はてなキーワード: 学校とは
とある理系研究室にいるんだが、同期はみんな無事に就活を終えてあとは研究だけだ-!という状態になった。
自分も研究を進めていっているんだが、とある同期がどうしようもないクズで、みんなあきれてる。
去年から新しいテーマで研究を始めたんだけど、全くやる気ないというか、全然進捗もないし、そもそも何もやってない。
しまいには自分にもタスクが降ってきてしまい、教授から手伝えと言われる始末。
めんどくさい、というか、自分の研究で手一杯だったんで、ここをこうすればいいんじゃね?的な感じなアドバイスを彼にして、先生にも、そういうことなんであとは彼に任せたいと思います、って伝えておいた。
ここまでが就活前の話。
で、先週なんだけど、先生と話してたときに彼の話になって、また手伝ってあげてと言われた。
普段温厚な教授だから、逆に申し訳ないと思いながらいつもは聞いてたけど、なぜかその日はスイッチが入ったみたいで、そこに座ってと言われて、彼に対する愚痴を5分ほど聞かされた(笑)
どうせあいつは何もわかってないとか、土壇場になってすがってくる(表現あってるかな?)のが腹立つ、みたいな。
僕ら同期が思ってたのと同じ感じだった。
さらに就活の話になり、彼はなかなか安定した大企業に内定をもらったんだけど、それにも不満があるようだった(笑)
まぁ先生の話はあまり関係なくて、ここからが本題というか、ただの悪口かもしれんが、同期に言ってやりたい。
(研究内容の話で)こうしたいと思ってるんだよねー、とか俺が研究するわけじゃないから自分で考えろ。
そろそろ一人でプログラミングぐらいできるようになれ。
いい加減自立しろ。こっちはお前の面倒見る余裕も暇もないんじゃ。
以上
コミュ障には辛い
生徒が話しかけてきてくれても話が続かない
腋臭には辛い
生徒の近くに行くと鼻声になる
あがり症には辛い
教壇に立つだけで緊張する
声が小さくなってしまう
言おうとしたことを忘れてしまう
言葉遣いが汚い人には辛い
「マジかww」とか使っちゃう
遠イケ近ブサには辛い
朝礼で挨拶をすると遠くにいるのでイケメンイケメン言われるけど
「先生ー」って言いながら近づいてくると「あっ(察し)」って顔になる
中学、高校、大学と女友達に「○○は遠くから見るとイケメンなんだよね遠くから見るとね」と言われ続ける
礼儀を知らない人には辛い
「お先に失礼します」←他の先生より早く帰るとき使わないといけないなんて知らなかった
人見知りには辛い
立場をわきまえない人には辛い
他の教育実習生は敬語も身なりもピシッっとしてるのに俺だけ学生気分
あー死にたくなってきた
授業疲れるし、わかりにくいって言われるし
教材研究大変だし、研究授業とかいろいろな先生がくるとか地獄だし
何より生徒と上手くコミュニケーション取れないのが痛い
打ち解けられないから授業も発問とかうまく繋げられないし
お前教師にむいてないだって?
あーそうなんだよ
でも学校の教師になりたいんだよ
他人の教育実習がどんな感じなのか知りたい
180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 09:43:27.78 ID:92lrJ2eE
1、どうして義手足をつけないんですか? 周囲に気遣えるのならつけるべきです。義手足をつけら
れるのにつけないのは、障害を売りにしていると言われても仕方がないのでは?
2、障害が個性と言うのなら、医者も、介助者も、補助機具も、税金の補助も要らないんじゃないんですか?
3、どうして他の障害者と交流しないんですか? 他の障害者を差別してるんですか?
4、Z武ネタはよく言及するのに「自称スポーツライター」ネタはどうしてスルーし続けるんですか?
6、自分で言う障害ネタが笑えないんですが? 笑えないギャグを言うのは空気が読めない証拠なんじゃないんですか?
7、健常者が言ったら猛烈に叩かれる障害揶揄発言をして叩かれないのは逆差別だという意見がありますがどう思いますか?
8、周囲の人間に介助されていて、障害者として気を使われたくないというのは、矛盾してませんか?
自立してから「気を使わないでほしい」と言うべきです。
9、障害は病気です。病気を必要もなく強調したり、見せ付けたりするのは、コンプレックスを克服しているのではなく、
10、障害をネタに笑えるのが真のバリアフリーだというのなら、ぜひオナニーの方法を教えてください。
181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 09:44:08.19 ID:92lrJ2eE
11、どうして健常者にたいして教育者面してるんですか? 先天的障害者のあなたが五体満足の人間の
気持ちがわかるんですか? せめて障害者の学校で指導すべきです。あなたは先天的障害者の気持ち
12、障害を笑いにできる社会なんかきません。重度の病気を笑いのネタにすべきではないからです。
あなたはそれを知っていて、周囲の人を困らせる悪意ある障害ネタを言っているのではないのですか?
13、あなたは障害ネタを健常者にたいしてではなく、後天的な重度障害者とその家族にたいして、
面と向かって言う勇気があるんですか?
14、障害者は生活無能者です。だからこそ、健常者以上に社会にたいする謙虚さと感謝の心を持つ
べきではないのですか? あなたの言動には謙虚さと感謝の心が明らかに欠けています。もしかして、
障害者は介助、保護されて「当たり前」だと思っているんじゃないんですか?
15、障害をネタにできる社会が真のバリアフリーではありません。ネタにしているということは、特別視
しているということだからです。健常者が手足あることをネタにしますか? 当たり前すぎてネタになら
ないのです。障害をネタにすらしない社会、特別視しない社会、それが真のバリアフリーです。特別視
16、「若くして世に出てしまった(僕)」なんていう言葉は、他人に言ってもらうことであって、自分で言う
ことじゃありません。よくそんな認識で、道徳の教師なんかやっていましたね。
17、あなたの心無い障害揶揄発言を子供が真似して他の障害者に言ったらどうするんですか?
教育者として配慮が足りなさすぎるんじゃないんですか?
18、勉強して早稲田に受かったらしいですが、どうやって答案用紙に筆記したんですか? 数学の
182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 09:45:01.56 ID:92lrJ2eE
20、障害を持っているのにそれに負けずに、健常者以上の一流ピアニストや人気漫画家になった人を
知っています。あなたはいつも健常者に上から目線で説教していますが、そのような健常者に負けない
ような実績が何かあるんですか? 仕事が作家なら、一般公募している小説賞にでも投稿なされたら
どうですか? スポーツが好きなのなら、義手足をつけてパラリンピックでも目指したらどうですか?
21、あなたが障害揶揄発言をするから悪ノリする若者が出てくるんじゃないんですか? 自分から
誘っておいて、「越えちゃいけないライン、考えろ」はないんじゃないんですか? 二階に上げて、
階段を外すような行為です。あなたがまず越えてはいけないラインを考えるべきです。
22、あなたは失明するとか、顔に重度の火傷を負うなどの急な後天的障害をわずらっても、障害は
23、最近よく帽子をしていますが、四肢欠損は気にしてないのに、ハゲは気になるんですか?
24、フォロワーのTLを汚さない気遣いはするのに、晒しRTの影響については考慮しないんですか?
25、本当に幸せな人間はいちいち自分を幸せだと強調しないものです。そうアピールしなくては
精神のバランスを保てないほど、何か大きなコンプレックスを抱えているんですね。
26、世の中には何十年も教師をやっているベテラン教育者が大勢いるのに、それを差し置いて、3年
そこらの教師経験で、お金をもらって講演で教育論を語るなんて、人間として恥ずかしくありませんか?
27、チョークも持てない、逆上がりもできない、ピアノもひけない、倒れた生徒を医務室に運ぶことも
できないあなたが教員を勤めたために、他の優秀な教師志望者の雇用機会が損なわれました。それに
ついてどう思いますか?
