はてなキーワード: ショッピングモールとは
めっちゃ自慢したいけど、親とか友達とかまわりの誰にも言えないからここで自慢するわ。
あ~~子なし専業主婦だけど、ほんっっと毎日最高にラクで平和だわ~~~
旦那は優しくて大雑把だから家事も適当でいいし、毎日洗濯ぐらいしかしてないわ~~
あとは人の金で漫画買ったり、新宿御苑に散歩しに行ったり、デパ地下でケーキ買って食べるくらいしか予定がない~~最高~~~
社会と繋がってないし、勉強もしてないし、運動もしてないし、履歴書のブランク絶賛更新中だけど、もはやどうでもよくなってきた。
転勤族と結婚する前は「成人した人間はサスティナブルな労働をし続けなけばならない」とか思ってて、
氷河期の地獄就活を経て、22歳から29歳まで、ブラック気味な中小企業で一生懸命働いて、
転職して給料あげたり、頑張りすぎて鬱になったりして苦しんでたけど、
いざドロップアウトして専業主婦というニートしてみたら、生きててまじでまじで平和だわ~
なんであんなに「せねばならない…」と必死に前向きに労働にあがき続けていたのか…あの頃の苦しみはなんだったのか・・・?
別にそこまでになんなくても普通に働けてる人もいっぱいいるし(旦那などそういうタイプ)まじで労働向いてなかったんだな。
キャリアウーマンに憧れてたけど、周りを気にするタイプで向いてないし、ぽんこつは悲しいね。
旦那は32歳年収800万円の東大卒、安定な上場企業勤務だし、スポーツマンで顔も好きなタイプ、絶対浮気しそうにないし、
酒もギャンブルもやらないし、金のかかる趣味もないし、仙人のように穏やかで私のこと好き(私も好き)だし、
仕事の都合上、朝食も夕食も外で食べてくるから、週末しか料理しなくていいし、
部屋が汚れてるの気にしないタイプだから、むしろ私がしたいタイミング(3~4日に1回の掃除機)が先に来るし、
親戚づきあいもゼロだし、ご近所づきあいもゼロだし、すべての付き合いがゼロで、まじで、義務が、ほぼない。
お小遣いも毎月旦那と同額(3万円)もらってるし、なんならちょっと超えても甘やかされて許されてるし。
こんなに何もしない主婦なのに、朝も見送りの出迎えも寝ててしない、でもむしろ「ちゃんと睡眠とりなね」と甘やかされている。
仕事に関しても「まじでどっちでもい、欲しいものあるなら自分で稼いだら良いんじゃない?」だし、
遊ぶ金欲しさに仕事探して、でもめんどくさくなって「働きたくね~」とか言ってたら「なにもしなくて良いんだよ」だし、平和~~。
これ以上何もしなくていいって、何を想定しているんだ?
旦那は家事も料理も上手だねえ、とか言っててこれで満足らしいし(まじか、お手軽なやつだな)
わたしの仕事は「栄養をとって睡眠をとって健康に長生きしてね」だけらしいです。え~~~ラク~~~。
大した贅沢はできないけど、ショッピングモールで100時間カレー食べて、たまに服買って、
ジェラピケカフェでクレープにアイストッピングして休憩して、ぶらぶら都心を散歩してみたり、
ネットフリックスして、ニンテンドースイッチで遊んで、寝たいときには寝て、
月に一度くらい夫婦でまわらないお寿司屋さんにデートしに行ったりして、
他の日々はな~んもないけど旦那と仲良く子供のように戯れて過ごしている。
幸せだな~~~~~あ~~~ラクで平和~~~~さいこ~~~今の生活さいこ~~
ハッピーライフなんだけど、末永く幸せに過ごしたい、もう一生働きたくないでござる。
ブコメなどたくさんありがとうございます、しかも優しい人多い…!すごい。
ちなみにぽんこつなのもニートみたいなのも「私」に限ったことなので、「専業主婦」がってことじゃないです!書き方悪かったらごめんなさい。
あと「サイコサスペンスなら夫に肥育されている説」みたいなのセンス良すぎて笑いました。
返信書こうと思ったのですが、こんなんなったよ~と報告したらおれも書こうかな!と夫がノリノリになってきたので追記してもらいました。
名古屋は最初は家賃は3~4割は安いけど、しばらくすると飽きてきて「あー東京戻りたい」という気持ちでいっぱいだった。
それなりに通勤便利な自宅の最寄り駅だけどコンビニとファミレスしかない。
自分は電車通勤だけど、車通勤の人が多くて飲みに行く文化が薄い
(これは勤務先によるだろうが)
でも、2年経って車を持ったら意外といろんなところ行ける
あれ?新たな世界?となってきた。
休日に都会の方に行くことがまた減った。ショッピングモールか大きな公園とかね。
高卒でも製造業に入ればそれなりの給料らしい。35歳で600万とか。
なんだ住みやすいじゃんって。
過密じゃないし地震とか水害も少ない。
先週末は人多かったからそのうち増えてくかもしれないけど。
人気ないけど、これで大阪とか神奈川みたいに人工密度が増えたら良さが半減するから
このままでいてほしい。
東京都知事選の期日前投票行ってきたんだけど、なんで令和2年にもなってこんなローテク投票やってんの?
