はてなキーワード: 行使とは
都道府県知事が、自らの病識のない精神疾患を発症し、不適切が疑われる専決処分等を頻発するようになったらどうなるかという架空の想定につき思考実験をしてみる。
なお、あくまでメモなので、根拠条文等は記さない。後述の指定に従って使ってみようかな、という人は、自力でしらべるように。つかこの記事自体間違ってるかもよ?
ではまず、前提として、病識のない精神疾患の治療にあたっては、当該患者の人権に対する制限は最小限度にとどめられなければならないことは言うまでもないであろう。「四の五の言わせず座敷牢へぶちこめ」的な乱暴な意見には、筆者は断固反対する。
しかし、都道府県知事の職責は重大、かつ職権も非常に強いことから、専門医および一般人の殆どがその発症を疑うような状況下であれば、既に地方行政は混迷著しい状態におかれているであろう。かかる事態においては、当該患者から知事の職責を剥奪することもやむを得まい。本人の精神衛生においても恐らく負荷軽減の必要があるケースが多いのではないか。
さて、この場合、まず、「都道府県知事に事故がある場合」として、副知事等がその職務を代理することが考えられる。(副知事が存在しない場合も考えられるので、「等」としておく。)
疾患であるのだから、その認定は医師(専門医)によるべきであろう。
ところが、患者本人が同意しなければ、そもそも専門医の診断を受けることはできない。
例外的に、自傷他害のおそれがある場合(不適切な公権力の行使を間接的な「他害」と呼びうるかについては不知)であれば措置診察が可能であり、その結果措置入院が必要ならそうすることになるであろうが、自傷他害のおそれがない場合には措置診察に付するわけにもいくまい。
あるいは、他の疾病に罹患し入院治療を必要としているにもかかわらず、本人が(精神疾患に由来する愁訴を前提として)診察は受けるが入院を拒むといった場合においては、精神保健指定医の同席による医療保護入院が可能であろう(さすがに家族等も同意するであろうし)。入院は「事故あるとき」であろうから、精神疾患であると否とにかかわらず、副知事等が議会と一体になって粛々と不信任手続を進めればよい。
ただし、あくまで医療保護入院は必要な期間に限られるから、当該他の疾病によっては時間との戦いになる。
しかし、そうした特殊な事態でもなければ、本人の同意を経ずして確定診断名を出す(しかも、本人の同意なくその診断結果を公表しなければならない!守秘義務!)というのはほぼ絶望的である。
「成年被後見人の申立ではどうか」…残念ではあるが、それでどのような結果が出ようが、直接に知事の職位に影響はない。わが国では成年被後見人であるか否かに関わらず被選挙権が認められている以上、公職選挙法に基づく自動的な失職はないし、形式的には後見人の権限は財産に関することに限定されているはずである。もっとも、判断能力を欠く常況にあると家裁が認めた人物の名において下される行政処分に対しては、不利益を被る側から当然山のように異議申立てがなされることとなろうが、これとても知事の失職には足りない。
結局、地方自治法の本則に立ち戻って、リコールか議会による不信任決議、とならざるを得ないであろう。
では、リコールだが、こちらは地域事情もあるためなんとも言えない。
鳥取県と東京都では集めるべき署名の数に差がありすぎるし、署名の有効性確認のための事務手続に至ってはもうなんというか。
とくれば、議会による不信任だが、この場合、患者たる知事が黙っているだろうか?仮に地方公共団体の吏員が、「対抗する方法はないものか」と問われたら、職務に忠実に「議会解散という方法があります」と言わざるを得まい。ということで、議会は刺し違える覚悟で不信任を突きつける格好になる。
ところが、議会解散に伴う選挙だからといって、解散前と同一人物が再選されるとは限らない。その辺はフツーの地方議員選挙である。とくれば、前回薄氷を踏んだような議員は、正直いって議会解散には及び腰にならざるを得ないだろう。その中であえて知事の首に鈴をつける議員(団)がいるか?という話であろう。
…結局、住民の圧力に耐えかねた議会が不信任を突きつける(それもそうとう及び腰で)しかない気がするが、その間に失われるヒト・モノ・カネ・労働力・行政への信頼たるや…
考えたくない。
#本記事は、フィクションのネタ、または学術論文のネタとしての使用は自由です。但し、直接リンクはご勘弁ください…。また、上記目的以外の目的での利活用は禁止します。引用に名を借りた部分的/全面的転載も禁止しますので、
この点について議論されてるのが見つからなかったので、自分の解釈違いかもしれないのでそうだったら突っ込んで
第百三十八条 この法律の規定による処分その他公権力の行使に当たる行為については、行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第二章 、第三章及び第四章の二の規定は、適用しない。
第百三十九条 この法律の規定による処分その他公権力の行使に当たる行為又はその不作為については、審査請求をすることができない。
※
「公権力の行使に当たる行為」に行政手続法を適用せず、というのはまぁわかります。罰則についてはこの国民投票法において事細かに記述があるし。その罰則の適用理由もまぁこれを突っ込んでもしょうがない。というレベル
どこかのあの党が「憲法改正」を推進するために不正行為をしても、あるいはどこかのあの党が「憲法改正阻止」を推進するために不正行為をしても「審査請求」が出来ずに情報は公開されないって事?
