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はてなキーワード: 音楽とは

2016-05-31

スマホ以前の暇つぶし

 現代暇つぶしといえばスマホである電車内や駅のホーム外食店の待ち時間会社の昼休み、どこを見ても必ず誰かはスマホをいじっている。かく言う私もスマホをいじっている。スマホで何をしているのかは知らないが、多くの人がスマホをいじって暇をつぶしている。

 で、ふと思ったのだが、スマホが普及する以前はその時間に何をしていたのだろう。いや、この場合は「スマホ」より、「携帯電話」と言った方が良いかも知れない。まあとにかく外で気軽にメールSNSネット閲覧が出来ない時代に、私たちはどうやって暇をつぶしていたのだったか

 ぱっと思いつくのは、読書新聞音楽くらいである。携帯ゲーム機も昔からあるけれど、年齢を重ねるにつれ、外でやる人は少なくなっていく。スマホゲームをやる人は多いだろうに、不思議ものだ。あとは物思いに耽るか、電車では寝ている人も多い。マイナー暇つぶしは他にも色々あるかも知れないが、メジャーなのはこのくらいだろうか。

 書いていて思い出したのだが、小学生の頃に、母親携帯電話を使って、電車や車でずっとゲームをしていたことがある。まだ携帯電話庶民に普及して間もなく、画面も緑色の背景に黒い文字という、今からすると驚くべき代物だった。ゲームドラクエシリーズの何かで、大したものでもなく、家にあるスーファミと比べると遥かに見劣りするものだったと思うが、それでも私はそのゲームをするのがとても楽しみだったのを覚えている。

 携帯電話という未知の電子機器に魅力を感じていたとか、ドラクエが大好きで仕方なかったとか、そういうわけではない。そのゲームは私にとって、母と二人だけの、小さな秘密だったのだ。

 携帯電話ゲームといっても、それは無料で気軽にできるものではなく、月額でいくらか掛かるものだった。具体的な金額は忘れたが、小学生の私にとっては大金で、母としてもそう易々と許して良いものではなかったのだろう。しかし、やはり母は私に対して甘かった。

 「お兄ちゃん達には内緒ね」

 兄に話すと不公平だなんだと煩いので、そのゲームのことは秘密にしておき、母と二人だけで電車や車に乗っている時だけ、私はゲームを進められた。そして、いつもゲームの話をする兄には言えないので、強い敵を倒しただの、かっこいいモンスターが仲間になったのということを、母に自慢するようになっていた。

 すごいねえ、と私の話を聞いて微笑む母は、きっと何がすごいのかはよく分かっていなかっただろう。それでも私の拙い言葉に耳を傾け、一緒になって喜んでくれた。そんな母の優しさが、そして他愛もない二人だけの秘密が、幼い私にはとても心地よく、いま思い出すと、すこし切ない。

 閑話休題スマホの話だった。いや暇つぶしの話か。ちょっとした待ち時間など、人生には「暇な時間」がとても多く、そのほとんどは吹けば飛んでしまうような、記憶にも残らないものであるしかし、あるいは、私の幼い日の秘密のように、ふと思い出され、郷愁を誘う「暇つぶし」もあるだろう。

 人生における暇つぶし、みんなは何をしてきたのだろうか。そしていま、何をしているのだろう。

2016-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20160528233909

お前何も考えてねえじゃん

神話文学から名前取り出してくっつけるだけの簡単お仕事、アップリケ屋さんかよ

 

プログラムはできません、画も描けません、音楽ダメ

勉強する気もなく消去法でシナリオライターなら~なんて奴に良いシナリオが書けるとも思えない

結局、面倒なとこや大変な部分を全部他の奴にお膳立てさせて、いいとこだけいっちょ噛みしたいってだけ

クリエイター(笑)ってなにをクリエイトしてるのそれ?

 

バンドメンバー募集 プロ志望 当方ボーカル』と同じ臭いのするただの地雷

2016-05-28

の子時代はまだ詰め込み学習が幅を利かせていた時代で、全国展開している塾が満員御礼時代だった。

御多分にもれず教育ママだった母のもとに生まれた俺は、ある程度の金銭的余裕もあり、勉強以外にも多種多様習い事を受けた。

週二日の塾が2つ、毎日の家庭学習教材が一つ、習字そろばんスイミングスクール英会話野球

小学校までは季節毎に活動部活が変わるため(期間制だった)、サッカーバスケ水泳陸上と、受けられるだけの部活動を行い

中学からバスケ部所属し、上記習い事と家庭学習に加えて学校練習量の多い部活を両立した。

今、俺は学歴必要ない、上記の様々な分野とは全く関係ない生活を送っている。

基本的能力が平均的以下な俺は、これだけ勉強しても偏差値63が限界だった。県内一の進学校に落ち、滑り止めの私学に入った時には、

はいつの間にか侵されていた癌で入院していた。

間もなく母は死に、解放された私は全ての柵を捨て、勉学を一切放棄し、成績不振留年が決定したと同時に高校をやめた。

皮肉なことに、高校をやめてから進んだ道が今の職業に繋がっている。

中学卒業までの生活は、基本的苦痛だった。毎日毎日勉強ノルマがあり、母にチェックを得てから眠る日々だった。

習い事ノルマしかなかったので、いか効率的に終わらせるかという一点にしか興味がなかった。

(例外として、学友の多く所属していた野球をしている時、塾の休憩時間にお喋りをしている時は楽しかった。)

