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2016-05-30

なぜ消費増税なのか

これ超かんたん。

なぜなら、庶民からお金を取りたいから。

逆に言うと、金持ちお金を取られたくないから。

 

かい計算などはリンク先を見てもらうとして、

貧困率を測る指標ジニ係数というものがある。

これを当てはめて計算すると、上位10%の(本当は1%の)金持ち資産没収して

年金健康保険生活保護などの社会保障費に充てれば、その全てがまかなえるのだ。

 

まり理論的には選挙貧乏人が、例えば「相続税を100%にする!」

などという事を公約にしている政党を選べば、金持ち資産をぶんどって社会保障に充てる事ができ、

現在の重苦しい、消費税増税や年老いてから生活不安は消え去るはずに思えるだろう。

 

じゃあなぜメディアはそれを報じずに財務省念仏のように繰り返す「消費税増税しないと財政破綻」という文言を繰り返すのか?

それは、メディアの持ち主が大金持ちだからである

から自分たちの致命傷になるような事には報道管制がかかる。

記者が書いても不採用になるのだ。

 

むかしのローマ帝国でも現在と同じように貧富の差が進み、治安が乱れ収拾が付かなくなかった事がある。

その時、地主土地の所有に制限をつくり、ある程度以上の土地をひとりが独占する事ができなくなった事がある。

しかしその後ローマ領地を拡大し、地主が手にできる土地がどんどん増えていった。

土地が増えたのだから貧困層にも恩恵があったかのように思えるが、実際には先述の法律無視され

少数の地主がどんどん所有する土地を増やしていった。

そして貧富の差はどんどん開いていって、また治安が悪くなってきた。

そういう時代に、平民代表する護民官である、グラップ兄弟が、有名無実になっている、

土地所有の制限法をしっかりと履行するようにできる法案を通そうとした。

 

有名な話だから知っている人も多いと思うが、この改革が通ることはなかった。

なぜならグラップ兄弟金持ちに殺されてしまたからだ。

 

過去歴史において、暴力的手段を使わずに、金持ち資産を法によって公平に分配できた例はない。

現代は、ローマ時代より数千倍から数万倍の生産性があると言われる。

にもかかわらず貧困層暮らしは相変わらず苦しく、この日本においても1日の生活費が100円以下になる人も存在する。

当時とは比較にならないほどの生産力があるのに、なぜだろうか?

それは金持ちが全て搾取しているかである

派遣社員工場で苦しい労働従事しているが時給は800円前後だ。

得られた利益ほとんどはその所有者にわたっている。

もっと極端な例を出すとわかりやすいだろう。

もしなんでもできるロボットができたら、人間労働から解放されるだろうか?

答えは否だ。

なぜならそのロボットを所有できるのは金持ちだけだからである

おそらくそういう時代になった時、労働者金持ち気持ちよくする為の労働従事しているだろう。

むかしの奴隷のように、金持ちが所有する豪邸の門を開けるだけの仕事などが復活するかもしれない。

 

さて上でも言及したジニ係数だが、これは本当は実態を表していない。

もし上位100人資産計算に組み込んでしまうと、ジニ係数はとんでもない事になり、暴動が起きる。

から少数の飛び値は無視されるような設計になっている。

そもそも大富豪資産を把握するのは非常に難しい。

なぜなら彼らは全力を使ってそれを隠すからだ。100億円使えば1兆円が守られるなら、誰でもそうする。

資産を隠すためだけに100億円も使えば、そりゃ隠せる。

 

いまの日本でも相続税はかかる。ふつうに収めていたら親が金持ちでも、その子供まで金持ちにはなれない。

にもかかわらず、多くの古くからある名家はつぶれる兆しが全くない。

鳩山元首相も親から当たり前のように月に数百万円をもらっていた。

そんな事がなぜできるのかというと、彼らは全力を使って脱税しているからだ。

元首相は資産が沢山ありすぎて、かつ政敵から攻撃により一部を隠すのに失敗した、というだけだ。

最近話題になったパナマ文書タックスヘイブンを覚えている人も多いだろう。

あれだけ話題になったのだから、もう解決してるんじゃないか?とか

日本は他の国に比べてタックスヘイブンへの対策が進んでいるか問題ない、という完全なデマメディアを通して流すことで

なんとなくうやむやになって大衆が興味を失うのを待っているのが今の状態だ。

 

さて、冒頭でも触れたが、本当に相続税を100%にしたら社会保障大丈夫なのだろうか?

もし本当にそういう法案が可決されたらどうなるだろうか?

おそらく大富豪脱税成功して、その富を維持し続けることができるだろう。

苦しくなるのは、やっと金持ちになりかけたプチ富豪だ。

しかし、ここで不思議なことがある。

なぜ大富豪はどうぜ脱税できるのに相続税100%という手段がある事を隠したがるのだろうか?

それは、もし相続税が100%になっているのに、なぜか金持ちの子供たちがそのまま金持ちのままでいると不自然になってしまうからだ。

いちいち事業成功してるんですよ、というポーズを示す必要が出てきてしまう。

私企業決算を開示する必要がなくても、さすがに不自然だろう。

かと言って貧乏な振りはできない。なぜなら、貧乏な振りをする事そのものが耐えられないからだ。

生活がじゅうぶんにできる以上の莫大な富がなぜ欲しいのか、というと、それは他人比較して優越感に浸りたいからだ。

それができないとなると本末転倒なので、貧乏な振りなんて絶対不可能だ。

から相続税100%になると、脱税できるのは当然だが、それ以外の部分で何かと不都合なことが増えてしまう。

 

戦後70年が過ぎて、貧富の差も目に見えて開いてきた。

歴史から学べば貧富の差というのは暴力なしに絶対是正することができないものだ。

おそらく悟り世代と言われる俺たちのフ抜けた世代では暴力による革命などは絶対に起こせないだろう。

せめて形だけでも相続税100%という法案を通して、法の力では格差是正できないんだよ、という事が誰の目にも明らかになる状態にはなって欲しいと願う。

 

経済学部現在時給800円の派遣社員より呪詛投稿でした。長々とすみません

精液が飛ばない

AV男優レベルを目指すつもりはないけど全く飛ばないので時折不安になる。

数年に一回のとても調子がいい時だけ3cmぐらいジャンプしてくれるのだけどそれが精一杯だ。

その千回に一度を除いた九百九十九回は鈴口の先からジワワーと残尿のように染み出してくるだけだ。

情けない。

♂として弱々しすぎる。

子宮に向かって飛び出そうと言う意思精子から感じない。

何となくカウパー同士が混ざり合ったプールの中をフラフラして偶然たどり着けるかなー無理かな―まあどうでもいいやーという声が聞こえてきそうだ。

勃起時チン長が1cm縮んでもいいから常に男汁を5cmぐらいは飛ばせるようになりたい。

チン長2cmと引き換えと言われても悩むぐらいだ。

飛ばしたい。

俺も飛ばしたい。

出来ることなら洋物のナイスガイのようにm単位飛ばしてみたい。

今の人間寿命って長すぎない?

