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はてなキーワード: 焦燥感とは

2017-04-16

普通に生きれるようになってきた

少し前までの私は、常に焦燥感と緊張の中にあった。

集団から外れたくなくて無理に笑い

寂しい人間だと思われたくなくて予定を作り

街中を一人で歩くだけでも見知らぬ人の眼差し意識してしま

家に帰ればぐったりと疲れていた。



当たり前だ。自分から疲れるような生き方をしていたのだ。

でもそういう強迫観念から逃れる方法が、分からなかった。

「誰も自分ことなんて気にしてない」と、何度心の中で繰り返しても無駄だった。



原因として思い当たるのは、中学時代

少し変わった行動を取るだけで、陰口を叩かれたり、笑われたりした。

たとえば声がひっくり返っただけで

前髪を切りすぎただけで

ラケットの振り方が変なだけで。

今思えば下らない話だ。表立ったイジメとかじゃなく、ただの噂程度。でも当時は監視されてるような気分だったのだ。

自分では気づいてないけど他人から見れば変なのかもしれないと、歩き方さえ気になったこともある。ノイローゼじみていた。



友達ダメなところを指摘してもらって、自分なりに直しても笑われるから友達のことも疑うようになった。

言い辛いから、ちゃんと指摘してくれないんじゃないかとか

優しいから、気にしないで居てくれてるだけなんじゃないかとか

本当は心の中で、変だと思ってるんじゃないかとか。

一度疑ってしまえばその後に新しく出来た友達恋人に対しても同様だった。完全に信じるということが、できなかった。




だけど今やっと、他人にどう思われてもいいやと思えるようになった。

自分の中にこびり付いていた自意識過剰が、やっと、剥がれ落ちてくれた。

知らない人ととも自然に目を合わせられるようになった。

服屋の店員に話しかけられたとしても、息が詰まる思いをすることがなくなった。

自信はまだそれほど身についてないけれど、とりあえずマイナスから0程度にはなった。

仕事でもプライベートでも、あまりかいことを気にしなくなった。

死にたいと思うこともなくなった。



治るまで随分と時間がかかってしまったなぁ、という気がするし、

色んな面で人より遅れをとってしまった気もするけど

あいいや、と思う。

私は私に合ったペースで、焦らずゆっくり生きていこうと思う。

ソファを買った。また生きていける気がした

たまの休日。少しでも外に出ないと気が滅入る。平日は仕事が忙しくて外の空気すら吸えない。本音を言うとぐったりと寝ていたいのだけれど、休みすら壁の内側にいると、人生がすり潰されていく焦燥感仕事の辛さ、コミュ障ゆえの寂しさに耐えられなくなってしまう。だから外に出るのだ。


その日はとくに行きたい場所もなく、ただ食事と買い出しをするためだけの予定でショッピングモールに寄った。ふと目についたのは、閉店セールをしている中堅家具屋。移転のため在庫ゼロにしたいらしく、いつも広い売り場いっぱいに家具が置かれていたはずのスペースはがらんどうになっており数点の家具が残るのみだった。そのうちの一つが今回のソファ。通常数十万円の品だが閉店まであと数日というところで70%引きと破格の値になっていた。

ひと目見て気に入り、ぼんやりと目分量で自分の部屋に入りそうだったので契約してしまった。家の中は足の踏み場もないほぼゴミ屋敷だが、なんとかなるだろうと思った。とにかく環境を変えたかったのだ。配送は翌週末である



翌日の月曜日仕事はいつもと同じく、とても辛かった。ただ帰ってきてソファのことに思いを馳せたときに少し変化があった。メモしてきた寸法をもとに配置を考えて、酷い環境の家をどう変え、どういう間取りにするか考える。それが楽しかった。


その次の日、仕事ソファのことで頭がいっぱいになった。職場メモを使って家具テトリスゲームをして、ハッと我に返り早く帰るために仕事を頑張った。帰宅後、テトリスの結果ここだと思った場所を空ける。ゴミを集め袋に詰め、下にたまったホコリを取る。いつもはとても平日になんかできない掃除が、ソファという目的を持ったことで楽しいものになった。


それからの日々、仕事が、いや世界景色が一変した。ソファ、早くこないかな。そんな思いを中心に仕事も買い物も、そして家の掃除洗濯もすべて楽しいものになった。窓や水回り、そして玄関までピカピカにした。買い物一つでここまで変わるのかと自分でも驚いた。早く逃げ出したいと思っていた仕事に身が入り、どこか遠くに引っ越したいと思っていた空間がまるで新居のようになった。そしてぽっかりと開いているソファの予定位置。今週末ここにソファが来るんだ。そんな初恋にも似たドキドキする感情が僕を突き動かした。


今日ソファをお迎えした。結局、テトリスゲームで予定していた場所では座りが悪く違う位置に移動したけど、そうしたハプニングさえ心地よいものに思えた。ソファの上で本を読み、そして増田を書く。漏らした話とかくだらない煽り合いとかを投稿していた増田に、こんな明るい話題を書く日が来るとは思わなかった。


少し高いソファを買った。そしたら人生が楽しくなった。これからしばらく節約生活をしないといけないけど、でもそれも楽しいひとときとして生きていきたいと思う。

そうだ、転職もしよう。

2017-04-13

杏は大病を患えばいい

モバマスの第6回総選挙が始まった。

が、低レベルへたれ杏Pとしては「どうせ1位になれないしなぁ」という気持ちがぬぐい去れない。

このままだと、たぶんずっとそうだろう。

杏は安定した人気がある。

しか最近の流れからして、このまま安定しかしない、むしろこれ以上になることがないとすら思える。

なぜなら、杏の抱えていた課題が、きらりとのハピハピツインで解消してしまたから。

そして、じゃあ今後ハピハピツインの盛り上がりがあるかと言ったら、「シンデレラを目指すアイドルたち」という物語性質上難しい。万が一なにか展開があっても、ハピハピツインとしてであって、杏ひとりではない。

モバマスの続いている間に、1度でいいか担当アイドルが1位に輝く瞬間を見たい、というのは多くのPに共通の願いだと思う。

どうすれば、杏が1位になれるか考えてみた。

結果、杏には大病を患ってもらうしかないのではないか、という結論に至った。

そもそも杏はやる気がない、でもやるときはやる、という姿が世界一可愛いアイドルだった。

しかし、マンネリとハピハピツインの結果、「どうせ口ではなんと言おうと、単なるポーズであって、ちゃんとやるんでしょハイハイ」という安定ポジションに至ってしまった。

そこで、安易ではあるが一旦『口でなんと言おうと、本当は頑張りたくても、けして頑張れない状況』に置いてみる。

最初杏は、体調が悪いながらも休めることを喜ぶような発言を続ける。

半分本心で、もう半分は心配させまいという優しさを感じさせる配分で。

そして後半のエピソードで「やりたくない何もしたくないない」言っていた杏が、無理をして、動かない体に鞭打って、必死ステージに上がろうとする姿を見せる。

なんなら止めようとするきらりを振り切る場面を作ってもよい。

なんだかんだでステージをいつも通りのようにやり遂げて、幕が降りると同時に倒れ、エピローグ的なもので「頑張った分1年くらい休ませろ」ちゃんちゃん、みたいな。

その後は、単なる安定ポジじゃなく、だらけた姿勢の中に、心の翳りとか、焦燥感とか出せば個人的宇宙一可愛いと思う。

そんなわけで、運営は加蓮から消えかけてる病弱要素を杏に与えてくださいお願いします。

2017-04-11

やりたいことを見つける

大学二年生になった。

一年生のあいだはサークルに入らず大学友達も少ない学生だった。

サークルに入らなかったのは、いわゆる"ノリ"が苦手だったから。新歓にそんなに行ってなかったしお酒を飲んでどんちゃんしたり、とりあえずただ盛り上がって楽しいと思えず大学生のノリね(笑)という冷めた目で見てしまっていた。

当時はとりあえず入らないとなと思い高校の頃やっていた軽音を続けようと入ったが、大学生のノリやはじめにとりあえず組まされたメンバーが好きになれずすぐに辞めてしまった。