興味の無い習い事は、一定レベルまでしか身につかなかった。具体例を上げると、夏休み習字宿題評点で銀賞をたまに貰うくらい。水泳部マイナーな種目の三番手くらい。

時間を費やしても全く成長の意欲が無かったうえに、(あとから気づいた事だが)才能も劣っていたために、ただの器用貧乏が生まれた。

逆に、何もしなくてもいい点数がもらえるものが幾つかあった。教科で言えば国語現国は、何も勉強しなくても90点は取れた。漢字の書き取り以外は間違える気がしなかったし、実際ほぼそうだった。

音楽も同じ様に、リコーダー演奏も平均よりはるかにできたし、小学生時分のイベント特別楽器演奏できるとあらば名乗りを上げた。文化祭学芸会の劇ではサックスアコーディオンを誰に習わずとも独学で勉強し、演奏した。歌は基本的に手本となる生徒だった。

夏休み昆虫スケッチ習字よりも良い賞をもらえることが多かった。


今になって子供時代を振り返ると、なぜあの時に今の道に触れることができなかったのかと後悔する。なぜ専門家の道を最初考慮しなかったのか。

その道は、後になって発見しても遅いのだ。高校入学時に洞窟発見しても、辺りはもう夕暮れなのだ


母に対して思う事はそんなに無い。死んでから時間が経っているのもあるが、上記生活の辛さと、その他少しのいい思い出、それに同情と申し訳無さが合わさってある程度フラットになっている。

ただ、後悔だけが残ってしまった。

2016-05-27

深夜のつぶやき

趣味(音楽)に忙しい夫。

帰宅毎日終電

休日趣味

夫の日常に私と子供が入る隙がないどころか、避けられてる。

家にいても食事、お風呂トイレ以外の時間は自室にこもりっぱなし。

たまに覗きにいったらツムツム、youtube

子供と遊んであげてと言っても忙しいと返される。

私は無職

経済的に自立していないという弱みがあるから行動を起こせない。

いや、起こそうと思えばできるんだろうけど、そこまでの勇気がない。

夜泣きで起きた子が私の乳を一心不乱に吸うのを見て涙が出た。

朝日が昇ったら気持ちを切り替えてまた頑張る。

子供だけは不幸にしない。

おやすみ

2016-05-26

米津玄師歌詞が前向きになって寂しい

音楽知識もないし歌詞解釈とか思い込みが入り過ぎて見当違いなことを言ってるかもしれない申し訳ないと最初予防線を張っておく。

米津玄師最初アルバム「diorama」は一口で言えば「後ろ向き」な作品が多いように感じる。例えば「blacksheep」の「素晴らしい一日始まる頃には夜に暮れる 過ぎ行く毎日 手を振ることすら忘れたまま 」や「何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく」といった歌詞ダウナーな曲調も相まって1日に対する諦観を感じさせる。他にも「恋と病熱」の「誰も嫌いたくないから ひたすら嫌いでいただけだ」「好きなことが少なくなり 嫌いなことが沢山増えた」という歌詞、「vivi」の男女の恋愛の別れを歌い、「さよならけが僕らの愛だ」と締める歌詞(pvだと異形の男と女の子だったが便宜的に)も対人関係に対しての諦めや遣る瀬無さを読み取れる様に思うし、「ディスコバルーン」の「何も知らない夢のまま 死んでいけたら幸せだ」という歌詞は激しい曲調も相まって破滅的な曲であるという印象を受ける。まあ主観だろ!といえばそれまでになってしまうのだが、これらの曲を聴いて「めっちゃ元気の出る曲!」となる人はあまりいないと思う。

因みに米津玄師以前の名義、「ハチ」として活動していた時の曲は後ろ向きな曲もなくは無かったが、ここまででは無かったという印象だ。「クオリア」という曲は孤独少女他者に認めてもらえる、自分認識して貰えるという幸せな結末が描かれているし、暗い中にも明るい希望が描かれた曲が多いイメージだ。多分初音ミクイメージに寄せているのもあるのだろう。

では最近米津玄師はどうなんだという話に移る。最新アルバムbremen」を聞くと大分「前向き」な曲が多くなったと思う。といっても完全に明るい訳ではなく、「絶望もあるけど前を向いていこう」といったようなことを描いているのが多い…と思う…。アルバムは数十曲入っているのに全ての曲をこの一言で当てはめることは余りにもあんまり表現ではあるが。多分当てはまらない曲もある。

例えば「アンビリーバーズ(あ、これ初出はシングルだった)」は「今は信じない 残酷未来なんて」「終わりにしようよ 後悔の歌は」「だから手をとって 僕らと行こうぜ ここではない遠くの方へ」と言ったように絶望認知しつつ、それでも諦めず未来へ行こうという前向きな歌詞で描かれている。また「ホープランド」では「謂れのない嘘や 穢れきったあの言葉に 惑わされないでおくれ それが世界の全てじゃない」「ソングフォーユー 僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる」といった「聞き手希望を伝えようとする」姿勢が示されているように思える。

