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はてなキーワード: 現在とは

2016-08-27

マスコミよ、勘違いするな。もうお前らはこっちの玩具なことに気付け。

この文章匿名場所で書くことをお許しいただきたい。我慢ならなかった。

ただしか匿名からこそ、という利点を使わせてもらう。



昨今、芸能事務所に踊らされるマスコミ不祥事に対して追っかけまわり面白がるマスコミが激しくなっている。

文春砲というものだろうか。あれもゲスいが、暴かれるその連鎖はまだ終わらないだろう。

しかしだ。

マスコミと言う名の道徳もないバカたちがのさばっているのを、こっち側人間がいやほど理解したことも気付いたほうが良い。

中でも酷かったのは歌舞伎役者の関連だろう。

報道の自由が無いと騒ぐのは、自分が立派なマスコミになってから言え。マスゴミには用が無い。



さて、欧米をみてみよう。発言した記者やなにかを提起した記者市民に受け入れられない場合、実際にその人本人が叩かれている。

そして日本にもその情報が伝わってくる。

ゴシップ関連だとイチロー英語が下手だと言った記者が、実名で叩かれていた。(その人は実名批判たからだし、実名確認謝罪もしている)

日本マスコミ記者は、局名や雑誌名だけを名乗って終わらせることが多い。しか匿名掲示板でも無い限り、実名は目の前にある。



さて今回の高畑淳子さんの記者会見

フジテレビ記者大村正樹氏が犯罪者性癖について親に質問するという、「そんなもん知るわけないだろう」案件を聞くという暴挙に出た。

この大竹氏は以前にも震災で足を失くした人に対し「切断したときどんな気持ちか」「今までスポーツをしてきたわけだが」という、まだ日が浅い被災者に対しデリカシーのかけらもない発言をしている。



この人に隠れがちだが、TBS新・情報7days大家幸子氏。

大家「準備に歯ブラシを入れていたのか?」高畑「知らないです」「歯ブラシはもっていかれなかったのですね?」というやりとりをしたみたいだ。

色々、馬鹿か。馬鹿なのか。

こんなのがマスコミを名乗っているのか。



この人たちはきっと、いろんな人たちにこういうことを聞きまくっている。

このままマスコミとして存在することが出来たのは、市民記者名を特定できなかったから。または知る機会がなかったからだ。

しか現在政治家不正がバレまくる中、ツイッターですぐに記者が分かる時代になった。

もう馬鹿に振り回されるのはたくさんだ。



大村さん。大家さん。

あなたたちはどんな気持ちで、その質問しまたか

その質問公共電波に乗り、自分発言が取り沙汰され、叩かれる。

そういうことを想像しまたか

普段あなたたちがしていることですよ。

時代が、価値観が、古すぎるのです。そして性格も悪すぎるんです。

マスコミあなたたちを仲間だとして守るのでしょうか…馬鹿な人を守る利点があるのでしょうか。

マスコミが叫ぶ報道の自由。それって市民側にもマスコミの現状を嘆く自由があっていいということですよね?



もう散々です。もう飽き飽きです。くだらない記事を、適当ソースで、酷い言葉でしめくくる。

そんな商売をしてる人が、市民より上に居ると思っていることに腹が立って仕方がないのです。

なにかを暴くための記者が、暴かれる人よりクズなのホントなんとかしたほうがいいよ。

2016-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20160825234201

男には「今現在私はこのような姿の肉体をもってここ存在している」という自覚が全くないのでそのような不理解があるという話がある。

確かに、相手をして欲しい、着飾るのを手伝って欲しい、というのを拒否するのは、私の肉体が存在することを否定することになるので、そんな酷いことを!という感情矛盾なく成立するように見える。

【先着20名】複数プレイサークル男性メンバー募集しています。【期間限定

どうも。じったと申します。



日本初の複数プレイサークルである3Pクラブプレジャー」で活動している現役メンバーです。

今年で38歳になるおっさんですが、この度、男性メンバー募集するサイトを開設したので、

そのことについて、ちょっとお話したいと思います



3Pクラブプレジャー本家サイト

http://3pcp.org/



1億総肉食化プロジェクト(開設したサイト

http://extraordinary.tokyo/



男性メンバー募集ページ

http://extraordinary.tokyo/lp/



そもそも「3Pクラブプレジャー」とは?


そもそもプレジャーは、唯一ヤフカテの「公式ページ」以外は、その存在を外部に告知していませんでした。



しかし、サークル開設より17年の時を経て、近年の男性メンバー人数不足が著しく、

サークルの基本理念である、「女性を喜ばせる」という目的を達成するのが困難になりつつあります



そこで、いよいよ外部に積極的男性メンバー募集をかけてみる必要性が出てきたのです。


なぜメンバーが、わざわざサイトを開設してまで男性メンバー募集するのか?


本家サイト管理人メンバー募集すると、どうしても「業者乙感」が出ちゃうので、

単なるメンバーである私がサイトを開設して男性メンバー募集することになりました。



実際、「複数プレイ団体関連」は、サークルとは名ばかりの「裏風俗である業者」がほとんどなのは認めますし、

危険、怪しい、怖い」といったイメージを、文章の力だけで払拭できるとは思っていませんし、しようとも思いません。



しかし、現役メンバーが直接、「体験談」、「経験談」や、「内部事情」を話すことで、

少しは信じてもらえる可能性が高まるかな?男性側にも多少は安心感を与えることができるかな説得力あるかな

かすかな期待もあるわけです


3Pクラブプレジャー」の誰にも分かってもらえない凄さとは?


サークルは、平均人数15人程度、実動数人程度の、弱小サークルに過ぎません。



しかし、ヤラせ女性サクラ女性といったものは一切ない、したがって当然ながら女性との金銭的なやり取りも一切ない(あったらヤバい・・・)、

日本で唯一と言ってもいいガチな「複数プレイサークル団体」です。(他にあるんですか?知っている人がいたら教えてください。)



にも関わらず、女性からの申し込みは、ひっきりなしで、途切れることはなく、

そのため、1年365日ほぼ毎日イベントが開催されています

まり男性には困れど、女性に関しては全く困っていない稀有サークルなのです。



男性メンバーが減るのも、メンバーにはサラリーマンが多いので、

結婚」や「家庭の事情」、「転勤」など止むを得ないケースがほとんどです。



もともとサークル主催であるTKの、そのストイック性格から、正直、脱落者が続出する時期もありましたが、

現在は、だいぶ緩やかになり、サークルクオリティを維持しつつも脱落者をなるべく出さない方向で運営されています



私を含めた既存メンバーが、上手にサポートしますので、安心して入会して欲しいと思っています

私の言葉「真実」なのか「嘘」なのかどうかは、実際に入会すれば分かりますので。



じった

今年で34歳になる歳。


 

中学校入学して間もない頃のこと。

40代くらいの男性教師たちが、それぞれ教室に来るたびに

クラスメイトとある男子生徒に話しかけていた。



「君のおばさんは、○○さんなのかい?」



男子生徒が「はい」と答えるたびに、男性教師たちは「おぉ」だの「あぁ」だの

うめきながら、ぱぁっと顔を明るくしていた。



『○○さん』は芸能人名前だった。

私はそのやりとりで『○○さん』という芸能人がいることを知った。

ほかの友だちも同じように、それではじめて知ったらしい。



その『○○さん』が思い出せない。

20年くらい前に40代男性現在は60代くらい?)が名前を聞いて興奮するような芸能人

でもその時点で10の子どもにはピンと来ないような人。

男子生徒が誰だったかも覚えてない。私の記憶力が悪すぎるだけかもしれない。



中学校同級生とは関わりがないので確認のしようがない。

たまに思い出しては、『あれは誰だったんだろう』と少しだけ気になっている。

日本大学は゛どれくらいなら゛必要なのか

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160713-00002526-besttimes-soci