183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 09:48:20.08 ID:92lrJ2eE
28、被災地をボランティアでまわったとき、障害者施設には一切近づかなかったと言うのは本当なんで
すか? マスコミはあなたと他の障害者の交流シーンを取材したかったのでは?
29、障害者代表として見られたくないなら障害論を語るべきではないのでは? 「障害をネタに出来る
社会を作る!」じゃなくて「僕の事はネタにしていいですよ」ていどにすべきです。
30、あなたは根本的に身体的特徴いじりネタを勘違いしています。あれは言われたほうが嫌がるから、
ネタとして成立するんです。あなたの場合は、仁美「だって、あんたカタワだもんね」 乙武「カタワって
言うな!」 仁美「あら、ごめんなさい。あなた全部ないからムワ(無輪)だわね」 乙武「もっとひどいわ!」
と言う感じに、突っ込まなくてはいけない立場なんです。自分で喜々と障害揶揄ネタを言っても寒いだけ
です。
31、「人生で絶対に失敗しない方法が、ひとつだけある。それは、何の目標も持たず、何のチャレンジも
しないこと。でもさ、そんな人生、ちっとも魅力的に思えないよ。」と語っていましたが、あなたがいったい
なににチャレンジしたんですか? そしてなにに成功して、失敗したんですか? そもそも何か競争に
真剣に参加したことがあるんですか? 障害者の特権を利用してあらゆる厳正な競争を免除され続けた
あなたが、他人に対してチャレンジの重要性を説く資格があるのですか? 何でもかんでも他人にやって
もらっただけで、あなた自身何も挑戦してないのでは? そんな人生、ちっとも魅力的に思えませんよ。
32、障害者として同情されたくないと言いますが、始球式でビニールボールを投げたり、しょうもない
ダジャレを言っただけで賞賛するようなあなたの信者が一番あなたに同情しているのでは? 今いる
信者は、あなたが健常者だったら見向きもしなかったと思いますよ。
33、障害をネタにできるのが真のバリアフリーと言うのなら、癌やエイズで死にかけている人も笑って
いいのですか?
34、野球に出たら代打として自分は使えるとか言ってましたけど、野球のストライクゾーン理解して
るんですか? 胸から膝ですよ。あなたはちょっと太もも短いだけで、そこの長さは健常者と大して
変わらないのでは? プロなら普通にストライク入れてきますよ。そんなこともわからないなんて、
184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 09:49:40.91 ID:92lrJ2eE
35、身体を病むとやはり精神も病んでしまうんですね。あなたを見ているとよくわかります。僕は
五体満足に生まれて本当によかった。あなたを見ていると心からそう思います。
36、「天使のオトくん」という虚像に苦しめられてきたと言ってましたが、それであなたがなにを苦しん
だんですか? その虚像で大金稼いでなに言ってるんですか? もし不本意だったと言うのなら、
五体不満足の印税全部返上したらいかがですか? あなたのような人格奇形児に金メッキして
商品化、プロデュースしくれた人々の努力を足蹴にしています。感謝の心が欠如していませんか?
37、本当に四肢欠損を気にしてないのなら、いちいちそれを話題にしないのでは? 話題にするという
ことは、それだけやはり気にしてるんですね。本当に哀れになってきます。
38、あなたの「障害は不便です。だけど不幸ではありません。」と言う言葉は明らかに間違っています。
障害そのものは病気であり、不幸です。不幸だからこそ、税金で補助され、医者と患者は一生懸命
リハビリして、それを克服しようとしているのです。正確には「障害をもっていることは不便で不幸なこと
です。しかし、人間は考え方や努力によって、その不幸を補えるだけの幸福を獲得することができる
はずです」と言うべきです。「障害そのものを不幸ではない」と断言しているあなたの短絡さが、理論の
ねじれる原因になるんです。
39、しかし、あなたは本当に障害「 しか 」売りがないんですね。何か他に芸を身につける努力を
なさったら?
40、教師として健常者の児童の心のケアはするのに、どうして障害者の児童の心のケアはして
くれないんですか? 「障害は不便だが、不幸ではない」と言う哲学があるのなら、それを障害者
の児童に伝えるべきでは? こんなこと健常者にアピールしても意味ないんですよ。
41、健常者が障害を揶揄しないのは、気を使っているからでもなく、壁を作っているわけでもなく、
単純に障害が笑いとして面白くないからです。笑う必要性がないからです。何でいちいち障害を
いじって、笑いにしないといけないんですか? 道に落ちている石をいじったり、笑ったりしますか?
そんなことしてたら、ただの精神異常者では?
185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 10:05:47.61 ID:92lrJ2eE
42、「子どもの頃から、野球が大好きでした。でも、子どもの頃から、巨人が大嫌いでした。
でも、それは巨人が嫌いだったんじゃなくて、渡邉恒雄氏のやり方が嫌いだったんだ。一野球ファン
として、断固、清武代表の“反乱”を支持します。」と、おっしゃってましたが、渡邉氏がオーナーに
なったのは1996年です。あなたはすでに20歳前後だったのでは? 中身もないし、さすが自称
43、障害者は生活無能者です。障害をネタにするということは、無能者の部分までネタにされる危険性
があるのでは? あなたは「カタワ」と言われて笑っていますが、「カタワだから役立たずだよな」と言わ
れて笑っていられるのですか?
186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/20(日) 10:26:05.75 ID:92lrJ2eE
44、義手足をつけずに始球式をして、あなたはなにをしたかったんですか? 東北の人々に勇気を与
えたいと言っていましたが、あなたがビニールボール投げても、普通は勇気付けられることはありま
せんよ。義手足つけて、自然なフォームで球を投げたら、それこそ世界中が賞賛したでしょうに。
45、始球式であなたの姿を見て、トラウマになったと言う人もいます。それをどう思いますか?
病的なものや部位を見て、人間が生理的な嫌悪感や抵抗感を感じるのは本能的で、自然なもの
です。子供たちの前で、病気を見せびらかすあなたの精神性が一番病んでるのでは?
