はてなキーワード: 頭脳とは
我々はともすると頭脳を怠けさせがちである。こと日本の風土にかけては誠にその風潮が根強いと言える。
日本人はやればできるのにやらない人が多い。日本人は頭をもっと酷使せねばなるまい。
2chのダイエット板のスレをみるとどれもこれも胡散臭い。で肝心の「思考ダイエットスレ」がない。
これを誰もおかしいと言い出さないのが今の日本である。誰もがおかしいおかしいと思いながらも押し隠している。
将棋棋士は対局で3kg痩せる。痩せるんだから頭使えと苫※地()は言うが、確かに棋士は総じて痩せている。
実験してみたらペースは安定しないが平均すると概ね毎時0.4kgのペースまで痩せることができた。ただしトイレと水分補給はOKで、食事はしていない。
対局8時間で3kgは痩せる計算である。棋士は対局中食べるのでさらに脳を酷使していることが数字で確認できた。
そういえば体重減少は汗や尿や大便といった排泄物できまることを再確認されたい。トイレでどれだけ減少するかというと全体の減少の7割を占める。残り3割が汗である。
つまり2時間で0.4*2*0.3=0.24kgもの汗をかくわけw 寝ている間にコップ一杯の汗をかくと言われるがそんなの頭使ってれば2時間だよと言いたい。
君も実験し検証してみるがよろしい。トイレ、食事といったファクターがそれぞれどれだけ体重に影響しているのか。
さらに、その根元をたどると、思考が多いほど体重減少が多いこともみえてくる。またどのタスクがダイエットに効果的かもよくわかる。
例えば数学の問題を解くのはあまり体重が減らない。計算を大量にするのはなかなかカロリーを使う。
人と話すのもかなりカロリーを使う。読書は頭を使おうとするか、頭を使うような内容かでカロリー消費に差がある。
話が2つあって、大学に進学する意欲を持つという話と、意欲を持って物事をなす子供になる。
というのは別な話でいいか?
まず、前者については貧困層からの進学率も他の層と同じぐらいあるから必ずしも貧困層が進学しないわけではない。という事まではわかっているから
啓蒙も含め、それをこれからアメリカは対処していくと思うよとしかいえない。
後者に関しては、先天的な要素に関してはどうにもならぬ。もともと、貧困だからこそ勉強をするという子供もいるし、裕福でも勉強をしない子供はいて。
違うというかなんというか、アメリカの例を出すとまた、アメリカは!と騒ぐ人が出るかもしれないけど。
高度な教育を受けられるだけの頭脳があるのに、それが貧困によって受けられない状況は人権侵害で違憲であるという判例は出てるよ。
つまり、高度な教育というのはお金を稼ぐための手段で、健康で文化的な生活の基盤だから貧困が理由でそれを手に入れられないのは、人権が有るとはいえない。
という解釈になっている。ただこれは、おっしゃるように、教育の無料化ではダメで、大学に上がる気持ちからまずやらないと誰も大学に来ないという所まで来てる。
貧困層は、そもそも大学に上がろうという気持ちがない。なぜなら、周りがみんな大学に行かないから。
それが理由で、高度な頭脳を持っていても大学に上がらないことが今問題になっている。
というわけで、日本でそうなるのは2−30年後なんじゃね?
もっと正確に言うと経済のルールが変わるからそれに合わせないといけなくなったという事なのだ。
昔のルールは;お金を稼ぐのは日本国内で日本語を話していればいいよって言うルール。
これからのルールは:国内のお金はだんだん少なくなるからお金を稼ぐのなら英語を使って海外で稼いでねーっていうルール。
ルールが変わったからゲームのプレーヤー(この場合は国民とか産業とか小さな意味では先生とか学生)はこれに適応しなければ生存できなくなるかもっていうこと。
それを分かっていないと、小手先の議論になってしまって、入学試験制度は大学が自由に作れるはずとか、高校生の基礎学力が落ちているとか、今の大学制度に問題はないのに
なせかえるんだとか、入試制度を変えれば問題が解決する訳ではないとか (おもにここに書いてある事だが(笑)http://blogos.com/article/63882/?axis=&p=1)
今までのルールは
と言う形。日本は確かに輸出で儲けたがそれでも経済は内需型。2010年の対GDP比で輸出依存度は11.4%で先進国ではアメリカに次いで低い。
ちなみに韓国は43%、ドイツは33%、中国でも24%。2010年でもその程度なのでそれ以前はもっと低い。一桁だったときもある。
そのような経済状況で必要な教育は内需経済のために必要な教育でいい。
だから国内の大学同士を競わせ、優劣を付け、教育のレベルをあげるというのでよかった。英語教育もいらない。英語は優劣を付けるための手段であり、
では、これから20年後どうなるのか?
