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2018-10-11

anond:20181011230436

松本智津夫「いや、オタクは仲間だよ」

大川隆法オタクの人向けに毎年映画を公開してますよ。声優さんも豪華です」

2018-10-04

anond:20181004135305

教育勅語教育への持ち込みを考える人松本智津夫を手本に道徳教育をすることを肯定する立場ってことですね理解しました。

anond:20181004134640

わざわざ不適切なことも書かれてる教育勅語原典にしない方がいいよね~

道徳で親子愛を語るのに松本智津夫とアーチャリーを題材にするのは不味いよね~

anond:20181004001953

その名前を出すと奴を神格化することになってしまうからよくない。

本名松本智津夫でよい。

2018-08-30

階段を上がった横にある部屋には、五人の男たちが待っていた。

麻原には誰が誰か分からなかったが、正面に拘置所長、その後ろに検事総務部長ら拘置所幹部がいて、横には祭壇が設けられ、教誨師僧侶も立っていた。

松本智津夫君。残念だが、法務大臣から刑の執行命令が来た。お別れだ」

2018-07-18

麻原焼香ってネタ考えたか松本智津夫葬式に出たい

葬式やんの?

anond:20180718192337

Hagexさん、結愛ちゃんをはじめ、今回の記事言及した事件において、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

松本智津夫冥福も祈ろう。

2018-07-16

グフッ」(松本死刑囚

オウム真理教松本智津夫元死刑囚死刑執行されてから13日で1週間になります。当日の朝から執行までの松本死刑囚の詳細な様子が関係者への取材で明らかになりました。

今月6日午前7時ごろ、松本智津夫元死刑囚東京拘置所にある独居房の一室で目を覚ましました。朝食は部屋でほぼ全てを食べたといいます刑務官から声がかかったのは7時40分ごろ。

 

「出房」(刑務官

 

刑務官に付き添われ、行き着いた先は教誨室でした。

 

「お別れの日が来ました。教誨はどうしますか」(刑務官

・・・」(松本死刑囚

「じゃあやらないんだね。言い残したことはある?」(刑務官

 

終始、ぼうぜんとしていたという松本死刑囚

 

「引き取りはどうする?」(刑務官

・・・」(松本死刑囚

「誰でもいいんだぞ」(刑務官

ちょっと待って」(松本死刑囚

 

しばらく考え込みます

 

「誰でもいいんだよ。妻・次女・三女・四女がいるだろう」(刑務官

 

少し間が空いたあと・・・

 

「四女」(松本死刑囚

 

小声でよく聞き取れなかった刑務官が「四女?」と聞き返すと、松本死刑囚は四女の名前を口にしました。

 

「四女だな?」(刑務官

グフッ」(松本死刑囚

 

松本死刑囚はそう言って、うなずいたといいます。暴れたり、抵抗したりするようなことはなかったということです。

 

グフッとは?

 

西日本豪雨予言だった?

2018-07-15

麻原彰晃の遺骨など実は必要がない四女以外の関係者たち

最終的には遺骨は欲しいとは思うが、現段階でそれが必要ないほどの宣伝効果を得ているアレフである

ワイドショーや様々なネット記事松本智津夫氏の家族である三女が表立って、家族との縁を切ったとされる四女を叩くことにより、

私達は正常だ。松本智津夫精神状態は正常でなく、さらに四女も同じく異常だとし、遺骨の所有権は私達にあることの正当性がある。

というアピール成功している。

だが、また四女を利用しひかりの輪代表である上祐史浩氏も正常な宗教組織だというアピールにも余念がない。

もう全てが狂っているし、全てに救いがない。

2018-07-14

[] オウム残党の解散手続き

麻原彰晃こと松本智津夫の四女・松本聡香さん(仮名)と代理人滝本太郎弁護士は、死刑執行だけでなく、教団の解散まで必要と主張されています

もうオウムを終わりにしませんか。

 

オウムの残党

現在公安調査庁によってオウムの残党と認定されている団体は3つあります

  1. Aleph」 主流派:麻原に対する“絶対的帰依”を明示的に強調して活動
  2. 山田らの集団」 「Aleph」における内部対立の結果,「Aleph」を離脱した幹部信徒山田らが「Aleph」とは一定距離を置いて活動を開始。約30人の構成員
  3. ひかりの輪」 上祐派:“麻原隠し”を徹底し,観察処分を免れるための取組を強化

(他にも「解散対象」となる派生団体はあるのでしょうか?)

 

解散プロセス

聡香さんと滝本弁護士は、教団の解散に向けて、どのようなロードマップを描いているのでしょうか?

