はてなキーワード: まだ子とは
なんかがんばって生きてたなーって思ったしとにかく疲れてるなー
楽しかったのかもしれない
その夢に引きずられ高校のときの「〇〇さんに聞いてるんだけど」などを思い出す。学祭終わりに、体育館でチームみんなで打ち上げのようなことをしていて、お菓子いる?と聞かれてわたしが受け答えしたところ言われたこと。もしみかが受け答えしたときには「増田さんは?いる?」と付け足されただろうか。うめなんとかくん、〇〇のこと好ましく思ってただろう(恋愛とかでなくとも)。こういった記憶ばかり残っていて、わたしは不遇だ、選ばれない人間だと思っているが、逆にわたしが選ばれ他のひとが除け者にされたときのことは、わたしは覚えていないんだろう。勝手な人間だ。人間とはかくあるもの?除け者にしたではないかと責められたくないのであれば、除け者にされたことを責めるべきではないよ。でもつらーーい
〇×△□(俳優)、たいへんかわいい。ムリだ。ガチ恋かよというレベルだ。なにかにハマるのはたのしい。
つらい。ひとを心の底から好きになれるときなんて来るのか?と思春期のようなことを思う。ひとをしんらいすることが難しい。下手をうつとそのうち刺されるんだろうと思ってしまう。刺されるならそれはそれでいいのかも。
別れたときのこと。人生が楽しくないというはなし、自分が自分である限りこの人生はたのしめない、だから人生巻き戻りボタンなんて押さない、というようなことを言ったら「中学とか高校のときの俺もそう思ってた」。だからなんだよ。だからなんなんだよ。思春期のクソガキみたいなことを言っているのはわかってるよ。我ながらバカみたいなことに苦しんでると思ってるよ。でも昔の俺もそうだったっていうお得意のフレーズでぶった切られたらどうしたらいいの。そんな人間をこの先の人生のパートナーにするの?無理でしょう。昔の俺もそうだったならこうこうこうしたら楽になったとかこういう考えかたがあるとか、欠片も示せないわけ?真剣に自分を開示したってまだまだ子供だな☆みたいな返答されたらもうなにも言いたくないじゃん。ほかのときだってわたしがそれはこうなんじゃないかな?と言ったら「俺もそう思うんだ」としか言わないの腹立ってたよ。そこからわたしの考えに付け足すなにかが出てくるならいいけど出てこないじゃん。「俺もそう思うんだ」「そっかあ」「…」「…」「…」ってお前ほんとうに思ってた?乗っただけじゃないの??ふざけんなよ。「増田の哲学的な話きくの好きだったんだけどな」じゃねえよ。ひとの知識をただで消費してんじゃねえよ。「妊娠させたら結婚する?」とかもヤバイから。性暴力しますぼくちん~っていう犯罪宣言なのわかってる?狂気的な俺かっこいい☆とか自分に酔ってない?気持ち悪い。最後に「俺…増田にバイバイって言ったことないんだ…」宣言からのわたしが遠ざかってギリギリ聞こえる声量での「――バイバイ…………」ほんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとうに気持ち悪かった。ヤバい。自分に酔いすぎ。自分のこと好きすぎ。オナニーにわたし使うのやめてくんない?ナルシシズムに溺れて二度と浮き上がってくるな。
言葉は力だということは強く思ってるけど言葉は力だと思っているひと同士でないと通じない力なのではとも思う
プラスというか、何て言うんだろう
言葉で傷をつける、言葉で元気づける、というのは割りとわかりやすく広く通じやすい観念の気がするけど、言葉によって目の前が開けるような、価値観が変わるようなことって、言葉には力がある!とかいうやつらにしか通じないのでは?と
わたしも○○ちょう感動した!人生変わる!とか言われてもなーにいってんだこいつってなるジャンルや作品はたくさんあるので、向こうからすればきっとそうなんだな
こういうことを考えていると、自分は大変幼稚で、付き合っている人間に「中学とか高校のときの俺もそう思ってた」とか言われても仕方ないのかなと思ったりもする
まだ傷ついています
つらいわーー
なんか、すごく疲れている。自律神経がうまいこといっていないのかな。
ふつふつと色々なことを思い出しては、怒り傷つき悲しみみたいな、マイナス感情を自分で引き起こしている気がする。思い出さなきゃいいのにね。
△△と会ったときのこと。今月17日。付き合いたいという好きがわからない話をしたかったのにイタイやつみたいに見られた。わたしの言い方が悪かったんだけどもう全然がんばれない。誤解したままどうぞ。そもそもいつもイタイやつとか変なやつという目で見られているし。職場の若い子のノリについていけなくて~とかもう年だから~とかずっと言っているので疲れてしまった。この国に蔓延するすぐババアになりたがる病ってなんなんだろう。疲れる。どれだけババアを名乗ったって平均寿命まで生きるのならあと半世紀生き続ける羽目になるんだよ。すぐには死ねないよ。半世紀もババアやるの疲れないのかな。
疲れた。
わたしの意思とはなんなのだろうか。××氏は、わたしには意思があると知っていただろうか。たわむれの性的接触だとしても、いちゃいちゃみたいな、そういうつもりだとしても、拒否が拒否として受け取ってもらえないこと、そこに不満を持つのはおかしいのだろうか。ヒステリックに叫んでようやくやめてもらえること、それはおかしくないのだろうか。人形のようにおいておきたい、胸だけほしい飾っておきたい、そんな言葉誰が喜ぶの。わたしは人間ではないのだろうか。そういわれるのいやだわたしだって生きてるんだよ意思があるんだよと言ったらそんなつもりじゃないってぐずる。きもい。しにたい。ころしたい。はやくしんでほしい。みんなしんでほしい。もういやだ。なんでつらいものから距離をおくことを許してもらえないんだ。余裕があればがんばれても余裕がなかったらむりだ。しにたい。
3人目の子育ては考えられないらしい。
私は仕事時間以外はほぼ育児に捧げていて、仕事もフルリモートかつ業務時間は2人の子供が保育園に行っている間だけなので、妻がワンオペになることはほぼない。
たまにある仕事上の会食も21時以降にしていて、こどもを寝かしつけるだけの状態にしてから出かける。
主に妻が担当している家事は毎日の夕食と休日の昼食の準備で、これはだいぶ負担をかけていることは認識しているので、月に4、5回は私がやることもある。
妻は体力がない方なので私もできる限り一緒に育児をやっているつもり。
私の仕事は時間をかけただけ稼げる分野なので、もっと稼ぎたい私としては育児よりも仕事をしたいわけだが、妻は妻で定期的に限界が来てブチ切れるのが月に数回程度はあるのでこのくらいに落ち着いている。
