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はてなキーワード: 私たちとは

2017-03-29

就職活動が始まって、女の子がみんな同じ格好をするようになった。みんな同じ服装同じ髪型なので、素材の良さで差が出てしまうんだよね。たとえば顔面を全開にする就活ヘアーでもかわいいのは本当に美人な子で、あとの中途半端な顔の女の子はみんなブスにしてしまう。これまで雰囲気コミュ力ぶりっこごまかして私たち主人公ですって顔で学校廊下道路に広がって歩いていた大学女の子たちが実はめちゃめちゃブスだったことが次々に分かって本当に面白い。ざまあみろ。今どんな気持ち?お前めっちゃブスだよ。ねえ。なにが五大商社一般職内定もらって寿退職したい〜だよ。お前の顔じゃ無理だよ。だってブスだもん。身の程をわきまえなよ。

2017-03-28

どんな人でも一発で黙らせる理由のない悪意のような言葉

「これが私(私たち)の仕事です。」

痴呆症祖母と私

ある日、就職活動をして自宅に帰ってきた私に

「財布が見当たらなかったんだけどあなた知らない?」

父方の祖母にそう言われた。

祖母痴呆が入っていたため家を引き払い実家で一緒に同居していた。

一緒に暮らすことになる半年前、財布やお金がない、鍵がない、まさか誰か泥棒が入ったのではと執拗に父に電話をかけてきていたので父は不安に思い病院に連れていった。

診断結果は痴呆症だった。

同居しても痴呆症は進行するばかり

家族の事や親戚の事をたまに忘れたり

デイケアセンターで貰ったみかん饅頭などの食べ物タンスや引き出しに隠したり。

タオル使用済みの下着をいたるとこにしまい込んでいた。

今、自分が置かれている状況をよく理解してない、一泊くらいの泊まりだと思っていて明日自分の家に帰るからと夕食を食べながら父によく言っていた。

しかし翌日にはけろっと忘れていた。

そんな時うちにきて初めてお金がないと言い始めた

次第にどんどん回数も増えていった


私には兄弟がいる

姉が二人、弟が一人

三女として生まれた私は昔の考えが凝り固まった父方の祖父からしたらあまり期待されていない孫だったと思う。

現に姉達は初孫で幼少期よく可愛がられ、弟は初めての男なのでとてもよく可愛がられた

うすうすは気づいていたが子供心にそれ以上嫌われたくないと私は思っていたのだろう。

まり祖父母とは会話をせず周りの話を聞きニコニコただ笑っていた事が多かった。

私がお腹にいた時、かすかにまた女かと思われたんだろう。

祖母が嫌いな母には悪い事をした。

痴呆症になっても私には気にもとめない祖母。逆に楽だった。

歳を重ねて私も嫌われたくないという気持ちもなくなり、極力顔を合わせたくなかったので助かった。



そんな時、祖母にいきなり財布がないと言われた。

続けてどこにあるか知らないかと言われた。

たまたま帰ってきてリビングにいた私はすぐリビングに入ってきた祖母から久しぶりに話しかけられたのでびっくりした、内容にも理解がすぐできずとっさの言葉が出なかった

知らないという一言すら出なかった。

たまたまそれを聞いていた姉が間髪入れずものすごい剣幕で祖母を叱りつけた



うちに泥棒はいないよ!もう一回探しなよ!



私は姉の大きな声にはっと我に返った

うちにきて財布がないとは言いつづけていたがどこにあるか知らないかというのは誰も聞かれた事がなかった

父母、他の兄弟には聞いたこともなかった質問が私にだけぶつけられていた。

姉は祖母言葉から私が盗んだと思っているのを感じ取ったのだ。

から声を荒げた。

叱りつけられた祖母バツが悪そうな顔をしてそそくさと自室に戻っていった。

就職活動用のスーツのまま呆然と立っていた私に姉は痴呆症から、仕方ない、気にするなと言った

姉は精一杯フォローしてくれた。

でも私はなんだか惨めな気分だった。

あとから悲しい気持ちが追い上げるようにきてカッと顔が熱くなって目が痛くなった。


祖母はしばらくして老人ホームに入所した。共働きの両親の世話では限界がきたからだ、

私は就職が決まり親を説得させ無理やり実家をでた。

万が一でも祖母暮らしたくなかったからだ。

から話を聞くに老人ホームに入所してから財布については話すことはなくなった。日に日に私たち兄弟名前を忘れ娘である叔母の名前最近思い出せなくなっていた。

顔は少し穏やかになったそうだ。



私は今でもよくあの時の言葉祖母の顔を思い出す。

シワシワの顔、目も落ちくぼんで、ぎっと私の顔を睨んでいたようだった。

祖母はあれが正気だったのかたまたま痴呆症でいった言葉だったのか今でもよく分からない。

私はそんな祖母を憎みきれないのだ。病気から、と諦めていた気持ちが時たまふつふつと怒りが湧き上がっては急激に冷めていくその繰り返しだった。

憎みきれたらどんだけ楽なのだろうと思いながらぶつけようのない怒りを持って生活を送っている。

ずっとずっと永遠に祖母がいつか死んでも私の心には深く残るのだろう。

料亭街の思い出

先日の話だ

大阪出張してきた



ホテル場所天王寺

仕事も終わり同僚と飲みに行こうかと話していた



そのとき同僚の一人がこういったんだ

「先輩、近くに料亭街があるらしいんですよ」



私は即座に察した

T新地



私はこういった

「それならお金おろさないとね」



同僚はこう返す

「そうですね、世の中何があるかわからないので懐があたたかいにこしたことはないですね」







そして2人で新世界の方へと歩いていく




料亭街に着き、私たち驚愕した

店の前できらびやか衣装をまとい、まぶしいくらいの笑顔を振りまく仲居さんがずらっと並ぶこの光景




私たち料亭街のメイン通り周りを一周し、ハズレの通りも見て回った

噂通りゲテモノ料理のお店が並んでいた

しろメインディッシュレベルよりゲテモノのほうが多いくらいだった

料亭街につき30分程が経過したくらいだ

メインディッシュ青い春を味わおうとそう思っていたら、雨が降って来たのだ




「これはこまった、どこかであまやどりをしなければ」

と私は言う

「そうですね、これはふかこうりょくですね」

と同僚が返す

「すぐにでもどこかにはいらないと、しかしりょうていはせまいもんだ」

にやけて返す私

「ここでふたてにわかれましょう」

同僚もにやけて返す




そして二人揃ってこう呟いた

『ご武運を…!』







私は意を決して、通りを走る

あの料亭がよさそうだ




そして料亭女将が賑やかにこういう

「はよきめてぇな」




私は仲居に案内されるがままに料亭の二階へと登った

そうのぼったのだ




20分がたっただろうか

雨が上がり、手元には飴




私は晴れやかな気分でホテルへ戻った

気分は、新たな大地へと飛びたった鳥のような気分だ

そして、こう思ったのだ

「さて、夜食になにかデリバリーしようかな」

2017-03-26

貴女と一緒に出かけるとき

http://anond.hatelabo.jp/20170325194531

ねえ、貴女と一緒に出かけるときはいつもファミレスだったよね。

一番最初貴女ノートを広げてテスト勉強してたときからそうだったね。

私が貧乏学生で、貴女が月20万稼ぐ派遣社員だったとき

おごってもらったのがドトールだったよね。

「私は、毎日こういうところで休憩してるよ。金が余ってしょーがないから」

貴女はそういって笑ってたっけな。

 

私が大学出て入社して初任給22万だったとき

貴女は月30万稼ぐんだって胸を張っていたよね。

「毎晩残業休みもないけど、金がすごいんだ」

派遣の後輩たちにこうして奢ってやって、言うこと聞かせるんだ」

社長の息子も、派遣まとめている私に頭上がらないんだよ」

そういうことを目を輝かせて語っていたのも、ド○ールだったね。

 

あれから十年たって今、こうして、たまに貴女カフェに行くときもやっぱりド○ールだ。

ここ何年か、こういう安いカフェに行くのは貴女と一緒のときだけだ。

別に安い店が悪いというわけじゃないけど、ここのコーヒーは色付の汚水みたいなもんだ。

カフェのあとに行く、ユニクロの服は、ボロ布を見ているような気がしてならない。

ねえ、別にファッションビルで少し値段の張った服を見なくたっていい。

もう少し金を出せば、ユニクロでなくって、本物の服やコーヒーを出す店を

いくらでも知っているはずの年齢じゃないの、私たちは?