46、1日校長をやったとき、床や階段を這いずり回ったそうですが、子供から見て明らかに異様ですよ。
あなたが先天的障害者だと知らない子供たちは、事故や拷問で手足を切断されたとしか思わないで
しょう。子供からしたら、ホラーや猟奇動画そのものです。ゆっくりとでいいから義足をはめて歩くべき
だったのでは? 教師ならもう少し子供たちに配慮すべきです。
心情的には理解しますが、とはいえバリアフリーというのは言い換えれば「障害者を拒絶して得た利益は不当な利益」という理念であり、それに照らすならば件の店の経営方針は強欲の謗りを免れないということになるのかなと思います。「残業代なんて払ってたら会社が潰れる」とか「全駅にエレベーターと障害者トイレ完備とか不可能」といった泣き言と同じく、我々の社会においてはそうした態度は許されないのです。我々はもう十分豊かになったから、これからはやさしい社会を築いてゆきましょう、というのが我々の選択で、とはいえその基本理念にはみなが共感したとしても具体的日常的なレベルではコンフリクトが発生するから、だから盲導犬の入店拒否は違法だし、学校から半径200メートル以内に風俗店を作ったら違法だし、分煙してない飲食店は違法なわけです。高田シェフの夢、つまり「自分の店を持ちたい、小さくてもいい、肩肘張らずに手頃な値段で楽しめる店を」という夢それ自体は邪悪でも強欲でもないけれど、しかし文明人たる我々は彼の夢を「断腸の思いで」葬らなければならないのです。ああ辛い辛い。
こういう正義という旗の下ならどんな暴言も許されると思ってる人達の方が、よっぽど悪意に満ちあふれた糞な人種だと僕は断言できる。
君らの方がよっぽど他者の弱さに不寛容だ。
まずひとつ、悪意と正義は両立します。ふたつ、不寛容と正義は両立します。みっつ、正義はそれ自体が目的たり得ます。乙武氏本人のことを考えてみてください。今回の件、高田シェフは自分の店という夢を賭けて戦っているけれども、乙武氏はいったい何を賭けて戦っているんでしょうか? Twitterで拡散して炎上させて、最終的に彼は何を得るんでしょうか? 金? 謝罪? 障害者が受け入れられる社会? ちがいますよね。ああやって「正義」の側に立つことそれ自体が彼の目的なんですよ。なんせ正義はきもちいいですからね。バリアフリーはそれが社会にとって有益だから為されるのではなく、それが正義だから為されねばならないのです。だから、正義の余波で高田シェフの夢の城が潰れようが、社会が停滞しようが、バックラッシュで乙武氏が暴行を受けようが、それはどうでもよいことなのです。
予言しておきますが、この件かならず議員先生が絡んできますよ。障害者と絡めば無条件で正義になれますからね。こんなおいしいチャンスはめったに無いですよ。橋下も今頃歯噛みして悔しがってるでしょう。なんで大阪でやってくれなかったんだ、って。
便乗。
出会いは会社の後輩が風俗に行きたいということで、連れて行ってたまたま入ったお店の新人。
この手の業界未経験ということで、いわゆる"慣れ"がなかった。
ヘルス嬢は昼間は働いていて、お休みの時だけ出勤。週1回とか。
理由は学費稼ぎ。
将来の夢のために学校に通いたいが、本業の給料が安すぎるということらしい。
仕事帰りにお店に行く時は夕飯を二人分買って、ホテルで普通に食べてお話して終わり。
そんなのに120分で入り、1回に3万近く払っている。
それがアラフォーなこの歳だとこっちのほうが有意義だし、楽しい。
ただ、例のおっさんだと仕事の愚痴を話したりと癒しを求めているように見えるが、自分の場合は、ヘルス嬢に対する感情はちょっと違う。
自分の話を聞いて欲しい、慰めて欲しい的なという欲求がない。
うまくいえないが、現状の生活とは違う刺激が欲しい。
平たく言えば火遊びなのかもしれない。
毎日、それなりに仕事して、遅くに帰宅。妻はとっくに就寝。週末は三人でお出かけ。
それはそれで幸せだけど、非日常のワクワク感・ドキドキ感がない。
その子の支援も兼ねて出勤のたびに指名したことで、嬢の私用アドレスもゲットしたわけだが、職場の悩みを泣きながら電話で相談され、過去の恋愛やら家族の問題の相談もセットでついてくるというよくあるコンボになった。
ほぼ人生相談。携帯小説ばりの安いコメントを適当に話して、嬢が満足している。
ほんとこいつは馬鹿だなぁと思いつつも、自分の人生にはない話だから楽しい。
こんなことにお金を払っている。
俺も馬鹿なんだけど。
ナンパが気軽にできるような性格なら、渋谷で働く営業マンのナンパ日記あたりを見ながら、全く人生が異なる女の子と知り合いになれば良いし。
部下に若い女の子がいるなら、不倫にならないラインで頑張れば良いし。
ただ、どちらも自分には難しい。
結局、、、学費の援助としてお金も貸した。数十万。
たぶん返ってこないと思っている。
けど、この貸したお金がその嬢と連絡を取り合える権利と思っている。
最近、嬢もいろいろとあったようで、結局、本業をやめ、風俗一本で稼ぎながら学費を貯める宣言があった。
まぁよくある流れになると思う。
あー、せっかく、刺激として楽しめそうな素材と感じていたが、、、なかなか難しい。
1. まあ、まったくのウソではないでしょ、さすがに。
2. そういう人もいると思うけど、本当に知らない人が多いじゃ?僕は、ここ数年のテレビやネットで話題になるようになったから初めて知ったんだけど。学校で習った記憶もないし。
アニメが原作絵と違って気持ち悪いと評判の惡の華。1話を見て興味を持ち、ネットであらすじを探って、原作本を全巻購入し、幾度と無く読み返してもまだ飽き足らない。子どもじみた中学生らしい登場人物が、思春期特有の心理状況を抱えながら、自己を萌芽させ、徐々に顔つきも大人びてくる。当初はギャグテイストの悩みや災難も、次第に力を帯び、心をえぐり、魂をすりつぶすほどの痛みになる。登場人物は傷つきながらも正気を失わず、自分の心が発するの声にしっかりと耳を傾け、美しくも悲しい物語を紡いでいく。マンガやアニメの主要な購買層が求めている作品ではない。思春期で思い悩む少年少女とってのバイブル、恋愛や社会との関わりの中でひどく傷を負い、いまも人知れぬ痛みを抱える人々にとっては、癒しの物語となるだろう。
高校生編はまだ途上なので評価は避けたい。蛇足にならないよう願いたい。常盤さんと付き合うことになったが、仲村さんが登場するならば春日には破滅しかない。常盤さんという人物が、高校生となりある程度社会性を身につけた仲村さんとしての役割を担うならば、仲村さんは永遠に登場してこないだろう。
中学生編は、3巻の峠を境に前半と後半に分かれる。前半は主人公が、あこがれの娘の体操着という、無意識の海に落とし込んだ財宝とも言うべきものを盗むことから始まる。思春期は幼い子供だった時代と別れ、自我が覚醒する時期。親や学校、友人らと同一の存在であり、他とは異なる自分というものがなかった幼い自分に別れを告げる時期。未知の財宝を奪うという行為は、通常の意識よりも深いレベル、無意識から発せられる。さらに、住み慣れた世界から自己を引きはがす未知のモンスターが登場。深淵からの使者、仲村佐和に秘密を握られ、否応なしに「自己の覚醒」へと突き動かされる。すべての出来事は現実と同じく、良い結果と悪い結果の両方をもたらす。そして自己の表現とは属する社会の道徳とは相反するものになる。すべての結末は死、解体、別離。カミソリの刃先のような危険で細い一本道を命がけで渡る春日の姿は、一種の英雄譚のようだ。
自己の表現すなわち仲村の呼ぶ「変態」が本作のテーマか。分かりもしないボードレールをこれみよがしに見せつけて俺は他の奴らとは違うんだと悦に入る気持ち悪いネクラうじうじ男、春日。彼が未知からの召喚に応じ、キリストの受難のような試練を受ける。思わずあこがれの佐伯の体操着を盗み、思わず嫌われ者仲村をかばい、思わず佐伯をデートに誘って思わず告白する。仲村に本当の自分を黒板に書けと言われ、一度は断るものの、仲村が溜め込んできた周りの世界への鬱憤を知り、さよならを告げる仲村を思わず引き止める。自身のカミングアウトだけでなく、芸術作品のように自分の存在の全て教室にぶちまけて仲村の言う「クソムシの海」を創り上げる。完全なる自己の覚醒は住み慣れた世界との別れ。仲村とともに「向こう側」を目指すも、愛すべき社会を体現した佐伯が立ちはだかる。唾棄すべきもの、社会から忌み嫌われるものだったはずの「ありのままの自分」が佐伯から受け入れられ涙を流す。だが、一人で「向こう側」に向かおうとする仲村を思わず引き止める。引き止めたことに驚いたのは春日自身。言葉が出てこない。行くか戻るか2人から選択を迫られ引き裂かれる春日。普通に佐伯と「付き合う」ことができず、仲村の求める「変態」にもなれない、自分が空っぽであまりにも無力な存在であることを思い知らされる。
