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2016-12-10

意識の高い仕事、低い仕事

意識の高い仕事や低い仕事があって、

ここの場合意識っていうのは、「高尚な〜」的なこと。

意識高い()でもない。



最近仕事を始めたり、辞めたりという人を見るのだけど、

加えて、自分会社でも辞めた人、辞めようとした人を見ていろいろ考えた。



それで思ったのが、「意識の高い低い」について。

意識の高さはモチベーションに繋がるから、いいことだとは思う。

それはどんな仕事であれ、前向きにこなせるだろう。


しかし、その意識の高さに対して、仕事の内容が意識を下げる仕事だったら、

そのギャップに辛さを覚える気がする。



意識の下がる仕事は本人にもよるので、内容の問題ではないし、特定することもできないだろう。

ただ、イメージが近いのは上司の長い説教



やたらと、しかも長々とご高説を垂れる上司がいるが、

部下からしたら、そんな長々とした話より仕事をさせろと思う。

仕事がしたくても、できないような状況で不満が溜まっていく。



会社全体で意識を高く持てと言い続けるわりに、

その意識を高く持ち続けるための仕事はない。

なければ作ればいいという人もいるだろうが、この場合、そういった行動論の話ではなく、

社員を育てる風土の話だから、今は言わない。

また、意識の低いというのは本人によるので具体的なものはないが、

本人の性格はあまり考慮していない。



意識を高く持たせるのは社員を定着させるためにいい手段だと思う。

しかし、それは言葉ではなく、仕事で行わせないといけないんだなと思った。

またはお金を本人の期待値以上にして、期待を持っていると示してあげる。


そして、それができないのなら、意識を高く持たせてはいけない。

なぜなら、ギャップ退職者は増えていくだけで、おそらく会社には後々還元されることはないだろう。


それでもきっとこの会社退職した人がまとなことになっていたら、

退職した人を育てた優越感に浸り、自分を省みたりはしないんだろうと思う。



意識を高く持たせて仕事をしてもらいたいなら、言葉ではなく、

仕事で持たせるべきだ。それでいて、言葉を使う。



意識を高く持たせて、意識が低くなる仕事をさせる。

ブラック企業形態の一つでもあるが、ブラックでない企業でもこの現象は起きている。

そうした会社に長くい続けた若者はどうなっていくんだろうか。

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209130227

それは考えすぎの余計なお世話というものでしょ。

言葉が足りない可能性については、読み手考慮する必要はない。それは書き手責任から読み手はどうあれ書いた文章が十全であるという前提で読む。

その上で「Aは良いがBは…」というテンプレの濁し方をしているので、素直に「Bは悪い」と読むところ。

これ以外の解釈を求めたかったのであれば、それは単純に書き手の書き方が稚拙だということであって、読み手はこの解釈でおさめれば良いの。

http://anond.hatelabo.jp/20161209111241

実際には、既に制作されたショートアニメが、

あらためて30分アニメとして作り直されることはあまり現実的ではないので、

増田が言うような意味でも十分に成り立つのだが、

そもそも「ショートアニメでなければもっと良かった」というのが、

ショートアニメでも良いんだけどやっぱり物足りないし30分アニメにしてほしかったな…」

というはっきりとした不満をマイルドに言い換えたものだった、

というパターン考慮すべき。

良作ショートアニメって『ショートアニメじゃなかったら(もっと良かったのにな)……』感ある

は十分にありうる。

2016-12-08

Everfilter がもし人工知能を真っ当に利用したものだとしたら、どう考えますか?

君の名は。」風の写真に変換するアプリということで話題になった Everfilter が公開停止になった。著作権侵害ではないかという指摘に対する運営会社対応である。以下の記事が詳しい。

私のみた観測範囲では、いまのところ以下のような結論が優勢に見える。

合成だとみなされた過程としては

という主張がなされている。特にこの記事が多く参照されたように思う。

以降、これらの主張がその通りではない可能生がわずかながらあること、もしそうだった場合には著作権侵害に対してどのような議論がなされるのだろうか、その思考実験をしてみたいと思う。

なお、あくまで仮説であってここまでの主張を否定することを目的にしているわけではない。もしかすればそうではない可能生が微レ存、ではそちらの可能生を考慮したら、どのような議論になるか考えてみると (不謹慎ではあるが) 面白い議論になりそうだ・・・というのが趣旨である

Google Research 論文提案する手法

先の shi3z 氏の主張はスタイル変換に DeepArt と呼ばれるアルゴリズムが用いられていることが前提となっている。確かに shi3z 氏が述べているように DeepArt ではスタイル変換で細部のディテールを残すことが難しいことが分かっている。

具体的には、生成された画像において、人物の顔、建築物の模様などのディテールが潰れてしまう。

一方、今年の 9月Google Research から提案された、スタイル転送の改良版アルゴリズムがある。

当方たまたま知人から教えてもらったものである。細部まで読んではいないが、おおまかに言うと、古典的テクスチャ合成の手法既存ディープラーニングベーススタイル変換アルゴリズム適用して改良することで、細部のディテールを残したままの変換が可能になった・・・という内容である

結果は 24ページ Figure 8 と Figure 9 にある既存手法との比較が分かり易いだろう。

上段の Figure 8 が既存手法 ・・・ おそらく shi3z 氏の記事にある DeepArt に近い手法。Figure 9 が提案手法である建物ディテール再現できていない既存手法に対して提案手法では建物ディテールを残すことに成功している。

また、もうひとつ特徴的なのが、空のように一様性の高い箇所においては元のスタイルが持つ模様のパターン酷似したパターンが描かれている点だ。このあたりは古典的テクスチャ合成を応用した影響だろう。

手法を用いた場合既存手法より高速に変換画像が生成されることにも言及されている。

Everfilter のアルゴリズム提案手法に近いものである仮定する

もし Everfilter のアルゴリズム提案手法に近いものであるなら、今回疑問視されていることの中に幾つか説明のつくものがある。

というものである

この辺りから、Everfilter は「ニセAI」ではなく比較的新しいスタイル変換のアルゴリズム実装した製品だった可能生が微レ存・・・と思い至ったわけである

もしも Everfilter がニセAI ではなかったら著作権侵害ではないのか?

当然、そこまでは言えないと考えている。

2016年現時点で著作権侵害親告罪なので、たとえどんな手法が用いられようがその出力に対して「お前のこの絵はこちらのパクりだろう」と指摘されたところで容疑がかかる。中身がディープラーニングであろうが、コピペであろうが、そこは変わらないと思われる。

インターネット上の議論に載せてみたいと思ったのは

といった論点である法律的な白黒は先に述べたように親告罪に照らし合わせて考えればよいので、ここは、世間一般の人々の感覚話題にしてみたい。

例えば、人間漫画家場合を考えてみる。

有名漫画家漫画を模写し続けることで画力を磨いた漫画家が描いた作品は、その有名作品に画風が似ることはよくあるだろう。その場合ストーリーや構図に類似性が見られず、かつ、画風も多少の癖の類似であれば許容範囲内というのが世間一般常識であるように思う。つまり、画風"だけ" に多少の類似があるものは認められそうだ。

では、有名作品データをもとに学習を行った人工知能が描き出した、画風 "だけ" に癖のある写真・・・というのはどう考えるべきだろうか。もちろん、画風に強すぎる類似性が認められる場合は、世間の風当たりは強いだろうが、では、どの程度の類似性であれば許容範囲内なのであろうか?