でも、今の貴女を見ると、

貴女ポケットから取り出すくしゃくしゃの千円札三枚を見ると、

私はどうしても「もっといい店行こうよ」って言えなくなるんだ。

貴女が前の派遣先クビになったの聞いたよ。貴女が体壊したのも知ってたよ。

新しく入った派遣先で、一回りも歳の違う、20代若い派遣社員の中に混じって、

使えない粗大ゴミ扱いされて、それでも必死に卑屈になって仕事続けているのもわかってる。

だけど、もういいでしょ。

十年前と同じドトールで、十年前と同じ、努力もしない夢を語らないで。

そんなのは、隣の席で浮かれているガキどもだけに許されるなぐさめなのよ。

2017-03-25

アキエリークス書き起こし

2/25

(昭恵 16:50)「信じたいと思っています。」

(昭恵 16:50)「しか園長説明を聞いても私は人に納得してもらえるように話すことはできません。」

(昭恵 17:28)「私もよくわかりませんが、色々気を付けなくてはいけないことがあります。私が関わったということは、裏で何かがあるのではと疑われないように」

(昭恵 17:28)「、細心の注意を払わなくてはならなかったのでしょう。」

(昭恵 17:29)「まず非公開だっただったことが疑われることになりました。」

(昭恵 17:31)「そしてあまりにも熱い思いで突き進まれたために、色々なところに歪みもあったのではないかと考えます。」

(昭恵 17:32)「主人が総裁選挙で講演をお断りしたとき、ひどく怒っておられたとのことでうちの事務所は不信感になっていました。」

(昭恵 17:33)「私は同じように夫のやっていることを信じて応援しています。」

(昭恵 17:33)「総裁選挙はこちらとしたら何事にも代えられない一大事でした。」

(昭恵 17:34)「また、幼稚園をご紹介した際も、あまりにも悲しい留守番電話が残っていて、私は愕然と致しました。」

(昭恵 17:36)「人はなかなか思いをその通りには伝え合えないものです。そんな中で、誤解が生じていったことがあり、園長のご説明をりかいすることができなくな」

(昭恵 17:36)「ったのかもしれません。」

(昭恵 17:37)「子どもたちを教育する上で、大切なことは色々あると思いますが、相手のことを思いやる気持ちはとても大切だと私は思います。」

(昭恵 17:38)「ご夫妻が今、大変なことは想像がつきますが、主人にとっても大変なことに巻き込まれたということもご理解頂きたいと思います。」

(昭恵 17:41)「しかし、園長の熱い思いは本物であると思いたいと思っています。全ては必然です。今回のことは私たちにとっても学びの場ですが、ご夫妻にと」

(昭恵 17:41)「っても意味あることと私は思います。」

(昭恵 17:41)「どうぞご自愛くださいませ。」

(昭恵 18:47)「人の受け取り方はそれぞれですね。」

2/26

(昭恵 12:07)「琵琶湖竹生島に行き、祈りました。籠池先生のお役割もわかったような気がします。お辛いでしょうが、頑張って下さい。ありがとうございます。」

2/28

(昭恵 18:03)「私は講演の謝礼を頂いた記憶がなく、いただいていたのなら教えて頂けますでしょうか。申し訳ありません。」

(昭恵 18:19)「報道をされたようなので確認です。」

(昭恵 18:24)「私も籠池園長の熱意は信じています。」

(昭恵 18:25)「本当に記憶から飛んでしまって、他の講演等は全て振込みか、銀行に入れて税理士事務所管理してもらっているのですみません。」

3/1

(昭恵 9:54) 「今はじっと我慢の時です。私もまだまだ追い詰められるのかもしれませんが、お互い頑張りましょう。」

(昭恵 16:20)「心の垢を落とす、本当にそうだなあと思います。この国のために命を懸ける夫を思う気持ちは一緒です。」

3/2

(昭恵 22:58)「頑張りましょう!」

3/3

(諄子 19:45)「でっかい目的にむかい太平洋にいくのか はたまた港にむかうのか 荒波こえて逞しくうまれかわります

(諄子 22:37)「新幹線の中で返答無用ですテレビタックル田島陽子小学校に入らせよ!警察よびました一流の世界の一流の学校は一人から楽しいです」

3/5

(諄子 13:02)「前略 今日説明会木村真議員が赤いジャンパーをきていらんことを ペラペラ話沢山の報道に悲しくなります

3/7

(諄子 20:50)「前略業者NHK取材をうけておらず関西エアポート補助金はまだ一円もいただいておらず業者が決まる前から申請がはじまりました」

(諄子 20:57)「最終きまった工事金額割合に応じて補助金がきまります 国により工事も何もかもずれました最後に調整を申請する条件です詐欺と」

(諄子 20:59)「報道されまたマスコミにはめられました在園生の保護者NHK弁護士立ち会いで素晴らしい会見をされたそうですが市民団体がきて」

(諄子 21:14)「中立を保つということで放送が中止になりました 以上 ピンチはチャンスと最後まであきらめず 逆転勝利にむけ祈ります

3/8

(諄子 0:13) 「園バス朝日記者タクシーパパラッチします今年中にお父さんをぶったぎりに殺すといわれましたデビィ夫人塚本幼稚園を」

(諄子 0:14) 「助けてくださいとご自分ブログにのせてくださったそうです 助けてくださいNHKの嘘の報道はやめさせてください 認可を下さい」

(昭恵 4:31) 「私もマスコミに追いかけられて、ビックリしてます神様は全てご覧になっています。」

(諄子 4:34) 「私も今日塚本幼稚園ホームページ朝一番私がなぜ逮捕されたか 18日間留置書に入ったか私に取材もなく週刊誌テレビに」

(昭恵 4:36) 「デビ夫人はすごいですね!」

(諄子 4:43) 「のせたので載せます真相を又ご覧下さいやっと残土をはこんであげようと自らご連絡いただきました九時に現場あいます 天の神様

(諄子 4:46) 「は 必ず誰かを私に使わせて下さいます。私は鴻池議員の意地悪を攻めるより受けようと頑張っています(笑)土を運ぶ費用等認可をいただく」

(諄子 4:49) 「には3奥5000万足りません一週間以内に用意しないといけないため一昨日も東京を2往復しましたそんなときデヴィ夫人寄付をしよう」

(諄子 4:54) 「とメールいただき直ぐに連絡くださいと ピンチはチャンス!天の神様が現れました あきえさんも協力して下さい神様感謝します」

(昭恵 5:13) 「祈ります

(諄子 5:16) 「国の為に役割を担う学校なんですから妨害します困難は砥石

(諄子 21:19)「全国十万通応援メール電話いただき ここ1ケ月徹底的に叩かれやりがえのある修行中 明日午後からネット園長真相をかたります

(昭恵 21:25)「私も修行。来月私の親しい人が教育勅語の本を出します。今はそういう時なのでしょう。」

(諄子 21:29)「主人は教育勅語復興したことで 皆本もだせるんですね この学校も次に繋げる起爆剤 ネット田中造園自殺とか 八木造園です」

3/9

(諄子 17:53)「色々と長い間お世話になりました 小学校は 支払いができず 鴻池さんの妨害で閉めます 主人も私も失業しま感謝します」

(諄子 22:23)「しつこいといったのは安倍首相のことでなく 捏造してました すみません

(昭恵 23:28)「何でこんなことになってしまったのか、神様は何を望んでるのでしょう。」

3/10

(諄子 0:03) 「国会改革の起爆剤になります国民が気がつかないと自分達が皆政治家になって活躍すればいいのです政治家の怖さをみたきがしました」

(昭恵 0:05) 「少し落ち着いたら、高校生大学生たちとこの問題を考えたいと思っています。」

(諄子 0:07) 「考えてこたえがでるのですか おやすみなさい」

(昭恵 0:18) 「小川榮太郎さんがFB反論しています。少しずつこの状況が異常だということになってくるはずです。」

(諄子 5:49) 「紹介してください 失業するので本をかい借金かえします」

(昭恵 14:39)「小川榮太郎さんがお電話されたようですが、繋がらず留守電にならなかったと言われていたので携帯電話お教えします[電話番号モザイクがかかっている]」

