「大陸」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 大陸とは

2014-05-10

険悪な関係を広げる中国ではあるけれど、かつては「中華」にふさわしく、東アジアのみならず、東南アジア西アジア方面制度文化を発信していた。

特に、「漢」は、同時代にある「ローマ帝国」と同じように、東ユーラシア大陸システムの基礎を作ったと言っても過言ではないだろう。

ローマ帝国」が地中海地域ヨーロッパの基礎を作ったように。

伝統の「漢の文化」は、いかなる異民族に侵入されようとも、異民族文化を「漢化」した。

優れた制度を持ち、華やかな文化を持ち、数千年に渡り威光を放っていた大陸国家は確かに存在していた。

からこそ、中華人民共和国の振る舞いはすこぶる悲しい。

共産主義の下、さまざまな伝統破壊され、今では巨大なマーケットか、トラブルメーカーとしてしか認識されていない。

(それでもなお凄みを見せるのは、共産主義でさえ、中国化(あるいは「漢化」)していることだ)

かつての存在感を取り戻すための示威行為なのか、たんなる資源獲得なのかはわからないが、まるで遅れてやってきた帝国主義の国のようだ。

列強帝国主義時代こそ、中国清国)は東ユーラシア盟主として立ち上がらなければならなかったのにも関わらず。

たぶん、日本にとって中国、というか海の向こう側にある大陸先進国はあこがれであったと思う。

孔子儒教北側経由で回ってきた「道教」の影響を受けた仏教は、日本人生き方に影響を与え、

律令制度や、孫子兵法近代まで日本制度を構築し、

茶、歌などはその後、独自の文化的発展を築く礎となった。

からこそ、大陸の後継国の中国に対して、日本人だけでなく、多くの東ユーラシアの国々の人は複雑な感情を抱いているのではないか。

確かに、昔は輸送手段が乏しく、中国のあるところにいた人を実際に見る事ができなかったからこそ、書物で伝えられる聖人君主が素晴らしく彩られていたのかもしれない。

アヘン戦争では、あの清国が敗れたと日本で大騒ぎになり、国家としての改革が急務となった。

当時の日本の中に、清国連携し、ヨーロッパ対峙しようとした人々がいると聞いた事があるが、

それはなされず、脱亜論代表されるように、日本は東ユーラシアから抜け出していく。

そして、大日本帝国清国にとどめをさした。

この時、それまであった不文律の東ユーラシアルールが変わった。

かつての超大国は列強に食い尽くされ、その輝きを失った。

アヘン戦争列強の支配、そして日本軍事侵攻中国の大きな傷になった。

近年の経済発展と共に「中華」を認識し始めたこの国は、東ユーラシア覇権を再度、力によって取り戻そうとしている。

「力」による支配はすでに時代遅れのものになっているが、大きな傷を癒すように、暴力的な行動が後を絶たない。

また、過去最大の領土を誇る事が、共産党の大きな統治理由になっているようであるが、その中で、各民族独立の機運が高まっている。

今まで中国投資をしてきた最大の貿易である日本は、足場を大陸から南に移し始めており、経済成長も徐々に陰りが見えてきた。

強烈な貧富の差の拡大は、歴代の大陸の王制の崩壊要因にもなっている。

この国がやるべき事は、張り子の虎の様な振る舞いではなく、栄光ある後継国として腰を据えて国家を「再興」させていくことではないのだろうか。

駄文長文失礼

2014-05-01

このライトノベルの続きが読みたい 2014

SFライトノベル世代間闘争が華やかだけれど、そんな中ひっそりと続きを出してほしいライトノベルを思いつく範囲で。継ぎ足してください。

  火浦功って非実在作家だったの? 高柳君のペンネームだったのか。

  最近全13巻の構想が発表されたのでめでたく卒業か。まだ予断を許さない。

  合掌

  合掌

  作者が新シリーズ始めちゃった。

  秋山には猛省を促したい。ただでも遅筆なのに後片付けもできないとは。先生は悲しいです。

  あれで終わっててもいいけど。

  もう出ないだろう。合掌。

  これは本当、今すぐ出してくれ。頼む。

  あれで終わってるのか。

  スニーカーの2巻打ち切り基準は早すぎると思うんだ。

  日常ミステリの秀作。メディアワークス文庫なら化けてただろう。

  編集部魔改造されて今に至る。合掌。

  あれはあれで終わっているけど。

  電撃文庫マガジン短編載せただろ、編集起きろ!

