ。

まり笑いを使うことでエロさに健全さをくっ付けることで観客が引くことを回避させようと言う手法である

まり観客にこのシーンを見て笑ってもいいんだぜ?

という言い訳をつくることで安心させようと言うわけだ。

そこまでエロくないですよ、健全ですよ。

というわけだ。


最近エロ手法を取り入れたにしてはこの辺の技巧に非常にしびれたし、単純にうまいなと思わされた。

なんとなくこの辺で瀧君を「ちょっとエッチ東京から来たイケメン」という卑近さを生み出すの成功しているような気がする。

股間に手を出すのはアウトだが、胸ならギリギリという非常に危ういラインだ(瀧が三葉の状態トイレに行く描写がないのはそういうことだろう。三葉in瀧ではあるのに)。

その他こまごました部分を含めてその辺の舵取りはかなりきっちり詰めたのだろう。

お見事でした。


しかし、この入れ替わりシーンは置いておくとして問題になっているのは口噛み酒のシーンである

特に四葉が三葉に口噛み酒を販売すれば売れる!

と言うシーンである


ここにオタク男性感性をどうしても感じてしまうと言う点である

四葉女性性的価値少女でありながら感じていることに違和感を感じると言うことだろう。

しかし、正直この点に男性性をいきなり感じてしまうというのは少々飛躍しすぎではないだろうか。

実は作中に少女向けのファッション雑誌が部屋に転がっていると言うカット存在する。

まり四葉はそういう点にわりと自覚的であるのではないかというエクスキューズをわざわざ用意してあるのだ。

あるいは三葉の言うとおり「思春期前のお子様」であるのでそういった視線知識はあるもの無頓着である

という解釈もできるかもしれない。

いずれせよ、安易一方的男性性を見出すには少々待ったをかける必要はあるはずだ。


ネット上の論評をいくつか見て回って、少し思ったことがある。

思ったのは新海誠男性であるからといった点が論評において強く作用しているのではないかという点だ。


もちろん秒速5センチメートルが強い男性目線から作品であったのは事実だと思うし、実際作中のモノローグの量はタカキの物が大半だ。その様な作品男性性を強く見出すのはわかる。

しかし、だからといって一足飛びに「君の名は。」をすぐに男性であると決め付けすぎるのはすこし早すぎる気がする。

もちろん過去作の文脈をまるごと無視するというのはさすがに無理があると思うが、言の葉の庭における雪野の描写彼女と彼女の猫女性主人公であるという点を無視しすぎである

海外では新海誠映画は男女比率がわりと均衡しているという。

一方で日本では従来の男性ファンがあまりにも多すぎた気来がある。

そのせいかどうも、評論すら男性目線から見たものが多すぎる気がする(特に上白石萌音が秒速でどちらかというとコスモナウトに感情移入したというのは示唆的だ。ネット上であまりその視点から言及した記事を見たことがない。)


女性自分性的価値認識していないというのは少々一方的過ぎるだろう。

でなければ女子中高生アイドルがいることの説明がつかない。

女性受けを狙ってアイドルをやっている人もいるという説明もまぁそういう人もいるだろうが、皆男性から目線意識していないなどというのは少し純粋性を女性に求めすぎだ。

特に三葉が口噛み酒販売に対して斜め上の回答をしたのはまともに回答するのが恥ずかしいからであり、それは三葉に対するジェンダー的抑圧の強さを示している部分でもあると思うし、「イケメン男子にしてください」という台詞もつながる。

わりと重要な部分だと思うので安易監督男性性に固執するのは危険だと思う。


勅使河原の口噛み酒の部分もあれは作品メッセージではなく勅使河原認識とみなすのが相応だろう。

同じ縁故に縛られた立場として土着にまつわる行為否定されることにある種のシンパシーから擁護であるとも取れる。

※つまり必死こいて神事を行ってるのに友人まで否定するのは酷ではないかという同情的心理。縛られていることに息苦しさを覚えていながら糸守に愛着があるという描写を事前に行っているのはその辺の示唆なのではないか。三葉がどう思うかは別である

9/28進捗

9/26

自分トートバッグ用のイラスト90%終了 ポスターイラストベタ塗りまで

相方君の名は。を見に行って日付が変わる前ぐらいに帰宅した




9/27

自分:友人にアドバイスを貰いつつトートバッグイラスト修正し、100%完成。ポスターイラスト100%完成。あとポストカードアクセントに、模様に合わせてトップコート塗ってた