下手したら90年近く生きるし、個人的に長すぎると思う。半端に病気すると半端に治って、その後の人生後遺症に苦しむようになるのを考えると憂鬱だ。かといって自ら死ぬのにも度胸と技術がいる。不便。

贅沢な悩みと言えば本当にそうなんだろうが、70、80くらいになって立てなくなったり、まともに考えることすらできないのにも関わらず、それでもさら10年くらい生きることが出来てしまうことを考えると不安でいっぱいになる。

どれくらいがちょうどいいんだろう?

働けなくて気が狂いそう

保育園落ちた日本死ね」、もう落ち着いた時期だけども。



あの増田は結局小規模保育に入れて働いてるんじゃないかな。

こちとら、仕事してないまま子供うんだから申し込みすらできないよ。

なんなら育児休暇の手当ももらってないよ。

なんだよ、無職から働くの、どんだけ大変なんだよ。

もう諦めるしかないのかなとおもっているけど、周りの保活の話を聞くと、焦って気が狂いそうだよ。



子供かわいいし、一日相手してるのも楽しいけれど、旦那は安月給だし将来心配すぎる。

将来が見えないと、こんなにも不安になるんだな。

毎日毎日不安でつらいよ。

これは産後鬱?



どうしたらいい?

瞑想して焦る気持ちを抑えるのが一番なのか。






外に出て、働きたい。子供かわいいけれど、収入もほしいし、仕事して達成感みたいなものもほしい。

いつも彼らはどこかにを読んだ。小川洋子短編はいつも難しい。いかにも文学って感じだけど、不思議と心地よい感じがするのが面白いと思う。

個人的に一番分かりやすくて感じ入ったのが、ビーバーの話だった。場面描写が美しくて脳裏にありありと浮かんでくるのが素敵だったし、ビーバー生き様登場人物生き様リフレインさせていいるのが理解やすかった。質実剛健というとニュアンスが変わるのだろうけど、慎ましやかであることとか堅実に過ごすこととか着実に生きることを、あるいはそうあったことを讃歌している一編で読後感がとても良かった。

兎の話は熱に浮かされた人々の醜さというか残酷さが現れていた内容だったと思う。個人個人は取るに足らない悪しか持っていないのだろうに、大衆群衆になるとこうも悪臭を撒き散らすのかって感じの物語で、ざらざらした読後感が残ってしまった。

小鷺の話は奇妙でユーモラスだったし、蝸牛の話は不気味でホラーちっくだった。馬の話は不安感を、チーターの話は喪失を描いていたんだと思う。犬の話は(他のもだけど)よくわかんなかった。

最後の竜の落し子の話もこれまたよく分かんなかったんだけど、場面がどんどん幻想的に、現実世界と地続きなのに風景画のような美しさに満ちていくのが印象的だった。先人たちが何かを書き残した洞窟だったり、鐘楼けが突き出た湖だったり。美しい旅の話だった。

折角の短編集なので、一編一編じっくりと味わうのがいいと思う。一気に読むのは、いろんな作風の余韻が混ざり合って悪酔いするかのような感覚に陥るからおすすめしない。

虫歯がある

奥歯の側面に虫歯があるのが視認できる


隣の歯との隙間で糸ようじも入らない


別に痛いと思ったことないのとこの位置治療できないんじゃないか(抜くしかないのか?)という不安から


気付けばずいぶん長期間にわたって放置してしまっている


同じような位置虫歯があって治療したひといたら顛末を教えてください


歯医者こわい

2016-05-29

箱根駅伝活躍したスター選手がどうなるか簡単に語る

まず僕が誰かって話だけど、大学駅伝でそれなり強いとこでやってた人間。僕個人も上位陣の実力。

で、そんな感じの大学生活を送ってたらかやっぱファンレターとかサイン色紙とかの対応休日潰れるようなスター選手たちとも仲が良かったりするのよ。そいつらが箱根駅伝終わって実業団ランナーになった後どうなるかを書いてくね。

実業団ランナーになった奴の7割は3年たたずに会社を辞める。

実業団ランナー特性上、ランナーとして現役を終えたあとも会社に残れるパターンが多いんだけど人間関係問題で残れない。あ、ちなみに実業団ランナーというのは駅伝選手プロとしてやる場合肩書みたいなもんだから

この辞める理由だけど2つ合って、➀単純に馬鹿すぎて使いものにならないから。➁現役時代仕事手伝わないから嫌われてるから

小学生ぐらいの文章しか書けないし、今までチヤホヤされてきたもんだから生意気な傾向が強くて会社としても持て余す。企業対応もひどくて入社してもデスクがもらえず練習まで会社の中をブラブラさせてるなんてザラ。だから現役終えた後会社仕事に入れず、辞める。

有名ドコロだと日清とかひどいね。1年目で即辞めさせられて、陸上界にコネがないやつはコーチにもなれないから路頭に迷う。日清フォローしてやればいいのに、完全に使い捨てですわ。

後はマラソン活躍できないと実業団選手としてはヤバイね。マラソンなら招待選手とかで一回100万ぐらいもらえたりするんだけど(結構いい感じの場合トラック選手場合そういった特別手当がほぼ無し。でかい大会で結果残しても特別報酬ゼロ日本トラック種目が弱いのはこの辺りが原因だろ!って仲間内では言ってるね、走るの普通にキツイから何かしら対価がないとやる気でないですよ。