もうやりたい放題になるんじゃないのこれ。ネットに関する規制もほとんど全く国民投票法には書かれてないし、これで有利になるのは「組織力を持ったところ」だと思うんですけどね、
抜け道は考えるだけでもたくさんある。
広告放送を国民投票14日前から禁止している(105条)があれども、それを罰する規定はこの法律には存在しない。そしてこれを守らなかったところがあっても「審査請求」がこの国民投票法により出来ないので「一体なぜ守らなかったのか」すら国民には分からない。またネットでいくら不正な「賛成」「反対」の活動をしようともそれが公にされる事もないし、罰則も今のところない(と読める気がする)
なんか他にも突っ込みどころは多数あるし
国民投票をするな、とは言わないけどももうちょっとなんとかならなかったのかなこれ。こんなの改憲派に有利と見られてもしょうがないよ。
すげーなぁ
コレが釣りじゃないとしたら、29でこんなにガキっぽくてバカなんだなぁ
べつに投票したくないならしなくてもいいけどさ
ねーよ
29歳、初めて選挙に行ってきた。
その感想と、今まで行かなかったワケと、今回は初めて行ったワケなどを。
選挙権を得てからの9年間、私は一度も選挙に行ったことがなかった。
多分にもれず「選挙に興味のない若者」であったからと自身で認識している。
そして、今回初めて選挙に行ったわけだが、
私は権利を行使しなかったこれまでの自分を恥じることもなければ、
権利を放棄する他人を責めることも、笑うこともこの先絶対無いだろう。
正確にいうと、この9年間興味がなかったのでなく、
TVで見る、あのセイジカたち大人のする「政治ごっこ」がバカらしくて見てられない。
そもそもこのご時世ネットで投票できないアナログさがとても理解ができなかった。
実家にいた24歳頃まで、私は家に届いているはずの選挙用紙を親から受け取ったことは一度もなかった。
世帯で1通の封筒に届くものかと思うが、自分用の用紙を親が渡してくれたことはなかった。
親としては、自然と興味・関心を示せば渡すつもりだったのだろうか。
そのあたりは今となってはどうでもいいし、なんとも思わない。
当たり前のように選挙に行く人々は、20歳(18歳)を越えた段階で、
どういう成り行きで行くようになったのか興味がある。
今まで行かなかった訳は前述した通り、政治なんてまるで自分事じゃなかったからだ。
加えて、新卒で入った会社はいわゆるブラックで毎晩終電が当たり前、休日出勤もザラで、
正直、目の前の生活を凌ぐことで精一杯で、選挙なんていつあったかすらも覚えていない。
今は比較的、穏やかな職場なので、選挙だ政治なんでことに自分の意識が向く時間が増えてしまった。
なぜ、今回初めて選挙に行くことにしたのか。
自分でもこの心境の変化には驚いているが、冷静に考えると単なる下心だということに気がついた。
今回の選挙、選挙権の年齢が18歳に引き下げられたこともあってか、色々なお店やサイトなどで、より多くのキャンペーンが行われていたように思う。
その中でも多かったのが「選挙に行った人は●●を割引!プレゼント!」などの、選挙に行った人だけが恩恵を受けれるようなサービス広告が多く見られた。
私はこれに今までにない危機感を覚えた。
これがエスカレートすれば、将来的に選挙権を行使しない人間はなんらかの差別を受けるのでないかと。
それはSNSでよくあるしょうもないやっかみレベルのつっかかりでなく、公的になんらかの区別がなされ、受けられる行政サービスにすら違いがでる時代が来るのではないか。
この投票率の低さからみて、その可能性がゼロだと言い切れる人はいるだろうか。
1度も行かない人間が大きく損をするなにか仕組が出来上がるなんて、そんな馬鹿らしいことないが。
正直自分の1票が何か変えるとは思っていないし、今回初めて行ってもその感想は変わらない。
私は、この権利の行使ごときで損をするなんてこんな馬鹿らしいことはない。