それでも世帯年収は多くの会社員の夫婦よりはかなり高くなっていて、経済的にも3人育てるのは特に問題がない。
ということで、そろそろ3人目が欲しいんだが、妻は子育てに自信がなさすぎて3人目は嫌らしい。
私は4人兄弟の家庭で育ったので多ければ多いほど楽しいと思っているので、まだまだ子供が欲しい。
私は30手前の男で、弟がいる長男です。結婚の報告とともに、妻の姓にすることを伝えたら、散々な話し合いの末、父にはお前は親の気持ちもわからない幼稚な人間だ、”変”な人間だと散々罵られ、母には自分の息子でなくなる気がして悲しいと泣かれました。
皆さんならどうするか、ご意見を聞かせてください。
〈私の考えてきたこと〉
結婚した妻が夫の姓を名乗るのには「嫁入り」といった考え方が根底にあり、実際に妻が過ごした旧家を出て、夫の家に嫁ぐという、女性が実態として夫家に従属することを姓を持って表してきました
これから夫婦になる私たちは、お互いに実家を離れて東京で過ごし、それぞれ仕事をしています。結婚しても仕事上の名前は変えず働くつもりです。嫁入りも婿入りもしない、という考え方です。今はまだ実現していませんが、選択的夫婦別姓が認められていれば検討したかもしれません。
ただし、これから生まれるかもしれない子供のことも考えると、結婚してどちらかを代表者とした戸籍を作り、どちらかが戸籍上の名前を旧姓とする必要があります。
それは、旧家を去るということでもなく、相手の家に属するということでもありません。ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけです。
どちらにするかを決めるにあたっては、様々な要素によって、ベターな選択をすべきと考えます。例えば一方が国家資格などを持っていれば、変更の手間が増えますし、親から土地や会社を継ぐ場合、同じ苗字であるメリットはありそうです。
ですが、私たちにはその要素がほとんどありませんでした。お互いに、本当にどっちでも良いねとなりました。
しかしここで、「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。※追記①
また逆に、あえて多数派に反抗して妻の姓を名乗ろう!というようなアンチテーゼを主張したいわけでもありません。ただ、どっちでも良かったんです。
結果、私たちはじゃんけんで勝った方の姓にしようとなり、妻の姓にすることになりました。じゃんけんというと軽慮浅謀に聞こえるかもしれませんが、私たちの中では、ただどちらかがどちらかの姓に合わせる必要がある、ただそれだけだったんです。くじ引きでも、あみだくじでも、なんでもよかったと考えています。
〈妻側の意見〉
彼女は、結婚しても今の姓を名乗り続けたいものの、通例的に夫姓にすることにもさほど抵抗はなく、どちらでも良いと言ってくれています。
彼女のご両親も、当然娘は夫姓になるものと考えていたが、妻姓のままでいてくれるならそれはそれで問題ない。私のご両親がいいならいいとのことでした。
〈私の家族の反応〉
上記の説明を両親にした上で、納得してもらおうと何時間も話し合いましたが、冒頭の結果となりました。
人格を否定するようなことも言われました。親の意見を聞けないのは人としておかしい、妻の姓にするなんて変な人間だ、お前は洗脳されてる、と。
※追記③
そんな罵詈雑言を除いて父の主張をまとめると
①客観的には、今の名前(夫姓)のままでいるべき理由はない。が、心情的に受け入れられない。
②希望としては、夫姓を継いで、これからも名前(夫姓)を子孫代々発展させて欲しい。生まれてくる孫は自分と同じ夫姓であって欲しい。
③妻姓になるということは、ウチを出るという考え方しかできない。
④ これまで一家を背負ってもらいたい気持ちで育ててきたのに、裏切られた気持ちになった。
といったものです。
①について、私が姓を変えるべきでない客観的理由が出てくれば、考え直す必要があると伝えましたが、父もまた実家を出ていて、継ぐべき土地や家業はないため、それは特にないということで合意しました。ただただ、受け入れられないそうです。
②について、私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。※追記②
③④については、家族の繋がりはどちらの姓になろうと変わらないよ。と何度も伝えましたが、理解を示しませんでした。例として挙げた話をすると、私の母は戸籍上父の姓になりましたが、我が家は毎月のように妻姓の集まりに出席していて、姓が変わることで家族の繋がりが失われるわけではないことは身を持ってわかっているはずです。ただそれが男に逆転すると理解できないそうです。
ちなみに他の家族ですが、弟は私と同じ考えを持っていて、姓がどっちだろうが何にも変わらないよね?というスタンスでした。
母は話を納得してくれた上で、夫の姓にこだわらない夫婦がいるのはわかるけど、心の準備ができていないので、貴方には夫姓でいて欲しいとしか思えないという主張でした。3回勝負ってことでもう一回じゃんけんしたら?って言われました。ナイスアイデアですね。
父の話は感情論ばかりで、言っていることはわかるけど俺の想いとは反する、というばかりでした。当然父の想いは尊重したいですが、それが男尊女卑的な思想、実態に合わないイエ制度的な考え方を前提にしている以上、それを次世代に持ち込ませないのが私のやるべきことだとすら思えました。
双方折れずで議論は平行線のまま終わりました。仕事のため東京へ戻る新幹線の車中で、これを書いています。
〈今私が考えていること〉
普通に考えれば、彼女のご両親のご意向に沿っても、私の親が反対している以上、じゃんけんで仮に決めた妻姓ではなく、夫姓とするのが「人間らしい」選択なのかもしれません
ただそれは、全く私の話を聞き入れず、ただ自分の想いを押し付けた親を認めるということになり、その点に関して納得いかない自分がいます。
夫姓にすることは、彼女に改姓させるのが申し訳ない程度の問題で、私の親も希望通りの大団円のように見えますが、姓への考え方は私たち夫婦+弟と両親で全く異なったままだと思います。
これから結婚するかもしれない弟や、できるかもしれない私たちの子が同じことを相談した時、また同じように踏みにじられるんじゃないかと思えてきます。
親の願望として、差別的・前時代的思想だと思いながら素直に聞き入れてあげるか、時間をかけて説明し切ることを考えるべきか、悩んでいます。
もしかしたら、時間が経って親が自分たちで色々と考える中で、私の考えを理解してくれる可能性もあるんじゃないかと期待する自分もいます。
皆さんなら、どうしますか?
