はてなキーワード: 親友とは
とある作品投稿サイトで、1人の(サイト内だとそこそこ有名な)創作者のファンを何年も続けてる女がいた。
私もその創作者のファンであり、その女の事はそいつが描いてた創作のファンアートを見かけて知った。
その女のイラストは飛び抜けて上手いと言う訳ではなかったのだが、全て丁寧に描かれていて愛の感じられるイラストで、創作者に媚びる事だけ考えてファンアートを描いていた自分が惨めになりながらも覗き見する事をやめられず、いつしか創作者よりその女のファンアートだけを見るようになった。
しばらくして創作者がTwitterを始めていた事を知り、すぐにフォローをして会話をしていたら別の人にフォローされた。
あの女だった。
私は暫くの間この女の作品を追い続けてはいたが、一切ブックマークやコメントはせずにいたので、向こうは私の存在をTwitterで初めて知った様で、たどたどしい様子で向こうから「あなたも○○さんのファンなんですね!」と話しかけてきたので普通に返事をし、よく話す様になった。創作者の話をされ、細かいネタ等も持ち出してきて、会話には正直付いていけなかったが、そこまでひたむきに一つの作品を愛せるこの女が羨ましくて仕方なかったし、ストレスしか感じなかった。大嫌いだった、話すのも苦痛だった。別にこの女が悪くないのは分かってる、その創作者とは私の方が仲が良いし、絵だって私の方が上手いのに、何故だか劣等感が拭えなかった、こいつに勝ちたいとずっと思っては頭を掻きむしっていた。これが親友との出会いだった。
それからその女が創作者に恋心を抱いてる事を知るのに時間はかからなかった。
そこで私は、身体を使って創作者に取り入る事にした。オフ会をして、媚びて、そういう行為に至り、その優越感に浸る事で羨望、嫉妬は消えると思った。が、何も変わりはしなかった。それどころか余計に綺麗に、純粋に生きているその女と汚い感情にまみれた自分を比べて、惨めになるばかりだった。結局その創作者ともその後、友達という関係に戻った。
その女含め創作者達とリアルでよく遊ぶ様になって一年が経とうとしていた頃、創作者と女が付き合っていた事を聞かされた。幸せそうだった。それから恋愛相談をされる様になり、惚気話や喧嘩話に一喜一憂する様を間近で見ていた。
私は相手が安心出来る、笑顔になれる様な返答を心掛けた。そうすれば何だか救われる気がした、許される気がした。それを何年も続けているうち、その女に喜んでもらう事が生きがいになり、依存し、その女の為なら何でもする様になり、いつしかその女しか友人はいなくなっていた。
荒んだ家庭で理不尽に暴力を振るわれ、精神疾患になり、生きる意味など分からなくなってる自分が、平凡な家庭で健やかに育てられ、友人や恋人に囲まれて過ごしているあの女と話してる間、その間だけは、自分が普通の人間でいれる気がした。
何でこうなったのかは自分でも分からない、最初は大嫌いだった、今も幸せそうなあいつを見てるとイライラする、でも自分が普通であるフリをするにはそれしかない、いやそれも言い訳か、私はいつしか7年間その女を追いかけていた、近々、創作者とその女は結婚するらしい。
私は、失恋したのだ。
自分に優しくして自信を持つというのは、
どの哲学書でも言われているが、非常に難しい。
自分の場合小さいころにある組織に属していたが自分の出来が悪くて、
という価値観を心の奥でずっと持っている。
その他にも生まれた時から体にコンプレックスがあるのも大きいと思う。
要は自分に一切自信がない。
対人関係でも相手に本当の自分を見られてまた否定されるのが怖くて、
おそらく人を遊びに誘ったことなんて、片手で数えるぐらいしかない。
なので親友とか頻繁に連絡を取り合うような友達は一人もいない。
学校の組織や会社内でのコミュニケーションは人よりも評価されるぐらいにはうまくいく。
唯一お付き合いした相手もすぐに幻滅されて別れた。
これもコンプレックスの一つになっていると思う。
自分に自信がつくようなことをすれば自然に自信がつくんじゃないかと思って、
またお金はあっても自分はそのお金をかけるだけの価値はないと思ってしまって、
旅行や趣味にも一切使えないので、ただお金だけが溜まっていく。
オタクの人などが自分だけの趣味のためにお金を使えるのは本当にすごいと思う。
でもこの考えを変えようと思う。
ずっと不幸に生きて行かないといけない。