「diorama」と聴き比べると随分作風に変化が生じたように思う。最近米津玄師の曲は、辛い時に聞くと励まされる…そんな風に変化している。ある意味健康的になったとも言えるのかもしれない。

個人的に今の方面の曲もすこぶる好きではある。のだが、「blacksheep」「恋と病熱」の気怠い感じや「ディスコバルーン」の破滅的な曲がとても好きだったので、最近その方面の曲が聴けないというのが少しばかり残念なのである

寂しい…なんて随分自分勝手表現を使ってしまったが…まあ1ファンの見当違いな戯言である

2016-05-25

アイドル」とか「シンガー」について

(本文主旨からみて不必要な箇所を削除しました)





エルビスビートルズは当時、アイドルだったわけです。

もともとは音楽を作るだけのシンガーバンドの、顔写真を売ったり映画に主演させたりするのが「アイドル商法」。

これは、ポップス史的には常識なんですけど、「アイドル商法」を発展させて洗練させたのはビートルズです。

からシンガーであると同時にアイドルでもある、というのは普通なんです。

ビートルズは前期においてアイドル商法を極めたんですよ。でも、後期になってそういう自分たちアイドル商法批判したわけです。それがポップス史の常識

から、「シンガーソングライターからアイドルではない」というのはおかしい。

もっと言うと「アイドル商法批判するというアイドル商法」もあるんですけど、面倒なので省略)





アイドル」というのは職種問題ではなくて、売り方の問題なんです。

アイドル的なルックスを売りにしてたらそれは「アイドル」です。

アイドル的なルックスを売りにしている料理研究家」がいれば、そのひとは「アイドル料理研究家」。

からアイドルシンガーソングライターかが問題なのではなく、

アイドルルックスを売りにしてるのか、そうでないのか」が問題なわけです。

 




これは「美人かどうか」の問題ではないのです。

いくら美人であっても、プロフィール写真記念写真をアップした程度では、「アイドルみたい」とはみなされないわけです。

アイドルみたいな写真を撮るためにはそれなりの技術必要です。

アイドルみたいな写真を多数アップしてるということは、アイドル的なルックスを売りにするという営業方針があったということに他ならない。


 


