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2017-01-18

友達

毒親を持つ友達が、彼女彼氏に対してその毒親と同じようなキレ方してるという話を聞いて、心が痛い。

これが不幸の連鎖なのかと思って愕然としている。

彼女電話した裏で怒鳴っていた彼女の両親の声が忘れられない。

彼女カウンセリング必要なのは明らかだけれど、わたしももっと彼女にしてあげられたことがあるんじゃないかと思ってしまう。

わたし彼女に好きといったことが一度でもあっただろうか?

2017-01-17

ジャニオタだった私がダンオタになった理由

私はダンオタである

一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。

ダンオタというのはテーマパークダンサー好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西映画の国にも、忍者村にだっている。

流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。

では、何故どこのテーマパークにもダンサーオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。

ダンサーは、パレードの主役じゃないからだ。

一般的テーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。

ミッキーキティちゃんエルモアンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。

キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。

そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ

なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。

私は元々ゴリゴリジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサート舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。

自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達ゼミ飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである

しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことな必要なかった。

どうして自分自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。

私の自担は、Jrだったからだ。

ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。

Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。

そんな儚い存在ジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJr卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置しかなれない。

そう、コンサートの主役を引き立てる脇役なのだ

長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。

しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。

世の中、なんでもそうだと思う。漫画人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。

ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。

大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。

Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援たかったのだ。

Jr好きな人がみなこんな理由応援しているとは限らない。たまたま私の自担舞台仕事バックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。

ただ、少なからずこういう感覚もあるということだ。

そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。

テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。

誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。

私の場合も、「笑顔かわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である

そんなこんなで、テーマパークダンサーJr担の性癖に見事にジャストミートした。

皆が皆、同じような気持ちダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。

まり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。

そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレード最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。

これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在オタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。

ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。

ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。

脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいだって主役だった。

スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。

Jrテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。

自担くんは今日劇場で踊っている。テーマパークダンサー今日パレードに出演している。

きっと、今日も誰かの主役になりながら。

いい年して10年務めた(といってもバイトだけど)会社をその場の勢いで辞めてしまった

勤め始めたころは、そこは比較的「屑のたまり場」だった。

うつ病の30代フリーター友達いなそうな大学生、暗い顔したバツイチおばさん、旦那浮気されてる腐趣味主婦

こんなメンツばかりだから20代前半フリーターの私でもそれなりに馴染みやすく、当時は友人や彼氏にも恵まれていたのでむしろリア充」のポジションだった。

完全に井の中の蛙ではあるが。

仕事も覚えが早く、当時はバイトの中では一番使えるメンバーだった。

当時、私は彼氏同棲していて、子供が出来たら結婚して辞める予定だった。

みんな肩書はともかくいい人で、私のようなコミュ障でも馴染みやすかった。

しか子供はできないまま時は過ぎ、バイトメンバーは続々と入れ替わった。

フリーターは辞め大学生就職バツイチ実家に帰った。腐趣味主婦だけは残っていたが…

そこに、昔だったらこんな仕事見向きもしなかったようなガチリア充や頭がよくハキハキした人やモテそうな美少女が入ってきた。

就職難だからなのだろうか?

私は、いつまでたっても子供が出来ず彼氏に振られ、ただのフリーターのおばさんとなっていた。

当然、見下しの対象になった。

頭のいいポジションの奴が首謀者で、コソコソとこちらの悪口を喋っては美少女クスクス笑い、リア充がニヤつきながら収める、それがお決まりの流れだった。

趣味主婦は気が強いのでうまくそ対象からは逃れ(彼らからすれば母親よりも年上だから、というのもあるかもしれないが)、完全に私はサンドバッグとなっていた。

はじめの頃の「仕事ができる」ポジも、今では見る影もなく。ストレスからかありえないミスを連発するようになった。

こんな10以上も若い子たちに恐怖心を抱いている自分が情けない。

中学生の頃、生徒にいじめられて辞めていった先生もこんな気分だったのだろうか。

ずっと、情けなくて怖くて耐えていたが、昨日、ついに足が動かず、体が固まり出勤できなくなった。

職場から電話がかかってきても、手が固まり取れなかった。

時間ほど、玄関で立ち尽くしていた。

何とか電話を返し、社長と話し合い、もうこの職場は続けられないと伝え、2月で辞めることになった。

いい年して次の仕事も決まってないのに離職。屑の極みだ。

だが、このままあの場所にいるくらいなら死んだ方がマシだと思ったのだ。

こういう時、頭のいい人なら仕事を頑張って正社員になるのだろうか。愛嬌のある人だったらダメお姉ちゃんポジションとしてうまくやっていくのだろうか。

私にはそのどちらもない。ついでに言えば天涯孤独で帰る実家もないのだ。

これからどうするのがベストなのか私にはわからない。寮付きの仕事を探すか、どうせ妊娠しないなら熟女系のデリヘルにでも行くべきか。

どちらにしても、私はもう一般的な「幸せ」は掴めないのだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170117175454

性欲うんぬんっていうか

恋人にも友達にもなるはずがないアイドル内面知りたいとか

そっちの方がやばくね?

