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はてなキーワード: 番組とは

2024-03-06

番組スベリ芸コント見て思ったけど、やっぱり発達があったりとかボーダーであるのを自覚してない状況で大人になって、まっすぐにやりたいことを追いかけて…っていう状況はもともとダメなところがエコーチェンバー?でどんどんおかしくなるんだな

当人がめちゃくちゃ魅力的にうつるのはわかるし、応援したいっていう気持ちもそれが健常が馬鹿にできる存在からすり寄ってるだけ

テレビ局視聴率以外の指標は使ってるの?

視聴率が取れる番組を作らないといけないからどこも似たような番組になるし

内容も下世話なモノばかりになると思うんだよね。

テレビビジネスモデル的にしょうがないという理由もあるんだろうけど

もっと他の指標を使って番組作りはできないのかね?

NHK面白い番組も持ってるし民放スポンサー以外から集金できるといいんだけどね。

個人的アメリカケーブルテレビ方式は悪くないと思うんだよな。

専門局化して視聴者から集金するの。

とはいえこれはイノベーションジレンマすぎていまの巨大化したテレビ局には無理か。

2024-03-04

anond:20240304115419

80年代の半ば頃、海外のヒットし始めたばかりの話題曲をいちはやくオンエアする「FMトランスミッションバリケード」という深夜番組があり、そこで複数回デザートアイランド・ダスクス』というタイトル?の曲がかかってたのを想い出した

番組最後にチョイスしたDJ自身による曲目紹介があるのだが、そこでも『ダスクス』と言ってたし曲中でもそう発音しているように聴こえてたけど、なんだったんだろうな

anond:20240304161042

普通テレビ局番組制作とかと構造はそこまで変わらないんじゃないの。配信側が主体になって企画に携わったものでもなければ、結局は作る側が納得行く金額が十分に集まらなかったって事なので、一概に配信サイト側の暴挙とも思わん。

ちなみに自分配信サイト複数掛け持ちしてるので、そこから漏れ作品はもう縁がなかったで諦めることにしてるよ。

「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」の元ネタ探求をしましょうね

いくつかバリエーションがある

無人島に[ジャンル制限]をn個だけ持っていくなら?」

無人島に[本]をn個だけ持っていくなら?」

無人島に[レコード]をn個だけ持っていくなら?」

……のような

[本]の場合に「聖書」という回答が西洋メジャーなことから元ネタ日本以外なのだろうとあたりをつける

調査の初手はとりあえずこれ

Desert Island Discs - Wikipedia

Desert Island Discs is a radio programme broadcast on BBC Radio 4. It was first broadcast on the BBC Forces Programme on 29 January 1942.[1]

Each week a guest, called a "castaway" during the programme, is asked to choose eight audio recordings (usually, but not always, music), a book and a luxury item that they would take if they were to be cast away on a desert island, whilst discussing their life and the reasons for their choices.

Desert Island Discs は、BBC Radio 4放送されているラジオ番組です。1942 年 1 月 29 日に BBC Force Program で初めて放送されました。

番組中「漂流者」と呼ばれるゲストは毎週、8 つの音声録音 (通常は音楽ですが、常にそうとは限りません)、本、そして船で漂流された場合に持っていく贅沢品を 1 つ選ぶよう求められます無人島での生活とその選択理由について話し合います

このラジオ番組存在から1942年時点で「あるあるネタであることは確認できる

アメリカ一コマ漫画で「無人島もの」というジャンル存在する……が、それが特に流行ったのはだいたい19世紀初頭頃の出来事なので"Desert Island Discs"とそう時代は変わらない

普通に考えれば『ロビンソン・クルーソー』以降なのよ

ロビンソン・クルーソー』は1719年4月25日出版された

これが売れて多くの人に読まれたからこそ"Robinsonade"というジャンルまで生まれ

Robinsonade - Wikipedia

Robinsonade (/ˌrɒbɪnsəˈneɪd/) is a literary genre of fiction wherein the protagonist is suddenly separated from civilization, usually by being shipwrecked or marooned on a secluded and uninhabited island, and must improvise the means of their survival from the limited resources at hand. The genre takes its name from the 1719 novel Robinson Crusoe by Daniel Defoe. The success of this novel spawned so many imitations that its name was used to define a genre, which is sometimes described simply as a "desert island story"[1] or a "castaway narrative".[2]

ロビンソナード (/ˌrɒbɪnsəˈneɪd/) は、主人公が突然文明から切り離され、通常は難破するか人里離れた無人島に置き去りにされ、手元にある限られた資源から生き残るための手段即興で考えなければならないフィクション文学ジャンルです。 このジャンル名前は、ダニエル・デフォーによる 1719 年の小説ロビンソン クルーソー』に由来しています。 この小説成功により、非常に多くの模倣作品が生み出されたため、その名前ジャンル定義するために使用され、単に「無人島物語」[1] または「漂流者の物語」[2] と表現されることもあります

ということは、探すなら18世紀か……

一応シェイクスピアの『テンペスト』も孤島が舞台になる物語だけど…

1611年頃

一応英wikipediaの"Uninhabited island"の"In literature and popular culture"の項にはもっと古い作品について言及がある

Uninhabited island - Wikipedia

The first known novels to be set on a desert island were Hayy ibn Yaqdhan written by Ibn Tufail (1105–1185), followed by Theologus Autodidactus written by Ibn al-Nafis (1213–1288). The protagonists in both (Hayy in Hayy ibn Yaqdhan and Kamil in Theologus Autodidactus) are feral children living in seclusion on a deserted island, until they eventually come in contact with castaways from the outside world who are stranded on the island. The story of Theologus Autodidactus, however, extends beyond the deserted island setting when the castaways take Kamil back to civilization with them.[8]