相方:昨日の進捗報告が無かったので確認したら、ペンタブペンをなくしたとの報告。その後大丈夫かと問いかけるもツイLINE共に音信不通LINEは未読無視)、現在に至る




家に乗り込んでやろうか。

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自分はあとステッカー原稿(上記のものに比べてサイズも小さいのですぐ終わる)と、明日明後日に届くであろう缶バッジ梱包をするのみなので、ゆっくり当日の準備ができます。がんばるぞい。

進捗報告もしてこないし間に合わないから助けてと頼ってもくれない人のことなんて知りません。

でも彼女体弱いので、マジで倒れてたりしたら心配だし、家の電話番号は流石に知らないので確認も取れないので本当に家に行って確認しに行こうかと思います

女性オタクがいないことになっている」という言説の難しさ

よく、オタク界隈でジェンダー的な話をする際に

女性オタクがいないことになっている」

という言葉発言する人がいる。


しかし、実はこの言葉結構めんどくさい。


「(女性側の文化文脈無視しているので)女性オタクがいないことになっている」

根本的にはこういう話だと思うが、問題なのはそれ含意しているかどうかと言うことになる。


例えばパンチラ描写は非常に男性的な文脈女性オタク無視しているという発言は「パンチラを好む女性」という存在を端から無視しているかである

この無意識ジェンダー規範が話をややこしくする。

まり女性女性性的描写は好まないというパーソナルな自己認識無意識に全体化しているのである

実はこのような無意識の全体化というのが最近ジェンダー界隈のあちこちで見られる。

「女はこういうもんなの」

という社会の悪癖の無意識露出なのだが気づいていない人があまりにも多すぎる。


はたして女性無視しているのはどちらだろうか。

2016-09-27

婚活中です。兄弟障碍者です。結婚できません

途中まで上手く行っていても、話すと断られました。相手の親御さんに反対された事もありました。

もし結婚できたとしても、子供は産むなと言われてしまうかもしれませんし隠し続けてもバレたら離婚になりそうです。

勿論、障害者きょうだいでも結婚できている人も世の中にいますので、それだけが原因と言うつもりはありません。でも、そうでない人よりも不利になるのは確かではないかと…。

私自身の性格や色んな点にも問題はあると思います。でもそれだってきょうだいである事が人格形成に関わっている可能性はあり、一体何処まで私個人の原因なのか。

とにかく、「障害者が身内にいる相手とは結婚したくない」という社会通念があるにも関わらず、

結婚したくともできない独身女性について語られる時、それが結婚できない理由として上げられるのは見掛けないのは何故でしょう。

ネットでも婚活関連の記事は沢山見掛けますが、家族障害に触れられているのを見た事がありません。

辛いですが、家族障害者がいる女性とは結婚したくない事自体個人自由だと思いますしかしそういった現象がまるで存在しないかのように、話題にならないのは納得がいきません。

家族障害者がいる人とは結婚しないという不文律があるのに、少子化や未婚率について語られる際にはその問題無視されるというのが不思議に思います

家族障害者がいるので子供を産まないという人も数多くいると思われるのに、それについても語られません。高齢出産によるダウン症可能性が語られる事はあっても。少子化を語るならこの問題にも触れて欲しいです。

相模原施設での事件24時間テレビなどで障害者差別について語られるようになったのに、障害者個人人生について語られることは多くとも家族障害者がいる人の苦悩はあまりにも考慮されていないと思います


その他にも家族借金宗教問題など、ある年齢以上になっても結婚できない理由は本人以外にも色々あると思うのですが婚活について語られる時には何の問題もない家庭で当人だけに原因があるかのように語れるのでとても違和感があります

http://anond.hatelabo.jp/20160927182058

「言い返せないからって常識無視などとレッテルを貼ってごまかすな!俺はいつも常識的論理的な主張をしている。それにしても俺に噛みついてくる奴は非常識馬鹿しかいないから困る」

