はてなキーワード: 無理ゲーとは
幼少期は、場にそぐわないことを言ったりして周囲をドン引きさせるのを繰り返してきた。
ある程度成長してそれを自覚するようになると、周囲をドン引きさせないために何を言えば良いかが分からず、誰とも何も話せないようになっていった。
大学に進学して一人暮らしを始めると、周囲に話す人間が誰もいない生活がスタートした。
授業やゼミでの発表のような「論理的で一方的な発言」は得意だったので、そういう場は難なくクリアすることができたが、
普通の「雑談」の場で何を話せばいいか分からなかったので、授業に出ても誰とも雑談しなかった。
俺にとって誰とも話さない生活が最高に快適である、ということだった。
もう周囲をドン引きさせることを恐れる必要もない。何を話すかで思い悩むこともない。
俺は孤独耐性が高く、1~2か月程度人と話さなくてもまったく平気だったのだ。
しかしそうした生活は、少しずつ確実に俺の中の「会話能力」を衰えさせていった。
使わない能力は徐々に衰えていくものだが、大学院も含めた6年間の大学生活が終わる頃には
まず舌や喉の筋力が衰え、呂律が回らなくなり吃音を発症するようになった。
それから、会話をしても次に発言する言葉が脳裏に浮かばなくなり、会話のキャッチボールが難しくなった。
もともとキャッチボールで大暴投するような俺だったが、投げ返すことそのものが困難になったのだ。
卒論の発表などは問題なくクリアできたのに、人との会話は1分間も続かなくなった。
学歴がそこそこ良かったおかげでなんとかまともな企業に就職することはできたが、
会話能力の低さはあらゆる場面でハンデとなった。
仕事をしていると嫌でも人と会話をすることになるが、一度低下した会話能力は簡単には戻らない。
誰とも雑談しないので職場内の人間関係がほとんど構築できず、何かあった時に頼れる人がいない。
上司や同僚との信頼関係も築けず、それが仕事を進める上での間接的な障害となる。
こんな俺でも、専門性を武器になんとか10年以上働くことはできたが、そろそろ限界かもしれない。
この歳になると、マネジメントや難易度の高い交渉が仕事のメインになってくるが
会話がまともにできない、あるいはできたとしても大暴投する俺にはこれがかなりの無理ゲーなのだ。
結局、何度かの大失敗の末にマネジメントの立場からは外されることになった。
こんな俺をまだクビにせずに雇ってくれる会社には感謝する他ないが、
それもいつまで続くかは分からない。
結局、会話ができなければ生きていくのは難しいのだ。
ああそれでも、願わくば大学時代のように誰とも会話をせずに生きていきたい。
このまま会話能力が衰え、「どうも…」とか「うほ…」ぐらいの類人猿レベルの言葉しか話せなくなっても、
それでもいいから誰とも会話をせずに生きていきたい。
ワイ、放送当時シンジ君と同い年、発達障害(ASD)のアラフォー。
幼少期からPCに慣れ親しんでいたし、程々にオタク文化には浸っていたと思う。
ただ、エヴァはどうにもダメだった。何を言っているのかサッパリ理解できなかった。
大人になって考察とかも色々読んで、あぁ彼らは人との繋がりが欲しいのに、それを上手くできずに藻掻いているのかという程度には理解できた。
でも、こんな難解な話は中学生の自分には無理ゲーすぎた。精々初号機カッコイイ、シンジ根暗、ゲンドウ鬼畜みたいな感想で、社会現象になったことが意味不明だった。
でも、周りの同年代には放送当時からアレにハマっていた人も数多い。
自分には全く理解できなかったけれども、彼らは放送当時にあの内容を見て、「あの主人公達と俺達は同じだ」ということに気付き、そして憂えていた。
こっちからすると、憂えるまで至れただけ羨ましいんだよな。
ガチアスペからすると、そういう人達は他人の気持ちがわかるだけ恵まれていると思う。あとはどう接すれば良いかだけじゃん。
こっちはさ、そもそも他人が何を考えているのか、言葉くらいでしか判断できないんだよな。そこに絶望的な壁を感じる。
まぁそうは言いつつも、一応なんとか食いっぱぐれることもなく生活はできているし、羨ましく思いこそすれ、誰かが憎いみたいなのはない。
ただ、自分達の境遇をそこまで呪わなくても良いんじゃないか…ってな感じの人達は、この界隈には結構多いな、とは思う。
君らはさ、わかり合うための心は持ってるんだよ。ただ臆病なだけ。
うちらと違って、失敗して経験値を積めば、自然に人と理解し合えるんだよ。
だからまぁ、頑張れとは言わないががんばってくれ。
俺のサークルで進められてる研究だと『根性は競り合いにおけるスタミナ減少速度に関わる』が濃厚になってる。
まずこの理論には前提として元増田が言ってるような「スピードが早いほどスタミナが早く消費される。ウマはスタミナGでも元々ある程度のスタミナを持っていて、1000mぐらいならスピードSスタミナGでも走れる。ただしスタミナは切れた途端に大きな影響が出始めるのでマイル以上ならちゃんと上げるかスキル持たせなきゃ駄目」というのが前提としてほぼ検証が終わってる。
・ウマが他のウマを抜いたり抜かれたりしそうになると競り合いが始まる
→競り合いはコース取りと順位の決定権を奪い合う行為として処理されている
(→競り合いが発生する距離は見かけより長くすぐ前のウマにだけ発生するわけではない 他以上に仮設の度合いが高い)
→競り合いには発生する頻度があり常時発生しっぱなしではない
→追う側が負けると前に出る権利を奪われ「前が詰まる」ことになる
→結果余計にスピードを出してるほどスタミナを浪費することになる
・競り合い時にはスタミナ消費が発生する
・根性があると競り合いにおけるスタミナ減少量が減ると同時に相手のスタミナ消費が増える
→レース後半になるほど競り合いが多く発生するしそれまでの競り合いにおけるスタミナ減少が如実に現れる
→そのためバクシン教室では「根性はスタミナのサブタンク」と表現されている(いきなりこれ全部説明されたら頭バクシン教室の生徒は泡吹くよね……)
→逃げの場合は競り合いをかけられると急激に消耗し、先行、差し、追い込みとなるに連れて競り合いにおける消耗は減少する
→たとえばパワーと根性が凄いだけの追い込みがスピードも低いのにドンドン前に行くのはその分他のウマが凄い勢いでスタミナを消費させられ最高速を出せなくなっているから
→距離が短いほど追い込みが無理ゲーになるのは競り合いで消耗させようにもそもそもスタミナの必要量が少なすぎて減らしても逃げ切られちゃうから
だいたい今こんな感じですね。
ライスやったよ!