私の考えは偏った、ヤバい、変な考えなんでしょうか?
親を悲しませないために差別的思考を受け入れることはやむを得ないと感じますか?
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆様には格別の感謝を贈りたいと思います。ありがとうございました。
追記①
「世の中の大半は夫の姓にしているから、私たちもそうしよう」とするのは、女が姓を変えるもの!という男尊女卑的な価値観の継承であり、あってはならないことです。
↑
この書き方は雑でした。女性の友人、知人の中には、結婚で姓の変更を強いられることに苦痛を感じると話している方も多く、男の私が女性に姓を変えさせることを当たり前に思ってはいけないと学生の頃から考えていました。思想が間違っているから、あってはならないと言っているのではなく、特定の性別に生まれたことが原因で苦しむ人が少しでも減るべきと考えているところがこの発言の意図です。
追記②
私たちが子供を作ることを前提にしている時点でがっつりセクハラです。閉口しました。
↑
あまり本題とは関係ないので、あまり言及しない方がいいかもしれませんが、補足です。
私たちはまだ子供の予定はないと話していて、その上で父が(授かれるかもわからない)孫の姓が自分と同じ姓じゃないのはショックだと話していたのを見て、孫の顔が早く見たいと妻に迫る毒親と同じ不快感を感じました。セクハラというより、マゴハラ?産めハラ?
ちなみに父は、孫が妻姓だった時に夫姓の時と同じように接せるかわからない。内孫と外孫は違う。と話していました。自分がここで親を立てて夫姓に従った場合、将来授かれるかもしれない子にも影響が及ぶんじゃないかと怖くなりました。勝手な被害妄想かもしれませんが。
追記③
説明が足りていませんでしたが、父は私がジェンダー論や男女平等的思想の洗脳を受けていると思ったそうです。私の主張は、人から見聞きしたことのほかに、大学で学んだジェンダー論にも基づいていることを話しました。大学進学を後押ししてくれたのは父なので、父としてもそういう視点がある方が受け入れやすいかなと思っての行動でしたが、無駄でした。
子供が小学校へ入学し、最初の夏休みに入り「夏休みどっか行きたいところある?」「ディズニーランド」となり、日曜日出発の2泊3日、地方在住の俺・妻・子供2人(姉小1、弟5歳)ファミリーでディズニーランドに行ってきた。特に目新しい情報はないし、内容も日記としてありふれたものになるが、備忘録も兼ね残しておこうと思う。
●1日目(自宅~ホテル)
地方在住なので、移動は新幹線に乗る必要がある(他の移動手段もあったが、新幹線利用は妻と子供の希望)。
未就学児は膝上であれば料金はかからないが、暑いだの狭いだの騒ぐことは予め分かっていたので、お金はかかってしまうが、素直に4人分の指定席を取った。
3座席を取って子供を間に2人座らせるというプランもあったが、子供が2人同時に「窓側がいい」とか言い出すと死ぬので、その予防策として2座席2列とした。
2座席であれば大人のスペースは実質1.4~1.6人分ぐらいになり、ゆとりができるのもよい。
東北新幹線で午前中に乗車したので、昼時に上野駅で降り、某ファミリーレストランで早めの昼食。
日曜日ということもあって「普段こんなに並ばないよね?」という店もそれなりに行列が出来ていたりした。家族で(子供は初の)東京ローカルグルメに舌鼓をうつ。
昼食後は駅に戻り、山手線で東京駅まで。上野駅構内ではプラレールの展示などをしており、地方との経済力格差を改めて目の当たりにする。
東京駅に着いたので、移動で疲れた子供のガス抜きもかねて、東京キャラクターストリートで散策する。日曜日に行ったので、まあまあの人だかりであった。
娘と妻のお目当てである「ちいかわらんど TOKYO Station」に至っては入場制限すら発生している始末で「ただ商品を見たいだけ」すら敵わず、あきらめる。
このあたりから、子供が疲労を訴えはじめる。初の東京駅で人だかりに酔ってきたのだろう。適宜おんぶなどでやりすごす。
改札口から京葉線ホーム間の徒歩移動、これが今回の行程における最難関であるといってよい。
大人でも初めて行くとまあまあ遠いと実感するぐらいの距離で、普通に歩くと疲れるし、それでも普通に歩くしかないというところがつらい。
途中「動く歩道」があるのでまあまあやり過ごせるが、地方在住で車慣れしていると、この5~600mの距離ですら、えらくしんどく感じる。
行きはまだ子供が「動く歩道」にハマっていたので、完全おんぶ移動は免れた。
京葉線で東京駅から新浦安駅まで移動する。最初は舞浜駅で降車しイクスピアリに行き、そこからシャトルバスでホテルへ行くことを予定していたのだが、思いのほか子供の疲れが早く来てしまったので、いったん新浦安駅至近のイオンスタイルで休憩がてら時間をつぶすことにしたためだ。
イオンスタイルは日曜日にしてはあまり客がおらず「都会のイオン」にそれほど慣れていない地方在住ファミリーにとっては十分楽しめる空間であった。
シャトルバスではなく路線バスなので、乗車している客はほぼ「近辺に住んでいる人」で構成されており、各バス停でまんべんなく降りていくような具合だった。
明海付近の団地群はいつ見ても壮観で、子供も大いに興味を示していた。
