「構造」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 構造とは

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160525115215

ソースである2chコミュニティ高齢化劣化してるからしゃあない。面白いこと探してる奴はみんな他所行って居なくなっちゃったし。

年末名物雑談スレを久しぶりに見に行ったら、寂れきったスレに一人残った粘着荒しけが毎日書き込み続けてるのを見て諸行無常を感じたよ。軽いホラー

今でも好事家に需要のある情報をやり取りしてるスレはそれなりに活況あるけど、まとめサイト的には全然PV稼げないから美味しくないだろうし、構造的にもう面白くなりようがないので大いなるマンネリとして生きていくしかない世界だなと思う。

2chまとめブログの古臭さ

あじゃじゃしたーかいまとめブログ最近見ないな、潰れたか?」と思ったらまだ更新してた。

多少有名なサイトで昔よく見かけた気がしたが、久しぶりに見たらなんか古臭い印象だった。

今時まとめブログなんて時代遅れだもんなぁ。

2chフォーマットもだいぶ時代に取り残された感じがしてきたし。

まぁ、固定客がいるか更新し続ける意味はあるのか?

でも、まとめブログって一週間も見てれば飽きるしなぁ。

俺もまとめブログ最初に触れた時少しハマったけど、せいぜい3日とかだったし。

まとめブログ毎日読んでコメントまで書いてる人ってどんな人なんだろ。

最近はじめてネットを見た子どもか、じゃなきゃもう時代に取り残された人なんだろうな。




あー、あと書き込まれてる内容がほぼ一緒ってのも大きいな。

十年以上前から言われてることを飽きもせず何度もまとめてるし。

例えば、自転車とかタバコとか酒とか少年犯罪とかその他娯楽や知識系も話題が何順もしてる。

おすすめアニメおすすめ漫画おすすめ映画歴史上のヤバイ事件、すごい放送事故、怖い未解決事件………こういうのも全部一緒で何も変わってない。

あと、まとめサイト特性意見も偏りやすくて、まとめブログの読者やネット民にウケが良い意見ばかり目にする機会が多い。

偏った意見ばっか見てても単調で飽きるんだよね。

新しいニュース話題なのに、それ前にも見たって書き込みばっかりだし、タイトル見ただけでだいたい書いてある内容が予測できる。

そもそもまとめブログ管理人やまとめてる人間自体が、情報アップデートしてない時間が止まった人間が多いんだろうなって感じる。

アンテナも低そうだし、読者ウケを狙えばそれだけありきたりで保守的凡庸意見をまとめることになる。

そんなの毎日見てまとめてたら馬鹿になりそう。

まぁ、おんなじ話題が循環してるのはネットのどの界隈でもありがちだけど、まとめブログ、というか2ch特に酷い。

まり、何年も前から同じフォーマット意見話題を繰り返しリサイクルしてる構造で何の進歩もしてないんだな、まとめブログって。

そりゃ古臭いわ。




追記:

「新しいニュースの話題なのに、それ前にも見たって書き込みばっかりだし、タイトル見ただけでだいたい書いてある内容が予測できる」はてブdisかな。 - hungchang のコメント / はてなブックマーク

はてブも大概話題が循環してるけど、まだ個人ごとアンテナを高くして情報アップデートしようとしている人が多いから、意見や取り上げられる話題多様性はあるね。

まぁ、ブコメ欄に限って言えば、スターのつきやすコメントはやっぱ保守的安心感のあるコメントなので、人気コメントにはそういう意見が登ってきやすいと感じる。

あと、定期的に同じ話題を扱ったサイトブログがバズってブコメ欄で同じことを語ってるのは見る。

2016-05-24

道路族と対決

愚痴です。ごめんなさい。

ウチの家は新興住宅地一角にあり、周囲のほとんどが子育て世代の若夫婦です。そして何故か子だくさんばかり。少子化なんて嘘のようです。ウチは子供がいない世帯袋小路私道なので車が通らず、近所は文字通り道路族のパラダイスです。

平日、休日わず午後になると家の周り(構造説明するのが難しいのですが、四角い家の二面が道に接しており、また脇に仕切りの無いカーポートもあって、そこも道に接しています)で大騒ぎされて参っていました。

こんな状態がもう十年以上ずっと、子供世代が次々入れ替わり連続的に続いていました。それでも「子供のやることだから」「そのうち大きくなるし」と余りにも酷い一、二例を別にすれば、何も言わずじっと耐えてきました。

ですがそんな状況が更に悪化し始めたのは数ヶ月前。カーポートを挟んだ隣の家の兄弟が大きくなってきて、サッカーボールで遊び始めたことからです。以前からガラガラうるさい足漕ぎ車で騒音に悩まさせられて来た子たちでしたが……。

どこかから連れてきた友達と四、五人程度で道路フットサルのようなことをし始めました。見るとそれに時々母親父親友達の親らしき大人などが混ざっている事も。

当然エキサイトしてくると周囲が見えなくなり混戦状況に。そうなってくるとボールがどこに飛ぶのかも分かりません。子供とは言え興奮してくればボールの蹴り方もキツい。

そして恐れていた事態、ウチの壁にそのボールが当たるようになってきたのでした。しかも頻繁に。コツン、ポツンと当たる事はもちろん、次第に家全体を揺るがすようなドスーンという重い音がするように。見ればキーパーの子が、ウチの壁の前に陣取っています。それでも謝りにくるどころか、笑って試合続行。

さすがにこれはマズイだろうと、出ていって子供に「壁には当てないでね」と注意。その時は変な顔をしてそのまま引き下がったけれど、数日後には普通に試合再開。またある日には母親も混ざって遊んでいたので、親にも「敷地ボールが来ないようにしてください」とやんわり抗議。奥さんは曖昧な笑みを浮かべて頷きましたが、数日後にはやっぱりまた試合再開。

凄く憂鬱になったけれど「一度言ったことだから」と様子を見ることに。ですが、残念ながらそういう連中が反省して事態自然に良くなることは無いですね。そのまま数ヶ月がたってゆきました。

一体どうしたものかと考え、とりあえず敵を知るには……と二階から観察開始。そこは寝室で、普段カーテンを閉めっぱなしの部屋でしたが、開けて見たら思った以上に見晴らしが良い。通りの全てが見えます

見ていたらエキサイトしてボールが“事故的に当たってしまう”ばかりか、ペナルティキックのように、止めたボールをわざわざゴールでも狙うかのようにウチへめがけて蹴っていたり、敷地内に勝手に入ってきたり、車にまでボールを当てている事が分かりショックを受けました。

しか自分の家や車には当たらないような場所を選んで遊んでいるんですね、多分。呆れました。加えて、家と家の仕切りの鉄製フェンスに登ってジャングルジムごっこをしている事まで発覚。一応分譲なので、こういう事はやめて欲しい……。

これは何とかしないといけないと思い、昨日その様子をスマホ動画撮影子供だけしかいませんでしたが、そしたらまあ、たった十数分の間に、ウチの壁や車にボールが当たる当たる。敷地子供入る入る。軽微なものも含めれば家や車、各五回以上当たってるようでした。注意したのに気にしてる気配なんて微塵もありません。

