「音楽」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 音楽とは

2016-09-28

久しぶりに来来キョンシーズを観た

テンテン可愛かったなぁ。

スイカ頭面白かったし。

デブ隊長も好きだった。

海賊キョンシーとかカゲカゲ山のキョンシーとかバンボロキョンシーとかも懐かしかった。

音楽も良かったよな。

懐かしい1日を過ごせた。

過去を思い返すって大事だね。

音楽をやっていた訳ではないので、実践でどうとか理論とか詳しくないのだが

日本語詞に関しいては、「強さ」より「ナイーブさ」の部分を言い当てられた時の方がグッとくる。

自分の中に残ったどうしようもない感情とか、記憶を引っ張りだしてくる身体感覚とか、ちょっとナルシスティックな決意とか陶酔とか。

そこが濃すぎると「うぇぇ、ガキか」ってなるんだけど、ないと自分の中にある、他人と共有できない「個」の部分にいまいち刺さって来ない。

「いや、言ってる事はそいなんだろうけど、それは誰に取ってもそうなんだろうね」みたいな内容だと、なかなか感情までは来ない。

飲み食いしながら話して「そうそう、そうなんだよね、わかるよ〜、この前わかんないって言われたけどさ」位の塩梅がハッとさせられる。

2016-09-27

ライブで棒立ちの人が

めっちゃ羨ましい

俺は周りの奴らに合わせてクラゲの如くたゆたっちゃうけどさ

本当は瞑目の中で只只管に音楽を鑑賞したい

荒ぶる渦のさ中で身動き一つせず旋律律動を味わう君にShitする

弱い29歳にして様々な趣味や楽しさや興味が急速に失いつつある

・食欲 ×

・性欲 ×

睡眠欲 ×

音楽 ×

恋人 ×

風俗 ×

エログッズ ×

グルメ ×

スポーツ ×

ゲーム ×

アニメ ×

同人 ×

漫画 △

読書 ×

歴史 ×

家族 ×

コミュニティ ×

映画 ×

ボランティア ×

ジェットコースターバンジージャンプ ×

勉強 ×

仕事 ×

コレクター ×

フィギュア ×

SJW ×

ポケモンGO ×

モバマス ×

艦これ ×

イングレス ×

・VR ?

政治 ×

増田 ×

 

今一番熱中しているのは糖質管理

俺の人生なんなんだ。

朝6時台にピアノを弾くのは

流石に迷惑行為であって、受け入れられない人が

協調性無い」「地域に溶け込めてない」って言われるような行動じゃないと思うんだ。

自分の好きで弾いてるんだから自分の家で最大限防音処理して、それ以上限界漏れ聞こえるのを

周りが我慢するか音楽耳栓等でマスクするかが最低限であってほしい

音量最大窓全開はやめてほしい

2016-09-26

感動ポルノハイドラマロードラマ・試論

ポルノポルノたる所以は、女性の複雑な主体性無視して、その劇中での人格を観客である男性性的興奮を刺激することのみに隷属させることにある。


で、24時間テレビ〜バラバラ近辺で知られるようになった感動ポルノもまた同様に、障害者の複雑な主体性無視して、その番組中の人格を観客である健常者の感動を呼び起こすことにのみ隷属させることを指している。


食欲ポルノ(?)もまた、料理本来の複雑なありようを無視して、その映されかたを視聴者の食欲を刺激することにのみ隷属させることを言う。つまり本来不要クリームなりチーズなりが、本来不要なほどに熱せられて溶けしたたっていた方が美味しそうなのであればそう見せる、ということだ。


からポルノか否かの違いは、岡田斗司夫が言うように安直であるかどうかと言ってもいいのだが、同時に彼が言っている「感動させようとしているかどうか」にはない。


そんなの、誰だって感動させようとはしている。


ただ、感動させようとするときに、時に失われそうになる題材の複雑なありように気づけるかどうか、気づいた上でそれを尊重するかどうかにこそ、ポルノか否かの分かれ目はある。


クライマックスいかにもなBGMを流すことを岡田安直否定するが、話はそう単純ではない、


例えば対位法はいかにもハイドラマ雰囲気を出す手法と言えるが、何故そうかといえば、例えば残酷なシーンであればそれが持つ複雑さの中にある悲しさや可笑しさをBGMに担わせれば対象の複雑さの一端が担保されるからである


しかし、本当の現実に寄り添えば、そもそもBGMなんて流れないわけで、何かしら音楽を流した時点で対象の複雑さを毀損してるとも言える。


それでも、繰り返しになるが何かしらの芸術的作品を作るからには誰だって受け手に感動してほしいと思っている。ただ世界の複雑なありようが描かれていればそれが正義だ、と言うことでもない。


なるべく複雑さを保ったまま、感動に向けて受け手誘導したいというのがすべての作り手の想いだ。


からポルノか否かの分かれ目は作り手の意図にあると同時に受け手の読解力にもある。


複雑さが捨象されていることに鈍感であれば何でも(ターミネーターでも)ハイドラマに思えるだろう。


あるいは逆に、一般にはベタでも、敢えてそこに身を委ねる可笑しさや悲しさや、果ては残酷さなどをそこに込めることで、ベタハイドラマを超える感動を生むことができる。逆か。感動を得ることができる。


こういった考え方の不健康なところは、何かの作品に感動することが馬鹿であることの証明になりかねないことだ。


これが行き過ぎて、本来感動的な目の前の現実にすら懐疑的になってしまっては本当の病気と言えよう。

http://anond.hatelabo.jp/20160926154423

聴覚障害者音楽を楽しめないと思ったら大間違いだぞ。

彼らは振動音楽を楽しんでるよ。

報われなかった

音楽サークル音響担当してきた。

同期の中では一番積極的にやってきたつもりで、サークル以外の現場に呼ばれることもあり、自分なりに頑張ってきたつもりだった。

世代交代の時期が迫り、当然自分班長として頑張っていくのだと思っていた。

実際違った。積極的ではなく、人前にでて話すことが苦手なタイプの同期が選ばれた。

私は補助として頑張って欲しいと言われた。

こんなことはきっと社会に出たらしょっちゅうあることなんだろうと思い、自分には受け入れるしかなくて「わかりました」とだけ言った。

しかし、友人からも、先輩からも、誰からも「あなたがなると思っていた」と言われ、悔しくて堪らない。

ある先輩は、実際に抗議してくれたらしい。案の定ややこしくなったりもしたが、今は収まった。

1人でやる自信がない、仕切れる自信がない、と言ってる同期になぜ任せたのか分からない。

なにを言っても仕方がないので受け入れるしかないがとても悔しい。

楽しいからやってる、好きだからやってる、だけならこんなに悔しくなかったのだと思う。

人より上に立ちたいから頑張ってたのかとそれは違うと言い聞かせたりもするがやはり悔しいし何故か許せないなどと思う。

自分勝手さが醜くい。

2016-09-22

ジョン・ケージ4分33秒の次

音楽が音を鳴らすのを止めるところまで行きついたように音楽はすでに死んでる。白紙絵画小説があるのか知らないがそんなのやったら芸術死ぬ現代音楽が果敢に音楽未来を切り開いて音楽を死に追いやったところから音楽を取り戻せたのは皮肉にも大衆音楽のおかげだった。と言っても旬のアイドルスター映像作品との抱合せ延命してるに過ぎない。クラシックのような昔の作品に完全にかなわないのは自明だしもちろん4分33秒の次はない。