一年6月カフェバイトを始めた。それがまあまあ忙しくてとくに暇することもなく、バイト仲間とはたまにご飯を食べに行くくらいに仲が良かったし満足していた。

二回になって、急にバイト先の人件費削減とやらでシフトを大幅に削られることになった。自分必要とされていないことをひしひしと感じイライラしてきたし、どこにも居場所がなくなってしまうと焦燥感もある。

また、サークルに入ってみようと改めて思ったがスポーツも好きでもないし何かしたいことがあるわけでもない。自分がしたいことがよくわからなくなってきた。

自分探しの旅に出ようかなとか、習いごととか始めようかなとか思うけどほんとうに目標が持てない。

女子校育ちで女の友達はいっぱいいたけどみんな変わっていくし自分は置いてけぼりだし、恋愛もこのまま一生しないのかなとか思ってしまう。

やりたいことを見つけて輝きたい、熱を持ちたい。家で何もしてない時が一番楽しいとかやめたい。

がんばろ、。

2017-04-03

夜の公園にわく若者の追い返しか

暖かくなると虫のように若者が夜の公園に集まって騒ぐ。飲食タバコ遊具破壊ゴミ散らかしまでは目を瞑っていたけれど、今日花火をしていて怖かった。まだ空気は乾いている。

大体は高校生くらいの男の子たちで、まだ肌寒いだろうに夜中に集う場所がないんだなと一瞬肩入れしてしまう。下手なハモりの「セロリ」が聞こえたときは、逆に切なくなってしまった。やっていいこと/いけないこと/やりたいこと/期待されていること、入り混じって焦燥感があった年頃を思い出してしまう。カッコつけたかった若さを思い出して恥ずかしくなってしまう。

しか現実問題、彼らは迷惑だ。うまい棒スーパー照り焼き弁当マルメンクズが散らかり、すべり台ボコボコにされ、氷結ストロングの空き缶、スミノフの空き瓶が転がっている。砂場には意味不明な巨大な穴が空き、ダンボールがそこら中に散らばっている。

さて、大人としてあの子達に注意しないといけない。なんて言おうかな。どうやったらいいかな。速攻警察に連絡でいいのかな。そんなんじゃモテないよ超ダサいってフワフワしたガーリーな格好で言いに行ったら引っ込むかな…

ソニー株式会社退職しました

表題の通り、数年勤めたソニー株式会社退職しました。

個別具体退職理由はいろいろあってそれらは後述しますが、退職を決めた基本的理由は、個人的キャリアパス設計会社方針ミスマッチ労働観のミスマッチ技術投資の考え方のミスマッチの三点に集約できると思っています

キャリアパス設計会社方針ミスマッチ

私はソニーソフトウェアエンジニアとして働いていました。

ソフトウェアエンジニア(を目指す人間)にとってソニーと言えば、"自由闊達理想工場"、エンジニア自由活躍できる会社日本メーカーなのにソフトウェアもちゃんとつくれる会社、などのイメージがあるかと思います。私もそう思っていました。

実際会社説明会などでそういった説明しましたし、そういったイメージを前提に私はソニーを選び、「エンジニアとしてプロフェッショナルになる。品質が高く、お客の求める体験を作り出せる人間になる」というふわっとしたゴールを設定し、いわゆる"プログラマ 35 歳定年説"をガン無視した一生エンジニアキャリアパスを描いていました。

しかし、会社の求める人材像、少なくとも自分が配属された事業部で求められる人材像、キャリアパスは、上記と全く異なるものでした。

昇進の段階としては、現場業務(エンジニア)は基本的に常にマネジメント業務(中間管理職)に対して格下に位置得付けられており、一部オーバーラップする部分があるものの、昇進する = エンジニアをやめてマネージャーになるという状態でした。退職の原因になった上司からも「君は優秀なんだからプログラミングみたいな低俗なことは早く辞めて人を動かせるようになれ。私が引っぱりあげてやる」(意訳)といったようなことを言われ、自身の「エンジニアとして生きる」というキャリア設計との相違は明らかでした。

もちろん、組織としてスケールするために、エンジニア経験を活かしてマネジメントに移行することは否定されることではありません。ですが端からエンジニアリングマネジメントになるための踏み台として"しょうがなくやるもの"として扱うことには強い違和感嫌悪感がありました。

退職の際の送別会で、部署の中でもエンジニアとしてレベルが高いと感じていた40代の先輩が、「ソニーではエンジニアリング評価されない。俺はその方向に進んだけれど、給料最近下がる一方だよ。君はい選択をした」と言っていたのが、未だに記憶に残っています

労働観のミスマッチ

はいわゆるライトオタクで、アニメゲームが好きでコンテンツを消化する時間無限に足りないと感じていたり、自分で何かを考えてものを作るという絶望的に時間を食う行為も好きだったりして、ともかく余暇時間の確保が人生重要課題です。

うご推察されたことと思いますが、ソニーでの私の労働時間はそれなりに長かったです。企画ビジネスユニット主導のスケジュールに開発部隊は圧殺されて、長時間労働常態化していました。私も残業時間が 90 〜 100 時間程度の月が 3 ヶ月ほど続いたこともありました。部署の先輩には、残業時間の"平均"が100時間という方もいましたし、月の半ばで法規制が許す残業時間を"使い切ってしまう"ため月の中盤以降は"定時に帰ったことになっている"デバイス系の同期もいました。正直に告白すれば、私もチームリーダーに「打刻してから席に戻ってこい」と言われたことがあり、そのチームリーダーは次の日悔恨の表情で「昨日言ったことは忘れてくれ」と言っていましたが、数カ月後に突然辞めました。

前述の通り、趣味時間人生の意義になっていた私にとって、これは体力的だけでなく精神的にも非常にダメージの大きいものでした。上司からの「君のチームが他のチームに比べて残業時間が少ないので、(労使交渉で通常の上限の)60時間まで残業時間を埋めてほしい」という指示が決定打となり、退職を決意するに至りました。

技術投資の考え方のミスマッチ

昨今の、シャープ東芝等のニュースで明らかになっているとおり、大企業から安泰ということはもう過去の話です。そのため、自分市場価値を高めておく必要があると私は強く感じています

しかし、会社エンジニアリング軽視であり、またその昇進先であるマネジメントについてもお世辞にもプロ仕事とは呼べないものであり(残業100時間を続けないといけないマネジメントとはなんでしょうか?)、ソニーで働き続けることは私の「労働市場自分市場価値を高める」という方針にとってリスクしかありませんでした。

人事担当者に、現在キャリアパスについて不安があるという相談をしたときにも「増田さんがソニーで(定年まで)働き続けることを考えると〜」のような発言をしており、会社がなくなる / 現状の待遇が維持されなくなるというリスクは全く考慮されておらず、いかにただただ嵐が過ぎるのを耐えるかという発想しかありませんでした。

エンジニアリングについても、昨今の汎用チップスペック的に見劣りする高額のカスタムチップの開発、そのカスタムチップを使いこなすための C / アセンブラによる手動の最適化といった"職人芸"に対する信仰、大量のテスターを雇っての人力テストなど、エンジニアとしてのセンスとしてやや疑問符がつく、ともすればレガシーな開発手法がまかり通っていたりと、この技術職場適応したとして、その人物一般的問題対応できるだろうか?その人物市場評価するだろうか?という疑問が拭えませんでした。

また、業務時間がまるで足りないからとコードレビューすらろくにできないので知見がたまらない、時間がないので勉強もできない(しない)、もちろん職場で最新の技術に対するディスカッションどころか雑談すら成り立たない、という状況で、私がこのような職場業務忙殺されている間にも、世界エンジニア勉強技術力を高めているのかと思うと、相対的自分市場価値を毀損されていると感じ、焦燥感にはちきれんばかりの思いでした。

転職

こういった不安・不満があり、また会社の期待にも応えることが難しいということで、先ごろ無事ソニー退職し、新しい職場で働き始めています。新しい職場は上記の 3 要件についてよくマッチしていると感じており、心穏やかに働けています。幸い年収も多少増える結果となりました。

色々書きましたが、これらはソニーが悪い会社だと言う話ではなくミスマッチだと思っています。上記の内容はすべて私の価値観を元にした一面から評価になっており、他方でここで挙げたような会社の考え方(マネジメント優先・仕事優先・安定優先)に同調・納得できる方もいると思います。残念ながら私とはミスマッチだったというまでです。