そして遂に子供フルスイングボールを蹴って、ウチの壁に「ドーン」と重い音を轟かせて当たり、しかもそのままバウンドして車に「バコン」という鉄板が響く大きな音を立てて当たる、という決定的瞬間の撮影成功

夜に車を見に行ったら、車にはばっちりサッカーボールの泥汚れ跡がついていました。ヘコんでいるかとか、傷がついてるかとかについてはまだよく見ていません。でも試合は続行。謝るなどという概念のものが無いのでしょう。しばらくしたら、飽きたのか家の中に入ってゆきました。

たった十数分でこれですから、ここ数ヶ月、何度家や車にこんな調子ボールが当たり続けていたのでしょうか。

そして昨夜、事の全てを伝えるために二人で隣家訪問旦那さんが寝間着姿でカッタルそうに玄関先に出て来たのですが、なるべく穏便にととりあえず作り笑顔で軽く話し、スマホ動画を見せるも「アー、ハイハイ、スミマセン、コドモニイットキマスカラ」と気のない適当な返事で追い返されそうになったので、頭に来て遂に強い口調で抗議してしまいました。そして「これで改善されないようなら出るとこ出る」と。

そしたら物凄い勢いで逆ギレ。近所に響き渡るような怒鳴り声で「確かにこの件は100%ウチが悪いですよ、でもサー、動画とか隠れて撮って持ってくるとかサー、出るとこ出るとかサー、近所づきあいとしてどうなんスか、だいたいお互いに%÷×≫#@%#@%#>>$)m」と訳が分からないことを言い始めたので仕方なく応戦。なるべく冷静にならなければ、と私は怒鳴らないように気をつけたつもりでしたが……実際はどうだったか自信がありません……。

一応「もう道路では遊ばせないでくれ」と言って、相手にも承諾させましたが守られるのかどうか。

そして一晩経って今、やりきれない思いをここにしたためています。何故私たちが怒鳴られなければならなかったのだろう、と。

お話ししたように子持ち世帯ばかりの地域なので、ウチのような子無し世帯の肩をもってくれる家は恐らくはおらず、きっと尾ヒレのついた話がまたたく間に広がる事でしょう。もしかしたら昨夜は私の知らないLINEグループなどで盛大に悪口大会でも開かれていたかも知れません(妄想ですが)。

もともと挨拶する程度でしたが、それでも今後近所付き合いは壊滅的でしょう。今朝車を見たら、どこから降ってきたのかトランクの上に噛んだガムが落ちていました。

とりあえず昨夜のやり取りは全てスマホで録音しておきましたが……。これから何があるか、そしてどうするか、と言ったところです。ため息しか出ません……。

Googleで「道路族」と入力すると、サジェストに「道路族 死ね」って出てくるんですね。ひっそりと問題になっているのでしょうか。心中お察し申し上げます

長文お読みいただきありがとうございました。

2016-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20160523200124

まり女性男性に対し身体構造における特性を示すためパンチラをすべき、まで読んだ。

つくづく、ズートピアのジュディは自分人生を生きていない、あの物語主人公じゃない、っていう印象で、それがあの映画制作課程のgdgdによるものだと考えたら納得がいく。