  同上。「私とあなた青春革命。」もはよ。

  • 桜色の春をこえて

  ポプラ文庫ピュアフルで拾ってあげて欲しい。

  イラストレーターにはとりわけ頑張ってほしかったのだが……。ファミ通文庫も切るのがはやすぎる。

  • くあっど・ぴゅあ

  なぜ一冊しかない。そんなに木本が憎いのか。

  • ふわふわの泉

  同じくファミ通文庫。のちハヤカワ。それでも無理か。

  まだここに入れるには早すぎるかもしれないが。

  ギャルゲエの世界にようこそなら続いたのに、不思議

  風呂敷をひろげるだけひろげてそのまんま。よくある事故ではあるが。

  なぜ1冊だけ出した。



思いつく範囲で以上。

星くず英雄伝」を復刊したぽにきゃんBOOKSに期待したい。

2014-04-20

島国と大陸のズレ

韓国フェリー沈没事故報道を見て思うのは、遺族の感情表現がとても激しいこと。

衆目憚らず猛烈に泣き叫び暴れる。先日のマレーシア航空墜落事故での、中国人遺族も同様。

その昔、大韓航空爆破事故報道映像でも似たように嘆き悲しんでいた遺族を記憶している。

「泣き女」という文化中国朝鮮には存在する。葬式の場で大いに泣いて悲しい雰囲気演出する、歴とした職業らしい。

翻って日本人が、特にマスコミの前などで、そのように感情を爆発させることは少ない。

感情を赤裸々に発露させようとしても、恥が歯止めをかけるのか。

他のアジアの国だと、前観た映像で、台風被災したフィリピン人遺族は粛々と泣いていた。

欧州について。

自分の知る何人かのイギリス人は、感情の起伏が実に乏しい。

フランス人は議論するとすぐ白熱して、天下の往来でも大きな声と身振りで言葉を交わす。

色々例を挙げて何を伝えたいのかというと、感情を抑える、爆発させないことは島国に特有気質なのではないかということ。

島国と大陸二元論的に語られるトピックだと常々思っていて、たとえば外山滋比古言語における差異を「アイランドフォーム」と「コンチネンタルフォーム」と区別している。

むちゃくちゃ端折ると、島国と大陸言語論理体系がまったく異なるので、相互理解は大変だよって話。

結局のところ、マスコミの前で慟哭する大陸の人々は、自分にとって異文化だなぁ、と思うのであります

人がやめていく

徐々に何人か職場から人がいなくなるのはちょっと寂しいなあという話。

でもその中の一人が職場一年ぐらい前から明らかにトレインスポってて、

それにかかわりたくないから

彼の自社のリーダー偽装請負元の現場監督も見て見ぬふりだったよな。

明らかに進捗上がってないからわかっただろ。異変に気付いたはずだ。

かれは健康な時は性格もとてもはっきりしていて江戸っ子チャキチャキ。

ほかの彼の会社ゴミどもと比べると仕事もできていいやつだったんだ。

だが彼はいからか、目の焦点あわなくなり、しゃべりの呂律がまわらなくなった。

ひどいときには仕事中も昼休みの寝方でねていた。

仕事中急にいなくなって社内のいろんなところでStoned状態で発見されていた。

かと思うと会社の前の道路の真ん中でふらふらしながら音楽聞いて頭を振ったりしてるのを目撃されたりした。

そんなこともあり彼はさすがに作業ができなくなり、

どうしようもなくなって

自社をやめて檻のついた病院更生施設でしばらくリハブらしい。

トレインスポッた原因はいわゆるBraking Badな薬か、はたまた処方箋でもらった向精神薬・・・

いったいどちらだったのか?今となってはわからない。

こんなになるまでほっといていた彼の会社の連中もひどいとおもった。

職場で彼のこんな醜態さらさせずに、やんわりと休職を促せばよかったんだ。

おそらく助けてくれる人や優しく声をかけてくれる人を待っていただけだったんだ。

そしたら、寛かいしたら、またここに戻ってこれただろうに。

自社側リーダーあいつも、彼があんな状態になってることにも全く気にかけていないようだった。

本当に冷たかった。

あれは絶対に積極的に介入すべきだったとおもう。

