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2016-09-26

レビュー(感想)を書くこと自体について考えたこと

最近話題シンゴジラ君の名はを見に行ってきた。

個人的にはどちらもとても楽しめたが、それは置いて置いて。今回は巷に沢山ある作品レビューについて考えたこと

例えば君の名はを見たあとに閲覧した以下の方の記事

http://ohrmsk.hateblo.jp/entry/kiminonaha.jp

有名なブログらしく、この方は批判的な立場から感想を書いておられるが、コメント欄を見ると賛否両論(特にブログ主に対する批判)が沢山書き込まれている。

特に否定的レビューをした場合、こういうことになりやすい。そしてたいていの場合は「嫌なら見るな」「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」といった批判否定的レビューをした人に対して向けられる。そして「こんな記事書くな!」という結論になりやすい。一方で「共感しました!」という意見も出てくる。

ここにレビューの難しさがあらわれてくる。

そもそもレビュー目的とはなんだろうか。

大きく分けて二つあると私は思う。

①見る前の人に見るべきかどうかの材料提供するため

②見たあとの人が感想を分かち合う喜びを得られるようにするため

このうち②に対しては何を書いてもなんの問題もない。作品に対して肯定的な人は肯定的レビューを読んで満足すればいいし、否定的な人は否定的レビューを読んで納得すればいい。

でも②での意味のみでのレビュー経済的価値は、ぶっちゃけ低い。だって映画はもう見てしまったわけだから感想だけなら誰でも書けるし。それよりも大事なのは①だ。私たちは限られた時間お金を何とかやりくりして生きている。長い時間お金をかけて好みではなかった映画を見るのは避けたい…。同じ時間で別の面白い映画も見られたかもしれないし、同じ時間バイトすることもできただろう。現代人は忙しいのでなおさらだ

じゃあどういうレビューが役に立つかというと、「こういうタイプの人はこの映画を見るべきで、こういうタイプの人は見るべきではない」と細かく中立的視点から解説しているレビューだろう。こういうレビューをするブログ評論家はあまり多くはない。ほとんどの人は自分感想を述べているだけだ。

しかし仮にそういう中立的完璧レビューがあったとしても、結局やっぱり自分で見てみなければわからないと気になってしまって見に行ってしまうのである

からレビューを書くということ自体無駄なんじゃないかとすら思えてくる。

この辺がその、私がいわゆる「評論家」と呼ばれる人達が世の中に本当に必要職業か疑問に思ってしまうゆえんである

加えてステマとかネガキャンといった意図的レビューも溢れてる現在では、なおさら他人レビューはあてにならない。

結局ドラマアニメ映画感想は、人によって異なり、実際に見てみるまでわからない。

から嫌なら見るな」という批判はどう考えても的外れで、「見たからこそ嫌だった」わけだから、それはしょうがない。せいぜい映画の途中で退席してしまうくらいだが、そういう映画に限ってラストどんでん返しがあったりするから気が抜けない。

私たちは貴重な時間を掛け金に、映画を一本見るというギャンブルをしているのである

あなたにとって面白ければあなたの勝ち。時間と金無駄にしたと思えばあなたの負けである。(これは「だからどんな映画でも楽しんだ者勝ち」という意味ではない。つまらないものはつまらない)

これは非常に分の悪いギャンブルで、事前情報であるレビュー広告は、自分面白いと思うかどうかを判断する材料としてはほとんど役に立たない。

もっとマクロな目で見れば人生とはそういうギャンブル連続であり、つまるところ運なのだ。そして自分の賭けに覚悟を持つことなのだ。

から見た映画がつまんなかったとしてもそれは自分覚悟の上であり、甘んじてその結果を受け入れるしかない。製作陣も配給会社広告会社映画館も勧めてきた友人も誰も非難できない。見るという判断したのは自分からだ。

話がそれたがとにかくレビューは事前の判断材料としては役に立たず、同じ感想を持った人たちと感想を分かち合うためにしか書かれる意味がない。だからレビューを書くときに「この作品批判しているやつはおかしい」とか「こんな作品を見に行く奴の気がしれない」とかみたいに意見の合わなかった人に干渉するようなことを言っても意味がない。

月並みな話だが、やはりなるべく肯定であれ否定であれ、個人の感想にとどめるのが無難だろう。

そんな風に結論づけつつ、結局私自身を振り返ってみると、ネットレビュー広告ばかりにつられて見に行っているなぁと思う。シンゴジラ君の名は話題作だから見に行ったわけだし。時間お金がない中で、マイナーだけど良い映画に当たるためには、どうすりゃいいんだろうね。

2016-09-25

映画聲の形』は商業的なマイナス要素を極力排除して再構成することで売ることに逃げ切った作品

観終わった最初感想は、漫画聲の形』が映像化されないことを確信したショックだ。

 

まず先に断わっておくが私が言いたいことは原作を崇めて原作未読者や映画馬鹿にするといった内容ではない。

映画製作に携わる人間が『聲の形』をどういったつもりで再構成したのか、

またその再構成の結果として商業的な成功を収めたことや、

そのせいで映画聲の形』(以下、映画しか漫画聲の形』(以下、漫画)に触れていない多くの人に誤解させてしまったということ、

そしてこの世で漫画聲の形』が漫画聲の形』という作品しか伝えられなかった、他のラブストーリー青春物語ではできなかったこと…映画からは外されてしまったことについて触れる。

この日記を読んで少しでも漫画に興味を抱いたのなら、漫画にて『聲の形』というコンテンツを全て消化すべきであり、

本当の答えを噛みしめ、確認しなければ作品聲の形』には全く触れないで人生を終えるといっても過言ではないと言っておこう。

これはステマではない。

なお漫画ネタバレになりかねないよう、これから漫画を読む人間にとって害にならない程度に極力抑えるつもりだ。

これはステマではない(繰り返し)。

 

そしてあくまでも日記なので読みづらさや誤字脱字などは勘弁してもらいたい。

 

制作スタッフが行った再構成とは

単純に2時間半に収めるには物理的な無理があったため、大幅にカット再構成されている。

その点だけでも漫画映画は全くの別物と言っても差し支えない。

しかしこれは映画1本に収めるという制約上仕方のないことで、これに関しては特に言及するつもりはない。

要は、漫画が伝えたかった要素をコンパクトにして映画で伝えられたらいいだけだからだ。

まり、私が問題にしているということはその再構成漫画が伝えなければいけなかったことを大部分が外されているからだ。

 

制作スタッフ映画を見に来た観客にできるだけ「負の感情」を強く抱かせないように気を使って再構成している。

分かりやすく言うと「なんだよこのクソ鬱映画!!」みたいな感想にならないよう、できるだけイライラ不愉快になるような要素や、

生々しい要素をオミットしている…その商業的にも負になりかねない要素たちだけ、

この映画への梯子が外されて下に蹴落とされている…といったイメージだ。

漫画では読者の心をえぐってくるような要素が宝石箱のように詰め込まれている。

主人公石田にともすれば殺意を抱かせるだけの強いクズ描写がされており、

小学生時代石田を無条件に悪だと読者は強く確信でき、そこに同情の余地もなければクラス手のひら返しにも憤慨するだろう。

映画ではかなりあっさりと流されていて、このせいで不快な思いをだいぶ軽減されているが、

石田の「俺は清算して死ぬべきだ」という気持ち映画視聴者に軽く受け取られやすくなってしまった、薄っぺらく見られやすくなってしまっている。

漫画の特色として、読者の暗い感情をこういった不快いじめや生々しい描写で刺激しつつ、

当事者である石田がどうやってそれを乗り越え、まともに生きることはできない、けれど死ぬこともできなくなったところを出発点に歩き出した、

というのが最初石田西宮出会いで、だからこそいじめた本人である自分友達になろうとするという不条理を進まなければならなくなったという経緯がある。

まり最初の死への渇望とその道を閉ざされた石田心理描写を読者に刷り込ませるためには、

石田所業が到底擁護できないくらい行き過ぎた描写であることが『聲の形』という作品には不可欠なのだ

それを見た読者の底にドロドロと横たわりだした感情を燃料にして、出会いが種火となり燃えながら、時には火が消えかけながら、それでも何とか大きくなろうとする炎の様子が、本当の『聲の形』の姿だ。

作品として、「読者(視聴者)の負の感情」が必要なのだが、これは前述したとおり耐性のある人間を選んでしまうため商業的に足かせともなりかねない、

判断され軽減・外した、というのが制作スタッフ再構成で行ったことだ。

ピンと来ないなら激辛だと食べれないから中辛にした、ということだと思って欲しい。

そのおかげで結果として極力不快要素を外し京アニ作画力とキャラの可愛さで万人が食べれる作品へと変化し、

商業的に成功を収めることができ、映画映画として勝利した。

映画聲の形』は売れることに邪魔になる重りを捨て去り新品のランニングシューズを履いて走り抜けた。

でもそれは漫画が這いつくばってたどり着いたところとは違うゴールであり、

その漫画がたどったコースとゴールは今後二度と映像化され現実化されないということを確信し、制作の手腕の勝利も同時に確信し、私はショックを受けた。

 

映画だけを視聴して誤解してしまった人々

帰ってレビューに目を通すと、やはり石田心理描写が把握しきれていなかったり、

よく分からなかったという感想もちらほらと目立った。

障碍者としての西宮葛藤や苦悩もかなりあっさりされているので重いテーマだったという感想はありつつも、

そこから広がりを感じるような形としての感想が出てこず、実は何も考えさせられてないというのが観察できた。

西宮がなぜ笑い続けなければいけなかったのか、西宮がなぜ思い詰めてしまったのか、

石田も同様になぜ最初に思い詰めて、それでも西宮と違い諦めなかったのかということに説得感を出すためには、

やはり前述した「読者の中に生まれたドロドロとした暗いもの」を燃料にするための不快要素がオミットされたことが原因である

 

聾唖の人たちから意見も、この不快要素オミットのために発生した説明不足、その他ところどころに出てきてしまった脈絡のないように見える行動もこのオミット行為副作用となっている。

