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はてなキーワード: 病院とは

2017-04-23

嗜好大麻の話

大麻記事を見て、過去日常的に大麻摂取していた人の話を思い出した。

海外に住んでた時の話。

合法ではないが罰則はなく、持ってるのを警察に注意されたら捨てさせられる程度。現地の人の感覚としては、大麻を吸うのは子供かだらしない大人、まともな人間ワインや葉巻を嗜む。大っぴらに大麻が好きだと言うと怪訝な顔をされる。といった感じ。特に女性は。

どっかから仕入れてきた乾燥大麻を、プッシャーと呼ばれる小売人が売る。プッシャーによって、その時によって、扱っている品種が違ったり値段に違いがあったり、デリバリーしてくれたり、一緒にマリカーやったりする。具体的な値段は、約7グラムで15ビッグマックくらい。ポットヘッドの彼は、2週間で約14グラムを吸っていた。大型の水ボング(友達が来たとき用)と、小型の水ボング、ジョイント(紙タバコみたいに巻く)で吸う。品種によって匂いが全く違う。ジョイント場合匂い付きの紙があったり(邪道)、吸い口にフィルターを挟む挟まないで派閥がある(現地人はフィルター入れるのを軟弱扱いするが葉っぱが口に入って嫌だ)。ボングの場合は水に匂いをつける液体があったりする(邪道)。ボングを洗う用にアルコールや綿棒、塩などを常備していた(女子力)。

LSDなんかもそうだけど、吸う時は安心できる環境(セッティング)が大切で、へこんでるとき不安が強いと、いわゆる「ばっとび」(badな飛び)になる。喋れなくなる、動けなくなる、目が回る(アルコール酔いに似てる)、過去の嫌な思い出などがフラッシュバックする(彼は性的虐待記憶が出たらしい)など。ばっとびして病院に行くと呆れた顔して帰らされたうえ、お前あの時病院に行ったよねプークスクスと何年もバカにされる。まじめな人や偏見がある人はばっとびしやすいだろう。

できる限りリラックスして、かっこつけず、悪ぶらず使用すれば、精神的な安定効果はとても高い。また、ヨガなどの運動瞑想と相性が良いと思う。睡眠野菜とも合うんじゃないかな?分からんけど。当時は戦国BASARAアニメやってて、大麻を吸ってバサラを見ると、アツいものさらにアツく感じ、臭い展開が臭く感じない。普段無意識のうちに感性ブレーキがかかっているのを外す感じ。よく言われてるのは、ご飯が美味しく感じる、色が鮮やかになる、など。

大麻がないからといって病むことはない。欲しいけど。シャワーみたいな感じ。毎日シャワー浴びたいし、浴びないと気持ち悪いけど、依存症かと言われると???ってなる。なくなったデメリットは、くだらないことを深刻に悩むこと。体調は変わらない。体重生理周期も変わらない。

車の運転は割と平気。むしろ集中力が高くなって上手くなったりする。目的地に行くのがどうでもよくなって、近くの川辺とかで一本つけて帰って来ちゃったりする。個人的には車の運転オススメしない。ここの規制をどうするかが合法化の鍵な気がする。

早く日本でも合法化しないかなー。

ドラゴンボールエロいと思う女キャラがわかればチンコの大きさがわかる

○18号

アホみたいにでかい

人生でことあるたびに大きいことで困るぐらいでかい

ブルマ

普通

チンコの大きさだけじゃなく人生のもの普通

チチ

小さい。

ほぐす必要なくアナルセックスできるぐらい小さい。

ビーデル

大きさ以前に包茎

病院行こうね。

ランチ

生えてない。

それぐらいわかるよ。

発達障害かもしれないか病院行け」の弊害

生きることに悩んでいる人の苦しみがネット上で吐露されると「あなたはもしかすると発達障害可能性があるかもしれません。心療内科受診しましょう。」という趣旨書き込みがなされることが多々ある。

実際に病院に行ったことで、原因不明だった生きづらさが何なのか解明する手がかりを掴む人も確かにいるはずだ。

だが発達障害というものはここ10年ほどの間で、その名前けが世間認知されていった。

その定義も特徴も曖昧難解なこの障害説明することは容易いことではないのだ。

マスメディアを通じこの聞きなれない障害を知った人々は、ネット上で絶えず繰り返される人生の悩みと、それに対し発達障害を疑う返答というやりとりも幾度となくみてきた。

俺が指摘したいのはこれによって発達障害=変人無能という誤った認識インプットしてしまった人が多いのではないかということだ。

学校に馴染めない。虐められる。

仕事がうまくいかない。職場に居場所がない。

ご近所付き合いがうまくいかない。周りから浮いている。

このような悩みに発達障害可能性を指摘する書き込みが寄せられるイメージにより、逆説として発達障害は、集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができない人間が抱える障害と捉えられてしまってはないだろうか。

集団に溶け込めず一般的事務的労働をこなすことができないということは個人的体験であり、発達障害の特徴を端的に表した事象とは言い難い。

発達障害者には特有の苦手なことがあり、不幸にもそのために悩みの語り手はトラブルに巻き込まれしまったのである

発達障害者からといって皆が皆総じて友だちがうまく作れず仕事ができず社会から孤立しているわけではない。

定型発達者の中にもうまく社会生活が送れていない人がいるように発達障害者の中にもそういった人がいるというだけではないか

悲惨な状況にいる発達障害者ばかりが可視化されてきたことで、どうも日本では発達障害というものに過度にネガティヴイメージがついてしまったのではないかと思う。

発達障害者を「協調することができず通常の業務遂行することもできない人間」というふうに捉えてしまえば、配慮して共生していこうという寛容を保つことも難しくなってしまう。

最近では変わった人や冴えない人を蔑むためだけに発達障害という言葉が投げかわされているよう見える場面に出くわすこともあるようだ。

せっかく生きづらさを抱える人に発達障害というヒントが提示されても、発達障害者として生きることが世間の好奇と侮蔑眼差しに苦しむことになってしまっては意味がない。

これから時代必要なのは発達障害者社会参画を特に知識経験のない一般人イメージしてもらうために、実際に活躍する障害者ロールモデルとして紹介していくことではないだろうか。

障害者にも感情や慈愛はあるし、彼らは彼らが持つ道理にしたがって行動しているわけで決して思慮の浅い人間というわけではない。

このことをもっと意識するべきなのだろう。

2017-04-22

臓物について

生理痛が酷い人は病院に行こうと言うじゃないですか。しかし行って検査されても、何ともないと言われて鎮痛剤出されて終わり。病気が見つかればそれはそれで大変だろうけど、痛みの原因が分かっていいなあというのが本音

何ともないと言われても、じゃあこの痛みは何なんだ?生理直前に立っていられないほどの激痛が起こるのはどうしてなんだ。内側から握りつぶされるかのような激痛で苦しみながら食べたものを戻し、ついでに飲んだ鎮痛剤も戻し、お腹下り、しばらくはトイレから出られない。寒気がひどくて便座で暖をとり、しかし起き上がっているのが苦しくてトイレから這い出て床に転がり、どうすることもできない痛みへの怒りで床を殴っている。しかしそれも1時間もすれば退いていく。

生理が来てから生理痛ロキソニン飲めば何とかなる程度だが、生理直前のこの痛みは非常に厄介だ。たかが1時間しかも数か月に一度のこととはいえ、突然やってきて突然去っていく謎の痛みに毎月怯えている。突然なので対処しようにも間に合わず真正から痛みにぶつかることとなる。

巷には病院に行って病気が見つかった体験談ばかりが転がっている。何ともないというのは病院に行ったからこそ分かったことで、だから病院に行くのは大事かもしれないけれど、そこで何ともないと分かれば何だか一人ぼっち気持ちになる。

病気なら理解されやすいかもしれないが、ただ痛いというのは伝わりにくい。女性にすら笑われて以来、痛みで休んでも理由を言いたくない。病院に行っても伝わらない辛さばかりを感じてしまう。これは口下手な自分のせいでもあるわけだが、毎度ひどく落ち込む。