その類似性は大きくは

の二つからもたらせるものであるが、強い類似性を悪とした場合、では著作権のある画像から模倣した ・・・ 学習したことが悪なのか。まだ人類もその性質を解明し切れていないディープニューラルネットワークもつ性質が悪なのか。

(法律的判断ではなく) 感情的判断についてはもやはり、出力が問題であってどんな手法が使われているか関係無という態度が正しいのか。

話題は逸れるが、ニューラルネットワーク版の Google 翻訳が生成した文章著作権はどう考えるべきなのか。これも似たような問題であるGoogleウェブ上の大量のデータから学習していると思われるがもしそれが著作権フリーではないデータから学習だとした場合に、生成された翻訳文書Google著作権を持つのか、そうではないのか。

世間常識がどこに落ち着くのかはまだよくわからない。だからこそ、この議論コミュニティに投げかけてみたかった。

Google Research の論文で Everfilter が完全に再現されるかどうかは実験してみないとわからないことであり、また論文をの例を見る限り Everfilter 品質での出力を得るには相応のチューニング必要になるようにも見える。それが現実的に困難だった場合はやはり shi3z 氏の主張が正しい可能生も大きい。また、テクスチャ合成を応用したという点で著作権との相性が悪いアルゴリズムである、という考えもあるだろう。

shi3z 氏の主張を否定するために記述したのではなく、あくまで、人工知能が作り出したコンテンツを人々はどう捉えるのか、そこについてみなさんの意見を伺ってみたく起こしたエントリであることを強調しておく。

http://anond.hatelabo.jp/20161208063128

まりこの増田にはスパム騒ぎのお陰で投稿自体が減った云々を考慮出来ないってことだな。

文章力どうこうとかそうう分析能力ないのをごまかしてるだけだろ。

2016-12-07

すべての人間はなんらかの動機が行動を起こすものでは?

それとも「そこに山があったから」みたいに四六時中増田監視して片っ端からからトラバうってる可能性も考慮しろと?

http://anond.hatelabo.jp/20161207155356

女性女性が嫌い。そういうことだと思う」

から妄想してみたわ



ちょっかいかける側の不良っ子とちょっかいかけられることをうとましく思ってる真面目っ子の百合もの

好意の裏返しってことになかなか気づかない真面目っ子

でもあるときあるできごとによって真面目っ子の心境に変化があるの

それから少しずつ仲良くなっていくんだけど、いつしか自分感情友達を超えてしまっていることに気づくの

気づく主体はどちらにしようかしら

それで2パターン、いえ第三者考慮すれば3パターンは考えられるわね

真面目っ子パターンなら、不良っ子が別の子と仲良くしてることに胸を痛める

不良っ子パターンなら、孤立しがちで自分の独占だと思ってた真面目っ子が不良っ子をきっかけに友達の輪が広がって自分との時間が少なくなってしまったことに対して嫉妬する

第三者パターンなら・・・ちょっとむずかしいかしら?

何にせよ妄想捗るわあ~ウフフ

ありがちでもベッタベタでもアタシがこういうのが好きなんだからいいのよ!

2016-12-06

「誰が言ったか」を考慮してなかったら交流ではない

http://anond.hatelabo.jp/20161206105552

中学ホモソーシャル関係はそうなんだろう。

でも、女性は真面目な男性を好むよね。

一番人気があるのは真面目で面白い、だけど。

ただの中身がないノリのいい奴は、馬鹿って思われてるよね。

大人になってもいじめ万引き肯定する奴は普通に馬鹿扱いされるし。

自分が親になるわけですから。私は子供でも馬鹿だと思ってたけど。それに中学ホモソーシャル関係でも下着ドロした奴は叩かれてた)



男性はどういう女性が好きなのか。

中身がないノリのいい奴でも好かれるよね。

真面目よりは。

真面目で面白くて(明るくて?)可愛いが人気。



女性

両方〉真面目〉馬鹿

の順で男性を見る気がするけど、

男性

両方〉馬鹿〉真面目

の順に女性を見てるように見える。

不思議

 

多分これは収入に基づく性格イメージおよび持ちたい家庭像と関連してる。

真面目な人ほど収入持ってそうって先入観

大人になるほど影響してくる。

男性賃金が減ってくる社会においては、

しかしたら、この真面目と馬鹿の順番が変わるかもしれない。

全ての人が経済考慮に入れて異性を選ぶわけではないにせよ。





真面目だけど、どこか隙のある人が人気なのは男性女性問わないんだろうな。

2016-12-05

流行語としての日本死ねに断固反対する

1.「死ね」と言う言葉公的お墨付きを与えること

罵倒語受け手に寄るところが重視されるべきだし、その内容が関係ないとしても強い言葉には拒否反応を示す人もたくさんいる。

特に死ねと言う言葉罵倒語として最も強烈なもの。忌み嫌われて当然な言葉

そんなもの公的お墨付きを与えると言うのはその後の影響も全く考慮されておらず、倫理的問題がある。

ヘイトが大きく問題として取り上げられるこのご時世にこの言葉を許容する意味がわからない。



2.そもそも流行ってない

日常的に「保育園落ちた日本死ね」と言う言葉が使われる、そんな会話がありましたか

「〜死んで欲しい」なんて愚痴世間どこかしこに転がってるのは事実だろうけど、それをカジュアル流行と認めるのはどうかしてる。



3.政治的に一石を投じたからと言う擁護流行語として全く関係ない

ほとんどの擁護者の意見がこれなんだけど、流行語政治的判断おかしいだろ。流行たかどうかで判断すべき。

流行語としての「日本死ね」を否定するとあの内容を否定しいてるように言うのもおかしい。

切り分けてるよ。内容はその通りと思ってるよ。しか流行語大賞公的に「死ね」と言う言葉までの擁護は前述の通りありえない。



改善案

委員会倫理的判断を持って言葉ノミネートして行くのみで後はネットを通じた投票時代的にも良いんじゃないかと。

擁護者の意見たか流行語大賞なんだからくじら立てるのがおかしいと言う意見があるくらいだし、たか流行語大賞ならネット投票も許されるだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20161205165301

「そんなものは作り手だけが考えればいいだけ」

消費者側が「これは○○と違う」って思った時点で作品に没入できなくなるから作り手だけの問題じゃない

この感覚理解できてないならシリーズ物を語ろうとしない方がいい

また、作り手側としても消費者に違うと思わせた時点で購入障壁自分から作ってるようなものなので大問題

売上にダイレクトに影響するようなことを作り手が考慮しないってどんな世界でもそれはあり得ない

そんなこと言えるやつは作り手でも消費者でもない外野でどこまでも部外者なやつしかいない

 

作品に誰が作ったかなど関係無い」

論外

[]