表現者になりたいけど才能がない


表現者になりたい。

自分は非健常者だ。

非健常者の苦しみを和らげる作品を作りたい。

音楽、絵、小説漫画映画アニメ

媒体はなんでもいい。

作品を作りたいが何の才能もない。

好きなことといえば、メモ帳愚痴をひたすら書きなぐることくらいだ。

読み返してみると、とても幼稚で稚拙表現ばかり。

とてもじゃないが人に見せるような作品アイデアになるとは思えない。

おまけに不細工アトピーゾンビだし、人生詰んだ

他人ゲームしてるのを観て何が楽しいんだよ

って思ってたけどさ

よく考えたらスポーツ将棋音楽も全部一緒だな

自分が楽しめないものをわざわざ「理解できない」「わからない」などと言って楽しんでいるユーザー小馬鹿にするような人間になるところだったよ

アブナイアブナイ

大事な人を亡くしてからの立ち直り方について、あまりいい案がない

先月で二周忌でした。

随分記憶は薄れるものだなーと思っていますが、薄れた記憶は「もういない」という点で、つまりまだ普通にうつもりでいる自分に気づいて「は、いやいやもう死んじゃってたわ〜うっかり忘れてた」みたいな、そういうぐるぐるが続いている感じです。

どうしようもないのだろうけど、あの日以来、自分の半分が一緒になくなってしまったみたいになっていて、自分でも驚くくらい、頑張れなくなっています

ふんばりがきかないし、そういう気力が起きません。もう少し、ここぞというとき馬力を出せるタイプだったのに。

仕事は夢中でやっていて、おそらく仕事に救われています

できれば、踏ん張りがきいていた頃の自分に戻りたいけれど、毎年確実に歳を重ねていっているわけで、この気力の出ない理由が、失ったからなのか老いなのか、両方なのか、今後は区別がつかなくなっていく気がしています

以前の自分なら考えられないことなのだけど、これ以上人と関わるのに疲れてしまった、と思った瞬間があって、

フェイスブックをやめて、それによって連絡する友人はほとんどいなくなりました。

感情我慢しきれなくなったときに、どうしようもなくなったときに、誰かに聞いてほしいと思うこともあるのですが、数少ない連絡を取ろうと思えば取れる友人たちとの普段話題が、生まれ子どもの話とか、結婚焦ってる、とか、そういう話題なのに、辛気臭い話をしたくはないので、結果、その都度喉元を過ぎるのを待つという方法を取っています

時間がかかるものですねー。


報せを聞いたとき、一気に世界観が変化していく感覚に襲われて、部屋がやけに静かになってしまって、混乱しつつも、音楽というか歌を探さなきゃと思ったんです。

人を失ったときに聞く歌を、グーグル先生に聞いたり知恵袋検索したりして、案の定見つからなくて、参ったなーと思いました。普段ほとんど音楽を聞かない自分がこんなに音楽必要としているのに、普段音楽を聞かないから探している音楽の見当がつかないという…。

でもある日ジブリの「風立ちぬ」を見る機会があって、松任谷由実の「ひこうき雲」が印象的で歌詞を調べたときに、この歌だったんだなと思いました。あの子もまた、あまりにも若すぎました。

どうしようもないときには、風立ちぬ主人公が「君は生きねばならない」と言われるシーンを思い出すようにしてます

もし本当に私の半分はいなくなってしまったとして、もう戻ってくる類のものではないならば、残った半分でやっていかなくてはならなくて、そのための充電期間と考えたいですが、それにしてもまったく充電できていない。バッテリー問題かなー。


…ですます調で書いたら、のどかインタビュー記事みたいになってしまった…すごくうさんくさくなっててちょっと笑える。笑えない。

2016-09-21

君の名は。という大ヒット映画をどう見るか

遅れて鑑賞。若い子も多かったがカップル以外の客も増えていて、結構年齢層も公開初週よりは上がって来たのではないだろうか。以下、長い。



さて、売れている映画には二つの心配が付きまとう。

年間とかではなく今までの興行収入ランキングみたいなものを見たら分かると思う。

何故売れたのか?と疑問に思うものまでさまざまだ。

その点において、君の名は。はよくできた映画だったと思う。

少なくとも「スカスカ映画ではなかったし「何故売れたのか」という点でも完璧ではないが、ある程度説明つくのではないか

ステマだけではなく本当に評判が良い映画自分に響かないと、ただ普通にまらない映画を見たとき以上にガックリくる。

というわけで心配1、2はクリアした。



さて、増田自身のことを話すと、結構映画が好きだ。

この映画を見る今日まで、映画通やら映画通という名のアニメファンやら映画通という名のやり○ん騒動男やらの、いろんな批判を見た。

映画が好きな自分からすると、「そうか。食いつける映画なんだな」ということで、自分にとっては逆宣伝になった。

(まぁ信頼する映画通たちは結構試写時点で絶賛してたんだけど)

映画が好きだと書いたが、アニメ映画に関してはもっぱら円盤待ちの人間なので、その自分映画館に行かせたという効果は絶大だ。



映画を見て、その批判を改めて見た。

まず自称新海ファン評の「新海らしくない映画」だが、しっくりこない。

しろ海監督のファンサービスがちりばめられていて、過去作好きこそ振り回される映画ではないだろうか。

キャラストーリー構成から唐突感だったり、詩的な部分だったり、感覚的な部分。とても「新海らしい映画」だと感じた。

しろ新海らしくないというのなら、何らしいのか。

思いつかないので、やっぱり新海らしい映画だった。



次に「若い世代向け」という話。

隣りで見てた50オーバー号泣し、終わった後感想を熱弁していた。50オーバー若い世代という世界には住んでいない。

しかし確かに今まで見てきたアニメ映画とは、一味もふた味も違うのかもしれない。

ニュージェネレーションに対するギャップが、ある人にとっては大きかったのかもしれない。

例えば主役が高校生から高校生しか感動しない。というのは馬鹿な話である

じいさんが主役でも、子供が主役でも、感動するものは感動するだろう。無理なら想像力が欠如している、と言っているようなもんである



次に「RADWIMPSファンしか褒めない」という暴論。

RADWIMPSは嗜む程度だが、あまりRADWIMPSらしくもなかったので、激烈RADファンからすると絶賛はしにくいんじゃないか

自分のような嗜む程度のやつに、ちょうどよかった。

歌もしっかりはまっていたし、劇判にも仄かにRADらしさがあった。しかしやっぱりそんなにRADらしさは無かったかもね。

まりファン以外も満足しているということだ。(ファンもある種の初期RAD感が出ていて嬉しいのかもしれないが)