最初提示されたテーマであるウサギ新米警官が不利な環境で頑張る、ってのは実質あんまり生きてないよね。

物語の大部分が肉食動物マイノリティ草食動物マジョリティ、だから最初のジュディの部分がどうも浮いてる。

いっそ警察最初から(武器を使うから体の大きさは関係ないとして、)草食動物オンリーにして、エンディングキツネ初の警察官誕生で締める方が話として綺麗なような…

後付けなのはジュディだけじゃなく羊のベルウェザーもなのかな。

ジュディのトークンバニーベルウェザーの髪モフモフって、あの世界の差別被差別構造を分かりにくくしている二大要因だから

本来対話して理解し合うべき二人がスルーで終ったのも後付けだからと考えるとしっくりいくかも

何かねー、構造やれやれラノベだよねズートピア。前向きでエネルギッシュな猪突猛進ヒロインとひねくれてるけど地頭がいい男ってまんまじゃん。

ジュディはニックを主役として配置された添え物ヒロインから本来意図していないところで色々おかしいのかと。

キツネをはじめ他の動物に対する偏見意図的に描いてるのが明らかだけど、いい子なのに何故か友達がいないのとか黒幕に対する無関心さとかは意図しているとは考えにくい。

でも、やれやれラノベとしてもズートピア女性キャラ同士の関係性が薄すぎるな…。なんだかんだでヒロイン同士の友情もそれなりに描いてる作品は多いし

米国研究によるとコミュ障遺伝子有意に減ってきているらしい

現代心理学で最も信頼性が高いとされている性格分析に「ビッグファイブ理論」というものあって、

人間性格を「神経症的傾向」「外向性」「経験への開放性」「協調性」「誠実性」の5つの因子で分析する。



この理論でここ20年(あれ、10年だったか?)で生まれてくる子ども達の特性分析したところ、

年々「神経症的傾向」を持つ子ども達が明らかに減ってきているらしい。



神経症的傾向っていうのは、情緒不安定性とも言い換えられて、外界からの刺激への反応のしやすさの度合いのことだ。

これは不安や鬱のなりやすさとも関係しているし、「恥ずかしがり度」とも解釈できるし、

当然ながら人間関係コミュニケーション問題を生じやすいため、「コミュ障の度合い」とも捉えていいだろう。



現代社会人間関係が過剰なほど流動化し、経済構造の変化からリスクを取らなければサバイバルしにくい世の中になっている。

そのせいかリスクを取ることを過剰に恐れたり、小さな失敗で大きく傷つくような性格の人々には生きにくい。

そもそも、現代自由恋愛の世の中では、積極的リスクを取り、悪く言えば「恥知らず」にならなければ、

結婚出産以前にカップリングすら成立できなくなってしまった。



そうなると、必然的に「神経症的傾向」を持つ人々は、恋愛結婚、その先にある子育ての機会に恵まれなくなっていく。

そうした傾向が続いていった結果として、米国調査では年々「神経症的傾向」を持つ子ども割合が減ってきているようだ。



日本はいまだ「空気を読む」文化があり、ある意味で「恥知らず」が不利益を被ることも多いため、

米国のように鮮やかに「神経症的傾向」の子どもが減るという傾向が生じているのかどうかは不明だが、

昨今の「キス動画」のブームや、若い女性が性に対して主体的にふるまう現象をかんがみると、

日本でも「神経症的傾向」を持つ子どもたちの割合が減少傾向にあるのかもしれない。



これは古典的生物学で言うところの「性淘汰」の典型例であり、

この傾向が続いていけば、30年後には元AV女優総理大臣になる美しい国日本になっているかもしれない。

http://anond.hatelabo.jp/20160523043621

あなたトラバそのもが、ペドフィリアに対する偏見にあふれたものになっています

ペドフィリア弱者子供)を性的搾取するという、そもそもの構造自体差別的ものなんだよ。

そうした性的指向があることと、「弱者」を性的搾取をすること、実行することは結びついていないはずです。


もちろん、知的に未熟な存在性的搾取することは許されないことです。

これは変わりません。しかし、成人であっても知的弱者は同じように搾取されています

これに憤る気持ちは分かります。人は搾取してはならない。当然のことです。



ですが知的弱者に対する搾取と、性的指向を同一視することが間違っているということです。

それが性的指向に対する攻撃につながっているのは、間違いなく、差別偏見まなざし存在があるからだと思います



まり、結局は捉え方として「子供を守ってやっている」というようなパターナリズム的な目線と、

ペドフィリアという性的少数者への偏見が合わさった構図になっているわけですね。

しかし、この保護の構図ですら、十分に知的発達した子供である場合

それらは保護の名の下に、子供自己決定権を奪う権利搾取行為ともいえてしまうわけです。

それを踏まえて考えてみると、知的弱者への搾取を止めることと、

ペドフィリア攻撃し、排斥することを同一視することがいかに間違っているか理解できるはずです。

2016-05-22

アイドルは疑似恋愛商売でしょ?

なんか例の事件で色々反応あるけどさ。




明らかにアイドルは疑似恋愛夢を与える事で成り立ってる商売でしょ。

だいたい握手券とか、そういう構造を思いっきり上手く利用して出来たやり方な訳だし。




AKBオタもジャニオタもそう変わらねえっつーの。

かわいい/かっこいいから惚れるんじゃん。惚れてるから別にアイドル自身が作った訳でもねー曲買ったり、ドラマ見たり、顔が印刷されただけの菓子買ったりするんじゃん。

で、より沢山の人に惚れさせるように事務所もアレコレやる訳で。





要するにアイドルって、最初から(広い意味での)性欲に当て込んだ商売だよね。



違うの?

http://anond.hatelabo.jp/20160522202050

悲惨な陰茎と書いて惨茎

ネトウヨは惨茎

はてサ巨根

巨根勃起する様はまさに水平線の先に上る朝日

太陽の赤と亀頭の赤が重なる

ネトウヨはてサを恨むのはペニスで勝てなくて嫉妬してるから

日本人韓国人嫉妬してるのとまったく同じ構造

id:kyo_juさんも確か同じこと言ってたはず

ネトウヨ理解する鍵は彼らの嫉妬心にある

エリートにも一軍とそれ以外がいるという話

ダメアルゴリズムで書かれたコードは、いくらでも捨てて書き直せる。しかデータ構造問題があった場合プログラム全体の書き直しに発展してしまう」

これは開発経験者なら誰でも知っている話である

この話と微妙カブるようでカブっていないが、言い方だけ真似たものとして

「クソな下請けはいくらでも代わりを探せる。しか元請けの回し方がダメだったら全員でデスマ確定」

という話もある。これまた開発経験者ならよくご存知だろう。

すなわち、最低でも年収500以上は確実に貰っているであろう、エリート様揃いのITゼネコンの中にも、一握りの、まさに一軍というべきデキる人達と、そうじゃない人達がいると。

そして一軍と二軍以下では、マネージメントにおいて天国と地獄くらいの差が出るのだから恐ろしい。

というかなんでそれだけの年収に見合う学歴がある人達なのに、デキる人が一軍扱いされるほど少数なんだよ、意味わかんねえ。

学歴というのは、努力の仕方、効率の見極め方についての上手い下手の最も分かりやすい数値だと個人的には思っている。

そうなれば当然高学歴は、システム開発という極めつけの頭脳労働で、そのパフォーマンス遺憾なく発揮し、協力会社含めて皆をハッピーにするのだろう…そう、一軍ならね。って、全員じゃねーのかよ!


具体的にはこうだ。

良い方から説明すると、一軍のマネージメント要件定義から寸分の隙もない。

顧客経営戦略に基づいた要望を良く理解し、仕様に取り込んでいることは勿論、システム通信のような、後でとんでもない話が発覚して色々揉めそうな部分も、既にこの段階において顧客の協力を取り付け、キッチリまとめていたりする。

とにかく裏で細かく調査していたことが見て取れて、仕事したんだね~という感じである

それから設計に取り掛かるのだが、やはり要件定義の段階で「どうしても見えない部分」はあって、下請け以下が作業過程で洗い出した結果、それが時にはリスケを招く事故になることがある。

しかし一軍の人らは、本来最後の手段であるリスケにも比較的前向きで、それについての顧客説明もしっかりしているのだろう、大して揉めること無く妥当な落とし所にたどり着くのだ。

また、下請けグループ(≒サブシステム単位)に必ず1人以上プロパーを配置し、現場感の吸い上げと「同じ釜の飯を食ってる」感の醸成にも抜かりない。

それもあって、現場でよくありがちな「あの人ら(元請け)何も分かってない」という陰口は最小限になる。

強引にまとめるなら、リスクが常に頭にあって、かつその取り方について常に考えを巡らしている。「かもしれない」運転をしつつ、逃げ腰にならない姿勢は見事である


そして、二軍以下は上述の一軍の振る舞いが全くできない。本当に全部できていないのだ。

要件定義は客の要望を汲み取る所から既に漏れ漏れ、当然後ろの工程で揉めそうな部分は一切見ていない。

設計大元、ひいてはシステム大元になる部分がこれだけ不完全だと、その時点でデスマ化・炎上約束されたようなものである

その後に起こる事態は、もはやここに詳しく書くまでもない。

穴だらけの要件定義を、場当たり的に客に相談しながら埋めていく作業設計お仕事になり、それが相次ぐ仕様変更を呼ぶ。

結果どこまでExcelソースコードをいじっても作業量が減らない、いやむしろ増える。しか成果物が増えてくる各フェーズの終わりが近づくほど、「横展開」という名目作業量が爆発的に増大するのだから始末が悪い。

成果物を直しきれず「修正漏れ」という事故を仕込むことも頻発し、それに伴い品質も凄まじい勢いで低下する。

それでもケツは絶対に動かない。それどころか人員の追加すら出来ない元請けもいる。お前ら見積もりドンブリ過ぎだろ。

現場では脱落者が日常的に出る。でも下請けチームにプロパーが1人もおらず、そうした危機的な現場感が上に届かない。それも合わさって「あの人ら何も分かってない」という愚痴漏れ聞こえるようになるのだ。

こんな体たらくじゃテストに漕ぎ着けるなんて夢のまた夢だし、仮にどうにか辿り着いても、何がどう動けばいいの?ってレベルグダグダだったり。

いやもう、マジで元請けの人らは何やってんの?という感じ。優秀な人が何十人もいるのに機能していないとか、なんでそんなことになるんだか。


こうした現実を見るにつけ、もしかして日本人仕事の仕方と、コンピュータのものが相性悪いのかなーと感じてしまう。

ネグレクトを受けた人の日記を読んでいたら

ネグレクトを受けた人の日記を読んでいたら、なんか自分精神構造みたいなのとかぶるんだが。

全く自己肯定感がなくて生まれてきてごめんなさい、自分迷惑かけてますみたいな。

確かに放任主義とか親は言ってたが触れられた記憶もないし特段褒められたこともない。

おれもある意味ネグレクトみたいな状況だったのか……。

「Reactは大規模SPA用途以外はコスパ悪い」っていう先入観意味不明

しろweb制作入門用に最適だと思う。

個人的な考えは以下の通り。


UI構造がおおよそのコード構造と一致する

そもそもコンポーネント指向ライブラリからチュートリアルからして構造化を基本において書かれてるのが入門用にこそ適していると思う。

だって初心者の頃jQueryで場当たり的にコード追加していって九龍城みたいになったこと、あるでしょ?