遂にピルを出して貰った。結局病気でも治療は鎮痛剤やピルになるんだっけ?それなら病気だろうとそうじゃなかろうと行き着く先は同じなのかな。

妊娠する気は一生無いというのに、勝手に毎月準備をしては排泄するこの臓器に苦しめられている。いっそのこと子宮を窓から投げ捨てたい。

まとめサイトセカンドレイプ

初めて居酒屋に行った報告者(女性)。酔い潰れて気が付いたら男の部屋に連れ込まれていて、顔を殴られて犯されかかり、報告者はカーテンが破れるほど必死で抵抗して何とか未遂で終わった。

男が寝ているうちに報告者は家を抜け出し、警察に連絡してパトカー警察所に。担当した警察は全員男性。あざがすぐには出ない体質の報告者を「本当に殴られたの?」と半笑いしながらカメラに収め、「家の人と話し合ってね」と言っただけで報告者を帰した。翌日あざと腫れが出たが、報告者は病院診断書を取ることを知らず、引いてしまった。

自分に落ち度があった」と何度も言いながら報告者は警察対応に傷ついた旨を2chに投稿。すると「お前が悪い癖に被害者ぶるな」「かわいそうな自分に酔ってる糞」「こんな奴を相手にするなんて。警察も気の毒に」という、見ごとに報告者叩きのレスコメントばかり。

もう一つの記事

社宅で外に出た報告者が男に襲われ、夫と一緒に警察に届ける。

警察は夫との性関係など関係ないようなことを根掘り葉掘り聞いた挙句「本当に襲われたんですね?」

「どうしてこんなことでウソをつかなければならない」とキレる報告者。

そしてコメントはまたも、報告者の落ち度を責めるコメント、「こんなキチガイ相手にするなんて警察も気の毒。お疲れ様」というコメント、果ては「浮気したんだろ!旦那がかわいそうだ!」という心無いコメントが大量だった。

[] #22-5「大炎上時代

懸命な救助活動のおかげもあり、カジマは服の犠牲と、多少の火傷で済んだ。

やれやれ、己の作った火にやられるとは……」

自分被害が及ぶ可能性くらい考えておけ」

「面目ないっす……」

カジマはボロボロの姿で意気消沈しているものの、俺たちは同情する気がまるで起きなかった。

「……まあ、とりあえず病院に行け」




カジマを最寄の病院へ送ったその帰り、俺たちは今回の一件について話していた。

「カジマはバカみたいだが、それだけ火ってのは人を惹きつける力があるんだろうな」

「でも、それで身を滅ぼすなんて、本当に走光性の夜虫みたいだな」

夜虫も炎や電気に突っ込むことはあるが、火種まで作って自らそれに焼かれるってのを人間がやるとは間抜けな話である

火は人間に知恵をつけた代表格とセンセイは言っていたが、むしろバカになってしまった側面もあるのかもしれない。

「そういえばタイナイ。カジマが起こした火について、あれはブログネタにするのか?」

「身内ネタ趣味じゃないし、ボヤ騒ぎなんてインパクトもまるでないけど、別の意味ネタがでかいから書いちゃおうかなあ」

「それが新たな火種を生みそうだな」

とうとうカジマ自身火種になるのか。

まあ、さぞかし本望だろう。




それから数ヵ月後、ファイヤーブームは下火となり、一部のマニアが愛好する程度に収まった。

俺はそのことでセンセイと話していた。

「センセイ、あなたが以前言おうとしていたことが何となく分かりましたよ」

「ん? いつの話だい」

ファイヤーブームの話をしていた時に、センセイが言おうとしてやめた言葉です」

「ああ、ひょっとして現実に起きてしまったのかな」

「まあ……でも、多くの人々にはロクに認識すらされていませんでしたが。結局ブーム自然と廃れていきました」

流行に跳び付く大衆は無節操に見えるが、対岸から眺めるに留めてたってことなのだろう」

というか、もしもカジマみたいな人間が数えられないほどいたら色んな意味大惨事である

火は人々にとって身近な存在になってはいるが、遠い存在でもあることを忘れてはいけないのだ。

カジマはその距離感を掴み損ねた。

「まあ、また流行が再燃したときに備えることだな」

センセイが不穏なことを言う。

「いや、さすがにこういったものはもう流行らないでしょう」

流行本質は代わり映えしないものさ。時代は変わっても、な」

そんなことがあって欲しくはないと思いつつも、その時にもしもカジマが同じ過ちを犯すなら、次は見捨てようと決心した。

(おわり)

2017-04-21

80を超える祖母とうまくやっていけない


自分は、大学生自分祖母と一緒に住んでいる。

平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母脳梗塞を一度患い、

言語障害がある状態比較ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。



一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、

しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。



結局入院をすることになったが、一ヶ月で退院できた。

体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、

家族デイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。



ただ、やはり週五回のリハビリ自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。

それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、

公園リハビリに一時間連れ出したりしていた。

本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで

初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。



ただ、リハビリデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。

効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。

その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。

一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。



帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、

これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、

さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。



その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、

風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。

その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので

しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。



その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。

その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、

それから二週間後に新学期を迎える時期に戻ることになって



その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。

お互い納得の上生活してたんだけど、自分大学が始まってバタバタし始めた。



帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。

月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日水曜日と休んでいたので

木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。



落ち着いてなぜ木曜日に行けなかったかを聞いたら、

ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると

こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。

金曜日はなんとか行ってくれたけど、週二回になってしまった。



今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。

ただ、何を言っても用事がある、血尿が出た、腎臓の石が痛い

(血尿入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。

腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)

と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。



困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。

そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。

その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉反論しだしたりして正直困り果てている。



祖母負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても

仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。

効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービス体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも

口調が荒くなって喧嘩になってしまう。



母はもう言わなくていいよ。自分しんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしま

リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。



どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています

言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています



アドバイスを頂けると嬉しいです。



追記 2017/04/22 4:39

もう見てる方いないとは思いますコメントブックマークありがとうございました。

しんどいなと感じていたので助かりました。


コメントに関して


親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。



最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分意見100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。



親が無能自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています

後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点対処策打ってるので自分とは比較にならないです。

まだ中学生兄弟関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、

自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。



悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。

自分専門家でもないですし、祖母病気も全ては把握できていませんでしたし。



80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています

id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。

id:takamurasachi 施設入所はかなり現実的になりつつありますはい自分人生優先で行きます

氷河期世代の親よ介護は諦めて下さい

子どもは一人で沢山だよ。お金がないんです。

日本大学入れてもまともに就職できないし、そもそも日本企業が終わってる。留学させるつもりです。

どこの国も老人が居座っているか国内で食い物にされるより海外で仲間を探せ。

そう子どもには言ってます

私は日本にいるけれど、仕事でせいいっぱい。介護は期待しないでね。

バブル崩壊遺産も無いし、介護のぶん子どもにかけるね。

かわいい孫を見せてあげただけで充分でしょ。

お墓は継ぐ人いないから継ぎません。

さて、結婚しない実家に残った(または結婚したけど子どもを授からなかった)同年代の皆さんお疲れ様です。

たぶん今まですごいプレッシャーかけられてたと思うんですよ。親に。

でも兄弟や同学年が多く雑な教育を受けてきた我々には戦後幸せ社会は築けなかった。

最初からムリゲーだったのです。

親孝行など自己満足

世代現在進行形で注ぎ込まれている保険料年金介護の労力のせいで孫世代未来を託せなくなっている。

とっとと親を見捨てて下さい。

あいつらいつまで生きるつもりなのか。

今すぐ年金停止してもまだ働ける我々は困らない。

というか年金もらいながら働く老人のせいで賃金が下がるんです。

いくら補助金出てるか知ってますか?