音楽映画は噛みあえば化学変化を起こす。

ここはとても「邦画」感が溢れていた。秒速~以外に、自称映画通なら何作品か思い浮かべたいところだ。

こういう音楽映画邦画は得意のはず。邦画の好きなところだ。



次に「物語薄っぺらい」という話。

昨今の邦画は設定を詰め込み、それを全て説明しようとしてくる。故に物語に勢いが無くなったりする。

しかしそこまで説明されずとも作りこまれている映画に傑作が多い。本家アカデミー賞受賞作などを見ると、設定をしっかりした上でとにかく勢いが凄くて、設定なんてどうでもよくなる。

その部分がエンタメ邦画には足りないなぁと常々思っている。(無いとは言わないし、説明カットし過ぎてダメなのも邦画あるある

結局作りこみすぎると、ヲタク解説したくなってしまうのだ。(ヲタク脚本家監督

君の名は。はその絶妙バランスにたどり着いた。日本人が受け入れられる塩梅での。勢いと説明狭間だ。

例えば、見てない人には分からないだろうネタバレだが、三つ葉が父を説得するシーンが今作には無い。しかし説得した、と分かる。

映画を見ている最中は、他の展開が忙しくてそこに気付けない。

でも後々…もしかしたら見終わった後で、もしかしたら2回見た後で「あ、そういえば説得してたな」と気付く仕組みになっている。

彗星軌道云々という批判があった。

見ても無い自分が「フィクションからさぁ…」と突っ込みたくなるような批判だったが、見た今なら「あれはこういう意味があったんじゃないかな?」と推測できる部分がしっかりある。むしろちりばめられている。突っ込んだ人はもっとストーリーをみるべきだった。

途中で出てくるラーメン屋おっちゃんも、ナイスだ。

きっとリピーターは血眼で探しているだろうし、他のそういう手品トリックみたいな演出も、多分2回見たいと思わせる構成だ。

男女入れ変わりと聞いたら、転校生を始めいろんな作品が頭をよぎるだろう。使い古された設定に見えるかもしれない。ボーイミーツガール王道だし。

その設定を使ったこういう構成脚本を、薄っぺらいと言うのか。本当にそう思ったのなら絶望的な感覚である。とまで言っちゃう

薄っぺらい」ではなく「説明なさすぎ」の言い間違いじゃないのかなあ。

これくらいで良いと思うけどね。商業映画は。(もう一度見て理解したいと思わせる技は必須



次に萌えヲタ向けという話。

おっぱい揉んだりパンツが見えたりしただけでヲタク向けになるのか。

パンチラは角度的にどうしても見えてるだけであって、逆に見えないのはあの画の中では大きすぎる嘘になってしまう。

パンツが見えないのはギャグだ。リアリティがない。むしろ日常萌えアニメミニスカ絶対見えるパンツを描かないことで、フィクション感をだしている。

ていうかパンツ一瞬しか見えない。コンマ何秒とかしか見えない。騙された。

この理屈と同じで、実際あの状況なら胸は揉むだろ。



そんなわけであがっている批判を見ても、「え?なんでそんな批判があがるの?」というものばかり。

(例えば漫画原作のように<漫画という神>と違うからという批判は、心情的に良く分かる。調理した方と見た方の問題根深い。)

是非まだ見てない人に、見てから判断してほしいと頼みたい。別に批判をする人がわるいわけではない。的外れ批判が溢れているだけだ。

どうも売れすぎて、色んな雑音が耳に飛び込んでくる状況になっている。

だけど是非ポジティブスイッチを使ってほしい。

これを読んでる人は、君の名は。のことが気になっているはずだ。素直に、自分がどう感じどう思うか?と映画で考える良いチャンスなのだ



君の名は。面白かったです。

絶望感と閉塞感。あれを思ってはいけない、感じてはいけない。

そういう空気が付きまとう世界情勢で、映画界、とくに邦画界にもある時点から閉塞感があった。

いつだって現実が向かってきたし、夢物語は無い。そう示してくる話が多く、心の片隅が窮屈な想いをしていた。

若者たち経済が少し上向いても無駄遣いをしない世代になった。夢を見るやつは、馬鹿だと思っていた。

でも「君の名は。」は希望のある夢を見せた。ここまでの大きな夢は、もしかしたらあの時の自粛ムードと共にタブーになっていたたのではないかと思う。

ずっとこんな映画を見たかった気がする。

フィクションからアニメから、一つの大きな嘘を内包することができた。

なにかの穴を埋めてくれたのかもしれない。

その功績はでかいし、言いたい。こういう映画を見せてくれて、本当にありがとう

amassとかいサイト

音楽好きな人なら知ってるようなサイトだけど、あそこ儲かってそうだよな。

なんか軽く調べたら運営元もよくわからないし、個人運営っぽい?そこらへんよくわからん

とにかくネット音楽情報を発信するサイト鑑みると、amassみたいなサイトニーズにばっちりハマってるので、やり方が上手いと思う。

うそう、発売情報と結成とか解散とかの情報、あと動画とかゴシップ的な情報があれば大まかなトレンドは追えるんだよなって感じ。

googleアドセンスとかもばっちり貼ってあるけど、下のCDとかへのアフィリエイトリンクも上手い。まとめサイトのわけわからん脈絡のないフィギュアアフィリエイトとかと違ってちゃんと情報と購買が直結してる。なので買う人は多いと思う。

海外から情報を軽く翻訳して片っ端からサイトに載せてるんだろうな。記事の内容が薄めなのも納得。

でも便利なんだよなー。ああいった網羅的に海外情報載せてるサイトって無いし。

本当はキュレーションサイトよりはちゃんとしたメディアに期待したいんだけど、音楽メディアってネットでの情報発信イマイチ下手なんだよな。

音楽メディアは各メディアごとのカラーを大切にしてるのはわかるけど、もっとネットでは即時性があって網羅的な情報が求められてると思う。

まあとにかく、amassってサイトは上手くやってると思う。ニッチなところを総なめしている。キューレションメディア成功例なのではないか

映像作品のいいところ・悪いところ

映画のいいところは音楽があるところだ。最高のシーンに最高の音楽があればそれだけで最高だ。映画というかアニメでもなんでも映像表現ではそうか。とにかく音楽があるのが最高。

しかしこの音楽があるところが逆に悪いところでもある。映像描写されている世界に完全に入り込めないのは音楽があるからにほかならない。音楽がかかると、それは人の手によって作り出されたものだと意識させられてしまう。自分のものではない感じ。誰かが準備した映像に誰かのタイミングによって音楽がかかる。比較すると、マンガ小説のほうが感情移入出来る度合いが大きい気がする。完全に物語の中に入り込めるのは、映像よりもマンガ小説のほうが純度が高いように思える。人の手が介入していないように感じられるのだ。何言ってんだマンガなんて絵だし小説なんて文字だろ、人の手がかかってるなんて丸わかりだろと思われるかもしれないが、その作品感情的感覚的に入りこんだ時、マンガ小説場合はそこの空気感完璧脳内イメージ出来ているので結果的には感情移入の純度が高くなるのだ。そういった意味では音楽なんかも感情移入するときの純度が高い。

まり私は、映像作品作品を鑑賞するように楽しんでいて、小説音楽ある意味、疑似体験というか脳的なところで楽しんでいるようだ。違いをさらに考えると、自分のペースで物事を運べるかというところも違うかもしれない。映像は完全に用意された世界で誰かに用意された時間きっちりに物事が起こっていくが、小説などは自分のペースで読めるし、音楽は聴きたい時に聴ける。

いい加減にしてくれ!

