「作家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 作家とは

2017-02-21

笑いのカイブツ読んだ

cakesの一週間無料購読で全部読んだ。

本当に「生きる才能」がないなと思った。ちょっと他人に気を遣うだけで楽になることは沢山あるのに、もっとまともな食事をしたらいいのに、全然できない。

劇場で偉い人に媚びへつらってる先輩作家とか、仕事をタダで丸投げしてくる先輩作家とかを嫌悪する気持ち理解できるしこの性格の人なら同化したくなくて馴染むことができないのは当然だと思うけれど。

バイト先で適当に働きすぎなんだもん。彼のバイト先が本業の人にとっては迷惑すぎる。すぐにバックれるし、常に寝不足だし、客商売なのにひどい顔付きらしいし。

こんなに人が嫌いなのにお笑いが好きなのは不思議だと何度も思った。でも途中で彼女ができて凄く素直に愛情表現してるし(フラれるけど)お母さんには愛されてるし(母子家庭貧乏大学に行けなかったけど)優しくしてくれた芸人さんなんかには凄く感謝してるし、挫折していった芸人のことをリスペクトしてるんだよね。根底には優しい気持ちがあるというか、とても人間味がある。

「生きづらい」「この世はコミュ強者以外には地獄」みたいな増田でも見るような人の気持ちが少しは理解できて、読んでよかった。

自分のような人間がこういう人達に言えることは何もないんだ。そっとしておくしかないんだね。(別に自分コミュ強者ではないが、ここまで不器用ではない。彼はお笑いに潔癖すぎ、突き詰めすぎでそうでない人にとっては存在自体が常に自分非難してるように感じられるのではないだろうか。)

オードリーラジオは聞いたことがないし伝説ハガキ職人存在全然知らなかったけど、途中に出てくる大喜利漫才台本面白かった。才能が表舞台で発揮できないのはとても残念。でも芸能界って旧弊っぷりがすごいもんね、知らんけども。

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220005222

昭和の紀行物の作家が「口淫が巧い女は、肩で動かす」うんぬんと書いているのを読んだことがある。これに似ているか

2017-02-17

ワンピースキャラエロい商機を逃すな

ワンピースキャラエロい

からそう思ってる。

特にナミがエロい

オレンジ髪に快活な人柄、そして何よりスレンダーな体、露出の多いピッチリとした薄着なファッションエロい

ハリウッド的な洋画エロさがある。小悪魔的な狡猾に生きる性格も良い。そもそも女海賊であるエロさがある。

最近新しいファッションになって、まあ露出も多く、悪くないが、正直前のスポーティというかラフ恰好ショートヘアのほうが断然好みだ。

そんな僕も、定期的にピクシブなどでワンピースエロ絵を探すがなかなかピンとくるものがない。

前はジャンプキャラの良質なエロ絵を描く良い人がいたのだが、その人も消息不明である

もちろん原作にも少ないのだが、原作のお色気描写を見ればわかるが、そのエロさのポテンシャルは相当なものである。(例:幸せパンチ監獄で胸元チラ見せなど)

あれぞお色気の極致。並みの露出度が多いだけのお色気漫画では、あのナミのエロさを超えることができていない。

声を大にして言いたいが、ジャンプ編集部商機を逃している。

こんな国民セックスシンボルをなぜみすみす野放しにしておくのか?

ジャンプSQあたりで、ワンピースキャラスピンオフをやるべきだ。もちろんエロ押しで。

原作のある種の泥臭さを持ちつつちゃんとエロさが表現できる作家ワンピーススピンオフお色気漫画を描かせろ!!!

俺がジャンプ編集なら絶対にそうする。

何が敏腕編集部だ。全然わかってねえ。ワンピースのお色気漫画という商機を逃している。

知名度+女キャラ潜在的エロさ=国民セックスシンボルとなりうるワンピースの女キャラたちの存在に気づけ!

ポスト峰不二子は現状誰もいない。では誰がポスト峰不二子になるか?ポスト峰不二子の座は目の前だぞ!そのためのエロ押しだ!。

ワンピースは男キャラがかっこよく現状すでに人気がある。次は女性キャラだ。女性キャラエロ少年たちのハートを掴め。

言っておくが、エロ全然恥ずかしいことじゃない。むしろ誇らしいことだ。人間としての魅力の一つだ。

例えば、ヒュージャックマンエロい。それと同じ。人としての魅力なのだ

ワンピースキャラエロさを持っている。エロで売り出すんだ。商機を逃すな。

俺はギャンブルで何億円当てた人だけど?

俺は2000年代2010年代ギャンブルで何億円か当てた男だ。

証拠になるような書類特にないが、確かロトTOTO系だった。何億円といっても、一度に当てた金額ではなく、2年間かけて稼いだ金額である

色々と変な話を聞くが、そんなことは信頼できない内容であり、気にしていない。



改めて、俺は中流の上の家庭の兄妹の兄として育てられた。

はいっても、左程裕福ではない。

家族を紹介すると、父は公務員出身で、といっても特別すごいことはなく、民間で言うところの総務のような感じだ。

今は作家をしている。

母は私の子供の時は銀行員だったが、今はどこかの大学総長のようだ。

妹は某帝大卒業で、勉強も非常に良くでき+父のコネ公務員になった。

俺は勉強もできないし、出た大学も大したことないのでヤバイ人になりかけていた。

そして今でもその気質は直ってないので、かなりのお金がありながら、あれこれ遊んでいてお金が増えてどうしようもなくなっている。

私がそれなりの狂った生活になるきっかけも、中学生高校生時代同人誌書いてそれを売った事にあるのかなと思う。

これはまだオタクが不良文化扱いされていた時代の話である

当時の話をすると、私は隠れて同人誌を書いて、イベントなどを通じて売り上げ、そのお金を毎月のお小遣いにもしていた。(最終的に銀行口座を作るまでになった)

自身時代や年齢に似合わず社会人向けの資格を取ったりしていた。

もちろん、しっかりした高校に通っていた時代の話である

そして月日は流れ大学を出て数年にも満たないしたある日、ギャンブルで大儲けしたのだが、そのとき付き合っていた女の人がつきあっていた人だったのだ。

俺はあれこれ考えるも、どうすることもできず、家族に泣きつくように謝り、裏金も出した。

それで事なきを得たかと思っていたら、家族からしだいに私に圧力がかかってきた。

例えば、そのお金はどこで得たものかと問われれば、以前は宝くじで得たものと言えば言い逃れられできたものが、いつ得たものなのか、なぜ報告しないのかなどとして、邪魔者扱いし始めたのだ。



