「無意味」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 無意味とは

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223083414

でも増田は漏らすしかないっていう極限状況に追い込まれることは結構あるだろ。

その時に「どこで漏らすのが一番合理的か」を都度選択しているわけじゃない。

決して無意味であるとは思わないね

http://anond.hatelabo.jp/20170223041613

てか俺

http://anond.hatelabo.jp/20170222175523

エントリ書いたけど、モテはしないけど彼女居るしめっちゃセックスしているので勝手童貞とか決めつけられても困る

相手のことを妄想童貞とか決めつけて書いてる時点でそこから先は無意味

非モテ処女から非モテ童貞質問

http://anond.hatelabo.jp/20170222175523

http://anond.hatelabo.jp/20170222125612

あのさ、自称非モテ」に訊くけど、結局どうしたいの?。自分を変えたいの?。モテてたいの?。現実彼女欲しいの?。人気者になりたいの?。それとも自分は変わらず、周囲の理解を得たいの?。差別を無くして、イケメン平等に扱われたいの?。すなわち、モテたい、ってこと?。

よく「非モテ脱出指南」みたいなエントリーに、「非モテ理解していない」みたいなブコメが付くけど、じゃあ、なんなのよ「非モテ」って。どうしてモテないのか、どうしてモテるような行動に移れないのか、個々のディープコンプレックスや、その元になったトラウマまで理解できないよね。だからこそが万人に有効な「非モテ脱出指南」なんてものあり得ないんだけど。で、そこらへんの「リアル非モテ事情」を理解してもらった上で、どうしたい訳?。モテ方を知りたい訳?。

そもそも「モテる」ってどういうことよ。恋人を持つことが出来るって事?。複数の異性に好意を持たれてチヤホヤされること?。セックス相手不自由しないこと?。

女の「非モテ」話してみようか。あたしさ、女だけど、全然モテない訳よ。ブスだし、デブだし、しか身長170近い。巨女よ、巨女。女の「モテ」はわかり易いんだよね。顔面至上主義から。ズバ抜けて美人じゃなくても、いわゆる平均的な顔面女の子問題なし。それなりに努力して綺麗に見せたり、性格が良いってだけで救われたりするわけよ。もちろん性格悪くても顔面良ければチヤホヤしてもらえるし。でもさ、デカブスデブになると、もう救いよう無い。化粧してもお洒落してもオカマしか見えなくて、無様になるだけ。てかさ、モテる為に努力するって、なんかハシタナいって思っちゃうんだよね。ま、努力しても「オマエなんか何しても無理」って言われるのが辛いだけだけどさ。実際、そういう傷つくこと言う奴いるからね、どんどん臆病になる。化粧品や服買うのすら恥ずかしいんだよ。店員に「オメ、お洒落無意味」と思われるのが恐い。何処行っても外見で忌み嫌われるんじゃないかとオドオドしてるんだよ。

能町みね子の「モテない系」ってカテゴライズ面白いと思うけどさ、自称モテない系」の女って、あからさまにモテる為のアピールできるほど顔面に自信無いけど、自分はまだイケてると思ってるんだよね。だから「圏外」ってゲットーを授けて自分を「非モテから差別化する。モテないんじゃなくて、モテないという選択自分でしているだけだよ、みたいな。

「圏外」って、いわゆる「喪女」だよね。恋愛相手の圏外。でも日本なんか殆どのオンナノコは顔面向上に対し努力家だから喪女人口比率が少ないし、喪女自分の外見恥ずかしいから、あんまり外で堂々と遊ばないから見かけないしね。で、外は綺麗な子ばっかりに見えて、更に出づらくなる。悪循環非モテ処女って男にモテないだけじゃなくて、同性にもウザがられる存在なんだよね。モテたい子はドブスとはツルまない。喪女は男除けに効果抜群だし、一緒にされたくないからね。でも孤独じゃないよ。喪女には喪女仲間がいるし、姿の見えないインターネットもあるからね。

「そんな喪女のオマエも、結局イケメンが好きなんだろう」と言われるかもしれない。鑑賞物としてのイケメンは有りだけど、現実世界では喪女イケメンが恐い。自分顔面磨きに余念の無い男は、女性の外見にも厳しい意見を持っているからな。いや、殆どの男は女性の外見に厳しいけど、イケメン自分実践しているだけに、コチラの頭が上がらないと言うか。イケメンが歩いていたら物陰に隠れたくなるくらい恐い。