個人的には今川団地を見ると「ああディズニーランドに来たな~」という実感が湧くのだが、共感してくれる人があまりいない。
ホテルは目立って可もなく不可もなくだが、コインランドリーが少ないのと、近辺にも単独のコインランドリーが存在しなかったため、洗濯にそれなりに苦労した。
大人だけであれば洗濯なぞせす、着替えも好きにすればよいが、子供が居るとなんだかんだで不意に汚したりすることもあり、いくら着替えを持っていっても足りない。帰宅してから大量の洗濯物と格闘するのもそれはそれでおっくうである。荷物は予め送っておいたので移動する手間がなかったのは幸いだった。
朝食会場オープンと同時に即朝食を済ませる。朝食メニューは和・洋と極めて平均的な感じだが、スタッフが多く、ホスピタリティは高かった。
子供向けのバイキングコーナーもあり、やはり子供用なのと、夏休みということもあってほぼ戦場と化していたが、ああいうのも子供としては嬉しいのだろう。
ちゃっかりパートナーホテルに泊まってしまったので、シャトルバスは「きょうリゾートを去る人」か「これからリゾートへ行く人」でバッサリ二択となる。
日曜日に前泊したのでランドへ行ったのは月曜日だったわけだが、それでもまあまあ「これからリゾートへ行く人」が多かったように思う。
子供が休みなのはともかく大人が平日月曜日とあればそこまで混雑はしないのでは・・・という予想をしていたが、甘かった。
子供が休みであれば大人も休みだろうし、そういうタイミングを狙って来ている人も決して少なくはない。
このへん、地方に居ると「わざわざ感」が高くなってしまい、感覚としてわかりにくいところである。
BGMやゲート前の雰囲気で、一度行ったことのある大人なら否が応でもテンションが上がる瞬間だが、子供はいつもよりも早く起床したせいで「眠い、疲れた」などと言ってくる。
「もうすぐ楽しいのがいっぱいあるよ」など、抽象的な言葉で期待を盛り上げつつ、なんとかゲートを通過。
年齢が年齢ということもあり、ランドでの滞在の半分をほぼファンタジーランドとトゥーンタウンで過ごす。
40周年記念プライオリティパスは「プーさんのハニーハント」に利用したが、朝9時の段階で17時付近の案内になっていた。人気なのは分かってたけど、すごいな。あくまで平日ですよこれ。
ファンタジーランドの「キャッスルカルーセル」や「アリスのティーパーティー」などは、正味ほかの遊園地でも体験できる類のアトラクションではあるが、ランドであえて乗る、というのも年齢が年齢でないとやらないものではあるので、そういう意味での新鮮味はあった。
トゥーンタウンではたまたまタイミング良く、短時間で「ミニーのスタイルスタジオ」と「ミッキーの家とミート・ミッキー」を楽しむことができた。
気持ちミニーの方が混雑していたように思う。ミート・ミッキーはもうみんなだいたい体験したのであまり並ばないのだろうか。
昼食は「クイーン・オブ・ハートのバンケットホール」で頂くことにしたが、ちょうど昼食の時間帯にぶち当たっていたせいで、30分ほど並んだ。
少し早めか遅めにすれば良いのだが、きりの良い時間でなかなかアトラクションを諦めきれないというところに、ランド飯の難しさがある。
子供はお子様セット、大人はスペシャルメニューを堪能し、妻と「やっぱりランド飯はなんだかんだでうまい」と感想を交換し合う。
席は500席と多いのだが、子供連れが一挙に押し寄せてくるのもあってか、ほぼ満席だった。平日月曜日でこれなのだから、休日の混在ぶりは想像に難くない。
なんとなくだが、この店は食事というより、お茶休憩などのニュアンスで利用したほうが間違いないかもしれないと感じた。
・・・とは言いつつ、お子様メニューがあるのでどうやっても混むのは仕方ないのだが。
昼食後はワールドバザール周辺をぷらぷらと移動しつつ、近隣のワゴンでポップコーンを買ったり、アイスを買うなどして、夜のパレードまでやりすごす。
気温は34℃、上半身が汗でビッチャビチャになっていつつ、1時間に1回は自動販売機に足を運ぶような勢いだったが、あの暑さでも徹底して自動販売機(しかもPET飲料で4種類くらいしかない)でなんとかせよという感じになっているので、コンセプトの揺るぎなさは流石だなと思うなどする。まあ売り切れることはないと思われるので、その点は心配なさそう。
ちょっと前は大人用と子供用で高さの違う水飲み場がランド各所にあった気がするが、自分が探した限りでは、ワールドバザール南西のトイレ・ロッカー横にしか見つけられなかった。コロナ禍を経たせいでなくなったのだろうか?
PET飲料は持ち込み可とはいえ、リュックにパンパンに詰めてランド内を歩くのはあまり現実的とは思えないので、もうちょっと簡単に飲み物が入手できるようになってくれると嬉しい。
日中様々な場面で並んだが、行列から聞こえてくる会話のほとんどが外国語だったのは、ある種の驚きがあった。
日本語がほとんど聞こえないなと思ってはいたが、ここまでインバウンドがすごいことになっているとは思わなかった。
特にトラブルはなかったが、外国にもディズニーあるんだから少なくとも本国の人は本国のランドに行っといてくれと思うのは俺だけだろうか。
めちゃくちゃディズニーが好きで、特に日本にしかない何かがあるとかだったらわからなくもないが。キャッスルカルーセルとか別にみんなで並ばなくてもよくない?