まーた今日ゴジラの夢を見た。

今日キングギドラも出てきた。

大体俺はゴジラ特別きじゃねえんだよ。

小さい頃vsビオランテ見たくらいなんだよ。覚えてねえよ。

あとこの前テレビでやってたUSAゴジラをチラ見したくらいなんだよ。

こんな毎晩のように、海からゴジラ出てくる夢見るの異常だろ。

勿論音楽はあれだよ。デデデン、デデデン、デデデデデデデデデンのやつだよ。

オールドスクールなあれだよ。シン・ゴジラじゃ流れてないんだろどうせ。

しか今日は、もっと変な夢だったよ。

逃げてる最中学校会社イジメられたりしてる人が、動けなくなっちゃうんだよ。

「ツライ…ツライ…」ってロボットみたいに繰り返してさ。

そして仲間になりそうな人を見つけて「ツライですよね?ツライですよね?」って

呪詛のように繰り返すと、その人も同じように動けなくなっちゃうんだ。

そんな人達を見捨てて逃げてく夢だったよ。

もうこれ、どっちもはてなのせいだろ。

もう逃げ惑う夢見るの疲れたよ…

寝る前にHな漫画読んでるのにこんなの絶対おかしいよ…

2016-09-20

新宿メトロプロムナードデレステジャック最終日の件。

メトロプロムナードデレステジャック 最終日の件

新宿メトロプロムナードにて実施されていたデレステ広告ジャック企画にて、「最終日の最後に流されたMVコールが入ったり、終了後に『アイマス最高!』をやっている人がいた」としてTwitter話題になり、批判ツイートも相当な数になった。

それ自体は当然の流れだと理解できるが、いろいろ見ていると中には「拍手迷惑行為だ」「MVが終わるごとにスタッフ拍手を促しているのを見て冷や冷やしてた」という意見散見された。正直言うと、私にはその「拍手迷惑行為」というのが理解できなかった。もう少し正確に言うと、拍手言及して良識派を気取ってる人々の考え方が理解できなかった。

そこでこうして私見を書き殴っている次第である


スタッフがOKとするなら原則OKでは?

まず言いたいのは「スタッフがOKとしているのであれば、それは許可された行為なのでは?」ということである

先程も述べたが、MVで1曲終わる度に拍手をするのはスタッフから促された行為である。つまりイベント運営側としては拍手は「問題ない行為」と認知されていることになる。その運営側から容認されている行為批判するのは的外れなのでは?というのが、私の意見である

そういうことを言うと「スタッフだって間違うこともある。下手な運営だって有り得る」と言われるのが目に見えているが、今回に限って言えばそれは無いと私は思っている。と言うのも、今回のイベントに関しては運営側スタッフ)は「イベント関係ない一般の方に可能な限り迷惑をかけない」という一点に関しては物凄く気を配っているからだ。

実際に現地に行った人ならばわかると思うが、今回の現地では、展示物の前以外の場所で少しでも立ち止まると、即座にスタッフから移動するように注意されていた。特に両サイドの柱の間、中央の通行スペースは、一瞬でも立ち止まるとすぐにスタッフが飛んできた。また、展示物の周辺でも柱の内側をほんの少しでもはみ出すとすぐに注意された。一般の通行人邪魔になることを極力回避しようとしているのが伺える。

また、展示物と反対側の壁、常設の店舗が並んでいる辺りの間にちょっとしたスペースがあり、初日・2日目ぐらいの頃にはたくさんのイベント参加者がそこで休憩していた。ところが最後の方になると、そのスペースはいつの間にかロープが張られ封鎖されていた。恐らくそのスペースの両側の店舗から苦情が入って対応したのだと思われる。

今挙げたのはほんの一例だが、このように今回の運営は相当気を配っているというのがわかる。話を戻して拍手についてだが、もしそれが最初に一部のスタッフ勘違いして始めたのであれば、そのスタッフは注意されて随時修正されるはずだ。それが為されず最終日の最後までずっと続いたということは、運営拍手問題ないと判断していると思って間違いない。先述の通りここまで神経質になっている運営判断であれば、それに従えば迷惑行為にはならないと私は考えている。


今更すぎない?

MV終わりに拍手をしていたのは、初日からずっと繰り返されてきたことである。それを6日目までは何も言及してなかったのに、最終日になって急に槍玉に上げ始めた人が本当に多い。あたかも「今まで言ってなかったけど、実は自分もそう思っていた」とでも言わんばかりである

ずっと思っていたのなら最初からそう言えばいい。何なら、現場スタッフに直接言えばいい。それをせずに最後だけ周りの空気に便乗して好き勝手言うのは、いささか無責任ではなかろうか。もっと 有り体に言えば、「本当に自分で考えてそう思ってる?周りがそう言うから合わせただけじゃないの?」という印象を受けた。

付け加えるなら、オープンスペースでのイベントで言うなら、デレマス2周年記念イベント新宿アルタ前で行われた時のことを思い出して欲しい。あの時はミニライブがあったとはいえ、ライトも振るしコールも全力という有様だった。当然一般人がすぐ傍を通るし、新宿駅ホームまでコールが聞こえたという報告もある。だが、それをネタにして笑う空気はあったが、真面目に批判する人がどれだけいただろうか?

アレをネタで済ませる人と同一人物が、たかだか拍手程度を批判している。この状況に違和感しか無い。


それでも批判する人は何を根拠にしているのか?

上記のような状況を踏まえてなお、拍手問題視する人たちは、一体何を根拠にしてその判断をしているのか、私にはわからない。これだけ神経質になり、また場所提供しているメトロからの苦情情報等も直接聞ける運営と、そういった批判する人々の素人判断と、どっちが信用に足るかという話である

公共の場で騒いではいけない」というのは一般常識であり、それ自体否定する気は毛頭ない。だが、あの場は果たして拍手を封じた程度でどうにかなるような場なのだろうか?

そもそもあの場は、過去実施された広告企画とは根本的に違う。MV音楽は流すし、ぷちデレラのムービーでもBGMが流れているし、時折ぴにゃこら太も鳴く。アクリルパネル展示のエリア音楽が流れてる。

そんな中で拍手だけを禁止した所で、一般の通行人の印象が変わるだろうか?ハッキリ言ってしまえば、拍手があろうが無かろうが「五月蝿い、邪魔」という印象は変わらないだろう。拍手が無くても音楽ガンガン鳴っているのだから

無論、「音楽があるのだから」と言っても、騒音を倍増するような行為はしてはいけない。コールがそれに該当する。だが、スタンディングオベーション拍手喝采という程の物ではなく、音量としても音楽と大差ない程度のささやか拍手まで禁止して、騒がしさが変わるだろうか?要するに「運営が想定している騒音レベルを超えるか否か」という話であり、あの程度の拍手はそれを超えないというだけのことである

以上を踏まえた上で「公共の場で騒いではいけない」という一点のみを強調して拍手批判する人たちは、今回の特殊な状況を考慮に加えず杓子定規判断しているとしか思えない。敢えて大袈裟な言い方をすれば、一種思考停止である

それでも拍手を批難できる理由があるのであれば、是非教えて欲しい。


私も詳しくないので余談ですが

ミリオン3rdライブの際に一部の広告撤去された件を引き合いに出して「あれを繰り返すのか」という話も見受けられたが、私の知る限りではエスカレーター逆走等が原因だったはずなので、今回と同列で語る話題とは少しズレる気がする。


拍手批判している人たちは、本当に「自分一般人迷惑をかけてない」と断言できるか?