彼が本当にかわいそうだよ。

あそこの会社仕事できないけどアメリカ大学中退した

プライドだけ高いアスペサイコパス気質なやつはまだ会社にいる。

あいつも全然彼のこと気にかけないでずっと糞みたいなしごとしてたよな

自分の作業を作る作業みたいな糞作業。

彼は華麗に自分無駄お仕事クリエイトする能力がある「お仕事クリエイター

それが原因で周りにどれだけ迷惑かけてるのやっぱりアスペからわかんねーんだろうな。

そして、その上サイコパス気質なやつだから損得だけで行動してて、

責任をすべて人に擦り付けるような大陸の人の仕事の仕方なんだよな。

やつが風邪をひくとほかの人が病院にいくような仕事の仕方。

そういうのもうやめようよ。

あれは、やられる方の身になるとむかつくよな。あいつはやっぱり糞だよ。

あいつがいなくなればよかったのに。

でもそういう少し異常な人間じゃないと長く仕事できない環境なのかな。

てなことをいう俺、みたいな。

2014-04-19

悪意的国民性一覧

いろんな国の人と仕事をやってるので国民性地域性を悪意を持ってまとめてみる。

アメリカ

ジャイアン馬鹿、俺は正義!お前らは俺に逆らうな!お客様は神?いや俺が神だ!

関わると危険、でも世界の中心だから関わらないの無理だよね。

アングロサクソン国家アメリカ除く)

印象なし、意外と印象が薄い。いるのかいないのか分からないほど印象がない。

特に問題ないと思うよ。

南米

分け分からん馬鹿国民レベルが低く意味が不明。リアル北斗の拳の住民。

関わるとカオス

東南アジア列島地域

妖精馬鹿、俺たち陽気な妖精さ!毎日遊んで楽しく暮らすのさ!るるるるる。

難しい事をさせてはいけない

東南アジア大陸半島地域

ちょっと馬鹿、一応頑張ってはいるが先進国には劣る。

まり難しい事をさせてはいけない。

インド

空気読めない系馬鹿、まったく意図しない解答が返ってくる。

意思伝達は難しい。

ヨーロッパ

いざと言う時にダラダラ、普段はすごいが、問題起きてもだらだらしてる。

ヤバくなると動かないかもよ

中国

いざと言う時に逃げる、普段は生真面目、でもヤバくなったら適当ごまかす。

ヤバくなると逃げるかもよ

日本

集団キチガイ、一人一人レベルが高くまともだが集団になるとキチガイになる。

客になったら駄目、寿命が縮まる。

韓国

単独系キチガイ、一人一人のレベルが高いが単独でキチガイ集団になると争乱。

客になったら駄目、即死決定。

2014-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20140407174544

日本固有種の鮒も多数いるし、古生代地層から鯉の化石も見つかってるとか…なので、日本古来種だろう。

錦鯉大陸由来の鮒と混同してないかい

(確かに放流された時期もあるが、他の種を駆逐する食性じゃないからな)

悪食で元々いる生物を食い尽くして共食いも平気でするブラックバスブルーギルとは違う。

しか自分の楽しみのためだけに元々いない所に、よそから持ってきて密かに放流するバカ(バサー)がいるから問題。

2014-04-05

国際社会裁判はない

日本訴訟国家ではないのが、私には意外である

日本人はなにかトラブルが起こった時、裁定者を求めるのが普通である。例えば、駅前に停めてある自転車邪魔だと思ったら、自分自転車の所有者に文句をつけるのではなく、市役所や駅員にどうにかするよう言いに行く。

これは日本人の個の弱さだ、と喝破する論説を読んだことがある。その時私は、これは日本人なりの文明的な態度なのだ、という感想を持った。揉め事が起きた時に当事者同士で言い争うのではなく、第三者に訴えて両者裁定を待つの日本人的だと思ったのだ。

そんな日本からこそ裁判活用しそうなものだが、日本訴訟国家ではないというのがアメリカと比べての結論らしい。とすると日本では裁判沙汰になる前に決着が着いてしまう、ということなのだろう。裁判官以外の第三者裁定で納得してしまうのだという推測ができる。