ホリエモンこと堀江貴文さんがインタビューで語っていた記事を読んでみた



確かに今の大学は昔と違って上位大学エリート路線は変わっていないが、それ以外の大学は本当に機能しているのか疑問に感じる

東大わず大学に入った理由に明確な目的のある秀才やその大学の為にひたすら勉強し無事入学を果たせた者などさまざまである

しかし、今の時代はそうとは限らない



2008年から大学全入時代になってから入学できる敷居が低く、その為の推薦入試まで投入されたことも一つの要因である

さら偏差値入試結果などの詳細が見れる受験サイト大学口コミサイトでその大学の特色を情報で知ることも可能となった

そこで受験者の高校生浪人生は何が何でも高いネームバリューのある大学に進学したほうが肩書きにもなったりでそちらを選考するのは百も承知

仮にある有名大学ばかりに定員が集中してもおかしくないと思える



ただ、有名でもなく他の大学学部が被っていたりする大学は本当に必要なのだろうか

少子化子供の数が減っているのに大学の数だけ多いのは反比例に感じる

それにその大学自体がどういう研究成果を出しているのかさえ危うい



そして個人的に思っているのは補助金奨学金制度である

大学はその補助金でなんとか生き残っているとこもあるが、それがいつまで保つかは不明である

奨学金問題現在でも深刻なことであり、これは個人または家族観での責任ではあるもの経済面中退する者は後を絶たない

いずれにしても2018年問題よりも前から問題視されている日本大学の在り方を厳しくしなければ、この先研究機関ではなく就職予備校が一向に増える傾向だと考えられる

日本大学は゛どれくらいなら゛必要なのか

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160713-00002526-besttimes-soci

ホリエモンこと堀江貴文さんがインタビューで語っていた記事を読んでみた



確かに今の大学は昔と違って上位大学エリート路線は変わっていないが、それ以外の大学は本当に機能しているのか疑問に感じる

東大わず大学に入った理由に明確な目的のある秀才やその大学の為にひたすら勉強し無事入学を果たせた者などさまざまである

しかし、今の時代はそうとは限らない



2008年から大学全入時代になってから入学できる敷居が低く、その為の推薦入試まで投入されたことも一つの要因である

さら偏差値入試結果などの詳細が見れる受験サイト大学口コミサイトでその大学の特色を情報で知ることも可能となった

そこで受験者の高校生浪人生は何が何でも高いネームバリューのある大学に進学したほうが肩書きにもなったりでそちらを選考するのは百も承知

仮にある有名大学ばかりに定員が集中してもおかしくないと思える



ただ、有名でもなく他の大学学部が被っていたりする大学は本当に必要なのだろうか

少子化子供の数が減っているのに大学の数だけ多いのは反比例に感じる

それにその大学自体がどういう研究成果を出しているのかさえ危うい


そして個人的に思っているのは補助金奨学金制度である

大学はその補助金でなんとか生き残っているとこもあるが、それがいつまで保つかは不明である

奨学金問題現在でも深刻なことであり、これは個人または家族観での責任ではあるもの経済面中退する者は後を絶たない

いずれにしてもいずれにしても2018年問題よりも前から問題視されている日本大学の在り方を厳しくしなければ、この先研究機関ではなく就職予備校が一向に増える傾向だと考えられる

2016-08-25

サムスンスマホメーカーロゴ隠して販売台数アップの件

似たような「メーカー隠し」はいくらでもあるよね

docomoならディズニースマホというやつ

あれ確か、NECシャープ富士通、LGあたりが一度は担当した事があったはず

auだと、INFOBARシャープHTC京セラ担当していたし、今展開している「qua」とかいブランドも、京セラファーウェイ、LGがスマホタブレット担当してる

禿げは知らん

docomoはかろうじて分かるようになってる(けど隠す気満々なのは見て明らか

https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/dm01h/spec.html?icid=CRP_PRD_dm01h_spec_up

https://www.nttdocomo.co.jp/product/smart_phone/dm02h/spec.html?icid=CRP_PRD_dm02h_spec_up

このページにしか製造メーカーシャープやLGである事が確認出来ないが、それでも「きちんと載せてるだけマシ」なレベル

auもっと悪質でたとえば現在発売中の「Qua phone PX」とかいうやつ

http://www.au.kddi.com/mobile/product/smartphone/quaphonepx/

au公式サイトなんだけど、「概要」「特徴」「スペックサービス」の三つのタブに、LG製である事を示す文言は全く無い

メーカー名」の欄は、他のスマホだとSONYとかKYOCERAとかSHARPとかきちんと載せてあるのに、「auブランドモデル」とだけ

正式な機種番号である「LGV33」さえも掲載されてない

せいぜい同梱品の型番が「LGV33用ICカードオープナー(試供品)」と、かろうじてLG製である事が推察できる程度

コソコソ隠そうとされると、かえって不信感抱くよね

謎の宗教

菅野完さんのツイート: "不敬発言記録にちょいちょい出てくる「大日教」というのがどの宗教団体を指すのかが以前からわからなくて困っている。同じ名前の宗教は『新宗教教団・人物事典』にも出てこない。「大日然教」のことかと思ったが、あそこは戦後の立教だしなぁ。。 https://t.co/yo5ueDlPf9"

なるほどね。

最初戦後名前を引き合いにだしてるのか思ったが、グーグル先生で調べてみるとどうもそれとは違った「大日教」が存在したようだ。

同じbotつぶやきには「大日教祖杉本信者某との質疑応答とあるので、教祖名前が違うからだ。

大日然教教祖を調べると「折茂なみ」となっている)

あとは戦前の「天津教皇祖皇太神宮天津教 - Wikipedia

(現 皇祖皇太神宮天津教)が戦後の一時期は「宗教法人大日教」という名称だったのでこれかと思ったが、教祖名も違う。

とにかく、一次ソースが気になる。



んで、色々とネット上の情報だけで調べてみた結果、@hukei_botは「昭和特高弾圧史」から抜粋であることは間違いなさそうだ。

Googleブックス書籍検索)で「昭和特高弾圧史, 第 4 巻」を引き出し、書籍検索で「杉本」と検索すれば同じ内容が引っ掛かる。

現在Googleブックス著作権のある書籍は全文表示ができないから(開始当時は見えちゃった気がする)ブツ切りのような情報しか得られないのが難点。

同じく「特高外事月報」と合わせて見ると、全日教祖1942年当時60歳、起訴時東京在住、滋賀県出身大日行者、杉本金治郎というのが裁判記録らしきものから分かる。

他、この宗教の手がかり的な部分の抜粋

昭和特高弾圧史, 第 4 巻」

108 ページ

... は神去り給ひてより其の誠が大日如来包摂せられ其の如来宇宙に瀰漫せる大

自然の誠にして人類並に一切の物を創造し且永遠に之が霊的及現実支配を為たりと

称し、大日教なる教理を創説し爾後之が宣布に努め来たりたるものなる処、該教理たる

や大 ...

