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2016-09-26

東京から京都に来た瞬間に感じる息苦しさ

翌日から、頭の悪い私立大学の授業が始まるので止む無く京都にいる。

京都に来た瞬間にどうにもならない息苦しさを感じる。

とにかく苦しいのだ。

見てくれが醜い人間はどこまでも孤独で、この苦しみから離れることができそうにない。

どうして東京大学に通うことが出来なかった頭の悪さを嘆く。

しかし、京都でも夏は酷くはなかった。

ただそれは、東京に帰れるという希望があったという根も葉もないものである

とりあえず、冬休みには高校時代の友人と海外旅行にいくのは決まった。

京都の息苦しさから逃れたいのだ。

形代として貯めていたカネだったが、旅行も整形もすればいい。

迷っていたが、決まりだ。

持病の治療薬の副作用で酷く深く付いたニキビ跡やらを全体的に汚い容姿をマシにしたい。

2016-09-25

悲しみの果てにたどり着くのは孤独な静寂

コップに注いだ水を支える力もなく

震える手を感じながら

己の無力を嘆き続ける。

聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語

自分聴覚障害者感動ポルノを描いてくれと言われたらこういう作品を描くと思う



主人公男の子クラスのガキ大将

ヒロインは耳の不自由女の子

ある日、主人公の通う学校ヒロインが転校し、そこから物語は始まる



主人公は耳の不自由ヒロインに対し好奇心からイジメを行う

ある者はそれに加担し、ある者は見て見ぬふりをする



しかしそのイジメエスカレートし過ぎた結果、大人の介入を招き、主人公は一人全ての罪を背負わされる

ヒロインへのイジメはその後も続くが、主人公クラスで完全に孤立する



仲の良かった友達に殴られ、上靴を隠され、イジメる側から一転、イジメられる側になった主人公

ある日、朝早く登校してみると、いそいそと自分自身の机への落書きを消しているヒロインを目撃する



やられるばかりでやり返すことのない、そんなヒロインを見て内心馬鹿にする主人公

自分はそんな事はないとばかりに、クラスメイトが上靴を隠す現場をおさえ殴り掛かる



しかし、あえなく返り討ちにあってしま

ズタボロになって横たわる主人公、ふとそこへあらわれるヒロイン

そっと主人公の元へ歩み寄り、笑顔で手を差し伸べる



「親切ぶるな!言いたいことがあるなら言えよっ!」

差し伸べられた手、それを拒否した主人公は叫ぶ



一ヶ月後ヒロインは転校する



明くる日の朝、机をみて主人公は気付く

あの日の朝、いやこれまでずっと、ヒロイン必死落書きを消していたのは彼女の机ではなかった、自分の机だったのだ……と



自分の愚かさに気付いた主人公

しかヒロインはもういない

行き場のない気持ちを抱えたまま、一月、一年と時はたち、主人公は次第に自分の殻へとこもっていく



友人もなく、楽しいことも、したいことも、自分にはただの一つも生きている意味がない

死のう……

いつしか主人公自殺を考えるようになっていた



死ぬ前に何がしたい?

そうだ、あの女の子に会いたい……

会って……俺は――



そして、ヒロイン行方が分かった日

主人公は全ての身支度を整えヒロインに会いに行く



そこへ近づくにつれ、鼓動が高鳴る、トクントクンと

そんな自分に動揺しながらも、一歩、また一歩主人公は歩を進める

そして――



髪は少し伸びてる

身長も、いや、でも俺の方が高い

服は?制服

良かった、学校に行ってるんだ

何か言わないと、何か……

そうだ……一体、俺は……何を――



ずっと望んでいたこと、しかし心の揺らぎを止められない主人公

成長したヒロイン、昔とは何もかもが違う

でも……

ただ一つ、かわらないもの……

そこにはあの頃と同じよう、ただ静かに、そしてやさしく微笑みを湛える笑顔があった……




「ともだちに……なれるか?」



主人公の口から出た言葉と憶えたての手話

はっと驚き頬を赤らめるヒロイン

その右手主人公の手のひらをぐっと握っていた





この物語にはヒロインの心の変化は必要ない

心の内側を描く必要もない

ヒロインはただ一人孤独に頑張り、ただひたすらに耐え、ただひたすらに優しく、最後主人公を受け入れるだけの人形で良い

なぜなら感動ポルノから



聴覚障害物語ギミックだ、主人公イジメ動機となる

そして障害というハンデを背負うヒロインが頑張る姿は読者の涙を誘う



障害者人格無視して、天使のように扱い、都合の良い部分だけを切り抜き

健常者が成長するための道具としてのみ使う



これが感動ポルノだと思う



ところで

聲の形感動ポルノ

ヒロインイジメたことで孤立した主人公が成長した後、ヒロインと再会し救われる、そして恋に落ちる

こんなもの感動ポルノしかない」

こういう声がある



しかしそれは違うと思う

聲の形はここで物語が終わるのではない

ここから物語が始まるのだ



殆どの人はわかっていると思うが上述した物語聲の形の導入部だ

確かにここで物語が終わればそれは感動ポルノだと思う

しか聲の形という物語はこの出会い、再会の部分から始まるのだ



そしてその後、感動ポルノでは決して描かれることはないであろうヒロイン内面、その葛藤

決して天使はいえないようなどす黒い部分、それらが主人公含めその他の登場人物と共に描き出される



主人公は確かにいじめっ子ではあるがいじめられっ子でもある

ヒロインは静かでやさしいだけの天使ではない、他人迷惑をかけ、沢山の間違いを犯す

主人公ヒロインに救われるが、同時にまたヒロイン主人公に救われる

聲の形で描かれる主人公ヒロインは分かりやす勧善懲悪のような関係ではない

脇を固める登場人物達についても同じだ



ただ、聲の形で描き出されるキャラクターはみな、はっきりいって変人ばかりだ

美しい物語ありがちな聖人はまったく出てこない

から聲の形が嫌いだ、物語が気に入らない、そういう声があるのは仕方がないだろう



しか感動ポルノではないと思う



聲の形本来ならば幕が閉じる、美しい物語の終わりから始まる



聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語だと思う

2016-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20160208024311

今更だけどこの分析は凄いと思った。まるで寝ている内に自分が書いたんじゃないかと疑うほどにすっと染みこんでくる。自分のこのもやもや、蟠っていた言葉にならない部分はこれだった。

同性の友達すら皆無の自分が異性の友を求めるなんていう人道にもとる行為をする気は毛頭ないのだけど、"彼ら"と自分の決定的な違いをただ知りたかったのだ。


大体、ヲタ同士の会話って聞いた事あります

お互いにほとんど相手の表情や口調に配慮せず、一方的自分の話をしてるだけで、

会話が成立していなかったり、相手に反応するとしても

せいぜい知識比べか、ヲタ界隈の決まり文句への定型反応くらいしかできない。

あるあるある。こういう気持ち悪い会話が嫌いでヲタのくせにヲタが苦手だし、ヲタの友を持とうとも思えなかった。


人のことを考えられないやつが他人から思われることなんてありえない。

これもよくわかる。相手を慮るという"正常な人付き合い"が無意識にできていないのだ。

自分相手のためだと思ってしていることは全て自己保身のためで、相手がどう思うかなんて真剣に考えていない。

本来この手の対人スキル10代の頃に実地で経験し身につけていくものらしいが、そのような経験をできず、剰え都合よく妄想されたヲタコンテンツというぬるま湯に浸ってしまうと、自分を思うことが相手気持ちを思うことだと取り違えてしまう。



このまま孤独に生きていく勇気はまだないけど、振り返っても別に他の選択肢なんてあるわけがなかったことを識れたのは良かった。ありがとう

2016-09-23

私は鬱病になれない。

私は昼休み喧騒の中、ただ1人孤独であった。

眠くはないけど、机に突っ伏して寝たフリをするのが定番だった。私にはやることがある。眠いから寝るのだ。だから1人でいるだけなんだ。そう心の中で唱え、必死自分を慰める。