喪女別に異性にモテたいって思ってないんだよね。いくら頭や性格が良くても、顔面が伴わなければ、恋愛相手、すなわちセックス相手としては見てもらえない。そこらへんはキッパリ諦めているんだよ。もちろん「ブス専」「デブ専」とか居るだろうけどさ、フェティッシュの道具に甘んじてまでセックスしたい訳じゃないし。最低限、人間として扱ってもらえれば幸せだよ、みたいな。恋愛競争プレッシャーから開放されるって、ある意味天国だよ。その安住の境地に満足できない喪女が本気でにモテたいと思ったら、顔面改革を実行してリベンジするし。だから漏れ脳内彼女で十分!」と言っているような非モテ童貞が、地団駄踏んで現実モテを敵視する心理が、皮肉じゃなくて本当に理解できないんだよ。教えてよ。なんで知りたいのか、自分でも良くわかんないけど。

2017-02-21

友達合格しないと自分合格できない大学の話

仲の良い友達が居て、その友達勉強して合格しないと、自分合格できない大学受験があった。

受験来年レベルとしては一年間近く心身共に捧げなければ合格できないレベル



自分の成績は一切無意味勉強無意志。自分努力は一切考慮されない。

ただ友達合格することだけが自分合格するかどうかの合否判定。



だとしたらひたすら応援するしかないじゃん?



友達が挫けそうになって「もうだめだ」とか言い始めたら「でも頑張ろうよ」とか言うじゃん?

そうしたら「お前は何もやってないでしょ!」とか言ってキレられる。

でも実際そうだから仕方ない。



仕方ないので差し入れスイカを買ったりご飯を作ったりとかして。

疲れたときはできるだけ楽しい話をしたり未来の話をしたりしてポジティブにしたりして。

でも自分は何にも役立ってないな~とか思ったりして。



とにかく頑張ってもらうしか何もなくて。



ひたすら1年間、応援してるだけで何もできないわけで。



いよいよ当日は、ひたすら横で「頑張れ!」って応援したりして。

いろいろ肩を揉んだり背中をさすったりして。

「もうダメだ!」とか大変そうで。

でもひたすら応援するしかなくて、凄い無力だなぁとか愕然としたりするわけで。



でようやっと子供が産まれて。



お母さんは1年間かけてボロボロになりながらお母さんとしての身体と心になっていって。

お父さんは「産まれた!」っていう瞬間にお父さんになって、我ながらズルいなぁと思う次第。



あー随分負担かけたなぁ。これまで何もできなかったけどこれからは分け合えるといいなぁ。



と思ったか育児休業を取ったりして、せめてあの応援するしかなかった時間の恩返しができればなぁと思う次第であります

これからが長いわけですが。

http://anond.hatelabo.jp/20170221013437

いや、客観判断として現に元増田が褒めることに意味がある、とみなされる箇所を挙げている。

彼にとっては事実なんだろう。そしてそれよりも多くの声が褒めることを茶化してスラング化している。

この事実から直ちに褒める意義の無効化は導き出せないが、滑稽さの背景に通常は行わないおかしさを感じている人間が多いことは言を持たない。

したがってでたらめに褒めている、という常識基準から逸脱したところにある無意味さには延長線上で繋がっていると言えるし、表裏とも言える。



お前が何もんか同一人物性が怪しいので元増田表記させてもらう。

http://anond.hatelabo.jp/20170221012416

それ言うならこっちは「反撃繰り出せないなら無意味」としか言ってないんだよバーカw

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220235441

重要なのは有効な反撃を繰り出せていないか無意味」の部分であって

見透かしている内容の当たり外れは関係ないんだね~

馬鹿だね~w

http://anond.hatelabo.jp/20170220234602

見透かしていると言ったところ有効な反撃が繰り出せないなら全く無意味だなw

http://anond.hatelabo.jp/20170220114641

選挙カーって、変なんだよ。

法律上選挙カー政策説明してはいけないことになっているらしい。

候補者名の連呼禁止

結果として、「お願いします」みたいな無意味な呼びかけを大音量で鳴らすしかなくなってる。

一応、何デシベル高以上の音量を出すと(公職選挙法上じゃなく、騒音防止条例とかそのあたりに引っかかって)違反なるみたいだけど、スピーカーの出力自体規制はないし。

あれは、選挙運動としての効率から言っても政治活動という点からいってもほぼ無意味じゃないかと思う。

というか、何十年もむかしから、誰もが「無意味だ」って言ってるのに、それを変えると議員自身が損するから議会で変えられない。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170219014337