自身中学から大学までスポーツだけで進学してたから頭弱くていま苦労してる。

高校生あがりで実業団は行っちゃってたらと思うとゾッとするね。早い奴はトヨタあたりが声かけたりするんだけど、現役終えた後がやばすぎて震える。

正直走っていて黄色い声援受けて舞い上がって、そのままスポーツの力で進学し続けると苦労するよ。中にはスポーツで進学してても頭いいやついるけどそんなのはごく少数かな。野球とかサッカーもそうだけど夢があるのように見えるのは本当に上位陣の数人だけで、他はお先真っ暗ですわ。勉強はしていて損ないよ。

こういうこと書くと「俺は上位陣に入れる」とか勘違いする奴いるけどあいつら競技に人生捧げてるよ?リアル24時間365日その競技のことしか考えずに学生生活送れるなら可能性あるけど普通じゃ無理よ。箱根駅伝走ってる奴ら全員人間やめてるレベルだけど、あの中の5人ぐらいしか陸上界で生き残っていけないからね? 今現在で全国3位以内とかだったらスポーツだけで生きていくと考えてもいんじゃないのと、夢破れた先輩からアドバイス。まじパソコンぐらいは使えるようになっとけよ!

【追記】

なんかすごいコメント数で僕びっくりデス。この文章酔っ払った勢いの愚痴みたいなとこあるのでちょいちょい盛ってます。あと読み返してみると「スポーツ選手になるな!」って感じになってるのでフォロー入れときますが、僕はスポーツ青春捧げてきましたが得るものが何もなかったわけじゃないです。むしろ普通に学生生活送ってたら体験できなかったことが沢山あるので、良かったとは言いたくないですが、悪かったとは思ってません。改めて伝えたい事を厳選すると人付き合いは大事にすることと、最低限エクセルと作文出来るようにしておいたほうが後々楽だよってことですかね。

最後悲惨人生を歩んだ人の例はやっぱ人づてに伝わってきやすいので沢山の事例を私が知っているというだけで、中には実業団にいって最高にハッピーな奴もいると思うので色んな大人相談したり学校の先輩と相談したりして、実業団に行くべきかを考えれば殊更不安に感じることはないと思いますよ。(ただし顧問コーチは大抵陸上界にズブズブなので信頼できるかどうかよく考えて相談すべし)