なんとなく傷ついてることを察して、遊ぼうよって連絡くれたのはこれで2回目。

1回目はただ気を使える人だなあって思うだけだったけど、

2回目は遊ぼうって言葉が、傷にストンと入ってきて、あっけないくらい一瞬で好きになってしまった。

 

相手はきっと私のこと友達しか思ってないし、恋愛になることは無い、と思う。

出会ったきっかけはオンラインゲームだし。

オンゲ恋愛なんて今では普通かもしれないけれど、たぶん相手は抵抗がある人、だと思う。

何度かオフで一緒に遊んでるし、毎日VCで仲間内で楽しく話してる。

でも所詮オンラインゲーム出会ったフレンド。友達とは、少し違う。

 

毎日VCに顔を出すのをやめて、距離をおいたら冷めるかもしれない。でも、突然VC繋がなくなるのって不自然だよね。

なんて、建前言い聞かせてるけれど、本当は毎日喋りたい。

フレンドでいたい。好き。友達がいい。恋人になりたい。

今までの恋愛は、好きな人を振り向かせる自信があった。絶対に行けると思った人しか好きにならなかった。

けれど今はこの関係が壊れるのが怖い。なにひとつ自信がない。

突然恋に落ちてしまった。完全に予想外だった。

苦しい

今まで人生において自分はどちらかというと被害者立場になることが多かったと思っていたんだけど、ふとふいに高校の頃に友達にひどいことを言ってしまったこを思い出した。思い出した瞬間、ものすごく申し訳なく思ったし謝りたいと思ったけれど、恐ろしいことにそのことを思い出したのは本当に「ふと」で、それまでは忘れていたわけではないもの記憶の海に沈んでいたんだよね。加害者はすぐ罪をわすれるけれど、被害者はずっと覚えているのは本当だ、と改めて「加害者」側として強く思った。今までは「被害者」の立場で、ずっと覚えている側だったのだ。

その友達とはもう連絡がとれない。謝る機会もないだろうし、謝るという行為について、「自分が許されたいがためにそうしたいのだ」ときっとどこかで思っている。純粋謝罪ではないのではないか、ということにひっかかりを覚える。それに謝ってどうこうなる問題でもないし、もし逆の立場であっても「今更そんなことを言われても」としか思わないだろう。

今できることは、二度と同じようなことを起こさないようにすること、その友達幸せを願うことくらいしかないな。

0.77%、0.72%、0.67%、0.45%

これは、阪神淡路大震災で、特に被害の大きかった神戸市東灘区神戸市灘区神戸市長田区・神戸市長田区における、当時の人口あたりの死亡率です。ザックリ言うと、これらの地域では、「あの日、200人につき1人死んでいる」ってことですね。

私のフェイスブック友達の数は190人。ザックリ言うと、この中で1人死んでいたでしょう。

LINEの友だちの数は185人。ザックリ言うと、この中で1人死んでいたでしょう。

高校同級生が300人。ザックリ言うと、この中で1〜2人死んでいたでしょう。

小学校同級生は50人。これなら、誰も死んでいないかも知れない。でも、親兄弟を含んだら?親戚を含んだら?兄弟友達恋人は?あのとき担任先生は、何人の教え子の訃報を聞いた?

校庭に仮設住宅が建ち、体育館だけでなく教室の中にも避難者がいる中で、残った数少ない教室や図工室、音楽室で授業を受けていました。部活レギュラーだった同級生が転校してポジションが変わりました。身近なところに死者がいなかった私は、いつもどおり朝起きて「あれから何年経ったか」を確認する。