2)内需の縮小
3)経済のグローバル化、知識のグローバル化による日本の産業の競争力の低下
が見込まれる。っていうかもう始まってる。
日本の経済を成長させ続けるためには本格的に外需で食べる事が出来るような体力をつけないと、
そうなると日本は国策として国内の大学同士を競わせて内需向けの労働者を大学で育成しても
貴重な外貨を稼ぐ事が出来ない。
また、人口が少なくなる中、海外からの優秀な頭脳を取り入れなければ競争力を持続できないが、
インターネットをつかったコンピューターネットワークが出来てしまった事によって英語の優位性は
もう既に決まってしまった。今後300年くらいっていうか未来永劫英語は世界の言語になってしまった。
それ以外の言葉はあまりにもお金を稼ぐのに不利になってしまったんだ。
お金を稼ぐルールが変わってしまった以上、プレイヤーはルールに従ってお金を稼ぐしかない。
で、いままでのルールでは日本国内だけで競っていれば良かったものが、国外の経済と競わなければならなくなった。
内需ならばいくらでも保護貿易できたんだけど、外に行くとなると保護できない。それどころか排除される側。
しかも輸出したい国は中国韓国はじめとする新興国から、欧米の先進国まですべての分野で競争相手がいるのだ。
また競争するためには時には相手とくむ事だってある。そのときの相手も日本語話してくれない。
つまり英語使って交渉できなければ売る事も研究も、つまるところ仕事ができないのだよ。
今回の入試改革によって入学試験は学力の面では圧倒的に緩和されるだろう。
そして大学に入るのには、勉強するに足りる基礎学力(特に理数系)、仕事に使う英語、交渉の際に必要な論理性の3つにおいて
ある程度のレベルを達していればよいとなるはずだ。
またそのためには勉強のスコアだけではなくて面接(特に英語、論理性)が試されるようになるに違いない。
入学試験は学力で学生を選抜する試験ではなく、学生の適正、能力、伸びしろをみるための試験となる。
一部の一芸に非常に優れた学生(たとえば数学オリンピックに出るような才能)はその枠で、
それ以外の学生に対しても可能性という枠で席を与えていかねばならないのだ。
勉強のできる学生が選抜されて入ってくる従来の制度では大学は入試が大事であとは学生が勝手に勉強してくれた。
これからは可能性のある学生が入ってくるのであとは「大学が育てる」という形になるはずだ。
故に大学は本当に勉強も教えなければいけなくなるだろう。また勉強だけではなくてコミュニケーションと論理性を育てる場所である必要がある。
これまで大学は国内の学生の選抜システムという形で機能していたが、これからは本当の意味での「学びの場」にならねばならぬのだ。
ルールが変わったのだから今までの国内のランキングなど関係なく東大を抜かす事だって出来るのだ。
この変革によって大学のレベルはより平準化され、専門化される。そしてその事が日本の大学のへきんレベルを底上げするだろうし、一部の学校は
形容と結果に持論が挟まっているもしくは形容から連続して持論しかない文体に、一体なにの本を読み重ねたら至るのでしょうか。
本を読んだら他人の語彙が増えて自分の口から出せるタイミングが増えるということになにか意味があるのでしょうか。
本を読まない人
持論
ツマラナイ
判断
多いです
形容 持論 判断 持論
本を読まない人って、ツマラナイ人間が多いです。正直見下しています。
持論を展開するために情報を収集するのに本に限定する意味がわかりません。ニュース記事だけヘッドラインだけみても「有名ブロガーに意見する人はおおいけど」という概算的な形容はできると思います。
本を読んでいるといいたげに表現するのであれば、形容に例から結果をつなぎ結果から別の結果への接続を持論として文章にするほうが「読んでいない」との表現と差別化が図れるのではないでしょうか。
例
イケダハヤト氏の記事「○○の××における△△」の一節にある
ちきりん氏の著書「●は◇」に見る
形容(他者視点)
「□は▽」という見解
という表現
まさに
この場面が一致するのではないだろうか
形容 例 形容 形容 持論
イケダハヤト氏の記事「○○の××における△△」の一節にある「□は▽」という見解についてちきりん氏の著書「●は◇」に見る「▼からみた■」という表現に、まさにこの場面が一致するのではないだろうか。
だれでも知ってるフレーズをマネするだけが本を読んで記憶するメリットであるまたは、自己視点を持論で判断した結果を伝播することを主眼とするならば的を得た文章かもしれないと、増田さんの主張について思います。
私の個人的な感想ですが、本を読めといわれる人の表現したい必要性という欲求の具体的な形としては「どうしたらそんな発想、表現、思考ができるの?」と興味をもたれる頭脳の構造になるには本を読むことが有効といった内容かと想像していますので、読者という視点で複数の筆者の断片的な要素を複合的に当てはめ、判断について持論を展開する折に「以前に使用された観点」を踏襲して理解を連想から興し理解に関して情報伝達のほか感情移入を誘発できる可能性から理解から行動するという結果にまで誘導する効率を高めるというのが、読書した人間の「本を読んだメリット」になるのではと考えます。
簡単に喩えると、
おまえにだって子供のときから教わってきた常識があるだろそれしていいことかわかってんの?
