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はてなキーワード: 景色とは

2017-01-17

帰り道の景色が愛しいのも

古いアパートの軋んだ窓や、片付かない部屋すら愛しいのも

のものから

私が生きてきた場所から

のものから、愛しいのだ

あなた

のものからしかった

のものでないあなたに魅力なんてどこにもない

2017-01-10

【 新元号が何になるか知っている 】 

平成31年元日から元号スタートさせる法案を提出するらしい。

そのニュースを観て、ちょうど自分中学生の頃に昭和天皇崩御された事を思い出した。

世の中は自粛ムードが漂い、コンビニエンスストアシャッターが閉められた景色を観たのも人生最初経験だった。

そういう中、「次の元号は何になるのか?」

マスコミや町内がざわつき始めた頃、理科先生が授業の最中に突然「オレはもう、次の新元号が何になるか知っている!」と言い出した。

その言葉に期待と好奇心を膨らませ、一斉に注目する生徒。

真剣眼差しで生徒を見返す先生

その先生が放った言葉が「次の元号は「懲役!」」

懲役2年」、「懲役3年」、・・・

先生、まともな恋愛も知らない中学生ブラックユーモアは辞めて欲しかった。

2017-01-08

旅行先のどこかきれいな景色のところで変なポーズをとっている写真プロフィール画像にするのはやめてください。

 

旅行先のどこかきれいな景色のところで変なポーズをとっている写真プロフィール画像にするのはやめてください。

2017-01-03

転職して3回目のお正月に思う

ひとりの人ができることは知れている。
1日でできることも知れている。

知れていることを毎日積み重ねることで、人生は大きく変わる。

そんなことを思いました。


10年以上前20代だった頃の話ですが、当時の上司とこんなやりとりをしました。
上司「どう?仕事楽しい?」
私「うーん、今はまだ楽しさがわかっていないかもしれません」
上司「そうなの」
私「はい。けど、毎日やるべきことをコツコツ続けることで、徐々に楽しくなってくるんじゃないかと思っています上司「エッー。そんなことじゃ楽しくならないよ」


上司意見ひとつ意見なので、必ずしも間違っていないと思います。
ただ私は、毎日コツコツを10年続けて来たことによって、人生が大きく楽しい方に変わりました。


やってきたのはこんなことです。


-元気に挨拶をすること。
-人の意見を聞くこと。どうしてそういう意見を出すのか背景を掴むこと。
-目的を見失わないこと。目的達成のためにどうすればいちばんいか常に考えること。
-感情に振り回されないこと。ただし、感情を持つひと(自分も)を大事にすること。
-気をつけていても感情的になってしまった場合は謝ること。自分を責めないこと。そんなこともあるよねwぐらいがちょうど良い。
-しんどいときこそ「おもろいやんけ」とつぶやくこと。
-よく笑うこと。
-焦らないこと。←苦手
-粘り強く対話すること。
-休む時はしっかり休むこと。
-謙虚さとは何か、常々自分に問いかけながら過ごすこと。
-見たい方向を見ること。キョロキョロしないこと。見たくない方向を気にして見続けるのは論外。
-無理に発言しようとしないこと。黙っている時にも人は学んでいることを知ること。
-人の気持ち勝手想像して気に病まないこと。できるだけ言葉でやりとりすること。
-美しい景色音楽に触れること。


全部書けてないかもしれませんが、少なくとも上記のことを心がけてコツコツと行動してきました。
あっ、正確に言うと、最初は上記のうちの少しを心がけていました。
学びがあるたびに、心がけることを増やすというやり方で10年以上やってきました。


今私が部下から当時の私と同じことを言われたら、
「コツコツやることが全てだからね。続けられるように頑張って」
と言うだろうなと思います。これは私の意見なだけで、正しいとは限りませんが。

変わってしまった嵐(ペンの指す方向)

キャッシュが残ってる> http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:blIvDuDYfZoJ:chaiy.hatenablog.com/entry/2016/12/27/221556+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp


*****

正直、迷った。この記事を公開するべきか、しないべきか。決して読んでいて気持ちのいいものではないし、ただの一個人勝手意見から。でも、心にしまっておくのも限度がある。私の周りでも似たような意見を持つ人が多く見られた。どうせなら言いたいことは全てはき出してから新年を迎えたい。

この記事は「今の嵐は嫌い、昔の嵐は好き」というほぼアンチ化しているファン卒業間近の私が今の嵐について書いたものである。嵐大好き!という方は気分を害される可能性がありますのでご注意下さい。

私はグループ内での信頼や絆、目標価値観、考え、そして思いを知るのがとにかく好きだ。その為、よくテキスト重視で雑誌を買ったりする。

どんなに大きな壁が待ち受けていようとも決して諦めず傷だらけになりながらも頂点を目指す、そんな人間味のあるグループに惹かれる。

また、ライブ演出構成が好きな分拘りも強いし、ここはもっとこうした方がいいんじゃないかと気になる事があればすぐさま友人と語り合うほどだ。メンバーの発した言葉や行動に不快を覚えれば叩く事だってある。それほど性格も口も悪い。

これから綴る文章はそんな私の個人的意見にすぎない。共感を求める訳でもなく、喧嘩を売るつもりもない。どう思うかは自由だ。ただ、近年思っていることをこの場に書き留めておきたい。

私は昔の嵐が好きだ。詳しく言えば10周年前後の2007~2012年。この頃が好きなファンも多いだろう。

1999年デビューした嵐。当時5人中3人が辞めたかったと話している。チケットが売れずに悩んだり、自分がどこに向かっているのか分からなくなったり。これからの嵐について深夜遅くまで語り明かした日もある。嵐という立場自分に大きな葛藤を抱き、悩み、苦しみ、藻掻き続けた5人は「トップになる」というひとつの夢を掲げ這い上がってきた。その小さな努力の積み重ねが形となり、2008年頃、抜群の歌唱力トーク力を兼ね備えた親しみやすグループとして世の中に浸透していった。

そんな嵐のことをメディアは「仲がいい」と表現した。確かに5人の仲の良さは大変微笑ましいもので、歌っている時に目を合わせて笑ったり、ふざけ合ったり悪戯をして楽しんだり。その反面やる時はやる。ファンの為に真剣仕事に取り組むその姿はかっこいいとしかいえなかった。

嵐はアットホーム関係性で見ていて和やかな、穏やかな気持ちになるグループだ。さりげない気遣いや思いやりを持ち、5人でいることへの感謝気持ちを忘れずに仕事をしている。お互いがお互いを必要として「嵐」であることを誇りに思っているのだ。

その純粋な思いは5人のイメージや才能を圧倒的に開花させ、国民アイドルとまで上り詰めた。

ライブが出来る喜びや有り難さを実感しながら作り上げる嵐のコンサートは誰が見ても幸せ空間といえるものだった。一緒に楽しんで一緒に笑顔になる。きめるところはきめ、魅せるところは魅せる。何しろ飽きさせない、つまらないと思わせない。グループとしてうまくバランスがとれていたせいもあり心の底から楽しいと思えたライブができあがっていたのだろう。

しかし、近年の嵐はどうも違う。こればっかりはどうしても挑発的な言い方になってしまうがいくつか例をあげて話したい。

まず一つとして仕事に対してのやる気のなさが取り上げられる。これは特に最近になって目立つようになってきた。リハが始まる直前まであぐらをかき、スタッフに「次○○(曲名)やる?」と聞かれても「やらない」と即答。これは本人達の気分もあるだろうから仕方が無いのかもしれない。

また、一部のメンバーに限るが、収録中にも関わらず寝ていたり、頬杖をついて人の話を聞いていたり。それを他のタレントに注意され頬杖はやめても指をトントンすることから苛立っている様子が伝わった。

二つ目は態度。クランクアップした役者さんに向けて花束を投げて渡したり、ゲストの前でもだらっとした格好で座っている姿が映っている。そんな行動を一部のファン可愛いといっているが私はそうは思わない。少なくとも花束を投げて渡すというのは非常識にも程があると思う。それでも可愛いという人は自分がその渡された役者立場になってみて考えてほしい。

三つ目は失言。「金いらない」「いつになったら飽きるの?」「チケット争奪戦が楽しみ」分かっている。バラエティからふざけて言ってるだろう事も、ウケを狙って言ってるであろう事も。そんなこと分かっている。けど金いらない発言は流石にいらっときた。ファンは夢を買っているのだ。歌って踊って夢を見させてくれるアイドルが好きで、応援したくてお金を払っているというのに。そんなこと言うんだったら仕事なんてしなきゃいい。申し訳ないがそう思った。

また、去年に続き今年もコンサートという場でファンガチ切れ。そんなに言いたいことがあるんだったらいっそのことはっきり言ってほしいものだ。今の嵐はいちいち文句をつけなきゃやってられないのか。