また、あくまでこれらはソニーという(さらに言えば自分の配属された事業部という)組織に対する評価であり、尊敬できる先輩・同期もたくさんいましたし、そういった方々と出会えた、幸いにして現在も仲良くしていただいているということは、本当にありがたいことです。

みんながしあわせになるといいな。

おもしろ案件お気持ち表明

ここからは単なるおもしろ案件共有コーナーです。

内定もらった時の風景は今でも覚えていて、友人と一緒に出かけていた先で内定通知の電話がかかってきて、本当に2人で喜んで、とても嬉しかったのを覚えている。どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ。

ものつくりの現場で、エンジニアリングバカにされたのは悲しかったなぁ。私がいる間だけでも、ものが作れなくなっていってるのが感じられたのも悲しかった。

2017-03-31

収入生活ゆとり雑感

独身一人暮らしの男。家賃は13万



一社

(手取り-家賃)=26万

新卒で仕方ないとはいえ、全く余裕がなくかなりつらかった時期。

26万から奨学金の返済や生活費の支払いをすると大体月に5万程度しか貯金できなかった。

5万円でも貯金できていると思うかもしれないが、不安定職業なのでこれでは全く足りない。ちょっと旅行に行けば数万円単位で吹き飛ぶという問題もあった。それで焦燥感を覚えて数百円単位節約して貯金しようとしていた。

1000円のランチを食べるのをやめて500円の弁当を食べたり、友達と飲みに行ってもできるだけ金の掛からない店に行ったり。今から思えば全く無駄努力だった

入社してから退職まで昇給ボーナスもほぼ無かった



二社目

(手取り-家賃)=48万

転職でそれなりに給料が上がって圧倒的にゆとりができた。

といってもすぐに生活水準を上げたりはしなかったが、毎月20前後貯金が増えていくのを見るにつれ細かいことを気にするのはやめた。

数万単位の出費は少し考えるが、1万以下なら悩むだけ時間無駄というスタンスで金を使うようになった

外食も値段に見合っていればランチ3000円、ディナー1万円くらいまでは許容範囲。もちろん毎日そんなに使うわけではないが。



現在

(手取り-家賃)=59万

昇給で更に楽になった。といっても手取りにして10万くらいしか変化していないので生活水準はあまり変わらない。

10万くらいの物を買う時の躊躇が多少減ったくらいだろうか。

それを除くと貯金の増える速度が速くなったくらいだ。だいたい月に30万ほど貯まっている 。

これとは別にボーナスもあるが、不安定なのとボーナスが入ったから何かするという事はないので割愛



ここから先は給料が多少上がったくらいではもう何も変わらないんだろうな、という感覚がある。

贅沢ができる回数は増えるだろうが、金持ちができるような贅沢にはどの道手が届かない。

東京いるから車も必要ないし、マンションを買う気もない。悠々自適生活できるほどの金が貯まるとも思えない。



どうしたものかな

女になりたい元増田より III

IIの続きです



コメント群 XIII:その他

共感してくださる方、自分も頑張ると言ってくださる方がいらしたこともまた救いでした。ありがとうございました。

  • ぼくも異性に認められる自分に変わりたい
  • ちゃんと男になりたかったけどなれなかった。もう疲れた

わたし自身が願望と現実の差に疲れ果てて書き込んだ身なので、大きなことは言えません。一緒に前に進もうとすることくらいしかできませんが、わたしがここで救われたように、それが少しでも励ましになれば幸いです。

自分肯定し、人としての自信を持っていきいきと振る舞える女性になれたとき、どこかでお会いできたらいいなと思いました。

あん書き込みでもお役に立てることがあってよかったです。

  • 年上好きは堂々と言えるから羨ましいよ。年下好きだと淫乱扱いされるからね。

年下を好きな方に対して、そういった扱いをされる方がいらっしゃることに驚きました。自分が年上の場合、見栄を張ってしまったり、助言を素直に受け入れづらい場面が増えるのではという印象があるため、わたし個人としては器の大きい方なのだろうと感じた次第です。年下を好きな女性、素敵だと思います

名曲しか言いようがありません。わたし主体性というオールをしっかり握りしめていきたい。

  • 異性からそういう目で見られることを嬉しいと思えるか、向き合えるかどうか。努力してないから、と素直に認めずに済む言い訳されそうでしんどい

言い訳をせずに向き合うことも、これから自分次第ですね。自分なりに努力をしたから、と、そのとき自分を認められるように頑張ります

人の手を汚すことでも自分の手を汚すことでもないと思うので、搾取された以上のものをこれから積み重ねていきたいです。

  • 20代後半なりの見場の磨き方というのはあるし、そのための情報はなんぼでもあると思うのだが、なんでそこが皆目わからないって話になるんだろうか。誰かに“お前は無理だよ”って言われたいのか。

書き込みをしたときの心境から言えば、二度と立ち上がれなくなるくらい叩かれたいという自暴自棄も多分に含まれていました。

結局そのあたりも、自分自身で動こうとしない傲慢さの表れだったのだと感じています

身近な成功例にばかりとらわれていたのだとつくづく思います

人としての在り方自体も考えていくべきだと痛感したので、人間性の充実をはかりながら向き合うくらいで丁度いいのかもしれません。

  • あなたみたいな人はきっと見えていないだけでこの世界にたくさんいる。一人じゃないよ。ショーケースに並んでいだ彼女だってあなたのように悩んでいたかもしれないのだよ?

コメント拝読して、あこがれが度を超え親友たちを神聖化していた面もあるのでは……とはっとしました。親友だと思っていたわりに、彼女たちときちんと向き合うことも放棄していたのかもしれません。

一人ではないことに気がつけたので、いずれは同じ思いを抱えた人のことも支えられるようになれたらと思います

だったらわたしも笑い飛ばしてすむ話だったんですが、いかんせん現実なのでこうなりました。

なんの救いにならないとしても、理解することで視界が開けると世界は大きく変わりました。ありがとうございます

  • 「愛されるよりも愛したい真剣で」

こちらもまた名曲ですね。人を愛することもそうですが、自分を愛することに対する能動性も身につけていきたいところです。

そんな未来自分で掴めるように、自分も人も愛せる人間になりたいと思います

人間には何かしら欠点があるという当たり前のことを知っていながら、自分問題になった途端そのことをすっかり忘れていた気がします。友人たちとは長所短所もひっくるめての付き合いですし、恋愛からといってそれが適用されない道理はないですね。

10代の頃に少しプレイしていたのですが、主人公自分を重ねてキャラクターに愛してもらう、という感覚になりきれず途方に暮れた思い出があります

心底そう思います。ありがたいことです。

  • 自覚がないようだけど「女としての自信がない」のでなくて「人として愛される自信がない」。わざわざ愛されない方を選んでしまう。回避愛着スタイルの持ち主。

自分でさえ見えていなかった本質言語化していただきコメントを前に何度も頷きました。自分人間性自分が一番信用していなかったのだと思います



コメント群 XIV:まずは行動
  • 方向性が定まったようなので、あとは足を進めるだけかと
  • ゴチャゴチャ言ってないで、自分を好きになれるよう、自信が持てるよう、自分のために動いたら?言い訳してても人生変わらんよ。まずは髪型変えてみたり、可愛い服買ってみたり、色々行動だよ。春ですし。
  • 内面なんぞとりあえず置いといて、まず服装、化粧、ヘアスタイルと、物理的に女性らしくなる努力をするべし。1ヶ月もあれば変身できる。それをしないで、性的魅力がうんぬんはただの甘え。
  • がんばれ
  • 頑張って下さいとしかいえない
  • 後悔先に立たず。結果論でクヨクヨしてもしゃーない。これからに生かそう

