はてなキーワード: だってとは
ワタミの会長情報サンクス。ストビューまで調べてくれてありがとう。よくやった。
政府の政策決定に関与するほどの公人やパワーエリートの言動は、注目されて当然だよな。
ワタミ別荘の所在地は、山梨県南都留郡富士河口湖町大石の、県道21号線湖北ビューライン添いにある、大石保育所・大石小学校近くの別荘、ということで特定していいかな?
ストビューをズームして見ると、ワタミ別荘のすぐ近くに、レイクベイクという名前のパン工房がある。
http://sns.atgames.jp/diary/9954423
パン屋!ココがすごくおいしいのですよ~。
数年前には遠くて分かりづらい所にあったのですが
で、話題の場所もちらっとチェック。
このパン屋の前の道を挟んで反対側にあるこれ。
見たところ、ワタミ別荘は、ずいぶんと金がかかってそうな豪華別荘のようで、土砂崩れは簡単には起こりそうもない雰囲気。
大石小学校に通学している子どもたちは、ワタミの別荘を毎日眺めながら通学しているのだね。
夕方のニュースを見ていたら、義務教育での留年について視聴者からの様々な意見が送られてきていた。
“小学校での留年なんて劣等感を生むだけ”、“まだ小学校なら巻き返せる”、など義務教育の留年に否定的な意見が目立つ。
更に、“現在の教室は子どもたちが集中できる環境ではない”、“経済的余裕がない家庭の子は塾に行けず学力がつかない”などの意見が付け加えられていた。
正直、まわりの環境や、経済的理由を言い訳にしてしまうのは、甘いと思うのだ。
(もちろん、極度に荒れた学校や、極度に厳しい経済状況の家庭には、子どもたちが学校での教育をしっかり受けられるように改善や支援は必要だが…。)
しかし一方では、自分の子供を評判の良い塾へ行かせ、少しでもまわりに差をつけようとしている家庭も多いのが現状である。
では、本当に塾に行けば、静かな環境で授業を受ければ、勉強が好きになるのだろうか?子どもたちの学力は伸びるのだろうか?
経済的に恵まれていなくて塾に行かずとも東大や京大といった国立大に受かった子もいるし、逆にお金があって親が塾に一生懸命に通わせてもその重荷で子どもがかえって勉強嫌いになってしまった例を知っている。
もちろん、学校は子どもたちのためにきちんとしたできるだけよい環境を整えるべきだし、子どもにとって塾が必要で子どももそれを望むのなら、塾の利用も悪くないとは思う。
けれど、良い塾を選ぶことよりも、まずは子どもが学ぶことを楽しいと思えるように学校や家庭がサポートすることが1番大事なんじゃないだろうか。。
勉強が楽しいと思える子は、たとえちょっとくらい教室がうるさくったってちゃんと集中するし、学校で学ぶことを完璧にマスターすれば十分基本的な学力はつくと思うのだ。
学生時代、塾の宿題を遅くまでやっていたからと言って学校の授業中は机に突っ伏して寝ている子や、塾を優先して学校の授業を疎かにしている子を多く見た。
そのたびに、もったいないなぁと思っていた。
学校も塾も両方ばっちりこなして、更に学力を伸ばしていける子は塾へ行くのも良いと思う。
けれど最近は、子どもがそのようなスケジュールをこなせるかを考えずに、“とりあえず塾へ”という傾向が強まっていると思うのだ。
「学校の授業をきちんとこなしさえすれば、東大だって京大だって行けますよ」。
学校から帰ったら塾に行かせるのが当たり前、ではなくて、何がわが子に合っている勉強方法なのか、わが子がどうすれば勉強を好きになってくれるか、そちらが大切だと思う。これは決して塾批判ではない。疑問である。
必要なら通わせればよいが、“塾に行っている=勉強ができるようになる”とは必ずしも言えない。
そりゃ
って認識なら、そうなるんじゃね?