この方が言うようにそれなりに幸せ人生歩んでる奴も沢山知ってますよー

http://anond.hatelabo.jp/20160530121311

夏目漱石の「私の個人主義」について

読書会夏目漱石の「私の個人主義」を紹介するための、原稿です。

<コ:ミ <コ:ミ <コ:ミ

夏目漱石の「私の個人主義」という本を持ってきました。

漱石といえば、「吾輩は猫である」や「こころ」が特に有名な小説家です。

彼は日本代表する小説家というわけで、

書簡集。つまり手紙文語本になっていたりします。

私の個人主義」は講演をまとめた本です。

169ページなんですが、5つの講演が収録されています

1つの講演は30P~40Pですので、ページ数から考えると、

比較的読みやすい部類に入るかと思います

タイトルの「私の個人主義」というのは、大正3(1914)年11月25日学習院で行われた講演のタイトルです。

漱石1916年12月に亡くなったので、亡くなる2年前程前の講演です。

5つのから、「私の個人主義」について、内容をご紹介します。

学習院で行われた講演ということで、若い学生対象にしていたようです。

彼の反省と学びについて、紹介しています

漱石学生だった頃、卒業する直前までどんな職業につくのか決められなかったそうです。

たまたま学習院教師に推薦してもらえる事になるのですが、

結局、他の人が採用されます

漱石は「今と違って就職は大変楽でした」と語っているのですが、

高等学校と高等師範から、同時に声がかかります

彼はどちらにも半分承諾するような事を言いました。

いい加減な事をしたわけです。

呼びつけられて、怒られるのですが、結果高等師範に行く事になりました、

行ったはいものの、「自分の不向きである」という思いがあり

一年松山にある中学校に赴任します。

が、松山にも一年しかいませんでした。

以降、熊本に落ち着く事になります

熊本教師を続ける中、文部省からイギリスへの留学を勧められます

彼は断ろうと思いました。

なんの目的も持たずにイギリスに行ってもしょうがいないと思ったわけです。

結局、教頭先生に勧められ反対する理由がないということで、イギリスに行くことになりました。

「そんなあやふやな態度で世の中へ出て、教師になったというより教師にされてしまったのです」と言っています

彼の心境は非常に苦しいものでした。

「腹の中は常に空虚でした」とか

「この世に生まれた以上何かしなければならん。といって少しも見当がつかない」

色々な言葉を使って繰り返し苦しさを訴えています

彼はイギリスに行った以上は!と努力しました。

そして、今までは他人本位で、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事に気が付きます

彼は自己本位という言葉を手に入れました。

この喜びを

「そのとき私の不安は全く消えました」や

「ようやく自分鶴橋をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです、」など

色々な言葉で繰り返し嬉しい気持ち表現します。

そして、学生に対して、同じような悩みがあるのでは?と強く訴えます

貴方がた自身幸福のために、それが絶対必要じゃないかと思うから申し上げるのです。」などと言うのです。

自己本位必要なのでは!?という漱石の熱い語りは、もしかしたら彼のイメージと異なるかもしれません。

彼が人に流されて生きてきた。

その腹の煮え切らない不愉快気持ちと、そこから解放された実感は私にはよく理解でき、感動すらしました。

ここまでが第一部の内容です。

個人主義自己本位というと、自分勝手にふるまうような事をイメージされるかもしれません。

漱石はその事を否定します。

自分自我尊重するのであれば、他人自我も認めなければならないといいます

講演を聞いている学習院学生というのは、今よりも強い意味を持っていました。

お金権力を持つ事になる人たちでしたから、

気に食わない相手を懲らしめるために人を買収したり、妨害する事が可能なわけです。

彼は所属する団体立場に基づき判断せず、理に適っているかどうかで判断する事が必要だといいます

彼の考えは、自分存在尊敬し、他も同じように尊敬する。

団体を作って、権力お金のために盲動しない。というものでした。

素晴らしい考えだと思いますが、漱石は淋しい気持ちがある事を吐露します。

理に適っているのかで行動を決める事、そして他を尊重する事から

ある時は、人がばらばらになってしまうと言います

漱石の中期~後期の作品個人主義の目覚めとこの淋しさを書いたと理解しています

特に、後期の作品にあたる「こころ」は淋しさががよく出ていると思います

淋しいというしこりが残る形ではありますが、個人主義という考え方を

論理だけでなく、感情をまじえて教えてくれるというのが私の個人主義漱石の魅力だと思います

以上

冨田真由さんを刺した男はストーカーでは無い※当方ストーカー

ストーカー立場から言わせて欲しい。

今回、冨田真由さんを刺した男はストーカーでは無い、ただの精神異常者である

一般人からすると違いが分かり難いかも知れない。

そこでストーカーとただの精神病患者の違いを説明していこう。



1、冨田真由さんの連絡先を執拗に聞いた。

ストーカーはまず興信所を使います、それか勝手尾行特定します。



2、冨田真由さんのツイッターに直接嫌がらせ

ストーカーならネカマ、もしくは一般ファンを装いひたすら褒めて仲良くなります。それかフォローはせず非公開リストに追加して監視します。



3、冨田真由さんにわいせつ雑誌を送る。

ストーカー空気が読めないので既に知人の場合、本人に必要の無いプレゼントを渡す事は有りますがあからさまに嫌がられる物を渡しません。また、認識されていない人物の場合存在がバレるのを避けて贈り物はしません、どうしてもしたい場合は経由か匿名で行います



4、2015年12月の時点で別の女性嫌がらせ

ストーカーにしては執着期間が短過ぎる。ストーカーというのは基本的アスペルガー症候群の症状のため、非常に執着期間が長いです。また男はさらに別の女性アイドルにも嫌がらせをし殺すと書き込んでおり、冨田真由さんと言うよりも女性嫌がらせをするキチガイです。



5、ツイッターにて自殺をほのめかす。

ストーカーならば当然相手がこちらに興味が無い事を分かっているためこのような書き込みはしないです。周囲に動揺を与えようとする行為だが、ストーカー相手が【こちらについてどう思って居ようが全く構わない】という特徴が有るため、明らかに犯人ストーカーとは異なっています



6、ツイッターTLでコロコロ感情に波がある、冨田真由さんの不安呼応している。

→これはストーカーでは見られない特徴、相手感情を読み取る事が難しく彼女不安呼応するのはストーカーとしておかしいです。




総合すると、岩埼友宏はファンでもストーカーでも無く境界性パーソナリティ障害という精神病患者です。

ストーカーというものは、ターゲットにバレずに観察、ターゲットの望む通りに自分を変える(整形転職すら含む)、ターゲットへの長期間の強い執着、ターゲットを殺す場合自分もキチンと死ぬターゲットを素早く特定が主な特徴。



いきなりターゲット嫌がらせをして発狂して刺す人間ストーカーでは無くキチガイである!ということを分かって頂きたい。




ちなみに境界性パーソナリティ障害の特徴

現実または妄想で、人に見捨てられることを強く恐れ、不安を抱いている。

・対人関係の変動が激しく、コミュニケーションが安定しない。

・気分や感情がめまぐるしく変わり、周囲の人々がついてこられない。

感情ブレーキが効かず、ちょっとしたことで癇癪(かんしゃく)を起こしたり、激しく怒り、傷つきやすい。

自殺のそぶりや自傷行為を繰り返し、周囲に動揺を与える。

自己を損なう行為(薬物・アルコールセックス万引き・過食・買い物など)に依存やすくなる。

・いつも空虚気持ちを抱き、幸せを感じにくい。

・生きることに対して辛さや違和感を持ち、自分が何者であるかわからない感覚を抱いている。

・強いストレスがかかったとき一時的記憶がなくなり、精神病状態に似た症状を起こしやすい。

【いちメンタルクリニック引用

2016-05-27

空目する日々

はてな匿名ダイアリー』という文字、何度見ても『はなて匿タロダアリー』に見えてしまう。


自分でも何故なのか分からない。言い知れぬ不安が、俺を、襲う。

片思いストーカー兆候だ、って10代の男女みんなに教えてあげたい

普通に報道された事件なので知ってる人は知っていると思うけど、私の母校では(自分入学する前に)ストーカー事件が起きたことがある。その事件を受けて新入生向けのセミナーで「もしストーカー被害にあったら?」というコーナーがあった。

前半の内容自体はごく常識的もので、それだけなら特に印象に残ることもなかったと思うのだけれど、後半、カウンセラー女性講師が持論を述べ始めると、そのあまり想定外の内容に当時の私は強い衝撃を覚えた。



その講師いわく、ストーカーになる危険性が一番高いのは、見知らぬ他人ではなく、あなた片思いしている身近な人物だという。そもそも、恋愛における「片思い」というのは、精神が未熟な人物に特徴的な行動で、それ自体ストーカー予備軍の兆候と言える、と。

「皆さんはもう大学生です。中高生ときのように片思いを募らせるような子どもっぽい恋愛はやめましょうね。好きになったら即アプローチ。もちろんしつこいのはNG相手がNoならすぐに引きましょう。別れ際も仲良く後腐れなく。楽しく軽やかに恋してくださいね

そんなことを言っていたと思う。女性あくまで爽やかな口調で話していたし、適度なジョークも踏まえて会場は表面的には和やかだったものの、私個人は唖然とした表情を隠し切れなかったし、周囲にも同じような顔をした人がいた気がする。



片思い精神が未熟な証拠ストーカー予備軍の兆候。そんなことを考えもしていなかった高校卒業したての自分は、これから先に出会う異性との付き合い方をどうすれば良いのだろうと強い不安を感じた。

でも、今となっては「片思い精神が未熟な証拠」と言い切ってもらえたおかげで、辛い思い出も含めて良い恋愛に恵まれたし、自分もいい方向に変われたんじゃないか感謝している。