ここで唐突だが、筆者個人の「ファミリーから見た、ディズニーで嫌な気持ちになるゲスト・ベスト3」を発表する。
3位は「スーベニアショップの一角を占拠して写真を取り続け、自分たちの世界に入っている謎の男女ペア」
2位は「似たような格好で6~8人1組になってイモムシのように移動・徘徊し、トイレなんかもその単位で入る女子集団」
1位は「周りを全く見ずに列を乱したり乱入したりする男女混合の大学生らしき集団」
お土産は安定のグランドエンポーリアム。正直ディズニー土産といえば、ここかボンボヤージュぐらいしか知らないというのはある。
面積がデカいので俯瞰して見れるのはよいが、時間があれば他のショップも回ってみたいなとは思った。
個人的にはホームストアやマジックショップあたりが好きなのだが、時間的な都合で行けず。
持って帰るとつらい量になってしまったため、日通の配送サービスを使うことにし、ゲート付近でプーさんに遭遇するなど、嬉しいハプニングもあった。
「一日でミッキー、ミニー、プーさんに会えるなんて、かなりイケてるぞ」と言うと、子供は喜んでいた。たぶん。
経験上、エレクトリカル・パレードの手前あたりでウエスタンランドに移動しておくと、パレード見物でわりと良いポジションが取れるということは記憶にあったので、夕飯はハングリーベア・レストランでカレーととんがりコーン(ただのシンプルなとんがりコーンだが、この「ただのシンプル感」が敢えて良い)を食す。
カレーはお子様用もあるし、なによりハングリーベア・レストランは席数が690席とアホみたいに多いので、よっぽどでない限り座れないことはない。
なによりメインメニューがカレーなので、提供スピードもめちゃくちゃ速い。
エレクトリカル・パレード鑑賞を目的としていないのであれば他の選択肢でもよいが、そうでなければ個人的にはハングリーベア・レストランを推す。
食事を済ませたあとは、ウエスタンランドとファンタジーランドの境目あたりに着席する。
早めに行くにこしたことはないが、あのあたりはそこまでがっついて前に陣取らなくても、そこそこ山車の迫力あるムーブが楽しめると思う。
19:00時点で子供はかなり眠そうにしていたが、ピクニックシートで仮眠したのち、エレクトリカル・パレードでは大いにエキサイトしていた。
LEDのお陰で終始めちゃくちゃ明るく、子供は「全部すごい」という大雑把な感想であったが、一度行った大人的には最後の提供車(日本ユニシス、今だとBIPROGYですね)を見送ったあとのサウダージ感が「まさにこれ」という感じで、なんとも言えない懐かしさで満たされた。
パレード後は流石にお土産を買う気力もなかったので、シャトルバスに転がり込み、ホテルで風呂を浴びて速攻で寝る。
パレードが終わった直後あたりの時間を使ってお土産とかうまく買えそうな気もするが、子連れだとなかなかそうもいかなさそう。
前日のパレード見物の疲れもあってか、ダラダラと起床し、ダラダラと朝食を頂く。
もう帰るとなると準備などにもあまり身が入らないが「最後にイクスピアリ行くよ」と子供に伝え、身支度をさせる。
シャトルバスでランド手前まで行ったのち、ぐるっと回ってボン・ボヤージュとイクスピアリへ。
ボン・ボヤージュでは(ランドで買えば日通で送れてよかったのに)下の子がベイマックスのぬいぐるみにドハマリしてしまい、どうせあとは帰るだけだから気合で持って帰るか!となってつい購入してしまったため、帰り足はエコバックから顔だけを出したベイマックスらしき物体がファミリーに加わることとなった。
イクスピアリでも色々と見たかったが、さすがに2日間歩き通したのもあってか「もう歩けない~」となったため、早めに舞浜を後にする。
地元にはない3COINS+plusとかついでに見たかったんだがやむを得ず。
京葉線ホームから新幹線構内まではまた地獄の長距離移動となったが、ベイマックスを使いながらなんとか鼓舞した。
これだけでも買ってよかったと言えるくらいには、頑張って徒歩移動したと思う。作品もまだ見たことないのだが、ありがとうベイマックス。今度観ます。
東京駅ではグランスタで遅い昼飯を調達し、新幹線ホームの休憩所でヌルッと休憩するなどし、無事乗車して帰宅の途につく。
東京駅は座る場所がほとんどなく、特に子供を連れたファミリー層に優しくないことこの上ないのだが、あれはもうちょっとなんとかならないだろうか。
とにかく座る場所がないので、子供は頻繁にしゃがみながら移動していた。おんぶしようにも大人の体力も無いし、だいいち前が見えなくて危ない。
新幹線の改札口横にロッカーがあって、一旦そこに荷物を預けたのち、駅構内を移動できるとか、そういうのができるだけでもだいぶ違うんだが。
帰りの新幹線は爆睡・・・という感じでもなく、遅い昼食を食べたり、買ってきた小さいお土産で遊んだりした。
小さな、ありふれた旅行ではあったが、子供の成長を実感した旅であった。
(追記 2023.8.3)
>上野で降りたんなら、日比谷線に乗って八丁堀で京葉線に乗り換えると、東京駅を回避できたのに
最初それもちょっと考えたんですが、できれば東京キャラクターストリートに行きたいとなったので止むなく・・・でした。
>まだ小さいから連れてってつて言われないけど正直今のディズニーの値段は日帰りでもキツいわ
自分の場合は、コロナ禍で3年くらいどこにも行けてなかったので、3年分積み立てていた旅行貯金を崩したような感じでした。
ただそれでも高いは高いですよね。
道中頻繁に「まあ、ディズニーだし、それなりに、な!」みたいなやりとりを妻としたりして、物価高を痛感した旅でもありました。
>「都会ではこれが楽しいんだ」と教えてやりたい
田舎だとなかなかできない「人がいっぱいいるゆえにどうにもならないことがある(アトラクションで並ぶとか、電車で座れないとか、店が混んでるとか)」を、ギリギリ「楽しい」とのバランスを取りながら体験できるのが、ディズニーランド旅行なのかなと思いました。人馴れしてほしいというのも確かにあります。
ただ、あんまり小さいと覚えてないかもしれないというのも、わかります。姉はたぶん覚えていると思いますが、弟はどうかな・・・。
目的地であるディズニーリゾートから一番近くて一番デカいイオン、という感じで行きました。
ゲーセン(GiGO)とかあるし、急に子供の何かが必要になってもデカいイオンがあれば大丈夫かなと。
最初はイオンモール幕張新都心へ行く計画も立ててたんですが、今考えてみると無謀すぎますね。
>「車でまとめて移動してホテルにぶち込んで後は勝手にやらせる」方式の家族旅行しかしたことがない
個人的には(地方在住ということもあり)車の方が良いんですが、妻と子供が圧倒的に「公共交通機関での移動スキー」なので、そこで折れました。
電車で移動すると旅先で酒が飲めるというのが逆に新鮮で、そこだけちょっと嬉しかったです。
