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はてなキーワード: 孤独とは

2017-03-29

寒くて孤独な夜だけれど今世界中女の子無防備な姿で眠り

色とりどりの夢を見ているということを思いを馳せれば

やはりこの世界楽園であるに違いないという確信が得られるのだ

2017-03-28

保守愛国活動孤独感を減少させる by愛国保守の人

という自己分析をしているブログがあって興味深かった


以下引用

これはただのエッセイというか最近思っていることなんですけど。

2000年以降、インターネットの普及も相まって、敵対的隣国情報が普及しだしました。しかしそれを報道するメジャーテレビ局は無かったわけですし、新聞産経を除いて報道してきませんでした。

なので、ネットユーザーの間には、自分たちでこの歪められた情報空間を正さなければならない、敵を見極めなければならない、国を守らなければならないという危機感と同じネットユーザーに対して連帯感が生じたと思います

日本戦後教育日教組価値観のせいで、愛国心を持つことは恥ずかしいことだ、よくないことだと教わってきた私達に、中国南北朝鮮のような敵が生じたことで、自然発生的に「愛国心のようなもの」が私達に芽生えつつあるように思います

いつからかわかりませんが、私達日本人は孤として生きるように社会に強いられてきたように感じます。各人、友達がいたり会社学校部活に属してそれなりの所属感を持って生きてきたのでしょうが、敵国が現れたことで、ようやく「国=日本」に所属しているという意識が発生したように思います

日本対外的危機が年々強まっているわけですが、それでもそれが逆説的に私達の精神に活力をもたらしてくれた側面はあると思います

今、家族は妻の実家帰省していて、一人で過ごしているわけですが以前ほど孤独感を感じないのは、私が保守立場に立ったからだと思います。昨晩は2ch辻元清美関係スレものすごい勢いで書き込みが続いていくのを見ながら、「俺は一人じゃない」という思いを強くしながら安心して眠ることができました。

言いたいことをまとめますと、

敵国の存在日本人愛国心を復活させつつある

愛国心個人所属感を与え、孤独感を減少させる

といったところでしょうか。

https://kininarukabu.com/post-8091/



やっぱり所属する所が日本という国しかなくなった人が愛国保守活動にのめり込むという例はあるみたいですね

2017-03-27

最近面白いゲームやってても一人だと孤独感が辛くてあんまり続けられない

でもゲーマーの人ってみんな怒りっぽかったり変な人ばっかりだと思うから

ゲーム友達を作りたいとかも特に思わない

もうゲームやめたほうがいいのかなあ

会社をサボったときに気をつけるべき6ヶのこと

妻に黙って会社サボって上野に行った。会社には体調不良だと言って。

美術館博物館をぶらぶらし、見たかった映画を見て、仕事した体で家に帰った。

そんなハッピーサボタージュライフにおいて気をつけたポイントについてメモしておきたい。

1. レシートは捨てる

購入場所、日時が明記されるレシートを持ってるとサボった事実がバレる。

レシートは受け取らないか速攻で捨てること。

2. 現金を使う

家族会社と共有してるカード、決済口座を共有してる電子マネーを使うとバレる可能性がある。

現ナマ最強。足跡が残らない。

3. ツイートしない

いつもの調子ツイッターしない。凝ったアリバイ工作するのでなければネットへの書き込みをやめるべき。

4. 電話に出ない

通話時の背景音響でいつもと違うことがバレる。

かといって電源切ると不自然なので、電話は音なし・バイブなしにして放置する。

5. トラブルに巻き込まれない

確率は低いが、DQNからまれたり事故にあったりして警察沙汰になると誤魔化すのが困難になる。

無用トラブルを避けるよう慎重な行動を期す。

TVカメラは背景に写り込んでしま危険があるので避ける。

6. 孤独を噛みしめる

家族にも会社にも言わない、ネットもしないだと自分ぼっちになるが、その孤独を噛み締める。

誰かに言いたくなったらおしまい

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全体的に、自分が潜伏中の犯罪者になった気分で行動する。

本来Suicaスマホ携帯を持つこと自体避けるべきなんだが、現代日本におけるプライバシー

さすがにそこまでひどくない、と信じたい。

いつものアカウントダイアリーに書けないので(妻がアカウント知ってるので)増田に書いた。

明日ハッピーサボタージュライフを!

