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はてなキーワード: 孤独とは

2017-04-28

猫なんてさ、

あんなに可愛くて愛らしくて俺が助けてやらないとダメじゃないか感丸出しのくせにさ、

実は孤独と戦う一匹狼で、家も手荷物もないその日暮らし、貯金もないし将来の保険だってまるでない暮らししてるんだぜ。

それに比べて俺はどうだ?

やれ収入が少ないか結婚なんて無理、将来の保障がないから老後に希望はない、仕事がつまらない、生きる意味が見つからないとか

二言めには自分社会を恨む言葉けがぼろぼろと出てくる。

猫ちゃんのうるんだまっすぐな瞳で見つめられるとさ、自分が恥ずかしくなってくるよ。

もう少し強く生きなきゃな。

2017-04-25

うおおおおおネットがないいいいいいい

ヒョンなことからパケットを使い切った状態田舎旅行に来た俺は、回線がロクに機能しないスマホ以外にネットに繋がる方法を失った。

友達ネットにあげた画像が重すぎて読み込めない。

話題ウェブ漫画の最新話が重すぎて読めない。

あるのはほとんど文字だけの通信と、目の前に広がるほぼ未開の地だけ。

別の星にでも旅行に来た気分だ。

助けてくれ、これが孤独か。

2017-04-24

感想文と呼ぶこともできないなにか

山月記の李徴みたくなるんじゃないかってすごく不安だ。

彼ほど人を見下して生きてはないけど、何かしら理由をつけて人と交わろうとしない、御託は色々並べるけど、結局李徴と同じ、臆病な自尊心 のため。

高校国語の授業で山月記をやったとき、ひやっとした。彼は極端だけど、自分は彼に似てる。今まで本で出会った登場人物の中で一番共感したのが李徴だ。彼の漢詩のどこか微妙なところって、共感性がないところだと私は思った。風流を読んだ歌や恋愛の歌は多くの人が理解やすいんだと思う。けれど孤独な彼の歌は、その中に他者存在がなくて、かわいそうな自分を単に詠んだだけなんだ。しかも多くの人はわからない経験

彼は友人と交わり切磋琢磨しあわなかったことを後悔している。今の私にはすごくわかる。友人と交わるってすごく大事なことだ。特に、夢が見つかったとき

1人きりで頑張れるのは本当にごくわずかな人なんじゃないか。誰か話せる人が欲しいな、って揺らぎが来てしまうんじゃないか。でも、孤独ばかりでいた私は、友達と交わす言葉話題もわからない。よりいっそう孤独を感じる。本で読んだけど、人間には「仲間になりたい」っていう本能があるらしい。だから、独りって寂しくて不安で当たり前なんだ。自分のことは大嫌いだし、できれば私を目に映さないで、なんて図々しくも考える一方、心と心で通じあえたらいいのに、とも思う。

このまま、孤独孤独から脱出の中で苛まれながら生きていては、李徴みたく人間としていられなくなってしまう気がする。社会性を、少しずつ積み上げて、孤独から早く脱出したい。

2017-04-23

学校司書という孤独

最近学校司書について話題になっていた。

求人を見るとなかなかの低待遇

話題となった司書手取り10万円を切っていたようだけど、これは学校司書としては結構普通のこと。

たとえば日給6000円だとして、6000円×21日=126000円から社会保険税金職場の親睦会費を引くと場合によっては切るかも。

祝日があるとそれだけでお給料が減るし。

交通費も出ないとこも多い。

それから、日給は良くても勤務日数が少ないとかだとあっという間に一けたになります

非常勤嘱託員や臨時職員はたとえ勤務日数が少なくても副業が認められていなかったり。

それはまあ、他の例えば役所臨時職員と同じなのですが、役所臨時職員あくま正規職員の補助的仕事

それに対して学校司書は、一人でその仕事をする立場

この違いは大きいと思います

サービス残業もざらだと聞きます

学校自体残業は当たり前の世界ですし、それについて気にかけてくれる人もいない。

教員残業前提で「教職調整」なるものが僅かとはいえあるのですが、学校司書にはそれもなし。

孤独感と、サービス残業の中でモチベーションを保つのは大変なこと。

それでもやりがいはありますし、それなりに誇りを持って働いてこられたのでしょう。

学校司書児童生徒の「命にかかわる仕事」ではありません。

それは他の職種と違うところです。

でも、だからなくていい仕事なのでしょうか。

学校司書仕事を知らないから、手取り10万を切る報酬でも高いと思うのでしょうが

それをその条件で雇われている人の前で口に出していいものでしょうか。

これは学校司書に限らず、いろんな仕事にいえることだと思う。

みんな友達ってどうやって作ってるの?