と
他者視点形容 例 持論
初めて幼稚園で泣かされたときのこと覚えてる?小学校のときプール嫌いだったよね、今、その気持ちをお友達に味合わせていいのかな?
では発言者の希望する結果は同じかもしれないけれど伝達される側には行動喚起に関して感情の有無から判断方向がかわる、それをコントロールできるのが本読みではないかというのは、あるとおもいます。
で、本を読めと。何の本を読んだら自己完結で読本の大切さを伝えようって行動喚起に至ったんですか。
私おもうんですけど、さよなら絶望先生とか涼宮ハルヒとかみたいな、自己視点の紹介と自己感想を常に独り言している系の作品とか、お好きでないですか?
俺はアルコール依存症からなんとか立ち直って、今は依存症者の支援をする仕事をやってる。
世間ではあまり知られていないだろうが、依存症から立ち直った俺みたいなやつを雇ってくれる病院や施設なんかがあって、そういう職員をリカバード職員なんて呼んだりするんだわ。
生活保護もらって持ち逃げするやつなんて珍しくない。
保護観察中に保護観察官から連れてこられた奴を面倒見てたら、再飲酒して記憶吹っ飛んで暴力沙汰起こしてまた捕まるとか、日常茶飯事。(実刑確定)
発達障害の依存症のやつなんか、笑顔で心をえぐるようなこと言ってくるし。
こんな奴らのことをくそまじめに考えていたらこっちの精神がおかしくなる。
まあ、こんなやつらはまだいい。
病気なんだから仕方ないし、傷つけられるのも仕事の一部だと思って割り切ってる。
こっちもセルフケアの手法は勉強してるから、なんとかなってる。
問題なのは立ち直ったあとにめちゃくちゃになるやつだ。
アルコール依存症なんだが、こいつは依存症から抜け出したと思ったら、「俺は依存症から立ち直ったから何をやっても良い」と勘違いして職場の上司にたてついて、家から家族を追い出して、職場も家庭も自分からめちゃくちゃにしている。
いや、抜け出したように見えるだけだ。本人が勘違いしているだけだ。酒が止まっているだけで、生き方は何も変わっていない。
ねじ曲がった木のように醜い。
だったら次は、依存症で迷惑をかけた家庭や職場、社会に恩返しする番だろ。
植物に毎日太陽が当たって、適度に水が与えられるように、俺たち職員や社会が適切に接して、少しずつ成長してくように回復していく。
依存症の回復は依存症者本人が成し遂げるものじゃない、周りの協力が欠かせないんだ。
そして、苗が倒れないまっすぐな大木に育った時、依存症から回復する。
だが、上に書いたような、ねじ曲がって育った木はだめだ。
上に書いたようなねじ待った木を、まっすぐに戻す方法はないものか、職員全員で考えたのだが見つからなかった。
結局、この依存症者は、酒は止まったが病院から出て行ってもらうことになった。
きっと、短くて数ヶ月、長くて数年で、再度飲酒するだろう。
社会から孤立して、行き場を失ったアルコール依存症者は、また酒に戻るしかない。
それが現実だ。
俺が持ってる依存症からの回復の方法では、回復までにだいたい半年から1年はかかる。
それも全員に使えるやり方ではない。ある程度の素直さがない奴には効かないし、少しでも知的障害なんかがあると効かないことが多い。
今のところ、俺が担当して「回復の方法をやり遂げた奴は」幸いにしてまっすぐな大木に育っている。(やり遂げるのは10人中1人いるかどうかだ。残りは途中で逃げ出してしまう)
彼らは社会で立派に活躍している。(会社員、職人等の職に就き、きちんと社会的に経済的にも精神的にも自立している)
こいつらが俺の心の救いだ。
アルコール依存症から助けられたものとして、これからも出来るだけ多くの依存症者を助けたい。
内科医へ
肝臓が悪いとか膵炎の患者に「アルコール依存症かどうか」の判定をしてくれ。自分で面倒が見れないなら精神科に回してくれ。アルコール依存症なのに気づかないまま死ぬ奴が多すぎるんだよ!