から必要なのだ

聲の形』という作品を完成させるためには必要な要素だった。

ただ、それは商業的な成功には必要なかったし、事実それで勝利を収めてしまった。

これは作品の特色であってもビジネス上で不利益とみなされたものは無かったことにしていいという資本主義思想に対する芸術創作の完全敗北と言い換えてもいい。

とにかく大多数に対して理解されやすければ、消化しやすコンテンツであるならばいくらでも特色を消してしまっていいという姿勢だ。

それに深く静かな絶望を覚えたのは、漫画既読組には少なからずいただろう。

家に帰ったあとそれは視聴した沢山の人のレビューを読んで感じているかもしれない、私みたいに。

一体、映画を見た人の何割が石田自分を重ねることができたのだろうか。

嫌な汗はかくことができただろうか。

 

漫画聲の形

漫画の『聲の形』は、一度死を望んだ石田自分が行ったことを思い知らされ、なおかつ死ぬという逃げ道すら断たれたことで、

前を向いて、半ば仕方なく、半ばやけくそで行動する・西宮友達になるというスタート物語が始まる。

石田のやったことがどれだけ許されないことなのか、また当時の登場人物たちが流され、無力で、愚かで、間違えてきたことが心をえぐられる程度に描かれている。

この最初の導入でしつこいまでに鬱要素をぶっこむことで読者は自分過去やってしまった罪の意識を思い出し、無意識石田に重ねる、石田は読者の暗い過去だ。

今風にいうと黒歴史人物化したキャラクターとしてこれで形作られる。

過去が黒ければ黒いと形をはっきりしてくるキャラクターだ、それは視聴者の闇の色と同じ色をしているからだ。

それをやらなかった映画石田に対する感情移入がバラバなのは、つまりは、その黒歴史へのアクセスが不十分になってしまたからだ。

普通、そこまで思い返すほどのトラウマ黒歴史を持つ人間は少ないので、

その場合石田に代行させて罪の意識を増幅させるためにも石田のやったことは大きく描写されていた方が感情移入のためのパイプを築ける。

 

そして、死ぬことを閉ざされた石田が、つまり黒歴史から目を背けずに、常に意識して生きなければいけなくなった「あなた」は、

どうやって生きていけばいいのか、どう周りと接していけばいいのか、取り返しがつかない過去石田あなたはどう向き合っていけばいいのか。

それが『聲の形』の作品としての本質だ。

決して障碍者と涙ホロホロ最後ハッピーなだけの作品ではない。

石田黒歴史を貼りつけながら歩き続けるプレイヤーとなり、読者は過去が脅かすことに石田と共にドキドキしながら、辛さを共有しながら、

最初不快感を感じていたはずの石田自分に、いつしか何とかしようと奔走する石田応援しだす。

過去は取り返しがつかないかもしれない、

けれどこれから西宮未来は泣かせないように行動することができる。

それを問いかけてくる作品なのだ

それが『聲の形なのだ

 

過去の追跡がどれだけ辛く暗いものなのかが、このテーマを重く受け止めるために必要な手順だ。

ところが、何度もいうがこれをオブラートに包むか削除してしまったため、このテーマが盛大にぼやけてしまった。

漫画では西宮の家庭環境小学校教師との再会や映画作り、いてもいなくても一緒だった真柴のちゃんとした存在意義など、

この暗さと前向きにもがく様を描くための要素が何度も繰り返されている。

その最後の結末が、読者のこれから背中を押す形で終わっている。

生き続ける石田現実に生きる私たちへの、エールへと繋げられている。

それが『聲の形なのだ

 

そしてそれが他のラブストーリーにできなかったことで、『聲の形』だけができたことだった。

他のラブストーリーに、何とかしようとして上手くいかずに古傷をえぐらせるような真似をして、

それでも読まざるを得ないという状況にもっていけるだけの能力がない。

「これはどうなってしまうのか?(他人事とは思えない感想)」と思わせるのがこの作品面白さでもある。

 

聲の形』にとって障碍者という要素はいじめの歴史を作るためのただの道具の1つに過ぎず、それが本質ではない。

本質は、変えられない過去と変えられる未来、そして過去を受け入れるというこの3つの要素だ。

消極的に変わらざるを得なかった石田が変えられない西宮を救い、

一緒に変わっていこう、と2人とも前向きになるという完全に内面の話なのだ

そして変わりたいけど変われなかったという気持ちの重さ、辛さ、ドロドロした暗い時間の積み重ねを描き切ったのが漫画だ。

読んでいる人間石田の状況に嫌な汗をかき、そして小さくホッとする作品なのだ

その作品映像化はできていない。

できていないのに、商業的に成功している。

 

変わることの重要性を訴えた作品が、

そのメッセージの大部分を消失しながら、

大ヒットをしている。

 

まず私はその現実に立ち向かわなければいけない。

そう、思った。

 

…私はこの映画を予約するのに3時間かかった。

ネット予約操作方法が分からないのではない。

映画館聲の形から心をえぐられることに2時間半耐えられるか悩んだからだった。

ところが実際は、別のことでえぐられるとはそのとき私は思いもしなかった…

君が必要なんだよ。

そう、君だ、他でもない君。

君のその力が、今私たち必要なのだ


あ、そっちの君いいね、こっちこない?

2016-09-23

愛とは何か

1.

高校のころ伊藤整愛について書いた評論を読まされたことがある。

十年以上も前のことだし記憶あいまいなのだが、内容は「西欧キリスト教)でいう無償の愛とかいうやつは日本では無理www反論ある奴はクソブス女でも愛せるのか言ってみろ!おらっ!」みたいなものだったと思う。

高校生だった自分は「ああたしかにそうだ」とえらく納得し、愛というもの絵空事のように感じて、男女間にあるのはただ性欲と情だけなのだという彼の論旨を素直に受け容れた。

2.

しか大学に入ってこの考えにほころびが生じてきた。

大学天使のような女の子が居たのだ。彼女は今でいうスクールカーストの上位層だったのだが、誰とでもわけ隔て無く接し、卑劣裏切り行為をした相手に対しても幸福を祈るというような少女だった。

いま思えば彼女クリスチャンだったんじゃないかと思う(そういえば名前聖書に出て来る女性風の名前だった)のだが、当時の自分には彼女が全く理解できず、上述した伊藤整評論の内容を軽く非難めいた口調で説いたりしていた。

いま思えば赤面もの行為なのだが、彼女はそれをニコニコしながら聞いていた。

3.

そして最近キング牧師愛について説いた説教を読む機会があった。

これも一読しただけでうろ覚えなのだが、要約すると「『愛』と『好きになること』は別物である。神が私たちに『敵を好きになれ』と言わず『敵を愛せ』と言ったことに感謝すべきだ。私たちは、憎む敵を好きになることができなくても、彼のために祈ることはできる」という趣旨だったと思う。

これを読んで今まで持っていた伊藤整流の「愛」観が崩壊した。伊藤整通俗的な「愛」のイメージ問題を論じていたのではないか

4.

がっくりして人生を振り返ってみると、自分はどうも愛と無縁な生活を送ってきてしまったらしい。

大学天使のようだった彼女はいま何をしているのだろう。きっと愛に満ちた生活を送っているに違いない。

永野という芸人ネタ、滑稽さを引き受けること、偶然で物事説明することの意味不明

永野というラッセン云々が持ちネタ芸人、といっても私が説明する必要もないと思うけど、のネタをこの前ガッツリみた。



いままでもちょろっと見かけたことはあったけど、イマイチ苦手だった。

なんとなくシニカルな感じがするし、ラッセンがすき、この貧しさこそが真理だ、と言わんばかりの姿勢のように思えたからだ。

貧しさこそが真理というのは、たとえば闇金うしじま君であったりクジラックスみたいな感じだ。

なぜこの二つが等号で結ばれるのか謎って人もいると思うけど、そこは説明すると長くなるので割愛させてください。

また、私は両者共にたんに否定的意見を持っているわけでもないということを加えておきます



で、最近なんとなくネタをいろいろ見てみたわけだけど、これがなかなか面白かった。

あんまり他の芸人でたとえるのも失礼だけど、本質的には劇団ひとりと似たマインドをもってるんじゃないか?と思った。

人間がはらみうる滑稽さみたいなものを単にバカにするわけではなく、むしろその滑稽さを引き受けて笑いに転化する、みたいな。

もちろん、そこにはアングラ的な野蛮さや「意味破壊」みたいなものがあって受け取りかたが難しいんだけど、

劇団ひとりがある程度の大衆受けをしたのと同様に、この人も根っこは必ずしもアングラではないんじゃないかという気がした。



で、最近そんな永野に対する評論を読んだわけだけど、これがわけわからなかった。

永野ブレイクしたのはなぜ?という問いからはじまって、最終的にたまたまタイミングがあったのだろう、という主張の記事だった。

それって意味不明じゃねえか?