そんな状況もあって家を出ることになった。

当然、付き合っていた人は必死に反対したが、状況が状況だけに仕方がなかった。

俺は家族をなだめ、彼女は色々と準備をした。

色々と手続きを終え、私は付き合っていた人の養子になった。

養子縁組してからは、苦労と一言では言えないほど苦労した。

かわった家庭事情になかなか馴染めなかったこともあるし、そこでの家族の尻拭いをさせられたこともある。

その家庭が裕福だからか知らないが私の事情がばれたときに、元の家族馬鹿にするような発言をも浴びた。

幸い、たまたま近所にいた大学時代の先輩に助けられ、いまはそこそこ落ち着いた生活が出来ている。

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170216175300

「話の構造中二病小説的」という指摘をされたならその反論であってると思うけど、「センス中二病的」というのは、作者のモチーフ選択中二病的って話なわけで、

神話モチーフに選んだ古今東西作品中二病作品という訳ではないが、モチーフに選ぶ作家には大なり小なり中二病魂があるんだろうと思えるw

ただ、作家中二病魂を持っている事を悪い事とは少しも思わない

[]太田モアレ鉄風」 8巻完結

運動センスはいいけど性格が悪い女子高生総合格闘技するマンガ



こんな面白いのに打ち切り!?と思ったけど、最後まで読んだら打ち切りじゃなくて終わるべくして終わったんだなって感じで、安心した

ぐいぐい引き込まれてあっという間に読んでしまった

キャラがたっててすげーよかった

ねこちゃんとパカッニャー先輩かわいい

8巻を足掛け7年かかったのか・・・

リアルに待ってた人にとっては大変だっただろうなあ

完結したタイミングで読めてほんとよかったわ

後半いかにもアフタヌーン的なサブカルチックな描き方されてるところがないと思わんでもなかったけど、無駄文章で語るんじゃなくて、ちゃんと絵とかマンガで語ってたからよかったと思う

ギャグセンス水上悟史と木村紺巨娘オマージュっぽかった

この作家ほかには短編しか書いてないっぽいんだよなー

第二部書くなら書いて欲しいなー

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170213030534

ネ 

タ 

バ 

レ 

あ 

り 

 

 

 

ホロウバゼットが実は生きてましたオチの時点で茶番しかない。

普通に考えて”自分が死んだ事実直視して成仏する”って流れだったのに悪い意味どんでん返しだった。

結局エンディングでは楽しくやってるし何が失楽園やねん。



逆にFGOはロマン完膚なきまでに消した点でむしろ作家性は高まったといえる。

ぶっちゃけ帰ってくることはないと思うよ。

6章7章もノーストレス萌えシナリオとは程遠い、苦く重厚物語だった。

アグラヴェイン…。シドゥリさん…。

ワイは月姫から人間だが、FGO6章~終章は型月最高傑作評価している。

2017-02-13

FGO(Fate/Grand Order)から見える奈須きのこ作家性の喪失

Fate/hollow ataraxiaという作品をご存知だろうか?


FGOを知っていれば『ああ、Fateのあのスピンオフのアレね』ぐらいの情報は知っているかもしれない。

このhollow、つい最近プレイした人なら最後の方の展開、問答に何らかの引っかかりを覚えた人もいるのではないだろうか。

ネタバレになるから詳しくは避けるが、hollowという作品、なんと消滅したはずのサーヴァント達が全員日常生活を送っていて、愉快にキャッキャウフフとなれ合った日常を送り続ける、という日常ノリ、コメディノリが好きなファンからすると夢の様な作品であった。

が、まあ、シナリオライターはもちろん当時の奈須きのこである

その内容を要約すると『心地よい楽園に停滞するな、辛くても現実へ帰れ』という、ある意味キャラ中心に見るファンの)期待を裏切りある意味キャラと裏腹にシビア作風が好きなファンの)期待を裏切らなかった失楽園物語であった。


しかし、今やネットゲームにどっぷりハマったキャラがメインのネトゲモノや、異世界から帰ってこないなろう系、ラブコメモノもなるべくストレス要素を避けようとライバルなどが排除され、ユーザーにとって心地よい楽園を構築することがコンセプトとなった作品が多いように思える。

FGOもその中の一つだ。

ファンの人たちは『FGOは違うぞ』と言いたいだろう。

だが君のプレイしているFGOも、その一つだ。

カルデアという楽園で、時に厳しく時に優しい美男美女(時々変なのアリ)な偉人に囲まれイベントでは複数キャラから恋愛を匂わせつつチヤホヤされ、新キャラが現れては主人公にデレて、信頼し支えてくれる仲間たちとの世界を救う冒険譚が描かれていく。

これが、楽園を構築することがコンセプトでなくて何だと言うのか。


ソシャゲはそういうもの

ユーザー射幸心を煽るために、集客性のあるキャラや会話を出してガチャを回させることが目的

なるほど。

まり君はこう言いたいんだね。

奈須きのこはそこら辺の会社利益のためにテキストを書くように飼い慣らされたソシャゲライターになったのだ、と。


そのとおりである


奈須きのこから作家性という名の牙は抜け、ただのキャラ萌え文を量産するだけのソシャゲライターになってしまったのだ。

彼にはもう、マシュを本当に殺すことは出来ないし、どうせ死んだと思われているあのキャラも何らかの理由をつけて帰ってくるし、ピンチを煽るためにカルデアぐらいは崩壊するかもしれないが、別の居場所が出来てそこでキャッキャウフフする、そんな嫌な信頼感がつきまとうようになってしまった。

今の奈須きのこユーザー現実を忘れることのできる楽園守護者にして、二次創作の最王手なのだ


奈須きのこよ、お前にもし、作家性がカケラでも残っているというのなら、今すぐユーザーに向けて『現実へ帰れ』と言ってみせろ。

課金なんてするな、こんなもの時間と金無駄だ、現実に帰って素晴らしい日常を送るべきだ、とhollow ataraxiaのようにメタを盛り込んだシナリオでもやってみせろ。


それとも、最後最後まで隠し通して、サービス終了してからユーザー自身に気づかせるつもりなのか?

