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はてなキーワード: aikoとは

2019-06-17

anond:20190617142005

はてぶでたまに話題になるaiko基地の人と狭い部屋に入れて発狂させてあげたい

aiko生理的に無理

声も無理だし、粗製乱造の曲も無理だし、aiko好きな人も無理

喪女が死にものぐるいで恋活してホステスになった

誰かから好きになってもらえたことが

一度もなく、

22歳で、処女だった。

本当に本当に本当に焦っていた。

この年齢で処女であることに本当に焦っていた。

当時、大学4年生の22歳で処女だった。

17歳くらいから「実はこの間彼氏と…」という報告を友達からされるようになり、

22歳になるころには当たり前に女子会セックス話題になることが増えた。

自分けが知らない話題が頻繁に出ることに疎外感を覚えた。

自分自身はクソブスのインキャだけど、

友達とか所属してるゼミとかサークルとかバイト先とかの人は可愛い子ばっかりで

自分の親しい子の中には一人も処女がいなかった。

「えっ!?まだしたことないの?」

「22歳で処女は重いよ、早く卒業しちゃいなよ」

「初めては大事にしなよ」

たくさんの人から色々な意見をもらった。

セックス経験している同い年の子や後輩が、自分よりずっとずっと大人に見えた。

彼氏とHしてすごく気持ちよかった、幸せ

みたいな話もたくさん聞いた。

「初めてしたとき幸せすぎて泣いちゃった」なんて話も聞いた。

今までの自分漫画を読んだり、音楽を聴いたりすることを幸せだと感じていた。

でもそんな幸せはちっぽけで、本当の幸せセックスの中にあるのかもしれない。

その幸せを知らない自分は不幸だと思った。

そう考えるようになってから、私の目標

幸せセックスをして、処女を捨てること」

になった。

そもそも幸せセックスとはなんだろうなと考えた。

セックスは一人ではできないので、まずは相手必要だ。

誰とするのが「幸せ」かな、と考えたとき

当たり前っちゃ当たり前なんだけど、好きな人がいいなって思った。

嫌いな人や生理的に無理な人と致して幸せになれるイメージが湧かなかった。

当時、好きな人がいなかった。

ということで、

好きな人を作る」

好きな人からセックスしたいと思われる」

を達成するための努力をする必要があった。

好きな人を作るためには

出会いを増やすこと

ストライクゾーンを広げること

大きく分けてこの2つをしたらいいかなと思った。

①は婚活パーティーマッチングアプリで増やすことにした。

②については、自分はまあまあ惚れっぽく、ストライクゾーンはそこまで狭くないと思っていたけど、

さらに広げるために、興味がない男性でもたくさん話して、良いところを探してみようと思った。

問題なのは、「好きな人からセックスしたいと思われる」の方である

こっちはほんとにどうしたらいいかわかんない、なんもわからない、だってセックスしたいと思われたことないし!

男の知り合いは居たけど男友達全然いないし誰にも質問できなかった。

今思えば質問すればよかったかもね…痴女みたいだけど…

でもまあとりあえず、見た目がいいに越したことはないかなと思って、

見た目磨きをすることにした。

メイクとか服装とか、雑誌とかインターネットで調べてみたけど、あんまりよくわかんなかった。

これは喪女あるあるだと思うんだけど、メイク服装は何が正解なのか分からないっていうのがある。

正解は無いのかもしれないけど、なんていうか、まあある程度身なりに気を使ってるね、好感が持てるね、みたいな服を探してた。

あんまりよくわかんなくて、でも自己判断でおしゃれするの危険かなって思った。

高校生の時とかの写真見てるとクソダサTシャツとか着てて、自分センスが信用できなかった。

とりあえず店員さんに全部選んでもらった。

「服、持ってないです!全部選んでほしいです!」って言った。

服屋の店員と話すの勇気がいるけど、服が好きで働いてる人が多いので結構乗り気で選んでもらえた。

美容室で、「自分ダサいです!垢抜けたいです!どんな髪型でもいいです!!!」って言って髪切って染めてもらった。

美容師さん、「有村架純さんと同じ髪型します!」って言ってくれた。

かにまじで髪型だけ有村架純にしてもらえた。

顔は全パーツ似てないので、有村架純と顔交換した時のSNOWみたいだなって思った。

化粧がまじで分かんなかったから、なんかデパート化粧品売り場って化粧してもらえる?場所?みたいなのがあるじゃん?(この発言がすでにダメ)

「化粧の仕方わかんないので何が必要か教えてください」って言ったのよ。

「ここはそういうの教える場所じゃない」って言われた。

そりゃそうね…後日調べて普通に化粧品買いに行きました。

例えば、「2種類のチーク、どちらを買うか迷っているんですが、実際に試してみることはできますか?」みたいな聞き方なら大丈夫だった。

化粧の仕方を教えてもらえるわけではないけど、正しい化粧をしてもらえるので、

それをお手本にして次の日から真似てやってみるといい感じに化粧できるようになるかも?

あとはダイエットしてみた。自分の体形に無頓着すぎて、

太ってるのかどうか分からなかった。

太ってるか分からないって何?我ながらどういうこと?

とりあえず間食制限筋トレをして、3キロ減らしてみた。

見た目磨き編はこんな感じだった。

あとは、男性と関わることに力を入れた。

知り合いの男の人となるべく食事に行く約束を取り付けた。

パワー系コミュ障ブスだったから、遠回しに断られることが多かった。

はっきり断られたこともあった。

「行かね〜!」と言われた。へこんだ。

けど、たまに行ってくれる人もいた。

盛り上がらなくて40分で解散したこともあった。

何を話せばいいのか分からなくて、ずっと自分友達の身内面エピソードとかを一方的に話してた。

ほんとそういうとこだぞ!!!!って今なら思う。

食事の後、もう一度会約束は誰もしてくれなかった。

婚活パーティー恋活パーティーに行った。

プロフィールを記入するカードが配布されて、「理想デート」とか書いたりする項目もあった。

30代男性理想デート、「イオンマックを食べて、プリクラを撮る。」って書いてて、

うわそれ私が中学生とき理想デートだ!!10年遅かった!!って思った。

他の男性から離婚調停中です」って言われて、婚活どころではないのでは?となったこともあった。

でも自分もブスだし性格いからまじで人のことを言える状態ではない。

せっかくパーティー行ったから何も収穫がないのはもったいないって気持ちで数人と連絡先交換してご飯行ったけどうまくいかなかった。あとイオンマックには行かなかった。

マッチングアプリもやった。

マッチングアプリとは、婚活などにも使われるような割と真面目な出会いアプリである。(ざっくりとした説明)