「売れないミュージシャン」枠のひとのほとんどは、自分顔写真ネットに多数アップするということはしないのよ。

というか、ほとんどの日本人ネット上に自分の顔をいっぱい晒すということはしません。ミュージシャンもそれは同じ。

いやもちろん、事務所から「顔出したほうが売れるから顔出せ」って言われれば顔晒すと思いますよ。

でも、ミュージシャンが売りたいのは自分の顔じゃなくて「音楽作品」なんだから積極的に顔をネット上に晒すということはない。




ネット上には楽曲投稿サイトみたいなのがあって、そこにみんな自分楽曲投稿してるんですけど、みんな顔だしてないんですよ。





自分の顔を積極的に出さなシンガーソングライター」と「アイドルルックスを前面に出すシンガーソングライター」は別枠です。すくなくとも業界的にはそう。

から後者アイドル表現するのはおかしくない。アイドルではなくシンガーソングライターかいってるほうがおかしい。





たとえばですよ、「美人プロブロガー」がいたとします。

自分アイドル的な写真ブログにに上げて、それに吸い寄せられてきたひとと親密なやり取りをする、



ありえないですよね。もし、そんな人がいたら、みんな「危ないからやめとけ」って言うんじゃないですかね。

被害者の人がやってたのはそういうことなんですよ。

それに対して「アイドルじゃなくてシンガーソングライター」みたいなこと言って、それになんか意味があるんですか。




もっと言えば、「アイドル的な写真ネットに多数アップしてファンと親密なやり取りをする」というのは、二十歳の女の子が何のサポートもなく一人でできることではない。

普通の人はそんなことできないんですよ。どう考えても、彼女サポートしている大人がいたはずなんです。その大人たちのリスク認識が甘かった。

それが今回の事件本質です。




ちきりんじゃないほうのチキりんもこの話題に参戦してきて、「これはアイドル案件じゃなくてストーカー案件」とか言ってるけど、あぼかど。

京都在住者が東京在住者のストーカーになってナイフで察すというのは、普通あり得ないです。

じゃあどうしてそうなったかというと、それは被害者とその周りの大人が、

アイドル的な写真ネットに多数アップしてファンと親密なやり取りをする」という最近アイドル営業手法採用しておきながらリスク認識が甘かったから、

です。




そこをスルーしちゃったら問題矮小化することになる。

吉田さんがそこのところを全く理解してなかったというのがちょっと意外だった。

ブクマ家連中がバカなのはいつものこととして。

チキりんにもちょっと失望した。







アイドル的な写真ネットに多数アップしてファンと親密なやり取りをする売れないシンガーソングライター」と、

ネットであまり顔を晒さなシンガーソングライター」は別枠です。そこが重要ポイントなんです。

から、「アイドルじゃなくてシンガーソングライター」という論理意味がない。

京大生が専業主婦選択した話が正直胸糞悪い

http://anond.hatelabo.jp/20160524045830


この増田が色々言葉遣いが悪いというか感情的な部分もあるのでブコメ脊髄反射的なのが多いけど

俺もこのエントリは少し問題があると思う。

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352


問題点は3つある。

ノブレスブリージュの考えがない

音楽学を馬鹿にしてる

■「女であるのが悪いのかとか受精卵が云々」とつながる話がまったくない


現代日本民主主義だし、自由主義的な考え方も浸透してるし俺もそういう点はいいことだと思ってる。

でも国立大学学生学歴を与えるために学問を収めさせてるわけじゃない。


学生教育を施すことで社会がより良くなるために学問を修めさせてるわけだよ。

その為の税金は多数の国民から徴収されてるし。


もちろん、そういう学問を修めたけど結果として失敗して

全然関係ない職業についたとか、学歴に比べると社会的評価の低い職についてしまった。

っていう「失敗」によって専業主婦になったっていうならぜんぜん問題ないと思う。

少なくともおおっぴらに責めるのは違うかなとは思う。

他にもベンチャー企業を立ち上げて儲けようと思ったとけど失敗して借金塗れになったとか、ポスドクの人が悪いのかって言えばそれも悪くないと思う。

投資マクロ視点で見て、その一部がある程度失敗するのは仕方ないし当然ではあるよね。


けど、あえて専業主婦になったっていうならそれは違う。

エントリではあえて専業主婦選択したって言ってるよね?

京大音楽学科に入ったけど就職先がなくて専業主婦になったんならわかるよ。

けど違うよね?

ただ、勉強たかたから入ったって本文で書いてるよね?

それは国立大学では少なくともおおっぴらにするべきことではないと思う。

私立なら違うとは思うけど。


それともう一つこの人は言っちゃならないことを言ってる。

社会貢献とは、わたし勉強法わたし高校時代の様子をお前の子供に教えてやることなのか(教えてやらなかった)。研究を続けたら続けたで、音楽学は即座には社会の役に立たないことを、お前はどう説明するのか。なぜか音楽学を音楽社会学しか言わないお前にとって、たとえばシューマンオラトリオ楽曲分析は、社会貢献だと言えるものなのか、どうなんだよ、つまるところ、自分と同じ苦労をどうにか味わわせたいだけじゃないのか。自分言葉で答えてみやがれ。

これってさ、「即座には社会の役に立たない学問」を必要ないって言ってるのと同じことなんだよね。

大学文系学問とかを設立してるのって即座に役に立つわけじゃないし、目に見えやす社会貢献をしてるわけじゃない。

からたかやすいわけだけど。


でも、今現在一応文系学問によって社会が豊かになるとか文化が豊かになるとかそういう社会的な貢献ができるから国立文系学部があるわけでしょ?

文学研究することで社会に貢献してる。

少なくともおれはそう思ってる。


当然音楽だって社会に貢献してるはずなんだよね。

もちろん即座に反映されるようなもんじゃない。

でもどっかで文化的に貢献してるはずだし、私達の心を豊かにしてくれている、あるいは将来的にしてくれる可能性は高い。


それをこの人は自分音楽学を学んでいるにもかかわらず否定している。

というか考慮すらしていない。

これは大学に通ったことがある人の態度としては最低中の最低、下の下だ。

現在音楽学に携わってる人を馬鹿にするような行為だと思う。


国立大学に通ってる人は(自分選択して)専業主婦になってはいけないとかいう言うわけじゃない。

けど上位に立てる可能性がある人間ノブレス・オブ・リージュを求められるもんだよ。


重ねて言うけど、挑戦して失敗したんなら全く文句はない。

あるいはまともな人生を遅れる可能性が低いと思って、違う選択をしたんならそれもまぁ仕方ないかなと思う。

けど、選択肢がありながらこっちの方が私が幸せから専業主婦を選んだのはあまり開き直れることじゃないと思う。

少なくとも京大の話と絡めて話すべきじゃない。


なんかあの記事を書いた人の思想旧態依然としたジェンダー観とか文系を本当は必要ないって思ってるような嫌な思想が見え隠れしてるんだよね。

記事のいくつかで女性であることがわるいのかみたいなこといっててそれに騙されてそうな人がいるけど正直胸糞悪い記事

少なくともはてなリベラル派は肯定しちゃいかんと思う。

つうか受精卵がどうとか言ってるけど専業主婦選択した話とかと全くつながってないんだよね。

あれは何なの?

騙されて味方になる人が増えると思ったから無理やり入れたの?

あの記事内容薄くて本人のバックボーン全然見えないからもう少し詳しく聞けば事情があるのかもしれない。

けど、本文の内容自体はあまり褒められたもんじゃない。


余談だけど日本人寄付する文化がない理由ってのをまざまざと見せ付けられた気がする。

2016-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20160524221310

聞いて分かんないなら批評しない方がいいと思う

みんな音楽なんて感性で聞いてるんだから

嫌いな音楽分析なんかしたって意味無いよ

まぁぶっちゃけ個人的にもギミチョコ微妙

紅月,Road of Resistance,KARATE,最近だとシンコペーションあたりが鉄板

慣れてきたらドキドキモーニング,イジメダメゼッタイ,あわだまフィーバーがたまらんくなる

最近の何が良いのかわからないもの

babymetal。ギミチョコという曲を何かのテレビ歌番組で見たのだが、これが見てるのが辛いくらい何が良いのかわからなかった。

それからしばらくたって、そうは言っても海外でも注目されているらしいし、もう一回確認した方がいいんじゃないかと思って、Amazonミュージックでギミチョコを聴いてみた。