1. 常識無視して強弁すると相手が呆れていなくなる

2. 論破した気分になる

http://anond.hatelabo.jp/20160927181542

程度問題だろ。常連と会話するのも良いが、

いつまでも話してて明らかに無視してたら

元増田に対しては無礼でしょう。

iモード黎明期メルアドについて

iモードがはじまってから、すぐにスパムメール受信料問題になった。



今の若い子は信じられないと思うが、昔はメールを受信するたびに、

10円、20円とられていたのだ。



そもそもメールアドレス携帯電話番号docomo.ne.jpだけだったので、

スパムを送る方は送りたい放題ということもあった。



そんな中、アドレス自由に取得できるという処置がなされた。

動物占いで「狼」だった私は取得できる時間になるや否や「wolf」という

アカウントを取得した。

これが悪夢の始まりだった。



しばらくは快適だった。

スパムはなくなり、受信料も気にすることがなくなった。



日経ってからwolf2@doco...」という人からメールが来た。

内容は、「wolf@doco...」というアドレスをオレにくれと。

無視をした。



日経ってからwolf3@doco...」という別人物からメールが来た。

内容は「わたしは狼の末裔で人目を偲んで生きています一族の復活の為にもwolf@doco...」を

ゆずってくれないか。そんな内容だった。

当然無視をした。



そうこうしている数日間、wolfなんとかさんから続々とメールが来た。

皆一様に「wolf@doco...」を譲ってくれという内容だった。

中にはオモシロものもあったが、基本的には無駄に偉そうな内容だった。



そうして、結局、新たなスパムメールを受け続け、心が折れかけていた時に、

wolfstar@doco...から「吾輩にメールを譲るのだ、さすれば許してやろう、譲らなければお前を見つけて食べてやる」

みたいな内容のメールを、1時間おきに送り続けてきた。世にいうリアル狂人だった。



これがきっかけで「wolf@doco...」の中の人を辞めることにした。

たぶん、誰かが2代目wolfとなってくれただろう。



今の若い子は信じられないだろうが、それぐらい動物占いが人気だったのだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160927175753

何が用があって対応できないタイミングだったら、仕方ないと思うが。

ひとりは全くの無視なんだから、礼をもって接していないだろう。

もう食べログは信じない

今日研究が一区切りついたか研究室メンバー居酒屋に行こうってことになった。

学校の近くで最も口コミの内容が良い店を選んで決めた。評価は3後半。個人経営

クワクしながら入店したら店内が常連さんで盛り上がっててまぁ個人経営だしと勝手解釈

とりあえずお酒を頼み何を頼むか考えていたら常連さんからの痛い視線。あぁ仲間が来たけど座る席がないってか。その人は立ち飲みエリアへ。



でも私達も来たばかりだしご飯を頼む。店員が2人いるはずなのに1人はこちらの声に全く無視。客との会話に熱心。

まぁ仕方ないともう1人の店員に頼み暫し雑談

そこでメンバーの1人が教員と揉めてて来たメッセージの返信に悩んでいるとのこと。皆で一番良い返信を考えるよね?

考えながら来たご飯を食べる。ご飯はめっちゃ美味しい。



食べ終わり、次何を頼むかメニューを見ながら考えていたところ、先程注文を無視した店員一言

「さっきから携帯見てて食べないんだったら出てくれる?」そういって返事も聞かず合計金額計算し始める。スピードが速い。

え、と、まず携帯を持っているのは3人中1人だし、何なら向かいの席の常連さんも携帯みながら話してるし。そして常連さんの殆ど食べ物食べてないし。え、本当に口コミ真実なの?雰囲気はいいの?

まぁこれは調査不足だった私達がいけないかと思いお金を出して退散した。先程まで立ち飲みエリアにいた客が席に座る。



個人経営の店は20代前半が行く店ではなかったと学ぶ事ができたと思うようにしているけど何か腑に落ちない。

うその後はチェーン店で全員半泣きで飲んだよ。えっと、これは私達が悪いの?なんか常連さんたちごめんなさい。まぁもう食べログは信じないわ。



(追記)食べログに書けとの的確なコメントありがとうございます。先程口コミ申請しました。

私達は半年以内の口コミのみを参考にした為このような事になってしまったと反省していますタイトルは「もう個人経営居酒屋は信じない」が適正ですかね?