(諄子 16:09)「落ち着きましたらお電話いたします 必ず致します 五時半から記者会見です 理事長辞任です よく頑張ってられたのに」

(昭恵 16:30)「そうですか。残念です。」

(諄子 16:38)「テレビで 詐欺師ではと 五時半から記者会見を 幼稚園でいたし しっかりマスコミにまるめこまれないように いたします」

3/11

(諄子 8:39) 「前略弁護士と娘が府庁にいきました時 担当に 私が指差して お前らと いいましたか?と聞きましたら 皆首をふっていたそうです」

3/16

(昭恵 16:20)「祈ります。」

(諄子 16:52)「安倍首相はどうして園長地検にいわれたんですか 国は自分等に大事民衆をきりすてるのは許せない国会にでます 安倍首相を」

(昭恵 16:53)「それは嘘です。私には祈ることしかできません。」

(諄子 17:01)「尊敬していたのに小学校をやめ 幼稚園は 破産 建築社長破産 お父さんは詐欺罪 あんまりにも 権力を使うなら死にます

(昭恵 17:17)「私もどうしていいかわかりません。権力など使っていません。神様はどこに導こうとしているのか。」

(昭恵 17:17)「とにかく祈っています。」

(昭恵 17:18)「自分達の保身ではありません。日本の将来のためです。」

(諄子 17:52)「嘘の情報

(昭恵 21:50)「100万円の記憶がないのですが。」



参考:政権側が公開したメール全文 

http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1797072.html

http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1797075.html

http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1797079.html

http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1797081.html

http://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1797109.html

2017-03-24

ナラ探知機なるものを開発してもらえないだろうか。

毎朝の通勤電車、私は1時間ほど電車に揺られている。


そこで、週1回くらいの確率で、電車内で放屁する屁ロリストが現れる。


ただでさえ人がひしめき合う通勤電車の車内、


多くの人がストレスを感じているであろう世界にもかかわらず、


そこに追い打ちをかけるかのように、悪臭を放つ奴が自分のすぐ近くに現れるのである


しかも、すかしっ屁に成功したのを良いことに何食わぬ顔して本やスマホに目をやり続けているのである


これは何とも憎たらしい状況ではないだろうか。




いいですか、電車内での放屁は完全なる害悪であり、とんでもない重罪です。


そこで全国の電機メーカーの皆さんにお願いです。


どなたか「オナラ探知機」なるものを開発してもらえないでしょうか。


大きさはできればガラケーくらいの大きさで。


それを対象者の尻に近づければ、「ビーッ!ビーッ!ビーッ!」とけたたましくブザーが鳴るのです!


慌てる屁ロリスト。そんな憎っくき屁ロリストの腕を私はガッと掴んでこう言うのです。


「この人、オナラです!!」


さらに慌てる屁ロリスト。周囲は軽蔑眼差しを彼に送り続ける。


かくして屁ロリストは車内での居心地悪くなり、次の駅ですごすごと降りるしかないのです。ざまみろ。


私たち空気のきれいになった電車内で快適な通勤を続ける。なんて素敵なことでしょう!


うそう、ついでにオナラ探知機にはニオイ除去機能も付けてくれるとうれしいです。




もう一度言いますが、電車内での放屁は完全なる害悪であり、重罪です(そういえば昔、雲のジュウザっていましたね)。


ロリストの皆さん、自覚してください。

http://anond.hatelabo.jp/20170324033230

中山みき「そんなにおかしいこと? 私たち世界ではそれが普通だけれど」

2017-03-23

何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い

とあるバイトを辞める前日、たまたまいつも一緒にシフトに入るおばちゃんと休憩時間がかぶった。

だいたいいつも笑顔な人当たりのいいおばちゃんで、嫌いな人じゃなかったから休憩室に二人でも嫌ではなかった。

お菓子いる?いただきます、って刺し障りのない会話をしてて、

何がどうなってそういう流れになったか覚えてないんだけど宗教の話になった。

今思えば誘導されたんだろうな。

おばちゃんは俺がどこの宗教にも入ってないとわかるとおもむろに城が印刷されたパンフレットを取り出して、

ここには神様がいるの、と城の天守閣を指さした。

(嬉しそうにこの城は私たち寄付で建てたのよ、とも言われた)

最初は何言ってんだこの人と思ったんだが、いか自分信仰する神様が凄いかを延々と力説され続け、

眼の光が異常に強いこともあり段々と気持ち悪くなっていった。

今まで普通のおばちゃんだと思ってた人が突然わけのわからないことを喋り、コミュ障オタクのように一方的にこちらの反応を無視して話す姿は、一瞬で宇宙人に入れ替わったような感覚に陥る。

雰囲気に呑まれものの、最終的に休憩時間が終わりに近づきパンフレット押し付けられるに留まったため、ゴングに救われた形となった。

その日のバイトの帰り道、もう明後日にはここには来ないんだな、と思った瞬間

おばちゃんが今まで影すら見せなかった勧誘をなぜこのタイミングでしてきたのか繋がった。

職場信者であると漏らされる危険性、それによって自分を見る周囲の目がどう変わるのかを良くわかっていたのだ。

あれだけ盲目的な様子だったのにちゃんとリスク管理客観視ができているのはなんだか狂気的で背筋が寒くなった。

これだけで一概に宗教否定する気はないが、そこに属していない人間からすると何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い。

恋をした話

ものすごい恋をした。

ものすごい、恋をした。

 

最初に会った時、飛行機が着陸して、機内モードを解除すると、数秒後にツンツンツンと急激に電波を拾っていくような、あんな感じがあった。

初めてあったのに穏やかで居心地が良かった。お互い何を考えているか分かっちゃう

まさかそんなエスパーみたいなことは当然ないけれど、別に相手が何を考えていようがそんなこと取るに足らぬことだと、

ただ二人一緒にここにいることそれだけで何事にも足るのだと、そんな感じがした。

彼が選ぶものはなぜか私が好きなもので、私が選ぶのはなぜか彼が好きなもので、

だけど「ああ趣味が一緒だね」などとそんな俗物的な会話をするでもなく、まるで何年も一緒にいたかのように、

お互いの好みがかぶるのは当たり前だという前提で全ての選択をしていた。

食べ物も、飲み物も、買うものも、私は私で彼は彼だったけれど、だけど私と彼は大部分が一緒だった。

ああ、昔数学でやったな。いくつもの円の共通範囲を拾っていくやつ。それでいえば私と彼の円は、大きく重なっていた。

 

これは恋だと思う。

相手を思うと笑みがこぼれ、会話を思い出してはニヤニヤし、LINEを読み返しては眠りにつく。

恥ずかしいことを思い出しては頬を染めて地団駄し、そして、叶わない明日を描いては苦しくなる。

もう少し、早く出会っていたら。

あと少し、私と彼が子どもだったら。

それかあと少し、私と彼が大人だったら。

 

私たちは二人とも、今の自分環境を壊すつもりはない。

まれ生活と恵まれた交友関係と、ドラマチックではないけれど日々満ち足りた幸せを感じられるこの日々が愛おしい。

仕事も友人も恋人も、どれが欠けてもこの幸せは続かない。いわば小さな幸せが積み重なってできた幸せの日々を送っていた。

彼に出会ったのはそんな時だった。

彼は、彼という1つの要素だけで、他を圧倒するくらい多大な幸せを与えてくれるものだ。

一緒にいられれば、それだけで幸せだと、そんな甘ったるい映画のようなセリフを私に吐かせそうになる人だ。

好きだ、好きだ、とても好きだ。

だけど私は選ばない。そして彼も選ばない。

凄まじい影響力をもった単体の幸せよりも、

さな幸せが複雑怪奇に絡み合って生み出してくれた今を、私も彼も生きて行く。

から言わない、彼も決して言わない。

恋をしたなど、断じて言わない。

ウィークリーマンションで夢の同棲生活かと思ったら何もかも踏みにじられた話

最初は私の片想いだった。SNSで知り合って、LINEも交換して、個人的な話をしていくうちに共通点がたくさんあって、話せば話すほど惹かれていった。

私があなたを好きだって言ったら「会ったこともない相手と付き合えるの? 俺は付き合えない。でも相手はしてあげる」みたいな、そんな返事。

それから毎日ひっきりなしにLINEしてくれて、毎日寝る時は通話してくれて。私の声が好きだって言ってくれて、通話しようって誘うのは私の方からだけではなかった。「会いたいね」とか「仲良くしようね」なんて言い合ってた。

から、一週間の同棲の話を私に持ちかけてくれたのはすごく嬉しかった。私のことを特別だって言ってくれたし、とうとう彼も私を好きになってくれた、そう思った。

彼がTwitter取り巻きの女と性的なやり取りをしているのが嫉妬の種だった私にとって、共通フォロワーにそのことを隠しているのが嬉しかった。

私が嫉妬やすい女なのは彼に伝えてるし、彼も嫉妬やすタイプだって言ってた。「嫉妬されて嬉しいなら好きなだけ嫉妬するし、付き合ってもいない私を気遣うことなんてないから好きにしていいよ」とも言った。

あとで「実は○○さん(共通の友人)に話しちゃった」って言われたり、最後の日には「お前ら、俺が東京にいるぞ」って出会い厨してるのを見た時は唖然とするしかなかったけど。