もうね、最後淀に愛されしステイヤーたる物語の結末、おっさんボロ泣きしましたわ。本当に走りきれてよかった。
増田トレーナーが時点時点の数値を上げてくれたおかげで、マイルストーンがわかって非常に助かった。感謝してもしきれん。特に賢さの数値は参考になった。25周目の有馬をスピ795、スタ554、賢445で臨んであっさり3タテされた(春天で1ミスしてた)時は本当にこのロムのライスは呪われてるんじゃないかというぐらい気落ちしたけど、賢さが足りてないことを踏まえ、賢さをやや厚めに積んだ。すると26周目で久々の有馬突破(681、579、484)、27周目有馬(830、600、550 概数)で余裕を持った勝利、そのままURA長制覇、といけた。最後はURAも危なげなしでまさかのノーコン完走になったわ。
新馬→京都2歳(ホープフルはファン数×)→スプリング→ダービー2着→菊→有馬2着(URA調整・ファン数稼ぎ)→日経新春杯(ファン数稼ぎ、バレンタインのブルーローズ目当て)→日経賞→春天(BC+D+)→目黒記念(URA調整)→宝塚→有馬→URA長距離。
調整のため2回もGIIを使わざるを得なかったが、それでも走りきれたので、何が何でも間に合わないというぐらいのことではないらしい。
序盤はスピードと絆を上げつつ、夏までにスピ420を確保。その後はスタとパワーを上げつつ、春天の時点でスピ600 スタ550を確保。その後はスタはすべてパワー練習に任せ、スピ・パワ・賢さを友情>!=人数多い=体調と相談しながらやってた。
最終ステは905 646 607 372 641。
スキルは食いしん坊(春天) 集中力 抜け出し準備 良馬場◎(有馬) 決意の直滑降他(URA
(サポカーガチャの方を回したほうが良いよという攻略情報もあり、無課金だけどサポカーはけっこう豊富だったりする。注釈なしはLV30)
マエストロ強いのはわかってるんだけど、自前でクリーク持ってないのとスピードパワーageを優先するためスペウオッカを投入した。金回復を2枚も入れているのは春天までに確実にどちらかは取るため。どうしても完走したかったので安全策を取った。末脚にも期待し起用(したが最後まで取れなかった笑 あと、増田がスピード重視の育成を行っているので、スピード厚めに。ファインモーションの練習○強いよ練習○。
私や増田トレーナーのステータスは、初めてこのゲームをやった人はまず達成し得ない数字だと思う。それだけ因子が揃っていないからだ。強フレンド連れてきたとしても片方しかブーストかからないし、継承◎になってないと三女神の能力アップも期待が難しい。せいぜい+30ぐらいだ。三女神でスピスタを毎回+50していこうと思うと、強フレンドはもちろん自分の因子と継承◎がほぼ必須になってくる。それでようやく勝ちきれるレベルの能力って、、、やっぱライスは無理ゲーだわ。
実は、敗退したかなりの回で内で揉まれて抜け出せないというケースがあったのと、ゴルシ、ネイチャと連続で差し追い込みを育ててきた中で、パワーがあればけっこう何とかなるなという雑感があり、25・26週目は借りてきた枠をツインターボ4凸にしていたがオグリに変更した。するとこれがよくハマる。ライスは垂れモブに引っかかって事故るケースが結構あるのだが、パワーを上げることで、仮に後退してもすぐに前に戻ってこられるだけの能力を身につけることができた。URAでも26周目は内で揉まれて敗退したが27周目はきちんと伸ばしてきており、パワーがあるとリカバリーがよく働くように思う。
そういえば、Twitterに上がってた瓦割りライスもなんだかんだで少なくとも有馬まで出走できているようなので、パワーはスタミナと同じぐらい重要なのでは、と思っている。
というより、根性の使いみちがわかってないのだと思う。
しばしばブルーローズが要らない子扱いされがちだが、これがパワーライスとけっこうハマる。26周目有馬も最後ヒシアマゾンを抑えきったのがブルーローズ発動によるものだし、27周目は直線入ってマックに迫られていたところ、前にいたトップガンを抜いて発動、マック突放という相当すごいことをやってのけた。
抜け出し準備で加速、直線入って発動、加速というのが一つの勝ち確パターンになった。本当は末脚で加速→ブルーローズとコンボしたいのだが。
というか、せっかくの固有スキル無視で勝てるウマ娘なんていない。これは元増田トレーナーにもお伝えしたい。
育成情報改めて見直したらURAが全部阪神大賞典(阪神3000m)になってて吹いた。
増田トレーナーも指摘の通り、ライスのステは底力が伸びやすく、ライスでSランク取った人が底力・賢さをSSにしていたので、底力・賢さを積む作戦もありかもしれない。その発展形でたづな葵ファインモーションでアホみたいに練習積むという作戦はありかもしれない。(ブルボンのようだ
・とにかく説明不足
チュートリアルの内容が不親切すぎて、どうやって遊んだらいいのかが、とにかくわからない。
まず、最初に渡される道具。町長から「斧とか鎌とか渡すから、使ってみて」と言われて道具を渡されるんだけど、使い方がわからない。
のちに、メニュー画面から袋に移動→使う、というプロセスが必要と判明するが、そのことに気づくまでにゲーム内時間で3日かかった。
道具を渡したんなら、使い方も教えて行けや。
次に、原材料を加工された資材に変えてくれるメーカー。これも町長が大工さんを連れてきて「メーカーを使うと資材ができるよ!」と教えてもらえるんだが、やっぱり肝心のメーカーの入手方法、設置方法を教えてくれない。
ゲーム内時間3日くらい経過してから、やっとメニューから材料を使って製造、設置ができることが判明。
「ちょっと考えたらわかるよね?」と制作側は思ってるのかもしれないが、こういう製造機能を持ってるものって、自分で作るほかにお店で買うシステムのゲームもあるから、やっぱり説明してもらえんとわからんよ。
で、このメーカー、ゲームを進めるごとに種類が増えていくんだけど、この機能アンロックのタイミングが不明。
のちに、各スキルがレベルアップするごとに解放されることが判明。
でも、スキルがレベルアップした時には特に通知がなかったので、長らくアンロック条件がわからず首をひねったら。
途中で、コロポンというケセランパサランの親戚のようなお手伝いキャラが登場。
彼らをマネジメントすることによって、自動的に資材がもらえるようになるらしい。
……が、「マネジメントコロポンってどこよ?」
コロポンの村を3周したけど、どのコロポンも「おすそわけはないよ」と言うばかり。
やっぱり3日くらい経過して、やっと配置用のコロポン発見。
……もう、徹頭徹尾この調子で、本当に何がどこにあるのかさっぱりわからない。
システムを手探りで理解していくのもゲームの醍醐味、と言うけれど、手探りしたいのはそこじゃない。
不明点が多すぎると、もう理解していこうっていう気が失せるので、ちゃんと説明してよ。
やってて思ったんだけど、市庁舎と博物館、こんな奥にある必要ある? 逆にペットショップ、こんなに手前にある必要ある?