私の居場所はこの机しかない。この机だけが私の唯一の友達だ。そう思い大きく息を吸い込んだ。使い古された机の木の香りが鼻を通り抜ける。途端、私は切なくなった。ああ、そうか私はこの机の「唯一」にすらなれないのか。私なんて所詮、沢山使ってきた人の中の1人でしかなかったんだ。4月からずっと使ってるのに、ただ私の片思いだったみたい。誰かの特別になりたいんだ。

本当は、私がいる世界は優しさで溢れているのに、入っていくのが怖いんだ。

変わった人間なら興味を持ってもらえると思ってた。でもその興味に答えられるほどの中身がないんだ。でも普通人間にもなれなかった。あの娘の話をされても私はあの娘を知らないし、貴方の前髪なんてどうだっていいし、自分で曲を作らないアイドルに興味なんて持てない。

友達がいないのは、きっと他人に興味がないわけじゃないんだ。

本当はあの娘のことが気になって仕方がないんだ。2つ結びの、スカートを膝までのばした、不思議あだ名を欲しがっているあの娘のことが。

ああ、君を知りたい。

現代文教科書の表紙が好きだと言った君の、美しいと思うものを。

弁当に入ってるハンバーグを喜んでいた君の、好きな食べ物を。

目を合わせて話さない君の、考えていることを。

ああ、君と語りたい。

あの娘の噂話よりも、前髪の話よりも、アイドルの話よりも、ドーナツの穴について、動物園動物幸せについて、宇宙人について。

自分気持ちのままに素直に行動できない自分が嫌いだ。

いっそのこと鬱病になってみんなから心配されたい。

なにもできなくても許されたい。

父親は言った。

「お前は鬱病にはならない」

と。

2016-09-19

ペアできた

元ネタ孤独北海道

  http://anond.hatelabo.jp/20160918023926

  

ブコメ:ペアできた

wrss 青森岩手/秋山形/宮城福島/新潟群/栃木埼玉/茨城千葉/東京神奈/静岡山梨/長野岐阜/愛知三重/石川富山/奈良和歌/滋賀琵琶/京都福井/大阪兵庫/鳥取島根/岡山広島/香川徳島/愛媛高知/山口福岡/大分宮崎/佐長崎/熊鹿/沖縄北海道

 

改変案

 http://anond.hatelabo.jp/20160919142837

北海道青森青函トンネルで繋がる仲

秋田山形東北地方日本海

岩手宮城東北地方太平洋

福島東北地方の余りもの

茨城千葉チバラキコンビ

栃木群馬北関東田舎

埼玉東京片思いするが東京神奈川を選ぶ

東京神奈川日本最強の京浜コンビ

山梨静岡富士山を挟んで喧嘩するほど仲が良い

愛知三重親分と舎弟

長野岐阜中部地方内陸組

新潟富山→米どころコンビ

石川福井北陸の雄とその通り道

滋賀兵庫京阪の別荘コンビ

京都大阪日本最古の喧嘩ップル

奈良和歌山近畿地味組

香川徳島関西寄りコンビ

愛媛高知関西寄ってないコンビ

鳥取島根山陰

岡山広島山陽

山口 →嫌われてそう

福岡大分大友勢力圏

佐賀長崎龍造寺勢力圏

熊本宮崎→挟まれてるコンビ

鹿児島沖縄島津勢力圏

 

 

さらに改変案

  http://anond.hatelabo.jp/20160919161927

福島新潟

富山石川 

福井滋賀 

兵庫岡山 

広島山口

2016-09-18

最悪な夏休みだった


夏休みは最悪だった。

行動すれば何か変わると思ってた。人生好転する出来事出会えるんじゃないかと思った。漫画的なドラマチックな幸運が訪れるんじゃないかと思っていた。

ベリーハード人生を生きているキモイ顔と肌の恋愛負け組灰色青春無気力アトピーゾンビに転機が訪れることはなかった。

現実非情である

海に行った。

半袖半ズボンで行った。水着アトピーゾンビウイルスの汚さがさらされるのでやめた。

まれた健常者たちが楽しそうに人生を楽しんでいた。容姿に優れた女のほうが露出が多いのが面白かった。

アトピーゾンビウイルスの汚い肌に潮風が染みて痛かった。同い年くらいの健常者男女が楽しそうに砂浜を歩いていた。

ギャル男みたいな人たちから嘲笑を受けた。二十代女たちの笑いの対象にされた。

きもいだのやばいだの小声で言われた。

アトピーゾンビ友達恋人いたことがない。海で対称的な人生を見せられた。行かなきゃよかった。

プールに行った。

友達家族恋人と一緒の人が多かった。アトピーゾンビは汚い容姿と肌なので服を着て徘徊した。

アトピーゾンビ人生いか悲惨で不幸でつまらないでごみなのか再認識できた。よかったよかtった。

一人でプールに行っても何もいいことない。ナンパできるほど容姿に優れていれば違ったのだろうが。結局容姿がすべてなんだなと思った。

あーいやなこと思い出した。アトピーゾンビウイルス治療の影響で眉毛がなくなったんだけど、それを恵まれ他人の健常者中学生馬鹿にしてきたのだ。まゆげねーwwwwうけるwwwwゲラゲラって感じだ。まあいいや。行かなきゃよかった。いやな思いでが増えただけだった。

夏祭りに行った。

浴衣姿の女の子が沢山いた。一生こういう女の子たちと関われることはないんだろうなだってキモイアトピーゾンビから。と思った。

カップルも多かった。一緒にたこ焼き食べてたり祭りの外で雑談してた。楽しそうだった。アトピーゾンビ人生には一生ないイベントなんだろうなと思った。

同い年くらいの男女六人組が楽しそうにしてた。見下されそうでびくびくして下を見て早足で横を通り過ぎてすぐ祭り会場の隅っこに隠れた。

彼女らは今が人生ピーク!って感じが凄いした。

アトピーゾンビ人生には起きないイベントを当たり前のようにこなしてていいなーと思った。

あのなかで片思いや両想いの人がいるんだろうな。ドキドキして楽しいんだろうな。

青春を謳歌しているな。あのグループ容姿に優れたひとばかりだから人生楽しくて仕方ないんだろうな。

アトピーゾンビ容姿に優れていたらあの輪の中に入れたんだろうな。

人生は生まれてきた瞬間に勝負がついてるんだな。と思った。

その思い出が生きる活力になるんだろうな。アトピーゾンビ人生つまんないな。

まれてきたのが間違いだったな。虐待いじめアトピーゾンビウイルスもなければ楽しい人生だったんだろうな。

健常者のサンドバックとして生まれてきたんだろうな。日本で一番不幸なアトピーゾンビはいつになったら楽しいイベントが起きるんだろうな。と思った。


花火を見た

田舎花火を見た。糞田舎らしく、何の感動もないつまらない花火だった。

ぼーっと何も考えずに眺めていた。周りの健常者は楽しそうにしていた。

どんな花火でもまともな家族容姿の優れた友達恋人とみれば美しい思い出になるのだろう。

ただつまらない思い出が増えただけだった。みなきゃよかった。


ギターを買ってみた

一万円くらいの安いギター初心者用の教則本を買った。

ギター教室に行くという選択肢脳内にあったが、キモイ肌とでかい頭と一重と腫れぼったい唇とでかい鼻と、がさついてる顔のアトピーゾンビギター教室に行っても、「その顔でギターwww鏡見ろよ不細工wwなんか肌キモイしwww近づくなよばい菌ww」と講師や生徒に笑われるだけだろうから辞めた。