まず監督員多すぎ。本人確認のダブルチェック要因だろうけどさ、あんなのマイナンバーカードの顔写真と紐付けして、画像認証とかにすれば最低1人いれば回るじゃん。
それから投票所が半端なところにしかないのがヤバイ。基本的に自分の住んでる区の役所か公共施設からしか投票できなくて、新宿駅とか渋谷駅のようなターミナル駅とか大型ショッピングモールのイベントスペースとかでなんでできないの?それこそ献血ブースみたくさ。公共性高い事業なんだから1週間くらい場所の都合くらいつけらんないの?そんでもってせっかくマイナンバーとか住基ネット作ってんだから選挙目的なら他の自治体からもアクセスできるようにして、東京都下ならどこでもOKとか技術的にはできそうじゃん。
現行の情報通信技術駆使すれば50億とも言われる投票コストも下げられるるだろうし、仕事やプライベートで忙しい若年層が出かけたついでに投票できて投票率も上がるんじゃねーの?
そんでもって、全面的にマイナンバーに紐づけた個人認証にすりゃ投票用紙の郵送コストも下げれるし。
こういう施策何もやらずに現状維持の昭和脳全開なお役所のITリテラシーの低さにマジで腹が立つ。ぶっちゃけ誰が知事になっても良いから、ITリテラシー高いやつマジで頼むわ。そんじゃーの!
私はショッピングモールの中に入っている店のひとつに勤めている。
勤めているといっても1日5、6時間程度しか勤務しないパートだけれど。
大型から地域住民しか来ないような小型まで、いくつかショッピングモールに勤めたことがあるが
大体そういうところの従業員は従業員通用口を通ってバックヤードを通り出退勤しなければならない。
自分の勤めている店の目の前に外へ繋がる出入り口があったとしても。今まさに私はそういう状況。
とはいえ店の商品をのんびり見ながら従業員通用口に向かうのも私は中々好きだった。
化粧品を見ながら帰ったり、贈答用のお菓子を見ながらおいしそうなんて思いながら帰ったり。
しかしここ半月は気が重かった。6月初め頃、もっと前だったかもしれない。母の日が終わったあたりから始まった父の日フェアのせいだ。
私の父は「いい父」だと思う。
よく気が利き、男らしく、力持ちで。
九州男児のような所謂「言わぬが花」のような分かりづらいが気付けばじーんとくるような優しさもある。
こう書くと厳格な父親を想像されてしまうかもしれないが、おどけてみせたり、お茶目な一面もある。
マイルド九州男児?「九州男児」と聞いてイメージするいい所と、現代の若い男性に多い柔らかくて優しいところをどちらも持ち合わせている。
そして背も高く脚が長くて目鼻立ちもはっきりしているし顔もカッコいい。身だしなみのセンスもある。
若くして結婚し、母がすぐに出産。その後から今までずっと家族を責任を持って養っている。
とはいえ、浮気をしたり、多額の借金を作ったりと母にとって「いい夫」であったかは分からないが。
しかし、子供の頃それらのことには気付かなかったし(上記のことは母から聞いたので)
私は兄弟が多く、どちらかといえば貧乏な家庭で育ったが、今日食べるものにも苦労したり
仕事の愚痴を父の口からきいたことはないし、立派な父親だと思う。
渡しに行こうと思えば1時間あれば渡しに行ける距離に住んでいる。
気持ちについては「罪悪感」7割「やってやった」3割といったところだろうか。
3割の「やってやった」についてここまでの父のことを褒めちぎった文章だけだと私は超絶親不孝娘だろう。
虐待というのだろうか。被害はもう私が成人してからの話だから。
実は小学生高学年のあたりから高校生くらいまで兄からも性的な虐待を受けていた。
それが原因となって私は中高生の頃から精神が不安定で、人を心から信頼できず