なるほど、これはたしかに個の弱さだ、と今になって思う。

この日本人的な気質がどのように作られたのか、というと、その答えは天皇陛下存在以外にはない。あの戦国時代でさえ、各武将は「陛下のため」というお題を錦に掲げていたのだ。日本人には従うべき絶対者がいる、というのは多神教が支配する日本の中に存在する一神教的な点であり、非常に興味深い。

さて、島国日本ではそれでよかったが、翻って大陸ではどうだろう?同じ神を信じる者同士であれば司教などの裁定が通じたが、宗教が違ってしまうとそれも出来ない。つまり、どこまでも個以外に頼るものがなく、個と個の激しいぶつかり合いがあった。それは、彼の地で生まれ育った人々の気質にも大いに反映されているはずだ。というか、そうした個の強さこそ世界スタンダードだといえる。

日本外交をする際に、こうした日本人世界一般の人々の気質の違いを踏まえていないと、大変な火傷をすることになるだろう。

例えば領土問題。この問題を国際裁判所に訴えればいいという言論があるが、これは一概にそうとはいえないのではないか。これは日本人同士の争いではなく、国と国の争いなのだ人種はもちろん宗教憲法も違う国と国の争いを裁定するのは何者なのか。その裁定にはどんな意味があるのか。これを、普通裁判と同じように考えてしまってはならない。

国際裁判所には、裁判は争いあう両国同意があって初めて成立する、という大前提がある。これはある意味当たり前のことだ。国という個が裁判結果を受け入れる姿勢がなければ意味が無い。司法裁判でもないからなんの強制性もない。だからこそ、どこまでも個がぶつかり合う国際社会の場では裁判という問題解決方法はあまりにも意味を成さないのだ。

まり国際社会日本の主張を受け止めさせたかったら、どこまでも主張を続ける以外にない。第三国裁定裁判と同じだ。争う両国にその裁定を受け入れるという最低限の同意がなければならない。誰かに問題の解決を頼むのではなく、自力で問題解決に向けて行動するしかないのだ。

日本人は今、真の開国をしてその姿勢を学び取らなければならない。その時に来ているのだと私には感じられる。

2014-03-29

http://anond.hatelabo.jp/20140328111627

ちょっと妄想してみたけど、大沖縄島の地形次第、だな。

沖縄をそのまま大きくしたような土地だと、台湾史が中国史ほとんど影響与えてなかったことから分かるように、土着政権が大きくならないので、それほど違わない率が高い。

これだとつまらないので日本史というか日中関係から妄想してみる。

とりあえず遣隋使遣唐使が多少捗る気がするけど、武家台頭あたりまでは大差ないはず。

大陸南宋が成立して、日本武家政権の時期になると、流石に大琉球重要性に気付くことになる。

妄想的には奥州藤原氏みたいな形の琉球藤原氏(始祖は藤原純友?)か、琉球源氏(始祖はもちろん鎮西八郎こと源為朝)がいて、日宋貿易仲介して巨万の富を築いていると面白そう。

交易の規模が拡大し、平家政権の力は多少増す。それで頼朝の攻撃を跳ね返せるかは分からないが、足利尊氏よろしく都から追い落とされても九州で再起を図るシナリオがあり得る。

妄想なので、貿易チャンネルを握っている強みを生かし、瀬戸内水軍を調略で一挙に寝返らせる逆転攻撃があれば、源氏の攻撃を阻止できる、はず。

日本東西に分裂したままになるか、平家主導で再統合されるのかは謎だが、琉球存在感は増す。奥州よりも征服難しそうな相手なので、本土の政権がどうなろうとも、半独立を維持したままモンゴルの台頭を迎えることになる。

この後の展開はおそらく、

「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

「おれは『海嘯』を読んでいたと思ったら いつのまにか『国性爺合戦』を読んでいた」

だと思われる。

2014-03-27

「海を見たことがない人類」の方が多数派?

今更ながら「武田信玄」という時代小説を読んでいるが、

武田信玄が「生まれて初めて海を見て、感動興奮する」シーンがあった。

鉄砲材料を入手するため、海路の出入り口を押さえたい(=駿河へ進出したい)というくだりもあった。

まり、海を見たい、海港を獲得したい、という欲求が、武田家の領土獲得欲求になっていたのでは?とある

この辺の欲求は、帝政ロシア海港を欲求して南下したのに通じる。

で思ったのだが、戦国時代江戸時代は勿論、明治以降も、戦前までは

山梨県人・長野県人では、海を見たことがない庶民が多数派だった」のではなかろうか?