2017-03-26

たとえば日記

公開したりするでしょう?



ネット



私 よく読むんですがね



若い世代のあの手の日記

非常に不可解ですよ



あれは読み手

意識した日記でしょう?



それも大抵は

理想読み手を想定しているんです



自分自身

自分の周囲の世界だけを

表す言葉を散りばめて・・・



本来 そんなものを読んで

正しく理解できる不特定多数

読者など存在しない



けれど そんな自分だけの言葉

理解して共感してくれる

読者を想定して書かれている



それって恐ろしく

孤独作業ですよね



そう思いませんか?



世界中の誰もが見られるネット

本当は誰にも理解できないことを

書き記して公開してるんです



それはメッセージですらなくて

主張でも自己顕示欲でもなく

ただのつぶやきです



でも それが必要なんでしょうね

若い人たちにはね



つぶやくことが・・・



それをひっそりと晒すこともね

2017-03-24

カウンセリングに行く勇気がない人はどうしたらいいのか

俺の病名教えてくれよ。

上京してすぐに打ちのめされた。

部屋探し中に東日本大震災が起き、混乱のさなかで決めた物件がとんでもない湿気ハウスで、いつ漏電してもおかしくないと業者の人に言われたので契約キャンセルしたら、感じの良い大家の婆さんから散々罵られた。

この経験は俺に東京への強烈な苦手意識を植えつけた。東京人間は信用出来ない、腹の底ではきっと俺を……

しかし、くだらないプライド地元に帰ることな孤独に生きている。友達なんかできるもんか。



でも、それでも、友達を作るチャンスはあった。

面白くて尊敬できる、個性的女の子と仲良くなりそうになって、何度か大学から最寄り駅まで一緒に帰ったりもしたが、「俺は死ぬまでこの人の面白さの全てを理解できない」という多面的しょうもない考えと「俺はこの人より面白くなれない」という劣等感が頭をグルグル駆けまわった結果、彼女コミュニケーションを取ることができなくなった。

笑いの趣味が近い、物静かな文学青年と仲良くなりそうになった時は、「嫌われたくない」一心で連絡を絶った。

趣味は合わないけど、なんとなく波長が合いそうな気がした高校同級生と再接近した時は、彼に誘われて入った同級生たちのグループラインでの彼の発言が俺に対するあてつけにしか思えなくなって絶交した。

これ絶対心の病気だろ。

カウンセリングに行くのが一番だということは理解している。でも、行く勇気がない。何言われるかわからないし。傷つくかもしれないし。何度も行こうとしたけど、結局いけずじまいで7年目。

病名なんだろう。薬飲めば治る系のやつだといいな。薬出ない系は辛そう

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323211829

王という文字、それは王権を示す鉞の象形。

ローマ執政官権威を示す斧ファスケス。

マサカリという王の力はおまえを孤独にする。

僕の大河内一楼の力があぁぁぁぁ!!!

2017-03-22

どこか孤独を感じたり自分って必要なのかなと感じている人は転職活動するといいよ

いくつかの転職サイト登録してスキルは少しだけ盛って載せる(過剰なスキル経験森は後にすぐバレるのでNG

過小評価しがちなのが問題の人も多いので自分客観的に見るためにこれはとても大事

すると、恐ろしいほどのスカウトメール面談したい連絡がくる

システム的に自動分別して送っているのはわかっているが、中にはいい条件の会社もあるのでしっかり見よう

で、候補を絞った後に、実際に面談に行ってみると思っていたより自分スキルが高かったことに気づき

「あれ?今の会社でボロクソ言われたり、他人お客様から必要とされてないと感じていた」

そんな無駄時間はなんだったのかとなってくる

思っているより貴方は出来る人だし頑張っているはずだから自信をもとう

新卒は苦しむかもしれないが転職は考えているより気が楽だし新しい土地や人に出会きっかけにもなるので

現状で鬱っぽくなるよりは動いてみるといいかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20170321214710