因みに店の口コミは50件ほどあり、低評価(☆2以下)の口コミは1件で常連さんと店員の談笑がうるさくアウェーを感じたと書いてありました。

これから食べログで店を決める時は低評価を参考に吟味した方が良さそうですね。本当に良い勉強になりました。ありがとうございます

後、入店し一番にお酒は頼んでます!書き方悪くてすみません




(再追記)私は食べログ評価を過信しないでほしい事を伝えたかっただけので店名公開をするつもりはありません。後、公開と自動的学校もバレちゃうので。

2016-09-26

感動ポルノハイドラマロードラマ・試論

ポルノポルノたる所以は、女性の複雑な主体性無視して、その劇中での人格を観客である男性性的興奮を刺激することのみに隷属させることにある。


で、24時間テレビ〜バラバラ近辺で知られるようになった感動ポルノもまた同様に、障害者の複雑な主体性無視して、その番組中の人格を観客である健常者の感動を呼び起こすことにのみ隷属させることを指している。


食欲ポルノ(?)もまた、料理本来の複雑なありようを無視して、その映されかたを視聴者の食欲を刺激することにのみ隷属させることを言う。つまり本来不要クリームなりチーズなりが、本来不要なほどに熱せられて溶けしたたっていた方が美味しそうなのであればそう見せる、ということだ。


からポルノか否かの違いは、岡田斗司夫が言うように安直であるかどうかと言ってもいいのだが、同時に彼が言っている「感動させようとしているかどうか」にはない。


そんなの、誰だって感動させようとはしている。


ただ、感動させようとするときに、時に失われそうになる題材の複雑なありように気づけるかどうか、気づいた上でそれを尊重するかどうかにこそ、ポルノか否かの分かれ目はある。


クライマックスいかにもなBGMを流すことを岡田安直否定するが、話はそう単純ではない、


例えば対位法はいかにもハイドラマ雰囲気を出す手法と言えるが、何故そうかといえば、例えば残酷なシーンであればそれが持つ複雑さの中にある悲しさや可笑しさをBGMに担わせれば対象の複雑さの一端が担保されるからである


しかし、本当の現実に寄り添えば、そもそもBGMなんて流れないわけで、何かしら音楽を流した時点で対象の複雑さを毀損してるとも言える。


それでも、繰り返しになるが何かしらの芸術的作品を作るからには誰だって受け手に感動してほしいと思っている。ただ世界の複雑なありようが描かれていればそれが正義だ、と言うことでもない。


なるべく複雑さを保ったまま、感動に向けて受け手誘導したいというのがすべての作り手の想いだ。


からポルノか否かの分かれ目は作り手の意図にあると同時に受け手の読解力にもある。


複雑さが捨象されていることに鈍感であれば何でも(ターミネーターでも)ハイドラマに思えるだろう。


あるいは逆に、一般にはベタでも、敢えてそこに身を委ねる可笑しさや悲しさや、果ては残酷さなどをそこに込めることで、ベタハイドラマを超える感動を生むことができる。逆か。感動を得ることができる。


こういった考え方の不健康なところは、何かの作品に感動することが馬鹿であることの証明になりかねないことだ。


これが行き過ぎて、本来感動的な目の前の現実にすら懐疑的になってしまっては本当の病気と言えよう。

10年前のあの日、俺はKくんに電話を掛けることができなかった

来年で30になる。

 

子どものころ海外に行って別れて、久しぶりに地元に帰ってきたKくんはモデルを目指すという話を噂で聞いていた。

そして当時一番の親友だった俺と会いたいという意図を聞いた。

一方、俺は学生ニート引きこもりと化していた。

どうにかしなければならないと思いつつも完全に対人恐怖症になっていた。

電車の中の女の子たちの笑い声ですら動悸がして、非常にストレスになる、今思えば完全に病気だった。

あえば当時10年ぶりの再会となるが、俺は旧友とは誰とも会わなかった、会いたいと思わなかった。

その時、成人式親友だったやつと目があい、頑張って明るく挨拶したが無視されたのを思い出していた。

こんな俺をみてもコメントに困るだろうし、俺もK君の中の思い出を汚したくないし、何よりとても辛いので会うことができなかった。

会わなければいけないことは頭では分かっていたが何もできなかった。

都合が悪いふりをして会わなかった。

ドアには電話番号が書いてある紙がかけられていた。

 