表面上友人と仲良くすることはできても常に周囲に気を張って生活し、学校に行けば毎朝熱が出た状態で授業を受け
とはいえ、中高生の頃の不安定さについて性虐待が原因だと分かったのはほんのここ数年の話だ。
というより、ここ数年まで自分が性虐待されていたという自覚すらなかった。
それまでは私の個人的な性質や、容姿、性格が暗いから、悪いから、協調性がないから、空気が読めないから、最低な人間だから
そういうのが原因で上手に友人が作れなかったり、本来なら喜ばしいはずの友人付き合いがストレスになるような出来損ないなんだと思っていた。
まあもちろん冷静に考えてそういう原因がゼロではないと言えないのですべてを性虐待のせいにするつもりはないが。
少しでもこういった分野に興味のある人は知っていると思うし、興味があれば調べると思うから
所謂「自己肯定力の低さ」と「性被害」や「虐待」の因果関係については長々とした説明は控える。
私がそういった専門のカウンセラーに言われて一番腑に落ちたことを簡単に説明すると
「性格形成の時期に一番信頼できる身近の存在であるはず(あるべき)家族から酷い扱いを受けたのに外で出会った人間を信頼できるはずがない」
ということらしい。まあ確かに。
大人になった今思うと、家族など偶然で協同生活をしている集団でしかないので
家族なんかよりよっぽど信頼できる存在は外の世界にいるはずなのだが
私は強く家族に執着していたからなおの事家族については「一番信頼できる身近な存在であるべき」だったのだ。
というのも、父と私たち兄弟については生まれた時から親の方針で入信していただけだが。
母は父と結婚のタイミングでその宗教の存在を知り、今では父よりも熱心な信仰者だ。地域の幹部らしい。
「家族は何よりの宝だ」といったような、要は家族を大切にしなさいねというメッセージが
繰り返し、繰り返し出てくる。
特に母親は熱心に宗教活動をしていたため、信仰者の会合に連れていかれたり
母も私が冒頭で書いた文章のように過剰なほど父を褒め、「うちはいい家族だよね」と繰り返す。
今思えばこのとき、父の浮気や借金で苦労し、そう自分に言い聞かせたり子供に悟られない様にしてたためかもしれない。
私は、家族を大切にしなければいけない。家族はなにより大切なものだ。悪く思ってはいけない。そう思っていた。
思っていたというか、そう育った。
それなのに自分は人間としての権利を侵されたこと、そのことに対して怒りや憎しみを覚えることへの罪悪感。怒りや憎しみを抑え込むストレス。
そういったものでどんどんおかしくなっていた。高校生の後半の頃には毎日のように吐いていた。
ただ私は、その時原因が分からないもので学校という環境に自分が適応できないんだと思い大学への進学を希望しなかった。
家庭が貧乏だとか、まあそもそも勉強もそんなに好きじゃないとか色々な理由はあったが
一番は、もう「学校」という場で同年代の人間がたくさんいるところに身を置き、やっていく自信がなかった。
大学で勉強しないと叶えられない夢もあったが、私の夢なんてくだらないものと思ったし、その夢を自分が叶えられる自信もない。
私は幸い就職に力を入れている高校に通っていたので難なく就職できた。
めっちゃくちゃ長くなるので割愛するが、やはり前述した人を信頼できないという部分が大きくストレスになったと思う。
人を信頼できないというのは、具体的に言うと私の場合は
「嫌われているんじゃないか」「使えないやつだと思われている」「いない方がいいと思われている」
と思ってしまう。こういう思いを中学生のころから人と関りを持つたびに感じていた。
学生だったころはまだいいが、仕事となるとこうした不安に支配され