教則本についてきたDVDをみた。顔は隠れていたが、容姿が優れてそうな人がギターを弾いていた。

二週間くらい毎日練習していたが、何が楽しいのが全く分からなかったかギターを投げ捨てた。

そもそも音楽素養ゼロ音楽に全く興味がないことに気付いた。バンドの仕組みのことも何も知らない。有名なバンドギタリストも知らない。

容姿が優れていて虐待いじめもなければ友達バンドを組んで楽しい時間を過ごせていたのだろう。

友達ができたことがないか音楽知識がない。友達好きな音楽の話をするような時間を持ったことがないから、人生貧困である

ギターなんて買わなきゃよかった。金と時間をどぶに捨てた。最悪である



ボカロ曲を作る

初音ミクボーカロイド曲を作って愚民どもにちやほやされようと思った。適当既存の曲を歌わせてみた。パラメーターをいじってみた。飽きた。

そもそもオリジナル曲を作れるだけの能力がなかった。曲を作る熱意もなかった。

音楽素養がはぐくまれる恵まれた家庭環境に生まれてきたかった。

アトピーゾンビの家にはCDが一枚もない。あるのはテレビだけ。漫画も本も雑誌もない。

そんな家のアトピーゾンビであり、人生経験に乏しい灰色青春持ち恋愛負け組不細工愛着障害ゾンビがいい曲を作れるわけないのであった。

いい曲を作るには豊富人生経験必要だ。アトピーゾンビにはそれがない。

初音ミクなんて買わなきゃよかった。金を無駄にした。


ペンタブを買って絵を描いた

ペンタブと一緒に入門書を買って数週間練習した。けど、絵を描くことの何が楽しいのかわからなかった。

今まで生きてきてまともに絵を描いたことなどなかった。一緒に画力を高めあう友達いたこともないし、イラストレーター名前も全く知らない。絵に興味を持ったことがない。賞をもらったこともなかった。

そして、アトピーゾンビは絵を描きたいのではなく、他人からちやほやされて承認欲求を満たしたいだけだと気付いた。

ペンタブごみになった。買わなきゃよかった。金と時間を無駄にした。最悪である


小説を書いた

漫画を描きたかったが、絵が描けないか漫画かけないし、しかたないか文字だけで自己表現できる小説を書くことにした。

小説の書き方とかストーリーの作り方とかの本を読んだ。

ラノベのようなご都合主義ハーレムストーリーを書いたり、鬱屈した性格ねじ曲がった少年孤独なニヒルストーリを書いたり、異世界物を書いたりした。全部短編だ。

しかし、どんな小説を書いても現実は何も変わらないことに気付いた。文章力がないし、ストーリ構成稚拙でつまらない。やはり才能がないのだろう。

売れれば億万長者になれるようだが、本を一冊書くだけの能力熱量も持ち合わせていないから無理だ。

時間の無駄だった。最悪である


プロゲーマーを目指した

ゲームプロになろうと思いゲーセンに行った。

梅原のような格ゲープロになれば億万長者だし、人から尊敬もされるしで最高の職業だと思った。

遊びが仕事になるとか最高だなと思った。ネット格ゲーうまい人が集まっているゲーセンに行った。

後ろからこっそりうまい人のプレイを見ていた。アトピーゾンビでも出来るんじゃね?と思った。

所詮ゲームだし、こいつらよりアトピーゾンビのほうが若いから技術習得も早いだろうと思った。

なんで、対人プレイはまだ早いと思いCPUと戦った。操作方法がよくわからなかったから、適当ガチャガチャやったら負けた。次に操作を覚えながら戦ったら負けた。まったく歯が立たなかった。後ろから笑い声や嘲笑が聞こえた。

まるでアトピーゾンビ人生みたいだなと思った。負けに負けて何も得られない。嫌な思い出が脳に積み込まれていくだけ。

思えば、小学生の時、友達のふりをしたいじめ加害者の家で対戦ゲームをやらされたとき、いつも負けていたのを思い出した。

お前w何にもできないんだなw笑えるwと言われたのを思い出した。

ゲームの才能が皆無だということを思い出した。そもそもゲーム自体ほとんどやってこなかったからおそらく好きじゃないのだろう。好きではないもの仕事にするのは人生の浪費だ。やーめた。時間と金無駄だった。


ライブを見に行った

CDで聞くよりもドラムベースが目立ってて音がでかくてかっこよかった。

ライブに出る人は容姿に優れている人が多かった。とくにボーカルは。汚い顔と肌のアトピーゾンビライブに出たら歓声ではなく悲鳴が聞こえるだろうなと思った。

観客は健常者がほとんどだった。健常者同士で楽しそうにライブに参加していた。カップルも多かった。

グルグル回るやつとかモッシュとかやってみたいと思ったが、きもいアトピーゾンビが健常者の近くにいると気持ち悪がられるので後ろのほうで一人で遠くから見ていた。

アトピーゾンビが健常者だったらなーと思いながら指をくわえながら観客を見ていた。

ライブ会場は場違いな感じが凄かった。もう行かない。


タイに行った  

日本より閉塞感が無くて良かった。容姿に優れた人が少なかったので気が楽だった。町の人も緩い感じというかい意味での適当さがあって居心地がよかった。でも、一人で行っても楽しくなかった。

容姿に優れた友達恋人と一緒に行かないと海外旅行はつまらないなと思った。

あと、タイにも美醜格差があって、容姿の優れたもののほうが楽しそうに生きていた。

健常者ランドという名の惑星地球では美醜によって幸福度が変わるということを確信した旅行だった。




秋葉原に行った 

電車男のような恋愛イベントが起こるんじゃないかと期待した。

もっと萌え萌えしてる場所だと思っていたけど、思ったより電気街っぽかった。

容姿に優れた女が容姿に優れた健常者が店員の店のチラシを配っていた。容姿に優れた男がナンパをしていた。ナンパ容姿に優れたものしかできない。キモイ顔でキモイ肌の非健常者で虐待いじめを十数年受け続けた精神疾患障害アトピーゾンビにはできないことだ。死ぬまで一生。

アキバには友達恋人と一緒の人がたくさんいていやな気持ちになった。電車男のようなイベントはなかった。

メイド喫茶に行こうとしたが、

行かなきゃよかった。

田舎に行った

田舎の夏にあこがれがあった。沢山の緑と青い空。美しい蝉の声。白いワンピースに麦わら帽をかぶった少女

古びた駅。川遊び。虫取り。そんな美しいものを沢山思い描いて田舎に行った。

現実では、じじばばばっかりで若い人が全然いないし、白ワンピ少女はいないし、蝉の声はうるせーし、川ねーし、駅は薄汚れてて汚いし、日陰がぜんぜんないか暑いし、なんにも娯楽施設がないからつまんねーし、自販機すらまともに無いから喉が渇くし、最悪であった。

虫取りしてみれば、蚊が沢山飛んでるし、蜘蛛の巣には引っかかるし、カブトムシはいないしで最悪であった。

田舎なんかにくるもんじゃねーな。と思った。


カラオケに行った

ヒトカラをした。友達恋人とワイワイやったら楽しいんだろうなと思った。もう行かない。


瞑想をした 

アトピーゾンビウイルスの痒みでまともに瞑想ができた気がしないが一応手順どおりにやった。

瞑想中は虐待や虐めの記憶や、一生完治することがないアトピーゾンビの醜く赤黒い顔やカサカサの気持ち悪い肌が映像として出てきたり、灰色青春持ちであるキモイごみアトピーゾンビとは対照的な明るく楽しい学生生活映像が出てきた。

友達がいていじめ虐待もなくて容姿が優れていて彼女がいて勉強運動するときアトピーゾンビウイルス邪魔されないで楽しく取り組める人生映像として流れてきた。

こういう人生がよかったという深層心理が浮いてきたのだろう。

一週間ほど続けたが、ただ苦痛なだけで何がいいのかわからなかった。やらなきゃよかった。



筋トレをした

これは今でも続けている。なぜなら自殺して死体になったときに体が軽いほうが運ぶ人の負担が少なくて済むからだ。筋肉がついてなんか変わったかというと特に変わらん。まぁそんなもんだろうな。



結局どこに行っても容姿に優れた美男美女人生を楽しんでいる姿を見せられただけだった。

結局、容姿に優れている健常者のための世界なんだなここはと思った。


やらずに後悔よりやって後悔という言葉は恵まれた健常者なんだなと思った。

非健常者であるアトピーゾンビは行動なんてしなければよかった。苦しい記憶が増えただけだった。身の程をわきまえるべきだった。分相応の生活というのをすべきだった。


まれた健常者学生夏休みには二度と戻ってこない青春時間を目いっぱい楽しんでいるのだろう。

それが生きる活力になるのだろう。そして成人しても仕事もうまくいって老人になっても穏やかでいられるのだろう。

一方、非健常者であるアトピーゾンビは両親から虐待同級生からいじめを数十年受け続け、何もいいことがないか人生に。だから無気力になる。灰色青春持ちで、仕事もやる気が出ず、首になる。

そして、人生に恵まれてきた健常者が言葉金属バットアトピーゾンビをぼこぼこにたたく。

健常者恵まれた人は甘えだの努力が足りないだの言ってくる。健常者より努力してるっつーの。やってらんね。くだらない人生が確定してる。健常者に負ける人生が確定してる。アトピーゾンビウイルス治療努力は報われない。評価もされない。スキルもたまらない。生きてるのがばかばかしい。


推敲しないで書きなぐったかおかしいところたくさんあると思う。まぁいいや。

何も得られるものがなかったいろいろ行動したけど。無駄な時間と金を使った。

とにかく最悪な夏休みだった。

終わり!!!