顔写真と年齢くらいしかからないような、

会ったことない仲良くもない人とちまちまメッセージ交換するのだるすぎた。

かといってメッセージのやり取りをほとんどせず会うのはリスキーだし、

電話したら手っ取り早く相手のこと知れるんじゃないかと思ったんだけど、

知らない人と電話するの嫌いって人も結構いるらしい。

ちまちまメッセージをやり取りして、会ってみて、を十数人繰り返した。

相変わらず誰とも発展しなくて、キツかった。

いまいち好きになれなかった

自己啓発的なこともやった

「私には、優しくてとってもステキ彼氏がいるよ♩私はとっても幸せ♡」って唱えると本当に彼氏ができるって書いてあるサイトがあったから、

1日100回唱えた。

別にそのサイトには100回唱えろなんて書いてない。勝手に私が気持ち悪いアレンジしてただけ。

毎日上記の文を実家で100回唱える娘を見て母はどう思っただろうか。

このころから努力の方向がおかしくなってくる。

文が長いからまあまあ唱え終わるのに時間かかった

病んだ。

そのくらいで病むなよ!って今なら思うけど、

そのときは思い詰めすぎてて、

「この年齢でこの環境処女卒業できないなんて、

自分ダメなところばっかりなんだ、失敗ばっかりだ、死にたい。」

って本気で思ってた。

好きだったaikoback numberが聴けなくなった。恋愛の曲を身体拒否し始める。

もはや恋愛に関わりたくねえ、私は何を達成しようとしているんだ、なんでこんなダメなんだ、なんなんだもう、殺してくれ、あっ今日念仏唱えてないや、私には、優しくてとってもステキ彼氏がいるよ♩私はとっても幸せ♡私には、優しくてとってもステキ彼氏がいるよ♩私はとっても幸せ♡私には、、私には、、

まりにも病みすぎて、カウンセリングに通うようになった。

いのちの電話とかより、お金かかってもプロカウンセラーの方が聞き上手な印象があったので、そっちにした。

最初の2〜3回は、カウンセラー先生に「辛かったですよね、全然ダメじゃないですよ」って励ましてもらった。

少し気持ちが楽になった。

その後は、「どうしたら恋愛経験が積めるか」

っていう具体的な案をたくさん出してもらった。

異性との会話の仕方とかも具体的に提案してもらえて、カウンセラーならではだな、すごいなと思った。

でも、カウンセラー先生が教えてくれたこととかやってみても全然ダメで、

恋活パーティーマッチングアプリも依然結果が出せていなかった。

もう本当に駄目だな自分死ね~~~~!ウワ~~~!!!クソクソクソって感じ。

もう無理です、もうほんとむりです、つってカウンセリング室で大泣きしてたら、

カウンセラー先生

「これは効果あるか分からないんですけど、

すごい占い師が知り合いにいます。」と言った。

すごい占い師!!!???

スピリチュアル世界の話になると思わなかったのでびっくりした。

藁にもすがる思いで、紹介された占いに行った。

検索してもホームページもない、クチコミも一切ない、

でも、「すごい占い師がいる」との情報だけを信頼して行った。

片道1時間以上かけて、全然人のいない田舎にある民家に行った。

占いを信じない上にケチの私が、45分5000円の占い料払うなんて信じられなかった。

そのくらい絶望的な状況だった。

占い師は優しい奥さんという雰囲気だった。

タロット占いを専門にしている方で、

絵柄が見えない状態カードを混ぜて、何枚か並べて

伏せたカードを表にしたら、

悪魔とか死神とか男の人が木に吊るされてる絵のカードばっかりで、

タロット初心者でも「これはヤバいのでは?」と気づけるような結果だった。

占い師ちょっと黙っちゃって、

「そうですね、これはちょっと…パワーダウンしてますね…」

ってかなり言葉を選びながら「最悪やぞお前」と伝えてくれた。

処女でいることに悩んでいる、と話をしたら、

「本当は処女でいることって、誰にも汚されていない素敵な事なの。でも、もうあなた処女がいけないことって考える呪いにかかってる。もう誰でもいいかセックスしちゃいなさい。今日明日以内に。」

って言われた。

「初めては大事にしなよ」と「さっさと捨てなよ」の間で悩んでたから、今日明日以内にって言われてすごく楽になった。そうしようと思えた。

占い師は、帰り際に私のことを抱きしめてくれた。

なぜかすごく暖かい気持ちになって泣いてしまった。

なるほど、すごい占い師だった。

マッチングアプリでやりとりしてた人がいたから、

その人に頼むことにして、セックスしてくださいとは流石に言えなかったけれどすぐアポをとった。

幸いなことに占いした日の次の日に会ってくれることになった。

会った。

まれつき身体麻痺して、車椅子生活してる人だった。

メッセージのやり取りをしている段階では知らなかった。

もう本当に自分のことしか考えてない最低だから

え、セックスできないじゃん、って思った。

適当ご飯食べて帰った。

自分がされて嫌だったことを他人にしていた。

適当に扱われて、相手はどんな気持ちだったのかな。

興味がない人ともじっくり向き合う、なんて最初は言ってたのに、

結局他人のことを知ろうともせず自分処女のことばっかり気にしていた。

誰も私のことを追いつめていないのに、

勝手ボロボロになっていった。

もう本当に無理じゃん、と思ってたとき

カウンセラー先生が、「水商売してみたらどうかな」と言ってくれた。

「夜の仕事をしてる女性って、男性の扱いのプロじゃない?