挙げ句の果てには散々今までファンと呼んでいたのをついには客扱いされるようになってしまった。これは四つ目の点として「近年のコンサート」の話にもなるのだが、私たちファンは彼らを明るく照らし、演出の一部になり、一緒にステージを作り上げる。確かにそうだ。だが、私としては一緒に楽しみたい。例として言えば2010年、11年の「Scene~君と僕の見ている風景」や「BeautifulWould」があげられるだろう。会場が国立というせいもあるかもしれないが同じ歩幅で、同じ距離感で、同じ方向を向いていたあの頃は本当に良かった。誰が見ても楽しいと思えるコンサートになっていて彼らと気持ちを共有して見ている景色が同じだった。それが私は嬉しかった。

けれど今、私はあの頃のようには思えない。ペンライト演出が年々パワーアップしていってるのはいいが少々拘りすぎではないか演出に頼りすぎていないか制御ライト制御強制されてる気がしてあまり好ましくない。2014年デジタリアン使用されたファンライトに到ってはただ演出の為だけに作られたようなものだ。だってあれ、光が嵐に向けられてるんだものステージにいる者だけが見れる、つまり映像映えするように、ということなんだろう。だからファンライトファン=ライト)なのかもしれない。


このようなことから、私は嵐がどこを目指しているのか段々分からなくなってきていた。以前よりファンを大切にしていないと感じる人も中にはいるのではないだろうか。

更に近年の嵐について調べあげ、具体例をあげたいと思う。

・どんだけ売り上げ伸ばしたいね

今回のアルバム発売後、事務所から通常版購入特典として「嵐から皆様へ感謝気持ちをご用意させていただきました」というアナウンスがあった。なぜ初回を購入した人には送られず通常なのか。それは売り上げ向上の為なのだ

実を言うと最新のアルバムシングル共に売り上げが落ちている現状である

◆嵐1stアルバム現在Are You Happy?」までの売上数

<img src="http://f.hatena.ne.jp/images/fotolife/c/chaiy/20161210/20161210174346.jpg" alt="f:id:chaiy:20161210174346j:image" title="f:id:chaiy:20161210174346j:image">

◆嵐シングル 2015年Sakura」~現在Power of the Paradise」までの売上数

<img src="http://f.hatena.ne.jp/images/fotolife/c/chaiy/20161211/20161211201115.jpg" alt="f:id:chaiy:20161211201115j:image" title="f:id:chaiy:20161211201115j:image">

原因としては昨年と今期のメンバーによる熱愛報道ライブの内容、CD・DVDを買う需要制、また年齢が年齢の為、若手グループ担降りしているのが主な理由だと考えられる。先ほど書いた通り、失言の多さややる気の無さが気になって離れた人もいるだろう。

そんなこんなで今事務所は売り上げを伸ばす為に必死になっているのだ。何としてでも今までの売り上げ数に並んでおきたい、そんな概念があるように見える。だから発売から一ヶ月以上たっていても新たな「嵐クローバー」というキャラクター&CMを作り宣伝し続けていたようだ。

更には現在行っているライブのMCにてほぼ全公演でアルバムを買ったか買ってないか、買ってないなら是非お買い求め下さいと、まるでセリフのように呼びかけている。上からの指示で言っているのか本人がただネタとして言っているのか分からないが、何としてでも売りたい、そういう風に捉えられる。

ハワイネタ&一位の内容

11月VS嵐にて「もう一度見たい名場面集」という企画があった。そこに第二位としてハワイで5人だけで語り合った回がランクインした。確かに素晴らしい回だった。15周年を迎えた今の彼らが本音で話し合う、それは私にとっても凄く好きな内容で、当時思っていたことや、もし嵐になっていなかったらなど5人の気持ちを知れて嬉しかった。

だがしかし、もうハワイネタはいいんじゃないだろうか。「辞めたかった」そう打ち明けられた時の2人の顔。気付いていただろうか。とても哀しい目をしていた。あんな顔、もう二度と見たくない。嵐で頑張っていこうと決意した2人にとっては、突然突きつけられた衝撃の言葉に動揺を隠せなかったのであろう。

そして、名場面集第一位メンバー同士のキスシーンだった。何故これが一位なのか投票した人に伺いたい。赤さんが「俺らのファンきも(笑)」と思っていてもおかしくない。いや、思っただろうな、きっと。

ファン<招待客のコンサート

去年のドーム公演にてある女性アイドルグループを招待し、その子達に向かってファンサービスをしていたという目撃情報ファンの間で話題になった。その公演はDVD化され、ファンサービスをする様子も映り込んでいる。これに対してファンは双方に激怒したのであった。

そして先週のドーム公演にはあるメンバーと共演した女優さんが来ていた。勿論そちらも満点のファンサービスを振る舞っていた。

毎回嵐のコンサートは招待客が多いので有名だ。共演者関係者、更にはメンバーが連れてきている人も入っている。招待客にはファンサービスするくせに肝心のファンにはスルー。一部ではビジネスコンサートなんて言われている。共演者を見るよりも、何倍もの倍率の中やっとの思いで当選して、年に一度会えるか会えないかプラチナチケットを手に入れてここまで会いに来たファンを見るべきではないのか。ファンサービスするべきではないのか。誰の為に行っているコンサートなんだろう。

・今更銀テの話

アリーナツアーでも話に上がったそうだが、先日のコンサートにてファンが銀テ取りに夢中になっていると「銀テじゃなくて俺ら見てよ」「取りすぎ」「1個でいいだろ」という発言があった。今更何を言ってるんだ。いちいちつっこむ私も私だが銀テ取るのも取らないのも客の勝手だろう。以前「銀テにロゴ入れ始めたのは全部客に取らせて掃除を短縮している」というのを聞いたことがある。それを取るなと?逆に銀テ発射されても誰一人取らずに嵐を見てたら。想像するとあまりにもシュールすぎる。ファンを見ないくせに俺らを見ろと。もう少しファンとちゃんと向き合って欲しい。

・回りくどいぜ兄さん

何でもかんでも遠回しに説教してくる。

例えば。「どうせネットでばらされるなら先にセットリスト公表しちゃおうか」つまりネタバレすんなよ、と言いたいんだろう。ならそう言ってくれればいい。某グループファンに「楽しみが無くなるのは嫌だからツアーネタバレ禁止」とちゃんと呼びかけている。だからファンは守ってる。何故嫌みっぽく煽ってくる。はっきり言えばいいのでは。

調子乗りすぎ、自慢しすぎ

メンバー特定されてしまうが、やたらと「第39回」と推してくる。正直言ってしつこい。受賞したからっていい気になりすぎじゃないか?前回の受賞者は自慢もせず何度もその話をあげることは無かったのに。

アルバム曲定番シングルコンサート

嵐のコンサートに行ったというと誰もが凄いね!という返事が返ってくる。私の職場では「宝くじ当てるのと同じくらいだよね?!」なんて言ってくる。確かに嵐のコンサートは入手困難な超プラチナチケットといわれる程大人気だ。現在の嵐ファンクラブ人数は200万超え。数字だけ見ると爆発的な人気を誇っているように見えるがこの中には退会した人も含まれている為、実際はどのくらいの人数がいるのか気になる。

肝心のコンサート内容は簡単に言えば「アルバム曲定番曲(感謝カンゲキLove so sweet、Oh yeah辺り)+制御ペンライト=嵐のコンサート」となっている。ただ演出が凄い、それだけ。以前の楽しさはどこに消えたんだろう。いつもと同じ曲、同じ順番、更に説教付き。演出に頼らず、一度素で勝負したらどうだろうか。

・本当に仲が良いのか

例えば2010年君と僕の見ている風景」特典映像の強化合宿。私はこの映像が大好きだ。ロケバス自由に話す5人。寝るところをじゃんけんして決める5人。赤さん一人だけ皆と並んでないのが寂しくて結局一緒に並んで寝ちゃう5人。着地するときに支え合う5人。くだらないことで笑い合う5人。楽しそうにレコーディングする5人。私にとって手放せない大切な1枚だ。

その頃と比べると今は本当に仲が良いのか疑ってしまう。カットという言葉がかかれば真顔、無言。前はこんなんじゃなかった。勿論大人になったせいもあると思うが5人集まることが「仕事化」している気がして。いや、仕事ではあるんだけど。それぞれに壁が出来ている気がする。嵐はお互いに気を使っている、だから揉め事が生まれないなんて言ってたけど果たしてそれでいいのだろうか?気を遣ってると自分気持ち意見が押しつぶされるのでは。本当に思ってること、言いたいことが言えないのでは。こればっかりは私は一般人だし嵐でないのでわからないが。何にせよ、今の嵐でちゃんと話し合った方が良いと思う。このままじゃバラバラになっていく。