1日1回の依頼を確認するため、市庁舎に行って、家に戻って依頼品を届けて……ってやってるうちに5~6時間経過するんだけど。
多分、市庁舎を往復するうちに住民とすれ違って挨拶するうちに仲良くなっていってもらおう、という設計なんだろうけど、これがかなり負担。
あっというまに1日が経過するゲームでこれはつらい。ぱっと確認したいのに遠いから、そもそも市庁舎に行く気力が失せる。
住民と交流するなら、したいときにするから、掲示板はすぐ確認できる位置にしてほしかった。
木材や石材の必要数が多いので、ある程度のタイミングで生えてこないと資材不足に陥るから、再出現する仕組みなのはわかるけど、それにしたって生えすぎ。除草剤ほしい。
木や石のタイルで覆えば生えてこなくなるけど……ちゃうねん。舗装した農場に住みたいんとちゃうねん。
芝生の青々とした緑に覆われた農場に住みたいんや。
ゲームが進むにつれ、必要資材の数がどんどん増えるんだけど、メーカーで作れるのは常に1台1個。
大量に設置して、何度も出し入れする必要に迫られるんだけど……これが超面倒くさい。
そして牧場が工場地帯になっていく。のどかな田園風景とは何だったのか。
あと、資材を入れておく箱もどうにかしてほしい。
その時に余ってる資材で好きに作れるのはいいけど、移動させようとしたときに目が点になった。
「片付けると、中に入っていたアイテムは外に全部放り出されます(意訳)」
……は?
なにそれ……は?
ということは何ですか?
ちょっと置き場所を替えようとおもったら、箱の中身全部出して持って行って、もう一度全部拾い直して片付けなおすの?
面倒くせええええええええ!
鞄のサイズが小さいうちにこれやるの面倒くせえええええ!
しかも、なんかシステムの台詞から察するに「外に置いてあげるなんて、私親切よね?」みたいな雰囲気すらある!
箱にいれたまま移動されると、メモリを圧迫するとか、鞄いっぱい持ってるのと一緒になるとか、たぶんそんな理由なんだろうけど、あえて言いたい。
面倒くせえええええ!
結婚システムのあるこのゲームだけど、恋愛ものとしてもちょっとアレな感じ。
話しかけたときに向いていた方向で会話することになるんだけど、そういう時ってだいたい、横とか後ろとか向いてたりするんだよね。
正面から顔をとらえようとしても、今度は自分の後頭部が相手の顔に重なってて、顔見えない。
立ち絵がないのが悪い、という意見を見たけど、たぶん問題は立ち絵どうこうではなく「顔が見えない」だと思う。
会話のたびにカメラワーク変えて顔見えるようにしたら、もっと顔が見えたかも。
……それもうざいか。
でも、顔が見えない問題は本当にどうにかしてほしい、イケメンのはずの住民の顔が全然覚えられなくて、「黒革ジャンのやつ」とか「髪の毛の先が赤いやつ」という覚え方になっていく。
たぶん、普段からメインキャラを覚えられる仕組みになってれば、自然と見分けがつくんだろうけど、上記の状態なんで全然区別がついていってくれないのよね。
で、時間に追われているなか、遠回りして声をかけたら何の意味もないモブで「チッ」ってなる。
あと、年中行事もひどい。
玉子探しイベントにさそわれて、ノコノコいってみたら、まさかの収穫ゼロイベント。
え? なんか親密度があがる仕組みないの? 参加賞的なものもなし? 時間を浪費しただけ?
そして街のひとたちは家族で参加した楽しい思い出を語っていなさる……。
恋人や伴侶ができたあとは一緒に参加できるっぽいけど、初年度は、ただぼっちをかみしめるだけのイベントだった……。
さみしい。
そんななか、少しでも親密度をあげようと挨拶に行っても、一言しゃべるだけだし……
訪問頻度の高い博物館や道具屋のお姉さま方(半分既婚者)とばかり親密度が上がっていく。
彼らのどこをどう好きなればいいんですか、わかりません。
牧場物語をプレイしている友人が、恋愛ゲームとして楽しめてるから自分は勝ち組プレイヤー、とツイッターで再三コメントしてるんだけど、元がアレすぎて、「良ゲームと思い込もうと自己暗示している」ように見えてくる。
……いやそこまでは言い過ぎか。
離婚については私はどうでも。
1周何十時間もかかるゲームで、伴侶ごとに8周、DLCまでいれたら10周以上やるのは無理ゲーなので、あっていいと思う。
まあ、ちょっとドライがすぎる気はするけど、恋愛ゲームを一途プレイしたい人でもないので。
子供が消えるのはもにょっとするので、離婚するなら子供ができる前かなー。
声優についても、ポイントボイスだからそんなに気にならないっす。
そもそも、環境的に音を消してプレイすることも多いから、そもそも声聞かないし。
(声に執着ない)
えーといろいろ書きましたが、まとめると
「発売当日に定価で買った私のワクワクを返せ! ダウンロード版買ったから売り飛ばしもできねえ!」
(買うんかい)
俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。
1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。
元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。
もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。
そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。
知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。
だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressではブログ運営が上手くいかなかった。
Googleアップデートなんかの煽りも受けて、ブログ運営のみの収入で生活をすることが困難になった。
ブロガー時代の俺に「自分のところでライターをしないか?」というお誘いを受けて、アフィリエイト記事を執筆するライターなんかもやっていた。
ライター収入で一時期は生計を立てていたが、他人のブログの記事を書くということに面白みを見出すことが出来ず、ライターとして生計を立てるということも辞めてしまった。
でも、どうにかして収入を得て生活をしていかなければならないから、俺は頑張って就職活動を始め、今は大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている訳だ。
もう、昔のはてなアカウントも消してしまって、はてなには全く顔を出していなかったが、少し懐かしくなって今、増田で記事を書いている。
ちなみに、俺は1級身体障害者ということもあって、今の会社に就職するまでまともな職歴はほぼ無い状態だ。
20歳の時には1級身体障害者になって、そこから半寝たきり状態で20代前半を過ごしたりしてきたし、リーマンショックなんかの煽りも受けて、なかなか就職が決まらず……。
そんな俺でも障害者雇用枠でなんとか大手企業に就職することが出来たから、どうやって就職をしたのかをちょっと書いてみようと思う。
まず、俺のスペックを書いていこうと思う。
・性別:男
・年齢:30代半ば
・職歴:ほぼ無し
・所持資格:「日商簿記2級」「MOS Word」「MOS Excel」等
こんな風に、俺のスペックはボロボロだ。しいていうなら、顔が若干良いくらいだ。
しかも、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
でも、こんな俺でもなんとか就職することが出来た。
一番この増田を読んでいる人達が気になっているのはここじゃないだろうか?