衣装セクシーさとかじゃなくて、なるべくトーク力で勝負してるお店にしてね!」

すごいアドバイスだけど、確かにな!と思った。

特定されちゃうかもしれないけど、全部書くわ。

すっごい大きい繁華街の中で何十年も続いているすごく大きなスナックで働かせてもらった。

大学生だったから、とにかく空いてる日はシフトを入れさせてもらった。

キャバ嬢美容室かに行って盛り盛りヘアにしてもらうけど、

そのスナック自分たちでヘアセットしていた。

キャバクラよりも地味な、ほんとに普通のヘアアレンジを教えてもらえた。

本当に身なりに無頓着で、髪の毛を縛るとか染めるとか何かすることは今まで一切なかった

髪の巻き方本当に一切知らなかった。その上ゴムもピンも持っていない。

店が閉まった深夜に先輩ホステスが巻き方を教えてくれて、すごくありがたかった。

でも正直すっごい眠かった。

教えてもらって、家でも練習するんだけど全然できなくて、

1時間かけても全然巻き終わらなくて泣きそうになった。

ヘアアレンジ全然できなくて、ヘアピンを刺せば頭皮は痛いし、ずっと頭らへん触ってると腕がつりそうになるのが大変だった。

あとやりかたを教えてもらってもその通りできないというか…体育苦手な人が指導されても身体を思うように動かせないのに似ているかも?

今は簡単なやつなら一通りできる…教えてくださったホステスさんたちにめちゃくちゃ感謝している…

メイクの仕方も教えてくれたし、メイクおかしかったら言ってくれた。

メイクおかしいって言ってくれる環境ってめちゃくちゃ恵まれてる。

友達は気を遣って何も言わないだろうし、化粧品売り場のお姉さんもお客様お化粧が変でございますよ~~とは言わない。

ママから指導されることも多かった、正直性格のことがっつり言われるとしょげた

スナック、楽じゃなかった。

ベテランホステスから無視されたり、席に着いたらお客さんに「ブス!チェンジ!」って言われたこともあった。スナックチェンジできねえわ!

思ったより時給は低いし、色々お金かかってたから本当にあんまり儲かってない、全然昼のバイトと変わらん

でも給料以上の価値があった。

お金払ってでも働きたい場所だった。

そんでめちゃくちゃ頑張って、

450時間働いた。

450時間男性と会話したことになる。

時間はたくさんかけたけど、他のホステスさんも見てる中で会話するので、

閉店後アドバイスがもらえることもあるから

恋愛成功体験のない自分が1人で反省するより、すごく効率良く男性との会話の仕方を習得できるなと思った。

最終日はお客さんからお花を貰い、泣きながら退店した。

嬉し泣きしながら辞める人初めて見たよ、と先輩ホステスに笑われた。

なんで辞めたのかというと、

マッチングアプリで、彼氏ができたから。

ホステスやってる中で、会話のテクニックを学んだ

(というか人間コミュニケーションの基本を教えてもらった)

相手質問をする」という、すっごく基本的なことだけど、

全くできていなかったことが実践できるようになった。

そしたら、マッチングアプリでやりとりするの少し楽になって、

メッセージも続くようになった。

メッセージが楽しく続くようになれば、実際に会ってくれる人も多くなって、チャンスが一気に増えた。

その中に、すごくいいと思える人がいた。

運が良かった。努力の成果ではない。

でも会う人数が増えれば良い人に会う確率も上がるし、

会う人数を増やせたという点は自分を褒めたい。

スナックで学んだ知識を総動員させて初アポに臨んだ。

メッセージの印象通り、めちゃくちゃいい人だった。

一方的に話さない、相手の話を聞く、楽しそうにする、

相手コミュ力の高さもあるけど、

それらに気を付けながら話すだけでも話がちゃんと弾んだ。

20年以上生きてるのに「これが会話か…」ってなった。

もう一度会約束もすんなりできた。驚いた。

3度目のデートで、告白してもらえた。

初めて人から告白された。

死ぬほど嬉しかった。

誰も私を選んでくれないと思った。

ネガティブだとダメとか、言霊の力とか、引き寄せの法則とか、色々ある。

私は3度目のデート中も「どうせお付き合いには至らないんだろうな」って思ってたし、

少しラインの返信が遅いだけで「はい!またフェードアウトされるやつ!無言でブロックされたかもな〜〜終わったな〜〜」とか思ってたので、最後までずっとネガティブだった。負けたこしかいから勝つシーンを想像できなかった。ポジティブになるのは無理だった…

言霊の力はあんまり感じられなかった。

引き寄せも無かった。

私に効いたのは、

「見た目に関する第三者からアドバイス

コミュニケーションの取り方の基本的ルールを知る」

ことだった。

それを学べたのが、スナックだった。

彼氏と、付き合ってもうすぐ1年半が経つ。

「初めて会ったとき、楽しそうに俺の話を聞いてくれて、それが嬉しかった」

と、このあい何気なく話してくれた。

あのときホステスになって良かったなと思う。

2019-06-06

非モテ」という呪い

2019年6月5日元号が変わって1ヶ月経ったところで対した代わり映えのある日常に変わったわけでもなく、常にニュースはいつ歩いている道路に突っ込んでくる自動車に対してどう対処しなければならないとか、年金もらえないから2000万円貯めなければならないみたいよとか、沈みゆ日本を眺めるだけ、みたいな話題で持ちきりのなか滅入っている毎日で、今日も眠れず丑三つ時、という状況に飛び込んできたTwitterでの新聞記事キャプチャ画像

少し睡魔が近寄ってきてさあ眠ろうか、といった寝ぼけ回路には刺激の強すぎる文字列と、ワンショット×2の何ともミスマッチコラージュ画像。いや、ミスマッチどころか接点を探すほうが難しいくらい予想の外に飛び出した男女の組み合わせ。そこには「山ちゃん 蒼井優 結婚」と、強い単語が3つ、並んでいた。