テレビネットストーカー事件被害を目にするたび、私は加害者被害者に「片思い」していたんだろうなと感じる。その「片思い」が未熟で不適切危険感情であるということを知ってさえいれば、多くの事件加害者側の自省で押しとどめることができたのではないかフィクションで描かれるように片思いを美化していたからこそ、加害者自分感情を抑えきれなかったのではないか。本気でそう思う。



極論かもしれないけど、学校教育ですべての学生、遅くとも高校生くらい(できれば中学校)までには「片思いから早く卒業しよう! ストーカー予備軍にならないために!」と教えてあげるべきではないかと考えている。性教育と同じ感覚で。望まない妊娠を避けるのと同じくらい、片思いは避けるべきものなんです。なぜなら相手自分が傷つくから

片思いしているあなたは、自分自身は心がワクワクしているかもしれないけど、相手からみたら気持ち悪いよ、カッコわるいよ、それは心がおかしいんだよ、そんなの恋愛じゃないよ、マンガ現実はぜんぜん違うんだよ、って。想いを募らせるのは、殺意を募らせるのと紙一重なんだよ、って。



http://anond.hatelabo.jp/20160527041103

行かなきゃよかった飲み会

少しの間ニートだった。そこから脱出して働き始めた。性格も前よりか明るくなって、自信もついて、自分にとって小さなことだけど全部のことがびっくりするくらいうまくいきはじめた。そんな時、高校の先輩から飲みに行こうと言うメールが届いた。信頼している先輩だったので喜んで「いきましょう」と即答した。いざ行くと、苦手な先輩も数人いた。嫌な予感がしたけど、我慢して笑って相手をした。まぁその嫌な予感は的中した。

ニートの時何してたの?」

「具体的に教えてよ!ニートの時の事!」

「今の仕事でも将来不安でしょ?公務員じゃないのに」

給料いくらなの?よく雇ってくれたね」

飲みながらの爆笑しながらの大声でニート時代のことを質問攻めにしてくる苦手な先輩たち。先輩たちはみんな公務員教師看護婦警察をしていて将来は安泰。まわりの人もニヤニヤしながらこっちを見てくる。地獄時間だった。信頼していた先輩の友人だからって信頼できるわけがなかった。この飲み会で、また昔の嫌な気分に戻ってしまってどんよりしている。

http://anond.hatelabo.jp/20160523070350

反応してくれないんじゃないかという不安

これを自分が解消できさえすれば、後ろの人に迷惑がかかっても構わないという心理

自分けが良ければいい

http://anond.hatelabo.jp/20160527034902

家族人間関係に没入することで、自意識不安から目をそむけるのは「賢い」生き方だけど、それができない人間一定存在するんだよ。

自意識というか、誰もが幼児期に一度は「神話」の崩壊経験するそうだ。「人間はみんな死ぬ」とかに気づいてな。

ただ、一部の人間はそういう経験をずっと引きずって、死ぬまでそういう問いか目を背けられない。それが進化上何の意味があるのかは謎だけどな。

そういう連中は俗にいうメンヘラですらない。メンヘラと違って他人依存したりしないし、基本的迷惑をかけることもないしな。

ただ、他人距離をおいて生きるし、周囲からは(人畜無害な)変人と思われる。『ハイジ』のアルムおじさんみたいに。

古今東西哲学者文学者科学者宗教家芸術家なんかはそういう類の上澄み部分なんだろうな。



ま、今風にいえば「広汎性発達障害」の診断で一刀両断なんだが。

http://anond.hatelabo.jp/20160527022408

自分も二十代のころは「共通世界なんてない」なんてニヒリズムを気取り「無邪気な人々」を小ばかにして精神勝利してたわけだけど、そんなことないって思うようになったよ。

多くの人々は、「共通世界なんてない」ことなんてわかったうえで、自分なりに一つの世界設定(常識やら世界観)をつくり、それを主体的に信用して生きているんだよ。もちろんその世界観が唯一無二の正解であるなんて思ってるわけでもないし、たたいても壊れない確固としたものだって思ってるわけでもない。

しかし、そういう背景を持たないで、すべてを疑いながら、人を遠ざけながら生きるのは、非常に効率が悪い。とくに、信仰だの世界設定だの以外に大切なもの――家族だの役割だの目指すべき目標仕事のある人は、そういう自意識不安感なんてものは飲み込んで棚上げして、「未解決なのはわかったまま」先へ進む必要があるし、そのほうが、実際限られた人生で何かをなすためには、ずっと有利だということを学んだんだよ。

増田のいう「無邪気な人々」は、多くがそう言う人なんだ。

さて、誰が無邪気なのかな。

[]「ナイト・ビフォア 俺たちのメリーハングオーバー

上半期の作品でもかなり面白かった作品なので、なんとなく備忘録的に感想を書いておく。シネマカリテでやってて気になって観に行った。これを書くにあたって調べたら2週間だけの上映だったと知った。もっとやっていいくらいに面白かったと思う。



30半ばの男性3人の群像劇主人公はジョゼフ・ゴードン=レヴィット演じるイーサン友達役にセス・ローゲン演じるアイザックアンソニー・マッキー演じるクリス仕事家族などの問題に対して、それぞれ岐路に立つ。



20歳クリスマスとき、両親を交通事故で亡くしたイーサンを慰めるため、親友2人(アイザッククリス)が「これからは俺たちがお前の家族だ!」と、毎年クリスマスイブを3人で一緒に過ごすようになる。しかし、30半ば。もうみんないい歳。いつまでも若かったあの頃のようには過ごせない。クリスマスを過ごすのはこれが最後と、それぞれが暗黙の了解で決めていた。そんな彼らが最後に過ごすクリスマスを軸とした物語



イーサンミュージシャンを目指していたが、鳴かず飛ばずアルバイトをして食いつなぐ日々。彼女には愛想を尽かされ、別れた。

アイザックは既婚者。奥さんが妊娠中。いい父親を目指し、育児本を熱心に熟読。

クリスアメフト選手。これまで思うような活動ができなかったけど、最後と今年にかける。



イーサンはわかりやすいほどのうだつの上がらなさだが、アイザッククリス事情を抱えている。親友同士だから互いの事情に気付ている。ただ、お互いがお互いの事情を知っているだけに一言、言いたい。けれども言えない。結果的酩酊ドラックで羽目をはずすことで本音漏れる。3人で衝突、周囲とも衝突し、3人とも自分を見つめ直していく。