説教コンサート、口の悪さ

去年のツアーにて「なんだよ、原点回帰しただろ」「原点回帰意味知ってるか?」等。そして今年はアンコールの声が小さいと怒られ「いつも出てくると思われても」なんて言われ、面白かったから笑ったのに「は?」とキレられる。

今の彼らはアンコールで出てきて当たり前、という風に思っているところがある。それに、しようがしないが、これも客の勝手だろう。アンコールするほどの価値がないと思ったらしない。この間の公演でもWアンコールを用意してたにも関わらずアンコールの声が無かった為、それにて終了となった。どうせ客としか扱ってないのなら、アンコールがどうとか、声が小さいとか、セトリがどうとか文句言わないでほしい。

他にも書きたいことは山ほどある。これでもかというくらい、次から次へと言いたいことが出てくる。

アイドルは人気になればなるほど、提供してくれるものと、こちらが求めているものに誤差が生じてくる。求められている事全部に耳を傾けるのはとても難しい事だ。

それに、嵐は世間に美化されすぎた。「嵐」の○○が好きで、「嵐」の○○だから使われて。正直、名前の頭に「嵐」をつけなきゃ誰なのか分からない。誰もが皆コンサートに行きたがるけど、結局は「嵐のコンサートに行った」「嵐に会った」そういう肩書きが欲しいだけなのでは。

もう疲れた

どうして説教されなきゃいけないんだろう。どうして楽しいはずのコンサートで涙が出るんだろう。哀しくなるんだろう。

どうしてもやもやしたまま帰らなきゃいけないんだろう。

こんな思いをする為にファンになったんじゃない。ただ、あの頃のまま一緒に歩いていきたかったのに。ペンの指す方向に、先陣切って歩いて行くあなたたちについていこうと思えたからついてきたのに。あなたたちが見せてくれる夢を見たくて買ったのに。

どうして。どうしてこんなにつらいんだろう。

苦しい。

変わってほしくなかった。

変わらずにいてほしかった。

ちゃんと愛してほしかった。

何度目か分からないこの気持ち

でも。もう既に心は決まっている。

さよならまであと少し。

2016-12-31

物凄く怖い夢を見て飛び起きた

俺は、ホラーなんて見飽きるぐらい見飽きてるくらい、ホラー耐性ある人間なんだけど、

それでも怖すぎて飛び起きる夢を見てしまった。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

俺は、沖縄っぽい雰囲気地域飲み会に参加していた。男女10人くらい。

四角形の建物で飲んでいて、3方向の壁がガラスになっていて、3方向の外の眺めが見れる。

  

で、面白い飲みものがあるからと、手渡された杯が変わったものだった。

形は非常に説明しにくいんだが。この形が話の大事なところだから頑張って想像してみてほしい。

マティーニが入ってそうな、小さなグラスの上に、とあるものを乗せる。

グラス自体には酒は注がず、その上におかれたとあるものに酒を注いで飲むんだが。

そのとあるものというのが、数十本の棒を束ねて、1点でゴムで縛ったものなんだ。

ちょうど、パスタを鍋に開けるときに、パスタ同心円状にバラッと開くと思う。そのような形なんだ。

パスタ同心円状に開いたら、どこかの1点ですべての棒が接するだろ?その1点をゴムで止めている形だ。

  

まり、そのパスタを束ねたみたいにしたものを、小さなグラスの上にのせるわけだ。

で、その同心円状の棒の束でできた『グラス』にお酒を注いで、飲む。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それで、当然飲みにくい。

ゴムで止めているけど、棒自体ゴムで止めてるだけだし、酔ってくると棒が上下にずれたりして、だんだん杯の形を保つのが難しくなる。

ちゃんと、棒の下にあるグラスにお酒を注げばいいのだが、棒のほうに注いでいるために、手の力が入れにくいのだ。

  

そうこうしてる内に、このグラスについての迷信を教えられる。

「この棒でできたグラスを壊さずに飲み会を終わらせられないと、自殺ちゃうらしいよ。

実際に、このグラスを壊した人が、自分自分を切りつけて自殺したらしい」

ふ~んと思ったけど、もうすでに棒のグラスはゆるゆる。

  

で、案の定壊れてしまった。棒がゆるゆるだったのが、外れてしまって全部とれた。

壊れたその状態が異常だった。

棒が数十本バラバラになったのはわかる。

本物のグラスがおかれるのもわかる。

しかし、それに加えて、「10個ほどのスマホXperia)みたいな黒くてツルツルした板」が出てきた。

どこに入っていたんだ?と思う。その1枚には、思い出せないが赤い文字で何か4,5文字くらいの怖い言葉が書いていた『自殺しろ』みたいな。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

で、これはどうしたものかと思ってると、周りが騒ぎ出す。

これは大変なことになったぞと。

俺としては何の危機感も無い。こんな適当もの、壊れるに決まってるじゃんっていう。

  

そうしたら、50代くらいのおばちゃんや、70代くらいのおばあちゃんみたいな人たち、つまりこの土地風習とかこの杯の作り方とか知ってる人が呼ばれた。

どうしたらいいかからないが、もう一回組み立てて、飲み会を完遂させようということになった。

  

どうやってスマホを織り込んだのかわからないが、また棒を組み立てて、元のようなグラスになった。

おばちゃんたちは、「気をつけなさいよ」という。

正直、迷信じゃねーかって気分。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その後も、ある程度飲み会雰囲気は夢でもちゃんと見たいんだけどさ。

女の子が誰かと飲み会中に浮気とかしてたと思う。

所司さんっていうオジサンが、「俺のこと知らないのか?」と聞いてきたと思う。俺は将棋プロ所司和晴じゃないよな?とか思っていたが誰だか知らなくて返答はごまかした。

まあ、それはいいんだけどさ。

  

そんで、明け方になって、じゃあもう飲み会終わろうって段になった。

いやもうこの時には、杯はまた棒がほぼゆるゆるの外れかけ。

でも何とか終わったねって。

一緒に飲んでた男の1人とソファーに座って、「お前ちょっとビビってただろー」みたいな話をしていた。

  

で、いきなり怖いことに気付いた。

3方がさ、外の景色を見れるガラス張りになってるわけじゃん。

その1方のガラスの手前に、明らかに飲み会に居なかったスンゲーかわいい女が、胸をさらけ出して座ってるの。

「誰だよ?」って周りに聞いても、誰も見えてない。

俺が、その棒の杯の儀式みたいなのをやっぱり失敗したんだということを周りが察する。

  

俺はガラス張りの外に、異常な風景があることに気付いた。

建物の周りを、何十人もの人がグルグル回っているのだ。

その人達は、物凄くでかかったり(でかすぎてガラス張りからは胸までしか見えない)、普通身長だったり、小さかったりだが。

兎に角ものすごく多くの人がグルグル建物の周りをまわっている。

早すぎて見えてない人も大量にいるみたいで正確な人数はわからない。ゆっくりだったり、普通の速度だったりと歩くスピードに差がある。

進撃の巨人多種多様な大きさとスピードの奴がいるように。

そいつらが、全員俺を見ている。

俺はもうパニック寸前。

これからどうなるんだ。と。

自殺するって話じゃなかったのか?と。

なんで取りつかれてるんだと。

  

其のうちの2人の幽霊だかなんだか知らない奴等、女が2人、壁をすり抜けて俺の方に向かってくる。

俺はとっさに、近くにあった鉛筆をもって、その幽霊っぽい奴を刺した。

その瞬間、俺の腕に痛みが走った。幽霊を刺したはずなのに、おれが傷ついている。

しかし、幽霊みたいなのが襲ってくるのも怖いので、さらに3回、鉛筆で切り付けた。

すると、その都度、俺のからだが鉛筆でぐさぐさと切り裂かれるような痛みが出る。

  

もしかして、俺は幽霊攻撃していると感じているが、現実の俺は自分自身鉛筆を突き立てて切り付けてるんじゃないか

から、この儀式に失敗した奴は『自殺した』と言われるんじゃないか?と背筋が凍る恐怖が突き抜けた。

  