頭が混乱し周囲が気になって仕事に集中できなくなり仕事を続けることが難しくなる。
ちなみに、今でもこれはある。
しかし私はこの時社会生活に適応できず精神を病んだと思っているので、もちろん病院で家庭の話などしない。
この頃は実家暮らしで昼夜逆転生活をしたり、早朝の三時から五時くらいまで近所の公園でぼーっとしたり
突然意味の分からない理由で家族にキレたり、両親に過剰に甘えたり、暴食したり、めちゃくちゃストイックに会社員時代に契約したジムに通ったり
この「過剰に甘えたり」の部分。
リビングで寝転がってテレビを見ている父の隣で寝転んで一緒にテレビを見ている内に寝てしまった。
その時に性的被害を受けた。私が途中で起きたこと、そしてそれを父も気づき何なら乗り気と思いエスカレートした。
成人しているわけだし嫌なら嫌だといえばいいと思う人もいるだろうし、若い女が自分から異性にべたべたするから悪いと思う人もいるかもしれない。
私ですら今でもそう思う時はある。(娘にとって父親は異性ではないのは確かだが)
まあ、この時なぜすぐに拒絶できなかったのかということや、その後の感情については自分でも今明確でないので
悪いのは絶対に100パーセント相手だ。これは私の感情ではなくて事実。
この事実と私の感情はちぐはぐで、だからこその7割の「罪悪感」だ。
体調の問題で一日の勤務時間は制限され、パートという雇用形態だが、何とか社会復帰もできた。
治療については心療内科への通院と、性暴力の被害支援センターでのカウンセリングを受けている。
(ちなみに、初めて病院に行ってから性被害を自覚するまで1年半ほどかかった)
穏やかな日常で少しずつ自分のことを大事に思える様になり始めた。
しかし、母は兄や父の性虐待を知らないし「家族がなによりも大切」「うちっていい家族だよね」と
思っているので、頻繁に交流を求めてくる。
母についてだが、上記のような思想持ち主でヒステリックで自分が一番で負けず嫌い
自分の功績というのは「いい母」であり「いい妻」であったことだ。
口が裂けてもあなたの息子と旦那に性被害に遭いましたなどとは言えない。
私は実家に帰ったり両親と食事をしたりするたびにちぐはぐな気持ちを抱えて家に帰ると何もできない時間がおとずれる。
父の稼ぎや教育で私が育ったのは事実で、今でも車を出してもらったり困った時に父を頼ってしまう自分もいる。
しかしこんなにお世話になっているのに、被害の部分だけで恨むのは都合がいいんじゃないかとか。そういうことだ。
車がだだ混みで身動きが取れない感じ。
歩いて行くにはちょっと遠いけど歩けない距離では無いところへ車で行こうものなら、
私はそういう時は結局歩って行った方が車で行くよりも早く着いたりするので、
ほんとこの混み具合何とかならないのかしらね?って思いたいわ。
でも雨が降ると車で出掛けたくなる衝動に超駆られるので、
今日あたりなんか雨降りそうなのよ。
そう、そんでね、
いつもは行かない道を雨の中走っていると、
もうもの凄い雨で夜だし当たりも良く見えないし、
突如煌々と明かりの灯った明るいジャスコが目の前に現れたときは
こんなところにジャスコあったっけ?って私の知らないショッピングモール見つけた!ってなぐあいで
寄りはしなかったけど、
時間があったらお出かけしたくなっちゃう衝動に駆られたらよかったですね。
まだ過去のことでは無いのに過去形にしてしまって言いたいぐらい、
そんな感じよ。
今日は1日ぐずついた空模様ね。
うふふ。
超強力リピート絶賛中の目玉焼き入りベーコンレタストマトサンド!
これは久しぶりのヒットじゃないかしら?
よそのお店の追従を全く寄せ付けないサンドイッチの美味しさよ。
スゴいわー朝からしわわせよ!