具体的にどうするのって話ですがまずは
をしてみようかと思う。
(もしこうすればいいよってことがあったら是非教えて欲しいです。)
自分に対して自信が持てるように変わっていたら嬉しいなと思う。
長い間SNS中毒だったが、半年前にツイッターをやめ、先日ついにインスタのアカウントを消した。
以下、承認欲求と自己顕示欲の塊の人間が最後に言いたいことをまとめたので文章は分かりづらくめちゃくちゃだ。
最後の方だけ読んでもらえれば、あとは適当に流し読みしてもらっていい。
元カノはツイッターのアカウントを消しては作りなおし、鍵をかけては外すを繰り返すタイプだった。メンヘラだと思っている。
そんなメンヘラ女だから過去のアカウントがたくさんある。全部突き止めた。友人からのリプライも全部見た。
全部見て病んだけど、それよりも自分が消えても友人からのリプライで会話が推測されることがわかったからツイッターはやめた。
そうして、癖になっていた友人の私生活の監視もやめることになった。ツイッターでは。
初めは元カノのアカウントを監視していたが、そのうち私も元カノに監視されはじめた。彼女はおそらく、私のアカウントを特定するため、彼氏(元カノにとっての元彼)の親友である私のフォロワー1人と繋がりアカウントを突き止めていた。怖い。
(ただ、元カノも彼氏も彼氏の親友も同じ学校なのでさほど不自然ではない。元カノだけ年下だ。ただ、彼氏の友人がフォローしていた元カノの年代の人は他にはいない。おかしいな。)
さらに身元不明の鍵アカウントを作り、ストーリーの監視をされた。大体中の人の予想はついたのでフォローしていいですか?とDMを送るとアカウントを消して、別のアカウントで監視してきた。
そんなことが続いたのでしばらく鍵アカウントにした。その後鍵を外してストーリーを投稿すると、すぐに見ていた。怖い。
もう元カノの投稿などどうでもよくなっていた。美人で綺麗で充実している私を「元カノに」見てほしかった。(どうでもいいが、家族が間違えるほど乃木坂の某メンバーに似ているらしい)
他撮りやプリクラを乗せると美の暴力やら石原さとみやら某アイドルやら、とにかく絶賛されるのでそのコメントも元カノに読んでほしかった。私は元カノよりかわいい。
彼氏は元カノに一目惚れだったらしいので顔に執着しているところがあったと思う。悔しいので確実に私の方が可愛いと思うことにしている。(実際、私の方が整った顔をしていると思うが。)
ただ、それも虚しくなった。
ストーリーを更新しても、沢山更新すると最初の1つしか読まない人がいたりする。
私の投稿には皆興味がないのか、と気づいた。まあ一般人だから当然だ。
それから一気に熱が引き、どうでもよくなった。彼氏の過去も、元カノも。ついでに彼氏と結婚する気もなくなった。なんだか頭の中の整理がついて、さっぱりした。
今春、社会人になる。
SNSのアカウントは全て消したし、幸い友人は皆鍵アカウントだ。ツイッターのリプライの内容も大したことはない。
ロボアニメを見たくなってダーリン・イン・ザ・フランキスを全部見た.
普通に面白かったので,ちょっと書き殴る.多分はてな民が好きそうな内容である.
テーマとしては,SFロボット+多様性+人が生きるとは何かになっている.
13話までの1クール目がボーイミーツガールと多様性がテーマ,
残りの2クール目が特に,人が生きるとは何かになっている(ように感じた).
最初だけ見るとエロ系ロボットアニメなので離脱しやすいが,評価するには13話まで見るべきアニメである.
エヴァっぽい要素としては,ロボにシンクロ率のようなペアの相性とゼーレ的な存在がいるところだろうか,エヴァより話がまとまって思春期の表現もこっちのほうが全然いいと思う.
ロボの顔が人っぽいので一部のロボ好きに合わないかもしれない.
さらに,エヴァのシンクロ率のように男女ぺアの相性が重要になる.
序盤はロボの操縦優先でペアになっているので少々ドロドロしている.
ペアの相性がセックスのメタファーになっているので,特に序盤は以下の関係になっている.
中盤,大好きなココロちゃんとペアを解消され(若干NTR)一気に不憫キャラになるフトシ.
まあ最後に,ほかのモブと結婚して子供も産んでるから報われているが.
だが彼のcoolなところは後半に,NTRしたミツルxココロカップルのために今まで親のように慕ってきたゼーレ的存在にブチ切れて物申すところにある.
