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2016-06-29

ウォーターフォールからアジャイルへ転換できるのか?

ウォーターフォールアジャイルは、別種の組織文化契約必要とし、経年を経て進化・変化・転換するものではないように思う。

アジャイル以前(80年~00年)

アジャイル最初からアジャイルという呼び名だったわけではない。

当初は「スクラム」「エクストリームプログラミング」など、著名なエンジニアが開発した様々な手法総称であり、軽量ソフトウェア開発手法呼称が好まれて使われた。

80年代において、コンピュータリソースは貴重であり、オペレーティングシステムは低水準のAPIしか提供せず、

ひとつの処理を作るのに数百~数千ステップ必要としたので、「処理を設計する」「コーダー実装する」というフロー合理的であった。

現在において、開発機のリソースは極めて安く、SDKライブラリ提供する高度なAPIの組み合わせによって機能を実現できるため、

コーダー実装(≒設計)を行い、必要に応じてドキュメント化する」というフローの方が合理的である

しかし「エクスリーム(極端な、過激な)プログラミング」という言葉に顕れているように、これらの手法は登場当初は正格な方式とは認められなかった。

アジャイルソフトウェア開発宣言2001年

私たちは、ソフトウェア開発の実践
あるいは実践を手助けをする活動を通じて、
よりよい開発方法を見つけだそうとしている。
この活動を通して、私たちは以下の価値に至った。

プロセスツールよりも個人と対話を、
包括的ドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、

価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを
認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。

著名なエンジニアがこれまで「軽量ソフトウェア開発手法」に含まれていた技法を「アジャイルソフトウェア開発手法」と再定義した。

従来の契約計画を重んじるやり方を尊重しつつも、ソフトウェア開発においては適応的な手法の方がより優れているという宣言であり、

この時点ではUSにおいてもウォーターフォール的なプロジェクト趨勢支配していたことが伺える。

My Job Went to India: 52 Ways to Save Your Job(2005年

「私の仕事インドへ行った:あなたが職を失わないための52の方法」という本がプログラマの間で話題になる。これは現代でも名著として名高い。

2009年に発売された2版では、「The Passionate Programmer: Creating a Remarkable Career in Software Development」に改題している。

素直に訳すなら、「情熱プログラマーソフトウェア開発者として注目されるキャリアの作り方」となるだろう。

日本語版サブタイトルはそれぞれ「オフショア時代ソフトウェア開発者サバイバルガイド」「ソフトウェア開発者幸せ生き方」とかなり意訳している。

2005年にはウォーターフォール式のプログラミング開発はほとんどが単価の安いインドに投げられるようになった。

当時の文献にはドットネットバブルが弾け、IPO目当てでコンピュータサイエンスを志す学生が目に見えて減ったという記述が出てくる。

そしておよそ10年後(2016年

アジャイルソフトウェア開発技法は洗練され、継続的デリバリーと紐付き、DevOpsへと深化を果たした。

要件定義、外部設計、内部設計実装単体テスト結合テスト、受入テスト、納品、運用、そして緩慢に死を迎えるのを待つのではなく、

顧客要求に対して適応的に実装が行われ、無駄の多いテスト自動化によって省力化され、

デプロイ自動化し、運用によって得られた知見が開発へフィードバック・新たな要求となる、新しいソフトウェアライフサイクルが定着した。

このためには様々なソフトウェア開発の原則に通じ、実装技術に秀でており、かつビジネスのコアバリューを理解できる必要がある。

USにおいて、そうした優れたソフトウェア開発者成功者・高給取りとして知られるようになっている。

ちょっとまて、10年間に何があった

単価の安いオフショア仕事を投げていた企業はどうなったの?インド人に職を追われたプログラマは?10年間に何があったの??

クラウドビジネスの売り込みのために、DevOpsをキーワードにしている大企業の影はちらつきながらも、

USで労働集約ビジネスをしていた中小ソフトウェアハウスが、近代的なソフトウェア企業に生まれ変わり従業員に多額の給与を支払うようになったという類の逸話はないのはなぜか。

おそらくは、

  1. USの従来型の労働集約ソフトウェアハウスほとんど死んだ
  2. 有能な人材ベンチャー企業で新しく画期的サービスを立ち上げるようになった
  3. 有望なベンチャービジネスMSGoogleAppleなどの超大企業に買収されるため、1~3のループが続いている

ということなんじゃないのかなと思う。

つまるところ10年間に起きていたのはウォーターフォールからアジャイルへの転換ではなく、死と再生だったのではないかっていう仮説。

生活保護否定しないが、日本生活保護は手厚すぎる

生活保護必要性とかそういう理念的な話はもうどうでもいい。そこは否定しない。でも問題そこじゃねえよ。

受給者の方だけじゃなくて、ケースワーカー取材しろ鈴木大介





http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/


先進国では、最低賃金年金生活保護となっているのに、日本では、生活保護最低賃金年金となっている。

常に問題視されるのは、最低賃金で働いている若者より受給者の額のほうが多い場合があるということだ。

こんな国は先進国の中では日本だけである

これずっと言われてるのに最低賃金を上げようともしないし生活保護も下げようとしない。

最低賃金で働いていて、ずるいと思わないやつがいると思うか?

生活保護必要性の話なんかしてねえんだよ。 それすらも理解できないやつは何言っても無駄だ。

それより、鈴木大介生活保護最低賃金年金についてこそ答えるべきだろ。





国際比較においては、日本生活扶助の額は、極めて多い。

所得保障水準(出典:平成2410月財務省主計局

フランス  39,207円    保護率 5.7%

ドイツ   34,398円    保護率 9.7%

スウェーデン   44,160円    保護率 4.5%

イギリス  30,008円    保護率 9.27%

アメリカ  15,800円    保護率 13.05%

日本    64,870円~83,700円 保護率 1.6%

以上のように、日本生活扶助ヨーロッパ諸国の2倍、

アメリカの4倍~5倍にもなる。

受給者は、生活保護費が少ないと文句を言うが、実際のところ「健康文化的必要最低限の生活」を送るためにこれだけ必要だと本当に言えるだろうか?

日本福祉はなんとなくほかの国より低いと思い込んでる人がいるようだが数字としては一番高い。

もちろん物価問題はあるが、それでもほかの国と比べて足りないとは言えないだろう。




欧米ではボランティア活動への参加が必要で、生保は有期限なのにたいし、日本ではなんちゃって就職活動していれば高額の生活扶助を受け取り、しか医療費も税や年金も全て無料で無期限期限もない。

基準が甘すぎる。

生活保護法は、「最低限度の生活保障」と「自立助長」の2つを目的に掲げている。ところが、生保優遇により「自立助長」を妨げているといえる。

コンビニバイトは、月に8万円程度しかもらっていない。生保優遇から、滞留がほとんどとなり、自立率2%となっている。


仮に、生活扶助欧米並みの水準に下げ、ボランティア活動への参加を義務化(但し寝たきりの人は除く)すれば、現在保護されていない人を救う財源が生まれ、働きたくない怠け者が出て行くので、漏給濫給が大幅に減る。




生保世帯の子供の半分は後に再び生保になる

全体の平均が1.6%だから、格段に高い率で生保となっている事がわかる。

2世生保どころか3世生保まで出てきているのだ。





こんな感じでさ。生保についてだが、鈴木大介的な草の根視点否定しないが、それとは別に、鳥の目、つまりデータで語ることも必要だろう。




あとこっからは俺の愚痴な。


生活保護運営がクソすぎる。働いてる職員レベルがだめすぎてまともな運営ができてない

はてなブックマークコメントを見ていると、そもそも生保の仕組みを理解してないで適当なことを言ってる奴ばかりだ。

生保は一度資格を得たら金渡して終わりだと思ってる? 違うよ。

私は一度仕事をやめて、ハローワーク失業給付もらうことになって初めて気づいたが、

機械的対応しかしない職員上から目線説教されるというきわめて屈辱的でしかも役に立たない茶番を経なければ支給されない。

多分職員の中にはいい人もたくさんいるんだろうが、この国のセーフティネットの仕組みは、形だけしっかりしてるが中身がボロボロだ。



生活保護についても調べたが、やはりケースワーカーがついて指導する仕組みになっている。

だが、このケースワーカー専門家ほとんどいない。とにかく忙しいだけでスキルがない新人仕事押し付けるような形になっている。

そして、受給者プライドをズタボロにするような対応だし、自立をむしろ妨げるような給付の仕組みになっている。

http://seihokanzen.xyz/2015/10/12/caseworker/

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13105104658

年収額は自治体によって異なります

東京都23区の場合、平均年収は700万~800万円の間です。

全国の自治体平均ですと、約670万円前後であるそうです。

労働時間については、8:30~17:15までです。

多くのケースワーカーに聞く限りでは、

時間内に仕事が終わることはほとんどないので、多くの方が残業をしているようです。

また、仕事中はあまりの忙しさで常にバタバタしており、一息つく暇もないとのことです。

こいつら年収高すぎだろ。 

これは単なるひがみだが、明らかに仕事できない感じの人間が、こんだけ給料もらえるの世の中間違ってるよ。





https://note.mu/sbsnbun/m/m4bd73cf83898

http://sbshinbun.blog.fc2.com/blog-entry-457.html

月に一度、生存確認をしに訪ねてくるだけだった。私は早く働きたいと思っていたのだが、何も言ってくれなかった。ワーカーが「この人は働けない」と勝手判断したのかもしれない。

さらに私は働き始めてからきちんと書類を書いて提出していたのだが、担当のワーカーは勝手書類を作って提出していたことが発覚した。担当のワーカーは私に何度も「君は精神精神障害者)だから働けない」と言ってきた。