嫉妬やすい者同士、少しは私の気持ちを分かってくれてるって思ってたのにな。

同棲の始まる日をすごく楽しみにしていたし、お互いに「楽しみだね。でも大丈夫かな」「私たちならきっと大丈夫だよ」って言い合ってた。

家にいる時間は私の方が長かったし、家事基本的に私の仕事だった。

今か今かと彼が帰ってくるのを待ち続けて。帰ってきたらまた会えるのが嬉しくて笑顔で「おかえり」って抱きしめ合って。

でも、途中からは「ただいま」って笑ってくれなくなった。

帰ってきてから時間は私を無視してノートパソコンモニタばっか見てるし、同じベッドに入っても私に画面が見えないようにスマホにかじりついてLINEしてて。

次の日、あなたが家を出てから私がどれだけ苦悩したか分かる? あなたが不機嫌になった理由が分からなくて、何も手につかなくて、気付いたら泣いてて。またいつ不機嫌になるのか分からないのが怖くて。もしかしたら今晩は帰ってこないんじゃないかって。それでも笑顔で接してたんだよ。

万が一だったとしても、同棲生活の末に結ばれることがあるのかもしれない。同棲相手に選んでくれたんだから可能性はある。そう思ってた。

最後の日は、上に書いた通り私がギャン泣きしてあっさりフられて。「最後に良い夢を見させて」ってセックスして。帰り道、改札まで一緒に行く道中のエレベーターとか車内でキスされたり手を繋がれたりして。

そんなことされたら諦めつかないよ。やめてよ。

でも、こうやって別れを惜しんでくれているならこれから先も接してくれるのかな、なんて思ってた。



一週間の同棲生活が終わったら、どうやら私の存在は彼の脳内から綺麗さっぱりいなくなってしまったらしい。

ひたすら無視。せめて既読がつくだけ。

最初は「私をフったから気まずいのかな」なんて思ってた。でも、数日経っても返事は何もなくて。

スマホの通知が鳴るたびに、ようやく来たか。嬉しい。画面を見る。違う。がっかり。胸が締め付けられる。そんなことばかり繰り返してた。

帰り道、必死あなたを諦めようとしてる私に対してキスしてきたり手を繋いできたり、もしかしたらちょっとでも私に情とか望みがあるのかと思ったよ。まさか会話すらされなくなるなんて思わなかった。弄ばれてただけなんだね。

わざわざマンションを借りて同棲する相手に私を選んでくれたこと、すごく嬉しかった。でもそれは、家賃も半分払ってくれて、甘やかしてくれて、股も開いてくれるヒマな女が、たまたましかいなかっただけだったんだよね。私は必死に頭を下げてお休み取ったんだよ。

結局、私のLINEリプライも全部無視して、私もフォローしたままのTwitterで「相手感情に流されるセックスばっかりしてたことを後悔してる」とか被害者ぶって。お前ノリノリで腰振ってただろ。

これは消されたかうろ覚えだけど「『セックス相手内面を知るための行為であって、それに特別感情を持たれたら困るんだよね』って飲み会で話し込んじゃった笑 みんなに引かれたかも笑」とか。うん、最高に気持ち悪いよ。お花畑勘違いしててごめんなさいね、本当に。

このあたりで何もかもが虚しくなって、LINEで「今までごめんね、さよなら」みたいなことを綴った文章を送ったと思う。当然それにも返事はなく、既読がついただけ。

いつも気持ち悪いツイートを全消ししてからフォローを増やしてるけど、いつかあなたは私に「自分をよく見せようとしてもいつかボロが出るからやめようね」って言ったよね。投げたブーメランが返ってきてる自覚はあるのかな? まあ、あん関係ないけど。

「私のツイートなんて全然見てないんだろうな」ってちょっと煽ってみたら速攻で私をブロックして鍵垢に。なんなんだよ。いっそのこともっと早くブロックするかミュートにでもしておけよ。期待させんなよ。

あなたが鍵垢にしたあと「人間って本当にめんどくさい」とか「言いたいことを言えないツイッターって……」とかツイートしてるの、別垢からちゃんと見てるよ。

Twitter取り巻きの女にチヤホヤされ続ける良い子であり続けるには「冴えないオタク女と同棲してセックスしまくってたの本当に無理」とかとても言えないもんね。一人で苦しむといいよ。

相手感情に負をもたらすなら死にたい」なんてこともツイートしてるけど、問題解決することに全く目を向けようとしない人間が偉そうに私に講釈垂れてたと思うと笑っちゃうね。「苦しんでる俺」を取り巻きに見せてチヤホヤされたいんだよね。

別垢を動かすのは盗み見してるようで嫌だったけど、自分のことを棚に上げて被害者アピールし続けてるのを見たら罪悪感なんてどっか行っちゃった。

私を褒めてくれたこと、泣いてる私を慰めてくれたこと、楽しかったって言ってくれたこと、全部本当の気持ちでしたか? 私にはもう信じられません。

あ、最後の日に偉そうに講釈垂れてくれたお返しに私もいくつか言っておくね。

いくら私があなたにとってどうでもいい女だからって、人前でかゆいとこボリボリ掻くのやめようね。不潔としか思えないよ。

あと、通話元カノセックスがどうだの今までのマンコがどうだの延々と自慢してたよね。嫉妬やすい私からしたら聞いてて本当につらかったし、そうじゃない人からしても気持ち悪いと思うよ。

過去マンコ自慢をされて私が機嫌を損ねた時、あなたは私の話を全く聞こうとせず、ひたすら無視しようとしたよね。しかも、Twitter取り巻きと絡むさまを私に見せつけながら。その時に少しでもこういう未来が待ってるって気付ければよかったな。

セックスは知り合いとするものじゃなくて知らない相手とするものだと思ってる」なんて言ってたけど、あなたの生い立ちが特殊なことを鑑みてもやっぱり異常だよ。歪んでる。

でも、そういう他の人なら受け付けられないようなところでも、私なら変えることができるかもしれないし、私なら受け入れられるよ、だから愛して、って思ってた。

もっと世界を広げた方がいいよ」って言ってくれたことだけは感謝してる。

相手気持ちをとことん踏みにじって、自分の性欲と好奇心承認欲求を満たすことしか考えてないあなたみたいな人の相手なんてもう二度としたくないし。独りよがりオナニーみたいな人生だね。

相談に乗ってくれた人があなたのことをたくさん罵ってくれたから私もようやくあなたろくでなしだって気付けたよ。

断片的にしか伝えてないから「いいところを知ってるのは私だけなんだな」って思うとちょっと複雑だけど。相談するって大事だね。

いい経験させてもらったよ、どうもありがとう



追記

「囲われはしたいし女オタクメンヘラ女も好きだけど、ガチ恋愛感情持たれても絶対辛辣に扱うからお互い(都合の)いい関係を築こうな」ってツイートしてるの見て追記を我慢できなくなった。

あの、それ直接言ってくれませんか?

取り巻きに何アピっちゃってんの?

同棲生活の後半、急に仕事先とか将来の話とか真面目な話を避けるようになったから聞いたら「秘密」って言われたけど、一方的無視して縁を切る予定があったから話す必要ないってことだったのかな。

私を同棲相手に選んだ理由「秘密」って同じ言葉で返してたけど、今こうやってこっぴどくフって悦に入るためだったのかな?

好きでいてくれるなら、最後に私のところに帰ってきてくれるなら都合のいい奴扱いでもいいって思ってた。

もしこの同棲生活円満に終わっても、好きだって思ってもらえない、受け入れてくれない、って薄々感じてた。

でも、流石にこの仕打ちはひどすぎるよ。

から、せめてものお返しに洗いざらい書いておくことにしたの。あなた取り巻きが少しでも減って、あなたが少しでも顧みてくれたらと思って。

取り巻きがずっとチヤホヤしてくれるといいね。かわいそうな人。

2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。



2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

2017-03-19

東京は人の想いで造られた街である、という話

過去に読んだこのエントリがずっと自分の心に残っていた。



東京には何もない、という人の話 | たまのもり

東京って、遊ぶ「結果」はたくさんあるんだよね。


エントリの中のこの言葉が印象的だった。数年前に東京に移り住んだ自分が感じていた違和感を、みごとに言語化してくれていた。色んな人によって作られたコンテンツという「結果」を消費するだけの街。そこに生きる意味は何があるのだろうと、そんなことを考えることが増えた。だけれども、最近はそれだけじゃないと思うことが増えた。山形でも福井でもなくて、東京からこその景色が素敵なんだよと。そのことがようやく言語化できたので、この素敵なエントリを書いてくれた方に対して、自分なりの「東京」を伝えられたらなと思って、増田に書くことにした。