アイザックのシーンでは男女とも共感できそうなものがあった。子供が生まれたらなかなか羽目を外して過ごすことはできないからと、アイザックは出掛けに嫁から各種ドラックセットを渡される。彼がドラックの力を借りて本音を炸裂させるシーンは男性だけじゃなく女性共感できるのではないかと思う。不安でいいんだ、と。


スポーツでは諦めの年代であり、他の分野では責任のしかかってくる年代、身を固めるには最後年代。考えてみればなかなか重い年代だけど、劇中小気味よく挟まれネタによってクスクス笑い飛ばすことができる。

2016-05-26

米津玄師歌詞が前向きになって寂しい

音楽知識もないし歌詞解釈とか思い込みが入り過ぎて見当違いなことを言ってるかもしれない申し訳ないと最初予防線を張っておく。

米津玄師最初アルバム「diorama」は一口で言えば「後ろ向き」な作品が多いように感じる。例えば「blacksheep」の「素晴らしい一日始まる頃には夜に暮れる 過ぎ行く毎日 手を振ることすら忘れたまま 」や「何となく不安でさ 日に日に毎日は老いていく」といった歌詞ダウナーな曲調も相まって1日に対する諦観を感じさせる。他にも「恋と病熱」の「誰も嫌いたくないから ひたすら嫌いでいただけだ」「好きなことが少なくなり 嫌いなことが沢山増えた」という歌詞、「vivi」の男女の恋愛の別れを歌い、「さよならけが僕らの愛だ」と締める歌詞(pvだと異形の男と女の子だったが便宜的に)も対人関係に対しての諦めや遣る瀬無さを読み取れる様に思うし、「ディスコバルーン」の「何も知らない夢のまま 死んでいけたら幸せだ」という歌詞は激しい曲調も相まって破滅的な曲であるという印象を受ける。まあ主観だろ!といえばそれまでになってしまうのだが、これらの曲を聴いて「めっちゃ元気の出る曲!」となる人はあまりいないと思う。

因みに米津玄師以前の名義、「ハチ」として活動していた時の曲は後ろ向きな曲もなくは無かったが、ここまででは無かったという印象だ。「クオリア」という曲は孤独少女他者に認めてもらえる、自分認識して貰えるという幸せな結末が描かれているし、暗い中にも明るい希望が描かれた曲が多いイメージだ。多分初音ミクイメージに寄せているのもあるのだろう。

では最近米津玄師はどうなんだという話に移る。最新アルバムbremen」を聞くと大分「前向き」な曲が多くなったと思う。といっても完全に明るい訳ではなく、「絶望もあるけど前を向いていこう」といったようなことを描いているのが多い…と思う…。アルバムは数十曲入っているのに全ての曲をこの一言で当てはめることは余りにもあんまり表現ではあるが。多分当てはまらない曲もある。

例えば「アンビリーバーズ(あ、これ初出はシングルだった)」は「今は信じない 残酷未来なんて」「終わりにしようよ 後悔の歌は」「だから手をとって 僕らと行こうぜ ここではない遠くの方へ」と言ったように絶望認知しつつ、それでも諦めず未来へ行こうという前向きな歌詞で描かれている。また「ホープランド」では「謂れのない嘘や 穢れきったあの言葉に 惑わされないでおくれ それが世界の全てじゃない」「ソングフォーユー 僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる」といった「聞き手希望を伝えようとする」姿勢が示されているように思える。

「diorama」と聴き比べると随分作風に変化が生じたように思う。最近米津玄師の曲は、辛い時に聞くと励まされる…そんな風に変化している。ある意味健康的になったとも言えるのかもしれない。

個人的に今の方面の曲もすこぶる好きではある。のだが、「blacksheep」「恋と病熱」の気怠い感じや「ディスコバルーン」の破滅的な曲がとても好きだったので、最近その方面の曲が聴けないというのが少しばかり残念なのである

寂しい…なんて随分自分勝手表現を使ってしまったが…まあ1ファンの見当違いな戯言である

独身男性の不幸の原因は生活健康への意識の低さだと思う

独身男性は、独身貴族底辺独身幸福度の差が非常に大きいと思う。

独身貴族生活健康への意識スキルが高いか幸福で、底辺独身意識スキルが低いから不幸なんじゃないか

 

ブコメでも言われているように独身男性のうち、割合としては貴族が一握りで底辺が大半。

独身女性独身男性比較しても、男性の方が家事健康管理について驚くほど無能な人の割合が高いと思う。

なぜそうなってしまったのかと言うと、皆婚時代女性が、家事健康管理をまるっと解決するオールインワンな道具だったからじゃないか

あと、女性についてはあらゆる職業健康的で清潔な容姿が求められるが、

男性については営業職等、人と関わる仕事でない限り、そこまで求められない傾向も影響していると思う。

健康的で清潔な容姿でいるためには、運動食事睡眠に気を配る必要がある。

すべての女性にかかっている美容への圧力が、女性健康スキルアップにはプラスに働いているのではないか

美容圧力女性だけにかかることが「男女差別」なら、男性にも美容圧力をかけて「男女平等」になれば、

健康寿命も延びそうだし、独身男性の不幸度も下がるのではないかと思う。

というより、若年男性ほど「同年代イケメン有名人」に詳しい人が多く、若い男性ほど美容健康意識が高い。

中年男性はもう手遅れかもしれないが、若年世代では解決していくのではないかと思う。

 

インターネットを見ていると、独身男性の不幸と性的欲求不満を繋げる人がいるが、

幸・不幸と性は大した相関が無いのでは?少なくとも因果関係は無いのでは?と思う。

暇・自由があってポルノ風俗にどっぷりで、性欲が満たされていても不幸な人は多い。

生活健康改善は根気とスキル必要で、解決までに時間がかかるから

不幸の本質的な原因が生活健康である男性が、ポルノ風俗に逃避しているのではないかと思う。

性は娯楽や、苦痛不安一時的麻痺させるものであり、性に「問題解決する力」は無い。

生活健康能力が高い男性は、独身でも友達が少なくてもそれほど不幸ではない。

独身男性の不幸に、女性はあまり関係ないと思う。本人のスキルの低さに問題があり、

その原因は「スキルが低くてもいずれ結婚して女性が全部なんとかするからOK」という教育にあった。

まり教育が悪い。現実的文化に包まれ現実的教育を受けた世代は上手く生きるだろうが、

楽観的な教育を受けた世代意識の高い一握りが貴族になって、楽観的な教育に甘えた者が不幸になる。

昨日は少しつらかった

いつものようにインターネットを見てたらあるネガティブコメントを見て、なんかそっから気持ちが沈んだ。

なんというかいかにも自分のことを言われているようなそんな感じがして、やけに刺さる。

そこから少しネットを見たんだけど、見る人みんなが優秀そうに見えて、自分ゴミなんじゃないかと感じた。

もう人前に出たくないし、人と会うのも嫌だ。いま人にあったら笑われているような気がして耐えられない。

なぜ皆は堂々と生きられるんだ。

もう気持ちがどうしようもなくなって動けなくなったからそのまま寝た。

12時間くらい寝た。

一晩たったら楽になった。

だけど、まだこのぼんやりとした不安感が残っている。

あー、つらい。精神力を鍛えよう。

体を鍛えたり、女にモテたり、そういうのが必要なのかもしれない。

だけど毎日めんどくせ~、何なんだ。ファック。

精神力を鍛えよう。ネットを見るのは病むから止めよう。病めよう。

すいすいすいようび~、今日も頑張ろう。と僕も毎日思いたいものだ。

2016-05-25

影響力がない先進国で一カ国ぐらい極右政権とってもいいんではないか

オーストリア選挙見てたけど、何かあんなに都合よく僅差否決が続くので、何かやってんじゃないかと、それを最も疑う必要のない国ですら疑ってしまう。

で、だいたい半分ぐらいの人は急激な動乱に不安を感じているわけで、そりゃそうなるんじゃないのって感じだし、一般的感情リベラルはその不安を払拭できないでしょ。キリスト原理主義リベラルを除けば。


じゃあ、そうなっちゃうんじゃないのっていう。

自分も、水素水「だけ」を目の敵にする理由がわからない

水素水を目の敵にする人は、世の中のサプリメントのことはどう思ってるわけ?

高齢者からお金を巻き上げるサプリってたくさんあるよね?何でああういうのは批判しないのに水素水だけは批判するの?

たとえばコンドロイチンだって、加齢で不足するのは事実だけど、それをサプリ摂取して効果があるって証拠はないんでしょ?DHAEPAも。もっといえばコラーゲンも。

でそういうサプリって、高齢者不安心理に漬け込んで儲けてるわけでしょ?水素水よりあこぎな商売だとは思わないの?

なんでサプリのそういう実態無視して、「水素水だけ」に躍起になってるの?

本当にわからない。

一人暮らしを乗り切る極意を伝授して下さい

※再投稿。朝投稿したら二重書き込みになったので片方削除したら一時間以上の時間差で残した方も消えてやんの。なんだよもー。トラバとかくれた人ごめんな。



成人もとっくに済ませたのに今更初めての一人暮らしを始めることになった。

何が不安って自分には友達がいない。何か話したいことがある時に報告できるような人がいない。もちろん恋人もいない。

今まではそれでよかった。家に帰れば声を交わせる相手がいた。人付き合いが苦手なため、会話の相手家族一人いれば十分だった。この環境自分にとって最適だった。

この一人がゼロ人になると大層辛いというのは予想が付く。

学校で、職場でほぼ他人と会話を交わさず一人でいても平気だったのは、関係の良好な家族がいたからだ。今まで満ち足りた環境にいた分、誰とも会話のない日々が続けばきっとじわじわ寂しさに押し潰される。

いつかはこういう日が来ることはわかっていたのに交友関係を広げる努力をしてこなかった自分が悪いのだが、考えないように先延ばしにして生きてきてしまった。

先延ばしといえば一人暮らし自体もそうで、この年齢なら大抵の人間一人暮らし経験してんだよなと思うと世間に向かって頭を下げるしかないし自らの甘ったれ度が身に沁みる。

とにかく孤独耐性が全く育っていないため、このままでは寂しさに負けてソシャゲ依存して恐ろしい額の課金をしたり

他人に構われたい一心ネット炎上を狙った文章を量産するようになったり変な新興宗教にはまったり、今の自分からしたら正気の沙汰とは思えない行動をしない自信がない。

一人暮らしの先輩方が寂しさと戦うために実践していることがあればぜひ教えてほしい。アレルギー持ちなのでペットは厳しい。

この手の話はまず男女逆にしてみて、同じ感想が出るのか試してみると面白い

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今朝、出勤前のわたし洗濯をしていたら、同じく出勤前の妻が、昨日洗って乾かしてあった食器(夕食で使った食器:妻が洗ったもの)を食器棚に片づけてくれた。

ついでにシンクにおいたままの洗い残しの2つのマグカップ(昨日の夕食後に妻と私が使ったもの)も洗ってほしいと頼んだところ、「仕事から帰ってきてからやる」と言われたので今やって欲しいと伝えた。

妻は平日、仕事で帰りが常に私より遅く、結局は先に帰ってくる私が洗うことになるからである。いつもそうである。朝残っている家事を夜にやるのは私。だからキッチンに立っている君にぱぱっと洗ってほしいと頼むと、「じゃあゴミ捨てはあなたがやってね」と言われた。



別にゴミを捨てるくらいやるよ。ただ玄関に置いてあるごみ袋(私がまとめたもの)を出勤前にマンションの前に出しておくだけなのだから特別遠い場所や面倒な場所ゴミ捨て場があるわけでもないし。

何ならマグカップ2つ洗うのだって私がやったって良いし。



妻の中では、「洗って乾かした食器を棚に戻す」と「マグカップを2つ洗う」が家事「2件」としてカウントされるたのだろう。

で、そこにゴミ捨てもプラスされて、「私だけ家事3つは不公平からゴミ捨てはあなたがやってね。あなた洗濯物(1個)だけなんだから」と思ったのだろう。



しかし妻よ。

その食器を片づける作業をいつもしてるのは私なのだよ。その際にシンクに残ったマグカップも洗ってる。

毎朝洗濯物を干してるのも私ですし、仕事から帰ってその洗濯物を取り入れてただんでるのも私です。

部屋の掃除だけでなくお風呂トイレ掃除やってるのも私ですし、トイレットペーパーとか石鹸とか消耗品買ってるのも私ですYO

もちろん料理も、その買出しも私ですねはい



年収はほぼ変わらないので生活費折半

妻はナチュラル自分が良い妻で、家事もちゃんと手伝っていると思っている(食器洗いはいつもやってくれるしたまに掃除洗濯物も手伝ってはくれるし)。

から何か頼むと「何で私ばっかりやらなきゃいけないの!」みたいになる。



楽しい人だし仕事一生懸命やるから良いけど、こういう小さいことで地味にストレスがたまってしまう。

「妻は褒めて伸ばせーっ」てよく言うけど、元々家事しない人に自分と同等に家事してもらうようになるのは難しいと思う。

褒めてやってもらえるようになっても彼女らにとってそれは「当然のこと」ではなく「お願いされたし喜んでもらえるから頑張ってやったこと」なので所詮言われないとやらないし何個か連続してお願いすると「何で私ばっかり」病が発病しちゃうの。

そんな感じでけんかになるより自分でやっちゃった方が速いから大半はもう自分でやっちゃお、ってなる。

そしてたまるストレスと将来への不安(子供は持てないよな…という)…



ま、自分でこの人を選んだんだから仕方ないんだけどね。

日常家事を当たり前にできる妻を持つ男性の皆様、どうぞ奥様を大切にしてください!

http://anond.hatelabo.jp/20160524175814

2016-05-24

家事日常でない人は褒めても伸びない

今朝、出勤前のわたし洗濯をしていたら、同じく出勤前の夫が、昨日洗って乾かしてあった食器(夕食で使った食器:夫が洗ったもの)を食器棚に片づけてくれた。

ついでにシンクにおいたままの洗い残しの2つのマグカップ(昨日の夕食後に夫と私が使ったもの)も洗ってほしいと頼んだところ、「仕事から帰ってきてからやる」と言われたので今やって欲しいと伝えた。

夫は平日、仕事で帰りが常に私より遅く、結局は先に帰ってくる私が洗うことになるからである。いつもそうである。朝残っている家事を夜にやるのは私。だからキッチンに立っているあたなにぱぱっと洗ってほしいと頼むと、「じゃあゴミ捨ては君がやってね」と言われた。

別にゴミを捨てるくらいやるよ。ただ玄関に置いてあるごみ袋(私がまとめたもの)を出勤前にマンションの前に出しておくだけなのだから特別遠い場所や面倒な場所ゴミ捨て場があるわけでもないし。

何ならマグカップ2つ洗うのだって私がやったって良いし。

夫の中では、「洗って乾かした食器を棚に戻す」と「マグカップを2つ洗う」が家事「2件」としてカウントされるたのだろう。

で、そこにゴミ捨てもプラスされて、「僕だけ家事3つは不公平からゴミ捨ては君がやってね。君は洗濯物(1個)だけなんだから」と思ったのだろう。

しかし夫よ。

その食器を片づける作業をいつもしてるのは私なのだよ。その際にシンクに残ったマグカップも洗ってる。

毎朝洗濯物を干してるのも私ですし、仕事から帰ってその洗濯物を取り入れてただんでるのも私です。

部屋の掃除だけでなくお風呂トイレ掃除やってるのも私ですし、トイレットペーパーとか石鹸とか消耗品買ってるのも私ですYO

もちろん料理も、その買出しも私ですねはい

年収はほぼ変わらないので生活費折半

夫はナチュラル自分が良い夫で、家事もちゃんと手伝っていると思っている(食器洗いはいつもやってくれるしたまに掃除洗濯物も手伝ってはくれるし)。

から何か頼むと「何で僕ばっかりやらなきゃいけないの!」みたいになる。



楽しい人だし仕事一生懸命やるから良いけど、こういう小さいことで地味にストレスがたまってしまう。

「夫は褒めて伸ばせーっ」てよく言うけど、元々家事しない人に自分と同等に家事してもらうようになるのは難しいと思う。

褒めてやってもらえるようになっても彼らにとってそれは「当然のこと」ではなく「お願いされたし喜んでもらえるから頑張ってやったこと」なので所詮言われないとやらないし何個か連続してお願いすると「何で僕ばっかり」病が発病しちゃうの。

そんな感じでけんかになるより自分でやっちゃった方が速いから大半はもう自分でやっちゃお、ってなる。

そしてたまるストレスと将来への不安(子供は持てないよな…という)…



ま、自分でこの人を選んだんだから仕方ないんだけどね。

日常家事を当たり前にできる夫を持つ女性の皆様、どうぞ旦那様を大切にしてください!

幸福に関しては感情客観的事実が一致しないんだよな

どう考えても勝ち組京大卒の専業主婦女性自分をどこか不幸な人間ではないか不安がっている一方で、

完全に人間終わっているとしか思えない底辺家庭の知障女がなぜか人生漫喫しているように見えたり、

(それは自分の追われた境遇客観的に見るメタ認知が著しく弱いからなんだけど)

人間主観的感情と、外野から評価される客観的事実って一致しないことの方が多いよな。



幸福感に関していえば、仮に全く合法であったとしたら麻薬でも乱用すれば容易に幸福な気分にはなれるわけだが、

脳が機能不全を起こしていれば、どんなに人から羨ましがられるような人生を送っていても不幸のどん底を味わうことになる。



幸福感情がゴールで、理性や環境ツールに過ぎないとしたら、

たぶん人間はどんな環境にも不幸を感じることで、何とかして幸福を手に入れようとしてもがき続ける動物なんだろう。

手に入れても手に入れても満足できずに、不満の中であがき続けて死ぬだけなんだ。