(以下はシステム的な話じゃないよ、帳簿上でも同じことできるから)
データ管理だって、会場管理、イベント管理、定員管理などのメンテ業務が思いつくし、
入金が発生するなら、それらはどうするの?とか
行政法人なんかだったら、「個人情報取扱事業者」には該当しないかもしれないけど、だから適当でいいってもんでもないし。
http://anond.hatelabo.jp/20120223140454
http://anond.hatelabo.jp/20120223142009
客の要望を仕組みに落とし込んで提供してやるのがプロの仕事なのに、客にもっと勉強しろとか意味わかんない。なんのためのシステム屋なんだか。
家建てる時だって基本的には業者がパーツの一つ一つをど素人の客(一番多いのが一番キーキー言う30代の女)に説明しながら、客の要望に沿って組み上げてくのが普通。「お客さんもっと勉強したほうがいいですよ」なんていうセールスマンなんかどこにもいないって。
http://akiharahaduki.blog31.fc2.com/blog-entry-776.html
で、同じ問題点を抱えているとするなら、たぶん米国と同じような流れでやっぱり破綻するだろう。
がめっちゃ隆盛するような流れにならないだろうか。
という妄想。
今やってるのは
とげとげしさや直接性を押さえて対応したら
どんだけ気づかないかっていうことの実例提示。
とげとげしくするのは必要なことだってのが広くわかってもらえるだろう。
橋下大阪市長が府知事時代におこなった、自由主義的な行政改革を応援はしていたものの、
島田紳助の盟友だった、という事実のせいで、今ひとつ、彼を信用出来なかった。
なぜ、左翼連中に叩かれながらも懸命に働いている彼を信用出来ないのか、自分を責めたことすらある。
島田紳助は昨年、暴力団との親密な交際が発覚したという理由で引退したけれども、
本当に責められるべきはそこではなく、吉本の女性社員を、人気のない部屋に引きずり込んで、
壁に顔面を4、5発以上もたたきつけ、ツバをはきかける……という、度の越した暴力事件を起こしたことだ。
立場の弱い者に対して、数々の暴言や暴力をふるいつづけていたことが、ときおり報道されていた紳助。
彼の嗜虐性、異常性、卑怯性、利己主義ぶりなどは明らかだろう。
そして橋下は、紳助の暴力行為が発覚した後も、紳助の番組で長い間、人気弁護士として活躍を続けていた。
確かに弁護士は、人格が最低な人間の人権を守るために、活動しなくてはならない場合だってあるだろう。
だが、紳助の番組に出演する主な理由は、弁護士の矜持とは別物だ。
もしも橋下が倫理を重んじるタイプならば、紳助の暴力行為が明らかになった時点で、潔く番組を辞めるべきだった。
しかし、橋下はそうしなかった。
義理もあるだろう。
紳助がよっぽどうまく立ち回り、橋下ら「先生」には、自分も含めた芸能界の汚い部分を見せようとしなかった……
そんな可能性だってある。
それに、もしも橋下が番組を降板していたとしたら。
自分が裏切られたと感じた紳助が、橋下を許しはしなかったに違いない。
当時、芸能界に大きな支配力を発揮していた紳助によって、芸能界から干されてしまった可能性だって、ある。
そのことだけで、橋下という男の人間性を判断してはいけない……と自制していた。
ところが、である。
最近の彼の主張は、自己責任論が過ぎ、ついには小学校で留年を認めるべき、なんておバカなことを言い始めた。
そのトラウマは、小学校の知識を習得することよりも、もっと深刻な悪影響を与えるだろうと、彼は考えないのだろうか。
彼には、弱者……特に、いくら努力をしても結果を出せないような、真の弱者をいたわる根本的な感性が、欠けているのじゃないか。
過労死を従業員に強いた渡邉美樹を、大阪市の特別顧問を迎えたのは象徴的ではないか。
低所得層からのし上がり、努力家で、基礎能力やコミュニケーション能力が大変高いという点で、共通している。
そして、努力への過度の信仰と、無能者への強烈な侮蔑感も共有している。
彼らにとっていたわるべき弱者は、強者へなれる素質があるのに、社会的な要因で弱者であることを強いられてしまった者たち。
真の弱者、無能者や低能者に共感する能力が、完全に欠けているんじゃないのか。
それが彼らに共通する価値観なのではないのか。
努力をしても結果を出せない、という事実に思いを馳せる想像力、共感力が彼らにはない。
怠惰な連中を排除するのにはおおいに賛成だ。
だが、弱者が人並みの努力をして、人並みの結果を出せないことは責められるべきことなのか?
橋下らは、弱者が他人の数倍の努力をおこなうことは当然だというのだろう。
だが、他人の数倍の努力ができるのは、それだけの体力を持ち合わせた者に許された特権。
それが彼らには理解出来ず、共感も同情もできないのだ。
橋下の目には、帰国子女という恵まれた立場でありながら吉本のマネージャーをしている女性などは、努力を怠った無能者に見えたのかもしれぬ。
「無能者へ暴力を振るう人間」を許容できたから、橋下は紳助と盟友であり続けたのではないのか?