もちろん、私はあらゆる物事には理由があるといいたいわけではない。世の中の多くのことって、複雑系云々の知見を持ち出すまでもなくある種の偶然で決まってしまう。



でも、評論で偶然を持ち出してしまった場合、それって何一つとして説明していることになっていないんじゃないか

まあ確かに、どうしても私たちってある事象が起きた理由なり意味を探りがちだけど、実はそれって単に確率的な問題だよ、ということはあって、その意味ではこの記事は「情報」があるのかもしれない。

でも、偶然なんだろう、ってそれ別にデータ論理もないじゃん。

そんな記事を読まされた身にもなってほしいよな、と思った。

http://anond.hatelabo.jp/20160923141035

肛門周囲膿瘍


<症状>

突然、肛門が腫れて激しい痛みを起こします。膿で下着が汚れると「便がもれた」と勘違いする人もいます重症になると高熱、全身倦怠をおこします。体力の無い方で、すぐに処置をおこなわないと敗血症をおこすことさえあります


<原因>

わかりやすくいうと肛門にある小さな穴(陰か、といいます)に便の中のばい菌が入りこみ化膿することが原因です。丁度、歯のすきまに口の中のばい菌が入り込んで虫歯になるのと似ています。(むしろ、歯槽膿瘍に近い)。しかし、虫歯と違い、歯磨きで予防できるようなものではありません。

私たちの体には全員、「陰か」があり、毎日そこを便が通過しています。ばい菌が入り込むかどううかは「たまたま偶然の結果です。つまり私たちは皆、この病気を起こす可能性があります

やだねぇ。。

長谷川某はイケハヤのように海外からもっとスマート炎上せよ

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48487334.html

http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/48497760.html

(閲覧注意)


ヨッピーだったら炎上しないのかなあと思いつつ、もしそうだとすればはてなーも堕ちたもんだけどさ。

まあ、ヨッピー他人を口汚く罵ることはなさそう。自分がいつその状態に落ちるかわからいから。「元アナウンサー」という肩書の有無でこうも評価が変わるとなると、やはり日本は先手必勝なのだなあと思うわけです。「とと姉ちゃん」でも「自己実現欲求のために働いているのに、貧乏だと後ろ指を指される」という一言があって、日本の「ちょっと人と違うことに嫉妬して叩く」というのも変わらないのだなあと。




そんな話がしたいのではなくて。

Weblogの方も一通り読んで、大体の主張理解。ただ、僕は長谷川某が耳を傾けるに値しないという先入観で読んでいるから、原則伝わらないと思うけど。



 某のスタンスとして『炎上ってとても素晴らしい。だって拡散できる。』というのがあるわけで、炎上はある種意図的にやったと解釈。だとすれば、一次炎上すれば、某は目的を達成したわけで、その後のTwitterブコメにムキになって反論することはないのだと思うのです。だって、『ピーチクパーチクとうるさい人』扱いだろ。つまり取るに足りない有象無象だと思っているのです。

 別に彼らを無視するのはかまわないし、無視すべきだと思う。ネトウヨがうざいように。でも、某はそれも執拗に叩くのです。『なんなら、私を応援する現場医師たち、15人くらい、呼んできてやろうか?参考になる話、たくさん聞けるぜ?』『ネットで私の悪口を書くしか能のないバカたち』などと。



 これは某が本当に『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』と言いたいなら、彼らにムキになって相手にすることはないと思うのです。すればするほど、某も彼ら同様に「悪口を書くしか能のないバカ」扱いされてもしゃーないなと思うのです。かくいう私も度重なる某の煽りに対し、「長谷川某?あーまた人格破綻者がなんか言ってるわ」などと先入観で見てしまう。残念ながら、今回の一件も、たとえ某がどれだけ『ご自身に全く非もない中、腎臓を悪くされ、人工透析を行っている患者・またご家族の皆さん。』の苦しい思い、悲しい思いを取材していたとしても「人格破綻長谷川某がなんか言ってるわ」と私は思ったので、「ご家族の皆さん」の思いは1mmも伝わらんかったんですよね。

(つーか、ちゃんと取材しているならわざわざ『あなた方の現実はちゃんと分かっています。』って予防線張らなくてもよくね?だって長谷川さんは私たちのために、あの憎き不摂生透析患者を叩いてくれている。ネットはいくら叩かれようと、わかってるよ」と"あなた方"はわかっているのだから、それをわざわざアピールせんでも。)



 これはすごくもったいない。これこそ日本の損失。



 まず、仮にも記者自称するなら、伝えたいことが聞いてもらえない、伝わらないって致命的なことだと思うんですよね。存在価値の有無を問われるレベルで。






 ただ、某には感謝しているんですよ。だって、「日本若者たち生活が「崩壊している」から言っている」「私たちの子供が大人になった時、あまりにも絶望的な国・日本を引き継がなければいけなくなってくる」から吠えているそうなんですから。私も30歳なので世間的には十分若者、なので某は私の味方のはずなんです。全然味方感ないけど。



 いや、某が勝手日本正義感ぶってくれるのはありがたいんですよ。一銭の得にもならないのに、むしろバカどもからいわれのない謗りを受け続けても(いくら無視しても物理的な被害可能性とか、精神的な澱はやっぱり溜まってくると思います家族親族への謗りとかも)吠え続けているんですよ。でも、それだけエネルギー使うのもったいないと思うんですね。少なくとも家族はいい顔をしないでしょう。

 なので、某にはマジでシンガポール香港移住して、浮いた取材に係るエネルギーを私腹肥やすほうに使ったほうがいいと思うんですね。「まだ日本で消耗してるの?」などど言いながら。だって「こんなクズ保険年金システム国家」なのですから。少なくともあなた家族絶対winですし、あなたに多くのエネルギーを使って叩いている人々も別の活動能力注げるからwin。朝から次の朝まで延々と仕事してる厚労省職員精神的な苦痛を受けずに済むしwinなんですよ。



 おお!完璧だ。



 なので、某は心から海外移住おすすめしたい次第です。




追記。

なんか隊長っぽくなった。

自業自得かどうかの判断システム」はどうやってやるんだ?という叩きもあるけれど、これはある程度まではできるように思う。まず先天的糖尿病患者ex.1型)は排除それから遺伝子検査腎臓を患いやす遺伝子を持った人も排除できるだろう。(遺伝子検査の精度はさておき)また、生活習慣のチェックリストや、これまでの健康診断結果を基に評価するという方法もできそうだ。(個人情報保護法を乗り越えるのは少し大変だが。。。)これまでの診療歴を見てもいい。ストレスチェックよりかは遥かに評価簡単そうだし。

 とはいいつつも、

 1.評価基準ってあるのか?ないならエビデンスに基づいた基準を最低でも学会レベルで定めないと。

 2.システム構築に係る費用って、現状の透析システムを続けるのと比べてどれぐらいペイするの?

 主張するなら、せめてこれぐらいのデータはほしいよねえ。

2016-09-22

宣誓!!!

僕たち!

私たちは!)

インターネット違法アップロードサイトで!

ファイル共有ソフトで!)

アイドルマスターシンデレラガールズの!

シンデレラの!)

かな子が!

三村が!)

痩せるためにセックスする本を読みません!

ダウンロードしません!)

2016-09-20

商社人間って糞なの?

である私や私の上司は困っている。

ある取引先の商社で、私たち企業向けの受注担当をしている、Aに対してだ。

Aはとにかく仕事ができない。

言い訳ばかりする。

こちらが用意するよう依頼した資料を用意しない。

期限を過ぎても連絡がなく、こちらから連絡したらまた言い訳

2ヶ月も時間をあげたのに「製造メーカーから回答がきてないからまだ資料できてません」と。

こんなのが何回も続き一年近くたとうとしている。

私の部署もこのメーカー「だけ」あまりにも糞な対応からどうしようか悩んでる。

何度も上司を呼べと言ったが「それだけは!」と懇願

またはメールには来ると行っておいて当日来ないとか。

本当に糞な対応され過ぎて腹立つ。

担当を降りてほしい。

イライラし過ぎて会社名出したいくらいだよ。

商社人間って、仕事もできないのに高給取りなの?ふざけてるの?

http://anond.hatelabo.jp/20160920011201

元増田(国語教員)です

まず

国語」の授業は単純に「日本語」の授業だけではないことは明らか

はい、そうです

重なる部分はありますが、

日本語」というのは、言語学上の1言語に過ぎませんが、

国語」になると話が変わってきます大学教職科目を取っていたときは、

「「国語」はある種のイデオロギー的なもの」と教わりましたが、僕はそこまでは思いません

ただ、「国語」、母国語であるわけで、使う私たちはいわばネイティブです

日本語」と言う場合、多くの場合ネイティブを想定していませんよね

自由七学芸のうちの修辞学、論理学文法を輸入して、まとめて1つの科目にしたんじゃないなかと思う

考えてみたことなかったですが、言われてみれば領域的にはそうですね、言葉に絡む一切のものを詰め込んでる感はあります

古典小説評論と詩と、ぶっちゃけ授業の目的とする方向性はまったく別だよね?

教材として日本語文章を使うところは共通してても、別のカリキュラムだと思う。

これは自分の一個人としての意見ですが、

根っこは同じだと思います

言葉に対する意識感覚能力を向上させる」ことを念頭に置いて、自分はやってます

ですが、現実問題古文の授業と評論の授業を、全く同じマインドでやるのは不可能です

詩の読み方と評論の読み方はトーリーイコールではないですしね

2016-09-19

http://anond.hatelabo.jp/20160919225910

元増田(国語教員)です

もちろん、ニュース新聞など、喫緊性の高いものに関しては、全部読んでる暇はありませんし、簡潔に伝えることが必要だと思います

ただ、それは「情報のもの価値問題」ではなく「情報喫緊性、いわば読み手私たち問題であるように思います

見出しだけ読んで、詳細を読むべきかどうか判断できることに価値があるんです。

これは、喫緊性の高い情報に関してはまさしくその通りだと思います情報峻別にかける時間がそのまま利益に直結するので

ただ、喉に刺さった魚の小骨のような感覚を覚えます

というのは、「情報喫緊性」が高い文章と、低い文章があって、そのどちらにも価値ある内容が含まれているのです

教育問題になってしまますが、前者を読む感覚後者を読むような読み手を育ててしまっては大変です

英語でいうスキミングのような読み方は、間違えれば、自分の都合の良い物語を作らせてしまいかねないので、それは止めないといけないな

というのが自分の主張でした

ライフステージが違うということ

久々に会った親友に「雰囲気が変わった」と言われた。

外見の変化ではなく中身の変化らしいが、奥歯に物が挟まったような物言いだったから、その変化は彼女にとってネガティブな変化だったのだろう。

彼女にこのセリフを言われるのは二度目だった。

私は、会話を続けながらも、少しずつ気分がどんよりしていった。

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私はある地方都市高校卒業までの18年間を過ごした。

中高はその都市私立の一貫校で学んだ。

地方中高一貫校とは首都圏のそれとは大きく異なる。

頭が良い子が行くところではなく、富裕層の子が行くところだ。

実際、私が通っていた中高でサラリーマン家庭の子は数えるほどしかいなかった。

彼らの親はほとんどが医師薬剤師弁護士社長だったし、私の父もそうだった。

私たちは、その地方都市では自らは最も幸福人種であると信じ込んで6年間を過ごした。

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話がそれたが、久々に会った彼女はその頃から親友だ。

楽しいことも苦しいことも分け合ったし、どんな些細なことも共有した。

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その後、私たちは別々の大学入学した。

彼女地元ではない地方都市私立大学へ、私は東京大学へ。

遠く離れても最初大丈夫だった。仲良くやれていたと思う。

年に1回は2人で海外に行ったし、住んでいるところは離れていたが、3ヶ月に1度は会っていた。

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でも、就職活動辺りから色々なことが拗れてきた。

当たり前だが、私たちは同じようには就職活動ができない。

受ける業界も、企業も、大きく異なったし、学歴フィルターも目の当たりにした。

私は地方都市出身コンプレックスに思うようになったし、自分がただのお山の大将だったことにも気付いた。

から必死努力した。

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彼女に初めて「雰囲気が変わった」と言われたのはその頃だった。