最終的なオウム解体に向けて、日米政府および国連、内外の有識者たちによる第三者委員会設立して、十分に協議し、不要な混乱や遺恨を残さないように努めるべきでしょう。

今はインターネットがあり、世界に向けて誰でも自由情報発信できる時代です。(中国金盾のように、「言論の自由」が制限されている国もありますが。)

 

聡香さんと滝本弁護士は、他の日本人から合意が得られるようにプレゼンテーション積極的に行ない、解散に向けた支援の輪を広げるべきでしょう。

関係者も、解散に向けて互いに意見交換するための場を設けるべきではないのでしょうか?(増田でもOK?)

2018-07-11

松本智津夫人生に思うこと

ウィキペディアでこの人の生い立ちを見たが相当屈折した子供時代を過ごしたようだ。モンスターは生まれるのではなく作られるのだと思った。宗教世界に入ったのが25歳、地下鉄サリン事件を起こしたのが40歳というから信者からみれば若きカリスマだったのだろう。それだけ若ければ女性信者楽しいことをしていたに違いない。方向性を間違えなければ大企業社長になっていたと思う。人生紙一重だ。

2018-07-09

麻原プラン=四女が新団体設立して教祖になる計画

マスコミが一番狙っているのは四女のスクープ。(報道関係者の内輪話を聞いて盲点発見

忘れないうちに一応メモ

 

麻原は、自分のことを詐病だと言っていた四女を遺体引受人に指名したという。

これが事実なら、麻原と四女の間に、四女を教祖とする新教団構想があったのではないか

オウムから逃げたいと言って江川紹子氏に後見人になって貰ったときも、四女は教団を作ろうとしていたという事実とも符合する。

 

しかし、残念ながら彼女父親を「グル」と崇める気持ち宗教的な関心は、私が気が付きにくい形で、むしろ深まっていました。

彼女状態が分かるたびに、私はカルト問題専門家の協力を得ながら長い話し合いを行いましたが、効果はありませんでした。

江川紹子さんも四女の虚言に騙されていた)

 

1. 四女は麻原を詐病だと公言していた。

理由は、面会時に麻原が四女にだけ分かるように話しかけてきた、ということ。

「さとか…」それは、私にだけ聞こえるくらいの小さくて懐かしい父のこえでした。

父は右手自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように、私の名前を呼んだのです。

看守は気付かなかったようですが、私には聞き取れました。

いや、おそらく口の動きが見えていなければ私も聞き逃してしまたかも知れません。

 

2. 四女と麻原の会話

ということは、四女と麻原との間に会話が成立していた。

(他に会話が成立したという人は、東京拘置所職員を含め誰もいなかった。)

 

3. 麻原が四女を指定

麻原は、死刑執行直前に四女を遺体引受人に指定した。

オウム真理教の松本智津夫元死刑囚が6日の執行直前、東京拘置所職員に、自身遺体を四女に引き渡すよう伝えていたことが7日、関係者への取材で分かった。

 

4. 麻原と四女の密約

とするなら、麻原と四女との間に、何らかの「取り決め」があったから、四女が選ばれたと考えられる。

 

5. 四女の行動

四女は過去に、アレフトップに立とうとしたり、新しい教団を作ろうとしていた。

――その事件村岡さんはA派から中間派転向したと言われるわけですが、一時は村岡さんたちが四女を担ごうとしたわけですね。

 

6.四女が新教祖

これらの事実を踏まえると、「四女を教祖とする新教団を作りなさい」という麻原の指示があり、四女はその指示に従って行動していると考えられる。

 

麻原と四女の間に何があったのか?

死刑反対のロジック死刑賛成のフィーリング

先日、麻原彰晃松本智津夫)をはじめとする複数オウム幹部死刑執行された。

それに関して死刑制度の是非がまた論じられるようになっている。

まあ死刑制度については人によって考えがいろいろあるのだろうが、ここでは個人的な考えを纏めたいと思う。

まず死刑制度は何のためにあるのか?

