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2019-09-21

どうしても文章に残したくなった

2014年11月24日

ミュージカルテニスの王子様 2ndシーズンの幕が下りた。

7代目青学が大好きだった。

一人一人が切磋琢磨し、技術を磨き、演じ、歌い、踊っていた。

一人一人が輝いていた青学だった。

演劇なのだから青学が勝つのシナリオ通りだ。

それでも、彼らなら全国大会優勝する。

そう信じてTDC座席に座っていた。

メルパルク座席に。名取文化会館座席に。名古屋陶業市民会館の座席に。キャナルシティ座席に。


まりに好きだったせいで2ndが幕を下ろした後、虚無感により3rdを見る気にならず4年以上の月日が経っていた。

(しばらく辛過ぎて引きこもった。)



ふと全国立海が始まるという告知を目にしたわたしは重い腰を上げて久々にチケットを取ってみたのだ。

以下は7代目の過激派オタクの懐古であり戯言なので適当に流してくれて良い。



7代目とはまた違った青学がとても良かった。

若々しくて初々しくて。

(当時お兄さんだった青学が今はほとんど年下であることに一抹の悲しみも覚えつつ……)

初見だったことで音楽アレンジがあまり耳に馴染まず1幕はすこし入り込み辛い所はあったが。

(何度も見たら刷り込まれるのか?でもすこし編曲のせいで音楽が入ってこなかった印象もある。凱旋だったにも関わらずキャストがあまり歌えてないところもあったので、テニミュ音楽は技巧に走らずキャッチーであってほしい。)

2幕からは(技術面に不安を感じるところはあれど)耳馴染みのあるメロディが多くあの日々を思い出させるとともに、やはりわたしテニミュが好きだという気持ちを思い出させてくれた。

そしてカーテンコールである

てっきり3rdオリジナルカテコ曲が流れると思い込んでいたわたしの耳に、聞き馴染みのある音が聞こえてきたのだ。

(わたしはもはやオタクをおりて久しいため、なんの前評判にも触れていなかったのである。)


「軋むテニスシューズの音を覚えていてね

弾んだテニスボールラリーを覚えておいてね。」


耳馴染みのあるあの歌詞

覚えている。忘れるわけがない。

客電がゆっくりと落ちて、客のざわめきが落ち着く。

「キュッキュッ」というシューズの音。

それに合わせて聞こえるテニスボールを打つ音。

ライトが上がる。

忘れられるものか。



試合が終わった後も人生は続いていくよ。」


わたし人生もまだ続いている。

悲しいことはたくさんあった。

二十数年の人生だけれど、捨てた物もあれば得た物もある。



「できればこのままみんなで励まし合いエール交換しつづけたいね。」



ほんとだね。こちからエールは送れなかったかもしれないけど、あの思い出全てが今でもわたしへのエールになっている。


「頑張れ負けるな必ず勝て。よっしゃそこだ突っ走れ。」


あれからわたしはどこまで走れたかはわからないけどずっとひた走っている。

あのとき輝いていた人たちもひた走っている。



立海公演が4時間もあってヘトヘトになりながら観たけれど、それでも何回でも観たかった。

青学勝利を見届けたかった。

あの日々が思いだされて涙が止まらなかった。

(2ndもやっぱり前後編で分けて欲しかった。などという制作への愚痴は置いておこう。)

3幕構成だった立海公演で初めて耳にしたあの曲を、あのときしか聴けなかったGMKK をここで聴くことができた。

それだけでわたしはあの怒涛の日々を全肯定されたような気がしたのだ。

目立った炎上もせず真摯テニミュと向き合ってくれた7代目を応援した日々は、他の人から見たら阿呆らしく意味のない行為なのだろうが、わたしにとっては人生の核だ。


あの頃からSNSが発達して2.5次元界隈は様変わりしてしまった気がするけれど。

変わらないものもここにあったのだ。


GMKKを受け継いで歌ってくださった10代目青学の皆さん、3rdライバル校の皆さん。

あの日々を思い出させてくれてありがとう

この曲をカテコに持ってきてくださった演出の方々、製作陣の皆様本当にありがとうございます。


上記は何千人もいる客席のうちの一人の戯言に過ぎない。

が、その何千人もいる客席のうちの一人のわたし気持ちをここに記したかった。

同じ気持ちで見ていた人がいたら嬉しい。

まっさら気持ちで見ていた人もいるだろう。

その気持ちは当時のわたしと同じかもしれない。

隣に座った知らないあなたも、これを読んでいる知らないあなたも、テニミュを通して気持ちを同じくしていたりするのだろうか。

こうやって受け継がれているミュージカルテニスの王子様というコンテンツがあることがわたしは嬉しい。



劇場舞台を見るというのはその舞台を通して自分人生を見つめ直す行為でもあるのだ。

テニスサイコーセイヤー!


