2023-06-18

ローズマリー・サトクリフローマンブリテンシリーズ本一覧

※ほぼメモ書きです。

 ローズマリー・サトクリフ(Rosemary Sutcliff, 1920-1992)といえば、『第九軍団のワシ』をはじめとするローマンブリテンシリーズで有名な作家である。このシリーズは、一般ローマンブリテン三部作(『第九軍団のワシ』、『銀の枝』、『ともしびをかかげて』)ないし四部作(『辺境オオカミ』も加える)と呼ばれている。岩波書店でもそう書いている。

https://www.iwanami.co.jp/book/b269788.html

 一方、英語版Wikipediaのサトクリフの項目を見ると、『第九軍団のワシ』シリーズは他にもある。要は、4部作で終わっているというわけではないのだ。ファンサイトSutcliff Wikiでは、正式名称ではないとしつつ、"Dolphin Ring"と呼称している(一方、第九軍団のワシ、銀の枝、ともしびをかかげてを指してRoman Britain Trilogyという言葉遣いもされている。実際、1980年にThree Legionsというタイトルでセット本が出ている)。その作品群について整理しておく。

(1)作中時系列

2世紀:第九軍団のワシ(The Eagle of the Ninth)

3世紀:銀の枝(The Silver Branch)

4世紀辺境オオカミ(The Flontier Wolf

5世紀ともしびをかかげて(The Lantern Bearers)

5世紀:落日の剣(The Sword at Sunset)

6世紀夜明けの風(Dawn Wind)

9世紀:剣の歌(Sword Song)

11世紀:盾の輪(The Shield Ring

(2)出版順(訳者無記名は猪熊葉子

1954年:第九軍団のワシ(Oxford University Press)→岩波書店1972年

1956年:盾の輪(同)→山本史郎訳『シールドリング ヴァイキングの心の砦』原書房2003年

1957年:銀の枝(同)→岩波書店1994年

1959年ともしびをかかげて(同)→岩波書店1969年

1961年夜明けの風(同)→灰島かり訳『夜明けの風』ぽるぷ出版2004年

1963年:落日の剣(Hodder and Stoughton)→山本史郎山本泰子訳『落日の剣 : 真実アーサー王物語原書房2002年(2巻本)

1980年辺境オオカミ(Oxford University Press)→岩波書店2002年

1997年:剣の歌(The Bodley Head)→山本史郎訳『剣の歌 ヴァイキング物語原書房2002年

 これらの作品群がファンWikiDolphin Ringと呼ばれているのは、言うまでもなくアクイラ一家のあのイルカ指輪(=古代ローマ人のハンコ)が共通して登場するからで、時代の流れとしても共通した設定を持っているかである。ただ、『三銃士シリーズのような一貫した主人公陣営を描いているわけではない。第九軍団のワシの主人公マルクス・フラーウィウス・アクィラ(訳書には従っていない)は、元々属州ブリタンニア駐屯するローマ軍団に属していて、家のルーツエトルリアにあるから、もとはといえばイタリア半島人間なわけだ。ところが、彼が色々あってブリタンニア定住を決め込んだことが指輪運命を決めている。『銀の枝』の主人公ティベリウス・ルキウス・ユスティニアヌスジャスティン)とマルケルス・フラーウィウス・アクィラ、『辺境オオカミ』のアレクシオス・フラーウィウス・アクィラ、『ともしびをかかげて』の主人公アクィラ(上の名前は不詳)は、いずれもマルクスの子孫にあたる。

 もっとも、ローマ軍団が描かれているのは『辺境オオカミ』までであり、『ともしびをかかげて』はローマ軍団がいなくなったあとのブリタンニアを描いている。基本、サクソン人とブリトン人との戦争が描かれる。『落日の剣』はその後日譚にあたるが、主人公アンブロシウス・アウレリアヌス(この人は実在人物で、サクソン人と戦っていたブリトン人指導者)の甥アルトス(アルトリウス)となっている(もちろんアクィラも登場するが)。つまり本書はアーサー王伝説の翻案なわけであるしかも『ともしびをかかげて』よりも長い。『ともしびをかかげて』は、20年ほどを描くが、後者は40年ほどのスパンがある。本書は明らかに大人向けであり(ファンWikiにもFor Adult Readersとある)、児童書である他書と毛色がかなり異なる。