一つは「報復のため」だろう。目には目を歯には歯を、とばかりに、極悪人には死で償ってもらうというものだ。

二つ目は「スカッとするから」だろう。悪い奴、嫌いな奴、憎い奴が殺されるのは気持ちがいい。もし俺が被害者遺族の立場に立ったら、加害者は殺したいほど憎むと思う。

三つめは「犯罪抑止のため」だろう。だが、これには疑問が残る。もし死刑犯罪抑止効果があるなら、死刑廃止した国は、死刑廃止後に犯罪数が激増しているはずだ。だが、そのような話を聞いたことがない。これは話半分に考えておくべきだ。

では、死刑反対について話をしよう。死刑反対の理由はいくつかあるが、

一つは「冤罪可能性がある」だろう。冤罪人間を殺してしまっては取り返しがつかない。もっとも、これは冤罪のもの問題だし、殺さなければいいというものではない。そして、冤罪でないことが明らかな相手には無関係な話だ。

二つ目は「人を殺してはいけない」に説得力がなくなる点にある。国は市民殺人禁止しているのに、国が殺人を行うのが許容されるのは、明らかに矛盾している。という理屈だ。「正式手続きに則っているのだから良い」という意見もあるが、その「正式手続きを経れば殺人が許容される」という考えがおかしいと批判されているのだから、ここは平行線だ。

さて、死刑反対の話を出すと「欧米ではテロリストを射殺することが多々あるが、現行犯を射殺するのはいいのか」という意見がたまに見られる。

断言するが、このケースは許される。

こういうことを書くと「人を殺してはいけないんじゃねーのかよ」と言われそうだが、これには例外がある。それは「現在進行形他者生命安全が脅かされているとき」だ。

これは正当防衛論理と全く同根だ。もしあなたの家に刃物を持った強盗が押しかけてきたとして、その強盗に反撃して殺してしまっても、基本的には正当防衛適用される。

だが、この強盗をひっとらえ、手足を拘束し、身動きを取れないようにするなど、無力化した場合はどうか。相手自分を殺しに来るような悪人であっても、無力化された人間を殺したり、危害を加えるのは(情状酌量余地はあるにしても)許容されない。

これが死刑反対三つ目の理由であり、そして最も重要ロジックだ。

「無力化された人間は、いかなる理由があろうと殺してはいけない」

逮捕され、拘束され、刑務所に入れられた人間は、明らかに「無力化された人間」に他ならない。だから、そのような人間を殺すのは許されない。

一方、逮捕されてもいない、武装した強盗テロリストは、いつ人を殺すか、危害を加えるかわからない。「無力化されていない、かつ他者生命を脅かしている存在」だからこそ、逮捕せずに射殺が許される。

これこそが、死刑制度否定されるべき理由である

さて、死刑に賛成の人間が、これに太刀打ちできるロジックを立てられるかというと、不可能だ。だが、死刑賛成はロジックでするものではない。

死刑に賛成するのは、感情論で十分だからだ。

死刑を望む理由は二種類ある。「悪い奴は殺されるべき」「極悪人を許せない」という義憤正義感と「悪い奴を、嫌いな奴を殺したい」という欲望だ。

どちらも人類が持つ感情として普遍的ものであり、この感情否定するのは絶対不可能だ。

なぜ死刑肯定されうるか、それは人類にとって普遍的、かつ自然感情に訴えかけているからだ。

ここまで並べればわかるだろうが、死刑反対派と死刑賛成派は決して交わりえない。

論理的に考えれば、死刑制度肯定できるものではない。

だが、感情で語れば死刑制度否定することはできない。

どちらも重要ファクターで、二律背反となっていることこそが、死刑制度の是非が分かれる理由だ。

残念ながら、折衷案は今のところ存在しないし、まったく思いつかない。

2018-07-08

安倍がー を連呼する人々

オウム真理教松本智津夫処刑されたことについて、ジャーナリスト江川紹子

「真相解明されていないと言ってる人は裁判記録読め。あと『精神鑑定受けないまま執行された』というのはデマ」

ってコメントをしてたので、その真相解明されてないと言う人の発言を拾うと多くが

真相究明されてない」「安倍がー(云々)」

真相は闇の中」「安倍がー(云々)」

オウム真相隠滅」「モリカケ安倍がー(云々)」

なんだか、みんな 「安倍がー」 を言いたいだけなんじゃないかと思ってしまう。 こういう人たちは、その辺で

箸が転がっても 「安倍がー」 と叫びかねない。女子高生なら普通ケラケラ笑うシーンなんだけど。

みんな安倍総理が大好きなのかな? 好き過ぎて「安倍がー」と叫ばずには居られない恋の病みたいな。

2018-07-06

死刑廃止派の一法曹としての意見

松本智津夫オウム真理教事件の確定死刑囚死刑執行された。

 私は死刑制度自体に反対の立場ですが、なぜそう思っているのかについて簡単に書いておきたい。およそ日本の今の状況で、松本らの死刑執行タイミングほど、死刑制度についての関心が高まることはないと考えるからです。