(あえて当時応援していたキャスト名は明かさなかったがなんとなく察した人がいたらそれも面白いな。)

どうしても文章に残したくなった

2014年11月24日

ミュージカルテニスの王子様 2ndシーズンの幕が下りた。

7代目青学が大好きだった。

一人一人が切磋琢磨し、技術を磨き、演じ、歌い、踊っていた。

一人一人が輝いていた青学だった。

演劇なのだから青学が勝つのシナリオ通りだ。

それでも、彼らなら全国大会優勝する。

そう信じてTDC座席に座っていた。

メルパルク座席に。名取文化会館座席に。名古屋陶業市民会館の座席に。キャナルシティ座席に。


まりに好きだったせいで2ndが幕を下ろした後、虚無感により3rdを見る気にならず4年以上の月日が経っていた。

(しばらく辛過ぎて引きこもった。)



ふと全国立海が始まるという告知を目にしたわたしは重い腰を上げて久々にチケットを取ってみたのだ。

以下は7代目の過激派オタクの懐古であり戯言なので適当に流してくれて良い。



7代目とはまた違った青学がとても良かった。

若々しくて初々しくて。

(当時お兄さんだった青学が今はほとんど年下であることに一抹の悲しみも覚えつつ……)

初見だったことで音楽アレンジがあまり耳に馴染まず1幕はすこし入り込み辛い所はあったが。

(何度も見たら刷り込まれるのか?でもすこし編曲のせいで音楽が入ってこなかった印象もある。凱旋だったにも関わらずキャストがあまり歌えてないところもあったので、テニミュ音楽は技巧に走らずキャッチーであってほしい。)

2幕からは(技術面に不安を感じるところはあれど)耳馴染みのあるメロディが多くあの日々を思い出させるとともに、やはりわたしテニミュが好きだという気持ちを思い出させてくれた。

そしてカーテンコールである

てっきり3rdオリジナルカテコ曲が流れると思い込んでいたわたしの耳に、聞き馴染みのある音が聞こえてきたのだ。

(わたしはもはやオタクをおりて久しいため、なんの前評判にも触れていなかったのである。)


「軋むテニスシューズの音を覚えていてね

弾んだテニスボールラリーを覚えておいてね。」


耳馴染みのあるあの歌詞

覚えている。忘れるわけがない。

客電がゆっくりと落ちて、客のざわめきが落ち着く。

「キュッキュッ」というシューズの音。

それに合わせて聞こえるテニスボールを打つ音。

ライトが上がる。

忘れられるものか。



試合が終わった後も人生は続いていくよ。」


わたし人生もまだ続いている。

悲しいことはたくさんあった。

二十数年の人生だけれど、捨てた物もあれば得た物もある。



「できればこのままみんなで励まし合いエール交換しつづけたいね。」



ほんとだね。こちからエールは送れなかったかもしれないけど、あの思い出全てが今でもわたしへのエールになっている。


「頑張れ負けるな必ず勝て。よっしゃそこだ突っ走れ。」


あれからわたしはどこまで走れたかはわからないけどずっとひた走っている。

あのとき輝いていた人たちもひた走っている。

立海公演が4時間もあってヘトヘトになりながら観たけれど、それでも何回でも観たかった。

青学勝利を見届けたかった。

あの日々が思いだされて涙が止まらなかった。

(2ndもやっぱり前後編で分けて欲しかった。などという制作への愚痴は置いておこう。)