私にとっての東京は、たくさんの人の想いによって造られた街だ。どこに行ってもそう思う。そして、それはすごく素敵なことだと思う。



新宿の街を歩く。ネオンが輝き、景観とは何かと問いたくなるほどの広告が目に入る。でもこれは、「何かを伝えたい」という人たちの想いの結果だ。自分の作った製品サービス自分のお店、そんなものをどうやって伝えたらいいかを「誰か」が必死になって考えた結果だ。それを考えたのは本人だけじゃない。広告代理店の人や印刷会社の人、裏側のシステムを作っているエンジニアの人、そんな人たちみんなの想いがひとつ広告になっている。そしてそれらが、どこを見渡しても存在している。そこには、人の想いがいやというほど溢れている。誰かに何かを伝えたい。たったそれだけのことなのに、そんなことを必死に考えている人がこんなにもいるという事実が、「東京」なんだと思う。



中目黒の街を歩く。30年前は何もなかった場所なのに、今では多くの人が訪れる素敵なお店や、歩くだけで楽しめる街並みが造られている。でもそれは、街に人を呼ぼうと、街を活気づけようと、当時の役場の方たちが知恵を絞り、地元人間を説得し、施設を誘致し、ランドマークとなる建物を作り、そして様々な手段プロモーションを行った結果だ。当たり前のように通っている道のタイルの一つ一つにまで想いが込められていて。そこにどれだけの人間が、それこそ自分人生をかけて関わっていたのか。そんな街が素敵じゃないわけがないと思う。自分の好きな街を、守りたいと思った街を、見事に守り抜いた当時の彼らのことを思うと私は頭が上がらない。ありがとうといいたい。そんなことは「結果」だけを見ると気付くことはない。だけれども、ふと周りを見渡したり、歴史を見返したりすると、そこには色んな人たちの大切な想いが溢れている。



東京駅で降りる。田舎に帰る前に、人の多さにうんざりしながらも「東京」の縮図を満喫する。これでもかという土産物の多さ。壁に貼られた広告駅ナカ食べ物屋さんや雑貨屋さん。その全てが、誰かの想いの結果だ。東京駅という、日本で一番利用される新幹線の駅で勝負していくという彼らの強さ。そこに至るまでのオトナなやり取りや、経営面での苦労、お客さんの笑顔。そんなものが詰まった場所が、東京駅だ。地方から来た人が一番最初に触れる東京であり、一番最後に触れる東京にも、人の想いが敷き詰められている。そんなことを思いながら新幹線に乗り、地元に帰る。降りても何もない駅に。その代わり、迎えに来てくれる誰かがいる駅に。



地方とは比べものにならない量の「人の想い」が、東京にはどこの場所にも存在している。そこに迎えに来てくれる誰かはいなくても、たとえ「結果」だけしかないと言われても、コンテンツという形に変えた人の想いが私たちを包んでいる。一人じゃない。どこを歩いても、どの街に行っても、そう思わせてくれる場所「東京」なんだと思う。「何処かの誰か」が想いを込めて造ってくれた何かが私たちを見守ってくれている。そんなことを思わせてくれる東京の街を、私は素敵だなと思いながら、先人たちに「ありがとう」を伝えたいなと思うのです。

2017-03-18

報道しない自由」を許してはならない

日本メディアには「報道しない自由」が溢れている。なぜこうも「報道しない自由」が行使され続けるのか。それは国民マスコミには報道の自由編集の自由があるからと半分諦めて抗議をしないかである。なぜ抗議しないのか、それは国民が「自由」という言葉意味をよく理解していないからだ。

自由定義を難しく考えれば、その説明は本一冊では足りないくらいである。しか私たちがよく使う自由意味は単純に「束縛されることな勝手気まま」という意味殆どである。それではなぜ勝手気ままにできるのか、それは世間で正しいと認められているか自由勝手にできるのだ。公園散歩するのは自由だ、なぜならそれは世間で正しいと認められているかであるしか私有地勝手気ままに散歩することはできない。

報道においてはまだ正しいかどうか分からないことも多いが、多分正しいであろうと判断して報道している。しかしもしその報道が間違っていたならば謝罪責任を取らねばならない。自由とは常に正しくなければならないし、責任が伴うものである。つまり自由意味とは単純に“正しい”と考えればいいのだ。自由とは正しいか自由なのです。

おかし報道に対して抗議をすればいつも「報道の自由がありますから」「編集の自由ですから」と返事が来る。しか自由という言葉にひるまずに「その報道は、その編集は正しいのですか」と聞き返せばいいのだ。「報道しない自由」に対しても放任せずに「それを報道しないことは正しいことなのですか」と追及すればいいのだ。

例えば中国圧政に抗議してチベットでは百人以上の坊さんや尼さんがガソリンを被り焼身自殺をしている、世界中国圧政を知らせたい一心からしか日本国内マスメディアでは中国に遠慮して殆ど報道されることはない。欧米では知られているのに日本人ほとんど知らない。これに対して私たちは「これを報道しないことは本当に正しいことなのですか?」と強く抗議すべきなのだ

基本的自由なんて言葉無視すればいいのです。「報道の自由だ、編集の自由がある」とマスコミが言っても「ハイハイ日本には自由保障されています、どうぞ、どうぞ自由気ままに報道してください、しかしその報道は本当に正しいのですか?間違っていたら責任を取ってくださいね」と反論すればいいのだ。

皆さんも「報道しない自由」を見つけたら「それを報道しないことは本当に正しいのですか」と抗議、追及してください。「報道しない自由」など絶対に許してはならないのです。

連休初日新幹線で、私たちの横に座った人が、ヒョロガリで剃り残しヒゲが目立つアラサー男子一人

席に着いた途端PC開いてずっとネトゲ?みたいなのに熱中しててご飯もくちゃくちゃ食べで、うへーキモイと思ったら

くしゃみも咳も手で口を覆うこともしないしで、うわあ…てなった。

おまけに挙動不審というか間断なくゴソゴソ動く、貧乏ゆすり

おじいちゃんがハイキングする時にしか持たなそうな薄茶色?みたいな変な色のリュックノートPC入れてさっき新幹線降りてった

ひとつ、ふたつ、たくさん

数も数えられないのかよ、そう言って私たちは笑う。では私たちはいくらから「たくさん」を認識するのだろう。100?1000?10000?

数えられなくなる理由。豆粒のように取るに足らないものから数えるのを軽んじたり、ウニ粒のように数があって当たり前のものから考えることを放棄したり、ヒトのようにあまりにも怖い存在から直視できなくなったり。

ヒト。

私の家に殺気に満ちた知り合いがひとりでやって来て「今から人を殺しに行くからお前も来い」と言ったら私はどうするだろう。

ふたりがやって来て「今から人を殺しに行くからお前も来い」と言ったら。それが3人だったら。5人10人30人だったら。

きっと、どこかの値で数えるのをやめてしまうだろう。断ったら殺されるほどの数がある。こんなにたくさんの奴らを向こうに回せやしないと思わせる数がある。倫理や法はそのとき私の中からこぼれ落ちる。

私たちは心の中に普段は気付かない閾値を持っているのだ。暴走が止められない数を知っているのだ。そしてその「たくさん」に気付くときはもう手遅れなのだ

誰が一番悪いんだろーね

年の離れた弟がいる。

弟はよちよち歩きが出来たころから、家の窓から靴下で脱走して行方くらませていた。

遊びに行って、家に帰ったらパトカーが何台も停まっていて、母親が涙を流しながら弟を抱え、巡りさんと話していたのを覚えている。

あ~~~~またアイツいなくなったんだな~~~~~とボンヤリしていたら、母親からギっと睨みつけられて、怒鳴られた。

何で、弟を探しに行かなかったの?!弟がかわいくないの?!あんた、おねえちゃんなんでしょう?!こんな小さい弟が死んじゃったらどうするの!!