健康保険無自覚医療費使いまくる仕組みの狡猾なことよ。

無駄長生きさせるなよ。

何したら安心して死んでくれるんだよ。

ほんと、テレビCMに「老人は自殺せよ」とサブリミナル入れたいくらいだわ。

知能があるなら人生に定年を設けるべき。

死ぬまで生きるなんて動物並みだ。

ちなみに自殺社会的殺人なので定年とは違うと思う。

オチはないけどスッキリしたわ。

じゃあ親に病院まで車出せって言われたから行ってくるね。

精神疾患理由社会から拒絶されそう

うつ病と診断され、休職している。

正直、うつ病であるとは自分では思っていない。昨年の6月から9月にかけて、はじめて、少し大きめのプロジェクトに参加することになった。とにかく、すべてがはじめての仕事で、何をどうしたらいいのかわからず、やっては怒られ、みずからの至らなさを痛感するばかりの日々だった。毎日終電で家に帰り、そのあとも自宅で深夜3時頃まで仕事をし、寝て、翌日正午頃に出社していた。出社時間を遅らせることができる環境であってよかったとその一点は会社感謝している。けれど、それでもやっぱり無理があったようで、プロジェクトが完遂すると同時に、わたしは不調を感じるようになった。

まず、夜に眠れなくなった。深夜3時過ぎに寝る生活状態化していたからだろう。それから意味もなく涙が出てくるようになった。仕事中に突然悲しい気持ちに襲われて泣いてしまうのだ。だから、いつも会議室パソコンを持ち込んでひとりで隠れて泣きながら仕事をしていた。

プロジェクトの期間中わたしはいつも、じぶんの仕事のできなさ、思慮の足りなさを突き付けられているようで苦しかった。何をしても、考えが足りていないと怒られたし、ほんとうにその通りだったから悔しかった。上司に悩みを相談すると「あなたにはやる気がないからだ」と言われた。やる気がないから、ほかの人のように勉強をしようという意欲もなくアウトプットが貧弱だし、案件に真面目に取り組んでいれば気づくようなことにも気づけないのだと。その通りだな、と思った。毎日深夜3時まで働いているのに、わたしにはやる気というものがなかった。だからほかの人のようにうまく仕事ができないのだと思った。「やる気のない人間が一人いると、メンバーモチベーションが下がる」とも言われた。それも、その通りだと思った。わたしはわざわざ深夜3時まで働きながら、周囲の人間モチベーションを下げている。それからというもの仕事中に「このタスクちょっと面倒だな」と思うたびに、呪いのように「お前はやる気がないから駄目だ」という言葉を思い出すようになった。

ある日、ほんとうに涙が止まらなくなってしまい、会社を抜け出して精神科のクリニックへ向かった。自分うつ病だと思っていたわけではない。休日友達と遊びにいったり、映画を観に行ったり、そういうことはできていたから。ただ、わたし精神病気についての知見がなく、病院に行けばきっと悲しい気持ちを消してくれるような即効薬がもらえるのではないかと思っていた。もちろんそんな劇薬存在しない、というか、お医者さんは処方してくれない。あっさり「うつ病でしょうね」と言われ、睡眠導入剤抗うつ剤をもらうだけで、当面の悲しい気持ちについては何も解決しないまま、会社に戻ることになった。

自分ではそうとは思わないが、うつ病かもしれないと会社に告げるべきか悩んだ。また、「やる気がないからでしょう」と言われるのが怖かった。わたしは、通常の業務であれば好ましくないことがわかっていたが「やる気がない」と言った上司さら上司である部長に話してみようかと思った。チャットで「今日お話がしたいのですが、お時間よろしいですか」とメッセージを送り、送った直後に後悔して「やっぱり大丈夫です」と追加で送信した。まるで彼氏にかまってほしいときにおくるLINEみたいだなと思った。うつ病じゃなくて、ただのメンヘラだ。メンヘラのほうが実感としては近かったし。

部長は、メンヘラのかまってほしいオーラを察したようで、直接声をかけてきてくれた。わたし空気が重くなることを恐れて、「いやあ、病院に行ったらうつかもとか言われて。まじかって感じなんですけど」とふざけた調子で話したが、気づいたらぼろぼろと泣いていた。部長は親身になって話を聞いてくれ、すぐに仕事の量を減らすために動きだしてくれた。

数日後、「お前はやる気がない」と言った上司とも話をした。彼も業務過多であったことを詫びてくれたし、業務を減らしたことにより、ほとんど自宅で作業しても問題ない内容の仕事ばかりになったので、無理に会社に来る必要はないと言ってくれた。もし、完全に自宅で働く方がいいのなら、そうできるよう上にかけあうと。わたしは、全力でその言葉に甘えた。ほとんど会社には出社せず、出社しても会社にいるのは5時間程度、あとはすべて自宅で仕事をした。どうしても会社PCでなければできない作業があれば、土日に隠れてこっそり出社した。自宅や誰もいないオフィスでの仕事であれば、突然泣き出してしまっても問題なかった。自宅での勤務時にも、勤務開始~勤務終了のタイムカードをつけていたが、12時間以上働いた日もあった。

しか会社は、わたしのことをサボっていると判断したようだった。上司は上にかけあうと言ってくれたが、どうかけあってくれたのかもわからないまま、突然人事から「いまのあなたの働き方を会社は認めるわけにはいかない」と言われた。そして、今後の進退をどうするかについて、産業医面談するよう命じられた。

休職するのは嫌だった。たしかに出社できないということは会議等に参加できないということだから、ほかの人と連携して働くのは難しいだろう。しかし、一人で行える作業も山のようにあったし(そういった作業のために派遣を雇うこともあった)、そういった作業であれば、うつ病と診断された後でも満足にできていると思っていた。上司作業については問題がないし、頼りにしていると言ってくれていた。でも、あれは嘘だったのだろうか。今となってはわからない。

うつ病かどうかはおいておいて、確かにこの時期のわたしは疲れていた。産業医との面談は散々なものだった。仕事について何を聞かれても「わたしはどうせやる気がないからだめだ」と答えていたような気がする。ほとんど忘れてしまったけれど。ただ、産業医の方はその道のプロであるはずなのに「あなた不思議ちゃんなのね」とわたしに向かっていい、まるで「少し変わっていて、社会になじめないかうつなんかになるのだ」と決めつけるように終始話をされたことに、ひたすら腹が立ったことだけを覚えている。中学生くらいの頃は、個性的とか変わってるとか言われることで得意になっていたが、もういい大人だ。それが人を馬鹿にするときに発される言葉であることくらいわかる。ちなみに、面談をした日の日記を読み返してみたら「わたしのことを「世間からちょっと外れた」「変わり者の女の子」だから説教してあげなきゃ」と思ってるのが見え見えすぎて、つーか説教って結論ありきでこちらの話を聞かずに一方的になされるものから対話じゃないんだよな。対話仕事なんじゃないのそちらさんは?それでもプロですか?わたしの話、なにも聞かずに終わったよね?どいつもこいつも人のこと説教コンテンツだと思ってんじゃねえ」と書いてあり、当時もめちゃくちゃ怒っていた。面談の翌週(12月の頭)、突然部長と人事に呼び出され「明日から休職してください。産業医により休職必要だと判断されました」と言われた。ほんとうに何の前触れもなく、突然言われたものからわたしは笑ってしまった。え、自宅でできる仕事はどうなったの。「ほんとに?明日から?じゃあ明日のお昼映画観に行ってもいいってことですか?」あまりに信じられなくて、ほとんど相手馬鹿にするような口調で言うと、神妙な顔で「そういったことで気分転換をしてもいいかもしれませんね」と言われた。よくわからないまま、とても雑な仕事の引継ぎが一時間で行われ、わたし休職することになった。