「ワーカーの仕事は稼働年齢にある人を働けるように指導するのが仕事なのに、仕事をしない」のだ。




生活保護悪用している人間もやはり少なくない。体感としてはかなり多いという人もいる

実際に自分は、就労支援施設生活保護を貰いながら5年以上居続けている人間を何人も見てきました

補助があるから仕事雑談しながら適当にやったり自分意見が合わないと自分の仲間を読んできて声を荒げたり、こちらの発言に対して一切耳を貸さな人間も見てきましたし、自分の思い通りに行かなかったからと言って自助会の代表者に延々と電話嫌がらせを行い疲弊させ

終には休会させたりした人も居ました

生活保護を貰う事に慣れてしまった人間描写も欲しかったです

続きを知りたくて続編のゲームを買う人って少数派なんだろうか…

最近ダークソウル3」と「アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」を購入し、現在休日はローテーションで遊んでいる。

ちなみに、どちらのシリーズ過去作は全て発売日に購入、それなりに遊び尽くしており、「ダークソウル」と関連の深い「デモンズソウル」や「ブラッドボーン」も同様だ。

俺の知人はそれが理解出来ないらしい。「Youtubeプレイ動画を見てみたが、どれもゲームシステム殆ど同じじゃないか。同じようなものを何作も買う必要ないんじゃないか」と彼は言う。

俺は「スターウォーズを『いつも誰かがライトセーバーを振り回して戦闘機が飛び交ってるだけじゃないか』と言う人はいないだろう」と反論したが、彼は納得していなかった。

正直なところ、この2作に関しては過去作品よりも遥かに買う動機が強かった。どちらも「シリーズの締めくくり的位置づけ」と宣伝されていたからだ。

特にダークソウル3」は、その独特な世界観にどのような決着がもたらされるのか、俺は発売前から気になって仕方がなかった。

アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」も、毎度のように大冒険を繰り広げる主人公が、トレジャーハンターという肩書きをどのような形で終わらせる(卒業する)のか、知りたかった。

そしてどちらもプレイし、俺はめでたくそれを見届ける事が出来た。

前述の知人のように、俺より若い人(二十代前半あたり)にはこの感情理解出来ない人がいるらしい。

クリアしちゃったら、もうそこで終わりでしょ?その後何を遊ぶの?」

真顔でこれを言われた時はさすがに驚いた。どうも俺と彼らとでは「ゲーム」認識が違うらしい…。

http://anond.hatelabo.jp/20160629171623

しなくても強化できるレベルにそこまで差はでないでしょ

別に他国への攻撃能力だって自衛範疇として言い張れる

軍になればどっかの国から敵か味方か問われたら言い逃れできないけど、現在憲法なら自衛のためにしか使えないのでとエクスキューズできるし、

自衛のためという名目だけつけておけば中国などの「日本だって強化してるじゃん」への正当性を消すことができる

自分に都合よく解釈できる状態をわざわざ手放す必要はない

歳の差婚を平気で差別する人が怖い

ツイッター見てると歳の差婚に対して気持ち悪いとか平気で差別発言する人が結構いてぞっとする。

差別無自覚な人ならまだしも女性LGBTなどの差別には敏感な人がそういうツイートしてると絶望しかない。

わたし現在29歳だけど、高校生の頃からずっとどうしても50歳以上の男性じゃないと性的対象にならないしネット自分以外もそういう指向の人がいることを知り救われた。

それでも有名人が歳の差婚をすると金目当てなどの言葉ネットに溢れるし若い女と結婚する男性は叩かれる。

若い女が金目当て以外に老齢男性恋愛するわけないなどと狭い視野断じてきたりする。

若い男と違って骨が細くなってきたり男性としての自信が少し揺らいでたり老眼になって眼鏡しなくちゃならなくなったり若い頃より体力がなくなってきてたり世の中の流れについてけなくて困惑してたりそういう諸々がセクシーに感じちゃうんだから仕方ない。

内心気持ち悪いと思うのは勝手だけど迷惑かけてないんだから罵倒しなきゃいいのに。

青二才の二大トラウマ Kanose&本物川

http://anond.hatelabo.jp/20160628002050

 

青二才が事あるごとにKanoseに噛みつくようになったのはこれ

http://togetter.com/li/495914 以来だったように記憶している。

 

内容はいもの青二才テイストで「よく調べもせず適当なことを書き散らす」

だったが、現在記事自体はしれっと消している。

もともとブコメでも盛大に馬鹿にされてたところをKanoseダメ押しされたのと、

内容が言い訳のしようがないほどのデマ(元のソースアンサイクロペディアw)

だったのがよっぽど恥ずかしかった模様。

 

 


本物川のほうはこれ http://togetter.com/li/834557

ほぼ全部ツイ消ししてるが途中に自分でまとめた(?!)ブログ記事魚拓あり。

ちなみにこれもブログごと消滅

これもまたいつものミソジニーによる暴言で本物川にぶっ叩かれまくり

(http://togetter.com/li/835181)ブロックして逃亡。

このまとめでもやり取りした形跡はあるがツイ消ししている。

この時に何か発言した人達を「本物川一派」認定して大量にブロックしたっぽい。

ついでにその後の話(http://togetter.com/li/835863)

実際は本物川一派などという集団ではなく、あまりに酷い主張だったゆえに

個々に批判されていただけだったのだが、あまりの叩かれっぷりに

集団ストーカー被害妄想に陥ったのではないかと推測。


こうして見なおしてみるとブログ記事ツイートよく消してるなw

いかにいい加減なことばかり言ってるかがよくわかる。

 

 

死ねばいいのに(笑)

2016-06-28

http://anond.hatelabo.jp/20160628221139

まりにも技術環境進歩が早いから単に長くやってるよりも現在勉強量の方が重要って事でしょ。

http://anond.hatelabo.jp/20160625205344

息子と嫁とでの核家族モード現在育児を楽しんでいるし子ども可愛いので二人目もという思いはあるが、現状の生活環境では正直しんどい。なので、欲しいと思える環境というか嫁実家サポートが得られるのは素直に羨ましい。

もうちょい気楽にもう一人とか言えるといいんだがなー。

詭弁の特徴のガイドラインに追加して欲しい項目。「的外れ比較や例

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%EB%CC%CA%DB%A4%CE%A5%AC%A5%A4%A5%C9%A5%E9%A5%A4%A5%F3

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詭弁の特徴15条

例:「犬ははたして哺乳類か」という議論をしている場合

あなたが「犬は哺乳類としての条件を満たしている」と言ったのに対して否定論者が…

1.事実に対して仮定を持ち出す

「犬は子供を産むが、もし卵を生む犬がいたらどうだろうか?」

2.ごくまれな反例をとりあげる

「だが、尻尾が2本ある犬が生まれることもある」

3.自分に有利な将来像を予想する

「何年か後、犬に羽が生えないという保証は誰にもできない」

4.主観で決め付ける

「犬自身哺乳類であることを望むわけがない」

5.資料を示さず持論が支持されていると思わせる

世界では、犬は哺乳類ではないという見方一般的だ」

6.一見関係がありそうで関係のない話を始める

「ところで、カモノハシは卵を産むのを知っているか?」

7.陰謀であると力説する

「それは、犬を哺乳類と認めると都合の良いアメリカが画策した陰謀だ」

8.知能障害を起こす

「何、犬ごときにマジになってやんの、バーカバーカ」

9.自分見解を述べずに人格批判をする

「犬が哺乳類なんて言う奴は、社会に出てない証拠現実をみてみろよ」

10.ありえない解決策を図る

「犬が卵を産めるようになれば良いって事でしょ」

11.レッテル貼りをする

「犬が哺乳類だなんて過去概念にしがみつく右翼イタイね」

12.決着した話を経緯を無視して蒸し返す

「ところで、犬がどうやったら哺乳類の条件をみたすんだ?」

13.勝利宣言をする

「犬が哺乳類だという論はすでに何年も前に論破されてる事なのだが」

14.細かい部分のミスを指摘し相手無知認識させる

「犬って言っても大型犬から小型犬までいる。もっと勉強しろよ」

15.新しい概念が全て正しいのだとミスリードする

「犬が哺乳類ではないと認めない限り生物学進歩はない」


参考:18条パターンの追加項目

16.全てか無かで途中を認めないか、あえて無視する。

「全ての犬が哺乳類としての条件を満たしているか検査するのは不可能だ(だから哺乳類ではない)」

17.勝手に極論化して、結論正当性に疑問を呈する。

「確かに犬は哺乳類と言えるかもしれない、しかしだからといって、哺乳類としての条件を全て持っているというのは早計に過ぎないか。」

18.自分で話をずらしておいて、「話をずらすな」と相手を批難する。

現在問題なのは犬の広義の非哺乳類性であり、哺乳類であるかどうかは問題ではない。話をそらすな」

これに付記するものとしてKusakabe(void)論法がある。

追加項目

19.権威主義におちいって話を聞かなくなる。

生物学権威じゃないおまえには犬について議論する資格が無い。生物学者に意見を聞きたい」


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他に的外れ比較や例えを詭弁として追加して欲しいです。


20.的外れ比較や例えをする

例1「犬が哺乳類だと言うのは、恐竜哺乳類だと言うようなものだ。」

例2「では恐竜哺乳類扱いされているだろうか?されていないだろう。犬の件もそれと同じ事である。」

実際にこういう的外れ比較や例えは見かけます

また、昔2ちゃんねるで見かけたスレでも、比較対象を誤っている論者がいるなどと注意喚起されていました。



ありえない解決策を図るについては、「犬が卵を産めるようになれば良いって事でしょ」は大げさにしても、

「では、他の生き物が哺乳類に含まれるかどうかあなたが全確認してはどう?」というような論は見かけます

日本人女性と付き合いたくない

イラ現在バヌアツ人の彼女と、バヌアツ同棲しています

どんな道のりを歩んだかは、(「大学うんこを踏んだ結果、元カレ親友運命の人に昇格した話 」)に寄稿させていただいたので、良ければ読んでみてください◎

経験としては、日本人女性とは人並みに付き合ったり別れたりして、バヌアツ女性とは2人付き合って、1人が付き合う手前までいった感じです。

ほかにも友人カップルや待ち行く人々を見ていると、「バヌアツ人と付き合うほうが楽。日本人微妙だなぁ」と思うようになってしまいました。

もちろん、個人差はありますけどね。

日本人女性と付き合いたくない理由

当たり前ですが、魅力的な日本人女性はいますので、これからはオイラ独断偏見です。いい悪いではなく、あくまでオイラ主観的意見ですからね。(予防線張りすぎ)