怠惰を改めない左翼でもなく、弱者を侮蔑する右翼でもなく、真実は真ん中にあるのじゃなかろうか。
怠惰を改め、無能者の努力を評価する。努力をおこなった強者は果実を得るが、その分、低能者の失敗もカバーする。
そして、お互いが尊敬し合う……それが私の目指す社会であり、橋下を応援出来なかったのは、彼と目指すべき理想が異なっていたからなのだ。
ノマドな人たちは、スキルやワークスタイルやカッコよさを評価してほしがってるんだよね。
でも世間はそんなもの評価しない。だってそれらは手段にすぎないんだもん。
だから、さっさと何かを成し遂げてみればいいのですよ。
美希
無印では美希がハニーと呼ぶのは恋愛に疎い美希が「真剣に彼氏だと認めた」相手だけなのに
アニメではちょっと親しい同僚程度のPをハニーと呼ぶようになってしまった
実際デート回以降の美希とPの会話を見てもただの同僚でしかない
しかも無印では美希がPをハニーと呼ぶのは2人でいる時だけと約束したのに対し、アニメでは人前でも堂々と
美希の「ハニー」はそんな軽いものではないのだから、アニメのPが9人を同時に担当していて
美希だけと恋愛関係になることができないなら、「ハニー」をアニメに出してしまってはいけなかった
残りに12人が全員売れてなかった時期に、ファンクラブがあって熱心なファンがいるほどの人気
でもなぜかデビューから3ヶ月前後でアイドル引退、プロデューサーに
その理由も本人の葛藤も何も語られていないのに、「今私がやるべきことはPだから」と
アイドルの律子が好きだった律子Pへの死刑宣告だけは律子の口から言わせる外道脚本
雪歩
アニメで日常生活が困難なほどの男性恐怖症に改変され、後半は空気
でも二次創作によくある、真に発情するフヒ歩だけはしっかり抑えました
女の子みたいな格好の真に対して「誰もそんな格好の真ちゃん求めてないよ」なんてセリフ、
雪歩と真が好きなら絶対言わせないと思うんだけど…
春香さん
SPや2でも見られた、なぜか必要以上に落ち込むネガ春香さんがアニメでも健在
別にユニットで活動してるわけでもないのに、合同ライブの練習に全員が集まらないのを
文句ならライブの練習時間も取れないくらい仕事入れまくったプロデューサーに言え
そして仲良し事務所の馴れ合いじゃなく、ファンの方を見ろ
千早の歌唱力の高さは、弟の死と両親の不仲の中で自我を保つために
弟が好きだといってくれた歌に依存し、ひたすら歌だけを練習し続けている結果だけど、
アニメじゃそういう自分に厳しい部分を見せずに「歌以外の仕事はしたくない」部分だけ見せて好感度だだ下がり
しかも後半は他の子がメインの回にもあからさまな伏線を貼りつつメイン回が2週に渡って露骨な優遇
原作では弟の死を直接見ていないのに対して、アニメでは事故現場で弟が死ぬのを目の前で見ていたことに改変
歌姫という割に中の人の歌唱力がアイマス声優では中の下なのはさすがに可哀想なので触れないでおいてあげよう
真
父親に言われて習っていた空手を、痛い思いはもうしたくないからと初段でやめて、
誰かと殴りあったり傷つけあうのは嫌いなはずの真が
アニメじゃ護身術も心得てるプロのSPとガチで戦ってふっ飛ばして勝利
中華街を滅茶苦茶にしたことに対して、石油王が弁償してくれるからと反省ゼロ
あずささん
声優のたかはし智秋さんは「あずささんは一見天然のように見えて熱いソウルを持っているから
髪を切ったことについてゲームでは何の説明もなかったけどアニメではきっとドラマが」と言っていたが
結局アニメでもまともな説明はなし、1話から最後まで天然なだけでした
プリンを15個も食べて、皆が犯人探ししてるのに最後まで自白せず隠し通した酷い人に
無印にはない、大酒飲みの設定も追加
最低ランクでも「厚化粧で人前に出るのは嫌」と言っていたはずが
アニメでは誰もが一目見てドン引きするような化粧で自信満々で人前に
真としょっちゅうケンカしていたけど、その内容もほとんど真のほうが正しくて伊織が突っかかってるだけ
真と伊織のケンカは後半にいいコンビになる伏線かと思えば2クール目では特に絡みなし
やよい