 『夜明けの風』はアルトスよりも100年ほどあとの時代で、デオルハムの戦いで壊滅したブリトン人王族の生き残りオウェインが指輪を持っている。『剣の歌』では主人公ヴァイキング少年ビャルニ(指輪は、ウェールズで暮らす少女アンガラドが持っている)になっている。そして時代的にはもっと最後にあたる『盾の輪』の主人公もまたヴァイキング少女フライサと孤児ビョルン(後者指輪を持っている)で、湖水地方に立てこもってノルマン人抵抗する様が描かれる。

 見ての通り、厳しい立場に立たされた者を主人公にするというプロットはほぼ一貫している。『第九軍団のワシ』は父親不名誉(ちなみに時代はあのハドリアヌス帝の治世にあたる)、『銀の枝』はカラウシウス帝に忠義を尽くした故に叛逆者となってしまった二人(なおこの頃の皇帝といえばディオクレティアヌスだ)、『辺境オオカミ』は軍人としての失態だが、同時にローマ帝国辺境民族ピクト人)との戦いが背景にある。『ともしびをかかげて』は撤退するローマから脱走して敢えてブリタンニアに残った主人公の苦労が描かれるが、彼の立場を厳しくしているのは、サクソン人のブリタンニア侵入である。サクソン人と戦う側が主人公になっているのは『夜明けの風』が最後で、『剣の歌』以降はヴァイキング主人公になっている。アングロ・サクソン人ブリテン征服が一段落して平和になったと思ったらデーン人がやってきたわけだ。さらにそのデーン人ノルマン・コンクエストで痛めつけられる(ノルマン・コンクエストは、思いっきり誇張すればデーン人(+アングロ・サクソン人)対ノルマン人の戦いであり、こいつら全員元をただせば海賊である)。ローマ人、ピクト人ブリトン人、サクソン人、デーン人ノルマン人イギリス史に登場する諸民族の融和がシリーズのコンセプトとなっている(それは第一作の時点から明らかで、イルカ指輪は父を殺害したピクト人長老マルクスに返却している)。

 出版年代を見ると、最初の『第九軍団のワシ』とシリーズ最終作となる『盾の輪』がもっとも早く出ていることが分かる。そして63年の『落日の剣』まではほとんど2年おきに出している。それから間が空いて80年の『辺境オオカミ』と遺作の『剣の歌』がある。特に『剣の歌』は推敲が十分でないように思われる箇所もある(作業途中で亡くなってしまったのだろう)。日本語訳では『ともしびをかかげて』が一番早い(おそらく、内容的に最も評価されているのではないかと思う。カーネギー賞もとっているし)。明らかに児童文学ではない『落日の剣』はともかく、児童文学作品でも猪熊訳と山本訳(と灰島訳)とに分かれる。版権取得の問題かもしれないが、あるいは猪熊作業量の限界だったのだろうか(1928年まれだし)。そもそも夜明けの風』は『ともしびをかかげて』の割と直接的な続編といって良いだろう。なお、自分の親は子どもの頃に『第九軍団のワシ』と『ともしびをかかげて』を読んでいたようだ(サトクリフ名前を出したら「あの小説か」と反応があった。結局「三部作」を貸している)。年齢が結構高い人でも、その二つは知っているのではなかろうか。

 英語圏では多分されていない「四部作」(第九軍団のワシ~ともしびをかかげて)という言い方も理由がないではない。この四つはシンメトリカルな構成をしている。『第九軍団のワシ』『辺境オオカミ』と『銀の枝』『ともしびをかかげて』(つまり13・24)と並べられる。前者では、主人公は百人隊長として失敗したあと、北方辺境名誉回復を遂げる。後者では、大陸への渡海という選択肢を捨て、ブリテン南部で戦う。「四部作」はアクィラ家のアイデンティティローマからローマンブリテンへと移り変わっていく物語なわけである(既に『銀の枝』でカラウシウス帝の口からローマ帝国亡き後にどうローマを残すのかというテーマが語られる)。そしてもはや「アクィラ」という名前が語られなくなった世でも、困難に立ち向かうアクィラ家の精神は、イルカ指輪象徴されてあとからきた民族へと受け渡されていく。そして現代イギリス人にも・・・というのがサトクリフの言いたいことなのだろう。

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