2017-01-16

http://www.asahi.com/articles/ASJDQ61F9JDQPIHB03K.html

これ読んで思い出した。

あの日の朝、友達と二人で様子を見に行こうぜって

電柱から電線が垂れ下がったりして

なんとなくタバコに火をつけようとしたら

誰かにガスが って言われて

そのあと43号線見に行ったら高速が落ちてて

NHK?のカメラマンがいて

この車の運転手はどうしたんですかって聞かれたけど

知らねぇって言った

ホントに知らなかったか

店に電話をかけるという行為一切経験したことがないまま育つ人も環境によっては大して珍しくもない時代なんだな。

電話で注文できるっぽいけど、どういうやり取りをするのか全然想像できなくて怖い、何聞かれるの?」とウチの大学生の妹でも言っていた。

実家宅配ピザ屋どころかイオン以外の商店がないような地域だったから、美容院の予約くらいしか電話他人とやり取りしたことがなかったらしい。

都会の大学に通うようになって、チラシが入っているのを見つけて満を持して憧れの宅配ピザに挑戦しようとしたようだ。

そういえば自分田舎から就職して引っ越してきて、その日の晩にドキドキしながら注文したことを思い出しつつ、やり取りの流れと事前に決めておくべき事を教えた。



注文の最初の方で電話番号を聞かれるというのが予想外だったらしくかなり驚いていたのが印象的。

「えっ。なんで。怖い。電話番号なんか友達にも教えてないのに……」現代っ子め。

一通り流れを説明しても最後まで「やっぱりネットで注文しようかなぁ……」とブツブツ言っていた。

結局チラシのクーポンネットだと使えないことが分かって電話注文していたけれど、

「一人でかけるの不安からPC立ち上げてSkype繋ぐから注文するの聞いてて!」と言われてSkype越しに見守らされた。

ややテンパって開幕早々「アペペパパパピッピピピピザです!よろしくお願い致します!!」とカマしながらも、

なんとかヨソ行きの声で最後まで注文する様を中継された後、要領が分かったから次からは1人で大丈夫だと言われ、解放されたような少し寂しいような。

そして忠告を聞かずに「安くなるから!」と頼みすぎたピザが食べきれなくて、週末まるまるピザ地獄に陥ったらしい。アホめ。



http://anond.hatelabo.jp/20170116175256

ピザの注文も出来ない人

ピザの注文はwebでするものだと思っている人がいる。

そう、小学生中学生ぐらいの若い世代だ。

彼らは電話注文の仕方がわからない。

だってこの世代だと友達の家に電話をかけて友達の親が電話に出るような機会がないもんね。

LINEとかで友達と直通でしょ。

電話を掛けてきてもこちらが出た途端びっくりしてすぐ電話を切ってしまう。

しばらくすると先ほど電話かけてきた人がネット注文してきた。

そこまで多くはないけど定期的にこういうお客さんに遭遇する。

小説サークル字数競争をやめろ

同人は好きにやればいいと思うかもしれないが

大半は「買ってくれる/新刊交換してくれる友達」がいるんじゃないの?

友達学校とか仕事とか自分趣味活動時間を割いて

数日かけて、お前たちが競った字数を読むんだぞ。読まないと失礼だから

これを考えたらちょっと無駄を省こうと思わない?