はい。いただいたコメントを糧に前を向きます。できることから一つずつ。



さいごに

すべてのコメントを挙げさせていただくことが叶わなかったにも関わらず、まとめただけでもこれだけのお言葉をいただいたのだと改めて実感しました。

自分自身のことさえ見えずに(あるいは見ようともせずに)自尊心や願望を書き散らし、傲慢さを振りまくばかり。あの書き込みは見るに堪えない内容だったことと思います

そんな書き込みでも、さまざまなコメントをいただいたこと。そこから多くの発見が得られたこと。これから自分を考える切欠をいただいたこと。前を向く力をいただけたこと。

マイナスの部分しかない内容でしたが、不格好でも外に向けて自分表現したことに対する成果としては身に余るほどの幸いです。



冒頭の通り、元の書き込みも、この書き込みも、今後立ち止まったときのための戒めとして残しておきたいと思います

一朝一夕に変わっていくことは不可能でも、今のわたしを大切にした時間の先に、これからわたしがあるのだと知りました。

次に増田書き込みたいという意欲が湧いたときには、人生楽しいぞ!という話ができる素敵な人でいられるよう毎日を重ねていきます

本当に、ありがとうございました。

2017-03-24

面接に落ちまくるのは多分…

http://anond.hatelabo.jp/20170320222848

http://anond.hatelabo.jp/20170321121632

今更だけどこれを読んだ

面接に落ちまくるのは多分焦って手当たり次第応募してるからじゃないかな。

 

仕事も人も縁。だから闇雲に応募するよりも数点集中で、受かったら本当に働きたい

と思うところに誠心誠意自分の想いとやる気をぶつけた方がいいと思うよ。

 

私も最初不安焦燥感から手当たり次第応募してたけど、面接行くだけで疲れちゃって。

まり気乗りしない仕事面接に行っても表面上はきちんと受け答えしていても気持ち

入っていないっていうか…そんな感じだった。それは受からないの当たり前だよね。

 

ここで働きたいというのが伝わらない人を雇う会社はよっぽどのスキルマスターじゃないと無いだろうし。

しかも、運良くいざ合格してもあまり嬉しくなかったりして辞退した会社も数社。

 

多分元増田もそんな感じなんじゃないかな。

焦って大量に応募しても意味がないって気づいたら少し楽になれるよ。

多少条件が良くなくてもスキルが足りなくても、自分がしたいと思う物に応募した方がいいと思う。その方が面接の時に気持ちを込めて受け応え出来るはず。

 

努力して真面目に生きていれば必ず願いは叶うって言い切ったらたしかに嘘になるけど、それでも努力しない不真面目な人を雇いたい会社は無いはずだよ。

元増田に足りないのはたぶん自信。元増田が真面目なのも努力する人なのもあの文章からでもわかるから

ブコメでも言われてるけどもっと自信を持っていいと思う。

2017-03-20

結婚と死

結婚する。昨日、双方の両親と会話した。そこに反対はなく、ただ祝福の言葉が届いた。帰ってから私は何故か感情抑制がきかなくなり、とめどなく流れる涙をどうすることもできなかった。ブレーキが壊れたように嗚咽をあげていた。

物心ついたときからずっと精神を病んでいた。いつも孤独焦燥感が私を支配するのだった。だから、静かに死ぬことだけを考えていたのに、今は人生ではじめて孤独を奪われてしまった。彼女は語りかけながら、傍らにいて、そっと頭をなでてくれた。

私はもはや死ぬという選択肢を自らの意思にもとづいて取ることがなくなった。今や私は死ぬことの選択を外部に委ねることができる。それは死ぬという選択肢を、「人に求められなくなったとき」――それは自らの決定に於いてではなく最愛恋人に委ねることが出来るということだ。

彼女がいるということで、私のコンプレックスであった「誰にも求められていない」という滑稽な空想否定されるわけだから、私はそれに基づいて自ら死を下すという決定を行うことができない。

出会ってからそんなに歳月を経たわけではないが、間違いなく最愛の人、であるわけだし、そういう人の手によって自分の、かつてのでたらめで無秩序な生が肯定され、死が滑稽な妄想のように扱われるのは、嫌な心地がしない。ずっと誰から必要とされることなく、誰にも愛されることのない、徹底した不干渉、それこそが自らの求めるものであったのにもかかわらず、今はその制約こそが幸せだと思う。そうして死の権限移譲された。

彼女は私がいなければ死んでいたと言ってくれた。何度も言ってくれた。愛の告白にしては些か荷が重いが、それでも、私ですら時として人を救えるというのは、自惚れに近いが、素直に嬉しいのかもしれない。

間もなく結婚だ。式は挙げない。一人で死ぬよりは幸せな結末をどこか期待しながら、今日は二人でカフェにでも行こうと思う。

2017-03-19

実家暮らし24歳の一人っ子だが遠い夢棄てきれずに故郷を棄てたい

今年25歳になる女で、地方暮らし高卒

資格運転免許ITパスポート(笑)

彼氏いない歴=年齢の人間のクズ

父は数年前に亡くなって、母のことは嫌いなんだけど高齢だし、ほっとくのもどうかと思ってる。

今の仕事刺身の上にタンポポを載せるような仕事で、クソみたいな給料でこき使われてんだけど、人間関係には困ってなかったからやめるやめる詐欺でずっと働いてきた。それが最近ハロワで変な噂(だいたいあってる)が流れてて、そのせいで日本人が入ってこなくなって、ろくに日本語もできないような外人さんを、面接(笑)採用して、わずかに入ってくる日本人も、なんかこの人ほかに行くと来ないんだろうなぁって池沼しかいないしで、クソみたいな中国人犬猿の仲になったりで、やめたい。新卒も二人とも屑だったしさ。さっさと辞めればいいのに。

からさっさと辞めたいんだけど、年金暮らしの母を扶養に入れてるから、なかなか一歩を踏み出せないでいる。

任意継続を選べば、2年間は母の保険証は手に入るけど…

から親に稟議を出すのが苦手で、あれがしたいとかこれがしたいとか、自分意見さらけ出すのが苦手で、遠い夢捨てきれずに故郷を棄てたいんだって言えれば楽なんだけど、MPが足りない。

昔夢見ていた職業があって、それをずっと忘れてたっていうか、言い出すのが恥ずかしかったっていうか、ってんで、今は刺身の上にタンポポを載せる仕事に甘んじてるんだけど、それももう6年目…

学生の時はパソコンの大先生(笑)で、趣味プログラミングちょっとできたから、お前はそっちに進めとか周りに言われてて、でも数学がてんで駄目だったからやめたんだけど、今ちょっと触ってみようと思っても、全然筆が進まない。エディタ開いて、やっぱいいやって。能無しみたいにホッテントリニコレポとtwitterFB巡回して、転職先でも探せばいいのに、ばかじゃないの。

こんなんだから上京したって無駄貯金食いつぶしながら故郷にも帰れず、クソみたいな30歳になるんじゃないかって、かといってこのままだらだらと今の生活を続けていても、クソみたいな30歳になることは明白だし。仮面夫婦な親を見て育ったので、結婚なんてできるわけないし。