気づいたら孤独になっているのでちょっとヤバいと思ったんだけど、

学生生活が終わるともう友達を作る方法って基本無いね・・・

社会人サークルは異性の出会い目的がメインでちょっと毛色が違うし

地方からオフ会もなかなか無い。

 

まあ、そもそも他人と関わると死ぬほど疲れるから孤独の方が良いのかもしれない。

この先まだチャンスがある気がするけどなぁ...

あきらめた自分正当化するのは上手だけれど、正当化できるほどさらけ出してはいないし、妥当手段を使っていたようにも見えない。それに25歳であきらめるのはちょっと早いと思う。

若すぎる

まず、元増田婚活するには若すぎると思う。

多くの女性は友人が手に入れているもの自分も手に入れたいと思うのでは無いかと思う。つまり、友人が結婚していたら、自分結婚したいと思うし、友人に子供が居れば、自分子供が欲しいと思うものではないかと思う。

東京都平均初婚年齢2015年調査で30.5歳らしく、分布はなだらかになっているものの、高年齢での結婚裾野が広がっている感じらしいので(http://www.garbagenews.net/archives/2020939.html)、25歳の女性結婚のけの時も考えたことが無い人ばかりでは無いかと思う。いや、元増田10歳年上でも全然問題ない人なら今のでOKなんだが、同じくらいの歳の女性を見ているとしたら、25歳でがちに婚活している女子はそもそもまれだと思う。

早すぎる

おっさんやおばさんしか居ないからと切って捨てるのは簡単だけれど、その先が見えていないと思う。

自分の親世代の人は普通に考えると自分と同じ世代の子供が居るか、自分と同じ世代の子供が居る友人や知り合いが居る。

その辺の人とある程度関係を築いて、信頼を得ていたら、そのつながりでお見合いという路線もあり得るわけで、年上だから損切りするには早すぎる。元増田自身もある程度の歳になって、結婚をせかされるようになったら、同世代の子供たちはみんなそうなんだから、その頃になると大卒正社員元増田モテモテじゃないかと思う。

手段が今ひとつ

結婚相手となる女性に会いたい割に、ダーツバーに行く、無料料理教室に行く、ビジネスセミナーに行くと結婚相手が居なそうな場所に行っているというのが今ひとつ

それよりも、自分趣味の集まりに行くとかの方がずっと出会いが多そうな気がする。

あとは、出会わない理由女性の方も出会場所に行っていないからだと思うので、女の兄弟が居ると同世代女性がどこに生息しているかもわかるわけで、その点は強いよね。

女の打算

元増田のように人生プランを滞りなく進めたいか、友人がプラン上に乗っているので自分も乗りたいという女性普通にいると思うのでその打算を受け入れられるなら、元増田にある程度の打算があるのは問題ないと思う。

安定した収入の人の元で子供を産み、子育てしたいというのは普通だと思うし。

元増田の周りにも優しい女の人は居ると思うけれど、どんなにきれいなお花でも水をあげないと枯れるからね。不細工を自認しているなら、なおさらどうやって水をあげ続けるか(つまり、作った関係を長続きさせるか)を考えた方がいいともうよ。