こんなボロボロのスペックでどうやって大手企業の障害者雇用枠、しかもリモートワークという狭き門での就職を成功させることが出来たのか。
その道のりは簡単ではなかったよ。かなりの苦労がここにはあった。
まず、どうにかして障害年金以外の収入をすぐに確保しなければならなかった。
幸い、ブロガーやライターをやっていた時の収入は殆どを貯蓄に回していたから、なんとか貯蓄を切り崩しながら生活をできていたが、自分の経歴の酷さは分かっていたから、すぐに就職先が決まることは無いと判断した。
そんな俺でも就職するまでの間、障害者だったら収入を得る方法があった。
それが、
という方法だ。
障害者職業能力開発校は、通っている間は失業保険の手当を貰える状態にある人は、失業保険の手当の受給期間を通っている間は延長してもらうことが出来る。
でも俺は、失業保険なんていうものに加入はしていなかった。当然だ。俺はブロガーでライター、個人事業主だったからな。
答えは「NO」。
障害者職業能力開発校に通っている間、失業保険の手当を受給出来ていなくても、障害者なら「職業訓練手当」という給付金を貰いながら通うことが出来る。
貰える金額は障害の等級によって違うが、1級身体障害者の場合は月に約12万円ほどは貰うことが出来た。
都心に住んでいる人からしたら、こんな金額じゃ生活出来ない! と感じる人もいるかもしれない。
幸い、俺は九州の田舎に住んでいるから、月に20万円もあれば十分に生活は出来る。
そうやって、収入の基盤をなんとか確保した。
ちなみに、俺が通っていた障害者職業能力開発校は、訓練期間が1年~2年。
通常は1年だが、「プログラム設計科」という、プログラミングを学ぶ訓練だけは2年コースになっている。
そこでプログラミングを学びながらプログラマーを目指していた。
でも、俺は「基本情報技術者試験」の午後問題の「アルゴリズム」と「プログラミング」の問題を殆ど説くことが出来なかったんだ。
「ああ、俺、多分プログラマーには向いてないわ。」
そして、就活をし始めた年齢が30代だったということもあって、30代で未経験プログラマー、しかも1級身体障害者で残業の出来ない状態では無理ゲーだろうなー、と思って、次第に「パソコンに強い事務員」として次第に就活をし始めた。
この部分がいつも就活において引っ掛かって、いつもいつも不採用だった。
それ以外もだいぶ酷い経歴だが、この部分が一番引っ掛かっていたと思う。
あとはやはり、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
を抱えているという部分だ。
でもこの部分は通院しなければならない為、しっかりと企業側に伝えておかなければ就職した際に通院出来ない、という状態になる。
でもある日、学校からの紹介でとある大企業の特例子会社への就職の話が入ってきた。
職歴ほぼ無しの俺にはかなり良い条件だった。
でも、問題点が。
俺の住んでいる地域からかなり遠い企業で、引っ越しをしなければならなかった。
俺が健康体なら別に引っ越しをするくらいはかまわなかった。だが、俺のような1級身体障害者で病院をいくつも通っている人間は、遠い地域へ引っ越しをする場合、病院を全て1から探し直さないといけない。
特に、人工透析を行っている病院の変更はとても手続きが大変だ。
病院との相性もある。
週に3日、1日5時間も延命治療を受けなければならない病院だ。ここの部分で相性が悪ければ恐らくストレスで精神がやられてしまう。
実際、俺が今通っている人工透析の病院を見つけるまで相性の悪い病院に通っていて精神がやられた過去があるから、その部分だけは本当に注意していた。
そういった事情もあって、最初は就職に前向きに検討していたが、だんだんとそういったことを考え始めて、そこの会社への就職は断った。
その頃、今世界中で流行している感染症が流行り始めていた。それも俺が就職を断った理由の一つだ。
俺が引っ越しをしなければならなかった就職先の地域は、かなり感染者が増加していた。
それに、会社がかなりバスなどを乗り継がないといけない場所にあって、人工透析を行う病院まで距離が遠かった。
恐らく、毎日が病院と会社の往復という日々。1日が仕事と通院で終わるような毎日になっていたに違いない。
そうだと俺は察知して、自分を守る為にそこの会社へ就職しなかったというのもある。
こういうことを書くと、甘えだとかなんだと言う奴らが出てくるかもしれないが、俺の身体や精神は君たちが思っている以上に脆く、弱く、儚い。
これを「甘え」だというのであれば、もういい。好きに言ってくれ。
だんだん、俺の住んでいる地域でも感染症の感染者数が増加していっていた。
でも、俺の通っていた学校は建物が古く、建物自体がいわゆる3密状態になっていた。これだけは避けることが出来なかった。
それと、どうしても知的な部分に障害がある人達もいるから、感染症対策をちゃんとしない生徒もいた。
しかも、他の患者さんと一緒に治療を受けているから、下手したら自分が感染すると病院全体が一時閉鎖しなければならない、という状態だ。
家には高齢の親もいる。
だから俺は、絶対に感染する訳にはいかないと思い、少しでも感染リスクのあることをだんだんと辞めていった。
俺はそうやって学校を辞めた。
ここの部分も、Twitterなどで発信していたら、
「お前と同じ障害を抱えているけど、俺は感染リスクのある仕事をしているんだ!! 甘えるな!!」
みたいに言ってきた奴がいた。
お前はお前、俺は俺だぜ?