バヌアツでは、付き合ったら家族友達にすぐに紹介します。

学生同棲している人たちも少なくありません。

家族行事には彼女も呼びますし、パートナーというのは、いつも一緒にいる、という認識です。

から日本人との付き合いは、なんか堅苦しく思えてしまうんですよね。




付き合いたくない理由1:日本人女性は女々しい

最初からざっくり言ってしまますが、日本人女性はかなりの確立(原文ママ)で女々しいです。

メンタルが弱いと言うか、まわりに気を遣いすぎというか。

日本人共通の特徴なので、それが悪いとは思いません。オイラ日本人ですし。

ですがオイラは、女性は頼れる人であってほしい、と思っているので、堂々としている人が素敵だと思います

今日ね、上司にこんなこと言われて……。私って本当にダメ人間だよなぁ。つらい」みたいなことを言われると、「おう、がんばれや」としか言えません。

転職したいけど、彼ピッピが許してくれない」みたいな発言を聞くと、「うわぁーピッピに人生決めてもらうのか」と引いちゃいます

支えあっていくのは当然ですが、やっぱり器が大きく、うじうじしない人がいいですね。

ケンカしても、グダグダと引きずる人が多い気がします。

そう考えると、日本人女性ちょっと繊細すぎるように思えます

引っ張ってくれる、頼り甲斐のあるピッピは、なかなかお目にかかることができません。

付き合いたくない理由2:制約が多すぎる

よく、「付き合うのが面倒くさい」と言う人がいます

というのも、異性の友人が認められず、記念日は祝って……みたいな制約があるからでしょう。

カップルにもよりますが、異性と2人っきりの飲み会禁止、という人たちが多いですよね。あと、1週間に1度は会うべきだとか。

留学中、「彼ピッピがパーティーに行くなって言う」「写真で女の人と距離が近いって怒られた」と困っている子たちがいました。

これは男女共通ですが、どっちにしろ面倒くさいし、女性場合はどうしても、「器が小さいなぁ」と思ってしまうんですよね。

イラは言いたいことは言うタイプなので、なんだかゴチャゴチャ言われるのは好きじゃありません。


付き合いたくない理由3:こっそり付き合う

これもなかなか面倒くさいです。

男性は総じてピッピ自慢をしたがりますが、女性は仲がいい人にも、彼氏を紹介したりすることが少ないようです。家族にも言わない人もいるようで。

イラ経験では、付き合った日本人で、家族に紹介してくれた人はいませんでした。

紹介してからかわれたり何か言われるのが面倒なんでしょうが、付き合ったなら堂々としたいです。

文化のちがいではありますが、ヨーロッパではすぐに家へ呼んで、友達に紹介します。大切なパートナーですからね。

なので、付き合っていることをオープンにしたくない感覚が、まったくわかりません。

友達と飲んでるとき彼女が来ると面倒くさい」って考え方とかね。

友達彼女交えて、みんなでワイワイすればいいじゃない、って思います

こっちでは、彼氏を呼んだらかなりの確立(原b..)で彼女がついてくるので、みんな当然のように受け入れます

そういう考え方の方が、オイラは好きです。

付き合いたくない理由4:愛情表現をしない

嫁に「うちの愚息がねぇー」なんて言われたらグーパンですよ。

「お前の***がどんなもんなのよ!」ってな具合です。

恥ずかしがり、言わずとも伝わる――と思っている姫君が多いようですが、そんなんだから熟年離婚になるんですよ。大切なら大切って言えばいいじゃない。

もっと堂々と、「俺はお前が好き」って態度を出せばいいのに。

恥ずかしいんですか? オイラを好きなのが? ふしぎです。

彼女と手をつないでいて、友達に会った瞬間離されたりしましたねぇ。

付き合ってるんなら恥ずかしがる必要ないのに。

愛情表現は人それぞれですが、好きな人に好きって言ってもらいたいです。




付き合いたくない理由5:ともに歩むことができない

よく、「資格を取りたいから、しばらく会えない」なんてことを聞きます

最近忙しくて、疎遠気味」とか。

恋人と疎遠って意味がわかりません。

「ひとりの時間がほしい」とかね。それは恋人じゃありませんよ。

恋人っていうのは、やっぱりある程度共有する時間があって当然じゃないですか。

基本的には、一番多くの時間を共有する人であるべきです。

言わなくても通じる、会えなくてもわかってる、みたいなスタンスなんでしょうけど、会いもしなかったらただの近くの親戚ですからね。

パートナーを軽んじてる人、多すぎです。

付き合うならやっぱり一緒に人生を歩んでいく、と思うべきです。

付き合っているのに、「結婚するかわかんないしね」とか言う人が多いのが驚きです。だったらなんで付き合ってるの?

時間があるときに一緒に夜ご飯に行く、レベルが「彼女」ですよね。

パートナーなら、もっと時間人生を共有しないと、ただの仲のいいと変わりません。

付き合うなら、もっとちゃんと理解し合うべきだと思います

付き合うなら日本人女性はナシ

とか言っておいて、どこぞの日本人と付き合う可能性がないわけではありません。

が、いまのところ、「日本人と付き合うとなんか面倒くせー」と思っているので、たぶんないですね。

何度も言いますが、かなりの個人差があります

あくまでオイラ意見です。

でもこの上5つにあてはまる男性は、多いのでは?

日本バヌアツでは、カップルのあり方がずいぶん違います

どちらがいい、というわけではありませんが、オイラとしては、バヌアツの方が魅力的だと思います

バヌアツで、頼りになってたくさんの時間を共有して一緒に歩めるパートナーを見つけちゃうと、そっちの方がいいなぁーと思ってしまうんですよね。

同じように思っている男性がいれば、バヌアツ彼女を見つけちゃうのもアリですよ。

なんやかんや、やっぱりバヌアツ人はかわいく見えますしね!(ゝω・)vキャピ

はいはい改変改変↓

http://www.aitabata.com/entry/kokusai_renai

2016-06-27

文転を考えていますアドバイスをください

現在高2で理系クラスにいますが、数学がどうしても好きになれず文転を考えています。好きな科目は現代文化学、嫌いな科目は数学世界史自然科学より社会科学の本を好んで読み、社会言葉に興味がある、将来やりたいことは特に定まっていない、という状況です。

はいえ以前は数学が得意で、ずっと自分理系だと思っていたので、この文転したさは一時の気の迷いなのでは… という思いもあります。一人では決めかねています、どなたかアドバイスください!

 

 

6/28 10:45 追記

思っていた以上にたくさんのご意見をいただいて驚きつつ感動していますありがとうございますブコメを読んで少しずつ考えがまとまってきたので、いくつか補足させていただきます

まず、これは私の書き方が悪かったのですが、単に数学が嫌だから文系に行くというわけではないです。文系に行けば数学から逃げられるとも思っていません。

高2になって始まった理系数学の授業が予想以上に大変で(平均点前後はかろうじてとれているが、授業を聞いて問題を解くのが苦痛)、数学ぜんぜん楽しくない! というところから、「考えてみれば私はそもそも自然科学に興味がないのでは…?」と気づいた感じです。生物化学の分野でやりたいことがあるならこのまま理系で頑張るべきだと思いますが、むしろ社会学あたりのほうが自分の興味関心に合うような気がしてきたので……

社会でどんな人材が求められているか、どんな学部があとあと楽か私にはわかりませんが、「就職に有利だから理系」みたいな決め方はしたくないという意識がありますせっかくだからやりたいことをしたい……まだ具体的には何も決まってないけど……

高2の夏なら選び直しに伴う負担がまだ少ないので、今なら間に合う! 文転ってどうなんだろう? と思ってはてなの先輩方にご相談した次第です。id:tick2tackさんのご指摘の通り、「自分の中では決まってるけど背中を押してもらいたい」という状態に近かったかもしれません。

さいわい選択変更の申請〆切までまだかなり日があるので、社会科学分野のなかで特に自分の関心に合うテーマはなにか、本や大学パンフレットをいろいろ読んでじっくり探したいと思いますありがとうございました!