どうしても需要が無いと思えて仕方ないなら、瀬戸内寂聴氏の「孤独を生ききる」でも読んどけ。

http://anond.hatelabo.jp/20170422133833

2017-04-21

時代の流れの速さを感じる

笑ゥせぇるすまんの新作が放映されたこともあって、ギミア・ぶれい時代の旧せぇるすまんもビデオサービスで見れるようになった。

たった20年程度の過去なのに随分世の中変わったもんだと実感する。

気になったことをいくつかあげると、まずセクハラ課長関原さんが次期課長候補女性のお尻を公然と撫でて「触られるうちが花だよ」と捨て台詞を吐き、さらにそれを周囲の女性同僚が「男なんて触らせとけばいいのよ」的な反応をしてたこと。

今同じ内容がOAされたら炎上どころじゃすまないだろうな。

そして何よりもびっくりなのが、孤独すぎて伝言ダイヤルにハマっていた男性が喪黒に「絶対に会おうとしてはいけませんよ」と言われたのを破って電話相手に直接会いに行ってみたところ、その相手は実は大人びた口調の小学生女児であったというオチ

女児に「一緒に駆け落ちしましょう」的なことを言われて主人公ががっくりと絶望するシーンで終わるのだが、これは今時のバブみ男子には最上級のご褒美のはず。

そうか、昔は精神的に成熟した女児に迫られても性的対象ではないと絶望するのが一般的感覚だったのかとこの時代の流れの速さを感じてしまった。

人に仕事押し付けている人がいて、

他の人が困るからと肩代わりしていていたら、

つの間にか押し付けている人がやった仕事にすり替わるのはよくある話で。

放置された仕事に手を着けないよりも、替わりにやった方が客商売的には正解なんじゃないかと思った。

世間では社畜だなんだと言いはするけど、

相手に何度言っても改善どころか程度は悪くなっていく。

相手ゆとりでも何でもなく50そこそこの人だと思うと大丈夫なのかと、

逆に心配にすらなる。

人の意見ものらりくらりと拒否し、自分世界の中で生き続けてる。

孤独に苛まれないのか、逆に不思議になる。

頼らず頼られない世界を生きるのには、そろそろリスキーな年齢なんじゃないだろうか。

まるで宇宙人妖精の類にしか見えない人間の後始末は、不毛で苦しい。

精神疾患理由社会から拒絶されそう

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな人たちになんて認められなくたっていいのに。まっとうに生きていきたいだけなのに。

「まあ、そんなわけで、精神疾患を抱えた状態のひとを会社が受け入れるポストがあるかどうかってことをあとは会社あなたで調整してください。がんばって」

そう言われて、面談は終わった。帰り道、とぼとぼと歩きながら、「疑いがあるというだけで人格障害であると決めつけられ(それは正式な診断ではない)、だPermalink | トラックバック(2) | 11:39

2017-04-20

対人恐怖を治したい。

精神的に未熟で、毎日不安です。

二年後に成人するというのに、思春期の初め頃から今までずっと、

・人の悪口、噂話をきくのもいうのも苦手

・人に嫌われることや人の目に止まることがものすごく怖い

友達や知人、先生に対して感じのいい対応ができなかったとき帰宅してからずっと落ち込んでしま

という癖があります

苛められたことも悪口を言われたことも聞いたこともないけど、たしか中学くらいの時から他人ものすごく怖くなりました。幸いにも中学高校は昔からの友人が一緒で、完全なる孤独は避けられたけど、新しい友達はろくに作れなかった。

中学の頃は、何でも話せる友人がいて、その子には他人が怖いって悩みも当時はよくしていました。彼女は私と違い高校で沢山友達ができて、色々思い出がつくれたという話をきいて、置いてかれてしまったな、と思った。対人上手くいかない同士として悩みを聞いてもらっていたけど、今でも他人が怖いなんて言ったら、対等な友達でいられるかが不安。まだそんなこと言ってて、馬鹿じゃないのって軽蔑されるのが怖いです。

このままだったら私、アラサーぐらいになってもこんな子供じみた悩みを抱えたままかもしれない… 既に同年代の子と話すとき自分の幼稚さを感じるし。でも向き合うのから逃げてたら、対人スキルの差は余計に大きくなってしまう…