「夢なんじゃないだろうか」。とっさにそう思い、眠気もあったことでその場はすぐ床についた。だけど混乱する頭はそうさせてくれなかったのだろう、午前4時半、再び目が覚めてしまった。そしてTwitterを開くと、更に新聞記事を詳しくキャプチャーした画像が多数出回っていて、「あ、やっぱりウソじゃなかったんだ」、そう理解することができた。「しずちゃんが恋のキューピッドなんだ」「そういや山ちゃんアンジュルムに軽ハマりしてたな」「っていうか交際2ヶ月って」みたいな浮ついた感想しか出てこなかったけど、両者のファンである自分には嬉しかった。特に山ちゃんがこういうふうに幸せを掴むなんて。予想もしなかったし、考えうる未来の中で最上級結婚相手を見つけたんじゃないだろうか。そんな失礼すぎる思いが頭の中を一杯にしてしまった。山ちゃんが掴んだ現実の話なのに。

そこから普通日常仕事へ向かい、昼食を済ませ、お茶を濁して、帰路へつく。

だけど頭の中は山里亮太蒼井優カップルのことで一杯で、「スッキリの天の声はさほど多くは語らなかったらしい」「会見が夜にあるらしい」「そういや不毛な議論今日だ」とか、わずかの情報も入ってくる中、どうにか一日かけて頭の中を整理していった。

そうして帰宅し、AbemaTVでの微笑ましい会見を観て、芸能人の反応をチェックし、ベロンベロンのしちゃんとそんなつもりで来たわけじゃないaikoゲストだった不毛な議論を聴き、激動の2019年6月5日が終わった。

そういた一日を終えて、お似合いなふたりに見えてきた夫婦の顔を思い浮かべてこの文章を書いている。

山ちゃんはその日の最後仕事である自身ラジオ山里亮太不毛な議論ラストで泣いた。嗚咽混じりでリスナーへの感謝と共に泣いた。

自分山ちゃんとは同じ中年男性ではあるけれど根本的に異なる存在だ。圧倒的に山ちゃんのほうが出来る存在だし、本来ならばモテて当然の男でもあるし、女優奥さんでも決して見劣りしない一流の芸能人であり、そもそも残念だと言われたのは顔面と卑屈な性格だけなのだ

だけど一つだけわかることがある。それは「非モテ」という名の呪いのことだ。

非モテ」という呪いは恐ろしい。その呪い自身幸せ否定してしまものであり、ひとたび呪われてしまったら自身アイデンティティとなり、こびりつき、恋愛というもの世界と無縁であるように自然自分から遠ざけてしまう。

山ちゃんラジオで言った。「実は僕、結婚はすごく悩んでて、というのもラジオでずっと逆の人生の話をして、妬んできてて、幸せになることがあんまり良くないかなと思って、結婚するのが、怖くて」。

この言葉を聞いて涙が止まらなかった。「非モテ」にとっては「幸せ」になることは自身否定してしまうことだ。誰かを愛すること、愛されることは、同じ「非モテである同士を裏切ることだ。

冷静に考えればそんな事無いし、そんな事思っているのは自分だけなのだろう。だけど「非モテ」という呪いはそんなバカですら分かることすら分からなくさせてしま呪いなのだ

かつて山ちゃんは友人であるオードリー若林西加奈子と出演したボクらの時代でこう話した。「俺の走っている燃料が、妬み嫉み恨み辛み怒りだったら、彼女なり結婚なりというのはそれを消し去るものなんじゃないか」。まさに呪いだ。だけどそんな山里もしかして若林にも向けているのかも)に西加奈子は言う。「うちらは『いや、みんなで愛し合って慈しみ合ってハッピーで、でもいいものを書ける』ってのを証明しようと思う」「大丈夫結婚しても幸せになんないから」。

つくづく山ちゃん幸せ環境に恵まれ人間だと思う。彼の周りには彼を肯定してくれる友人が多く存在する。彼にかけられた呪いを無かったことにしようと動いてくれた人達存在する。だけどその環境は決して用意されたものでも、偶然現れたものでもなく、彼自身が作り上げたもので、その環境含め「山里亮太」の一部になっている。

もし、コンビ仲が最悪な頃、相方のしちゃんが出演したフラガール蒼井優と共演することを阻止してたら、コンビ仲が最悪のまま、南海キャンディーズとして漫才を続けることを拒んでいたら、不毛な議論自身幸せを信じるリスナーとの信頼を結べていなかったら、未知の仕事であったテラスハウス仕事を受けなかったら、きっとこの未来にたどり着かなかっただろう。

非モテ」なんていう呪いは無かったのかもしれない。

しかし、この文章を書いている自分には未だにこびりついている呪いであり、現状、それを打破できる環境は作り上げられていない。

けど、山ちゃん結婚で「非モテ」なんていう呪いのせいにすることはやめようと思う。そして、そんなきっかけを作ってくれた山里亮太蒼井優、そして山里亮太構成する周りの方々に感謝します。

そして山ちゃん結婚おめでとうございます

2019-05-28

「好きで好きで仕方なかった」

aiko歌詞かよ

2019-04-15

ああー失恋した。

やっほう。大学生の青くない春。

彼氏から返事がきませんよっと。

最近ずっと塩対応で数日前に連絡途切れちゃってオワタでぴた。でもまあリアルに忙しいのかも?とワンチャンの期待。と自然消滅は悲しすぎるからお別れ話の切り出しの切り出しということで、本日グッドモーニングライン送りまーした。返信しやすいように二文目はちゃんと疑問系のメッセージ。でも返信こないでーーす!