先日「長野県人は戦前は滅多に海の魚を食べてなかった、海の魚の名前も知らないだろう」と投稿したが、

「そもそも海を見たことないんじゃないか?」とも思った。

もし海を見たとすれば、「徴兵されて、大陸へ送られる過程で見た」という程度じゃないかと思う。

さすがに現代では、義務教育課程での修学旅行なども普及しているので、山梨県長野県人でも、

大半の人間は海を見たことがあるとは思うが・・・

で、実は大陸国家である中国などでは、「海を見たことがない」という中国人が、今でも多数派らしい。

海南島に「中国ハワイ」と呼ばれるリゾート地、三亜があるが、ここには「生まれで初めて海を見たい」という

中国人が多数押しかけている。

また、沿岸部上海天津などでは「海を見たことがある」という市民の方が多数派だが、

彼らは「東に海がある光景しか見たことがない。

「海から昇る太陽」は見たことがあっても、「海へ沈む太陽」は見たことがない。

なので、彼らにとって、日本の「海へ沈む太陽」が見れるスポット(例’大阪湾)などは、抜群の観光スポットらしい。

同様に、アメリカ50州の中でも、内陸州で生まれ育った人には、今でも「海を見たことがない」人間結構いるらしい。

恐らく、インドでも内陸(デリーなど)の方では、「海を見たことがない」インド人が多数派なのではないか?

そう考えると、実は、人類全体の中でも「海を見たことがない」人の方が、多数派なんじゃないか?という気がしている。

2014-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20140305223451

ちょっと横道にそれる部分なんだけど』と書いてるけど、脇道じゃなく、そこが本題。

ヨーロッパとは何か」は地理の話でも歴史の話でもない。

ロシアヨーロッパとは違う、と思っている人の方が常に多い。

もちろん、地理的にはウラルより西が「ヨーロッパ」だ。

でもそれは単なる地図区分けの話でしかない。

人々の頭の中にある考え方は、これとはまるで違う。

ヨーロッパの一部としてのロシア」という概念は、ロシア人欧州人の内では常に圧倒的な少数派でしかない。

まり

『でもこれは既存の、少なくとも最近腑分けの仕方ではない、と感じた。』

というのは元増田勘違い

なお、イギリス人(正確に言うとイングランド人。スコティッシュやウェルシュは知らん)は

ヨーロッパってのは大陸諸国のことだ」

と思ってて、自分たちをヨーロッパに含めるのはそれが都合がいいときだけだ、とかなんとかそういうインチキ意識を持ってたりする、場合もある。

まあ欧州情勢は複雑怪奇から、迂闊に近寄らない方がいいよ

2014-03-01

http://anond.hatelabo.jp/20140301172147

ちょっと気になったけど、

世界島(せかいとう、World Island)は、アフロ・ユーラシア大陸ユーラシア大陸アフリカ大陸)の本体のことであり、周辺の島々(特にグレートブリテン島イギリス)、日本列島日本)など)は含まない。

世界島 - Wikipedia

世界の陸地の3分の2を占めているユーラシア大陸を「世界島」

地政学 - Wikipedia

まず世界島についてwikipedia内で食い違ってるのな。

マッキンダー提唱南極発見・測量が時期的にどう前後するのかわからないし、意図的に除いているのかもしれないが、世界島 - Wikipediaハルフォード・マッキンダー - Wikipediaに載っているマッキンダー地図にはなぜか南極大陸は描かれていない。

(ユーラシア大陸 + アフリカ大陸 - ブリテン島 - 日本列島) / (全大陸 - 南極大陸) *100 だとだいたい62%くらいで、2/3と言っていいんじゃない

マッキンダー自身が2/3と言ったのかどうかは知らないけど。

ユーラシア大陸が全大陸3分の2を占める』って違和感ない?

東欧を制する者が世界を制す ~ウクライナを取り巻く地政学環境~ - 海国防衛ジャーナル

まず、マッキンダーは全大陸3分の2を占めるユーラシア大陸を「世界島(World Island)」と名付けました。

ユーラシア大陸が全大陸3分の2を占めるっておかしくね?

面積的には5分の2ぐらいだよね?