将来、無事就職できたとして、このままでは普通社会人よりもずっと会社社会迷惑をかけてしまいそう。

変わるために何かしなきゃ、と思って挑戦してはなかなか前に進めずにいるので、新たな挑戦として、他人の目にふれる場所に悩みを投稿してみることにしました。他人に見られることを前提に文章を書いてみただけでも、自分客観視できてよいことですね。少しすっきりしました。

どんな言葉でも、何か意見をいただけると嬉しいです。

はじめて書くので構成が下手で文章まで稚拙になってしまいましたが、

ここまで読んでくださりありがとうございました。

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

削除されてしまったものへの返信というものは不躾でありましょうが、よければご一読ください。


先ずご投稿からはお母さまがどのような人柄であるのか、また離婚されたお父様(貴方の実の父ですね)がどのようなお人なのかが良く分かりません。

ですが、貴方相談相手として登場してこない不在性から言って、お父様とは離婚後にあまり連絡を取っていらっしゃらない、

言ってしまえば頼りに出来ない相手であろうという仮定で話を進めます


お母さまは貴方に、物質的な豊かさを与えたことで親の義務は十全に果たしているということを主張されたそうですが、これははっきり貴方に対して負い目を感じているからこそ出てくる言葉でしょう。

正確には貴方に対してではなく、前夫との結婚が失敗であったということに対する負い目でしょうがね。

前夫との破局についてどちらに大きな責任があるのかはわかりませんが、仮に前夫の男性一方的加害者であったとしても、そのような相手婚姻してしまったというのはお母さまにとってはやはり過ちで負い目です。

その後お母さまは幸いなるかな、現在旦那様と再婚をなさり、少なくとも今に至るまで十年程度は結婚生活を維持なさっていることになりますが、

やはり普通に考えて、過去の過ちを繰り返さないようにしよう、今度こそ上手くやっていこうと思っておられるのだろうと思います


そのようにお母さまを等身大の一人の人間として捉えるのはその庇護下にある貴方には難しかろうとは思いますが、上述のような感情の動きは何一つ珍奇でもなければ歪んでもいませんよね?

で、お母さまがそのようにお考えだとしても、当然貴方のお考えとは全く違います

貴方にしてみれば、生まれた時から父親がおらず、物心いたころに家庭に他人侵食してきて、自分とは立場の違う存在を妹であると考えなければならないという、

やるかたのない孤独を抱えさせられてしまった、ということになるのではなかろうかと憶測します。



簡単にまとめれば、お母さまにとって大過去の「離婚」は「過ち」であり過去の「再婚」は「挽回」なのですが、

貴方にとっては大過去の「離婚」は「前提」で過去の「再婚」は「裏切り」だと言えましょう。

この様に、一つの事柄立場がたがえば文脈というのは変わるもので、親子として同じ体験を共有しているはずが考え方感じ方は真逆になってもしまます

貴方が己の生きづらさを「裏切り」に求めてそのことをお母さまに訴えても、

お母さまにとってはそれは「挽回であるために、理解が得られない。ということになるのだと思います


問題の眼目は以上の齟齬にあり、「貴方物質的豊かさを与えたお母さまは親としての義務果たしていると言えるや否や?」

などということは考えるに値しない問題と言えるでしょう。

ですからつまるところは「貴方文脈に則って物事を考えて呉れないお母さまは親としての義務果たしていると言えるか?」なのですが、

これはもう、判ると思いますが、矛盾をはらんでいることです。

だってお母さまには今の夫と今の子供もいるのですからね。今の結婚生活裏切りの所産だと捉えるのは難しいでしょう、

別に貴方貴方以外を天秤にかけてそうするわけでもないでしょうが、どうしてもそうなってしまうのは否めないでしょうね。


私は貴方他人なので、このように冷静に考えられるわけですが、貴方にとっては色々と難しいことでしょうね、幼いですし。

ですが、この様に問題を整理して見渡せば取りあえず今貴方の周りにいる誰かが悪いわけではないということだけは、泣く泣く理解できるのではないでしょうか?