お前はリスク管理が出来ていない。
俺はリスクのあることは全て排除して、徹底的にリスク管理を行った。ただそれだけの話だ。
お前は勝手に感染リスクのある仕事をしてくれ。俺は感染リスクのあることが徹底的にしない。だって命が惜しいからな。
人の命だってかかっているんだ。
俺は自分が感染するリスクも取りたくないし、他の患者さんや親を感染にまきこみたくなかった。
俺は障害年金は貰っていたけれど、それ以外の収入が学校を辞めたことで本当に無くなってしまった。
障害年金は月に約7万円ほどだ。でも、俺は実家暮らしだが実家もそこまで裕福ではないから障害年金の殆どを家に入れていた。
正直、感染症が収まるまで通勤での勤務もするつもりが無かったから、そこで一旦、就職活動したいを辞めていた。
すると、以前ライターをさせて貰っていたクライアントさんの一人が俺に仕事を振ってくれるようになった。
以前のようにライターの仕事では無いが、生活出来るくらいの金額になるように仕事を振ってくれていた。
ちなみに、その人は俺がライター自体を辞めて障害者職業能力開発校に入るとき、
といった意味を込めてなのか、カニを大量に送ってくれた為、俺の家族の間では、
「カニの人」
として周知されている。
その人がまた、ライターの仕事ではないが仕事を振ってくれるようになった。
その収入だけでも正直、個人事業主として生活は出来ていた。だが、その人は法人の社長ではない。あくまで個人事業主だ。
クライアントが個人事業主だと、どうしても将来的な収入が不安になる。
でも、俺は感染症のリスクを負ってまで就職する気は更々無い。でもやっぱり将来的な収入が不安だ……。
そんな葛藤をずっと抱いていた。
ある日、Twitterをいつものようにやっていると、とある就職エージェントの広告が目に入ってきた。
取り敢えず、登録だけしておいても損はしないな。まあ、今すぐに就職をする気は無いが、感染症が収まったらやっぱり企業勤めをしたいから、恐らく就活を再開するからな。
そんなことを考えて、本当に取り敢えずで登録だけしてみた。
俺は、
「すぐに就職をする気は無い。でも、リモートワークなら就職したいかも。」
みたいなことを、エージェントの就職担当者に話したような気がする。
へ流れで登録することになった。
なんか、いちいちあっちのサイトこっちのサイトって登録するの面倒だな……なんてことも思ったりしたし、リモートワークでの就職は倍率がめちゃくちゃ高くてなかなか決まらないということを、俺は実体験から分かっていた。
今まで、リモートワークでの就職を何度も試みて、全部の企業から落とされているからだ。
でも、やっぱり登録をするだけしておこうと思って、その会社へ登録だけ済ませた。
リモートワークで仕事をすることが出来たら、感染症リスクもだいぶ抑えられるからな。
個人事業主としての収入もあったが、安定はしていないと判断して、俺は安定収入を取ることにした。
ちなみに、就職エージェントの就職担当の方が、俺の履歴書の書き方が下手だからと、履歴書を添削してくれた。
そしてアドバイスもしてくれて今まで出していたものとは見違えるような履歴書になった。
俺みたいに酷い経歴でも、書き方次第である程度は改善できるのだな、と思った。
ちなみにアドバイスの中でも、抱えている障害や病気のことはしっかりと書くように言われた。
書くと就職には不利に働くかもしれないが、そこをちゃんと理解してくれる企業じゃないと長く働けないから、ということだった。
話を戻すけど、その就職エージェントが紹介してくれるのは、大手企業ばかりだった。
でも、来る日も来る日も全ての企業へ応募しても、書類選考の時点で落とされていた。
心が折れそうだった。
だけど俺は諦めなかった。
俺は正直、名前すら聞いたことが無かった。というのも、俺は主にIT企業へ事務員として就職を試みていたが、ITとは程遠い企業だったからだ。
俺はどうにかして就職をしようと、面接マニュアルを読み込み、YouTube撮影用のカメラの前で面接の練習をしてそれを録画。
動画にして自分の面接での喋り方、話す内容等を面接の日まで毎日見直していた。
そういった努力も実ったからなのか、俺はその1社へ就職内定が決まったんだ。
パソコンに強い人材があまりいなさそうな業界、という部分も良かったのかもしれない。
晴れて俺は、大手企業で障害者枠でリモートワークで就職が決まった。
後編へ続く。
大学受験お金掛かりすぎじゃない?国公立の前期で合格を決めたとしても滑り止め私大の入学金約30万は絶対に払わなきゃいけないわけだし(人によるとは思うけど)最短ルートの推薦なんて限られた枠なわけだしほぼほぼ無理ゲーでしょ。自分自身が欲を出して親に我儘を言ってしまった身なので申し訳ない気持ちが余計ある。公立高校に入学して親を安心出来たかな?と幼心には思ってたけど私立高校→私立大学ルートより公立高校→国公立挫折→私大ルートの方がなんだかんだお金かかってる気がするし。自分が親になってこれだけのお金と労力を子供に注げる自信も無い。
今のとことりあえず滑り止めは確保出来てて1番行きたい私立は追加合格候補でまだ国公立は残ってるから出来るだけのことはします。てか追加合格候補ってなんだよ。中途半端に賢く生まれなければ良かったなぁ。
俺は昔、はてなブログでブログを書いて、昔でいう「プロブロガー」をやっていた。
1級身体障害者の炎上ブロガーって言えば、古参のはてなーなら知っている人もいるかもしれない。
元フジテレビアナウンサー・フリーアナウンサーの「長谷川豊」にブログ記事をパクられた人、っていえば思い出す人もいるかもしれない。
もう過去の記事は全て消したが、「だいちゃん.com」(https://xn--n8jvce0l6c.com/)っていうブログを運営していた。
そんな俺は今、大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている。
知っている人もいるかもしれないが俺はとあるきっかけで、はてなブログを追い出されてWordPressにブログ記事を全部引っ越しさせてブログ運営を続けていた。
だが、はてなブログ時代は主にはてなブックマークからの流入がメインだったから当然、WordPressではブログ運営が上手くいかなかった。
Googleアップデートなんかの煽りも受けて、ブログ運営のみの収入で生活をすることが困難になった。
ブロガー時代の俺に「自分のところでライターをしないか?」というお誘いを受けて、アフィリエイト記事を執筆するライターなんかもやっていた。
ライター収入で一時期は生計を立てていたが、他人のブログの記事を書くということに面白みを見出すことが出来ず、ライターとして生計を立てるということも辞めてしまった。
でも、どうにかして収入を得て生活をしていかなければならないから、俺は頑張って就職活動を始め、今は大手企業の障害者雇用枠でリモートワークで働いている訳だ。
もう、昔のはてなアカウントも消してしまって、はてなには全く顔を出していなかったが、少し懐かしくなって今、増田で記事を書いている。
ちなみに、俺は1級身体障害者ということもあって、今の会社に就職するまでまともな職歴はほぼ無い状態だ。
20歳の時には1級身体障害者になって、そこから半寝たきり状態で20代前半を過ごしたりしてきたし、リーマンショックなんかの煽りも受けて、なかなか就職が決まらず……。
そんな俺でも障害者雇用枠でなんとか大手企業に就職することが出来たから、どうやって就職をしたのかをちょっと書いてみようと思う。
まず、俺のスペックを書いていこうと思う。
・性別:男
・年齢:30代半ば
・職歴:ほぼ無し
・所持資格:「日商簿記2級」「MOS Word」「MOS Excel」等
こんな風に、俺のスペックはボロボロだ。しいていうなら、顔が若干良いくらいだ。
しかも、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
でも、こんな俺でもなんとか就職することが出来た。
一番この増田を読んでいる人達が気になっているのはここじゃないだろうか?