だーかーらー

お前ら障害者大企業やその子会社障害者雇用枠を、ねらえよと。

俺は健常者だが障害者のほうが給料の高い大企業子会社バイトだよ。

障害者切手貼るだけで月の手取り20万超える

国によって優遇された特権階級なんだから

ハロワとかじゃなくてもっと大手会社採用案内検索しな

そしたらすぐに金持ちになれるよ馬鹿野郎

健常者の俺は遊ぶ金もなく、このまま誰も養えず結婚できず孤独死ぬ

健常者が死ぬのだ

健常者だから辛い環境放置されて死ぬのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170321133826

自分で幅を狭めている部分が気になったので一点。

裕福とは言えない家に生まれても、少なくとも親が定年退職するまでは、親のすねをかじり続けていくことはできるよ。

もちろん実家ぐらしで、親と良好な関係を築けるだけの努力はする。

そのライフスタイルだと自立は難しいのだから他人と快適に暮らすだけの手伝いや、心配り、慎ましさは必要

それでも理不尽で心身を損耗する「世の中」に出て生きるよりはだいぶマシだという実感はある。

親がもともとリベラル傾向で、「べき」論を押し付けてくるタイプじゃなければ、うまくやれる率は高いと思うから

一緒に高齢ニートを目指してがんばろう。

親が頭の堅い人だったら、なにか自分長所を活かして、大きな貢献を一度してみせよう。見直してくれるかも。

スマホ代をMVNO契約変更してあげて大幅に節約しつつ、スマホの使い方を教えるだとか、電気の乗り換えとか。

情報リテラシーを活かして、契約を代行する系はやりやすい。

節約する、得をする、広く言えばQOLを上昇させてあげる。せめてもの親孝行にもなるし。

あと玉の輿とか異性関係スッパリ諦めたほうがいい。

こういう生き方を選ぶなら、一生孤独でも苦痛を感じないくらいの、ある種の精神的たくましさは必要

他人理解されなくてもいい、というのは実際つらいものはあるが、

そのあたりは、顔も性別も見えない希薄なつながりでもいいから、固定のネッ友が1人2人いれば十分満たされると思う。

友達もいない、仕事もうまくいかない

増田に書いてもまるで共感されない。

あー、孤独だ。

俺は誰にも理解されないで死んでいくんだ。

こんな世界ならなくなってしまえばいい。

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320222848

頼れる人がいないという状況は凄く辛いし自分を追い詰めやすい。

素直に頼る事が出来ない人ほどいつも笑顔から周囲は気づかない。

たとえSOSを出せる相手がいても、こういうタイプの人は心を開ける人が

限られてるから、大体同じ人にSOSを出し過ぎる。

から最初は親身になってくれている相手も何度も頼る内に嫌がられるようになる。

嫌がられれば必然的SOSを出せなくなる。SOSを出せなくなれば、お察し。

頼られてる人からすれば面倒を見る義理はないし何で自分がって思うだろう。

面倒を見てあげて欲しいなんて言わないが、もしあなたの周りにあなたしか

頼れない人がいるなら少しでいいから気に掛けてあげて欲しい。

たまに声を掛けるだけでもいいから気にかけてあげて欲しい。勝手な話だが。

自分人生を人に頼るなど甘えだと言う人もいる。だけど僕はそういう風に

切り捨てたくない。人は一人じゃ生きられないし、孤独で居ていい人なんていないから。

元増田も無理をしないで吐き出す場所を作って吐き出すようにしないと、

自分で言ってるみたいに潰れるぞ。

結婚と死

結婚する。昨日、双方の両親と会話した。そこに反対はなく、ただ祝福の言葉が届いた。帰ってから私は何故か感情抑制がきかなくなり、とめどなく流れる涙をどうすることもできなかった。ブレーキが壊れたように嗚咽をあげていた。