普段感想書きではなく、趣向を変えて書いてみる。

今回のテーマは、「ちょっと敬遠したくなる作品」。

それでも、アクの強さに見合った魅力があることも確かだと思った漫画

現在連載中、或いは最近完結した作品のみを対象ピックアップし、核心に迫るようなネタバレも避ける。



ゲハ

人間と蝶の未熟児みたいな謎の生命体を、主人公が不純な動機で飼うことから始まる。

この漫画は全体的に「不快感」を意図的に漂わせている。

タイトルの『オゲハ自体、その謎の生命体に主人公が「汚いアゲハ蝶みたいだからオ(汚)ゲハ」と名付けたかである

謎の生命体の生態や、登場人物たちの事情を全て俯瞰して見れる読者だからこそ分かる、綱渡り状態の危うさが度々提示されるのが見所だ。

だが、意図的はい作品全体に漂う不快感はいかんともし難く、冒涜的ととられる表現も多い。

序盤で描かれる、オゲハ相手にほくそ笑む主人公に眉をひそめる人は多いことだろう。

そこらへんを漫画必要演出として割り切れるなら、どうぞ。



不登校日常

タイトルの通り、不登校児の主人公のを日常を描いた漫画

雰囲気コメディ調で、主人公は何か重苦しい理由のせいで不登校というわけではない。

そのため不登校という要素から連想される後ろ暗さはなく、重苦しい漫画ではないものの、それ故に主人公の身勝手言動は同情の余地がない。

主人公家族は善良なので、その身内たちに一方的迷惑をかけながら惰眠を貪る主人公は、コメディである前提を考慮しても眉をひそめる人も出てくるのは仕方がない。

そこを許容して、あくまコメディとして楽しめるなら、どうぞ。

まあ、正直なところ今回紹介した中では、これはかなりマイルドな部類なので万人受けしやすい方だと思う。



ファイアパンチ

1話から大きく注目された漫画だが、あれで作品方向性を読み違えると肩透かしを食らうかもしれない。

「強力な力を持った主人公を中心に、復讐のために道中の敵と戦いながら活躍するヒーローもの」みたいなものを期待すると裏切られる

まず、主人公は不死身に近い再生能力説得力を持たせるため、敵にいいようにやられることが多い。

主人公目線物語が語られたり展開することは意外にも少なく、サブキャラたちだけのやり取りが圧倒的に多く、群像劇の側面が強い。

1話カニバリズムや、炎で焼かれ続けるなどのトーチャーポルノ表現もそうだが、以降も獣姦などの異常性癖狂言キャラ出張る、ディスコミニケーションの連続など、無批判で受け入れるには厳しい要素がどんどん出てくる。

あと、アクションシーンはお世辞にも上手くない。

それでも、作風方向性から漂う個性というものは間違いなくあるので、そこに魅力を感じたのならどうぞ。



ラフィリア~人間椅子奇譚~

対人恐怖症の主人公が、想い人の生徒会長に気付かれないよう、かつ傍にいたいがために生徒会室の椅子を改造して、その中に自分が入る。

プロットから分かるとおり、とんでもない変態マンガである

誰得椅子の改造方法を詳しく解説したり、主人公生徒会長に対する情念たっぷり独白など、「変態」な人間表現するための描写をかなり念入りに行う。

ただの変態人間独白だけで物語は進まない。

周りに認知されない存在からこそ偶然知ってしま登場人物たちの秘密を、主人公垣間見しまうのだ。

事件が起こり、それを隠蔽しようとするとある人物の一連のシーンが、これまた丁寧に描かれていて、妙なところにリアリティを追求している点も見所だ。

プロットインパクトに負けない、圧倒的な描写や展開が魅力でもあるが、構成されるほとんどの要素がアウトローな上、それをやたらと丁寧に描いているので、そこに拒否感を覚えなければどうぞ。



間宮さんといっしょ

この漫画の何が面白いかといわれると、正直なところ私はうまく説明できない。

要人物の多くが独自価値観を持っており、しかもそれを前面に出して展開される。

もちろん、そんなことをしてまともなコミニケーションなど成立する筈もなく、不可解さや不愉快さは読者にも伝染しやすい。

それは主人公たちの人格も同様で、読者が共感できるような普遍的な是非で物事判断しないし、動かない。

それでも、一見すると作中ではなぜか成立しているような気がする人間ドラマは何とも奇妙だ。

私が解釈するこの作品テーマメッセージは、「社会的な、或いは政治的観点での『正しい人格』の押し付け拒否し、確固たる自我確立を目指すこと」だと思う。

それでも、露悪的な言動をする主人公や、我を通す人間イニシアチブをとりつづける世界観は、結局のところ側面的には『正しい人格』を別のものに摩り替えただけで、読んでいて気持ちのいいものではない。

それでも魅力を語るならば、主要人物たちの関係性や、ディスコミニケーションのまま成立する人間ドラマの妙さだと思う。

顔より性格

自分の好みは「顔より性格」と思っていた

なぜなら自分が好きになる娘はみんな性格がいいからだ

しかし、最近になって自分の好きになる娘はなぜか顔もいいことに気づいた ついでに体型も

「顔より性格」なんてただの欺瞞ということにやっと気づいたのであった むしろ面食いの傾向があるということも分かった

追記

私は一応女性人格を重視する方だと思います

しかし顔が一定レベルに達していないと、まずそこで足切りが行われ人格考慮に入ることは無いということが分かりました。

今まで「顔で人を判断しない自分」を信じていただけに割りと衝撃だった。

2016-12-04

死の収容所へ 2

http://anond.hatelabo.jp/20161204224426

強制連行

 全ヨーロッパユダヤ人ドイツ領ポーランド絶滅収容所移送する−これは、途方もない作戦である遂行にあたっては詳細な計画、広域にわたって組織化された設備施設、そして輸送補給宿営のための大がかりな兵站機構必要だった。連行作戦にはドイツの広範にわたる政府機関組織が巻き込まれている。ハイドリヒが作戦の指揮を執り、1942年5月の彼の暗殺後はハイドリヒの後継者帝国中央保安局エルンストカルテンブルンナーがこれにあたった。あらゆるSS機関支配地域の様々な民間権威ドイツ国防軍、そしてナチ衛星各国政府連行作戦に動員された。特にドイツ鉄道組織連行されたユダヤ人集団絶滅収容所まで輸送する手段提供し、強制連行に加担した。次のことは特筆に値するであろう。何よりも軍隊鉄道必要としていたにもかかわらず優先順位を記したナチリストによれば、ユダヤ人鉄道輸送の割り当ては、軍隊のそれよりも優先されていたのだ。

 全ヨーロッパからユダヤ人連行するということは当然、5つの絶滅収容所に彼らが到着するということでもある。列車同士の「かちあわせ」を防ぐため、正確な時間割必要となった。時間割りにあたっては、それぞれの収容所絶滅施設能力考慮に入れなければならなかった。ガス室があるといっても、全員を短時間でガス殺できない収容所列車を付けるわけにはいかなかったかである