その気持ちだけで選挙に行ってきた。とりあえず自分の「選挙行った回数を1」にカウントするために。
こんなしょうもない気持ちで投じた1票と、本気で投じた1票が同じ価値にしかならない時点で、選挙に意味なんかないんじゃないのと思う。
じゃあ選挙権免許制にしてもいいよとりあえずハードル上げれればいいわ
権利を行使しない人達って何しても文句言わないんだしどんどん搾取していこうや
って感じの思想になりつつある
新卒(?)からか、あるいは、社会人経験があまりない状態で、やむにやまれない事情からIT系のフリーランサーになってしまった人を見ていて思う事がある。
もうね、普通に会話してても、発言から何からヤヴァイのよ。当人、仕事できる(といっても、発注側からの発注された範囲の仕事しかしてないんだけどね...)と目を輝かせてアピるんだけど、やることなすこと社会人の感覚からの乖離が悪い意味ですごいわ、指示待ち君から脱却できてないわ、社員が当たり前に書ける資料とかが全く書けないわ、議論も意識も目線もひくすぎてがっかりだわで、せっかくの請け負った仕事がほぼパーフェクトにこなせるという魅力が全部帳消しになってる気がします。こりゃどうみても、「君、出来るから社員にならない?」とは絶対に思えず、「どうやってこのままダメになるまで安く使い倒そうかな?便利だし」としか見ることができないのよ。悪いことはいわないから、自分とこ以外の(笑)大手企業にとっとと正社員で就職して、サラリーマンの処世術(というか文化と生態とロジック)を覚えてから、フリーなり社会人になってくれぇと強く思った次第。
フリーの良い所は、自分で人脈増やして、より良い条件か内容の仕事を取ってきてやりこなせるという自由がある点。なのに、どういうわけかこの自由をろくに行使せず、大して旨味も儲かりもしない仕事に嬉しそうにいつまでもダラダラぶら下がり、しかも次につなげる動き(営業)を全くしてない人がこうも沢山いるのか不思議でしょうがない。さらにわけわからんのは、フリーへの仕事の紹介会社みたいなところを経由してしか仕事してない人が意外と多いということ。もうね、どうみても、当人ダメになるまで中抜きされつづけるでしょ?そんな契約形態。しかもそれって派遣やら契約社員よりも、いろいろな条件も将来の展望も悪いよ?もちろん、一時的な腰掛けにそういった紹介会社使うなら話もわかるのだが、何故かそこにぶら下がり続ける気マンマンというのが、もうね、搾取される側に自ら堕ちていく感じ満載なのよ。彼らに共通しているのは「いつか、良い生活を」と言ってるんだけど、時間が経てば経つほど益々状況が悪くなる上に、自ら急いで獲りにいかなきゃ絶対いまの状況から脱出できないというのがどうもわかってないらしい。1年経つごとに状況悪くなる一方なのに、何故それがわからず将来のない仕事ばかり請け負うのか?が全く不思議。
フリーってのは事業主なの。スキルアップが収入に直結、もしくは、継続可能なビジネスに発展しなきゃやる意味ないの。スキル=収入になるのは若い間だけで、30過ぎたら別の武器か別の強力な金儲けの仕組みを自分で持ってないと、発注元は別の安い若い子に、すぐ発注を切り替えちゃうわけ。基本的に発注元はフリーランスを単に安く使い潰す気マンマンなんだから。ちなみに、長年やってベテランでなければ務まらないような仕事は、残念だけど、フリーランスに任せるのじゃなくて、全部正社員が死ぬ気で奪っていくの。正社員は年取ると辞めるリスク少ないし、正社員も必死で自分の立場を作る生物だから、発注元の正社員の動きとして当然でしょ?しかも、長年正社員やっている人は社内政治も長けているから、本人の技術スキル以前に、社内政治力で仕事奪っていくので、フリーランスは正直勝負にならないの。だからとっとと正社員になるか、それとも自力で金儲けのサイクルをどう作るかを考えてとっとと実行したほうが良いよ?