(追記 2023.8.4)
やっぱりそのくらい人気なんですね。ちいかわ人気は地方に居てもそこそこ実感してたんですが、東京キャラクターストリートともなると混雑具合は別格ですね。
東京駅でアクセス至便というのが、一層難易度を高めている気がします。
まだ詳しい状況がわからなくて
母親は普段から虐待をしていたのかもしれないし、普段は良いお母さんだったのに突発的な感情でやってしまったのかもしれないし
子供が障害児で母親が育児で苦労しててノイローゼになっていたのかもしれない
父親は母親や子供のためになにをやっていたのかとか、母親がどういう状況にいたのかまだなにもわからないからなにも言えないけど
8年間子供を育ててもまだ楽になれないのかあということ
下の子が5歳だったらもう色んなことがわかるのでは?子育てが楽になるのでは?と思ってたけど
名古屋の自分の娘を三人殺した高桑姫華容疑者のことも、どういう状況でどういう気持ちで殺したのか裁判がはじまってないからさっぱりわからない
育児ほんとにしんどいから子供を殺したくなる気持ちはわからないでもないから
数年前に旦那が心臓を患ってしまい、完治はしたものの激しい運動は怖いとのことでレスになった。
ここまではまあ仕方ない。
んで、私はまだ子供が産める年なんだけど、去年最近特定の病気になりやすい遺伝子を色濃く継いでる家系であることがわかった。親族で病気が発現した家族が調べたようで、母がその話をしたあとに「あんた子供作るのやめな。欲しいなら貰いっこにしな」と言われた。
自分はその遺伝子ついだ子供を産んだじゃねーかなんで私がとばっちりうけんだよと本当に一瞬ぶん殴ろうかと思った。ごめん蛇足。
でもまあ、悔しいけど子供諦めるしかないか…って話してたの。でもふと思ったの。私中〇しされたことないなと。
一瞬ね、ピル飲んだら中〇しいけるよな?とか思ったけどそもそもレスだし。してた時はちゃんと避妊してたから、このままされたことなく人生終わるの確定したのよ。
いや、別に子供いらんなら経験なくていい話なんだけど、なんかすごい気になって。なんか悔しいというか、変なコンプレックスみたいなものを感じるようになってきてて。
体の問題とわかりつつレスに納得行ってないとかいろいろ要因はあるんだけど、1番はなんで私個人の責任じゃないことで悔しい思いしないといけないのかと思ってしまう。
ピル飲んでTinderとか登録したろうかと思ったけど、万が一があった時に命の責任取れないし。コミュ障だし。
そういうことと天秤に比べると中〇しされたことのないなんて私の人生において大事なことじゃないなって思ったりもするが、すごいモヤモヤする。
でも、旦那に相談するのも変じゃん。子供は諦めるけど中〇しされてみたいとかさ。わけわからんじゃん。
この気持ちをどこに持っていけばいいのかわかんないんだけど、どうすればいいんだ。
私が大人になってから、母はたまに「自分は毒親育ちだった」と言うようになった。
もう何年も前に亡くなったが、私にとっては少し偏屈なおじいちゃんにしか見えなかったけれど、たまに母が語る。
本当はやりたいことがあったのに女は勉強などするなと女子大に進むことしか許してくれなかった。
かなりの偏食家で、みんなで食べる夕飯のはずなのにおばあちゃんに必ず自分専用の別メニューを用意させていた。
そんなことを、ポロポロと話してくれることがあった。
でも決して感情に任せて私にぶつけるのではなく、わりとコミカルに話してくれる。
私にとっての「おじいちゃんの家での思い出」が壊れないように、上手に話してくれる。
私がまだ子供だった頃、母はなかなかヒステリックだったと思う。
私の軽はずみな一言や行動で感情が一気に昂り、大声で怒鳴り、思わぬ行動に出る。
部屋を散らかしっぱなしにしていると図書館で借りてきた本を捨てられそうになったり。
ランドセルに油性のペンでテストで取った取ってしまったひどい点を書かれたり。
学校からの手紙をかなり溜め込んでしまっていたのがバレて、怒鳴りつけられ物を投げられ3日ほど口を聞いてもらえなくなったり。
原因は全て私だが、母の地雷がどこにあるのかあの頃のアホな子供の私には分からなかった。
些細なことで怒る、そして怒ったらどうしたら落ち着くのか分からない、厄介で恐ろしく思えた。
正直、これが原因で私は親くらい年齢の離れている女の人が少し苦手だった。
でも、もちろん年がら年中怒っているわけではない。むしろ怒っていない時のほうが多い。
料理がうまくて、裁縫もできて、絵もうまくて、映画の趣味が良くて、話が面白くて、頭の回転の速い、大好きな母だ。
母は言う。
「私はお父さんと結婚できたから普通になれた。お父さんがすごい」
おだやかで優しくて、家族が大好きで、お酒はあんまり飲まなくて、しっかり者で誠実で、たまに天然でおちゃめ。
働き者で、愚痴はほぼ言わず、休日は一緒に遊んでくれた。最近では早起きしてコーヒーをいれて掃除をしたり洗い物をしていたりするらしい。
不機嫌なところなんてほとんど見たことがない。普通……じゃなくて聖人だ。
私が模試でひどい点を取ったか何かで(そしてたぶんそれを隠そうとしてバレて)母が私の存在をまるっきり無視していた日があった。
家の中がピリついて居心地が最悪な日に帰ってきても、穏やかに静かに、けれどちゃんとリビングに居た。
これってすごいことだったと思う。仕事で疲れて帰ってきたのに家の空気が最悪だったら収まるまでどこかで時間を潰してきたって良かったろうに、あの嫌な空気を一緒に耐えてくれていた。
「母を怒らせたのは私の落ち度だけど、なにもあんなにヒスんなくても良くない?」と父に愚痴ったこともある。
「確かにあれはちょっと異常だと思うよ」と父が言ってくれて、私はそれにすごく救われた。
そうか、あれってやっぱ変だよな。私だけが悪いんじゃないよなってほっとした。
夜中、トイレに起きて自室からそっと廊下とリビングを隔てるドアに耳を当てると、母が泣きながら父に相談しているのが聞こえた。
父は寄り添うように母に何かを答えていて、父は私だけの味方じゃなくて家族の味方なんだなぁと思ったのを覚えている。
大人になるにつれて怒られる回数も減っていき、穏やかな家になった。
私は実家を出て一人暮らしを始めて、そしてたまに実家に帰ると仲のいい両親が迎えてくれる。
子はかすがいなんて、たぶん嘘だ。少なくともうちは当てはまらない。私がいない方が両親はきっとずっと仲が良かったろうにと思う。
私がいなかったら母はあんなに怒鳴って泣いて過ごすことにはならなかったし、父も居心地の悪い家に居る必要もなかったはずだ。
それでも、実家に帰ると二人は私を歓迎してくれる。
母は料理を張り切ってくれて、父は「iPadの設定がわかんないから教えて」と私を頼ってくれる。
良い家族だ、すごい。一人も壊れることなく暖かい家族をちゃんと形成するってすごい。