 ユダヤ人連行秘密裏に進められたので、大がかりな隠ぺいと偽装工作が行われることになった。連行される人びとに対しては、東方のどこかへ労働に行くのだという情報が流されていた。このためポーランド在住ユダヤ人ソ連領内のナチ占領地域に連れて行かれるのだろうと考え、他国ユダヤ人たちはナチポーランド労働のために送られると信じていた。ナチは、嘘がほころび連行不審感や不安感を持たれないよう、念の入ったことをした。 連行の途中あるいは収容所到着後何人かに対して、故国に残した家族あてに葉書を書くよう強要したのだ。家族が受け取ることになる葉書にはこうしたためてあった−「自分たちは元気に生きている。ここはただの労働収容所で、快適だ」− 差出人は数時間後にはもう生きてはいなかったのだが。

 強制連行の手順と方法は大体決まっていた。連行が迫っているという噂が数週間前から広まることもあったが多くの場合連行命令は予告なしに突然執行された。連行される人びとに与えられた猶予はきわめて短く、2、3時間かあるいは数分だった。まず、ユダヤ人たちは家を出て指定された場所に集合するよう命じられた。集合場所は大抵駅の近くだった。所持品は手荷物以外許されず、彼らは自分財産ほとんどを置き去りにするしかなかった。手荷物の重さは一人当り10~15キログラム制限されることもあった。荷物の中身は主に衣服、炊事用品、寝具などだったが、そこには仕事に使うための道具類も加えられていた。働きに行くだけだと信じていたかである

 重い荷物を背負い、包みを抱え、子どもも年よりも、ユダヤ人たちは駅までの何キロもの道のりを行進させられた。年寄り病人が荷馬車やトラックで隣村から運ばれてくることもあったが、行進は基本的には徒歩だった。行進から脱落した者はその場で射殺され、歩けない病人や隠れていた者も同様に見つかり次第射殺された。複数の小規模ゲットーで同時に連行が行われた場合、それぞれのゲットーの人びとは一つの集団にまとめられることもあった。こうした集団の隊列は長さ数キロメートルにも及んだ。天候は考慮されなかった。凍てつく冬の雨の中、焼けるような夏の太陽の下、隊列の行進は絶えることがなかった。

小学校先生が「自分意見を言いなさい、思ったことでいいから」な

http://anond.hatelabo.jp/20161204095016

思ったことをそのまま言うのが良いことだって間違った対話の仕方を教育してるんだよね。

一応、考えていないわけではないんだよ?文脈考慮していないだけで。

学術的な対話限定させてもらうけど、俗にいうように西洋議論では「事実を共有し、それを前提として対話を行う」。

から「その話題意図するところを捉え」てからそれを織り込んで喋る、つまり文脈考慮して主張する。

だけど、日本人は「自分がその問題をどうとらえているか」をもって対話を行うし、

何も言わないのは「自分はその問題について何も考えていない」ことになってしまう。

相手との意見見解差異が現れてからそこを論点として、そこから事実確認に入る。

相手意見反論するときだって、実は文脈考慮せず相手の言った言葉のみに反論している。

その結果、日本人の会話には実は文脈が無い。あるいは各々が自分自身文脈を持っていると言ってもいい。

たまに「日本語ハイコンテクストだ」なんて言われるけど、これは各々が持つ文脈たまたま重なったところで会話しているか

背後に大きな文脈があるように見えるだけで、元々文脈を共有していないんだからコンテクストくそもない。

仏教にもそう書いてある。いやマジで龍樹中論によれば人は事実の共有すらできないんだから文脈も当然共有できない。

文脈考慮しない対話にもメリットはある。前提として事実を共有しなくていいからとにかく早い。

会話以前に事実を共有している―例えば同じ体験をしていると滅茶苦茶早く深く対話ができる。

からそれに追加して中学校なりなんなりで西洋式議論練習をすべきなんだけどカリキュラムに入ってないし、多分教えられる先生も多くはない。

なんとかしたほうがいいんだけどね。

たいていの日本人は考えて喋っていない

http://anond.hatelabo.jp/20161202221629

社会に出て一番の驚きは「たいていの人は考えて喋っていない」ってことだった。「考えている人」が喋るまでは次のプロセスを踏んでいる。

・その話題意図するところを捉える

・その意図への適切な答えを探す

・その答えの適切な表現を考える

から答えるまでに考える時間がある。それに対して「考えていない人」っていうのはペチャクチャと喋れる。なぜなら考えていないから。思ったことをそのまま声に出して伝えている。その話題がなぜあがっているのか、その適切な答えは何か、とは考えない。最初にパッと思いついたことをそのまま口にする。

日本会社会議がなぜ生産性が低いのか、それはこういう人が何人も会議に出席しているからだ。何も考えちゃいない。思ったことをすぐに口にする。だから、「考えていない人」が会議の場を支配することになり、熟議にならないし、考えも深まらないし、答えも見つからない。それぞれが思いつきを喋って時間が過ぎていく。「考えていない人」はみんなそうだと思っているから、思考する時間を勘案していない。すぐ喋る人が良いと思っている。そして、そういう人が「喋っているから」とだけで評価される。ますます「考えていない人」が幅を利かすようになっていく。ここが日本会社ダメなところだ。

それに対してアメリカが強いのは──2年ほど働いた経験上だけど──人には「考える時間」があるとわかっていることだ。向こうにはディベート文化があるし、PCが叩き込まれいるから、「どう答えるか」についてちゃんと考えている。だからちょっとした雑談でも「黙る瞬間」っていうのが何度もある。でも、そういうとき日本人みたいに焦って喋ったりしない。だって、考えているんだから。お互いそれがわかっているので相手が口にするまでちゃんと待つ。そして、それが普通だ。

会議でも日本みたいに「喋らないやつはダメだ」みたいなことは言わない。だって、喋っていないやつは考えているんだからね。だから、喋っていないやつがいたら誰かが「きみはどう思う?」と聞く。そして、考えているやつの意見を傾聴する。それに対してみんなまた考える。だから議論が深まっていく。日本はこれがまったくない。考えていない人が思いつきを喋ってそれで時間が浪費していく。

教育が変わらない限り、この差は埋まらないと思う。日本は「考えていない人」が幅を利かせて、そういう人が「すぐ喋る考えていない人」をコミュニケーション能力があるとか、自己主張ができているとか、そういう理屈を付けて評価するからね。でも、本当の自己主張って思いつきを喋ることじゃなくて、考えたことを喋ることなんだけどね。それがわかっていない。「考える時間」をまったく考慮していないし、それをスケジュールに組み込んでいない。この差はとてつもなく大きい。

公立学校教員について考えること

効率学校先生になって数年経ったので思ったことを思うつくままに書く。少し悪意がある。

私自身は他業種を経験してきた中途臨時任用講師である雇い止め構造のために正規雇用に比べれば、ボーナスなどで手取りが劣るが、

最近正規採用されることに魅力を感じなくなって来ている。



学校先生別に知的エリートではない。

殆ど教員大学卒だというのが信じられないくらい、科学リテラシーというものがない。

採用選考基準知的に優れているというのを考慮してないのだろう。そりゃEM江戸しぐさ蔓延するだろうし、かけ算の順序を自分で考えられない人間多数派になってしまうだろう。