だとしたら、とんだ策士だな。


その時は、無駄に消えていった時間課金額にむせび泣くユーザーたちを鼻で笑いながら、お前の悪魔的な才能を褒め称えるとしよう。

http://anond.hatelabo.jp/20170202144732

元増田あんまりオススメするから読んだよ、『ソシャゲライタークオリアちゃん』。

これ、普通につまんなくて出来悪くて、普通につまんなくて出来の悪いラノベってなんなの、ということを考えるのにすごくいい素材になってしまっているように感じた。

ラノベなんてみんな同じだろw」というような声がどこからともなく(というか元増田ブコメあたりから)聞こえてくるんだけど、そんなことはない、『クオリアちゃん』はかなり出来が悪いよ、ということをしっかり言っておきたいな、と思って、エントリを起こす。

小説としての出来云々じゃない部分、ソシャゲシナリオライターとしての主人公たちの生き方については

http://hishamaru.hatenablog.com/entry/2017/02/09/003000

http://anond.hatelabo.jp/20170203190941

この批判が当たっていると思う。

とりあえず俺はクララ先輩には機を見て空売りを仕掛けていくことをオススメしたい。

さて。

漠然と出来が悪い、と言ってもわかんないと思うので、サンプルを用意する。

と言っても、ここで新城カズマとか古橋秀之とか秋山瑞人とか石川博品とか出してもそういうのは例外と流されるだけだと思うので、もっと普通っぽい奴を見繕いたいところ。

例えば、商業性があると評価された実績のある人が書いた作品、すなわち「アニメ化作家の新作」と、ラノベ業界作品を送り出す人たちが評価して世に出した「新人賞受賞作」……と考えて本屋ラノベ棚を見てたら『勇者セガレ』((アニメ化作品はたらく魔王さま!』の和ヶ原聡司の新作))というやつと『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』((第29回ファンタジア大賞大賞受賞作))というやつが目に入ったので、買ってきた。増田のために『クオリアちゃん』と合わせて2000円くらい課金した計算である

http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631161-8

http://dengekibunko.jp/newreleases/978-4-04-892615-7/

http://fantasiataisho-sp.com/winners/mother/

作品とも試し読みがあるので読み比べてみてほしい。冒頭だけだけど、それでも出来の良さの違いが見て取れるから

一見して『勇者セガレ』のレベルがとびきり高く、『お母さん』がその次、『クオリアちゃん』は論外、と俺は思うけれど、そう思わない人もいるだろう。

説明する。

小説には、概ね、お話が付き物だ。もちろん、お話で引っ張る小説は低級、みたいな話もあるんだけど、一般的エンタメ小説(多くのライトノベル一般的エンタメ小説である)においては、そういう議論はあまり考える必要はない。一般的エンタメ小説じゃないラノベに出くわす可能はいつでもあるので頭のすみっこにはおいておいたほうがいいけれど、でも、今回の三作品は全部一般的エンタメ小説志向なので大丈夫

さて、一般的エンタメ小説にはお話がある、という話だった。

勇者セガレ』なら、父親に異世界を救った勇者過去がある、と知ってしまった少年が、異世界での魔王復活を巡る騒動に巻き込まれお話。『お母さん』なら母親と一緒にMMORPG世界ダイブして冒険しながら親子関係を見つめなおす話。『クオリアちゃん』なら平凡な男が惚れた先輩に巻き込まれる形でソシャゲシナリオライターになる話。

んで、さっき示した試し読みで、そういう話だ、とわかるまでにかかる文字数は大体どれも同じ、5ページくらいなんだけど、その最初のとっかかりまでに与えられる情報無駄のなさを見てほしい。

勇者セガレ』は単刀直入お話全体像テーマ、というやつだ)を提示し、そのテーマについての主人公の開始時点での認識提示し、そして、それが揺るがされる場面が、いい意味で突然始まる。

『お母さん』はそれに比べれば随分もたつく印象だが、それでも母親と息子の関係物語だ、ということは十分手早く、一直線に提示されている、と言っていい。

クオリアちゃん』は無駄だらけだ。同級生に平がからかわれる話とか、いらない。

そもそも主人公の平凡さに何故ここまで言葉を費やすのか。クララ先輩にソシャゲシナリオライターの道に誘われる場面から入っていい。主人公が平凡さを脱して何者かになるお話なんだからスタート地点を明示しなければいけないのでは、というのは罠だ。平凡だ、とは、平凡という特徴がある、ということではない。非凡な特徴がない、ということだ。ならば、クララソシャゲシナリオの道に誘われるまで、何らかの特徴があるかのような描かれ方をしてはいけない。この主人公、狙ってか事故でか、かなり平凡ではないキャラなのだが、それもまあ、いいのだ。普通男子高校生と言って始まった話で主人公がとんでもない過去を思い出す、すげえ設定が明らかになるなんてのはよくある話だ。語り出す位置に変な癖をつけないことで間口を広められることだけが平凡な主人公という設定の美点で、それをこなしたらあとはどんどこヘンな奴にしていっていい。逆に、ヘンな設定をあとから盛りやすくするためにも、平凡さを積極的に描くのは悪手だ。

ここには多分、ライトノベルキャラクター小説である、という誤解がある。

商業性を認められたアニメ化作家も、送り手に評価された新人賞作家も、テーマ登場人物関係性を提示するところから小説を書きだしている。主人公人物像に無駄に筆を費やしたりしていない。主人公人物像を描いてはいけない、のではない。主人公人物像は、この際テーマ関係性よりも後回しにすべきだ、という話だ。

ライトノベルキャラクター小説だと早合点していると、主人公キャラクター性を提示するのが大事だ、と思い込んで、本筋のお話よりも先に名前からかわれるエピソードを入れ込んだりしてしまうのではないか、と思う。

そうした結果、ソシャゲシナリオライターの手伝いを頼まれるという展開の驚きが盛れなくなる。驚きのない掴みは最悪だ。

そもそも、ソシャゲシナリオ仕事を手伝うことになるって普通に考えて驚くような話なのか、という問題はある。

ソシャゲシナリオ仕事の手伝いを頼まれて驚くのは、ソシャゲシナリオに関わることをまったく想定していなかった場合だ。主人公脚本科の学生なんだからゲームであれシナリオ仕事を頼まれるのは、そんなに違和感のある話ではない。先輩に手伝ってと頼まれた、なんてのは、ライターデビュー王道と言ってもいい。