こういった難しいことを体験として判っていくことが、結果として貴方を素敵な人間にしてくれるのではかろうかと私には思われます

お家にとどまるのもいいでしょうし、早期に独り立ちするのもいいと思います

上述のようなことを踏まえた上で、貴方の新しいお父様や妹さん、そしてお母さまのことを見てみてください。少し違った見方が出来るのではないでしょうか。

お辛いとは思いますが、一つ気をしっかりもって頑張ってください。陰ながら応援しております。草々不一。

孤独のグルメドラマ何か違うよな

再現できてないとか面白くないとかではなくて

ある程度再現できてて面白いという実写化なんだけど

決定的に違うのが漫画ゴローちゃんキャラじゃない

 

漫画ゴローちゃんはアームロック決めるようなファイターだけど

ドラマゴローちゃんは弱きサラリーマンじゃん

静かなファイター孤独に飯食ってるのがギャップとして面白いのに

弱きサラリーマン孤独に飯食ってたら寂しいばっかりじゃん、面白いけど

本当は強いし確固たる信念持ってるオッサン心中で失敗したとか思いながら飯食ってるのが面白いんであって

保護しないといけなさそうなリーマンがごちながら飯食うのはコンテンツとしてもはや別物

スープカレー普通カレーくらい違う

それが孤独のグルメが他の飯漫画と明確に線引きできる要素だったと思うんだよ

生活基盤そのものが孤高であり、孤独ってのはまあ、自虐的ニュアンスで付けてるから

 

から違うんだよな

手放しに褒められない

まあ、昨今は底辺にすり寄って主人公スペックを落として共感やすいほうがいいって法則があるから

からアームロックしたり甲子園を服脱いで観たりするようなゴローちゃんから

情けない顔したゴローちゃんに挿げ替えて結果的に実況厨が大喜びする内容になったんだろうな

2017-04-18

自由孤独は金で買える

自由孤独お金で買える

お金が無い子どもは親に育ててもらうしかないので孤独自由ない

学生の本分は勉強」とか言ってアルバイト禁止

小遣いを制限

お金を使うことは悪い事だと教えこめば

子ども自由制限するなんて簡単

逆に言えばいつも自由なのに

孤独寂しい病」にかかっている老人は

お金や物を周囲にあげすぎているんじゃないか

お金や物をもらいすぎた時

良心ある人間

「もらいすぎると悪いか距離を置こう」

と思うんじゃないか

そして孤独をこじらせてたくさんのものをあたえる老人の周りには

もらい続けて平気な人だけ残る

2017-04-17

12日夜よりマストドンやってみた感想

4月12日よりマストドン参入。最初システムがよくわからず、辺境のよくわからんところでフランス語イタリア語かよくわからんそのへんの言語のなかで孤独な2バイト文字の戦いを繰り広げていたのだが、ものすごく楽しくなかったので、そのときちょうど開設されたピクシブ運営の例のインスタンスアカウント開設。

あの場所に関してはわりと最初からインターネット老人会雰囲気はまったくなく、ものすごい勢いで絵が流通していた。しかロリ絵とかショタとかふたなりとかリョナとか、まあ基本的にあまりおおっぴらにできない趣味の絵が非常に多かった。というよりロリ率の高さはまさに異常。高速美少女回転寿司なんて比喩があったが、高速すぎてなにも見えないうえに、意を決して手をつっこんでみたらロリ寿司しか当たらないよっていううれしい♡世界

まあ運営ピクシブということで、平均年齢は非常に若い感じがした。十代後半から二十代前半までというところだろうか。なおこれを書いてる増田は相当のおっさんであるもよう。

もちろん若い人、というかピクシブ由来の参入者ばかりではなく、俺のように「とりあえず新しい場所から参入してみた」という人間もいるだろうし、ちょうどjpが落っこちてるタイミングだったので、ひとまずマストドン始めよう、ここでいいかみたいな感じでアカウント取ったインターネットおもしろおじさんも相当数いたようだ。

これらが一度に一箇所に飛び込んだものから、そりゃもうすごいありさまだった。いくらなに突っ込んでも鍋は鍋でしょって言ったって、だれがチョコぶちこんでいいって言ったんだよみたいなそんな状態。印象としては「ツイッターが取りこぼしたもの」が濃密なごった煮になってる感じだった。たとえばそれは嗜好性の強いエロ絵。すでにコミュニティが確定してしまったツイッターという場で新しいものを得られなくなった人々。