物心ついたときからずっと精神を病んでいた。いつも孤独焦燥感が私を支配するのだった。だから、静かに死ぬことだけを考えていたのに、今は人生ではじめて孤独を奪われてしまった。彼女は語りかけながら、傍らにいて、そっと頭をなでてくれた。

私はもはや死ぬという選択肢を自らの意思にもとづいて取ることがなくなった。今や私は死ぬことの選択を外部に委ねることができる。それは死ぬという選択肢を、「人に求められなくなったとき」――それは自らの決定に於いてではなく最愛恋人に委ねることが出来るということだ。

彼女がいるということで、私のコンプレックスであった「誰にも求められていない」という滑稽な空想否定されるわけだから、私はそれに基づいて自ら死を下すという決定を行うことができない。

出会ってからそんなに歳月を経たわけではないが、間違いなく最愛の人、であるわけだし、そういう人の手によって自分の、かつてのでたらめで無秩序な生が肯定され、死が滑稽な妄想のように扱われるのは、嫌な心地がしない。ずっと誰から必要とされることなく、誰にも愛されることのない、徹底した不干渉、それこそが自らの求めるものであったのにもかかわらず、今はその制約こそが幸せだと思う。そうして死の権限移譲された。

彼女は私がいなければ死んでいたと言ってくれた。何度も言ってくれた。愛の告白にしては些か荷が重いが、それでも、私ですら時として人を救えるというのは、自惚れに近いが、素直に嬉しいのかもしれない。

間もなく結婚だ。式は挙げない。一人で死ぬよりは幸せな結末をどこか期待しながら、今日は二人でカフェにでも行こうと思う。

2017-03-19

孤独艦これ

艦これプレイする時はね

誰にも邪魔されず自由

なんというか

救われてなきゃあダメなんだ

独りで静かで豊かで……





,

艦これをやったことある人ならわかると思うが、すごく孤独ゲームだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170312101607

フランスでの「君の名は。

2月下旬パリ孤独出張おっさんに、冬の雨が冷たい。美術館巡りも飽きたので映画でも見るか、ということで言語がわかる「君の名は。」。調べるとミニシアター3箇所だけでしかやっていない。他に週1や月1の公開が何か所か。マジかよ、パリ都市圏1200万人に対して3か所かよ?いや、公開後2カ月経っているからこんなものか。まだやっているのが奇跡というべきか。海外XXXスクリーンで公開、というが実態毎日やっている館数は一部なのではないか、という気もする。

 

どのミニシアターもかなりのマニアック臭がする。一番近いのは10区の北東。10区か。。。パリ治安はあまりよろしくない。正確に言うと、普通場所悪い場所があるのだが、北と東は悪い。10区は悪いほうである。行くだけ行ってみるかと、これも評判の良くないRERに乗って移動。RERはパリ近郊の中距離列車である日本人観光客は、空港から市内までの移動でB線と、市内からベルサイユ宮殿までの移動でC線にお世話になるのだが、間接照明で社内は薄暗く、社内中にトイレ匂い漂っている。刃物で刻まれガラスや壁への落書きが痛々しい。日本から来た新婚さんが、最初に夢から覚めるのがこのRERである。とはい最近は新型車両へ交換が進み、新型の社内はキレイで、快適に利用できた。

目的地の映画館移民街の駅にある。地下鉄から上がってみると、何をしているのかよく分からない人たちが、歩道にわんさかいらっしゃる。手に何か持って売っていらっしゃる人、呼び込みをしていらっしゃる人、一番多いのは何もせず通り行く人を見ていらっしゃる人。東洋人はほぼいない。白人もかなり少ない。過去パリの激安ツアーではこういうところのホテルを使って安くあげていたらしいのだが、さすがにトラブルが多いので最近は減っているらしい。映画館自体は意外に普通で、ほかにもミニシアターをみかけたので映画館の街かもしれない。だが「三葉!」「瀧君!」とかそんなスイート映画を見た後に、このハードボイルドワンダーランドを通って帰るのも、おっさん寂寥感が増幅される気がして、3つのうちほかの映画館に行くことにした。