すぐ下に世界地図画像もあるんだけど、それ見て3分の2ってホントに思ってるのかな?

ネットで調べた限りだと、Wikipediaマッキンダーについてふれてる部分にそんな記述が見られるんだけど、ホントマッキンダーはそんなこと言ってるの?

地政学 - Wikipedia

ホントにそんなこと言ってたら、マッキンダー、つーか地政学者は、地理政治について研究してるはずなのに地理の基本がなってない、とか言われそうなもんだけど…

2014-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20140111084146

「失敗をおそれるようにさせるのは何か」というのは、日本風景だと言われるし、なるほどおもしろい。

結果で物を言う、という言葉があるけど、もともと結果以外の部分で評価する文化じゃないからだろうか?

でも、平安時代には、どっちかというと「形や名として示せるもの大陸的なモノ)よりも、明確な形に残らない微妙な心の在り方とか(日本的なモノ)を評価する」のが文化的だったはずなんだけど、そういう貴族文化が、「命を惜しむな、名をこそ惜しめ」「働きが石高になる」の武家文化駆逐されて以来、「形として残る物だけが評価対象である」という風潮に変わり、今に至っているような気がするが、どうなのだろう。最近では、更にそれが加速して、「名(ブランド)」や実体すら無意味ものみなして、ひたすら「結果としての形(カネ)」あるいはコマギレになった「情報」だけをむやみに有り難がることこそクール、というふうになってきているようだけど、もう、何のために生きてるの、それ、楽しいの?ってレベル。お互いを、心などないロボット人工知能とみなして「インプットに対するアウトプット」だけを評価する、って話だよね。

から、「失敗をおそれないように」するために、「チャレンジトライする姿勢を評価しよう」なんて主張したら、さっそく「『姿勢』? 『心』の在り方なんて、目に見えないものをどうやって評価するんだ!」とか噛みつく人が出てくるんだろうな、と想像

そりゃ「トライ」したくもなくなるわwww

2013-12-09

かつて日本にも横浜とや奈良ドリームランドがありましてね

石景山遊園地米国の巨大テーマパーク模倣揶揄するの前にかつて日本にも横浜ドリームランド奈良ドリームランドという遊園地がありまして、その2つともパークの設計アトラクションのコンセプトが米国にある本家のそれにそっくりすぎて、舞浜にあるアレを日本に誘致するときにあのドリームランドは何様なんだと本家に断られそうになったエピソードがあったことを思い出してください。

大海賊→カリブの海賊

潜水艦→海底二万マイル

・パークセンター西洋風のお城→シンデレラ城(パークによって城の種類は異なります

詳しくは、調べてください。昭和30年代の出来事だし、ドリームランド自体が淘汰されてしまったので、難しいかもしれませんが。

本家も、著作権の切れている小説古典や昔話や童話といったものをコンセプトとして、二次創作(再創作)しているもポイントかもしれません。著作権が切れそうになるとパート2やリニューアルを作っています

大陸のやり方を快く思っていませんが、わが国もかつてはそうだったということを頭の片鱗に覚えておいてほしいと思いました。

高度成長していく過程でより先進国の行動を模倣するというのは、どこの国にもあることなのではないか

アニパロ同人誌を作ってコミケで売りさばく漫画家の卵とか学生のように、二次創作という名の模倣ですよ。無許可便乗商法です。

ある程度大人になったら、無許可模倣では商売できないことがわかって、グレーゾーンから卒業していく。大陸の国はその課程にあるのではないですかね。

マーケティングの一環として、年中お祭り騒ぎをしていなければならない今の商業形態もどうかと思いますけどね。

8月の末になったらコンビニ肉まんおでんが登場(まだ夏なのに、冬に向けたイメージ付け)、敬老の日

9月にはハロウィン(こちらは10月の末ですね)、秋祭り(このパンチが弱いのかも)

11月にははやくもクリスマス年賀状

12月にはお正月。(クリスマスメインのところは12/26から急にお正月ですね)

1月にはバレンタインごり押し恵方巻き(普通にスライスして食べたいですよね)

2月ひなまつり

3月は新入学花見(行楽)、イースター

4月ゴールデンウィーク(行楽)、端午の節句

5月梅雨、夏商材投入

6月は網戸、虫除け、変なジュース

7月夏休みお盆夏祭り(行楽)