わたし休職を言い渡された瞬間にTwitterで「うつから休職しろって会社に言われた」と呟いた。いいねが何件かつき、じゃあ暇でしょ今週ご飯いこうよという誘いが何件かきた。友だちには恵まれているなと思った。はじめの一週間は毎日のように友だちと会って遊び歩いた。これのどこがうつなんだろう。毎日楽しく遊んで暮らしていることが会社に伝われば、会社もすぐにわたしを復帰させてくれるかなと思って、とにかく遊んで遊びまくった。三週間でお金と体力がつき、その後はしばらく引きこもって一日中寝ていた。

休職は一か月で終わるだろうと思っていた。しかし、会社から音沙汰がない。こちらから基本的に連絡を取ってはいけないと言い渡されていたので、やきもきしながら会社からの連絡を待った。連絡がきたのは、年明けのことだった。再度、産業医との面談のために出社してほしいとのことだった。出社日までにかかりつけの精神科医から診断書をもらって、いつまで休職必要かを会社に提出するように、とも言われた。わたしは早速そのことをお医者さんに話し「こちらとしてはいつでも復帰できるのですが」と告げた。お医者さんはなぜか「でもあなたはまだ疲れているでしょう」と必要以上にわたしをいたわり、休職期間を3月末日までとした診断書を出した。そうして、わたし3月末日まで復帰できないことになった。元気なのになぜだろう。

1月の半ばに産業医との面談を行った。この日の日記を読み返すと「なんで時間取ったのってくらいふわふわした会話しかなされなかった」としか書いていなかった。近況報告くらいで大した話はしなかったのだろう。面談後、診断書を提出するために人事と会った。このときわたしは、診断書休職期間は3月末日までと書かれているが、こういうものはこの日までに必ず治るというものではなく期間が前後する可能性はおおいにある、とお医者さんに言われたと伝えた。前後する、については、だから復帰を早めてもいいと思う、という思いを込めたつもりだった。働いていないので、そろそろお金がやばかった。人事は「そういうものだと理解しているか大丈夫ですよ」とだけ言って診断書を受け取った。

それきり、しばらくの間また会社から一切連絡が来なかった。さすがに日が空きすぎているだろうと思い、3月の頭に一度だけ人事に連絡をしてみた。復帰のスケジュールはどうなっているのか。休職直前に異動することも可能だと言われたが、今でもその話は有効なのか。その2点について尋ねてみたが、前者については「産業医確認してまた連絡する」、後者については「それは会社の都合だからあなた希望がどうであれ知らない」とどちらもにべもない答えだった。復帰して働きたいという意志を伝えたつもりだったのに、おまえの意志など関係ないのだと突き放されたようですごく惨めな気持ちになったし、休職が決まる前は「あなたの働きやすいようになるべく希望をかなえたいと思う」と言っていたはずなのに、休職が決まった途端、手のひらを返して厄介払いするような態度を取る相手に裏切られた、信用できない、という気持ちになった。わたしは、3ヶ月も社会から離れて孤独を感じていたのかもしれない。そんなときに、会社の人から冷たくあしらわれたことで、社会から本格的に拒絶されたような気もちになってしまったのかもしれない。こちらからはもう連絡しないと心に決めた。

3月の頭に「産業医確認してまた連絡する」と言った人事が次に連絡をしてきたのは、3月31日20時だった。彼はなぜかはじめからわたしに対して怒っているような、責めるような口調だった。

診断書には、3月31日までが休職期間と書いてあるんですが、どういうつもりですか?」

どういうつもりとは?わたしは彼の第一声に疑問符を浮かべることしかできなかった。正直、わたし1月に提出した診断書ことなどすっかり忘れてしまっていた。おまけに「期間が前後することは理解しているので大丈夫ですよ」と言われたことで、診断書問題はすべて解決したものだと思い込んでいたのだ。人事がいうには、診断書の形で正式に提出されていない期間に休まれては困るとのことだった。困るって誰が。何が。

診断書の期間より、休職がのびるなら、連絡してもらわないと」

「復帰に向けてのスケジュールについて相談させてくれって連絡しましたよね。そのあと連絡しなかったのはそちらです。おまけに、今日ちょうど病院に行ってきたから、その時診断書もらって会社に持っていくこともできたのに。こんな夜遅くに言われても困ります。そもそも、以前診断書を提出したとき休職期間は前後する可能性があるって言ったら「大丈夫」とおっしゃられたので、再度提出が必要だという認識がなかったのですが。認識違いをしていたわたしも悪いですが、リマインドするにしてもちょっとタイミングが遅すぎて対応しようがないです」

「そういう考え方もありますよね」

そういう考え方もある?わたしは怒りで頭が真っ白になった。3月31日が年度末だから、18時から会社パーティーを行うならわしであることくらい知っている。つまり、すでにお酒を飲んで酔っ払った状態になってようやく、本来なら1か月前にすべきだった連絡を今してきた彼が、自分不手際を認めず、わたしがすべて悪いのだと言っていることくらいわかる。

「困る、と言われても困ります4月3日に復帰するといっても会社の受け入れ態勢も整っていないでしょうし。4月から診断書記載がないから、わたし解雇ってことですか?」

「まあ、会社が決めることなのでわからないですけど」

「どうするんですか?次の病院の予約は2週間後なのですが」

「わかりません。確認します」

からないなら電話をしてくるなと言いたいところをこらえ、「では、確認お願いします」とだけかろうじて返し、電話を切った。あまり対応に怒りが収まらなかった。怒りは翌日まで持続し、我慢できず、部長へことの顛末を記したメールを送った。部長からの返信はなかった。…わたし病気なのだろうか?こんな風に、怒ったりして。

翌週、診断書会社が直接医師のもとへ受け取りにいくから何もしなくて大丈夫だという内容のメールが人事から送られてきた。そして、また2週間後に産業医面談をすることになった。産業医が首を縦に振らなければ、復帰はできない。初回の面談で、わたし相手に対して苦手意識を持っていたが、面接に臨むようなきもちで、いか休職期間もきちんと規律のとれた生活を送り、すぐにでも復帰できる状態にあるのかをアピールした。産業医は、「前に会ったときより、ずいぶん明るくなったわね」と言ってくれた。いける、と思った。けれど、ここでまさか診断書に足を引っ張られるとは。

人事が医師から直接受け取った診断書には「うつ症状」に加え「人格障害の疑い」と記載されていた。1月にもらった診断書には「うつ症状」としか書かれていなかったのに。かかりつけの医者から人格障害の疑いがありますね」と言われたことは一度もなかった。お医者さんとは会うたびに「最近どうですか」「元気です」という会話くらいしかしなかったし、惰性のように抗うつ剤を処方してもらうだけだった。不眠症状はすぐになくなったため、睡眠導入剤も処方してもらっていなかった。わたしはショックだった。人格障害があるの?お医者さんと普通に会話していたつもりだったのに、お医者さんは陰で「こいつは人格障害がある」と思っていたの?あとで調べてみて「人格障害」とは「人格に欠陥がある」という意味ではないことがわかったが、診断書のその文字を見たときは、お医者さんにも裏切られてしまったような気がした。

でも、疑いは疑いだ。確定したわけじゃない。…産業医は、物事を決めつけて話すタイプの人なのだった。

人格障害ってことは会社に復帰できないんじゃない?」

無職になったら困ります

「でも、人格障害のひとは一般的社会に受け入れてもらえないものからあなた自覚してない?人格障害の人って、周囲のひとが嫌な気持ちになっているのに気づけないのよ。だからあなた無意識でそういうことやっちゃってるかもしれないわよね。それって会社で働くって無理よね。どう?」