わたしの感は意外と鋭い。彼はね、私のこと好きじゃなかったよ最初から。分かってたけど私は知らぬふりした。彼の告白は私の期待に応えるための告白貴方貴方自身の心を満たすための告白じゃなかった。それでもね嬉しかった、でもそれが結局自分ハートをグサりとしたわい。自己中で可愛げがなくてごめんね。傷つけるような事しちゃったならごめんね。

短い間だったけど私は最高に幸せだったし、最高にたのしかったよ。出会えてよかったと心から思う。最後にもう一度手を繋いで桜の下をお散歩たかったなあ。って春が終わるのね。桜の花びらが朽ち果てていくのね。

今日椎名林檎ばかり歌ってみたけれど、延長してまでaikoを歌いたくなるくらいよ。もう夢見る隙間も残ってないな。

2019-03-27

サビを聞くまで何の曲か分からない歌を教えてほしい

CM起用などでサビが有名になりすぎてサビ聞くまでなにの曲か分からないとか、サビに全ポイント振ってしまって他はクソみたいな曲でも。クレクレではアレなんで、自分なりにそうだと思うものを書いとく

デイドリームビリーバー忌野清志郎

「ずっと夢〜を見て〜」でおなじみのセブンイレブンCM曲。特に若い人はセブンオリジナル曲だと思ってる人が多い。

・桜の時(aiko

カルピスウォーターCMでサビが採用された曲。aikoファンには申し訳ないがラジオの桜の歌特集で聞いたとき、サビ聞くまで全然わかんなかった

2019-03-02

大人”の意味自分で決めるものだよ

男性よりも女性の方が早く大人になるとかい意見がある。

例えば男の子中学生高校生になってもゲーム漫画に夢中なのに比べて、

女の子小学校に上がるころには、恋愛などの人間関係の遊びに興味が移ることを指して

そういう意見が作られるのだろうが、いやいや、人間関係に興味が移ったからって、

それがどうして“大人”になるんだよ。

 

そもそもの話だが、精神的な意味合いでの“大人”という言葉は、

愛や自由正義と同じく抽象的な概念から、人それぞれの定義存在してもいいのだ。

例えば俺にとっての“大人”の条件は、下記の二つだ。

1.権力暴力に屈せず自分正義価値観を貫くことができる

2.他人のために生きることができる

これだけ。俺の定義で言えば、無職だろうが小学生だろうが大人になることができる。

逆に、60年とか70年とか生きてもガキのままのくだらないやつらも大勢いるってことだ。

経済的に自立したら大人だとか、子供を育てたら大人だとか得意顔で言ってる奴ら、

本当にくだらない。自分言葉を持たないで大人も糞もあるかバーカ。

 

俺に言わせりゃ女はガキだらけ。

自分を持たないガキだから、みんなでトイレに行くし、自分他人を比べなきゃ気がすまない。

グルメファッション芸能人ゴシップしか興味が無く、文化が無い。美術に向いてない。

恋人や夫のスペック他人勝負しようとする。下ネタや人の悪口を言うのが大好きだが、

それらを聞くに値するユーモア昇華させる実力が無く、平凡な下ネタ悪口しか言えない。

馬鹿主体性が無いか先駆者ではなくMeTooしかなれないが、なぜか先駆者よりも声がでかい

スポーツ実況やアンカーといった知的労働には就けないことが分かっているのに女子アナを目指す。

イベント男性声優しか拍手や声援を送らず女性声優を平気で無視他人を減点法で採点する。

aikoや尼神狩野容姿を褒め、吉岡里帆宇垣美里容姿を貶す。公文書偽造よりも生活保護を憎む。

被害者になったときに異常な攻撃性を発揮し、加害者人格人生を徹底的に破壊しようとする。

女のほうが大人だとか寝言を言うなよ。女は男よりも動物的で、人情理解できないんだよ。

2019-01-26

anond:20190126023907

YAMAHA TEENS MUSIC FESTIVALとか閃光ライオットレーベルスカウトマンの推薦とかあっただろうな

元増田ドラフト会議入団テスト勘違いしていたんだよ

ちょっと前にホッテントリ入りしてた、YAMAHAコンテストaiko椎名林檎を見たという増田もそうだけど

みんな意外とピュアなんだな

2018-12-30

anond:20181230212000

言ってることが理解できる瞬間が俺にもあるよ。

aikoの歌なんて世の中にはKKOなんて一匹たりとも存在しない前提の世界観からなー。

正直ちょっと勘弁してほしいって思うことがある。

2018-10-21

俺がなんで入れ食い状態か分かる?

ブス専からだよ

正確に言うと好みの対象をブスに変えたんだよ

そしたら全てが変わったよ

LINEの返信が当たり前にくる

ご飯に誘うとOKされる

ホテル直行

やっぱブスは楽勝だよ

ちなみにデブ専おすすめしない

「胸が大きけりゃデブでも可」っていう男は多数いるかライバルが多い

そもそも太ってる子は普通にモテる

一応言っとくがaiko剛力、指原とかあんなもんめちゃくちゃ可愛いから

ソフマップなんか高嶺の花だから

世に出てこないような真性ブスを狙えってことだから

2018-10-10

anond:20181010085137

それー。コソコソやってのオタク文化だし間違って表に出てキモい!って言われたらごめんなさいてへぺろあなたはまだキズナアイに至れていないんですねって某自称aikoくらいの余裕と自虐をもって取り組むのがオタク活動でしょ。

オタク活動のなんたるかを部外者勝手に決めるなよ。

殴られたら殴り返すんだよ。

オタクがみんなに許容されたいと声を上げる時代怖すぎ。

それを怖すぎと思うお前怖すぎ。

なんで他人趣味に口出しして当然だと思ってるの?

教科書性的消費問題にしてもそうだけどそれ自体善悪を裁くのはアンチフェミでもましてやフェミでもない。

でも叩かれるのは仕方がないというかそんなこともあるよねとなんで受け入れられないのか…。

醜い。

何もしてないのに叩かれて受け入れられるわけがない。

じゃお前をぼこぼこにしていいか理由はお前の増田がむかつくから。それを黙って受け入れられんのか?

anond:20181010024150

それー。コソコソやってのオタク文化だし間違って表に出てキモい!って言われたらごめんなさいてへぺろあなたはまだキズナアイに至れていないんですねって某自称aikoくらいの余裕と自虐をもって取り組むのがオタク活動でしょ。

わかる奴にしかからないのがオタク真骨頂では?