やっぱり何が良いのかわからない。

音楽なんて聴いて良さが分からないもの説明されたってわからないだろうけど、できれば自分好き嫌いとは別に、世の中で評価されているものがなぜ評価されているのか知りたい気持ちはあるんだよな。

http://anond.hatelabo.jp/20160524171614

おっミュージコロジーだな。自分のいた学校は珍しくて、自分思想系にいたが音楽学科も一階下だったので、よく見かけたわ。何かそこに来るしかないような(俺らもそうといえばそうだったけど)人が多かった印象。

言い方を変えるだけで恨まれる機会が減る

おすすめ音楽を教えてください」

と聞かれたので教えたら

「これはおなかいっぱい」



こういう言い方をしたらいい感じはしないですね。

初めてお話するような方だった場合第一印象で悪いイメージが付きます



その価値自分とはあわなくても言い方を変えるだけでいいんです。

よく自分のことを毒舌だと自己紹介している人いますよね。

こういう人は本当に毒舌を好んでいるわけではなく、ただ言葉の言い方を知らないか毒舌になるだけなんです。

人と話すときに言い方を意識して人に恨まれない豊かな人生を過ごしましょう。

http://b.hatena.ne.jp/entry/seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

音楽」と「音楽学」はまったく違うってみんな分かってる?

あと音楽学って人文科学系の学問のなかでも専門性も身につけにくくて、なにかときつい分野だよ。


音楽学というと音楽家についての研究作曲家、曲など)や音楽史(音楽ジャンルの変化など)が多くて、がんばってる人だと一次資料を読み解く労力と能力がすごかったり、まだ生きてる題材(作曲家や団体など)に対して情報を足で稼ぎまくっていてすごい人はすごい。

だけど、分野全体が文系研究分野の古いところが色濃く残っていて、大多数の(修士以上の学生の)研究一般化と論証がすごく弱い。文系研究で発生しやすい悪い部分が出まくったような研究がほんとうにが多い。

工学系あたりの手順をちゃんと踏んだ修士以上の研究なら、どんな人のでもある程度形になっていると思う。けど音楽学ってその手順の部分が弱く(ie. 身につけにくい、古くてアップデートされていない)、どうにもならない人が発生しやすいと思うよ。

教養」に遣うカネがあるなら「実学」に遣え

国費で音楽学専攻の学生を育てるくらいなら、その分医者看護師を増やした方が余程国の役に立つだろう。

それでも「教養」のために国費を遣う意味って何なんだろうか。

バブルの頃に企業が「メセナ事業」とかいって美術館を作りまくっていたことがあったが、それと同じようなものか。

http://anond.hatelabo.jp/20160524045830


1)教育投資じゃない、権利だ。憲法を読むように。

  だいたい、投資だというなら個々の学生にかかっている税金京大だろうが地方大学だろうが大して変わらん。

  東大京大だけ過剰な期待をされるのは変だろ。

2)それによって獲得した知識や教養をどう使うかというのは100パーセント個々人の自由で、個々人が自分能力自由に使うことで総合的にはその国の文化は向上する、というのが大学制度の前提。

  専業主婦だってやれることはいくらでもある。

  獲得した知識の使い方の評価制度を導入するのは全体主義国家

3)だいたい、音楽勉強してまともに稼げるはずはないでしょ。

  学部で得た知識をきちんと還元しようと思ったら、博士まで行かなきゃならないし、博士まで行ったら絶対食えないから(音楽学の需要なんてそんなにないから)ドイツ語非常勤講師バイト掛け持ちで年収100万円ぐらいの生活を送って、婚期を逃して…、ってことになって、そうなったらどうせ結局同じこと(「京大まで行ったのに」)って言うでしょ、君たち(自分が、音楽学ではないが、そういう状況にあって、そういうこと言われるから言うわけだが…)。

  

[]まじで教育はタダだとでも思ってんの?教育投資だろ。

http://seramayo.hatenablog.com/entry/2016/05/23/121352

この記事を読んで、ブコメまで見て思ったんだけど、

国立大税金のおかげで教育してもらってるのにもったいない」という意見に対して

教育費用対効果とか考えてんの?ばかじゃね?」

みたいな意見があって、スター一杯集めてて驚愕した。


費用対効果は当然考えるだろ。

教育を何だと思ってんの?

次世代への投資だぞ?

なんで国は回収出来もしない遊びでやってくる大学生のためにお金使わなきゃいけないの?

ボランティアじゃねーんだぞ?

教育は受けられて当たり前、とか思ってんの?

高校生授業料無償化とか言ってた時点でなんか変だなー、とか思ってたけど。

とうとう大学まで「行けて当たり前」って考える人が増えちゃったの?どうしちゃったの?



しか挙句の果てに

音楽学なんて学んだって社会の役に立たないからいーよいーよ」

だってさ。ふざけんなよ。じゃあ何で大学行ったんだよ。何で音楽学学んだんだよ。

趣味のためか?「わー、着付けできたら楽しそう♪」「わー、茶道できたら楽しそう♪」みたいなお稽古事のノリで大学勉強したの?