もう少し強くならなけりゃ時の流れに負けてしまいそうだっていう焦燥感が常に襲ってきてて辛い。

私みたいなのが友達もいない東京にふらっと出てきて、生きていけるのか、だれか教えてほしい。

このままじゃ嫌なんだ。

追記

遠い夢はIT関係じゃないんだ…

2017-03-15

毎朝ぎりぎり出社の運用エンジニアです

今日会社障害対応

最近やっているプロジェクトはつまらない。

今やっている仕事の50%は運用プロジェクト関係

運用なので実装や開発ということもなく、何かシステム修正があればテスト、というような感じ。

障害も頻発するわけではないがそれでもつらい。

先輩はいい人で色々教えてくれるので、勉強になるからその点はうれしいのだけれど、

やっぱり運用プロジェクトというせいかモチベーションが上がらない。


最近は毎朝起きるのも遅い。

乗る電車もいつもぎりぎり間に合う電車


以前は出勤時間の3〜4時間前に起床して、好きなプログラミングをしたり

本を読んだり、ランニングをしたり自由に過ごしていた。

会社にはみんなよりも1時間早く来ていた。

きっとその頃は仕事が楽しかったのだろう。

会社に入ったばかりでやることはどれも新鮮。

少し難しい仕事も任されるようになってきてモチベーションもあったと思う。

仕事楽しいだけでなく充実感があった。

それが今では不思議と朝起きたくないのだ。

起きるのがつらいというか億劫

別に疲れが溜まっているわけではない。

目覚めは悪いどころかいつも目はぱっちりしている。

でも起きれない。ぎりぎりまで布団の中。

そして時間ぎりぎりになると焦燥感を感じつつのっそり布団から起き上がる。

まり憂鬱なのだ会社に行くのが。

この状況を打破するにはたぶん運用プロジェクトをやめるしかないのだろう。

今ではどうせ朝早く起きれないなら深夜までずっと起きていようか、なんて考えている。

会社をやめていく同僚にも言われたが、運用やってるとだれてくるらしい、私生活が。

そういって同僚はフリーランス転職した。

今では職場でも私生活でもいきいきしている。うらやましい限りだ。

自分フリーランスにはなろうとは思わないけども、少なくとも今のプロジェクト半年が限度かなーとは思ってる。

同じ環境にずっと居ても成長できるか不安だし。

それに自分市場価値はどんどん上げたいと思っているし、会社だけでなく会社の外でも評価される人間になりたい。

そういう意味でも今の運用プロジェクトに長く関わるのは、正しい選択ではないように思う。

運用プロジェクトの残念なところは、仕事の大半が顧客対応コミュニケーションコストでつぶれること。

特にお硬いお客さんだと本番作業をする度に、申請書類を書いて作業日の何日か前に提出しなければならないだとか。

障害対応であれば書類に発生日時や発生事象、発生原因、顧客影響、業務影響、対応策、横展開対応、再発防止策、etc..

なんてことをつらつら書かなければいけなかったり。

なにより障害が発生したらものによっては休日にも出勤しなければならないこと。

まぁ自分はその経験はまだ一度もないけども。ただ障害が起きて帰りが遅くなった時は本当に疲れる。

体力には自身があるけども精神的にはわりときます。人によるのかな?

つらつらと運用プロジェクトについてネガティブな事を書いたけども、悪いことばかりではない。

運用プロジェクトでは顧客対応必須だ。なので顧客との話し合いは上手くなる。

あと、運用エンジニアには広範な知識が求められる。

例えばフレームワーク脆弱性が発表されれば、どの程度影響があるのか、どのような対策を取れば十分か、そもそもどんな対策がとれるのか、とか。

ハードウェアミドルウェア障害が起きればそれに対する知識を駆使して対応を行う必要があるし、

ドメインが変わった、IPアドレスが変わった、となればシステム運用保守作業で影響がないか調査する必要がある。

なのでそのような対応を考える機会があるので勉強にはなる。

他にも必要知識として、プログラミング言語SQLはそこそこかけて、DBクライアントLinux操作、その他ミドルウェア知識必要になる。

なので現時点では自分スキルはそこそこ伸びてはいるのかなーとは感じている。

そんなこんなで運用プロジェクトは色々大変だよってことです。

理想運用プロジェクトで吸収できるものは吸収していって、早めに別プロジェクトに移っていきたいですね。

めんどくさいことが多いけどもつまらなすぎて潰れないようにとりあえずがんばります

明日仕事ですね。みなさん一緒にがんばりましょう。

2017-03-08

病気】15時半〜17時半に死ぬ

具合悪い

具合悪いってレベルじゃない

気絶しそう

頭が回らない

動機が早い

胸が苦しい

めまいヤバイ

目が霞む

寒い

ハラハラ焦燥感不安

倒れそう

 

でも17時半くらいから徐々に治る

治るけど、上記のような状態が1/10くらい残る

 

土日も同じ

土日は最近ずっとこの時間は寝るようにしてる

そろそろ周りの人に迷惑がかかるようになってきた

 

とにかく心療内科に行って、次に糖尿病外来いく、だめなら総合診療へ行く、それでも駄目ならどうしようか

今日内科アレルギー科に行ってきた

花粉症が元々の自律神経失調症コラボしてるんだと思って

でも花粉症は収まったがこっちは治らない

 

15時半〜17時半に寝れればそれでもいい気がするが

最近は1日ずっと眠い

もうわからん

つらい

 

__

 