見出しの通りである

2日目の「柱に蹴りを入れた」という件や、最終日の「アイマス最高」の件等、明らかに逸脱した行為批判するのは理解できるが、ここまで述べた通り拍手のような大事でもないことを手放しに批判できるほど、自分に傷が無いと、やましいことが一切無いと断言できるだろうか?

話題コール拍手等の「音声」の問題にばかり傾倒しているが、迷惑行為と呼ぼれる物はそれだけに限らない。先程の蹴りの件はその際たる例だ。

柱の話になったのでそちらで例を挙げると、百歩譲って柱のアイドル写真を撮る行為はまだわからなくもない(それでも一般の通行人から見たら奇異に見えるだろう)が、柱に抱きついたりしてるのが果たして一般人に良い印象を与えていると言えるだろうか?Twitterでは柱に眼鏡をあてがった写真メジャーで高さを測った写真が随分とRTされたようだが、それらの行為一般人理解を得られると胸を張って言えるだろうか?

ここで言いたいのは「そう言う貴方達も叩かれて然るべき事由がある」ということではない。

批判する前に一度よく考えてから発言しよう」ということである

深く考えずに短絡的に叩いていたら、思いもよらない反撃を受けても文句は言えない。そうならない為に、発言内容には常に気を配る必要がある。

よーーーく熟考した上で、それでも批判せずにはいられない時だけ、叩き返されるリスク認識した上で叩くべきである。人を呪わば穴二つ。アニメコードギアス」のルルーシュ言葉を借りるなら「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」ということである

念の為に繰り返す。「叩くな」と言っているのではない、「よく考えろ」と言っているのだ。


おわりに

私が今回こんな長文を書いているのは、今回の件をTwitter上で批判している人たちが、上記のような特殊な状況について考察すること無く、実際の状況についてきちんと情報確認もせず、ただ断片的な話だけを元に脊髄反射の如く闇雲に、盲目的に拍手をした人や拍手を促す運営批判する姿勢があまりにも無責任で、それで良識派を気取っているのがあまりにも目に付いたかである

私は「アイマス最高」はやらなかったが、あの場には確かにいた。だからと言って、あの「アイマス最高」を擁護するつもりは欠片ほども無い。

ただ、それと一緒くたに他のことまで叩かれている状況が我慢ならなかったのである

何も考えていないくせに「自分はちゃんとしている良識派です」みたいな態度なのが我慢ならないのである

最後に。

イベント終了時、閉まりかけたシャッターの向こうでスタッフが「ありがとうございました!」と深々と頭を下げた。

その行為拍手以外で、かつ批判派の言う「迷惑行為」に当たらない範囲で応える方法が、私には思いつかない。

拍手が駄目なら、そのスタッフ謝意に対して、何もせず無視を決め込むのが正解だとでも言うのだろうか?

海外が凄いという風潮が嫌い

僕は京都大学に通っている.元々東京で育っていたがその大学への憧れと京都に住みたい実家を飛び出したいという気持ち京都大学への受験を決めた、そして何とか拾ってもらい今京都に住んでいる。

大学生になって実感したのは周りの人間がどんどん海外に行くということ。高校同級生と久々の同窓会で再会したときも、夏休みに数カ月留学してたんだとか、今度どこどこの国に行くとか、そういう話ばっかだった。

そういう人間は多かれ少なかれ海外に行ったことを示すためにTwitterFacebook写真投稿する。どんな人もまあそうするよね海外風景なんて珍しいんだから

でも行って何をしたかって言ったらサバイバル力磨いただけじゃないの?正直海外に行くことで何を得ているのかよく分からない。

単純に海外旅行に行って遊んできました~ならうわ羨ましいなお前でいいんだけど、留学、これは本当に何をしているんだ?

例えばサッカー選手海外に挑戦するみたいに、よりレベルの高い環境自分の力を試すなら分かる。自分の専門についてその本場で学びたいと言うのならよく分かる。「○○先生のところで勉強したくて!」って理由なら「おお頑張れよ!」って思える。

でも、大抵の留学に行く人間ってそういう理由で行ってないだろ?他人とは違う経験がしたいから、その場にあった留学に飛びついたんじゃないの?お前は何しに海外に行ってんだ?

1回気になって留学に行く人に「なんで留学に行くの?」って聞いたことがある。そしたらそいつは「なんでだろうね。でも行きたいんだ。君は留学行きたくないの?」って答えやがった。ふざけるな真面目に考えてくれよ。

正直に言って俺は英語が苦手だ。文章を読むことは出来るけど会話は絶望的に出来ない。これはまあ中高の英語教育が(喋ることを重視し始めているとは言っても)読み書きに偏重しているから、そういう訓練を積んでいない、それだけだ。

京都という土地外国人に道を聞かれることは多い。そういう時「OK」「there(指差し)」「I don't know」ぐらいしか言えないぐらいにはクソな英語力だ。しかも超キョドってる。我ながらひどい。

から、そういう英語弱者コンプレックスから海外に行く人間を妬んでいるのかもしれないって自分でも思うよ。でも、だからこそ海外に行くメリットをちゃんと教えてくれよ。英語の出来ない俺を見捨てて海外に行かないでくれ。

海外に行くのは凄く怖いことに思える。





http://www.suzutaro.net/entry/2016/09/18/174626

でもこういう記事を読むとやっぱり本当にムカつくんだよな。大学に通っていても勉強してないのはお前だろ。そういう留学に行く人間の方が授業を真面目に聞かないんだろ。ふざけるな。

俺は今京都大学で凄く授業が楽しいよ。そりゃ眠くなったり、全然集中出来ないときだってあるけど、それでも授業受けるだけでどんどん自分の中で知が広がっていく。特に哲学の授業なんかはこれまで考えもしなかったことを考えるんだ。俺はデカルト認識論観念論現象学講義を受けたけど今まで知らなかったことしかなくて本当に面白かったよ。でも友人はLINEで突然「○○の授業ってレポート課題出てたっけ?」とか試験直前に「○○の授業取ってるー?」とか聞いてきやがる。

今まで授業で一回も見なかった人間だ。他にも、授業後に「今の授業聞いてた?笑」とか聞いてくるやつだっている。興味ないなら来ないでくれよ。興味ないのに来るならもう少し申し訳なさそうにしてくれよ。。。

大学は授業出てるだけで面白いことはたくさんある。最初からそれを無視して勝手大学講義はつまらないとか行く価値がないとか言い切らないでくれよ。

上に貼った記事でも「ただ大学卒業して、」って書いてあるけど、それ自体面白いだって

他にも日本楽しいことはたくさんある。怪しげな地下イベントとか行ったことあるか?テレビタモリ倶楽部見たことあるか?展覧会は行ったことあるか?