いつも手抜きでごめんなさいと言わんばかりに簡単にできてしかも一番味もまともだという
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
ふとmeets系ラノベみたいなタイトル思い付いたので書くことにした。(自称)拗らせフェミ(私)が(年下)女装男子と出会ったら(勝手に救われた話)。
**拗らせた
所謂フェミニズム的な考え自体は中学生くらいの頃から持っていて、伝統的な考えを持つ父が「結婚して子供を産まなければ女は幸せになれない」と言うのに違和感を覚えるなどしていた。
中学生のときに社会学に興味があってフェミニズムについても色々と調べた時期があったけど、このときは男女比1:5~6くらいの部活で朝から晩まで音楽のことを考えていたのであまり自分の問題として捉えられず、「そりゃプリキュアも好きだけど仮面ライダーも観たいわな」くらいの気持ちだった。その後進学して男女比が13:1になっても多少不便はあるものの、学校では特に問題なく過ごしてた。
フェミニズムに向き合うきっかけになった出来事はいくつかあって、
①ある機械部品メーカーにインターンに男の子2人と私で行ったら現場/現場/事務の3コースあり、私は勝手に事務にされていた。男の子2人はそれぞれ好きなコースを選んで良くて、私も現場が良かったけれど言い出せなかった。
②自分が着るスーツにアイロンをかけていたら父に「将来は旦那のをやらなあかんからよう練習しとけよ」と声を掛けられた。
③重機メーカーのインターンに行って、後日その内容をポスターセッションで発表していたら「女の子は重機に興味ないでしょ」と繰り返し言われ話を聞いてもらえなかった
④祖母に「大学入ったらいい企業入るいい旦那さん探さなねぇ」と言われた。ややいい大学だったので喜んでくれているのは分かるが、私は私が勉強するために大学に行くのであって稼ぐ夫を見つけるために大学に入ったんじゃない、と思った。
そんなこんなあってTwitterで #metoo だとか#ツイッターでウィメンズマーチ だとかのタグを見るようになった。最近は見てないので分からないけど、当時の日本の#metooはミソジニーが女叩き、フェミ叩きをしているのが目立っていた。
実際、Twitterでフェミニストを名乗る人の中には過剰な女尊男卑を掲げる人もいるし、そういう人と一括りでフェミニストを丸ごと叩いている人は多くて、そういう人のお気持ちを素直に読んでしまったのが拗らせた原因だと思う。
私は元来所謂「女の子らしい」ものが好きな質で、レースやフリルのついた服、小さくて丸くてピンク色をした雑貨、高くて細いヒール、どれも好き。でも同時に「利便性こそ美しさ」という気持ちも持っていて、動きにくいスカート、使い所のない雑貨、機動の下がるヒール、という気もする。
ここにミソジニーが「女が着飾るのは男によく見られたいから」「男尊女卑やめろと言うくせに男に媚びるな」などと言っているのを見て「本来の好みは利便性のほうなのに男に媚びる気持ちから可愛いものを選んでいたのか…?」と思ってしまった。純粋かよ。
多感な時期だったので整ってもいない顔でオシャレをするのはみっともない、みたいな考えにも侵され、複合的に可愛らしい服装に苦手意識を持つようになり、友人にはよく「喪服」と言われてた。
**出会った
件の男の子とは2019年にあるイベントで会ってTwitterで繋がって、何となく仲良くなって数ヵ月後に2人で出掛けることになった。ここだけ聞くとすごい出会い厨っぽいな。
女装することを知ったのは何時だったか覚えてないけど一緒に出掛けたときにはもう知っていて、自然と服を買いに行くことに。
ちょっと都会のショッピングモールを一周して辿り着いたのがaxes femme。女の私ですら入るのを躊躇うというかここの服を着そうな格好してないよ今日、などとといいつつ(いつもの喪女スタイルだった)こそこそと入店。結局店員さんに捕まってしまいめちゃくちゃ良くして貰って2万ちょっとお買い上げしてるのを横で見ていた。