2016-09-15

秒速五センチメートルが全く理解できなくて死にたくなった

観た。

あの映画青春を謳歌している容姿の優れた恋愛勝ち組が楽しむためにあるのであって、恋愛負け組灰色青春持ちの容姿の悪いアトピーゾンビが楽しむものではなかった。

あの映画は、「あー懐かしいなー自分にもこんな青春あったなー」とか「そうそう。この二人っきりの空気が心地いいんだよね」と自分青春恋愛と照らし合わせて楽しむ映画なのだと思った。




アトピーゾンビ気持ちいから人に好かれないから一生恋愛とは無縁のごみ人生なんだろうな」「アトピーゾンビじゃなければ青春を謳歌できたんだろうな。友達ができたんだろうな。れんあいができたんだおるな。彼女ができたんだろうな。この映画みたいな恋愛を楽しめたんだろうな。」

アトピーゾンビ人生つまんね。生まれてきたくなかったな。つまんね。くだらね。何にも頑張る気にならないや。なにやっても無意味だということはアトピーゾンビウイルス治療でいやというほど知っている。くだらない人生だ」

容姿がよく生まれてくれば虐待いじめもなかったんだろうな。そしたら前頭葉が委縮しないでコミュ障にならないで済んだんだろうな無気力にならないで済んだんだろうな」

いじめ加害者は虐めてたことなんて忘れて青春恋愛を謳歌してるんだろうな」「生まれが悪いと何も楽しくないな」とかそんなことを視聴中に考えてた。



アトピーゾンビは一生一人で孤独に生きて死ぬということが分かっているから死にたくなる。

学生恋愛なんてできないんだろうな。この映画みたいな経験は一生できないんだろうな。健常者はいいな。普通にまれて来たら恋人作るのなんて楽勝なんだろうな。健常者として生まれて来たら人生楽しいんだろうな。

2016-09-14

天才はいつも狂気と隣り合わせ

ビビッて日和見で周りから目立たないように

ルール法則の枠から抜け出さないように頑張っても意味がない。

狂気に身を浸す勢いで周りではなく孤独を突き進まないことには天才にはなれない。

それは集中力

凡人は凡人らしく日々の暮らしと往復に専念するのが幸せ

狂気は不幸、狂気は達成。

凡人にそんなもの必要ない。

漫画アニメに憧れ過ぎ。

もしくは村上春樹

2016-09-12

共生こそ人間としてのあるべき姿

何でも相談できる友人はおらず、同僚もプライベートでは赤の他人

休日テレビをつけてひたすら寝るか、当てもなく街をぶらぶらする

感情を誰にも伝えずに生きていると、自分生き方が合っているのかが疑問になって、不安になる。

こんな生き方をしてる人、他にもいるかな?

馴れ合って、常に群れてるような人たちは、独りでは生きていけない弱い人だと思ってたけど、そうじゃなかったみたい。

孤独に過ごしてると、自分の、人としての心の弱さを嫌というほど思い知らされる。

こんな生き方をしている人が他にもいるということを知れば、

少しは安心できそう。

2016-09-09

拗らせヤンデレが自滅したはなし

別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求依存嫉妬心独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。

今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。

そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。

それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。

それから、もうひとつ私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています

わたし最初にあの人と出逢ったのは、共通趣味世界で、その場所Twitterでした。

まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。

毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路自由時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常侵食していきました。

だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。

その趣味世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋しました。

所詮Twitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。

そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。

それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通趣味世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感失恋感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。

そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。

それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します

既存趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲーム趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理ゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。

其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せ増長させる秘密場所になりました。

毎日繰り返す、共通趣味世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。

あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。

私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。

どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。

また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?

そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。

まりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。

結果的に、この行為は私を泥沼に落としました。

最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味特別で、秘密場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。

から、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。

そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントログインしたところで、私以外の人と本来趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。

元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。

今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitter時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。

それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウント趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります今日だけはのもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。

好意嫉妬独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しまたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。

それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。

何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレメンヘラだと想います

でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人から言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。

何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウント趣味世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。

そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。

私は、趣味世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫いたことを含んでいる言葉など、命令しかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。

あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環しか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています

依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。

ただ何もせずとも、ぼんやり時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。

愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています

私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています

2016-09-07

秒速5センチメートル」という作品を見て。

知らない世界を見てみる、というのは多分何かを期待したいっていう無自覚意図があるからなんだろう。

アニメ全般的に嫌いなわけではないが、最近アニメほとんどは嫌いである。理由を上手く説明できないので生理的というしかないが、多分アニメのものが嫌いなのではなくて、なんていうかそこにある空気、ノリみたいなものが性に合わないのだ。生まれつき、徒党を組んだり、人の輪の中に入ったりすることがどうにも苦手で、孤独であることを選択してきたようなところがあるし、多分私は遺伝的にどこかおかしいのかもしれない。だからか、知らない世界に対する興味が人一倍大きいところがある。孤独は広い一つのこの世界を極端なくらい小さな世界と大きな世界に分断し過ぎてしまうからだ。そして、無自覚的に本能的に避けてきたそういう私の知らない世界に入ってみると大抵の場合、痛い目に合う。そもそも私には無理な世界なのだ。私の世界の外に出てはいけなかった。

 

そんな作品が『秒速5センチメートル』だった。

 

もう結構な歳だから、おそらく若い世代向けの作品だろうし、そもそもこの映画アニメタイトルすら知らなかった。いつ頃からか、ネット配信で色々と見るようになってたから、作品リストに入っていれば視覚を通じて脳の中に勝手にそのタイトルインプットされてしまう。で、「君の名は。」が現在大ヒット中で、新海誠って名が結びつけられてしまい、興味を惹かれてしまったのであろう。こういう流れで成功したのは、あのエヴァンゲリオンくらいだ。私はそもそもエヴァ的なムーブメント反吐が出るほど嫌いだったのに、何かのきっかけでふと見てしまいその漆黒ブラックホールから抜け出ることは永遠に叶わなくなるほどの体になってしまった。

 

今回は正真正銘大失敗だ。この、度肝を抜くほどの「誰にだってそんな経験はあるだろう?」「誰もが感じたことあるだろう?こんな感じの切ない経験」感たらありゃしない。これほどまでに押し付けがましい作品を私は見たことがない。ええ、私にだってありましたよ、こんな感じの青春恋愛物語。だけどね、私の場合思い出すのも憚られるほど自分が嫌になるちっとも綺麗な思い出じゃないんです。かつて、いや今も私は最低下劣人間から自分過去が美化など出来るわけはない。だからえげつないことに旧劇場版エヴァシンジアスカの前でオナニーして「俺って最低だ」ってところで「こ、これは俺だ、俺自身だ」って一番見たくもないものを見せられて吐きそうになったんです。心底大笑いしましたね、あの時は。

 

「秒速5」を見た人ならわかるはずです、涙した人ならもっとわかるはず、喩えようもないほどこの作品が描いた世界は美しい世界だった、って。このタイトルが示す、桜の花びらが大気圧下で重力落下する速度が秒速5センチメートルだっていう表現の綺麗さったらありゃしない。最初から最後まで徹底的に美しい。その美しさをね、嫌という程こっちに押し付けてくるんです。シンジである私にこれが受け入れられるはずはない。ええ、どんなに必死こいてミサトに説得されたって私はエヴァには乗りません(笑)

 