それをアパートに持ち帰って電話を掛けようか、夜中に考えた。

考えて考えて、やっぱり電話を掛けるべきだと思ったが、とても何を話せばいいのか想像が付かない。

どう受け答えすればいいのか全くイメージができない。

何を言えばあの頃の思い出を汚さずにキラキラとさせたまま期待を裏切らずに電話を切れるのか考えた。

しかいくら考えても答えはでなかった。

つの間にか俺は真夏暑い夜の空の下にいた。

家の前のアスファルト道路の上に、靴を履いてパジャマ姿で立っていた。

携帯電話を片手に、視線を何度も地面と空を往復させて考えた。

長い時間が経ったように思えた。

答えは出なかった。

10年前の俺はKくんに電話を掛けることができなかった。

 

それからしばらくはそのことがずっと心のしこりで残り続けていた。

俺はというと頑張って大学卒業して何とか就職して働きだした。

勤務中でも増田が書けるだけの緩い職場だ。

もちろん忙しいときはそんな暇はないが。

何とかまともな社会人になってきたところでふとそのことを思い出した。

 

名前特殊なだけあってネット簡単に今の近況を調べることができた。

モデルを目指している人間ブログツイッター本名でやらないわけがいからだ。

特定やす情報もいくつか揃っている。

5分もかからずに特定できた。

10年前の俺にはできないことをしている。

今度ライブをやるらしいが、あいにく見に行くことができない距離だ。

特に大きな病気もせず活動を続けてきたんだなということがわかった。

残念ながらTVドラマに出まくるとか大ヒット歌手になるというところまでは行っていなかったが。

何か一言でいいから伝えたい気持ちが強くなった。

 

でも、10年前の俺の電話を掛けることができなかった俺と、

今の俺は何が違うのだろうか?

今でも俺は自分武器を取られたらオロオロして自信を無くして取り乱す人間だろう。

少し仕事ができるようになったせいで偉そうな精神性と虚ろな自信を身に着けたから、

今連絡を取りたいとか応援したいとか思い出しただけだ。

要は、自分に必至じゃなくなったか他人人生ちょっかいかけたくなったのではないか

今朝からそのことを仕事をしながら考えていたが、

どうしてもその疑惑が晴れることはなかった。

 

俺が伝えたいことはこうだ。

10年前Kくんに電話をかけなかったのは決して嫌いだとか関わり合いたくないからではなく、

今の汚物のような俺がモデルを目指す君のキラキラとした思い出を汚しかねないと判断たからだ」

「そして汚さないように交流を持つということも当時の俺の能力では不可能だったからだ」

「もし、嫌われたとかそう思っているのなら誤解だ、10年間何も言わずにすまなかった」

「今はバンドしたり歌手をしたりして幅広く活動してると思うけど、もし機会があればライブを見に行きたい、頑張って」

10年後である今の俺に、これを誤解なく、かつ円満に伝えられるだけの自信はなかった。

 

どうやら俺は10年前の俺と同じように、あの当時から10年後の未来の俺は同じように、

きっとまた連絡を取れずに終わるのだろうか。

俺が自分の心のしこりである重荷を解き放たれたいという欲求があるのか、

それとも未だに自信がなく怯えているのか、

あの当時自分の選んだ選択を一生責任を取って肯定するべきなのか、

難しいことを考えずに連絡を取り、何事もなく終わるのを期待するべきなのか、

Kくんにとって何が望ましいことなのか、古傷をえぐることにならないのか。

 

10年前も10年後も俺は答えを出すことができない。

Kくんが増田なわけはないが、

万が一にも増田なら、

あの時俺が会わなかったのは、どんな顔で会えばいいのか分からなかったんだ。

電話を掛けなかったのは、どんな話をしたらいいのか分からなかったんだ。

そして今も連絡を取れないのは、もう自分が何を本当に従っているのかも、

何をすれば一番正しい結果になるのかも、判断できないからだ。

 

すまん、Kくん。

立派になったら連絡を取ると誓ったが、

俺には一生無理かもしれない。

どうすればあの時と10年間を軽く謝って応援できるのかイメージが付かない。

俺は何も変わらなかった。

とても悲しい。

夢を叶えてください。

家族と仲良さそうだし、健康そうでよかった。

もし行ける範囲ライブがあったらこっそり顔出しますね。

本当はもっと文通していたかった。

でも日本語を忘れかけていると書いていたのを見て、

もうこちらでのことは忘れて新しい生活になじむのを優先した方がいいのではないか

そのとき僕は思ってしまった。

お金もかかるし、続けるだけの勇気も知恵も無かった。

いっしょに遊んだこととか、今でも全部覚えてる。

本当にありがとう

また、いつか。

 

Wより