1. コメント欄がなくなるとユーザー数が激減するので XXX users が無意味になる

2. 単にブクマクラウド管理できるだけなら既に他サービスがある

2017-02-18

男女論を語ることの無意味

詳しく語るまでもなく「針小棒大」という四字熟語に全てが凝縮されている。

「〜な傾向がある」「〜という意見が多い」

というだけで、白か黒か決められる問題じゃない。

なのに「男は性犯罪者」「女は寄生虫」といった言説が氾濫している。

世の中は思ったより低能が多い。

http://anond.hatelabo.jp/20170217234712

でも同じIDは使えないんでしょ?なら無意味

2017-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20170217171757

ヨーグルト健康にいいって言うのは、今は昔の話。

便秘の為というのなら、一種類を一週間以上摂り続けると効果が有るかもしれない、程度の話。

デザート感覚で食べているならいいだろうけど、健康のためにって...無意味かも。

音楽批評必要ないのは歌い継がれるから

名曲時間の淘汰に耐えられるものしか生き残れないか

人間サルベージしなきゃっていう行動は無意味マニア自己満足です

それでも批評したいならいいと思うけど作品寿命を延ばす云々は見当違いだと思います

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170216034429

あー、それ多分「班」やな。学校クラス内でも無意味に班つくったりはあるし、一応カバーしとるんやないか

班ゆうても好きあい同士で班作るんやなくてほぼランダム(もしくは恣意的)に班組ませると、増田の言うような<あいついないと特定分野がダメになる>は再現可能やな。

稀に誰も何もできない班というものも発生するけど…

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。




まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。



もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ



なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。



本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。



「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)



原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。



そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。



また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。



最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。




それでははじめます。



導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。




まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。



そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。



しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業




解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。


同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。


同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?


『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。


諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。


『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。


『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。


すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。




解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。



不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」



感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。(Permalink | トラックバック(0) | 22:47

模範的観光

人様の旅行に首突っ込んで、「模範的観光」とやらを押し付けてくる人が嫌いだ。定番観光地を回らない旅行無意味みたいな思想が嫌いだ。

勿論、個人的定番に行かない人を嫌う人間というのが存在することは許容しないといけないが、

旅行先の選択とき社会悪みたいに扱われるのは我慢ならない。

旅行なんて所詮趣味の一環であり、人に迷惑をかけないのならどうやっても良いはずだと思う。

ガイドブックをなぞるような旅行」をするのが義務のような考えはなんだかなあと思う。

普通の人は見ない観光地」と言っても、実際言ってみれば結構な人が観光しているのが現実である

ちょっとマイナー旅行をしたぐらいで不名誉行為と扱うというのは良くないと思う。

観光先だけでなく、利用する交通機関も「模範的である必要なんざ一切ないと思う。各自が良いと思った手段で旅に出れば良い。

格安切符で、普通でないルートを取ったところで犯罪ではないのだ。それぐらい受け止めて欲しい。

規格化されて、それから外れたものは悪として叩かれるというのは「旅」に似合わない風習だと思う。

2017-02-14

結婚トータルフットボール

現代サッカーでは、攻撃側の選手積極的守備をしないと守りきれない。

現代サッカーでは、守備側の選手積極的攻撃に参加しないと点が取れない。

攻撃仕事守備家事育児と捉えると、現代結婚も同様に、

昔の家族祖父祖母、父、母、息子、娘、etc...)よりもメンバーが少ない現代家族(夫、妻、子)で、

さら攻撃が中々点を取れない(給料が低い)状況では、

ポジションを流動的に変更し、且つ全員攻撃全員守備をしなければ勝てない(生きていけない)

仕事は夫に任せて楽したい、家事は妻に任せて楽したい、嫌なことは全部相手押し付け自分は楽したい、

と考えている人にとって、結婚無意味時代になった。

女の書く文章のウザいところ

発言小町とか、アットコスメとか、女しか書き込まないサイト意味もなく固有名詞が伏せ字になってるのよく見るんだけど、あれなんなの?

例えば、ライオンキレイキレイ商品レビューページで

我が家では10年以上ラ○オンさんのキ○イキレイを使っています!良い商品です!」って書いてたり。

それをレビューするページなんだけど、名前隠す意味はなんなの?

せっかく誉めてるのに、なんで隠すの?

増田とか掲示板とか見てても、

「セ○ンイレブンで、かっ○えびせんを買った」とか

「バー○ントカレールーが余ったのですが余りが使えるレシピありませんか」とか

「昨日放送のダ○ンタウンDXでベ○キー不倫ネタになってたけど~」とか、こんな感じの文章よく見かけるけど

伏せ字になってるだけで女の書いた文章だってわかるね。

男だったらこんな無意味で面倒なことはしない。

ほんと意味わかんない。何のために伏せてんの?