幼少期のゼロツーが青い血だったのに,戦闘中ケガしても赤い血だったのは人間に近づけるような実験結果ということでいいんだろうか.
銀魂でいうところのファイルファンタジー現象(最終回無理やりペアリング)もそれほどない.納得いく組み合わせ
欲を言えば,主人公とゼロツーは地球に戻って子を産む展開が切望するが,
この作品の美しさは劇中に出てくる絵本に沿っているというもあるので展開的に難しいのもわかる.
ワイ1「つらいわ。弱音吐きてえ」
ワイ2「弱音吐くとか甘えでしょ」
ワイ1「甘えて何が悪い?甘えの全くない世界なんてただのディストピアでしょ」
ワイ2「弱音吐かれる方の気持ち考えろよ。面倒くせえだろ。」
ワイ1「世の中持ちつ持たれつなんじゃないですかねえ」
ワイ2「それを持たせる側がいっちゃいます?ま、どうしても嫌なら家族とかに言えば?」
ワイ2「じゃあ友達に言え」
ワイ1「格好悪いとこ友達に見せるの嫌だわ」
ワイ2「死ねば?」
ワイ1「死にたくはないわ。そこだけは無理」
ワイ2「じゃ仕事やめろよ」
ワイ2「あれこれ理由つけて何も行動しないんやったら、この時間はなんなん?命の浪費そんなに好きか?」
ワイ1「行動するにも体力と気力がいるんや。それがないんや。苦境を脱したいけど苦境を脱するにはエネルギーがいるんや」
ワイ1「それも耐え難いわ」
ワイ2「イライラするわ。要するにお前は甘えたいだけ。優しくしてほしいだけ。許してほしいだけ。無条件の承認を得たいだけ。」
ワイ1「そうや」
ワイ2「しかもそれを自分から求めずに、何も行動せずに、でも誰かに気がついてほしいんやな。ガキか。」
ワイ1「そうや。悪いか?」
ワイ2「ワイが悪いと言ってるんじゃない。ワイ1が悪いと思ってるからそれができんのやろ。そんな甘え許してくれるの家族か親友くらいなのにな」
ワイ1「そうかもな」
ワイ2「矛盾してんねん。あらゆるものから逃げるから、右往左往して、支離滅裂やん」
ワイ1「病気かな」
ワイ1「いかんな」
ワイ2「そういうとこがあかんねん」
ワイ1「どうすりゃええねん」
ワイ2「知らんわ。ワイはお前。お前はワイや。お前の知らんことワイが知るわけないやろ」
ワイ2「まあええんちゃう。インターネット上の隅っこのチラシの裏なんて、そのためにあるようなもんやで。
見知らぬ人の愚痴を好き好んで見てくれる奴らばっかやから簡単やろ」
ワイ1「書いたわ」
ワイ2「おう、じゃあ寝ろや。睡眠は偉大や。これだけは言っておくで。最低限睡眠時間だけは確保するんや。」
ワイ1「分かったわ。」
一年前、今現在ハマっている作品のとあるキャラ(A)にどハマりした。現在の推しだ。Aは主人公の親友。
AとB(主人公)の絆の深さに悶え支部でAとB、またはAの2次創作を漁っていた時とある絵師様のログに出会った。キャラの特徴をよく掴んでいて可愛らしい絵柄と、今まで見た事なかったセンス溢れる色使い。とにかく絵が上手い、の一言に尽きた。
速攻でブクマして何度も何度も眺めた。ただtwitter IDは載せられていなかった。
そんなある日TLにその方のイラストが流れてきた。すぐにあの方の絵だと分かり、twitterで巡り会えた嬉しさと共にプロフィールに飛んだ。
その方は作品で王道とも言えるAとBのcpではなく、AとAという同一人物クロスオーバー系のcp推しの方だった。(Aはシリーズ中記憶を奪われ別人物として生かせられたり…と色々あったのでシリーズ通して見た目など色々変わっている)
その方のツイートも絵もほとんど全て見た。結論から言うと私はAAにハマった。
その方のA解釈が全てがどストライクでストレートに性癖を撃ち抜かれたような気だった。元々ハマりたての時点でAとBをブロマンスと見ていた中のAA。これだ!と頷くツイートばかりだった。ひたすらわかりみが深かったのだ。
それからは数名しか推していなさそうなイバラの道…(笑) 今までイバラの道が多かったのでそれは慣れっこだが。
支部でもtwitterでもフォローして支部に上げられていた過去ログも全部見た。私が分からないジャンル(名前だけは知っている状態)のものもあったがどれも絵が上手くて素敵だった。好きです。
私にとってその方はある意味教祖様のような、神様のような存在。だってあなたのお陰でAをもっと好きになることが出来たし推しcpにも会えたのだから。それにあながち教祖というのも間違っていない気がする。暦が浅いのでしっかり知っている訳ではないが、例の方がcp名を提唱して、イラストを上げられてから何個か絵や小説が上がったりしている。それも全部読んだ。最高でした。
フォロワーが1,000人もいる神絵師様は当然私の存在なんて認識していないし、恥ずかしいのでそれで良いと思っている。これからも応援しています。今年どこかのタイミングでイベントに出たいと言ってましたね、絶対買いに行きます。楽しみです。