うーん、非定型うつかな

やる気が全部削がれる

原因がわからん

2017-02-28

16時台まじで具合悪い

意識朦朧とする

異常に眠い

焦燥感がある

視界がぼやける

2017-02-27

面倒くささマシマ

私にはADHDPDDの2つの発達障害の診断が下っている。いわゆるASDの気があるADHDというやつだ。

しか支援が受けられるようなレベルではなく、定期的にカウンセリングや診察を受けている程度。

一応正社員として働いて自立しているが、今のところなんとかクビにならずにやっていけているのは本当にただただ運がいいだけの綱渡り状態しかないと感じている。

しか主治医に言わせると私程度では投薬をするほどでもないらしく、認知行動療法だの、自分マニュアルを作るだのをしながら、

日々塞いだ穴と違う穴から水が漏れては失敗を重ね、社会から完全に脱落してしまうことへのカウントダウンが進む焦燥感ちょっとずつ募らせている。



以下はそんな程度の人間が、自分の状況を確認するために書き殴った、こういうことがあるよね、ということの羅列。

無駄に長く読みにくいが、その辺も含めて現時点での自分をよくあらわしている気がするのでこのまま残しておく。

一般にかなり生き辛いとされるっぽい併発マンの1サンプルとして御査収ください。

個人的感覚としては、確かに生き辛いけど不幸ではないかなー?といったところ。



落ち着きがなく早とちり、常に体のどこかが動いており、隙あらばクネクネと身を捩って踊り始める。

道を歩けば電柱に激突し、側溝に落ち、何もない場所をまっすぐ歩いているだけで躓いたり足が絡まったりしてすっ転ぶが、転び慣れていて受け身は妙に上手い。

手に力を入れる感覚というのがまだ今一つ習得できていないらしく、握力計で測るとR9㎏/L6㎏とか。

当然力仕事戦力外で500mlのペットボトルを持って歩いているとすぐに取り落とす。

何とかしようとスポンジボールをグニグニ握ってみたりするのだが、30回もやると手の平が攣る。



余計なことや場の空気をわきまえない発言をしがちで、それを予防するために、

職場では明示的に発言を求められない限り挨拶以外では口を開かないように気を付けている。にもかかわらずこのテの余計な一言による失敗が年に数回はある。

些細な言い間違いなどの流していい引っ掛かりで思考が完全にフリーズし、人混みや刺激の多い空間に行くと簡単パニックになる。

他者の心の機微に疎く、表情は読み取れず、冗談冗談とわから翻弄されて勝手疲弊し、相手からは呆れられる。



金銭管理ができず、いくら気を付けていても持っている分だけ使ってしまうので、財布の中に2000円以上の現金を入れておくことができない。

異常に楽観的で、20分以上かかるような作業でも、根拠なく7分あればできると思い込んで毎回失敗する。

何事にも危機感がなくヘラヘラしているように見られるが、そうは言っても来月の給料日まであと20日で所持金1300円というような状況でも、

花が風に揺れていたり、子供が楽し気に遊んでいるのを見たりすればそれはそれとして笑顔になってしまう。



普段は抑えているが、一人になってリラックスしてしまっていると、

ちょっとした苛立ちからボルテージの高まり制御できなくなって癇癪を起こし、

最終的にホァーホァーと奇声を発して跳ねまわりながら自身の頬や体をパチパチパンチの如く乱打したり頭をぶつける発作を起こすまでに至る。



初対面の相手と3時間ミーティングをしたら、その日の夜から38度越えの高熱を出す。弟が試験で家に泊まった後も寝込んだ。

ネクタイや襟付きの服のボタンを上まで留めて一日過ごすだけでも高確率で熱を出すので、冠婚葬祭休みを最低2日確保できなければ参加できない。

靴下を履いているだけで集中力が3割ぐらい減る感じがするし、爪は念入りにお湯でふやかさないと痛くて切ることができない。



自分運転する車や自転車で酔うことがあるほど乗り物に弱く、

パニック発作はだいぶマシになったもののまだ満員電車に乗ると3駅10分に満たない移動に途中下車必要とし、降りると脂汗でドロドロになる。



夜は安定して寝付きにくく、帰り際に見た月がとても大きかった程度のことでテンションが上がってしまって、朝まで眠れず生活リズムが容易に崩壊する。

たまに早く寝付いてたっぷり眠れた日でも関係なしに朝は朝で大変起きにくい。

起こされても起こされたことを覚えておらず、場合によっては無意識に手足を振り回し奇声を発して抵抗するらしいのだが、記憶はない。

遅刻ギリギリで支度をしていたはずなのに、ハッと気付いたらピンセットを手に2時間近く腕毛をひたすら抜いていてスマホには会社から山ほど着信がきていたりする。

そういえばよーく思い出せばなにやら目の前でスマホが鳴っていたような気がしないでもないでもない……。

慌てて会社に向かいながら、衝動的にいつもと違う道を選んで迷子になり、道を確認しようとしたらスマホは家に忘れていた。



雨が降れば酷い頭痛に襲われ、雨に濡れるとアンパンマンのように覇気を失って耐え難い眠気に襲われ眠り込み、太陽日差しを浴びて吐き気を催す。

そうかと思えば下痢が出るまで腹が冷えていることにも自分が寒さを感じていることにも気付かずむしろ暑いと感じていたりする感覚エラーがある。

湯たんぽストーブ低温やけどして皮膚がグズグズになっていても気付かない。

吐くまで自分が満腹であることに気付かなかったり、ガス漏れ下水の逆流にも気付かないほど一部の感覚が鈍い。

そのくせ視認、認識している痛みには過敏で、袖口やニット帽の締め付けが痛くてつけていられないし、

テレビ映画他人のケガを見ているだけでも同じあたりが本当に痛み出して使えなくなってしまう。

同じように、体調が悪い他人を見ると、引っ張られて自分も本当に体調を崩す。病は気からとはよく言ったものだ。



奇跡的に結婚に漕ぎつけた妻は、ボディタッチが苦手で触れられることを無意識拒否してしまったり、言われたことを忘れたりし続けて、

宇宙人暮らしている」「人の形をした別種の生物」という言葉が出てくるほど典型的カサンドラ症候群に陥ってしまった。

その後抑うつ状態と診断された妻は心身の不調を頻繁に訴えるようになり、それに引っ張られて私も体調不良が激増し数年前には休職せざるを得ないところまでいった。

妻の体調を考えて妻を実家に帰して別居した結果、事実として途端に私の体調が劇的に改善してしまったので、他人と暮らす事自体根本的に向いていないのだろう。

お互いに相手の事は悪しからず思っているので、現時点では別居したまま、一緒に住まない夫婦という形態継続している。



から情報獲得が壊滅的で、たびたび音声による意思疎通が困難なほど聞き取れないくせに、他人の話し声が耳に入ると頭の中の思考がすぐにリセットされる。

気を付けていても言葉額面通り解釈してしまっていてトラブルを起こす。

自分普通が信用できないので様子を伺って行動を起こすのが遅れる。

3桁の数字すら覚えていられないのでメモを要するのだが、咄嗟メモに書き込もうと取り出した時点で既に頭には何も残っていないので

相手メモするほどでもないだろうと思っているしょうもない事ほど相手二度手間をかけさせてしまう。



何度も見直し音読して指さし確認までした項目が、後から見ると完全に間違った内容になっていたりするし、

動かして整列させられない20個ほどのもの計数するような作業が苦手で、

何度やり直しても誤差が出るので何度も何度もやり直すが数が合わず最後には数えながら眠ってしまう。

写真を撮ってペイントで書き込みながら数えるのが私がやる分には一番早いのだが、ただ数えるだけの雑用にそんな珍妙方法をとる事には流石に理解許可も得られない。



全体的に、長所短所で打ち消されてそこまで伸びず、短所の数が倍になっているような印象がある。

過集中状態に入りかけたタイミングで、タスクを前から順番に潰していかないと落ち着かない

気持ち悪いというASD的な欲求が沸き出て来てしまうと、不得意なタスクにわざわざ向かってしまって集中がすぐに解けてしまうとか。

跳び込んだはいいが入水角度が浅く、すぐに浮いて来てしまうような感覚に似ている。

長所長所相互作用などもあってもよさそうなものだが、ADHDASD的な特性長所は割と違った方を向いていて、

うまくいい方向に重なって活かせるタイミングということが滅多にない。(ゼロではないし、実際に人生で数回爆発的な成果を残してはいる。)