とにかくローカルタイムライン存在は強い。もちろんかつてはツイッターにもあったものだけれど、これが高速で流れていくことのなによりの感動は「回線の向こうにも無数の人間がいて、日々生きている」ということが可視化されるということだ。もうインターネットやって20年近くになるけど、俺が求めていたのは常に「自分は一人ではない」ということだったような気がする。一人ではないということは、二人になりたいということでは、実はない。たくさんのうちの一人であることは、とても安心感のあることだ。

新しい場所では、人は新たな関係を築こうとする。その結果が大量のふぁぼやフォローとなってあらわれる。てきとーに連投してればふぁぼやフォローいくらでも増えていく。といっても、そのふぁぼやフォローは「相手に知ってほしい」からするものというのとは少し違う気がする。これこれこういう場があって、自分はそこにいる。ほかの人もそこにいる。「あるある」とか言いながらふぁぼをする。いってみれば、場を共有していることに確認のためにそれをするような気がする。

これが日本特有なのか、あるいはほかの国でもそうなのかは知らんけど、こういうがらんとした空間人間を閉じ込めた場合、人はまず「ここはこういう場所である」という設定から入る感じがする。共通ジャーゴンの発生がそのあらわれだ。今回のpawoo鯖の場合、非常にタイミングよく、他のインスタンスから遮断されるという、より「この場」を定義やす事件が起きたことも大きい。

そして「なにもない場所」に人が集まる。このとき通貨として使用されるのがふぁぼやフォローである感じがした。

いま、その状況はすでに落ち着きつつある。ふぁぼの乱舞や場の確認行為のあとに続いて多く見かけるようになったのは、あいさつである。「フォローありがとうございます」などの。通貨はよりコストの低いものとして流通しはじめる。

おそらく、これを書いている段階で、初期の狂騒はすでに終わっているのだと思う。残念ながら俺はおっさんである。ミクシからニコ動ツイッターやら、ほかいろんなサービス消長というやつを見すぎてきた。

なんというか、ドッグイヤーどころの騒ぎではない。すでに随所で見かけている感想ではあるが、SNSの発生から隆盛、そしておそらくは衰退までも、超高速でやらかしている感じである

個人的には、ローカルタイムラインがきちんと機能している限りは、マストドンは、そこそこは楽しい場所であり続けると思う。できれば、そうあってほしい。

ピクシブインスタンスを作った時点で、これは企業主導でやるしかないだろ、というようなことをすぐに思った。素人の戯言ではあるが、個人的には、さまざまな企業が自社文化親和性の高い人間をどんどん囲い込むためにマストドン有効ツールだと思う。逆にいえば、特定企業が作ったインスタンスに集う人たちが、ローカルタイムラインになにを放流するのか見てみたい。ドワンゴやらfc2やらいかにもな企業が作ったものよりも、たとえば新人物往来社とかオーディオテクニカとか「え? そこ!?」みたいなのが見てみたい。あと、はてなインスタンス想像するだけでクソ濃密そうなので別にいいです。あったとしても、俺は逃げる。