例え神絵師様が別ジャンルに行ったとしても構わない。その方の絵全てが大好きで大ファンなのだ。
イベント出られた時は一言伝えたい。楽しみにしていました。あなたのお陰でAAにハマったんです。ありがとうございます。と
高校の3年間を同じクラスで過ごし、親友とは言わないもまでも、良好な友人関係を気付いてきた。
田舎の進学校である母校から、私は東京の大学に進み、その後東京の企業に就職し、20代後半の現在に至るまで東京で暮らしている。
Aちゃんは、高校卒業後専門学校に進み、私より数年早く社会人になり、ちょうど私が就職をするのとほぼ同タイミングで東京にやってきた。
(私も彼女もミーハーな性格なので、もともと都会への憧れが強かったのだ。)
ちょうど同じタイミングで二人とも2.5次元舞台にハマったこともあって、一緒に舞台に何度も足を運び、チケット当落に一喜一憂し、物販に朝から並び、地方遠征に繰り出した。
あまりにお互いの熱量が高く、また周りに同じような趣味を持つ知り合いもいなかったので、役者がTwitterやブログでなにかネタを投下してくれる度に、私たちは大げさに騒ぎ、電話やLINEでは満足が出来ず、毎日のように会ってはお互いの推しについて語り合っていた。
そもそも、Aちゃんと会う時に待ち合わせする駅やお店は、ほぼ100%私が決める。
一緒に旅行をする時も、宿、交通、全体のスケジュール検討・決定、全てにおいてこちらに主導権がある。
※私は食べ物や旅など、自分の趣味領域にこだわりがあり、かつリサーチ・プランニングが苦にならないタイプなので、それが不満という話ではない。
ただ、彼女はいつだって「私はなんでもいいよ」「いいね!楽しみ!」と言う。
そのくせ私が連れて行ったお気に入りのお店に、他の友人を連れて行って喜ばれた話を私に向かって何度もする。
男の子の話をする時に、男の子側にすべてのプランニングを任せた上でそのチョイスがいまいちだった、というような話も聞いた。あと、職場の人がチョイスした送別会のお店が高い!という愚痴とかもあった。(一人5,000円程度だったけど)
最初の、ただ「自分の意見を持たない子」だったらまだよかったのに。
一緒に東京で過ごした約5年ほどの時間の中で、気付いた時には、彼女は所謂「クレクレちゃん」になってしまって、挙句には「選択すること」の責務を他人に100%押し付けた上で、その内容に対して文句を言うような人になってしまっていた。
エピソードの蓄積を経て上記の気付きに至った時に、「もしかしてこれは私がなんでも決めてしまっていたせいなのかな…」とだいぶ思い悩んだ。ひと月ほど毎日、気付けば彼女の事を考えていた時期があった。
さすがに辛くなって、高校時代に私よりも彼女と親しくしていた共通の友人一人だけに相談をしたら、「いや、彼女は高校の時からそんなんだったよ」と軽く返された。
「そうなのか…」と胸落ちすると同時に、当時職場の上司に「もっと他人に興味を持て」と叱責されていた時期でもあったので、その証明みたいでそれはそれで落ち込んだ(蛇足)
まぁここまではなんとなくもやっとする出来事レベルの話で、正直なところ自分の交友関係がかなり広いこともあり、「一人の友人」として相手の良くない部分が目についてしまっているだけだなと思っていた。
それだけ言うと「やべー奴」な印象を与えてしまうかもしれないけれど、彼女は資格職なので、仕事内容は変わっていない。
給与が安いとか上司が嫌だとか、なんとなく節目のタイミングだとかで、それほどの回数に至っているのだ。(多分地元で2回、東京で5~6回転職している。)
その事自体は彼女の自由だし、気になってググってみたところ彼女の職業においてはわりかし異常ではない出来事のようなので、その件については私が口を出すところではないと思っている。
ただ、忘れもしない去年の夏。
上司に毎日のように怒られて精神的に参ってしまったAちゃんは、6回目だか7回目の退職を決意した。
そうしてある日、私に連絡をしてきたのだ。「会社員になりたいんだけど、相談に乗ってくれない?」と。
明確にやりたいことがあるなら良い。今の給料から下がる覚悟があるなら良い。自分で考えて決めたのならそれで良い。
そう思って話を聞いてみると、
「実は20代前半の時にも同じように思ってた時期があった」
「同じ職場に数百人単位で人がいるような場所のほうが人間関係で悩まなくて済みそう」
という、理想を次々に口にした。
(ちなみにこの時、残業終わりに22:00から1時間半ほど通話をして、その前後でも相当数の長文LINEが届いていた。彼女の周りの人間で、東京の会社員は私だけなのだ。)