テロはあったものの、最近パリ体感治安はマシになってきている気がしており(おっさんは年に数回定期的に出張に来る)、日本大使館HPを見ると確かに日本人被害件数は減っている(観光客が減っただけの可能性もある)。一方で、こんな警戒情報も出ている。空港から市内に向かう渋滞中のタクシーの窓を割って乗客の膝の上からバッグを奪う。そんな荒っぽい強盗流行っている。日本人も1カ月の間に6件も被害に遭ったらしい。ここはリオデジャネイロか、ヨハネスブルグか、と頭がクラクラする事例である

さて、移動して来たのが南にある6区のミニシアター。6区はリュクサンブール公園など、日本人イメージするパリである。このミニシアターは面倒くさそうな意識高い系シアターの雰囲気白人フランス人しかいない。日本映画を上映しない限り日本人が来ることもないだろう。

俺「君の名はチケットくれ(英語)」店員吹き替えフランス語だけど大丈夫だよね?」俺「吹き替えマジで?」店員冗談、ごめん、字幕だよ」とのこと。フレンチジョークをかましてきやがる。100席程度の小スクリーンはいえほぼ満席。両側に客がいる状況である。両方とも可愛い20代女子であるしまった、さっき一風堂餃子とマー油(焦がしニンニク油)入りラーメン食ったばかりだ、などと緊張する。絵にかいたようなおっさんである。客層は俺以外全員が白人フランス人若者老人からファミリーまで。片側の女子が後半ボロ泣き。隣の彼氏が慰めながら、俺の隣で濃厚なキスをかましてやがる。クソが(嫉妬文化)。逆側の女子もすすり泣きだったので刺さりは良い模様。エンドロール誰も立たず。イギリスでは残る人がほとんどいなかったので、文化差なのか、満足度差なのか、たまたまなのかよく分からない。

さらに続いて南の14区、モンパルナス近くのミニシアターへ。完全に住宅地の中にポツンとあるライブハウスミニシアターで、区民会館のような立地である。ところで、どんだけ暇なんだ俺。ここも100席程度で、レイトの割に入りは良く6割くらい。またもや俺以外全員白人フランス人レイトショーなのに小学生くらいの子供がいる。ありなのか?夜更かしするこういう悪い子が、地下鉄強盗するパリ青年ギャングになっていくのか(違う)。あっという間に上映終了。終了後の会話に熱があり(フランス語なので内容はまったくわからないけど)、こちらも観客の満足度は高そうであった。

Allocineというフランス語映画サイトがある。映画館もコレで探したのだが、観客レビューで「君の名は。」はなんと歴代4位。

http://www.allocine.fr/film/meilleurs/

レビュー数が少ないから高めに出てはいるのだろうが、上から順に、フォレストガンプハクソー・リッジグリーンマイル君の名は。ジャンゴシンドラーのリストであるフランス語サイトなので、日本人アジア人投票としているとかではあるまい。興行収入はたいして上がっていないようだが、評価はかなり高いようであるサイト上このまま記録として残っていくのか、と調べてみると、100位以内におおかみこどもの雨と雪とか、かぐや姫が出てくる。このまま残っていくようである。若干大丈夫なのか、という気がしなくもない。

英語圏IMDbでもレーティング8.7であり、IMDbは最低25000レビューないと歴代ランキングに乗らないらしいので対象外だが、8.7を歴代ランキングに照らすとこれも12位-18位相である。同じ8.7はフォレストガンプロードオブザリングマトリックスなど。現在22000レビューなので今後歴代に入ってくる可能性はある(ただし歴代に乗るときレビューの重みづけアルゴリズムが発動して、レーティングが変わるようである。)。

http://www.imdb.com/title/tt5311514/?ref_=fn_al_tt_1

アニメ好きを中心とした少数レビューゆえの点数ではあるのだろうが、それにしても高評価である日本映画は、欧米展開時の配給が弱かったり、マーケティングがあまりなかったり、スクリーンミニシアターや隔日ばかりだったりと、ポケモンドラゴンボールなど確立されたキャラクターを除いては、欧米興行収入を上げるにはまだまだ厳しい条件が多いのだろうが、このように高評価作品が続いていけば、道は徐々に広がっていくのではないかと思う。