護憲派で特にとんがってる菅野完さんがまたなんかおかしな記事書いてる。
「経済政策で野党がダメだから自民党に投票する」という愚劣さについて
いつもおかしなこと書いてるけど今回は特にひどいね。「啓蒙」の考え方が暴走しているうえに、ウソを言って人をだまそうとしてる。もはや「啓蒙」ですらない。ただの「洗脳」か、読者を馬鹿にしすぎてるだけのただの狂信者という趣だ。
井上達夫さんは「リベラリズムの基本的な価値である正義は、他者に対してフェアであること。正義とは他者に対する公正さ。」「リベラリズムの源泉は啓蒙と寛容の伝統。自分の他者に対する要求や行動が自分の視点からだけでなく他者の視点からも正当化されているかを自己吟味することが必要。正義は自分の要求を他者に押し付けることではない。」と語っていたけれど、上の記事にはそういう観点がないので、この人はリベラリズムとは縁がない存在と思いたい。 護憲派と一緒にされるの心底迷惑だ。
「安倍政権のやり方に危惧を覚える人々ですら、野党やリベラルはもっとひどいという不安があって、世論は、安倍政権の強引な手法に不安を抱えつつも、より害悪が少ないものとして支持している」
ほんまこれな。菅野さんだけがとがってるならいいんだけど、上で書いてるようなことを他にも主張する人がいて、完全に目がイッチャッてるのに自分は優良な人間で周りが愚かだと思ってるからもう完全に救いがない。
原理主義的護憲派と修正主義的護憲派という二種類の護憲派。専守防衛であったとしても自衛隊の存在そのものが違憲と考えるのが原理主義的護憲派。専守防衛の枠内なら自衛隊は合憲だと言ってしまうのが修正主義的護憲派。
専守防衛の自衛隊や安保を政治的に必要だからという理由で事実上容認しつつ、専守防衛の自衛隊を認める明文改憲には反対。自衛隊の違憲状態を固定化しているという意味で原理主義的護憲派は憲法を守っていない。
修正主義護憲派も、現実主義的に見えるけど、9条2項を考えるとあからさまな解釈改憲。世界第二位の自衛隊が戦力ではないということになり、米軍とともに行う自衛権の行使が交戦権の行使ではないということになる、無理な解釈改憲。原理主義的護憲派も修正主義的護憲派も憲法を守っていないので、安倍政権の集団的自衛権容認を違憲だと批判するのは欺瞞。この欺瞞ゆえに護憲派の安倍政権批判が力を持てないし、このような考えはリベラリズムとは何の関係もない。護憲派をリベラルと呼ぶこと自体がおかしい。
リベラリズムは憲法の精神や立憲主義を守るという意味では基本的に護憲の立場ではあるが、日本の護憲派は憲法を全然守っていない。リベラリズムが護憲を主張するのは「憲法に定めていいのは、特定の党派に有利にならないような公正な競争ルールと、少数者を保護するための基本的人権」だからだ。
にも拘わらず、護憲派を主張する上記人物は自分の意見に沿わない人は愚劣だと罵る。これは憲法の精神に反しているので話にならない。なんちゃってリベラルであって、主義主張として評価すべき点がない。ただの自分の意見をごり押ししたいだけのわがままちゃんだ。 この人たちは護憲派とよぶことさえも語弊があると言える。
こういう人と一緒にされるのは耐えがたい屈辱である。リベラルの立場からも、この人の今回の記事は遺憾であると述べさせていただきたい。
選挙行きたくないとか、学校行きたくないとか、勉強したくないとかさ、よく耳にするわけですが
なんか、義務化すべきだろ、みたいな声も聞くわけですが
いやいや、まさか、やめてよ
自分がどれだけ今恵まれているかわからない人はその権利を行使することなく、靄のかかったような人生を歩めばいいんだよ
失ってから切望したって二度と取り戻せないかもしれないってわかっているからこそ、真剣に考えて向き合えるわけで、それが人生も社会も豊かにしていくわけで、それをわからんやつは、どうぞご勝手に、としか思わん
林先生も似たようなこと言ってたよね
勉強できる環境にいる有り難みも、勉強した後にどれだけ人生が開けるかも、わからんやつはやるだけ無駄だってな
いつか死ぬってわかってるから、人生を無駄にせず生きれるのと一緒