体力では765プロでも3本の指に入る元気っ娘のはずが、
アニメスタッフは「体が一番小さい=一番弱い」という認識なのか、
ダンスレッスンでもついていけなかったりとなぜか足手まとい要因、2クール目に入ってからはまともな活躍なし
無印では「貧乏な家計を支えるためにアイドルをやっている」のを恥ずかしがるが
アニメでは亜美真美に貧乏を笑いものにされても全く気づかない池沼っぷりも発揮
基本的に空気で双子のよさもアニメではまったく描写されなかったが、
唯一やよいの貧乏を笑いものにしているシーンでだけ存在感があった
や「え~?プリンなんて知らないよ?」
亜「なぁ、全部話して楽になったらどうだ?」 真「田舎のおっかさんが泣いてるぞ?」
や「お母さんウチにいるよ?」
真「君が悪いんじゃない。『貧乏』が悪いんだ」 亜「プリンって物を、食べてみたかった…」
や「あたしプリンくらい食べた事あるよ?昨日だって家族みんなで食べたんだから!」
亜「またまたぁ」 真「あり得ないっしょ」
巷には就活用のノウハウが山ほど転がってるけど、どう考えても足りない所がある。
人事だって社内の様子は知ってるので「ああいう人が一杯居たら嬉しいな」「ああいうクズを社内に蔓延らせたら終わるな」という視点があると思う。
大抵の会社にいるその「クズ」は「働かない理由を何とか見つけてクビにされない程度にのらりくらりと生きたい給料泥棒」とか「社内政治が第一目的でその為なら会社の転覆をも厭わないアホ」とか「周りの士気を削ぐのが生きがいなナルシスト」とかでそいつらを増やしたくないのは間違いない。下手にクビを切れないこの社会では、そんな奴らばかり入れたらドロ舟の崩壊は進む一方だ。
でもそういう「クズ」達も新卒の時は目を輝かせて「有能な私を雇えば御社の業績が良くなること間違いなしです」と喧伝して入ってきた訳で、異口同音に同じ事を言う新卒の言葉から本物を発掘するのは難しい。
だから「クズ」が時々見せる兆候には目ざとい。「本心では全く働きたくない」「何とか騙して給料だけ貰えればいい」こういう思考が垣間見えたら即祈る。そういう思考をするのは自由だけど、毎年1000万近い大金を会社が拠出してまでホワイトカラーとして養ってやる理由にはならない。そもそも働く気のない人に頭脳労働は任せれないので、自ずとそういう人は肉体労働に就いてもらうことになる。
「クズ」は働きたくないでも高い給料は欲しいという思考で生きてるから、そこから捻り出てくる戦略は能力アピール。学生時代にどんな能力や知識を身につけたかを面接で得意げに話す。バスケ部の主将だったとかなんかの論文で賞を貰ったとかバックパッカーとして漫遊して珍しい知見を得たとか。
こういう話をするのはあんまり良くない。
企業は「どんな高い能力を持っているか」ではなくて「会社のためにどれだけ力を発揮してくれるか」にしか興味がないから。
その視点のない「クズ」候補は延々と自分のレベルの高さの話しかせず、それでどういう働きをしたいかについての視点の話は全くしてこない、働きたいと思ってないからそんな話ができない。
まぁ人事はそういう「クズ」を避けるためのフィルターを持ってるから、そのフィルターを抜けるよう考えないとダメ。クズは過去の経験や名誉を武器にしてくるから、同じ戦略を取ったら疑われる。
結局は「就職後もサボらず会社の利益を考えて行動し続けれます」という言葉にいかに説得力を持たせるかというプレゼンテーション勝負だと思って掛かったほうがいい。
>なんで今回の判決「以前」を論じるんだよ、苦しい奴だなあ。
「死刑囚が出てこなくなるのがうれしい」を
「出所」ではなく「新たに発生しなくなる」に取るのが?
苦しい奴だなあ。
???
そりゃ、「凶悪犯が出所しないことになってうれしい」っていうのは被害者以外の声じゃね?
被害者もう亡くなってるし。
心理としては理解できないでもない。いち外野の同類としては。
極めて当然に、福田が出所して近所に住むのはイヤだろーと思うよだれでも。
まず、「凶悪犯が二度と世間に放たれないのがうれしいな」っていう人は
で、被害者やその関係者の為の言ってないからその感情が「当然じゃない」???