子供のあしらいは上手い。だが、お勉強の教え方が上手いかどうかは、個人資質によっているようだ。体育会系の奴は本当にバカだ。

ただ、小中学生は体力と学力はそこそこ相関するので、体力を伸ばすアプローチ有効なのだと思う。向いてない人を辞めさせる構造がないのが問題なのだと思う。



学校先生は美しい日本語というのに興味がない。

会議で一人の人間が五分話したら、10回は「させていただく」を使う。「します」でいいだろ。五人が喋れば50回聞く。

電話の応対もガチャガチャである。ただし、地域によっては身内の教員に「先生」と付けなければ保護者が図に乗ってしまうので、身内に敬称を付けざるを得ないという構造もあるようだ。それでも醜い表現だと思うが。



学校先生時間がない。

忙しい上に残業という概念がある世界経験したことがないので、ほとんどの仕事気合いでやっている。効率化の仕方をしらない。

ほとんどの人が大学卒業したあと、先輩の仕事ぶりをあまり間近で見ないままにOJTで仕事を覚えていく。

その為、仮に大学で覚えそびれたとしても、先輩や同僚から学んで、或いは仕事をサボってブラウジングしてる間に身につけるようなPCの使い方を身につけていない。

コピーペーストを知っているのはましな方で、ショートカットキー、気の利いた検索方法を知らない。コマンドバッチを書いてデータバックアップを取ったりしない。

忙しさのせいで、自分磨き時間を作れていない。他業種の人と交流する時間を取れていない。同業種の人とくっつく奴ばっかりだ。バカなのだと思う。

残業をもらうということを若いうちに経験しそこなったために、自分の1時間価値というもの考慮していない。

そこそこ偉いということになってる管理職人間教育委員会プリントアウトでよこした元がHTMLベースであろう資料に書いてある数値をエクセル入力して、

円グラフを作っていたりする。ものは、全国学力テスト結果の細目だったようだ。どうだ泣けてこないか校長という人種もっと酷い。

あなたはこんな人々に導かれている大人集団にまかせて、子供がITを使いこなすビジョンを持てるか。

時間がないといえば、地域格差もあるのだろうが、平気で給食費を踏み倒そうとするPも居て、余分に手紙を書いて渡して、

電話を掛けて無視され、家庭訪問をして無視されるという対応をしている例などもある。子ども手当減らして国庫から給食費を出せばいいのに。



学校先生別に大して人間的魅力があるわけではない。

子供といえば、あらゆる書類子供と書いた表現を「子ども」と頑なに直してくる。バカなのだと思う。

文科省が省内の書類表記統一する通達を出したことも知らないのだろう。矢玉四郎サイトも知らないのだろうし、本を読まないか矢玉四郎も知らないのだろう。

そうだ。本を読む人間は少数だ。ほとんどはバカなのだ

殆ど人間一社経験しかしていないので世間知らずである

ほとんど唯一と言って良い、よそでできる経験というのが、教育委員会への出向である

こちらは、地方行政機関なのだから残業代という概念経験しても良さそうなものだが、現役教員との格差を産まないためか、こちらも二級市民的に

慢性的サービス残業を行っている。採用試験に落ちた人間来年度の講師やらないかという連絡を日曜日に掛けて来たりする。

お前が落としておいてその言い草はなんだ? 来年の働き手が足りないということが今わかっているなら、採用枠を広げればいいのじゃないかバカ死ね

そういう非効率的な働き方を経験してきた人間現場に戻ってきたら管理職様なのらしい。バカバカ言ってきたが、気の毒である

教頭という立場の人々の働き方は非人間的である。おそらく90%以上の教頭という立場人間過労死ラインの向こう側で仕事をしている。

労働組合地方格差があるようだが、有名無実化しているようだ。

仕事に追われた、余暇の使いみちをしらない人間的魅力に乏しい人を生み出す構造しかない。



学校先生はわりとちょくちょく心を病む。

自分自由になる時間を作らずに、非効率的仕事と向き合って会社の外に付き合いを広げていかないのであれば、調子を悪くするのも当然だ。

気の毒だがバカなのだと思う。



学校先生別にイノベーティブではない。

悪い意味保守的である冒険心がない。気の毒に50代になっても自分がなにかを変えたという体験をしてこなかったのだろう。

学校先生研究をしているということになっているがその準備に大わらわになる一方でその研究とやらを積み重ねている様子が感じられない。

刹那的というか、近視眼的というか、一年こっきりの思いつきを繰り返しているように見えてしかたがない。

その研究とやらの成果が仕事教育)に活かしにくい構造もあるのだと思うが、こんだけ毎年研究を繰り返しているのならば、教育技法というのが、どんどん洗練化されても良さそうなものだが、十年一日な進歩しかしてないように見受けられる。

都道府県別の学力格差というのがあるのなら、愚直に先進的な地方のやり方を丸パクリしてみればいいのだ。



学校先生は社内/省内キャリアアップというビジョンを持たない。

しかしたら、正社員であらせられる人々の中ではあるのかもしれないが、自分過去の実績と現職ポストを振り返って、ゆくゆくのビジョンというのを持ってない。

少数の士官以外が全員現場一兵卒という構造もあるのだろうが、自分の将来展望についての話をしない。そもそも、同僚ととりとめのない話をする時間をそれほど持たないようなのだが……。そして、人事の内示がでるのが遅い。



女性発言力はそこそこある。

ここは評価していいところだと思うが、地方格差もあるのか管理職の登用というところでは、グッと下がるようだ。

管理職になれば今まで以上に奴隷のようにこき使われるのだ。旨味を感じられなくてもしかたがないのだと思う。

これは言っておきたいが、子供の美醜について口にするのは圧倒的に女性教員だ。イケメンという言葉カジュアルで使いやすいというのも

あるだろうが、これが男性教員子供の顔貌についてあれほど口にだしてたらと思うとゾッとすると思うのだが、どうだろうか。



◯親はもっとバカ

もちろん、全ての親がということはないが、公教育の失敗例というのをまざまざと目撃してしまう。

そこそこ都会でさえこの程度なのだから地方については考えたくもない。



お前はどうなんだと言われると思うがそこそこのクズだよ。

2016-11-30

ちゃんとタイピングしてる人少なすぎ問題

ちゃんとタイピングしてる人少なすぎじゃない?

自分e-Typingで450いくくらいだからそこそこ打てる方だと思うけど、右手は人差指と中指しか使ってない。中指が長いからどうしても中指に色々任せてしまう。バックスペース押すのも中指ということがある。

そこそこ早いけど親指と人差し指しか使ってない変態的なタイピングをやっている人も見たことがある(そういう人はそこそこ早いけど、e-Typingで言うと250点止まりだ)

これはちゃんとしたタイピングを覚える機会がないのが問題だと思う。

ここで言うちゃんとしたタイピングというのはホームポジションと呼ばれるものなんだけど、どのキーはどの指で打つべきだというのが本来決まっているということは誰でも知っていると思う。

でも実行している人は少ない。

の子供は学校タイピングは教わるし、ホームポジションも教わるけど、早く打てれば指使いなど適当でも許されている。事実中学生ならe-Typingで言えば200点いけばクラスで一番打てるくらいのポジションになるだろう。

大学会社でも恐らく同様で、早く打てさえすればいいのだ。

から半端に打てる人ほどホームポジション適当だ。

ホームポジションというのも実はデタラメで、指の器用さや長さを全く考慮せずに作られているので、完全にホームポジションにそってタイピングをすれば必ずしも早くなるというものではないが、それにしても両手で4本しか指を使わないのはでたらめすぎる。

ホームポジション矯正する方法があれば良いが、どうしても面倒だし時間がかかってしまうし本人にやる気が無いと無理だ。

どうしたものか。

2016-11-29

【※マジレス】なぜ飛行機では「パラシュート常時着用」にしないの?