みたいなことを散々怒鳴られた。まだ小さかった弟は、母親の腕の中でヘラヘラ笑っていた。そしたら母親はまた泣きながら

○○(弟の名前)どうして急にどっかに行っちゃうの~~ママとっても心配したんだからね~~~~~~~~

正直馬鹿かと思った。弟が窓から脱走するのは弟を寝かしつけようとして先に寝ちゃって窓にカギをかけなかった母親が原因ではないかと思っていたから。

まぁ私親になった事ないからわかんないけど、これ読んでるお母さん、気分悪くしたらごめんなさい。


それから一年くらいしてから、弟は悪戯するようになった。

物を壊す、隠す、大体そんな感じのやつ。で、私だけが怒られる。なんでや。

母親曰く

あんたがちゃんとしてないから。

ちゃんと模範的お姉ちゃんではないから、弟が悪さをする。

から弟に非はない。お前が悪い。お前のせいでこうなった。と怒られた。

今思えば弟も怒れや!!!って思う話なんだけど、私は本気で「私がちゃんとすれば弟はよくなるんだ~~!成程~~~!!」と思っていた。アホか。

から頑張った。学校はいつもいい成績だった。

元気よく挨拶をして、常に笑っているようにして、困っている人を見たら助けた。

弟の悪戯はよくなるどころか悪くなっていたけれど、それでも私だけが怒られた。弟の目の前で怒鳴られた。

父親暴力的で、博識な男だった。

普段は何もしないけど怒るとき10歳だろうが5歳だろうが男も女も子供年寄り容赦なくぶん殴る人だった。

私がテストで満点を取っても、そんなのは当たり前だ、と言い捨ててそれ以外の点数をとった時は俺の時そんな点数は取らなかったのにと言われた。

弟がある日、父親のものを隠した。本人はちょっとした遊び心だったのかもしれない。

それを父が許すわけがなかった。弟がどれだけ泣いてもわめいても叫んでも、父親の拳は止まらなかった。

私ははやく謝ればいいのにと思ったけど(口出ししたら私も殴られる気がして口にできなかった)弟は絶対に謝らなかった。

母親が泣きながら父親の足に縋りついて許してやってくれと叫ぶのをみながら、地獄みたいだな、と思った。

今思えばこの頃から弟は誰に対しても何に対しても、ごめんなさい、が言えない子供だったのかもしれない。

小学校高学年になって、私はクラスで虐められるようになった。理由は「塾に行ってないくせに100点とったから」だった。

無視されたし、私の触ったものはばい菌が付くと言われたし、クラスの面倒ごとは私の仕事になった。

帰りの会でよくある「今日あった嫌なこと」にはしょっちゅう私の名前が出てくるようになった。掃除をサボったとか、そんな内容だった。サボってないんだけどね。

クラスのみんなの前で怒られて、謝るように言われた。

だんだん学校に行くと腹を下すようになって、あだ名がゲリ子になる直前に私は学校に行かなくなった。そのころにはもう友達

自分の部屋にあった観葉植物ボールしかなかった。で、また私は怒られた。

何で学校に行かないんだ。いじめられたくらいで学校に行かないなんてどうかしてる。学校に行け。行ってやりかえしてこい。

わかる人はわかるかもしれないんだけど、行きたくなかった。やりかえすことも倍返しされそうでできなかった。

担任はうちのクラスに虐めなんかありません!って言うし、校長教頭は虐められるのはお子さんに原因があるんでしょう?といって取り合ってくれなかった。

このころに私は、発達障害の診断を受けた。母親からまた怒鳴られた。

発達障害人間は人を殺す。きっとお前も犯罪者になると言われた。(この頃発達障害者殺人事件を起こしていた)

同時に私の事を頻繁に殴るようになった。殴り続けて手が痛い、といって棒や雑誌や孫の手なんかでビシバシやってきた。

父方の遺伝で私が発達障害だったこともあってか、母親ますます弟を可愛がるようになった。そのころ私は父親似、弟は母親似だったから。

の子は私と同じまともな子だ。私たちは健常者同士仲良くやっていく。って。

それから父親は私と一緒に寝るようになった。布団の中で服を脱がされた。体中触られたし、舐められた。

今思えば狂ってるとしか言いようがないけど、当時は殴られないから良いやとしか思ってなかった。父親と一緒にいれば殴られないから。

痛くないならそれでいいって本気で思ってた。

で、まぁ普通に父親からも痛い思いをさせられた。本番を実行しようとした。しようとしたって言うのは曖昧なんだけど、覚えてない。

直前まではなんとか思い出せるけどそこから先の記憶がプッツリなくなってる。私は自分処女なのかそうでないのかもわからない。

気付いたら、今住んでる町にいた。

父親単身赴任になったと聞かされた時、ほっとした気分とまた殴られるんじゃないか不安になった気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。

今度は弟が学校に行かなくなった。理由は「姉ちゃんが学校行ってなかったから」だった。この頃私は普通に学校に行っていた。

成績は悪かったけど、丈夫だったか休みほとんどなかった。

母親は私を殴るのをやめてくれたけど、今度は殺しにかかってきた。多分本気じゃなかったとは思う。

包丁も持って家じゅう追っかけまわされたり、寝込みを襲われて首を絞められたりした。いつもいつも「あんたのせいだ。あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃだ。この悪魔

って言われた。どっちが悪魔だよ。流石に殺されちゃたまんないから応戦するけど、そのたびに母親は金切り声をあげて「助けて!娘に殺される!」ってどっかに行ってた。

一生帰って来るなよって気持ちと、私のせいでお母さんを苦しめてしまった!って罪悪感がグルグル頭の中を回っている間に母親が帰ってきた。すごい、聖母みたいな笑みを浮かべて。

私の事を抱きしめながら、涙を浮かべながら「ごめんね、ごめんね、ほんとはあんたの事、世界で一番大事なのよ」って囁かれた。チョロすぎて悲しくなるんだけど私も泣きながら

「お母さん!悪い子でごめんなさい!!」って抱き付いていた。タイムマシンが完成したら真っ先にこの時代に行っててめーら馬っっっっ鹿じゃねーの?!ってチェーンソー振り回したい。