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次の瞬間、心臓バクバクで目が覚めた。

怖すぎてしばらく動けなかった。

2016-12-29

小日本鬼子

灰色の街に 凍えた賑わい

見慣れた景色 消えていく

カメラに映る 現実真実

闇夜の中 もがいて

繰り返される 自由の中で

手に入れたのは 偽りの富

雑踏かきわけ進む 修羅の戦列

獲物を追うかのように

消えた記憶の 欠片に残る

後悔の跡 失った過去

緊迫感の中 立ち尽くす君 霞んでいく

小日本鬼子 内に秘めた衝動 解き放つ

I wanna be destrukted 打ち寄せる希望

鮮やかな絶望に変えて

小日本鬼子 駆け抜ける感情 突き刺さる

I don't need any right 歪な家族愛

この手で砕いて


この世が変わる 動き始めてる

日常世界が 終わってゆく

のしがらみと 足枷を外し

壊れる家庭 戻れない

かめ合った 互いの過去

止むことの無い 暴走衝動

狂わされてた 彼女への愛を

しづつでも 取り戻してく

切り離された 過去未来

置き去りのまま 失われてく

堕ちて暗闇 消える幻

届かないまま

小日本鬼子 暴走する少年少女

I wanna be destructured 打ち寄せる平和

鮮やかな戦争に変えて

小日本鬼子 突き刺さる感情 世界を走る

I don't need any right 仕組まれ運命

この手で砕いて


小日本鬼子 閉じ込めた衝動 解き放つ

I wannna be destructed 打ち寄せる戦争

鮮やかな平和に変えて

小日本鬼子 駆け抜ける感情 突き抜ける

I don't need any right 仕組まれた栄誉

壊してくこの手で

2016-12-22

http://moroha.hatenablog.jp/entry/2016/12/22/220743

正誤表

×「百式」→「100SHIKI」

×「レジデント初期研修」→「レジデント初期研修資料

○「medtoolz」

○「dankogai

?「すべてをしるもの

?「すべしる」

○「Twitter検索

○「ふぁぼったー

○「Twit

?「100フォローすれば景色が変わる、1000フォローすれば世界が変わる」

×「少女地獄」→「polog.org」

×「kyoujinくん」→「きょうじん」

○「ついったん

?「私はコンテンツじゃない!」

×「nursery☆ryhme」→「Nursery Rhyme -ナーサリィ☆ライム-」

○「ワンカップP

×「初音ミクが来ない♪」→「初音ミクが来ないのでスネています

○「組曲『ニコニコ動画』

○「ひぐらしのなく頃に

×「要は勇気自己責任」→「要は、勇気がないんでしょ?

×「分裂勘違い劇場君」→「分裂勘違い劇場

×「魔王14歳孤独電波」→「魔王14歳幸福電波

×「敷居さん家の先住民」→「敷居の先住民

○「ファック文芸部

×「真性引きこもり」→「真性引き篭もり

×「僕らはインターネットに夢中だったし、インターネットは僕らに夢中だったし、その日々を黒歴史として貶めてはいけない」→「僕らは全力でインターネットしたし、全てをなげうってインターネットしたじゃないか。」

2016-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20161221020158

戦中の話みたいに、立場や住んでたところでで見えてた景色うからなんとも言えんよ。

俺はニュータウン育ちで家が放任主義進学校にいたかほとんど迫害されなかったし。

陰では何か言われてたかもしらんが。

2016-12-19

ハンサムフェスティバル2016のうち、2日間、4公演を終えて。

私はとあるハンサムさんのファンを長年続けているんだけど、2009年初めてZeppハンサムを見に行って、賢人くんと春馬くんの歌声に魅了された。

『歌が上手い』なんて単純な話ではなく、二人の歌声が重なった時のハーモニーに衝撃を受けるほど感動してしまったの。

歌声の相性が良ければ、1たす1が100になるような奇跡音色に生まれ変わるのだと、生まれて初めて知った瞬間だった。



思えば後期ハンサムLIVEは、ファンイベントよりもショー作品表現する方が近く、

推し個人とのコミュニケーション濃度より、全員のLIVEパフォーマンスを楽しむ祭典度の方が強かった。

(これは誰を推しているかによって変わってくるのかもしれないけど。

私がファンをしているハンサムさんは、ファンが望むことの読み取りと 本人が望むこととのバランス取りが篦棒に上手く、

彼はあらゆる場面で私たちとの時間の積み重ねを感じさせてくれるから、この関係性でいる信頼感と安心感ハンパない

私たちそれぞれとの歩みを大切にしてくれる彼にはいつも心から感謝している。

そんな日々の濃度は、ハンサムで生ファンサをもらう濃度に決して劣っていないと、私は感じてる。)



から私にとっては、ハンサムLIVEは推しだけを愛でる場ではなく、チーム・ハンサム応援し全員が仲間になるお祭りだった。



そして、歌手ではない二人のハーモニー聴くことができる、唯一無二の機会だった。



あの感動のひとときはもう失ってしまったのだと、今回のハンサムでようやく痛感し、

その喪失感の大きさに動揺して、現在増田を書くに至っている。



賢人くん春馬くんそれぞれのファンの方からすれば「痛感するの遅くない?」「なんでこのタイミング?」ってなる話だと思う。

二人が一緒に出演したのは伝説2012年公演が最後で、もう4年も経っているから。



でも、ハンサム物語的には、

ファン感謝祭ジャンルのショー作品として究極であり完成してしまった伝説2012年

最高の先にある新しい世界を求めて挑戦をしたBrand New Worldの2013年

常に『進化』してきたハンサムLIVEだったのに、先に進むことではなく『締め括り』のショー構成だった2014年

(なお、この2014年初日が終わった後に盛大に絶望していた。

Never Let Go!って、EVER LASTING SHOWや言うたやん!って思っていたけど、後から読みとってみれば最終回常套句ばかりだった。

でも終わって欲しくないかストレート言葉意味意外ぜんぜん考えなかった。だって第二章が始まった次の話が最終回だなんて信じられないでしょ…?

演目構成として『終わり』を突きつけられるのは、参加者としてめちゃくちゃキツかった。楽しかったけど絶望を受け止めきれなかった気がする。)



と、2014年までが一つの文脈になっていたから、何というかワンチャン…みたいな希望がずっと私の中にあったのです。

2014年は賢ちゃん居たけどwhite serenade担当しなかったことの意味とか…

デュエット相方はるるお気に入りの裕太がバッチリやってくれたこととか…)



それが一年寝かせて、名前ハンサムフェスティバルになった今年2016年

とてつもなく素晴らしい引き継ぎ構成だった今回。

2014年絶望した先輩ハンサムさんファンの私としては、このFestival Nightは毎年恒例なんて当たり前の存在ではなく、『ミラクルなのだストレートに突き付けられて漸く受け止められたし、

新入生ハンサムくんたちに『これまでの道のり』とか『後ろは振り向かないで』とか言われちゃ、世代交代という形の一つの終わりを実感せずにはいられなかった。

そして『THE GAME初出の曲をファンが歌うダブルアンコール』という奇跡は、最高の『私たち時代の終わり』だった。

成仏するしかなかった。



そして歌われてしまったwhite serenade。

2014年は総集編だったから、そこにエントリーされたことはきっと喜ぶべきだし、賢人くんが春馬くん以外とwhite serenade歌ってしまわなかったことに救われていたけど、

引き継ぎ式の2016年にあえて歌う必要性最初感じなかったし、2014年に続き桜田さんが担当していてオリジナルメンバーよりも多い回数を公式披露した現実ぶっちゃけ初日は死んでた。構成担当を怨んだ。

(ちなみに2013年ギャグ扱いだし悲恋ぼっち曲だから賢ちゃんソロでもノーカンセーフ。他の曲も同じ状況だったしね。確か壮ちゃんが紹介していた、舞踏派チームのbutterflyが流れた瞬間「ヤメテー!」って悲鳴を上げたファンの方の気持ち、今なら超わかるよ。笑)

初日挨拶桜田さんが賢人くんの話をしてくれたから、一命は取り留めれたけども…white serenadeから先は他の曲もオリジナル版で賢人くんと春馬くんのデュオだったパートになる度に、喪失感がすごくて。

(実際のところ、二人の持ち歌のwhite serenadeでは声を重ねるパートが少ないから、ハーモニーファンだった私としては全体曲のCメロとかの方がより一層思い入れ深かったりはする。)

私の中のハンサム公演にとって、賢人くんと春馬くんのハーモニーはこんなにも自覚していた以上に大きな存在だったんだなぁと、喪失感の大きさから気付いた。



先述の通り、先輩ハンサムさんファンとしての私は、2016年の引き継ぎ公演っぷりに成仏できた。

それはハンサムフェスティバル全体を通してのことで、祭儀の結果。

(もちろん私もこのお祭りが大好きだし大切だから、彼を含む先輩チームにはぜひまたお祭りを開いてもらいたいけどね!宇宙だって付いてくよ!全通皆勤記録まだまだ伸ばすよ!)

(彼のファンも一生続けさせてね。これから私たちのことどうぞよろしくね。)



でもじゃあ賢人くんと春馬くんのハーモニーが大好きだった私は…となった時に、

私を抉ったwhite serenadeが、逆に葬送曲になった。



リリース当初は、どうして悲しい恋の歌を作ったのか疑問だった。

ハンサムミュージックは、いつもチーム・ハンサム私たちの『今』を赤裸々に的確に表現していて、一般的アーティストさんやアイドルさん等の楽曲とはメッセージ性の方向が全然違ったから。

でもねぇ喪失感あふれる今、white serenadeの悲しみのシンクロまじやばいよ…

ハンサムに会いに行っても二人はもう居ないし!