彼女就職活動が上手くいってないことも感じていたし、反面、私のそれは順調そのものだったから、その言葉は上手く躱せた。

私が内定をもらったところは特殊業界だったし、学歴早慶以上の人間しかいなかったから、鼻についたのかもしれない。

とにかく、私はその時彼女より余裕があったから、色んなことを飲み込んだ。

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その後、彼女も何とか内定を貰い、私たちはそれぞれ大学卒業した。

卒業旅行は2人でハワイに行った。楽しかった。

社会人生活も頑張ろうと誓い合った。

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就職してからは、サービス業休みが不定期な彼女と、激務な私とでほとんど会うことはなかった。

会っても年末年始地元帰省した時に少しお茶する程度だった。

昔みたいに海外旅行に行くどころか、近況を報告する余裕すらなかった。

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そして今日彼女東京に遊びに来たので、1年ぶりにあった。

なんとこの1年で彼女彼氏を作り、仕事を辞め、同棲を始め、婚約したらしい。

おめでたいことだ。

そっちはどう?と聞かれるのでありのままを話した。

仕事のこと、恋愛のこと、お金のこと。

そこで言われたのが、冒頭の「雰囲気が変わった」というセリフだった。

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私の仕事地位彼氏学歴貯金、全部、これらは私が死ぬほど努力して手に入れたものだ。

私は今の自分を愛してるし、誇りに思っている。

今の環境感謝しているし、これからもっと成長したい。

常に最高の自分アップデートしながら生きる。

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雰囲気が変わった」

このセリフ自分否定されてるような気がした。

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多分彼女と前のように親しくすることはないだろう。

もう生きる場所が違うのだ。

お互いにないものねだりを続けても仕方がないけど、きっと会ってもどんよりするだけだ。

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このブログ彼女に直接言えないヘタレな私からの別れの言葉だ。

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親友だった彼女、今までありがとう

2016-09-18

ジャニヲタってデブでブスで痛くて男に相手にされないかアイドルに逃げてるって印象だと思う。

一般的には。

確かに多くのジャニヲタはそうだと思う。だけど全員がそうじゃなくて、大体は普通の子で、中には痩せててスタイル良くて綺麗で可愛くてお洒落な子も一定数いる。

ダフ屋転売サイトから最前席やアリーナ通路横の席を買ったり、良い服や化粧品お金をかけるためにキャバクラ風俗で働いている子もいる。そういう子はコンサート会場で髪を盛ったりドレスを着たりで浮いているけれど、お姫様みたいで純粋に綺麗。

赤文字系の服を着て細くてお人形さんみたいな子は、好きなアイドルと目が合っただけで顔真っ赤にして座り込んじゃうくらい健気で本当に可愛い。守ってあげたい。

雑誌に載ってるような個性的でお洒落な子がうちわペンライトを持って、ファンサをもらう度に飛び跳ねて喜んでいるところを目撃すると、それだけでこちらも嬉しくなってしまう。

ジャニーズコンサートに来てみるとわかると思うけど、女子校みたい。大抵は普通の子。それでデブもブスも痛い子もいるし、可愛くて綺麗でお洒落な子もいる。ただ、オバサンもいる。着飾ってるマダムっぽい方もいれば、髪も服も寂れて見てられないような方もいる。



私も学生の頃はジャニヲタで、仲良し女子3人組でいつも某グループコンサートへ出掛けていた。コンサートの日程が発表されて、誰がどこの地方を申し込むか、ホテル新幹線夜行バスの手配をどうするか、どんなファンうちわを仕込むか、何を着ようか、コスプレなんかもしてみようか…計画段階で本当に楽しかったし、当選した後やチケットが届いて席を確認した後なんかは毎日お祭り状態ではしゃいでいた。

専門学生大学生だったけれど、私たちは「普通」の集まりだった。

A子はスラリと細くヘアメイクの達人で、友人たちに化粧品を選んであげたりもしていたくらい、いわゆる女子力の高い子だった。男性からの誘いも少なくなかったが、当時は週末はジャニヲタ活動(録画したテレビを見たり編集したり雑誌を読んだり切り取ったりコンサート舞台に行ったり)を優先していたため、当時の彼氏もやや寂しそうにしていた。

B子子供の頃からスポーツをしていてガッチリ体型だったけれど、社会人になった頃から筋肉が落ちてあっという間に太ってしまった。しかもガハガハ笑うので思春期から男性には女として見てもらえることが少なかったらしい。顔立ちはそんなに悪くなく、A子からはよく「痩せたらいいのに」と遠回しに言われていた。B子は「痩せたいよーでもご飯が美味しいから」と返していた。



あれから10年以上経ち、私たちは全員30代に突入した。A子とB子は未だにジャニヲタでいる。私は仕事が忙しくなり、社会人になって数年で自然と離れることとなった。

A子は一途に同じグループの同じアイドルを追い続けていて、いつも楽しそうにコンサートでのエピソードテレビでの活動報告をしてくれる。

B子は2年単位くらいで他のグループJr.の子たちを同じくらいの熱量応援している。

定期的に私たちは近況報告会を開くのだけれど、私とB子が互いの旦那子供の話をしだすと、A子が不機嫌になってしまう。なので早めに切り上げてA子にコンサートネタを振ると、ファンサ自慢が始まる。A子はあのアイドルにこんなことをしてもらえたけど、B子は何もしてもらえて無かったと、やんわりと言う。「B子はあの時惜しかったよね!はー◯◯君(A子が好きなアイドル)手振ってくれて良かった!嬉しかった!」といったふうに。B子は嫌な顔せずに「すごかったねー良かったねー」とニコニコしているが、私はとても居た堪れなくなる。たかアイドルファンサが何の自慢になるのかと。

4年前にB子結婚し、子供を産んで家族を持った。B子旦那さんはB子ジャニヲタ活動にとても理解があり、今まで出会ったことの無いジャニヲタという人種文化面白いのか、少しずつタレント名前を覚えたり、コンサート舞台のある日には子供の世話を全て引き受けてB子を快く送り出している。「△△君を応援しているB子面白くて可愛いから続けてほしい」のだそうだ。

B子結婚出産が知らされた時、A子はお祝いしながらも目は笑っていなかった。心のどこかで見下していたのかもしれないB子にいろいろなことを先越されたことがショックだったのだろうなと思う。A子が現実から逃げるように更にジャニヲタ活動に勤しむようになったので、その頃に一度だけ「A子は婚活しないの?」と聞いてみたが、「してるよー!けどイマイチでねー!」と笑い飛ばすだけでほぼ流されてしまった。学生時代彼氏とはとっくに別れを迎えていて、それから何年も彼氏も作らず独り身でいる。出会いも脈アリな男も周りにはいるが、本人の望みが高すぎるのか恋愛に発展しない。これから人生設計よりも、目の前のアイドルから好かれることに必死に見えた。

B子婚活で今の旦那さんを捕まえたのだけれど、たくさんの人とマッチングを試みて、同じ回数デートしたらしい。モテてこなかったB子は当初、「見た目で判断する人はこっちから最初から切る。中身を見て好きになってくれる人を探す」と意気込んでいた。B子婚活を始めた理由は「娘とクッキーを焼く人生を贈りたいから」だった。ちなみに生まれたのは男の子だったのでB子に「息子ともクッキー作るの?」と聞いたら爆笑して「もちろん!」と答えていた。

B子と合う人はなかなかおらず、今の旦那さんと出会うまでにかなりの時間を要していたけれど、彼に手料理を振る舞ったらあっという間に婚約までこぎつけてしまった。B子がずっとぽっちゃりだったのは、自分で作るごはんが美味しかたかなのだと、その時合点がいった。



女同士だから妬んだり羨んだりする感情は少なからずあるけれど、私たちは何年経っても友人でいて定期的に会って話をする。A子のB子に対するマイナス感情理解できるし、何よりA子には良いところもたくさんある。優しくて賢いし気配りもできる。まだまだ綺麗にしていてスタイル抜群でとても30代には見えないA子だけれど、いつか目を覚ましてほしい。A子は40代になってもファンサ自慢をしてくるのだろうか。



つい最近舞台帰りのA子と待ち合わせをしたが、A子より明らかに年上の女性と連れ立ってやってきて、後の食事で連れの彼女独身であることを知った。A子はもう自分より下に見れる人がそばにいないと自我が保てないのかと寒気がした。彼女と並んでいれば自分は若く見られるし、ルックスも連れの彼女の方が明らかに冴えないオバサンという感じだったから。