あと個人的なアドバイスだけど
君は持って回った言い回しや言葉遣いをやめたほうがいい。知性が追いついてない。
自分でも何言ってるかわかんなくなること多いでしょ。
クレームに正しく対処するためには、そのクレームに対して「正しく恐れる」ことが大切になる。
恐れかたは、少なすぎても、多すぎても、トラブルを生む。正統なクレームに「毅然とした対処」を行うことはトラブルを生むけれど、ちょっとしたクレームに対して大きすぎる反応を返すこともまた、同じぐらいに間違っている。クレームを恐れることは大切だけれど、必要な大きさだけ正しく恐れて、恐れた大きさに見合った対処を行わなくてはいけない。
同じ不快の表明であっても、それが技術者の人格や、現場の対応に対する不快なのか、あるいは技術者の技量や開発方針に対する不快なのかで、対応は異なってくる。
技術者の人格や対応に対する不快が表明された場合には、まずはその不快に対して謝意を表明しないといけない。不快に対して最小限の妥協を遅滞なく行った後、「その状況を維持します」と表明するのが正しい対処になる。不快を突っぱねれば間違いなくトラブルになるし、こうした不快に対して大きく反応しすぎると、今度は開発ができなくなってしまう。
技術者の技量や、開発方針に対する不快が表明された場合には、一切の妥協してはいけない。開発者は常に「ベストを尽くしている」ことが前提であって、ここで妥協を表明することは、開発側が「ベストを尽くしていなかった」と受け止められてしまう。開発側は常にベストを尽くしており、それに対して不快や不安が表明されたのなら、その人と交渉を続けることは間違いなくトラブルに結びつく。開発に対する不快が表明された際には、速やかに他のソリューションを当たってもらうように誘導しなくてはいけない。
進捗の説明や、開発それ自体に関する説明は、丁寧に行わなくてはいけない。進捗自体に関する説明は、それがどれだけ面倒であっても必ず有限で、丁寧に対処すればいつか終わる。際限もなく終わらない可能性にいらだってしまうと、相手を不快にしてしまう。たとえばデスマプロジェクトを5つ受け持てば、炎上の話を5回繰り返すことになるけれど、これは我慢して同じ話を丁寧に繰り返さなくてはいけない。
何らかの譲歩を求めて、「とりあえず不快を表明する」タイプの人は難しい。不満が無くても瑕疵を探索するし、瑕疵を見つければ譲歩を求める。どこに突っ込まれるのか予測できない。譲歩を求める相手に対して心がけることは、一刻も早い「妥協の表明」になる。「特別扱いしろ」という相手に対して、「特別扱いをさせていただきます」と速やかに表明してみせなくてはいけない。ごくわずかだけ下がってみせることで、相手の瑕疵追求の意志が和らぐ。下がりながら応対して、その後また元の場所に戻る。下がり続けてはいけない。追い詰められてしまう。
自分の現場ではやっていない、あるいは不得意な開発について、客先担当さんやマネージャから「この開発手法はできないのですか?」と問われた場合には、「できません」と答えなくてはいけない。「それはよくない手法です」とか、「やってやれないことはありません」といった答えかたは危ない。
やっていないことに詳しい人は少ない。詳しくないことに対して、開発者が「専門家の言葉」としてあやふやな感想を述べてしまうと、言葉が一人歩きをはじめてしまう。もしも何かのトラブルに巻き込まれてしまうと、そうしたあやふやな感想が、「あの開発者はプロダクトを囲い込んで開発工数を奪った」といったトラブルの種になってしまう。
情報工学の範囲を超えた、精神論を強く希望するお客さんと話すときにも、注意すべきことは変わらない。自身がどれだけ情報工学に詳しくても、対峙する精神論がどれだけいい加減なものに見えても、知らないことに対して git push する人間があやふやな感想を述べてしまうと、将来的にトラブルを招く。「自分はそれに対してこう考える」を述べる際には、「これは個人としての感想ですが」のような前置きを入れて、技術者としての立場を明示的に遮断してから「こうだと思います」を表明しなくてはいけない。
相手を怖いと感覚した人間は、相手に「恐ろしさに見合った賢明さ」を期待してしまう。それがトラブルの種を生む。
原因がよく分からないトラブルに対応した担当者は、分からないその状況を、恐ろしいと感じる。「恐ろしいから」バグレポートを上げる決断をためらって、「この問題はマジやばくなったらだれかが見つけてくれるだろう」と、自分以外の人間にある種の賢明さを期待する。結果としてシステムは、「専門家である技術者」から端末を切断されて、書かれたコードを信じて、状態が悪くなるまで通常に稼動してしまう。
口うるさいお客さんのマネージャが視察したときなどは、「あの人と喋るのは、資料がちゃんと揃った後日にしよう」という思いが頭をよぎる。口うるさいマネージャは、同時にたぶん、もっとも大きな不安を抱えた人でもあって、不安に対する対処を怠った結果として、取り返しのつかないトラブルを招くことがある。
技術者が厄介な状況を感覚したそのときに、技術者の感覚はすでにいびつになっている。危ないと感覚したそのときには、だからむしろ危ない何かに近寄る態度で対処を行うと上手くいく。
http://d.hatena.ne.jp/illusion566/20120221/1329823404