というわけでごめんなさいです、「秒速5」は駄作です。だから、もう二度と新海誠に近づくことはないでしょうね。私は虚飾の世界うんざりなんです。それが綺麗であるかどうかは私が決めることであって、そこにある世界の方ではないのです。

同人誌感想が中堅サークルを潰す

同人作家にとって、「感想が欲しい」「感想がもらえない」というのは大きな悩みの一つだと思う。

大前提として、同人作家は、もともと「自分の書いたものを見てもらって、誰かから評価されたい」という、自己顕示欲が非常に強い人種だ。

腐女子特にそうだろう。


でなければ、わざわざピクシブ登録して自分の絵や小説を発表したり、ツイッターで絵を流すなどということはしないはずだ。

そんな自己顕示欲の強い腐女子が、コミケの後に例外なく欲しがるのが「感想」。

これには、同人誌と言うのが、非常に孤独作業であるからといえる。

中には作業イプやハングなどで仲間とワイワイ言いながら仕上げている人もいるだろうが、ほとんどの人は、たった一人で、何十時間もかけて仕上げている。

同人作家仕事ではないので、大多数が、日中普通に家事仕事をしており、休日仕事が終わったあとに原稿をするため、十分な時間も取れず、常に締め切りとの戦いである。

もっとも、自分お金を払い、自分でスペースと取り、自分で売りに行くものなのだから、「締め切りがつらい!」などと言うくらいならやらなければいい話なのだが、そこが特殊腐女子世界

いっぱしの作家気取りで、締め切りが~、今回もギリギリ入稿だ~、原稿つらい~、などと言いたくなるものなのだ

から見たら「じゃあやめればいいのに」で済む話。これが腐女子にとっては禁句である

そんな「自己顕示欲の塊」の腐女子が「いっぱしの作家気取り」で出したものが売れたのだ。そりゃあ、感想も欲しいだろう。

嫌な書き方をしたが、これは腐女子が日ごろ目を背けている、れっきとした事実だ。

同人誌と言う文化を知らない人間からすれば、たかだか数百冊(無名サークルだと数十冊)しか自費出版自分で設定した締め切りにヒィヒイ言っている。ちゃんちゃらおかしい話である

この前提をふまえて。




ツイッターを見ていて思うことがある。

それは、買った同人誌感想をつぶやいていること。

何をつぶやこうが勝手ツールではあるが、書き手が見ているかどうかもわからないタイムラインで、「●●さんの作品最高でしたー!」とつぶやくことに、何の意味がある???

それ、本人に言えばよくないか????と思いませんか???

相互フォローであっても、たまたまそのつぶやきをしたときに、相手がいるとは限らない。

まして、このようにつぶやかれている相手は、たいていが大手

まず間違いなく伝わらない。

伝わらない感想は、相手にとっては「無反応」と同じだ。

さらに、これだと、つぶやいた人と相互フォローで、同様に同人誌を出した人にとっては、非常に不愉快だ。

自分の本は買わず、何も言わずフォローだけして、伝わりもしない感想大手一方的に発信。

なぜ、日ごろから話をしている相互フォロワー感想を伝えないのか。

大手に話しかける勇気はないから、日ごろそのジャンルカップリングへの愛は手ごろな相手と語り、本を買ったり感想を言うのは大手だけ。

同人誌を作るのも馬鹿馬鹿しくなるだろう。

また、傾向として「そのジャンルが大好きだと叫んでいる人は、感想がもらえない」。

なぜなら、感想など言わなくても、どうせ次の本が出るだろう、という甘えが読み手にあるからだ。

腐女子とはひねくれ者で、書き手ジャンル移動しそうになった時や、すでに活動していない作家作品にたいして、絶賛し、感想言葉を送り、やめないでくださいと縋るのである

はっきり言って、もう遅い。

移動しそうになった段階で、その作品にもう愛はない。感想を言われても「何をいまさら」だ。まして、すでに活動していないとなると、復活することなどありえない。

移動ならともかく、その作品に飽きたとか、描く気がなくなったなどの場合は、まず間違いなく「体調不良」「仕事が忙しい」などの理由撤退していく。

大嘘である。そのジャンルに飽きただけだ。

ここであわててその相手感想を言うのだが、遅いんだよ!

そんな無駄なことをするくらいなら、今現在活動している人に、一言でも「大好きです」と伝えるべきだ。

腐女子は、本を読んで面白かったか感想を言うのではない。

自己アピールだ。

「私は大手の本が買えた」「大手の本を読んでいる」とアピールしているだけなのだ

弱小サークルの本でこれをやったところで、誰それ?と思われるだけだろう。腐女子読み手であってもプライドが高く自己中心的だ。弱小の本を読んでいるなど知られたくもないのだ。

あわよくば大手からリプがつき、知り合いになれるという期待もあるのかもしれない。

腐女子とは、大手と知り合いであることを自慢したがるものなのだ

実際は「知り合い」であってもなんの得もないし、自分文章力画力があがるわけでもないんだが。

小説書きなら、表紙を描いてもらえるというメリットはあるが、回りから見れば文章に自信がないから表紙の力に頼っていることばバレバレである


腐女子に限らず、日本人とは「文句を言うことには手間暇かけるが、お礼を言うことは面倒くさがる」人種である

読み手が知らないだけで、誹謗中傷を受けている作家は多くいる。

本が売れる。誹謗中傷が送られてくる。感想は来ない。

これでは、本を作らなくなるのも当然だろう。

また、逆に、「まったく売れていない相手にあえて感想を送る」というものがある。

これはもっとタチが悪い。ツイッターで日ごろから仲良しアピールしている相手が、ほんの数十冊作ったであろう本を絶賛するのである

この場合、たいてい相手は「勘違い野郎」だ。

数十冊の同人誌完売したことをアピールし、再版します!などと宣言して回り、おめでとう~と周りからはやし立てられることに喜びを感じている勘違い野郎

同人誌は「完売」がすごいことのように思われるが、30冊発行して30冊完売するのと、1000冊発行して800冊売れるのと、どちらがより売れているかは明白だ。

この、明らかに弱小どころか零細サークルを絶賛し、もてはやし、相手が喜んでいるのをみてほくそ笑むのである

中には、「自分より上手い相手とは付き合いたくない」と言う人もいる。

この、「まったく売れていない相手にあえて感想を送る」のは、自身も売れていないサークルの主であることが多い。

同族同士で集まり、お互いの作品を褒め合って慰め合っているのだ。なんとも気持ち悪い光景なのだが。

こうなると面白くないのは中堅サークルだ。

300~500部程度のサークル。そこそこ売れているが。大手まではいかない。

しかし逆に、大手になる可能性ももっているサークルでもある。

この、「感想ももらえず、フォロワー大手に媚び、弱小同士のなれ合いを眺めているだけ」の中堅サークル馬鹿馬鹿しくなるのも当然だ。

そうなるともう、撤退しかないのだが、これで出来上がるのが「大手と弱小の二極化」の構図だ。

これではジャンルは成り立たない・・・・・


なぜ、自分たち自分たちの好きなものを潰すようなことをするのだろう???