そんな折弟が金を盗んだ。私の財布から、私の月の小遣い全部。弟が自分でボロを出したので確定した。メチャクチャ怒った。

そんなことは泥棒のすることだ。私の弟は泥棒だったのかと怒っていたら母親が泣きながら、そんなこと言わないで、と言ってきた。

実の姉から泥棒呼ばわりしたら、あの子がどんなに悲しむか。お金はお母さんが返すから、それで許してやってくれ、と言い出して来たので耳を疑った。

金を盗んだことに変わりはないしそれで許されると弟が勘違いたらこから先弟が大人になってトラブルが起きた時、タダじゃすまされないと言っても、母親は聞かなかった。

謝るならお母さんが謝るから、弟を許してくれと土下座までした。目の前が真っ暗になった。

弟は一切謝らなくなっていた。私の金を盗もうと、窓を割ろうと、何をしても私が怒れば即座に自室に篭って出てこなかった。

そのたびに母が私に謝るという奇妙な家になっていた。

他にもエピソードは山ほどあるんだけど指も精神もそろそろ限界です。現在の事だけ書きます

一番狂ってるのは、フツーに全員この家に住んでるってことです。

私は大学に行かせてもらえました。前の仕事を辞めて求職中です。お母さんに似てきたね、とよく言われます

父親は戻ってきました。別の部屋で寝てます求職している私を馬鹿にしながら生きているようです。仕事はちゃんとしてます

弟は見た目が父親に似てきました。私に怒られたからといって一週間学校を休んだりしています。将来はアニメ関係仕事に就きたいと言っています。無理でしょう。

母親は日に日に私が父親に似てきて気持ちが悪い、悪魔め、毎日地獄だ、と言ってきます

周りの人からはうちは幸せな家庭と言われています。たしかにかつてはそうでした。

からきっと私もこの家を捨てきれないのでしょう。良い仕事が見つかればこの家を出ていけるかもしれません。

私には何もありません。特別可愛いとか、頭がいいとか、そういうのでもないです。

私はただの悪魔かも知れませんが悪魔だって地獄はきっとあるのでしょう。今がそうです。

私が家族に思い切って昔の話をすると、しらを切っているのか本気で忘れたのか、そんなことは無かったと言われます。すべて私の妄想だと言われます

誰が悪かったのでしょうか。誰を恨めば良かったのでしょうか。憎むのは悪い事だと言われて育ったけれども、恨む方がまともなのではないでしょうか。

私が覚えているうちに不特定多数の誰かに聞いてほしくて書きました。

聞いてくれて、読んでくれてありがとうございました。

あと、最後に一つ。

嘘でもいいから心の中で、私の家族を悪く言ってください。

2017-03-17

出産しても今までどおり働けます

こういうマッチョ女性を目指すことが男女平等への正しい道なのに

なぜか休んでる間の負担関係のない人間仕事分担や税金などで背負うことで平等だという

いからこそ差別されてきたのになぜ強くなろうとしないのか

北米障害者はいろんな最先端の補助器具を取り入れていってどんどん強くなろうとしている

足の欠損などはもはや健常者より早く走れる義足さえあるほどでこれが加速すると健常者よりもハイスペック身体能力もつ障害者が出てくる

そのせいで治安に悪影響ないかなどの危惧が今の段階からされはじめてる

一方、日本では弱者弱者のままでいさせて金を与えて権利を与えて誤魔化そうとする

60年以上遅れてる

欧米女性弱者とみられることを嫌っている

女性専用車両の導入なんか、私たちは弱くない、と突っぱねるほど

それほど女性ということに誇りを持っている

なぜ日本女性は力を求めないのか

いつ土人から脱却できるのか

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316003441

広告業界で働いている人間のひとりとして。

全般的にこの業界のクソなところが端的に書いてあって、ホント気持ちはよくわかる。だがしかし

増田は何度も「広告が好き」と書いているが、広告の何が好きなのだろう。

世の中の人間のほとんどは、広告が嫌いだ。嫌いどころか大嫌いだ。

テレビを録画したらCMカットし、youtube動画を見ている時に差しまれ広告は即スキップし、閲覧先まで追いかけてくるWEBサイトバナー広告ブロックする。

私たち広告屋は、そういう広告嫌いな人たちを相手に、顧客広告を作り、なおかつ見てもらえるようにし向けなければならない。

これはなかなか難しい話で、言うなればキモいアニヲタ一般女の子に興味を持ってもらえるには?という状態に近い。

いくらヲタが好きなアニメのことを熱く語ろうが、女の子が「キモい、ウザい、興味ない」と思っている以上そんなものはただの自己満足しかなく、結果女の子はつかまらない。

何が言いたいかというと、広告というのは最初から他人顧客生活者のものであり、自己表現ツールではないのだ。この業界の多くの自称クリエーターはここを勘違いしている。

広告が好き」ではなく、「顧客会社担当者も)や生活者を心底理解して」はじめてスタートする仕事なのだ。「俺のこだわりのクリエティティ」なんかホントどうでもいい。

増田広告は好きなのかもしれないが、「やたら上から目線の奴が多い」と言いながら、一緒に働く人、特に体育会系をことさらに見下しているように見受けられるのが少し気になった。それって結局同じ穴のムジナだと思う。

恋人の事を思うと何故こんなに苦しいのだろう

彼は一度だって私に「会いたい」と言ってきたことはない。

いつも、いつもいつもいつも、私の方から「会いたい」と言って、

だいたいいつも仕事が忙しい彼が、数ヶ月に1日程度予定を空けてくれて、

私と会ってくれる、そんな交際だった。



お互い30代後半なので、私は彼と結婚したいと思っていた。

でも、相手絶対私なんかとは結婚したいとは思っていないだろうと思っていた。

しかし、この前、なんとなく私の方から「一緒に暮らすなら〜」みたいな話をしたら、

相手も同じような事を思っていたらしく、

結婚に前向きな話をするようになった。



でも、実は我々は未だ一度も性的行為をしたことが無い。

その「結婚」の話が出た夜、

私はなんとか強引にでも肉体関係を結ぼうとしたが、

強烈に相手に拒まれ未遂に終わった。

その日から数週間、彼氏ものすごく冷たくなった。

二度とそういう強引な事をしないって約束してくれない限り、私とはもう会う気が無いと言ってきた。



なんということなんだろう。

結婚の話をしておきながら、何故性行為をしない約束をしなければならないのか。



彼氏との連絡が途絶えた後、

私はセックスレスについて精神医学的な立場から書かれた一冊の本を読んだ。

其処には想像できないような様々な事情で、

性的行為ができない(したくない、怖い、できない)カップル実例が書かれていた。

セックスレスについて治療を受けるカップルはごくわずかで、

さら診療に来た多くのカップルは、治療過程離婚してしまうと書かれていた。



このままでは、もし私が彼と結婚できたとしても、

セックスしたい私と、セックスしたくない彼とで、

やっていける可能性は低い。

でもその本で取り上げたカップルの中には、

奥さんの方からセックスがなくてもいいから、旦那さんと一緒にいたい」

という選択肢を選んだ夫婦もいたそうだ。



この一文を読んだ時、私は号泣した。

セックス好きな人と、果たしてどちらが大事だろうか。

人間なんだから男と女なんだからセックスも含めての男女関係なのではと思ってきた。

でも、一度もセックスしていなくても、

私は彼のことが大好きだ。

彼の事を好きという思いだけで付き合っていた頃は、

楽しい思い出がたくさんあった。

私が「なんとかして彼とセックスしないと」と思い始めてから

どんどん険悪な雰囲気になっていったような気がする。


iPhoneアルバムには、

健全デートをし、健全にご飯を食べる、

楽しそうな彼の写真がたくさん入っている。

私たちには、今まで一度も、男と女関係だったことは無い。

ただただ、友達家族のように、

楽しそうにしている記録だけが手元にある。



でも、その裏でずっと、私はずっとずっと、

彼と男と女関係になりたいと思っていたんだ。

そう思うと、そういういやらしくて不潔な事を相手にずっと抱いていた、

自分が恥ずかしくて醜くて最悪な人間のように思えてくる。

自分が、残虐な強姦魔のような人間に思えてくる。



私は相手の性を尊重できず、

相手の性を雑に扱い、

相手を傷つけた人間として、この世に存在している。


でも、ただ、ただ、ただ、

普通に好きな人と抱き合ったり繋がったりしたかっただけなのに。

相手を激しく傷つけてしまって、

そうして、

大事人間関係が終わってしまおうとしている。



果たして彼は、私にだけ性的欲求を抱かないのか、

それとも他の女性に対してもそうなのか、

何かトラウマがあるのか、

したくないのか、したくてもできないのか、嫌悪感があるのか、恐怖症なのか、

結局何も確認することはできなかった。

怖くて聞けない。

そして、この質問をすることで、

相手が傷ついてしまうのでは無いかと思うと、

耐えられない。



私たちは別れた方が良いはずだ。

でも、好きなのに何故私の方から振らなければならないのだろうとも思う。

相手の方から振ってくれたら楽なのに、

でも相手は何故か振ってはこない。

普通の連絡も無い。

会いたいと言ってくることも無い。

彼は一体私に何を望んでいるのだろう。



しかったデート記憶と記録だけが

私の心を苦しめる。

しかった。一緒にいてものすごく楽しかった。

何故、こんなに苦しまないとならないのだろう。

我々はこの先一体どうしたら良いのだろう。

ツイッターやめる?かしこいかしこい!

 最近ツイッター、優しい方向へ優しい方向へシフトしてる気がする。

 おもいやりとか、本当につらいことを無理しすぎるなとか、これまでなりふりかまわず進んで犠牲にしてきたものを拾い集めるみたいな傾向ある。

 それはいいことだと思うし、そういう言葉自分も救われてきた側面はある。

 だけど、それと自己責任をごっちゃにしちゃいかん。

 対人ストレスツイッターやめる人。ツイッターシステム自分スタイルが合わなくてやめる人。結構じゃん。かしこいかしこい。

 かれらは自分問題と向き合い、日々つみかさなるストレスの収支をちゃんと見直した結果、最大の原因としてツイッターを切る選択をした人だ。

 アカウントしかトライして様子を見る人もいる。それもその人が問題をきちんと見つめている証拠じゃないかと思う。

 自分にとって正解が見つかるまではトライエラーあるのみだからな。

 ツイッターにかぎらず、それが人によってピクシブだったりブログだったりインスタだったりする。いいじゃないか。やり方を模索もせず、環境ばかりに地団駄ふんでギャン泣きする坊や嬢ちゃんにくらべれば人間として真っ当じゃないか

 じゃあなにがだめかっていうと、そのやめた人たちの背を追って、「かれらを追い詰めた原因」に責任を追求する行為だ。

 アホじゃないかと思う。

 あなたたちの身勝手な行動で傷ついてツイッターをやめた人たちがいます、こんな不幸な人たちを増やさないためにも私たちはかれらにかわり、あなたを罰します。

 アホじゃないかな。

 素直に「私もそれにムカついていたんです!!それを続けられたら私までここを追われます!だから私がここで生活やす環境作りに従事しなさい!!」って言えばまだかわいげあるものの(いややっぱり落ち着いてって思う)、かわいそうな犠牲者の「被害者性」を笠に着て、文句ばかり。それで本人は世直し気分なんだからおめでたいといえばおめでたい

 考えて、自分結論付けて行動した人間自分の主張に利用するのって、なかなか厚顔無恥だなと思う。

 自分だって脳みそくっついてるんだから、考えて行動すればいいのに。結局どっかに折り合いをつけるしかないのに、自分が敬われないことを嘆いてまわりを糾弾するばっかりじゃないか

 やめることを選んだ先人と違い、残ることを選んだのだから、そこは折り合いをつけたらどうか。それが自己責任じゃないか

 昔、要約すると「なんで自分がこんなに不快気持ちになってるのに自衛しろって言うんだ、普通他人不快な思いをさせたら申し訳ないって思うものじゃないか」と唾はいツイッターやめた人がいた。

 でも、その言い草いくら「どうか」と思っても、彼の人はツイッターをやめた。

 彼の人は自衛成功したのだ!おめでとう!!