どうしてもその字数じゃないと収まらないなら別だけどさ。

婆ちゃんに戦争の話聞いてきた

今年87歳になった婆ちゃんに、

正月田舎帰った時に戦争の話を聞いてきた。

当時「この世界の片隅に」のすずと、

同じような年齢で戦争経験した婆ちゃんに本当のところは、

どうだったのかなと聞いてみたいと思ったのがきっかけだった。



婆ちゃんは7人兄弟の三女。

婆ちゃんのお母さんは、早く亡くなっていて

物心いたころには、後妻としてきたお母さんに育てられたそうだ。



婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんのお父さんは事業成功していたらしく

家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが、

戦争前に事業に失敗。

家は途端に貧しくなったらしい。



たまたま勉強が優秀だった婆ちゃんは、

小学校先生が何度も何度も婆ちゃんの家に来て

婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得したそうだ。

当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、

授業料免除手続きなどをするなど、

本当に熱心に動いてくれたらしい。



結局は婆ちゃんのお父さんも先生の熱意に打たれて

全寮制の女学校に行けることになった。

戦争は、そんな女学校時代に起こった。



戦争が始まる前、日本満州での事業で盛り上がっていたそうだ。

大陸未分化な国を日本配下に置いて発展させることは、

とても素晴らしいことで全く悪いことだと思っていなかったそうだ。

学校では、天皇陛下神様と教えられて、

天皇陛下の元、男子兵隊さんになるのが当然だと思っていた。



近所の家が、共産党員の容疑をかけられて警察に連れて行かれた。

婆ちゃんのお母さんは、近所のオジさんは悪い事をしていたと伝えたらしく、

子供心にショックを受けたそうだ。



戦争が始まっても、ばあちゃんの日常は変わらなかった。

普通に勉強していた。ただ、農作業時間が入ったそうだ。

女学校同級生みんなでさつま芋を育ててたらしい。

そのうち、普通の授業の時間はなくなり、

富山工場女学校の全員で働きに行く事になった。



毎日10時間ミシン兵隊さんの洋服を塗っていたそうだ。

女学校勉強できなくなるのは残念だったが、

天皇陛下のためだし、戦ってる兵隊さんのためだかしょうがないと言っていた。



徐々に女学校日常が、戦争への協力の日常に変わっていくのは感じていたそうだが、

戦争はずっと勝っていると思っていた。

新聞ラジオ毎日のように、日本の大勝利の話ばかり流れていたそうだ。



そのうち、配給が減ってくるといつもお腹が空くようになった。

芋だけじゃなくて、芋がらといってツタとかも食べたらしい。

お腹が空いて寝れない日が普通になった。

友達とは、毎日食べることばかりを話していた。

炊きたての白ご飯に納豆をかけてお腹いっぱい食べたるのが夢だった。



そんな日常の中、空襲が婆ちゃんの工場を襲った。

焼夷弾が次から次へと降ってきて、

花火のように火を吹き上げるんだそうだ。

婆ちゃんは怖くて怖くて、山の上に逃げた。

町中が灼熱地獄のように暑かった

ただ、ただ、山の上に逃げた。



当時、なんで山に逃げたのかは自分でも解らなかったらしいが、

一緒にいた友達が山に逃げるので一緒に着いていったそうだ。

結果、それが婆ちゃんの命を救った。

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。

そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。

川に逃げた人はみんな死んだ。



空襲が止んで、友達は半分も残らなかった。

婆ちゃんの働いていた工場も完全に破壊された。



その後、近くで何度か空襲があったらしいが

運良く婆ちゃんの所には直撃せず、

次の工場への移動が決まり、準備を進めていた。



そんな矢先、唐突戦争は終了した。

天皇陛下の敗北宣言を聞いた時、

戦争に負けた悲しみよりもなによりも、

もう爆弾が降ってこないことが嬉しかった。



もう、爆弾が降ってこないんだ。



と言った時、婆ちゃんはうっすら目を潤ませていて

本当に本当に辛かったんだなあと、

聞いてる俺も泣きそうになった。



その後戦後の本当の食糧不足や、

食糧不足になって、都会の親戚が着物いっぱい持ってきた話なども聞いたが、

だいぶ長くなったので、ここで話を止めたい。



今の日本海外若い人たちが

戦争を始めることもいとわないと言うのを聞くと

から恐ろしくなるし、

あん経験を俺や俺の娘にはさせたくないと

強く言っていた。

任天堂大人ゲームオタクなんて放っておいて

子供おもちゃとして徹底する、って方針は取れないのかな

安価で丈夫で安全で分かりやすく、家で家族みんなでワイワイ遊べる、

或いは子供に持たせて外で友達と遊ばせても危険じゃない、って方向性を求めてる層もそれなりにいるはずだし

いくら日本少子化と言えど、海外も含めたら(というかもう海外の方がメインになってね?)客十分確保出来るのではってのは素人考えか

やっぱ今時はそれだけじゃ無理なのかなあ

君の名は。」を選外にしたキネマ旬報カス

君の名は。」がキネマ旬報ベスト選外となったけど、これは、日本映画批評における下記の(伝統的な)問題点象徴する出来事なので、みんなもっと大騒ぎすればよいと思います


最初問題点日本映画批評は、アニメーション映画を適切に評価することができません。


キネマ旬報ベストテンランクインしたピクサー映画は、何本でしょうか?少し考えてみてください。答えは、ゼロゼロですよゼロ世界アニメーション革命を起こした「トイストーリー」も、障碍児童冒険譚をウェルメイドに仕上げた「ファインディングニモ」も、冒頭からほとんどセリフを用いることな世界の荒廃を描いた意欲作「ウォーリー」も、トリロジーの最終作として圧倒的な完成度を誇る「トイストーリー3」も、ベストテン選外になっていますピクサー以外でも、「アナ雪」も選外なら、2016年は「ズートピア」も選外。正気かよ。日本アニメーションに目を向けても、例えば故 今敏作品は1本もランクインしていません。「千年女優」を超える絢爛な日本映画2001年10本あったか?「東京ゴッドファーザー」を超える抑揚の効いた感動作があったか?「パプリカ」のイマジネーションを超える作品があったか?「パーフェクトブルー」ほど低予算映画で、今なお国境を越えて評価され続ける映画が何本ある?


次の問題点日本映画批評は、映画自体の良さではなく「他国における賞レースの結果」や「興行成績」や「過去監督作の評価」などの外部要素に引き摺られすぎる。


2000年以降、ピクサーを筆頭にCGアニメーション映画映像面、シナリオ面での革新を重ねる中、たった1本だけキネマ旬報ベストテンに名を連ねた映画があります2009年戦場でワルツを」。レバノン内戦における監督自身記憶を辿る、という半ばドキュメンタリーのような内容の映画で、ここ数年の作品でいえば「アクトオブキリング」ような手触りの、とてもいい映画です。とてもいい映画なんですが、たぶんこの映画キネマ旬報ベストテンランクインしたの「アカデミー賞ゴールデングローブ賞外国語映画賞部門ノミネートされた最初アニメーション映画」だからなんですよね。あと反戦映画から反戦映画と、海外映画賞をとった映画日本映画批評において高く高く評価されます