http://anond.hatelabo.jp/20170417000720

たぶんあなたは優しい人。

そんな態度を取られたら怒る男はたくさんいる。

から普通女性は心の中に思っても言うことはない。

私も同じような事態から結局は離婚の道に至ることになった。

失敗した人間からアドバイスできることは、絶対にそういう態度に我慢してはならないということ。

夫婦の間に愛がないのなら、どう愛し愛されるか真面目に話し合わないとだめ。

それでも話にならなかったり、妥協点が見つけられない場合は別れを切り出すこと。

特に共働き実家などの帰ることができる場所がある女性は、旦那存在価値自己実現踏み台になることが多いのだと思う。

生活を作るのではなく、自己実現の道具にされてしまう。

それぐらいであれば別れてしまいましょう。

結婚というのは最終的には二人でいることで欠けた心をつなぎあわすことに意義がある。

それなのに離婚前提の自己実現の道具にされてしまうのなら、まだ一人で孤独に耐える方がましだ。

飲み会の中での孤独

人付き合いが苦手。

特に飲み会のような、みんなで話し合うのが苦手。

一対一はまだ話し合える。

集団になると急に何を言って良いのか分からなくなる。

特に女性がいるともうだめ。

全く発展性のない話を繰り出してしまう。

結果的にいつも自然とそういう楽しいまりからは呼ばれなくなる。

心の中ではそういう集まりを楽しみにしてる。

たまにみんなと楽しく終わる時があるから、そんな時を期待して。

これも何かの発達障害なんだろうか。

2017-04-15

俺は結構人を助けたいとも思うけど大体はモラハラとか暴力だとか言われて決裂するから

結局孤独な人は何も言わなくても自分の思った通りに動いてくれるロボットとか

無条件の承認とかそういうものを欲しがってしま幼児性を抱えて生きてるんじゃないかなあって思います

2017-04-13

Instagramを始めたかったけどできなかった話

はてなのサービスで他社サービスの話をするのはあれだけどさ...

今年の4月3日。俺はみんなやってるからInstagramを始めたくなった。

早速自分アカウント作成した。まず初めにどんな画像投稿しようか考えて、とりあえず設定ページに移ろうとしたが、なぜかInstagramからログアウトされていた。

もう一度ログインしようとすると、俺のアカウントはもう消えていた。俺のユーザーIDURLにつけると、存在していないことになっていた。

俺はそのアカウントでもう一度アカウント作成。今度はFacebook連携させた。でも5分ぐらい経ったら俺のアカウントは消えている。

パソコンスマホアプリで試したが、やはりInstagramはできなかった。

なんでみんなはInstagramができて、俺だけできなかったのだろうか。すごく悲しい。テレビでもすぐにInstagramの話になるからいやになってしまった。

たかが1つのSNSで、俺は孤独感を味わってしまったのである

2017-04-12

劇場版けものフレンズありがちなこと(※ハリウッドリメイク

http://anond.hatelabo.jp/20170409112247

だいたい のけもの関係

1.かばんちゃんは孤独存在自分存在が何なのか悩んでいる

2.サーバルちゃんとかばんちゃんは最初仲が悪い。サーバルはかばんをばかにしておりかばんはサーバルをうざい奴だと思って反目しあっている

 (「リーサルウェポン」「モアナ」「ズートピア」「レイア姫とハンソロ」)

3.前進する連なり×数回(特訓する退屈なシーンはウキウキするBGMごまかす)

4.たーのしー シークエンス 

5.偽りの勝利 

サーバルちゃん以外のフレンズに認められるかばん。「おまえ持久力すごいな」「字が読めるんだね」「料理うまいのです」

孤独じゃなくなれた気がするかばん。でへでへしてるのをみてサーバルはあんまり愉快でないがかばん本人は気づかない。

 が、それは勘違いだった。  

  「そいつは<ヒト>だ!面白半分にアメリカバイソンを撃ち殺した奴なんだ!」(この科白はたぶんツチノコ

 孤独に戻るかば

6.最大のピンチ(この辺は原作のまま)

7.助かる/勝利/フレンズ

8.終わり

2017-04-10

みんな死んだ

長生きはしてみるもんだというが、友人知人、家族にまで全員死なれてみるとただ、ただ孤独になるだけである

誰かと時間を過ごした後の方が孤独が胸にくる

http://anond.hatelabo.jp/20170410114326

「あっ、自分同性愛者だからキャリアいくら積んだからって一生孤独じゃん。働く意味!?」っていう着地点になるんだよね。

キャリア積んでどうするの?