読んでてすげーイライラするから

この文化無くなってほしい。

2017-02-13

補聴器について

20代半ばだけど、既に耳の遠いお爺ちゃん程度の聴力しか残っていない。

補聴器をつけても雑音ごと増幅されるだけで無意味だけれども、

耳が聞こえませんよ、ってアピールしとかなきゃと思ってる。

もつけてなきゃ「あいつはヤバい、会話にならない」と思われてしまうんだろうなって。

補聴器って付けてたらどう思われるんだろ。

案外いるもんなのかな。

障害者手帳はもらえないけどガッツリ生活に支障がある程度には障害がある人って、一番損してるんじゃないかなぁとか思っちゃうね。

自分勝手だなぁ。

親の代から信者でどっぷり浸かった人を、他人が「洗脳から解き放つ」なんて無理なんだよ

傲慢自己満足無意味

個人的メモ

そんな青春もあるのだなということで。

 

・12歳まで男勝りの優秀、大人顔負けでなんでも一発覚え、正義感あり、世界一しっかりしていた女の子

・中学(頭いい私立学校進学)からパッとしなくなる(兆候:楽しんでいた部活をやめる、生理痛が始まる。男の影は全くない、女友達小学校卒業で一度切れてる)

・・学校トラブル家族トラブル、暗い時事ニュースたとえば震災は目に入る。すこし暗いがあまり応えているようには見えない

・・親友と仲良くできなくなる、というかあっちは一方的親友のつもりだけどこっちはあんまり好きじゃなかったのかもとの後日談

・ある日突然学校にいけなくなる(特定したくないが中学~高校2年くらいのある日、本当に突然に)

・そこかしこが痛い痛いの訴えもあって体が悪いのだろうと医者にみせまくるが、「なにもみあたらない」の連発。

・結局おちついたメンタルクリニックでごく軽い発達障害からくる適応障害からくる鬱とかいわれる。

・・朝どころか16時すぎまで起きられない(スマホによる睡眠不足をうたがったが違う。不眠だった。一緒に寝てやって悪夢のうなされがでたら手を握ってやるなどする)

・・風呂に1週間入らない、歯磨きしない、薬も飲み忘れ多く、食事時間の乱れ、すべての時間の乱れ、とにかく今までの人間としての誇りをすべて捨てたような荒廃

・・今までしっかりしていたか放置していたのが悪かったかとおもって甘やかそうにも、しずかに寝かせる以外の手当を何一つ受け付けない閉鎖モード

・・病院も(効果を実感してないのか)一度いって失望するともう本人に足を運ばせることが非常に困難に。平日学校を休んだとき病院行くと父親約束したが片っ端からうごけずドタキャンして父親喧嘩。あとで「どうしても眠いときは家で休養に専念しておけば、あとで母親と一緒にいったこととして父親説明してやってもよい(父に嘘をついてあげる)」ルールを実行したことでかなり安定した感あり。

・・ものすごくつまらないことで(たとえば大事にしているスマホカバーにささいな傷が入った)、死ぬ死ぬなど騒ぎ、新品の同一品があれば買うことで収まるからいいが、限定品で入手できなければ3日死ぬ騒ぎがつづく。

・・・1週間風呂に入らないから臭いと事実を指摘するとそれも死ぬ死ぬいって大騒ぎ、なにか高いものを買わされる。

未成年覚醒剤をのますようでものすごく怖いけど処方された抗うつ剤を飲ませる(最初のころは休暇ごとに休薬してた)。

・・っていうか最初にいった精神科では「高校生は見ない」と過剰にはっきりいわれたのも高校生にのませる薬はないという意味だと思う。

・・・副腎皮質ホルモンを嫌う医者にもあったことあるけど、とにかく患者にとっては症状があって薬がないとつらいから高いお金を出してとことこ歩いていってでもつかいたいって言ってるわけで、そこで無意味に渋られる倫理観過剰な医者は選り分けるのが面倒だからさくっと看板降ろせばいいのにな。そのころまだあったWELQ的なアレが口コミのみという方針無意味にしてたのだとしたら医者は悪くないが。

未成年なので最低容量のさらに下を飲ませているので、2~3ヶ月で効くはずの抗うつ剤がなっっっかなか効かない。

・効かないからには鬱じゃないのではないかと痛みがでるたびにその部位のための他の病院にいく→体力消耗、家計にも悪化。

・1年以上たって20キロ太って肝臓のγALTとか糖尿で警告が出た(=抗うつ剤副作用がしっかり出た)ころにようやく気力がもどる。

・・3歳児なみにものすごく世話を焼くことでなんとか学校にいかせられるが、帰りに自分への褒美といってコンビニ菓子を2つ買って家までに食べきっている(殻はカバンにつっこんだまま溜め込む=ここもちょっと荒廃を感じる)