興行成績の良い映画評価も引き下げられます興行成績がよい映画は「おれが評価しなくてもいいだろう」という寝言をいいながら、実のところ「自分は年に100本も200本も観ているのだからパンピーと同じランキングには出来ない」という薄っぺらながら自意識を守るために、本当はすごく面白かったのに、8位とか9位に入れたり選外にします。2016年も「シンゴジラ」より「クリーピー」を評価して、ズートピアを選外にしたハゲがいましたね。「こいつらは友達が多いから、ほかの人が評価してくれる」って言い訳しながら。一言。邪念が多いよ!!面白い映画普通に評価しろよ!!いや、確かに「クリーピー」は面白い。その通り!映画順位をつけるもんじゃない。その通り!けど、正直「シンゴジラ」と「ズートピア」より「クリーピー」のほうが順位が上、とい上のはさすがに無理があります

過去監督作に評価が引き摺られすぎる、というのはイーストウッド映画過大評価が最も有名でしょう。確かに、イーストウッド映画面白い。本当に良い映画ばかりです。でも「グラディエーターアメリカンビューティーとダンサーインザダークを抑えてスペースカウボーイが1位」とか「父親達の星条旗硫黄島からの手紙のワンツーフィニッシュ」は、やりすぎをこえて「ヤラカシ」だと思うんですよね。

ヤラカシ」といえば「オールタイムベスト日本映画こと七人の侍が、キネマ旬報年間ランキングでは3位な件」がもっとも有名ですが、このときは「木下恵介作品のワンツーフィニッシュ」というわけわからんことになっているんですね。1位は「二十四の瞳」。これは、わかります。「二十四の瞳」はすごい映画です。今観てもびっくりさせられます(比類する作品は「6歳のボクが、大人になるまで。」ぐらいしかし無いのでは?)。ところで、2位は?…2位は、「女の園」という映画です。…いや、本当なら観てから言うべきなのはわかります。でもあえて言わせていただきたい…知らないよ!!オールタイムベストどころか、木下恵介監督作としても無名作品なのではないでしょうかコレ。(誰か観た人いますか?もし「おれは観たけど、七人の侍よりずっと良い映画だよ」という人が多ければ、この段落は訂正の上謝罪いたします)


最後問題点日本映画批評者は、孤独すぎる。


映画は観る環境によって、評価が大きくことなます。これは前項と矛盾するようで矛盾しません。映画館で観る映画と、家で観る映画は違います。「IMAXで観るゼログラビティと、金曜ロードショーゼログラビティは別の映画だ」と言われて、否定する人は少ないでしょう。映画体験です。ウェイン町山が「試写室で隣にピエール瀧がいたので死ぬほどビビった」と言って「凶悪」を年間ベストに挙げるように。ガース柳下金沢映画祭で観た映画を年間ベストに挙げるように。「お家に帰るまでが遠足」と言われるように。「フェスで盛り上がる曲」があるように。では、「夫婦カップルで観に行き、食事をしながら感想を言い合い、その日の記念にプリクラを撮り、インスタに半券の写真を上げたくなる映画」は、その体験込みで評価しなければいけないのでは?

ひとり、ルーチンワークとして試写室のパイプ椅子に座り、原稿の締め切りを頭の片隅に置きながら観る人間は、金曜ロードショーで観た「ゼログラビティ」をつまらなかったと言い切る人間と変わりません。真面目な話、かつてこれほどまでに評価され、クチコミ観客動員の伸びたデートコースムービーってあるんでしょうか?そう言えば「動員で映画評価を語るなら踊る大走査線2は名作」って言ってる人がいましたね。…寝言かな?(たぶん口を滑らせたのだろうと思うけど)


以上3点。おれは「息もできない」を年間ベスト映画に選ぶキネマ旬報のことが(ピラニア3Dを年間ベスト映画に選ぶ映画秘宝より)本当に大好きなんだけど、やっぱりよくないところはよくないところなので、なおしていただきたく候。


なおちゃぶ台をひっくり返すようだけど「君の名は。」は観てません。だって子どもが生まれたばかりで、奥さんが育児で手一杯だったからね。子どもがもう少し大きくなったら、ポテトチップスコーラを片手に、あーだこーだ言いながら2人で観るよ。ほなさいなら