自覚ない?って言われても、周囲の空気自覚できない病気なのであれば、わたしがそれを察知することはどうやったって不可能なのでは…?」

産業医がいうには、人格障害の人は常識社会と異なっているから、周囲が「この人変だな」という空気を出してきても、その空気に気づけないのだそうだ。人格障害の疑いと言われるくらいだから、心当たりがあると思うんだけど、と言われたが、仮にわたし人格障害であれば、空気が変であることに気づけないはずだから自覚しているわけないし、人格障害でないのであれば、周りも「こいつ変」空気を出していないのだからその空気に気づくわけもない。つまり産業医が言っていることは矛盾していてめちゃくちゃなのだけど、彼女はどうしてもわたしの口からわたし人格障害かもしれない」と言わせたいようだった。(家に帰って調べてみたところ、産業医人格障害についての説明もめちゃくちゃだったことがわかったし、そもそも最近は「パーソナリティ障害」と呼ぶのだそうだ。そういうところの配慮のなさにもげんなりした。)だいたい、「あなた、周囲の空気読めてる自信ある?」と聞かれて、迷いなくイエス!と答えられるものだろうか。気を遣っていても失言してしまうことはあるし、つい調子にのって一方的に熱く自分の話をしてしまうことだってあるだろう。(そしてわたしはそういう失敗をいつまでも引きずる)ほとんど誘導尋問に近い形で人格障害であることを認めさせられ、「だからあなた会社勤めができない」と懇々と説かれた。

会社勤めは難しいって、どうしたらいいんですか」

人格障害でも活躍してる人、たくさんいるじゃない。書道家とか俳優とか」

「それはそういう才能があるからですよね?わたしには何もありません」

「でも、あなたも頑張って会社以外の場所を見つけないとだめなのよ。性同一性障害のことを考えてみるとわかりやすいんだけど、今は時代が変わったけど、あの人たちだって社会から一般的には受け入れてもらえないでしょう。だから当事者が頑張って、社会から認めてもらわなくちゃいけないの」

…この人、今の話には全く関係のない性同一性障害を引き合いに出して、パーソナリティ障害の人々と雑にひとまとめにして差別したことに無自覚なのだろうか。「あなたたち〇〇は、社会に認められていない劣った存在からわたしたちに認められるように努力する義務がある」という発言差別的であることに気づけないのだろうか?

 悔しいけれど、わたしは怒りが頂点に達すると、うまく言い返せなくなってしまう。このときも、「それは社会がまちがってるんじゃ……」と呟くことしかできなかった。「社会がまちがってるってことはないけど」と、「社会側」の産業医は言った。悔しい。こんな人たちになんて認められなくたっていいのに。まっとうに生きていきたいだけなのに。

「まあ、そんなわけで、精神疾患を抱えた状態のひとを会社が受け入れるポストがあるかどうかってことをあとは会社あなたで調整してください。がんばって」

そう言われて、面談は終わった。帰り道、とぼとぼと歩きながら、「疑いがあるというだけで人格障害であると決めつけられ(それは正式な診断ではない)、だPermalink | トラックバック(2) | 11:39

2017-04-20

じゃあ男の成功例を紹介する。

http://anond.hatelabo.jp/20170420151301

ちょっと特殊だとは思うけれども、男の例を紹介しておく。

地方都市出身。男。大学生。妹たちがいる。



両親は士業系資格持ちで開業しているが、自分小学校高学年ぐらいになったころから収入が怪しくなってきた。独立開業してるってのは、ほんとリスキーなもんだな。両親ともに同業のなかではそれなりの立場にあったもんからプライドかいろいろが邪魔したのも余計に厄介だった。

現在の親の収入は、、、、大学授業料免除申請が全額免除で通ったりすることもあるぐらい、だ。なんと元増田よりひどいじゃないか・・・。母のほうは外にパートに働きにでていたこともあったが、稼ぎが月数万レベルしかならなかったことと同僚にいじめられたことにより、本業のみ。とはい本業のほうは、、、、仕事さえあれば月に5万ぐらいは稼ぐときあるかな、なんていうレベル

祖父母×2は存命だが、国民年金しか受給しておらず彼ら(別家計)はおおむねマイナス。家からの持ち出しが続く。

父は微アル中+微DV創価で、母は収入が父頼みであることもあって強く出られないでいる。



そんな家庭だったが、自分はほどほどに勉強はできた。高校のころには父は週一ぐらいで酔ってぐだぐだと説教しにきてはいたが、逆に言えば週6ぐらいは勉強できるゆとりがあった。そんなわけで必死勉強し、高校での成績はよかった。

受験の際には最高B判定だった第1志望国立医)と、A判定(一桁順位しかだしたことがなかった滑り止め(国立医)をうけた。

ところが落ちた。滑り止めにすら落ちた。第1志望はまだ許せる。しかし滑り止めに落ちたのはちょっと耐えられなかった。

そうして自分うつになった。浪人うつ浪人脱出しないと治りそうもないのに、治らないと脱出もできない。地獄だった。勉強はしたいのだがどうしても身が入らない。死にたいとばかり考えていた。

そんなこんなで浪人して成績はガクンと落ちてしまったのだが、そうはいっても腐っても鯛とでもいうか、まだ国立医学部にいけるレベルの成績ではあった。秋頃に防衛医大をおさえて地獄脱出の糸口をつかみ精神崩壊をおしとどめながら、なんとか翌年の春には大学へと入学した。



大学1年目には寮にはいった。奨学金は月15万借りた。親から援助は一切ないため、学費5万家賃5万生活費5万ぐらいの計算だった。寮だったため家賃生活費もっと抑えられたが、寮の環境はうわさに聞いていたため、途中で退寮することも視野にいれての金額だった。

寮生活はまあ楽しくはあった。深夜であろうと爆音音楽が聞こえてきたり、麻雀部屋から酔っ払いが這い出してきたり、飲み会では1人1人に一升瓶が用意されていたり工学部7年生とかいう輩に絡まれたり、寮自治のための集会が毎週あったりはしたが、そういうのには耐えられるタイプだった。耐えられないやつは1か月でいなくなった。耐えられた奴も半分以上が進級できていなかったが・・・。

寮生活で浮いた奨学金で、免許取得費やパソコンの購入費、2年目の引越資金もろもろなどを用意し、2年目には退寮した。



2年目から生活がカツカツだった。ネット回線高い、プロパンガス高い(家賃重視で物件を選んだのは失敗だった)、家賃の支払いがある、云々。バイトに精をだした。

すると後期になって授業料免除が通らなかった。自分収入のせいで免除基準を超えてしまったらしかった。全額・半額免除基準境界ぐらいの家計所得だったはずなのに・・・。下手するとバイトしない方が収支はプラスだったりしえた。加えてバイトのせいでテスト1個1個で死にそうな思いをしていたこと、そしてなによりきちんと勉強できず欲求不満だったこともあって、もうバイトはしないことにした。



3年目からはまあ満足できるぐらいには勉強できた。ついでに成績もあがった。このころになって給付奨学金というものがあることに気付いたが、そういうもの大学の推薦が必要で、いろいろと画策したが指導教官の推薦をえることが難しく、大概は諦めた。いや、うちの学部指導教官かいないんよ。名目上は各学生教官が割り当てられてはいるけれど、会ったことすらないし。調べてみたら自分担当はかなりのお偉いさんで、全然会えないし。それでもメールして訪問してメールして訪問して云々してなんとか1枚推薦状をもらえたが、なんと奨学金選考のほうで落とされた。収入も成績もGPAも悪くなかったと思うのに(収入は悪いかw)・・・、まあ「給付」は狭き門から仕方ないかとあきらめた。しかし推薦状の確保が大変すぎて他の給付奨学金へのさらなる申請も同時にあきらめた。

なお、我々には将来の就職先さえ決めれば、自治体病院から奨学金がもらえるという制度がたくさんある。そちらのほうは1年生のときから検討はしていたが、金額のいいどこかに身売りするなんてことはさすがにプライドが許さなかったし、かといって15年先まで見据えて自分希望に添うwin-win案件をさがすなんてことは大学入学時には考えることができず、見送っていた。3年生ぐらいで地元に戻ってもいいかななんて思って地元の県のもの申請してみたが、県外大学生×中途採用×自治医大合格辞退(←主にこれのせいだろう)のためか、通らなかった。

親はあんなやつだが、息子になんの援助もしていないことに負い目があるのか、所得証明書なんかは用意してくれる。それには地味だが大いに助かっている。帰省して自分で取りに行くのは大変だし、なにより費用がかさむ。あ、親は帰省すると5000円ぐらいお小遣いをくれるが、それでは交通費ですでに赤字だ。