もちろん自分で間違いを犯してその痛みを知るってのも方法論としてはありかもしれんけど、

DOM操作抽象化したライブラリから入って、徐々に具体的なところに落とし込んでいくのが効率的じゃない?


しろ小規模案件にこそ導入して「構造化とコード再利用」を意識づける

ライブラリ自体構造化を念頭に置いてるから自然とパーツごとに作るようになって、

その次の段階として自分の作ったパーツの再利用を考えられると思う。

jQueryで場当たり的に(以下略


抽象化の高いレイヤーから入って抽象化の低いレイヤー学習範囲を伸ばすべき

jQueryってホントに何でも出来るからキチンと扱える技術を既に持ってる人には良いだろうけど

やっぱ初心者には逆に指針がぶれやすいと思うんだよね。

チュートリアル書く人にもそれぞれ別の方法論があって、

しかもその振れ幅が広くて、どの方法論もそれなりに意味がある場合が多い。

正解が沢山ある問題をいきなり解かせるんじゃなくて、

まずは答えがある程度決まってる問題から入って、徐々に馴らしていくべき。


jQueryWebフロントエンド界隈のアセンブラだと思う

最初に手を出すには抽象化の度合いが低すぎるというか、

ある程度経験を積んだプログラマーこそが手を出すべきと言うか。

だってアセンブラ機械語がなくなってないのと同じように

webからDOMの直接操作不要になることもないと思う。

どんなに抽象化が高度になっても、裏でやってるのはDOMの直接操作なんだから

でも、大事な基礎技術からといって、それだけで済ませて技術革新放棄するべきではないでしょ

しろ抽象化の高いところから入門して、基礎技術に触れる必要が出来てから触った方が理解が早いと思う。


から初心者や小規模案件にこそReactを!

と、私は考えます

http://anond.hatelabo.jp/20160522003506

http://anond.hatelabo.jp/20160522003506

ども。

この辺りの一連の発言特に後二者)を見るに、多分React以前の前提がいろいろ違っています。単にJSやNodeやNPMやSPAWeb APIといったフロントエンド世界観に対して、興味がないどころか漠然とした不信があり、サーバ側でヘビーにHTMLを作って吐くスタイルを守り続けたい人なのだ、という印象を受けます

ユーザの各操作毎にサーバ側で外見のHTMLを組み立て直して配信するという旧来のWebの方が特殊世界です。それこそAndroid/iOS開発やデスクトップアプリで、そんなやり方はしません。UI関連のことはクライアントで完結し、メニュー遷移程度で通信したりしない。サーバは静的データ配信DB操作に専念する。SPAとは、やっとブラウザがそういうネイティブアプリレベルに追いつき、同じやり方ができるようになった、というだけの話です。

とりあえずReactは、まずその前提を受け入れてから使うものです。その前提なしに使えないこともないですが、メリットは活きないでしょう。その時点で既に「よくわかんないんですけどSQLiが…」と漠然とした不安を表出されるようだと、道のりが遠いな…と。もちろん「私の周囲にそういう案件はない」ということなら、それで構いません。

具体例を出せとのことだったので。私の場合は変幻する数百のテキストフィールドリアルタイム集計が登場する勤務予定表的なものを、1人でjQuerySPAで作った際、数百行のHTMLと数千行のJSスパゲティ化し「こりゃいかん、メンテ不能になりそう」と思ったのが、具体的にReactを覚えるきっかけでした。実際非常にうまく行き、10年後の誰かにも「この時代ベスト」として自信を持って残せますJSX局所的な見た目の問題など、アプリ全体の構造の見通しやすさと比べたら些細な話です。Angularなら出来たかもしれませんが、サーバ側処理とページ遷移を多用して書くことに関しては検討すらしていません(私の知っているどんなフレームワークを使ってもユーザビリティと、見通しの良いコードを保つことは無理だったと思います)。ビデオ再生や大きな画像処理を伴うアプリでもReactを使っており、そちらではページ遷移などもってのほかです。

「変な独自拡張を入れてまでJSを使い続ける理由わからん」についても、まるでJS生来嫌われ者で、クライアント側でもPythonRubyを使いたい人が多くいるかのような書き方のように思えるのですが。実際そんなことはないですよね? たぶんES6は人々から積極的に愛されています。現状、クライアント側にPython進出するのではなく、逆にデスクトップモバイルサーバ側にどんどんJavaScript進出する流れが起きています

速度に関しては、Reactはやってる内容の割に十分速くて実用的だよね(mustache使うよりは速いよね)ということであり、賢い人が手間暇かけて最適化した生DOM操作より遅いのは言うまでもありません。また、JSXシンタックスハイライトが出来ないとかも、そうとう昔の話です。今は普通JS技術者普通に触れる程度の成熟はしています(枯れたとまでは言いませんが)。

http://anond.hatelabo.jp/20160521234423

いうかですね、そもそもVをロジックの中にベタ書きしちゃうの嫌なんですよね。

わざわざ一緒くたにベタ書きする設計が悪いだけの話でしょう。それともJSで書くものはすべてロジックで、表示用コードは別言語でなくてはいけない、とでも思っているのでしょうか。ビジュアルデザインはほぼCSS規定されるだろうし、それを用いる構造HTMLベタ書きなのかJSで作るのか、という話にすぎない。

活発なメンテがそんなに重要なのかな?ということです。

"Software Rot"という用語を知らないでしょうか。インターネット上の環境が進んでいるなかで、進歩が止まれば使えないと同義でしょう。世の中には脆弱性のあるJVMマイナージャージョン固定でユーザーに使わせた大企業もあるけど、そちら側の人ならしかたないですが。もうReactがどうのこうのというレベルじゃないですよ。

2016-05-20

思いわずらうことなく愉しく生きよを読んだ。女って怖い、結婚って地国だ、って思わせる一方で、生きていくことの困難さについて前向きに語っている小説だなって思った。

作家には独特の文体というか呼吸法みたいなのがあって、個人的江國香織小説はそれが顕著だと思う。漢字の開き方とか句読点位置文章構造とか好き嫌いがはっきり出そうなタイプ

句読点位置は好きな方の作家なんだけど、今作は主に序盤から中盤にかけて文章構造で首をひねる箇所があった。同じ台詞を二度三度、会話外の文章で繰り返したり、心理描写を深化させていく雰囲気を醸し出しながらも唐突に周囲の様子に視点が向かったりしてたのが気になった。もちろん二つとも狙っている効果想像できなくはないのだけれど、流れるように読むことは難しくなるデメリットがあると思う。