こんなボロボロのスペックでどうやって大手企業の障害者雇用枠、しかもリモートワークという狭き門での就職を成功させることが出来たのか。
その道のりは簡単ではなかったよ。かなりの苦労がここにはあった。
まず、どうにかして障害年金以外の収入をすぐに確保しなければならなかった。
幸い、ブロガーやライターをやっていた時の収入は殆どを貯蓄に回していたから、なんとか貯蓄を切り崩しながら生活をできていたが、自分の経歴の酷さは分かっていたから、すぐに就職先が決まることは無いと判断した。
そんな俺でも就職するまでの間、障害者だったら収入を得る方法があった。
それが、
という方法だ。
障害者職業能力開発校は、通っている間は失業保険の手当を貰える状態にある人は、失業保険の手当の受給期間を通っている間は延長してもらうことが出来る。
でも俺は、失業保険なんていうものに加入はしていなかった。当然だ。俺はブロガーでライター、個人事業主だったからな。
答えは「NO」。
障害者職業能力開発校に通っている間、失業保険の手当を受給出来ていなくても、障害者なら「職業訓練手当」という給付金を貰いながら通うことが出来る。
貰える金額は障害の等級によって違うが、1級身体障害者の場合は月に約12万円ほどは貰うことが出来た。
都心に住んでいる人からしたら、こんな金額じゃ生活出来ない! と感じる人もいるかもしれない。
幸い、俺は九州の田舎に住んでいるから、月に20万円もあれば十分に生活は出来る。
そうやって、収入の基盤をなんとか確保した。
ちなみに、俺が通っていた障害者職業能力開発校は、訓練期間が1年~2年。
通常は1年だが、「プログラム設計科」という、プログラミングを学ぶ訓練だけは2年コースになっている。
そこでプログラミングを学びながらプログラマーを目指していた。
でも、俺は「基本情報技術者試験」の午後問題の「アルゴリズム」と「プログラミング」の問題を殆ど説くことが出来なかったんだ。
「ああ、俺、多分プログラマーには向いてないわ。」
そして、就活をし始めた年齢が30代だったということもあって、30代で未経験プログラマー、しかも1級身体障害者で残業の出来ない状態では無理ゲーだろうなー、と思って、次第に「パソコンに強い事務員」として次第に就活をし始めた。
この部分がいつも就活において引っ掛かって、いつもいつも不採用だった。
それ以外もだいぶ酷い経歴だが、この部分が一番引っ掛かっていたと思う。
あとはやはり、
・不眠症
・呼吸器障害
・乾燥性皮膚炎
を抱えているという部分だ。
でもこの部分は通院しなければならない為、しっかりと企業側に伝えておかなければ就職した際に通院出来ない、という状態になる。
でもある日、学校からの紹介でとある大企業の特例子会社への就職の話が入ってきた。
職歴ほぼ無しの俺にはかなり良い条件だった。
でも、問題点が。
俺の住んでいる地域からかなり遠い企業で、引っ越しをしなければならなかった。
俺が健康体なら別に引っ越しをするくらいはかまわなかった。だが、俺のような1級身体障害者で病院をいくつも通っている人間は、遠い地域へ引っ越しをする場合、病院を全て1から探し直さないといけない。
特に、人工透析を行っている病院の変更はとても手続きが大変だ。
病院との相性もある。
週に3日、1日5時間も延命治療を受けなければならない病院だ。ここの部分で相性が悪ければ恐らくストレスで精神がやられてしまう。
実際、俺が今通っている人工透析の病院を見つけるまで相性の悪い病院に通っていて精神がやられた過去があるから、その部分だけは本当に注意していた。
そういった事情もあって、最初は就職に前向きに検討していたが、だんだんとそういったことを考え始めて、そこの会社への就職は断った。
その頃、今世界中で流行している感染症が流行り始めていた。それも俺が就職を断った理由の一つだ。
俺が引っ越しをしなければならなかった就職先の地域は、かなり感染者が増加していた。
それに、会社がかなりバスなどを乗り継がないといけない場所にあって、人工透析を行う病院まで距離が遠かった。
恐らく、毎日が病院と会社の往復という日々。1日が仕事と通院で終わるような毎日になっていたに違いない。
そうだと俺は察知して、自分を守る為にそこの会社へ就職しなかったというのもある。
こういうことを書くと、甘えだとかなんだと言う奴らが出てくるかもしれないが、俺の身体や精神は君たちが思っている以上に脆く、弱く、儚い。
これを「甘え」だというのであれば、もういい。好きに言ってくれ。
だんだん、俺の住んでいる地域でも感染症の感染者数が増加していっていた。
でも、俺の通っていた学校は建物が古く、建物自体がいわゆる3密状態になっていた。これだけは避けることが出来なかった。
それと、どうしても知的な部分に障害がある人達もいるから、感染症対策をちゃんとしない生徒もいた。
しかも、他の患者さんと一緒に治療を受けているから、下手したら自分が感染すると病院全体が一時閉鎖しなければならない、という状態だ。
家には高齢の親もいる。
だから俺は、絶対に感染する訳にはいかないと思い、少しでも感染リスクのあることをだんだんと辞めていった。
俺はそうやって学校を辞めた。
ここの部分も、Twitterなどで発信していたら、
「お前と同じ障害を抱えているけど、俺は感染リスクのある仕事をしているんだ!! 甘えるな!!」
みたいに言ってきた奴がいた。
お前はお前、俺は俺だぜ?