大学同級生は、平均としてお育ちが良い。初心者マークつけた新車レクサスSUVとか案外よくみる。とはい大学生活していく分には今の自分のカツカツ具合でもそんなに問題はでていない。さすがに彼らと遊びに行ったりすると諭吉さんがポンポンとんでいくから付き合いきれないが、幸か不幸か自分はどちらかといえばひきこもりタイプネット回線パソコンさえあれば満足していられ人間趣味に金がかかるなんてこともなく、同級生はつきあいの悪いやつとは思われているとは思うが、まあそれぐらいの認識しかされていないと思う。ついでだから言わせてもらえば、執拗に昼ご飯誘うのやめてくれ家計破綻するわ。



とまあ自分はこんな感じで生活している。朝昼晩ほとんど自炊なのにもかかわらずエンゲル係数は80%超えていると思うが、PCタブレットも所持できているし、ほかに欲しいものなんかなく、現在のところ生活していてとくに不自由を感じたことはない。

しかし同時に、自分のような生活ができるのは限られた一部の人間だと思うし、1000万を超える借金を背負ってもそれほど心配せずいられるのは医学部という特殊環境いるからだとも思う。そんな自分でも、留年したら奨学金がとまってすべてが詰むことはひしひしと感じているから、進級判定はつねにふるえるほど怖いし国家試験も怖い。他学部だったらそこから就活なんて大波乱がさらに控えているんだろうから、それには自分でも耐えられる自信はない。うつ再発しそう、むり。



妹たちは自分とはちょっと年が離れているから、まだ高校生とかそんなもんだ。やつらは自分なんかよりはずっとできはいいが、とくに下の妹はメンタル豆腐から自分のような奨学金自転車操業をしなければいけないことになったら1週間で精神を病んでからの休学→退学の未来が見えている。しか文系から不確定要素が自分よりも高いときている。元増田をみて、やつらは自分が見放したらこんなかんじになってしまうのかなと改めて思わされた。

兄としては、かわいい妹たちにそんなことはさせられない。当然だ。

しかしだ、いわゆる有名病院のなかでは給料高いっていう虎ノ門とかでもちょっと給料足りなくて選択肢からはずさなくちゃいけなくなるけど、でもそこら辺の市中病院ならもっと高いとこ全然あるし、ワイちゃんの考えているいきたいとこランキング1位の某野戦病院もそんななかのひとつだ。

妹たち、安心して東京に進学していいぞ。応援してる。おまえらがそこら辺でくすぶってるなんて、世界の損失だからな!

切迫早産で入院するのにあったほうがいいもの

着替えとかシャンプーとかは言わずもがななので、その他細々としたもの

アイマスク

耳栓

期間も長く、大体大部屋になるので安眠のために必須

イヤホン

テレビカードを使うにしろスマホ動画を見るにしろ必要

リップクリーム

子宮収縮抑制剤の点滴の副作用で動悸はするわほてって汗だくになるわで唇がばりばりになるので

赤ちゃんのおしりふき

これがMVPかもしれない。上記のように点滴の副作用で汗かきまくるわ、安静度があがるとシャワーにもろくに入れないわで不快指数はねあがりだったので、非常に助かった。要するにすごく低刺激なウエットシートなので全身を拭くのに使える。名前で損してるわこれ。

ナプキン

出血とか往々にしてあるので、軽い日用くらいが使いやすい。

マウスウォッシュ

お腹が張って一瞬でも起き上がる時間を短くしたいときに。あとやっぱり点滴の副作用で息苦しく口呼吸になりやすいので。

なお、タオルパジャマ類は病院レンタルやってるなら絶対そっちに頼ったほうがいい。衛生的だし家族負担を少しでも減らせる。

夫には思いつく度に上記を小出しでお願いしまくってしまった。仕事後のお見舞いの肉体的、精神負担は本当に大きかったと思う。下着類も洗濯をして持ってきてもらって、ありがたいやら申し訳ないやら。どんどんつかれた顔になっていって、心苦しかったがそれでも頼るしかない。でもずっと私と胎児心配をしてくれて、家族のすばらしさとか夫の優しさ、かけがえなさとか再認識できた。

でも願わくば世の中のハイリスク妊婦さんが一人でも減って、少しでも症状が軽くなって、家族が元気な赤ちゃんと会えますようにと祈らずにいられない。

ももしかしたらまた妊娠するかもしれないが、そのときは早産リスクは恐らく高いので、出きる限りは予防したいと思う。

2017-04-19

むずむず脚症候群 ← ムズムズってなんだよ、マジで痛いんだけど

手のひら、足の裏、マジで痛い

ビリビリビリビリって

夜と朝ずっとそう

仕事し過ぎでぶっ壊れ気味だから原因はわかってるんだけど

ムズムズじゃないよ

痛いし痒いよ

つらい

病院行きたい

金玉が炎症をおこした

ここ数日、猛烈に金玉が痛かったので病院に行ったところ精巣上体炎症と言われた。童貞なのに。

金玉についてここ数日考えた結果2つのことに気がついた。

1つめは金玉違和感があると物事に集中できないということ。

2つめは意外と金玉の中身についてあんまり知らないということだ。

恥ずかしながら小生は精巣上体という部位の存在を診断を受けるまで知らなかった。

意外と自分相棒については私達はしらないんだなぁと言うことを再認識させられた。

みんなも金玉が痛い時は素直に病院に行こうな。

http://anond.hatelabo.jp/20170419184925

後になってもっと早く病院に連れていっておけばと思うことがあれば俺のこの言葉を思い出して欲しい



ざまぁwww

50代の父親が、認知症かもしれない。

最近父親の車の運転が突然荒くなって、道を間違えたりするようになった。

今まで苦もなくやっていた筈の、コンビニの端末(ファミポートとか)の操作も、カーナビレコーダー操作も、自信がないのかやりたがらなくなった。

日常使うもの名前や、近しい人の名前が出てこなかったり、それを正当化して取り繕おうとする事も、一昨年あたりから増えた気がする。

昨日は "トマト" が思い出せなくて「赤くて丸くて切ると水っぽいあれだよあれ」なんてずっと言ってた。

しかるべき医療機関にかかって、進行を遅らせるような治療をするべきだとは思う。母親同意見だ。

でも、まだ50代の父親にそれとなく認知症テストをさせるのは難しいし、病院に行くように勧めるのも気が引ける。

毎日両親のため息ばかり聞こえるのがつらい

私自身はため息を絶対につかない。意図的だろうと無意識だろうと聞こえた人の気分を下げるから


三十歳手前のフリーター無職になり実家に世話になって四ヶ月。

失業保険をもらいはじめたのが最近

この一ヶ月は特に鬱屈していて一日12時間以上寝ていた。

布団で目を覚ましても、起きていても何も良いことがないので夢の中に逃げた。

日が暮れて両親が仕事から帰ってくる頃に焦って起きた。

夕食の支度をしたり、家族TV映画を観たり。その後は朝まで小説を読んだりして、そういうとき笑ったり泣いたりはできる。

ひどいときは確実に鬱病だったのだとおもうけれど、病院に行って診断を受けたことはない。

今は四六時中無気力ってわけでもないし、常に週2くらいで何かしら友人と遊んだり社交的なことをするからさら病院へ行っても鬱病認定されるのかよくわからない。

ただ鬱にせよ鬱でないにせよ、認定を受けたところで社会的に良いことないだろうから病院に行ってもデメリットのほうが多そうだ。

思考がもたつく。すぐ昼夜逆転する。頭がすっきりしない。気付くと時間が吹っ飛んでいる。

三ヶ月間ずっと部屋掃除が進まない。

親は我慢している。が、たまに爆発する。

今まで何をやってきたんだお前のせいで家計がガタガタだ寝られなくなったおかしくなった甘えるな詐欺師etc.