生きるのに興味が出ないってことあるよね

思えばこの世に誕生してからはや22年、一度も生きることに前向きになったことがない

小学生自殺を考えてから人生紆余曲折あったはずなのに、死生観なにも変わらないまま社会人なっちゃうよこんなはずじゃなかったパトラッシュ

映画小説漫画で観る他人人生あんなに楽しそうなのに、同じことが起こっても全く心が動かない

私の心、もしかして生後二歳あたりでメデューサに凍らされてるんじゃないかって疑うレベル

友達にも恋人にもあまり興味無いけど母親が泣くのだけは辛いか今日も生きてる

ねえお母さん、悟らせてないつもりだけどこんな親不孝な娘でごめんよ

2017-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20170115222236

おれ50だけど、中学とき邦画しょぼい、ダメだ、とか友達と語り合ってた記憶があるな。

田舎のただの中学生なのに上から目線で。

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。


小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。


中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。


高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

2017-01-14

楽しいままで終わりたいと自殺した女子中学生に思うこと

女子中学生楽しいまま終わりたいって自殺したけど、

これってたぶん人生を全く楽しそうに過ごしていない親の姿を見てこれ以上生きる意味ないと思ったか自殺したんだろうね。

親には趣味がなく友達もいない。父は家と会社を往復してるだけで帰ってくれば酒を飲んでデカイ声で愚痴をこぼす。

家と車のローンと教育費の支払いで好きなものも買えず身動きが取れなくなっている人達が、いくら人生楽しいと言ったってそりゃ信用出来ないよ。

子供の成長が唯一の楽しみというのも子供に変なプレッシャーを与えるだけだし、

こういう親の姿を見てると、ああ自分もこうやって年老いて死んでいくんだなって、自分の将来に希望を持てなくなるんだよね。

特に思春期の時期の子たちはこういう親みたいにならないように反抗するけど、それすらやんなっちゃうんだよね。

から楽しいままで終わりたいといって自殺した女子中学生気持ちはすごいよく分かる。

若い子にも将来に希望が持てる日本でありたかったよね。

意識が低いので最近 facebook投稿したくない理由

ここ最近facebook投稿しづらくて、twitter原点回帰しているという話をよく聞く。

自分もそのうちの一人だ。

見ている分には友達の近況などしれていいけれど、でも自分投稿したいという気持ち

1年前と比べるとかなり減っている気がする。

大体のポストはこんな記事。そういうクラスターに入っているだけかもしれないけれど。

「こんなすごい人と一緒にいます(タグを添えて) 」

海外出張いってきます、かえってきます空港タグを添えて)」これが一番

カンファレンスに登壇予定です」

ニュースに出ました」

Noteでこんな記事かきました 」

「昔でいうRSSリーダ的に読んで意識高そうな記事シェアしました」

といった、ポジショントークまざりの話が 多すぎる気がする。

もうちょっと前のユルフワな、足折れたとか、ここのお店が美味しかったとか、家族写真がきれいーとか

どうでもいい和やかな雰囲気がすきだった。

今はそんなことをつぶやこうと思っても、周りの意識が高いつぶやきに比べると、

「いやまてよ、こんなこと書くよりも、なんかすごいことをしている、常にアンテナはってますよというオーラを出さないといけないのか?」

と我一瞬冷静に事態を振り返り、投稿をやめる というのが最近である

また、個人的可愛いと思っていた女の子写真をググって、そのリンク先がfacebook上にあり、

そこを眺める といったソーシャルネットワークという映画ザッカーバーグ氏の昔のような風景も、

いまでは、可愛いもしくは意識高い女子というのは、Instagramに上げるのみで、プライベート写真更新はかなり減っている気がする。

facebook社としては、買収したサービスであるinstagramトラフィックが寄り付く分にはID統合されているのであれば、広告面としては問題なっそう。

そしてfacebook機能としても

同窓生枠だけに投稿する」といった、セグメント別の投稿ができないので、

地元同級生意識高いクラスターが納得するであろう最適な投稿確立できなくて、

結局Read onlyになっているような人が多いような気がしている。

アメリカ人と話して、facebookやってる?と聞くと、

「ごめんね、facebookは本当にprivateな人のみでやっているだ、Linkiedinでつながりましょう」

とよく言われて、それがアメリカでの使い分けらしい。

日本だと、その使い分けができず、ビジネスプライベートが完全に一体化しちゃったおかげで、

まとまりがなくなってきているから、最近多い使い分けとしては以下となっている模様。

facebookでは意識の高い情報を見て、シェアする場所。他の人に興味もないので退会。

twitterはどうでもいいつぶやきとよさそうなリンクをとりあえずshareするOpen bookmark

Instagramはその瞬間きれいな写真をとって残すのと、オシャレ感をポジション投稿する場所としての Open photo storage

といった使い分けをしている人が多いのではないかなーと思っている。

とここまで書いて定量的情報をみていたら、

まったく同じようなことを半年前くらいに書いている記事をみつけた。

http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160622-OYT8T50037.html?page_no=1

IR上だと、asia pacificでくくられてしまっているので、

日本情報はよくわかりませんが、

参考になりそうなFBIR資料はこちら

https://s21.q4cdn.com/399680738/files/doc_presentations/FB-Q316-Earnings-Slides.pdf