私、たぶん、この時に初めて彼女にキレた。(実は頭に血が上ってよく覚えていないのですが)
「そもそも知識が無さすぎるから、総合職/一般職の違いと、一般的な就活方法を調べて」
「やってみたい仕事も調べてみて」
「大学卒でなくても、熱意があるならカバーできる部分はある。ただ不利な戦いである事を理解して」
ただ精神的に参ってしまった上での逃避なんだって、勿論気づいていたけれど、
上京して、大学受験も就活もそこそこ「戦ってやった」っていう自負がある自分にとっては、どうしても許せない瞬間だった。
それから1年以上の時間が経つけど、この一件以来、私はAちゃんに対してどうにも優しくなれない。
彼女を含めた数人でご飯を食べていても、彼女に対してだけはどうしても態度が硬化してしまう。最初は自覚レベルだったけど、もう他の子にも本人にも気づかれてしまってるレベルだと思う。さすがにおかしいって自分でも思うのに、その場限り演じることすらできなくなってしまった。
言ってしまえば、ただの「一人の友人」なのに。
この関係を絶たなくても、私のこの先の人生には大きな波は起きないだろうと思うのに。
それでも、もう、彼女のことがゆるせない。
2019年。もう潮時だと思う。
この一年の些細な抱負として、私はAちゃんに会わないことをひそかに掲げている。
私からはそもそもコンタクトを取らないし、共通の友人に誘われても行かない。
それで良いと思っている。
ただ、無性に学生時代の彼女との想い出を思い出してしまう時がある。
二人で泣いた、あの千秋楽の福岡の夜が恋しくなってしまう日がある。
馬鹿な恋だった。恋といえるかもわからない。私はまだ高校生で、思春期にありがちな思い込みとか憧れを恋情に取り違えてるだとか人付き合いに慣れてないから感情の整理がついていないのだとか、そういう理屈付けなんていくらでもできてしまえる。
私は今すごく落ち込んでいて、突発的にツイッターで見かけた匿名ブログを思い出してここに登録してこんなものを書いてるくらい気持ちが混乱しているから、きっと文章もぐちゃぐちゃで長くなると思う。時間泥棒。ごめんなさい。
よくある話。相手は同性だった。高校一年の時、本当に最初。入学式の列に並んでいるときに私から話しかけた。振り向いて、その目の大きいのと日に焼けた肌とポニーテールがかわいいのと、一目でころんと恋に落ちてしまった。
声が掠れてて低いこと。背が私より13センチも低いこと。誕生日もこっそり知ってる。同じ中学で絵が上手くて、メガネで華奢な幼馴染によく甘えている。好きな人にはスキンシップが激しい。ズケズケとものを言って、態度がはっきりしている。そこが、可愛くてしかたなかった。
高校一年の時の私は、正直友人がいなかった。グループには居たけれど、ギャルを気取る中間グループでなんとなく馴染めなかった。放課後、バスで皆が話してる中ひとりでうつむいて携帯をいじってるのも嫌で、図書室でぼんやり過ごして、部活のある生徒以外はほぼ帰宅したであろう頃合いに帰る。なんかもうひたすら中学の頃に戻りたかった。親友と遊ぶ約束でも取り付けようかな。そう思ったとき。
「あ、ばいばい!」って、バスケ部のマネージャーだったあの子が声をかけてくれた。
彼女と私は同じグループじゃない。あまり話したこともない。私がただ一方的に見てるだけ。
幼馴染に甘えてる姿に嫉妬した。私があの子だったらいいのに。クラスメイトの女の子にも寄りかかっていた。私があの子だったらいいのに。私と仲良くなって欲しかった。ろくに会話したこともないくせに。会話に耳をそばだてて誕生日とか好きな漫画とか把握して、本当、一歩間違えればストーカー。自分でもキモいと思う。
でも女なんてこんなことよくあることで、女友達の女友達に嫉妬とかは私だって何回もあった。だからもう、本当にこの気持ちがなんなのかわからない。ぐちゃぐちゃ。便宜上、恋って呼んでるけど、混沌としててわけがわからない。認めたくない。
高2になってクラスが離れた。それでも選択授業が一緒で、机が近かった。すこしだけ、週に二時間しかないその授業の間。私は彼女と話せた。同じ趣味を持っていたから、ちゃんと話すことはできたしそれなりに会話も弾んだと思う。
ただ私が勝手に緊張してしまって変な応答をしてしまって、どうにも上手くいかなかった。
高3。またまた選択授業がかぶった。彼女と話すのに緊張しなくなった。ううん、緊張するけど、その緊張にも慣れてきた。
このあたりから、じつは私のこの感情は恋ではないのでは?と思うようになってきた。緊張が消えたから。女が女に恋をするなんておかしいから。世間一般だと偏見はよくないって言われてるし、皆それに賛同するけど、それが身近になったら話は変わってくるでしょ?