国のお金使って?馬鹿にしてんじゃねーよ。うちら君のお稽古代払うために働いてるんじゃないのよ?

ガチ音楽やっている人にも失礼だわ。

(オケやりたいんなら音大行けばよかったのに)

音楽学を社会の役に立てられる人にその席を譲って自分私立行くなり独学でやるなりお稽古に通うなりしろよ。

なに国の予算使って勉強して「役にたたないか専業主婦しますね」とか言ってんの?

それを擁護するブコメブコメだよ。

役に立たない学問のために税金使ってんの?

おかしいだろ。



お金がなくて大学に行けなかった人のこと、

音楽学やりたくって京大受験したけど落ちちゃった人のこと、

本気で音楽学やってる学生のこと、

考える余裕はなかったの?



学べること、当たり前だと思ったの?

教育を受けられることに、感謝はなかったの?

大学でみんなが学ぶことって、

すご~く昔から本当に沢山の人たちが、頑張って研究して、

ちょっとずつちょっとずつ知識を貯めていって、

体系付けられた形にしていって、

それを教授たちが頑張って勉強して、その集大成をみんなにわかやすいような形にして、

ようやくみんなが勉強できるようになるんだよ?

その教授を雇ったり、研究を進めるお金があるから

みんな、大学最先端学問に触れられてるんだよ?

本気で、大学で学んだことが社会で役に立たないと思っているんなら、

大学なんて行かないで欲しい。

高卒就職して欲しい。

高卒就職したって、大卒より稼ぐ人居るよ?

何で大学に行くの?勉強したいからじゃないの?

主体的に学ぶってどういうことか」

を体得するために大学ってあるんだよ?趣味なら生涯教育でも受けててよ。

日本はもう、そんなに豊かじゃないんだよ。

趣味勉強する人のために税金投入できるほど、余裕は無いんだよ?

色んな所で研究費削られて、研究活動もままならないんだよ。




国に、支えてもらうためには、

私達も、国を支えないといけないんだよ。

私たちバブル期にためた貯金を、もう使いきろうとしてるんだよ。

分かってくれ。大学は遊びじゃないんだ。

専業主婦になったって良いけど、

「なんでもったいないなんて言われるのかしら」

っていう、メンタリティは、多分、間違っているよ。




http://anond.hatelabo.jp/20160524012315





追記

ブコメ読んだ。面白かったよ。

バブルについては勘違いしていたみたいだ。バブル高度経済成長にすればおかしくないか

いずれにせよ、過去貯金日本研究がなんとか持っているのは事実だよ。

あの頃の資金がなければカミオカンデは作られなかったろうし、ノーベル物理学賞も得られなかったろうな。



自分は、専業主婦無駄だってうつもりは無いよ。

(本文にも専業主婦への投資が失敗だなんて書いてないのは読んでもらえればわかると思う)

専業主婦だっていろいろあるしさ。大家族を切り盛りするにはそれは専業主婦としての能力必要だろうし。

家庭として構成員家事育児を担って他の構成員仕事に集中するという役割分業はメリットも大きいだろうと思う。

自分は、労働する親の姿を見せることこそが最高の教育だと思っているけど)

でも、専業主婦しろ社会人しろ研究者しろ自営業しろ

国や親に教育を受けさせてもらった恩恵に対しては、感謝の念があってしかるべきだと思うし、

与えられた恩恵は返すように努めるべきだと思っている。



国と個人を別々に考えている人が居るみたいだけど、何でなんだろう?

国は個人の集まりだぞ?国と個人は敵対関係じゃないぞ?

なんで生活保護の話で「もらえるもんはもろとけばええんや」っていうのは非難されるのに、

高等教育に関しては「学ぶだけ学んであとは個人の好き勝手にすりゃええやん」っていうのが許されるのか?



教育投資だよ。

それは、もちろん全て回収しようと思っているわけじゃない。

いろんな可能性に投資するのが教育だっていったらそのとおりだけど。

でも、そもそも全く大学勉強を役に立たない、と思っている人に投資するのはやっぱりおかしいよ。そりゃただの詐欺よ。

「みんな、うちの株買ってねー!まぁ、それで社員が豪遊するんだけどね!」

って言われたら流石にその会社には投資しねーべ。

四大で学んだら(特に宮廷はかなり国費が投入されているし)、

教育を受けられたことに感謝しながら、社会に貢献するように努めるのって、そんなにおかしいか

そんなに社会主義的か?ふつうのコトだろ、受けた恩を返すのは。

その自覚がないなら、大学なんて行くなよマジで





まぁでも、

あのえんとりーで自分いちばんムカついたのは、

京大カード

ただの中身の無いマウンティングカードとして使われたことなんだけどね。

2016-05-23

日本80年代歌謡曲の源流は今も生きているか

CDを買わない若者だけど

> たまにテレビで昔のヒット曲を振り返る番組とかやってるの見ると、80年代辺りはいい曲だなって思うのが多い。

> 何でああいう良さが現代に受け継がれてないんだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160523225722