有罪であるという確証が持てない時に、多くの裁判官はどういう行動を取るのだろうか

 司法制度では疑わしきは罰せず、という原則があるのは、ほとんどの人が知っていることだと思いますしか現実裁判官がそのように行動しているかというと、そういうわけでもないようです。先日twitterである弁護士が、下級審簡裁だったかな)の判決書きで、若干の疑いがあるからちょっと罪を軽くしとくね、というような文面を書いてしまったため、控訴審でそれが棄却された、というものが流れてきました。これは判決書きに書いてしまったおバカな事例ですが、上級審であっても同じような運用がされていないわけではないようです。元裁判官で、刑法学者植松正は「無期懲役誤判の吹き溜まりである」と言いました。事実認定に若干の疑いがあるが、情状は極めて悪く、真に犯人であるのならば、死刑にするしかないというような場合無期懲役にすることが多い、というのです。これは裁判原則に反しています。実際には、情状に関わらず、事実認定合理的な疑いが残るのであれば、無罪とせねばなりません。なぜそれができないのでしょうか。裁判官人間ですから世論はまちがいなく気にしています世間を騒がせた大きな犯罪である場合裁判官のうち一人に合理的な疑いが残っていたとしても、合議の中で、簡単無罪判決を出せるものではないでしょう。つまり裏を返せば、合理的な疑いが残っていたとしても、死刑をいう選択をされてしま可能性は0ではないということです。死刑という刑罰存在する以上、確実に、100%、全くの疑いの余地なく、死刑に値する、と考えられない場合にも死刑選択してしまう例が存在するということです。

死刑制度問題は究極的には被疑者被告人人権問題に帰する

 死刑に値する犯罪を、まさか自分が行うはずはない、とほとんどの人は思っていると思います。ゆえに、とんでもない罪を犯した人間は、死刑でも仕方ないし、死刑が速やかに実行されるべきだ、という考えを持っている人が多いのではないでしょうか。被疑者被告人人権よりも、被害者の応報感情の充足が優先されるべきだ、と考える人も多いでしょう。しか100人死刑囚の中には、1人の無辜人間がいるとしたらどうでしょうか。その人を国家権力が殺す、という不正義をあなたは許容できるでしょうか。99人の”真実犯罪者”の被害者の応報感情社会要請としての死刑制度は、そのリスクを甘受するべきだと考えるでしょうか。

 では自分痴漢として裁判にかけられるかもしれない、と思う人はどれほどいるでしょうか。自分痴漢をやっていないことは天地神明に誓えるけれども、なんの証拠もない。被害者は、あなた痴漢されたと言っている。裁判所はあなたの訴えを合理的な疑いが残るとして認めてくれるでしょうか。捜査機関は、被害者の主張を、合理的な疑いが残らないように、矛盾をなくした形で、調書を作成するプロです。また裁判所は一応独立機関であるとされていますが、かつては判検交流と呼ばれる制度もあり、基本的裁判官検察官親和性の高い人たちですし、基本的検察提示証拠を信用して事実認定をすることが多い組織です。あなたの主張は認められず、あなた有罪判決を受けるかもしれない。あなたはそのリスクを甘受するでしょうか。疑いがかけられた以上は、痴漢という、卑劣犯罪行為に対して、その犯行を認めようとしない犯人であるあなたには、何の反省も見られない、と言われるかもしれません。

 裁判人間が行うものである以上、無謬ではありえません。痴漢冤罪場合、たとえ有罪であっても、人権上の制約は小さいと言えますし(むしろ冤罪であったとしても認めてしまった方が人権は制約をされないという残念な状況にある)、もし防犯カメラなどから無罪証明できた場合名誉回復され、損害賠償請求できる場合もある。しか死刑場合においては、それは究極の人権制約なのです。

団藤重光は以下のように論じています

例えば懲役刑などにしても、長いこと刑務所に入って、後で無実だということがわかって出されても、失われた時間、失われた青春は再び戻ってこないという意味では、これも確かに取り返しのつかないものです。しかし、そういう利益はいくら重要な、しか人格的、その意味主体的利益であろうとも、人間自分の持ち物として持っている利益ですが、生命はすべての利益帰属する主体存在のものです。もちろんこのことと、前述の人間尊厳が人命の上位にあるということとを混同してはなりません。死刑はすべての利益帰属主体のもの存在を滅却するものですから、同じ取り返しがつかないと言っても、本質的に全く違うのであります