2017-03-18

俺が女に相手にされないのは女が悪い、女は金と顔で選ぶから性悪だとか言うのに限って、女を分不相応に見た目で選んでたりする

女を品定めする癖に女から条件付けられたら逆切れする、自分は選ぶ側であるはずで、選ばれず孤独である現実が認められない

弱さと性格の悪さが、相手にされない本当の理由なのに

女のせいで俺がそういう性格にされたと平気で思ってるのが、まさに性根の悪さを証明してることも気付かない

万物の霊長主義

人間万物の霊長と考える事は傲慢と言われるが、しかし生きる上では一番楽で都合の良い考え方なのではないだろうか。



2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

もう二度とキャンプファイヤーできない

子供の頃、子供会の集いやらボーイスカウトやらで、キャンプファイヤーを何度か経験したことがある。

記憶ぼんやりとしているがおそらく

集団で組み立てて炎を作り、炎を囲んで歌ったり互いに話を聞かせあったりなどしていたはずだ。

子供心には、暗闇のなかで炎を囲んで過ごすだけのもので、たいして面白いとも感じていなかった。だが今となっては幻想的で趣のある儀式に思える。

孤独で寂しくて心地いいよ」状態に行き着いてしまったおれには、もう二度とキャンプファイヤーなどしないだろうことを思うと、いたく懐かしいものとなった。

三十三才男

2017-03-15

少しでも失敗したらすぐに投げ出す症候群

私は信長の野望が好きだ。浅井家と足利将軍家お気に入りで、しょっちゅうプレイしている。

でも、どこかの城が攻め落とされたり、合戦で負けたりすると、それだけでコントローラーを投げてしまう。電源を落としてしまう。すぐに取り返せるのに。

私はこんなことをよくしてしまう。

文章を書いている時、少しでもに詰まったら最初からやり直したりとか。

人間関係もそうだ。少しでもしくじったらもう話しかけられない。これまでに何人もの「仲良くなれそうな人」との関係を1ヶ月くらいで一方的に解消してきた。

こういう癖がついたのは7年前に上京してからだと思う。

一人も新しい友だちができない7年間、孤独には慣れたがこの癖には慣れない。

治したいんだけど、どうしたらいいんだ

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-14

http://anond.hatelabo.jp/20170314191944

世界危機」とは全世界あるいは宇宙規模の最終戦争や、異星人による地球侵攻などを指し、「具体的な中間項を挟むことなく」とは国家国際機関社会やそれに関わる人々がほとんど描写されることなく、主人公たちの行為危機感がそのまま「世界危機」にシンクロして描かれることを指す

具体的な中間項を挟むことなシンジ君は語りに入ったし、主人公たちの心理的危機感孤独がそのまま使徒リンクした形で描写された。

まして俺のいった「エヴァ以降はセカイ系解釈が広がった」という文面を勝手にお前は捻じ曲げている。

ちなみにニコニココメントを見てみろ。

「変容するセカイに関してはもともとディック的な世界観があった。セカイ系なんて勝手に名付けやがって」

と俺と似たような意見を俺以外のやつが述べてる。もう一度探すのはめんどくさいか自分検索しろ

まりエヴァ以降セカイ系解釈は明らかに幅が広がっているし、その証左ウィキペディアの「初出と初期の用法」のエヴァの事例にも顕れている。

もっとセカイ系定義なんて作り変えられていったもので、上の東浩紀がいったか固定化されるなんてもんでもないと思うがね。

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

無趣味人間だったけど

孤独になったら趣味がやたらと増えた。映画鑑賞小説プロレス観戦、海外サッカー辺り。

友達がそれなりに居ると趣味に依らなくてよくなる気がする。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313204730

天邪鬼な奴…

孤独おかしくなってるんなら

こんなところを荒らすよりも現実人間関係を充実させる方に力を入れろと言われているだけだろ

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