ひとつは、生存者バイアス。長年残って今でも紹介される曲は、優れた作品だけ。

ちなみに、80年代歌謡の流れを汲むアーティストもたくさんいるし、いい曲もたくさん書かれてるけど、テレビオリコンチャートなどの表舞台に登場しない。

まり売れてない。誰もがCDを買う時代じゃなくなったので、少数派が聞く音楽が、市場価値を持たなくなっている。

アイドルとかアニメソングとか演歌とかの固定客がいる音楽のほかは、マイルドヤンキー層に好まれる、誰にでもわかる簡単な歌(EXILE西野カナみたいな)しか売れなくなってるから

逆に、今80年代ニュアンスを徹底的に研究して曲を作っている人は、ゲーム業界とかアニメ業界とかの音楽担当に多い。

あとは、K-POPとか台湾とかタイとか、アジアの各国も日本過去アイドル歌謡を徹底的に研究し尽くして、取り入れてるよね。

自分ヤバいファンなっちゃうんじゃないか不安

刺された女性アイドルではなく、インディーズシンガーソングライターだ、って発言してる人たちがいて

それ読んでヒヤヒヤしてる。

最近インディーズ音楽活動をしてるミュージシャン男性)のファンになってしまって

月に2〜3回ライブ行ったり、音楽好きな友達何人かににその人のCDをあげたりしていて、それくらいなら自分普通ファン範囲内だと思うんだけど

これ以上エスカレートしていったら自分ヤバいファンになってしまうんじゃないかって思って怖い。

ライブ終わったあととか、本人を見ると緊張してキョドるし話しかけるとかも無理だし目も合わせられないけど

もう何か月もの間ずっとライブ行ってるから、向こうも顔を覚えたみたいで、この前会釈されてしまった。

ライブを見るのはすごく楽しいけど本人に存在認識されているのが苦痛から早く売れてもっと大きな会場でライブするようになって客の顔なんて見ない人になって欲しい。

2016-05-20

隣人のSEXを笑うな

当方各部屋にテレビアンテナさえない底辺シェアハウス住み。

壁薄いから、隣室の生活音丸聞こえ。

住人(大半はベトナム人中国人)がうるさい。

大音量音楽かけたり、ラジオ流したい、歌ったり、怒鳴るように声張り上げて会話したり。

日本人とは騒音に対する感覚がまるで違う。

宴会でもやってるのかと思って覗いてみると、ただ夕飯食ってるだけだったりする。

壁薄いか自重するなんていう配慮もない。

深夜早朝でもお構いなし。



私の隣室に住むベトナム人夫婦もうるさい。

でも、数日にいっぺんくらいの頻度で『ラジオけが大きな音で流れている』ことがある。

いつもはラジオ聞きながらベチャクチャ大声で騒ぐのに、この時だけ会話一切なし。

時々ベッドの軋む音がするだけで、つまり""そういうこと""なんだね。



辛い。



こちとら右手恋人じゃ。

まぁ私も大人なので、小児じみた意趣返しなんかするつもりはサラサラないけど、やはり夜は静かに過ごしたいわけで、ラジオボリューム落としてよと頼みに行くわけ。

ちょうど盛り上がってきたところで、



 私「静かにしてくれるかな?(ゲス顔)」



と、隣室までお願いに行く。

ドアをノックすると、毎度イキった表情の旦那が出てきて、片言の日本語で「ゴメンネ、シズカニスルヨ」とか言う(口先だけで静かにはしない)。

このベトナム人夫婦のたくましいところは、私が伺ったあとも続きをする点。

ラジオボリュームを落として(あんまり落ちてない)、何食わぬ顔で再びギシギシ音を立て始める。

アンアンは言わないけど、アンアン言わなければギシギシはOKという感覚らしい。

ギシギシ→静かにしてよ→シズカニスルヨ→ギシギシルーティンを毎度懲りずに繰り返す。

神経が図太いというか、米帝戦争で負かしただけのことはあるなぁ。



最近はもう飽きてきたので、いい加減静かにして欲しい。

シャウエッセン増田食べるベタスマン背っ江宇ゃし(回文

朝の素敵な音楽で目覚めたら、

久保田利伸が流れてたわ。

わずシャウエッセンを食べたくなる気分になっちゃう。

でも、朝からシャウエッセンはいかないので、

今日はお弁当を作ることにしたわ。

ご飯にシャウエッセン

色とりどりなシャウエッセンがお弁当を華やかにしてくれるわ。

ちょっぴり今日のお昼はピクニック気分ね!

久保田利伸って

よく聞いたら2人隠れてるからね!

久保田としのぶ。

うふふふ。




今日朝ご飯

モーニングマクドナルドで、

1人でやってるもんだからお客さん混み混みなのよね。

なんか、レジのところに10分くらいも待つのしんどいわ。

朝の貴重な時間がDight Nothing's!

デトックスウォーター

野菜物の新作を考えたいと思いながら安易果物を使うわ。

グレープフルーツウォーターよ。




すいすいすいようび!

今日も頑張りましょう!