オタクがみんなに許容されたいと声を上げる時代怖すぎ。

教科書性的消費問題にしてもそうだけどそれ自体善悪を裁くのはアンチフェミでもましてやフェミでもない。でも叩かれるのは仕方がないというかそんなこともあるよねとなんで受け入れられないのか…。

醜い。

2018-09-12

一番最初に入り浸ったサイトが被る毎に腹筋100回

aiko ぬるぬる page

まあ被らんやろ

2018-05-06

申し込まなきゃチケットはご用意されないのだから恋人だってそう


久しぶりに恋人ができた。

およそ七年ぶりのことで、私にとっては「大」を幾つ連ねても足りないほどの大事件だった。

なぜなら、恋人がいなかった約七年間の間、恋愛関係に発展しそうな付き合いは一切なく、誰かとデートはおろか二人で食事をするシチュエーションすらなかったのだから

もちろん酒の勢いやワンナイトの類いもなかった。

男女交際一式は過去経験しているけれど、石橋を叩きすぎて割ってしまうほど慎重かつ臆病なので、恋人になりそうもない相手スキンシップセックスを楽しめるほどの勇気経験値は自分にはなかった。

セックスアンドザティで「一年セックスしないと女は再処女化する」というようなセリフがあったけれど(ニュアンス)、七年間とかマジでどうなるんだよ怖えーよと一人頭を抱えたりしていた。

たまに「いいな」と思う人がいても、結婚していたから「いいな」で終わりだった。

好意を向けてくれる人がまれに現れても、どうしてもタイプじゃないか、やはり既婚者だった。

その間、合コンとか街コンとか相席居酒屋とか、出会いに繋がりそうな場所に行ったこともない。

そんなこんなで約七年。

それでも、人に恋人の有無を聞かれ、長年いないことを話すと十回に十回驚かれた。

まあ、お世辞というか、お決まりリアクションなのかもしれないけれど。

自己評価しかないが、私は細身でスタイルがいい。

顔面は、石原さとみのようなハイパー美人にはほど遠いが別に悪くはない。

きちんと化粧をして何ら差し支えのない洋服たちでJJに載っていそうな系統のおしゃれをする。

ムダ毛は手入れするし、伸ばした栗色の髪の毛のケアにも勤しむ。

前髪も後れ毛も巻く。

学生時代勉強を頑張って、賢い大学を出た。

社会経験も人並みに積み、良い会社に落ち着いて、世間知らずでもない。

料理もできる。家事問題ない。

初めましての人と対面しても、しっかりコミュニケーションが取れる。

から彼氏いないです」に対して、返ってくるのは「なんで?いそうなのに」だった。(社交辞令かもしr

















オタクからだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!









と、思ってました。思ってたし、実際にそうだった。

私はオタクだ。

推し天使から常にありがたすぎて課金するし、イベントなどがあれば北海道から九州まで飛ぶ。

ちなみに「オタクから彼氏いない=オタク趣味相手に受け入れられないかモテない」のではない。

オタクからオタクごとが楽しすぎて恋人いなくても全然寂しくない」のだ。

オタクというのはアニメ漫画ゲームアイドル同人などのサブカルチャー的な匂いを強く発する言葉だけれど、個人的には「恋人がいなくても何ら寂しくなくむしろ面倒な付き合いがないので自分時間を圧倒的に優先できて充実したハッピーライフ送れてる」と感じるレベル趣味ものごとは全部オタクごとだと思っている。

オタクしてて、楽しすぎて、本当に恋人がいらなかった。

からシングルで過ごしていた長い間、私が「彼氏ほしい!」と本気で思ったことはほぼなかった。

そんな精神状態恋人ができるはずがない。

いなくていい、ほしくない、と思っている人間恋人ができるほど恋愛強制的ものではない。

できそう、できなさそう、モテそう、モテなさそう、以前の問題

オタクでいると、頻繁に会う友達ほとんどオタクになる。(私の場合

趣味を全力で全うするオタクって、まるで結婚しない。恋人がいる子も少ない。

結婚している全力のオタク友達もいるけれど、その場合子供がいないか子供がもう大きい。

ある程度の財力と時間の余裕を手にいれたアラサーオタク活動は、それはそれは楽しくて。

「まだいい」「もう少しこのまま楽しみたい」で、どんどん年をとる。

それは決して悪いことではないのだけれど。

で、私も、気付けば七年も色恋沙汰から遠ざかっていた。

人肌恋しい時は何度かあったけれど、寝て起きたら大体忘れているし、オタクごとで萌えるのに忙しくてすぐにそんな感情は溶けてなくなった。

そんな中、三十路が見えてきて、いつまでもこのままじゃいられないなぁなんて、ようやく焦りを覚えたのが昨年。

結婚願望はあったので、婚活中のオタク友達相談して、出会いが見つかりそうな場所に、生まれて初めて自らの意思で赴いた。

宝くじだって買わなきゃ当たらないし。

チケットだって申し込まなきゃご用意されないのだから

恋人だって、作ろうと思わなければできやしない。

そんなふうに行動してみたらあっさりと彼氏ができた。

でもって今は半年でふられてしばらく、といったところ。

ズタボロに引きずっている。

とりあえず彼氏がほしかったので、「好きになれそうだな」の段階からお付き合いしたけれど、付き合っている内に見事相手をとても好きになった。

長い間恋愛を休んでいても、良い相手出会えさえすれば相手を「好き」だと思う感情が、まだ自分の中に残っていることにとにかく感動した。

相手との時間を作るためならライフワークだったオタクごとを後回しにしてもいいと思えた。

そのことに、私は人知れず、ものすごく、本当に、素晴らしく感動した。びっくりした。

所詮、私は恋愛体質で、aikoの歌に共感してトキめいた若かりし日々と大して変わってなかったなぁとか思って、嬉しかった。

だけど、せっかくそんなにも好きになれたのに続かなかった。(ちなみに私がオタクなのが原因ではない)