・・・3歳児がいたころのようなごちゃごちゃのわが家ルールに退化するので最初は泣きたかった。これが三つ子の魂百までか。掃除機も好きな時間にかけられず、ご飯も好きな時間にたべられない、とにかくペースをみだされまくる隷属的不潔的主婦業に後戻り。

・・転校については全力で抵抗してくる(そんなに好きなら毎日学校いけばいいのになんで行かないの??となるが、学校に行けない病態もつ病気

・正邪の判定軸が複数になってきたせいか、たまにころっとオカルト的なものシンプルに信じ込む。

・・ネットでいきあたった一言をよんで、その新製品を絶対ほしいと言い張る。

・・・世間からみるとかなり変わったもの、壊れやすくて役に立たないもの、気にしないはずのもの(たとえば上記スマホカバーさら保護カバーのような普通は使わないものなど)を絶対的今すぐ的に欲しがって結局親にネットで買わせる。家にあるもので代用できるとの説得は全く通じない。オシャレ度ではなく機能で「家にあるものには○○可能とは書いていないから」同じ品質のものでも、ネットのほうがインチキだと説得しても親を信用しない。結局買わされる

・・・・親がパソで仕事の長文メールを打ってる最中にurlだとかスマホカバー保護カバー?の全く知らないサイトを今すぐ出せといって断ると死ぬ死ぬ

・・ニューステレビで時間軸?を体にいれるようになった。新聞・科学雑誌をとっても読めないけどテレビは入るらしい。水戸黄門はハピエンなのですごく好きで見る

・・新しく勉強が同程度に苦手でゆるい女友達と遊べる部活に入り直す

 

鬱に一度かかると「鬱のなりやすさ」は治らないので残念な話。

家族にも(本人の成績にも?)非常に影響が大きかった。

 

いくら小学校ときちゃんとルールをまもらせてしつけていても

中学になったら一人暮らし男子大学生なみに自堕落にならざるを得ない(そうしないと精神が壊れる)タイプ人間いるかもというのを頭に入れておくと良いと思う。

というか女子の12歳の神童はそのあとネットでいうところの「くそ女」に育て方かかわりなく成長というか退歩していくことがあるので期待値下げて、もっと下げて。

ほっとくと1週間風呂に入らない(入れない)女子高生ふつうに目につく世の中になってほしい。

安全な、ラーメン小池さんとかおそ松さんみたいなモデルケースがないと着地が大荒れする。

余計な世話だが芸能界も48人とか46人いるグループ集団からまだいいけど、ピンだとよっぽど無理させてるんじゃないかと思うよ。

清水さん以外にも「若い女性」への夢や期待や神格化で潰れていく人は増えるでしょ。

日本のおおきな罪では。

----------------

追記

おお、過去最高ブクマありがとう

ありがとう→REVさんueno_necoさんpikopikopaさんnenesan0102さんguldeenさんあとお二人ちゃんとよんで感想をくれたか

個人用メモだっつってんじゃん、わかりにくいのは仕様っすよ。あとここ「ダイアリ」って名前はいってるの知ってた?→あえて名前は挙げません

・親子関係表現はどう書いてもだれかに刺さるのねえ

 

・親とのコミュニケーション不足→たしかに今思えば小学校のころはおそろしくいい子で安心しすぎてた。今も上で高いものを買わされるとうんざりしているが、それも世代の感覚の差かも。1000円たらずの本~1万ちょいのものゲームキャラグッズが多い。3000円がボリュームゾーンかな。最高だとニンテンドースイッチ3万くらい。スマホケース(仮)はよく話を聞いたら自分お年玉で5万だして買ってたやつだったらしい。自分で買って親に黙っている分別があるが傷つけないようケースにいれておくわけではなく寝落ちで床に放置する扱い方で、そんな高いものだとは両親とも知らず。で傷をいれてしまって泣くというアンバランス分別が非常に彼女らしいと思った。他にもアンバランス生活強いられているんだ!ブックオフを3件以上まわって〇〇をさがせとかしまむら以下同とかの指令でただでさえ負担の大きくなっている親は土日もつぶれる)。でも、それが普通の子なんだね。うちの子もこれでいいんだ。

医者について→ちゃんと通じてるブクマカさんと全く理解してないブクマカさんがいる。べつに自分けがわかってりゃいいんだけどこれだけwブクマついたら誰か必要な人にも届くかもしれないんでがんばって説明してみる。