疑問で仕方がない。

「ひとりきり」という感覚

※このダイアリーは長文です

いきなりだが、次の一文を読んでみてほしい。

「私は世界でひとりきり」

さて、あなたはこの一文についてどのような解釈を持っただろうか。少し考えてみてほしい。

らくだが以下の2パターンに分けられるのではないだろうか。

(1)私はこの世界に1人しか存在しない、唯一の存在

(2)私はこの世界に1人だけで存在している、孤独存在

別に心理テストをしているわけでも何でもないのだが、自然に(1)の解釈を持った人は色んな意味幸福人生を歩んできて、今現在も歩み続けている人なんだろうと思う。少なくとも(2)の解釈を持ってしまうような人からすれば、そう思える。かくいう私は「ひとりきり」という言葉を聞いて「個性」よりも「孤独」を連想するタイプ人間である

話は少し逸れるが、数年前まで週刊少年ジャンプで連載されていた「魔人探偵脳噛ネウロ」というマンガがある。知らない人のためにこのマンガをざっくりと紹介すると、「魔界から来たドS魔人女子高生奴隷化して数々の難事件解決していく」SMアクションときマンガである本能に忠実に従って爆弾を爆発させまくる主婦や直接注射すると筋肉ゴリゴリに変身できるスープを作るコック、自分でこしらえた家具身体に装着して戦う家具屋など、常識の枠にとらわれない犯人が毎回登場することで少し話題にもなった。私は中学生のころジャンプを購読していたので、毎週このマンガを読んでいた。別に魔人探偵脳噛ネウロ」が読みたくてジャンプを購読していた訳ではなく、「せっかくジャンプを買ったのだからついでに読んでおこう」程度の気持ちで読んでいたのだが、このマンガがあるエピソードに入ったとき(正確にはそのエピソードが終わった時)、私は強い衝撃を受けた。それは「こんなにも私の気持ちを代弁してくれるようなマンガがあるのか」というものだったが、その衝撃は今でも覚えている。人に「一番心に残っている作品は?」と質問されたとき、すぐに「魔人探偵脳噛ネウロ」と答えるくらいだ(作品自体がめちゃくちゃ好きというわけではないが)。

さて、猿のような中学生にそこまでの衝撃を与えるエピソードはどんなものかというと、以下のようなものである

探偵事務所に超有名歌手の「アヤ・エイジア」という人物が現れ、仕事を依頼する

②依頼内容は事務所で首を吊っていた彼女プロデューサーマネージャーへの警察による自殺判断調査

ネウロ主人公探偵調査を行った結果、実はプロデューサーマネージャー自殺ではなく、他殺だった

④なんと犯人は依頼人であるアヤ本人だった

⑤謎解き終了

私のミジンコレベルの要約能力では読者の方は恐らく何のことかサッパリからないと思うが、興味がある人は原作(2巻だったかな)をあたってみてほしい。

ここまで簡潔・適当に要約したのは、私が衝撃を受けたのはこの事件トリックや謎解き、犯人ではないからだ。私が最も衝撃を受けたのは自身プロデューサーマネージャー殺害したアヤの動機だった。動機については当日記の核心となる部分なのでもう少し丁寧に説明する。

アヤはある特殊能力を持っている。それは「ある特性を持っている人間を、『歌』を歌うことで失神させる」というぶっとんだものである。では「ある特性を持つ」人間とはどんな人間かというと「自分世界にひとりきり」と感じている人らしい。アヤによると、全ての人間の中の数%(正確な割合は忘れた)は先天的にこの特性を持っており、この特性はなかなか消滅するものではないという。そして、アヤ自身も「自分世界にひとりきり」と感じる人間だった。彼女は「ひとりきり」であり、「ひとりきり」を完全に理解できたが故に「ひとりきり」の特性を持つ他人の脳に直接干渉・失神させることができたのである彼女はこの能力歌手としてフルに発揮し、数年のうちに全世界に名を轟かせる超有名歌手になった。

そんな彼女を影で支えていたのがプロデューサーマネージャーだった。両人ともアヤがデビューしたての頃からアヤのことを親身に、時に厳しくサポートしており、アヤにとってはかけがえのない人物となっていたのであるしかし、彼らがアヤに近づけば近づくほど、アヤは「ひとりきり」という感覚を失ってゆく。彼らがかけがえのない人になればなるほど、アヤの能力は弱まり曲の売り上げも悪くなる。アヤは悩みに悩んだ結果、能力消滅を恐れてプロデューサーを、その次にマネージャー殺害した。2人が死んで「ひとりきり」の感覚を取り戻した後のアヤの曲は再び世界的に大ヒットするようになった。

孤独を感じない人間などいない。しかし、例えば恋人デートしていても常にどこか心の中に相手のことを信じていない自分がいたり、友人とどれだけ楽しく話せていても心の中に高い壁があるように感じたり、家族食卓を囲んでいるのになぜか他人食事しているように感じたり…と、明らかに異常な場面・異常な頻度で孤独を感じる人がいる。少なくとも私は「ひとりきり」の人間だった。だからこそ、訳の分からないぶっ飛んだ謎解きマンガに信じられないくらいの衝撃を受けたのだ。今考えれば「中二病」と呼ばれる症状の一種なのかもしれないが、しか20代中ごろを突っ走る今現在も、私自身の「ひとりきり」という感情存在している。さすがにもう中二病卒業していると信じたいのだが…。

私がなぜ数年前のマンガを扱ったこの日記を書くに至ったかというと、アヤと同じで「ひとりきり」の感覚を失いつつあるように感じたからだ。私はこれまで孤独とともに生きてきた。この孤独は常に1人であるという意味ではない、常に1人であるように感じてきたという意味だ(実際1人でいることが多いのだが)。1人でいると心が安定するので勉強仕事捗る学生時代は1人でいたので受験には成功したし、そこそこの職に就くこともできたし、社会人になってからそこそこの仕事もこなしてきた。しかしここ1年ほどで状況が大きく変わった。職場でかけがえのない友人や心から尊敬できる上司出会い、彼らとの交流を深めてゆく中で自分が「ひとりきり」でないように感じてきた。そして明らかに仕事の出来が悪くなった。きっと交友関係無駄時間を割いているからだと自分には言い聞かせている。

他人からすれば「ひとりきり」でなくなることは良いことだろう。しかし生まれからずっと「ひとりきり」だと感じてきた私にとって、「ひとりきり」の感覚を失うことは自分自身を失うようでとても怖い。また、今はまだ問題の無いレベルだが「ひとりきり」でないことが生活にまで影響してきていること、さらに今後も悪化しそうなことも怖い。

もしこの日記を読んだ人の中でこのような精神病を知っている人がいればぜひ教えてほしい。

それにしても、私と同じように自分を「ひとりきり」と感じる人はどれくらいいるのだろうか…

2016-09-06

http://anond.hatelabo.jp/20160906162734

哲学だな。

読書をしている人は孤独である

孤独ではない人は読書をしない」

http://anond.hatelabo.jp/20160906162734

釈迦孤独でええやん。独りでいきるのも悪くないで」

読書孤独行為

小説を読みあさっていて

ああ、私は今 孤独なんだなと気づく。

孤独でない人間読書なんかしない。

2016-09-05

学歴差婚て実際どうなの?

最近あるイベントを通じて彼氏が出来ました。

が、このまま結婚に向けて進めていくべきか、悩んでいます

当方、26歳女。

相手28歳男。

最初の印象はとても良く、明るく話しやすい方という感じでした。見た目もイケメンではないかもですが、個人的にはとても好みです。

向こうも好意を持ってくださって、告白されて付き合うことになりましたが…

段々と「ん?」と思うことが出てきました。

とても優しい人であるのは間違いないのですが、会話をしていて返しに張り合いがないと言うか…地頭が良くないかも、と感じ始めたのです。

 

あとから聞けば向こうは高卒とのこと(私は六大学卒です)。学歴で全てを判断するのはおかしいと言われるでしょう。

ですが、自分で調べればわかるようなことを聞いてきたり、おかし言葉遣いをしていたりすると、引いてしま自分がいますボキャブラリーに乏しいからか、年下のように感じてしまうことも。

私は勉強を嫌だと思ったことがないので、学に対する姿勢積極的でないという点も理解出来ません…。

彼は今の仕事が好きで、職場の先輩方にも可愛がられているようで楽しそうに飲み会写真を見せてくれたりと、人間性に関しては優れていると思っています

一緒に住もう、と言ってくれたり結婚したら今よりもっと仕事頑張るわ!と言ってくれたり…夫になったらとても理想的な人かもしれません。

ただ、もし今後困難にぶつかった時に私はこの人を頼れるのだろうか?と不安です。

私は会話によるコミュニケーションにかなり重きをおいていて、それが出来ない場合孤独感を感じてしまう気がします。理解してくれない、と。子育てになったら尚更。

男女など元々理解しあえないものだと割りきるべきですか?

何をわがままを言ってるんだ、と叱られるでしょうか?