 痴漢冤罪による被害を最小化するために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人人権を守りましょう、被疑者実名報道はやめましょう、無意味身体拘束をやめましょう、という主張に対して賛成できる人は、死刑存置を考える人よりも多いのではないかと思いますいかがでしょうか。

 本質的には、これは死刑冤罪による被害をなくすために、真犯人を含む、すべての被疑者被告人に対する、究極の人権侵害である死刑廃止しましょう、という主張は私には同じものに思えるのです。しか死刑廃止するべきだ、という人はずっとずっと少ないのです。

被害者(周辺を含む)の応報感情を軽く考えるべきではない

 痴漢で捕まった人が、周囲に実は自分自白させられただけで、無罪なんだ、と主張することはよくあると思いますが、特に妻子持ちの人に多いのですが、私の経験上、やってないと強く主張していた人であっても、ここで認めても家族に知らされることはない、ということを教えると、スルッと実はやったんだ、という人が結構ます。ですから冤罪を主張する人たちの中に、罪を逃れるためにそう主張している人が多くいることも事実でしょう。しかし実際に痴漢冤罪によって人生が狂ってしまった、という人は確実に存在します。死刑においても同様のことが起きていないとは、誰にも言えないのではないでしょうか。

 しかし多くの人は、死刑に値するような重大な犯罪で、自分冤罪当事者になることな想像もしないでしょう。それに比べれば、自分たちの周りの大切な人たちが傷つけられたということへの怒りはとても身近で、応報感情に流されてしまいがちです。これは非難されるようなことでありません。前述の団藤は、父ブッシュとデュカキスとの討論で、妻を強姦され、殺害されても、死刑に反対するのか、という質問に、淡々と「それでも死刑には反対だ」と主張したデュカキスに対し、世論は非常に強く反発したと書いています。これがデュカキスの敗因ではないと思いますが、死刑廃止を訴える人に対し、「お前の家族を殺されても、死刑に反対だと言えるのか」という主張はよく向けられます殺害される、などという、およそ通常経験しないことを経験した人たちが、犯人を自ら殺してやりたい、あるいは国家によって同じような目に合わせて欲しい、という感情自然ものであると思いますしかし、当事者でない我々が、そう思うのは当然だ、とその応報感情正当化をする必要は必ずしもないとも思うし、死刑廃止論者であった人が、実際にそのような目にあったときに考えを変えたとしても、それはごく自然な話であると思うのです。その感情否定はできませんが、団藤が述べているように法の論理は、もう一段上の次元で考えるべきはないかと思うのです。

自分は無実なのだと内心で叫びながら絞首台に向かう人の存在を許容できるか

 私は貝になりたい、の主人公床屋は無実ではありませんが、死刑に値する罪を犯しているか、と考えるとそうではないと思います。あの絶望を持って、死刑にされる人間がいる、という不正義を許容できるかどうか、結局はその価値判断なのだと私は思います

 私はその価値判断において、死刑廃止して欲しいと考えていますが、それゆえに、死刑の存置を訴える人の価値判断尊重したいと考えていますしかしその上で問いたいのです。あなたは、たとえわずかな確率であっても、あなたあなたの大切な人が、冤罪死刑になってしまうことを許容できますか、と。

松本智津夫死刑執行ニュースで埋もれてしまったニュースあるでしょ。政府安倍にとって都合の悪いニュース

松本智津夫死刑執行で何を隠そうとしてるんだろうね政府

2018-05-05

松本智津夫葬式で起こりそうなこと

焼香焼香焼香焼香焼香~♪

2018-03-02

2018年前の教訓

余計な「謎」を残すと、後々「面倒」なことになる。

娘の言う通り、父が真実を語る機会を与えておくべきなのだろう。

 

スペシャルコメンテーター

松本麗華(元オウム真理教 松本智津夫死刑囚三女)

ニュースオフサイド

アーチャリーと呼ばれた娘がラジオ初登場。松本麗華が語る、裁判、そして父のこと

2018-02-22

anond:20180222140454

TVCMでサブリミナル女性器の映像を挟み込んどけばこんなことにはならなかったと思う

松本智津夫もきっと同意してくれるはず

2017-10-19

anond:20171019115228

大多数は自堕落に過ごしてるから自業自得だろうけどな。

植松みたいなのも悪いとは言え有象無象に埋もれるよりは良いんじゃないか?松本智津夫も彼のよく使ったポアも多分歴史に残るぞ。マイナス方面はそれなりにハードル低いしな。

プラス方面なら俺みたいに完成を研ぎ澄ませ毎秒毎に成長してスキルアップしていくように心がければ簡単歴史名前が残るよ

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