精神科医へ
依存症の患者を回復させられないなら回復を請け負う施設なり施設を持つ病院に回してくれ。それと依存症の患者に「2度と飲まないなら入院させてやる」とか言うな。そんな約束が出来る奴はいない。そんな約束が出来たら依存症じゃない。そんな台詞で逆に怖くなって飲酒する奴がたくさんいるんだ。依存症者の気持ちがわからないなら下手なこと言わないでくれ。それと安易に処方薬を出すな。処方薬依存は違法薬物依存より厄介なんだ。俺の仕事増やさないでくれ、頼む。。。
2chで見た男尊女卑コピペがなかなか痛快だったのでまとめておく
女が男性と能力的に同じになったと勘違いして、男女平等などと権利を主張し始めたが、
結局、ガソリン、電気、ITの時代になっても、男性の優位性は相変わらず変わっていない。
全くその通りだと思う。知力でも体力でも男の方が優れていることに今更異論はないだろう。
女子サッカーは中学生の男子チームに負けるし、女流棋士は何年経っても男性棋士には太刀打ちできないし、腕の良いコックは全て男だ。
女子サッカーはサッカーの素人には勝てるとか、女流棋士はアマの男性棋士には勝てるとか、お母さんの料理はお父さんの料理より上手だとか
そういうことをもってして、女性は男性に匹敵しているよという話にはならない。
比べる対象がプロ同士でないと公平ではない。
お次はこちら
★ 女に生まれた劣等脳の諸君! 何でもいいから、せめて一個くらい発明できるようにがんばりたまえ(プッ ♪ ★★
男女間の脳の性能の差が歴然としています。女の脳では文明社会は築けません。
自動車・飛行機・ロケット・船・鉄道・オートバイ・コンピュータ・複写機・カメラ・テレビ・ラジオ・映写機・冷蔵庫・洗濯機・レントゲン
無線機・三権分立・免疫療法・ワクチン療法・憲法・法の支配・株式会社・先物市場・金融システム・レーザー技術・赤外線技術・光ファイバー
燃料電池・石油精製技術・アルミ精錬技術・化学繊維・人工衛星・羅針盤・ロボット・トランジスター・IC電話機・顕微鏡・望遠鏡・印刷機・拡声器
レコード・CD・DVD・時計・発電システム・送電システム・信号システム・通信システム・複式簿記・リニアモーター・ホーバクラフト・MRI・CTスキャン・超音波診断装置
etc...
キャハハハハハハハハハ ♪♪★
屁をこかれた。全くその通りだと思う。近代文明が男によって築かれてきた事に異論のある人はないだろう。
男が発明した物を一切使わずに生きようとしたら我々の生活は破綻する。
使わなくてもなんとかなりそう。
お次はこちら
● 女に生まれてしまった劣等脳の諸君! まあ、しっかりがんばりたまえ(プッ
(10ポイント差でお互いの会話は噛み合わず、20ポイント差で会話は不可能となる)
⑧成長具合→女は15歳で知能指数の発達が止まる
また屁をこかれた。
ソースがないのでわからないし、脳がでかいから賢いという話ではないだろうけれども、まあおおむねその通りじゃないかと思う。
一般論の話をしているので、例外を挙げて優秀な女もいるよという反論は受け付けません。
世間では頭の良さという尺度がいささか重視されすぎているように思われる。
dankogaiは頭が良くなりたいという質問に対して毎回「本当に頭の良さの問題なのか?頭が良くなる必要はあるのか?」と問いかけている。
私のスタンスとしてはdanに比べれば頭の良さを重視している気がするものの、やはり頭の良さにこだわっている人間があまりに多すぎるという点では同感である。
例えば、人を叩くときのことを考えてみよう。そういえば、なぜみんな他者のことを「バカ」と言ってたたくんだ?何故なのか?
他者を否定するのであれば、悪い部分を否定すればいいのであって、なぜ「バカ」という問題に帰着させるのか?
また、自分が失敗したときに「俺はなんてバカなんだ」「バカなことした」と言う人が非常に多い。これは本当に理解不能で珍妙な社会現象に思える。
そんなに頭脳に拘るのであれば、その頭脳を駆使して冷静に原因分析すればいいのに、そうすれば頭の良さだけが原因じゃないのが分かるはずなのに、と思うのは俺だけだろうか?いやそんなはずはない。
会社の人事ではコミュ力や協調性や根性(継続力)が重視されているのは周知の事実である。社会にでればそれらの能力が重視されることは誰でも知っている。
それなのに、こと自分が失敗したとき、他人が失敗したときになると、なぜか頭の良さという問題にすべてを帰着させてしまうのである。
・少子化を解決するにはさ、一夫多妻を認めて、尚且つ未婚での出産子育てをふつうのコトにすればいいんじゃないの。婚外子への差別をやめて支援するとか
・一夫多妻だと法律上一人の夫にたくさんの妻がいるってことだけど、未婚での出産子育て自由化も実質は似たようなもんになるよ
・なんで
・たぶん優秀なオス人間がたくさんの種を撒き散らすということになるからだよ、扶養しないだけで
・それはだめなの
・だめじゃないけど、優秀でないオス人間がメス人間と子を持てない社会になるね
・子がもてればメス人間なんか持たなくても良いというオス人間は多いと思うが
・俺もそう思うね。でも子が持てないとなると辛いね
・どこかのメス人間に産んでもらえばいいじゃない
・まあ、誰かに精子をもらうというのは簡単だけどさ、10ヶ月身ごもって出産してくれというのはムズいでしょ
・たしかにね
・極端な話、オス人間がひとり入れば百人のメス人間が妊娠出産できるわけだし、オス人間がするのは射精だけでいいんだよね
・そうだけど?