はいえやはり、男性学歴が高く女性が低い場合は上手くいくが、その逆は難しいとよく耳にします。

意見頂けると嬉しいです…。


9/5追記

色々なコメントありがとうございました。

確かにそうかもな、と思ったのが私自身の学歴コンプレックスが原因というものです。

私は大学出ても新卒では良い就職は出来なかったので、心の中で学歴にすがっている所があるのかもしれません。

9/6更に追記

正直上から目線だとか叩かれたりしてもおかしくないよなぁと思いつつも、真面目に悩みを書き込んだので、色んな方面から意見が聞けて良かったです。

・「学歴は後付けで他に合わないところがあるのでは」という言葉にも、確かに…と思っています。彼の仕事は男社会で、その独特のノリなのか少しついていけないなと感じたり、外食をしていてもこういう行動は人前ですると恥ずかしいと思うラインがズレているといいますか…

・やはり「学歴差=家庭環境の差」なんでしょうか。今見えている違いは氷山の一角なのでは、という気がしています。それとも、そんな違いを互いに擦り合わせてやっと成り立つものなのでしょうかね。共同生活というものは。

・「人間性の魅力を求めるか知力を高めあうのを求めるか」と問われます後者だと思います。ただ、知力を持った人は人間的にも魅力的に感じるので両方とも言えます。親の仕事がら、何かを調べたり新しく知った事について話し合うというのは我が家では日常だったので、会話を楽しむということが私の中では非常に大切です…。

やや話はズレますが、都内以外だと六大学ってあまり一般的表記ではないんですね。

ちなみに野球は好きです。

シン・ゴジラ絶対詰まんないと思ってた

ゴジラヱヴァも好きだけど、2015年庵野ゴジラやるって知ったとき絶対コケると思ってたよ。だってQ死ぬほどつまんなかったじゃん。しかあん駄作作って精神壊れたーとかいもの発狂芸やってたと思ってたらゴジラでしょ。アホかと思ったよ。

そんでまたタイトルキャストが出たと思ったらシン・ゴジラ長谷川石原ときた。まずシン・ゴジラってタイトルなんやねん。エヴァの完結作はシン・エヴァンゲリオンしまーすでも精神ぶっ壊れたからしばらく作れませーんって庵野がなってて死ねやお前ってなってたらゴジラの新作はシン・ゴジラでーすときた。○すぞ。お前なに精神壊れた芸の真っ最中だと思ったらいきなりゴジラ私物化しとんねん。東宝ゴジラをお前に任せたけどゴジラをお前に与えたわけじゃねえんだぞアホかふざけんな。そしてキャストよ。竹之内はよく知らんからほっとくとして、長谷川石原ときた。歯――――――――――。樋口お前脳みそ狂ってんのか。進撃みたいな聳え立つ糞を作り上げてこいつはもうだめかもと思ったら、キャストそのまま流用と来た。長谷川は頑張ってるのは分かるけどひたすら痛々しくて可哀想だったし、石原はひたすら林檎食わせて○したいくらいだったなだよ。ホントにもうどうすんだよこれってなったよ。マジで夜尾。

ほんでまあキャストの三人と庵野メッセージ読んだら、キャストの奴らは無難な糞詰まんねえこしか言わないし、庵野に至ってはヱヴァ精神壊れて辛いですしかって言ってないし、ホンマにお前らゴジラことなんだと思ってんの?????????????・舐めてんの??????馬鹿なの????????死ぬ??????

ほんであの最初の特報よ。わーーーーーぎゃーーーーーー早く逃げて早くーーーーーーーーあーーーーーーーードンドン!乞うご期待。??????????????????????????????何ですかこれは????????????????????名に?????????ちょっと待って?????????????????????これEOEの実写パートよりひどくない?????????????????????????????待って???????????????マジでこのノリでやんの????????????・え???????・

ほんで何かしばらくしたら、ゴジラ豪華キャスト300名! みたいな感じでHP名前がバーッて出てきたじゃん。柄本明とかそこら辺はいいんだけど、KREVAとかAKB顔面ゴリラとかそういう奴らが死ぬほどブバーッと出てるじゃん。あ、これデビルマンコースだなと確信しました。あの邦画史に残る金字塔たる実写デビルマンでは、ボブサップニュースキャスターやるみたいな殺意を呼び起こすカメオ出演が本当に観客の殺意を呼び起こしてやばかったけど、シン・ゴジラももうこれ完全にそれだなと思いました。死にたくなりました。

ほんでしばらくしたらポスター出たのよ。ゴジラデザインはよかったよ。怖くて最高だよ。でも「ニッポンゴジラときたよ。はーーーーーーーーーーーーーーダッセえええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーダッセ―――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラですよみなさんwwwwwwwwwニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwws最高wwwwwwwwwwwwwwwニッポンゴジラニッポンゴジラwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwだっせえwwwwwwwwwwwwwwww

アレ?と思ったのは最初の本格的な予告が出たときやね。何か、思ったより悪くないゾと。いや人間パートは全く期待できなさそうだった。特に石原ドヤ顔が糞オブ糞オブ糞だったので、ゴジラが出るシーン以外は耳と目を閉じ、 口をつぐんで孤独に座ってようと思ったんだけど、ゴジラのシーンが思ったよりずっとよかったのよね。デザインがすっげえ禍々しくて、ちょっとバーニングゴジラっぽくてかっちょいいし、着ぐるみの出来もいいし、合成もよく出来てる。戦車がいい感じのアングルガンガン動いてバンバンゴジラ砲撃しまくるとことか特オタの血が滾っちゃいましてね。ゴジラ出るところは結構期待できんじゃねえかと思ってしまったのよ。ただ、鷺巣音楽はよかったんだけど、あーこの映画たぶん新しいゴジラだぜって強調するために伊福部楽曲は一切使わねえんじゃねえかなーと思って、ああやっぱりゴジラ栄光過去のもんだなあと寂しく思ったものさ。

と、そこで超弩級情報がブチ込まれる。今回のゴジラはフルCGらしい。え!!!!!!!??????????????????????????????????あれ着ぐるみじゃないの!????????????????????????CGなの?・・・・・・・・・????????????・待って俺普通に着ぐるみCGの複合技だと思ってたんだけど????????????あれ実写じゃないのCGなの????????・・待って結構すごくない?????????マジで????????????

さらにアレ?と思ったのが二つ目who will knowが流れる予告が出たとき人間パートは相変わらず糞っぽいんだけど、何か、よく分からん記者とかトレジャーハンターとか超能力者が出てこないっぽくて、VSシリーズよりはマシなドラマが観れるかなって感じで、そんくらいだったらぜんぜん我慢できるかもと思わされたのね。ほんで夜のゴジラよ。赤く光るゴジラが夜だと超かっこいいのはバーニングゴジラ証明されてるけど、今回も夜のゴジラ超かっこよかった。もしかたらこれ、最高の特撮パートと、VSシリーズよりは悪くない人間パートの組み合わせで、もしかしたらかなり面白いかもしんないと思った。でも警戒はすごくしていた。だって庵野だよ庵野

公開直前の俺はもう完全に疑心杏義よね。どうしても期待したい気ぶんが抜けないけど、期待すると糞の山のぶちまけられたとき絶望する。早く観たいけど、一生みたくない。そういう気ぶんだったよね。

観た感想は言わなくてもいいよね。アートブックはやく届かねえかな。

あ、石原だけど、まあ良くはないけど覚悟してたほどじゃ全然なかったよ。全然許容範囲内だった。VSギドラのおもしろチャック未来人とかで鍛えられた特オタには、あんなのは序の口よ、序ノ口

寝られない

寝るのが怖いです。寝付けないです。

寝ているとき状態意識が気になってしまう。

死ぬのが怖い。目を瞑るとずっと死のイメージが浮かんでくる。苦痛孤独、死後の世界

最近ずっとそんな感じで…

死のイメージにとらわれている時間が日に日に増えている。将来のことを考えている時間が利息をつけて返ってきている感じに

今年は春から新卒就活していたのだけれど現在まで内定を1つも取れていないことも理由になるのかもしれない

就活友達からの話、そして人の死にまつわるニュースなどをみると途端に死のイメージに取り憑かれてしまい呼吸も難しくなる。

このようなことは今始まったことではなく受験など節目になるところで未来について目を向けると引き起こされてきた

私はどうしたらいいのでしょうか…困っています

歳をとれば解決するものかと思っていましたがむしろひどくなっているような気がしま

2016-09-04

私が結婚できないのはどう考えても私が悪い

人生責任を取るのは誰でもない自分自身だ(前提)。

決して人生を舐めていたわけではないが常に私は風の吹く方向、水の行く方向へとただ流されるように、受動的に生きてきた。高校大学就職も、ただ落ちた繰り返しの果てに拾って貰えただけだ。