それにしても今日は腰が痛い。

スマホ婚活物語

呼んでもいないのに、また誕生日がやってきた。32歳になった。その時を大宮あたりにある自宅のワンルームアパートで俺は迎えた。

仕事公務員。俺は一浪で、とある無名大学入学し、一留卒業し、さら卒業後に一年公務員試験勉強をして入庁した。運良くストレートで入庁までたどり着いた奴らと比べると、3年余分に時間を食ったことになる。くそ、と思うことはいつもであるが、それでも、出身大学レベルからすれば随分立派な就職先に入れたのでその点は誇りに思っている。なんと言っても公務員は安定している。

まあ、どこかの国も破綻しかけたし、うちの国でもメロンの有名な某自治体破綻したりして、果たして将来も安定か?というツッコミどころもあるが、なんだかんだ自分の定年ぐらいまでは大丈夫だろう。

だべってばかりで働かない職員モンスターなんちゃらに囲まれての仕事は決して楽しくないが、生きていくためだ仕方がない。

ちなみに、一浪した時は、実家があまり裕福ではなかったので新聞奨学生をやりながら、予備校に通った。しかし、この新聞奨学生というのがひどいもので、配達作業時間のせいで十分に勉強時間がとれないという代物だった。今思えば、少し無理をして自宅浪人でもしてれば、早稲田筑波ぐらいならいけたかもしれない。本当に後悔している。

容姿は良い方だと思う。中学時代はそれなりにモテ記憶があるし、男友達からも、良い方だろうという客観的評価をもらっている。

だが、恋愛は不調だ。これまでの人生で一度だけ付き合った彼女美人で、スタイルもよかったし、若かったし(当時23歳だったか)、あっちの方も抜群だったが、いろいろいい加減な子だったので半年ほどで別れた。結婚も考えねばという年齢だったのでそれでは厳しい。その女との出会いは、数年前から流行りの街コン。当時は友達街コン婚活パーティーに出かけて出会いを求めていたが、そこで一度だけうまくいったのがその女だった。

と、それが二年ほど前の話。そう。今、俺の心を占めているのは結婚への焦りであり、結果として婚活自分プライベート時間の多くを占めるに至っている。婚活もいろいろやり方があると思うが、今の主戦場スマホ婚活アプリだ。

婚活アプリでは、それぞれ自分PRするプロフィール写真文章登録し、男女共々、異性のそれを見ることができる。気に入った相手がいれば「いいね」する。「いいね」されると、された相手には通知がいき、運良く相手も気にいって、「いいね」を返してくれたら、晴れてチャットができるようになる。あとはいかにうまく口説いて、「面接」に持ち込めるかだ。

面接」というのは婚活用語である婚活アプリでは、チャットいくらか続けたあとに、アポをとりつけて相手食事に誘い、そこではじめて相手と対面する。そして相手容姿や、学歴職業コミュニケーション能力などを見る。これがさながら企業における採用などの面接に似ているから「面接」などと呼ばれるのだろう。採用活動における面接ではおおむね企業側が一方的に見るものだろうが、婚活における「面接」では、お互いがお互いの値踏みをする。従って、当然ながら、「面接」に望む時の洋服には十分気をつけなければいけないし、会話を弾ませるよう自分の話術を最大限駆使する必要がある。そうでなければ、二次面接」、三次面接」には進むことが出来ない。お祈りメールを待つのである

俺が将来の伴侶に求める点は大きく、1)友達が羨ましがる容姿、2)自分よりも高学歴、3)結婚してもちゃんと働いてくれる人、4)性格がまとも、5)年齢は31歳まで。若いなら若いだけ良い、の5点である特に1)2)5)は重要だ。なぜかって?それは他人に羨ましがられる嫁が欲しいからだ。俺は正直に言って、自分に誇れるものがない。大学へは小学生時代から続けていたスポーツを極めたくて入学したが、結局自分には才能がないことを痛感した。プロなんて夢のまた夢だ。誇れることは、せいぜい、公務員になれたことぐらいである。これがなかったら、ぶっちゃけ、ただのクズなんじゃないかとすら思う。だからこそ、婚活では一発逆転したい。

実際、俺はかなり婚活に入れ込んでいる。中毒といってもいいかもしれない。平均で週に2回程度は「面接」をしているし。婚活アプリも4つ程度を同時並行で利用している。

金もかかる。課金額は月にそれぞれ5000円程度だ。「面接」にだって金はかかる。飲み屋でディナーとなれば、安くても一回4000円は飛ぶ。もちろん支払いは男持ちだ。男女平等が叫ばれる昨今であるが、婚活では関係ないらしい。交通費だって地味に痛い。

トータルで「面接」した人数は50人はくだらないと思う。しかし、未だに婚活は終わっていない。

俺が求めるレベルの女には、一次「面接」で切られてしまう。そのレベルに達していない場合だと、付き合うところまでいけそうということも何度かあったが、どうしても本気になれず、最後まで続かない。

もう本格的に婚活をはじめて3年になる。最近は、周りの友人なども結婚しているやつが多くを占めてきたし、子供ができたというのもFBなどでよく見かける。そういうのを見ると、自分は何をやっているんだろうと思う。俺はちゃんとした家庭を持つことが幸せ重要な要素だと考えているので、何のために生きているのだろうという思いにかられることもある。「面接」がうまくいかないのはコミュニケーション能力が低いせいもあるのだろう。そういえば、うちの親はどちらもコミュニケーション能力に乏しい。遺伝なのか育った環境問題なのか。くそ

しかし、あきらめない。絶対にいい女を捕まえてみせる。

仲の良い友人の1人はそこそこの女で妥協した。しかし、俺はそんな情けないことはしない。

そう思いながら、今日スマホで女の写真を眺めては、取り憑かれたように「いいね」をしている。

クリスマスも年越しも一緒にいてくれたのに

いまだ友達から進んでない。

思いは一応伝えたが、笑ってごまかされる。

元々彼女リア充過ぎる半面、俺が非リア充なので

今一歩積極的に踏み出せてないのもある、、なんで仲良くしてくれてるかわからんし。。

環境の差もあるんだろうけどなぁ

結構いい年なのにこんなことに悩むとは思わんかった…

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113163629

そこでマンションお勧めする。

 

洗濯の話とズレるけど産後友達発言

「里帰りで実家に帰ってるときより、2Kマンションに戻ってきたときのほうが

夜中の授乳がラクになった」と言ってたので。

 

実家一戸建てでさすがに間取りまでは知らんが

2F寝室→赤子泣く→1F台所でミルク準備→以下繰り返し…という動線だったらしい。

後輩が辞める

職場の後輩がやめるらしい

求人票と何かをまとめてる姿にピンときて、本人に直接聞いたらじつは、、という形で聞いた。

悲しい。

何が悲しいって色々あるけど

仲良くやってたつもりの後輩が職場からいなくなってしまうってこととか

あとはそんな仲良くしていたはずの後輩がわたし相談してくれなかったこととか。

あとは次入ってくるであろう人がどんな人か、使えるかどうかもわからないし怖い。

でもなにより、辞める理由を聞いた時の

『4年 も 働いたし、25歳は色々考える年にしようと思って』という言葉、、、

わたしもう今年27になるし6年目なんですけど、、ってなった

そりゃ、人生の転機は人それぞれだし25になったときに何も選択しなかったのは私だけど

後輩は25になったから新しく行動しようとしてるのに、私はこの歳でなにもしてなくて大丈夫なのか?っていう漠然とした不安がすごくて泣いた

後輩には寂しくて〜って言ったけどあれは半分嘘である

自分のこれから人生不安すぎて泣いた。

後輩は顔も可愛い仕事もできるし友達も多いし性格もいいし優しい彼氏もいるしなんでも順風満帆って感じでいつもコンプレックスだった。

そうやって退職の時まで自分のやりたいようにしたいように去っていくんだねと憎らしく一瞬思って、なによりそれを憎いと思うわたしの器の小ささよ、、、

もう自分比較する対象にしてはいけないっていろんな人に言われてわかってはいたけど、どうしても同じ職業同じ職場歳も近いってことに親近感感じて比べてしまってた。

それももう終わるんだなって思うと少し良かったのかもしれないな、、

周りの人と比べて自分はこんなに不幸だからこれから人生どうやっても幸せになれない、、とか落ち込む癖をどうにか変えられたらなあ

自分が嫌いで、後輩のやること全部鼻に着くときとかもあってわたしはそんなにいい先輩ではなかったな。


最後の日まであと2ヶ月くらいあるけど、少しでもいい先輩だったなって思ってもらえるようにしたいな〜

http://anond.hatelabo.jp/20170112234708

別れたほうがいいよ。

18歳年上バツ2モラハラ男と付き合ってた友達相手の気まぐれでわざと妊娠したのに結局堕胎させられてた。

モラハラ男はそれくらいするよ。

友達は今はモラハラ男と別れて相手変えて結婚して、すごく幸せになってる。

モラハラ男と付き合ってる頃はどんなに私達が反対しても聞き入れてくれなくて本当に悲しかったなぁ。

長く付き合ってる周りの人の意見は大切にしてね。

芸人との関係暴露して2chでリンチされ自殺したAV女優

麻生美由樹さん

あんなのどう考えても屑芸人どもがお友達動員してリンチしてたよな

なぜか2ちゃんねらーのせいにされてたけど、本人が自殺予告を書き込んだスレすら日に平均5、6レスくらいしか書き込まれない過疎スレ

他のアンチももっと過疎ってる

はっきり言って2chで炎上してた、なんて勢いじゃない

4、5人さえ居れば簡単スレの流れを支配できる

芸人との関係暴露しただけのAV女優2ちゃんねらー固執する理由不明

やっぱ芸人関係者か、その取り巻きの一部がやっただけって感じだ

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