お前はリスク管理が出来ていない。
俺はリスクのあることは全て排除して、徹底的にリスク管理を行った。ただそれだけの話だ。
お前は勝手に感染リスクのある仕事をしてくれ。俺は感染リスクのあることが徹底的にしない。だって命が惜しいからな。
人の命だってかかっているんだ。
俺は自分が感染するリスクも取りたくないし、他の患者さんや親を感染にまきこみたくなかった。
俺は障害年金は貰っていたけれど、それ以外の収入が学校を辞めたことで本当に無くなってしまった。
障害年金は月に約7万円ほどだ。でも、俺は実家暮らしだが実家もそこまで裕福ではないから障害年金の殆どを家に入れていた。
正直、感染症が収まるまで通勤での勤務もするつもりが無かったから、そこで一旦、就職活動したいを辞めていた。
すると、以前ライターをさせて貰っていたクライアントさんの一人が俺に仕事を振ってくれるようになった。
以前のようにライターの仕事では無いが、生活出来るくらいの金額になるように仕事を振ってくれていた。
ちなみに、その人は俺がライター自体を辞めて障害者職業能力開発校に入るとき、
といった意味を込めてなのか、カニを大量に送ってくれた為、俺の家族の間では、
「カニの人」
として周知されている。
その人がまた、ライターの仕事ではないが仕事を振ってくれるようになった。
その収入だけでも正直、個人事業主として生活は出来ていた。だが、その人は法人の社長ではない。あくまで個人事業主だ。
クライアントが個人事業主だと、どうしても将来的な収入が不安になる。
でも、俺は感染症のリスクを負ってまで就職する気は更々無い。でもやっぱり将来的な収入が不安だ……。
そんな葛藤をずっと抱いていた。
ある日、Twitterをいつものようにやっていると、とある就職エージェントの広告が目に入ってきた。
取り敢えず、登録だけしておいても損はしないな。まあ、今すぐに就職をする気は無いが、感染症が収まったらやっぱり企業勤めをしたいから、恐らく就活を再開するからな。
そんなことを考えて、本当に取り敢えずで登録だけしてみた。
俺は、
「すぐに就職をする気は無い。でも、リモートワークなら就職したいかも。」
みたいなことを、エージェントの就職担当者に話したような気がする。
へ流れで登録することになった。
なんか、いちいちあっちのサイトこっちのサイトって登録するの面倒だな……なんてことも思ったりしたし、リモートワークでの就職は倍率がめちゃくちゃ高くてなかなか決まらないということを、俺は実体験から分かっていた。
今まで、リモートワークでの就職を何度も試みて、全部の企業から落とされているからだ。
でも、やっぱり登録をするだけしておこうと思って、その会社へ登録だけ済ませた。
リモートワークで仕事をすることが出来たら、感染症リスクもだいぶ抑えられるからな。
個人事業主としての収入もあったが、安定はしていないと判断して、俺は安定収入を取ることにした。
ちなみに、就職エージェントの就職担当の方が、俺の履歴書の書き方が下手だからと、履歴書を添削してくれた。
そしてアドバイスもしてくれて今まで出していたものとは見違えるような履歴書になった。
俺みたいに酷い経歴でも、書き方次第である程度は改善できるのだな、と思った。
ちなみにアドバイスの中でも、抱えている障害や病気のことはしっかりと書くように言われた。
書くと就職には不利に働くかもしれないが、そこをちゃんと理解してくれる企業じゃないと長く働けないから、ということだった。
話を戻すけど、その就職エージェントが紹介してくれるのは、大手企業ばかりだった。
でも、来る日も来る日も全ての企業へ応募しても、書類選考の時点で落とされていた。
心が折れそうだった。
だけど俺は諦めなかった。
俺は正直、名前すら聞いたことが無かった。というのも、俺は主にIT企業へ事務員として就職を試みていたが、ITとは程遠い企業だったからだ。
俺はどうにかして就職をしようと、面接マニュアルを読み込み、YouTube撮影用のカメラの前で面接の練習をしてそれを録画。
動画にして自分の面接での喋り方、話す内容等を面接の日まで毎日見直していた。
そういった努力も実ったからなのか、俺はその1社へ就職内定が決まったんだ。
パソコンに強い人材があまりいなさそうな業界、という部分も良かったのかもしれない。
晴れて俺は、大手企業で障害者枠でリモートワークで就職が決まった。
後編へ続く。
はぁ…
もうね、どうしてこんなミスをこんなタイミングでやっちゃたのか、神を呪う、いるなら。
確かに息子は中三だから、ちょうど性的には誰でも似たようなものだろうと思うけど、要するにオナニー猿化する。
普通だ、元気だ、やる事やってんじゃん、みたいなもんさ。
で、例えばね、うちの息子がどうとかじゃないよ、世間で言われるヨージョ趣味になったりする場合もあるわけよ
でも、男ならわかるだろ?、そーゆー時ってあるのよ、大抵の男は。
人に言えない趣味を持つ、とか。
それもま、犯罪化しない、世間様に迷惑かけない、理性的でいられる、という葛藤との特訓でもあるだろうし、しょーがないじゃん。
でもね、見ちゃったんだ、ぐーぜん。
オナニーの瞬間じゃないよ
3ヶ月に一回だけ、1万円以内のAmazonで好きな買い物をするのを息子に許可してるのさ
で、息子も買いたいというからさ
3ヶ月に一回だよ?
それがどうして、バッティングするのさ?
でもま、急いでるからさっさと取りに行こうと。
んで、出掛けるついでに、荷物取り出してそのまま、ゴミ置き場の方へ行って、段ボール箱を開けて、段ボールを置き場に捨てて、中身のモバイルバッテリーだけ取り出して、、、と、ビリビリっと、Amazonの段ボールを開けてしまったんだ。
「あれ?、モバイルバッテリーしか頼んでないのに、他にも荷物入ってるし、モバイルバッテリーの箱もなんか派手…うわっ!?」
あのね、目が悪いのよ、自分は。
そこに入ってたのはモバイルバッテリーではなく、電池で動くオナニー道具と何かだったんだ。よくは見てない。
ど、ど、どうしよ?と、めっちゃ焦った。
ビリビリ破いたので元通りには戻せない。
息子に謝る?