無人島舞台にした最初小説は、イブン・トゥファイル (1105-1185) が書いた『ハイイ・ブン・ヤクダン』で、次にイブン・アル・ナフィス (1213-1288) が書いた『テオログス・アウトディダクトゥス』が続いた。 両方の主人公(『ハイイ・ブン・ヤクダン』のヘイイと『テオログス・アウトディダクトゥス』のカミル)は、無人島で人里離れて暮らす野生の子供たちだが、最終的には島に取り残された外の世界から漂流者たちと接触することになる。 しかし、テオログス・アウトディダクトゥスの物語は、漂流者たちがカミル文明に連れ戻す無人島の設定を超えて広がります。 [8]



こういうmeme的というか、とりとめのない雑談あるあるネタがいつから存在するかって探すの超大変だ

残念ながら"Desert Island Discs"の1942年以前ではっきりと「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」のようなmemeの記述発見できなかった

何故調べる事になったかって、なんもかんもこのツイートのせい

https://x.com/Circle_Halberd/status/1762628685679464845?s=20

有名な「無人島ひとつだけ持って行けるなら何?」という問答の元ネタ坂本龍馬

坂本龍馬は「国ぜよ」と答えて勝海舟を驚かせたという。

……という嘘豆知識

正直フフッと笑ったが、それはそれとして本当の元ネタが気になるのじゃわしは

wikipediaの"Uninhabited island"の以下の記述

The term "desert island" is also commonly used figuratively to refer to objects or behavior in conditions of social isolation and limited material means. Behavior on a desert island is a common thought experiment, for example, "desert island morality".[3]

無人島」という用語は、社会的孤立し、物質手段が限られている状況での物体や行動を比喩的に指すのにもよく使われます無人島での行動は、たとえば「無人島道徳」などの一般的思考実験です。

これの出典がOEDになっている

ひょっとしたらOEDに私の欲しい情報があるかもしれないが、OEDをすぐさま読める環境にないな……

人々が「無人島にもし漂着したなら?」というIFを雑談ネタとして共有できるということは大航海時代以降……"Robinsonade"というジャンル一般認知されている環境……であるはず

しか調査頓挫、有力情報がひっかかるまで塩漬けにする

へたすりゃギリシャ神話時代までさかのぼることが出来るネタかもしれん

オデュッセイア』とか……アルゴー船の冒険の話とか……船旅のエピソードがあるので、無人島に関するなんらかのミームの源流がそこにあっても驚かない

そうなったら手に負えん

日記

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改めてこれを参考に探し直すか……元気な時に

元祖や系譜、起源、お約束、新語などに関する「まとめのまとめ」&関連リンク 『初出・系譜ポータル』 - Togetter

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ちょっと方針を変えてみるか

19世紀後半〜20世紀前半ごろがこの問答が定番になった時期である、という可能性を探りましょうね

近代的なレジャーとしてのキャンプとか、ボーイスカウトとか……サバイバルスキル知識一般に広まったのがおそらくこの時期

その知識がないと無人島何持ってく問答は発展定着しにくいかもしれない

いやーでも聖書って回答が多いって話があるならサバイバルスキル知識関係なさそうに見える……

聖書って回答が多いってのはどこ情報ソース無いですやん

→初期の定番問答は本を問う形式だった可能性もある、なんともいえん

サバイバルガイド的な本が19世紀刊行されてないかを調べてみるか

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"Desert Island Discs"の1942年以前で「もし無人島ひとつだけ持ってくなら」のようなmemeの記述発見

無人島に本を一冊だけ持ってゆくとすれば: ケペル先生のブログ

このことを最初に明言した人はだれだろう。明治期にドイツ系ロシア人哲学者東大で教鞭をとり、学生の人気を集めたラファエル・フォン・ケーベル(画像1848-1923)らしい。彼は「ケーベル博士随筆集」のなかで「無人島に1年間流されるとしたら、自分が選んでもってゆく一冊は、まず聖書である」と述べている。かれは次に、「ファウスト」「ホメロス」「ドン・キホーテ」、ニーチェのものベートーベン楽譜などをもって行きたいと書いている。しかし有名なデフォーの「ロビンソン・クルーソー」(1719)のなかで絶海の孤島に流れついた主人公が「聖書」を読んで信仰の支えにしたことを書いている。

発言時期が不明だが、この方は1923没なので"Desert Island Discs"よりおそらく古い

ケーベル博士随筆集』という本に記載があるらしいが……図書館に行かないと読めない類の本だな

しかしやはり『ロビンソン・クルーソー』が念頭にある発言か……

見立ては大外れしていなかったか

さて、さらにこれ以前に遡れるだろうか?

もうちょっと古い時代にも言及がありそうな雰囲気はある

ケーベル博士ロシア出身日本にやってきた人で、"Desert Island Discs"はイギリスラジオ番組

20世紀初頭には世界中で認知されている定番ネタということじゃないか

しかインターネットだけでの調査はそろそろ限界

本があるならいくらでも読むが、どの本を読めばいいかのあたりをつけるのが難しい

ここらで再び調査打ち切り、有力情報がひっかかるまで塩漬け

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ん……なんか別のバリエーションを見つけてしまったな

ゲーテが『私が獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら、私は聖書を選ぶ。』という言葉を残しているらしい

この発言の出典元文書ちょっとすぐには見つけられていないのだが

偉人名言は「実は言っていない」ってことが往々にしてあるから疑ってかかるスタイル

ゲーテの生没年は1749~1832

無人島に持ち込むものは何問答と直接の関係はないかもしれないが、一種クローズド環境に何を持ち込む?という発想はこの時代からあったということ

Robinsonadeの流行で便利なクローズド環境として無人島一般認知された?