本を読んだことはあるか?京都古本屋がたくさんある。古本屋で棚から棚へ視線をじっくり動かして掘り出し物探したことあるか?映画は行ったことあるか?ただあてもなく散歩したことあるか?何も考えずに路地裏を探検したことあるか?

毎日生きているだけで精神的に充実させることが出来てしまう。インターネットいくらでも面白い記事が読める。YouTubeMVを見てるだけで一日が終わったことがある。毎日生きるだけで楽しい。なあ、日本ってそんなにつまんないのか?

別にそんなことないだろ?京都にいるだけでも毎日を充実させようと思ったら出来てしまう。だから特別日本がつまらないって俺は思わない。

日本の文化面白さって言ったらなんか薄っぺらいけどさ、でも面白さはあるんだよ。日本の文化っていうよりもうそ自体面白い価値はよくわかんないけど好きだってものが。

から日本を軽く見て海外に目を向ける大学生はまずもっと毎日生活を見つめてみようぜ。音楽でも文学でもアカデミックでもスポーツでもゲームでも何でもいいからハマれるものにハマってみようじゃんか。

意外と面白いものって視界のすぐ外側とか隅っこにあったりするんだって。だから安易日本を捨てて海外に行くなんて言うなって。海外に素晴らしいものもたくさんあるだろうけど、日本で生きていたって十分面白い

2016-09-19

ファイル共有ソフトを使ったせいで過去に取り残されてしまった

割れと呼ばれる違法コピーを使い始めたのは、どこかのサイトエミュレーターを知り、海外サイトゲームボーイポケモン赤緑ROMダウンロードしたのが最初だったと記憶している。

ファイルサイズも小さいゲームボーイだったが、自分パソコンポケモンが動いた時は感動したものだった。それから始まった。

ファイル共有ソフトを使い始めたのは2ちゃんねるで知ったWinMX最初だった、それ以来Winnyとか、色んなダウンロードソフトファイル共有ソフトを使った。使いまくった。

みんなが金払っている物に金を払わない事が誇らしかった、自分は最新の存在である優越感を持っていた。

漫画音楽アニメゲーム映画PCソフトも気になる物は全部落しまくった。

落としたファイルは「いつか見るだろう、使うだろう」と保存してあるだけで9割以上は使ってない。

古いファイルでは2001年とかある、当時落としたジョジョの奇妙な冒険はまだ読んでない。

今となってはクソ画質のアニメも当時は普通、それも落としただけで見てない、Gガンダムとかるろうに剣心は当時のまま全話あるけど1話も見てない、今更見る気にもなれない。

世の中には色んな音楽配信サービスがあるけど一つも利用した事無い、タダで落とすから、まあそれは今の人も同じかもしれないけど。俺の場合は使うという選択肢自体が無い。

ビデオレンタル最後にやったのはVHS、映画館には21世紀になってから一度も行っていない、最近映画泥棒かい広告が流れるらしいが見たこと無い、座席の予約ができるらしいがやり方を知らない。

アニメ公式無料配信なんて1度使っただけで結局、違法ダウンロードに戻った。なんか使いづらかったし。

P2P規制が激しくなり、使えなくなっても、違法ダウンロード自体はやめなかった、やめる理由が無いからだ

ソーシャルゲーム流行りだした頃、魅力を感じなかった、何故なら有料の物が無料になるからこそ価値があるのであって最初から無料なら手に入れる意味が無いからだ。

漫画期間限定1巻無料とかも全く興味無く、そんなサービスを利用しないので使い方すら知らない

無料サービスが当たり前に提供されるようになっても、そっちにいかなかった、行ってもすぐやめた。

広告とかウザイし、変なストリーミングだったり、期間限定だったり、会員登録必要だったり、専用ソフト必要だったり、ファイル管理が面倒だったり、どうせ裏があるだろうと警戒してしまうからだ。

ネット時代デジタル時代になって、色んなサービスが咲いては散っていったが俺はどれも使う気は無かった。

俺は今の時代を何も知らない、過去の人間だ。

映画 君はゴジラの聲

みんなが盛り上がっていたので、ファインディングドリー以来、久しぶりに劇場に足を運んだ。以下ネタバレ含む感想

君の名は。

良いところ

・くっついた

新海誠は、恋愛映画最後に二人をくっつけた方がいいとようやく気づいたらしい。

・人以外の絵が綺麗

彗星とか。ご神体盆地の外縁から景色みたいな壮大な絵を無理矢理シナリオに盛り込むのも良い。

悪いところ

・隣の席のカップルおっさんの方

上映開始前に下らない話を大声でひたすらに続けてくれたお陰でテンション最悪。おっさん本人は片割れに対するひょうきんな俺アピールのつもりだったのかもしれないが、あれは公害以外の何物でもなかったし、おっさんじゃない方保護者としておっさんを即刻つまみ出すべきだった。上映中もうるせーし何だったんだあの豚。

・手の動き

金麦の生まれ変わりが板書してるところ超キモい

主題歌

前前前世がどこで流れてたのかわからなかった。寝てないのに不思議

シン・ゴジラ

良いところ

行政機関の内部描写

実態に即しているか不明だがリアリティを感じた。各人物無能有能度合いも極端でなく、戯画化の度合いがちょうど良い。このパートあんまりにも面白かったので、特別事件が起きない架空内閣の成立から解散までをだらだらやってくれるだけの映画を見たい。誰か撮って欲しい、もしくは既存作品を教えて欲しい。

自分東京在住

各シーンを地理的に把握することが容易で、感情移入も楽だった。蒲田が吹っ飛んだ時は、蒲田在住の姉に心の中で感謝した。

ゴジラが怖い

今までに見たのはビオランテ~デストロイアまでの作品だけで、その実内容を殆ど覚えていない。ただゴジラを怖いと思ったことは1度もなかったし、戦隊のロボ戦と区別していなかったと思う。翻って今回、ゴジラが動き、道路家屋が吹き飛ばされ、都心が赤く染まる光景は心底恐ろしかった。多分それまでの過程作品リアリティレベルを上げるよう苦心した結果だと思うんだけど、これが本当に新鮮で驚いたところ。ジュウオウジャーも週一くらいのペースで大惨事が起きてるんだけど、あれはリアリティを低く保ってるからストレスにならないんだなと改めて気づいた。

悪いところ

石原さとみ

石原さとみ別に悪くない。通勤中東メトロ看板で顔を見かける度にストレスが和らぐし、総監督もそういう狙いがあったんだと思う。

聲の形

良いところ

OP

冒頭は石田カレンダーカウントダウンを始める下りから。その後は軽快な音楽にのせて石田島田島田じゃないやつの関係性をモンタージュ表現しながら右から左ジャンプしてる例の構図でタイトル。最高。