もっとも、実際迷惑をかけつづけているので何も反論できない。

親は我慢している。ため息が聞こえる。

ため息の原因は私だ。

聞こえないふりをするしかない。

いま、私の現状を初めて文章化した。

部屋掃除の終わりがようやく見えてきたからだ。

掃除が終わったら就職活動を始めなきゃ。

最低なことに貯金自暴自棄パチンコで溶かしてしまった。

鬱は甘えとはよくいうが、私は鬱に甘えてるんだな。

子ども妊娠して産んでから小学生になるまでの驚きまとめ

妊娠した→よし産もう→えっ いまだに無痛分娩が主流じゃないの・・・病院探すのも大変だし問い合わせても出産予約いっぱいとかすぐ言われるし・・・どうなってるのこの国・・・

はい産んだ→育児大変→頑張ろう→子どもが1歳超えたぐらいから働きたいな→保育所入れません絶対入れません→下手に働くより働かないほうが税金とか健康保険とか年金とか安くつく・・・働けない・・・どうなってるのこの国・・・

子ども幼稚園in→PTAキター役員選出のコーナーで場が凍り付いたまま2時間×3年→えっ PTAってそんなに大変なの下の子小さいけど私でいいならやるよ・・・ベルマークチョキチョキ→なにこの非生産的活動・・・大人の女性がたくさん集まってベルマークチョキチョキで2時間、時給に換算したらベルマークの何倍になるの・・・どうなってるのこの国・・・

子ども小学校in→PTA選出はクジ→やばいこの緊張感なにこの押し付け合い下手に役員になったら二日に1度は学校に来なきゃいけないらしいよやばいやばい働いてる人無理じゃん・・・はずれた(ホッ→うわっまたベルマーク集めてる・・・当番制のなんとか多い・・・そろそろ働きたいんだけど役員クジ当たっちゃったらどうしよう・・・子ども1人につき1回は何かやれって言われてるんですけど・・・イマココ

2017-04-18

フリーテルのスマコミ商法ITmedia記事になった結果

「縛り一切なし」をうたうFREETELの999円プラン、端末価格で3年間の“実質縛り” (1/2) - ITmedia Mobile

http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1704/18/news045.html


回線契約と端末割賦36ヶ月をセットにして月額表示、端末の価格設定を端末のみ購入時の倍程度に設定して総額は目につきにくいところに隠す。

割賦期間中に最新端末へ交換可能だけれども新たに割賦契約36ヶ月が始まり縛られるし、交換なので通常売価程度の割賦を払ってきた端末は回収される。

解約時に端末の残債を支払う必要があるので、端末交換してもいずれかの段階で割高価格を支払うことになる。

それが嫌なら最新端末への乗り換えを一生続けてフリーテるしかない。

という3大キャリアもびっくりのFREETELスマコミ商法への注意喚起ITmedia記事になった。

4/7にはツイッター上で指摘があったとのことで、増田でも4/8に指摘されていた。


フリーテルという格安スマホが実は超割スマホな件 - はてな匿名ダイアリー

http://anond.hatelabo.jp/20170407094355


ITmedia記事へのブコメではスマコミ商法批判的なコメント大勢で、スピードテスト偽装などのFREETELの企業姿勢自体に疑問を持っていたといった事情通ブコメもある。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/news/articles/1704/18/news045.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.itmedia.co.jp/mobile/articles/1704/18/news045.html


一方の増田記事では

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170407094355


反射的に割高という増田情弱、高いのはとりかえられ~るからだろJK病院行け、という攻撃的なコメントトップブコメ

契約の悪質さを認識できない情強様がブログで『「定価を超える値段でモノを売る」ことは違法でもなんでもない。』と嘯く始末。

ITmedia記者脊髄反射批判してて残念、とか言わないんですか~?

http://anond.hatelabo.jp/20170418132150

脅しとかネタとかじゃなくマジで病院いけ

通常の男性母乳が出るのは乳がん以外に理由がない

病院

私は子供の頃から体が弱く、しょっちゅう病院に行っていた。手術も5回した。

から自分の体調が良いのか悪いのかは直ぐ分かるし、これは病院に行くべきなのかそうじゃないのかも分かる。

でも、最近結婚した妻は健康優良児。病院には指折り数え位しか行ったことがないせいなのかどうかは分からないけど、

体調が悪いと「大きな病気だったらどうしよう」とものすごい心配する。

体調悪いなら病院へ行けばいいのにと言っても、「病院は嫌だ」と拒否する。

最終的に行くことになるけど、その間にこちらは妻を説得しなければならない。

さっさと病院に行けばいいのに!変なの!

と一瞬思うが、健康病院に行くのは年に一度健康診断位でいいに決まっている。

お金もかかるし。

私は病院に行くことに全く抵抗が無い(好きじゃないよ)。

抵抗あった方がいい。

まれ変わったら健康になりたい。

最近食べていないもの

外食

ピザ……………………1988年デパートの大食堂

冷麺……………………1989年映画館の帰り

寿司……………………1990年、親戚の家で

ハンバーグ…………1990年ファミリーレストラン

ドーナツ……………1991年ミスタードーナツ

焼き肉…………………1992年焼き肉店で家族

天ぷら…………………1993年旅行帰りの駅の食堂街で

ステーキ……………1994年、親戚に連れられてのステーキハウス

チャーハン…………1994年家族でのバイキング

ハンバーガー……1995年、友人とマクドナルド

鍋焼きうどん……1995年病院帰りに母と

牛丼………………………2000年二次会明けに

パスタ…………………2001年、友人の通夜帰りに

ラーメン……………2002年、雀荘

焼き鳥…………………2003年飲み会

ホットドッグ……2005年、ひとりで

懐石………………………2008年家族で行った最後外食

こうしてメンタル崩壊連鎖

4月所属している部署に異動してきた人は「業務上配慮必要な人」だった。

50代半ば、優しそうな顔立ちで、物腰の柔らかな人だった。ここではAさんとする。

遡ること3月。「業務上配慮必要な」Aさんが来るということで、わたし部署業務分担が見直された。ただでさえ少人数なので、それぞれがめいっぱい仕事を抱えていた。様々な心理戦の結果、Aさんがやるべき仕事は3/2減らされ、その減らされた分の8割を、私が担当することになった。

更に、仕事に良く慣れた、優秀な先輩が異動することになった。

「代わりに、派遣社員を雇うから」と言われた。

なんの代わりなんだろう、と思ったが、私はただ頷いた。

1番の繁忙期にこの仕打ちはひどいと思った。思ったが、口に出しても無駄なことだった。私に伝えられるのは、決定事項のみだからだ。

結果的に、Aさんは3日で来るのを辞めた。4日目は欠勤し、5日目は労働組合を連れて人事担当者の元にやってきて、会社病院診断書を提出した。彼は今、病気休暇を取っている。

思い出す。Aさんの3日目。慌ただしく仕事をしている私たちの中で、Aさんはただ1人、ぼんやりと座っていた。背筋をまっすぐにして、手を膝に置いて。茫然自失というような、そんな表情だった。

私の席からはそれがよく見えた。私とAさんは、通路を挟んで向かい合うような席にいるからだ。

私は一瞬声をかけようとしたけれど、仕事におわれ、すぐに忘れてしまった。気づいたらAさんは帰宅していた。

から聞いた話だと、Aさんは、本来彼がするべき仕事を私が引き受けたことを、申し訳なく思っていたらしい。30も年が下の小娘が、目の前で忙しそうに自分のすべき仕事をしているのを、Aさんはどんな気持ちで見ていたのだろう。私は多分、Aさんが仕事に来れなくなる一因を作ったのだろう。


Aさんが来なくなって数週間がたつ。みんなで少しずつフォローし合いながら何とか仕事をまわしている。

私は休日出勤タクシー帰りが続き、ひどい蕁麻疹がでた。疲れ果てて大泣きしてから眠る日もある。

目の前の仕事が膨大すぎて呆然としている時に、はたから見たら私も、Aさんのようにみえるのかなぁ、と思う。

2017-04-17

どうしても組織で働けない人はい

独立こそ出来てないがその道で長く働いている者です。

単刀直入標題の通り組織で働けない人は一定数います

なんの裏付けもありませんが経験上、成人の2%前後はいるのではないだろうか。

学歴や家庭環境の差、性別差はないと思われる。

さて、ここからが本題です。

働けないのである世間一般は「甘え」と結論付けしたがるが働けないのである

そのような患者をどう扱うか?どう向き合うか?