内容に関して。一癖も二癖もある姉妹が描かれていて、辟易したり多少なりとも共感したりしながら読み進むことができた。個人的に三女がまだましかなって思う。依存気質じゃないビッチなんだけど、思考回路が一番理解やすかった。次女はすっごい出来る女なんだけど、こと恋愛関係においては糞としか言いようが無い。熊木さんが本当に気の毒。この二人はどちらも手痛い失恋経験するわけだけど、どこか清々しいラストになるのが面白いなって思った。長女は一番根はまともなのかもしれないけど、全体的に怖かった。モラハラ家庭って何もかも歪めてしまうのねって感じ。どっちもどっちなんて言葉じゃ片付けられないんだろうけど、結果的夫婦双方でがっちり噛み合ってしまったモラルハラスメントって外部から精神構造を覗き見ると異常としか思えない状況なんだと思った。次女じゃないけど、心の底から長女と結婚相手理屈反吐が出そうになったもの。この作品に描かれているモラハラが全てではないんだろうけどさ。

三姉妹はそれぞれ生き方に信念のようなものを持っているんだけど、それがために生きることが難しくなっているってのが一つのキーワードとして設けられているような気がした。信念を持っていないために過酷な状況下に陥ってしまった人物として雪枝さんが描かれていたようにも読めたんだけど、信念持っていような持っていまいが、簡単はいかないのが人生なんだって感じさせてくれる。何かしらの生きる指針を外部に求めるか内部に求めるかって話になるんだろうけど、どんなコンパスがどの方角を指していても、海原は荒れることもあるし穏やかなこともあるんだって。だからこそ、『思いわずらうことなく愉しく生きよ』なのかなって思うんだけど、そうするがために振り回される人も周囲にはいるわけで、なかなか上手くいかないもんだなあって読後感を持った。

作中では何とか順調に階段を登っている三女のカップルだけど、姉二人の失敗が表しているようにこれから先どんな未来が待っているか不明なんだよね。そればかりか、ちょっと用意が周到すぎるような描写もあって不穏な影もちらちらしてる。それでも生きていくのだし、長女の先が見えない結婚生活も、次女の相手に甘えきった恋愛も、いろいろ変化しながら続いていくのだと思う。大変だけど、愉しく生きることができたらいいなあって、それが理想だよなあって思った。

最後の方の章立てが急展開してた気がするのが気になった。女心が描かれた、生き方小説でした。

北欧でのレイプの話

どこまでホントなのか分からんけど、スウェーデンから留学生の話。

スウェーデンでは、アルコールを飲んだ後のセックスは、後日女性から訴えられれば確実にレイプ認定される、らしい。

ようするに、日本痴漢冤罪と同じで、スウェーデン女性はその気になればいつでも男性社会的信用を失墜させることができるんだとさ。

(そういえば、ウィキリークス創設者スウェーデンレイプ認定されてたね)



かの国はフリーセックスで有名だけど、セックスには相当なリスクがあると認識されているらしく、スウェーデン男性の草食化傾向も結構アレらしい。

スウェーデンにかぎらず、北欧社会少子化こそ改善してるけど、男性の未婚率は日本以上で、完全に女尊男卑社会構造になってる。

シングルマザーが多いのも、ハイスペ既婚男性不倫して妊娠しているパターンが多いからだとさ。

共同親権ベースにあるから相手男性子どもを合わせないことを条件に養育費要求しないらしい)




国中が一部の男性の子どもばっかりになるとか、北欧ってちょっとした優生学の国だね。ヒトラーもびっくりだわ。

ちなみに、スウェーデン大学だと日本アニメ文化ファンも多いんだって北欧男子二次元に逃避してんだね。

まあ、そのスウェーデン留学生日本の優しい女の子結婚したいって言ってるし、日本女性って舐められてんだな。

2016-05-19

ズートピア』が描くグロテスクな"多様性"

 『ズートピア』はオーウェル小説動物農場』のディズニー流のアップデートである舞台こそ農場という本来動物がいるであろう場所から都市、街に移されて、動物たちの文明化もはるかに進んでいる。また、田舎と都会という多層的な背景を採用し、人間社会の複雑さがさらに反映され、戯画化されている。戯画化で思い出したが、古くから動物擬人化させて描かれた物語は数多くあり、日本でも代表的なのはその名の通り、『鳥獣戯画』であろう。その中でも『動物農場』がモチーフとされていると断定できるのは、こと権力の逆転が物語の節目として描かれているところだ。さらに、『動物農場』の結末が、「動物主義」という思想を掲げながら搾取的な社会構造が生み出されたのは、人間ほとんど見分けがつかない"2本足で立って歩く豚"であることを考えると、もはや『ズートピア』は『動物農場』の続編的な作品ではないのかと思えるほどだ。

 しかし、私が主に取り上げたいのは『ズートピア』と『動物農場』の相違そのものではない。『動物農場』のアップデートであるなら、そもそも『動物農場』という作品が生み出された背景がそうであったように、『ズートピア』もまた同様に"子供向け"に戯画化されたものではない、ということだ。つまり、ある一定ディズニー並びにハリウッド作品を観る際にどうしても想起してしまう"勧善懲悪"とも呼ばれる単純な力関係に留まる作品として論じてしまうのは、この作品が描いている(我々が住む"先進国"社会酷似した)社会形態のを、グロテスクものとして描いているという事実を見落としてしまう、ということだ。

 「グロテスク」が具体的にどういう性質を指してるかは後に詳しく取り上げるとして、まずは『動物農場』との相似を洗い出そう。『動物農場』では既存権力の持ち主である人間を打倒しようと農場内の長老である豚が呼びかけた後、その長老と同じ種である豚が主導となり人間の打倒と、権力の奪取を果たす。権力の逆転が描かれた後、そこからさらにその権力が腐敗し、かつての権力の持ち主と酷似していく様を描いている。『ズートピア』でも同様に、権力の持ち主である肉食獣を追放し、草食獣が権力を得る。しかし、その後の社会様相の腐敗として描かれるのは、『動物農場』のそれとは違うものである。この肉食獣が追放される背景は、砂川秀樹が「男色近代社会化以前には受容されていた」という言説に対する反論として、近代社会以前から否定的に捉える見方があったことを挙げ、それが近代化社会以降にゲイに対する「病理フレーム」が形成されたことの背景にあるという指摘していたケースと酷似している。すなわち、ズートピアという街にあてはめるなら、冒頭の子ども劇において近代化文明化というものを"進んだもの"とする言説が背景にあるからこそ、その言説が暗に導き出す"野生"というスティグマが、肉食獣という属性表象として充てられた、というわけだ。草食獣であり小動物であるジュデイが警察官を、肉食獣の子どもが税の査察官を目指すということを、それぞれの属性と"相反するもの"への志向(だからこそ"自由"や"可能性"の提示となる)として挙げられていること自体に、すでにこの世界形成する言説の中に、後に肉食獣が「病理フレーム」の中に収められることを暗示している。