それでもステージは綺麗な景色だし!

最後ハーモニーの感動はまだ残ってるのに!!!

さよならなんて絶対言えないし!

二人の歌声が聞こえて来るはずのない3時間をかみしめてるし!

好きの終わりをうまく飾れないし!

私の推しハンサムさんがパート担当しても二人のハーモニーの想い出は消えないし!

ふたりが出逢った奇跡をもう一度願うよ…

終わらず続いたハンサムの会場で…



そして『もう少し待ってみよう 悲しいまま あの日のまま』と締められてしまうから成仏できない。

悲しみ放置だし、あの日から進めないし。

葬送曲として『悲しい終わり』を突きつけられたけども、鎮魂して成仏なんてできないよ。



ずっとずっと待ってるから

賢人くんと春馬くんのハーモニーがまた聴けることを。



残る12/29国際フォーラム公演、

悲しい恋の歌にギャン泣きして二人の歌声を探し彷徨ファントムになりつつ、

出演してくれた愛しいハンサムさんたちと素晴らしいハンサムスタッフさんに心から感謝して、

引き続きブチ上がっていくぜ!!

失恋コンボドン

失恋した。というか勝手に恋して告白まで至らず勝手に振られたつもりで失恋した。

20代半ばにしての初恋から、分からない部分も至らない点もある。完璧な手順や答えを求めていた訳でもない。

初恋してからは見える景色が変わり、自分存在を少しでも良くしようと努力をして、友人たちに「周りに花が舞ってる」と言われるくらいには変わったのだからマイナス要素だけではなかった。楽しいこともたくさんあった。

過去出来事はともかく、今回勝手失恋してこの数日で目まぐるしく感情の変化が起こったので、記録して残しておく。フルコンボドン


Good!

「あのヤリチン死んでしまえ」「掘られてしまえ」

感情剥き出しにしてただただ罵倒。とにかく相手を許さずディスに徹底。いつも付き合ってくれる女友達と仲良くディスり大会

Great!!

なぜ私はあんな奴に惚れしまったのだろう?頭を撫でられただけで。甘え甘えられるいい関係も、悪い意味友達まり。こじらせ喪女のせいで脱処女願望が先走ったり、彼は承認欲求を満たしてくれているだけの存在なのではとか。

とにかく分析自己嫌悪に至る。そもそもは私の顔が悪いから、女として上手く生きれてないから。男性が喜ぶような反応を取ってしまたから。

Cool!!!

これまでの過程を踏まえ自分の中で腑に落ちた瞬間、一気に感情が無になる。あれ、家族の前で上手く自然に笑えない。

無気力なのでめちゃくちゃ無愛想、態度の悪い奴に見られる。生きることに惰性。オタ活も惰性。

Excellent!!!

全部惰性でひっくるめて意識改革初恋前の自分(ふりだし)に戻る。


ふりだしという元の生活に戻っただけ、と割り切るのとあとは時間解決してくれるんだろうな

2016-12-16

萌芽

ここ近年、様々な場所に足を運ぶようになった。

名所だったり、神社やお寺、博物館美術館。様々なものに心動かされたくて気がつけば、行ったことのある場所が増えていった。

昔は、父が休日になるといろいろな場所に連れて行ってくれた。嬉しかったし、感動もしたが、「可もなく不可もなく」と言った感情がぴったりだった。

おかしな話だが、昔よりも今のほうが様々なものに感動することが多くなった。

知りたい、聞きたい、学びたい。

そんな気持ちが年を重ねるごとに強くなっていき、幼い頃の自分の無関心さに後悔をした。

ある日、目上の方と話す機会がありその話をすると「芽が出たのよ」とその人は言った。

「お父さんがまいた種が、やっといま芽を出したのよ」

その言葉に涙が溢れ出てきた。

決して、父の背中を追ったわけではない。

気がついたらそうなっていたことが、ただ嬉しかった。

自分の行ったことのない場所が、たくさんある。

どんな場所だろうか。どんな景色だろうか。どんな歴史があるのだろうか。

そう考えただけで、楽しくてしかたがない。

父が亡くなって五年目の冬。

まだ、父が連れて行ってくれた数の足元にもおよばない。

2016-12-15

からしいネット恋愛のはなし

いわゆるネット恋愛というものにハマってしまい、会ったことも無い相手に執着した挙句、振られた。

ネット上の人間関係とは不思議もので、精神的な繋がりだけで成り立っている分、

お互いの心が本当に通じあっている気持ちになる。

最初は擬似恋愛と割りきっていた自分がどんどんのめり込んでいくのを、私は誰にも相談できなかった。

彼が私に夢中になっていたのはほんの数カ月で、

お互いに自分気持ち告白してしばらく経つと、彼は私に関心を示さなくなった。

彼の中では代わる代わる入れ替わるお気に入り女の子のうちの一人だったのだろう。

そんなこんなで彼に拒絶され、私はフラれた。会ったことも無い彼に。

屈辱的だった。これを見ている人は馬鹿らしいと笑うかもしれない。

幼稚なネット恋愛のよくある顛末だと。けれど私は本気だった。

こんなにも好きなのに、顔をみて大好きだったと伝えることも、別れの文句をいうこともできなかった。

思い出の場所も、一緒にみた景色も、匂いも、感触も、何も残らない。

現実恋愛の終わりとは違う虚無感だけが残った。

振られてしばらくは、食事も喉を通らず、学校も休んだ。

SNSで彼の楽しそうな様子を知るたびにどうしようもなく落ち込み、怒り、そんな自分に嫌気が差した。

ネット復縁の話や失恋からの立ち直り方を調べては、自分の歪んだ失恋と照らしあわせて虚しい気持ちになった。

この失恋を、くだらない架空恋愛ごっこでしたとゴミ箱に捨ててしまいたい気持ち

現実恋愛と同じように本気で好きになって、本気で頑張った恋だったと、認めてあげたい気持ちの間で揺れている。

この恋に費やしたたくさんのエネルギー無駄だったと割り切る勇気

本気だったのは自分だけでも構わないと受け入れる心の余裕もまだない。

ネット上での関係しか築けなかったというだけで、自分が本当に好きになった人との思い出を

自分人生の汚点にしてしまうのは虚しい。

2016-12-14

片渕監督へ 「ヨコハマ買い出し紀行」を映画化しませんか

この世界の片隅に」まだ見ていないが評判はとても良い。今は100キロメートル離れた街でしか上映していないので、最近忙しいこともあってまだ見に行けていないが、2週間後には近くの映画館で上映開始するので、そのときには絶対に見に行こうと思っている。

この世界の片隅に」は、評判を聞いたり、予告を見た限りでは出来には期待して良さそうだ。自分この世界の片隅に原作ファンなので、あの素晴らしい原作を最高の映画に仕上げてくれた片渕監督には感謝している。

片渕監督の手腕を見込んで、勝手なお願いなのだが、片渕監督には是非「ヨコハマ買い出し紀行」を映画化してほしい。

ヨコハマ買い出し紀行」は、地球温暖化で海面が上昇して、人類が緩やかに滅んでゆく世界喫茶店経営する不老不死ロボットアルファ」の日常を描いた漫画作品だ。

人類が滅ぶ寸前という過激環境の中で「日常」に焦点を当てているのは「この世界の片隅に」との類似性を感じざるを得ない。

現代とは違った少し懐かしさを感じさせるゆったりとした雰囲気も「この世界の片隅に」と非常に良く似ている。(実際に自分は「この世界の片隅に」を読んでいて「この作品ヨコハマ買い出し紀行っぽいな」、と思った。読む順番が逆なら逆のことを思っただろう)。

さらに「ヨコハマ買い出し紀行」は、海面が何メートル上昇したらどこが沈むか、といったようなことを綿密に計算して、それを正確に作中で描いていることでも知られている。関東付近実在する景色もたくさん出てくる。この舞台へのこだわりっぷりは映画この世界の片隅に」に通じるものがあるのではないだろうか。「ヨコハマ買い出し紀行」のような舞台描写にこだわった漫画を片渕監督アニメ化していただけたら、間違いなく素晴らしい作品に仕上がるだろう。

実は「ヨコハマ買い出し紀行」は2回OVAアニメ化されていて、どちらも出来は良いのだけど、尺が短いのが非常に惜しい。「ヨコハマ買い出し紀行」のミソは、年を取らないロボットとどんどん成長していく人間や変化していく世界との対比だと思う。映画OVAとさほど変わらない短い尺ではあるが、あの濃密な「この世界の片隅に」の原作を2時間映画にまとめ上げた片渕監督なら、映画という短い尺でも「ヨコハマ買い出し紀行」のミソである人間の成長や変わりゆく世界を余すこと無く描けるだろうと確信している。

クラウドファンディングをやるなら投資するし、5年でも10年でも待つので、是非考えていただけないだろうか。

2016-12-13

終わらせようとしてダッシュしてはいけない

終わった後にすぐ次がくる、終わることなんてない

ダッシュし続けたら息切れしてヘトヘトになるだけ

のんびり景色見ながら散歩ぐらいが丁度いい

※但し周囲には走っているように見せること

菊の名は。

あの日、腰がくねった日。

それは、まるで。

まるで、悪夢景色のように、

鬱苦しい眺めだった。

チャラリーチャラリー、トゥルリッルルル ッザッザッザッザッザ

パラピラパララ、ピララピラピラ、プラピラペラパラ、ズンッ、ザッ、ッザー

♪(禁則事項です。)♪

放課後? 悪ぃ、オレ、バイト

こんな田舎、嫌だよー。こんな人生嫌だぁ。

来世は東京イケメン男子にしてくださぁ~い!(さぁ~ぃ、さぁ~ぃ、さぁ~ぃ)

あんっ…………どこ?