特高外事月報」

59 ページ

... 知得したりと構し、大日教なる教理を創説し衛後之が宣布に努め来たりたるものなる

慮、該教理たるや大日如来宇宙に瀬夏せる大 ... 四月頃道了奪が大日如来なることを

悟り大日如来信仰に韓ずると共に大日如来の霊に感應権力に別記治安維持法違反

事件 ... 三月十九日警視聴に於て検挙送局したる宗教結社大日教のも決して少とせず。

CiNiiでも引っ掛かった。

CiNii 論文 -  内務省による宗教弾圧 : 創価学会の場合を事例として

CiNii 論文 -  宗教法人法の改正をめぐる問題点 : 宗教団体に対する管理の要素の導入の有無と是非(松本保三先生退職記念号)

戦前・戦中の宗教弾圧歴史を語る上で出てくるみたいだよ。

1942年治安維持法違反大日事件として記録されている。

しかしまあ、通常のGoogle検索では引っ掛かららんのだね。

戦前・戦中期日本の言論弾圧 (年表) - Wikipedia

↑これにも出てこなくって、忘れられた宗教みたいだ(前述の竹内文書教のせいもあるだろう)


疲れたのでこれまで。

(追記)

ちょっと馬鹿なこと書いちゃったかもしれない。

大本教創価学会重要人物が獄死しているんだった。

(追記2)

↑当時60歳というのが厳しいだろう。

宗教団体法とか治安維持法について知っていたけど、ちょいちょいググってみて、改めてこのあたり軽く考えてたな、と思ったりした。

追加の情報としては

昭和特高弾圧史: 宗教人にたいする弾圧

28 ページ

明石博隆, 松浦総三 て、此の大日もその為に行を積んでゐるのである、その修行も半ば

に至ってゐから纏て太平ハ、大日が ... が昭和二、三年頃以降全宇宙に於ける最高至

本金治郎当六十年の主宰する大日如来信者集団大平山大日教」の布教内容に ...

大平山大日教」ともいう様子。「大日教」が「大日経」の意味で使われる事が多いからかな。

https://www.google.com/#tbm=bks&q=%E5%A4%A7%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%95%99]

えくすきゅーず、みー

現在の私は中学レベル英語力すらない。

そんな私が帰宅途中、自宅近所で明らかに道に迷っている外国人観光客の親子連れに遭遇してしまった。自分英語力の無さを憂い、声をかけずに素通り。自責の念かられる。コンビニAmazonから荷物を受け取った後もいたら声をかけると決めた。

コンビニ荷物ゲット、コンビニ出る、いたぁ!いたぞ……。声を掛けないと後悔するやつだ!これと、意を決した。「道に迷ってますか?」ど直球の日本語で聞いてやった。念のため、ホエアーと言ってみた。察しのいい息子さんが地図をみせてくれた。

わ!知ってるよこの店!頑張れ私と鼓舞ジェスチャー自分スマホGoogleマップを駆使し、行き方を説明。どうやら理解していただけた様子。息子さん片言でヒダリと言ってた。はぁよかったよかった!

あの細い道より大きい道の方が良かったかなぁとかあるのだけど、とりあえずはホッとした。自己満足的にも。

それにしても英語力を中学レベルまで改善させたい。迷ってる人は積極的に声を掛けて助けていきたい!

共感羞恥ってちょっと前にもそんな感じのがTwitterで盛り上がってたけど、そんなむずかしそうな言葉もできたんだなーって感じがする。



自身は、アンパンマンバイキンマンが悪さしてるシーンとか。

カツオが、のび太が、しんのすけくんが何かやらかす気配を出す度にすぐチャンネルを変えて逃げてた。

うっかりリモコンが遠くてキャラクターが怒られているシーンを見ると、ショックで呆然として味噌汁を落としたり涙ぐんだりするような子だった。

単に怖がりビビリなとこもあるので、ウルトラマンとかゴジラとか仮面ライダーも怖くてダメだった。

セーラームーンも敵が思ったより怖かった。プリキュアも思ってたより反射的にチャンネルを変えてしまうシーンが多かったので観なくなった。

ターミネータージュラシックパークエイリアンはひっきりなしにザッピングながら見てて、ちゃんと見たい親に怒られた記憶がある。

バックトゥザフューチャー主人公がやらかすシーンは逃げ損ねてしまって、ダメージが大きすぎて数日間ビフとセットで夢に見た。

現在上司が急に同僚に声を荒げたりすると、ビクーンとなって椅子の上で跳ねてる。何回か椅子から転げ落ちたりもした。

怒られてる人がいると心拍数が爆上がりしてひどいと頭痛までいくし、仕事どころじゃなくなるから人前で説教するとか大声出すの本当にやめてほしい。

そんなクソザコ小心ビビリマン。



ドッキリはどういうドッキリなのか事前にネバタレされた上で、恥ずかしがらせるタイプと怒られてビビらせるタイプではなくて、

ただ単にびっくり箱的な非日常的な状況をブッ込んでびっくりさせて反応を見るだけの奴なら見れる。

そういうのはびっくりしてビビってるのをみてアハハ恥ずかしい奴め、と笑うようだけど、

びっくりしたら変なリアクションするのは普通だと思うのでそれを見ても恥ずかしいとは思わなくて、単純にすごいリアクションだ!という感じで見るので平気なのかもしれない。

動きがいい人(素早く脅威から距離をとって出入り口に向かうか安全そうなエリアに退避するタイプの人)は好感度が上がる。

あとなんとなく、芸人だったら本当は仕掛けとか求められてるリアクションとか全部わかってやってるんじゃないかと思ってるところがあるので、好んでは見ないけど目にしても大丈夫なこともある。

その辺は結構矛盾してそうな気もするけど、俺はバリバリ人を見た目で判断するしちゃんと平等に人に接するとか決してできないクソみたいな性格なので、共感センサーも割といい加減なんだと思う。

センサーが反応すると見てられなくなるのは確か。



ところでAVでも野外とかどっかの店に行くとか店員やらされるみたいなガチっぽい露出もの羞恥ものはまったくダメなんだけれど、

なぜかゲームに参加という体でバカっぽくていやらしいことをさせられて恥ずかしそうにキャッキャいって笑ってる女優さんたちの映像は最高に刺さる。

罰ゲームと称した絡みのシーンはすごい勢いで萎えから全部スキップしてしまうあたりに、我ながらやや病理を感じるけれど。

個性障害

人間には個性があります

背が高い。頭が良い。目が悪い。美人ブサイク。物忘れが激しい。性欲が強い。

それらの中で「社会生活を営むのに障害となるような個性」と認定されたものを「障害」と呼びます

目が悪いことは、昔であれば致命的な障害でしたが、現在眼鏡を掛けるだけで解消するので、概ね障害とは見做されません。

人はしばしば憂鬱な気分に陥りますが、たいていは気分転換でもすればすっきり解決するものです。

しかし、あまりにも憂鬱で長期にわたって仕事ができないということになれば、

社会生活を営むことができなくなり、これは精神的な障害と言えます

世の中に空気が読めない人間はあまりにも多いですが、

空気を読めなさすぎてまともに働くことができないのであれば、これも障害になりえます

性欲は人間にとって最も重要な欲求のひとつであり、これが全く無ければ人類は滅亡する他ありませんが、

性欲が強すぎて犯罪おかししまうようであれば、その人が社会生活を営めないのは間違いありません。

背が高いことはむしろ自慢できるかもしれませんが、

身長が5mもあれば、生活上のさまざまな困難が予想されますから、これは障害と見做される可能性があるでしょう。

まあそんな感じです。

長年死にたいと思っている人間が、「自殺を止める人の気持ち」につい

私が、なぜ死にたいか、社会的ステータスや状況なんかは別の記事として投稿しようかと思います



今日記事が目に入ってなんとなく。

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040




現実世界では(インターネット上の話ではともかくとして)エゴがどうとか以前に、無意識的に止めようとすると思う。

例えば、ちらほら人通りのある橋から目の前で人が飛び降りようとしていたとする。

格好や目つきや動きがよっぽど変ではないかぎり、止めようとすると思う。

止めようとするのが怖くても、警察電話の一報くらいはしようとは思う。


高校生の頃に、飲食店で財布を忘れて戻ってきた客が急に怒りだして暴れだしそうにしていたことがあった。

隣にいた友人や他の客はすぐに止めに入ったし、私もすぐに警察に連絡した。

意識を失っている人がいたら救急車をすぐに呼ぶと思う。

現実世界自殺を止めるってのは、そういうことと似たものだと思う。





自分所属している社会コミュニティ(会社学校、旧友、家族)なんかが

どう反応するのか、なぜ反応するのか、というのも気になる話ではある。



もし、自分が新しいコミュニティに移行したとして、初めからかなり自分勝手に振る舞って、周りからの印象が最悪、1ヶ月くらいでいなくなったとしよう。

そういう人は、誰から自殺を止められないし、どうでもいいって思う人がほとんどだと思う。



仕事が出来なくて、怒鳴られている人がいたとする。同僚や上司とある程度の会話を普段しているなら、

仕事的には邪魔でも、長く過ごすと少しは情や想像力が働くので、無意識的に心配してくれるときもある。



一般的には、所属する社会がある程度健全機能しており、自分も人並み程度に人と情のやり取りをしていれば、不登校の子どもにはプリントを持っていくシステムがあるように、

人の死を心配するってのは自然に組み込まれてるもんだとは思う。それは割合的には小さくはあるものの、一応多数の部類だとは思う。



会社にしても、学校にしても、ワタミ過労死一橋大学アウティングのように

責任を有しており、追求される可能性があるので、大きなリスクを小さくするためにも自殺というものは避けさせないといけない、

そういう論理からの力場も存在するとは思う。



ある人が自殺を止める理由については、一概にこうだから、とは言えないとは思う。

自分生存ルールなんかを把握できるほど人間は頭がよくないし、学問的に分析しようにも世界中コンピュータを集めても計算量は足りないと思う。



はてブの、矢口ベッキー狩野英孝不倫記事コメントを見ると、その人がそれぞれ違った叩きと擁護と無関心をしているように、

自分でもよく考えずに自殺を止めたり止めなかったりするんだと思う。動物的な本能人間的な社会性や自分経験、保身、いろんなものが混じってると思う。





エントリー主は、自分死にたいはずなのに、どうして他人自殺通報したんだろうというところに何か引きづられているのだろうけど、

「何を読んでも、自分死ぬべきだと思う」と思っているからこそ、自分の考えと発言矛盾で混乱しているだけで、

少なくとも現時点で死んでいなかったり、変な行動や犯罪的なことをやり警察連行されていないということは、

生の論理や生の執着、死の恐怖結構こびりついていて、現在の生と将来の生への逃避ばかりに目が行っていて、

それが同時に存在するということに目が行っていないだけだと思う。

通報した理由は、ハッキリとはわからないけど、自分の考えたり想像したりしていることが、死だけではなく、生についても自分の知らない裏側できっちり考えていることは確かだと思う。




>「しかしなぜ、自分を変えられるからあなたは変われるから死ぬべきではないと言えるのだろうか。」

これは、現実的な人がいう自分の変わると、印税をもらえる人のいう自分の変わる、自分の想定する変わる、を分けて考えた方がいいと思う。

私は、3年間くらい死にたいって思っていて、今も、今すぐに死ぬボタン、みたいなのがあったらその日のうちに押すなーとは思っているけど、

死にたいって思い始めた当初と現在を比べると、変わったことはたくさんある。

少なくとも、前向きに生きてみようかな、と思い始めている時期は数ヶ月間あったり、

普通に何気ない会話も心地よい気持ちでできるし、

超たま~にではあるが、温泉行ってみようだとか、シンゴジラ見に行ってみようだとか、楽しみを実行したいという気持ちも生まれることもある。

昔は、外に出て誰かが歩いているだけで陰鬱気持ちになっていたのが、今は特に何も思わなくなっている。

その程度には変われるし、いい出来事も起きたりはする。

けど、長い間生きることをメリットとは思っておらず、やっぱり死んだ方が楽だろ、とは思っていて、そこは変わっていないと思うし、

あと数ヶ月したらいつの間にか死んでいるかもしれない。




死ぬ時は、死んだ何日か後に増田記事自動投稿するようにPCに仕掛けておいて、死ぬ思いなんか残しておこうかと思う。それは死ぬ前の楽しみ。

その時はブクマお願いします。

2016-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20160824211019

その人が当時相手にしていた「世間」と、

その人が現在相手にしている「世間」は別物。

いま、次の仕事をしたいらしくて、そうすると、次の「世間」も別のものになる。

そんなわけで、「世間」というのはうつろうけども、

嫁さんとか子供といった家族は、増田の言う通り、変わらない。

もうわがままについていけないので、ほうっておくけども。

いくら好きでも許せない欠点はあるよ。

いちばん許せないのは配偶者暴力言葉暴力も含む)。

「パパ活」はまったく興味がない。お金が欲しいわけではない。

「パパ活」に関心のある女性のほうが少ないと思うけど、

なぜツイッター増田では、こんなに気にする男性がいるの?

結婚式にも関心ない。どちらかというと、相手のほうが挙式したい人だった。

はてなーが案外やさしかった件と、その他のもろもろ

母親結構な金が注ぎ込まれてる」(http://anond.hatelabo.jp/20160823232626 )を書いた元増田です。




まずは予想をはるかに超えて、多くの方からかいコメントをいただいたことに感謝したい。

こんなにブコメがつくとは思わなかったし、ついたとしても、もう少し甲論乙駁するブコメになるかとおもっていた。





お金ことなど気にすることはない」という趣旨コメントを多くいただいた。

本当にありがたいし、そういうコメントに対してこんな返し方をするのも失礼なのかもしれないが、

本心を言えば、多分、そういう言葉をくださる優しい方々が心配するほどには気にしていない。

母は、当然の権利行使しているのだと思っている。



ただ、やっぱり現実に「60万円」という金額を見ると驚かざるを得ないのは事実だし、

どちらかというと気にしているのは「俺らが後期高齢者になっても、これが続けられるのか?」ということなのだと思う。

日本現在人口ピラミッドをみれば、そう思わざるを得ない。

その解決方法が、少子化対策なのか一億総活躍社会なのか、はたまた移民の受け入れなのか、難しいことはよく分からないが。






「きちんとQOLが保たれているから、ちゃんとしたお金の使われ方だ」「寝たきりに金を注ぎ込むのとは違う」という趣旨コメント散見された。

それはそうなのだが、ただ、では、どこで線を引くのかと言われると、それはそれで難しいのではないかと思う。

一度線を引いたら、その線の位置だんだんずらされていくのではないか? という危惧もあるし。


母はガンの罹患前、「あたしは別にそんなに長生きしたいとも思わない。元気なうちにポックリいきたい」という趣旨のことをよく言っていたが、

逆にガンと戦い始めてから生への執着が強まったように見える。

多分「長生きなんてしなくていい」というのは健康が当たり前な人の贅沢なのであって、

実際、死を意識し始めると、すこしでもそのタイミングを先に延ばしたいと思うのが本能なのではないか?と、最近考えている。

「いつ死んでもかまわない」といっている人に、「じゃあ、あした死んでもらいますね」というと、大多数は「え? ちょ、ちょっと、もう一日待ってくれ」と言い出すのではないか

で、「もう1日」が毎日続くのだろう。






自分の書いた増田リツイートされて回ってくるというのも、初めて経験した。

そのなかで @natorom さんが「はてな匿名ダイアリー抗がん剤加療中のstage 4の母親の話。医療費がメインのエントリーだけど、

現在抗がん剤治療リアル副作用がないわけではないけど普通に生活可能)が描かれている」

と、拙文を紹介してくださっていたので、この辺のことも触れておく。


母が抗がん剤治療を受けている、というと、患者ことなど考えない医者にやたらめったら薬を打たれ、

副作用でのた打ち回って悲惨きわまる闘病生活を送っているに違いないと勝手に思い込んで慰めてくれる人が、少なからずいる。

はっきりいって迷惑だ。

確かに、副作用がないわけではなく、特に新しい抗がん剤に切り替わった直後などは、食欲も落ち、夜中も何度もトイレにたって、

日中ほとんど寝たきりになっていることもあるし、母がレディースアデランスの愛用者になっているのも事実だ。

初めての薬を投与して、一週間後の最初の検診までの期間は、当人家族も緊張はする。

どの程度の副作用がでてくるのか、医者だって正確なところはわからないし。

薬を変えてはみたが、どうやら医者が当初想定したほど腫瘍マーカーが下がらなかったらしい、という局面にも遭遇した。



からといって、その他の期間は、時に温泉旅行に出かける程度に回復するわけだし、勝手イメージで同情されても困る。

そういう人に限って「自分想像しているような、苦しそうな闘病生活」を送っているわけではない母をみると

今度は、「あら~、大変かと思ったら元気そうじゃない! よかったよかった! もうすっかり良くなられたのかしら!」などと、トンチンカンを言う。

「アタシだって病気と闘っているのに・・・」という母の愚痴を聞くのは、こういう人とあった後だ。


確かに、今ほど抗がん剤進歩する前は、いろいろと悲惨な状況もあったのかもしれないし、病状によっては、かなり大変な副作用を併発することもあるのかもしれない。

だが、別にがん患者がすべて、あなた想像するような悲劇の中で生きているわけでもないし、だからといって病気の大変さがないというわけでもない。

おそらく大半の現場医療関係者は、真摯に最善の治療法を(保険でまかなえる範囲で)考えているし、

製薬会社だって別に人の命を食い物にして儲けることだけ考えているわけでもあるまい。

とりあえず、何十年前の知識で、抗がん剤批判を繰り広げて金儲けするのはやめろ、近藤誠

(実際、母親世代には、まだまだ近藤誠信者と思しき人がいる。そういう人との付き合いは、なんとしても切るのが吉だ)



早期発見できた人は違うのかもしれないが、「ステージⅣで発見」という状況だと、「基本的に治ることはない」というのが、周りの人間にとっても難しいところだ。

当人もっと大変なのだろうが、自分当人ではないので、本当のところは分からない)

普通病気のように「頑張って、治しましょうね」という励まし方はあり得ない。

いかに上手に付き合っていくか、いかに現状を維持していけるか、というスタンスで付き合えないと、患者家族双方にストレスたまることになろう。

しかも「いつまで続くか分からない」「いつ悪い方向に進むかわからない」という不安を抱えながら、である

この辺、バランスを取れなくなった人が、「奇跡治療法!」とかに走るのだろう。

奇跡はめったに起きないか奇跡なのであって、その奇跡自分には起こると考えてしまうのは「逃げ」だと思うけれど。




先日、とある観光名所にいったとき、「健康」とか「長寿」とか「家庭円満」などと書かれた名産品が売られていた。

ちょっと考えた上で「長寿」のヤツを、母の土産に買って帰った。本当の意味で「健康」を回復することがない人に、「健康」を祈願するグッズを渡しても白々しいからだ。


ちょっと迷ったが、母に「『健康』ってやつもあったんだけどさ、まあ、いまさら健康』ってのは無理だから、『長寿』にしたよ」と言ってみた。

母は、「そうねえ、もうちょっと早く『健康』のヤツがほしかったけど仕方ないわよねえ」といって笑っていた。

ああ、この人は強いな、と思った。



長くなってしまったが、最後にもう一つだけ。


60万超の治療費にたいして1万5000円という負担に関して。

これは、母が後期高齢者で、かつ、健康保険の仕組みにおいては、もっと収入の少ないカテゴリに分類されているので、この金額になる。

(なお、自分とは世帯は別)

もし、母がもっと若かったり、年金以外に収入があったり、夫(自分の父)が生きていて収入があったりしたら、もっと請求されている。

まり、母は医療費世界において「相対的貧困者」とされているおかげで、この程度の負担で済んでいるということだ。

ここで「でも、温泉旅行いったり、映画見に行ったりしてるんでしょ? もうちょっと払えるんじゃないの」とか

「息子、治療費全然だしてないのかよ。親子なんだから出させろよ」とか非難されたらと思うと、ぞっとする。

だが、どうやら世間は、子供貧困に対しては、似たようなことを平気で言うようだ。

ぶっちゃけていえば、あと長くても10年は持たない老女よりも、この先何10年もこの国を支えていく若者のほうが、

ROIは確実に大きいと思うのだが、なぜこうなるのかは、考察に値すると思う。




いずれにしろ、この話題は、増田でこそいろいろ吐き出せるネタであった。

この世に増田があったことに、感謝したい。

道ならぬ恋(笑)におちた女の独り言

道ならぬ恋、というヤツに今現在の私は身を置いている様だ。

様だ、等と断定を避けたのは私自身この状況に大いに迷っている有様で、認めたくもあり、しかし認めたくもないという思いの間で立ち尽くしているからに他ならない。

頭を整理するためにも、と言うことでこんなふうに書き出し始めた。

そんなもんチラシの裏にでも書くか穴でも掘ってその中に喋らんかい、と思われるかもしれないが、恋愛ごとに悩みを募らせる女性のご多分に漏れず、私にもどうしても誰かに話を聞いて欲しいという構ってちゃん根性がある。

故にこの場を選ばせて頂いた。

前置きが長くなったがこれより先は一人の女が悲劇(笑)に身をやつした己に酔いしれているだけの何の面白みも無い独白だ。

読むも読まないも、自由にして頂きたい。





さて、非常にありきたりな話ではあるが、私が私のこの恋を道ならぬ恋と呼ぶ理由は恋の相手が既婚者で子供いるからだ。

幸いにも、相手が私に対して恋愛感情を抱いていない事と、私にも理性とそれを上回る恐怖心があるお陰で明確に道を踏み外している訳では無い。

ならば別に良いではないか、と思われる方もいらっしゃることだろう。

問題が無ければ、誰が誰を好きになるのも自由だと。

私もそう思っていた。

恥ずかしながら、私は過去に幾度かの恋の中で既に恋人がいる人を好きになった事もあり、その理論で武装して開き直った事もあった。

しかしその言葉を発している時の自分は、大体が「苦しい恋」に酔いしれていた。

悲劇のヒロインであるかのような、大層な自惚れだった。その人が好きだったのではない。私は苦しむ私が好きだった。



だが、苦しみというものは、外的要因だけからなるものでは決してない。

その外的要因を受け、それらが内的要因へとシフトして初めて本当の苦しみに転化する。

私にはそれがわからなかった。



私が恋心を抱いている人は、私より二回りも上の他部署上司だ。名を仮にAさんとしよう。

部署とは言っても、私の属する部署とはかなり密に連携を取るので、Aさんとはほぼ毎日顔を合わせる。

私が去年新入社員として今の会社入社してから、何かと絡んできてくれた人だった。

最初は何の想いも無かった。互いにからかいあってふざけるだけの他愛も無い関係だと信じてやまなかった。

どちらかと言うと、兄を慕うような、いや、年的にいえばむしろ父親を慕うような感覚に近かっただろう。

ただ、私は年上の(失礼を承知で言うと)いわゆるおじさん世代と昔からウマが合いやすかった。

なのでAさん以外にも、そういう風にからかいあう男性上司は何人かいた。なので別段その気持ちに不信も抱かなかったし、周囲からも「おじさん達と仲良しな子」程度にしか認識されていなかった。

何よりもAさんには妻子があるのを私は知っていて、からかいあってはいても大きく踏み込むような事はしなかった。



だがある時、それは起こった。

年末部署混合の飲み会が行われた。

何度か部署混合の飲み会は行われていたのだが、Aさんが参加するのは初めてだった。

初めて同じ席で飲めるという事で、私はガラにもなくはしゃいでいた。

この頃には既に周囲からも「Aさんと仲良くコントやってる賑やかし要員」という感じに扱われていたので、私もその役を演じようとしていた節がある。

少し遅れてAさんが参戦する頃には、私もほろ酔いで上機嫌この上なかった。

わざわざ席替えをして、Aさんの隣に腰を落ち着けていつもの様にからかいあった。

だがこの時はほろ酔いで羽目が外れていた分、私の方がAさんをからかっていた。

恋人にするならAさんが良い、等と間抜けなことを口走った記憶もある。

しかしその後、再び席替えをして私は別の先輩の隣の席へと移動した。

もうこの時には完全に出来上がっていて、記憶も正直曖昧だ。

ただ、何席か離れたところにAさんがいるのをちらりと見たのだけは覚えている。

私の記憶は一度そこで途切れた。



気付いたら私は吐いていた。

正確に言えば吐きそうになっていた。

だが寸でのところでAさんがおしぼりで私の口元を抑えてくれていた。

私が吐きそうになっていたのを誰よりも早く気付いたAさんが、慌てて私の所へ駆け寄ってきて口元を抑えくれたのだ。

しかも一度はおしぼりでなく、そのまま素手を差し出していた。

彼は私が堪えられずに吐いた時には、それをそのまま素手で受けるつもりだったのだ。

吐き気朦朧としながら、私は近くにあるAさんの体温を感じて、ただただ混乱した。



この人は何故気付いたのか。

何故駆けつけてくれたのか。

何故躊躇わなかったのか。



その後は女子の先輩にトイレで介抱して貰いしこたま吐いて、そのまま帰宅の途に就いた。

翌日は当然二日酔い。起き上がれもせず、辛うじて這うようにトイレまで行きそこで一日を過ごした。

しかしそんな中でもAさんのあの体温がまだ近くにあるような気がした。

心臓がざわついた。



大きな温かい手のひら、耳元で何度もかけられた身を案じてくれる言葉、今までに無い程近い体温、洗剤の匂いに微かに混ざった煙草香り



しまった。

好きになってしまった。



瞬間そう悟った私は、吐きながら涙も鼻水もボロボロ便器に零して泣いた。

嘘だ。

それが私が一番に考えたことだ。

目の前が真っ暗になった。

初めて感じた絶望だった。

始まった瞬間に終わる、しかし長く続く恋が始まったのを感じたせいで、だ。



苦しみは外的要因だけからなるものでは無い、と私は前述した。

外的要因と内的要因の二つが揃った時、初めて苦しみは始まる。

叶わぬ恋をしたから苦しいのではない。叶わぬ恋が叶っても叶わなくても、どこにも幸福が無いことに気付いて苦しくなるのだ。

叶わぬ恋であり続ける事が相手幸せであることに気付き、既に蓋もできない程に大きくなっていた自分の心を持て余し続ける。

まるで真綿で首を締められているような、そんなある種心地良さを纏った不快感が心に根を張る。

根は奥深くまで伸びて、やがてどうしても取り除けなくなる。

そうしたら最後

何度芽を摘み取っても、根から再び新しい芽が生えてくる。

繰り返す。



不倫を望んでいる訳では無い。

離婚して欲しい訳でも無い。

それなのに、心のどこかで叫ぶ声が聞こえるのだ。

「愛して欲しい、私を選んで欲しい」と。

その度に根は深くなる。



幸せになって欲しい。

でもあの人の幸せを願う度、心がジクジク痛んでいる。

私の隣で幸せになってもらいたくて、けれど私の隣ではあの人は幸せになれない。

矛盾した感情思考

私は怖い。

この感情のままにあの人を傷つけてしまうのが、不幸にしてしまうのが怖い。

どうか私がこのまま臆病者であることを願う。

あの人の何をも壊してしまわないよう、優しいあの人を傷つけてしまわぬよう、ただ恐れ、縮こまって生きてゆくことを願う。




こんなくだらない文を読んでくださった方、本当にありがう。

我が身可愛さの胸糞悪い文章で、大変申し訳ない。

ここにこうして公開した事で、心が幾らか軽くなった。

頭の整理もついたし、今後も周囲及びAさん本人にもこの感情がバレないよう上手くやっていける自信もついたところで、この文章の締めとしたい。

自分絶対に正しいと思ってる母親が小さい頃から大嫌いだ

からそうだった。

俺がやりたいと思って親に相談しても、母親がそれを理解できなかったら絶対に拒絶するしそれを「俺のため」として押し通す。

父親が味方になってくれて何とかできたこともあるが、大体は母親が大声を上げて感情を露わにして自分を貫き通してくる。

これで母親が本当に博識で、考えをまかせて良い方面に転がるんであれば俺だって別に文句はない。

だが50少し過ぎた年齢だからなのかネット事情には疎く、俺がネットビジネスのために必要書類を送ってくれて言っても無視される。なので父親内緒で送ってもらっている(ネットビジネスは月数十万円の利益が出ているし、何年も勉強してきて成果を出している)



まり俺の母親自分絶対に正しいと思ってるくせに馬鹿から大嫌いなのだ。(絶対に正しいと思ってる理由は一度たりとも謝らない点から

謝罪という行為が一番嫌いなのか俺と3つ上の姉に悪いことをしたと自覚しても一度も謝ったことはない。必ず「でも昔は私の判断が正しかった」と言って時代の偏差のせいにする。



良いところがあるとすれば進路など大きな選択をするとき自分で考えろと俺に丸投げしてきたことだろうか。

おかげで自分の進みたいように進んでこれた。まあ俺が「小学校の頃習い事していればよかった」と言った時「あんたがやりたくないと言ったからやらなかった、だからあんたのせい」と返すのはどうかと思うが。小学生が必ず自分の将来を考えて選択ができるかと言われたらそんなことないんだから



父親から学生時代仕送りをたてに田舎へ帰ってくることを強制されているので現在帰らざる終えない状況だ。

確かに恩はあるのでそうしないと筋が通らない、しか現在密かに行っているネットビジネスが上手く言ったら距離を置こうと思っている。



母親さえ一々感情的になってストレスを俺や父親にぶつけてこなければ何とも思わないし、仲良くやっていきたいとも思えるんだけどね。

俺が生まれた時点でそんな性格だったし無理だとは思うけど。



母親の良かったと思うところ

・夕食だけだが料理をしてくれた(弁当冷凍食品オンリーだったが作ってくれた父親と交代で)

仕送りのために副業を始めてくれた(ストレス母親から乳が言葉暴力を受けることが増えたので半年で辞めさせた)

家事は最低限してた(専業主婦



俺の母親毒親じゃね?ポイント

家事ストレスなのか舌打ちしながらする

小学生の頃から俺がなにかミスをすると「馬鹿じゃないの!ありえない!信じられない!」と大声で罵ってくる

自分が正しいと思っているのか絶対に謝らない、みすしても時代のせいにする

ヨッピーの力の入った記事ブクマを集めている中で「これ歴代最高ブクマ数行くんじゃね??」的なブコメ散見されるが

はてなブックマーク - Yahoo! JAPAN(14317 users)までまだ10000以上あるから…(2016/8/24 8:50現在

1記事で4000 users近くまで行ってるのはすごいけど、実際はてブの闇はまだまだ深いのである



ところで「歴代はてブ多い順」がなんかおかしいことになってるの自分だけ?

リンクが全部「大島薫さんのツイート」になってる)

TYという葬儀屋

アルバイトから入った地方葬儀屋グループで、

若くして役職まで上り詰める。

その後が良くなかった。

不正を働いたのがバレて解雇

それまでのノウハウを持ち出して会社を立ち上げて、

業界成功したPからどっさり資金提供してもらって現在に至る。

互助会を目の敵にしてるけど、

やってることは互助会と同じで笑える。

最近ほとぼりが冷めたからと講演に呼ばれることが増えた。

2016-08-23

AVを選別し続けて10

独り暮らしをはじめてAVを自由に買えるようになってから、これまで黙々と買ってきた。置き場所に困るので私的ベスト30を決めて、そこから漏れものは捨ててきた。

が、AVの質の向上とともにベスト30はベスト50に、ベスト50はベスト80に、と増え続けて現在ベスト100になっている。

さすがに100を超えると色々弊害が出るので、頑張って100の中でやりくりしているのだが、とうとう限界が来てしまった。どの作品も名作過ぎて、捨てるに捨てられないのだ。

コレクション自体を楽しんでいるところがあるので、DL販売や見放題みたいなやつに入る気はない。

心を鬼にしてワースト作品を決める作業今日も始まる。

続【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞記事批判する

前回のまとめと補足

前回『【新共通テスト記述式】氏岡真弓氏による朝日新聞の記事を批判する』という記事で、朝日新聞編集委員 氏岡真弓氏の署名記事について批判した。

その要点は、氏岡氏の記事が、国立大学協会入試委員会対応に関して、(意図的にせよ結果的にせよ)明らかな印象操作を行い、「新共通テスト記述試験大学側が採点する」という方法が極めて問題の多い案であるという事実を十分に報じないまま、この方法採用を後押ししてしまっているという点にある。

いくつかのコメント飛ばし記事であるとか文科省側のリークというような話が出ていたし、私自身もその可能性はあると考えている。

しかし、その一方で、私は文科省国立大学協会も正しく状況をレクチャしたにも関わらず氏岡氏自身が(意図的無意識かはともかく)内容や方向性の間違った記事を書いた可能性、つまり氏岡氏の持っていた見解バイアス資質問題が今回のような記事を書いてしまった原因である可能性も留保している。

これらの点を詳らかにするためにも、氏岡氏は自分自身言葉で今回の記事に関する経緯を説明してほしいと考えている。

今回批判したいこと

今回私が批判したいのは、8月19日朝日新聞4面に掲載された『<解説>大学に負担、利用未知数 新テスト記述案』という記事である

前回の内容は記事化の経緯に関する点であり、氏岡真弓氏に非があることは明らかであると(少なくとも私には)感じられる問題だったが、今回はもう少し論争的な部分を批判したい。

はじめに結論をかけば、

氏岡真弓氏は今回の新共通テストに関する問題特に採点方法問題を論じる/解説するにあたって、この問題に関する十分な見識を欠いているのではないかということだ。

私が特に重要視している記事記述は次の2つの記述に集約されている。

この問題を論じるにあたって、国立大学協会入試委員会の提出した論点整理や文科省有識者会議=高大接続システム改革会議の出した最終報告は役に立つ。

記述問題形式

氏岡氏の8.19付解説記事最初記述について考えたい。

私の批判の要点は、氏岡氏はこの記述の中で、記述問題において何を問うかという点に関する検討理解を十分に行わないまま独自解釈を述べていないか、ということである

特に、「文章理解説明する設問」と「自分の考えを書く問題」とを明確に区別した書き方をし、大学側が採点する方法を採ることにより、後者可能になったと断定している点である

国公立大学二次試験国語で問われている問題はおおむね前者にあたり、文章記述の内容把握や根拠説明要求するものになっている。

一方小論文試験や国公立でも非常に僅かだが一部の大学2016年度だと例えば滋賀県立大静岡大首都大学東京島根大など。ほかにもあるかもしれない。)の国語試験には、課題文の内容理解を踏まえる形で「あなたの考えを述べよ」という「自分の考えを書く問題」が出題されている。

では、新共通テスト記述問題で本当に後者のような問題を出すことが想定されているのだろうか。

高大接続システム改革会議の最終報告には、

国語については、次期学習指導要領における科目設定等を踏まえ、知識技能に関する判定機能に加え、例えば、言語を手掛かりとしながら、与えられた情報多角的視点から解釈して自分の考えを形成し、目的や場面等に応じた文章を書くなど、思考力・判断力表現力を構成する諸能力に関する判定機能を強化する。(p.54)

とあり、ここにみられる「自分の考えを形成し」という語句一見氏岡氏の記述合致しているように見えるかもしれない。しかし、これは、例えば選択肢を選ぶのではなく自分言葉説明することを指していると通常は解釈するように思う。

実際、

大学入学希望学力評価テスト仮称)」の記述問題については、現在国立大学二次試験で行われているような解答の自由度の高い記述式ではなく、設問で一定の条件を設定し、それを踏まえて結論結論に至るプロセス等を解答させる「条件付記述式」を中心に作問を行うことにより、問うべき能力評価と採点等テスト実施に当たっての課題解決の両立を目指す。(p.56)

と述べられていることを見落としてはいけない。最終報告のp.75に掲載されている図も見落とすべきではない。

まり「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」は、創造性・独創性芸術性の評価も含む問題であり「個別入試になじむ」と整理されている。

仮に大学が採点することになるからといって、この整理を放り出して、「解答の自由度の高い記述式」や「小論文」を出題するとか、

自分の考えを書く問題」を出題すると述べるのは、議論の成果である最終報告よりも明確に一歩踏み込んだ記述になっていると言わざるを得ない。

では国立大学協会の「論点整理」ではどのように記載されているだろうか。

解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大することである。また、設問の中に構造化された能力評価観点を踏まえつつ、各大学学部)はアドミッションポリシーに基づき独自の採点基準採用することができ、各大学学部)の主体性が発揮できる。

ここでいう「解答文字数をふくめて出題の多様性の幅が拡大する」という記述には、氏岡氏の言うような「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」という趣旨を読むことはできないと私は考える。

というのも、ここでいう「出題の多様性」という文章は、前半にある次の記述を受けてのものからだ。

全国共通試験への記述式・論述問題の導入は、多肢選択問題では測ることのできない能力評価するための大改革であり、適切にその能力評価するためには相当数の問題が課されるべきである。また、評価すべき能力が個々の設問の中に構造化されるわけであり、その観点からは、短文記述式(40-50 字)設問のみでは、改革の主旨に沿った十分な評価を行うことができないと言わざるを得ない。解答文字数を含めて出題の多様性が出来るだけ拡大されることが望ましい。短文記述式のみでは早晩パターン化し入試技術化する危惧あり、持続可能性の観点からも、同様のことがいえる。

これは、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題」を出題するべきというよりは、文字数は40-50字の短文記述よりは長めで、個数は多めにするべきということである。個数を多めにというのは扱う内容の多様性を確保せよといっているように私には見える。50万人が共通して受験するテスト場合、題材が1つだけだとどうしても能力よりもその話題になにがしかの知見があるかどうかなどの運の要素も出てきてしまう。十分な量の問題と十分な長さの解答要求をすることでしか「適切に能力評価」することはできないだろうと言っているように見える。ここには、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」というような観点は入っていない。氏岡氏の記述国立大学協会の「論点整理」の文脈からもはみ出していると考える。

また高大接続システム改革会議の最終報告の参考資料2には、今回の新共通テスト問題例が掲載されている。(ただし、あくまでも何を問いたいかを例示するためで直接試験で出題できる問題として掲載しているわけではないという注釈付き。)この中の「国語」の問題では、交通事故発生件数・負傷者数・死者数の年度変化を示すグラフを掲げ、「交通事故の死者数が他よりも早く,平成2年1990年)以降減少傾向になっていること」の理由について考えさせている。要求しているのは、資料から読み取れる内容の記述自分の主張を裏付けるためにはどのような資料を見ればよいか記述させることである。これは、「自分の考えを述べる」問題ではないことは明らかである

また氏岡氏は自身ツイッターで次のように述べている。

入試改革を引っ張ってきた国大協の委員会ででた案。出題の幅がぐんと広がる。注目です。

「出題の幅」とはどういう意味なのかはっきりしない。最初に取り上げた4面の解説記事記述にもあるが、「自由記述」「本格的な記述」のような書きぶりにも現れているように、言葉の選び方が不用意で十分に検討したと思われない。

しかし一方で、氏岡氏の名誉のために、次のことは指摘しておくべきだろう。

読売新聞8月20日付の記事『大学新テスト、英語「話す」で民間試験の活用案』の中で次のように記述している。

国大協は記述式の採点を、受験生の出願先の各大学が行う案を示した。(中略)国大協はテスト1月中旬実施しても、大学が採点すれば200字~300字程度の記述式が導入できると想定大学による採点が難しい場合は、採点期間を国立大学前期試験直前の2月下旬まで延長する別の案も示した。

これも国大協が大学側が採点するという案を提示したという問題のある記述をしているのだが、それ以上に、国大協が「200字~300字程度の記述式が導入できると想定」などという「論点整理」には全く書かれていない話を登場させている点に注目したい。

「40-50字の短文解答式」ではまずいという議論から、いきなり「200字~300字程度の記述式」というところへ直接は結び付かない。

上の最終報告にある問題例は、40字以内と80字以上100字以内の設問である。通常、短文解答式ではないものを、という点でみれば、いきなり200字~300字となるのではなく、80字~100字程度の文字数ということを考えるのが自然ではないだろうか?

また国公立二次試験を見ても、単独で200~300字の記述要求する大学はむしろ珍しく、東大でさえ最大文字数の問でさえ100字~120字で述べさせる問題である

もちろんこの「200字~300字」というのが、たとえば小問3個での合計解答文字数というなら話は違ってくる。(1個の大問全体での記述量が500~600字程度ということは珍しくない。)読売記事がそのあたりの正確さを欠く記事になっていることは批判されるべきだ。

今回のまとめ

まり考えられることはいろいろある。

といったことだ。

 しかしどれであったとしても、氏岡氏の記事は、高大接続システム改革会議の最終報告から乖離しているし、現状の国公立二次試験での国語の出題状況などについても十分把握しているとも言い難い。また19日時点では取材していなかったのかもしれないが、国立大学協会の「論点整理」とも乖離している。こうした点からも、署名記事を書いた氏岡氏はいったいどういう経緯と解釈でこの解説記事を書いたのか説明するべきだと私は考える。


 実は、国立大学協会論点整理の中には、次のような記述もあることを付け加えたい。

そもそも、記述式・論述問題評価すべき能力いか構造化できるかは、根源的な課題である評価すべき能力構造化があって初めて、各大学学部)はアドミッションポリシーの中に、記述式・論述問題を適切に位置づけることができる。しかしながら、国立大学全体にも大学入試センターにも、そのための知識ノウハウの蓄積は未だ十分ではない。平成 32 年度実施に向けて能力構造化に向けた記述式・論述問題設計理論構築、体系化が喫緊課題といえる。国大協としても、過去の各国立大学個別試験における記述式・論述問題に関する実績を調査分析することなど、この課題積極的に取り組んでいきたい。

これは、どのような形式で何を問うかということについて、決して十分な知見があるわけではないことを述べており、すなわちこ(「学力の三要素」といった抽象論ではなく)具体的な設計レベルでみれば、新共通テストにおける記述問題形式や内容についていまだに十分合意が取れているとは言えない現状を示している。にも関わらず、「これまでの記述式で中心だった文章理解説明する設問と違い、自分の考えを書く問題づくりが可能」とか「大学が採点を担う国立大学側の独自案が具体化すれば、入試改革は実現に大きく近づく」などと断定する氏岡氏の記述に私は強い不信感を抱かずにはいられない。

2016-08-22

安倍よ、そこはオメガじゃなくてセイコーだろ!

オリンピック閉会式プレゼンテーション

安倍トヨタ・センチュリーの中で時間を気にするシーンがあって、腕時計大写しになってるんだけど、

あれ、オメガだよね?



なにやってんだよ!

そこは、世界に誇る日本ブランドセイコーだろ!

いや、フォーマルからGショックじゃだめなのは分かる。

だったら、グランドセイコーだろ!

(ごめんよ、シチズン




オリンピックセイコー因縁から関係なんだぞ。

世界で初めてオリンピック機械計時を導入したのは1964年東京におけるセイコーだ。

このとき開発した電子プリンター(Electric Printer) の子供(Son)が、現在のEPSONの技術なんだぞ!

組織委員会にだれか、気づく人いなかったんか!

http://anond.hatelabo.jp/20160822141541

人間三原則存在する前提ならともかく、存在しないかまた別の規定だったら確実に不平等になるルールやん。

少なから現在ナイズドにするなら、「ロボット愛護法」が制定されてること前提にしておかんアカンね。

最近の悩み

現在彼氏セックスレスになりかけている。

付き合った当初、どちらからともなく自然な流れで行為は始まっていた。

しかし、時間の流れとともに、その自然な流れが成り立たなくなった。

最近では誘うことすらどんどんできなくなってしまっている。

ただ性欲を満たすためだけに誘ってると思われるんじゃないかと考えてしまう。

誰でもいいわけじゃない、彼氏としたい。彼氏に好き好きって言いながらしたい。

でも、ただ一緒にいるだけで満足しているであろう相手に伝えていいのか分からない。

どうしたらこの状況を改善できるのか、いっそのこともうしたいと思わなければいいのか。

自分方向性をどこに持っていけばいいのか、分からない。

普通の21歳になりたい


言いたいことだけ書いているので読めない文章すみません

自分中学卒業して自分テニスしかないと思ったので推薦もある工業高校へ推薦をもらい高校へ通った。

高校ではほぼ男子校だし、学科があるので3年間同じクラスメート

気の合う友達部活で2人いて、それ以外は今はもうあまり連絡をとっていない。

辛かったことは、

女子がいないこと。

自分パソコン系の科で同じ学科の子とはそれほど仲良くなれなかったこと。

アニメとかが好きな子が多く、自分趣味が合わなかった)

けれど唯一テニスでは地区大会高体連では優勝することができすごく嬉しかった。

けれど下手な顧問と3年間は辛かった。

無事卒業をしておじいちゃんが自衛隊なので自衛隊に入隊した。

教育が始まって10人部屋に押し入れられ、ホームシックで辛い日々を味わいながらも必死でこらえ現在に至る。

久しぶりにライン中学同窓会ラインプロフィールを見てみるとみんな楽しそうだしすごく輝いてる!

高校同級生は何か今っぽい感じのやつがいなくダサい感じ。

なんかそれを見て普通科高校に通い普通に大学生になりたかったと思う。

サークルとか入ってみんなと楽しくやりたいなと思った。

働いているかお金も少しはあるし、休みもあるけど21歳として何か足りない気がする。

俺は高校を間違ったのか?

大学生でただ遊びたいだけなのか?

彼女が欲しいだけなのか?

辛い思いから逃げ出したいのか?

我慢が足りないのか?

贅沢してるのか?