 『ズートピア』と『動物農場』でそれぞれ権力の腐敗の在り方が違うのは、『ズートピア』が主題として据えているのは、差別が未だ存在する社会においての振る舞いであり、また、そうした社会対峙することの難しさであるからだ。だが一方で『動物農場』と共通しているのは、たとえ既存社会構造の不当な点を糾弾したものであったとしても、新たに権力に座する者が、特定属性を以てして社会的地位を不当に貶めたり、あるいはその逆に持ちあげたりすること。つまり権力立場にあるものが、いち個体が否応なしに複合的にまとうあらゆる属性の中から任意属性を持ち出したり、あるいは見出したりして、それを根拠権力側の良いように用いることそのもの社会の腐敗を招く、と指摘している点にある。こうしたケースは今日の"先進国"社会においても行われている。そのあらゆるケースの中でも、創業者であるウォルト・ディズニーが、かつて「赤狩り」と呼ばれたハリウッドにおける排除運動に加担していたという記憶を持つディズニーにとっては、なおのこと無縁ではないだろう。なぜなら、その赤狩りこそ、『動物農場』が受容されたのと同じ背景の中で起きた現象なのだから。つまり、『動物農場』が、"反スターリニズム、反ソ連"として受容された時代イデオロギーの中に回収された結果招いた、「赤狩り」という別の形での全体主義化を経た後の問題提起をする為、違った様相社会の変化を描く必要があったのだ。では、その必要はいったいどういう形のものなのか。

 まず、そもそものズートピア』(原題も"Zootopia")というタイトルから振り返ってみたい。誰もがその語感から動物園("Zoo")とユートピア("Utopia")を連想するこのタイトルと、それが充てられた都市の姿や本編内で取り上げられている問題とを照らし合わせると、この名前一種ミスリードを引き起こそうとしていることは誰の目にも明らかだろう。しかし、このユートピアに対するミスリードを行おう、という意図製作者側にあることを考えると、一方でユートピア思想のものを全く信じていないであろう、という可能性が高いものとして浮かび上がってくる。つまり、この作品世界はそもそも、主人公にとっての、あるいはそれに感情移入するであろう観客が考える様なユートピアを描こうという意図の下では成り立っていない、と考えることも決してできなくはない。では、それなら反対にディストピアを描こうとしていた、とするのもまた違うだろう。それこそオーウェルが『動物農場』の後に出したディストピア小説『1984年』で問題としているような、監視カメラシステムを駆使した管理社会は決してネガティヴものとしては描かれていないし、作中で市長と並び権力象徴として現れる警察だって最後にはジュディに味方する。ズートピアに張り巡らされている権力構造が、一様に悪しきもの還元されるものとして描かれていないところを見ると、『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』において大人たちが夢中になる昭和の街並みのように、ユートピアを模したディストピアを描いている、とするのものまた違う。では何を志向していたかといえば、ただひたすら身も蓋も無く、我々"先進国"における社会現在の姿を炙り出すことにこそ本作の力点がおかれていたのではないだろうか。

 オーウェルが『動物農場』で描いたようにユートピアへの志向がある種のディストピアを生み出し、また『1984年』でディストピアは一方で誰かにとってのユートピアであることを描いてきたこと、さらに言えば今までのディズニー作品ハリウッド作品が数多く生み出してきた作品へ寄せられた批判を鑑みれば、主人公ないし観客のユートピアを描くことで何かの可能性を見出そうとする、虚構作家なら誰もが夢見る境地との決別こそが、今のディズニーが走っている地点ではないか、とすら思える。だとするなら、管理化・全体化社会兆しとして表象される監視カメラとの関係、後半で肉食獣と草食獣とが分断されてしまったと言われる前から存在する、小動物と大型動物との"棲み分け"をあからさまに感じる都市デザインマジョリティマイノリティ形成マクロでいうところの都市デザインミクロでいうところの建築様式という、物理的な段階からすでに反映されている)、朝礼時には着席を強要しながら、大型動物に合わせて設計されてるが為に、ジュディが座ると署長の顔すら見えないサイズ感の机とイスが、ジュディが"認められた"後も変更は行われず、それどころかジュディとニックに同じイスを共有させること(1人分の席に2人が座らされているのである)や、かつてジュディに偏見しかいいようがない対応をしてきたことに対して何も悪びれもしなければ、むしろジュディに対して冗談を飛ばすほどの親密さを示してみせる警察署長の態度、そして何より権力に対して何も批判的な態度を持てそうにない警察という組織が持つホモソーシャル性格をあけすけもなく描いているのは、それらに対して作品内で明確な批判が行われないということの薄気味悪さも含めて呈示しているのではないか

 だとするなら、本作が「子供向け」であるが為に、権力に対して批判的な態度を伴っていない、とするのは、少々早計ではないだろうか。確かに、ディズニー子どもを含めた幅広い年齢層の支持によって成り立っている。しかし、その中には子供と呼ばれる低い年齢層の観客もいれば、それこそ子供の頃からディズニーに触れ続けた高齢の観客だっている。そうした状況の中で、こと任意の年齢層の観客だけ取り出し、それにのフォーカスをあてようとするのは、作品もつ性質を見誤ることに繋がるおそれがある。「子ども向け作品からしょうがない」とするのは、すでに子供の在り方を規定づけるものしかないのみでなく、未だ巨大資本によって子供たちが社会へ"馴致"されるべきだとすることへの別の形での肯定にも繋がる。しかし一方で、ディズニーが「子供向け作品」の地位に就いていることも、決して無視していいものではない。ならば、なぜディズニーはずっと「子供向け作品」であり続けたかを問わねばなるまい。結論から述べれば、それは「グロテスク」だからである

 これまで述べた「グロテスク」の定義は、マサキチトセが自身の論考のタイトルに用いた『排除忘却に支えられたグロテスク世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動欺瞞http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/23399 に依っているところが少なからずある。しかし、ここで取り上げたい「グロテスク」については、美術観点からのものである。どういうことかというと、ディズニーアニメ製作者としての名前を不動のものにしてからずっと追及してきたのは、デザインと動きの"かわいさ"である。"かわいい"とされるものは、その多くが直線的なイメージではなく、曲線的なイメージによって、硬質なものではなく、柔軟なイメージによって構成される。これらの美学根本を辿れば、動物植物をあしらった、古代ローマ美術様式の一つであるグロテスク様式に辿り着く。ツイッター上で「モフモフ」と公式アカウント形容された『ズートピア』を形成する美的様式は、根本からして「グロテスク」なものなのだ。この2つのグロテスク」がピタリと重なり合うのは言うまでもなく、主人公ジュディの造形や仕草であり、冒頭に警察を夢見る彼女暴行を働いたキツネギデオンウサギが(警察官を目指すに値しない)弱者たる徴として挙げた「鼻をヒクヒク」させる動きが、権力関係が決定的に転覆される場面の直前に配置されていることからもわかる。