病気になると苦しいのがわかってるから健康に気をつかえるのと一緒
やる気ないやつは、どうぞご勝手に
選挙権年齢が引き下げられ、今回の参院選から18歳以上が投票できるようになりました。
自分の一票が選挙に与える影響と投票に行く手間を考えたら、合理的に判断し投票に行かないという選択をするというのが「合理的無知」といいます。簡単に言えば、「行ってもムダ」という考えですね。
そんな合理的判断をする割には、「私は雨女だから」や「私が応援すると負ける」とは発言して、どんだけ影響力をもってると思ってるだか・・・、そんな人ほど「私なんかが行っていいのか」と思わず、その根拠なき影響力をもって投票すべきである。
民主党が政権をとった時に、ついに私たちの声が政治を動かしたんだと思った人はたくさんいたんだ、まー結果的に失敗だったけど・・・。
イギリスのEU離脱も多くの国民がどうせ残留と思って、懲らしめるために離脱票に入れたら、本当に離脱票が残留票を上回ってしまった。こういう二択選挙だと一票も重みが増すのだろう。
投票に行くのが面倒というのはある、インターネット投票できるのであれば、
どこにいても投票できるのに。インターネット投票はとりわけセキュリティ上の理由からなかなか進まない。
開票時間の大幅な短縮や人件費の削減、疑問票や無効票が出ない、自分で書くのがむずかしい障害者も代筆なしで投票できるなどのメリットは大きい。
日本の地方選挙では電子投票端末を使った選挙を行われたことがあるが電子投票端末は投票所に置いてあるので、そこに行く手間がある。
インターネット投票は、エストニア(ヨーロッパの北東端にある小国)で国民にデジタルIDカードを配布してあり、2,048ビットのデジタル暗号化ソフトを通して、市民は自分の家の広間で快適に座ったまま投票を行うことが可能だ。日本もマイナンバー制度により、出来る準備の下地はできつつある。
頑張って投票所に行ったとして、周りも見渡せば投票するのはじいさん、ばあさんばかり見ることになる。2014年選挙では70代が72%、20代は29%なのだからそうなるであろう。(今回の選挙年齢は18歳に引き下げも若者の投票率アップが目的)
政治家は票になる高齢者への政策を充実させるようになり、票にならない若者への政策は後回しにされやすくなる。「保育園落ちた日本死ね」記事も話題にはなったが、若者の政策は反映し難いのが現行の選挙制度上なのである。
これから少子高齢化社会では有権者全体に占める高齢者の割合が大きくなり、逆に若者の割合は小さくなる。これが世代間格差を助長させる要因となり、年金などの社会保障問題は先送りされ、将来の財政上の負担はかさむことになる。つまり現在の選挙制度のままでは将来世代に不利な状況を生んでしまう構造が出来てしまっているわけだ。
では、年齢階層別選挙区のようなのを採用して「20歳未満の子供をもつ親に2票を与える」「一つの選挙区を『老年区』『中年区』『若年区』にわけてそれぞれ同数の定数を配分し、投票率の差をなくす。20歳未満の『子供区』を設け、この分の選挙権を親が行使」というように差をなくせばいいと考える人達も出てくるわけですね。
しかし、民主制では自然法の下、権利や平等が保障されていて一人一票もその一環として保障されている。一人が一票しか無く誰かが2票3票何て有ったら平等≒民主主義の概念が存在しなく成るんだよね。
自分達の世代にとっての利権だけでなく、将来を担う世代にとっても、利益になる政策が考えられる仕組みをつくることが必要だよね。
親は、子供を産むことの意味、リスクを事前に知ることができる。
無論、万人が知識を満足に得られる訳ではない。
親は、人生の中で産むタイミングをある程度コントロールできる。
当然、その選択を行うことは私ごときの想像を絶するストレスがあるだろうし、
宗教、道徳、社会的外圧によって、単に医療の限界によって不可能である場合の方が多いだろう。
どんな親の、どんな時期に、どんな時代に、
選択する機会はない。
例えるなら、夜寝ている間に、部屋に忍び込まれて印鑑を盗まれ、
勝手に婚姻届を出されて受理されてしまうようなものかもしれない。