破いたけど、中は見てないって貼り紙でもしとく?
信じるわけねー
息子は休みで部屋にいる
通知で届いたのは知ってるはず
とにかく、証拠隠滅だと、破いたその段ボールのビリビリをもう一度、糊で貼っつけて、もう一度宅配ボックスへ戻したのさ。
あとは知らぬ存ぜぬだ。それしかない。
息子は首をひねっておしまいだろ
にしても、マジで焦ったわ。
何食わぬ顔で、墓場まで持っていこう。
すまん息子、破いたのはワシや
でも何も言わんからな、堪忍して。
個人的になにがどう良いのか書きたいから増田を借りることにした。
みんなの楽しいこととかも聞きたいな。
実家暮らしはなにかと文句言われたのがめんどくさかった。「またそんなもの買って」とかいうけど自分で稼いだ金になぜ文句言われなきゃならん?自分用の棚に全部収まってるが?
一人暮らしだと今度はとっ散らかす。片付けが苦手だから誰もいないと置きっぱ出しっぱにしがち。さすがにゴミは捨てるし足の踏み場くらいはあるけど。けどってだけ。
同棲始めたらお互いの部屋には文句は言わないし、お互い嫌味も言わないし、言いたくもないからどこもかしこもきちんとできてて個人的にはとても良い。
些細なことのようだけどこれが自分には1番大事だと思う。本当に。
折半ってやっぱ強い。家賃は固定だから置いとくとして、それでも2人で十ン万の家住んでて水光熱は「え?こんなもん?」だし、しかもそのこんなもん?って請求書の数字だから自分が持つのはその半分だし、食費もお互い料理できるから自炊多くて思ったほど高くない。
UberEATS使っても罪悪感湧かないくらいには普段の食費そんなでもなかった。おなかいっぱい食べてるけどね。
お互い電気とかこまめに消せるタイプだからなお良かった。つけっぱ開けっぱ出しっぱってストレスになる人はそういう人と暮らしてくの大変だと思う。
趣味人だと「個人の時間」欲しくない?本読んだり、ネトゲしたり、絵描いたり、バイク乗ったり。共通じゃない趣味とか、ぼーっとする時間とか、好きだから週一会いたい!だったのが毎日一緒に居るとちょこちょこちょっかい出せるしまとまった一人の時間があっても寂しくならない。LINEだって会社の帰りにスーパー寄ろうか?くらいの連絡しかしない。
1LDKで足りる人はいいかもしれないけど個人的な時間を大切にしてる人は2DKのがいいよというアドバイスは本当だと痛感してる。うちは二間の真ん中が引き戸だから部屋が独立してるわけじゃないけど壁が作れるし開けれるのは良いなと思う。
日用品食料品の買い物めちゃくちゃ楽しい。夜ご飯どうする?って会話めちゃくちゃ楽しい!!デートってなんとなく楽しくなくちゃ、みたいなのあるけど日用品の買い物で気張ることも機嫌悪くなることも早々ない。気楽。帰りにコメダ寄って帰ろーみたいなのが楽しい。相手にとって、自分が当たり前になってることが嬉しい。
ずらずら書いてしまったが色んなことが全部楽しいので良かった〜〜他人と暮らすとか無理ゲーと思ってたけど杞憂でよかった〜〜〜〜って感じ。
私は都内でWEB制作しているフリーランスなんだけど、コロナの影響で得意先のほとんどが広告予算や外注費を抑えるようになってしまったため仕事が激減。今年度の売上は4分の1まで下がってしまった。。
とりあえず、年金と健康保険は一部免除してもらえたものの、昨年度は売り上げが良かったこともあって税金がバカ高く、100万円の持続型給付金は、健康保険料、事業税、都民税など税金の支払いだけで全て消えてしまった。それでもまだ都民税1期分が残っている状態だ。
この残りを1月末に入ってくる売上金で支払う予定だったのに、急きょ、得意先の都合で入金を3月末にしてほしいと相談されてしまった。。貯金はそろそろ底をつき始めているし、外注先への支払いもあるのでかなり痛い。。
とりあえず税金の支払い猶予を相談するべく区役所へ電話したら、支払い猶予は期日前に申請しないといけないらしく時すでにおすしだが、3月中旬までなら延滞金がかからず待ってもらえるとのことで少しホッとした。だけど、あてにしていた入金は3月末。今ギリギリの状態で急な支出が発生でもしたら、その都民税をちゃんと支払えるのかだんだん心配になってきた。。何より事業をやっていて手元にお金が無いのは相当リスキーで、にっちもさっちも行かなくなる状況だけは避けたい。借金にはなってしまうけど、厚労省から緊急小口貸付金を頼ることにした。
ん?わたし今、税金を支払うために国から借金しようとしてる..?
この状況おかしくない..?
確かに持続型給付金はかなりありがたかったけど、全て税金の支払いで消えていったし、んでもってこの受給した100万は今年度の収入にカウントされるから、またこれから税金取られるんだよね。来年度も復活していなくて売上が下がれば、税金を払うためにさらに借金するかもしれないってことか。。コロナが落ち着く保障はどこにも無いし、得意先の経済状況だって良くなる気がしない。それを考えると無限に借金と税金に追われる気がして、いったいこれから私は何のために働いていけばいいのだろうと急に虚しくなってきた。。
そもそも税金って昨年度の所得をベースにするから、これまでは税金高いなぁと思いながらも普通に売上は保てていたし支払えてたから問題なかったけど、コロナの影響で売上が下がっているつーのに、事業税とか都民税なんて一切減免してくれず支払えってのは無理ゲーでしょ。。
あと、私なんてまだマシな方で、これで廃業や倒産に追い込まれている人もいるんだろうなと思うと、今回ばかりはさすがに、税金取るなら粗利補償ぐらいはするべきだと思った。でなかったら最低限、税金免除。欧米ではずっと補償がもらえている話とか聞くと心底羨ましいし、日本人で損した気分にすらなってくる。
あぁ、、何か働くの馬鹿らしくなってきた。どうせ景気はよくならないだろうし国は金出さないし。もう働きたくない。。はてなでもこういう状況に近い人っているのかな。。