 「かわいい」は弱者の徴である。それ故に、その「かわいい」を極めたディズニーは、今日アメリカ象徴し、公的権力からも寵愛を受ける地位を築き上げた。つまり、『ズートピア』は、その地位を利用しつつ、現在アメリカをはじめとする先進諸国社会形態の描く"多様性"の脆さと「グロテスク」さを描くことと、またそのヒントや問題は、明白に誰かに取り上げられているわけでなくとも、世界のいたるところにある、この2つを描くことを目論んでいたのではないだろうか。その一例として、コロンビア女性シンガーであるシャキーラ演じるポップスターガゼルモデルとなっている動物であるブラックバックは、オスにしか角が生えていないこと。つまりガゼルトランスジェンダーポップスターであるということが、作品内で明確に言及こそほとんどされていないが造形として現れていることから見ても、決して拭い去れるものではないと私は思う。

ニコニコ動画10周年

http://anond.hatelabo.jp/20160517114849



振り返る増田を読んで、自分も書きたくなった。

トラバ元を書いた方がよく見知っていた分野は、ニコニコ構造上廃れやすい分野だと思う。

一方で生き残る分野はどんなところか。それを書いてみたい。

生き残ると思しい分野に含まれる要素を先に述べておくと、「解説説明突っ込みを加えられる」と言うことに尽きる。

そういう「解説説明突っ込み」が希薄ジャンルは廃れる。



私は2006年大学二年生で、暇だったわけだ。クラスが同じMという男からニコニコ動画の話を聴いてサイトを使い始めた。

http://nicovideo.g.hatena.ne.jp/myrmecoleon/20080527/1211907817

に詳しいような、「おっくせんまん」の成立過程リアルタイムだったし、住宅街の人が初めて歌ったこともリアルタイムで見ていた。



その後東方の隆盛や音MADパンツレスリング淫夢歌ってみた踊ってみたゲーム実況やらなにやらがこの10年で興っては消えて行った。

10年見ていて思うことは、冒頭で書いた通り、「解説説明突っ込み」を入れられる動画が強いということだ。

例えば、先ほどの「おっくせんまん」は動画歌詞を加えたことで大きなムーブメントになって行った。こうした部分がニコニコ固有性だ。

一方、そういうのが基礎になり生まれた「歌ってみた」は、あまり解説説明突っ込み」を必要としない。動画を見て楽しむことがメインのコンテンツだ。

先に投稿した方が、もう誰もやってないと嘆いたのはこうした分野だからだろう。



ゲーム実況だと、初めは実況者の音声のみで、とにかくゲームをしていく、という内容が多かったように思う。

そのうち、ルールが細かいゲームや、難易度が高いゲームに「解説」しながら実況する人が多くなっていた。

ソウルシリーズオブリビオンなんかがそう。この時期で覚えているのは「テクテク」さんの動画だ。

また、TASRTAなど速さや面白さを競うゲーム実況も生まれた。

こちらはマリオFFドラクエなど比較的皆が知ってる、プレイしたことのあるゲームが好まれた。「魔界塔士」さんの一連の仕事が著名だろう。

どちらであっても、動画内で状況を「解説」する。そしてコメントでは、驚嘆を示すコメント・指摘や修正を加えようとするコメントが出てくる。これで動画が盛り上がる。

ゲーム実況では実況そのもの面白いももちろん多かった。しかしそれだけではニコニコ動画固有性が発揮されなかったのではないか

解説」を投稿者コメントを書き込む者も可能な点こそが、ニコニコ妙味なわけだ。そうした構造を持つジャンルは生き残っていく。



もう少しゲーム実況の話を続ける。RTA動画を多く投稿している「biim兄貴と呼ばれる人が創始した「biimシステム」というゲーム実況スタイルについて。

私はこのシステムこそがニコニコ動画におけるゲーム実況成熟であると思う。

biimシステム」は、ゲームプレイ動画本体を左上に据え、右に解説窓二つ、下部に解説窓一つの構造を持つゲーム解説スタイルだ。

下部の窓には、ゆっくり実況の音声が台詞として字幕表示される。右の解説窓ではクエスト確認や、敵やアイテムステータスチャートなどが示される。

このように「biimシステム」は、ゲーム実況を「解説」するに特化したもので、多くの追従者を生んだ。

こうした点を見ても、ゲーム解説実況は、分野として生き残っていきやすいと感じる。



次いで生き残りやすいと思う分野は、専門分野を解説する動画だ。たとえばナショジオとか。本当はアップしたら駄目なんだろうけど。

ニコニコ動画では、かなり以前からメーデー!」という航空機事故を紹介・解説したナショジオシリーズがアップされ続けている。

ここに、どこからともなくやたら航空機に詳しい奴が現れ、緑色でやたら細かい解説を加えて行く。

また、「メーデー民」と呼ばれる人々は、以前の動画で出てきた事故と、今回の事故とを比較コメントする。初心者さらに興味が広まる。

それと、軍事映画戦争映画は盛り上がる。いやが王にも盛り上がる。兵器解説シリーズもそうだ。

軍事オタク描写の正確性を論議し、また右寄り左寄りの意見で荒れることが頻繁だ。しかし活気がある。

あとは海外翻訳系も強い。「AVGN」という古いクソゲー好きのアメリカ人クソゲーに切れる動画ニコニコに輸入されていて、

英語に詳しい者もそうだし、古いクソゲーに詳しい者、日本アメリカゲーム事情に詳しい者が説明相互にしている。

こうした専門分野系の動画は「解説突っ込み」に馴染みやすい。生き残る。



あと地味にスポーツ放送が良い。野球とか相撲とか。夜中に再放送とかもしていて、疲れて帰ってきたら、西武楽天とかがやっている。

ここでは多分俺と同じようなアラサーの人たちがのんびり書きこんでいる。

楽天って左打者が誰が誰だかファンでないと解りにくいのだが、動画ちょっとその選手について質問するとすぐ詳しい人が教えてくれる。

こういうのはホント新規性が高い要素だ。



10年見ていて思うことは、こうした動画による双方向的な解説・やり取りこそが、ニコニコ動画が獲得した固有性だということだ。

生放送踊ってみた初音ミクその他の華やかな部分に目が行きがちだが、本質はそこにはない。

解説」こそがニコニコ動画の真の価値だと思う。

現実にも神はいるけど現人神人間です

友達の社内の困ったちゃんの話聞いてたけど、実際そんな感じの人に会うとアアーあなたが噂のーuh hahってなる

から笑顔が消えたわ



一週間前にデータを完パケでくださいと周知してる中、これを3日で作ってくださいとか普通に無理ですぞ

で3日はもちろんオーバー、一週間作成(オープン直前に情報公開)になって機嫌悪くされましてもー

デザイナー魔法使いだと思ってるパターンか何かかな??ん??



余裕持った期間を優しさで甘くするとチーム全体がそれ基準になって後々みんなが修羅になるから無理なもんは無理です。

とチーム内でも言ってるけど神が作っちゃうからアアッー(神は神で自分作業が大変そうなんだが)



現実にも神はいるけど現人神人間です



でも広告系だと全素材がないと作れないし情報回ってくるの最後なんだよね

後々追加要素あるなら先に!言って!