もしかしたら親が子作りをした晩に、夢で産まれてくる前の魂か何かと面会して
契約書にサインでもして、そのことを忘れているのかもしれないが
自分自身の人生をどれだけ努力したところで完全に自由にはできないのと同じように
生まれて20年で自殺するかもしれないし、15年で他殺されるかもしれないし、10年で餓死するかもしれないし、
5年で事故死するかもしれないし、3年で親兄弟が殺すかもしれないし、1年足らずで病死するかもしれない。
胎内で死ぬことすら受けられる医療によっては珍しくもないだろう。
親、というより人間は責任なるものを持つには無力すぎるからである。
人間にはどうしようもないことは他にも無数にあるが、出産は特に不可逆性が強い。
例えば物を壊した責任、盗んだ責任、ケガをさせた責任くらいなら被害者が納得する賠償もありうるが、
産んだ者に対して幸せを保障することも、なかったことにすることも不可能である。
人を殺した責任など持ちようがないことと、もしかしたら似ているかもしれない。
ここに重要なのは、子供を産むことは善であるとか、悪であるとか
好ましいとかそうでないとか、必要か不必要かとか、本能だとか愛情だとか
そういった瑣末なことではなく、
それだけ恐ろしいことである、ということだ。
それだけ恐ろしいことをしている者は、勇敢なのか無謀なのか
恥ずかしいポ エム終わり
わたしは選挙権を行使した記憶がありません。つまり棄権の常習者です。けしからんことです。
しかしじつはちっともけしからんことだとおもっていないので、ますますけしからんことです。
棄権することにもたいした理由や意味があるわけでもありませんが、しいていえば、民主主義というけっこうな制度は、わたしのように天下国家、世の中のことに無関心な人間の生存をもみのがしてくれるところに最大の特徴があるという、自己流の解釈にもとづいて、まずは惰眠をむさぼる権利の方を享受しようというわけです。
世の中にはまじめな正義漢が多いようですから、わが身にふりかかる悪の火の粉も、そういう人々が払いのけてくれることでしょう。
一票を投じたくらいで、ああ自分もこれで政治に参加しているのだといいきかすのも気恥ずかしい。教会と投票所と刑務所だけは、できることなら行かずにすましたい。
いっそ選挙なんていう欺瞞的な気休めは廃止して、政治屋志望者には電子計算機でも使って能力・適性テストを行ったらいかがでしょう。でなければ、買収制度を合法化するのがすっきりします。
こんなことを放言したからといって、いじめないでください。おおらかに、おおらかに、他人を監視して、ふざけた人間をつまみだすことに熱心な投書家がふえたりすると、住みごこちのわるい民主主義ができあがります。アメリカみたいな。以上。棄権常習者の弁。
日本が戦争に向かっていった経緯を知らんアホが「戦争反対」って叫ぶだけ。
何で日本が戦争するようになったかというのには産業革命によって自国の庶民が皆貴族化することになりそうなると人手が足りなくなり弱小国を植民地として貴族による低賃金労働者を得るために欧米列強はこぞって植民地支配をしていたので、日本もビックウェーブに乗ってアジア諸国を植民地化し豊かになろうとした、が第二次世界大戦ではナチスドイツと大日本帝国が植民地を増やそうと戦争拡大して多くの人間が死ぬ結果になったので植民地支配は止めよう、ということで今は戦争による植民地獲得は禁止になったことだし日本は戦争を放棄した。
けれども今はテロ国家による犯罪は多かった上に日本では過去に韓国と北朝鮮によるテロが何度もあったんだから韓国と北朝鮮に対しては行使すべきだったかもね、両国とも未だ謝罪無いし。
ググレカス曰く「ほかにすることはないのですか」
http://www.geocities.jp/koreanlaws/kenpou.html
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3277/2013kenpou.html
http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/index.htm