後半も「変態」行為が自己表現だが、その行為には一切の欲望や情念は込められていない。愛の表現そのものだ。愛は自己の表現であり、社会の価値観とは反するもの。峠の心理状態のまま時間が止まり、仲村にも佐伯にも歩み寄れない春日。3者は峠の出来事で自分の存在をズタズタに引き裂かれている。社会性の権化だった佐伯は親友木下に付き添われることで辛うじて社会生活を送り続ける。春日と仲村は以前にもまして社会とは関係を持てない。木下は佐伯と春日の関係修復を試みる。互いに相手から好きだと言われたいとの思いはあるものの、これ以上傷つきたくないというのが本音だ。もう引き裂かれる痛みに耐えられない。双方とも無表情を装い、相手を拒絶する言葉を放つ。佐伯と別れ、残るは干からびて死んでいくだけの日々。夢のなかで、それまで気づいていなかった仲村へのいとおしさに気づく。仲村への気持ち以外の他の全ては意味のない空虚な存在。自分の「向こう側」は仲村の中にある。仲村を笑わせるためならば、社会も自分自身さえも捨ててしまおう。愛の巣そのものの秘密基地を作り、佐伯を除くクラスの女子全員のパンツを盗む。変態行為は仲村への愛のメッセージであるとともに、佐伯には決別のメッセージ。佐伯への決別の決意を知った仲村はようやく春日の思いを受け入れ、世界で2人にしか分からない特別な関係、すなわち「契約」を結ぶ。
一方、決別のメッセージを受け取った佐伯は、自分の抑えこんできた欲望、自分そのものの萌芽を迎える。社会性の象徴である木下を伴いながら、春日と仲村が創りだす2人だけの世界を探求する。それは木下にとってはただ変態、犯罪者の異様な空間。だが、佐伯にとって、自分には絶対にたどり着けなかった世界。嫉妬と羨望と欲望の対象、世界の求める姿を演じることなく自分の好きなことを自分の思いで自ら創造する世界。彼女の求めたすべてがあった。悪行を社会に知らしめることは、春日と仲村の2人だけの絆をさらに深いものにしてしまうだけ。木下と決別し、麦わら帽子と共に自らの演じてきた仮面を脱ぎ捨てる。春日が仲村のために創り上げた世界を燃やし尽くし、春日をセックスで取り込むことで仲村から奪い、自分のものにするという欲望をさらけだすも、春日に拒絶され、仲村との対決にも敗北する。
仲村は勝利したものの深い傷を負う。後半の仲村は未知のモンスターではない。攻撃的な性質は持ち続けているものの、春日を受け入れるまでは、いばらに閉ざされた眠りの森の美女。春日を受け入れてからは愛の対象者として存在する。変態行為を求めることはない。ただ自分を喜ばせるためだけに、他のすべてを捨てて一生懸命になってくれる男の子、春日の存在を嬉しく思う一人の女の子だ。2人の間に割り込んできた佐伯の存在により、自分と春日の関係は誰からも祝福されないもの、自分の存在は周りを不幸にするだけのものだと思い知らされる。行き着く先は死か破滅しかない。だけど私は死にたくない。
春日の隠し事が徐々に露見し外出禁止となる。春日を閉じ込める家は地母神の胎内そのもの。放火の懺悔を決意した佐伯は春日の元を訪れ、2人で罪を告白し元の世界で生きる道を提示する。佐伯に心を引かれそうになるが、仲村を信じ想い続け、佐伯を拒絶する春日。行き着く先は破滅のみだと分かりつつも。佐伯の自白とともに、佐伯の分身とも言える木下の手で、すべての出来事が世界に露見される。誰一人幸せにできなかった。何一つできなかった春日。閉じ込められた檻を力づくで破壊し、閉塞した社会の胎内から春日を引きずり出したのは仲村だった。社会から拒絶されるならば、社会そのものを拒絶し、春日を殺し、自ら死ぬ覚悟をしていた。仲村にとって、自分の知らない自分を引き出してくれたのはいつでも春日の自己表現の爆発だった。春日がかぶっている皮を一枚一枚はがす度に、仲村は自分自身を発見していた。運命の夏祭りは明日。すべてが終わるのは明日。もう時間がない。向こう側を、自分自身を見つけなければ。全裸にし、皮膚をめくっても出てこない。バットで脳みそを叩き割れば出てくるのか。殺す気だった。だが、できなかった。私は春日くんを失いたくない。刺のある言葉を周囲に発して、無関心無表情を装って、硬い殻で閉じ込めて、ずっと守ってきた本当の自分、見たくなかった裸の自分自身。弱々しくて、壊れそうで、大嫌いな自分。世界がクソムシじゃない。私がクソムシ。私がいるから、こんなにも世界は生きづらくて苦しい。決して消えることのない自分。ありのままの姿をさらけ出した仲村を春日は魂の咆哮とともに抱きしめる。2人は心中することで、周りの世界のすべてを拒絶し、魂の永遠なる結合を図る。夏祭り、2人は世界に向けてありのままの自己、この世に生きた自分という存在そのものを叫ぶ。仲村は春日を愛していた。そして愛する春日が、両親や佐伯、社会から愛されるべき存在であることも知っていた。世界から拒絶され、孤独の深淵で苦しむのは私一人でいい。あなたは生きて。春日を突き飛ばし、一人で死へと突き進む。だが、その仲村自身も世界から愛されるべき存在。死から拒絶され、2人、いや佐伯を含む3人は、桐生市という地母神の胎内から外の世界へ排出される。そこで中学生編は終わり。
主人公の春日くんの心理描写はあるものの、仲村や佐伯についてはどのような心理状態でいるのかあまり描写がない。だが、2人とも自分にしか分からない悩みを抱え、自分の信念に基づいて行動している。物語の都合や作者の都合で動かされる人物ではなく、自らの意志で動く生きた人間だ。春日に自分の心の奥底に秘めた何かを求めてしまった2人の少女が作者の意図の範疇を超えて動きまわる。自らの意思で動く登場人物が自然と創り上げてしまった物語が惡の華の中学生編ではないか。仲村が、佐伯がどんな気持ちを抱えてその場にいたのか、想像を膨らませながら読むと深い、深すぎる物語。まるで恋人の心を探るような、自分を拒絶した異性の心を探るような、そんな作業にも感じられる。
面白いおもしろすぎる物語。エンターテイメントではない。現実の人々は、自分自身との関わり、愛すべき存在との関わり、社会との関わりの中で、必ず傷つき、苦しむ。この物語は生きる糧となる物語。魂に必要な食べ物。癒えることのない痛みを和らげる物語。閉じ込めて見ないようにしていた心の古傷を思い出させ、生きる歓びに涙を流させる物語。世界は悪意と欲望で満たされている。常に腐敗し悪臭を放ち続けている。自分自身も、かつては不滅の存在に思えていた社会そのものも、実は有限で不完全な存在に過ぎない。すべての欲望、情念、怒り、迷妄を捨て去った後、哀れみの心が生まれる。法隆寺、玉虫厨子の捨身飼虎の図で描かれるように、愛する人のため、社会のため、神に捧げる供物のように我が身を捧げることで、初めて完全無欠、永遠の存在を感じることができる。世界の中心はここにある。永遠は今この瞬間にある。神は常にあなたとともにある。
http://anond.hatelabo.jp/20130518133637デス
初恋の時期はヒミツ
うまくいった人もいたけど、確かに自殺多い
夜間整形外科(怪我や自傷、事故の傷を縫うだけの簡単なお仕事です)で働いてる
忙しい時間とヒマな時間の落差が激しくてケータイで読んじゃったけど、ツマランのが沸いてるな
嫌悪するヤツはするししないヤツはしない
ここ読んで落ち込んだりしないように
嫌悪するヤツはほっとけ それぞれ好きなようにすればいい
ただ自殺率高いと指摘されているカテゴリーの人間に対して嫌悪の態度をぶつけるヤツには医者として正直腹が立つな
ここで一区切り、コレに関してはもうトラバ飛ばさないから勝手にやってくれ
自分の非を認めないヤツはそれなりに、だとどこでも教えてると思うが
謝られても反応しないからなー
さてと、私はもう来ねえからさ
返事はこれでいいかな?
ち、ちゅーにーーーー?!
スカートとか髪の毛の長さを測ったりするんでしょ?
あ、もしかしてそれって男の子の話?ならまあ中二で初恋は普通かも。
そんなに気付くの遅い人は「作ってる」人だと思うよ
でも同性同士の恋愛って気付かれないから校則があってもセーフなのかな
別のところが気になった
反応ヨロ!