方法論は大企業向け、というチグハグ感があって、原則論になりえないと感じます。
むしろ転職向けって感じなのかな。新卒採用を前提にしてるならちょっとコレジャナイ感が強いです。
少なくともさっきの記事の原則を守れば、
就職活動においてわけもわからず1次で落とされるってことはほとんどなくなると思う。今書いているESのチェックリスト的な使い方もできると思います。
これって一次面接とかそのレベルを目的にしてるよね。最終面接で受かる人間の思考じゃないよね。
当たり前だけど、ベンチャー企業でもない限り
新人にそんな「自己PR」と「志望動機」で「即戦力です(キリッ)」みたいなの言われても、
再現可能性という名前の「俺流問題解決力」よりも、
会社のやり方を効率良く学んで発展させて行ってくれる学習性獲得能力の方がよほど大事だから。
っていうか一時期の就活本にたしかにいっぱい載ってたね、再現可能性。
多分お勉強好きな人なんだと思うけど、その教科書もう使えないから捨てたほうがいいよ。
院卒とかドクターならともかく、
大卒程度の中途半端な能力を一生懸命アピールする奴って一番「使いにくい」印象与えるからな。
だって、その能力が生かせない仕事になったら急に腐りそうな気がするもんな。
そもそも強い動機を持ってない奴が、アピールに足る能力を持ってるとは考えない。
もちろん志望動機は聞いてあまりに変なやつなら弾くこともあるけどさ、
基本的に、言葉でどうこう言えるような志望動機なんか参考にならないよ。
サービスだから、一番印象がいいのは何か教えておいてあげるわ。
会社は今どういう状態で、だからどういう人にどういう働きをして欲しいかを
本当に理解してくれて、だからこそここで働きたいって言ってくれる人ね。
企業があなたを採用する理由は、あなたがその企業の利益拡大に貢献できるから。正直あなたの志望動機自体はどうでもいいんです。
では、なぜ聞くのか。それはあなたの能力が発揮されるフィールドが自社にあるのかどうか面接員がイメージするためです。
面接員は自社の事業内容や風土について思いを巡らせながら「この能力、うちで発揮されるかな」「どこの部署で発揮されるかな」ということを考えています。
あなたの文章もそれっぽいことは書いてるんだけれど、まだ「雇ってもらいたい学生さんの思考」でしかない。
まだ会社との距離感が遠い。まだまだ観念的。なによりも目の前に人間についての興味がないというのが致命的。
どれだけ口で偉そうなことを言ってても、それは学習された知識であって、ほんとうの意味で思いやりがあると感じられない。
「利益拡大に貢献できるから」じゃないんですよ。そんなもん、面接で判断できるわけないし、しようと思ってない。ベンチャーはどうかしらんけど。
http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-4774.html
これは彼らの中では本当にそう思ってるのかもしれない。
なぜかというと背後の文脈にこういうのがあるからだ。
とにかく一週間全力でやらせる」
村上「一週間」
ワタミ「そうすればその人はもう無理とは口が裂けても言えないでしょう」
ワタミ「無理じゃなかったって事です。実際に一週間もやったのだから。
『無理』という言葉は嘘だった」
村上「いや、一週間やったんじゃなくやらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」
その後はもう『無理』なんて言葉は言わせません」
この文脈があると「善意で」「限界を超えるよう強要する」という構図が発生する。
そして、実際に壊れてしまった後でも「残念です」以外の感想が出てこない。
今でも本気で彼は「私は社員思いです」「私が町長です」みたいな感覚じゃないかと思う。
善意で壊滅的な結果をもたらす人って一番怖いよね。
http://kabumatome.doorblog.jp/archives/65649956.html
『この職場で働くのが嫌なら辞めてもよい。君は特別な体験をした。社会に対して訴えたいこともあるだろう。でも、君は社会人として発言していってくれ。労働も納税もしない人間が社会に訴えても、それはただの負け犬の遠吠えだ。君は社会人になりなさい』
言ってることはあんまり変わらないんだよ。無理をしろって言ってる。
ただ、こっちの場合は、ホントに無理だったらやめてもよいと思ってたし、
必要とあれば、彼にとって必要なサポートをする意思があったのだろう。
あとなんだかんだいって結果論って気もする。
最後まで頑張れてなんとか結果を出せたからこそこの言葉はイイハナシダナーになるけど、
意地でもうんと言わせるという熱意が感じられる。
村上さん、反論はできなかったけれど、「僕には無理だなぁ」って言えただけでも凄いと思った。
俺だったら、「え、あ、はい」とか言っちゃいそう。
的中率か…。
じゃあ、今現在まだコケてない人で生年月日(時間はわからないだろうからさしあたり無くてもいいや)が分かる人を数人挙げてもらえれば、その中にこれはヤバいという人がいたら指摘するね。
なんじゃそりゃ?w
「これから失敗する」って言うだけなの?w
じゃあそれでやるとして、「いつ失敗する」「どういう失敗をする」はナシ?