・でも、オス人間が子を持つには、少なくとも10ヶ月間はメス人間との契約が必要だよね
・契約?
・ああそっか。メス人間はオス人間の精子さえあれば良いのにね。オス人間は最低10ヶ月、他人の子宮を借りる契約をしないといけないわけか
・あと「あなたの優秀な精子をくれ」と言ってイヤがるオス人間よりも「俺の子を孕んでくれ」と言われてイヤがるメス人間の方がずっと多いしね
・そうだよなあ。メス人間はブスでも精子を選べるのに、無能なオス人間が美人の秀才に身ごもらせ出産させるのは至難の業
・無能なオス人間が子だけ持つというのは難しいんだよね。だから婚外子支援というのは実質メス人間優遇のことなんだよね。
・なるほどなぁ。そういうふうに考えていくと、もしメス人間とオス人間が社会で完全に対等に扱われるようになって、尚且つ未婚での出産子育てがノーリスクになった場合、妊娠出産という能力を持つということが特権のようになるね
・どうしてさ
・メス人間とオス人間の社会的地位や経済的地位が全く同じなのに、子を出産するという能力はメス人間だけにしかなくて、生むかどうかも、父親を誰にするかもメス人間が自由に決められるんでしょ
・たしかになぁ。ある意味、特権、というか超能力だよね。人類の半分だけが持つスーパーパワー
・養子という手もあるが、全人類の半分は容易く血の繋がった子を得られるのに、もう一方はそれが難しいから養子を取る、というのもなんだか……。あぶれてしまった無能オス人間が可哀想になるな。
・そうだね。まあ、ある意味、繁殖!繁殖!という原始的な強迫観念から開放された(させられた?)新人類とも言えるかもしれない。あ、でもオス人間にもさ、メス人間より腕力が強いっていう特権があるじゃん
・ま、その話なんだけど……。昔は、出産する性=メス人間、であるということはそうとうなハンディキャップだったわけでしょ
・暴力が支配する時代には、メス人間は強姦され子の父親を選ぶ権利などなかったし、安全に暮らすには、強いオス人間に守ってもらうしかなかったわけだ
・そうそう。腕力がモノを言う労働がメインだった時代もそうだよね。腕力がなけりゃ今日の糧が得られないから、腕力のないメス人間はオス人間に縋るしかないという
・だから、メス人間とオス人間がツガイである必要があったし、一夫一妻でオス人間が自分固有の子を産ませ育てるということが簡単だった、と
・メス人間がオス人間に守ってもらうなり養ってもらうなりしなければ安定した暮らしはなかったわけだしね。メス人間は生きていくために一夫多妻であれ一夫一妻であれオス人間とセットにならざるを得なかった
・生む性=メス人間、であることのリスクがそれなりにあったからこそ、妊娠出産という機能がスーパーパワーな特権化せずにすんでたわけか
・つまり、オス人間にはオス人間のownスーパーパワーがあったということか、腕力=暴力という名の
・そう、その2つが合わさることでオス・メス人間のセットが都合よく生産されてたわけ
・ところが、時代が先に進むにつれて、労働に腕力があまり必要なくなってきたんだよね。んで、それはオス人間自身が進めてきた技術革新によるもの
・それにつれてメス人間も仕事を得、自立できるようになった、と
・ただし、当初その技術革新の恩恵を受けたのはメス人間というよりはむしろ、腕力のない弱いオス人間なわけだけどね。ただ突っ立って工業製品を右から左へ~とすれば良いから、マンモス狩るよりずっと楽。
・本当に有能なオス人間は常に技術革新を起こす側にいて、そのおこぼれに預かる身分じゃないってわけか
・そして現代になると、そのおこぼれパイを低能・虚弱オス人間とメス人間が分け合わなきゃならなくなったわけか
・ちなみに技術革新を起こすことに腕力は一切必要ない。瓶底眼鏡のガリガリ虚弱オス人間でも頭が良ければのし上がれる世界さ。そして彼らからすれば、自分にはない「暴力」というパワーで何かを得ることは禁止したいわけだよ。だって一所懸命作ったマシンを腹パンで奪われちゃうなんてクソでしょ。
・だから暴力というパワーを行使することは禁止されたんだ、現代において?
・そんなとこ。それで得をしたのは高IQへなちょこオス人間だけじゃない。
・メス人間!