これどうしたらいいんだろうなあ。やっぱりさっさと死ぬしかないのかな。

同性愛者の就活理由orキャリアプラン

投稿現在M2就活中。24歳。

就活を通して将来のキャリアプランとか考えるんだけど、自分同性愛であることが原因なのか明るい未来想像できない。

すごいエンジニアになって、仕事バリバリやって、金ガンガン稼いで、面白いものつくっって....てな感じで色々考えても

「あっ、自分同性愛者だからキャリアいくら積んだからって一生孤独じゃん。働く意味!?」っていう着地点になるんだよね。

中学生とき同性愛に目覚めて、いま24歳。両親の離婚自分性癖不登校浪人生活.....色々乗り越えての現在(いろいろあったなぁ)。

大学では友人に恵まれて、人生で一番楽しかった。それもあと一年で終わり。

友人たちもそれぞれの道に進むために就活中。社会人になって、家庭をもって、キャリア積んでとかそれぞれの夢に向かって散らばっていく。

今までみたいに、学校行けば誰かがいて、楽しい時間を過ごせるってことがなくなる。

からどうしてもパートナーがほしい。一生とは言わない、社会にでてからも支え合えるパートナーがほしい。生きる原動力がほしい。

若さを失い始める年齢だし、年々パートナーを作れるチャンスが減っている気がする。肉体的に最も活発といわれてる16-25歳で童貞。愛するひとと、若さをぶつけあう激しいHがしたかったなぁ。

パートナーてどうやって作るんだろ?なんで就活してるんだろ?キャリア積んでどうするの?

羽海野チカ先生神谷さんと杉田くん

羽海野チカさんと、神谷浩史さんと杉田智和さんで、夜にお台場ガンダムを見に行ったという話を、声優お二人それぞれのラジオで語られたのを聞いたことがある。

それを聞いたとき、すごくいい光景だなと思った。

大人自由を得た頃の、若い美しさだと思った。ほかならぬこの3人、というのが当時の自分にはぐっときた。

これが美しい記憶だと思うのは、自分にもそういう光景が残っているからで、この人たちの中にも美しいものとして残ったらいいなと思っていた。

神谷さんとそう変わらない年齢の自分は、そうやって時間を共有していた友人たちがそれぞれの家庭をもち、“仲間”のような過ごし方はしなくなった。

それが異性だとなおさら友人づきあい簡単ではなくなり、年に一回、あるいは数年に一回、家族ぐるみで会うていどになった。

友人たちが責任ある人生を進んでいることは喜ばしいし、自分自分で気楽にやっている。

ただ単純に、人と会い、誰かと会話し、人と一緒に出かける時間は減った。一人で暮らして、一人で行ける範囲に出かけて、一人で入れるお店に入る。

余暇時間の大半はtwitterで知り合った人たちとスマホでおしゃべりすることに費やす。(ネットがあってよかった!)

念のためにいうけれど、幸不幸の話ではない。

人が人と一緒に生きていくというルートからちょっと外れてしまったせいで、人と一緒に生きる時間が圧倒的に少なくなり、あれれ聞いていた話と違うなあ、とは思っている。

思っているけれど、来し方を振り返れば、まあ仕方ないし、納得もしてる。そうか、自分は「取り残される側」だったのだ、と。

神谷さんが引っ越して、ゲーム処分して、杉田さんたちとの交流がぱったり途絶えたときに、「ああ、これは」とぴんときラジオリスナーは多かったと思う。

そして、とても失礼な感想かもしれないけれど、残された羽海野先生は、お台場ドライブ光景を覚えているのかな、とそのときに思ったのだ。

本当に勝手想像申し訳ないけれど、きっと一人で生きて行くんだと思っていたら、まんまとそうなった自分は、羽海野先生もそうだったんだろうなと勝手共感をしている。

じつは『3月のライオン』は1巻で示されていた主人公孤独が恐ろしくて、その後カバーに描かれた人たちの姿が温かいことも恐ろしくて、2巻以降に手を伸ばせずにいるんだけれど、いつかは読むつもりだったから、この機会に残りをまとめ買いしようと思う。

ブクマがついていたこ記事吉田豪 羽海野チカを語る」を読んで。

http://miyearnzzlabo.com/archives/42839

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409103955

なんだ、息子さん本人が楽しんでるのか。

じゃあ孤独でもなんでもない、うまく行ってるんでしょう。

もっと難しい子の場合、対人恐怖やトラブルがある。

本人が楽しんでまた遊びたいと言ってるなんて、すばらしいじゃない。

強い子だと思う。

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