あっそーだ追加
死別2人、他の恋人(同性)を見つけたのが1人。
http://anond.hatelabo.jp/20130518170410
そもそも、ラノベ自体、何世代かに分類されんじゃん。その中でも最近の世代のラノベ作家なんて全体のレベルが低いんだから天才とか言うだけ無駄。
要するに、「超革命的中学生集団」とか、その辺り。ラノベの元祖だよね。ジュブナイルと読んでも良いかもしれん。
この辺りは普通にSF作家名乗ってる連中が多いのも特徴の一つか。まぁ、今のラノベ作家が素人に見えるようなのがゴロゴロいる。
80年代の朝日ソノラマ文庫とか、集英社コバルト文庫とかになるのか?
この辺りの作家も今となっては有名なのが多い。つーか、あの時代の日本人SF作家が相当数居るよなwww
朝日ソノラマと集英社コバルト以外のレーベルが台頭し始める。要するに富士見ファンタジア文庫の全盛期。
学校が舞台となる作品が増えるキッカケになった。ハルヒそのものは、それよりも前の良いところを残していたが、後続には無視されたwww
住み込みで働ける所を探して自立したいんだそうだ。
まぁ男だったらいいだろう。あえて茨の道を進むか、頑張れよと言ってやりたい。
ただ女はダメだ。
家庭環境が悪く一刻も早く家を出たかったのと、生来の学校嫌いによる。
職人の道へ入ったが別に志なんてなく、ただ住み込みで働ければなんでもよかった。
その後幾度か転職を繰り返すが、なんとか落ち着き、家庭も持つことができた。
ブルーカラー一筋の俺は学歴差別を受けた事もないし、コンプレックスもない。
ただ問題はそこじゃない。
彼女が実家と絶縁し、一本どっこでやっていこうとしている事だ。
庇護者のいない子供を利用・搾取しようとする大人はいーっぱいいる。驚くほどいる。
仕事覚えてないからって何か月も月給3万で働かされた事もあったし、
父親のように慕った人物に100万近く持ち逃げされた事もあった。
こういうクズ達は、なんの後ろ盾もない事をしっかり見抜くし、子供の寂しさにも付け込んでくる。
10代の女には価値がある。群がってくる悪い虫の数が男の場合と全然違うんだ。
挙句そいつの子ども身籠ってシングルマザーとかさ、ベタすぎて泣けちまうよ。
仮にさ、すべての誘惑を跳ねのける鉄の意志を手に入れたとしよう。
でも女の子がそんな、ぶ厚い鎧みたいなタフさ身につけてどうすんの?
それはそれで異形だぜ。
いや、異形にこそなりたいのか。
まぁ俺は祈ることしかできないよ。
アメリカじゃモンスターペアレントと学校が訴訟で決着つけるんでしょ。
親も言いたいこと言える代わりに、学校も黙ってないで親に反撃するってこと。
AKBはCD買うほどはまってないけど、テレビで流れてれば見るし、ヘビーローテーションはカラオケで必ず歌う。あとYouTubeで検索してライブとかトーク番組とかドキュメンタリー見てると結構胸に迫る。
がんばってる女の子はやっぱりかわいいし、素直に応援したいなと思う。顔のパーツ寄っていると評判の前田さんも、ライブでキラキラ笑って踊っているのは十分かわいい。
AKBでよく言われるのは「がんばってる姿が良い」って意見。で、それを否定する「がんばってんのはお前らだけじゃねぇ」って意見や「ごり押しで売れてるだけ」って意見も多い。
たしかに寒空のストリートで歌ってる人だって、海外に渡ってダンスの修行してる人だって彼女たち以上にがんばってるのかもしれない。彼らだってスポンサーがつけば売れるかもしれない。実力があるのに運がないだけなのかもしれない。AKBの成功はごり押しのおかげかもしれない。
だからといって彼女たちの努力の価値が下がるわけではないと思う。
努力は必ず報われるわけじゃない。がんばれば優勝できるわけじゃない。甲子園に行けない学校もある。だけど私は努力が報われる姿を見たいと願ってしまう。世の中に少しくらい、努力が報われることがあったって良いじゃないかと。
そしてそんな願いを、たぶんあの女の子たちにも同じように託してる。
AKBは甲子園どころか弱小チームぐらいの力で、それがズッタズタのボロボロになりながら努力と団結と涙で乗り越えていこうとするんだから、スポコンだよね。応援したくなる。
あとK-POPも中々嫌われてるけど、政治的な話を抜きにすればそこまで酷くないと思う。
私はどちらかというと個性的な濃い目の顔が好きなので、韓流グループは見た目で区別できないんだけど(みんな薄味で似て見える)、踊りなどのパフォーマンスはやっぱり計算し尽くされてて魅力的だと思う。ショービジネスを極めようとするとこういう風になるのかなとか。
ドラマも、なんだかんだいって日本の少女マンガやハーレクインみたいな展開は王道にして正道に決まってる。それをまじめに丁寧に作るんだから、面白いにきまってる。かといって日本人がおんなじ演技をしたら暑苦しくて受けないと思う。あくまでも「外国人がやってる」ことがウケたんだろうなー。吹き替えとか字幕だと、暑苦しさも自然と受け止められるし、わざとらしいのも許される気がする。
>「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
されません。被害妄想です。また書くけど、女性手帳の目的は「少子化を解決する(出生率を上げる)」ではない。「晩婚・晩産に歯止めをかける」だ。間違えるな。これは理由1でも書いた。じゃあ、「晩婚・晩産に歯止め」がかからなかったら、女性のせいか?違います。女性手帳の導入を決めた人の責任になるので、安心してください。
まず、晩婚・晩産に歯止めはかからない。社会的に環境が整わない上男に覚悟ができないのだから歯止めがかかるわけがない。未婚化は進むかも。
そして欠陥が判っていて政策が通った場合、同時に「政策を通した=国民としてその政策にある程度合意した」と見なされるため、「合意したのだから協力しろ/合意したのに非協力的だ、我がままだ、独善的だ」という批判が成立する。晩婚・晩産を国を挙げて止めようとしているときに流れに逆らう者が叩かれない理由はない。
女は必然的に流れに従うか或いは逆らうかに分類されるが、男はそもそも流れの渦中にすらいない。
「適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題」と「男が無知で終わってる問題」を意図的に混同している。
全く同じことがお前の「僕は上から目線だとは思わない」に対して言える。
客観的事実とは「そう思う」人数が多いから客観的事実なのではない。「上から目線」とはある特定の不利益を黙殺する態度のことであり、ある特定の不利益の黙殺はすべて上から目線である。これは誰がどう思うかで変化することではなく、論理的にそうなのである。
それがわからないと、「こいつは頭が悪いな。幼稚だな」と思われるよ?
これはちょっと誤解を招く。出産を強制しようとしているわけではない。僕がしたほうがいいと思うのは、「(産むとしたら高齢ではなく)適齢期に子供を産め」という教育。なぜ、「だから」に変えた?わざとか?意味が違ってくるだろ。
何も変わらない。「不適齢期だから子どもを産むな」という従来の学校教育に対立する「適齢期だから子どもを産め」という女性手帳の内容、という対比にすぎない。
気に入らないなら「適齢期に」と読み替えても良い。
年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保証にはならない。
適齢期に責任が取れるようになっていなければ産みたくても産めずおしまいだし、実際責任が取れるようになっているかどうかは誰にもわからない。どうすれば確実に責任が取れるようになれるかさえわからない。
そのルートを提示することができないのならばそれは教育足り得ない。
「責任が取れるようになったら適齢期に子どもを作れ」は指示であり教育ではない。
>手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ
「妊娠・出産の適齢期と高齢出産の知識をいかに普及させるか」という議論でいいんだよな?何度も書くが、僕は女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いてない。知識が普及しないのなら継続して議論は必要だと思っている。
議論というのは授業において、子どもたちが「適齢期に子どもを産む」という解に辿り着くには「どうすればいいか?」を検討する議論のことだ。
先述した通り女性手帳の内容と現在の性教育内容とは真っ向から矛盾するので、授業で深く掘り下げて取り扱うことはできない。元々の設問が悪すぎる。
敢えてやるのが筋というものだが「大人は馬鹿、無茶苦茶を押しつけてる」と言われたらぐうの音も出ない。
だから手帳の配付で事足れりとするばかりで、性教育の内容を充実させるという方針は出てこない。
そりゃそうだろ。女性手帳や学校の授業などの教育によって「知らない人間(特に女性)がいないようにしないといけない」というのが僕の主張。
>知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。
それを高齢出産で苦しんでいる人の前で言ってきてください。
「知りたかったのに教えてもらえなかった」とまで他人に責任転嫁する者がいるんだったら喜んで言ってやる。
お前は代わりに性的マイノリティに向かって「年をとると子どもは産めなくなる。これ特に女性は絶対知ってなきゃいけないこと」と吹聴してこい。
恥じるならせめて己の論のチョロさを恥じたまえよ。
モンスターペアレントとは学校などに対して自己中心ともいえる理不尽な要求をする親を意味する。向山洋一の命名とされる。略してモンペともいう。
モンスターペアレント(モンペ)とは「教師は偉い」「教師に従うのが当然」「親は口を出すな」という日本社会の儒教精神が体現された概念だと思う。子供のことで親が口をだすのは当たり前で、わざわざ名前をつけるのがおかしいではないか。
英語版ウィキペディアでモンペに対応する記事は"ヘリコプターペアレント"という記事だが、「過保護な親」という意味であって「教師・学校に文句を言う親」というニュアンスは、ほぼ無い。しかも異常に充実した日本語版モンペの記事と違い英語版「ヘリコプターペアレント」の記事は簡素である。ウィキペディアが全てではないが、ヘリコプターペアレンツは英語圏でそれほど問題視されていないと言えるのではなかろうか。
中国語版ウィキペディアの「モンスターペアレント」の記事はほぼ日本語版を訳しただけ。他の言語版はまともな記事がない。
これらのことからモンペはほぼ日本独自の概念だと思う。逆に言うと日本以外では「教師・学校に物を言う親」が普通ということでもある。
モンスターペアレントという言葉を生み出す土壌である儒教精神は日本社会の悪い部分であると思うので、日本にモンスターペアレントという「普通の親」が増えてくれると嬉しい。
というより、男が手帳を受け取って出来ることというのが実質覚悟しかないのに、お前の主張ではそれもできっこないという話になっている。男は「自分のすべき負担」から逃れ続ける。
その一方で女は知識を植え付けるという名目で「自分のすべき負担」から逃げられなくされる。「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。そもそも覚悟とかいう問題以前に社会的に環境が整ってない。なのに妊娠に必須のパートナー即ち男には逃げ道が確保されている。
仮にも政策として打ち出すものである以上、このように性別で負担が変わるものは不公平の極みで女性蔑視で差別的だと言われてもしょうがない。全部事実だ。
>「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
されません。被害妄想です。また書くけど、女性手帳の目的は「少子化を解決する(出生率を上げる)」ではない。「晩婚・晩産に歯止めをかける」だ。間違えるな。これは理由1でも書いた。じゃあ、「晩婚・晩産に歯止め」がかからなかったら、女性のせいか?違います。女性手帳の導入を決めた人の責任になるので、安心してください。
適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
そして、そういう理由なら結婚できなくなるのは適齢期を過ぎた女だけじゃない。結婚に向かないライフスタイルの男、即ち共働きで互いに互いを支えられるだけの家事分担の能力や意志がない男や産休育休子どもの世話に手が割けない男も結婚できなくなる。長時間労働を前提に残業代で稼いでるクチはアウト。当然不妊の男や高齢の男もだが。
>適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
別におかしくない。上から目線は上から目線。表現として反語で書いたかそうでないかという次元ではなく、事実として女性手帳政策は上から目線なのでそう言われても仕方がない。
それはお前の主観であって、客観的な事実(みんながそう思うこと)ではない。現に、僕は上から目線だとは思わない。別に「上から目線だ!」と言う分には自由だけど、それだと「こいつは感情的に批判してるな。幼稚だな」と思われるよ?
10代が「責任取れない」のは何故か? いのいちに「カネがない」から、その次には「遊びたいさかり」だからだ。
経済的・精神的に子どもを作って育てるのに適していない、だから10代は子どもを作ってはいけない。
しかし同時にこの「10代」に何歳台を入れてもこの命題は成立し得る。理由が「責任取れなきゃ」にある限り、いくつであろうと「子どもを作ってはいけない」に帰結する。
この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保障にはならない。
これはちょっと誤解を招く。出産を強制しようとしているわけではない。僕がしたほうがいいと思うのは、「(産むとしたら高齢ではなく)適齢期に子供を産め」という教育。なぜ、「だから」に変えた?わざとか?意味が違ってくるだろ。
>この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。
「責任が取れるようになったら、適齢期に子供を作ってね」という教育が成立すると思うが?
>手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ
「妊娠・出産の適齢期と高齢出産の知識をいかに普及させるか」という議論でいいんだよな?何度も書くが、僕は女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いてない。知識が普及しないのなら継続して議論は必要だと思っている。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わると思うんだ?昔からWeb上に妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がっていたとしたら、「知りたかった」人間は知りたいと思った時点で検索して知ることが出来ていたはずじゃないか。現にお前だって理由3を挙げている。「知ってる」と言える人間はいるわけだ。
知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。意図的によくない印象を与える表現を使うな。
そりゃそうだろ。女性手帳や学校の授業などの教育によって「知らない人間(特に女性)がいないようにしないといけない」というのが僕の主張。
>知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。
それを高齢出産で苦しんでいる人の前で言ってきてください。
女性にとって月に1度の生理痛は避けては通れないものであるが、わたしの場合それよりももっと深刻がPMSである。
生理がくる2週間前からイライラとうつ状態、腰痛や頭痛が続く。特にうつの症状があるときは他人に会いたくなくなる上に外に出るのも億劫になる。特に今年の4月からは悪い方に症状が出て、平日はほぼ引きこもっているような有様である。生理が来ても症状は良くならず、余計に症状は悪くなる一方。学校にも行けなくなった。
他人の目が怖い、電話の着信が怖い、外に出られない。学校のカウンセリングも3回ほど行ったが、学校の敷地に入ることすら体が拒否するようになってしまったのでもう行っていない。紹介された精神科の医師のことも信用できずに結局行かなかった。こうしてインターネットの世界に潜り込むことだけが唯一の心の休息になっている。
>女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。
女は覚悟ができるってどこにも書いてないけどなあ。「男”だけ”は手帳を渡されただけで覚悟ができない(女性はできる)」こう読んじゃった?
というより、男が手帳を受け取って出来ることというのが実質覚悟しかないのに、お前の主張ではそれもできっこないという話になっている。男は「自分のすべき負担」から逃れ続ける。
その一方で女は知識を植え付けるという名目で「自分のすべき負担」から逃げられなくされる。「手帳まで配って出生率が上がらなかったら女のせい」にされる。
女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。そもそも覚悟とかいう問題以前に社会的に環境が整ってない。なのに妊娠に必須のパートナー即ち男には逃げ道が確保されている。
仮にも政策として打ち出すものである以上、このように性別で負担が変わるものは不公平の極みで女性蔑視で差別的だと言われてもしょうがない。全部事実だ。
>「産まなきゃ産めなくなる」という焦りだけ植え付ける。
「産まなきゃ産めなくなるという知識を身に付ける」でいいだろ?
ダメ。理由は上記。
僕はそもそも男性が妊娠・出産の適齢期の知識をつけるのは反対じゃない。けれど、そうなると適齢期を外れた女性は今まで以上に結婚できなくなりますよ、と。これもおまけの部分で書いた。
適齢期を外れた女性が結婚できなくなる問題と男が無知で終わってる問題を意図的に混同している。
そして、そういう理由なら結婚できなくなるのは適齢期を過ぎた女だけじゃない。結婚に向かないライフスタイルの男、即ち共働きで互いに互いを支えられるだけの家事分担の能力や意志がない男や産休育休子どもの世話に手が割けない男も結婚できなくなる。長時間労働を前提に残業代で稼いでるクチはアウト。当然不妊の男や高齢の男もだが。
そう、当たり前なんだよ。だから、女性手帳に限ってわざわざ「上から目線」という表現を使うのはおかしいよねってこと。これは反語表現といって広く使われるから今度からは誤読のないよう気を付けてね。
別におかしくない。上から目線は上から目線。表現として反語で書いたかそうでないかという次元ではなく、事実として女性手帳政策は上から目線なのでそう言われても仕方がない。
もちろん、学校の教育でもやるべき。女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いていないし、僕は両方やるべきだと思っている。「責任とれなきゃ子ども作るな」と「適齢期に子供を産め」は矛盾しない。適齢期は10代じゃないぞ。
10代が「責任取れない」のは何故か? いのいちに「カネがない」から、その次には「遊びたいさかり」だからだ。
経済的・精神的に子どもを作って育てるのに適していない、だから10代は子どもを作ってはいけない。
しかし同時にこの「10代」に何歳台を入れてもこの命題は成立し得る。理由が「責任取れなきゃ」にある限り、いくつであろうと「子どもを作ってはいけない」に帰結する。
この状態で「適齢期だから子どもを産め」なる教育が成立するわけがない。年齢は責任が取れないことの理由にはなっても責任が取れることの保障にはならない。
手帳の最大の問題点のひとつは、配付した時点で周知完了としてこの点における議論を封じているところだ。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わったんだ?今でもWeb上には妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がってるぞ。それじゃあ、知りたかったのに教えてもらえなかった層のためにならないじゃないか。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わると思うんだ?昔からWeb上に妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がっていたとしたら、「知りたかった」人間は知りたいと思った時点で検索して知ることが出来ていたはずじゃないか。現にお前だって理由3を挙げている。「知ってる」と言える人間はいるわけだ。
知りたかったのに教えてもらえなかった?知りたい・知ろうとする発想すらなかった受け身人間だったというだけのことなのに、まるで知識を得ることを妨害されたかのようだぞ。意図的によくない印象を与える表現を使うな。
俺が早とちりしているというよりも、単純にお前に突っ込みどころが満載なのが問題。
理解が不十分だし理由4と矛盾する。女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。
覚悟ができるわけじゃない(し手帳を読めば子どもを持てるだけの社会的環境が整うわけじゃない)のに「産まなきゃ産めなくなる」という焦りだけ植え付ける。しかも女オンリーに。
>女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。
女は覚悟ができるってどこにも書いてないけどなあ。「男”だけ”は手帳を渡されただけで覚悟ができない(女性はできる)」こう読んじゃった?
>「産まなきゃ産めなくなる」という焦りだけ植え付ける。
「産まなきゃ産めなくなるという知識を身に付ける」でいいだろ?意図的によくない印象を与える表現を使うな。これは理由2でも書いた。
僕はそもそも男性が妊娠・出産の適齢期の知識をつけるのは反対じゃない。けれど、そうなると適齢期を外れた女性は今まで以上に結婚できなくなりますよ、と。これもおまけの部分で書いた。
>政府が施策を講じれば、すべて「上から目線」になるんじゃないか?
当たり前じゃん。政策というのはそれによって不利益を被る人間からすれば必然的にすべて「上から目線」すなわち不利益の強要並びにその黙殺になるっちゅーの。バカなの?
ならないのがあったら挙げてみろよ。
そう、当たり前なんだよ。だから、女性手帳に限ってわざわざ「上から目線」という表現を使うのはおかしいよねってこと。これは反語表現といって広く使われるから今度からは誤読のないよう気を付けてね。
教育が足りないって話を何故手帳で代替できると思うのか。教育しろよ学校で、ってなるのが筋だろ。
何故学校でできないかと言えば、学校では「責任とれなきゃ子ども作るな」と教えてるからだ。真っ向から矛盾する、だから手帳で誤魔化す。
もちろん、学校の教育でもやるべき。女性手帳”だけ”で教育しろなんて書いていないし、僕は両方やるべきだと思っている。「責任とれなきゃ子ども作るな」と「適齢期に子供を産め」は矛盾しない。適齢期は10代じゃないぞ。
甘い。既にパートナーがいる男の全員がそのパートナーの話を必ずうんうんと聞き入れるタイプだという前提に立っている。甘すぎる。
不妊治療に際しての男性側の検査が怖くて逃げ回る男は結構多い。自分が不利益を被るかもしれない話について、説得しようとすると機嫌悪くなったりして対話自体から逃げるタイプだ。
こういうの逃さないためにも配るならむしろ既婚か未婚かで差別しないで男全員に配るべき。無論男性不妊の話も盛り込んでだ。
個人的には紙がもったいなさすぎるからwebでの周知に絞ればいいと思う。アクセス自体を個人の自由に任せれば、知りたくない人の「知らずにいる権利」も保たれるし。
前半部分はどうでもいい。ここは皮肉を言いたかっただけだから。
>個人的には紙がもったいなさすぎるからwebでの周知に絞ればいいと思う。アクセス自体を個人の自由に任せれば、知りたくない人の「知らずにいる権利」も保たれるし。
これはさすがにバカすぎる。今までと何が変わったんだ?今でもWeb上には妊娠・出産の適齢期と高齢出産のリスクの知識は転がってるぞ。それじゃあ、知りたかったのに教えてもらえなかった層のためにならないじゃないか。
お前、ちゃんと読んでないだろ。誤読と早とちりによる感情的な反論しかできてないぞ。自分の反論を投稿するときは、もう一度よく読んで主張の正当性を確かめる癖をつけろ。
科学が"正しい(確かな)こと"をつくる過程が、実は全然世間に知られてないってことが(あるいはその認識がないことが)、ニセ科学が跋扈する背景にあるんじゃないかと思えてきた
現在日本で観察されるニセ科学が言ってることは、「最先端の科学だから間違ってるとは言えない」ってことよりもむしろ「ある程度すでに分かっていることから考えてもこれはおかしい」と思われることが多い。
つまりニセ科学というのは、ある程度科学者コミュニティ内でのコンセンサスが得られている事柄に反しているのに、それを無視して「科学的」な知識であると標榜することだとひとまず僕は理解している。
「科学的」であればすべて正しいと考えてしまう市民(非専門家)の"性質"を巧みに利用して、「主張」を信じさせようというところに、ニセ科学の罪がある。
後出しですが、ここまで何度か使ってきた「科学的」という言葉を僕は「科学者コミュニティの中での精査の繰り返しによる確かさの増大によって、ある一定の確かさが保証されている」みたいな意味で使っています。
科学は正しいことを言っている、という素朴なイメージは間違ってはいない。実際、理科の教科書に載っていることは一般的な意味ですべて"正しい(確かだ)"。今日の科学文明を見ればなんとなくわかる(ただしこれは価値判断を含んでいる)ように、科学は"信用できない"わけではない。
ただ問題なのは、「科学だから正しい」になってしまうことだ。つまりいつのまにか、科学的なこと(数式とか専門用語あるいは科学者の肩書など)が言われていればそれは正しいのだと思い込んでしまう。ある意味で科学への信頼の表れでもあるのだが。