そういえば、ずっと変な夢を見てた気がするんだけど。

別の人の陣痛の夢?

はっ!

なっ!

これって!?

なっ!

これって、もしかして

俺たちは腰の中が

入れ替わってるー!

♪(禁則事項です。)♪

はっ!

はっ!

確かなことが、一つだけある。

私たちは、出せば絶対、すぐに分かる!

言おうと思ったんだ。お前が世界のどこにいても必ず出してしまうって!

あなたは…たれ?

お前は、ダルダ!?

菊の名は。

2016-12-11

この世界の片隅に : フューリーロード

ここでは『マッドマックス 怒りのデス・ロード~』先に見ていることを前提とする。



主人公すずは、フュリオサ大隊長である

どうしようもない世界の片隅で、女として育ち、

そしてどうしようもない現実に怒りを覚え、自ら戦う意思を持つ。

髪を失くし、腕を失くし、それでも彼女は生きる。生き残るために戦う。

フュリオサすずが生きる世界は、残酷だ。しかし持ち前の自分を曲げないハードボイルドさで、周りの女性を惚れさせていく…。



キャラクターが似ている点と言えばそれくらいなのだが(充分だろう)、『この世界の片隅にから漂うマッドマックス感はなんなのだろうか。

それは作品全体の構成に大きく関係している。



情報量の多い映画、と言えばなにが思いつくだろうか?

しかしその映画は、言葉ですべてを説明するタイプ情報量過多映画ではないか

マッドマックス』は情報量が過多だと思うが、ほとんどと言って説明が無い。それを全て分かるには、かなりの努力必要となる。

「いぇえええええ!ひゃっは!!!!!!!!V8V8V8!!!」と言っているうちに、物語が進んで終わっている。

正直何が起きているのかさっぱり分からない。だけど、しっかりとした世界観と設定、緻密な人物描写の中にストーリーがしっかりあるのだ。

この世界の片隅に』も言えば情報量が過多だ。もはや収まっていない。原作も読みやがれ、エンドロールから汲み取れパターン映画になっている。

この場合漫画から全て汲み取れていないという批判が行きがちだが、そうではないのだ。

紙に白黒で静止画で描く漫画というコンテンツから映画昇華する上で、読む側の自由にさせない猛スピードをつけ、音をつけ、色をつけ、動きをつけた結果が漫画以上の情報過多を生んでいる。

良く出来た原作さらに掘り下げ、風景やいろんな描写現実さらに織り込んだ。

史実を基にするゆえに原作からの訂正箇所も生まれている。原作者は多分、満足していることだろう。



マッドマックス怒りのデスロード」が評価され、ファンを生んだ。

アカデミー賞もとった。あのイカレタ作品アカデミー賞だけはとってはいけないと思うのだが、評価に値するだけのものだと思う。

あの作品評価はどこにあるのかといえば、個人的に見ると、情報過多なくせに必要な部分は「行って帰るだけ」だし、説明しないおかげでストーリーにとんでもない疾走感を生んでいる点だと考える。

この世界の片隅に」も同じ評価ができる。(これはイカレタ作品ではないので、賞をとって良いと思うのだが)

情報過多なくせに、必要な部分は「すずがただ生きる」ことだけだ。

しかしただ生きることに、あまりにも密度の高い世界と目まぐるしい戦況が映画全体にスピードをもたらしているのだ。

歴史上、私たちは、彼女が生きて向かう先の広島になにがあるのかを知っている。

誤解を覚悟で言えば、それが物語の大きなスパイスとなり、面白さを増幅させている。

その「面白さ」は、決してウキウキ楽しいものでは無い。怖いと言っても貞子と伽椰子が来るぞ来るぞ、とチャカせるようなものではない。

人類史上最悪の、現実に起こったことだ。

見ている側は、この世界の片隅を見て一気に言葉を失う。

そこから考えることは見てる側それぞれのものだ。それぞれなのだけど、ただ世界の片隅が壊れただけでエンディングは迎えない。

壊れた先にあるものを描くのだ。

この映画では怒涛のラスト表現していいのかもしれないが、とんでもないほどの情報量が流れ込んでくる。

喜び、悲しみ、苦悩に絶望希望

(例えば、あのあと呉には台風が襲う。漫画にはあるが、映画ではそれが一瞬にして表現される。これも2時間という枠のスピード感に特化した結果だ)

その情報量主人公ただ一人の女性から見る、小さな視野景色だということも驚きだ。

……と、まぁマッドマックスから離れているので軌道修正



マッドマックス核兵器による戦争後の世界というのも、また共通点

どんな世界でも、どんだけ頭がおかしくなっても(マッドマックスの話)、人は生きるのだ。ただ生きようとあがくのだ。

この世界の片隅には銀スプレーは無いけれど、銀スプレーが無くても人は生きていくということを教えてくれた。

あの映画から漂うマッドマックス感は、そういう共通点からまれているのかもしれない。



マッドマックスベタ褒めしていた層に言いたい。

この世界の片隅にを見たほうが良い。

あの映画の良さが分かる人には、この映画の良さがきっと分かるはずだ。

これはステルスマーケティングではない。ダイレクトマーケティングだ。

マッドマックスを見終わったあと、人々はV8と叫んだのは記憶に新しい。

この世界の片隅にを見終わったあと、きっとあなたは叫ぶだろう。「ありゃー」と。(強制的なまとめ)

先生遠藤さんの上履きがありません! 4

前話: http://anond.hatelabo.jp/20161109170519

タカヒロ

 アヤネの上履きが隠されたのが、先々週の金曜日のこと。それから週明けの月曜日火曜日水曜日に立て続けに他の女子上履きが隠された。

 隠された上履きを見つけたのはアヤネのときこそユウヤだったけど、先週の3件はぜんぶケンジが見つけた。でも、そのせいで彼は疑われている。

「これからプリントを配りますから、帰る前に記入して前に出してください」

 そう言って先生は、藁半紙印刷物クラス全員に配り始めたーー欠席のケンジを除いて。

「みなさんも気になっていると思います

 先生上履き隠しの犯人をまだ探す気なんだ。

「先々週の金曜日、先週の月曜日から水曜日最近だけで4回も上履きが隠されています。残念ながら、誰も自分がやったと名乗り出てくれていません。クラスの中に隠し事があるのはみんなの問題です。誰がやったのか先生は知りませんが、もし理由があるなら、もう二度と同じことをしなくてもいいように、それを解決しなければいけませんし、誰がやったのかわからないままでは、みんな不安になってしまます。みんながみんなを疑うことになるのは、とても悲しいことです」

 誰が犯人でもみんなの問題にはされたくない。もし理由があるならそれはそいつ問題で、僕たちには関係のないことじゃないか

「ですから、無記名で構わないので、何か少しでも心当たりのあることがあったら、ここに記入してください。『自分がやった』でもいいですし、『誰かがやっているのを見た』とか、『やったと話しているのを聞いた』でもいいです。少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください」

 つまり、『もしやったのがあなたで、それでも黙っているなら、証言を集めて見つけ出しますよ』ということ。こういうことに意味があるのかは疑問だった。誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめ方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。

はい

 前の席のアヤネからプリントを受け取った。A5の藁半紙に、大きな枠が一つ。完全自由記述

 犯人を知りたくないわけじゃなかった。疑われているのはケンジ。でも、3回連続で見つけたってだけで疑うのはフェアじゃない。もともとこういうのは得意不得意があるんだ。ケンジはたまたま、見つけるのが得意だっただけだ。彼は普段から目ざといし、頭もいい。そんなにおかしいことじゃない。

 とはいえ、心当たりがないわけじゃなかった。

だってヒーローだぜ?』

 アヤネの上履きが隠された金曜日放課後の帰り道、ケンジがそう言ったことが、ずっと頭から離れない。彼はヒーローになりたくて、3日連続女子上履きを隠したんだろうか? でも、

『俺はやってないんだ!』

 あの怒りが嘘だとは思えなかった。だいたい、もし彼が犯人なら、あんなこと自分から聞くだろうか?