どうすればソシャゲシナリオライターデビューで驚きを演出できるのか。主人公ソシャゲを嫌いだ、という設定にしたらどうだろう……と王我は作者にささやいてはくれなかったのだろうか。

これも、関係性やテーマを後回しにしたことで生じた問題だ。ソシャゲ主人公関係をちゃんと設定していないから、こうなる。

ソシャゲマニア制作現場に関わることで現実を知る、でもよし、ソシャゲ嫌いが制作現場に関わることでソシャゲを認められるようになる、でもいい。ソシャゲどころか物書きとさえ無関係主人公なら(脚本科に在籍し、名作の名台詞を書きぬいてノートを作っている主人公はどう考えても無関係ではない)ソシャゲというものに触れる、というだけでも驚きがあるだろう。

半端にクリエイター志望でソシャゲ特に何も思うところがない主人公、というのは、掴みのインパクトを出すには最悪だ。

テーマ関係性、お話というあたりにあまり気を回さず、四姉弟の設定とかでインパクトを出そうとしている((『涼宮ハルヒの憂鬱』の構造をいただいているつもりなのかなって思いついて、ちょっと戦慄した。あれはハルヒについての話をあの三人がしてくれる構造であって、異能者が三人ただ自分異能を見せてくれるという構造ではないのだ。))んだけれど、そりゃ読者にも驚く理由がないよね、としか言いようがない。『ハルヒ』は、読者と視点を共有しているキョンハルヒ普通少女だと信じる理由があって、だからこそ、超常的な存在なのだ、と語る長門たちの言葉に驚かされることができる。本作では、クララタイムリープしない、オーガが異世界転移しないと信じる理由がどこにもない。だから、平がどれだけ驚いても読者は( ´_ゝ`)フーンとしか思わない。

あとがきラノベ200作品勉強した、って書いてあって、それは感心なんだけれど、でも、勉強する方向を間違えてはいなかったか、そこは疑問。

ライトノベルキャラクター小説だ、とか、男オタク向け作品関係萌えじゃなくて属性萌えだとか、そういう俗説を真に受けて、バイアスをかけた勉強をしてしまったんじゃないだろうか。

結果、普通につまんなくて出来の悪いラノベになってしまったんじゃないだろうか。

 

なお、ソシャゲ周りの設定について付言しておけば、作中作初恋メモリーズ』のシステムは、『プリンセスコネクト』に似ている、らしい。まあ伝聞なので確言はできないんだけど、だとすれば、元増田が言うほどソシャゲとは違うものの話をしているわけではない。とはいえ、『チェインクロニクル』のライターが書いた本で『プリンセスコネクト』の創作秘話を読まされることをみんなが望んでいたかどうかは不明だけれども。

2017-02-12

作者のひととなり

作者のひととなりを知ってしまうと、その人の本が読めなくなってしまう。

これどうにかしたい。

思想的に無理な作家はもちろん、言動や考え方が嫌いじゃなくても顔が浮かぶことで物語に入り込めなくなってしまって、読まなくなってしまう。

なので王様のブランチは見なくなった。ここ数年やけに作家が出てくるようになった気がする。

もったいないのでなんとかしたいのだけど、どう克服したらよいのやら。

時代に合わないセリフは改変していこう

・煮るなり焼くなり好きにしやがれ!

・おとといきやがれ!

ママおっぱいでもしゃっぶてな!



何か漫画とかでこういうセリフ目にすると冷める。作家は今の時代に合ったセリフを考えるべき。

鉄道文化がここまで衰退した理由

週末に親切な大人と会話する機会があったので聞いてみたが、車文化しろバイク文化しろ、一回ボロボロになったのは珍○団といったクソどものせいだと嘆いていた。

私が小学生高学年以来当時趣味の1つにしてた鉄道趣味が滅びつつある理由がまさにそれなんだよ。

無秩序人口が増えたせいで暗黙の了解崩壊した、珍カスならぬDQNオタク名乗りをするようになって、やがて自治がうまくいかなくなった結果、

一般人から企業もろとも白い目で見られるようになり、結果、趣味が衰退していっている。

2000年代前半にはすでにそういった問題が起きていて、2010年代特に東日本大震災以降の車・バイクオタク消費旋風が引き金になって鉄道趣味はひどく腐敗した。



話変わるけど、私の小学校時代で今住んでいる神奈川北東部引越す前の大阪高槻在住時代の思い出を思い出そうと思う。

友人から忘れるように言われたので覚えていないが、今や引越し後とは比べ物にならないように貧しかったのかよく家に引きこもっていた。

1994年以前と言う(私が今年で32才になるから)あまりに昔のことなのか、引きこもり時代趣味について漫画小説アニメ以外覚えていない。

実は両親は以前からつい何年か前まで共働きで、父親地方公立大卒業の中堅か底辺作家で、引越し後はつい十年前前後まで公務員(定年退職)だった。母親は準勝ち組的な職業(定年退職かつ無転職)だったが、いい大学卒業生とは思えないほどのスケバンか不良体質で、男勝りの性格なのか偏差値のいい高校に通っていたときでさえいじめられていたこともある。(無論、不良になったり、なんとか院のお世話になったこともない)ちなみに転校はしていないと言う。

事実小学生時代にまともなドラマの代わりに不良・アウトローものアニメドラマビデオ一家全員で見ていたりしていた。内容は決して小学生に見せるべきものでなかったと思う。父親も内心呆れていたのではないだろうか。

記憶違いもあるかもしれないが、家にある当時の手記を読む限り、2000年代価値観でもオタクといえるほどに一家全員がサブカルにはまっており、ゲームオタク向けアニメなんかは神奈川引っ越した直後から見ていたと思う。

私や妹(1才違い)の幼少期と青春時代もそれで、まともな大学かつ偏差値の低くない高校(ちなみに小学校中学校偏差値はかなり低かったと思う)を出た人とは思えないほど中高生時代ある意味やさぐれており、中二病とかこじらせるような年代とかになれば同級生学校に隠れて所謂不良やギャルサー交際していたりもしていた。(一方的偏見を持たれた母親とは違って私と妹の場合中学生高校生時代の不良によるいじめに便乗したのに何も咎められていなかったというのが不思議。乗り気でなかったから救われたのか?)