 ・・まず親はメンタル以外は大体同じ病気にかかったことがある。副腎皮質の医者の話は自分経験による余談。

 ・・・今の本人にとっても喘息症状など体の症状もつらくて学校に行きづらいのでアレルギー科も平行で継続受診している。

 ・・・・喘息で副腎皮質ホルモン吸入をくれない系の困った医者は親がずいぶん昔に出会っただけで子はあったことがないが、自分知識がないままこの古いタイプにあってたらこっちの薬を探すためにも苦労してただろうなあという話。

 ・・家族を初めてメンタルにかからせてみた苦闘はこんな感じ:

 ・・・1軒目:大学病院の親子の精神症状云々にしぼりこんでる先生(全国でも数少ないと標榜)。若い男性医者(が担当だったが複数医者・カウンセラによるチームだった?)。ひどく予約でいっぱいで初診とか次の診療予約に1か月ずつ間があいた、しかも平日午前のみなのでただでさえ欠席しがちな学校受診のためだけにさらに休ませる状況。1回目、血液採取と長い親子アンケートによる発達障害検査だけ。発達障害検査の結果はここの医者は「これだけ詳しくしらべたのだからないと断言できそう」と言ってた(あとで、男子発達障害だと3歳ごろから典型的に出る症状が女子発達障害だとまったく見当たらないことがあると書いている本を読んだ。)。2回目で血液検査結果もちょい貧血気味であとは異常なしとのこと。あとは学校に全く通えない人のためのカウンセリング(?)治療以外は紹介できないから、町中で通いやすいとこを自分で探してとのこと。はあそうですか・・(半年後また再検査などで通わせたが今はもうかかってない)

 ・・・2軒目:一番近所にある町中の男性精神科医。おじいさん。高校生は来るなと即日怒られ気味に返された、お金はまったくかからなかったけど、当人の落胆・おびえも気遣わないといけなかったくらいの塩対応。時間・体力コストが惜しかった。ネットで調べるのではダメだと強くおもった。

 ・・・3軒目:ちょっと遠いメンタルクリニック現在までの主治医女性。長く付き合ったあと聞いたら上で書いたとおり「軽い発達障害適応障害→鬱」診断だそう。最初から薬を提案。親が「(2軒目の先生の反応を踏まえて)未成年向精神薬をのませるのちょっと怖いし」といっていたら低用量薬を処方してくれた(薬局ではその用量が市販されてないので錠剤をわざわざ半分に割って包装しなおしてくれる)。こちらが休薬を申し出たらうけとめてくれたし、予約も当日午前に午後を伺うのでもなんとか空いてることも多い。本人がどうしても布団をぬけだせない時も親が細かく報告すれば様子を把握してくれる。融通が利く。報告したらちゃんと聞いてくれる医者がいるんだからやる気がでて子の観察日記をつけはじめた。肝臓マーカーについて言ってもあら大変ですねえ(親が)気をつけないとくらいなのはちょい不満。一度、他の女性患者さん(救急車ではこばれてきた?)が追い返され(入院設備のない病院希望通りの長居はできない)階段にベタ座りしてわんわん泣き崩れてたことがあり、たまたま本人に見せなくてよかったけど、もし本人がいたら「もう絶対行きたくない医者」となる可能性はあった。

 ・・・4件目:ある副次的精神症状について1軒目でいってた薬を使わない行動療法?が気になってもう一軒の大学病院に予約とってつれていったが適応外だといってほぼ門前払いだった(お金はとられた)

 ・・つまりメンタルでは最初2軒失敗した時期が惜しかったけど、本人が歩けないので初診不可というのはあっても、意図的に親が子供を医者にかけていないという時期はない。口コミで探そうにもメンタルだけは今まで受診経験がないご近所さんばかり。遠方の高校なので学友ママもいない。ネットで調べたらご覧のありさま。

 ・・駐車場大学病院は2時間待ち、ほかは設置ないので自転車電車バス移動。歩けない病態にはこれもつらい。親だけでの初診可能ですぐ薬出しますっていう病院があったらさすがにこっちがお断りだしなあ。

 

医者主治医)はなんといっているか→まあ本文中に書いたとおりですが「たとえば(バンカラ男子大学生と思ってみて。」とのこと。「授業をぶっちぎって16時まで寝ている? 一週間風呂に入らない? つらい病気でも医者にかかりたがらない? 子供ってそういうもんです」と。小学校中学校初期のお嬢様な姿を念頭から消してバンカラに上書きするのは親にとって時間がかかったが、時間がたつと腹落ちしたし、父親(一回だけ主治医に同行したことあり)も期待値を下げたまま腹落ちさせるように話し合ってる。転校や送迎もこの医者の知恵だった。気づいたらわりと的確にたすけてくれていたのかも。