・そうメス人間。そして損をしたのは、メス人間よりは腕力が強いということしか取り柄のない低IQオス人間。
・加えて、昔は出産そのもので死んじゃう確率が高かったけど、今は違う
・そう。今は医療も進歩したし、子育ても金で他人にやらせれば良いから、妊娠出産における負の面がなくなった
・まあメス人間も完全に自由になれたわけではないけどね。やはり腕力の弱さから犯罪に遭いやすかったりするのは確かだからね
・オス人間は、メス人間よりとても腕力がある(≠生物的にタフ)、メス人間より頭が良い
・でも時代とともに、オス人間の大きな長所である腕力の必要性が低くなってしまったんだよね
・すると、メス人間と同じくらいのIQしかないけれど、メス人間にはできない肉体労働で稼いでいたオス人間の層というのはだんだんあぶれてくる
・メス人間は逆に職につけるチャンスが増えたのにね
・オス人間は長所である腕力を活かすチャンスが減ってしまい、経済的な面でメス人間の優位にたつのが難しくなった、と
・腕力が強いことが積極的に活かせるのって、肉体労働、争い事、スポーツくらいだものな
・その上、肉体労働も戦争も、機械が代わりにやるようになりつつあるからね
・肉体労働は機械に代わられ、マニュアル化されたヤリ甲斐も糞もない単純作業は馬鹿のくせに異様に忍耐強いメス人間にぶん取られ、需要の増えた医療福祉関係の仕事はもともとメス人間がやってる仕事。一部の高級頭脳労働を有能なオス人間がやり、餓鬼と老人のシモの世話はメス人間がやり、低能なオス人間はゴミを漁る、と。ちなみに大昔は戦によって低能オス人間はバッタバッタ死んでたわけ。前線に送られてね。ま、それが本来の正しい低能脳筋オス人間の活用法なんだけど。ともかくそれでまあある意味バランスがとれてたわけだ。…最後の砦の名誉な戦死が減って、セックスも出来ず、金も儲けられず、精巣を不満でパンパンにした脳筋オス人間が大量発生という恐ろしい事態に陥った時には、革命と戦争が起こり、世界は動き出すわけよ。ただし、現代には風俗と充実したエロコンテンツが溢れてるからそういう事態は免れてるね、この国では。
・うわぁ……。現状はメス人間がオス人間の仕事をとってるというより、オス人間の特性を活かした仕事の需要、低能オス人間の居場所が減っているという感じだな
・だのに、まだ現時点では、妊娠出産という能力は依然メス人間だけのものなわけだ
・収入などの条件では限りなく差がなくなりつつあるのに、生む能力だけはメス人間のもの
・このままメス人間の経済的社会的自立が際限なく進んで、未婚での出産子育てを非タブー化すれば、女性が未婚で妊娠して一人で出産子育てというケースが多くなる
・で、そういうメス人間たちはもちろん優秀なオス人間の精子に殺到して、結果的に優秀でないオス人間は子を持てなくなる、と
・本来ならオス人間に見向きもされず、子を持てなかったようなブスメス人間は逆に子を持ちやすくなるんだけど
・まあ、人工授精で精子貰えばいいからね。ブスメス人間でもイケメンマッチョ高学歴白人の子を生むことが可能
・時代とともにオスであることの利点は失われていくのに、メスであることのリスクは減っていく……
・そうかな。子育てという重荷から開放され、シミシワ毛穴だらけの高齢メス人間に結婚を迫られずにすみ、高性能セクサロイドとセックス三昧……
・なんでセクサロイド
・若くて可愛いメス人間は一夫多妻で有能オス人間に総取りされる
・Oh...でもまあセクサロイドは老けないし、セクサロイドの製造工場でのオス人間雇用も増えるかもしれない。社員割引などあるのかな。それにしても、メス人間ばかりズルいね……
・それなら、いつまでも、メスであるということがあるていど足枷として機能するような社会を保てばいいじゃない。メスが一人で子を育てることが難しい世界を保つのだよ。メス人間を働きにくくするとか、妊娠を機に解雇するとか、保育所をなくしてメス人間に強制的に子育てさせるとか。
・馬鹿な
・中絶やピルの違法化、強姦の罰を軽くするとか……ま、それは冗談だけどさ。でもこうしてメス人間が自立できるようになったのも、オス人間がメス人間に良心的に接してやってるからだろう。セックスできるかもという淡い淡いレモン色の期待を抱いてね。
・良心的?