私には、こんなすごいことできないなと思うようになった。
怒って泣いて「そんなにお母さんのことが嫌い!?」と叫んで、違う、お母さんが私を嫌いなんでしょう!と言い返したくて、胸につっかえた言葉を言わなくて本当に良かった。
母は私を嫌いだったんじゃなくて、どうしたらいいのかわからなかったんだと思う。
私はもう母が私を産んだ年齢を超えてしまっているけれど、独身だ。彼氏が欲しいとも思えなくなった。自分一人で生きるのに精一杯だ。
告白された流れでなんとなく彼氏ができてもしっくりこなくてすぐ別れてしまう。
学生期間が終わって、合コンなどにはいかないもんであまり出会いもなく、思い立ってマッチングアプリを使って婚活してみたことがあったけれど、ヤリモクだとかモラハラだとか奢り奢られやら、育児がうんぬんだとかの情報がtwitterに滝のように溢れていて何を信じていいのかわからなくなってやめてしまった。父のような穏やかな人を探したいと思ってしまって、比べてしまってだめだった。
会社であまり接点のない人から急に距離を縮められて気持ち悪くなって上司に相談をしてなんとか追い払ったこともあった。
あんな聖人はどこにもいないんだ。いいなあ、母は。父と結婚できて。心底羨ましい。
そもそも他人に話を合わせたり予定を合わせたりするのが苦手なのもあったし、もう恋愛がとにかくめんどくさいと思ってしまう。楽しくない。
赤の他人から性的な感情を抱かれるのが気持ち悪い。というか、その前に手を繋ごうと誘われるのが気持ち悪い。手なんか繋いだら歩きにくいだろと思ってしまう。(実際断ったら文句を言われてかなり面倒だった)
彼氏の家に泊まった時にシングルベッドで一緒に寝ようと言われ、ちゃんと寝たいし狭いから嫌だと断ったら「俺のこと本当に好き?」と聞かれて面倒だった。好きなら強要していいのかい、というか一緒に寝られるほどは好きじゃなかったわごめんね、としか思えないまま床で寝た。
もしかして「男」がダメだったのかも、と思って女の子と付き合ってみたこともあったけれど同じだった。
性的な目で見られるのは居心地が悪いし、手を繋ぐのはやっぱり嫌だった。会話をするときのトーンがどんどん下がっていって、喋り方が怖いと言われて喧嘩になったりもした。
そんなことが続き、向いてないなら無理に相手を作るもんでもないなと思ったし、私は人を好きになれないんだなと思い知った。
いい歳をした娘が独身なのって気にならない?と母に聞いてみたら「東京で女の子が一人暮らしをしてること自体は心配だけど、好きに生きて欲しい。我々のことは我々で何とかできるからやりたいことして好きに生きな!」と言ってくれた。孫とか見たい?と父に聞いたら「まずは自分のことをできるようにね」と言ってくれた。
母は自分が受けた不条理の人生を私に負わせまいと、毒親の連鎖を断ち切ってくれたのだと思う。
父は私の未熟さをちゃんとわかってくれているのだと思う。
こんなできた両親がこの世に居るかい。居るんだよ私には。大好きな両親だ。
大好きすぎて、失ったらきっともう立ち直れなくなってしまう。
実家に帰ると幸せで、美味しいご飯を食べてテレビを見ながらたわいのない話をして笑って。
用意してもらったお風呂に入ってると「こんな大好きなのに父も母もいつか死んじゃうんだよな……」と考えてしまって涙が止まらなくなる。
両親が死んじゃったら私も死んじゃいたい。ごめんなさい、30過ぎた大人の癖にこんなことを考えてしまって。
ああ、だから人は結婚をして自分と生きてくれる家族を作るんだなぁと思う。
(追記)
ちょっと感傷的になったタイミングでわーっと書いてしまったので、補足というか気になったコメントに関してちょっと追記を。
書いてしまってから、そっか、こんなふうに書いたら親が叩かれるよな……と納得したし、少しほっとした部分もある。
自分では許せていたつもりでも、心のどこかであの頃の自分のやり場のない感情を成仏させたいと思っていたのだと思う。
母親に直接過去の話をしても何か得られるものがあるわけではないし、直接傷つけたくもなかったから、知らない誰かに母親を批判してもらうことで救われたかったのかも。
とはいえ、私は自分の母親を毒親とは認識できないんだよな…金銭をせびられたわけでもないし、跡が残るような傷をつけられたわけでもないし。
好きなことをして飯を食ってく選択肢を後押ししてくれたり、趣味を理解してくれたり、私にとっての母はやっぱり最高で大好きだと思ってる。あの一時期だけがしんどかっただけで。
親に完璧なんか求めない派です、自分が親になる機会があったって、完璧にやれるわけないだろうし。
今はネットがあるからいろんな知識を得られたり、同じような境遇の人を調べて安心できるだろうけど、今から●年前じゃそうもいかなかったろうし。
……って考えるとほんと親ってすごいよな……ものすごく探り探りで子育てしていくって、灯りのないトンネルをずっと歩いているようなもんじゃんか。大変だったろうな。
自分を愛せない〜に関しては、自分を愛してないってどっかに書いたっけ…?愛してないつもりはないんだけど、そんなふうに読み取れるように書いてたならごめん。
30代既婚子なし女です。
既婚だけど、旦那も自分もわりと仕事が好きで、寝てる時間をのぞけば家にいる時間より職場とか外にいる時間のが全然長い人間。
家を買うのも、子作りに挑戦するのも、まだまだ踏ん切りがついてないというか、家庭を築く、というフェーズに正直まだ至ってないんだと思う。6年も付き合ったし、30代に突入したし、どうせ付き合い続けるなら結婚しとく?ぐらいのテンションでの結婚。
もちろん、それについては後悔してないし、何かをひがむ気持ちもない。そうなったときに、ローン組むのも、腹を痛めて子供を産むのも育てるのも我々だから。我々がそうできない、今じゃない、と思ううちは、誰に何をアドバイスされても、お節介うるせ〜〜としか思わない。じゃあ私の代わりにローンくんで、産んで育ててくれ。
で、タイトルの件。
30代の女ともなれば、学生時代の友達もほとんどが結婚しているのだが、みんな当たり前のように子供を産んで育てている。(以降、子持ち女と呼ぶ)
それは素晴らしいし、今の自分には出来ないことなので、素直にすごいなあとは思うが、子持ち女ってなんで会うたびに、「子供は?」って聞いてくるんだろう。
しかも独身の女友達がその場にいるときは当然言わないんだよ。彼氏は?とか結婚は?とも聞かない。なんでそんな気遣いできるのに、既婚子なしに対してだけ、当たり前のように子供は?って聞いてくるんだ。
相手がいないから結婚してない、相手はいるし自分はのぞんでるけど結婚できない、そもそも自分が結婚をのぞんでないから結婚してない。
何を聞いたって気まずくなるという想定の元、独身女には「結婚は?」ってきかないんだろ?
だったら子供がいない女にもそれぐらいの遠慮と配慮をしてくれ。
こちとら、まじで今1ミリも考えてないキャピ〜☆って答えたいけど、答えたところで「早いほうがいいよ」って退路ふさいでくるんだろ。
もう知ってんだ。何回言われたことか。
わたしの場合、まだ子づくりにすら挑戦してないけど、仮に不妊に悩んでたらどうすんだろ。
宗教と野球の話はすんな?って格言あったと思うけど、子作りもそこに加えてくれ。ほんと無用にいろんな人傷つけてると思う。
加えて言うと、専業主婦じゃなくて共働きの女友達でさえ、会話のほとんどが子供にまつわる会話で、正直「知らね〜〜」以外の返事が出てこない。
ほんと、無事に出産したときが、こっちがその子に向ける感情のピークだわ。無事に産まれてよかったね。でもそれは私がその子の友達だから、妊婦である女の健康と幸せについて喜ばしかっただけであって、無事に産まれた子供にはぶっちゃけなんの感情もない。
すくすく育ってすばらしいよ。でもほんと、正直町中で見かける赤の他人の子どもと変わらないというか。結論言っちゃった。
ここまで子持ちVS子なしの構図で話してしまったが、そもそも子持ちの友達と会う機会なんてぐっと減った。
だいたいは子なし既婚者か独身と集まって飲む。お互いの仕事の愚痴いったり、最近みた映画とかテレビとか、思い出話とか世の中のニュースとか。それはいい、楽しい。
ただ厄介なのは、独身のマッチングアプリの話だ。(一部既婚にもいるが、それはもう論外だから無視)
なんていうか、だから彼氏いないんじゃない?以外の感想が出てこないような話ばっかだ。
一回アポはいって会ったけど、〇〇がムリだった、とかを延々話される。
年収800万円以上で、話がおもしろくて、おしゃれでラインもまめで、顔も良くて、食べ物の趣味があって、筋肉もあって…なんて男、宝くじに当たるより引き当てるの難しくないか。20代の女の子ならともかく、我々いい歳だろ。だいたい私も、私の旦那も、何一つ当てはまってない。
アプリの男の愚痴を聞かされるたびに、ろくな男いないんだねえ、とお決まりの返事でニコニコ酒をあおっている。
世の中のアプリ男ごめんなさい。でも、いいとこもあったんじゃない?とでも言ったら、大変なことになる。〇〇はいいよ、もう結婚してるんだから。とか、〇〇は今の旦那の何がよかったの?(会ったことあるだろ失礼だな)とか云々カンヌン。
だったら既婚の私に話すんじゃね〜!!って感じだけど、私も会ったこともない上司の愚痴聞かせたことあるしさ。ギブアンドテイクだよなあ、ってツイフェミにいつかジョブチェンジしそうな友達たちの話を聞いてる。
あえて独身というか、結婚に興味がない、自分の趣味や仕事に生きてるような女友達に縁がないせいもあるが、子供の話もアプリの話もいい加減にしてほしい。
中学生なんて中身はまだまだ子供だし、仕方ないと思うよ。お母さんの方は、ちゃんとお別れできなかった、してくれなかったなんて思ってないかもしれないよ。
勝手な想像で申し訳ないけれど、お母さんと普通に話したり出かけたりできなくて寂しいとか、周りの子は遊んでるのになんで自分ばっかり家のことやってるんだろとか、いろいろない混ぜになってもいたんじゃないかな。
もう会えない人に対しての後悔を消すのはとても難しいよね。
でも、お母さんが生きていれば、成長してゆくあなたにしてあげたかったことってたくさんあると思うんだよね。特別なことじゃなくても、今日学校であった事を話すとか、一緒に映画を観に行くとか。
長文ごめんね。
ウチの娘は高校生なんだけど、兼ねてからの夢をまだ諦めてない。
大学に行かずに。
Youtuberとして生計を立てるためのスキルを本気で模索してるみたい。
娘の夢に水を差したりしたくない。
女性性を売り物にするな、なんて言えない。
いや、言っていいのか? 何もわからない。
男女不平等な苦しみを味わって欲しくないけど、男と同じようには価値を評価されない環境があって、そこで生きて行く以上は仕方ないんじゃないか、と思う。
でも、誰もが屈服してると男女不平等な理不尽さ・不幸さは固定されたままだし…。
でもでも女性たちの未来よりも、娘本人が望むやり方を優先してほしい。
私が親にそうされた時は本気でイヤだったのに。
本当に「円満家庭」だったんだろうか?と思う
怒りとかを感じない辺り、妻にも大した関心なさげだし
妻も子供もずっと放置で子育ては妻が一人で上手いことやってくれていたのを「円満」だと言ってただけなんじゃないかこれ
つーかそれでも離婚したくなるもんなんだな
5年も気付かないくらい家庭に影響を与える気がない不倫みたいだし、もうほっといてその「円満」な家庭を続けりゃいいのに
誰かも言ってるけど他人がどうでもいい妻の性欲処理とかご機嫌取りやってくれてるの楽でしょ?