おめーの余白ねえから!!



やってるデザインはというと、レスポンシブ(スマホで見ると勝手スマホデザインになるあれ)で、

構造を変えずに両方いける組み方をせねばならん縛りプレイなのでこっち変えるとあっちが変になってンアアー!てしてたり、

この長さの何%にこの画像を配置、って電卓横に算数してる毎日なので脳みそめちゃ疲れる

なぜ私は算数毎日やってるんだ?デザインをしてるはずなんだが??



でもやってみて思ったけど算数って計算よりも考え方なんだなあ

時間距離・早さ比べて数値出すのも考え方次第でポンと出るので、その練習なんだ

たかしくんも無駄に池周回したり、P点が謎に動くのは我々に考えるきっかけを与えるアレなんだ(語彙力)



css組んでみてもっと簡単になる方法があるはずだし作ってから答え合わせしたいけどその時間もないしまず先に考える時間がほしい

汚いまま次のデザイン組むから成長しない 成長したいよー

もっとスマートになりたい

結婚式ハワイでやる意味

結婚式ハワイで行なうのはそれなりに意味があって、近しい親族だけで行なえるというメリットがある。

だが、それまで行ったこともない土地の、それ専用の産業用の教会で、産業用の牧師日本語台詞を即席で教えられながら次第を進め、業者写真を撮られまくる流れ作業的な式に、どんな意味があるのだろうか。

本人たちがそれを望んでいるならもちろんそれなら良い・・・と言いたいところだが敢えて苦言を述べるとしたら、あまりに「何も考えなくてもいい」構造になっていると思う。

金さえ支払えば「何も考えなくてもいい」仕組みが出来上がっていて、そこには意味伝統などの要素は少ない。

楽でいいのかもしれないけれど今の社会で「何も考えなくてもいい」というのは危険だ。現代は個人が自発的に考えてなんぼの社会だ。

から「何も考えなくてもいい」と充分に考えたのならそれでいいけど、何も考えられずに「何も考えなくてもいい」構造金銭を持って取り込まれるのは極めて危険だと、そう思う。

2016-05-18

父親韓国中国ヘイト系の2chまとめを見てるんだが

家族食卓を囲む場で「韓国中国日本に対してどうのこうの言ってる」ってその話題に出してくるのよ

しかもその話題しか出して来ない


俺さー韓国中国にも左にも右にも本当に興味がない訳よ、いや国際ニュースには目を通してるけど

興味が無い話題の上に

画面の向こうで討論するならまだしも現実で、しか家族団らんの場で「韓国(中国)が日本に対してこんな言ってて~」って話されたらさすがにうんざりするじゃん

しか父親空気を読めないタイプ人間食卓空気が凍り付こうがお構いなし

家族に対してぐだぐだ言うんじゃじゃなくて画面の向こうの同じことを議論したい人たちとなんでやり合わないか謎なんだが論破されたり反論されるのが嫌なんだろうか

さらにわが家って部屋の構造的に父親パソコンを後ろから見れる訳なんだが中韓系2chまとめ見ててそれを隠そうともしない訳よ

ただでさえ2chまとめ閲覧って友人間話題に出すならまだしも(俺は苦手だけど)あんまり公言できない趣味じゃん、俺に子どもいたら絶対閲覧してるところ見せないし


一番嫌なのは外食してる時も大声で中国がー韓国がーって言うところ

いっそのことその国の人の耳に入って注意されろとか思うけど

それより変に絡まれたり表出ろってフルボッコされないかヒヤヒヤする訳よ

からさすがに外でその話したら窘めてるというかやめろとは言ってるけど


はい一家の稼ぎ頭で家族を養える分は稼いでるしストレスもすんごい溜まっててそういったまとめを見るのがストレス解消になってる(なってるのか?)みたいだから

「さすがに家族団らんの場で韓国中国の話はやめてくれ」って注意して精神的に追い込むのも可哀相と思っちゃう訳よ

父親に対して口答えするなんて何様のつもりだ!って言うタイプ父親じゃないから注意すればうん…って引き下がりそうなんだが

その分変にストレス溜めて精神的に参られるのもそれはそれで困るのね

というかこんなことでストレス発散したり精神的に参られる豆腐メンタルなのもアレなんだが

それはただの甘やかしなんだろうか

あと近々家を出る予定なんだがそうなると残された母親父親中韓トークの餌食になるのが目に見える訳よ

それもまた母親が気の毒だからここはビシッと言った方がいいんだろうか


ちなみにネット右翼批判でも右批判でも無いからね、リアル食卓じゃなくて画面の中で話を出すんなら俺的には全然いからね

http://anond.hatelabo.jp/20160518122811

ブルーカラーブルーカラーとして上を目指せばそれなりの収入を得られる構造になってればある程度解決できる問題だと思うんだけどね。

ん?日本産業においてはブルーカラーホワイトカラーもさほど明確な区別はないでしょ。

問題スキルの有無よりも、入った会社の規模と業界その他事情でほぼ収入が決まってしまう現状のほうじゃないのかね?

いくらスキルを磨いても収入に繋がらなければ、まずスキルアップなんか考えないでしょ。

http://anond.hatelabo.jp/20160518121201

ブルーカラーブルーカラーとして上を目指せばそれなりの収入を得られる構造になってればある程度解決できる問題だと思うんだけどね。

ホワイトカラーが富を独占する構造では解決策がない。

知事ってなんで選挙制なの?

今回の舛添騒動とは若干話の本質が逸れるのだが。



個人的には経費の使い方が多少荒かろうが、

たとえ女を何人か囲ってようが、

成果をちゃんと出してくれればいいんじゃないかと思う。



逆はダメだ。

はいいんだけど仕事はまるでできない、だと、リーダーとしては話にならない。

政治家アーティストは、こっちのパターン絶対ダメなのだ

から極端な話、人間としてはクズでもいいから豪腕、みたいなのが選ばれたほうがいいんじゃないのかな。

角栄とかゴッホとか歴史に名を残すタイプはだいたいこの人種



いあー、でも、仕事ができるかどうかって有権者にはなかなかわからないよね。

……って、ん?



と、ここまで考えてふと疑問が。

そもそもなんで、(都政を始め)知事って選挙制なんだ?

議員場合はまだわかる。

けど、知事は、即戦力になるかどうかろくにわからない、人気投票で選ばれたシロートが、いきなりある日「組織トップに」据えられるわけでしょう。

実際、マック赤坂知事になってた可能性もいちおうあるわけで。いやないけど。理論上ね。

人気だけで選ばれたオッサンが、在職中ずっとあたふたしてるだけで、結局あん任期中何をやったん?ていうケースは多々ある。

東京なら青島知事とかね。



からそもそも、都政県政ってのは、人事のシステム根本的に欠陥があるんとちゃうんかな。

なんで人気だけで選んでは決していけないポジションを、選挙で据える構造にしてるんやろ。

分の悪い博打やんけこんなもん。