パラシュート降下のためには「訓練」が必要です。

安全な着地のためには「操縦」が必要ですから

飛行機に乗るために自腹で金を出し、1週間もの訓練をしますか?

せめて1年ごとやらないと、まともに降下は出来ませんが。

 

降下のためにパラシュートに装着するハーネスは、個人の体格に合わせて調整が必要です。

 

降下するためには機体後部から順番に飛び出さなければならない。前部とかだとエンジンに吸い込まれたり翼に引っかかって身体はバラバラになります

もし、エンジンに吸い込まれ場合は、正常なエンジンであっても破壊されますので、墜落が早くなります

後部にだけ重量が偏った場合は、バランスが崩れて墜落を早めます航空機荷物人員バランス考慮して積載されます

 

誰かが尻込みをしたらそこからは誰も出られません。後ろから押したら殺人未遂です。

 

さな子供障害者にはパラシュートハーネスが取り付けられません。

子供障害者は置き去りですか? このような弱者最初保護しなければならないのに。

 

よしんば、パラシュートを装着して飛び出そうとしても、旅客機は時速800km/hで飛んでいます。出たとたんに何も装備していない生身の身体はバラバラになります

水平飛行を保って飛ぶためには300km/h以上の速度が必要です。

それでも相当な衝撃を受けます。訓練されていない場合、確実に意識を失います

 

旅客機が飛行する高度は1万m以上です。

ここには人間が訓練も無しに存在できる程の酸素はありません。

また、温度も零度以下です。冬だと-40度以下にもなります

生きて降下できても、地上にたどり着くまでに手足などは凍傷によって四肢切断となります

生き残っても地獄ですね。

五体満足で降下するのなら500mから1000m程度でしょう。

 

で、高度が500m程度、速度300km/h以下で水平飛行が30分以上できるぐらいコントロールできるのなら、墜落せずに空港までたどり着ける程の能力が残っていることになります

この条件にならない限り、パラシュート降下できる条件には無い。

まりは、危険パラシュート降下を行う必要性がない。

 

また、旅客機などの運賃は、運行費用旅客人数などで割ったのが料金だと言うことです。

航空機は、最大離陸重量が決められています

自重に燃料の重量及び必要クルー、装備品等を足したモノを最大離陸重量から引いた物が、運搬できる重量になります

まりは、パラシュートを装備すると、運べる重量 つまりは、乗客の人数が減る。 と、いうことは、乗客が払わなければならない運賃は確実に倍になります

国内の飛行の場合は、燃料を減らせるので人数を増やす事ができます

国外に飛ぶ場合は、燃料を減らせないので、人数を減らします。だからその分料金が上がるんです。

 

パラシュートは使わなくても点検必要です。

1年に1回は展開して、点検をして、たたみ直さなければなりません。

特別場所技術必要です。

時間が掛かるので、その間は飛行機を飛ばすことが出来ません。

と、言うことは、何百個も余分を持っていなければならないと言うことになります

パラシュートもそれなりのお値段です。

とうぜん、運賃に加算されることになります

 

パラシュート降下をやったことがない人は簡単に考えるんだろうね。

スカイダイビングをやる人がいたとしてもプロペラ機でしょ。

100ktそこそこ何じゃない?

訓練も無しに簡単単独で飛び出せましたか

 

旅客機からパラシュート降下のためには、軍の空挺隊員並みの体力と装備、たゆまぬ訓練が必要と言うことになります

その資格があって、初めて旅客機に乗る資格があると言うことになります

 

おい、どんだけ無駄か分かるか??

 

P.S.

まぁ、飛行機事故ほとんどは離着陸時に突然起こるので、脱出する暇はまずありませんが。

2016-11-28

艦これの上位は甲の攻略議論とかやめてくれ

あいつらがやってるのは、開発とPは史実に完全に忠実ではなく、偏っていて、こういう事をやりたいだろう

ただし、開発力の問題システム上の制約とユーザー規模を考慮し、劇場版への動員のため過度な高難易度にも設定しないだろう

なんてメタい所を読むのが一歩目だぞ

2016-11-24

艦これ二次創作の動向分析

半年ほど前、ブラウザゲーム艦隊これくしょん」(以下「艦これ」) の人気動向について、

  ・艦これ権利を持つ版元が直接関与する公式関連

  ・ファンが中心となって活動する二次創作関連

の双方の観点から分析を行った。

その際は大雑把にいえば「公式関連の人気は今だ根強く、二次創作関連の人気はやや下落気味の傾向が見られる」という公式二次創作の人気の乖離について言及したが、今回二次創作関連に焦点を絞って改めてその動向を調査したところ、艦これ」における二次創作活動規模は明確に縮小しているという事実が明らかとなった。

最近公式関連の動向やコミックマーケットの動向を見ていると、この結論に疑問を呈する方は多いのではないかと推測する。

前回の報告では二次創作人気の下落について明言を避けたが、今回はその点も含めて何故このような結論に至ったかについて、調査によって得られた数字を元に出来る限り客観的に述べていこうと思う。


大前提としての注意事項

本稿を読み進めるにあたっては、まず大前提として以下の点を必ず理解いただきたい。

  ・あくまで「艦これ」の二次創作の動向に関する分析であり、公式関連の人気とは直接的には関係しないこと 重要

  ・出来る限り、調査で得られた数字という客観的かつ定量的指標をもとに説明するように努めていること

  ・しかしながら人間が書いている以上、常に何らかのバイアスがかかっている惧れはあること ← とても重要

  ・比較対象として他ジャンルの動向を示すことがあるが、あくま特定の条件下での比較であり、対立を煽る意図はないこと


艦これ二次創作の規模縮小を"明確に"述べるに至った判断基準

本稿を読み進めている方の最も気になっている点がこの判断基準ではないかと考える。

これは次節から述べる各指標調査結果から総合的に判断したものであり

  ・短期間のゆらぎを除いて上昇基調に反転した指標がないこと

  ・下落継続期間が相当の長期に亘っていること (約2年間)

  ・下落後の安定期というものが未だ現れず今なお下落基調が続いていること

の3点が核となっている。

以上の点について、次節から指標の動向を定量的に述べていく。


下げ止まらない二次創作コミュニティでの投稿数・閲覧数

二次創作活動を行うためには、それを行うための「場」が必要となる。

特に艦これ」の場合サービス開始とともにインターネット上で爆発的に人気を博した経緯から二次創作活動においてもインターネット上のコミュニティがそういった「場」の大きな一角を占めている。