私が相手を思ってしまったほど、相手は私を思えなかったらしい。重かったんだろう。

推しのためなら諸々重課金する女だから愛情があっさり系でない自覚は大いにある。

それにしても、オタクごとで生きている喜びを噛み締めてきた自分が、他の感情に大きく左右されて、ごはんが喉を通らないほど苦しむとは思わなかった。

「しようと思えばいつでもできるだろう」と恋愛をさぼった結果、自尊心を守りたいくせに恐ろしく自己肯定感が低い卑屈野郎になってしまっていて、今日日「結局私なんて誰にも愛されないよ〜〜〜うわ〜〜〜〜」と枕に顔を埋めるバカみたいな日々を送っている。自分が嫌すぎる。

長い恋愛ブランクのつけが、今になってボディーブローのように効いている。

付き合って入る最中ブランクなんて問題なくて、むしろ新鮮みがあって楽しかったのに。

ブランクはその恋愛が終わった時、別れた時、ふられた時。

そんなタイミングしわ寄せがくるんだなと、実感している。

経験値低すぎて、防具弱すぎて、失恋の一撃が重いったらありゃしない。

これから傷ついて立ち直ってを繰り返して強くなるのか…って、ため息がでる年齢。

一度でも、二度でも、ほんの少しでも、リハビリしておけばよかったな。

オタクしてきた年月が、人生でも随一に楽しかったのは確か。

でも少し後悔している。

からオタクと呼び呼ばれるそこのあなたが、もし「将来結婚はしたい」「ゆくゆくは相手ほしい」と思うのなら、ちょこっとでも恋愛してほしいなぁと思った。

チケット当選しなかったとしても、申し込みに慣れておいて損はないと思うから

2018-04-23

aiko語り

高校の時に奇跡的にたった数か月だけ両想いで付き合えた子がaiko好きだったから俺もいろいろ聞いた

その時出てたアルバム全部きいた(秋そばにいるよまで)

夏服と桜の木の下めっちゃ好きになった

結局振られたから苦い思い出になってしまったけど

その後は鈴木杏版のがんばっていきまっしょいキラキラで久しぶりにええ曲やねって思ってアンドロメダ、えりあしとかちょくちょく好きなのあるなと思ったけど、

キラキラ以降は自分琴線には触れなくなった

2018-04-07

aikoさんとカブトムシ私たち

門前仲町とあるラーメン屋暖簾をくぐった私と同期の二人は、深いため息をついた。

新入社員研修過酷さは想像を超えるもので、私たちは疲れ切っていた。

「これからずっとこんな生活なのかな…」

「さぁ…」

私たちの間に置かれたキリンの中瓶は静かに減っていった。

そのラーメン屋に客は私たちだけで、空虚空間にはテレビがあった。

カウントダウンTV特番に、aikoさんが出ているのが視界の端に見えた。

そして、新曲を出したのかな、と思っていた私の予想をよそにaikoさんが歌いだしたのは何と、『カブトムシ』。

えっ?『カブトムシ』?

つい声に出てしまった。

カブトムシが何かあった?」

「いや…随分懐かしい曲を…と思って」

「確かに…」

私は咄嗟に調べた。『カブトムシ』、1999年ナンバーであった。

凄いな、aikoさん。

何が凄いって、全然カブトムシ』似合ってるもの

きっと『カブトムシ』をリリースしてから19年、aikoさんにも様々なことがあっただろう。

たくさん曲も書いたし、良いことも悪いこともたくさん経験してきたはずだ。もちろん、そのあいだにはきっと新しい恋もあっただろうし、失恋もあったことだろう。

にも拘らずaikoさん、今年42歳のaikoさん(調べた)、全然「『カブトムシ』を歌う女子っぽさ」の枠内にいる。これは凄いことではなかろうか!

我々は、もとより人間一般は、果たしてaikoさんと同じく「19年前の自分」と同じものが似合う人間であることが出来るだろうか。

言わずもがな19年という歳月は果てしなく長い。その間に卵子大学受験をする。高校生高橋由伸巨人軍監督になる。

今年23になる私は42歳になっている。その時、今日aikoさんのようなパフォーマンスが出せるのか…?

aikoさんの19年間を思えば我々の1週間など取るに足らぬ」という、妙に力強い結論とともに、私たちは帰路についた。

決してaikoさんに知悉しているわけではない私たちの、それでも具に感じとったaikoさんの凄さを胸に、来週も頑張ろうと思った。

(その後に歌っていた新曲も、とってもいい曲でした)

2018-03-17

aikoがふと可愛くなる瞬間

なんだろな。あれ。魔法かな。ここは異世界だっけ。

2018-03-08

1999年高校生(田舎編)

90年代後半~2010年代男子高校生の生態が的確すぎて「わかりみが深い」「○○も追加で」と楽しむ皆さん - Togetter

https://togetter.com/li/1206408

これ見たけどキムタクアムロ微妙にずれてる気がしたので

自分高校時代を振り返る。

なお地方偏差値50以上60未満、私自身は陰キャ寄りの素朴な高校生活であった。

・当時の音楽としてはバンプ、19、ゆずあたりが印象深い。

 陽キャよりの人はDA PUMPとか聞いてた気がする。

 女子は全員aiko聞いてた。

 あとモー娘な。

 私は陰キャだったので椎名林檎を聞いていた。

 あとスカ系が結構流行ってた気がする、東京スカパラダイスとかKEMURIとか。

 ビジュアル系もまだ元気だった、GLAYとかL'Arc~en~Cielとかマリスミゼルとか。

 音楽番組たくさんあったよなあ。夜もヒッパレすきだったな。

 