・うちの子発達障害AS)だとするなら(まだ半信半疑だが)、どちらかというとADHDよりアスペ寄り。速読傾向がある。アスペではハイパーレクシアというらしい。3歳から漢字がよめたし今もスマホ活字中毒人間関係や口頭対応他人感情読み取りは12歳まではまあ普通かそれ以上だった。ADHDにはコンサータという解決策が検討できるが、アスペ抗うつ薬で鬱をとりのぞく以外の改善策がないみたいだ。

糖質については、頓服抗うつ薬がそれ用につかえるのを併用してる。連用するとかなり元気に「死ぬ」と主張しだしたりするのでやめたが、出先で18時間睡眠になりそうなとき頓服としては役に立つ。

・HPVに関する自治体アンケがきたので接種1回も受けさせてないけど散々だと事実のまま書いておいた。

[] #15-1「返し返し」

バレンタイン営業戦略から始まったらしい大衆文化は、今や欠かせない一大イベントである

そして社会に浸透したそれは、様々な側面でもって人間喜怒哀楽を彩る。




とある会社の休憩室。

午後のひとときではあるものの、今日は一風変わった様相を呈している。

職場社員たちからの、一斉バレンタインチョコ贈呈である

父はそれらを受け取ると、他にも同じ品を貰っている社員を眺めていた。

学生の頃、男たちの見栄やステータスになりえたものが、いまや社交辞令アイテムというのも、中々に感慨深いものだとしみじみ感じていたのである

ところが、こういった文化をただ「そういったものだ」といった風に飲み込めず、馴染めない人間も少なからずいる。

「うう……やはり来るのか」

同僚のフォンさんがそれにあたる人物だった。




はい、フォンさんもどうぞ」

差し出されたチョコを見て、フォンさんの顔は引きつっている。

チョコが食べられないだとかではなく、ただ「何かを貰う」という行為全般精神疲弊しているからだ。

「は、はい……ありがとうございます

それでも体裁を保ちつつ、フォンさんは社員たちのチョコを受け取る。

そうして全員に行き渡ると、社員が持ち場に戻り始めた。

それを確認した後、フォンさんはおもむろに胸ポケットに入れた手帳を取り出した。 

貰った相手名前、貰ったものを書き留めているのである

マメですねえ、フォンさん」

「覚えておかないと、ホワイトデーの時に痛い目を見ますからね」

その発言に父は軽く笑おうとするが、フォンさんの大真面目な顔と声の調子を見て、思わず息を呑んだ。

「笑い事ではありません。これを間違えると、“お返し”の無間地獄に陥るんですから

無間地獄……」

「貰ったものに対して、相応じゃないもの相手の心象を悪くします。安いものダメですが、かといって高すぎるものホワイトデーに“お返し”したら、それを埋めようと“お返し”をしてくる可能性があります。そしてワタシはそれに対して、また“お返し”をしなければならなくなる、ということです」

父がフォンさんと接するようになって気づいたのは、こういった世俗に酷く敏感なことであった。

「うう……チョコが欲しいだなんて一度も言ったことはないのに、それを貰って“お返し”も強制される。だからこの文化は嫌なんだ」

「いやいや、フォンさん。『強制』だなんて、重く受け止めすぎですよ」

「マスダさん。心にもないことを言うのは社交辞令の基本であることは知っていますが、今この場で会話をしているのはあなたとワタシだけだ。そういった無意味な取り繕いはやめていただきたい」

「取り繕いだなんて……滅相もない。なんなら“お返し”なんてしなくてもいいんですよ。彼女たちはそんなこと気にしません」

「『気にしない』んじゃなくて、『気にしないようにしている』んですよ。そんな言葉鵜呑みにして“お返し”をしなかったら、十中八九ワタシを心の狭いケチ人間だと軽蔑する。強制ではないといいながら、その実“お返し”を当たり前だと思ってるから、そういう考えになるんだ。それは、つまり社会通念上の強制なんです!」

フォンさんは神経症気味だったが、実際問題としてその側面を父は否定できないのであった。

こういった社会通念をフォンさんに説いてきた張本人なので尚更である

事態をどう受け止めるかの、丁度いい塩梅なんて分かりはしないのだ。

(#15-2へ続く)

2017-02-12

30代童貞彼女いない歴=年齢。本音

30代童貞女の子と付き合ったことない。

大学卒。

友達は少なくはない。

仕事では問題ないパフォーマンスは発揮している。

たまに本屋にある「これが高齢童貞キモさの実態だ!」みたいなターゲット不明醜悪漫画を読むと、描かれている童貞の様子が、自分とは当てはまらなさすぎて、笑うしかない。むしろ、これを描く人、売ろうとする人の心の醜悪さが、どこから来るのか。社会心配になる。