・永束

一番最初に×が剥がれる人物。登場時点で石田に十分感情移入していたため、終始好感の持てるキャラ。永束も石田によって救われているはずなんだけどそれをあまり意識させない。いわゆる天使

・結絃

みんな誉めてるけど気にせず誉める。完璧仕事をした。君の名は。ではどうでもいい仕事をしていたけど差し引きでも大幅にプラス

・取捨選択

この映画石田主人公で自他との関わりがテーマになっている。元々原作者恋愛ジャンル標榜していないが、映画さらにその手の描写オミットしている。例えば植野石田に対する感情原作と変わりないのだが露骨表現をほぼ削り落としている。寝込みも襲わない。それはラストの違いにも象徴されるように石田西宮間でも同様であり、結果として上手くテーマフォーカスすることに成功していると思う。恋愛コミュニケーションの一形態ではあるけれど、一形態しか過ぎないので。石田西宮の行動についても、原作では読者が意図解釈しづらかった部分がスムーズに把握できるつくりになっている。シナリオ各所でなるべく台詞での説明を廃して絵と音で観客に理解させようという姿勢が見てとれて、全7巻の原作を2時間に落とし込む上での問題を上手く解消している。キャラの細かい仕草に気を使って意味を持たせているので何周しても損はしないタイプ映画川井描写が減った結果存在が若干マイルドになり、西宮への叱咤を観客が受け入れやすくなった。植野も同様。真柴は少しかわいそうだが本領を発揮されても困る。原作自体が優れた作品だったが、それを2時間映像作品として昇華した結果一回りも二回りも質が上がった。意義のある映画化だったと思う。

悪いところ

・鯉

パンを食べさせ過ぎて怒られそう。

君の名は。リア充映画??