2017-03-15

沖縄を抑圧されたマイノリティにするのは誰だ。


香山リカ我那覇さんを「マイノリティに過剰に同化してしまった哀れな存在

として扱うけど、いち沖縄県民の私に言わせりゃハァ?だ。

基地反対派こそ本当はマイノリティで、今の沖縄は賛成とまではいかないけど「容認派」がほとんどだと思う。

日本の今の状態を考えたらしかたない」

自分たち基地によっていやな思いをしてないor恩恵を受けている」

「でも基地によっていやな思いをした(主に老人の)反対派を思いやって口には出さない」「というか沖縄ももめたくない」

みたいな考え方で、賛成とは言わないけど容認する人たち。

その中でニュース女子の件が報道されて、正直納得したよね。

ああ、あの野蛮な人たちは同じ日本人県民ではなかったのか。

なんらかの目的作為があってああいうことをしてたんだ。

思想の違う外国人がやってたことならそれの方がいい、ってね

普通に働くアメリカ軍人ヘイトつけまくったり

そのへんにゴミを捨てたり、下品に喚き散らしたり

近隣住民の「騒音を立てないで」の張り紙を不気味なカカシ?で隠したり

在日がどうとか、どうでもいいけどあれをやる人間たち全てがどうかしてると思う。

こういうこというとヘイトだとか差別だとか抑圧するマジョリティだとか言われそうだけど、もう笑ってしまう。

あれが同じ県民で、すべての沖縄県民がそれにくくられると思ったら、ものすごく嫌だった。

沖縄を離れて、報道されるのを見るたび、「みんながみんなこんなんじゃないのになぁ」と悲しくなった。

もしそれがなんらかの作為的な行動であれば、それを画策した人間に私は腹が立つ。

というか、沖縄県民でも直接いやな思いをしたこともない人間が何をしているのだ、あそこで。

我那覇さんは勇気があると思った。

沖縄県民の前に日本人であるというような言葉に、ああ、そうなんだよなぁと思った。

彼女応援している!という人も多いし、それを表明しなくても「よく言った」と思ってる県民は多いと思う。

沖縄メディアは、我那覇さんを取り上げないしなぜかそちらを少数派にしたがるけど、我那覇さんの主張、またはその一部に納得・同感する人は多いのだと思う。

マイノリティ集団には必ず抑圧するマジョリティに過剰に同化する人がいる。抑圧者にとってそういう人はたいへん都合がよく、一時はチヤホヤされる。「ほら、当事者だってこう言ってる」と使えるから。「アイヌ利権を主張するアイヌ」「在日叩きの在日」、そして沖縄にも。利用されてるだけの悲しい人。」

この香山リカ氏の主張に猛烈に腹が立ったのはなぜだろう。

お前が何を知っているのか。

というかマイノリティの過剰に同化チヤホヤされ利用されているのは自分ではないのか。反差別アイドル著名人として、利用されているのはないだろうか?

「私は違うわ。いけないことはいけないもの自分意思で主張し戦うわ。私は正しいの」か?

我那覇さんと何が違うのか?相手側の意見を聞く姿勢があるだけ我那覇さんのほうがよっぽど人としてできている。だからレッテル貼りをして逃げるくらいしかできないのか。

我々をストックホルム症候群被害者のようなものだと思っているのか?

沖縄は、マイノリティなのか。私たちはいつまで抑圧されたマイノリティであるべきなのか?

特に基地を憎んでいないのにそれに反対することが正しいことなのか?

自らの意思をもって基地容認・賛成し、主張することは哀れな被害者の成れの果てだともいうのだろうか。

沖縄を「抑圧されたマイノリティ」にしているのは、誰なのか?

私には、実際に目に見える障害がある。

たとえば、片脚がないと想像してほしい。それにほとんど近い障害だ。

自分人生をその状態で生きてきた私は、今やそれも自分個性ひとつだと思い、もはやチャームポイントだと思っている。コンプレックスはいまやなく、それを活かした仕事をしている。そんな自分を愛している。

片脚がない私たちは辛いんです!バリアフリーを!理解を!寄付を!と叫ぶ同じ障害をもった人もいる。それが悪いことだとは思わないが、自分と違う考えを持っているんだと思う。

そんな私に言う人がいるのだ

「片脚がないと不便だよね。かわいそうに」

「片脚がないことを嘆くことが普通なのに、大丈夫だなんて強がっちゃって。本当は大変でしょう?嫌でしょう?」

私がその時、どんな気持ちになるのかわかるだろうか。

こういうふうに言われたら、どう思うだろうか。

障害があることも受け入れる?そんな自分を愛する?まぁ、頭がどうかしてるんじゃないのかしら」

「私の知っている人は障害者人権向上のためにデモをしているわ。あなたはなぜしないの?」

「彼らの切断した脚を出して同情を買うパフォーマンスが嫌い?このレイシスト!彼らは闘っている弱者なのに!」

あなたみたいな人のせいで本当に困ってる障害者が言われるのよ。「あんな風に生きてる人もいるのに」って。その引き合いに出されてチヤホヤされて利用されて、かわいそうな人ね。あなたはかわいそうなマイノリティであるべきなのに」

あなた障害者の恥よ。もはや国賊よ。」

障害とともに生きた私は、どうしようもない気持ちになるのだ。

彼らは、自分たちがしていることがそういうことであるとは気づかないのか。

真っ当に自分なりの価値観で、自分を愛して生きていきたいだけなのに、言われるのだ。障害のない人に。何故か高いところから

差別はよくないわ。弱者へのヘイトはよくないわ。それをわからせるためなら(自分が決めた)レイシスト排外するわ。あなた弱者から喜んでくれるわよね」

バカじゃないだろうか。

今の沖縄を愛し、基地共存しようとしている人間を、迎合しようとしている人間を、

誰にそのように言う権利があるのか。

私は、沖縄が好きだ。基地があり、ステーキハンバーガーアメリカンファッション名物になり、休日にうろうろしている米軍人と笑顔挨拶を交わす。私が生きてきた沖縄は、そういう場所なのだ。そういうが沖縄は好きだ。そういう人間がたくさんいる。

一部の人からは「アメリカに染められ反対派を愚弄する国賊」だろうが、この多様化時代に私や、同じ考えの人の愛するもの・主張をなぜ鼻で笑われなければならないのか。

狭い良識と偏った考えで、己に正義があると思い込み弱者の味方ですというような顔をして良識人面している、本質を何も理解していない、理解しようともしない、自己愛にまみれた反差別の皮をかぶった差別主義者は、誰なのか。

どうせ彼らから見れば、この投稿も「ネトウヨ沖縄のふりをして書いたヘイト記事」「過剰にマジョリティ同化した哀れなマイノリティなのだろう。

そういう考えでいてもいいと思うが、真っ当に暮らす人間邪魔をしたり傷つけたりしないでほしいのだ。多分話通じないけどさぁ。

ぐちゃぐちゃになった。書捨て。

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170211181942

なんのために生きているのだろうhttp://todo-todo.hatenablog.com/entry/2016/10/12/132825]

文明という檻にとらわれた私たちが生きる目的は、動物たちのように生きていた頃の生活を取り戻すことにあるんじゃないだろうか。

仕事をしない上司のせいで鬱になった

上司判断してもらわねばならない案件

半年は平気で放置

煽れば、「わかった、やっとく」で放置

さらに明らかに依頼先の違うような仕事を他部署から引き受けて、

こちらにメール転送して仕事を投げてくる。

上司に言えば、「○○もここの仕事だし…(でもやり方は教えない)」

依頼もとに言えば、「上司さんが引き受けてくれたんだから…」

いろんなことで上司に聞けば、上司の2番手に回され

2番手に聞けば、上司に回され…。

上司上司に言おうとすれば、「あなた派遣社員なんだから身の程をわきまえて…。」と

正社員に諭される。

しかも「派遣さんより私たちのほうが辛い」とか言ってくる。

知るか。


そんなこんなで

たかだか派遣のやっすい給料

正社員でもわからないような仕事をやらされて

問題解決できなくて家でも職場でも悩んで悩んで寝れなくなって

鬱病になってしまったようだ。

パワハラみたいな暴言とかは論外だけど

仕事を全くやらない、丸投げして放置してくるような奴が上にいるのも

じゅうぶん鬱病の原因になりえるんだよなぁー。

もちろん、辞めますけどね。

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