・性奴隷や生む機械のように扱ったていいんだよ、本当は。文明が発達しても力づくで言うことを聞かせるという概念がなくなったわけではないんだから。サウジアラビアやイランのような金持ち国家だって女を上手に扱ってるだろ? でもそれをしないでやってるんだ、良心的だろ。出産以外の総合的な能力では明らかにオス人間のほうが上なんだし。施してやってるわけよ、オス人間は
・まさか
・ま、これも冗談だけど
・本音に聞こえるけどね
・しかし、あぶれて子をもてなかったオス人間は、他人の子にばかり税金を払うことになるなぁ
・まあね。でもいいじゃない、将来はその子たちが社会をささえていくんだから
・そうだけど、それで納得すると思う?
・できない人が多いかもね
・無能な子無しオス人間からは税金を徴収しないことにしよう。救済措置として
・すると、無能な子無しオス人間は、無能で子無しの上に税金も払わない非国民として非難されるんじゃないたぶん
・それなんてディストピア
・ひどい、ひどすぎる
・だから、そういうオス人間は、自分の国よりも発展の遅れた国に行けばいいんじゃないかな
・しかし、世界はゆっくりとボーダレスにフラットになりつつあるから、そういうマジックもあと100年くらいしか使えないかもしれない
・まああと三十年くらい続いてくれれば僕は構わないよ。それに100年も経つ前に人工子宮ができるでしょ、たぶん、いやできてくれまじで
・ああ早く人工子宮とか赤ちゃん牧場的なものができれば良いのに
・ほんとだよ
悩みらしい悩みなんかなかったし。
2での悩みも、リアクターの毒素でうんにゃら(ようするに健康問題かよッ!)で、人間関係とか精神的に追い詰められる素振り一切なし。
急に社長職を秘書に譲って、むしろ秘書のほうがテンパっていっぱいいっぱい。
悩みの解決方法も、父親の遺品でヒントを得て云々はあるけれど、要するに天才的頭脳でリアクターの改良して問題解決。
晴れて悩みナッシング。
テンパった秘書を見かねて社長職に復帰する、みたいな内容だった記憶がある。
悩んでばかりのスパイダーマン3部作(アメイジングじゃなくてサムライミ監督のほう)と対比させると興味深い。
スパイダーマンは悩む。
「それぞれが正義が、相手にとっての正義ではなくて、それでも周りの人が傷つくのは耐えられなくて、僕の決断は…」
みたいな、一昔前のスクウェアエニクス。
「悩み?なんでも聞いてやるよ。歯が痛い?オーケー分かった。歯医者いけよ。」
って感じ。
秘書や友人たちといった主人公サイドも、敵も、童貞をこじらせたり重圧にテンパってあたふたしてるなか、主人公のメンタルマッチョがすがすがしくて面白い。
正直、アイアンマンの心の傷ってちょっとどうなんだろうって思って、3を観に行きたいとは思わなかった。
で、なんだ、過呼吸かよ。
こりゃ観に行くしかない。
以下すべてネタバレ。
アメリカの巨大軍需企業の社長をしている両親の一人息子として生まれたトニーは、
17歳でマサチューセッツ工科大学を首席で卒業した天才的頭脳の持ち主。
13年前に「あなたのファンなんだ、是非研究の話がしたい」と話しかけてきた長髪メガネのサエないギークに対し、
主人公のトニーは「後で話そう、屋上で待っていてくれ」といい、一晩放置して女とセックス。
そのときセックスした女は優秀な植物学者だったが、あえなく一晩でヤリ捨てられる。
時は経ち、ギークと植物学者は手を組み、人間を生物兵器にする手法を開発してトニーに復讐しようとする話だった。
オタク男の自尊心を踏みにじり、女を次々にヤリ捨ててきたトニー。
(しかもヤリ捨てる女は、仕事に燃えるジャーナリストや成果をあげている学者など、知性のある美人ばかり)
そうして若い頃はやりたい放題してきたが、現在は優秀な秘書を人生のパートナーに選び、
「もう女遊びはしない」と改心したかのようなそぶりを見せている。
アイアンマンって、マッチョ・イケメン・大金持ち・天才ないじめっこが大勝利するだけの映画じゃないか。
アイアンマン3の劇中で、トニーがいじめられている子供に武器を与えて助けるシーンがある。
「子供」や「女性(ブロンド美人)」、「たまたま巻き込まれた一般人」など、好感が持てる弱者は迷わず救う。
しかし過去の恨みを持っているギークや、ヤリ捨てられた女など、鬱陶しい存在には死んでもらう。
アイアンマンの1はそうでもなかったが、3になってマッチョ礼賛的な価値観が強まって非常に不快だった。
しかも、トニーはヒーローとして戦い続けることで、過呼吸の発作を定期的に起こす不安神経症になっていた。
ラストでは「心の傷を人に打ち明け、傷を癒す」みたいなシーンをコミカルに描いていた。
「人を踏みにじったりしたこともあるけど、過去のことだから水に流してね。そうそう、強い俺らにも辛いことはあるんだよ。
俺だって癒しが欲しいんだ。ヒーローだってセラピーを必要とするんだよ。心の傷だってたくさんあるんだ。」
人を踏みにじるだけ踏みにじって何が心の傷だ。甘えんな、死ね。
ただ、一瞬たりとも息をつかせない脚本と戦闘シーンは非常によく出来ていた。
ストーリーなど追わず、ドンパチ映画としてだけ観れば不快にならずに済むだろうし、
長州出身でまともな政治家だって普通にいるんじゃねえのか。安倍がダメだというのなら安倍が悪いんだ。
だいたい、総理大臣が全部自分の頭で細かい経済政策ひねり出してるとでも思ってんのか?