彼女に、初めて誕生日プレゼントを贈った。賞味期限切れのゴディバ。ゴディバなんて重いけど、賞味期限が近かったのと従業員割引で500円だった。だからいいかなと思って、贈った。彼女は笑いながら受け取ってくれた。
九月。文化祭は忙しくて会えなかったけど、体育祭では話しかけられた。私はこのとき初めて、ツーショもどき(彼女は写真嫌いなのに、私が無理やり写真撮った。光が差し込んでるしちょっとブレてる)を手に入れた。彼女と好きな漫画の話をした。幸せだった。
10、11。最高に幸せ。今までで一番よく話した。私の誕生日にくれたのはアニメのグッズを手に入れるために買ったコンビニのチョコだったけど、それでもいい。嬉しい。私の受験の時には頑張れって言ってくれた。うれしい。しあわせ。
12月は特にない。飛んで今。きょう。始業式。
「あけおめ。3学期もよろしく。今年もよろしくはしない。高校卒業したら縁切る。ラインもブロックするから」
そんな感じの内容の、笑いながらの冗談。冗談。私も「薄情だなぁ」って笑った。かなしい。かなしい。悲しくてしかたなかった。
彼女の発言に傷ついたのもある。ああ、高校を卒業しても友人でいたいと思えるほどの仲じゃないんだなって。冗談だとしても。
ううん。冗談じゃない。本当だろうなと思った。彼女が私のラインをブロックしようがしまいが、私と彼女の人生が交わるのはあと一ヶ月だけだ。
そんで高校を卒業して、大学生になって忙しくなっていつのまにか一年とか二年くらい経ってて、ふとあんな子いたなって思い出すだけの存在になるんだ。それも、私の方がきっと強く鮮烈に覚えているんだ。彼女はきっと、私のことを忘れる。思い出しやしない。
悔しい。悲しい。意味がわからない。泣きたくてしかたないのに、誰にも話せない。
あのときばいばいって言ってくれて嬉しかった。本当に嬉しかった。
横からしか見たことなかった笑顔を、真正面からみれて嬉しかった。
掠れたハスキーな声が好きで、笑うと普段より高くなる声が好きで、私よりずっと低い身長がすきで、すきで、サバサバした性格もすきで、好きなのに、なんかもう怒りに似た感情すらでてきて。
私は馬鹿な恋をした。距離を三年かけて縮めて、三年後にリセットされて終わり。馬鹿だった。可能性があったら告白するのに。縁を切らせてやらないのに。忘れさせてなんてやらないのに。
でも私は彼女の好きなタイプを知っている。天然でおっとりした、声の低くて運動神経抜群の男の人。正反対。くそったれ。
友情だったらよかったのに。尊敬を取り違えてるんだったらよかったのに。私が彼女の幼馴染だったらよかったのに。
私が女でよかった。
タイプの女性と結婚出来る気がしない。というか結婚自体しない。
私はショートカットでそれでいて地味で白髪の多い母のもとに生まれた。
小学生の頃から長い髪が好みというような自覚は何となくあった。
大きくなると、ショートカットで地味な女性と将来は結婚するのではないかという気がするようになってきた。
タイプの異性とは結婚できないという感覚が生まれたからなのか。
それから。昔の友人の写真を家で見つけた。その中に小学校1年生の時の親友の女の子の写真があった。
この子の特徴(髪が長いを含むがそれだけではない)が恐らく私の好みのタイプなんだろうと確信した。
たまたま特徴が一致しただけなのか、それともこの子の影響が私にあったのか分からないが。
そして成人して、歳を取り、今度は結婚するのが嫌になった。
こういうの書きたくなるね。自分が頑張ったことは思い入れがある。
・小学生
関西の田舎の町立小学校に通っていた。友達がみんな塾に行っていたのが楽しそうだった。
「僕も行きたい」と親に言ったことがあったが、なぜか断られた。
自分が子を持った今なら分かるが、3人目の私にお金をかける余裕がもはやなかったのだと思う。家にはアップライトピアノがあって姉が習っていたが、自分は習いたいと言ってもお茶を濁された。