元々「閉鎖環境に一冊本を持ち込むなら」という発想が存在した(その一冊とはたいてい聖書、なんというか最初から聖書という答えありきの仮定に見える気がする)
↓
Robinsonadeの流行で閉鎖環境として無人島が定着した
↓
メディアの発展で本以外(レコードなど)も問われるようになった
↓
さら時代下り、持ち込めるものジャンル制限になった

みたいな流れという仮説を立てれそうだが……

まあまあ、結論を急ぐことはない

頭の片隅エリアにこの疑問を保管してこの疑問は一旦クローズ

2024-03-03

anond:20240302235815

イラストけが叩かれるというのは嘘

ドラマクレーム再放送NGになった回がちょこちょこある

現実事件との類似、手口が真似しやすいなど

どこまでがOKかは絶えず議論をすべきところであり、「クレームは全てするな」も「じゃあ全部潰せよ」もただの1bit脳

表現へのクレームなんて多様だよ

エロ表現ときだけ大騒ぎする層がいるだけ

https://www.bpo.gr.jp/?p=11896&meta_key=2023

地震の呼びかけが怖すぎて、返って動けなくなる人がいるのではないか

セクシー田中さんを取り上げる番組当事者テレビ局側のみ出演、漫画側がいないのはフェアではない

漫才人力車引きが客に対して「重い」と不平を言う場面で「デブ」「兄ちゃん糖尿病か?」。(糖尿病理解せず)患者を著しくおとしめる発言だ。

地震被災者のことを思えば、この時期に大食い対決を見せられることには抵抗がある。被災地が落ち着きを取り戻してから再開してはどうか。

バラエティー番組出演者に、食べ方が汚い芸能人が目立つ。とくに、スパゲティを食べるときに音を立てる芸人がいる。マナーに反する行為だし、子どもが真似するおそれがある。

2024-03-02

自転車ロードレースは中継映像風景を楽しむための番組なのに

チームの戦略がどうとか誰の献身がどうのみたいな的外れコメントばっかしてる弱男はスポーツ観戦に向いてないと思う

NHK受信料民放怒って良いと思うんだよな

NHKネット配信必須業務」へ 利用者テレビなくても契約対象──放送法改正案

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2403/01/news180.html


これを見ながら思ったんだけど

受信料取られるからTV捨てる人とかいるしさ

TVがない人からながら見」とか、ちょっとした暇つぶしでの視聴とかが消えてさ

金取ってない民法は、(番組内容はともかく)特段悪くないのにNHKの集金によって機会を損失してる

有線とかはスクランブルかけてたりして、チューナーがあったら金払え追徴金もあるぞ、とか言わない


なんていうの、テナント制でもないのに入口で金取ってる奴の所為で客が流れてこない商店街って言うか

anond:20240302084901

視聴率から逆算して番組作りしてるんだろうし

結局は視聴者バカしか残ってないってことなんだよ

久しぶりにテレビ見てたけど

テレビ自分感覚が違いすぎる

冷凍ピザランキングとか、そんなもん調査する側のさじ加減だろ。

金運アップの財布?で風水だの何だのとくだらない。こんなもん本気で信じてる奴いないのに、無駄に盛り上げて何十分も番組作るのは暇なのか?

2024-03-01

電車に乗ってる犬や猫

この前BS海外番組をみてたら、列車に飼い主不明の犬が乗っていて撮影クルーと同じ駅で降りて1匹で改札を通って外に歩いて行った。

出演者無賃乗車だって笑っていた。

SNSとかでも電車座席に猫が座っていてわかいいって写真が上がってたりする。

あいうのって、飼い主とはぐれたか野良犬野良猫だったとしてもそれまで暮らしてた場所とぜんぜんちがうところに運ばれていって生きるのが困難になってる可能性あるよな。

anond:20240229044739

全部見終わった 。まず番組の作りへの不満。30年前に書かれた本に今日的な価値を見出そうとするなら、その後の状況変化、新たに生じた条件を踏まえて今でも通用する部分・陳腐化した部分を検討するべきである。ざっくり古典としてたてまつるには早い。

オミットするべからざる状況変化の第一アメリカ孤立主義傾向であるトランプはそれを始めたのでなくその流れに乗っかりダメ押ししているだけだ。

もう一つはいわずもがなインターネットだ。特に近年目につくようになったのはいわばデマデジタル物量飽和作戦であるロシアの得意技。当局の雑すぎるウソ発表を、当初我々はナメて嘲笑していなかったかしかしその雑さは「東側」的な要領の悪さ・いい加減さの結果というよりそれ自体が場を荒らし言論のものを無力化する作戦だったのだ。今後はそれにAIが加わる。公共の「情報空間」そのもの腐海に沈む。

https://m.youtube.com/watch?v=fBiGeCxXoNI

「疑い」を輸出するロシアプロパガンダ真実よりも不信感!騙される人が続出する巧妙な仕掛け|奥山真司



第三夜以降の内容に目新しいものはなかった。エクスキューズたっぷり挟みつつ基本的チェリーピッキングリトアニア独立非暴力による成功例と言われても、そんなのいわばソ連崩壊過程余録だろう。

数々挙げられている「成功例」は、非暴力が勝ったのではなく体制が瓦解する時に民衆の側から追加の暴力はいらなかっただけだ。

独裁体制側に暴力の口実を与えないための非暴力というが、プーチンアサドみたいにヘッチャラでガンガン殺すパターンは?