今後も私は、周囲には踊り狂っているように映りつつ、もがく日々を過ごしていくのだろう。

2017-02-26

高校生の頃、トレーディングカードゲームTCG)に打ち込んでいた。

学校帰りや休日は、もっぱら友人と地元カードショップに入り浸っていた。

ご存知の通り、カードショップの主要な客層は学生無職フリーターなので、自然と年上の知り合いができる。

毎週金曜日の夜にはショップ大会が開かれていて、終わった後はいつも皆で夕食に出かけ、23時ごろの電車で帰った。

大学生マンションへ入り浸って、私の知らなかった漫画アニメに触れて、趣味の幅は大きく広がった。

県外へ泊り込みの遠征に行ったり、無職の親類がショップへ殴りこみに来たりもした。

この時期は私にとっていわゆる青春というやつで、その後の人生にも少なからず影響を与えたんだと今になって思う。

その後、学生達は就職に伴って段々と顔を見せなくなり、無職フリーター就職したりしなかったり、私も進学にあたって地元を離れたため、その後の交流自然となくなった。

進学した私はカードに触ることがなくなった。きっと私はTCGよりもショップの友人達の方が好きだったんだと思う。

そのカードショップも結局無くなってしまったらしい。

今でもそのTCGオンラインゲームで遊んでいるけれど、現物カードを持って誰かと顔を合わせることは10年以上していない。

たまに大きな大会カバレージを読むと、その頃の知り合いの名前を見かけることがある。その度に嬉しくなって、それから少し後悔にも焦燥感にも似た思いを感じる。

もしあのまま友人達TCGを続けていたらと、きっとそういう気持ちがあるんだろう。



ところで私の学力高校3年間を通じて真っ逆さまに落ちていった。大体アーテイからスクイーくらいの落差があると言えばおわかりいただけるだろう。

原因は明白で、持てる資源を全てTCGとそれにまつわる人間関係につぎ込んだからである。その後の人生に与えた影響は甚大であった。

まり今の私の醜態の原因は全てwizardsにある。責任をとって欲しい。

テーロスを処分し損ねて500tixくらい損してる。返して欲しい。

今はpauperでデルバー組んでコツコツ資産を増やしている。chestが貯まるとうっかり開封してしまうので資産は増えない。

本当にしょうもない

2017-02-19

この世の中に居場所があれば

小さい頃から人見知りでプライドが高い人間だった。

親に聞いても、気難しい子供だったとのことだ。



繊細と言っていいのかわからないが、スーファミストリートファイター

位の暴力的描写が怖かったし、人にいわれた事にいちいち傷ついたりして

自分の内に閉じこもる事が多かった。



小学校くらいの時は友達が多かった様な気がする。

嫌な事があるとその人に暴力を振るったり、それが

できないと親に当たり散らしていたりした。親が自分

気持ちを察してくれないと激昂したたいたり蹴ったりしていた。

比較的楽しく過ごせていた様に思うが、いつも満たされない気持ち

あって辛かった。



中学生地元公立高校に行ったのだが、ここがまあひどかった。

基本的治安が悪く、勉強をちゃんとするやつらがいじめられて

いたり、文化的にひどかった。兄の影響でバスケットボール

始めたが、ここも不良たちばかりで基本的に気に入られる様に

たち振る舞う必要があって自分を押し殺すのが必死だった。

勉強ができればまだ良かったのだが、頭が良くなかったし、

勉強に対するインセンティブも無かった。する意味もわからなかった。

今ならわかるが。

中途半端に不良に足を突っ込んでいたが、真面目になろうと思い

中学3年の初め暗いか生活態度を改めた。勉強ができる訳じゃなかった

ので、真面目にもなれないし、居場所が無かった。このときは本当に

苦しくて何をするにも焦燥感しか無くて生きるのが辛かった。



その後、先生からは無理だといわれていた地元工業高校合格する事が

できた。

工業高校基本的資格を取って、工場勤務者を育てるための学校

そこでも生きる意味が見いだせず、ひたすら日々を無為に過ごしていた。

高校では硬式テニスを始めたがいっさい成績を残す事が出来なかった。

勉強なんてやれば出来て、その勉強が将来につながっているという

事もわからず、何か自分を活かせるものは無いかといつも考えていた。

太っていたし、勉強もできないし、背は高くないし、おでこは広い

性格は暗いし自分に自信を持てる要素なんて一つもなかった。



勉強もできないし何にも興味が持てなかったが、

親が専門学校でもいっとけなんて言ったもんで、

情報処理専門学校に行った。受験すれば受かる様

な所だ。専門学校なんてのは。

専門学校なんてのも基本的には資格を取る様な所だが、

勉強する習慣も仕方もわからなかったし、一個も資格

とれなかった。完全に落伍者だ。



その後、地元会社就職する事が出来て、上司

良い人だったが、自分根本的にだめでいつも自己嫌悪

抑うつ気分だった。仕事をしなくて給料泥棒といわれた

事もあった。

今も7年同じ会社にいる。部署は異動しているが、

基本的自分に自信が無いし、人間関係をうまく築けない。



そしてこれから何かが良くなったりする希望

持てない。30歳くらいになったら自殺したいと

思っている。


努力する習慣があれば。親がもっと教育してくれれば

もっと選択肢がある環境であれば。

自分精神的に強い人間であれば

頭が良い人間であれば

素直な人間であれば

他力本願なのはわかっている。

でも、環境も素質もなしに努力なんて

し続けられる人なんてほとんどいないはずだ。

2017-02-13

気持ちは分からなくはないが

後発の存在自分たちを追い越していく事に対して焦燥感が湧くことには理解が出来るが、正直言ってその一部の人たちの様を見ていると片腹痛い

自分たちの基盤を既に相当程度持っているというのに、余りにも考えすぎているとしか思えない。

そもそも順番だなんだ言うのなら、貴方達が言えた台詞ではなかろうとすら思う。何年も経った今だからこそ言える事だが。

誕生した時から遥かに恵まれ環境に置かれてきたではないか。こっちが四苦八苦して時間をかけてきた一方で、後継者という錦の御旗の下に急速な展開をしてきたではないか

確たる基盤が出来上がってもいない頃に誕生した、手厚い寵愛を受ける後発組を見た時の恐怖を今でも忘れていない。自分たち存在意義にすら疑念が渦巻いたあの頃を。

いかけれて追い抜かれる暇すらなかった。後からまれたのに自分たちよりも先のポジションに置かれたのだから



今まで恵まれてきた環境にあり続けたのに、今更不遇だなんだと喚く一部の人々を見ていると個人的には可笑しくて仕方がない。

2017-02-12

絶望的に口語能力が低いことに気が付いた

小学生の頃から他人に気を使いすぎるタイプで人に意見を言うのが酷く苦手なタイプだった。扁桃体がビクンビクンしてしまうのだ。

中学生になると容姿の事で他人から馬鹿にされる事が多くなり、意見を言えない私の精神は内へ内へと籠りはじめ、次第に人と一緒にいるだけで酷く疲れるようになってしまった。

地頭もよろしくない私は勉強ができず、成績も下から数えた方が早かった。中学卒業後は、徒歩圏内馬鹿高校へなんとか入学できた。幸いDQN等はおらずいじめもなかったが、人と会話をしているとき人の会話が全く頭に入らなくなっていることに気が付いた。喋っていて相手の言っていることが稀に理解できることがあったが、何を返していいのかわからず、相槌を打つの関の山だった。

卒業後、やりたいこともなかった私は予備校に二年間通い公務員を目指した。高卒区分地元市役所に無事入庁できたものの、仕事説明どころか市長挨拶すら頭に全く入らない私は焦燥感や恐怖心だけが募り、自己紹介をするだけでもパニックを抑えるでいっぱいいっぱいだった。そんな調子の私は職場雑談すら碌にできず、一言喋るだけでも酷く緊張するようになってきた。

研修を受けるだけでも精神的にボロボロになる私が実務を通して経験値を積み業務遂行していけるようになるはずもなく、経験を積むどころかストレスと恐怖だけが詰みあがっていった。

休みの日にせめて家で勉強をしなければと思ったが、仕事に関しての勉強をしようとすると酷い恐怖と眠気に襲われるようになり、土曜日食事が喉に通らず寝た切りで、日曜日の昼間だけ食事をとってずっと寝ていた。

通勤中に仕事への恐怖を打ち消すために車の中で発狂の様な大声をあげている事への異常さを客観視した時にもう限界だと思い精神科にいった。

社交不安障害だといわれ、ワイパックスラムネの様に摂取する日々が続いたが、自分能力の低さが起因する恐怖が解消されるわけでもなく、1年足らずで仕事を辞めた。

休職を選ばなかったことは正解だったと思う。退職後は家に引きこもっていたが心が少しずつ安定していき、半年ぐらい経った頃、食事が美味しいと感じるようになるまでに回復した。というのが今までの経緯でここからが本題。

今は非正規だが一応働いている。幸い人とほとんど喋らない業務なのでどうにか仕事にはかじりついているが、やはり口語能力の低さが課題となっている。

仕事を探してお金を稼ぎたい意志は強いのだが、口語能力の低さがネックになりどうしても一歩踏み出せないのだ。

自分は人よりワーキングメモリが小さいのだと考えている。相手の言ったことが頭に残らなかったり情報として処理できなかったりする。自分説明をする時にも、何を言いたかたか、何を言っていたのか、がすぐに頭から消えてしまう。質問をされるとその質問意味が処理できず、そしてパニックになる。

コールセンターで働いて場数を踏もうかとも考えたが、またキャパオーバーをして振り出しに戻る気がしてできない。

機関とある手続き申請のために電話をしたのだが、言葉だけで情報を伝達し使いこなす職員凄さ(できる人の方が多いのだが)に圧倒されてしまった。

トップレベル口語能力が欲しいとも言わない。仕事必要口語能力が欲しいのだ。

そろそろ私は大台に突入する。その前に人並みの口語能力を手に入れたいと考えている。

もし私と同じような境遇で、そこから脱却できた人が居たら、方法があれば、教えてほしい。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211051032

メンタル人生の中で最悪だったときに受けてたカウンセラーでwais-iii受けたけど130こえてたぞ

そもそも脳機能ってなんなんだろうな?

俺はwais-iiiが何かよくわからん

脳の機能には色々なものがあるから定義結構難しいと思うが

漫画家冨樫先生でもまともに漫画かけないか創作機能は低下しているし、元増田も元学年トップ取るやつが勉強してもF欄しかからないんだから

学習能力は低下している。そもそも、精神的な障害などから起こされる不安感や焦燥感なんて脳リソース的に考えたら無駄思考しかないんだから機能が低下するのが当然だと思うんだが

一時的精神的に落ち込んでただけで継続的状態じゃなかったんじゃないか不安感で常に頭痛がするとか、頭痛で目がさめるとかそういうんだったの?

二言目にはこういうこと言うような奴の戯言を真に受けてブックマークしたわけじゃないよな?

精神科には行かないほうがいいなんて暴論は増田であっても見過ごせないわ俺

個人攻撃だし、精神科に行けっていうのが暴論じゃない意味がわからない。自分個人の周りをトラッキングする限り精神科に行って改善した人はあまり見たことがない。

精神科に行けっていうのが絶対に正しい、っていうならそれを主軸にして意見を言えばいいんじゃないか。

2017-02-08

プレママ友達ネガティブ攻撃がつらかった

無事に保活を終えて働きだしてからしばらく経ったので書く。


高校以来の友だちとほぼ同時期に妊娠した。比較若い年で妊娠したので、わたしたちの年代で同じ境遇にいるひとはまず周りにはいなかった。お互いを、心強い味方だと思いあっていた。


からこそなのか、「プレママ友達」と化したその友人はことあるごとに、妊娠育児に対するネガティブ不安わたしに漏らすようになった。そして当時のわたしも、その後ろ向きな言葉にアテられてるようにして、不安焦燥感から逃れられなくなってしまった。