彼はシスジェンダーでヘテロの男の子でただ「可愛いもの」が好き。好きな服を着ていると楽しいし自分が可愛いと嬉しい。好きな服を選んだら女物だったとも言ってた。骨格やサイズ的に着られない服もあるし、1人では買いにいけないし、家族には隠しているし、それでも自分が楽しいから人にも見せないのにお金と時間をかけて家の中だけで着ている。
私は彼が女装していても男装?していても一緒に隣を歩くし、彼が楽しそうに服を選んでいるのを見るのが好き。
それなのに「可愛い服が男に媚びるためのもの」であるわけがあるだろうか、とふと気がついた。その気付きは劇的で、彼は全く意図していなかっただろうけど、私はすっかり救われてしまった。
女らしい格好をすることに対する強迫観念みたいなものがなくなって、好きな服だけを選んでいたらクローゼットは見事にワンピースだらけになった。
可愛らしいものと共に忌避していた女性性を受け入れられるようになり、生理不順を治療した。
「無意識に男性に媚びているかもしれない」という恐怖感がなくなって、自己主張もしやすくなった。父や祖父母とは衝突もするけど、前よりずっと生きやすい。
あんまり感情が大きいので彼にはあまり言わないけれど、本当に感謝してる。何をした訳でもないと思ってるだろうけど、君が君を貫いていてくれたお陰で、今わたしはわたしを貫いていられる。ありがとう。
39歳男、既婚子供二人、妻は専業主婦、関東郊外在住。自分も妻も関西出身。
小遣い制ではなく、妻が必要な分だけ自分の月々口座に持ってく感じ
家を買ったので金融資産は2300万くらい。現金:投資:定期・学資保険等 = 6:2:2くらいかな
自分の学歴は大したことはない。MARCHレベルの私立大卒理系
新卒SIer年収350万くらいから始まり、数回転職し、600→800→30過ぎで1000→1200→1400と上がってきた感じ
妻自身の服は全然買わない、基本ユニクロ、たまに季節モノを通販で買ってる
基本妻が朝昼晩作って食べる
土日は昼はモスバーガー、マクドナルド、夜はたまにピザとか寿司とか。
5000万程度の3LDKの70平米の普通の新築マンションを購入
2000万頭金で入れて、残りを35年ローンで毎月8万円ほど返済。
超低金利なので急いで返す必要はまったくないんだな、と知った。
コロナ前は、よくショッピングモールにみんなで行ってフードコートで飯食って子供が遊ぶ施設に行って、みたいな感じ
妻は真面目で倹約家なのでほとんど金は使わない、趣味も昔から読書・音楽・料理など金のかからないものが多い。余ったら定期預金って感じ。
とにかくほとんどの行動は子供に合わせているので、派手なことはまったくしてない
車は特に必要性がないので買ってない。あれば合ったで良さそうだけど、子供が車酔いが激しくタクシーすら大嫌いなので、休日に家族でお出かけとかは、どうだろって感じ・・・。最近TESLAに興味が出てきたけどマンションだとパワーチャージャーも置けないし、諦めてる。
まだ小学校低学年と幼稚園なので、大した金はかからない。小学校は近所の公立。
最近習い事を始めて月2・3万くらいだけど、これからどんどん高くなってくるんだろうな〜
金のなかった頃は、あれもこれもほしい、って感じだったけど、今はびっくりするほど物欲がなくなったw
大した学歴もない自分としてはよくやったほうかなと思う。ソフトウェアエンジニアという職業が自分に合ってた、ってのが大きい。
シルク・ド・ソレイユがYouTubeで配信している180°VRの”ImmerCirque” ( https://www.youtube.com/results?search_query=%23ImmerCirque ) は、演劇業界の人々は見るべき価値のあるシリーズで、これをOculus Goで視聴した時は、正直演劇における革新だと思った。画質はまだクリアとは言えないが、それでもあれは十分に、間違いなく「演劇を観てる」体験であった。舞台中継を通じたTVによる視聴で確かに演劇を見ることはできる。しかし、それは行為そのものが「舞台を観る」から「TVを観る」に変異してしまっているため、演劇鑑賞とは極めて縁遠いものだと思う。だがVRによる観劇はそれが少しも変異しないと感じた。つまり、演劇を演劇のままとしてVRゴーグルで観ることができたのだった。演劇とは「その場でドラマを観賞する」体験そのものが売りであり、観客はそこに対価を支払うことから、その体験をそのまま提供できなければ演劇あるいは観劇とは言えない。よって2Dの映像配信は演劇そのものではない。だが、VR演劇は、間違いなく演劇体験だった。