「多少やられてもいずれはこっちが勝つ」その多少の死体になりたくないし近親をならせたくないのが人間本音だ。

非暴力手段に命をかけさせる煽動もまた暴力であると言える。

畢竟、独裁体制を倒す「さえたやりかた」なんかないのだ。あると思うのが思い上がりである安全から上から目線アドバイス

暴力的な独裁体制下の民衆はやり過ごし耐え忍ぶしかない。独裁体制本来的に不安定なのだから。なんかの弾みに瓦解する日を待つのだ。俺ならそうする。

シャープ理論への興味が尽きたところで思うのは「民主主義体制もまた本来的に脆い」ということだ。これぞお手本という民主主義ロールモデル存在しない。民主主義国の数だけブサイクな異形が存在する。イスラエルなんかわりとお手本に近いような先進的でシステマチックイメージもあったような気がするが今やすっかり自己コントロールを失ってひどい体たらくだ。

独裁体制民主主義体制か」が今日課題なのではないではないということだ。ポイントはそこじゃない。

今日的に重要ポイントはそれぞれにダメな国々がいかに協力して虐殺や抑圧の「悲惨」を避け得るかということ、でもそのための枠組みが死んでいるということだと思うのだが詳論は他日。

平和な国での平和運動」に、膾吹きカルチャー現実主義的なふんいきをまとわせる箔付けにはシャープ本は格好のモノだろう。

なんかずっと何かに似てると思ったら伊勢崎賢治だ。さも実務家の触れ込みで全然中身は伴わないという。

ところで「先生役」の清泉女子大名誉教授中見真理という人を知らなかったがぜんぜんダメだった。完全に仕上がった人である和田春樹とかの類。

日本人平和憲法を棚ぼたでいただいたので、外国のように自分の手で自由を勝ち取る発想がない」

コスタリカ軍隊をなくす決断をした素晴らしい国」

アメリカはそれであのー経済的観点からもね、あーの軍事的な、あのー介入を抑えていきますねこからね当然ねそういう、そこへ、日本がのほほんと、その(失笑軍事力を、増強してなんて出ていったら、ほぉーんとにバカみたいですよね」

他者に決定を委ねる方が楽だと思う人が増えているのではないかっていう気がします。独裁的なリーダーの出現を防ぐことができるかは私たち一人一人の自覚にかかっているということです」

他国に脅威を与えるような“専守防衛”になっていないかどうか。他国不安を与えるならば必ず日本不安となって跳ね返ってくるわけです」

血みどろの「今」を生きてる人の肌感覚じゃない。伝統芸能業界内でのんべんだらりとやってきて勝ち逃げ確定の人の鼻歌みたいな言論

2024-02-29

昨日のゲームゲノム、不自然だったわ。

電線距離が足りなくて…ってそんなことありえないだろ。

このゲームやるようなやつはシムシティ絶対やってるだろ。

んでシムシティやってたら発電所立てたらその近くに工場商業住宅の順で立てる。この発想は義務教育レベルで浸透してるはずなんだわ。

てかそいえば最初発電所じゃなく住宅区画作ってたな?そんなプレイヤーいるか

自然すぎるだろあの番組

2024-02-27

「突然ですが、占ってもいいですか」「占ったら呪われるけどいい?」

「いいです」

「じゃあ占え」

・・・うっ!」

「あ〜あ、言わんこっちゃない」


こういう番組にしてほしい

タカラトミー提供アニメキャラ番組内で見てそうな映画ポスター

「プリたちはどうパキるか」

2024-02-26

偉人たちの夢

この番組好きだったなー。

ネット記事ガロア特集されてて思い出した。

昔いろんな偉人動画を延々見続けていたような。

親のXアカウント

から存在するのだけは知っていて(どこからたどったのかわからないが一度フォローされて、こちらはスルーしていた)、その頃は今見ているらしい番組ハッシュタグつけて感想を書いているような平和ツイートだった。

定年もしているしヒマそうなので、最近になってアカウント存在を思い出し検索してみたところ、ヤフコメっぽいと言ったらヤフコメに失礼かもしれないが、政治に対する罵倒コメントが並んでいた。少し遡ってみたものの、ずっとそんなトーンだった。なんとも言えない気持ちとなりとりあえずみなかったことにした。

検索履歴に残らないようにしたり。アカウント名わかるからいつでも検索はできるんだけどね。)

まだ一線を超えているような、訴えられてもおかしくないような内容はなさそうだけど、エスカレートしたらと思うと不安になる。

普段の会話では話題にすらならないし、そんなこと言うタイプではないんだけども。家族の見たくなかった側面を見てしまった気がしてなんとも言えない気持ちになった。

知らないところでストレスを溜め、それをXに吐き出しているのかなあ。もっと頻繁に声をかけてやるくらいかな、自分にできるのは。

みんなならどうする?