心拍確認できても、流産するときはしちゃうらしい」

「周りに妊娠報告したあと流れちゃったらどうしよう、気まずい」

保育園入れるか不安すぎて今からもうやだ」

「安定期前に職場に報告して浮かれてると思われたらどうしよう、でも、報告せずにいると業務しづらい」

無痛分娩じゃなきゃこわいけど、24時間体制の産院じゃないから、もし何か起こったら自然分娩になっちゃうのがこわい」


はじめての出産を迎える、孤独わたしたち。「不安だね」「そうだよね」は合言葉だった。そこにしかまれない奇妙な連帯感が、その恐怖たちを加速させていく気がした。


不安感をいたずらに煽る友人のことばを受けるたび、心にどす黒い雲がかかるようになっていった。そのことに自覚的になっても、唯一のプレママ友達という絆ゆえ、友人から離れることはできなかった。待望の赤ちゃんがこんなにも近くにいるのに、心が暗くなっていって、つらかった。


いま妊娠してるひとへお願いしたい。(とくに初産の)妊婦同士で、不安煽りあわないでほしい。不安をぶちまけるべき相手は、同じ不安を抱えているひとではない。その不安を乗り越えたことのあるひと、もしくは、不安いちばん近くで一緒に乗り越えてくれるひとだ。


「ま、あとから振り返ってみて思うけど、何でもどうにでもなるよ!」とカラッと笑い飛ばしてくれるような先輩のお母さんたちに、わたしは後からずいぶん救われた。


前に進もうとアクションを起こし続ける夫にもとても救われた。産院を熱心に調べてくれたり、生活サポートをしてくれたり、保育園情報を片っ端から整理してくれたり。


不安を口にすることは、ほぼ何の歩みにもならないと知った。不安自覚的になるだけで何かが進んだ気になったり、あるいは他人との強い共鳴がある種の安心感を産んだりする。でもそれは、自ら不安を招き入れている行為だろう。


「なんかよく分からないけど、なんか、どうにかなりそう!?」っていう根拠のない楽観のほうが、よほど衛生的だ。


今思えば、友人はうつに近い症状だったのかもしれない。もしくはそう考えれば、「しかたなかった」とわたしも割り切れるかもしれない。でも、実際にアテられた期間はなんだかものすごく、つらかった。無性に不安だったし、つねに心に影が指す感覚がべとっとまとわりついていて、いやだった。


と、書き綴り終わったところであらためて願う。すべての妊娠出産育児が、おだやかにゆますように!祝福されますように!「なんとかなる」で、なんとかなってゆきますように!!

だって、じぶんのこども、もうはちゃめちゃにかわいいよーーー!!こどもは、いいぞ・・・

2017-02-06

レグテクトジェネリック

早速試してみた→レグテクト

レグテクトジェネリック帰宅したら

着荷しとったんで夜2錠 服用したったわ

今のところ飲酒してないぞ

これで2日間連続断酒

嫁さんがワイン突き出してくるという危機もあったが

乗り切った。


興味深い実験

今日から酒を飲むが、飲酒前にレグテクトジェネリック

を2粒服用してみよう。

服用すると酒を途中で辞められるか

だなぁ??それが興味深い。下の報告によると、

ビール飲酒してる途中で 「もうええわ」

っていう気分となる。このように記載されてる!

酒をやめたい』『飲む量を減らしたい』と本気で考えている人には有効な薬です。どうしても飲酒習慣が断ち切れない人は、まず週2日の断酒に挑戦してみましょう。レグテクトの補助があれば無理なくできるはずです。多量飲酒者にもオススメで、飲む量が減らせると思います

 本紙記者も恐る恐るレグテクトを試してみた。なんと服用したその日から効果を実感。毎日ウズウズと焦燥感にも似た「飲みたい」欲求があったが、つき物が落ちたかのように消えた。断酒3日後、試しに500ミリリットルビール缶を飲んでみたが、味はいつも通りおいしいものの、半分くらいで“満足”。翌日からまた断酒生活に戻った。

 レグテクト保険適用で1錠50円前後と安くはないが、長い目で見れば、毎晩酒をガブ飲みするより安くつくのは間違いなさそうだ

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/159927

2017-02-02

死なないためにクソ野郎になった

学部卒業から修士課程中退のおおよそ2年間、その大部分を私は怠惰に過ごした。

まともな研究もせずに卒業論文突入し、指導教員にひたすらダメ出しをされてほとんどお情けみたいな形で卒業はした。進学後、これからはちゃんとしなくてはと思ったのとは真逆に、授業や研究に出ることは減っていった。

家の中(一人暮らし)ではただただ焦燥感が募っていった。授業に出なくては。研究しなくては。なにかしなくては。しかし数日間着替えてないし風呂にも入ってない。しなければいけないことばかり積み重なって後回しにして、ずるずると時間けが過ぎていった。自己嫌悪自己肯定が頭の中をぐるぐる回っていた。同級生生存確認してくるようになったので、コンビニ図書館時間を潰すこともした。家族や親しい人には、事態が決定的になるまで話さなかった。

中退後は今の会社に拾ってもらって、故郷大学からも離れた街で社会人ヅラして生きている。多分、根本的な問題は直ってないし、死ぬまで解決しない。ただ、絶望して死んだり生活できなくならないために、反省しないようになった。悩みすぎて苦しむこともなければ劇的に改善されることもない。安全装置の如く、ある程度まで感情が進んだらそれ以上深くならないイメージ

から出られなくなることがなくなった分、しわ寄せは周りに行く。責任感だけはあると思っていた自分が、責任他人に押しつけていることに気付く。家族からビョーキ呼ばわりだの親不孝者扱いされ、彼女からは本気で死んで欲しいと懇願される。それでもケロッとしているのは、やはりどこかおかしくなったのか。思い悩んでも寝て起きたら出勤して適度に仕事する。そんな日々。

2017-02-01

首を吊ったときの話

数年前のことだ。私は当時患っていたうつ病回復する兆しが見えなく、この先明るい未来があるとも思えなく、生きていてよかったと思える瞬間もまったくなかったので、自殺をしようと思った。

1人暮らしアパートからAmazonで頑丈だと評判のロープを注文した。ほどけにくいロープの結び方をネットで調べた。自殺が失敗して変に重い後遺症を持ったまま生き残ってしまうほうが怖かったので、慎重にやろうと思った。最後ツイッター自殺予告でもしようかと考えたりもしたが、仮に誰かが警察通報するなどしたら中途半端なところで救出されてしま可能性があったので、何も予告まがいのことはしなかった。本当にそこまでしてくれるようなフォロワーがいたかどうかは分からないが。

あとは部屋の中で台に乗って、首を吊る準備をした。この時点でもそれなりの恐怖を感じていたが、やめなかった。事前に酒を飲んでおくと楽だという話を何度か聞いたことがあったが、酒が飲める体質でなく飲んでも頭痛を起こすだけなのでシラフのままであるロープを結び終えたら、恐る恐る台を蹴った。

……想像もしなかった恐怖を味わった。ひどくパニックになった。酸欠とともに、意思とは無関係に手足がジタバタと動く。文字通り、死にかけの虫のような動きだった。そして、あんなに死にたかったはずなのに、死にたくないという言葉脳内が埋め尽くされた。ほとんど本能的にロープを手で外そうとするも、自ら慎重に頑丈に縛ったロープはほどくことも外すこともできない。スマートフォンは地面に置いてしまったので手は届かず、助けも求められない。焦燥感思考はうまくできない。ただ助かることを求めていた。そうしたら、ほんとうに偶然に、手に届く棚の上にハサミが置いてあるのを見つけた。震える手を必死に伸ばす。掴む。ロープを切る。床に倒れる。

床に倒れてからも、しばらくは手足がジタバタしていた。頭は痛かったし、気持ちが悪かった。少し落ち着いても、無気力けが残った。

それから自殺をしようなどという気力が湧かなくなった。それでも死にたいのは変わらず、死にたいのに死への恐怖に勝てない自分を見すぼらしく感じた。

そうして生きていると、幸運にも状況が変わって元気が出てきた。朝起きることになんの苦も感じなくなったとき自分にも朝起きられる能力があったのだなと思った。しばらくはそのままだったけれど、おそらく忙しくなってきたことが原因で、つい最近からまた憂鬱状態が続いている。布団の中ですることが見当たらないので、自殺しようとした日のことを思い出しながら、文章に起こしてみようと思い書いている。

2017-01-17

追い詰められている

この焦燥感

クワクするんだよね

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