悪口が止まらない私。批判しか承認欲求を満たせない私。

もっと言うと、それしか特技がない。それをようやく受け入れて認識したのはつい最近の事で舛添氏の公金問題が出た時に何故彼があそこまで歪んでいるのか、下世話な事を考えていた瞬間だった。

私は、怒り・もどかしい気持ちを抱いた人間に対して、無意識脳内で「あーだこーだ」考えてしまう。もっと言うと、自分が「この人って卑しい人間だな」と感じる対象にのみ考えてしまうのだ。褒められた話では全くないけれど、唯一他人世間から認められたりする事が、そういう悪口にも似た批判の内容だ。

他の事は丸っきりダメだけれども、唯一どんな人とも相応以上に会話が成立して「増田を呼んで、増田意見も聞いてみよう」と呼ばれたりする。けれども政治経済文学音楽、数理関連の話や抽象的な会話を投げられても、ちんぷんかんぷんで。あくま自分が関心のある卑しい人間に対する悪口しか、話せないのだ。

全国紙の各新聞社の論説記者達や学者有識者が集まる機会に(舛添氏ではない)某人物の話題が出た。自分自身も某人物に対して日ごろ思う所があったり、正直言って「卑しい」と思う対象だったので、つい話してしまった。皆、一様に「鋭い」と言っていた。中には「ああ~!」とか「あっそれだ!」とか言われたり、大笑いしていた人も居れば、思いに耽りながら「僕もこう思ってるんだけど、こういう所は?」と話を繋いだり、とにかくハイスペック人達と唯一渡り合える武器が「悪口」になってしまってる。実を言うと、自分定型発達ではあるがグレーゾーンスペクトラムだ。つまり発達障害者で、手帳は持っていないけれど、今まで生きにくさを度々経験してきた。唯一人並み以上の事が出来るのが「悪口」。

それから、これは自分では思っていないのだけれども「話を引き出すのが上手い」と度々言われる。けれど、これはその時の相手との相性にもよると思っていて。それがどんな時・どんな相手なら、上手くいくのかは自分でも把握できない。うまく行く時はいくけど、そうでないときは全く…といった具合。自分の傾聴力が、どんな人に対してなら合うのかなって問題なだけな気がする。

「卑しい人間に対する悪口批判」。これが活かせる仕事って何なの?というか人としてどうなの?と自己嫌悪で一杯で。その一方で、「優秀なんだな」とか「健常者」に見られるのが、そう言った悪口で「あーだこーだ」言ってる姿なので、承認欲求が満たされているというか…そう言う矛盾した気持ち自分の中で抱えてる。

母は昔から自分を「あんた、批評家ね…」と言っていたり、学校悪口に華を咲かせていてもいわゆる「よくある井戸端会議」なんだろう位に思ってた。

彼・彼女人生のどの段階で躓いたのか、何がキッカケだったのか、成育過程は?生まれ育った出身地は?元々どういう性格人間だったのか…「卑しい人間」の正体や原因を知りたいというか、人に対して悪意を抱きたくない、理解したい、という気持ちや悪や汚れへの好奇心さえ抱いている。

自分はよく、極端な人間と言われる。能年玲奈じゃあないけれど、「生ごみか、リスペクトな奴か」の二つで、悪口を言っている時の自分後者らしい。それ以外は、その場の環境に左右されて、その時によって生ごみの度合いが違う程度。でも、自分でも共感できる悪口対象になると、本当に環境に左右される性格なのだろうか、と思うほど、「それなりの」人間でいられる。

こんな自分が出来る仕事って何なんだろうって、本当に悩む。

犯罪心理学領域なのだろうか…。臨床心理士さん?

長々と書いてしまってごめん。ここまで読んでくれて、どうもありがとう

2016-05-19

最近どんな音楽聴いてても飽きがきててマンネリしてたから、買ったまま特に聴いてなかったジャズを聴いてみたらすげーよかった。なんつーか各パートが際立ってるしインストとして聴いてても飽きない。エモい。やっとジャズ聴く気になってきた。

よく「洋楽聴く意味がわからない」って人がいるけど

あれって外国人邦楽にあまり興味を示さな理由と同じだと気づいた。

英語の歌をわざわざ聞く意味がわからない」って感覚はわりとメジャー感覚で、そんなに少なくない人がこういう理由洋楽を聴かないらしいんだけど、

それと同じように「日本語(というか他国)の曲をわざわざ聞く理由がわからない」って感覚外国人の中でもメジャー感覚なんだと思う。

日本でも外国でも、音楽好きな人自国だけでなく他国の他の言語音楽をどんどん聴こうとするけど、

大多数の人はそこまで入れ込んでないというのはどこでも同じだから日本人洋楽を聴かない人と外国人邦楽を聴かない人の感覚は似ているんだろう。

注釈をつけくわえておくと、「そもそも日本の曲なんてマイナーもいいところ」というのはもちろん前提としてある。

あと、「日本音楽より外国の方が優れているから聴かれないんだろ」というのは全然違う。

2016-05-18

「iTunesStore廃止でAppleMusicに統合」的な噂話で

「将来はオフライン環境では音楽が聞けなくなるのか」と嘆くような反応が散見されるが、

AppleMusic(および他の音楽ストリーミングサービス)でも普通にオフライン再生できるっていうのはあまり知られていないのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160518031024

にわかが表面だけ聞いて音楽を楽しんでるとか片腹痛いよね

音楽理論への深い造詣と言葉への理解があってことはじめて音楽を味わえるというのに