結局ジャニヲタっていくら着飾ってても中身がブスなのかもしれない。

女の子から降りた日

部屋を片付けよう、と思って、何週間もかけていろんなものを捨てた。

洋服食器、果ては家具まで。

いらないものを捨てるのは別に苦しくなかった。



でも、ぬいぐるみを捨てるのはためらった。

愛着があるとか、呪われそうとかとはまたちがう。

私にとって、ぬいぐるみは「女の子」の象徴だったからだ。



大学に入るために東京に出てきて、一人暮らしを始めた。

都会の女の子たちはみんな可愛かった。

うちの大学の子達は特に、きゃあきゃあと高い声ではしゃぐ「女の子」な子達だった。

若くて明るくて可愛いをそのまま形にしたような周りの子が羨ましくて、彼女達の真似をしてみた。



パステルカラー可愛い服を着て、ピンクチークを塗って、茶色く髪を染めて。

彼女達が喜んで買うからキャラクターの小物も買ってみた。

ぬいぐるみは、その中の一つだった。



可愛くって、明るくて、ちょっとおバカだけど周りにとびきり愛されている友達ピンク色に囲まれた部屋にぬいぐるみをいくつも飾っていた。



田舎にいた頃、周りの友人達は垢抜けなくて、バイトもできない私たちは少ないお小遣いで地味な雑貨を買っていた。

でも、それがすごく楽しくて、みんなと街に出て買い物をするのが好きだった。

友人たちは、たくましくて、負けず嫌いで、愛されキャラとは言えなくても、私は彼女たちが大好きだった。



都会に出てきて出会った女の子たちは愛され上手で、身に付ける色はピンクと白。

部屋に飾るぬいぐるみは、彼氏とのデートで買ったものだそうだ。

キラキラしてふわふわした女の子はこういうものが好きなんだ、とぼんやり思いながら見ていた。



一人暮らしが寂しくなった頃からピンク色とぬいぐるみを真似してみた。

意外と女の子らしいんだねと言われて、少しだけ舞い上がった。

でも、私はピンク色もぬいぐるみ全然すきなんかじゃなかった。

そんな自分も、好きじゃなかった。



就職活動を始めて、大人にならなきゃという焦りから、まず服の色が変わった。

選ぶのはシックな色になって、だんだん服のラインスマートに変わっていった。

髪の色は当然黒で、チークは肌になじむオレンジリップ無難ベージュ



部屋のものが減っていって、寂しさを感じなくなった。

昔好きだった歌の「したいことが多すぎて散らかった狭い部屋 何から何まで捨てられたなら」という歌詞を思い出した。

ものを捨てながら、散らかっていた頃が少し眩しいと思ってしまった。



捨てて捨てて、最後に残ったぬいぐるみ

それを、明日の朝、捨てようと思う。



カラフルぬいぐるみを優しく袋に詰めたら、何だか悲しくなってきた。

多分、もうこの先では出会えない色。

心のどこかで、ずっと女の子でいられたらと思っていた。

でも、それが叶わないことは知っていた。

今は、それが叶わないことを受け入れられるようになってしまった。



私が憧れた女の子が言っていた。

本当はまだピンク色のスカートフリルブラウスを着たい。

でも、今は2コ下の後輩がそのポジションから



女の子を降りても、女と言うにはまだ私たちは未熟だ。

赤いリップ自然に笑えるようになる頃には、こんな寂しさも思い出になっているのだろうか。

突然ごめんね。そう。私。北海道です。

みんな忙しいのに集まってもらって、ごめん。でも、もう限界だったから。

まずは、ねえ、青森ちゃん。青森ちゃんってさ、私が想うほど私のこと意識してくれてないよね。知ってる?青森ちゃんってさ、私にとって日本の中で唯一のお隣さんなんだよ。でもさ、青森ちゃんにとってはお隣さんが二人もいる。秋田ちゃんと岩手ちゃん。しかもきちんと地続きになってる。

からさ、青森ちゃんは私のことお隣さんって認識してくれてないんじゃないかな?って不安なっちゃうんだよね。山形ちゃん、宮城ちゃん、福島ちゃんとも東北っていうひとつグループになってるみたいだし、もう完全に私の入り込む隙間なんてないんじゃないかなって…。

グループって言えばさ、日本ブロックごとに分けたとき一人ぼっちになるのって私だけなんだよね…。東北関東中部近畿中国四国九州沖縄…。えっ?沖縄ちゃんも単独だよって?うん、いや、そうなんだけどね。…ほら、沖縄ちゃんって、たまに『九州・沖縄地方』って分けられてるじゃん。…ずるいなって…。

え、ううん、そんな。沖縄ちゃんのせいじゃないよ!悲しい顔しないで、沖縄ちゃん!私、実は沖縄ちゃんが一番気持ちを分かり合える相手なんじゃないかなって思ってるんだから!ほら、通販で『※北海道沖縄・その他離島は送料が異なります。』って書いてあったとき、ガッカリする気持ちとか。

日本の中でも最北と最南で、端っこ同士通じ合うものがあるっていうか。ね、だからもしも、都道府県の中でペアを組むことになったら、沖縄ちゃんは私と組んでくれるよねって信じてるの。

え?嫌だなみんな、そんな顔しないでよ。もしも。もしもの話じゃん今のは。待って。本当にペアを作れって言ってる訳じゃないから。ねえ。ひそひそ話しないで!みんなも分かってるでしょ。47都道府県奇数。ペアを組んだら誰かが絶対余ることになるって。私怖いの。もしその時が来たらって。誰とも地面が繋がってないから、不安なの。

同じく地面が繋がってない沖縄ちゃんも、さっき言ったみたいに九州グループと親密だから…。九州は7県、奇数だよね…。だから沖縄ちゃんを入れてうまいことペアを完成させちゃうんじゃないかなって…。

でも、でもさ、面積が大きいことで有名な私だから、逆に面積の一番小さい香川ちゃんと組むのもありかなって!ねえ、香川ちゃん。徳島ちゃん高知ちゃん愛媛ちゃんとくっついてないで、ちょっと聞いてよ。私、面積以外にも全国一位なものがあるんだ。何だと思う?それは、小麦生産量。

あ、その顔はもう気付いた?そう。小麦ってさ、うどんの原料なんだよね。だから、私と組んでくれたら、いくらでもうどんが作れちゃうかも、なんて。

冬は雪が降るから水不足になることもそうそうないし。もちろん、組んでくれなかったら小麦あげないなんて意地悪は言わないよ。言わない、…はず。忘れないでね。小麦だよ。こ・む・ぎ。

東京さん…、いや、東京ちゃん。なんか、東京ちゃんってみんなの憧れだし、やっぱり首都から、別格って感じがして近寄りがたいけど、同じ日本の仲間だもんね、ちゃん付けで呼んでいいよね。東京ちゃんと私にも、みんなとは違う共通点があるんです…あるんだよ。

それは、唯一の『都』と『道』ってとこ。府は大阪ちゃんと京都ちゃんで二人いるし、県なんて43人もいるけど、都と道はそれぞれ私たちだけ。私達のためだけに用意された呼び名っていうか。その辺がやっぱり、私とペアを組む理由に…、あ、それだけじゃ弱い?うんとね、じゃあ他にはね…あ、埼玉ちゃん神奈川ちゃん千葉ちゃんと一緒に行っちゃった…。

あとは、あとは、うーんと…。どうしよ、他の子あんまり分かんないよ…。え?知らなすぎるって?ちょ、ちょっと待って、そんなに責めないでよ…。

…ひどいよ!だってしょうがないじゃん!みんなは隣りあった子とか近くの子について詳しくなってくだろうけど、私はそもそも隣の子青森ちゃんしかいないんだってば!

その青森ちゃんだって、海を挟んでるし!

地理の授業で都道府県を埋める問題だって、みんなは北海道沖縄自分場所普通に分かるから最低3点は取れるんでしょ!?私はその最低点がそもそも2点のとこからスタートするの!不利じゃん…。

はあーあ、いいな。『隣県』なんて言葉、私も使ってみたかったな。いいよねみんな。場所によっては電車で隣の県に行けちゃったりさ、何なら徒歩で行ける場合もあるんだもんね。私なんて道内を移動するだけでもとんでもない時間がかかるのに、徒歩で出たりなんかしたら海にドボンだよ?分かる!?

ていうかさ!いつも気になってたんだけど、みんなって私だけに距離置いてる感じだよね!…とぼけないでよ!私のことだけ!呼び捨てにしてくれないじゃん!石川県石川福井県福井!なのに!私のことは北海って呼んでくれないじゃん!あ、ごめん二人とも、人の名前っぽいから例として出しちゃっただけ…。とにかく、みんな私を北海って呼んでよ!誰も今まで呼んだことないから、とか関係ないの!

ほら、試しに呼んでみてよ島根ちゃん!あ、ご、ごめん鳥取ちゃんか…。二人ともよく似てるから…。なんて、こういう風にセットでいじられるのもすごく羨ましいんだよ。双子みたいで。私も誰かと間違われてみたかった。でも二人と同じ中国グループの子たちはさすがに見分けがつくんだよね?山口ちゃん、岡山ちゃん、広島ちゃ…広島ちゃんはお祭り騒ぎでそれどころじゃなさそうだね。

かいない?私とペアになってもいいよって子。ペアになってくれれば、触らせてあげる。そう。北・方・領・土。自分の一部だけど、デリケートから簡単に触っちゃだめみたい。でも、組んでくれるなら特別に…。

…やめよっか。なんか悲しくなってきちゃった。こうやってみんなを集めて、自分勝手に喋ったりなんかして、ますます孤立するだけだよね…。ううっ…。

…え?そんなことないよって…?「食べ物が美味しい」…「梅雨がない」…「観光地として人気がある」…「ごで始まるあいつがいない」…そ、そんな…。みんな、ありがとう…。そっか…。私、一人で勝手に仲間外れにされたような気になってた。そうだよね。47人みんなで一つだもんね。ありがとう!元気出た。