最後希望として受診してくる人も多い。

その人らを前にどうするのか?

答えは

限りなく黒に近い…診断書偽装である

働けないのですね?

眠れないことはないですか?

何かに追われている感じはないですか?

食欲もないですか?

誘導尋問である

これが正しいか正しくないかなど判断出来ないだろう。

最後希望として受診してくる相手に対しNGを出したら自殺してしまうかもしれない。

言わば命を守る為の診断書偽装である

世間一般から見たら「働けないだけ」であるが、なんなら障害者手帳も出すだろう。

これはこの業界暗黙のルールである

病院側はおろか行政側も把握しているルールである

この事実を知り憤慨するも自由

仕方ないと目を瞑るも自由

病名が付けられないだけで、

どうしても働けないという病なのである

真春の夜の陰部

ちんげ剃ってたのよ、ウィィィインって。バリカンで。でさ、玉と竿の間っつーの?皮余ってるじゃん。そこの毛をやったつもりがね、見事に切った。

剥いた?剥けるはずのない皮が剥けた。大人階段登ったっていうか割礼受けた。

血が止まらなくてね、圧迫止血つうの?あーもうこれ縫う感じ?

やった瞬間ね、わー!って言ったの。あんま痛くなかった。優しくできたね。

よく見たらね、皮がペロンってなってんの。タケノコの皮ひっぺがした感じ?うん、春らしいね

トイレでしてたからね、トイペくるくる出しておさえてた。

そしたらハニーが来てね、見せろって。

やだよ。

見せろ。

やだ。

結局見せたんだけど、恥ずかしくてね、大人になりたての頃の恥じらいを思い出してたのかな?春だしね。

外人ホタテの中から出てきたみたいな絵あるじゃんサイゼで見たようなやつ。あんな感じで立って、亀さんの頭捕まえたまま見せたのよ。

ちょっとでもトイペ外すとすぐ血がたれるくらいの感じね。あれ、これってもしかして、アレなの?にょたいのしんぴってやつ?まあ見えてるのは真皮なんだけどね。

そのめくれ上がったタケノコの皮を切ったほうがいいって親方が言うのよ。痛そうだし冷たそうだしやだったんだけど。

切るよ。

やだよ。

切るの。

やだの。

切るぞ、病院でやるか?

まあ、切ったんだよ、痛くなかった。血がドバドバ出てたけど。

その皮、チョコレートコーティングしたような色でさ、ティッシュとのコントラストがね、ホールバースデイケーキ名前の板みたいな感じで、また一つ大人に近づいた感じを思い出してね。春だしね。誕生日は秋なんだけど。

それからずっと押さえてて、血が止まった。

その後シャワー浴びようと思ってたから、裸だったのね。今日あったかかったけど、さすがに寒くなってくるし、ショックだったのもあったしおけけがまとわりついてるし、血は止まったし、シャワーで流そうって思って。

油断してたんだね。

痛いのやだからボデソつけずにシャシャッて流して、後は寒いからからお湯バーって浴びて、あったかいなーってね。

油断してたんだね。

出て体拭いてタオル見たら血が付いててね、見たら血がたれてる。無意識に足閉じてたけどたれてる。女性はどうやってんの?

でまた裸で押さえてね。寒いのね。上着ればよかったけど。上着て下履かないとか、はちみつ好きの特権から遠慮したんだけど。

しばらく押さえて、親方が見せろって。え、そういうつもりでキレイにしたんじゃないんだけど?

亀さんの頭捕まえたままサイゼの絵の立ち方でご開帳。

何も始まらず、マキロンと綿棒持って、消毒しろって渡してきた。はい

チュチュって先っぽにつけて

ちょちょっとぬりぬりしたら

血がたたって出てくるの。

チュチュちょちょたた。

あーちーとまんないねー。燃えてるんだろうか?夏じゃなくて春なんだけど。とりまティッシュで押さえとく。

その後、患部はなにげめっちゃ伸びひねりすることに気付き、ばんそこ貼っとくことにした。

うちにばんそこなんてあったんだ。で、貼ってもらった。

かわいい

意外にかわいいぞ。

このなんとも言えない残念顔。

痛い、いずい、ごめんなさい顔。

これははやる。見えないオシャレ流行る。

足組む癖があるから組み替えるたびにチリリって痛いの。

最初は気を付けて優しくしてたんだけどすぐ慣れてきちゃって。大人ってそんなもんだよね。さっきおしっこ行くまで忘れてた。

で、おれのかわい子ちゃんどんな様子っす?で、ばんそこ貼ったとこ見たら、

めっちゃ血が滲んでるやん。

たれてるやん。

パンツ見たら血ついてるやん。

替えばんそこどこかわかんなやば。

よし、おっけーおっけーこのばんそこ夜用だって信じてる。信じれば叶う。

パンツは捨てる。ばんそこの上からトイペでおかわりオムツ。なんか不思議なかんかくぅぅう。

不整脈検査をした

数週間前、深夜に不整脈自覚した

横向きの姿勢で寝てて、片方の耳がふさがってる状態だったから、自分の鼓動がよく聞こえたからわかった

ドッドッド・・・ドッ・・・・ドッ・・・ドドドドッ・・・・ドッ・・・

みたいな感じで、えっおれ死ぬ!?ってめっちゃ焦った

でもそのときは深夜だったしまたそのまま寝なおした

それから時間がたって、もう30だし念のため検査だけしとこうって思って検査にいった

まずわからなかったのが何の病院にいけばいいのかってこと

でもぐぐってすぐわかった

循環器科、というところらしい

心臓外科とかでも診断できないことはないけど、外科手術は一応の専門だから循環器・循環器内科とかでいいらしい

自宅の近くにあったので行ってみた

まず問診、聴診器での診断では異常なし

心電図をとったがそれでも異常なし

じゃあ次どうするか、となったときに、24時間心電図の記録をとってそれで検査する方法があるといわれて、即決ですることにした

心電図みたいなやつを鎖骨あたりの左右に二つ、わき腹左右に2つ、あともう2つあったかな?

そんで6x4x1.5cmくらいの直方体の小さな機械コードをつなげて、機械を首からぶらさげる

丸一日それで過ごす

風呂は当然入れない

それ以外は普通生活をしてOK

翌日また病院にいって器具をはずした

内容の精査があるから説明さらに翌日以降とのことだったので、器具をはずした日はそのまますぐ帰った

翌々日に結果の説明があった

結論から言うと、通常の範囲内だった

深夜に一度ものすごく脈が速くなってるけど、徐々に早くなって徐々に元に戻る感じの、普通の人でもよくある、副交感神経の乱れとかで起こるものだっていう説明があった

自分が感じたのとは違うけど、今回は出なかった

まあたぶん大丈夫だろうとは思ったけど、検査しといてよかった

費用も、初診料、問診、心電図24時間記録、検査精査、検査結果説明トータルで6000円くらいだったし

うーん結婚の予定なんかないけど保険はいったほうがいいのかなあ・・・

高額医療費制度あるし大丈夫かな

こないだ郵便局で定期預け換えするとき終身保険すすめられたけど、55歳払い込み終了で年間15万はなあ・・・

話かわるけどゆうちょの定期預け変えたらめっちゃびっくりした

利率0.01「%」だったか・・・

10年前のを引き出したら2万くらい利子ついてたけど、これ10年後引き出したら1万もいかなさそうだな・・・

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