2024-02-25

anond:20240225232511

あの番組

水彩画」って括りじゃなくて「写実画」って括りにしなおしてから評価しないと正確じゃないよなってよく思ってる

才能をもてはやす風潮にゲロを吐く

プレバトという番組がある、芸能人のさまざまな才能を比較し、格付けする番組

私の知人はその番組お気に入りで、俳句特に好きだそうで、彼は俳句先生の元で学び、俳句を発表したりしている

私はこの番組が本当に嫌いなのだ

アートというものは、相対主義本質であり、つまり絶対的審美眼というもの存在しない

その作品を「良い」とする観点に立つことができれば、すべての作品を「良い」と言える観点存在することがわかる

バンクシーがいい例だ、多くの人はバンクシー作品が粗末で雑なものだと知っている

バンクシーが高く評価されるのは、マーケティングが上手いからだ

まり作品の質は相対主義によって決定されるし、番組作成者はそんなことは知っているだろう

「格付け」を行うというのは、アートには絶対的観点存在するという傲慢さを開陳しているに等しい

社会構築主義者たちが「社会専門家が高評価すれば、それが良さなのだ」と言っているように見える

アート相対主義であれば、格付けはアートの逆をいく行為だと気がつかなければならない

多くの人が「上手い!」と言えばそれが高価値意味するのか

かに、そのアートを作るために要される技術力というもの比較可能場合がある

しかしそれはアートの「格」ではない、あくまで「観点である

そして番組は「こんなに上手いものを作れるなんて、彼らはとても才能がありますね」と言いたげのようだ

あるいは逆に「こいつはこんなに陳腐作品を作って、恥ずかしいですね」とも

こういう競争の態度を私は「軍拡競争」と呼ぶ

時間と金をかければかけるほど競争上のトップに君臨できる方式のことだ

有吉の「フォーナイト」の番組を見たが、この番組も優劣の勝負のためにゲームプレイ時間を自慢していた、馬鹿げている

話は外れるが、この番組視聴者プレイヤーに「底辺Youtuber」という人が参加して、底辺というものを嫌うような言い方を芸人がしていたが、そういう態度も大嫌いだ

Youtube軍拡競争であり、時間と金をたくさんかけた人々が「自分には才能がある」と言いふらすために努力していないフリをする

極め付けは銀行CMだ:「卒業したらやりたいことがあります。挑戦したいの。夢見た場所に立ってみたいの」

ふざけるなよ?お前の夢の軍拡競争のために親が命をどれだけ削ればいいんだ

高卒で十分だろボケナスが、大卒肩書がないと社会でやっていけないと思っているクズどもは、結局物事を「ハック」するだけの知恵がないんだよ

そう、本当に賢い人は軍拡競争ではなく「ハッカー」の精神を持っている

軍拡競争バカは、自分努力否定したくないという理由で、「才能のない奴はダメだ」とか見下したことを言って圧力をかける

こいつらがどれだけ金と時間を費やしてその地位を手に入れたかと思うと、「才能」なんて言葉はむしろ似合わないだろう

ハッカーとはどんな人間

ハッカーとは、コンピュータ犯罪者のことではない、それはクラッカーという

ハッカーとは、物事を楽しんで習熟する人々のことだ、ITには限定されない

そしてハッカーはくだらないルールには縛られない

卒業したらやりたいことがあります」といって金の力に頼るような奴は、ハッカーではなく、自称インテリである

自称インテリは、自分知識の正しい使い道をしらず、ひたすら時間をかけて暗記型知識を獲得し、その後学歴を得ることで自己満足に浸っているゴミのことである

こいつらはハッカーの逆方向にいるので、軍拡競争に苦しみを感じないマゾヒストである

そう、つまりハッカーとは、軍拡競争に苦しみを持つ一般庶民ことなのだ

この点を理解すると、いかに「才能」を無視して生きるかが、精神時間・金を浪費しないために重要であるかがわかる

子供教育投資して、将来軍拡競争成功者になりました!と発狂する人間が増えるほど、社会は窮屈になる

こいつらは努力サンクコストを捨てるつもりがないので、感謝もせず、傲慢に「私は才能があります」と言いふらす

 

悪いことはいわない

ハッカーになれ、それが楽に生きる方法

BSSを実際に食らうとかなりきつかった

エロ本にはBSS(僕が先に好きだったのに)というジャンルがある。

NTR(寝取られ)は現在付き合っている彼女をほかの男に奪われることに対してBSS一方的片思いしていた相手が後から出てきた男と付き合って「僕が先に好きだったのに!早く告白していれば僕が付き合えたかもしれないのに!」といった要素を含むものである。これが実際に自分の身に降りかかってかなり精神的にキているのでここに書く。

共通友達もいないし相談できる相手もいないのでここで吐露させてくれ

大学の友人で卒業以来3年以上片思いをしていた相手に久しぶりに会ったら相手には彼氏がいた上に同棲も始めていた。

彼女とは大学サークルで知り合った。

お互いオタクだったのとコミュニケーション能力もそれなりにあったのですぐに仲良くなってサークルの間はだらだら話してコミケがあれば一緒に行くような仲だった。

自分パーソナルスペースが狭い自覚はあって彼女も同じように狭いのかたいして気にしていないのか異性なのに肩を寄せ合う、膝枕をする、肩を組んで同じスマホを見るみたいな、まぁ傍からみたらおかし距離感だったと思う。

それが大学4年生になると二人でデートにも出かけることもあったし、出かけるときは手を繋ぐレベルまでになっていたので、当時彼女にその気があったのかもしれないと当時の自分も感じてはいたが卒業就職のことで手一杯だったので「まぁこのままの関係でいいか」となんらアクションは起こさなかった。