アスペADHDを併発してる夫に、カサンドラ症候群になって別居中の妻が最近言ったり送ったりしたことをまとめなおしてみた。




あなたはいつもデフォルトの「あなた」がしっかりとあって、基本的に寝て起きるといつも同じ「あなたからスタートする。

昨夜言い争った内容も、私の涙も、出ていない結論も、あなたに訪れた幸運さえも、きれいに「解決」「終わったこと」になっていて、

「えっ、なにそれ?」「ごめん、思い出せない」「いつの話だっけ?」と忘れ去り、毎日まっさら気持ち気持ちよくニコニコ笑っている。



私はこんなに悶々と悩みを抱えているのに。まだ、何も解決していないのに。

どうしてあなたはそんなに幸せそうな顔でいられるのだろうと、私は静かに憤りを感じる。

そのことに、あなたは気付かない。気付けない。

でも、私の雰囲気の変化を敏感に感じて、だけどそれが何かわからないので、

「どうしたのー?」とニコニコしながら頭を撫でてもらっても、今は私の気持ち逆撫でするだけだというのがわからない。

私が「今はやめて」と言ってしまうと、あなたはどうすればいいかからなくなって、泣きそうな顔でフリーズする。

そして明日になって、今日が昨日になってあなたリセットされるまで、身体的接触自体消極的になってしまう。

まり純粋すぎるあなたを前に、私はまた罪悪感から自己嫌悪に陥ってしまう。



あなたが「昨日」を引きずるのは、心身の調子がとても悪いときだけ。

から、見ているとすぐに調子が悪いのがわかる。

常に私が話すとその場その場では真剣に考えてくれているのはわかるのだけど、何かで気が散ったりしてその場で結論に至らなかった場合、話が翌日に引き継がれることはなかなかない。

引き継がれているとき=考えすぎて身体にも異常が出てしまっている(大体急に40度近い高熱を出す)ときなので、

あなたが苦手な分野の話をするのはとても億劫になるし、熱を出させてしまうと申し訳なくなる。



毎日リセットされるので、行動も思考ほとんど変化がなく他人に影響されない。

ブレない自分を持っているあなたは、その基準の中で厳格で明快な判断を下す反面、

まるで精密機械にように、同じ結果、同じ結論に達するために同じ経過を幾度も辿るので、何度も何度も同じやり取りをして、同じ失敗をする。

あなたは気付いていないかもしれないけれど、私からは、毎日同じ段差に躓き、毎日車輪を再発明してニコニコ喜んでいるような生活を送っているように見える。

から最初からできることは確実にできるけど、できないことはなかなか、時には年単位時間をかけてもできるようにならない。

実は前の失敗を踏まえてアプローチの仕方が変わっていたり、つまずくポイント微妙に違ったりして、あなたなりに変化が全くないわけじゃないのはなんとなくわかるんだけど、

一度失敗したら、気を付けていれば普通二度と失敗しないだろう。と思うようなことで何度も失敗しているのを見ていると、面倒くさくなって頼むのをやめたり、つい手を出してしまう。

私が手を出すと、あなたはペースが乱れて混乱し、蓄積されかけていた経験値はあっという間にゼロに戻る。

あなたの歩みを見守るには、私には忍耐強さが足りないのだと思う。



一つ新しいことを覚えるのに、時間をかけて体と脳に染み込ませる必要があるし、大抵のことはリセットされて翌朝には元に戻ってしまうので、

一緒に暮らしていて相手として、相手に影響を与えている感じがしない。まるでよくできたロボット暮らしているような気持ちになる。

カレーを焦がさず作る練習の為に毎日カレーを食べ続けるのはさすがに苦痛だし、仮に特訓の果てにカレーの玉ねぎは焦げなくなっても、野菜炒めはやっぱり焦がしてしまうのがあなた

特に苦手な、自他の心情や情動の絡むことになると、そもそも全く一般的でない、突拍子もない考え方でこれまで生きてきていたりして、

一般的感覚リアクションに至る理由が全く理解できなかったり、「その発想はなかった!」ということばかりのようで、教えようとすると大変労力がかかるし、それも徒労に終わることの方が多い。



すごく頼れてしっかり者で、同年代の人よりはるか精神的に大人な部分と、普通の人は当たり前にできることができない小学生並の部分が混在していて、そのギャップが激しすぎる。

から、「ただもう少し気を遣ってほしい」とか、「こういうことを察して行動して欲しい」というような小さな不満が、

元の不満が小さいからこそ、『なぜこんな簡単なことが何度言ってもできないのか、それは私が大切にされていないからではないか』とどんどん膨らんでいく。

診断がついて、頭ではあなた特性によるものだと理解しているつもりでも、あなたの優秀な側面も知っているからこそ、「そんな馬鹿な」「できるはずだ」「私でもできるのに」と、どうしても心が納得させられない。

あなたもっとポンコツで、スッパリ諦めがつけばいいのに、諦めきれない。

あなたが私を愛してくれていることは、あなたの態度や行動からとてもよくわかるのだけれど、

あなたの表明してくれる愛情と、そういった未発達な部分からくる対応齟齬で、私の心はひどく混乱し、罪悪感や自己嫌悪に蝕まれ疲弊する。



口に出して頼みさえすれば、なんでも喜んでやってくれるのはわかっているし、その都度私があなたに言うようにすれば家庭が円滑に回るのはわかっているけれど、

全部言葉にして言わなければ伝わらなかったり、項目や手順を紙に書いて掲示しなければいけなかったり、やってくれても思わぬところで失敗したりするのがしんどくて、つい、言うよりも自分でやってしまう。

伝える労力と我慢を天秤にかけて、我慢を選んでいるのは私自なのだけれど、それでも不満が蓄積されていく。

もっと早く診断がついていれば、言わなければわからないものなのだと知っていれば、まだ言っていく方向に頑張れたかもしれないけれど。

ずっと「普通は察して自発的に動けるハズで、それをしないのはやる気がないからだ」と思っていたし、

「なぜ私ばかりが言うという労力を払わなければならないのか(なぜ分からないのか)」

「なぜ書かないとわからないし、今から書く必要のある話をするということも察せないのか」

「なぜ記録を残さないと忘れるのか」

「なぜコミュニケーションをするために、準備に労力を払って、テンポの悪いやり取りをしなければならないのか」と、今もどうしても思ってしまう。

普通じゃないのがあなたの魅力でもあり、弱点でもあるのに、私はあなたに私の思う「普通であることを強く望んでしまう。



カウンセラーとのやり取りの中で、あなたあなた自身まり意識はしないままに、幼いころから自分はなんとなく社会の中で居場所を確保できなさそうだと気付いて、

時間をかけ、工夫を重ねて、人とは方法が違っても概ね同じ結果が得られるように様々なことを訓練してきたことを知った。

その結果、表面上「ちょっと変わった普通の人」風に振る舞えるように努力し続けて、今現在社会的に自立した生活を送れていて、

それが同じような特性による不自由さを持つ人たちの中では、カウンセラー医師が投薬を渋って今後に期待をかけたくなる程度には上々の成果とされることもわかっているつもりだし、

実際、なにが問題なのかさえ正しく認識できれば、大抵のことをゆっくり解決に向かわせられるだけの自己分析能力問題解決能力もあって、

生活改善する意識もかなり高い部類であることも、本などに出てくる様々なケースを読む中でわかってきた。

けれど、それでも、私が無意識に求めてしまう「普通」と、あなたの演じられる「普通」には大きな隔たりがあって、その溝はきっと今後も埋まらなくて、それがとてもつらいし、不安になる。

http://anond.hatelabo.jp/20160627181438

二流三流がはびこるのは現在でも起こってる問題だと思う。

それはいいんだけど、表立った能力人間性は良くも悪くも切り離して考えたらどうか。

能力性格無関係だとは言わないまでも。

耳が聞こえないか仕事を辞めようとしている

9年目の正社員

今の職に対し、務まる自信が全くなくなってしまっている。

退職視野に入れており…」という旨も上司に伝えてある。

当然ハイソーデスカとも言ってもらえず、これから時を改めて上との話し合いが始まるのだけれど。



辞める理由は、身体的なもの

鬱とか内臓病とかではない。そういうのだったらまだ納得はできる。

理由は「難聴」。



もともと、ムンプス難聴という決して珍しくもない病気をもっていた。

おたふく風邪がもとで片耳の聴力が失われて~ってやつな。

片耳が全く聞こえないくらいなら対面での会話にも殆ど影響はなかったし、採用の時にも正直に申告している。

ただ、そういう片耳難聴って、時間の経過とともにもう片方の耳の聞こえにも影響をもたらすんだよ。

現在、左右の聴力は既に酷いものとなっている。具体的な数字は書けないが、佐村河内守公表した聴力検査結果を見て「ただの健康な人やんけ!」とつっこんでしまったくらい。当然そのあとは諸々絶望したけれどな。



そういう人間が、特に私のような決して優秀ではない人材が、当然の顔をして正社員の席に座っていていいのか?

とにかくそこで悩む。

日中わりとあわただしい空気職場なんだけど、

増田聞いてんのか!!!???

増田自分が依頼したFAXが到着してんだから取りに行けよ! FAXの音よく聞いとけ!」

増田、周りの遣り取りに対し『我関せず』みたいな態度はどーなんだ? お前にも関係ある内容だろう!」

これが毎日

不注意で叱られているのならまだしも、身体的にどうしても出来ないことでの叱責はなかなかくる。

一応上司経由で難聴のことは部内に周知されているはずなんだけれど、

普通の顔をして普通に正社員の席に座っている奴が実は障害者 ((手帳はないので厳密には違うんだろうけど)) 」

っていう認識がね、どうも広まらないみたいでね。

正直に「聴力がかなり低下しているんです」「すみません、聞こえません」と言ってしまえば? という意見は分かっている。分かっているが、

「なんでこっちが気遣わないといけないの?」

「てかなんでそんなやつ雇ってんの? 他に正社員になりたいやつなんて山ほどいるのに何で?」

そういう本音も見え隠れするからなー。

周りの人はいい人だと思う。だからこそ、「なんであの増田はいつまで経っても使い物にならないの!?」という真摯な怒りも感じる。

私は毎日自分が恥ずかしい。



まり、私は迷惑なやつなんだよ。

「聞こえません」というフレーズを避けるために、

「今何とおっしゃったんですか?」

「もう一度お願いします」

とか、工夫もしてみたけれど、字に起こした時の印象通り、この台詞めっちゃ感じ悪いのな。

かえって心証を損ねてしまった。

今は『キョロ充作戦』と名付けたそのまんまの作戦で周囲の動向をこまめに伺っているが、傍目には「なにやってんのこいつ」としか映らないだろう。

指示の聞き間違いでミスをして怒鳴りつけられたときは、いい年なのに泣きそうになった。悔しくて。

聞こえさえすれば、周囲に迷惑をかけないようにできるのに。頑張れるのに。

情けなさで更に追い詰められてきた。



これ、言い訳かなあ。耳のせいにして、自分のポンコツぶりを棚に上げているのかなあ。

もっと頑張ったら私にも勤まるのかなあ。

補聴器とかそういう即効性のある機器わたしには効果がなく、次は手術だろうか……でも治るとも限らないしなあ……と悶々としている。イマココ



こんな理由で辞めたらもう次の就職は厳しいだろうな。パートか……でもレジ打ちや接客関係難聴は駄目だよなあ……。

ああ、クズ

私はクズ

頑張れないクズ

クズクズアンド、クズ

世界日本に近づいている?

貿易関連の仕事をしている。

英語中国語もでき、客先もそれらの国なので常にそういった国の

価値観に接し続けて、日本グローバル化を望み続けていた。


でも、最近考えを改め始めている。


もちろんトランプ旋風とイギリス選挙きっかけだ。

グローバル化する事で出てきた多くの問題を、理想カバーし続けるも

もはや流入する移民対応しきれなくなっている国が増えている。

香港シンガポールなどの国も同じ傾向が続くとしたら、どこで

均衡するかを政府は決定できるのだろうか。


ある程度の保護を伴う社会民主主義的な政策が、中国を含めてもほぼ世界的に

デフォルトになりつつある現状、経済動向に依る人口比の急激な変動は

政策にも大きく影響を及ぼす。

そのリスクを考えるなら、今の日本のように移民外国企業の流入障壁

維持する方がむしろ長期的な成長政策も維持しやすい。そもそも貧困層であれ、

富裕層であれ移民メリットによって移動するリスクを取れる人々だ。

イギリストルコ化したら、誰がイギリスに魅力を感じるのだろう。


参入障壁は国=そのエリア個性も維持し、観光産業地政学的なメリット

維持しやすくなる。魅力をいつまでも保ち続けやすくなるのだ。

アイデア世界を移動するが、土地の魅力はそこに居続ける。そうなる方が

グローバルという言葉の魅力はむしろより強まるのではないか


まり世界はより現在日本のようになっていく。


こんな風に今日ふと思ったんだが、どうだろう。

2016-06-26

パチスロを打つことについて、自分自身への手紙

1 まず最初に断言しておこうか。

 パチスロを(習慣的に)「打つ」ことと「打たない」ことを比較したら、

 「打たない」方がより良い。

 そんなことはわかっている?

 うん、そうだろう。

 わかっててやめられてないか問題なんよね。

2 パチスロを打ってはいけないなどとは言わない。

 そんな義務はない。

 道徳的にも、法律的にもパチスロを打ってはいけない義務があるとは思えない。

 普通パチ屋普通にスロ打って逮捕されたりなんかしない。

 誰も決して打つなと俺に強制していない。

 打つか打たないかは完全に「選択」の問題なんよ。

3 パチンコパチスロを打たない人が打つ人に対して言うセリフ代表的もの

 「パチンコパチスロは必ず客が負けるようになっている。わざわざ金を失いにいくようなものだ。

 打ちに行っているやつはバカだ。」

 これ自体は確かに正しい主張ではある。

 だが、これをスロ打ちの人間への批判の論拠にする奴は救いようの無いバカだ(俺もお前も思ってるよな?)。

 「必ず客が負ける」というのはあくまでも最終的な収支の話だ。

 一回一回の勝負では当然勝つこともある。

 でかい金額が短時間で手に入ることがある。

 たとえ設定が1であったとしてもだ。

 「負けるから打つな」なんてのは、的外れなのだ

 一度ずつの勝負で見れば、常に勝つ可能性はある。

 そして俺自身を含めスロを打つやつのほとんどは直前の勝負勝敗しか頭に無い。

 パチスロを打つかどうかは、「打ってはいけない」という決まりを守るかどうかと言う問題じゃない。

 勝つ可能性も負ける可能性もあるが、「打つ」と「打たない」どちらを選ぶかの「選択」の問題だ。

 曲がり角を左に行くか、右に行くかという選択と同じだ。

 どちらも同じ地位にある選択肢って言えばニュアンス通じるか。

4 パチスロを打たない方が良い理由は勝ち負けの先にある。

 打たない方が良い理由は、「どんなに勝っても意味がない」こと。

 スロで勝ちまくって、あぶく銭が増えまくっても俺自身を取り巻く現実ほとんど変わらない。

 パチスロでどんなに勝ちまくったとしても、結局手に入るのは金だけ。

 それも「あぶく銭」、重みを感じられない金だ。

 スロで万枚を出しまくって、100万以上買ったとする。

 だが、それが何だろう。

 出来ることは物を買うことだけだ。

 自分自身人格、周囲の人間人格、嫌な社会自分過去未来職業を直接変えられない。

 銀行口座の残高が増えるくらいか

 クソみたいな現実を変える力は、自分自身の行動にはあるが、スロで得るあぶく銭にはない。

 あぶく銭は現実を変えない。変えてくれない。

5 お前はスロット打ちの習慣を断ち切ることができるはずだ。

 お前は過去スロットを打ってはやめる、また打つを繰り返してきた。

 年単位で打たなかったこともあれば、数ヶ月だけのこともあった。

 やめるために重要なことは今日一日、その日一日だけに着目することだ。

 明日、あさって、来月、来年、スロを打つかどうかはその時期が来た時に自分しか選択」できない。

 とりあえず今日だけは打たないを積み重ねれば良い、というかそれしか出来んやろ。

 パチスロという博打に対する自分自身感情、考え方をもっともっと理解すれば、

 より楽にやめられるだろう。

6 パチスロを打ちたがっている自分へするべき問いかけは「負けたらどうするの?」もしくは「負けるかもしれないぞ?」

 ではない。

 「勝ったとしてメリットがあるか?」、「あぶく銭を得る必要があるか?」だ。

 あぶく銭を得て、それを使って買いたいと思っているもの価値を見極めることだ。

 俺自身を含め博打をする人間は往々にして、本当は必要ないものを得ることを博打をすることの言い訳にする。

 理由があるからパチスロを打つのではなく、パチスロを打ちたいから無理やりあぶく銭を得なければならない理由でっち上げ

 自分を納得させようとする。

 自分で思ってるよりも巧妙に自分を騙せるのだ。

7 「勝ったとして、このクソみたいな現実が少しでも直接変わるだろうか?」でも良い。

 今現在自分はもう既に必要ものを十分に持っていることを思い出せるはずだ。

8 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、

 「パチスロを打つことをしないようにしよう、我慢しよう」という考え方をしてはいけない。

 「しないようにしよう」と考えているつもりでも、結局パチスロという博打意識を向けている。

 最初距離を置くために考えていたつもりが、結局打つべ理由を考えてしまう。

 当たり前だ。

 パチスロ打ちにとって、パチスロ最上の娯楽なんだから

 パチスロをやめても、今までパチスロで埋めてきた「暇な時間」というものは消えない。

 何らかのことでそこは埋めなけれならない。

 ほぼ一年中、さらに一日中営業しているパチンコ屋は手っ取り早くその暇を埋めさせてくれる。

 そこが罠なのだ

 「パチスロをやめる」=パチスロを「しない」ではなく、パチスロ以外のことを「する」ということに意識を向けなければならない。

 これは必ずしも言うほど簡単じゃない。

 パチスロ打ちにとって、パチスロは色鮮やかで華やかな映像で映し出され、パチスロ以外のことは灰色で塗りつぶされた廃墟映像に映る。

 幸い俺はゲーム好きだから、代わりの行動はあるが。

9 理想としている自分は、パチスロを打たないはずだ。

 機械の前で延々とボタンを押しながら不毛博打をする自分理想じゃない。

 それこそが、パチスロをやめるべき理由の最たるものかもしれない。

10

 

 

 

まぁぶっちゃけEU離脱投票GDPは大した論点じゃないしね

英国内で年金生活してる人たちにとっては景気は重要なマターじゃないかプライドを重視させるのは当然なわけだし

反対に若者GDP上下云々より生まれた頃から慣れてる自由さがなくなってほしくないだけだってのが専門家見解

あとあのおじさん勘違いしてるけど"残留した場合と比べて"6.2%縮小すると言われてるだけで今現在から6.2%縮小するわけじゃないから的はずれなんだよなぁ

http://anond.hatelabo.jp/20160626075402

Aterm WG1200HS 有線だけインターネット接続できなかったが解決した

朝起きたら無線も有線も使えない状況になっていた

とりあえずルーター再起動。すると無線だけ繋がった

そんなことって。。。と思いながら無線回線を使ってルーターの設定ページ(クイック設定)に飛んで

無意味だと思いつつ、ファームウェア更新。案の定ダメ

同じクイック設定画面の現在状態を見てみると、「現在の時刻」がおかしなことになっていたので、「時刻をあわせる」ボタンを押してみたところ全部元通り

有線も繋がるようになりました

無線だけインターネットにつながり、有線は繋がらないという事象が発生したが、ルータ現在時刻を修正したことで解決した。

IT企業年収930万もらってるけど共産党に入れる

俺は数ある政治トピックの中でも経済政策公共の福祉しか興味がない。

その立場からいうと、自民党に入れるというのはアベノミクスを支持することで、野党に入れるのは自民党路線への反対表明という感じだと思う。

そこからなぜ共産党に入れようと思うか、というところを書いていく。

俺の年収が数倍になるより安心して暮らせる人が増えたほうが都合がいい

アベノミクス富裕層だけを豊かにするというのは今までの実績どおりだ。「いや今後トリクルダウンであれがこれで」という周回遅れの欺瞞はもういい。

年収930万を富裕層といっていいかわからんが、まあどんな統計に照らしてみても金持ちなほうだろうと思う。

そんな俺の年収アベノミクス大成功によって3000万とか4000万になったとしても、今までの流れからしてそのぶん実質賃金の低下に苦しむ人が増える。

その結果どうなるかというと、不謹慎厨やネトウヨメンヘラキチガイクレーマー、要するに暮らしの中で心の平穏が得られずあちこちで憂さ晴らしする人口の増加だ。

どんな人であれ貧すれば鈍するし衣食足りて礼節を知るのだ。定職についてなお不安と隣り合わせな生活をしながら健やかに暮らすことはできないだろう。

俺の年収が下がったり税金が上がって手取りが減ってもいいから、そういう、露悪的にいえば不穏分子となるような人を社会から減らしてくれたほうが俺は幸せだ。情けは人のためならず。

IT企業という設定を思い出したのでそれっぽいひとことを付け加えると、富裕層スケールアップより全体の購買力を増やして市場参加者を増やすスケールアウトのほうがより良い経済的刺激になるだろうとも思う。だいたい金利が激安なのにまったく金を借りようとしない企業さらに金を与えてなんか経済効果あんの。

共産党けがブラック企業問題にした

ネットスラングしかなかった「ブラック企業」という言葉が広がり定着し国会でも普通に飛び交うようになったのは、ひとえに共産党の功績だと思っている。

自民党民主党、その他あらゆる政党はそんな問題に見向きもしていなかった。実際に被害に苦しんでいる人を無視していた。

共産党けが彼らの相談に乗り、共感し、調査し、公の場で問題提起した。

もし共産党がなかったとしても草の根問題が広がりクローズアップ現代あたりで特集されて白日のもとに晒されていたかもしれない。

けど、与党が考えていることとブラック企業に苦しめられている人が考えていることとは何一つ一致していないように見える、というか、共産党けが彼らと問題意識を共有しようとしているように見える。

保育園問題は多少ポーズが過ぎるとも思うけど、「誰が書いたんだ」とか誰も興味ない点を問題視する人たちより格段にマシだろう。

今後ブラック企業と同様の庶民間の問題が出てきたとき、その問題とちゃんと向き合いそうな政党が俺には共産党しか思いつかない。

共産主義の亡霊 vs. 日本会議

共産党というと年代が上の人には何かの偏見があるみたいだけど、それよりも現在進行系で日本会議とともに歩んでる自民党のほうがやばいと俺は思っている。

上述のように俺の関心事はい不安暮らしをしてる人が減るかどうかだけど、日本会議はむしろそういう人たちを追撃しようとしてるように見える。

弱者死ね」というけれど実際に殺戮するわけではないので弱者死ぬかどうかは弱者に委ねられている。「はい死にます!!」と同意して実行する人はごくわずかだろうから政治主体がやることはただ「死ね」って言いつつ金を巻き上げるなどして間接的に(法に触れないように)じわじわ死ぬ環境を整えてるだけだ。その程度のことで人はそう簡単に死なない。

具体的にどういうふうにして弱者を殺していきます目標はいくらで、期限はこのあたりです、みたいな話をせずにただただ「弱者は去れ」としか言わないのは不誠実な政治だ。思想的にはともかく実務的に信用できない。

エレン先生とは何だったのか

まりにも速攻で廃れてて草も生えない。

今までも「はてなようせい」だとか「ゼミママ」だとかリアルタイムで見てきたから案の定ではあるが。



面白いのはPixivの閲覧数である

4月には最高140万という驚異の値を記録したPVはみるみる暴落した。(「百科事典」でグラフが閲覧できる)

しかし「エレン先生タグ6月下旬現在でも依然として10,000強のPVを誇っており、これは「艦これ」の殆どキャラクターよりも高い。

書き手サイドではすでに飽きられているエレン先生だが、需要は依然として存在しているという構図が示唆される。



こういう所に隙間産業が成立するのだなと思わないでもない。

2016-06-25

[] ウォーターフォールメリット

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

から始まった何年ぶり何度目かのウォーターフォール (vs アジャイル) 論争だが,この記事もその反論記事支援記事も含めて,「ウォーターフォール採用する(せざるを得ない)理由」について書いてあるものはあっても,「ウォーターフォールメリット」について書かれた記事が見当たらないのには驚く。

各種記事

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

まずこの記事。「メリットはない」って言ってるんだから,書いてないのは当然なのかもしれないが,アジャイルメリット=なぜアジャイルがいいのか,についても書かれていない。これではFUDといわれてもしかたない。

日本アジャイル流行らない理由

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

日本アジャイル流行らない理由」≒日本ウォーターフォール採用される(消極的な)理由は書いてあるが,ウォーターフォールメリットについては書かれていない。

ウォーターフォール開発プロセス有効

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

タイトルから期待して読んだが,「ウォーターフォール課題と言われてるものは,実は解決されてるよ」という記述が大半を占める。

最後の一節は「アジャイル問題」として,「変化に人間がついていけない」点が挙げられていて,その裏返しでウォーターフォールがいいよ,ってことを言いたいのかもしれない。しかし,アジャイルは「変化に機敏に対処する」ことが眼目であって,何でもかんでも変化させなければいけない,というものではないので,指摘自体的外れに見える。

ウォーターフォールアジャイルを考える

http://arclamp.hatenablog.com/entry/2016/06/23/172941

冒頭,

まず、「ウォーターフォールは何のメリットも無い」は嘘です。何のメリットもないもの存在するわけないので。

とあって,メリットを語ってくれるかな,と期待させるが,結局「スコープが確定しているならウォーターフォールでいい」,という消極的採用理由が述べられるだけで,メリット積極的採用理由は述べられていないように見える。

ウォーターフォールメリット

ではウォーターフォールメリットは何なのか?

それを語る前に,まずウォーターフォール定義しておく。現在日本ウォーターフォールとして認識されているプロセスは,国防総省式の「戻りの線」なしのものである。即ち,確定した要件なり仕様なり(以下まとめて「スコープ」と呼ぶ)は変更しない。「ウォーターフォール」という名前自体が,この一方向性に由来している。従って,ウォーターフォール定義としては,「(フェーズゲートを超える際に)確定したスコープは変更しないプロセス」で良いだろう。

この定義に沿わないプロセスは,「偽ウォーターフォール」であり,以下に述べるウォーターフォールメリットを受けることはできない。メリット享受できないだけでなく,この種の「偽ウォーターフォール」は(「偽アジャイル」同様)大きな害悪を撒き散らす。

さて,「確定した要件仕様は変更しない」ことのメリットは何か。パッと思いつくのは「手戻りがない」ということである。確かにこれはメリットと言えるかもしれないが,手戻りがなくてうれしいのは主に作業者である。これでは弱い。もう一歩踏み込んで「手戻りがない」と発注者/受注者含め何がうれしいのか。

答は

納期 and/or コストぶれるリスクを小さくできる」

である

すごく当たり前のことなのだが,これが書かれている記事が見当たらない。

そしてウォーターフォールメリットはこれだけで,それ以外にはメリットと言えるものはおそらく存在しない。

やはりウォーターフォールにはメリットなどほとんどなかった

ここで,前節で登場した三つの要素「スコープ」「コスト」「納期」に注目してみる。

よく見るとこれらは,いわゆる「QCD」に対応している。ちなみにここでいう Quality (品質) は「バグがない」等の「問題の不在」だけを指すのではなく,本来意味での「品質」,即ち利用者の役に立つか,使いやすいか,ということまで含むものであるスクラムアジャイル)を知る人であれば,「トレードオフスライダー」の「品質」に相当するものだと理解してもらえればよい。

そうすると,前節のウォーターフォールメリットは,以下のように言い換えることが可能である

ウォーターフォールメリットは<品質を固定することで>コスト納期ぶれるリスクを小さくできる点にある」

これで問題が明らかになった。要するにウォーターフォールは,コスト納期のために品質二の次にするプロセスなのである

その結果,これまでどんなことが起きてきたか

あくまで変更を行わなかった場合

開発の途中で,要件仕様問題が見つかったとしても,あくまウォーターフォール定義に殉じると,出来上がるのは「使いにくい」「使われない」システムである

事業会社IT会社に転生させることが、これからSIerミッション」 ( http://gothedistance.hatenadiary.jp/entry/2016/06/20/153941 ) に,その実例らしきものがでてくる。

禁を破って変更を行った場合

これを行った瞬間からウォーターフォールはその(ほぼ)唯一のメリットを失い,混沌が始まる。

最も多いパターンは,発注者側が(もはやスコープ品質を固定するという前提が失われているにも関わらず)納期コストの確定というメリット享受を譲らず,プロジェクトデスマーチ化する,というものであろう。あるいは,コストは譲るが納期は譲らない,というパターンの方が多いかもしれないが,いずれにせよデスマーチ化につながりやすいことは間違いない。

そしてこの副作用として何が起きたかというと,受注者側がそれを見越して納期コストバッファを積むようになった。当然それは見積もりの不透明感につながり,発注者側に受注者が「ボッて」いるのではないかという不信感を植えつけることになった。要するにお互い不幸になったのだ。

うまくいくのは非常に限られた条件が成立する場合のみ

スコープの変更の必要が生じたら,どちらに転んでもいい結果は得られない。となると,ウォーターフォールがうまくいくのは,「スコープが明白で,変更の可能性が全くない」開発案件に限られる。統計をとったわけではないので,そのような案件がどの程度あるかはわからないが,直感的には「ほとんどない」のではないかと思う。なぜなら,そこまでスコープが明白であれば,今はパッケージSaaSのようなレディメイドのものを導入する方が安いし早いしリスクも小さいからだ。

もう一つの可能性としては,スコープが変更不要になるまで,とにかく事前の準備と調査を徹底的に行う,というパターンもありうる。しかし,これは「準備と調査」の過程事実上いろいろ試作することになる(そうしないと変更のリスクが消せない)ので,もはや作業プロセスの大半が実はウォーターフォールではない,ということになるだろう。

アジャイル銀の弾丸ではない

ではアジャイルプロセスを導入すれば,これらの問題はすべて解決するか,というとそういう話ではない。ウォーターフォールメリットが(ほとんど)ないことと,アジャイル有効であることとは,独立議論である

そもそも「アジャイル」というのは考え方であってプロセスではない。だから,考え方を理解せずにプロセスだけ導入すると「偽アジャイル」になって,害悪を撒き散らすことが多い。

アジャイルの考え方は,主に以下の2点でウォーターフォールと大きく異なる。

1. スコープの変化がありうることを前提としている

2. スコープ品質=役に立つこと(=使えないものを作らないこと)が最優先であり,そのためにコスト納期が変化を(ある程度)受け入れる

この考え方こそアジャイル本質であって,CI/CDやDevOpsなどは,変化にすばやく対応するための道具にすぎない。もっといい道具があればそれを使えば良いし,CI/CDがなくても変化に迅速に対応できるのなら使わなくてもいい。

また「スコープに変化がありうること」は必ずしも「スコープをできるだけ確定する」こととは矛盾しない。リスクを下げるために,スコープはできるだけ確定する努力をする,というのはアジャイルでも変わらない。変えるべき時は変える,という点が違うだけだ。なんでも後で決めればいい/変えてもいい,というのは「偽アジャイル」であって,害悪しかない。

もちろんこれがあれば何もかもが解決する,という類のものでもない。上述の2点があるだけで(少なくとも今のたいていの開発案件において)ウォーターフォールよりマシになりうるとは思われるが,別の問題(例:納期コストの変化をどう扱うかという問題)も,同時に導入されてしまう。特に日本では請負契約によるソフトウェア開発が一般的であり,これが「納期コストの変化」と絶望的に相性が悪い。

もっとも,今の「ウォーターフォール」によるソフトウェア開発が,請負契約の成立条件である契約時にスコープを確定(し,変更しない)」を厳密に守っているわけでもない以上,これだけを理由アジャイル否定するのはどうかとも思う。

契約については,IPA等でも取り組みがあるようだが,いずれにせよ契約を行うのは発注者と受注者であり,受注者側だけでどうこうできる問題でもないので,発注者側の意識の変化を期待するしかいかもしれない。

表現規制賛成派になってずいぶん経つ

(※下の方に追記をした。ブコメへの反応が種だが、俺の考えを説明したつもりなので、読んでいただければと思う。

長すぎて途中で切れたようだ。続きはこちら。http://anond.hatelabo.jp/20160626174144 )

俺は表現規制に賛成だ。

厳密に言えば、厳格なゾーニングを求めている。エログロホラーが大好きな人間として、少年マンガ誌における性的表現は一掃してほしいし、機会あらばパンチラ差し込んでくるような深夜アニメには嫌悪感を覚える。公共空間に貼られるポスター性的表現不要だとも考える。極論になるが、積極的に根絶やしにしてほしい。(追記:この極論部分に関しては謝罪訂正する・7詳細は下の追記の段に書いたので、そちらもお読みいただきたい)

最近ブコメなどでもかまびすしい「まなざし村認定が大好きな連中のことは本当に嫌いだし、絶滅してほしいとも思っている。(追記:絶滅部分については謝罪する)

まぁ俺が思ったからといって性的表現がなくなるわけでもないし、一部のオタク連中の過剰な防衛本能を根絶できるわけでもない。強制できることではないからな。

しかし俺は規制の是非を問われたら「規制は仕方ない。当然だろう」と答える。

実際に規制実施されても特に思うところはない。

それで好きな作品が回収されたり、好きな作家が食えなくなったりしてもまぁそんなもんだろで終わるだろう。

「お前の作品への愛はそんなものかよ」と思われるかもしれないが、好きな作品が生み出される素地を蹂躙してきたのはオタクたちなのだから仕方がないだろう。うなぎを食い尽くせばもう食えなくなる。それだけのことだ。

それに、表現規制には希望も持っている。

規制があったほうが表現は豊かになるだろうということだ。江戸時代奢侈禁止令などが出たおかげで色彩感覚が発達したように、時の幕府批判するためにメタファー技術が発達したように、制限があってこそ発達する表現方法はあるだろう。俺はそれが楽しみだ。まぁ当然異論はあるだろうが、俺のこの期待は否定はされたくない。

俺が本格的に表現規制に転じたのは、「閃乱カグラSV」を見てからだ。アレを見て俺は心底気持ち悪いと思った。あれは許せなかった。

この作品は、「着せ替え」ができる。で、珍しいことに、着せ替えパーツを体の色んな所に配置できる機能がある。例えば、メガネを目の位置にかけるのか、おでこにつけるのか、鼻の方までずりさげるのか、みたいなものだ。この機能自体は素晴らしいと言えるだろう。しかし、この作品では着せ替えパーツに「コケシ」がある。コケシを一体何に使うんだ?…言うまでもなく、性器に突っ込めるようにするためだ。コケシを「体のどこにでも配置できる」のなら、当然股間に突っ込んで喜ぶ奴が出る。そしてこのゲームの悪質なところは、それを「ユーザー選択」にしてCERO審査をかわしたことだ。この作品レーティングはD(17歳以上)だ。Zではない。コケシを最初から股間に突っ込んだ状態の装備にしたらZは避けられないだろう。着せ替えパーツ移動のアイディアが先かコケシが先かは定かでないが、結果としてコケシを女子高生性器に突っ込むことを是とするゲームとなったのだ。そういうゲームを良しとし、ユーザーは喜んだのだ。

俺はこれらをみて、あぁ、もうダメだなと思った。

こんなのを見て自浄作用に期待など出来ない。できるのなら、する。やれるなら、やる。オタクに限らず、どんな階層の人でもそうだ。うなぎは今年も売れるだろうからな。ましてやオタクなんて生活費を削ってまでグッズを買うような連中だぞ。

Twitterで、イラストレーター出身漫画家さんとこの件について話せる機会があった。俺の「規制やむなし。自浄作用などない」というつぶやきを引用してらしたので、しばらく話をした。できればこんな形で話したくはなかったが(大好きな方なので)、結局そこでも「あぁ、もうダメなんだな」と再確認することになった。その漫画家さんの意見は「自浄作用はある。だから極端で性急な規制危険」というまっとうなものだった。確かにそのとおりだ。15年前なら間違いなくそうだった。しかし、この十数年で何か具体的な自浄、自重があっただろうか?「カグラSV」がCERO Dで通るような時代だ。あれにどれだけのオタクが疑問をもったのだろうか?あれは結構売れたはずだが、問題にはならなかった。件の碧志摩メグや「のうりん」のポスター騒動も見てみるといい。対立しかなかっただろう。0か1かの感情的な罵り合いばかりで、グラデーション議論はなかった。やめさせたい側と、それを攻撃する側の両者だけが燃え上がり、「お互いにどこまで歩み寄れるか」の話など掻き消えた。どこに妥協点を見つけるかが最も必要議論だったのに、それがなかった。

ブコメtogetterなどでの「またまなざし村か」系のコメントをみるにつけ、もはや相互理解不可能だろう。このような0か1か、敵か味方かしか考えない連中が排除されない限り、ひたすらに先鋭化を極めていくだろう。そしてその先鋭化の果てに、一発でぶっ潰されるような未来があると俺は想像している。

どうせこのまま先鋭化していくオタクたちの「表現」にはついていけなくなったのだしな。

こないだも、「グルメ漫画エロい顔をする必要があるのか」みたいな話があったろ。あれでも極端な話が大好きな連中が幅をきかせてたよな。

そろそろ過剰な性的表現に抵抗を覚える層が目に見える形で増えてくる時期になってきただろう。そしてタイミングよく(必然的に?)、極端な議論が大好きな層も表出してきた。

案外、今後数年でかなり大きな対立になるかもしれないな。

そうなると、もう今までのようになぁなぁでやっていくことは不可能になる。どっちか選ぶ時が来るだろう。

その時には、規制を俺は望む。

規制されようが、されまいが、表現は続いていくからな。

大阪都構想や、イギリスEU離脱みたいなものだ。変化はほしい。(EU離脱に関しては様々な要因があると理解しているが)

ガッチガチ規制が敷かれて、結果性犯罪が激増することになるかもしれんが、まぁそれは原因と結果の螺旋だ。過剰な規制の前段階には過剰な表現があり、その結果を社会が負う。出生率問題解決するかもしれんしな。

もちろん、個人的には妥協点を見つけたい。

ゾーニングをはっきりと設定し、過激作品保護してもらいたい。

しかしそれも、無理かもしれない。いや、多分無理だろうなと思う。だいたいもう諦めはついた。

過去現在の過剰な性的表現作品への楽しみよりも、規制後の作品がどうなるかが楽しみになってきたからかもしれない。

現状でも、性的表現を使わずに色気ある表現をする作品は沢山ある。

俺はもう、「妥協点を見つけよう」と説得して回るのに疲れた。もうやめる。

あとは規制反対派のみんなが自分利益のために、いろいろと頑張って活動してくれ。どこまで鋭くなっていくのか、見守っていくよ。

  書き始めた時は「規制積極的に賛成する!」と熱が入ってたが、途中で熱気が抜けて諦観しか残らなくなった。なので文章の前の方と後のほうでずいぶんテンションが違う。一応修正はしたが、それでも熱の入りが違うことはわかると思う。

変化を嫌い、変化に順応できない規制反対派は滅びても仕方がない、みたいな話に持って行こうともしたけど、流石にコレは無理筋だな。でも正直ちょっと思ってる。表現規制っていう劇薬を投与したほうがいいよなってな。憲法よりは影響が無いんだから憲法改正以下のテンション表現規制を迎えてもいいんじゃねーか?

話が散らかったな。

とりあえず、俺はもうやめるわ。

■追記

いろいろ反響があったみたいだな。いろいろな指摘があってなるほどと思うところも多かった。

表現規制ゾーニング混同しているという指摘があったが、確かに一緒くたにしていたな。俺の中ではゾーニング理想だが、おそらくそれは実現しないだろうと思っている。理由は、規制派と反対派が全く歩み寄りの姿勢を見せないからだ。そうであれば、一発規制もやむなしと思っている。理想としては「ゾーニング規制」だが、それは多分無理だろうなと、ブコメなど見て改めて思う。

また、単純に俺の好き嫌い規制からめているのではないかという指摘もあったが、俺の好きなもの規制されて構わない。なくなっても別にいいということだ。この種の規制の話になるといきなり理性がぶっ飛んで極論でしか殴り合わなくなるものだが、まぁそうなってしまったな。すまない。嫌いなものが悪と言っているわけではない。気に入るもの、気に入らないもの、いずれも悪とされて滅ぼされても仕方ねえよなということだ。そうしてきてしまったのだから

いくつかのブコメへ返信をする。




b:id:wschldrn

ゾーニングを望むと言ってるこういう人たちが、規制いか必要かは語っても「何をどうゾーニングするべきか」を具体的に語らないから不信感がある。当然モザイクなど性器修正には反対してるんだよね?

何かについて話すとき、その対象全てについて一度に語らなければならないということはないだろう。そんなことをしたら一つの意見一冊の本くらいになってしまう。この日記では俺は「ゾーニング理想だが無理そうだ。規制もやむなしだろうな」ということを書いている。ゾーニング問題積極的に話されるべきだと思うよ。俺はもう諦めて、規制でいいやという立場だけど。で、規制ゾーニングの話からいきなり「当然モザイクなどの〜」と飛躍するのはどうか。モザイクも広義のゾーニングのはずだ。売る場所を分ける、売る相手身分証などで限定する、表現の一部をモザイクや黒塗りで抑える、そもそもそういう表現を用いない、など、ゾーニングにも各段階が必要になるはずだ。現状そういったゾーニングはすでにあるが、それらがさほど機能しておらず、拡大解釈が横行している。それが本文に書いたカグラの例だ。なので、俺はゾーニングは無理だろうなと思ったわけだ。あなたゾーニング論は聞いてみたいし、より多くの人がするべきだと思っている。

b:id:cloq

自分が気に入らないものを生み出している主体を「オタク」と大雑把にくくるのやめてくれませんかね

アニメマンガラノベなどを好む人」のことを指して俺は「オタク」という言葉を使ったつもりだ。大雑把にくくったつもりはない。この日記で「オタク」が使われている部分を「みんな」だとか「人」に変えても成り立つと思っているのだが。俺はオタクの中からオタク問題点を書いたつもりだ。

id:petalgeuse

>>こんなぼんやりした考えなのに表現規制に賛成してしまうのか…という困惑しかない<<

民主主義において、はっきりとした考えでくだされる決定がどのくらいあるだろう。イギリスの決定ははっきりした考えでなされたのか?少なくとも、俺の諦観を晴らしてくれるはっきりとした考えは、オタクたちの中からは出てこなかった。あなたのその書き込みもまた、はっきりしていないのと同じく。はっきりしないからこそ、大衆の決定は恐ろしいのではないか?そのことを理解しているなら、もっと危機感を持つべきだと思う。

b:id:D1953ColdSummer

手の込んだ釣りだけど、安定の「ゾーニングの具体的な境界例」を出せない表現規制賛成派ですね、と一言残しておく

安定の「妥協点を見つけようと努力をしない一言居士」ですねと一言残しておきたい。まぁそういう売り言葉に買い言葉は置いておいて、俺は上述のようにゾーニング主体に書いたつもりではなかった。ゾーニングは無理だと諦めたから、全滅してしまえばいいという話を書いたというわけだ。「規制賛成派の意見」ではなく、「俺がなぜ規制に賛成することになったか」を書いたつもりだ。その理由は、諦観だ。

b:id:KariumNitrate

『俺は表現規制に賛成だ。/厳密に言えば、厳格なゾーニングを求めている。』 ここまで読んでゾーニングの話かなと期待した私に詫びてもらいたい。なんだよ『積極的に根絶やしにしてほしい』って。

申し訳ない。詫びる。本文にも書いたが、最初は頭に血が上った状態かいたのでそのような表現になった。俺の気持ちとしては、「適切なゾーニングを施し、表現規制から逃れてほしい。しかし、どうも歩み寄りの姿勢妥協点を探ろうという議論にはまったくなっていない。ならばいっそ、規制されて痛い目を見ればいいのだ」という怒りの発露だ。ゾーニングができればいいと思うんだがな。どうも無理そうだと俺は思う。あなたはどう思う?ゾーニング解決出来そうか?何年も前からゾーニング大事」と言う声は聞こえるが、それが形になったか?なりそうか?なる前に事態が急変しないか

b:id:otihateten3510

正論っぽかったけど途中から暴論になった。個人的には混沌とした時代のほうが好き

最初のほうが暴論っぽかったと反省しているのだが。後半のほうが暴論かな?混沌とした時代定義にもよるのかもしれないな。規制で固められたなかから漏れだす表現と、先鋭化し一般人理解を得られなくなった過剰表現、いずれも混沌とは違うものと俺は思っているが。混沌の中にも秩序が必要だと思っている。例えばコミケの「全員参加者」という建前もまた、混沌の中の秩序ではないか?全員がある程度のモラルを持って円滑に進んでいく、それが望むところではないかな?俺は表現において、それが崩れたと思っている。あなたはどう思う?

b:id:tnishimu

増田文章気持ちいか規制してくれませんか? 規制賛成派なら賛成してくれますよね?

皮肉のつもりかしらんが、あなたとそれに星をつけているid:jakuon id:zions id:clworld id:dddeee id:mamimp は何を考えているんだ?俺は上述のように「俺が嫌いだから規制しろ」とは言っていない。そんな物言いを繰り返せば、歩み寄りも話しあいもできなくなってしまう。それを望んでいるのか?

id:ysync

>>そもそも、規制することで社会的メリットは本当にあるの?青少年エロいもの見たらダメって時点で意味わからん。今どきの子供はネットでいろいろ見れちゃうだろうけど目立った変化はあったの?<<

理解されていないようだ。俺は「規制やむなしだろうな」という立場だ。規制積極的になっている人たちはメリットではなく、デメリットを見ているのではないか。そして、彼らの考えるデメリットを覆すことが現時点でできていない。今時の子供の目立った変化はもうすでにあるのではないかデータは持っていないし、どうやってデータを取ればいいのか俺はわからないが。ろう。20年前に比べて、エロ表現がどのくらい変わったかを考えれば、答えに近いものは見えてくるのではないか。20年前はふたなり奇形ジャンルだった。今やすっかり市民権は得たな。AVも見てみるといい。過激な内容がどれくらい増えたか性的表現過激さの加速度が、目立った変化とはいえるのではないかと俺は思っている。あなたは納得しないだろうが。そういう可能性もあると、頭のどこかに置いてもらいたいな。それと、青少年エロいものを見たらダメとは言っていない。ゾーニングで細かく分けるのが理想だが、それが機能していない現状では。

b:id:takashi1970

自分の嫌いなもの悪という思考がなぁ

b:id:djwdjw

この「性的もの=悪」という強烈な刷り込みに対して論理的説明が欲しいな。

「俺の意見=『性的もの=悪』」という強烈な思い込みも、ぜひとも再考していただきたいのだが…。俺は性的表現も好きだ。本文にそう書いているだろう?それでも尚、諦めに至ったよと言っている。伝わらなかった申し訳ないが、あまり他人意見を断定しないようにしてほしいな。それが歩み寄り、相互理解の第一歩なのではないか

b:id:hazardprofile

規制のおかげで豊かになった表現()ってその「こけし」のことじゃんか喜べよw

b:id:jaguarsan

規制のお陰て豊かになった表現」てのがこけしだし、こけし排除できる表現規制って相当ムチャだぞ

例えば、ゲームキャラクター自由に閲覧できるモードを搭載しているゲームは多々ある。そしてそれらのゲームでは、CERO対策のためにスカートの中は覗けない仕様になっているものも多いだろう?それと同じことをするのは無理なのか?0か1かでなく、グレーゾーンはある程度残しながらも一般的に許容されるレベルを残して行くような「ゾーニング」は無理なのか?俺はそのようなゾーニングを望んでいたんだよ。過去形の話だ。

b:id:kirifuu

ゾーニング話題じゃないのか…。/増田のように個人的嫌悪感を「公共利益」のような漠然とした正しそうな言葉ラッピングして規制を言い出すケースは正にまなざし村じゃねーの。

俺としては、他人意見をよく読まずに「まなざし村」とラッピングしてしまあなたもまた十分に「まなざし村」だと思ってしまうのだ。そしてそれが「これはもう規制になってもしかたないな」という俺の諦観につながった。俺の意見公共利益などではない。「話し合えないなら戦争になるしか無いだろう」だ。そして、俺は反対派はその戦争に勝てないと思っている。だからこそ歩み寄りが必要だと思っていたのだ。

b:id:nost0nost

こうやってわざとミスリードして憎しみや対立を煽るから嫌われるんだろうな 規制に賛成とか反対以前に人間として問題がある まとめサイトとかと一緒の愚劣で卑怯人間

俺はあなたのその意見は良くないと思う。俺の一つの意見を読んだだけで俺の人格否定するというのは貧しい行いではないか?確かに俺の意見には極論が多く、またいくつかの混同があった。だからこそ、会話が必要なんじゃないか?俺は俺の意見を言う。それに対して反論や指摘がある。そして妥協点や着地点を見極めていくのが人間の理性ではないのか。「憎しみや対立を煽るから嫌われる」「人間として問題がある」「愚劣で卑怯人間」これらのような非情攻撃力の高い言葉は、相手徴発し、正常な会話を出来なくさせるものではないのか?コレに関しては俺ははっきりと抗議する。そのような言葉遣いはやめてくれ。100文字の短いブコメの中にこれだけの強い言葉を並べるあなたに疑問を感じる。あなたのこの文章がまさに、憎しみと対立を煽ってはいいか?それが目的なのか?

http://anond.hatelabo.jp/20160625163958

現在Youtuberとして生計を立てている人の大半は、Youtubeで儲けられない時代から趣味動画投稿してた人ばっかだからね。

数少ない例外は「はじめしゃちょー」くらいかな。

http://anond.hatelabo.jp/20160625163958

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数少ない例外は「はじめしゃちょー」くらいかな。