上履き、また盗まれた?』

 思考が頭の中をぐるぐる回った。

 他のみんなは何を考えているんだろう。鉛筆が走る音があちこちから聞こえていた。もしかしたら、真犯人が名乗り出るかもしれない。先生の脅し文句が全く効かないとは限らない。あるいは、真犯人が名乗り出なくても、誰かが犯人証言するかもしれない。そうだ、そうすれば、ケンジの疑いも晴れる。

 そのとき、数分前の自分思考が戻ってきた。

『誰かの証言があったとしても、それが本当か確かめ方法がない。無記名なんだから。もし誰かの証言犯人を間違えたら、それこそとんでもないことだ。』

 誰もが犯人にされる可能性がある……。

 そう思った途端、教室景色が全く違って見てた。37人のクラスで、一人欠席。僕以外の35人が、自分以外の誰かに罪を着せようとしているんだ……。四方から聞こえてくる、藁半紙の表面が鉛筆の先を削り取る音が、自分を刺し殺すためののナイフを研ぐ音のように聞こえた。

ケンジが犯人なら良いんだ』

 頭の中で誰かが言った。

あいつが犯人で間違いない。みんなそう言ってるじゃないか

 違う。ケンジはそんな馬鹿なことしない。いくらヒーローになりたいからって、そんなことするわけがない。それに、もし彼が犯人なら、自分から話題蒸し返したりするわけない。あの怒りが演技なわけがないんだ。

 でも、もしも、もしもあれが全部カモフラージュだったら? 予想外に疑われてしまって、完璧だったはずの計画が狂って、クラス中が敵になった中、一番懐柔しやすい僕に『無実だ』と印象付けるための方策だったら? 言葉尻を捉えて急にキレたのが、僕に罪悪感を覚えさせて、味方につけるための作戦だったとしたら?

 いや、そんなことあるわけない。考えすぎだ。犯人別にいる。それに、僕が犯人にされる心配はない。疑われる理由は何もないんだ。だいたい、もしランダムに当たるとしても、確率は37分の1じゃないか



 すでに何人かが藁半紙を教卓に提出していた。

 ガタッ。

 アヤネが立ち上がった。彼女左手から垂れる藁半紙の真ん中に、数文字漢字が書いてあるのがちらりと見えた。

『………弘』



だってヒーローだぜ?』

『でもいいよなあ、あいつ』

自分で隠したから、見つけられるんだ』

『全部あいつが隠したんじゃねえの?』

『少しでもヒントになることがあれば、ここに記入してください』

 鉛筆を手に取って、僕は精一杯の正直さで記入した

2016-12-08

退職エントリ博士進学を考えるあなたに送る、進路に関するあれこれ

博士をとってから大学博士研究員として1年ほど働いたが、先日、民間企業から内定をいただいて大学を去ることになった。転職活動をする中で思ったことを書き残しておきたい。自分と同じ程度に何も考えず、ちゃらんぽらん博士課程に進もうとしている人の参考になればよいと思う。

1.スペック

男29 バイオ系 医学研究科所属(non-MD) 特筆すべき業績は無い

いわゆるピペド的な分野だけど、医学系に所属していたことが就職プラスとなった模様。

2.ポスドクを辞める理由

一般的基準で言ってブラック職場だったから。

1日6時間勤務で時給1670円。つまり日給1万円。額面20万程度なので、手取りは16~17万ほど。残業手当休日出勤手当についての規定はいろいろ事細かに書いてあるが、残業休日出勤存在しないことになっている。生物相手仕事なので6時間の中で全ての仕事を収めることが不可能である場合によっては夜中に始めなければいけない実験もある。また、生物には曜日関係ない。大学院生の頃、研究室に行かない日は年10日ほどだった。卒業前、ポスドクになってもそのペースで仕事ができると思っていたのだが、お金をもらう身分になるとそれができなくなった。給料が発生しないのに研究室に行くことが馬鹿らしくなってしまった。こういうことを言うと、休みがほしいと言ってるようでは研究者に向かない、と言われたりするのだが、そういう問題ではないだろう。だって、こちらは契約書を交わして雇用されている身分なのである。そういう意味では民間企業で働く人と同じだ。上の言い分がまかり通るなら、サービス残業ができないような会社員だって、その会社仕事に向いてないと言ってよいことになるのではないか。少なくともこれまではてブ等で言われてきた基準から考えれば、即退職すべき職場と言えるはずだ。

これはうちの大学だけの問題ではなく、どこの大学でも聞いてみると似たような人が居る。教授たちはポスドク生活について特になんとも思っていないし、月20万も出してやれば逃げていかないと思っているらしい。「サイエンスサティスファイ」していれば飲まず食わずでやっていけると思っているのだろう。

それでも、百歩譲って、自分の好きな研究をしているなら、お金をもらわずに働いてもまだ納得がいく。しかし、雑務に追われて研究ができない大学教員同様、ポスドクも上でオーバーフローした雑用をこなしているだけで時間が過ぎていく。毎週末出張に行かされたり、インターン学部学生の面倒を見たり、他大学学生スタッフ技術指導をしたり、シンポジウム運営を手伝ったり、種々の書類を書かされたり、というのが日々の業務である。それでいて、世間からは、研究者なんて劇団員とか芸人とかそういう類なのだから待遇が悪くても仕方が無いだろう、お金がもらえるだけいいでは無いか、というようなことを言われるので腹が立つ。

3.ポスドクから転職活動

活動期間はトータル4ヶ月。ただそのうち一ヶ月半ほど忙しすぎて何も動けない期間があった。覚えている限り、13社応募した。うち、3社は転職エージェント音信不通になった。2社は転職エージェントから応募を断られた。残りのうち、4社は書類で落ちて、4社で面接に呼ばれた。最終的に2社から内定をもらった。

専門知識が活かせそうな職であれば、研究職、非研究職に関わらず応募した。そのため、最初は何がやりたいのかもはっきり固まっておらず、書類審査に通りにくかった。後半は、希望業界職種が絞れてきたことと、求人から書類審査に通りそうなものがある程度わかるようになってきたので、思ってたよりもあっさり終わった。

巷では博士まで行くと就職が無い、特にバイオ系は終わっているというような話が多かったので、活動を始める前は心配していたが、別にそんなことはなかった。ただ、研究職に絞っていたらそう早く決まらなかったかもしれない。自分実験技術ニッチ職人芸で、企業研究で活かせるかというと微妙だったし、業績も研究職を目指すには寂しいので書類選考がかなり厳しかった。それに、やっぱり分子生物学を直接活かせる分野はまだそんなに無いというのも思った。

博士課程で身につけるべき専門性スキルは、研究以外にも活かせる道があると思うので、研究以外のことにも興味を持てる人だったら、博士まで出たからといって特に就職で不利になることはないと思う(能力的に博士として平凡な人でも)。

4.博士進学すべきか

私は博士進学したことを全く後悔していない。ポスドク期間は精神的につらかったが、大学院生の間は、研究を通じてエキサイティング経験ができたと思う。

博士を取るのは、学士修士に比べたらかなり大変ではあるが、その分、達成感がある。私は基礎研究分野なので、その視点に絞って言うが、博士というのは世界で初めて誰も到達してない場所まで登り、そこから新たな景色を見せることができた人に与えられる称号だと思っている。博士課程で行う研究なんて、そうたいしたものではないけれども、でもどんな小さなことであれ、世界で一番になる経験というのはなかなかできるもんじゃない。だから、もし学部修士課程研究面白いと感じているなら、その先の山まで登ってみることは悪い経験にはならないと思う。

もちろん、リスクデメリットはいろいろあるし、向いている向いていないもあるけど、条件が合えばリスクは限りなく小さくできる。博士課程に進学しようと思ったらお金必要であるが、親から全く援助が受けられなくても、プラス収支で博士課程を卒業することは不可能ではない。最近貧困の原因になっているとも言われている学生支援機構奨学金だが、大学院で借りた奨学金3分の1の確率で半額または全額が免除されることはあまり知られていないのではないか免除されなかったら大きな借金を背負うことになるのでハイリスクな賭けではあるが、単純なギャンブルではないので勝率を上げることはできる。免除される枠は大学ごとに割り当てられているので、学内相対評価で勝てれば良い。背伸びして良い大学院に入ると大変かもしれないが、小さな大学アクティティの高いラボに入れれば免除される可能性はかなり高くなる。私もこのパターンで、日本全体では平凡な大学院生だったと思うが、所属大学では上位に入れた。それから最近お金を出してでも学生を囲いたい大学院もあるから、この辺をうまく使えればお金がなくても進学は可能である卒業後の就職のことに関しては上に書いたとおりである。実感として、そんなに不利だとは思わなかった。研究を続けるか別の道を歩むかの決断はあるかもしれないが、仕事を見つけること自体は難しいことではない。