ぼくは「女の子と、どうにか関係を発展させていく」ことへの根本の願望があまり湧かない。

たまに興味本位デートマニュアルみたいなWebサイトを見て「2回目のデートではこう振る舞え」みたいなのを読むと、雑すぎだろ、と思えて仕方ない。どうして、そんなことわざわざがんばるのかというのが、自分事としてピンとこない。

この感覚を、正直に「非童貞=何かがおかしい」思考の人たちに伝えると、良くても余計なアドバイスを量産してくださる。下手すると(いや多くのケースでは)変人扱いされて、以後面倒くさい。

上記の人は、仕事先やら友人関係やらの中にもかなり多数いるので、そこを気をつけて会話を調整するのも、面倒くさいんだが、やってるよ。しょうがなく。

むかし正直に言ったら面倒なことになったから。生存のための、嘘をついている。

あれかな、20-30年前の喫煙者と吸わない人の関係に似てるのかも。

その時代喫煙者が主流派で、吸わない人は肩身が狭かったんだろう。

いまは副流煙健康被害とかの知識が広まって、世界レベルタバコやめろプレッシャーが浸透してきたことで吸わない人のほうが当たり前という空気になってきた。

ぼくは吸わないので、30年前くらいのオフィス映像を見ると煙だらけでゾッとする。

性のことに話を戻すと。

性(や家族)の多様性について、まったく社会的認知が足りてないのが、ぼくの生きづらさの根底にありそうだ。ゲイレズビアン性同一性障害とか、複数人と同時に性的関係を持つ(ポリアモリー)とか。色々あるわけでしょ。

派生でいうと、同性婚や、事実婚みたいな既存定型とは違う形のカップルを受け入れるための社会制度づくりの遅さも大きいかも。

実に多様な性の在り方を本来人類は持ってて当たり前なんだ、と思ってる。

ぼくのように、生まれつきに性的欲求が薄いとか、女の子口説こうと思えないとか、そういうのもひとつの在り方なんだよね。

同性愛者ってわけでもないんだ。

本人の努力うんぬんじゃない。先天的遺伝子の発現(エピジェネティクス)、育ちの環境と周囲の人間、そういう要素の組み合わせで、性の在り方が決まってくるんじゃないか

この複雑多様性にこそ、人類社会をここまで発展させた、そしてここから発展させる、コアの強みがあるんだろうと思ってる。

ここを理解できない、しようとしない人たち(上述)を

「性はかくあるべしクラスタ」と名付けた。

このクラスタの人と、性や家族多様性の話をしても無意味で、疲れるだけで、なんの得にもならない。

ぼくは、そのクラスタの人と、そういう話をしないように気をつけるしかないのだ。

仲の良い友人(同性、異性、もちろんどちらでも)が結婚するとうれしいよ。

ただ、夫婦間の悩みというのも常日頃にたくさん出てきている、と辛い思いをポロッとこぼしたりしてて。喧嘩したり、仲直りしたりを繰り返して、日々関係を作り続けていることが、すごいなと思う。

あと子供が生まれて。

子供写真とか見せてもらったり、あるいは子供連れてきたりしてると、かわいいなと思う。でもその裏で、本当に日々の育児は大変なんだろうなと思うし、何もできることはないけれど、ぼくに聞ける悩みであれば聞いたりしたいなと思っている。

時々感じるのは、そんな悩める彼らも、「性はかくあるべしクラスタ」の被害者なんじゃないかなと。

たとえば実家(あるいは相手)の親や、勤務先の上司など逃れられない距離関係の人が、「女性は早く子供を産まないとね」とか「奥さんがしっかり家を守ってね」とかプレッシャーをかけてくる。戦前かよみたいな古いパラダイムを振りかざしてくる。

まったく時代に合わない、かつ個別個人夫婦、家庭の特殊性に対する「ヒアリング」と「共感」抜きのアドバイスなんて、それはアドバイスじゃなくて多分ただの暴力なんだよ。

ああ、そう思うと、ぼくだけが被害者みたいな面してたけど、実は多くの人が被害者なんだろうか。

「共有空間での喫煙当たり前」が終わるのには、まるまる30年くらいかかっているのかな?

「性とはかくあるべし」クラスタを主流から追放できるのには何年かかるのだろう?

時間はかかるかもしれないが、「性の在り方は多様である家族の在り方も多様である」という認識が主流の世の中をつくれたらいいな。

というか、つくらないと、いけないよ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん