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はてなキーワード: ことなとは

2016-09-27

須田慎一郎氏の講演会メモ。今のアベノミクスは「質より量」だそう。

須田慎一郎氏の講演会があって聞いてきたんだけど、いやあすごかったわ。プロはやっぱりすごい。

ツイートはするな言われたけど(もちろん冗談だと思うが)増田ならいいよね?国会にも出てるし。そこでプロはすごいと思った2点を話す。

政経の専門ジャーナリストすごい

自分政治経済にはそれなりに興味をもって接しているから、いろいろな経済の動向を知っているつもりでキーワードは抑えていたんだけど、ぼんやり認識していた部分をここまで分かりやすく端的に表すのは流石プロだわ。年間100本こなすらしいから、当然といえば当然だが。

納得したところ

と言うことであった。

正直、アベノミクスが第二弾になって、そういえば失敗失敗と言われている「トリクルダウン」が確かになくなった。その後、経済対策はばらまき系になった、と認識していたのだが、須田氏の見立てでは、新しいアベノミクス本質は、一般に、と言うか、少なくとも自分がは福祉政策だと考えていた一億総活躍社会の方にあると言う。

一人当たりの給与は伸びない。トリクルダウンが起きないのなら、そういった「質」の向上よりも「量」として、世帯収入を伸ばそうとしていると言う。

なるほどな、と思った。これは安倍首相が再三唱えてきた「イエ」を重視する姿勢にも沿っているし、なるほど分かりやすく腑に落ちる分析に思う。

今までぼんやりと考えていたことが、ひとまとめに繋がって腑に落ちた感じで、流石政経専門家だと思った。

これが政策として良いかというと色々と議論は有り、突っ込みどころとしては

などがあるが、これはこの日記本質じゃないのでとりあえず置いておきます

ヤクザ専門家じゃないんですね(途中でご本人もネタにしてたので)

時事問題講演会プロすごい

年間100件以上の後援会をこなすという須田なのだが、一番最初に掴みからはいって、枕の「やわらかい」話から始まる。

そこで、楽屋裏のような話や、親友と言う他のジャーナリストの方、さらにはこの金がなさそうな講演会のギャラまでネタにして、上手いこと話を混ぜていく。さらに受講者の年齢層や、反応などを見ながら話を組み立てて言っているらしい。

落語のつかみみたいな。

一応原稿っぽい話が入ったクリアファイルを持っているのだが、それを広げた形跡がない。パワーポイントなども使わない。ただ、前に立って喋るだけ。これは講談師落語家に通じるモノがある。トリクルダウン説明をするときちょっとだけ水を飲んで見せた以外、途中で水分の補給もせず、90分喋りっぱなし。

眠くなって眠っちゃうひとがでる、と言う講演会あるあるや、会場の人たちをちょっとずついじる姿なども、漫談家というか私はちょっと綾小路きみまろ氏みたいなプロ司会を思い浮かべた。

もちろん、内容は先ほど書き出してみて気づいたのだが、結構堅い話なのだ。きちんとガチ経済の話。それを引き込ませて、満足度の高い内容をやるというのは流石プロという感じである

また立ち振る舞いもなれたもの。100件もやってりゃそりゃもう、と言えばその通りなのだが、実った稲穂ほど頭を垂れるとはよくいったっもので、きちんと周りに配慮をしており、いすを引いてくれた係の一にちょっと挨拶をしたり、公演の最後には深々と頭を下げて回る様子なども、印象に残る。

そして講演が終わったら、のこって妙なことにならないようにさっと退くなども見事だった。

また、正直それほど大きな影響力のある寄り合いでは無かったし、おそらくギャラなどはネタになるぐらい安い(と言うか、半公的機関みたいな団体なのでめっちゃ安いはず。はてな話題になったら総叩きになるぐらい安いはず)のに、きちんと最後交流会まで出席していくのである

いやあ、そもそも顔が怖いひとだから、ひとよりきちんと丁寧に礼節を尽くしてこないと誤解される感じだったのかなとか余計な事まで思った。俺もそう言う感じなので見習いたいと思う。

結論

プロってしゅごい。

実は予習で須田氏の本を買って読んだのだが、おそらく客層で変えてきたのでずいぶん印象が違い、「需要に応える講演」って自称されていたけど流石だと思った。

惜しむべくは、自分はすでに電子書籍派であったため、買った本は裁断して自炊してリサイクルしてしまっており、サインをもらい損ねたことだ。つうか交流会出るとか思わなかった。こういうひとさっさと帰るイメージがあったのに。こんなことなら2冊買ってサインもらえばよかった。

聲の形って超王道ラブコメじゃね?

西宮さんっていう東城綾がいて、上野っていうちょっと嫌な北大路さつきがいて、結弦ちゃんっていう南戸唯がいて。

なんか知らないけど将也がモテモテで、主人公取り合って女同士でバチバチやって、あかほりさとる作品なのかなってくらい主人公としては嬉しい立場なはずでしょ、客観的に見て。

手話で話すところとか、完全に二人だけの空間でいちゃいちゃしてるじゃないですか。お互い通じ合ってる的な。

「いや、主人公は常に葛藤している。あれは将也が成長する話」って言うけど、西宮視点で見ると、完全に恋する乙女少女漫画じゃん。少年漫画ヒロインの皮をかぶった少女漫画だよ。

君の名は。は、なんでお互い好きになったのか全くわからなかったけど、聲の形は、過程を描いてくれてるので素直にラブコメとして見れた。

いじめ描写しんどいとか、見ててきっついとか、いろんな感想あるけど、ラブコメとしてはハッピーエンドじゃん?後味も悪くない。

あんかわいい健気な東城綾告白されて、嫌味なさつきに猛プッシュされて、ボーイッシュでいい子な唯に信頼されて、言うことないだろ?

もっと気軽に「いいラブコメだった!」でいいだろ。

2016-09-26

今日摂取カロリー

昼食

弁当 750kcal前後

間食

せんべい2枚 150kcal

グミ2袋 300kcal

飴・ガム

夕食

アサヒスパードライ500ml 210kcal

ハム 1パック80g 230kcal

1600kcalをやや上回るくらいか

ほぼほぼ1600なので、まあ合格としたい。

銭湯に何年ぶりかに行った。で、体重をはかった。

乗った瞬間、あれ?ぜんぜん減ってない?というのが感想だった。

自己認識体重-1kg程度。

先月の中旬に某所で量った時の体重(衣類込み)からは-3kg。

ここしばらくけっこう節制していた意識はあったのでややがっかりはした。

しかし先月の体重と比べれば、2kg程度は落ちていることになる。

自己認識が甘く、さらに太っていたところから減ったということなのだろう。

思ったほどサクサクとは減らないが、それでも着実に減量できている。成果が出ている。

この調子明日からもがんばろう。

パチスロの当たりとネット上の承認欲求の話

俺はパチスロをやるし、こうして増田に何か書いては100ブクマ超えたーとかで一喜一憂している人間である

で、このパチスロをやって当たった時の快感と、自分記事ブクマが集まる快感と、比べてみるととっても似ている。

なんていうか、自分がすごい人間になったような気がどことなくするのだ。

昔のスロ仲間が、こう言っていた。

「俺は家でスロアプリやっていてもつまらない。ゲーセンで遊ぶならギリ我慢できるけど、やっぱりホールで出したい」

この言葉を聞いた当時はやっぱり演出よりも金だよな、と思って聞いていたが、でもそれならゲーセン我慢できるわけがない。そこが謎だった。

で、最近の俺の記事にそこそこブクマが集まったりして得た快感パチスロが当たった時の快感が似ているな、と思った時、この言葉は別の意味を持ち始めた。つまり、『人前で』大当たりしていることが重要なのではないかと。

パチスロ世界には『どやタバコ』なる用語がある。大当たりが始まった時に吸い始めるタバコのことだ。俺はタバコやらないから、このどやタバコにどんな意味があるかイマイチからないが、俺は当たっているアピールだとすると納得がいくのである

ネット上の承認欲求もそうだ。ネット上に俺が書いた記事じわじわ広がっていくのが数字でわかるあのブクマ数。あれが増えていくのを眺めるときの渇望は、パチスロで大当たりを求める渇望の麻薬っぷりとよく似ているのだ。

まぁこんなことを書いているが、実はもうパチスロはやめようと思って、今日専門の精神科医先生相談しに行った。先生最後にこう言っていた。

ギャンブル中毒の皆さんはいろいろなことを言うけれど、総じてみると当たった時の『自分はすごい』という感覚が忘れられなくて止められないように見える」

と。含蓄深い言葉である

けれども、『自分はすごい』という感覚のためにパチスロを打っているのだとしたら、『自分はすごい』という感覚が得られるはてブ世界に俺の依存先は転移するだけに思えてならない。

はてブ世界パチスロほど金は使わないからまだ健全かもしれないが、それでもあの渇望が、あの麻薬が、自分にとって良くないものだという感覚は変わらない。

こんなことを思いながらも、やはり増田記事にしてしまう。

ああ、本当に業が深くてやってらんねぇ。

http://anond.hatelabo.jp/20160926164317

おじさんが知っているのと同じやつかな?

直径4cmくらいのやつでしょ?

牛乳と一緒に食べると絶品らしいね

「らしい」ってのは、おじさんは牛乳飲むと腹を壊す体質だから、やったことないんだ。

でも中学生の娘はその組み合わせが好物で、よく食べてる。




http://anond.hatelabo.jp/20160926162703

9/25進捗

旧くからの友人に助けを求めて、土曜の晩に作業通話という名の座談会をした。相方の絵を見せたところ、私もまあ、これはどうなんだって思ったところはいくらかあったけど…、友人氏容赦なく「色が汚い」「塗りが雑」「自分だったらこれを買おうとは思わない」「せっかく増田は丁寧に絵仕上げたのに、一緒に出展する増田評価も落ちるよ?」とまあ批判の嵐。

別のグッズに絵柄を使い回すと伝えたところ、「ありえない!修正要求するべき」というので、うんやっぱりそうだよね、自分が満足行ってない作品を展示即売会という晴れの場で出展するわけないよね、と思って、自分の思ったところと友人が指摘した部分に赤を入れて相方に送った。一部だけね…。それも優しく。

いちゃもんつけただけみたいに受け取られたのか知らないけど、ツイですごい凹んでたけど。

それからも友人は相方氏に対して、将来プロを目指すんだったら指摘されて修正するのは当然でしょそれぐらいでツイに書くぐらい凹んでんじゃねー、そもそもお前基礎練してこい、アタリとってない上に複数人書くのにレイヤー1枚しか使ってないって、そうやって見えない部分書かないか身体バランスありえんぐらい崩れるんだろ、あと増田ポーズ集買え、と友人氏まあ素晴らしい毒吐きっぷりだった。

とりま給料出たし、帰りに振込のついでにブックオフ寄ってポーズ集買いに行こ)

私が甘すぎるんだろう、そういう誰が見ても良くないと思う部分の指摘すらやんわり~としか出来ない(いや、やんわりでいいんだろうけど)し、しかもすごく心が痛むのであんまりしたくない。

あくま大事なのは見てもらうことなんだから、枚数減らしてもいいから丁寧に書けって言った。本人、大丈夫って言うどころか、やることを増やそうとしてたのでマジで辟易した。

色ははみ出すわ色抜けてるわデッサン狂ってるわ服の構造分かってないわ人のオリキャラ無下にするわで本当に言いたいことだらけで、そんな中でやることとか制作物とか増やしてほしくないのである

お前は自分の絵見返してそれでいいと思ってるのか、枚数たくさん描くのはいいけど1枚1枚に愛を込めてほしいし大事にしてほしい。

それが出来ないなら作品数減らしてもいいんだし(今回に関しては、その分自分カバーできるから)更にそれも出来ない・自分の絵の書く速度の把握とスケジュール管理も出来ないのであれば、商業なんて目指すべきでない。漫画家サラリーマンも同じ「しごと」。時間は守ろう!っていう基本は一緒。同人じゃねえんだから新刊落としました!」がまかり通るわけないし。

何が一番問題かって、言い出しっぺであり申込みをしてくれた張本人がその相方であること。いやお前がスケジュール仕切れよと。スケジュール決めようって提案したのも私、必要もの買い出ししに行こうって提案したのも私、そしてなぜか絵の校正してるのも私。来年も一緒に出ようぜって口約束で決めちゃったけど、来年もしマジでやるんだったらもう1から10まで私が面倒見てやろう。漫画家修羅場が命、そんなわけねえ。前自分オンリー出た時3ヶ月前から準備してたんだぞ、それを今回2週間ちょいでやろうっていうのがどう考えても間違ってる。そんで来年も締切落としたりだめだったらもう諦めよう。私は私で別で創作活動しよう。

なんだかもう当日まで何も言えることがないなぁ。

うなぎパチンコの違いが分からん

どっちも韓国系ヤクザ資金源なのにはてなーうなぎ食には厳しいけどパチンコには甘々

パチンコアニメ業界と繋がってるから

アニメ基準で味方するかどうか決めてるの?

うなぎ排除パチンコ撤廃論も俺には遠回しな在日差別しか見えない

あとこれは基本的ことなのだが在日韓国系日本人であって、仮に日本国籍を持っていなくてもそれは日本司法行政問題であって在日差別あくまでも日本人間の国内問題であり隣国は一切関係ない

在日差別するような連中は同時に韓国人蔑視しているだろうからこの区別意味が分からないのかもしれないが

在日差別日本人日本人差別する問題であるということだけでもどうか覚えて帰ってください

在日差別などのせいで日本帰属意識を持ちにくい傾向にあるが、だからといって韓国帰属意識を持っているわけでもありません(韓国帰属意識を持たせようとほとんど洗脳的な民族教育をしたがる老害はいるが)

http://anond.hatelabo.jp/20160926153601

んなことないよ。もうお約束化しちゃってるから

エロゲをやったことがなくてもエロゲ由来のパロディを笑えるみたいな状態

RPG体験をもとにした作品

RPG体験をもとにした作品最近増えているように感じるけど、

やったことない人にはいろいろ伝わってないんじゃないのって思ったりする。

ソードアートオンライン とか

このすば とか

ダンジョン飯 とか

「undertail」なんかも、ちゃんとRPGやったことある人でないとすごさが伝わらない。

勇者のくせになまいきだ」なんて全く伝わらないよねきっと。

10年前のあの日、俺はKくんに電話を掛けることができなかった

来年で30になる。

 

子どものころ海外に行って別れて、久しぶりに地元に帰ってきたKくんはモデルを目指すという話を噂で聞いていた。

そして当時一番の親友だった俺と会いたいという意図を聞いた。

一方、俺は学生ニート引きこもりと化していた。

どうにかしなければならないと思いつつも完全に対人恐怖症になっていた。

電車の中の女の子たちの笑い声ですら動悸がして、非常にストレスになる、今思えば完全に病気だった。

あえば当時10年ぶりの再会となるが、俺は旧友とは誰とも会わなかった、会いたいと思わなかった。

その時、成人式親友だったやつと目があい、頑張って明るく挨拶したが無視されたのを思い出していた。

こんな俺をみてもコメントに困るだろうし、俺もK君の中の思い出を汚したくないし、何よりとても辛いので会うことができなかった。

会わなければいけないことは頭では分かっていたが何もできなかった。

都合が悪いふりをして会わなかった。

ドアには電話番号が書いてある紙がかけられていた。

 

それをアパートに持ち帰って電話を掛けようか、夜中に考えた。

考えて考えて、やっぱり電話を掛けるべきだと思ったが、とても何を話せばいいのか想像が付かない。

どう受け答えすればいいのか全くイメージができない。

何を言えばあの頃の思い出を汚さずにキラキラとさせたまま期待を裏切らずに電話を切れるのか考えた。

しかいくら考えても答えはでなかった。

つの間にか俺は真夏暑い夜の空の下にいた。

家の前のアスファルト道路の上に、靴を履いてパジャマ姿で立っていた。

携帯電話を片手に、視線を何度も地面と空を往復させて考えた。

長い時間が経ったように思えた。

答えは出なかった。

10年前の俺はKくんに電話を掛けることができなかった。

 

それからしばらくはそのことがずっと心のしこりで残り続けていた。

俺はというと頑張って大学卒業して何とか就職して働きだした。

勤務中でも増田が書けるだけの緩い職場だ。

もちろん忙しいときはそんな暇はないが。

何とかまともな社会人になってきたところでふとそのことを思い出した。

 

名前特殊なだけあってネット簡単に今の近況を調べることができた。

モデルを目指している人間ブログツイッター本名でやらないわけがいからだ。

特定やす情報もいくつか揃っている。

5分もかからずに特定できた。

10年前の俺にはできないことをしている。

今度ライブをやるらしいが、あいにく見に行くことができない距離だ。

特に大きな病気もせず活動を続けてきたんだなということがわかった。

残念ながらTVドラマに出まくるとか大ヒット歌手になるというところまでは行っていなかったが。

何か一言でいいから伝えたい気持ちが強くなった。

 

でも、10年前の俺の電話を掛けることができなかった俺と、

今の俺は何が違うのだろうか?

今でも俺は自分武器を取られたらオロオロして自信を無くして取り乱す人間だろう。

少し仕事ができるようになったせいで偉そうな精神性と虚ろな自信を身に着けたから、

今連絡を取りたいとか応援したいとか思い出しただけだ。

要は、自分に必至じゃなくなったか他人人生ちょっかいかけたくなったのではないか

今朝からそのことを仕事をしながら考えていたが、

どうしてもその疑惑が晴れることはなかった。

 

俺が伝えたいことはこうだ。

10年前Kくんに電話をかけなかったのは決して嫌いだとか関わり合いたくないからではなく、

今の汚物のような俺がモデルを目指す君のキラキラとした思い出を汚しかねないと判断たからだ」

「そして汚さないように交流を持つということも当時の俺の能力では不可能だったからだ」

「もし、嫌われたとかそう思っているのなら誤解だ、10年間何も言わずにすまなかった」

「今はバンドしたり歌手をしたりして幅広く活動してると思うけど、もし機会があればライブを見に行きたい、頑張って」

10年後である今の俺に、これを誤解なく、かつ円満に伝えられるだけの自信はなかった。

 

どうやら俺は10年前の俺と同じように、あの当時から10年後の未来の俺は同じように、

きっとまた連絡を取れずに終わるのだろうか。

俺が自分の心のしこりである重荷を解き放たれたいという欲求があるのか、

それとも未だに自信がなく怯えているのか、

あの当時自分の選んだ選択を一生責任を取って肯定するべきなのか、

難しいことを考えずに連絡を取り、何事もなく終わるのを期待するべきなのか、

Kくんにとって何が望ましいことなのか、古傷をえぐることにならないのか。

 

10年前も10年後も俺は答えを出すことができない。

Kくんが増田なわけはないが、

万が一にも増田なら、

あの時俺が会わなかったのは、どんな顔で会えばいいのか分からなかったんだ。

電話を掛けなかったのは、どんな話をしたらいいのか分からなかったんだ。

そして今も連絡を取れないのは、もう自分が何を本当に従っているのかも、

何をすれば一番正しい結果になるのかも、判断できないからだ。

 

すまん、Kくん。

立派になったら連絡を取ると誓ったが、

俺には一生無理かもしれない。

どうすればあの時と10年間を軽く謝って応援できるのかイメージが付かない。

俺は何も変わらなかった。

とても悲しい。

夢を叶えてください。

家族と仲良さそうだし、健康そうでよかった。

もし行ける範囲ライブがあったらこっそり顔出しますね。

本当はもっと文通していたかった。

でも日本語を忘れかけていると書いていたのを見て、

もうこちらでのことは忘れて新しい生活になじむのを優先した方がいいのではないか

そのとき僕は思ってしまった。

お金もかかるし、続けるだけの勇気も知恵も無かった。

いっしょに遊んだこととか、今でも全部覚えてる。

本当にありがとう

また、いつか。

 

Wより

http://anond.hatelabo.jp/20160925060352

男子高生がパンケーキ1600円もするようなカフェに行ってコーヒーとか飲むの?!

> そういうのやったことない? 俺は似たようなことやった記憶あるけれども...「パンケーキ」は確かに珍しいけれども、そこまで疑問に思うかな?

家がお金に困っているようには見えないしバイトは遊興費目的がメインだろう。バイト代無駄遣いするな!みたいなセリフもあったと思うから普通じゃない?とは思うし、そこにそんなにひっかる理由もわからない。スポッチャ行ったってそれくらい以上使うだろうし。貧困家庭だと見えたのか?

気に入らない時はいろんなことが気になるよねぇ…としか思えなかった。

報われなかった

音楽サークル音響担当してきた。

同期の中では一番積極的にやってきたつもりで、サークル以外の現場に呼ばれることもあり、自分なりに頑張ってきたつもりだった。

世代交代の時期が迫り、当然自分班長として頑張っていくのだと思っていた。

実際違った。積極的ではなく、人前にでて話すことが苦手なタイプの同期が選ばれた。

私は補助として頑張って欲しいと言われた。

こんなことはきっと社会に出たらしょっちゅうあることなんだろうと思い、自分には受け入れるしかなくて「わかりました」とだけ言った。

しかし、友人からも、先輩からも、誰からも「あなたがなると思っていた」と言われ、悔しくて堪らない。

ある先輩は、実際に抗議してくれたらしい。案の定ややこしくなったりもしたが、今は収まった。

1人でやる自信がない、仕切れる自信がない、と言ってる同期になぜ任せたのか分からない。

なにを言っても仕方がないので受け入れるしかないがとても悔しい。

楽しいからやってる、好きだからやってる、だけならこんなに悔しくなかったのだと思う。

人より上に立ちたいから頑張ってたのかとそれは違うと言い聞かせたりもするがやはり悔しいし何故か許せないなどと思う。

自分勝手さが醜くい。

女は息してるだけで月6万円かかる?

息してるだけで月6万円かかる女を降りたい

http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2016/09/25/190034


トイアンナさんは勝手に「平均予想」とやらを想像しているようですけど、

美容費の平均はネット検索すればたくさん出て来ます

例えば

クロスマーケティングが、平成23年日本韓国女性20代40代)を対象実施した調査によれば、日本人女性美容にかける費用は月額に換算して約6,348円

みたいな。多くのアンケートがやや差はあれどこの程度のものが多いみたい。中央値はもう少し下でしょう。



から女が息してるだけでかかる金額はせいぜい月6000円程度であり、間違っても「月6万円」でも「節約型16809円、平均38701円」ではない、と言い切っていいと思います



こういうこと言う人たちが女を生きにくくしてると思うんだよね。

月6000円程度の人がこの記事見るじゃん。「女は息してるだけで6万円かかる」。そうなんだ、私は全然美容費にかけてない、もっといろいろやった方がいいのかなって思うかもしれないじゃん。

男性の目を気にしてっていうよりも同性から恥ずかしいと思われないための方が大きいと思うんだよね。ネイルだってするし、まつエクだってするようになる。周りがやれば自分もやらなきゃと思うようになる。

で、結果として男からは「女は美容費に6万円もかけてるのか、バカじゃないのか。ネイルとかあんなののどこがいいんだ」と思われるようになる。

どっちからしてもいいことないじゃん。なにこれ。地獄なの。



女性の月の美容費なんて実は大してかかってない、まつエクとかネイルとかやるとこんなにお金かかるけど、実際にお金かけてる人は少数派なんですって宣伝する方が女性もそんなにお金かける必要ないやって思うし、男性も「なんだやってない方が普通なんだ、お金かけてる人は趣味か」って思うようになるんじゃないの?



トイアンナさんには

美容モテのためじゃないと言い出す人も増え、男女問わず趣味として認知されますように

数万は完全に趣味から、その数万かかって当然みたいな認識から改めてほしい。

カレーを用いた食卓平和の守り方

珍しく妻からカレーリクエストがあった。

その日僕は非番。妻は朝から仕事だ。

よし。妻の帰りまでに腕によりをかけて作っておいてやろう。

そう思っていた矢先、それを牽制するように「カレーパッケージの裏通りに作るのが一番美味しいよね」と僕に釘を差す妻。

「だよね。ためしてガッテンでもそう言ってたよね。」

同調する返事を返すが、もちろん納得はしていない。

なぜならためしてガッテンにはまだ続きがある。

パッケージに書いてある通りに作るのが一番美味しい理由は、全体の味のバランスが取れているからというのが理由だ。

そしてもしアレンジをするなら、ルーを少なめにした上で、バランスを取りながら行なうべしとされている。

ならば水を増やせばその分アレンジの許容量が増えるというわけだ。

カレールウ半パックに対して水750ccと書いてある。ならば水を800c、具材の水分を少し多めにして、その分アレンジをさせてもらおう。



カレーといえばごろごろと肉が入っているのが魅力だ。

そこで我が家節約レシピは、鶏の胸肉を使う。

牛ほどのホロホロ感はないが、豚くらいの噛みごたえとそれでいて癖の無さがカレーにぴったりなのだ

しかしそれでは物足りない。ここに鶏肉に対して1/3程度のやや脂身の多い牛バラ肉スライスを細切れにしていれるのだ。

そうすることによってカレー全体に牛の風味が付き、鶏胸肉と一緒に噛めば美味しさも倍増するというわけだ。

ということで今回のカレーの基本材料だ。

・鶏胸肉300g

アメリカ産牛バラスライス100g

・玉ねぎ3こ(標準レシピより1つ多く用意)

じゃがいも3こ

・水850cc

カレールウ半パック(6皿分)



まずは肉に下味をつける。

鶏胸肉を一口大、牛バラ肉スライスを細切れにしてボールに入れ、塩小さじ1、生姜おろし大さじ1、にんにくおろし2かけを入れて混ぜてから時間ほどなじませておく。

ねぎつのうち、一つはまるごとみじん切りに、残りは1cm幅くらいの薄切りにする。

そうすることによって、薄切りの玉ねぎ以上に玉ねぎ存在感を感じられるようにするのだ。

じゃがいもは皮をむいて芽を取り除き、2cm角くらいに切る。

鍋にオリーブオイルを引いて、まずは玉ねぎのみじん切りをいれ、強火で5分程度かき混ぜながら炒める。

飴色は面倒くさいが、これでも十分に香りがでる。

その後に細切りにした玉ねぎを加えまた数分間炒め、しんなりしてきたところでなじませておいた肉をまとめて放り込む。

肉を混ぜながら炒め、表面に焼き色がつきスパイス香りが立ってきたらじゃがいもと水800ccを加える。

ここまでずっと強火でよいが、焦げ付かないように手早く混ぜ続けること。

蓋をしてお湯が湧くのを待ち、沸騰したらアクを取り除き火を止める。

カレールウを一かけらずつ入れては、ダマにならないようによく混ぜて溶かす。



ここから隠し味の始まりだ。

肉にスパイスと下味を付けたので、全体の塩分比較的間に合っている。

人の味覚は甘い→苦い→辛いの順番に感じるとためしてガッテンでは報じられていた。

なので、まずはこのカレー甘味を加える。

砂糖大さじ1どばー。

つぎに苦味といえばコーヒーだ。

インスタントコーヒー小さじ1どばー。

そして市販ルーでは辛さが物足りない。

一味唐辛子小さじ1どばー。

そして全体をマイルドにしてくれるバターを適量投げ込む。

全体をよく混ぜて味見。

市販の味のようでいて、そこはかとなくスパイスが際立つ絶妙な旨味バランス

これならばアレンジカレーとは思われまい。

そして最も大切なことはこれを妻が帰ってくるまでにしっかりと寝かせておくことだ。

妻の喜ぶ顔を想像しつつ、洗濯掃除に取り掛かる。



「うん!やっぱりレシピ通りに作るのが一番おいしいね!」

何も知らぬ妻は満足そうにカレーを頬張り続ける。

「だよね。最近カレーってよく出来てるよね。」

嬉しそうに僕が返すと、妻もまた嬉しそうに頷き返した。

休みの日に気を使わせたくないからとレシピ通りに作ってさえくれればうれしいという意思表示をしてくれた妻に、それでも少しでもおいしいカレーを食べさせてたげたいと悟られないようにアレンジを加える僕。隠し味とはつまりそういうことなのだろう。

今日もこうして食卓平和は守られるのであった。

関わりたくない人がいる。

先日、職場普段はあまり仕事しない人と組むことになった。(仮にAさんとする)

Aさんは、かなり細かいところまでこだわりを持って仕事をする。

仕事だし、それは当たり前のことなのだが、時にそれがAさん自身を追いつめたり周囲をうんざりさせたりしていた。

先日の作業で私がやるのは簡単作業のはずだったが、とある事態が発生したために簡単ではなくなったのだ。

作業するのに必要データが届かず、代案でやることに決まったときに、ああこれダメだと直感したのだ。

この感覚は初めてではなかった。

私が配属されたときに、Aさんが担当していた仕事を引き継ぐことになり、指示をもらいつつ必死に進めていたのだが、

Aさんは、なんと途中で体調不良ということで長期間休みに入ってしまったのだ。

その時点でまだ全体の3分の1しか引き継がれていない状態で、半ばパニックに陥りながら作業をしたのだ。

その時と違ってAさんはいるというのに、なぜか同じ感覚になった。

なんかややこしいことになりそう、と。

結果として、予感は当たった。

Aさんの指示と、作業内容がかみ合わない箇所がいくつも出てくる。

提出の段階になって、最初に言っとくべきだろうというようなことを言ってくる。

そのために見直しが発生し、時間が余計にかかる。

この人、わざとやっているんじゃないかとも思いかけた。

Aさんからは、作業の出来が悪いとのお言葉をいただいた。

私はAさんの顔を見ることができなかった。なぜか?

疲れ切っていたからだ。まあ、カチンと来ていたのもあるけど。

今回の件について話をしたいらしいが、どう答えたものか。

正直、もう、私が全面的に悪かったでいいから、話とかしたくないんだが。

私も、初めての人と組むときがあるからAさんの大変さはわかる。

でも、なんかAさんとは仕事したくない。

妻と喧嘩をしてもう何もかも嫌になり仕事も家庭も全部捨てて家を出ようと一瞬考えたが辞めた。

以下妄想

「じゃあ出て行くわ」と捨て台詞を吐いてスマホも持たないで財布だけ持って玄関を出る。

見つかりたくないので一度も行ったことない西へ向かう(今住んでるところは東京

安い宿で日雇いバイトをして生きていけばよいか・・・

今の仕事よりはストレスからなそう!

あ、凄い田舎の山林で首釣って死のうかな。

仕事無断欠勤なので職場から妻宛に電話がかかってくる。

実家に連絡が行く。大騒ぎ。

捜索依頼。

子供大泣き。

みんなに迷惑がかかるので辞めようと思った。

レビュー(感想)を書くこと自体について考えたこと

最近話題シンゴジラ君の名はを見に行ってきた。

個人的にはどちらもとても楽しめたが、それは置いて置いて。今回は巷に沢山ある作品レビューについて考えたこと

例えば君の名はを見たあとに閲覧した以下の方の記事

http://ohrmsk.hateblo.jp/entry/kiminonaha.jp

有名なブログらしく、この方は批判的な立場から感想を書いておられるが、コメント欄を見ると賛否両論(特にブログ主に対する批判)が沢山書き込まれている。

特に否定的レビューをした場合、こういうことになりやすい。そしてたいていの場合は「嫌なら見るな」「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」といった批判否定的レビューをした人に対して向けられる。そして「こんな記事書くな!」という結論になりやすい。一方で「共感しました!」という意見も出てくる。

ここにレビューの難しさがあらわれてくる。

そもそもレビュー目的とはなんだろうか。

大きく分けて二つあると私は思う。

①見る前の人に見るべきかどうかの材料提供するため

②見たあとの人が感想を分かち合う喜びを得られるようにするため

このうち②に対しては何を書いてもなんの問題もない。作品に対して肯定的な人は肯定的レビューを読んで満足すればいいし、否定的な人は否定的レビューを読んで納得すればいい。

でも②での意味のみでのレビュー経済的価値は、ぶっちゃけ低い。だって映画はもう見てしまったわけだから感想だけなら誰でも書けるし。それよりも大事なのは①だ。私たちは限られた時間お金を何とかやりくりして生きている。長い時間お金をかけて好みではなかった映画を見るのは避けたい…。同じ時間で別の面白い映画も見られたかもしれないし、同じ時間バイトすることもできただろう。現代人は忙しいのでなおさらだ

じゃあどういうレビューが役に立つかというと、「こういうタイプの人はこの映画を見るべきで、こういうタイプの人は見るべきではない」と細かく中立的視点から解説しているレビューだろう。こういうレビューをするブログ評論家はあまり多くはない。ほとんどの人は自分感想を述べているだけだ。

しかし仮にそういう中立的完璧レビューがあったとしても、結局やっぱり自分で見てみなければわからないと気になってしまって見に行ってしまうのである

からレビューを書くということ自体無駄なんじゃないかとすら思えてくる。

この辺がその、私がいわゆる「評論家」と呼ばれる人達が世の中に本当に必要職業か疑問に思ってしまうゆえんである

加えてステマとかネガキャンといった意図的レビューも溢れてる現在では、なおさら他人レビューはあてにならない。

結局ドラマアニメ映画感想は、人によって異なり、実際に見てみるまでわからない。

から嫌なら見るな」という批判はどう考えても的外れで、「見たからこそ嫌だった」わけだから、それはしょうがない。せいぜい映画の途中で退席してしまうくらいだが、そういう映画に限ってラストどんでん返しがあったりするから気が抜けない。

私たちは貴重な時間を掛け金に、映画を一本見るというギャンブルをしているのである

あなたにとって面白ければあなたの勝ち。時間と金無駄にしたと思えばあなたの負けである。(これは「だからどんな映画でも楽しんだ者勝ち」という意味ではない。つまらないものはつまらない)

これは非常に分の悪いギャンブルで、事前情報であるレビュー広告は、自分面白いと思うかどうかを判断する材料としてはほとんど役に立たない。

もっとマクロな目で見れば人生とはそういうギャンブル連続であり、つまるところ運なのだ。そして自分の賭けに覚悟を持つことなのだ。

から見た映画がつまんなかったとしてもそれは自分覚悟の上であり、甘んじてその結果を受け入れるしかない。製作陣も配給会社広告会社映画館も勧めてきた友人も誰も非難できない。見るという判断したのは自分からだ。

話がそれたがとにかくレビューは事前の判断材料としては役に立たず、同じ感想を持った人たちと感想を分かち合うためにしか書かれる意味がない。だからレビューを書くときに「この作品批判しているやつはおかしい」とか「こんな作品を見に行く奴の気がしれない」とかみたいに意見の合わなかった人に干渉するようなことを言っても意味がない。

月並みな話だが、やはりなるべく肯定であれ否定であれ、個人の感想にとどめるのが無難だろう。

そんな風に結論づけつつ、結局私自身を振り返ってみると、ネットレビュー広告ばかりにつられて見に行っているなぁと思う。シンゴジラ君の名は話題作だから見に行ったわけだし。時間お金がない中で、マイナーだけど良い映画に当たるためには、どうすりゃいいんだろうね。

2016-09-25

え?「怒る」って一番しちゃいけないことなのに、

明らかにそれを誘ってますよね?

それはどうしてですか?

普通の人並みじゃいけないんですか?

だとしたら、それもそれはどうしてですか?

恋愛に悩める男は生きるのに余裕のある人

新卒3年目なんだけど、入社2年目までは仕事がつらすぎて、毎日死にたいと思ってた。

知識量が足りなくて全然仕事についていけないし、学生時代からのゆるい甘えた性格のせいでミスが多く、先輩からゴミをみるような目でみられ、上司から人格否定されるようなことを言われた。

仕事にいくのが辛すぎて、休日上司から言われた人格否定発言のせいで心臓がずっとバクバクしてて、遊んでても冷や汗をずっとかき続けるような感じだった。

彼女もいなかったのだが、恋愛ことなんて全く考えられなかったし、仕事やめることとか、自分がどう生存するかっていうことで頭がいっぱいだった。

しかし、3年目になるぐらいに、学生時代の甘い姿勢がだいぶ直ってきて、それなりに仕事をこなせるようになり、周りの人にけなされるような事はほとんどなくなった。

そうなると、仕事に関する死にたいほどの不安はなくなり、休日仕事のことを考えず、プライベートのことを考えられるようになった。

年齢も20代後半なので、恋愛結婚のことも考えるようになり、何度か街コンで会った子に告白して振られたり、お付き合いさせていだたいた子もいた。

結果としては今のところ恋愛はうまくいってなくて、それで結構悩んだりしてるのだが、入社当初を思い出すと、それ自体結構余裕のあることなんだと気づいた。

ブラック企業が星の数ほどあるこの世の中、自分みたいに仕事がきつくて生きるか死ぬかぐらいの精神状態にいる人はいっぱいいると思う。

そういう状態の時、恋愛ことなんて考える余裕なんて全然ないと思う。

なので、今恋愛で悩んでる人や、婚活してる人なんていうのは、仕事がまあまあうまくいってる人なんだと思う。

まとまってなくて申し訳ないけど、なにが言いたいかというと、恋愛で悩んでて苦しいと思ってる人は、それすら考えられない人よりも幸せ状態なんだってこと。

人と比べて幸福感を得るのはちょっとゲスいけど、結局幸せっていうのは自分の納得感だと思うので、その納得感の材料にはなるのかなと思う。

恋愛すら考えられないほど追い詰められている人は、本当に命が危なくなる前に、別の道を選んで欲しい。

そして、本来的に恋愛したい・結婚したい人に、それを出来る余裕が生まれることを願う。

激しいセックス方法を教えてくれ

http://anond.hatelabo.jp/20160924150236

アラサー男性

これまでに5〜6人の女性と付き合ったことがある。



どの女性に対しても、優しいセックス、たとえば痛くないか聞く、動いて大丈夫か聞いてから動く、コミュニケーションを取りながらセックスする、セックス反省点について話す、などのことを心がけてきたつもりだ。



しかし、その結果、複数人から指摘されてしまったのが、セックスに激しさがなくて物足りない、ということ。



もちろん、AVのようなセックスとは違うもののことを指しているのだろう。

情熱的とか、野性的ということなのかもしれない。



正直なところ、どうすれば、激しいセックスというのをできるのかわからない。

セックスコミュニケーションだというから、せいいっぱい、コミュニケーションを取りながらのセックスをしていたつもりなのだが……

ホワイト研究室だけど研究死ぬほど嫌だ

大学研究の話。学部4年

現状と環境

研究室に行くのがどんどん嫌になり研究室に行く時間も減っている

研究室鬱についても調べることが増えた。

研究室自体ブラックでは全くない。むしろホワイト

コアタイムは無いし、毎週の進捗報告も特に進展が無ければ「特に進捗ありません。~している途中です。」で済まされる。

ネットでたまに見る教授や先輩が横暴といったこともない。

研究が嫌な理由

研究が嫌な理由を考えてみた

  • 単純に研究が進まない

就活が終わってから研究を本格的に始めたが、正直最初から何をすればいいのか全然からなかった。

からないことがあれば教授や先輩に聞かなければいけないのだろうけど、自分研究テーマは先輩たちとは多少分野が違ったので

必然的教授にに聞くことになる。

自分所属している研究室教授質問をしにいくと、まず「君はどう考えているの?」というように聞いてくる。

それに答えるとさらにそこからかい部分について同様の質問が出てきて突き詰められる。

学生に考えさせたいという意図はわかるのだけどそれがプレッシャーとなり教授質問をしに行くのが怖くなった。

質問をする前に考えをまとめるが当然わからないことがあり、でもそれを質問するのは怖く考えがまとまらない…という

悪循環になっていった。

こうなってからは何もかもうまくいかない。

からないことがあっても質問しないのだから当然である


研究室に仲のいい人がいないということもつらい要因の一つになる。

研究室の同期は俺に対してはビジネスライク関係で、仲が悪いわけじゃないけどそんな気軽に話したりはしない。

俺以外の同期は元々仲が良かったため普段から話してるけどその輪に入れない。

研究室にいるときは基本話し相手がいなく、もくもくと研究を行っているのだが案外それが辛かった。

考えがまとまらないし話す人もいないのでストレスが溜まっていく。


  • 迷惑をかけると感じることが多い

実験をするときには自分以外に先輩を一人ついてきてもらわないといけない。

実験は3時間ほどかかるので先輩の時間を取ってしまうのが申しわけないと思い実験をするのを躊躇してしまう。

研究っていうのはそういうもんだし仕方ないとは思うけどこの感情は消えない。

この前の実験は失敗してしまいまた同じ内容の実験で先輩についてきてもらわないといけないのが憂鬱だ。

研究が進まず迷惑もかけて、自分はいないほうがマシじゃないかと思う感じる

比較的結果の出しやすテーマ教授に言われて今のテーマにした。

ハード系の研究だが、シミュレーション系の研究の方が向いていたように思う。

またテーマ自体もあまり意味のある研究とは思えない。


精神状態の変化

研究がうまくいかずに自分精神が変わったと思うことが3点ほどある

本当に研究が原因かはわからないけど

  • 行動しにくくなった

慣れないことや新しいことをし始めるとき、うまくいくか不安先延ばしにすることが多くなった。

頼みごとや質問をしに行くとき不安になる。

実際に実験の準備不足やメールの誤字などミスが増えている。

この日記もどっかしら間違えてそう。

調べてみたら予期不安というものらしい。

対処としては小さな成功を積み重ねていくようにするといいらしいが、研究で小さな成功すら思いつかない。

家にいてゲームをしているときに、こんなことをしていていいのか、もっと実のあることをすべきじゃないのか。

無駄なことをしてはいけない、というような気持が出てくるようになった。

でも何をすればいいかはよくわからないまま。

  • 思ったことがそのまま口に出るようになってきた

ネガティブワードや人を馬鹿にしたり茶化すようなことが頭に浮かんだら

静止できずに言ってしまうことが増えた。


今後どうなるんだろう

研究が始まってから研究関連でうまくいってることなんか一つも無い。

研究室選び、研究テーマ選び、研究室内のコミュニケーション研究の進め方のすべてを間違えてしまった。

別の研究室テーマならうまくいったのかと考えるけど、結局同じ道を行く気もする。

いまはただ卒業研究が終わってほしい。

でもこの程度でこんなにつらくなる俺に仕事は進めていけるんだろうか、この反省を活かせるんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20160925142920

そこはいいよ。しゃべってもいい。他者の喋りを止めるような発言はするなとだけ言ってるだけだもん。その代表格がトラバトップ議論停止語だ

話がコロコロ変わりすぎてキチガイを疑うレベル

その対象は裁く権利があると思い込んでるおまえが決めるわけだな。そして

議論を深めるには状況を限定したり話題を区切ったりして論点を整理しなきゃいけないのに「私は弱者だ」って言ったらそこで話が止まるんだよ

と述べているので結局は開陳禁止しているという事実には変わりない。

から黙れとは言ってない。喋っていいぞ。中身のあることをいっぱい喋れ

議論の中身を忘れたのか、鳥頭か。なにについて黙るべきか否かという話をしているのかすら覚えていないらしい。

差別関係する話題で指摘やら検証が入って不快だと思った場合、やるべきことは議論停止語で話題を阻害するんじゃなくてその場から立ち去ることなんだ

うんそうだね人工透析患者ハセガワにキレて怒りを表明する権利はなく黙って傷ついた心を一人で抱え込んでその場から立ち去れ、その後自殺しようが俺の知ったことではないというのがおまえのスタンスだもんね

多分お前に問題あるとすると議論は何かの勝ち負けだと思ってる点だわ。「マジョリティ様が勝つよね」これ。目的勝負じゃないんだよ。そこから何かの知見を得ることだ。

あー言葉に影響力というものを加味しない小学校4年生くらいの脳ミソをお持ちなんですね~

マジョリティ意見が正しい知見であるかのように広まって沈黙を強いた被差別者をみんなでぶっ殺すことを被差別者のいない場所で決めるというのがお前さんのスタンスだもんね~

女でも欲求不満になるんだよ

2年彼氏がいない。20代後半の女です。

彼氏がいない歴=ノーエッチ

オナニーだけは上手になりました。

でも、人肌恋しくて合コンで良さげな人を見つけたら、付き合うとかよりもどんなエッチするんだろうとか考えちゃう

はしたない?いやいや、人から聞いた話だけど、20代後半の女性身体妊娠適齢期になる(というか終わる?)から性欲も高まるらしい。27歳の私は一番性欲強かったよって会社の先輩が言ってた。

この歳になるまで、性欲はあんまり強い方じゃなかったしこんな風になるとは思いもしなかった。

出会ったその日にお持ち帰りされてもいいかもって思うほどおかしくなってきた。

さすがにそれは避けたいし、付き合う前に体の関係を持っちゃって失敗した経験があるからそれもなるべく避けたい。

わがままかな?サセ子になるしかないのかな?運動野菜瞑想したら治るかな?

エッチしたい。触れ合いたい。優しくされたい。求められたい。

なんか良い方法ない?教えてよエロい人。


■追記…

いくつかトラバブクマありがとうございますBLは読みます百合は読みません。

今まで一夜限りという遊び方をしたことが無いか出会ったその日に、とかどういう方法でこっちから誘えばいいのかわからない。

というか、恥ずかしくてようできん。

このまえは、一回り上の男性から飲みの席でソフトアピールはされたんだけど、そのくらいの年上と付き合ったことないからどう反応していいかからなくてとぼけスルーしちゃった。色気がないんだ。

でも、本当はこういうソフトアピールされればありがたいし、こっちもその気になれるってことを意思表示したい気持ちもある。

身体あんまり自信ないから好みのタイプ積極的にはなれないけど、生理的に無理じゃなければ、アピールに応えてみたい。

どう接したら向こうからもっと誘ってくれるのかな?

私にもその気があるってことはどうしたら伝わるのかな?

性愛ってやつは加減が難しそうでわからんね。

http://anond.hatelabo.jp/20160925184037

なんとかポルノ否定的ニュアンスなしで使ってる具体例ってある?

書き手が名作だと思ってるもの感動ポルノ愛国ポルノ表現するようなものとか見たことない(すべて批判的)から

ポルノ否定的意味で使われてないといわれても説得力皆無なんだよな