3幕構成だった立海公演で初めて耳にしたあの曲を、あのときしか聴けなかったGMKK をここで聴くことができた。

それだけでわたしはあの怒涛の日々を全肯定されたような気がしたのだ。

目立った炎上もせず真摯テニミュと向き合ってくれた7代目を応援した日々は、他の人から見たら阿呆らしく意味のない行為なのだろうが、わたしにとっては人生の核だ。

あの頃からSNSが発達して2.5次元界隈は様変わりしてしまった気がするけれど。

変わらないものもここにあったのだ。

GMKKを受け継いで歌ってくださった10代目青学の皆さん、3rdライバル校の皆さん。

あの日々を思い出させてくれてありがとう

この曲をカテコに持ってきてくださった演出の方々、製作陣の皆様本当にありがとうございます。

上記は何千人もいる客席のうちの一人の戯言に過ぎない。

が、その何千人もいる客席のうちの一人のわたし気持ちをここに記したかった。

同じ気持ちで見ていた人がいたら嬉しい。

まっさら気持ちで見ていた人もいるだろう。

その気持ちは当時のわたしと同じかもしれない。

隣に座った知らないあなたも、これを読んでいる知らないあなたも、テニミュを通して気持ちを同じくしていたりするのだろうか。

こうやって受け継がれているミュージカルテニスの王子様というコンテンツがあることがわたしは嬉しい。

劇場舞台を見るというのはその舞台を通して自分人生を見つめ直す行為でもあるのだ。

(あえて当時応援していたキャスト名は明かさなかったがなんとなく察した人がいたらそれも面白いな。)

テニスサイコーセイヤー!

2018-08-23

シネコン沿革

1993年外資系ワーナー・マイカル・シネマズ日本第一号・海老名店がオープンアメリカ式シネコン嚆矢

1995年外資系AMCシアターズの日本第一号・AMCキャナルシティ13がオープン

1996年外資系ユナイテッド・シネマ日本第一号・大津店がオープン

1997年国内系の松竹MOVIX第一号・六甲店がオープン

1998年国内系の東急109シネマズ第一号・港北店がオープン

1999年外資系ヴァージンシネマズ第一号・トリアス久山店がオープン

1999年国内系のシネプレックス第一号・平塚店がオープン

2000年大店法廃止。大型ショッピングセンターの駆け込み出店。併設のシネコンも急増。

アメリカ本国ではシネコン競争過熱して2000年前後映画興行チェーンの倒産が続出。

2001年外資系ロウズが日本出店を計画するも、本社倒産して撤回

2001年マイカル経営破綻2003年イオン傘下)。2004年までワーナー・マイカル・シネマズの出店が止まる。

この頃から国内ロードショー館の都市型シネコンへの置き換えが加速。

2003年ヴァージンシネマズ国内系の東宝が買収。TOHOシネマズに変更。

2004年ユナイテッド・シネマ親会社日本撤退株式住友商事に売却(2014年ローソン傘下)。

2005年AMCシアターズが日本撤退国内事業をユナイテッド・シネマに売却。

2006年まちづくり3法改正。大型ショッピングセンターの駆け込み出店。併設のシネコンも急増。

2013年ワーナー資本撤退ワーナー・マイカル・シネマズイオンシネマに変更。

2013年ユナイテッド・シネマシネプレックス吸収合併

90年代外資系シネコンが増加。

90年代から2000年代初頭にかけてシネコン建設ラッシュ

2005年までに外資系撤退国内シネコンが増加。

まりこういうことだろ?

anond:20180822142552

2016-05-07

プレミアムキャバクラシネ

映画を見ながら本格的な食事を楽しめる、

ダイニング・シネマ」という仕組みがある。

海外ではそこそこ有名らしいが、

日本だと福岡キャナルシティの「プレミアムダイニング・シネマ」が有名だろう。

そこでいっそのこと「プレミアムキャバクラシネマ」とか出てきてくれたら面白いのに。

仕組みは超簡単で、映画館のシートに1席おきに女の子が座っていて、

男性はその隣にランダムフリー)もしくは指名で座って、

ただ映画を見る、というだけ。

これで、もうひとりぼっち映画を見に行かなくて済む。

レンタル彼女彼女を借りて映画を見に行く人もいるだろうが、

手っ取り早く「女の子と一緒に映画を見る」ことが出来る仕組みだ。

暗いので軽いおさわり程度はOKだといいな。

あと、映画感想を語り合うために行くアフターは追加料金で。

ちなみに毎週水曜日レディースデイなので、

その日だけ女性ではなく男性が席に座っていて、女性お金を払う、

プレミアムホストシネマ」になる。

2016-03-27

キャナルシティ博多

ガルパン4DXのために片道1時間半かけて数年ぶりにキャナルシティ博多に行ってきた

やー、驚いた、その中国語の多さに

博多にはたまに行くし中国人旅行客増えてんなーとは思ってたけどキャナルシティは桁が違ったな

建物の中のいたるところに中国語張り紙だし

建物の外の周辺のコンビニにまで中国語OKの張り紙あるし

何よりキャナルシティの中歩いてたら聞こえてくるのが日本語3に中国語7みたいな感じだし

昔見た攻殻機動隊劇場版中華風味のある無国籍風的な情緒すらある

爆買いとか他人事みたいにニュースで見てたけど、じっさいすげーや

 
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