結果特になにもなく卒業を迎えて俺は都内就職彼女就職に失敗したのか地元に戻って実家暮らしていたらしい。

卒業して最初の1年くらいはぽつぽつとメッセージのやりとりがあって、彼女イラストを描けたので個人で依頼を受けたりアルバイトをして暮らしているということを聞いていた。

そのころから彼女Vtuberになる目標ができたようでセルフ受肉するためにキャラデザインやらLive2dやらの進捗をたまに用事があって連絡したときに知らせてくれた。俺もLive2dモデルを何回か作ったことがあるのでツールの使い方でわからないところがあれば相談に乗っていた。

卒業から1年半くらいが経った頃にモデルが完成してVtuber活動が始まった。

1年半の月日と俺自身ソロプレイゲームしかやらない人間なので共通話題もなくなりこのころには特に用事もないので連絡を取ることはなくなっていた。

自分Vtuber配信を見ることも趣味の一つだったのでもちろん彼女配信もちょくちょく見ていた。

実際彼女以外にもリアルの知り合いが何人かVtuberを始めていて知り合いの近況を知ることもまた楽しいので彼女以外の配信も見ていたしあくま彼女もそのうちの一人という認識だった。

ただこの頃からかそのちょっとからか、正確にはいからかはわからない。

基本的自分はあまり人と遊ぶ趣味を持っていない。アニメを見るのが好きで映画を見るのが好きでゲームFPSよりはシミュレーションゲームパズル系のゲームの方が好きだった。アニメ映画もとにかくいっぱい摂取したいので人と予定を合わせて見るなんて選択肢は眼中になかった。ゲーム大人数のなかでチャットコミュニケーションをとるのが億劫MMOはやらなかったし命が軽いAPEXやvalorantもやらずもっぱらソロプレイ専用のゲームをするぐらいだ。

から大学卒業した途端に友達がごっそりいなくなった。

友達、というか知り合いを作るのは得意だったので大学いたころはたくさん知り合いがいた。

大学のどこかに行けば誰かしら友達か知り合いがいる程度には大学孤独を感じることなんて一度もなかった。とはいえ大半が知り合い程度なのでLINEを交換しても一度もメッセージを送らないなんてのはざらにあった。頻繁に連絡を取っていたのはサークル友達か同じゼミメンバーくらい。その友達とも別に趣味が合って一緒に遊んでいたわけでもなくだらだら飯を食ったりたまに大学終わりにアキバに出かけたりとかその程度。結局は同じ場所にいたから一緒にいただけの関係しか築けていなかった。

から卒業した途端に友達がごっそりいなくなった。かつては覚えるのも大変なくらいいた話し相手も、頑張れば両手の指を使って数える必要があるよね、ぐらいに減った。

彼女はそんな中で残った数少ない一人だった。唯一残った女友達だった。

今までの人生で数少ないデートにも行ったことのある彼女。Twtterで楽しそうなところや美味しそうなところ、一人で行くにはキツいところを見かけるたびに気が付けば彼女と行く想像をしていた。

わかってる。これは女っ気のない自分がそういったところに行く妄想をしたときに唯一残った彼女を当てはめているだけだってことは。だからこれは恋じゃない。実際同じオタクではあるもの彼女とは趣味が合わないので付き合っても大して楽しい関係にはならないだろうという予想は(付き合ってもいないのに)した。

から彼女配信を見てはいたが連絡を取るようなことはしなかった。したとしても遠方にいる彼女に話すようなことはなかったし付き合ってもいないのに会いに行くのも気持ち悪いだろうと会うこともなかった。

配信をしている彼女は楽しそうだった。もともと同人女だった彼女はそこ経由でインターネット上に友達がたくさんいたようでVtuberを始めてからも同郷のVtuber友達ができたりと活発に活動していた。

最初お絵描き配信フリーゲーム実況をしていたが、デビューから3ヶ月程度経った頃その新しくできたVtuber友達の影響か某MMOと某FPSを始めるようになった。

特にMMOにはドはまりしたようで配信MMOの実況と攻略が大半になりVtuberを含めた固定メンツでの攻略配信は実に楽しそうにしていた。

自分MMO系に興味がないのでゲームの内容自体には全く興味がなかったが楽しそうにプレイをする人間を見て楽しんでいた。

彼女MMOのリアイベにも行ったりして、自分も好きなゲームのリアイベに行っていたので「楽しいよね~~」と首肯するなど連絡は取らないながらも一方的彼女活動を眺める生活が続いた。

就職から3年ほど経って自分生活に余裕が出てきた。

今までおしゃれなんぞには全く興味はなく、興味がないので人生優先順位におしゃれが上がることはなかったが、社会生活を送るうえで普通恰好、いわば「まともな人間」「電車で隣に若い女性が座って許された気がした」ような恰好をすることの重要性はひしひしと感じていたので余剰のお金を使って身だしなみを整えるようにした。 眼鏡をはずしてレーシックの手術を受けた(人生で一番QOLが上がる買い物だった)。 髪を伸ばしてパーマをかけた(一番芋臭さから脱却するのに有効だった)。 ソシャゲデザイン知識から服を選んで周囲から最近おしゃれになったね」と複数人に言われる程度にはなった。

時を同じくして大学時代の友人・先輩たちから久しぶりに遊ぼうとの誘いを受けることとが多くなった。 自分就職したときコロナ第一世代だったので卒業してしばらくは人と会って遊べるような雰囲気ではなかったため久しぶりに友達に会うのがすごい楽しみになった。