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8186538
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/docs/19490404.T1J.html
横ですまんけど、俺が思うにはいかに次期政治の質を上げてもらうか、くらいが安全かつ確実に国民が出来ることだよ。そのためにこの選挙期間中、与野党と党員・支持団体・公務員さん・周辺企業から膿をいっぱい出してもらわなくちゃ。
改憲・護憲、親米・親中・保守、どうなろうが辻褄が合っていればうまくやれるよ。
問題は、例の「仮免総理」みたいなそもそも政治をつかさどる質のない奴とか、検察を抱き込むパワーを臆面もなく行使する奴とかが政治の中央で邪魔することだよ。同じ与野党内に国賊がいるんもんだろう。国粋主義者は否定したくなるだろうが、旧日本軍の中にも売国奴みたいなが結構中枢にいたと聞くよ。
国家予算の3割って社会保障費のことか? 社会保障費っていうのは医療の他に年金とか介護とか福祉とかの費用が含まれているから、純粋に医療だけだとざっくりそのまた3分の1くらいの金額になるんだぞー? わかったかなー? 一般教養取り直してこいタコ。
そして国家予算の使途に占める割合と、「人類が医学に頼っている」ことと、「高度な存在」とやらの関連が全く不明確だ。医学を軍事に書き換えても命題自体は破綻しない、その程度に意味不明な、というか無意味な主張にすぎない。
カネを稼げればエライとかいう話はいよいよ文脈が不明だ。お前の行く学会では発表者含む参加者は資産額を競うもんなんだというなら話は別だが。
事実事実と偉そうに吹いてたくせに、ここに来て本格的に精神論だよw本当ブーメランだなお前はw
俺は初めから動機の話なんざしてないんだよ。挑戦を楽しむのは勝手だが、自分を権利者だと思ってるならクソバカすぎて同業に迷惑だと言っているんだ。あれだ、スメハラだスメハラ。スメル・ハラスメント。くさいんだよお前は。
建前だろうが本音だろうが、楽しもうが努力に喘ごうが、結果が出せない成果に繋がらないならそれは全てゴミだし、無駄だ。
権利とか言ってるやつは大抵「これから権利を行使する側に加わるゾー」ポジでしかものが見えてない。
実際に権利を行使する即ち行動することで生じる結果ってものを見ようとしない。義務アレルギーで無責任なガキだ。
ものが己の脳己の人生である限り、その脳を人生を何に費やそうと基本的には本人の自由だ。ただし費やしたことに伴う責任は持ってもらう。
まして医者は己の脳と人生どころか他人の肉体と生命を費やしてもいる。それで何も寄与しないんじゃ、ただのクズだ。
最近はそういう当たり前のことも学部で教えるって聞いたんだがな。どこの三流大出なんだ?
研究者として生きる(笑)そういうジョークは業績リストの末尾に書いとけw
つかさ、どんだけお前が建前を持って強弁してもさー。実際の医者がやるかやらないかは決める権利あるんだから、意味ないだろって思わないのか?
実際の医者の選択にたいして追随して金をだしたりお願いするしかできねーんだよ国も国民も。だって、医者のさじかげんで医学が決まっちゃうんだから。
この力関係が読めないのはガキだわ。
実際、医者が地方にいかねーから、医者が居れば普通に助かってる人間が田舎で死にまくってる。これは医者がお前が言うところの『義務()』を放棄してるのかな?w医者がやることに金を出すしかできねーのに、その金にすら医者がなびかねー状態なのよ。国民だの倫理に力が無いことが丸分かりなわけ。
やれやれ。いよいよ現場に欲しくない人間になってきたわ。育てようがねえだろこんなの。ウチの救急の部長が聞いたら何dBの叱責が飛ぶかな?
いや、みんな大人だから、静か〜に冷た〜く切って捨てそうだな。循環器のトップとか、外科のセンセとか、特に無駄が嫌いなタイプだし。
欲を言えば今の勤務先、せめて臨床研修病院を晒してって欲しいくらいだな。ウチじゃありませんように。こんなの採ったら組織が腐っちまう。