まず初めに、それらの中でも特に影響力の強いいくつかのコミュニティについてその動向を述べる。


pixivにおける「艦これ二次創作の動向

以前も述べたとおり、二次創作においてpixiv投稿数とサークル数の間には強い相関があり、pixiv二次創作活動において今なお大きな影響力を持っている。

投稿数の推移は、


○週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,632枚

 ・2015年1月3月 :4,111枚 (最大値:5,214枚 2/16週)

 ・2015年4月6月 :3,762枚

 ・2015年7月9月 :3,558枚

 ・2015年10月12月:3,091枚

 ・2016年1月3月 :3,357枚

 ・2016年4月6月 :3,064枚

 ・2016年7月9月 :3,002枚

 ・2016年10月11月:2,435枚 (最小値:2,004枚 10/17週) ※集計中


で、約2年間一貫して下落トレンドが続いており、下げ止まる気配は一向に見られない。

2015年2016年ともに特に10月投稿数が落ち込む傾向にあるが、中でも去年10月は初めて週間投稿数が2,500枚を切り、今年は2,000枚を割り込む寸前まで減少した。

pixiv自体利用者数の減少ということも考えられるが、2014年の段階でほぼ同規模であった東方Project投稿数をバックグラウンド値として比較すると


○【参考:東方】週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,712

 ・2015年1月3月 :3,662枚

 ・2015年4月6月 :3,918枚 (最大値:5,130枚 5/3週)

 ・2015年7月9月 :3,635枚

 ・2015年10月12月:3,733枚 (最小値:3,037枚 12/3週)

 ・2016年1月3月 :3,651枚

 ・2016年4月6月 :3,719枚

 ・2016年7月9月 :3,520

 ・2016年10月11月:3,420枚 ※集計中


とこちらは極めて安定的な推移を見せていることが分かる。

その他、比較的長期のジャンルであるアイドルマスター」や普遍的な「オリジナル」「創作」などのタグでも投稿数は安定的に推移しており、pixivから投稿者の大幅な流出が起こったとは考えにくく、pixivにおける「艦これ」の二次創作は底の見えない規模縮小が続いていると判断せざるを得ない。


指標としてはやや劣る閲覧数は、以前も述べたように2015年6月初頭にpixiv側での集計仕様に変更があり、その前後での単純比較及び他ジャンルとの絶対数比較が困難となる。

そのため仕様変更以降のみを検討するが、2015年8月には週平均で3,000万近い閲覧数があったのが、2016年1月には2,700万まで低下し、同年6月には約2,400万に、直近の10月には約1,700万まで落ち込んでいる。

ただし、2016年10月以降の閲覧数が大幅に落ち込んでいるのは、すでにTwitter匿名掲示板で指摘されているとおり、2016年9月4日からpixivの閲覧仕様変更により閲覧中心のユーザーが離れたことが原因であると推測される。

(他のジャンルでも直前の3ヶ月と比較して約25%閲覧数が減少している)

しかしながらその要因を考慮した上でもなお艦これ作品の閲覧数が減少傾向にあることは、長期トレンドの推移からも間違いない。


ニコニコ動画/静画の傾向

ニコニコ動画には、2016年10月現在で週平均約300~350程度の艦これ動画投稿されている。

これは2016年3月頃の投稿数と同程度であり、一見すると投稿数の減少は収まったかのように見える。

しかしながらその内訳を見ていくと、「MMD艦これ」に代表される二次創作作品割合が低下してきており、艦これ二次創作作品実数は未だ減少し続けているのが実態となっている。

直近の11月公式関連の本編ゲームイベントなどもあり投稿数が約800前後と大幅に増えているが、その増加分はほぼ全てがゲーム内ボイスの転載といったゲーム本編関係動画となっており、二次創作の増加の気配は見られないのが現状である


ニコニコ静画の動向もpixivのそれに近い状態であり、艦これ二次創作作品投稿数減少に歯止めがかからない。

2016年1月3月の段階では週間平均で約1,500枚の投稿数があったにも関わらず、同11月では約950枚とついに1,000枚の大台を割り込んでしまった。

未だ投稿数の底が見えないこともあり、減少傾向は今後も続くものと推測される。


Twitterの動向

最近よく耳にするのが「二次創作活動の場はpixivニコニコ動画からTwitterに移っているのではないか」という疑問である

Twitterはその仕様上、二次創作に限った検索投稿されたイラストの全数調査という手法が困難であるが、昨年末から試験的にいくつかのキーワード指標を設定してTwitter上での二次創作活動推移の定点観測を試みた。

結果的には設定した全ての指標で減少、あるいは横ばいという傾向が見られたが、これらは公式関連の動向による攪乱を受けてしま懸念を完全には排除することができず、今しばらくの検討必要であると考えている。

その中でも比較安定的指標と考えられる艦これ版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負」(いわゆる艦これワンドロ) の動向を示すと、日毎の変動はやや大きいものの、昨年末調査開始の時点で日平均約220枚程度の投稿があったものが直近1ヶ月では約140枚前後まで減少している。

このような減少傾向はpixivニコニコ動画といった旧来のコミュニティの動向と大差なく、結果を総合的に判断すると、現段階ではpixivなどからTwitter活動の場が移ったと解釈するのはいささか困難であると言わざるを得ない。


集約化の進む「艦これ同人誌即売会

前回に引き続き「艦これ」が関係する同人誌即売会の動向を調査した。

いくつかのイベントを例に直近の動向を調査すると


 ・コミックトレジャー(オールジャンル):381(第25回)→372(第26回)→319(第27回)→361(第28回)

 ・蒲田鎮守府:243(第2回)→59(第3回)→以降開催なし

 ・海ゆかば:133(第3回)→47(第4回)→54(第5回)

 ・西海ノ暁:50(第5回)→63(第6回)→33(第7回)→55(第8回)→56(第9回)→14(第10回) ※第9回は併催の艦これオンリーを加えると114サークル

 ・駆逐してやる!~なのです:65(第4回)→32(第5回)→16(第6回)→46(第7回)→34(第8回)→17(第9回)→27(第10回)

 ・我、夜戦に突入す!:375(第2回)→312(第3回)→287(第4回)→115(第5回) ※第5回は併催イベント共々募集規模が小さい

 ・砲雷撃戦!よーい(東京):1010(2015年9月開催)→686(16年1月開催)→945(5月開催)→834(9月開催)


となっており、各イベントとも多少の増減はあるものの規模は比較固定化してきたように見える。

その一方で「蒲田鎮守府」「鎮守府に着任しました!」「艦娘まりんふぇすた」など、休止した即売会も規模の大小を問わず多く存在しており、即売会の統廃合が急速に進んでいることが伺える。

特に艦これ同人誌即売が群雄割拠した2014年比較して2016年個別開催数が約半数までに落ち込んでいることを踏まえると、現在継続して開催している即売会が規模を維持できているのは、集約化による影響が大きいと考えられる。


即売会の規模について簡単に触れておくと、現在継続して開催されている即売会には、最大規模の「砲雷撃戦」の他、「我、夜戦に突入す!」「西海ノ暁」「駆逐してやる!~なのです」「絶対海域」などが存在するが、「砲雷撃戦」と「我、夜戦に突入す!」を除けば全て参加サークル100未満の小規模即売会となっている。