要するに、元キ○ガイの子は元キ○ガイだったということ。



ちなみに、私は数年前に自ら当てたギャンブルの当たり金(両親側も過去大金を当てたにもかかわらず)を巡って家庭内トラブルになり、お金と引き換えに住む家を追い出されている。初めは1キロしかその家とは離れていなかったが、旧年の年の瀬に両親側がURに転居したようで5キロも離れてしまったようだ(別居しているだけであって、帰ってくるのは問題ないようだ)

2017-02-11

ろくでなしブルースの作者の漫画が苦手

べしゃり暮らしも多分面白いんだろうなと思うんだけど絵が受け付けない

あの唇突き出した表情が本気で気持ち悪い

あれやめてくれないか

もしかしてあの作家さんの決め顔なの?

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20161226235152

気にすることないよ。

そもそも作家というのは、創作活動のしすぎでナイーブになっているものから

問題があるのは相手メンタルだったりするよ。

2017-02-08

ネットで同じ作品好きな人を見ない方が良いんだろうな

昔とても好きな作品があった、掲載雑誌は一話目からずっと保管して、凄く好きな萌えてるキャラもいた。

感想を求めて2ちゃんに行ったら私の好きなキャラが何故か叩かれていた。

主人公から理不尽被害あいながらも主人公を庇うキャラ萌えていたのだが、実はこいつが陰険ゲス主人公を陥れて裏で皆に主人公を虐めるように指示してたんじゃねーの可哀想主人公たんみたいな訳のわからないゲスパー叩きで盛り上がり、主人公を嫌いなら作品を見るなよ作者は主人公を大好きなのによく読めるね等々言われていた。

2ちゃん主人公ファン達のイメージ主人公かぶり、嫌いではなかった主人公を嫌いになり、作者が主人公大好きと言うのに嫌悪感が出てきて、好きなキャラの出番がなくなってからはその作品を読めなくなった。

その事を反省して好きな作品2ちゃんスレには近づかない事にした。

長らくピクシブ作品を見たり同人誌を買ったり平和オタクをやっていたのたが、Twitter作品を見るようになってから、私の萌えキャラに甚大な被害を与えたり殺したりしたキャラファンがえげつなく私の萌えキャラを叩いて加害者キャラ擁護してるのを度々見かけるようになった。

同人誌を買った作家さんが私の好きカプに悪口を書いているのも見かけた。

このキャラも嫌いになり、作品を見るのが辛くなってきた。

私のような影響を受けやす人間ネットに向いてないんだろうなぁ。

くたばれ!専業主婦

20年ほど前の98年から99年あたりに、石原里紗というフリーライターによる「ふざけるな!専業主婦」「くたばれ!専業主婦」という本が話題になった。

そのセンセーショナルタイトルと「専業主婦家畜以下のゴミ」という主張が珍しがられ、ワイドショー毎日のように取り上げられた。

そのブームピークに達し、ついには石原里紗主婦口喧嘩するだけの番組を毎週ゴールデン放送されるまでになった。

うちのママン(専業主婦)も毎週夢中になって観てはブチ切れていた。

当時小学生だったおれは、オバサン達が一人のオバサンを寄ってたかって追い詰め口喧嘩してる様が

いかにもTVショー的で、楽しんではいたが

ママンがあまりにも石原にブチ切れているので

そんなに嫌なら観なきゃいいのになーと思っていた。

番組はいつも石原批判的に取り上げ、石原主婦グループ口喧嘩したあと

大御所芸能人石原論破一喝して終わる。

今思えば「ヒールをやっつけるプロレス」そのものだった。

結局はただの「主婦ストレス解消」程度のものだったが、この一連の流れは「専業主婦論争」と名付けられ、

女性誌の定番テーマになり、類書・反論本も多数出版された。

しかし、ブームとはすぐ飽きられるもの

あれだけワイドショー自身レギュラー番組など、毎日のようにテレビに出ていた石原をいつしかテレビで見ることは無くなり、

専業主婦論争ブーム後、石原は2冊ほど出版してライター作家も辞めてしまい、その後どうしているのか謎だ。

最近それを急に思い出したのでググってみたらWIKIPEDIAには「今さら専業主婦論争しても無駄である」みたいなこと書いてあって笑う。そりゃそうだろうな。

最近書かれたネットニュースも引っ掛かった。「最近ネット上で専業主婦論争が話題になっているのを知っていますか?」だって

どこで話題なのだ、それは。

20年前の話題を「今話題」だなんて、こいつはタイムスリップでもしてきたのでしょうか。

でも、20年前はネットが普及していなかっただけで、専業主婦論争はテレビ発の日本中を巻き込んだ炎上だったと思う。

あれだけ毎週夢中に石原口喧嘩を楽しみにしてたうちのママンにこのことを聞いてみたら、見事忘れていた。

炎上って、飽きられたら夢中だった人ほど忘れちゃうんだなぁ。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170205212800

「ヒットの崩壊」(?)っていう本の著者がいうには

ちょっと前までは

web社会に浸透するに伴いどんどん「島宇宙」化してニッチコンテンツばかりになると考えられていた。

しかし実際SNSで盛り上がった現代社会をみれば

言われていた通りニッチコンテンツが成り立つ環境にはなったもの

どれもビジネスにまで発展できないままである

一方元来メインストリームにいた側はCDという従来型の方法では利益を出さなくなったものの、WEBメディアを使い倒して、かつての、

まり音楽映像ネットで行き渡るようになる90年代半ば以前のレベル社会に影響を与えている。

欧米ではポップスター配信限定新曲リリースすることが相次いでいるそうだ。



これは音楽の話だけどアニメ漫画ラノベにも通じることじゃないか

君の名は。」のようなメガヒット

からある大手配給会社ツイッターなどネットの力を駆使して近年稀に見るヒットを記録したり

事情殆どテレビラジオで取り上げられない中、web上の活動だけでヒットさせた「この世界の片隅に」が出現した一方、

ヒットの権威のようなスタジオジブリ

「知る人ぞ知るオランダ人作家が手がけた全編セリフなしのファンタジー」というニッチ映画を公開し

収益は散々であったのに評価は高いという現象を起こしている。

こういったことは映画でないアニメでも、雑誌でもどんどん起こると思う。

アニメなら、従来通りのやり方で公開される「ラブライブ」や「刀剣乱舞」のようなものと、

web限定公開だったりOVAという形で公開されるけものフレンズカバネリのようなものに二分され、

漫画雑誌ならジャンプのようなものは残るが、コミックビームに居たような作家はみんなweb主体に移行すると思う。

皆が知っているが故に合言葉として機能しないコンテンツ

強い個性を持つが、それ故に不特定多数と共有することが難しいコンテンツ

この二つのどちらかに収まろうとする今では

増田の求めるようなコンテンツは出てこないのかもしれない。

2017-02-05

[]