実際そう考えるのは無理もないことだと思う。学校の理科教育は当然"正しい"ことしか教えられないからだ。教科書の中の科学はすべて正しいんだから、"すべての科学(とそれっぽいもの)"は正しいと考えるのはまあ自然である。
しかしこれでは見過ごされるポイントがある。教科書の中の科学でさえ、最初からまったく正しかったわけではないということだ。残念ながら普通の理科の授業(初等、中等、もしかしたら少なくない数の高等教育でも)では時間の制約上、そういうことに言及されることはない。事実は事実として(初めからそうであったように)教えられる。むろんこれは間違ったことではない。学校教育の宿命かもしれない。
科学が今のような強固な体系を持っている理由のひとつは、科学が広い意味で積み重ねの産物であることだ。それもただの積み重ねではなくて、数えきれないほど多くの科学者による検討と実験による再現性のチェックなどを経たものだ。学術論文をはじめ科学的知識はピアレヴューや引用、反証とそれに対する反論なんかの積み重ねで、ある水準の確かさを保っている。
この、科学の正しさが積み重ねられたものであるという認識が、世間には意外とないんじゃないかと思うのです。これはつまり、いわゆる"通常科学"とよばれるものの認識、に近い。
こういう科学の"裏側"みたいなものはあまり世間では語られないような気がする(実際、日本では科学の高等教育を受けた人でさえ学部なら4年生になってはじめて(すこしだけ)わかるようなものだろう)。それで科学的事実は科学的事実として生まれる、みたいなイメージが固定化されたら、"科学のベール"をまとった主張をすんなり信じてしまうのは無理もない。相手がそれを逆手にとって、初めから騙す気でいるならなおさらだ。
教育の力は大きい。すくなくとも義務教育は全国民が受けるのだから。理想論ながら、理科教育は科学の多く(ここは大事ですね)は積み重ねの営為によってその確かさ正しさを増してきたのだという認識を育む教育であるべきだと思う。そして"通常科学"におけるその過程をもっと積極的に教えるべきだと思います。要するに科学が"正しい(確かな)こと"をつくる過程、科学の裏側がもっと世間に知られることが大事なのではないかと。
「科学的」だから正しい、という前提が世間にあるために、「科学的」なものの"絶対化"が促進され、その権威に付け込んでニセ科学が跋扈する。そしてニセ科学を批判するために科学の言葉を使うと、社会は科学のなかの対立だと見なして、科学全体に不信感を持つ。さらにこれによってニセ科学に「(ニセ科学を批判している)科学は常に正しいとは限らない」という言い訳を与えている。科学の妄信的権威化の前では、ニセ科学は光に対する影のようなものだ。
まず社会が前提とすべきは、科学の知識の多くは積み重ねによってより正しい(確かな)ものになっていく、さらにいえば、いまこの瞬間もそうなっていっているという認識ではないか。より実践的な意味で重要なのは、ニセ科学は単に科学的な誤りというだけではなくて、現在の日本のニセ科学のすべてが、科学者の真摯な積み重ねを無視・拒否していることです。しかし、こういった認識はまだ一般的でないような気がします。
もちろん、科学的真理というものがあるとすれば、それは科学者コミュニティの中の多数決で決まるというものでは決してない。単に時間が解決してくれるものでもない。時には、そのときの科学ではまったく説明のできない問題が生じ、"ただの積み上げ"だけでは科学の正しさが保証されない場合もある(というか何度もあった)。しかしながらニセ科学はクーンの言う"危機"の発端ではないだろう。むしろ"通常科学"のなかで淘汰されるべきものだ。
ニセ科学という影に対峙するためには、むやみやたらな科学の絶対化は止めるべきだ。しかし、「じゃあ科学の相対化!」という(お決まりの)流れになるのではなくて、まずは世間にある静的な科学観をもうすこし現実にそった動的なものにかえていくべきではないだろうか。科学教育や科学コミュニケーションの出番はここにあると僕は思うのです。
そのためには、たとえば理科教育に科学史や科学哲学や科学社会学のエッセンスを加えてみるだとか、また理科の時間に拘らず、国語、社会科の時間に科学という営みのエッセンスを振り分けてもいい。あるいは実際の研究の前線を知っている博士号教員を増やすだとか、そういうやりかたもあるんだろうと思う。
科学の楽しさ素晴らしさを知ってほしい!っていう理科教育はもちろん素敵である。いっぽうで、科学とはどういう営みなのかということを誠実に教えること、あるいはいっしょに考えていくことは、科学のもたらす"正しい"知識を教えることと同じくらい大切なことではないだろうか。"科学という営み"についての観点も含めて、"科学リテラシー"なのではないかなと思うのです。
「生む生まない、いつ生むは個人の問題で、国家が決めることではない」という主張。これは過剰反応というしかない。僕にはたかが手帳が個人の生き方を決めるとは思えない。女性手帳のおかげで「若くして妊娠」という生き方を選んだ女性は、たとえ女性手帳がなくても、運よく情報を得ることができれば、その生き方を選んだはず。不幸なのは、そういった女性が知識不足のために高齢出産で苦しむこと。好きに生きたい人は”リスクを考えたうえで”好きに生きればいいし、その自由は憲法で保障されている。
この主張の代表は、弁護士の伊藤和子さん。彼女は人権問題にかかわっているから敏感なんだろうね。それにしても、この人の記事には「生き方を押し付ける」や「上から目線」など感情的な表現が多かった。「生き方を提案する」でいいし、政府が施策を講じれば、すべて「上から目線」になるんじゃないか?
理解が不十分だし理由4と矛盾する。女だって手帳を渡されただけでママになる覚悟ができるわけじゃない。
覚悟ができるわけじゃない(し手帳を読めば子どもを持てるだけの社会的環境が整うわけじゃない)のに「産まなきゃ産めなくなる」という焦りだけ植え付ける。しかも女オンリーに。
こんなの「覚悟しとけよ」宣告に等しい。だから手帳はダメなんだ。
>政府が施策を講じれば、すべて「上から目線」になるんじゃないか?
当たり前じゃん。政策というのはそれによって不利益を被る人間からすれば必然的にすべて「上から目線」すなわち不利益の強要並びにその黙殺になるっちゅーの。バカなの?
ならないのがあったら挙げてみろよ。
理由3「そんなことは知ってる」
妊娠や出産の適齢期・高齢出産の危険性は周知の事実であるという主張だ。これはちょっと終わってる。それを知らない人が多いから、女性手帳をという話になったんでしょ。たとえば、今小学生の女子が大人になった時に、教育(女子手帳など)がなかったらどれほどの人がちゃんとした知識を得ることができるのか?今、テレビで取り上げられて問題になってきたからみんなが知ってきたのであって、ここ数年まで知らなかった人が多いのでは?(僕もその一人)自分が知っているからみんなも知っていると思い込んでいるんだろうか。残念な想像力。
教育が足りないって話を何故手帳で代替できると思うのか。教育しろよ学校で、ってなるのが筋だろ。
何故学校でできないかと言えば、学校では「責任とれなきゃ子ども作るな」と教えてるからだ。真っ向から矛盾する、だから手帳で誤魔化す。
「各自読んでおくように!この話はおしまーい!ハイ対策完了!」とする意図が見え見え。
「男性にも同じものを配ったほうがいい」や「男性も妊娠や出産の適齢期の知識は必要」という意見もあったけど、これはなかなか面白い。すでにパートナーがいる男性には女性が教えればすむ話なので、パートナーがいない男性に女性手帳を配れってことなんだろう。
甘い。既にパートナーがいる男の全員がそのパートナーの話を必ずうんうんと聞き入れるタイプだという前提に立っている。甘すぎる。
不妊治療に際しての男性側の検査が怖くて逃げ回る男は結構多い。自分が不利益を被るかもしれない話について、説得しようとすると機嫌悪くなったりして対話自体から逃げるタイプだ。
こういうの逃さないためにも配るならむしろ既婚か未婚かで差別しないで男全員に配るべき。無論男性不妊の話も盛り込んでだ。
個人的には紙がもったいなさすぎるからwebでの周知に絞ればいいと思う。アクセス自体を個人の自由に任せれば、知りたくない人の「知らずにいる権利」も保たれるし。