安室奈美恵言及して浜崎あゆみ言及しないのは到底受け入れられない、

 不幸な生い立ちを綴った自伝が出るわCD同時リリースするわ偉い騒ぎだった。

 安室奈美恵浜崎あゆみは常に比べられてた、みたいな記事よく見たが

 当時は完全に「鈴木あみ浜崎あゆみ」だった気がする。

 アムラーはもう少し上の人たちだった。

 あとハモネプがすごく流行っていて、男子がみんなボイパをはじめた。

服装ルーズソックスは衰退期にあった気がする。

 一応履くけどそんなにしなくてもね、みたいな。

 うちは比較的おとなしめの校風だったから余計かもしれない。

 あとユニクロじわじわ流行ってた気がする、みんなでカタログ教室で見た記憶がある。

 カーディガンパーカーオーバーサイズ定番だった。

 あとBEAMSショップバッグを持ってた。

 女子タイプによってはベティーズブルーショップバッグ持ってた。

 ジャージかいれて学校に持っていった。

 とにかく髪はまっすぐストレート正義だった。

 みんな縮毛かけて定規で引いたような髪をしていた。

 アイメイク偏重期だった、マスカラごりごりつけてひじきみたいになってた。それがかわいいとされていた。

 男子はとりあえずスニーカーソックス履いてた。

 あと腰パン。そんで裾を片方だけまくって足首を出す。

 ベルトはキャンバス地?みたいなやつで片方垂らす。

 この辺は冒頭の記事の02年~の男子の方が近い。

 髪型として目標にされてたの妻夫木だった気がするな…

 いわゆる無造作ヘア。

雑誌CUTiEとかzipperかばっかり見ていた。

 陽キャの人のことはわからないすまない。

ケータイ高校時代激動だった。

 ポケベルもまだいたがすぐに消えた。

 ピッチが次第に駆逐され、ケータイを持つのふつうになり

 はじめはストレート型白黒画面単音だったのに、

 画面がカラーになり、和音着メロができたときは衝撃だった。

 それまで単純なブザー音の高低だけで着メロを鳴らしてたのに、

 まるでキーボードのような音色、そして和音

 教室で誰かがうっかりならしてざわついたのを覚えている。

 携帯にはストラップをつけ、制服ポケットから覗かせて個性を出していた。

 じゃらじゃらつけまくる派やぬいぐるみをぶら下げる派などいた。

 私はシンプルなやつをひとつだけ、がすきだった。

 大阪の食い倒れ人形どーもくんのうさじいは、それぞれ気に入って長くつけてた気がする。


・ちなみにジャニーズいちばん世代に近いのはV6だと思う。

 SMAPはすでに地位確立していて、あこがれたり真似したりする対象ではなかったと思う。

あと個人的な思い出として楽しかたこと。

まだAmazonがない頃で、ヤマトブックサービス友達と送料割り勘にしてよく本を買ってた。

そういや冷静と情熱の間を読んだりしたな。

あの頃は村上春樹が今みたいにノーベル賞だ売り上げだと叩かれたりしてなくて、もちろん有名ではあったが

今みたいに皮肉めいたニュアンス引用されることはなかった。

あの頃の「村上春樹風に○○を語るスレ」には愛があった。

藤原竜也身毒丸に抜擢されたり、バトル・ロワイアルに出たりしたころだった。めっちゃきな子がよくいた。

326が流行ってた。

私も私の周りも三谷幸喜が当然みたいに好きだった。

古畑任三郎の深夜に今泉慎太郎をやってた。

以上。片田舎シンプル高校生活の思い出。

2018-03-04

1995年の話。

1995年の話。

当時YAMAHA音楽学主催のTEEN'S MUSIC FESTIVALという10対象音楽コンテストがあった。

バンドブームだったこともあって当時のイケてる高校生バンドをやっていたし、実際高校生バンドデビューしたりもしていた。このコンテスト自体は1人でもバンドでもいいし自作曲でもカバーでも自由、とにかく10代のみ参加可能というものであった。

高校卒業を目前にした2月同級生が出るということでそのコンテスト地方大会を観に行ったところ、なんとそのバンド地方大会1位を取り、春に行われる全国大会に出場するという。

全国大会ラジオ生放送され、編集されたものが(たしかNHKBSあたりで)放映もされるとのことで、ラジオも聴いたし番組VHSに録った。

そして繰り返し観た。

知っている人が頑張っているからというのもあったし、実はその美形でギターが上手い同級生に憧れの気持ちがあったからというのもある。しかしそれ以上に、全国から集まった地区代表舞台に魅せられたのが大きかった。

繰り返し観たのでいまだに覚えている。グランジっぽい衣装を着て、「マニラの熱い夜を忘れないぜ」という歌詞の曲を歌うバンド10代が書く詩とは思えない)だとか、女性だけのバンドは当時何て呼ばれてたんだったろう?とにかく女の子ばかりのバンドで、ものすごくしっとりした全編英語歌詞の曲を歌う妙にエロい感じのボーカルの子だとか、完全に素人であり10であるにもかかわらずものすごい熱量と完成度の高さがあった。

全国大会に出た同級生は、結局なんの賞にも入らずに終わった。優勝したのは2人組の女の子で、1人はピアノを弾き1人は歌っていた。歌っている子が曲を作っていたようで、それが高く評価されたようだった。私にとっては彼女の声がとても魅力的で、少し鼻にかかっているけれどとても聞き取りやすく、曲の雰囲気に合った可愛い声だった。オーバーオールを着て、当時流行っていた髪をまとめたところに太めのターバンを巻くといったヘアスタイルだったと思う。

そして舞台の上で、軽くリズムを取りながら歌う様子は優勝者の貫録すらあった。タイトルは「あいつをふりむかせる方法

そう、のちのaikoである

aikoデビューした瞬間は知らないが、花火という曲を初めて聴いた時のデジャヴ感は衝撃的であった。しかしそのコンテストの際、2人組のユニット名が「aiko」だったので、ろくにネットも使えない時代であったがすぐにふたつが自分の中で結びついた。aikoがTEEN'S MUSIC FESTIVALでデビューきっかけを得たというのがaikoファンにとってどのくらい周知されているのかはわからないが、もしあの当時の番組を観ることができるものがあるのなら是非教えてほしい。もう一度通して観たい。

そしてそれからさらに後、前述の英語歌詞エロく歌うボーカルの子椎名林檎であることに急に気づいた。just missed the trainを歌っていたのだが、今思えば10代とは思えない雰囲気であった。

今思えば自分が知らないだけで、あの時あのステージにいた人で今も音楽活動をしている人がもっといるんじゃないか。いまだに地元音楽活動を続けている元憧れの同級生のように。

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