比較的小規模なまま推移しているのは、おそらくは艦これ即売会基本的に他ジャンルとの併催で行われることが多く艦これ単独での規模が抑えられがちになる点、キャラクターオンリー即売会などが発達せず即売会同士の差別化が多分に地理的要因に起因している点が原因ではないかと推測している。

このような要因によって艦これ同人誌即売会を取り巻く環境は今なお厳しく、集約化はこれからも間違いなく進んでいくものと考えられる。


サークル当選数」が隠すコミケの動向

最後コミックマーケットにおける艦これ二次創作サークル数の推移を見て行きたい。

2013年冬のC85以来、コミケにおける艦これ二次創作サークル数は常に増加してきた。

今冬のC91では艦これサークル数は2153サークルとなっており、前回を91サークル上回った。


しかしながら、コミケは参加申し込みが他の即売会比較して圧倒的に多いため抽選制を取っており、基本的落選がなく申し込み数=当選数となるオンリー即売会のように「(当選)サークル数」の推移を見ただけでは傾向を掴むことはできない。

そこで、艦これ専用のジャンルコードが設けられたC87以降の艦これジャンルの (当選数, 申し込み数, 当選率 [当選数/申し込み数]) を確認すると


 ・C87=(1840, 2295, 80.17%)

 ・C88=(1846, 2230, 82.78%)

 ・C89=(2062, 2425, 85.03%)

 ・C90=(2062, 2360, 87.37%)

 ・C91=(2153, 2364, 91.07%)


となっており、当選サークル数が毎回増えているのは当選率が毎回上昇しているためで、申し込み数のピークはC89であったことが判明した。

特にC91ではC90と申し込み数がほとんど変わっていないにも関わらず当選率が3.7%上昇しており、結果的過去最大のサークル規模を達成する直接の原因となった。

これだけの規模のジャンル当選率が9割りを越えることは非常に珍しい。 (コミケでの規模が第2位の「東方」は (1582, 1780, 86.87%)、同第3位の「アイドルマスター」で (1231, 1428, 86.20%) 、また「東方」が今回の艦これと同程度の当選数だったとき当選率は C85=(2246, 2848, 78.86%))

この原因はおそらく同ホールに配置された他ジャンルとの兼ね合いでの端数調整に起因するものと考えられるが、より規模の小さなジャンルに端数分を振らなかったことにはやや疑問を覚える。(無論、艦これファンとしては当選サークル数の増加は嬉しいことではあるが)

これまでの分析では、集約化によって減少した艦これオンリー即売会の穴を埋めるようにコミケへの参加者の集中が起こっているものと考えられていたが、検証結果を見る限りでは実体としては「コミケへの集約化は思ったほど進んでいない」あるいは「集約化は進んだがそれ以上のペースで艦これサークルが減少している」のいずれかが起こっているものと考えられる。

いずれにせよ、コミケ以外の場における強い二次創作の減少傾向が存在することからも、今後のコミケにおける艦これの動向は決して明るいものではないと予想される。


艦これ二次創作の今後

以上から艦これ二次創作を取り巻く現在環境は非常に厳しく、今後も現在の傾向が続いていくことになると予想される。

ジャンルの動向を見ても、ここ半年からガルパン」の二次創作が爆発的な人気を博しており (6月のSDFスペシャル9月の砲雷撃戦に参加した方は、併催のガルパンオンリー即売会にむしろ艦これ以上の人数が集まっていたことに気付いたことと思う)、加えて東方の人気が再び戻ってきたという話も最近はよく耳にし、アイドルマスターも未だ徐々に規模を拡大しつつある。

今後、仮に二次創作が再び増加に転じることがあるとすれば、それは公式関連の劇場版が多くのファンから好評を得た場合である

というのも、書籍映像作品二次創作に繋がるような要素を多く含み得るものであり、また過去にも賛否割れアニメの放映後に実際に二次創作活動が最盛期を迎えたという実績もあるためだ。

公式関連の人気が今だ根強いことは、この記事を書いている今ちょうど話題になっている百貨店三越」とのコラボ商品を求めて多くのファン店舗に集結したことなからも伺える。

そして、コラボグッズと映像作品、どちらがより二次創作に影響を与えるかということを考えると、物語性の強い映像作品に軍配が上がることは簡単に予想できる。

しかしながら、以前に実施したコラボと内容の近いなか卯コラボローソンコラボ第2段がやや不発気味だったことを考えると、同じ映像作品であるアニメ放映後の劇場版にどれほどのインパクトがあるか、それによって二次創作人気の下落は底を見せるか、反転後の上昇はどの程度まで達するか、などが重要となってくる。


長々と検証を述べたが、艦これ二次創作の規模は明確に縮小しているという現実を知った上で、その事実に抗って跳ね返すくらい活発な二次創作活動が今後増えてくることを期待している。


(了)

碧志摩メグ問題のその後

スラド

https://srad.jp/story/16/11/24/058231/



ここでもまるで一般人からバッシングを受けたかのような誤認が多いようですが、

そもそも炎上を焚きつけた側が少数であることの可能性についてなんら考慮がないことに驚きますね。

現役海女さんたちを含む反対署名についても、大部分の好意も拒絶もない海女さん達から

無理やり署名を集めたという話もあります

運営と現役海女代表との話し合いでは7割の方が好意的認識であり、

地元新聞による一般アンケートでも7割以上が公認問題無しという回答をしています

公認取り下げは、騒ぎを広げたくない運営側の申し出を市が受けたものですし、

タレこみの経緯の認識がそもそも間違ってます

いわゆるオタク層の方々はここにおられるような年齢層の高い人たちの方が自虐的というか

あえて低い位置に起きたがる傾向がありますが、

一般の人たちは関心があるかは別としても言うほど嫌悪してませんよ。

とても大事観点増田はノイジーなやつ多かったなあ。

個人的にあの手の絵柄は自分も好きじゃないけど、目の敵って表現がぴったりだった。

2016-11-23

http://anond.hatelabo.jp/20161122141715

よく聞くから、何?

家庭の方針は家庭の方針

出産子育てだけを考慮してだけのことではない。

家庭の方針他所の家庭に押し付けるのは違うし、地元大学出会った人が遠くの出身で嫁いでいったら、元も子もなし。

いちいち反論するのが馬鹿らしい。

2016-11-22

保育園に落ちて日本批判するくせに他のところでは日本を礼賛するバカ

保育園に落とす処分行政処分であり、ほとんどの場合違法考慮なのに公定力で

通用している違法処分なわけだが、増田個人的感情だけで喚き散らし、他方、

警察が誰かを逮捕するのもほとんど何の妥当性もなかったりするのに、そっちは

「よくやった」だの「警察の方の活躍」などと都合よく認識するバカ

所詮お前も日本と同じくらいクズだよ。

2016-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20161120123444

元増田増田も言いたいことは分かる。結局リアリティ問題なのだと思う。

登場人物の知性の程度、時代背景、周囲の環境諸々の事情考慮したとき、その反戦的な台詞や行動が当時出てき得るものなのか、現代人の価値観登場人物に注入されすぎていないか、ということが気になるのだと思う。