父は会社勤め。ホームレス気質の天才タイプ。母は専業主婦。真面目な秀才タイプ。親は教育に興味が無いわけではなかった。むしろかなり意識的な独自の戦略のようなものを持っていたと思う。
小6の夏休みに入ると、「レベルの高い学校に行くとめちゃくちゃ楽しい」などと、うまいこと母に言いくるめられて中学受験を決心した。
「力の五千題」とか「自由自在」を各教科買ってきて、夏休みに二回ほど通した。なにかババのようなものを掴まされたような気もしなくもなかったが、面白かったので続けた。
秋からは応用問題集、冬になると過去問をやった。模試は受けなかった。「自信を失わせたくなかったから」とあとで母から聞いた。どういう意味だ。
私立を2つ受けてどちらも合格した。ちなみに、受験直後の自分の感触としては98%落ちたと思っていた。未だに謎である。
・中学生
強制的に勉強する時間が毎日3時間あった。小学生の頃とは比較にならないほど学校の授業を面白く感じたので、予習・復習をやった。みんながやっていたので、ラジオ英会話を毎朝聞いて、テキストを暗記した。完璧な発音でテキストの会話を一人で完全再現できるようにしていた。一年でイギリス人の先生と普通の会話ができるようになった。
中学3年生のときに、全員がZ会の模試を受けることになった。はじめての模試で超わくわくした。総合で全国100番位だった。初めて自分の立ち位置を知った。思ってたより良いという感覚。でも同じクラスに全国一桁台とかが普通にいた。
音楽室に個室のピアノ部屋が5台分あった。昼休みにほぼ毎日通ったので、結構弾けるようになった。今考えると異常な環境である。音大かっていう。親友にピアノが超すごいやつがいた。ヤマハをずっとやってきた人で、聴いたら即弾ける、ハ長調の譜面を初見で見て変ロ長調で弾ける、メロディを見ると即座にステキな伴奏を思いつく、など。理解不能である。ピアノをメインの楽器にするのはやめようと思った。
・高校生
下宿に移り、自由になった。学校以外で勉強しなくなった。暇なので、絵を描いたり生徒会をやったりピアノの人などを誘ってバンドをやったりと、生活を広げ始めた。
授業中に予習復習などすべて授業を聞きながら終わらせたので、成績は特に落ちなかった。
こういうことを書くと、舐めてるとか自慢とか思われるわけだが、違うんだ。
自分なりに一番効率が良い方法を追求していた。授業中に寝て、家で数時間独自に勉強するみたいな非効率的なことはしたくなかったのだ。
授業は120%の集中力で聞く。それでも時間が余るので、次の予習をしたり、問題の別解を考えたりしていた。家で半徹夜で何時間も勉強している人たちよりも結果的に長時間勉強していたと思う。だって毎日9時から17時まで勉強していたんだもの。毎日7時間くらい集中して勉強しているのに、「増田は勉強せずに成績が良いな」みたいなことを言われてたのは未だに納得がいかない。
高2で東大模試を受けてみると、理三以外はすべてA判定だった。理三だけが完全にE判定だったので、「は?しばくぞ」と思った。
なんかの奨学金でアメリカにただで行けた。夏休みの一月まるまるESL漬けで楽しかった。自分の英語力はあんまり大したことないと気づいた。同級生にアラブの皇太子とかトルコの首相の息子とかがいた。そういうのも自分には無い。
高3になって流石にクラスの空気も変わり、自分も放課後も勉強するようになった。小学生の時は夏休みからの半年でなんとかなったけど、さすがに東大は一年位はやらないとやばいだろという感覚があった。
一学期にあった駿台統一模試で、英数国の三教科の偏差値が80を超えていた。一方で、本来好きな理科がボロクソだった。準備不足を痛感して夏休みに強化することにした。
・高3夏休み
化学生物だった。教科書はさすがにすべて頭に入っていたので、いよいよ応用問題週に手を出すことにした。東大の過去問をちら見すると、化学の出題の半分くらいは似たような問題しか出ないことがわかったので、同じ問題を何十回も解いた。滴定とか。30分かかって6割しか正当でいなかったところから、5分で100点の回答ができるようになった。時間が余るので、初めて見る問題をゆっくり考えられて便利。生物は、問題文に答えが書いてある。