JCJKが好むリア充映画だと某所で見たが、それは少し違うと思う。

やたら女子力が高く女の子走りしたり頬染めたりカフェ大好きと、THE萌えアニメヒロイン!な三葉がただただ気持ち悪い。

ストーリー童貞が描いた理想恋愛のような気持ち悪い歪な青春像。

キャラクターストーリーという骨子が萌えアニメで、背景美術音楽、全体のリズムエモーショナルな作り。

萌えアニメにエモ極振りした結果が「君の名は。

から君の名は。」は「一般人も観れる萌え豚子供向けアニメ映画」であって、リア充映画でもスイーツ映画でもない。


あと、主人公二人が結婚するところは全然想像できない。すぐに別れそう。

まあ、すぐ別れそうな恋愛物語という意味では非常に少女漫画的で、たしかにJCJKが好みそうではある。数年で黒歴史になると思うけど。

健常者からお前はアトピー責任転嫁してると言われる

アトピーゾンビウイルスの痒みや醜い肌や痛みのせいで人生に対して無気力になった。もう疲れたよ。アトピーゾンビウイルス感染してなければ人生楽勝だった。

今ごろ、オリンピック金メダルとったり、あらゆる分野の世界大会で優勝して億万長者になっていただろう。

アトピーゾンビウイルスのせいで恋愛はできないし、外には出たくないだって他人馬鹿にされるから勉強かゆいし肌キモイしで集中できないし、親は子供が醜いアトピーゾンビから十数年虐待してたし、殴られるしけられるし首絞められるし投げ飛ばされるし風呂に沈められるしベランダ真冬放置されるし、生まなきゃよかったとか言われるし、さっさと死ねばいいのにとか言われるし、同級生からは肝がられるし、排除されるし、女の子から嫌悪の目で見られるし、先輩には殴られるし、アトピーっていうあだ名つけられるし、首を触った後できもーっていわれるし、なんで生きてんのっていわれるし、お前みたいな人生じゃなくてよかったわって言われるし、クラスキモイ奴ランきんぐ一位を取るし、スクールカーストの最底辺だし、友達いないし、恋人いないし、知り合いいないし、コンビニ店員カップルみたいな人たちからはくすくす馬鹿にされるし、通行人女子大生たちからはさっきのこきもくない?とかいわれるし、ばい菌扱いされるし、飲食店では働けないし、料理人にはなれないし、清潔な恰好しても不潔なゾンビだし、モテ本は健常者のためのノウハウばっかで参考にならないし、恋愛工学は健常用だし、カップルにも馬鹿にされるし、カップル専用の娯楽が健常者ランドにはあふれてるし、ゾンビだ逃げろって小学生に言われるし、女の子とまともに話したことないし、男の子とまともに話したことないし、二人用のゲームはつまらないし、頭の中は嫌な思い出ばかりで苦しいし、治っても人生遅れてるから詰むし、完全には治らないって公式が言ってたし、医者も言ってたし、不治の病なのに何の支援もないし、障碍者扱いしてくれないし、肌がちょっとかゆいだけで大げさって言われるし、痒みを我慢できないのは甘えって言われれるし、甘え病って言われるし、怠けてるから治らないって言われるし、生まれた瞬間に苦しい人生が確定してるし、人生積まんないし、苦痛だし、外注扱いされるし、楽しいイベントはないし、得意なことはないし、才能はないし、胸を張って誇れるものはないし、親はばかだし、糞田舎だし、関東ごみ高校生だし、人生のレールに健常者と一緒に乗ってるけどいつか落ちるだろうし、賞をもらったことはないし、ほめてもらったことはないし、不細工だし、身長167の低身長だし、卒アルは捨てたし、写真写りは悪いし、無教養だし、働いたって健常者になれないし、生きてたっていいことないし、かゆいし、いたいし、肌汚いし、赤いし、きもいし、かさかさしてるし、布団は皮膚落ちるし、シーツ変えてもすぐ汚くなるし、好きなものは食べられないし、好きなことは自由にデキナイシ、血が服についてきもいし、他人から笑われるし、見下されるし、馬鹿にされるし、きもがられるし、旅行は楽しめないし、海は楽しめないし、水着は着れないし、プールには行けないし、メイドからも肝がられるし、風俗入店拒否されるし、一生恋愛負け組道程だし、生きててもいやな気持にしかならないし、生まれてきたくなかったし、どんな屑でも子供産める基地外世界に生まれてきちゃったし、親を選別しないし、遺伝子工学研究進歩は遅いし、遺伝子治療はないし、アトピーゾンビウイルス殲滅する薬はないし、新しい発見って言ってるばっかで何にも現実は変わらないし、期待させられるだけだし、生きててもいいことないし、生まれてきたくなかったし、デザイナーベイビーの時代に生まれてきたかったし、白人に生まれてきたかったし、才能に恵まれ人間になりたかったし、努力しても報われないし、努力評価されないし、落ち着いて何かをすることがアトピーゾンビウイルスの痒みでデキナイシ、いやな気持ちが一日中ついてまわるし、一生治らないし、一生馬鹿にされるし、嘲笑対象になるだけだし、生きてても苦痛だし、美容院で小ばかにされるし、髪型よくても顔キモイし、アトピーゾンビウイルス容姿でおしゃれなところいけないし、対人恐怖症になるし、愛着障害になるし、美少女に生まれたかったし、PTSDにかかるし、回避性人格障害になるし、前頭葉側頭葉が委縮してるし、コミュ障になるし、頭痛がするし、解離性障害になるし、統合失調症のような幻聴が聞こえるし、みんながアトピーゾンビ馬鹿にするし、こっちをみてくすくす笑うし、こそこそ陰口いうし、アーユーゾンビにはなりたくないって言われるし、今の子きもくないっていわれるし、すれ違ったら後ろで笑い声が聞こえるし、みんながアトピーゾンビ馬鹿にして見下してるし、健常者は楽しそうだし、非健常のアトピーゾンビをみて優越感に浸ってるし、生まれてくるか否かを選べないし、治療法は確立されてないし、食事きおつかい無意味だし、運動むいみだし、瞑想無意味だし、野菜無意味だし、アトピーゾンビウイルスが完治することはないし、アトピーゾンビウイルス感染者には社会無理解だし、障害年金もらえないし、金稼げるスキルはたまらないし、文章力はないし、存在するいみはないし、身体障碍者のほうが優遇されるし、同乗されるし、活躍の場を用意されてるし、健常者とおなじフィールドで戦わなくていいし、一日中痒みや容姿の醜さに死にたくなることはないし、アトピーゾンビウイルス殲滅するかわりに足が一本なくなりますと言われたら同意するし、アトピーゾンビウイルスを持っていても得することが何もないし、人生嫌だし、自殺失敗するし、生きるのいやだし、周りは健常者ばかりで楽しそうだし、ストレス記憶飛ぶし、深夜徘徊するし、灰色青春をかかえるし、健常者と同じように生きられないし、障碍者と同じように生きられないし、絵は描けないし、音楽は作れないし、小説は描けないし、ラノベは描けないし、運動プロになれないし、普通になれないし、普通になりたいし、なっても普通じゃなかった今までの時間は帰ってこないし、普通にまれたかったし、普通人生のレールに乗りたかったし、普通に死にたかったし、努力すれば報われる人生がよかったし、笑いの才能はないし、映像の才能はないし、痒みに耐える才能なんて役に立たないし、アトピーゾンビウイルスのおかげで開花した才能なんてないし、選ばれなかったし、神様はいないし、仏もいないし、隣の君はいないし、会いたくて震えないし、二人より添って歩けないし、生きているのは糞だし、キスしてほしくてもだれもキモぞんびにはしてくれないし、恋愛負け組だし、恋愛漫画は健常者専用だし、恋愛家族友達という人生楽しいものを味わえないし、人生ピークのはずなのに苦痛しかないし、将来的にもこんな感じの苦痛を数十年味わうんだろうし、いやだし死ぬ以外の選択肢を与えられてないし、人生ベリーハードモードなのになんの支援もないし、味方はいないし、人生ピークが無常に過ぎていくし、高校中退したいし、中卒ゾンビになりたいし、どこにもいきたくないし、なにもしたくないし、人生くそげーだし、恵まれた健常者が甘えだの努力不足だの努力の結果が今のお前だの健常者フレーズを使って殺しに来るし、たのし青春はないし、今まで生きてて楽しかったことなんてないし、家族旅行に行ったことはないし、誕生日を祝ってもらったことはないし、体に触れられたことがないし、人の体温を知らないし、目を合わせられたことがないし、家はしーんとしてるし、ぴりぴりしてるし、テレビしかないし、漫画雑誌もないし、何か教えてもらったことはないし、糞田舎の糞じじばばが生み出した不幸に無関心だし、きもいかいうし、何もないし、頭も体もからっぽだし、あるのは苦痛と生まれてきた後悔だけだし、金持ちになるための能力はないし、人脈はつくれないし、ウシジマくんのネタにされそうだし、健常者から死ぬまで忌み嫌われるし、人に好かれたことなんてないし、幼稚園先生すら気持ち悪がってたし、小学校先生には虐められるし、掻きまねされるし、周りは爆笑するし、家出しても捜索願出ないし、公園で寝ててもキモゾンビから誰も声かけないし、家にはかぎが掛かってたし、なにも顔の表情が変わらなかったし、健常者美少女だったら優しく声をかけている人がいたんだろうし、世界中の健常者がアトピーゾンビに敵意や悪意を感じていると思うようになったし、びくびく人にするようになったし、人が怖いし、気持ち悪がられてると思うし、あとで笑いものにされてると思うし、人は信用できないし、好きな女の子寝取られるし、部活では活躍デキナイシ、才能あるやつがちやほやされてるし、努力しても健常者に追いつけないし、未開の部族にも嫌われるだろうし、世界中どこにいっても容姿至上主義世界だし、アトピーゾンビはどの国でも嫌われ者だし、健常者は楽しそうだし、生きてて嫌な思いでしか脳にないし、海馬は委縮して物覚え悪くなったし、無気力になるし、HP回復できる家がないし、安心して寝られる場所がないし、バンパイやもアトピーゾンビウイルスが混ざってる血は飲まないだろうし、嫁は二次元にすらいないし、好きになっても好かれないから好きにならなくなったし、可能性はないし、ぜろにかけてもぜろだし、漫画は健常者美男美女人生を楽しんでるものばっかだし、お酒アトピーゾンビウイルスが暴れるから飲めないし、宇宙には行けないし、行けてもアトピーゾンビウイルス苦痛だし、遺伝子問題だし、億万長者になれないし、健常者が甘えとかいいだすし、言い訳するなとかいうしで最悪だし。

http://anond.hatelabo.jp/20160919151824

昨今の映画はやたら音楽がうるさくなって台詞が聞こえん

て耳遠くなった父も言ってる

2016-09-18

どうやって見る目を養うのか

今日ネット上では各種娯楽作品に対してあーでもないこーでもないと意見が飛び交っている

私もそんな人たちの一人なんだが一つだけついていけない話題がある

それは「~力」というもの



演奏力、画力演技力etc.枚挙に暇がないが私はこの見極めがてんだダメ

あるバンドを聴いてそれが演奏力があるのかないのかまるで分からない

音楽関連の掲示板でよく言われてるのがバンプ演奏力が低い、スピッツは高いというもの

どっちが上手いとか下手とか感じたことはないし、もちろんこれが本当なのか嘘なのか私には判断できない



そんで次は画力について

写実的で細かい部分まで書き込んでる人が上手いっていうのは感覚で分かる

井上雄彦とか三浦建太郎とか大暮維人とか

だけどデフォルメ系になるとまるで判断がつかない

尾田栄一郎とかあずまきよひこのどこがらへんがそんなに画力があるのか分からない

(魅力的な絵だとは思う)



そして演技力

AKBモデル上がりは演技力が低いと言われているがよく分からない

ジャニーズだろうがなんだろうが普通に見れてしま



話術についてもよく分からない

面白いかつまらいか以上の判断はできない

古舘伊知郎とか島田紳助とか明石家さんまはそんなに話術がある人なの?

(よく詰まりもせずあれだけマシンガントークできるなとは思う)



こういう話題に参加している人たちはみんな音楽経験者や美大出身なのだろうか

それともただの一般人でも普通このくらいのことはみんな分かっているのだろうか

不思議