今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 39話

ちょっと話が壮大になりすぎて、ここらへんをとやかく言う気は起きないけれども、そこまでして今の文明破壊する目的が予想外だったね。

上滑り気味だけれども。

行動の壮大さに対して、その理由は大したことないってギャップ演出として大いにありだとは思うんだけれども、それを考慮してなお脱力感のほうが強いと感じたんだよなあ。

まあ、案外そういった些細な思いが活力になるってのも分からなくもないけれどもね。

幽白に出てくる樹ってキャラの「明日『ヒットスジオ』に戸川純が出る」っていう件とかが私は好きだし。

それがこれと同じかっていうと、意味するところも状況も違うし微妙なところだけれども。



僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!! No.62!!

導入部でさらりと必要悪大義名分にしてくる構成に、不覚にもやられた。

豆に対するのが、同じく栄養価の高いものなのも、こじつけなりに考えているというか。

ネタこじつけばかりなんだけれども、節分自体こじつけなんで、その前提が無理なく成立してコメディになっているわけだ。

最後オチとかはそれを象徴しているよね。

トガのコスプレの件で「媚びたカッコをするな」とかバッサリ切り捨てるあたり、かえってヴィラン側のほうが健全に見えるという不思議(ただ、オチの格好を見るあたり、単に趣味嗜好の違いなんじゃねえかと勘繰りたくなるが)。

黒霧が部屋の掃除自身能力活用しているのも興味深いよね。

本作ちょいちょい登場人物たちの個性を変な使い方するスピンオフならではなネタが出てくるんだけれども、本編のヒロアカ世界観の掘り下げとして、こういう些細なことで能力を使う描写もっとあってもいいと思う。



青のフラッグ 1話

この作者はこれまでスポーツものを描いてきて、心情描写表現する点で光るものがありつつも、どうにも所々噛み合わないところがあったんだよね。

なので今回の青春物語に重点を置いた構成は、作家感性を活かすという意味では向いている作風だとは思う(それが読者と擦り合っているかは分からないけれども)。

特に印象的なのは、何気ない一言でバッサリ髪を切ってくる女子に、主人公ドン引きするシーンかな。

ヒロインの見た目が変わるっていう重要イベントを、ああいう風に描写してくるというね。

まあ、メインキャラの見た目が変わるのって割と繊細なポイントから、読者が愛着湧く前に1話の時点でやってしまって、それをヒロイン意志と絡めた構成にしたのは英断だと思う。

頭が良い設定の主人公を出しても作家頭が悪い時はどうなるのか

赤橙ってクソ漫画がそれを見事に証明きている

2017-02-04

なろう作家の大半はそれほど頭がいいわけじゃないだろうしな

と、数年前ランク人気作品を三分だけ見てそっと閉じた俺がいってみる

正直一時間も二時間ト書きみたいな作文に付き合う必要性はないと思った

2017-02-03

越えないべき一線を越えればサブカル死ぬ

アメリカ伝来の文化は30年続いたのに日本では終わってしまった。なぜかと言うと不良文化だったからだ。1990年代意向社会PC化し、道徳化し、マフィア組織が淘汰され警察組織が台頭する中、その文化の住人はそれを貫くことができなかった。結果、サブカルの台頭があった。外を見習って文明開化近代化することで文化社会は洗練されていった。

そのサブカルが下火になったのはなぜか。越えてはいけない一線を越えたかである底辺層が飲み込まれ、(マイルド)ヤンキー文化になり、おりこうさんが嫌気が差して離れてしまった。健気なオタクが離れし、鉄道をみればわかるがヤンキーナイズが横行した。

そんなくそみたいな失敗だからサブカルが何度も大衆から白い目でみられ、地下社会に付きまとわれ、無残な滅亡をするのである。(昔ながらの)鉄道好きがファッショの影響か最近大人しくなっているのも、車好きに社会が寛容になったのも、決して彼らが貧しくなったのではなくまさに自身の行いのまずさに危機感を覚えているからではないかと思う。

昭和平成初期時代には鉄道趣味若者に影響力があったが、今はそうではない。むしろの車とかの方が都市部だけ見ても各地で花を咲かせている。なぜか?当時と違い今の鉄道趣味進化余地がなくなったからだ。そして車とかは逆に進化を再開したのだ。

鉄道文化若者文化として開花していった昭和末期は、珍走団問題で、車・バイクブームが下火になった。1990年代アニメオタクみたいなものであるしかし、珍走団を倒し、自らが勝ち取った安心自由を成長させた。あの暗黒時代に、どうにか努力して外のコミュニティから助けを得た人たちが成し遂げたことだ。

また車・バイクブームアニメオタク文化同様にマスコミバッシングなどで、文化が一度破綻した。これ自体はかなり不幸だが、結果的構造の再編が進み、改革に繋がり、オタク旋風の延命などにつながった。鉄道趣味はまさにこの時期がリセットする機会ではないだろうか?