一方で、わりと大丈夫そうな主要三教科は、根本的なところをやることにした。
・数学
チャート式などは数冊終わっている状態。大学への数学をひたすら解く。新しい問題は、ひたすら考える。未知の問題に解法の方針を立てる練習。
・英語
TIME誌を定期購読していたので、毎号気になる記事を一つまるまる訳してみる。超大変。NEWSWEEKにすればよかった。のだが、一年分定期購読してしまったのでやるしかない。んで、訳したあとは要約を英語で書いてみる。ラジオ英会話はビジネス英語までランクアップしていた。正直東大受験ではこのレベルのリスニングやスピーキングは当時必要なかったので、聞き流していた。ハマっていたのはパーソナリティの訛りを真似すること。
・国語
Z会の小論文をやっていた。元来文章がそんなにうまくはなかったけれど、読むのも書くのも好きだったのでこれは半ば趣味。結果的に200字作文に多少役に立った。
・高3秋
9月に学校の最後のイベントがあり、燃え尽きた。勉強は2ヶ月ほどお休み。焦りはなくはないが、みんなそれで合格するやつは合格するっていう先輩の像を見てきている。今回は自分がそれをやるほか無いという感覚。流石にバンドは解散した。
・高3冬
英語198
数学191 まさか満点じゃないとは。世知辛い。東大理系はわりとこういう感覚だと思う。
国語167 古文漢文論説は150/150。小説でめっちゃ間違えた。こういうこともある。
化学100
倫理93 一応、山川の倫理用語集を3回くらい読んだ。手抜き教科のつもりが、哲学に興味が芽生えた。大学に入ってから、哲学系の本をたくさん読んだ。自己形成に大きな影響を与えた。人生何が大事かわからん。
合計
前記749/800
後期489/500
・センター試験後
ようやく赤本に取り掛かった。感想は、英語簡単すぎ、数学難しすぎ、国語意外とお得、理科けっこう簡単。
というわけで薄々気づいていた数学の不安定さと、国語のお得さに焦点をあてる。数学が0点でも受かる謎の計画をたてる。国語は最後の一ヶ月だけ、古文漢文を個人の先生に習った。
ちなみに東大模試は3社2回とも全部受けて、最後を除いてすべてE。でも成績は徐々に上がって最後だけはC判定だったので、本番の頃にはB判定くらいになってるんじゃない?と思っていた。
・本番
当日はなぜか20時に寝て、25時に覚醒し以後眠れないというアホなことをした。
ただ全く寝てないわけでもないし、ただ少し眠いだけなのでやるしかない。
国語 60/80 ほぼできた。
数学 40?/120 難しすぎ0完6半ワロタ。。1完だと思ってたのに、弥生門を出たところで配ってた駿台の速報を見たら計算ミス発覚。かなり暗くなったが寝たらわりと忘れた。
生物 50/60 多分まあまあできた。
化学 55/60 多分ほぼ間違えてない。
合計 325/440 数学が0点でもギリ受かるかも?と思った。
・発表当日
赤門から会場へ向かうと、のちの上クラになる姉が向こうからやってきた「あ!○○ちゃん、受かってたよ!」
弟に「ちゃん」づけはまあしょうがないとして、俺が知るより先に結果を言うなよ。未だに恨んでるぞ。
家賃が安いという理由で三鷹寮に申し込んだのだけれど、その書類を集める際に親の年収が600万であることを知った。そりゃ無理だわ、塾もピアノも。ちなみに中高は奨学金もらってた。それでも親は教育のために借金してたんじゃないかな。決定的に計算が合わない。ちなみに三鷹寮は生活費が安すぎて家庭教師のバイトだけで異常に金持ちになった。楽器を買ったり海外旅行に行ったりした。ヨーロッパまで6万円で行けた時代である。さておき、感覚としては、医者になってまともな収入がある今よりも、当時は自由に使えるお金があった。人生まじで謎である。