また年末にでも集まろうよ。私、得意の美味しい料理でもてなすからさ!「年末北海道は勘弁して」あ…。そ、そっかあ…。

<終>

2016-09-17

何でも性別のせいにするのはやめてほしい。

私と私の友達対応をすべて私たち女の子というのを理由にするのはいかがなものか。

性別のせいではなく、性格問題だ。

私と友達はいつでも行動を一緒にしていないと嫌だという人ではないし、

一人でご飯を食べるのもそこまで嫌ではない。

そういう性格なのだ

別に私たち女の子から購買について行かないわけではないし、

女の子からトイレに一緒に行かない訳ではない。

ただ面倒くさいとか、時間がないとか、性格問題だ。

抱きつかれたとき対応が雑なのも、ボディタッチが好きではないからだし、

それをこれだから女の子は冷たい。みたいな顔をされても困る。

自分女の子だけど女の子が怖い。

そう言っていたし、女の子と一緒にいるのをやめればいいのだ。

人間、逃げるのは卑怯じゃないという文章中学生の時に読んだ。、

確かに誰にでも苦手なものはある。しかたのないことだ。

周りにビッチと言われようが、垂らしと言われようが気にしないと言っていたし、

いっそ男の子と居たらどうだろうか。

その考えだと、男の子自分時間がないときに一緒に購買に行ってくれる。

トイレもついてきてくれる。いつも一緒に居てくれる。

ご飯もペースを合わせて食べてくれるのだろう。

抱きついてもまともに対応してくれる。

すべて解決するじゃないか

そうすればいい。

とりあえず、私たちの行動を性別のせいにはしないでほしい。

2016-09-16

学校事務って

学校事務に問う

学校事務。そりゃあもう楽な仕事なんでしょう。

違います。苦しいです。小中に限って言えば、学校事務が1人しかいない単数配置が通常の状態であるといってもいい。

20クラスや30クラスにもなると複数配置が許される。しかしながら、ほとんどが、初任で、単数配置。味方などいない。四面楚歌状態である

学校事務には人権がない。

保護者に挟まれ教員にはさまれ、市にはさまれ母体である県には見放され。

誰が私たちの世話をしてくれるのだろうか。

みな学校事務には様々な要求をだすのに。教員管理職PTA、その他もろもろの世話をして当たり前という慣習を作り出しているくせに。

もし私たちが倒れた時、だれが責任主体となって守ってくれるのだろうか。

管理職?近隣の事務同類?県?

近隣の事務同型とて、所詮他校の物事責任主体とはなりえない。


教員多忙を叫ばれる。救済措置を求められている。もっともだ。

その中で、私たち事務職員は、教員多忙の一端をかつがされる。

???

まてよ?

事務は暇そうだから、忙しい教員仕事を代わりにやってね?

そういう文法

それじゃあ、あなたたちは、学校事務はこれまで給料相当の仕事をしてないとおっしゃるのしょうか。


教員には教職手当なるものがついている。それがついているのはもっともだ。それだけの仕事を、それ以上の労働をしているからだ。

でもまてよ

事務職員はもちろん教育職でなく、行政職だ。

あなたたちは、行政職員初任給手取りを知っているのか?

給料は据え置きで、もっと働けと言っている。


残業代は、1年間に数万しかでない。(それも片手で数えられる数)

私たちは、それの何倍もの残業をしているというのに。


働けというのなら働こう。しかしその対価とは???

多忙教員と共に共倒れしろとでもいうのだろうか???

2016-09-14

http://anond.hatelabo.jp/20160914200536

>食べるために殺したんだから食べる瞬間に既に死んでるとか言っても無意味だぞ



うーん言いたいことが伝わってるのかちょっとからないのだが、一応答える。あとおそらく増田と俺の意見はそう変わらない。



まず、死んで食材になってくれてありがとうという気持ちを抱くのはその通り。自然感情だ。

ではその感謝気持ちを「残さず食べること」で表現したとしよう。それは誰に対して表現しているのか。

おそらく食材になってくれた動物野菜穀物へだろうが、これらはすでに死んでいる。死んでいる以上、こうした表現は彼ら(?)には届かない。

そもそも、動物野菜穀物人間感謝気持ちなど理解できるはずがない。



それにもかかわらず私たち感謝して、食べ残さないようにする。上記のことを踏まえて、なぜそうするのかを問うと結構難しい。

あり得るとすれば、死後の世界にいる動物野菜穀物に向けて感謝している、としか言いようがないのではないか



この辺に、人間が捨てきれない宗教性が表れてるんではないか。と言いました。

http://anond.hatelabo.jp/20160914195714

>「その時点で死んでるかどうか」ってありがたみと関係無くね?



うーん言いたいことが伝わってるのかちょっとからないのだが、一応答える。あとおそらく増田と俺の意見はそう変わらない。



まず、死んで食材になってくれてありがとうという気持ちを抱くのはその通り。自然感情だ。

ではその感謝気持ちを「残さず食べること」で表現したとしよう。それは誰に対して表現しているのか。

おそらく食材になってくれた動物野菜穀物へだろうが、これらはすでに死んでいる。死んでいる以上、こうした表現は彼ら(?)には届かない。

そもそも、動物野菜穀物人間感謝気持ちなど理解できるはずがない。



それにもかかわらず私たち感謝して、食べ残さないようにする。上記のことを踏まえて、なぜそうするのかを問うと結構難しい。

あり得るとすれば、死後の世界にいる動物野菜穀物に向けて感謝している、としか言いようがないのではないか



この辺に、人間が捨てきれない宗教性が表れてるんではないか。と言いました。

http://anond.hatelabo.jp/20160914112232

私は成功者を隣で支えるタイプの人だけど、成功者になる人にはカリスマ性があるんだよね。

私たちはその資質を見つけるのがうまいだけ。

成功者になる人がサポートしてくれる人を探すんじゃなくて、支える側の人がカリスマ性に惹き付けられて関係が始まるってのが正しい。

現時点でそういう縁がないのなら、あなたにはカリスマ性も成功者になる資質もないということ。

そして悲しいことに、私にはカリスマ性や人としての魅力が全くないのでひとりで起業をすることはできなかった。

元アイナナファン

アイドリッシュセブン、アイナナというコンテンツを知ったのは、好きなキャラにとてもよく似ている子がいる、という周りの声からでした。

それは決して「パクリ」と断罪するものではなく、むしろ好意的な喜びの声だったんです。好きなキャラに似ている他の作品キャラに惹かれる、これは最近まり珍しいことではないように思います自分の好みを「性癖」「属性」などの言葉で括り、そこに当てはまるキャラクター出会ったら「好きになれるかも!」と新しい作品に飛び込んでいく。好きになった歴代キャラクターを並べて自分の好みって分かりやすいな〜と思ってみたりする。私も覚えがあるし、オタクならほとんどの人がそうだと思います

どこかなにかがいつかのあの子に似ている。それがきっかけで、キャラ作品を好きになること自体はとてもありふれている。今。

アイドリッシュセブンは、それを肯定していた。

糾弾されている(もう一応の区切りは見えつつあるのか?)アイナナに対する疑惑は複合的です。

1.キャラクターが同コンセプトの他作品のそれと酷似している

2.カードの構図が他作品のそれと酷似している(関連してトレス疑惑も浮上した)

この二つを、コンテンツ全体のオリジナリティへの疑問に集約してしまうのは少し雑じゃないかって思っています

私が前段落で書いたのは、疑惑1への感想です。

まり男性アイドルものという飽和しかかった市場で、アイドリッシュセブンはそもそもオリジナリティ勝負しようとしてなんかいなかった。それぞれの好みや性癖に沿って流動するオタクの甘えを当たり前のものとして受け入れた結果、出来たものが今私たちの目の前にある「なんか見たことある誰か」なんだと思います

アイドリッシュセブンの目指すものがどのレベルなのか。世に出た瞬間からそれはあまりにも分かりやすかった。はっきり言うとオリジナリティを捨てている時点で、最近流行りの音ゲーアプリで一山当てよう!程度のコンテンツに見えました。誰かに似ていることをむしろ興味を持つきっかけにしてくれるような、ハッピー消費者対象にしたお気楽コンテンツ、それで良かったんです。

シナリオがいい、プレイしてみるとオリジナリティを感じるようになる、そんな声は実際周りから聞こえます。…いや分かる。アイドルっていいよね。キラキラして一生懸命ドラマがあって、見ていると本当に生きる活力が湧いてくる。アイナナのキャラクターにもそれぞれのドラマがあって、尊さを感じずにはいられないのでしょう。分かる。やってないけど。分かる。だってそれがアイドルだもん。分かる。ほんとそれ。

ただどうして私がプレイしてもいないくせにこんなダラダラと面白くもない文章を書き綴っているのかというと、先に書いた疑惑2を、疑惑1を論ずる材料にされることに怒っているからです。そうなんですもうめちゃくちゃ怒ってる。アイナナが大なり小なり先人のコンセプトを模倣して作られた作品であることを熟考せずアイナナに飛び込んでおきながら、疑惑が出た途端に手のひらを返してナイフ火炎瓶を持ち出した「元」アイナナファン、お前だよお前、そこのお前ら。アイナナが誰にでも分かるくらい他作品切貼りのその場しのぎB級コンテンツだということに気づかずプレイしていたことをまず恥じろそして黙れお前のセンスが悪かったんだ御愁傷様誰にでも失敗はあるんだから好きでいたいとかほざいてないでさっさとお前を甘やかしてくれるコンテンツに流れればいい。

から、お願いだから、うちのアイドルをこれ以上切り刻まないでください。

765プロの、315プロの、シンデレラガールズの、私の大切なアイドルたちを、被害者扱いするのをやめてください。

アイドルマスターアイドルたちを、ユーザー以上に愛し、作ってくれている運営に「お問い合わせ」するのをやめてください。彼らクリエイターの愛をアイナナへの糾弾に利用するのをやめてください。