優秀な人が将来の懸念から博士過程を避けるようになっているという話をよく聞く。それがどの程度本当なのか私はよく知らないが、本当だとすれば残念なことである。真に優秀な人はおそらく研究者として残っていけるだろうし、別の道を探すことだって難しくはないだろう。重要なのは進学前の情報収集だ。良い指導者(色々な意味で)に出会うことは極めて重要である

5.学術界に言いたいこと

それはそうと、博士課程を卒業した後、ポスドク待遇は酷い。なんなら、学生のころよりも生活が苦しくなったりする。私の待遇でも、社会保険厚生年金に入れるだけ全体としてはマシだと言われるようなレベルである

博士まで取った人なら、仕事くらい自分で見つけてこられるだろう。だから別に今いるポスドクをみんな救済しろと言いたいわけではない。ただ、せめてルールくらい守れと言いたいだけだ。大学予算枠の規定で仕方がないのか知らないが、秘書実験補助員と同じ枠でポスドク雇用し、ポスドクにだけ特別暗黙のルール適用することはいい加減やめた方がいい(秘書実験補助員は定時で帰るし、定時で帰れるように配慮される)。本来研究者時間給で雇うのが間違いなのだが、全員を正規雇用できないというのもわかる。だから正規雇用されなくてもいいから、パートタイムで雇うならその規定をきっちりと適用してほしい。そんな中途半端研究者は要らないと思うなら雇わなければいい。自分だってボスからポスドクとして残ってほしいと言われたから残ったのである必要だと思うなら、必要性に応じてお金を出せばいいし、出せないなら逃げられても文句は言わないでほしい。

6.まとめ

大学院は超エキサイティングだったが、ポスドク待遇が酷いため研究をやめることにした。

博士進学および研究人生を賭けた博打であり、勝つためには運が多大に必要であるしかし、単に運だけで決まるわけではない。そこそこ得たいものを得て降りることは可能である研究過程を楽しく思えてかつ優秀な人には博士進学を勧める。

2016-12-07

はてなってネットコミュニティの中でもかなりキモいと思う

他のコミュニティも色々キモいけどはてなほどじゃないよ。

2ch ワッチョイ導入で荒らし対策したはずなのに相変わらず荒れててキモい年齢層が比較的広い

おーぷん2ch 年齢層がかなり低い2chかなりキモい

2ch.sc 2ch過去ログを保存してるだけの場所こっちに書き込んでるやつはキモい

ニコニコ キッズに持ち上げられたいオッサンが頑張る場所キモい

YOUTUBE エモいキモい

ツイッター 半匿名というポジションなので人によって見えている景色が違うが総じてキモい

フェイスブック 実名丸出しという設定だが偽名も結構いるんじゃないだろうかとりあえずキモい

reddit 英語とかキモい

・したらば それぞれの板ごとにそれぞれのキモさがある

・売りスレ ダントツキモさがある

ふたば  老害ムラ社会個人粘着アフィリエイトステマが織りなすキモさのハーモニー

増田 伸ばそうって気持ちマウント取りたい気持ちが見え隠れしてキモい

はてな 頭良くない人が無理してる感じがキモい



すまん

どれもキモすぎてキモさの序列が分からなくなってきた

2016-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20161206232827

最近観光ガイドマップを参考にして景色のよさそうなところに行ってみたら、勝手想像してたよりもずっときれいだった。

「こんなにいい景色なのになんでこんなに微妙な構図の写真ガイドマップに載せるんだろう?」と話していて、「あまりきれいなものを載せると観光客がっかりさせるからなんじゃないかな」と考えついたのを思い出した。

実際、超有名な観光地じゃなくても絶景っていうのは日本にもけっこうある

今朝はぐっと寒くなるって言ってたけどそれほどでもなかった。

トレーナージーパン、下はパッチ履いて、ダウンのベストという格好で全然寒くなかった。

雨が少し降っていた。

でも7時を回るころにはほとんど止んでいた。

世界で一番強い人間になりたいなと思う。

人類の中という枠でなく、世界中にいるすべての動物の中で一番強く。

動物だけではなくどのような兵器にも負けない人間になりたい。

空を飛んで宇宙から地球を眺めて守ってる感を味わいたいなと思った。

いつも6時過ぎに家を出るんだけど、この時期はまだ暗くて、途中で少しづつ明るくなってくる。

日が昇る景色って本当に綺麗。

すべてのものが明かりに照らされて、許された感じに見える。

それはやっぱり偽善なのかもしれない。

でも照らされたそれらのものは少し微笑んで誇らしく顔を上げて未来を見つめているように見える。

こんなすばらしい地球を守っていきたい。

2016-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20161128164232

XXだから導入できない。

XXXだから申請必要で面倒くさい。

そんなことばかりいって、お客様に対してスピーディーに、

品質のいいもの提供できないから、

若い世代に「老害」といわれてしまうんだと思います

私もどちらかというと、

"しかたない"や"XXだから"であきらめた世代に近いです。

でもその恨みにも似た感情を、若い世代に当り散らすのは間違っています

ましてや、オレが見てる景色とお前らとではちがうんだ!と言ってのけるのも

非常に恥ずかしいです。見ている景色が違うのは当たり前です。

きっとずっとお仕事されているであろうあなたと、

5、6年目の子たちとで同じ景色だったら、あなたがむしろ恥ずかしいだけではありませんか?

&gt;ここにはやるべきことが山ほどあるんだよ。

であれば、若い子たちに愚痴るのはやめましょう。無意味だとおもいませんか。

つられて笑う

私の住む地方は、雪は降るが積もりはしない比較的温暖な場所だった。

幼い私は、テレビに映る積もった雪にダイブする芸能人を見て「私もやってみたいな」と家族の前でこぼした。せがんだけわけではない。ただ、本当に口にしただけだった。

その翌年の春休み、日がまだ昇らない時間に出かけることになった。行き先は父しかしらず、家族の誰も目的地を知らないまま車に乗り込み連れられた。

そのまま私は寝てしまい、目を覚ました頃に見た景色は一面の銀世界だった。

一瞬、夢かと思うほど現実味がなく何と言葉にしていいのかわからなかった。

その後、直ぐに自然公園のようなところに車が停められ、私は急いで外に出た。

「雪だ!!!

私に続き、家族が車を降りてくる。初めて見る、一面の雪景色にただひたすら魅了された。

「飛び込んでいいぞ」

父が私にそう告げた。その時、この旅行が私の為だと理解した。

あの時、何気なくこぼした私の言葉を覚えていてくれたことがとても嬉しかった。

雪に思いっきり飛び込んだ。痛みなど、全く感じなくこれが降り積もった雪の力かと感動した。

「痛くないよ!」

起き上がり父に告げれば、私よりも嬉しそうな父がいた。

[]エンジニアから見たSIerがさほどクソではない理由

技術レベルが高いとは思っていないが

常にトレンドを取り入れればいいとも思っていない。



技術者レベルが低いとは思うからこそ、

ここには万人が使えるフレームワークとかれた技術必要だ。



Excel方眼紙ベストだとは思っていないが、

あいにくWikiGitHubもないんだよここは。



人力テスト跋扈しているが、

結果的障害なくリリースするのがやり方だ。



環境が良いとはお世辞にもいえないが

クソみたいな単価のPG共にMacBookは高すぎる。



スーツは堅苦しいが、

あいにく顧客スーツなもんでな。



判子押すのは面倒だが、

50年以上前システム保守してるからな。



多重下請け業界構造がクソだとは思っているが、

利益の根源だからな。



SpringJenkinsChefAWSも使ってるが客には導入してないぜ、

今後の提案に使うからな。




お前と俺じゃ見ている景色が違うな。

ここにはやるべきことが山ほどあるんだよ。

嫌ならWeb系に転職して遊んでな。

paizaかテメーらは。


エンジニアから見たSIerがクソな理由 - 負け犬プログラマーの歩み

SIer による SIer 評が聞きたい

SEという名前を変えて欲しい。それで日本のITの遅れは色々解決する。


追記

http://anond.hatelabo.jp/20161128174152

まったく伝わらんかった。

判子とか、面倒な申請とか、導入障壁は客の都合であって、SIerが始めたことじゃないの。

現場では枯れた技術を好んで導入しているけれど、こっちは研究部門作ってひたすら研究して技術キャッチアップを続けている。

障壁がなくなったタイミング提案できる体制は常に作る。

SIerからどうこうと口だけで何も努力しないやつは老害より害悪たよ。

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