宮崎勤事件の時にアニメオタクキモヲタはそれで生きていくこともできなくなり、他のオタクに転身した。ゲームオタクアニオタがいるのも、キモヲタ出身作家漫画家が増えているのもそのためだが、彼らが外の優れたものホームグラウンドに持ち帰ったりしたことも大きい。

これは模型好きも似ていて、アニメオタクと同時期に復興を遂げた模型好きでは、プラモデルオタクはみんな転身を経験している。つまり模型オタクは良くも悪くも一般人的な感覚がある。だから、他のみたいにくだらない慣習がなく、自立性があるんだろう。

東日本大震災前には鉄道オタクや車・バイク好きはオタク文化構成員だったが、いまは鉄道オタクと車オタクマイルドヤンキー文化になっている。だが日本アニメオタク文化はいくらオタクとしてどうしようもなくなっても、それを切って伸びしろのある分野に力を注ぐことはしない。結果ボロボロになってやっとマイルドヤンキーとかに身売りされるんだろう。

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170202164701

それはつまりキャラ売春婦(夫)化させて一次のシナリオラインからスピンオフ話で金を取ると。

そいう言う話ならスピンオフといえば聞こえがいいけど、一次の上から制限創作する二次創作に近い環境だね。

ライターは一から作成する話を作るタイプではなく、一次からくらませる二次創作作家のほうが相性がいい。

電子書籍ユーザーはどうするべきなのか

「電子書籍の購入は作家の応援にならない」は本当? 現役編集者に聞いたという記事を見た。まあ、ここのところ何度も繰り返されている話題ではあるが、私も一つ書いてみようかと思う。

以前には、いつまで紙の本に付き合わなくちゃいけないんですか? -電子書籍に完全に切り替えたユーザーの怒りと愚痴をひとまずぶちまけます-という記事があったことを覚えている方もいるだろう。この記事はこの記事でやや偏っているというか、紙書籍ユーザー喧嘩を売っている部分があって(紙書籍をまずい料理に例えていると読み取れる部分とか)、いらぬ反発を産んでいたように思うけれど。

電子書籍ステマ」とか「ステルスポジショントーク」とか言われるのは癪なので予め断っておくが、私は電子書籍業界の一員である。といっても、末端のエンジニアに過ぎないので、業界の詳しい動きや、編集者の考え方が分かるわけではない。
電子書籍業界がこの先発展していって欲しいとは思っているので、これは紛うことなポジショントークである、ということは言っておいた方がいいだろう。

ちなみに、冒頭に挙げた記事に関しては、私はそれほど反感を抱いてはいない。
というより、反感を抱くほど踏み込んだことは書いていないように思う。
冒頭の記事を読んで、「また出版業界言い訳か」と思った方もいるかもしれないが、「電子書籍の売り上げが続刊に寄与しない」というのは、業界の現状としては正しい。
もちろん、書籍の売り方は一律ではないので、作品ごと、作家ごとに個別事情がある。冒頭の記事では、業界全体が一律にこうである、という印象を与えかねない。
ただ、傾向として、電子書籍の部数を評価に入れていないシステムや、評価することのできない編集者が多いのは確かだろう。

しかし、出版業界の現状がそうである、としたところで、ユーザーには何の関係もない。 「まずい料理を食え」と言うのはいささか例えとして乱暴であると思うが、人それぞれ好みがあるのに、自分が嫌いな料理を、嫌いとまで行かずとももっと美味しいと思う料理があると思っているのに、買って食えと言われるのはたまったものではない。当然のことだ。

ところで、冒頭の記事には、

電子書籍ヘビーユーザーと思われる方の、「なぜ電子書籍はいけないのか(なぜ出版社側の都合で紙媒体を買わなくてはいけないのか)?」という意見は、いささか極論と感じましたが、貴重な受け手からの肌感覚での意見として拝読しました。

という記述があった。この点が気にかかった人は多いのではないだろうか。 私もこの点は同意しかねる。「電子書籍ユーザー出版業界の都合を押し付ける」ような発言に対して電子書籍ユーザーが反発するのは当然のことで、極論でもなんでもない。
ただ、明言はしていないが、この発言は「いつまで紙の本に~」の記事に対する反応であると思われる。こちらの記事は内容が過激であったため、この編集者A氏とやらも、やや感情的な答えを出してしまったのではないか
あるいは、「極論」と言うのが当該記事の全体的な語調に対する感想であるなら、頷けないこともない。
つまるところ、この発言に関しては多分に感情的ものであって、参考になるものではないが、殊更にこの点を取り上げて叩くほどのものでもないのではないか、と私は考えている。

電子書籍の話になると、「紙には手に触れることの良さが」「電子書籍プラットフォーム依存が」「電子書籍なら持ち歩きやすい」「紙はかさばる」などといった、紙媒体優位論、電子書籍優位論が現れる。
はっきり言わせてくれ、今問題にしているのはそこじゃないんだ。少なくとも私は、紙媒体電子媒体の利点や欠点理解しているつもりだ。どちらにも利点があって、どちらにも欠点があるので、一概にどちらが優位であると言えるものでもないだろう。
から私は、紙媒体ユーザーに向かって電子書籍を買えとは言わない。そしてまた、電子書籍ユーザーに向かって紙媒体を買えとも言うべきでない。これが私の問題としたい部分であり、恐らく多くの人が感じていることであろうと思っている。

# なお、プラットフォーム依存性の問題に関しては、電子書籍業界人としては真面目に課題として受け取る必要があると思うが、そこはそれである

そもそも、ちゃぶ台を返すようだが、こんな議論意味はないのだ。ぶっちゃけしまえば、たかだか編集者Twitter上で「紙媒体を買え」と言って、たとえそれが多少バズったところで、そうそう影響はない。
電子書籍ユーザー電子書籍メリット見出しいるか電子書籍を買うのであって、出版社制御できるものではない。
作品の売上は出版社広告の打ち方や作者の宣伝などで変わることもあるだろう。しかし、紙媒体でも電子でも、文章の質に差はないのだ。であれば、ユーザー自分が便利だと思うものを使う。

そうは言っても、電書の売上が続刊の目安にならないのなら、作者のために紙媒体を買うべきではないのか、という意見もあるだろう。
まあ、あなたが誰かのファンで、どうしても打ち切られたくない作品があるのなら、その意見を真に受けてもいいとは思う。本当に極僅かな可能性で、あなたの一冊が続刊のボーダーラインを越える一冊にならないとは言い切れない。
だが、たった一人が購買運動したところで、全体に与える影響は微々たるものだ。もちろん、大勢で同じことをすれば影響は出るのだけれど、そんな社会運動じみたことをしなければ支えられないのだとしたら、それは既に構造おかしくなっている。
もちろん、紙を愛する人は従来通り紙媒体を買えば良い。紙書籍電子書籍市場がこれからどう変化するかは私には予測できないが、なくなることはないだろう。