政策を検討する頭脳集団がついてるに決まってるだろ。そいつら全員薩長出身だとでも言いたいのか?
いつまで幕末だと思ってんだ。薩長閥とか未だにあると思ってるのか?
農耕の原理と言われてもな。日本の農業の生産高は、8兆円で、トヨタの売り上げよりも小さいくらいの規模だ。
若いのがメリットって知ってて18歳から婚活してるのに相手にされず(なんで見合いサイトなのにやり目がいる)
交際相手ができたと思えば君はまだ失敗できるとかいってまともに相手してもらえず
まともな男すらまともでない対応で接してきているのではないだろうかとすら勘ぐる
18歳の婚活女にちゃんと接してください!
ここの人はわざわざ若い女と接触測ってプロポーズひとりでもしたか?
なんでこんなに若い女がいいとか言っておきながら私は誰からもプロポーズされないのか
ホッテントリしたので追記
ブスなんじゃないの?→普通
18だと登録できないのでは→だからサイト。まともな見合いクラブは確か26くらいからで入れない
親の紹介→数回見合いした
なんで結婚したいの?→結婚=幸せだと周囲を見て容易に見て取れる
正社員→子供を生んで復職してる割合って1割も現実にはいませんよ?
これは一年前の日記で私も勿論年をとっている。その結果少しはかするようにはなってきている。
18の私と今の私という比較であれば若い方がもてるとか若い方がいいというのは偽。
18の私よりも今のほうが断然もてているという実感がある。
結論
ええとね、ええとね。
こういう話は超好きなのでレスがあったことは嬉しいです。
畢竟、回答にはちんちんを書いとけば正解として、生命の部品交換が可能な場合と、ドラえもんの修理が不可能な場合の話。
SF脳として、の話は基本的に終わらないです。頭の中の狂科学者がいろいろやっちゃうから。
例えば、修理が不可能な場合。
皆さんの身近な問題として、セガサターンが壊れたら、と言うのがありますね。
僕の頭の中の岸和田教授は、きっとパーツくらい自作してしまう。その上で助手に搭載するくらいのことはやるので。
現実的では無くとも、可能である。それを不可逆とは言えないのです。
生まれたが死なない状態。これを生命と呼ぶか。
僕は呼ばないと思います。火の鳥に登場する火の鳥そのものは、宇宙意志の発現だったりします。これは生命でしょうか。
ルパン三世に出てくるマモーは、度重なる自己クローン化の結果、緩やかな劣化という存在としての死を突きつけられています。
すべてを台無しにするようですが、最新電子頭脳を搭載した電子レンジでさえ、訪れるのは死ではなく故障です。
SFに通じているほど回答に詰まる気がする。
そもそも、人類は生命の定義さえしっかり出来ていないのだ、とディスティ・ノブァ教授は仰った。
岸和田博士なら、そんなことはないといい、ドラえもん型生命を発明する豪腕をふるうだろう。
はっきり言う。アンドロイドが電気羊の夢を見て、新しいペットを飼うべきか悩むかは知らない。
例えば、脳以外を機械化したサイボーグと、脳をチップ化した生身のザレム人はどちらが人間に近いのか。
この場合、我思う故に我有り、なんて何の慰めにもならないと言ったのは確かにディスティ・ノブァ教授だ。
さて、ドラえもんは機械の体に機械の頭脳を持ったまごう事なきロボットで、その名の通り無給で役割をこなす。
1.自我がある。
2.生殖しない。
4.死が存在しない。
おおよそ、生命の定義に自我は必要ない。有機体である必要もないし、有機部品をつかえば結局同じである。
極論をすれば、生命とは2と4、つまり「生まれて死ぬ」かというポイントにつきるのではないか。
これが、おそらくドラえもんが生命でない論拠に落ち着くのではないか。電化製品として、廃棄される可能性は高いが、不可避とは呼べない。それは製品としての死であって、生命としての死ではない。
蛇足になるが、生まれるかについては、難しい。
例えば、ウィルスを生命と断定できないのは、その特殊性にあり、ある意味では生まれも死にもしない。複製されて、破壊されるだけの情報群は、生命体であるかどうか、「未定」の状態である。
このへんは、各人考えて欲しい。