もう、まさにさっき予測したとおり、
そんなのさあ、やっぱり俺もお前とおなじこと出来るんだけど。
適当に数人選んで「この人は運勢が悪い、これから失敗がある」って言って、外しようがねーじゃん。
もし失敗といえるようなことが一切ない稀な人間に運悪く当たっちゃっても、
「まだまだ。これから失敗する。」って言ってればいいだけ。
なあどうだよカルト野郎。
卓越した技能、交渉力、自己管理力が無いと無理!みたいな否定派。
そんな事無いっての。明治時代より前は自営業が圧倒的に多かったわけだし、
たいした話じゃない。働く手段の一つに過ぎない。
ノマドの原則はただ一点。
製品またはサービスが、市場に直接晒されるだけというだけの事。
品質が高ければそりゃ楽だけど、品質が低くても価格で勝負ができる。
しょうがないのでノマド(ネットワークエンジニア/SE/プログラマ)になった。
そして12年経つ。
俺の強みは二つしか無い。顧客が何を欲してるか瞬時に理解できる事、
それと、問題が発生した時にそれを必ず解決する事、この二つだけ。
それ以外はマジでヒドイ。
いや、守ろうと努力はするんだが、中学時分から昼出勤だったもんで、
長年染み付いちまった習慣はどうにもならん。
10年格闘したけど、結局、全く克服できなかったw
そのおかげかな? ラッキーくらいに思ってたが、
ずっとキープしてるから俺自身の資質による部分も大きいと思う。
ただとにかく真面目だけが取り柄ってのもいるし、
全体的にバランスがいいのもいるし、まぁとにかく色々だ。
市場に晒されるってのは確定的なので、じゃぁ交渉力が無いと難しいんじゃね?
という意見もあると思うが、例えばデザイナーにしろPGにしろ、
品質がめちゃくちゃ高いけど、交渉苦手どころか、コミュ障ってのもいる。
意外となんとかなんのよ。
何か一つ光るものがあればそれで十分って陳腐な結論になっちまうのかな。
あと、その光るモノって対象が、例えばプログラムが書けるとか、
デザインができるとか、情報発信できるとか、なんかそういうわかりやすい
技能に目を向けられがちだけど、
とにかくただ真面目、とか、とにかく相手の事をホンキで思いやれる、とか
そういうのでしっかり食ってるヤツもいるし、
驚くほど、その要素はなんでもいいんだよね。
というわけで、ノマドは憧れるならとりあえずちょっとやってみればいいし、
やって駄目ならまた働く先を探せばいい。
そもそも会社が気に入ってるならノマドに目を向ける必要なんて無い。
ノマドにしろ会社にしろ、「小さくはじめて大きく育てる」を忘れなければ、
それこそなんだってアリだよ。食える市場かどうか? それすらどうだっていい。
ノリだよノリ。ただそれだけ。
本村洋さんが会見で語っていたように、
洋さんが被告に望んでいることは「ただ殺されること」ではなく、
「境地に」達して精神性が出てきちゃった結果の望みやコメントであって
普通の人は同じ心境に達するのは無理だし
そんなこと望む必要も無いと思うよ。
プロゴルファーはバーディやイーグル出してもなお深い内省が続いていくだろうけど
一般人のゴルフはバーディ出したら「すごい!やった!」で終わり。
これは不幸にも、本村さんや遺族の重い作業として続いていくが
(だって実際、世間がそれを自分のミッションだとして、福田死刑囚に何をどう働きかけんの?