これは演劇の革新だと思う。なぜなら、VR演劇は世界で初めて「流通可能な演劇」を誕生させる可能性があるからである。劇場に閉じ込められていた演劇をVR演劇としてネットで配信し、それによって対価を得られるようになれば、観客数は劇場の客席数×公演回数に限定されなくなり、また公演期間にも限定されることなく、作品が恒久的にお金を稼ぎ続けることができる資産価値を持つようになる。これまでの演劇の最大の弱点は、劇場でしか客に対して作品を提供できず対価を得られなかったことだけでなく、製作した作品が公演期間を終了すると同時にその資産価値が実質的に消滅するところにあった。映像などの媒体に転換することで一部の価値を保全できうるが、舞台作品の実体としては確実に消滅し、そして再現不能である。これが演劇が経済的に不利な立ち位置にある最大の理由である。「後世に残る作品を作りたい」と演出家が言ったところで、それはそもそも残らないしお金も稼いでくれないのが演劇の本質であった。しかしVR演劇なら、空間そのものを記録・再生できる特性から、それが可能になる。
流通可能なVR演劇によって、観客は過去の作品にも自由にアクセスできるにようなり、いわゆる「伝説の公演」、それを観たものだけがその価値を享受し特別な存在でいられるような、極めて優れた作品群も体験できるようになる。そしてここが重要だが、外国語の字幕を付けることで海外の観客を新たに獲得することも可能となるだろう。これまで、舞台における字幕はプロセニアム型の劇場ではプロセニアム・アーチ外縁の上部や左右、または舞台の上部に吊ったスクリーンなどに表示していたが、実に見づらい上に公演回ごとに微妙に変化する台詞回しのスピードに同期しないケースがあり、正直使える印象は皆無であったが、VR演劇なら見やすい位置に配置し、台詞回しと同期でき、そしてあらゆる言語を表示可能になる。またこれによって、耳が不自由な観客にも演劇を届けることができるようにもなるし、さらには演劇初の「吹き替え版」を作ることもできるだろう。
また演劇が持つ基本的な舞台表現の幅も無限に広がるだろう。つまり、VR演劇では舞台は必ずしも劇場である必要はなく、ビルや住宅などの一室や、ショッピングモール、海辺、森の中など、使用可能なあらゆる場所を舞台とすることもできるようになる。過去にあった、アパートの一室で押入れを客席にしたような演劇とか、KAKUTAがやった遊園地を丸ごと使った同時多発演劇、またかつての維新派のようなだだっ広いグランド演劇などが、より低コストで自由に製作でき、あらゆる人々に配信できるようになる。そしてそれらの空間を使用したドラマの演出は、舞台演出家こそができる技術である。VR演劇以降は、舞台演出家はVR演劇演出家として新しい活動の場を獲得できると思う。
最後に、もちろんこれらのことは全て演劇に新たなお金をもたらすだろう。日々の稽古と並行して別の職の仕事をし、その上チケットノルマも課されるような、今で言えば真っ黒もいいところのブラック労働であったものが、VR演劇が恒久的に稼ぐ売上によって浄化され、大きな産業として成長するだろう。演劇は補助金が不可欠とか言う必要もなくなるし、日本の演劇の諸悪の根元であるチケットノルマも葬り去ることができる。また、これまで舞台の規模として商業的には全く成り立たないが、しかしながら極めて価値の高い優れた作品についても、きちんとお金を稼ぎ、演出家や俳優達は新たな作品制作に集中できるようになるだろう。
このVRによる演劇の革新によって、演劇を楽しむ観客人口の桁が2つか3つ増えれば、社会における日本の演劇の重要性も変わるだろうし、いわゆる必要不可欠な文化としての立ち位置を獲得できるのではないかと思う。それを得られないうちは永遠に、義務教育科目に「美術」「音楽」はあっても「演劇」はないだろうし、補助金くれくれ言い続けるしかないだろう。