アイマスPの課金はアイナナファンのお問い合わせ対応に割く人件費ではありません。

アイドルが好きです。

アイドルマスターが好きです。

どこかの誰かが同じポーズを取っていたってアイドルマスターアイドルたちの輝きは彼女ら彼らのものしかなかった。

からこそ、元アイナナファン運営を責め立てる材料に「ラレ元」や「ラレ元のファン」を使うときに一番怒りが湧きます

他人を気遣うふりをして、自分良識のある人間だと言い張るために他人被害者呼ばわりしないでほしい。私と、私の事務所にいるあの子達は何も失ってなんかいない。

「ラレ元」?そんな言葉オリジナリティ尊重してる気になっているなら、オタクなんかやめてしまえ。

この件で実際に悲しんでいるPがいるのは分かります。それは否定しません。

でもその悲しみをこれ見よがしに火炎瓶に投入するやつがいるなら、その悲しみに意味はないと私は思います

自業自得でありながらアイナナに失望したと嘆くチンピラは、同情するふりをしてアイドルマスターを素材扱いし、切り刻み、他人良心ナイフを研ぐんです。

アイナナの問題はアイナナとアイナナファンの間だけでやってください。そして双方ひっそりと消えてください。

アイナナが消えたって、アイナナを一度でも選んだようなオタクはどこも要らないよ。泥舟ごと沈んでしまえ。

2016-09-12

[] 言語論的転回

言語論的転回(げんごろんてきてんかい、英:Linguistic turn)は 20世紀西洋哲学における重要な展開である。その最も重要特性は、哲学が、またその結果として他の人文科学が、現実構成するものとしての言語へ関心を集中させたことである

まず最初に、実際のいすのようなものがあると思われ、それに続いて「いす」という言葉が参照するいすという意味があると考える。しかし、「いす」と「いす」以外の言葉(「つくえ」でも何でもいい)との差異を知らなければ、私たちは、いすがいすである認識できないだろう。以上のようにフェルディナン・ド・ソシュールによれば、言語意味は音声的差異から独立しては存在しえず、意味差異私たちの知覚を構造化していると言う。したがって、私たち現実に関して知ることができることすべては、言語によって条件づけられているというのである

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E8%AB%96%E7%9A%84%E8%BB%A2%E5%9B%9E

アイナナの問題で、もうこれ以上悲しい思いをしたくない


アイドリッシュセブン通称アイナナ。

女のオタクツイッターをやっていたら、知らない人はいないんじゃないだろうか。

女性向けリズムゲームアプリ。内容的には、最近多くあるアイドルものプレイヤーは彼らのマネージャーで、現在は二章まで公開されている。




私はこのアイナナをリリース当初からプレイし、一章まではクリアしたが、

・せっかちゆえに二章公開が待てない

・絵柄にありなっちを感じすぎてきつい

ノーツパチンコ玉に見えてしまい「私何やってるんだっけ…?」となり気が散る

これらの理由アンインストールしてしまった。完全に私事、あまりにも余談すぎる。特にノーツと絵柄、クソどうでもいい話である

好きな声優が出ていたので始めたけど、最終的にはまったくノーマークだった子を好きになっていた。

曲もキャラクターも好きだった。あのとき二章も公開されていたら、きっとまだプレイしていただろう。




ツイッターをしているオタクなら知っているとは思うが、少し前から、アイナナが炎上している。

ぶっちゃけ「ああ〜」と思った。ついにきたか、と。

キャラデザ公開のときあたりからうたプリに似ていると言われていたし、原案はあの有名なありなっちだし、いつか炎上するだろうなとは思っていた。まさか本当に炎上するとは…。

最初は軽い気持ちだった。「ソシャゲ好きだし、ちゃんと知っとかないとだよね」そのくらいのテンション




私は現在、わりといろいろなソシャゲをしている。特に男性アイドルものが好きだ。その中でもアイドルマスターSideMが大好きで、こんなにハマったのはエムマスが初めてだった。ちなみに、私はソシャゲ界隈で言うところの「無(理のない)課金兵」である

もともとアイドルマスターという作品は好きだったが、しっかりがっつり手を出したのはエムマスが初めて。エムマスは私にとって、初めて尽くしの大切なジャンルだ。

担当アイドルや推しアイドルのために課金をし、疑問に思ったことは運営手紙を書き、毎日P業を楽しくやらせていただいている。




私の担当アイドルは鷹城恭二くん。ハタチの元コンビニアルバイター。Beitという王子様系ユニット所属している。

恭二くんはスカウト当初のNカードだととてもぼんやりした雰囲気で、「やる気ならある……これでいいか?」とか言っちゃうような子だ。だがイベントなどを通して、同じユニットメンバー、他のキャラクターやP、ファン人達に支えられ、きらきら光るスポットライトへと向かってゆく。

その姿が、とても綺麗だで素敵だなあと感じる。一緒に頑張っていきたい。鷹城恭二くんは私にとって、そう思えるような存在だ。

初めてイベントSRになったとき、初めて声がついたとき、初めて歌を聴いたとき。そのどれもが嬉しくて嬉しくて、泣いたりだとか、友達お酒を飲んだりして騒いだこともある。




私の担当アイドルが、アイナナにトレパクされていた。

まりのショックに言葉を失った。大きな石で、頭をガンッと殴られたような衝撃。「嘘でしょ…?」と思った。

しかも、よりにもよって、おそらく多くの新人Pたちが初めて見るであろう、彼のアイドル姿のカード、N+のイラスト。私だって例外ではない、彼のアイドル姿はこのN+が初めてだった。

初めてこのカードを見たときぼんやりした顔から一変してとてもかっこよくて王子様みたいで、まさにアイドル!のような姿に、私は恭二くんのPになることを決意した。そんな思い入れの深いカード

それを、トレパク?それに、もしかして彼のことを初めて見る人は「鷹城恭二くん=トレパク元」という認識になってしまうのでは…?

とても悲しい。そして、とても悔しい。担当アイドルをトレパクされることが、こんなにもショックだなんて。

暫く呆然とアイナナ炎上のまとめを眺めていた。鷹城恭二くんは、そんなとこにいていい人なんかじゃないのに…とさえ思った。




アイナナのキャラクターも、今現在プレイしている人も、そのどちらも悪くない。特に最近よく見かける「アイナナ好きだったのに…」と悲しんでいたり問題に向き合ったりしているプレイヤーは、本当に報われてほしいと思う。

こんなにもわかりやすく構図パクやトレパクを堂々と行うイラストレーター、そしてそれを放置して肝心なことにはだんまり運営。私はその二つが許せない。

アイナナ運営私たち担当アイドルや好きなキャラクターたちを、言い方は悪いがオモチャにしているのだ。自分たち仕事に労力をかけず、元のキャラクターたちだけに考えられた魅力的なポーズをパクって、「どうです、うちのアイドル、最高ですよね?だったら課金しますよね?」とでも言いたげな態度。

私たちはアイナナ運営に楽をさせるために担当アイドルや推しアイドルキャラクター応援しているわけじゃない。




もう、これ以上この問題で悲しい気持ちになりたくない。

これ以上、鷹城恭二くんがあのまとめにのっているという事実を受け入れたくない。

鷹城恭二くんに、悔しい思いをさせたくない。彼は、もっと綺麗な場所で輝くアイドルなんです。




お願いだから運営もっとこの問題に向き合ってほしい。きちんと謝罪してほしい。どう見たって、トレパクや構図パクは明らかなのだから

問題が大きくなる前に、ファンや私のように悲しむ人がこれ以上増えないように、どうか、お願いします。

2016-09-11

私がアイナナに見切りをつけた話

 「アイドリッシュセブン」、通称「アイナナ」をご存知だろうか。

 iOSAndroid一年ほど前から配信されているソーシャルゲーム、それがアイドリッシュセブンだ。

 近年人気ジャンルの一つになった「アイドル育成ゲーム」であり、そしてそのアイドル達が実際に歌う曲をゲーム中でプレイする、俗に言うところの音楽ゲームとして宣伝されてきた。

  豪華声優陣が演じるフルボイスストーリーも売りの一つで、着実に人気を得ていたアプリゲーム

この記事を書いている私も配信当初からプレイし、アイドル達の物語一喜一憂し、トラブルにも負けずに前を向く姿を応援していた。

 グッズは購入しないけれどその分アプリ課金して、とにかくハマっていた。

 最初は暇潰しに丁度いいや、と軽い気持ちだった。それがフルボイスのストーリーに触れ、追加されるカードイラストが見せる表情や動きに次第に傾いて行き、気付けば暇潰しどころか毎日の空き時間睡眠時間までも削るゲームになっていた。

 「でも、楽しいし推しのイラスト可愛いゲーム楽しい睡眠時間お金も惜しくない」、そう言ってゲームを続け、何かあればゲームに逃げ込んだ。

 推しは運営にも愛されている。だってカードを定期的に追加してくれるし、ストーリーキャラを崩されないし、誕生日だって祝ってくれた。

 アイナナにはキャラ誕生日ガシャというものがあって、そのガシャでは「誕生日キャラカードしか出ない」という仕組みだ。アイナナのガシャは普段なら候補生といって、所謂モブのRカードが平気で排出される。

 他のゲームでいえば、フレンドポイントなどで回せる無料ガシャで出てくるようなカード課金で回すガシャで出てくるといった具合。

 それが一切出てこない上に、大好きなあの子カードしか出て来ない。日々課金しては出てくるモブ辟易していた私にとって、まさに「神のようなガシャ」といえた。

 そうすればユーザーは「運営ありがとう!」と感謝するし、確実に欲しいキャラを手に入れられて苛々は霧散して、自然好感度が上がった状態になるのだ。

 仮にその後のガシャを回しモブが出て来ても、ユーザーは「また次の誕生日ガシャがある。もしかしたらその前に何か特別なガシャがあるかもしれない、あんなガシャを開催してくれるんだから希望はある」と勝手自分自分を納得してくれるのだ。

 言い聞かせ続ければユーザーはいつの間にか思考を停止するし、そこにトドメのように事あるごとに課金アイテム(石)を与えておく。

 アイナナは同じSRを特訓(合成)すれば、上位レアSSRになる。更にSRもRの合成で持つことが出来るカードがある。故に他のゲームより、課金が出来ない学生割合も多かった。

そんな中課金アイテムを多く配布したらどうなるか? 簡単だ、優しい運営を崇拝するようになる。

 課金している人にも石の足しになり、当然文句を言う人は少ない。


 CDを出せば必ずランキングCDTV話題などを公式アカウント――それもゲーム中に実際に出てくる大神万理というキャラが言っているようにツイートすることで、更にユーザーはいかに運営がアイナナを大切にしてくれているのか!と感動する。