私が一番思うことは、電子書籍を買う人に、それを引け目に感じて欲しくはないということだ。
電子書籍を買う人も、紙媒体を買う人も、それぞれ一人の客で、そこに優劣は存在しない。
しろ電子書籍ユーザーにとっては、市場が大きくなった方がより便利になるだろう。これは希望的観測だが、頭の固い編集者でも無視できない規模に市場が成長すれば、当然電子書籍の売上が続刊基準にもなってくると思う。
から、今現在電子書籍を利用しているユーザーは、この先も気兼ねなく電子書籍を利用してもらいたい。これは私のポジショントークでもあるが、電子書籍市場の拡大がユーザー利便性につながるという理論は間違っていないと思うので、ユーザーにとってもメリットのある提言のはずだ。
もちろん、一人のユーザーの動向が市場に大きな影響を与える訳ではないのは既に述べた通りで、だからこそ、電子書籍積極的に利用すればより便利になりますよ、と言い切ってしまうことはできないけれど。

という訳で、結論を言えば、電子書籍ユーザーは今まで通り電子書籍を買えば良いし、紙媒体ユーザーは今まで通り紙媒体を買えば良い。
こんなことは、別に私が言う必要はないのだ。言わなくてもみんなそうするだろう。
ただ、これだけは言っておきたい。

電子書籍ユーザーに向かって「紙媒体を買え」と言う業界人は、恥を知って欲しい。

後はまあ、私自身も業界の一員として、少しでもより良い方向に向かえるように努力していきたいと思う。
こちらからは以上です

2017-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20170128212032

自分の直接知ってる例だと

父=社会的エリート芸能人作家等で社会的知名度が高い

娘=知能が下の上~底辺権威に弱い

という組み合わせが多いな

ファザコン難易度高すぎぃ

キングコング西野氏の件からフリーミアム時代商法について考える

 キングコング西野氏の絵本が一部の界隈で物議を醸しています

 「曰く、価格を引き下げたら創作者は食べていけない。」

 「曰く、クラウドファウンディング悪用である。」

 この件につきましてちょっと思うところを書いておきたいと思います



 本件と違和感といたしまして、そもそも西野氏の絵本を書いた人はきちんと報酬を受け取っているという事実があるのです。

 そもそもクラウドファウンディングはなんのためにあるかを考えてみましょう。それは初期の持ち出しを先にいただくことで、創作者の財政破たんを防ぐ目的があるのですね。

 つまり創作者はまずは関係者に支払わないといけないんです。

 たとえば同人誌を作った時に印刷代は自分で出しますよね。印刷代って決して安くないですよね。

 当たり前だと思うかもしれませんが、それが負担だと思う人のためにクラウドファウンディングがあるのです。

 この場合印刷屋さんが作家としてください。お金を支払って、同人誌という商品を納品した段階で絵の所有権西野氏に移っている筈でですよね、

 それを幾らで頒布するかは作家さんにゆだねられるはずですよね。印刷屋が自分価値が下がるから幾らで頒布しろよとはいいませんよね。

 ましてや外野がそれをとやかく言うことはできないわけですね。



 この案件は二つのレイヤーにわかれているのだけど、批判している人は混同甚だしいので僭越ながらマーケティング立場から意見を述べると。

 ひとつ営業活動報酬問題、もう一つはフリーミアム時代商売の在り方の二点となる。

 前者は主に批判をしている人たちが話題にしている内容。フリーミアムにしたら自分たちお金が降りてこないから許せないというものなのですが

 この件については別分野で事例が存在しまして。


 http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/article/knp/column/20150123/689831/

 「図面作成営業活動」と設計料の請求を認めず 日軽アーキテクチャ

 

 図面作成デザインワークとして考えた場合、それが締結されなかったらお金が発生するのかという裁判なのですが。

 この件、裁判結果は営業活動における図面作成費用請求できないとある。これは当然の結果で、これがまかり通るとデザイン押し付けて金をせびる商法ができてしまう。

 それで納得いかない場合は次の弁護士事務所


 https://a-dreamlaw.com/business/building/blog/protect-unpaid-reward.html 

 建築設計報酬の不払いを防ぐ3つの方法 弁護士法人淡路島ドリーム


 にある 「1 建築設計契約である以上、契約書は必用です」を適用するしかない。

 ここで知ってほしいのはこの問題デザイン業界固有の問題ではないということ。ほかの業界でこのような判例がでていることを理解してほしいことです。



 もう一つのレイヤータイトルにもありますフリーミアム問題としてなのですが

 人は消費行動に出る際の判断基準として「安心」が大きな要素になるってことをもうちょっと理解してほしいということなんです。

 絵本は決して安くないです。1000円オーバーは当たり前で、これを子供がおいそれと買えるとは思えない。

 大人さらにそう。お昼二食分ではって思うわけですよ。

 そうなると内容がわからないものにおいそれとお金は出せないのです。

 

  内容がわかっているか安心して買えるって仮説につきましては

 https://togetter.com/li/1055708

 「Webで全編公開されてる漫画」を買う人は意外と多いが「中身が分からいから買って確かめる」という人は凄く少ないという話


 に仮説がありましてちょっと興味があったのですが

 内容が伴っていれば実はこれも商売になりうるのではと西野氏の動きを見てそう思ったのです。

 これができる人はある程度財力がある人に限られるし、やったことでこうした批判が集まるから創作者側も強度が必要だったわけですが

 西野氏がこれを行ったことで、ある程度仮説に結論が付きそうです。

 つまるところ、電子と紙書籍は別腹であり、電子無料で読まれることにより、この本にお金を出してもよいという安心感につながったのではと考えています

 この件についてはもう少しサンプリング数を増やしたいところですが、ほぼ間違っていないのではと考えています



 私どもといたしましては批判を行っている方につきましてはこの営業活動問題フリーミアム問題混同しないようにしつつも、自分の身を守る方法をもうちょっと考えていただきたい。

 無理筋批判よりももう少し物事を考えていただきたい。

 そもそも絵だけで商売を行うのではなく、絵を自分付加価値として別業種で利用するとかも考えてほしいという切なる思いでございます

 長々とご清覧いただきありがとうございました。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん