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2016-07-22

私たち必要だったのは愛あるセックス

と悪意ある妊娠だったのです

2016-07-21

檄!ニュー速VIP

引きこもる家の中震えるニート

⊂二二二(^ω^)二⊃ブーンの声高らかに

躍り出る⊂二二二(^ω^)二⊃ブーンたち

心までツンデレに魅入られた男

煽り蹴散らして勇気を示すのだ

走れ!ニュー速童貞VIP

唸れ!包茎ニュー速VIP

私たちVIPのために書き込みます

「例えそれがネタスレバーボンハウスであっても」

私たちはファー…ブルスコ!」

「それが、ニュー速VIP団なのです!」

クソスレ暴走し廃(すた)れる惰(だ)スレ

コピペ引っさげて躍り出る⊂二二二(^ω^)二⊃ブーンたち

真夜中におっぱい晒しだす女神

課題クリアして画像を落とすのだ

走れ!ニュー速童貞VIP

唸れ!包茎ニュー速VIP

走れ!ニュー速童貞VIP

唸れ!包茎ニュー速VIP

http://www.nicovideo.jp/watch/sm8337618

2016-07-20

母が子育て詰んだ

思うところあって増田を書きたいと思う。

先日ホッテントリとなったこの記事を読んで思い出した

http://orangestar.hatenadiary.jp/entry/2016/07/19/223314



子供のころ、なぜ自分のお母さんだけがずっと布団に寝ているのかいつも不思議に思っていた。

友達のお母さんはハキハキしていて元気そうに笑っているのに、どうしてうちのお母さんは寝てばかりいるのか。

うちのお母さんは夕飯の用意もできないほど弱っていたので近所の家におかずをもらいに行くのが日常だった。

近所の人は案外優しくて良くしてくれた。

当時の母は弱り切って、いわゆる炊いたコメが食べられなくなっていた。

から食パン牛乳に浸して柔らかくなったものをちぎって、すするようにして食べていた。

母がいわゆる普通の御飯を食べられるようになったのはしばらく経ってからだった。



===

我が家子供が3人で、全員が発達障害に産まれしまった。おそらくだ父親発達障害可能性が高い(たぶんアスペ

上に兄がいて、下に双子が産まれしまった。簡単に書くと兄が自閉症、妹(双子)がADHDという組み合わせだ。


母に言わせると兄が大変に手のかかる子供で、尋常でなくつらかったらしい。

兄は2歳くらいのとき自閉症と診断された。母はものすごくショックだったようだ。


母が言うには、兄はまずアイコンタクトというもの通用しない。母が困った顔をしていてもまったく目に入らない。

とにかくこちらの気持ちが通じないのだ。自分の子供のはずなのに、昆虫かなにかを相手にしているような感覚になる。幼児なのに、である

兄は極端に神経が繊細で、少しでも気にそぐわないことがあると暴れたりかんしゃくを起こしたりする。当然ながら寝ない。ちょっとでも物音がすれば起きる。

母側からコンタクト通用しないのに、兄は極度な甘えたがりで母と一瞬でも体が離れると泣いて暴れる。

そんなことの繰り返しだったが、下にまた子供が出来てしまった。

なんと双子ができてしまった。

双子育児はただでさえしんどいのに、この双子はまた発達障害だった。

(※注 当時はまだ診断基準がなく、増田自身発達障害がわかったのは30すぎてからです)



===

今でもくっきり記憶に残っているのだが、物心ついた時、母は家におらず入院していた。

母が言うには、とにかく子供の世話に追いまくられ、父は仕事が忙しくて育児を手伝ってくれることは皆無、

親戚や実母なども事情が重なって手伝いに来られず、気づいたら骨と皮ばかりに体が痩せていたという。

トイレへ行くのも床をずるずると這って行ったが、それすら無理になったときほとんど本能的に電話に手がいって救急車を呼んだという。

(母が言うには、本当に体がダメになったら尿はほとんど出ないらしい。)

最後自分で測った記憶があるのが34キロ病院で測ったところ32キロだったそうだ。(母の身長は155センチ


母は子供を産むまではフルタイム仕事をしていたので、すごく体が弱いというわけでもない。

ただ以前あった増田のように編集者レベルでタフかというとそうとも言いがたい。

いわゆる核家族だったが手伝いにきてくれる人が残念なくらいいなかったのだ。

当時は今のように自閉症児に対する工夫などの情報ほとんどない。ネットもない。

孤立した母は詰んだ


その後、母は極端に病弱な体になり、基本的には家で寝ていた。

兄をみる余裕がなくなった母は、まだ幼かった兄を母の実家にあずけた。

半年ほどして母が様子を見に行ったところ、祖父祖母はげっそりと痩せていた。

とくに祖母は気疲れがひどく、10キロ以上痩せてしまっていた。

兄の相手をすることや兄の要求を聞くことがとんでもなく大変だったらしい。


困り果てた祖母は、兄を霊能者のところへ連れて行ったことがあるらしい。

すると、兄は親戚中の悪いところをすべて引き継いで産まれてきてしまったのだと言われたそうだ。

から親戚の他の子には悪いものはいかない、なぜなら兄がすべて悪いものを引き受けてくれたからだと。




娘の存在は、母にとってはやすらぎとなり、母は兄よりも娘といることを好んだ。

兄は私が覚えているかぎりでは幾度となく親戚の家に預けられていた。言い方は悪いが兄は「たらい回し」にされていた。

長期間預けるとトラブルを起こしたり、その家の人が寝込んでしまったりするので、半年くらいで親戚のあいだをぐるぐると移動していた。


今でもよく覚えているのだが、兄が家にいないと母はとても嬉しそうにしていて、花を飾ったり凝った料理を作ったりしていた。

料理に対して「わぁ〜!」と反応すると本当に喜んでいた。

これ、これなのよ、私の望んだ家族の姿って!これなのよ!というような。その瞬間だけはまさに母の夢が開花していた。

兄がいないと父も穏やかな表情になって、母もそのことを嬉しがっていた。

私たちは、まるで兄がもともとからいない家族であるかのように食卓を囲んでいた。

日常があまりにも穏やかで、この頃の記憶ほとんどない。



兄がひどく育てづらい子供だったことで母は疲れきっていた。

から、兄が家からいなくなると、気持ちが晴れ晴れして小康を取り戻すのだった。

の子たちもADHDがあるため、忘れ物も怪我もひどいし学校に呼び出されたりそれはそれで面倒だったが「気持ちが通う」という点で、母のしんどさは桁違いに違ったらしい。

自分記憶では、兄は4〜10歳くらいまで、ときどき家にいたがときどきいなくなっていた。母の実家、父の実家、親戚の家…あちこちに預けられていたと思う。

はいわば兄の育児放棄してしまっていた。



===



その後も兄関係でゴタゴタがいろいろありましたが、いま40歳目前になる兄が社会適応できることはありませんでしたとだけ書いておく。

そしてそういう子供一定数産まれしまうこの世の不条理というかなんというか。いや、社会のほうが未熟なのかな。私にはわからないですけれども。。




読んでいただいてありがとうございました。

2016-07-17

【要回答】自民党圧勝たから、ヒトラー率いるナチス労働党圧勝した映像を見ましょう

増田キッズたちへの夏休みの宿題です。

下記の動画を見て感想文を144文字以内で書きなぐりなさい。


動画URL

https://www.youtube.com/watch?v=xKEmw4bKYUo

ショートカット版の動画URL(同じ動画です)

https://youtu.be/xKEmw4bKYUo

※序盤は今の日本と似てる印象覚えるが、エンコードみすってないこれ?


動画URL

https://www.youtube.com/watch?v=GPldDL9L1_0

ショートカット版の動画URL(同じ動画です)

https://youtu.be/GPldDL9L1_0



ドイツ国民女性セリフ

あのころ私たち熱狂していた父はヒトラー危険な男だと言っていたのに誰も聞かなかった」

みたいなのが流れてるのこれかな?

天皇生前退位報道をめぐる一部はてサとんちんかん

NHKが「天皇生前退位希望している」とスクープして、その後あれやこれや報道がある中、

共同通信が「天皇陛下、早期退位を想定せず」と報道したり、

宮内庁関係者が、「陛下がそのような希望を示されたことはない」という趣旨コメントしたとの報道があったりして、

一部には「改憲を優先しているアベが、天皇陛下要望をもみ消したのだ」とかなんとか

とんちんかんコメントをしている輩がいる。



天皇陛下がご意向を示されて、それを安部首相が「おっしゃる通りでございます」と承って、

皇室典範(=法律)の改正案を作って国会で成立させたりしたら、

それこそ憲法違反もはなはだしいのが分からないのだろうか。

そんな認識改憲がどうのこうのいってるのは笑止千万だ。


天皇地位国民の総意に基づき、天皇は一切の政治的権能を有さず、内閣の助言と承認に基づいた国事行為以外、

公的行為はおこなっちゃいけないというのは、

日本国憲法一丁目一番地(第一章)なわけで、

宮内庁が「陛下がそのような意思を示されたことはない」というのは、

まさに「天皇陛下憲法違反の疑いを微塵も抱かせない」ためだろう。



あくまでも、天皇陛下希望されたから、ではなくて、

国民(の代表者が集まっている国権の最高機関たる国会)が、そのほうがよいと決めたから、という体をつくろわないと

現行憲法を守ったことにはならない。


明治憲法は「天皇神聖ニシテ侵スヘカラス」と規定することで天皇を守ると同時に、「天皇責任を取らせない」体制をつくったけれど、

現行憲法は、天皇公的行為はすべて国民意志に基づいている、という仕組みを導入することで天皇制を守っている。

決めたのは国民から責任を取るのも国民天皇責任が及ぶことはないのだ。




で、今回の騒動では「誰がどんな目的で『天皇意思』をNHKリークしたのか」をめぐって、

諸説入り乱れているのだけれども、案外「うっかりもれてしまった」という可能性も高いんじゃないかと思う。



NHKの後追い報道をみていくと、どうやら皇室典範改正準備室なるものが、5月だか6月だかから体制が強化された、というのは

事前に各社つかんでいたようである

ただ、これだけでは、小泉内閣以来続いている女系天皇女性宮家の是非の議論を進めようとしていたようにも見える・

案外、その線で追ってた記者もいるんじゃないかと推測する。

安部総理支持母体をみると「伝統の保持」の観点から女系天皇女性宮家の創設には否定的な感じがするが、

それはともかく、政府にこうした動きがあれば、当然、記者は追いかけるだろう。


こういうとき、案外、ひょんなことから「議題の中に退位が入っている」なんて話がもれたり、

証拠議事録とか)が流れたりするものなのだ

最初は決定的な証拠なんか要らない。

最近皇室典範改正準備室が強化されてますけど、何を話てんすか?」

「ん? べつにあらためてニュースになるほどのことじゃないですよ。女系天皇はどうするのかとか、

今後の宮家のあり方とか、退位だとか(←本人、とんでもないこと言ってるのに気づいてない)」

なんていうやり取りがあるだけでも、入り口としては十分。

この程度の「うっかり」をやらかしちゃうオッサンというのは、どこの世界にもいる。


こういうネタを出発点にいろんな人にぶつけてったりして、

場合によっては、

「退位の件は、もう具体的な話をする段階に来ているらしいですね」

って、カンでぶつけてみると

「えっ! なんでキミ、それ知ってるの?」

なんて、うまいことカマに引っかかっちゃう人もいる・・・なんていうのは、ちょっとできすぎだけれど、

まあ、誰かがすべて仕切っていて、それにあわせてすべてリークされているに違いない、という幻想も持たないほうがいい。

わが国政府に、そこまで情報の流れをきちんとコントロールできるほどに優秀な人材はいない。

いたら、この国はもっと強くなっているはずだ。



まあ、他の人を知らない人のネタをつかんで、上司にも取材先にも一泡吹かせたい現場記者出世欲やら

現場のつかんできたネタ材料政府駆け引きするNHK上層部やら、

政府意向を組んで動くことで自分立場を安定させたい幹部やら、

NHKを使って世論誘導したい政治家やら、

陛下は何も言ってません」「私たちは何も間違ったことはしておりません」「前例のないことはやりたくありません」

という立場を崩さな宮内庁役人やら

いろんな人のいろんな思惑が飛び交っているのだろうが、

「アベが改憲を優先するために」などという話とは、まったく別の次元で、ことは混乱せざるをえないのであろう。



そして、「天皇陛下立場責任を持つ」のは国民である、というのが日本国憲法の作った制度であり、

その憲法に忠実であろうとされるから天皇陛下自身は苦悩せざるを得ないのだろう。

2016-07-16

共産趣味とは天皇制である

共産趣味一部の人がとるタイプの言説について。

彼/彼女はもはや「ナンセンスに宿る批評性すらも放棄した」のだと。

ナンセンスに宿る批評性とは(今はもう終わりの感があるが)虚構新聞みたいなものだ。ナンセンスパロディー、お遊び、だからこそ抉る現実がある、というやつだ。

彼/彼女はしかし、と続ける。「私たち自分欲望表現しているのだ」と。

欲望自由表現することは素晴らしいことだ。そしてそんな欲望表現が認められる社会はすばらしい社会だ。

私たちは、言ってみればそんな社会証明するためにおのれの欲望表現しているのだ、と。



しかし考えてみよう。

共産趣味純粋欲望表現なのだろうか?

もちろん、個々人の内面忖度するつもりはない。色んなケースがあるからだ。しかしながら、「統計的事実」として、共産趣味ちょっと流行し過ぎではないだろうか?

というのも、ナチスだって旧日本軍だって同じくらい魅力的ではないか

そしてさらに言えば、ロシア文化資源豊富な国だ。

ドストエフスキーでもソローキンでもいい。他にも面白いものがいろいろ転がっているだろう。



そんなことをしたら怒られる?無害なパロディーではないのか。

そうはいっても現実は厳しい?そんな規範がどこにあるんだ?自分たち勝手内面化しているのではないか

内面化することの何が悪い?もちろん表現の自由はある。しかし、純粋欲望表現とは必ずしも言えないものだ。であれば、それを肯定するためにはさらなる言葉論理必要だろう。むろんそんなものは用意しなくてもいい。しかし問うが、では肯定論理が思いつかないそれをなぜ好きなんだ?この「なぜ」は倫理的意識を問うものではない。必然性を聞いてるのだ。



筒井康隆がかつて断筆宣言をした。小説内で、てんかんと(発作による)交通事故を結びつけたら差別的だと言われた。しかし、表現の自由というものはあるし、むしろ自分表現てんかん交通事故という安易表象に対する批評なのだ。おそらくそう言いたいのだと思う。そして断筆宣言をした。

どちらの意見にも一理あるのかな、と思う。しかしここにはポイントがあって、とある文芸批評家が、にもかかわらず(その本の発刊当時)筒井天皇については敬して遠ざけていることを主張している。

今を生きる若者私たちからすれば天皇とかどうでもいいだろ、という印象も受けるが、当時の人にとっては最大のタブーだったのだろう。

これと共産趣味のあるタイプ人達の身振りから感じる印象は似ていないだろうか?真のタブーには触れず、「それなり」のところをつっついてみせるような。

まあ、ラディカル気取りのやつほど肝心なところでヒヨる、というのは一般的にありそうな話でもあるが。



この増田から共産趣味=悪という印象を感じて、とにかくそれを否定したくて仕方がない脳死状態インターネットの方々のために一応言っておくと、わたし別に共産趣味なんてやめろといいたいわけではない。

ただ言いたいのは、当然個人差はあるがどこか共産趣味には単なる欲望の発露には還元できないなのものがあり、そしてそれは歴史的に反復しているものであり、そしてある種の「政治性」を見出すことも権利上はできる。そんな視点にたつことで初めて見えてくるものもあるのではないか、ということだ。

2016-07-15

わが子の将来を考えると死にたくなる

こども3人、平日はパートに出ている主婦

夫は仕事で帰りが21時を過ぎるので、育児にはほとんど関わらない。

夫は家事は一切やらない。

子供があまりにもわがままで、生活のすべてにおいて疲れる。

朝は起こしても起きない。

無理に起こせばぐずる。

着替えをいやがる。

ごはんをいやがり、お菓子を食べたがる。

単純に好き嫌いが多く食べられるおかずが少ない。

出したものを片付けない。

歯みがき、手洗い、風呂をいやがる。

眠れないと言って深夜までぐずる。

ぐずり、かんしゃくが多く程度がひどい。

ものを投げる、こわす、叩く、大声を出す。

気分次第ではできる日もあればできない日もある。

子供の機嫌がいいときは拍子抜けするほど生活が楽になる。

から晩までできないこと続きの日には本当に疲れ果てる。

それでも、そんなものだと思ってがんばっていたが、上の子小学校に入った頃から、本気で悩んでいる。

学校へ行くのをいやがる。気分次第で行く日もあるが、行きたくない日もある。

行かない日の「行け」「行かない」のバトルの後でパートに行くのがとてもつらい。

学校から帰ったらすぐゲーム

宿題の催促は無視

宿題を無理にやらせようとすると反抗し、そのあとの生活がこじれる。

楽しめるものゲームか、それに関する動画などのメディアしかない。

例えば体を動かす遊びとか、なにかしら料理だか工作だかやらせると、はまることもあるが長くは続かない。

読書は面倒だと言うのでせめて漫画でもと与えるが、漫画さえ読むことが面倒という。

休日に一緒に遊べる友達がいない。

最近では、ニートになりたいとか言い出した。

それでも休日ゲームばかりではよくないと思ってやめさせるが、「ひま、なにすればいい?」とつきまとう。

他の遊びなどを提案してもすべて拒否

もう知らないと無視すれば反発し、叩いたり蹴ったりしてくる。

そこまで家の中が荒れるとあとはお出かけでもして気分転換しかない。

そんな休日が続けば、平日にやり残した家事を片付けることもできない。

平日は上の子宿題をさせることと下の子の「遊んでかまって」攻撃に応戦するので精一杯で、掃除に手が回らない。

洗濯物の量が多くて、しまいきれないものが散らかっている。

の子が小さいのでおもちゃが床に散乱して片付けに手間取る。

掃除しないと、探し物が増え、よけいに生活しづらくなる。

結局、上の子ゲームをさせ、下の子のかまって攻撃を受け流しながら家事をこなすので精一杯の休日が多い。

正直、休日くらいは夫がこども3人の遊びにつきあってくれたら非常に助かるのだ。

でも「仕事で疲れている。ストレスがたまっている。ひとりの時間がほしい」と言われると強く頼めない。

できないものを無理強いしてもケンカするだけムダと思って強くは言わないけど、夫が無関心すぎるのではとか、努力不足かもとか疑い始めると、はらわたが煮えくりかえる

が、夫にも子供にもぶつけるわけにいかずひとりモヤモヤする。

夫に任せたところで、私でも手を焼く子供たちと過ごして、疲れないわけもない。

夫に育児疲れでイライラされて仕事に支障が出ても困る。

結局は自分も夫も、子供といて疲れる時点で育児に向いてなかったのだ。

もっとうまい育て方があるのだろうが、それもわからないまま、できないことが多い子に育ててしまったわが子の将来を思うと、不憫でならない。

試行錯誤してきたが、結局は厳しすぎたのか甘やかしすぎたのか、なにが悪かったのかもわからない。

まりにもわがままや反抗が多いので、子供の可愛さより大変さが上回ってしまうことが多い。

そういう大変さには理解共感もできないと書いた母親のように、要領よくこなせて、なにも意識しなくても子供普通生活を送れる人が、本当にうらやましい。

きっと余裕のあるお母さんの育てる子供は安定して幸せだと思う。

二人目の育児休業中ということは、一人目の時も育児休業をとって仕事を続けてきて、正社員ということだろう。

自分パートでもギリギリで両立している。正社員育児両立する人には本当に尊敬しかない。

http://anond.hatelabo.jp/20160714095611

しろそういう人が世の中をうまく回してくれていて、自分たち夫婦がどんなにニート予備軍な子供を育てても世の中にとってはなんの役にもたたないじゃないかと思える。

私たち夫婦結婚前はお互いに仕事をして、ごく普通に生きてきたと思っていたので、そんなに問題のある人間とは感じていなかった。

から恋愛に至ったし、恋愛の先に結婚があって、子供が生まれても普通に生活していけるものだと思っていた。

夫は今でもそれなりに楽しい生活だと思っているようだが。

私にはこのままではうちの子ニートになるしかないように思える。

私に依存しているのだろうか。

私が死ね子供たちは児童養護施設にでも入れてもらえるだろうか。

上手に育ててあげられない自分に育てられるよりはむしろその方がよいのかもしれないとすら思えてくる。

2016-07-13

「一度しか無い人生あなたの好きにしなさい」という親は卑怯だ。

年内にサラリーマンを辞め、独立しようと考えている。

以前から両親に相談はしていた。

そんな時によく言われるのが、「一度しか無い人生、好きにやってみたらいいじゃない」という言葉

これだけ聞くと、良い親に聞こえるだろう。

しかし、この後に続く言葉がある。

「ただし、私たち迷惑はかけないでね」

そして最後に続くのが、これだ。

お金持ちになったらおっきな家でも建ててよw」

私がどれだけ苦労をして、リスクを背負って日々努力をしていると思っているのだろうか。

ダメだったらいつでも帰っておいで」なんて言葉は、一度たりとも言われたことはない。

自分自身は全くリスクを背負わず、上手く行ったときだけおこぼれにありつこうとする姿勢に、正直反吐が出る。

仮に嘘でも「ダメだったらいつでも待っているから」と言われたら、いくらでも尽くしていただろう。

絶対に損だけはしたくないけど、貰えるんだったら貰っておきたい」という意地汚い根性

から成功できない、リスクを取らないからリターンを得られない。

例え金持ちになったとしても、この親に対して金品を与えるつもりは全く無い。

これを読んでいる人は、自分の子供に対して「自分たち迷惑をかけるな」とは絶対に言わないで欲しい。

あなたを愛したいのに、愛せなくなってしまう。

ゲーム会社社員って、時々すんごいプライド高い人がいる。


自分がかつて勤めてたところは、外注絵師は社内デザイナーよりみんな格下だと思ってたか

普段継続して仕事まかせてるくせに平気で嘲笑したりしてて、

仕事のないイラストレーター仕事を与えてやってる私たち、みたいなこと常日頃から言ってた。

あと、断りもなく絵を修正する、みたいなことも普通にしてた。

優秀な社内デザイナー様が直してあげて、世に出してあげてるのよ、みたいな感じ。



あと、私がフリーになった頃も

元の会社の方から仕事任せたいって言って来たくせに

原稿料ケチるために「あなたの出来で満足してあげてるんですよ?」とか言って来たりしてた。クソすぎ。

骨の髄まで 社内デザイナー外注絵師 って意識が染み付いてんだなぁって感じだったので、

別に元の会社から仕事貰わなくても、いくらでも原稿料いい仕事が他にあるから

相場と比べても安すぎるんで仕事いらないです」

と当たり前のことを言ったら、ふて腐れながら原稿料言い値で良いとか言ったりしてたので、

ゲーム会社デザイナーとか社長ってほんとうにクソだなって思う。

こっちは今までの縁があるからあくまサービス仕事してやってたっていうのが分からないのかな。


向こうは「元々はこれが相場なんです!」とか言い張ってたけど、

安い原稿料仕事依頼する会社って、どこもきっとそういう感じなんだろうなぁ。

そういう会社っていっぱいあるんだろうなぁ〜

2016-07-12

就活成功組の言い分

ツイッター話題になっていたので、新卒採用就職活動に失敗した人たちの思いの丈が綴られた文章を読んだ。正直腹が立ったので、私も気持ちをぶつけようと思う。


私も今年就活だった。腹が立った、と書いたこから推察できる通り、就活成功した。会社人間の話を聞いて、見学会インターンに参加して可能な限りその発言が本当か調べ、自分が認めた企業を受け、合格した。結果的に3社受けて全部合格をもらったので、就職活動については特に不満な点はない。私は推薦を使わなかったし、受かった側がいうと嫌味に聞こえるのかもしれないが、特にズルをして手に入れた結果だとも思っておらず、就活制度平等だったと感じている。


就職活動の話は黙っていても相手が語りたがるので、人付き合いが苦手な私でも結構たくさんのエピソードを聞いた。当然その中には成功した人も失敗した人もいた。ただ、どの人に聞いても共通して言えると思ったのは「就活就活だけの独立しているイベントではない」ということだと思う。何か目的意識を持ってずっと頑張ってきた先輩はみんな当たり前のように就活成功していたし、そうでないひとーー少し言葉が悪いかもしれないが、行き当たりばったりに生きてきていたり、何か信念を持っていてもその方向性とは合致しない企業を受けたりしているひとは、軒並み残念な結果になっていた。


何が言いたいかというと、就職活動は「今までどれだけ真剣自分と向き合い、自分は何をしたいのか、あるいは、どうすれば自分はこの社会で生きて行けるか」を考えて、行動に移してきたかが問われているんじゃないかと、私は考えている。


私は、「こんなにも頑張ってきたのに私だけが運悪く認められない。他の人たちはあんなに楽そうに就活を終わらせているのに、何故私だけが。それは制度が悪いんじゃないか」というようなスタンス物事が語られている事に腹を立てている。私から言わせれば、ありとキリギリスのような話に感じられている。あなた方は今までの生活の中で自分にある問題と向き合う事もせず(あるいは気づきもせず)、対策をとらないまま生きてきた。今までの人生ではなあなあな態度でもやってこられたのかもしれないが、その事がわかりやす評価される就活の場で、ついにあなた方は抜き差しならない現状から逃げられない立場に追い込まれた。それだけの話だと思う。今まで無視してきた事に対して、なんの準備もされていないのは当然で、準備されていないくせに空回りだけはしっかり繰り返すのだから、徒労を積み重ねるばかりで結果に結びつかないというのは自然な流れだと思う。だから自殺をほのめかす事で自分の命を人質にして、制度の側を批判するのはお門違いだ。


それに、せっかく自分自身の抱える問題直視するいい機会と出会えたのに、また問題本質から目をそらす結果になってしまうと思うので、そういうリアクションは慎んだほうがいい。そもそもの話をするなら、就職活動というシステムを通過しないといけない事は大学に入る頃にはみんな分かっている事なのだから、そんな自殺したくなるほどそのシステムを通過しないといけないと思っているなら、何故周到に準備しておくという事ができないんだろう。よくわからない。


同様に、高学歴自分の望んだ進路を勝ち取った人間に対する僻みにも腹が立つ。


就職活動では学歴ではなく人柄を見られている、とか、逆に学歴フィルターとか企業偏差値とか、好き勝手語るひとも多いけれど、それはすごく実態を捉えられていないもの見方だと思う。高学歴からどう、という相関があるわけではなくて、高学歴になるためには自分の中に確固たる信念が必要人間が多かった、というだけの問題だと思う。勉強簡単にできることじゃない。たとえ好きな分野であってもそれなりにしんどいし、しんどいことを続けるためには理由が要る。そうやって自分の怠心をなだめて、自分目的達成のための行動を起こすことができるようになるためには、それなりの苦労と段階を踏んできている。私たちだってこれまでの人生の中でそれなりの失敗や挫折があり、それを直視して対策を立て、乗り越える努力を積み重ねてきた。


私は別に、今就活を失敗している人たちに成功して欲しくないと言っている訳ではない。自分自信の慢心を認め、これから具体的にどういう方針で行動してゆくか考え直し、決定した方針を元に予定を立て、行動に移してゆく作業を開始すべきなのではないか、と言っているんだ。今やるべきは愚痴を書く事や、社会を呪う事、ましてや自殺する事じゃない筈だ。確かに認められない事は辛いと思う。でもそれは現実だ。人間は、いつだって自分自身の力で助かるしかない。社会の側ではなく、今自分自身に何ができるのか考えて行動を起こすべきだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20160712144057

増田の父母「私たち増田他人の目を気にしてコソコソと生きるような人間に育てた覚えはありません」

2016-07-11

言葉暴力

しね、とか

チンポジ、とか

こういうこと言う人たちを

放置していいのだろうか





取り締まることは出来ない

自由発言できることは大事

でも、しね、とか、チンポジ、とか、

そんなこと言う人が身近にいたら

もし、子どもの周りに近づいて来たら






私たちはどうすればいいのだろう

なぜ小金持ちの専業主婦おばさんは保守化するか?

人生リソースを家制度につぎ込んで後戻りできないから(コンコルド効果

自分の築いた環境を最大限に活かすには、家制度が便利だから(上と同じだけど、、、まあ分かる)

私たちは敢えて家制度を支持して”きた”と自分に言い聞かせたいから(後出しジャンケン

人生分岐点で戦えなかった自分を認めたくないから(上と同じだけど)

自分人生主体的選択権がないことを正当化してくれるから(上と同じだけど)

若さという最強のリソースを持ってる若い女にも同じ道を辿らせたいから(道連れ)

普通より一歩進んだアタクシを演出(真理に目覚めちゃった)


まあ放射脳創価学会だのにハマるババアと同じってこと。要はあたまがわるいし、どりょくもきらい

イメージはどうでもいいけど

じゃあ誰が私たち残業代や働く権利人権を守ってくれるんですか?

それは自民党だけじゃないことは確かだよね

2016-07-10

入籍前夜

明日婚姻届を提出する。




決めてからあっという間な気もするし、とても長かった気もする。

付き合って4年目、住居を共有して1年と少し。


明日には姓を共有するらしい。



正直、嫁に行くという感覚さらさらない。

彼もそうだし、彼の母だってそうだ。

から私も受け入れられたし、母も安心している。



金曜は実家に帰って泊まった。

特に何かをするでもなく、普通に過ごした。

「今までありがとう」みたいな言葉が頭を掠めることもなくて

それはきっと、言葉による区切りや変化をつけようという意志がないのだろう。

プロポーズとは違う。



実家を後にして、地元の馴染みの美容院へ行き髪を切った。

数年担当をお願いしているその人は、私の母親譲りの栗色の髪を褒めつつ、

「式に向けて伸ばすんじゃなかったの?」と笑う。

私の堪え性のなさを少し呆れながらも、ウェディングアレンジやすい長さにしてくれた。




今日は彼と一緒に指輪を取りに行った。

ふたりとも気に入ったそれは、情熱的なデザイナーが描き、頑固なドイツ職人が作ったもの

試着し写真を撮っただけで元の箱にしまい、明日の出番を待っている。



明日の夜は、ふたりピザを作る。

お気に入りワインを買って、予約した特注のケーキを取りに行って。



結婚する」というのは、ちょっとした人生集大成みたいだ。

意志性格、育ち、好み、色んなものがこの瞬間に露わになる。

そして今この瞬間が、これから人生の基盤のひとつになるのなら

なかなか軽やかな軌跡を歩くことになっていきそうだ。




明日婚姻届を提出する。



この先どんなことがあるのかわからないけど

とにかく今は幸せで、嬉しくて、



そして、ほんの少しだけ、切ない。






■160711 追記

こんなにたくさんの方々から反応が頂けるなんて思っていなかった。

読んでくれた方、その上お祝いの言葉をくれた方、ほんとうにどうもありがとうございます

本日無事に婚姻届受理され、晴れて夫婦となりました。

2016年のこの日は天赦日と一粒万倍日が重なるちょっとレアな吉日なのです。セブンイレブン、いい気分。

ピザワインケーキも全部おいしかった。

ピザ作るの楽しかったよ。ちょっと失敗もしたけど、ひっくるめて楽しかった。

多分外食で食べても、宅配で食べても、この日のこと思い出せると思うんだ。


私たちふたりとも順風満帆な家庭育ちではないけれど、それでもふたりで生きて行くことを決めました。

だって私たち私たち以外の何者でもないから。

持たざる中年が切望するもの、それは戦争

日本国際社会の中では異常としか言いようのない「戦争のできない国」だった。それが安保関連法案施行によって普通の「戦争のできる国」になった。次は緊急事態条項を盛り込んだ憲法改正で「いつでも戦争のできる国」になる。今はまだ声に出して言う人は多くないだろうが、これは私を含め多くの国民が望んでいることだ。はやく戦争を始めて欲しい。そしてできることなら私を召集して欲しい。

その前に、憲法改正では国民投票投票者の過半数が賛成しなければならない。しかしこれはそう高いハードルではない。国民投票は楽勝だ。投票率が先日のイギリスと同様の72%ほどになると仮定すると、投票権を持つ者の37%が賛成票を投じるだけで改憲可能となる。実際の投票率もっと低いだろうから投票権を持つ者の1/3ほどが賛成票を投じるだけで済む。

移民仕事を奪い社会保障を食い潰す」と脅されたイギリス国民は、EU離脱を問う投票で過半が離脱に賛成した。「中朝が攻めてくる」と脅せば、日本国民の1/3くらいは簡単改憲に賛成票を投じるだろう。ちょろいものだ。たったこれだけで、国民主権を取り上げ、緊急事態宣言すれば政府の思い通りの法律を発令できるようになる。そして我々が多数派であることは何度も証明されている。

すでに道は開かれた。私たちが強く望んだ道だ。連帯感など感じたことのないつまらない人生だったが、選挙のたびに、私は小さな希望燃える。全国に同志がいて、私と同じように考え、同じような行動をしていることがわかるからだ。日本国民は皆、私と同じように馬鹿だ。皆で前に進む実感がある。

戦争悲惨だ。しかし、その悲惨さは「持つ者が何かを失う」から悲惨なのであって、「何も持っていない」私からすれば、戦争悲惨でも何でもなく、むしろチャンスとなる。

もちろん、戦時においては前線や銃後を問わず、死と隣り合わせではあるものの、それは国民のほぼすべてが同様である国民全体に降り注ぐ生と死のギャンブルである戦争状態と、一部の弱者けが屈辱を味わう平和。そのどちらが弱者にとって望ましいかなど、考えるまでもない。

持つ者は戦争によってそれを失うことにおびえを抱くが、持たざる者戦争によって何かを得ることを望む。持つ者と持たざる者がハッキリと分かれ、そこに流動性存在しない格差社会においては、もはや戦争タブーではない。それどころか、反戦平和というスローガンこそが、我々を一生貧困の中に押しとどめる「持つ者」の傲慢であると受け止められるのである

上は今からおよそ10年前に書かれた「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。から引用だ。古い話なので忘れていたという人もいるだろうし、初見だという人もいるかもしれない。できたら全文を読み、興味があればその続編であるけっきょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで──も読んでほしい。

これらが書かれた10年前からすれば、今はずいぶん前進した。もちろん戦争に向かってだ。国民戦争を欲している。その背景にあるものは、未来に対する深い深い絶望だ。老人は逃げ切れるかもしれない。若者子供にとって未来は未知数だ。しかし持たざる中年である私にとって未来絶望しかない。しか戦争は、上の引用のようなチャンスとなるかもしれない。

私には配偶者もなく、子もなく、安定した職もなく、資産もなく、趣味も、職能も、持ち家もない。失うものはもはや何もない。私は将来に絶望しきった中年だ。日本人であることだけを誇りとして生きている。

戦争が起きても、何の技能も持たないまま中年となった私には何のチャンスも回ってこないかもしれない。それならば、私は国のために戦って散り、英霊として眠ることを切望する。そう贅沢な望みでもないだろう。もう私には、残された望みはそれしかないのだ。

アウシュヴィッツは終わらない。

アウシュヴィッツはとおいむかしのこととなった。

それがいったいどのようなものだったのか、今の私たちには想像することもむずかしい。

アウシュヴィッツを知らなくても私たちは生きてゆけるだろう。私たち自由だ。


だが、事実はゆるがない。

アウシュヴィッツ実在したこと。

そこで命を落とした者たちは私たちとおなじ人間だったこと。

私たちとおなじようにさまざまな人生と、心があったこと。

その数は180万にのぼること。

180万の心があったということ。

そして、その心をなんのためらいもなく消し去ったのもまた、私たちとおなじ心を持った人間だったということ。

そのときそこには人の心をゆがませる強大な力がはたらいていたということ。


私たち自由だ。アウシュヴィッツを忘れ去ることができるほど自由だ。

それほどの力を私たちは手にした。

でも、その自由が血塗られた歴史のうえにあるとしたらどうだろう。

過去を忘れて自由をとなえることは、自由というもの意味の重さを取りちがえることになりはしないか

人の心をゆがませる力を、ふたたびまねくことになりはしないか

それは危険なことではないか


自然な心を持ち、自然に生き、自然死ねることがどれほどすばらしいかを、世界中の人々がわかりあえる日は来るだろうか。

いつか来るかもしれないし、永久に来ないかもしれない。

それは私たちしだいだ。

かれらにかわって未来をになうことができる、私たちしだいだ。

そして、その日が来るまでアウシュヴィッツは終わらない。

遠い昔、私たちとは関係のない場所で、かれらの叫び時間とともに消えていった。

180万の名も知らぬものたち。


でも、耳をすませば聞こえるはずだ。

心を開けばわかるはずだ。

まれた国がちがおうと、生きた時代がちがおうと、私達はみな同じ心を持った生き物だ。


物言わぬ者たちの声を聞こう。

さまよう者たちの姿を見よう。

かれらの心を受け入れよう。

それを糧に私たち未来へのぞもう。

アウシュヴィッツを繰りかえさぬため。

アウシュヴィッツを終わらせるため。

 

・昔、あるイベント使用したアピール文の草稿がでてきた。

つたないが、今につうじるものをかんじるので記した。

犠牲者総数は1990年代半時点でのポーランド国立オシフィエンチム・ブジェジン博物館公式発表のもの

具体的には、

アウシュヴィッツビルケナウでの殺害実証可能 150万

実証困難か不可能だが状況証拠からそう推断できる 30万

現在犠牲者総数とはことなっているが原文ママとした。

1945年5月、ナチス・ドイツは滅びた。

1945年5月、ナチスドイツは滅びた。

いま・・・アウシュヴィッツには親をさがす子どもたちの泣き声も、子をさがしてドイツ兵とどなりあう親の声もない。収容所のあとはそのまま残され、博物館になっている。ドイツは、ナチスのしたことを人道に対する犯罪だったと認めて、いまでもつぐないをつづけている。

でも、アウシュヴィッツはほんとうに終わったのだろうか?

ヒトラーは死んだ。ナチス・ドイツも滅びた。でも、ヒトラー尊敬する人はいまでもいる。かれらは「ネオナチ」とよばれ、その数はふえつづけている。

なぜだろう・・・

いま、私たちの心の中に、「優秀な人間」と「だめな人間」とを分けようとする考えがないだろうか?

みんなと同じことをできない人を「だめなやつ」だと決めてしまうことはないだろうか?

みんなとちがう意見をいう人を「じゃまなやつ」だといって、仲間はずれにすることはないだろうか?

強い者にきらわれたくなくて、いけないことが分かっているのに、やってしまうことはないだろうか?

自分さえ得すれば、「他の人なんかどうでもいい」と、思うことはないだろうか?



あの時のように・・・

アウシュヴィッツは、狂った人びとが、まちがえて作ったものではなかった。ドイツ人がどうかしていたのでもなかった。

ただ、自分が困った時に、もっと困っている人びとを思いやれなかった。自分さえ安全なら、ほかの人がすこしくらい苦しんでも、すこしくらい死んでもしかたがないと思っていた。

自分が優秀で正しいと思うあまり自分がほんとうはなにをしているのか、分からなくなっていた。

しかしたら、アウシュヴィッツで罪をおかした人びとは、みんなどこにでもいる、ふつうの人たちだったのではないだろうか?

私たちと同じように・・・



アウシュヴィッツはほんとうに終わったのだろうか?

ガス室は、ほんとうに消えたのだろうか?

120センチの棒は、もうないのだろうか?

私たちの心の中に、アウシュヴィッツは、ほんとうにないのだろうか?



アウシュヴィッツの子どもたち』より。

2016-07-09

結婚生活はすばらしい - それを知らせたい

自分結婚して子供が二人いる。

夫婦のそれぞれの問題でとても大変なこともあるが、それらを乗り越え幸せ結婚生活を送っている。



■■結婚についての教育

そもそも現代日本社会において、小・中・高・大と結婚について詳細な教育を受けることがない。

下手すると親から結婚とはなにかと教わることがないかもしれない。

漠然と、結婚はよいものだ。だからおつきあいしてラブラブだったら結婚しようという社会的な風潮だ。

結婚に至るモデルというのは、安いドラマとかにでてくる情緒的なカップルモデルとする場合も多いだろう。

結婚について教育を受けてこなかった私たちは、なにをモデルにすればよいのか。

結婚してどのようなことが大変で、逆にどのようにしてより幸せになれるのだろうか。





■■夫婦互いが当事者になる

夫婦間で課題が生じ、それについて解決しようとするとき

口論ディスカッションするとき、互いが当事者になる。

問題の渦中にいる当事者パラダイムは、感情的主観的だ。

なかなか客観的にはなりにくい。


自分欠点を強く指摘される、逆に相手の弱さについてストレート言及する。

そのような中において、互いが主観的になる。



これが会社ビジネス上の課題だったらどうか?

ビジネス上の課題がある、この解決すべき課題については客観的に見つめることができる。

冷静に多角的に把握して分析ができるのだ。対象自己の外に向いているからだ。

逆に、夫婦問題場合、己の中にある問題、そして相手の心の奥にある問題に向き合わなくてはならない。

そして、これらに互いが触れる時、主観的になる。

主観的なので視野は狭まり自分相手が持っているそれぞれのバイアスが強く働く。






■■まずロジャースになれ

伴侶が愚痴や不平を言ったときは、まずロジャースになれ。

来談者中心療法を確立した臨床心理大家カールロジャーズだ。


「無条件の肯定的関心」「共感理解」「自己一致」を基軸にしたカウンセリング法だ。



自分が夜家に疲れて帰宅したら、リビングに既に仕事を終えて帰ってきた仏頂面の伴侶がいたとする。

そして、相手会社愚痴・不平不満をいったとする。自分会社ストレスを抱えていてとても疲れていてそんな話し聞きたくない。

それでも、「無条件の肯定的関心」「共感理解」でまず話を聴いて相手理解しようとすることだ。



相手の抱える問題を強く解決しようとしなくていい。

私をはじめ男性はつい、解決案提案しようとやっきになってしまう。ビジネスだったらそれでもいい。

でも、相手感情理解して欲しいのだ。そしてその感情言語化したいのだ。

感情言語化する過程において相手自身課題に気づくのだ。

解決する力はその伴侶のうちにあるのだ。



しかし、自分肯定的に伴侶の話を聴いていて、相手が一線を越えた場合どうするのか?

自分罵倒してきた、言葉による暴力をしてきた、さら言語道断であるが、

暴力を振るってきた場合倫理に逸脱した行為をしてきた場合、どうするのか?






■■正の強化

相手が一線を越えてきた場合、黙っていてはいけない。

応用行動分析学的に、黙っていると言うことは、黙認していること、

その行為を認めていることだ。

相手が行動を起こす→黙認する(認める)→その行動が学習され強化される

といことになる。


自分の考え・感情をきちんと相手に伝えることがとても大切になる。







■■ミッションステートメント

ではどうすればいいのか?

相手の話を聴き、自分の考えを相手に分かるように伝える。

互いが感情的主観的パラダイムにおいて、

結婚当初の愛を深めていくにはどうすればいいのか。



夫婦合意のもと、二人でミッションステートメントを書くのだ。

ミッションステートメントの詳細については検索するとか『七つの習慣』を読むとかで調べて欲しい。



複数価値観のバラバラな人間が集まる会社ですら、ミッションステートメントを書いている。


価値観・生まれ環境が異なる夫婦という共同体においても、

ミッションステートメントはとても重要だ。




まず、それぞれ己のミッションステートメントを1週間ほど書けて紙に書いてみよう。

次に、出来た物を夫婦で見せ合って、語り合おう。それぞれ人生において

なにを目的にしているのか、何を価値観としているのか、いろいろ気づきと共有するところがでてくるだろう。




互いに尊敬し合い、語り合いながら、それぞれのステートメントをまとめて、

つの夫婦家族)のミッションステートメントを書き上げてみるのだ。



なにか夫婦問題が生じても、まずミッションステートメントを取り出してきて、

これを中心に問題について語り合うのだ。


ミッションステートメントなしで話し合うと、「いった」「いわない」の互いに非常に主観的パラダイムになるが、

紙に書かれているミッションステートメントを見ながら語り合うとより客観的問題について語り合うことができる。



まり夫婦それぞれが中心ではなく、その上の原則ミッションステートメント)に従って行動していくということだ。

これが非常に大切なのだ


ミッションステートメントは定期的に語り合いながら見直して、夫婦の節目においてバージョンを上げていくことも重要だ。



■■最後

夫婦互いが主観的パラダイムになりやすいが、もう一つ重要なことがある。

第3者を見つけておくことだ。第3者というのは、夫婦の状況を客観的に見て、

鏡のようにフィードバックしてくれる人だ。

結婚カウンセラーなどがそうかもしれない



だが、カウンセラーでもよいが、

お金をかけずに近所のおばちゃん、親戚のおじさん、学生時代学校先生神父さん誰でもよい。

夫婦お互いが尊敬出来る人、人格が優れている人がいいだろう。



日頃からそのような人と良好な関係を作っておき、相談できる環境を整えておくことは非常に重要だ。

夫婦2人ではなく3人で語り会いフィードバックをもらえば、

夫婦バイアスによって気づかなかった新しい認識を得ることができる。

これはホント大切だ。





最後に、結婚生活ケンカも沢山して、とても大変なことも多いが、

己の欠点相手欠点を見つめ、それらを互いに乗り越え、

己の人格がより向上していく場であると私は認識している。

結婚して本当に良かった。幸せだ。




妻への深い愛と感謝のうちに

選挙合理的無知自意識過剰

選挙権年齢が引き下げられ、今回の参院選から18歳以上が投票できるようになりました。

自分の一票が選挙に与える影響と投票に行く手間を考えたら、合理的判断投票に行かないという選択をするというのが「合理的無知」といいます簡単に言えば、「行ってもムダ」という考えですね。

そんな合理的判断をする割には、「私は雨女から」や「私が応援すると負ける」とは発言して、どんだけ影響力をもってると思ってるだか・・・、そんな人ほど「私なんかが行っていいのか」と思わず、その根拠なき影響力をもって投票すべきである

民主党政権をとった時に、ついに私たちの声が政治を動かしたんだと思った人はたくさんいたんだ、まー結果的に失敗だったけど・・・

イギリスEU離脱も多くの国民がどうせ残留と思って、懲らしめるために離脱票に入れたら、本当に離脱票が残留票を上回ってしまった。こういう二択選挙だと一票も重みが増すのだろう。

投票に行くのが面倒というのはある、インターネット投票できるのであれば、

どこにいても投票できるのに。インターネット投票はとりわけセキュリティ上の理由からなかなか進まない。

開票時間の大幅な短縮や人件費の削減、疑問票や無効票が出ない、自分で書くのがむずかしい障害者も代筆なしで投票できるなどのメリットは大きい。

日本地方選挙では電子投票端末を使った選挙を行われたことがあるが電子投票端末は投票所に置いてあるので、そこに行く手間がある。

インターネット投票は、エストニア(ヨーロッパの北東端にある小国)で国民デジタルIDカードを配布してあり、2,048ビットデジタル暗号化ソフトを通して、市民自分の家の広間で快適に座ったまま投票を行うことが可能だ。日本マイナンバー制度により、出来る準備の下地はできつつある。

頑張って投票所に行ったとして、周りも見渡せば投票するのはじいさん、ばあさんばかり見ることになる。2014年選挙では70代が72%、20代は29%なのだからそうなるであろう。(今回の選挙年齢は18歳に引き下げも若者投票率アップが目的)

政治家は票になる高齢者への政策を充実させるようになり、票にならない若者への政策は後回しにされやすくなる。「保育園落ちた日本死ね記事話題にはなったが、若者政策は反映し難いのが現行の選挙制度上なのである

これから少子高齢化社会では有権者全体に占める高齢者割合が大きくなり、逆に若者割合は小さくなる。これが世代間格差助長させる要因となり、年金などの社会保障問題は先送りされ、将来の財政上の負担はかさむことになる。つまり現在選挙制度のままでは将来世代に不利な状況を生んでしま構造が出来てしまっているわけだ。

では、年齢階層選挙区のようなのを採用して「20歳未満の子供をもつ親に2票を与える」「一つの選挙区を『老年区』『中年区』『若年区』にわけてそれぞれ同数の定数を配分し、投票率の差をなくす。20歳未満の『子供区』を設け、この分の選挙権を親が行使」というように差をなくせばいいと考える人達も出てくるわけですね。

しかし、民主制では自然法の下、権利平等保障されていて一人一票もその一環として保障されている。一人が一票しか無く誰かが2票3票何て有ったら平等民主主義概念存在しなく成るんだよね。

から格差をつけるってことは差別になってしまうんだ。

自分達の世代にとっての利権だけでなく、将来を担う世代にとっても、利益になる政策が考えられる仕組みをつくることが必要だよね。

改憲勢力が勝ってしまうと改憲されちゃう!って国民投票だよね

選挙でよくわからないのだけれど、改憲勢力が勝つとこんな風に憲法が変えられてしまう!

って言う人たち。そもそも憲法改正ってどんなささいなことでも国民投票して1/2の国民が賛成が必要なんだよね。

なんか、この選挙で勝たせてしまうと、徴兵制だ!とか監視社会だ!とか憲法が変わってしまって大変だ!とか言っているけど、どういう意図なのだろう。

1. 憲法改正、ということが議論にも上がって欲しくない

2 もし国民投票になったら、1/2の賛成が起きて憲法改正されてしまうかもしれない

2の理由1: 何かよくわからない大衆への心理的操作マスコミによる操作によって、本当は変えるべきでないのに1/2の賛成が起きてしまうかも

2の理由2: 基本的大衆はよくわかっていないから1/2がなぜか取れてしまうかも、よくわかっている私たちが導いてあげないと! 

3. 国民投票必要である、ということをあまり意識していなくて、ただ今回の選挙で勝たせると憲法改正が起きる(政府なら起こせる)と思っている

4. 憲法は触ってはいけないものであるから、いじろうとすること自体がよくない

5. 国民は愚かだから憲法改正発議が出たら政府うまいことやられて改正されてしま

6. 何らかの陰謀

国民投票による憲法改正を1/2ではなく1/3にする、という憲法改正をして、そのあとに本丸改正をする、ということなのかな。

陰謀論好きってことなのかな単に。

2016-07-06

はてなにおける「自由」とは何か。


それは「褒めたいものを好きに褒められる自由」ではない。


自分の気に食わないものを好きにディスれる自由」だ。


私たち自由互助会ディスることができる。

私たち自由互助会批判をディスことができる。

私たち自由互助会批判批判ディスることができる。

政府を、国民を、警察を、役所を、会社を、

社会を、倫理を、道徳を、哲学を、科学を、

EM菌を、江戸しぐさを、ホメオパシーを、科学的に正しくないものすべてを、科学的に正しいものをすべてを、

ラジオを、テレビを、ココログを、アメーバを、はてなブログを、増田を、

インターネットにあるものを、インターネットにないものを、

生きている人を、死んだ人を、死につつある人を、

あなたを、私を、自分自身を、自分以外のすべてを、

いつでも好きなだけ自由ディスり、その怒りを共有することができる。

その共有された怒りに怒ることができる。


私たちは怒りで繋がっている。あるいは瞬間瞬間の快楽で繋がってる。

私たち自由だ。

インド料理人、賃金2年未払い「裁判しても回収は難しい」(詳細)

シャンティ スタッフ一同 ‏@support4shanti 】https://twitter.com/support4shanti/status/743059299841101824


「今まで未払い賃金立替払いを半年分もらえるはず(税金による支払)で、それ以上の2年分は、裁判で戦うつもりだったのですが、「裁判しても回収は難しい。する意味はない」と弁護士からアドバイスを受けました。私たちの2年間の給料をもらえる方法はないのでしょうか。」




従業員のこれまでと劣悪な労働環境実態スポットライトhttp://spotlight-media.jp/)の記事ツイッターベース作成してます

■2年間賃金未払いで話題カレー店社長謝罪現場取材で見た従業員たちの「怒り」http://spotlight-media.jp/article/296655271311315321



◎ 「私達は6月20日解雇 お店閉鎖を通告されてます賃金も2年払われていません。皆さん助けてください」という張り紙シャンティ全店で張り出され、店を訪れていた人物のツイート拡散される。(6月14日

◎ シャンティアカウント( @support4shanti )開設 https://twitter.com/support4shanti 

※ 母国ではボーナス年金もある高級レストラン経験を積んだ。来日した

※ 10年以上勤務している従業員も居るが当初から20から10万の食費光熱費家賃をひかれ、それから更に5万円引かれるようになった)

※ 従業員は、当初は5人部屋。その後経営者事務所に移り、一部屋に13人で共同生活した。寝るのは二段ベッドだった。

※ 午前10時から午後11時まで休憩2時間を挟む11時間労働タイムカードはなく、残業代もない。休日約束の週1日ではなく、月2~3日だった。

※  2016年給与については1円も支払われていない。


※  経営者側は給与から所得税天引きしていたものの、実際には納税していなかった。

※ 納税証明書を取るために、各自8万1100円払う(ビザ更新のため)

※ ビザを取り消されることを恐れて、不利益な条件で働かざる得ない外国人労働者は多い、そして特定技術者としてビザが出てる限り別の業種での就業は困難だと思われる。

※ この件の場合不明だが、外国人就労に関して、国から助成金が出ることもある。

※  今年の2月に社宅が火事になってしまい、当時の服以外の全ての持ち物は燃えしまった。店舗に寝泊まりしている。店を追い出されたら、全員ホームレスになってしまう。

※ 火災の様子 http://matome.naver.jp/odai/2145639771178236601

生活保護申請しに6月15日に豊島区区役所福祉課に申請しに行くが、福祉課の担当から永住権、定住権、日本人配偶者特別定住者、この4つのうちのどれかの資格を持っていないと生活保護をもらえませんと言われた。

◎ 福祉課の担当女性の方に子どもと奥さんを国に帰しなさいと言われた。

◎ 助言で弁護士法テラス等の弁護士に依頼するが、児玉政之社長財産が、個人名義から弁護することが難しいといわれる

◎ 6月17日朝の時点で、経営者である児玉氏に電話するも「今病院にいる」と言われて電話を切られる。以後、児玉氏は25日まで従業員から電話に応じず、折り返しの連絡もしていない。

6月16日児玉氏は労働基準監督署の呼び出しに応じている。その際に、未払い給与の支払いができないこと、経営するカレー店本店個人名義で所有しているものであり、売却すれば5000万円ほどになること、自身に6000万円以上の借金があることを話した。

◎ 労働者外国人ビザを専門とする弁護士の方が前向きに考えてもらえる。

従業員雇用保険社会保険にも加入されていなかったため、失業手当がもらえない。

※ 月額20万だと、社会保険の加入の条件、5名以上の従業員を雇うことが社会保険の加入義務条、が事業主が一部負担する事になるので、加入してない企業存在する。

2014年7月4日政府発表により、2015年から社会保険未加入業者約80万社を特定し、厳しく社会保険に加入させる方針を明らかにした。)

※  調理中に火傷を負った料理長・スラット氏は実費で診療費を支払い、現在労災申請をしている。お金もなかったため、負傷してからしばらく病院にも行けなかった。

※ ネット配信ニュースによれば、暴力を受けることもあり、クレジットカードも作らされたとのこと

※ 国民健康保険に入っていたが、給与がなく最近保険料を滞納している。

◎  従業員手続きを法的に有利に進めるために、6月23日労働組合を結成している。

※ 24日に児玉社長破産手続き開始。

※ 6月26日児玉社長ミーティング、未払いは認めたが「従業員家族のように思い経営してきたが、迷惑をかけた」との事

※ 「あなたと私の家族はちがうのか!」シャンティ児玉社長に怒りぶつける(https://www.youtube.com/watch?v=rS49ZE4MLbE

※ 高額な天引き賃金不払いについてはコメントを避けた。

※ 児玉政之社長申し立てによって、シャンティに対する保健所営業許可が取り消された。営業を休止することに決めた。

◎ 6月20日、居るところがなくなると労働基準監督署相談した所、あと一か月ぐらいお店を続けても大丈夫(売り上げをみんなで分けてもらえるように、児玉社長相談する。それまでに、お金タッチしない。お店の仕入れと必要な経費は伝票につけておくとい条件で)と言われて営業を続けてた)

※ 6月30日店舗閉鎖において、管財人店舗の鍵を返すことを決めたが、管財人から「お店のもの勝手に持ち出したら、刑事事件として警察に訴える」と強い口調で言われた

※ 管財人ツイッターに書くと言うと書かれては困ると言われる。

※ 25日 管財人は、児玉社長児玉社長代理人、部下の女性弁護士と各店舗を回って、お店を明け渡して、売り上げを返すように脅かすように言ったとの事。

※ 管財人は公平な立場であるべきなのに児玉社長寄りと感じ、裁判所管財人解任の異議申し立てを提出することを決める。

◎ ボランティアとして援助を受けてる弁護団報酬額を決め着手金を渡す。

◎ 6月5日 裁判所破産管財人の解任を申し立て受理され審査される事になる。

※ 失業手当がもらえる可能性があるが、離職票を渡す権限管財人しかない




シャンティ スタッフ一同 ‏@support4shanti】https://twitter.com/support4shanti/status/743059299841101824


「今まで未払い賃金立替払いを半年分もらえるはず(国から税金による支払)で、それ以上の2年分は、裁判で戦うつもりだったのですが、「裁判しても回収は難しい。する意味はない」と指宿弁護士からアドバイスを受けました。私たちの2年間の給料をもらえる方法はないのでしょうか。」



6月7日 朝日新聞朝刊、経済面に「賃金2年未払い。助けて」インド料理人の訴え(上)というというタイトル掲載される。


以上

【しげたか】突如浮上!しげたか11人説について

増田です。深夜に失礼。

いま巷で話題沸騰のしたかについてですが、なんと、複数人が関わっているという噂をキャッチしました。

世界に点在している11人の増田各位におかれましては、くれぐれも今後の動向を注視していただきたい。

あと同じ増田として一つだけ、他の増田さんに言いたいことがあるんですが、いい加減に匿名は止めて、正々堂々と本名議論しませんか?

しげたかは正々堂々と名前を出した一方、私たちはどうなんですか?

まりに情けない!!!

是非一度、胸に手を当てて考えていただきたい。

さて、私も夜間パトロールを続けたいところですが、胃の調子が良くなく、返信はまた後でします。

私に日本未来が明るいという事をどうか見せてください。

2016-07-04

私は長年欝の症状で苦しんでいます

今年の4月に状態が良くなってきたのでとある会社障害者枠で就職いたしました。私が配属された課は忙しいもの雰囲気が良く、初めて働く私のこともよくフォロー教育してくださる楽しい職場でした。


しかし二ヶ月がたった頃、私の鬱の症状が悪化会社に出社できず、生活もままならない状態になってしまいました。課の皆さんに迷惑かけていないかという不安、出社したいのにそれが出来ない自分への失望、働けないことを責める親からプレッシャーでどんどん欝は悪化していき「死にたい死にたい」と考える日々が続きました。

そして、出社できないまま一ヶ月が経ち上司の方から面談をしたいので会えないかという連絡が来ました。

私は解雇の話だろう、会社にいけていないし課にも迷惑をかけているから仕方ないと思いました。

面談の日、待ち合わせの場所に行くのは憂鬱自暴自棄になりそうでした。

そして、面談で休暇日数とそれに関する規則のことを説明され、このままだと休むこともできなくなる、そしてタイムリミットは今月中だという事を伝えられました。

私は「ああ、予想通り退職を勧める話だ、辛い話を言わせてしま申し訳ないな、親は怒り狂って私を責めるだろうな」と泣きそうなりながら聞きいていました。

だけど、話の続きは予想と違いました。

「よく考えてあなたが元気になる選択をして欲しい。課のこと、仕事のことは考えなくていい。私たちあなたが元気になってほしい。元気になって仕事が一緒にできるのが最高だが、無理して続けてまたあなたが苦しんで欲しくない。もし辞める選択をしてもあなたが元気になるなら誰もあなたを恨んだりせずむしろ喜んでくれる。辛い時かもしれないけれど、どうしても規則タイムリミットがあるのでよく考えて欲しい。」

と話されました。

私は話を聞いて泣いてしまいました。私の回復を願い応援してくれていることがとてもとても嬉しかったのです。

今思うと職場に行くのが怖く思っていたのでしょう。でも、その恐怖はなくなりました。

私は久々に本当に久々に「生きたい」と思いました。たとえ辞める事になっても元気になって生きよう。そして、何時か恩返しをしよう。生きていればそれが出来ると心の中から暖かいものが湧いてきました。

とりとめもない話になって申し訳ないですがこれで終わります

私はまだ選択を悩んでいますしかし、心のモヤは消えて清々しい気持ちでいます

私はまだ生きたいです。