 不定期だがプロデューサーレターというものもあり、ユーザーはより一層「このコンテンツ私たちが育てた」と優越感に浸れる。

 私もそうだ。日々の仕事で疲れ果てていたのを、そんな気持ちを抱くことで誤魔化すことが出来た。



 アイナナは最高だった。曲追加もストーリー追加も遅く、待ち飽きる時間だって楽しみになった。推しのカードが出るならそれくらいいいとさえ思っていた。

 私はTwitterもやっていて、そこではアイナナ好きの人とも他ジャンルの人とも繋がっていた。布教はしなかったが毎日何らかのスクショをアップし、公式からの告知をRTしては「可愛い!」と言う。

 アニメ化も決まった。冗談抜きで泣き崩れたし、フォロワーと喜び合った。楽しかった。


 その日も仕事帰りの疲れの中、Twitterを開いた。私は電車の中で思わず声を出しそうになったくらい驚いた。

 アイナナが炎上している。他ジャンルメインの人が特に苦言を呈しており、カードキメラトレスや構図パクだと訴えかけるツイートが回ってきた。

 更にキャラの設定パクを纏めたwikiまで出来ている。恐る恐る覗いてみると、そこには私の大好きなキャラの被り点を指摘する記述が並べ立てられていた。


 私は何とか空いた席に座ると、スマホを片手にしばらく放心した。身動きが出来なかった。

 ソシャゲ以外に疎かった私は「そのジャンルはアイナナの後に出たんじゃないのか」と、怒りで頭を真っ赤に染め上げてすぐに検索を掛けた。

 ……もう5,6年は続くジャンルだった。対するアイナナは一年。おまけに原案は、その長寿ジャンル同人誌を書いていたこともあるらしい。


 設定であげられていたジャンルだけじゃない。某アイドルゲームが好きなフォロワーさんが怒っている。

 アイナナ繋がりの人は皆黙するか、知らぬ存ぜぬという素振りツイートをするか、「こんなのありふれてる!」と言う人がほとんどだった。情けないことに、私も運営を信じてしまった。

 「たまたまじゃないの?」とツイートしたのだ。

 

 するとひとりのフォロワーさんがこういった。

「私がこの子をずっと応援してきたのは、その子アイドルとして輝く姿を見る為だ。最初は出番が少なかったけど、必死に出番を貰えるようにお金を入れてきた。全てはアイドルとして未来で笑って欲しかたから。

 このゲームカード制作の手間を減らしてやるためでも、素材を提供してやる慈善でもない。ステージで輝く姿を馬鹿にしないで」


 私はハッとした。私も、同じような気持ち応援してきたのだ。

 輝いてほしい。アイドルとしてステージで誰よりも素敵になった姿を見たい。だから応援するし、お金も入れた。


 …………それじゃあ、今私の手元で笑顔を見せるこの子カードは何だ?

 見れば見るほど似ていた。この笑顔ステージ上の姿も、この子であるはずなのに決してそうではない。あろうことかキャラ構成する骨組みでさえ、よそからつぎはいものだという。

 私の大好きだったアイドルは、他のジャンル人達がずっとずっと応援してきたアイドルを平気で横取りした材料で生み出された?

 ぐるぐるする頭で考えていた私の元に更なる衝撃が飛び込んできた。根岸綾香の問題だ。

 アイナナに登場する如月あると。それが根岸Pが自己投影しているキャラクターだ、というツイートだった。


 アイナナで「あると」と言えば、「如月あると」という人気女性アイドルという設定のキャラクターだ。

 この「如月あると」は、2(キャラ名は一応伏せておく)とゲームストーリーで共演し、公式ノベライズでは撮影現場でも仲良くしており、「ある坊」と呼ぶ程親しい仲なのだとも言われている。

 根岸PのTwitterアカウント名が「あると」であること。アイナナ関連の(恐らく製作に関わる重要な)情報ツイートしていることから裏付けが出来ると、スクリーンショット付きで流されていた。


 なんで?私がお金を払っていたものは他の人がたくさんの愛情を込めたコンテンツを平気でパクったものなの?ゲームプロデューサー夢小説ってどういうこと?

 グッズについても言及する声があった。やはりそちらも類似しており、眩暈がした。

 それでもツイッターのアイナナ好きは意見を変えない。寧ろおかしいと声をあげることを赦さない、異様な雰囲気のままTLが流れていた。私は先ほどの訴えと根岸Pの件を耳に入れ、ようやく決心した。


 アイナナに課金するのは様子を見よう。そして一度運営に問い合わせよう。

 大丈夫だ。あれだけキャラに愛を持っていた運営だ。ユーザーに優しいツイートを流し、プロデューサーレターまで用意する様な彼らなら、誠意ある対応で今後も安心して遊ばせてくれるはず。

 そんな期待もあった。私は運営メールを送り、調査を待った。何の根拠もなく調査してくれると思い込んでいた私の元に、翌日返信が届いた。


 内容は典型的挨拶それから「そのような事実はない」という否定

 ……調査は?と思った。ツイッターを開き検索すると、同じような内容が返ってきたというツイートを見かける。おまけに課金していないのに勝手に代金を請求されるという「課金エラー」も起きており、早急な対応をするべき問題ノータッチ

 愕然とした。どうして?なんで?あんなにキャラを、ゲームを大切にしていたなら、ちゃんとするべきじゃないの?


 「本当に大切ならその子固有のポーズや表情を考える。その子だけの煌きの一瞬を切り取るはずだ。アイナナは、そうじゃなかった」。

 私はあれだけ熱に浮かされ、運営を信じ込んでいた頭が一気に冷えて行くのを感じた。本屋でアイナナが表紙になっているのを見かけ、コンビニでアイナナの商品があると知らずのうちに嫌悪感を抱いていた。

 キャラは好きだ。ストーリー応援していた。運営も好きだった。なのに対応杜撰根岸自己投影。何よりもパクリ問題や他の俗に言うラレ元ファンの人を踏みにじった。

 ツイッターを見るとアイナナファンはみんな口をそろえ、「アイナナは悪くない」「どこにでもある」「他のゲームも被ってる」という。傷付いた人たちのことは顧みない。どこにでもあるという構図は、そのゲーム運営イラストレーターがきっと必死になってそのキャラの為に考え生み出した一枚だ。

 私自信、彼らのこともゲームも良く知らない。けれど彼らがアイナナのための素材集ではないことくらい分かる。

 それでも諦めきれずだらだらとゲームを続け、罪悪感や苛々、ファン言動への嫌悪を募らせていた時。ついに公式声明を出した。私は藁にも縋る思いで読み、乾いた笑みを零した。

 要約すると「パクじゃない。これからオリジナリティを追求し頑張る。」問題根岸に至っては、まるで怒られて不貞腐れた子どものそれだ。

 第三者機関への調査依頼さえせず、違うと言い張る運営絶望だった。そうか、彼らはアイドルを大切にしていない。他のゲームファンも、自分コンテンツキャラクターさえ「金になる存在」程度にしか見ていなかった。

 私はアプリアンインストールした。グッズを購入しないタイプだったので、何も手元には残らない。でもそれで良かったと安心した。

 ツイッターは相変わらず「嫌なら辞めろ」「アイナナを叩くな」と盲目的な意見で溢れている。一歩間違えば私もああだったのかと思うと、今回の件で傷付いた人やクリエイターさん達に申し訳ない気持ちでいっぱいで、トイレに籠り思いっきり泣いた。

 辞めた人達にもアイナナが好きで、運営がまともな対応をしてほしいと思う人だっているだろう。実を言えば私もそうだ。

 そんな人たちの意見さえ許さない。肯定しか受け入れない。まるで今の擁護派は宗教信者のようで、日々誰かを傷付けていることに気付かない。



 彼らはいつになったら気付くんだろう。存在しているだけで不安と怒りを与えるコンテンツ擁護する自分達という姿を、一度見つめ直してほしい。

 アイナナが今後も誰かの大好きなキャラを素材にするかもしれないのだ。標的は自分の大切なあの子かもしれない不安を、きっと他のユーザーは抱き続けないといけない。

 ストーリー中で、アイドリッシュセブン楽曲盗作されるというものがありました。盗作されたアイドリッシュセブンの子達は、喜んでいましたか

 それが答えです。ストーリーだ!創作だ!というなら、もう何も言いません。


 消費者にはこの件について言及する権利があります。私は気持ちの整理をするためにこれを書きました。

 終わって問い合わせ可能時間になれば、調べてから然るべきところへ問い合わせます。もうアイナナをプレイすることはないでしょう。アニメも観ません。

 でもきっと一緒に成長したかったあの子だけは忘れられないし、これから好きな気持ちと、好きになってしまったのが悪いことだと言う罪悪感も持ち続けるんだと思います

 ついさっき一縷の望みをかけて公式サイトツイッターもみました。でもやっぱり、なんにもない。

 残ったのは色んな感情と、このコンテンツ応援し続けたという一年間だけ。なーんにもない。あの子運営から愛されていなかったし、きっとあの子しか無い煌きも本当はどこにもなかった。

 まだ課金エラーにも対応していない運営。彼らがいつかまともになっても、私は今回のことが頭を過ってしまうから、きっともう戻りたくても戻れない。




 アイナナの人達はみんな切った。私がお金をかけて生み出していたのは誰かの憎悪と、哀しみと、不安と、傷だった。一年情熱を注いで愛を抱いて笑って楽しんで、手元に残ったのは途方もない罪悪感と虚しさだった。

 これでおしまいにする。アニメショップにももう行かないし、ツイッターも消すだろう。アイナナを見ればどうしようもなくなってしまうから

 でもあの子が成長する姿や煌くのをもっとたかった、どうなるのか一緒にはらはらして笑って泣いて前に進みたかった、あの子がいれば毎日頑張れた。私にはあの子必要だった。でもあの子は演じている人さえ、規模は小さかったけどやってはいけないことを起こしていた。怒ってる人がいた。だからもうだめだった。

 さようならアイドリッシュセブン。これを書いている時点で未練も何もかもたらたらなんだろうけど、私は元ユーザーとして、せめてもう誰もこんな気持ちを抱く人が出ないことを祈っています