別にからかって聞いてるんじゃないから具体的な回答の用意があるなら書いて欲しい。あるの?)
そして、なぜこのような残酷な事件が起こってしまったのか分析する必要も有るわけだ。
そもそもいきなり他人の家に押し入って女性を殺害して犯し、
これは不幸にも、本村さんやにとっては必要性のある課題になってしまうだろう。
だが「そんな辛いことをこれ以上は耐えられない」と放棄しても彼等を責められる人間はいない。
犯罪心理の専門家も学問的興味や必要性を感じれば分析・研究するだろう。
彼の中でその異常性が芽生えていった背景や成長過程も詳しく知っておいて、
殺人鬼に出てこられたら困る
先日、広島の刑務所から脱走した奴が、脱走中に人を殺してたとしても死刑はよくないと君は言うのか?
絶対に脱走できないとは言えないし、万が一にでも恩赦がついたりして社会に出てこられたら困るんだよ
死刑執行人が気の毒だから死刑は廃止すべしだっていうのなら考える余地はあるけど
闇雲に死刑はよくないと言われてもね
一言つけて加えておくと、個人的には「能力がある人」は自信過剰でも選民思想でもなんでも持ってていいと思ってる。てかむしろ持ってたほうがいいくらいだ。その能力を積極的に社会に貢献するよう活用して欲しい。下手に謙虚だとその才能が埋もれちゃう恐れだってあるくらいだ。こんな出る杭打つ国だし。
で、思うのはそうでないたくさんのその他の「何者か気取りの」自信過剰の人達。何なのあれ?特に見た目がいいでもない、頭がいい訳でもないみたいだし、とりわけ話がおもしろいわけでもない。それでも何かを持っているのかなと思って少し探るように質問を重ねてみても本当に何も出てこない。けれども態度だけは尊大で、自尊心丸出しでなんだか自分のこと好きなんだろうなあという感じが見え透いている。
いや、もちろん自分のこと好きなのはいいですよ、ただそれと客観的に見た能力は別ですから。完全に。結果出してりゃあなたが自分のこと好きだろうが性格悪かろうがこっちはそれなりに評価するし、何もできないならそれに見合った態度でいて欲しいんですよね。上に書いたみたいに能力があって少し控えめな人とか本当によくいるんですよ。特にこの国では分別がある人程それをひけらかさないし、見せびらかさないよう目立たないよう腐心してることがすごく多い。そういうの時になんにもできないのにでしゃばる人がいると集団の最適配置が狂うんだよね。
もちろんここまでだけ書くと仕事のことなのかな、みたいになるけど、そんなでもなく、人とかかわる限り、複数人で関わる限りは本当によくある話。みんなで行く旅行先決めるとか、チームでのスポーツやってる時とか、ただみんなでおしゃべりしてるときだってそうだ。本当に上手くこなせたり、おもしろい話ができるやつじゃなくて、なんだか勘違いしてる奴がどうにもみんなの時間を奪って行ったりする。もちろん八分にしちゃえば?みたいな話もあるけどそういかない立場だったりそれも可哀そうかなと思ったりすることもあるんだよね。
みんながそれなりに、過剰でなく適切に空気が読めればいいんだろうけど難しいよなあ。教育というので改善できるわけでもなし。ああいうデリカシーみたいなのってどういう要因で決まってるんだろうかと本当によく不思議になる。
・「たまたま自分の子供が(殺人)を犯しただけで。自分達家族も大変な目に遭った」
・「被害者さんも大変だろうが、こっちだって正直たまったもんじゃない。いや本当に」
・「何年も前のイキがってた頃の息子の手紙をテレビ等でいまだに出されて批難される事には、非常に憤りを感じている。今は息子も変わっていると思う」
・「無期懲役の判決をそれを不服として運動するのって、どういう事なんですかね。死ねって事じゃないですか。
少年法でも分かるように『罪を憎んで人を憎まず』ってのがちゃーんとあるんじゃぁないですか。」
・「(自分の息子が被害者女性と)セックス(死姦)をしたというが、それもどうかも分からないし、ちゃんと調べて欲しい。こっちとしても名誉に関わる事だし」
・「今までは『被害者、被害者』でやってきたけど、これからは加害者もPRしていくのが正義なのかな、と。主張していく事で勝つかどうかという事だろうし」