そして俺がおしゃれを始める少し前あたりから彼女東京に戻ってきていることを配信で知った。

とはいえ3年近くも会っていない相手にいきなり「配信で見たけど東京に戻ってきたんだって?会おうぜ!」なんて言えるはずもなくただただ一方的配信を眺める、それだけだった。

そんな折にかかってきた旧友からの遊びの誘いである。しか複数の人から立て続けに。

「俺は見捨てられていなかったんだなぁ……」などとすこし感動もしたがそれと同時に「今なら彼女と会ういい口実になるのでは?」という気が湧き上がった。

言うは易し行うは難し、3年も会っていなかった相手にそんな気軽に連絡できるだろうか。否である

結局彼女に連絡はできずにほかの旧友に会うことにした。

おしゃれをする前の自分を知っている友達に会うのは少しだけ勇気必要だった。

初めておしゃれに目覚めた中学生オカンに「あ~ら、おしゃれなんてして。ませちゃってぇ~~」と言われるみたいな反応をされたら心が耐えられない。

実際その心配杞憂に終わった。みんなオーバーリアクションを取るわけでもなく「ええやん」みたいな反応をしてくれたので俺は傷つくことなく少しの自信を持ち帰ることができた。

それから自分でほかの旧友を誘って会いに行き、皆一様に茶化すことなく接してくれたので自分の今の恰好は何ら一般人としておかしくない普通恰好をできていると改めて確認できた。

少しの自尊心を持ちえたこの機を逃すまじと彼女に連絡を取った。

「今度これ食べに行かない?」

彼女は二つ返事で承諾をくれた。

よーしよし! 二人の関係は昔となんら変わってない! 久しぶりになんなんだと悪印象を持たれているようなことはなかった!

OKをもらえた喜びと久しぶりに会える喜びで自分の恋心を自覚した。

まさか、いやそうだよな。自分気持ちはつまりそういうことなんだよな。

まぁまずは会ってみよう。 実際に会ってこの気持ち確認しよう。 また昔みたいに出かけてこの気持ち確信に変えよう。

当日はだいぶ浮かれていた。

会う前に店で眉毛を整えてもらい、柄にもなくリンツチョコを買い、1時間以上早く現地について店の場所とあわよくばの二件目の場所を下見した。

余った時間スタバで茶をしばきながら何を話そうかと考えていた。

3年4年ぶりだしな、彼女の近況は配信で知ってるけど俺の近況は知らないしレーシックの話でもしようかな。そういえば最近引っ越して猫を飼ったって話をしていたな。猫飼いは自分の猫の話をしているときが一番楽しそうだしな。今何の仕事をしているのかな。いろいろ聞きたいこと話したいことがたくさんだ。

時間になって待ち合わせ場所に行くときさながら初めて銀座シャネルに行った時のように鼓動が早くなった。

待ち合わせ場所彼女がいた。

……彼女だよな? マスクをしてるからわからん人間1年も会わなければ顔を忘れてしまうので自信はなかったが背格好は彼女のものだったので声をかけた。

彼女だった。なにも変わっていなかった。

マスクを外して見えた顔はいもの見慣れた顔だった。

変わらんなぁ…… と思っていると。

「な~に、こじゃれてんじゃん 笑」

こじゃれてるは誉め言葉なのか……?

プラス意味で受け取ってもいいのだろうか。 オカンなのだろうか。

まぁ細かいことを気にしても仕方ない。こじゃれた格好を会話の切っ掛けにして店に移動する。

色々話した。美容のこと、今の仕事のこと、そして猫のこと。

昔と同じように話すが昔とは違ってパーソナルスペースは人並みに取るようになったようだ。まぁ数年ぶりだしな。

ことさら猫について話す彼女は楽しそうだった。いわく人生で最高にQOLを上げる存在だと。

へぇ、じゃあ実家帰省するときペットホテルかに預けてるんだ?」

「ううん、彼氏が見ててくれるから

彼氏!?!?!?!?!?

彼氏!?!?!?!?!?!?!?!?!?

彼氏ぃ…… ???

彼氏いるんだ…… どれくらい付き合ってるの」

震え声にならず平静を装えていた自分助演男優賞をあげたい。さながら名バイプレイヤーとして各TVドラマの表番組裏番組に出演するような名俳優だったろう。

曰く2年ほど付き合っているらしい。MMOの固定メンツが切っ掛けだったと。

2年、だいたい彼女東京に戻って来たかそのころだろう。

MMOを始めたのがその半年くらい前だから東京に来てすぐ付き合ったことになる。

なるほどなぁ……

俺がうだうだ連絡を取らずにいた間、彼女共通趣味出会った相手よろしくやっていたのである

会う理由がなかったとはいえ知り合ってから数年あってそういう関係にならなかった自分と知り合って半年でそういう関係になった彼。その事実に心が揺らいだ。

理由なんかともかく東京に戻って来たと知ってからすぐ連絡を取っていたとしても俺が付け入るスキはなかったのだ。

頑張って平静を装いながら話を聞くと彼女が今住んでいる場所家賃相場彼女収入釣り合わないことに気が付いた。つい最近まで自分もその近くに住んでいたので「案外近くに住んでたんだね」とかなんとかいいつつ家賃のことを聞いてみると、

彼氏同棲して折半してるから全然払えるんだ」

同棲!?!?!?

同棲!?!?!?!?!?!?

どーせーぇええええ???