日本教育機関は手厚い。中学も2年の頃には将来のことを考えさせ、受験意識させてくれる(実際に本気で考えるかは別問題)。高校も同じだ。大学だとご丁寧に就職セミナーを開き、また支援センターが微力ながら協力してくれる。ただ受動的に生きるだけの人間にも、次に何をすれば良いかの指針を示してくれる。

次に降りるべき駅と向かう方向を知ることで、私は安心できた。ランク上下はあれど、その線路を走ることができたなら安泰な"人並みの人生"という車窓が見えるのだと思っていた。

しかしどれほど手厚い教育機関でも、教えてくれないことが一つだけあったのだ。それは広い意味でいえば友達の作り方、狭い意味でいえば恋人の作り方。社会に横たわる人間関係力学に関しては、教育機関集団生活を営む上での最低レベル支援までしかしない。それ以上はプライベート範疇として個々人が解決すべき課題とされ、ここに最初格差が生じてしまう。

無論誰もが薔薇色の青春時代を謳歌できる訳では無いが、ただ与えられたことのみを為すことしかできない受動的な人間にとってこのハンデはあまりにも大きい。色気付いた頃合いに「彼女が欲しい」と思えるのは能動的な人間であり、受動的な人間は半ば本気で「よくわからないが、いつか多分そういう時期が来たら勝手結婚するんだろう」と思考停止、或いは思考放棄している。そんなことはあるはずが無いのに、その程度の摂理にすら気付けないほど瞳を曇らせていた。

そして僅かばかりの知り合いや職場の同僚が、みな結婚し子を産み育てていることを認識してようやく気付くのだ。ただ希っていた、安泰で"人並みの人生"というレールから自分が外れていたことに。そしてその先に待つの孤独絶望しかないことに。

人生朱夏を越えれば、染みついた性格行動様式を変えるのは難しい。なにせ今まで何一つとして、能動的に行動を起こしたことのない人間だ。やれ婚活だ何だと行動できる能力と度胸があるなら、もっと早くに気付き無駄人生を燻らせる事も無かっただろう。

何かの間違いで、本気で活動したらまた何か違う結果に至ることもあるのかも知れないが、それ以上に未知に対する不信と不安が足を留まらせる。常に受動的で、他人とは上っ面でしか付き合わず、本気で誰かを慮ったことのない人間が今から人間関係力学を学ぶのは重く、またその練習をさせられる人はさぞ不幸だろう。やはり私は、流されるようにしか生きていけないのだと思う。

生活保護というものがあるが、あれは最低限度の文化的生活保証してくれるらしい。私はそんなものよりも、最低限度の"人並みの人生"を保証してくれる人生保護が欲しかった。特別になんてなる気は無い。自分を産み育ててくれた両親のように、ただ"人並みの人生"というものを送りたかっただけだった。

受動的に生きてきた人間最期もまた、受動的なものなのだろう。せめて、誰かの朝食を不味くするような死に方だけはしないことを願っている。

君の名は。』誰も彼も絶賛しているけれど

全編にわたってその音楽が流れ続けるというバンドRADWIMPS」のことがすごく嫌いで、新海さんのつくる映像は好きなのだけど観に行くことができない……というジレンマに直面してる人って僕以外にはいないんでしょうか?

嫌いな理由というのは主に歌詞世界観で、ストーリー面では「自分の作ってきたものと近い」と新海さんも考えての起用だったらしいから、少なくとも「ストーリー的には」昔から別に新海作品のこと好きじゃなかったな、という風に自分を落ち着かせているんだけど。


やっぱり「新海誠」ってある年代範囲の(「ゼロ年代」とか「セカイ系」とかいった言葉に敏感に反応するタイプの)オタクにとって巨大すぎる固有名詞から、少なくとも自分観測範囲ではみんな観に行ってて、基本的に絶賛という状況が……そもそも観に行くことができない自分にとってはものすごく、孤独だ。

RADWIMPS新海誠共通世界観って、結局「恋愛」ってことだと思うのだけど(そしてそれに全く興味がないということに自分は気付いたわけだけど)、それを伝えるRADWIMPSのやり方というのは、単純に「品がない」と思う。


一部で物議を醸した「五月の蝿」という楽曲があるのだけど、そのむしろ陳腐さすら感じるグロテスクな内容以上に、「こういうのが“リアル”なんでしょ?」とでも言いたげな、ひねりのなさというのがリスナー想像力を舐めていると率直に言って思うし、これをシングルとして切る判断をした制作チームのジャッジも含めて本当に好きになれない。

(五月の蝿 - RADWIMPS - 歌詞 : 歌ネット http://www.uta-net.com/song/153602/

劇伴作家プロフィールなんて普通気にしないでしょ? という意見もあるかと思うが、RADWIMPSというのはやっぱり「バンドなのだ

そしてバンドというのは、よくも悪くも作り手の(とりわけ、作詞作曲を手掛けるフロントマンの)パーソナリティと結び付けて語られがちであるバイアスがかかっていることは自覚しつつ、やはり自分もそのような見方をしてしまう)。

から逆にロックバンドRADWIMPSを軸にした(旧譜の歌詞などにも目配せした)『君の名は。』評が出てきてもいいと思うのだけど、それもない状況だ(それどころか、ある音楽誌では堂々と「深海誠」の表記が使われていたりして、商業メディアレベルにおいてすら無関心と断絶は根深ものだと実感させられる)。

ロックバンドオタク文化、どちらの言説にも目を向けていて、だからこそ『君の名は。』をめぐる現在の言説に引き裂かれるような思いをしているという方がいましたら、ぜひコメントいただきたいです。

http://anond.hatelabo.jp/20160904010313

なぜ若者体制寄りかと言えば孤独貧乏からで片付けられると思う。

安全地帯が無い以上、戦う事は得策でない。

彼らは本能的にそのことを悟っている。

2016-08-31

性格直す気がない頑固な嫌われ者

典型的コミュ障だ。

加えて根がネガティブだ。

もともと内向的性格で、口を開けば決まってバカにされるので、ますます他人と話すのが嫌になった。

ありのままを見せれば決まって「そんなんだから嫌われるんだよ」と言われる。

ある日このままではマズイと一念発起して、友達を作るべく頑張ってみた。

どうすれば友達ができるのか?という本も読んだ。

増田にも投稿してアドバイス貰ったことがある。ブコメで「いつか友達ができるよ」と励ましてくれた人もいたけど、やっぱりダメだったよ。

先日もコミュニケーション診断みたいなのをちょっとやって「そんなんだと嫌われますよ」と辛口で言われたんだけど

その時、何かが切れた。




もう嫌われてもいいんじゃないかな。

人によっては「嫌われてもいいと思うと逆に好かれた」という人もいるようだけど、

醜くて、ダサくて、ネガティブ思考で、劣等感が強く、話も面白くない自分

嫌われてもいいと思って振舞うと嫌われるだけで、好かれる事は無いだろう。

でも好かれようと努力して気を使って嫌な事耐え忍んでも、結局嫌われるわけだから

どっちでも一緒だった。

あーもういいや周囲から嫌われまくっても。

これから一人で孤独に生きていくから




たまに見かける「この人この性格でよく社会に居られるな」と思う人って

こうやって誕生するんだなと思った。

君の名は、夏

愛なんていらねえよと叫んだ夏の初め僕は彼女と別れた

孤独になった僕は親友達とネトゲにはまった

そのネトゲ女の子と知り合った

彼女とはなんだかんだで肉体関係を持つようになったが

夏が終わりを告げようと大型台風がやってきた

僕は彼女のことが心配になりローソンコロッケを二つ買い彼女が住むアパートへ向かう

向かう、向かう、よく考えたら僕は彼女の体は知っていても名前を知らなかった

君の名は。