ここ最近よく目にした言葉アラサーになった周囲からよく耳にする言葉。 それをまさか今ここで聞くとは思わなかった。

しかし考えてみれば自分アラサー彼女アラサー、将来のことを思えばなんらおかしくはない。

しかして同棲である

今さっき彼氏がいることを知ったのにそれに加えて同棲していることを知った自分は完全にキャパオーバー、見るからに動揺していたことだろう。助演男優賞剝奪である

そこから彼女仕事愚痴を聞いていたが正直気が気ではなかった。

猫の画像Twitterに上げたときも、普段配信そばにも彼氏がいたのである

きっと恋バナ配信の時も占いをしてきたと話した時も彼氏のことを思いながらしていたのだろう。

下手な下ネタを言うと不機嫌になった彼女彼氏とは笑顔で話すのだろうな。

それらを思うと卒業してからの3年間が、大学時代からの7年間が崩れていく音がした。

彼氏の話は多くは聞けなかったがそれでもその端々からいい男なのだろうと思わせてくれる。

自分には可能性などなかったのだと自覚させられる。

中学生の時告白して振られたことはあったがここまでの衝撃はなかった。

今までの人生受験就職もなんだかんだ最後には丸く収まったのでこのような衝撃は、可能性の途絶が目に見えるような経験をしてこなかった。

ああも喉が渇いてたまらず酒で潤したのは初めてのことだった。

店を出て隣を歩くと今日違和感を決定的に自覚した。

昔のように手を繋がなかったのはパーソナルスペースうんぬんではない。彼氏いるからほかの男と手を繋がないだけ。当然のことだ。

分かれて、電車に乗って家に帰って、寝ようとして眠れなくて、気絶するように寝て起きてしばらく経った今でも咀嚼しきれていない。

会う前に買ったリンツチョコを店に忘れたことに気が付いた。今度取りに行ってくる。

わかってる。

から距離が近かったのは男としてではなく弟として思われてたことを。

わかってる。

もし付き合っていたとしても趣味は合わないし甲斐性もない自分では彼女を楽しませることはできなかっただろうと。

わかってる。

ここで「もし」なんて仮定想像の話をしても負け惜しみしかならないことを。

それでもこの思いを酸っぱい葡萄にしたくない。

あくまで行動に移さなかった愚かな自分のせいであることを噛みしめたい。

彼女はいい女だった。

異性として好きだった。すらっとした見た目もタイプだった。大声で笑い決してヒステリックにならない自分をしっかり持った人だった。自己実現のために努力できるところも好きだった。数少ない友人の中でさらに少ない尊敬できると明言できる人間だった。

このことは彼女には話すのかな。いつか心に整理がついて、俺にもほかに大事相手ができたら話せるのかもしれない。

それまでは1年に1回くらいあって近況を報告しあう友達でいたい。

つかこ失恋も「そんなこともあったね」と笑い飛ばし酒の肴にできるようになったらうれしい。

とはいえ出会いがないので何かを始めたいけど何しようか。

俺もVtuberを始めたりして

anond:20240224232519

こういう話はありふれているし、診断をもらえなかった人は当事者からセカンドオピニオン”を勧められるのが普通。だから精神科の多重予約問題が起きてる。

ここ7、8年ほど、診察室に時折こう訴える人たちがやって来るようになった。多くは女性だ。

「私、発達障害なんじゃないでしょうか。たぶん注意欠陥障害ADD)か注意欠如・多動性障害ADHD)だと思います。あ、コミュニケーションも苦手だからアスペルガー症候群可能性もあるかもしれません」

では、その「片づけられない」というのがどの程度なのかと尋ねても、「もう春なのにまだ冬物のコートが出しっぱなし」「家族食事をした食器を翌日まで洗わない」など、さほど深刻ではないことがわかる。

書類をすぐに提出できずに溜まってしまう」といった仕事上の支障について語る人もいるが、それでも会社勤めを続けていたり、中には役職に就いていたりするところを見ると、「どちらかといえば苦手」という程度なのではないか

「私は発達障害についての専門的知識は乏しいので、絶対に正しい診断とは言えませんが」と断ったうえで、「あなたには何らかの発達上の問題があるとは思えません」と告げると、これまで経験した限りではすべての女性失望の表情を見せたのだ。

「えっ、そうなんですか。私、ADDじゃないんですか。アスペルガーでもない? そうか……」

最初はその失望意味がよくわからなかった。「障害可能性は低い」と言われて、なぜがっかりするのだろうと不思議に思っていた。

しかし、何人かに話を聴くうちに、「なるほど」とそのわけがわかった。やや厳しい言い方をすれば、彼女たちは自分が思うどおりに整理整頓書類の提出ができないのは、「自分のやる気や性格のせいではなくて、障害のせい」と思いたがっているようなのだ

この薬は現在、「おとなのADHD」に対しての有効性も認められており、いま多くのおとなが「私が仕事を仕上げられないのはADHDからではないでしょうか? よいクスリがあると聞きました」と診察室を訪れるようになった。

また、テレビなどのメディア最近、こぞって「発達障害理解しよう」といった趣旨番組を放映したり専用サイトを作ったりしている。

これらはもちろん、薬の売り上げのためではなく啓発の目的キャンペーンであるが、実際には「私もそうかも」と見る人の「疾患掘り起こし」につながり、結果的にはその人たちが受診し、医師が診断し、さらには薬の処方を、となるケースも少なくないはずだ

https://gendai.media/articles/-/56833?imp=0

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