※隙があったら、キャラクター商材を投入して、お祭りを開催。

好むと好まざるにかかわらず、日本の伝統的なお祭りが弱い月に海外お祭り的なものをその意味趣旨を考えずに楽しいところ取りをして企画として押し込んでいるのが、消費を無理に喚起しようとしている今のマーケッターの手法なんでしょうね。一過性ものが売れればよくて、そのコンセプトや趣旨なんて微塵も考えていないというのが正直なところなのではないでしょうか。

アメリカ本家は、その最たるもので、毎日世界お祭りが各国のコンセプトを無視して楽しいところ取りで行われているのが興味深いところです。

http://anond.hatelabo.jp/20131207204930

2013-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20131125232514

秀吉朝鮮出兵も、日清戦争日露戦争も、朝鮮半島が主戦場だったしな。朝鮮半島って、大陸に攻め込もうとするなら(あるいは日本に攻め込もうとするなら)すごい便利だから基本的に巻き込まれる運命にある。朝鮮戦争もそうだったしな。

2013-11-19

最近話題のウイグル問題について、ちょっと語りたい

このまとめを見て、昨今のウイグル問題に関する文脈に一言物申したくなった。

http://togetter.com/li/591603

僕は親中というわけではないけど、とりあえず嫌韓ネタ出しとけばいいや、みたいな思考停止が嫌なのです。

そして話題が話題だし、ちょっと重い話も含んで語りたいから、増田で書く。推鼓する時間も無いので、とりあえず取り留めなく。


僕は日本に住む日本人だけど、過去中国在住8年。彼女ウイグル人で、向こう6年の付き合い。

まとめ元の井上氏とは、そういう意味ちょっと似てる立場なのかもしれない。

不思議日本国内には居ないのだけど、大陸には「新疆地方出身(※1)の知人・友人(※2)が何人も居る。

 ※ウイグル族には限らないです。新疆には沢山の少数民族が住んでいるし、漢民族ももちろん居る

 ※皆、いわゆる犯罪組織ヤクザメンバーではない一般人ですよ


もう少し背景を付け足すと、2009年ウイグル騒乱前にも、観光ベースで新疆をブラブラしていた事がある。

実は天安門事件前にも一ヶ月間、新疆に観光へ行っていた。シシカバブラグメン最高。ビールが気軽に飲めたらもっと最高なんだけどな。


上記の通り、僕は多少ウイグルに縁がある一般人というだけで、歴史学地政学に特別詳しいわけでも、何でもない。

なので、僕はなかなか文脈の中に出てこない現地(ウイグル地方出身一般人、あるいは旅先で現地の人に聞いた事を客観的にそのまんま書く。

詳しいレポや現地メディアの状況は@furumai_yoshikoや@dongyingwenrenのような専門家の方がずっと詳しいし、ためになる。

気軽にヘイトに走っちゃう人はぜひ、彼らが過去に書いた記事も、よく見てほしいのです。



以下、現地の複数少数民族にきいたこと


1. ウイグル族共産党政府はどう感じているの?

 ・別に、何とも思ってないよ

 ・無能特に公安ウイグル騒乱の時、彼らは漢民族ウイグル族も守らなかった

 ・景気が悪くて仕事が無いのを何とかしてほしいね

 ・政府の進める再開発で、立退き料ガッポリもらえてラッキー

 ・今度、政府が立ててくれる少数民族専用マンションに引っ越すんだ。

  しか家賃の8割は政府負担。最高じゃね?


2. あなたたちは弾圧されているの?

 ・他の少数民族と変わらないんじゃない?

 ・普段はいいけど、何か問題が起こった時に締め付けが厳しくなるのが面倒

  列車に乗るのも一苦労

 ・チベット族ほどじゃないと思うけど、差別を感じる事はよくある

 ・君らみたいな観光客の方が迷惑かな(※観光地モスクにて)


3. ラビア・カーディルって知ってる?

 ・知らないよ。誰?

 ・家族を捨てて海外に逃げた人だよね

 ・共産党政府の狗、今はアメリカの狗なんじゃね?

 ・大きな事件があった時に名前を聞くけど、何をしてる人かは知らない


4. 2009年以降どう?

 ・漢民族ウイグル族居住地区は、明確に分かれるようになった

  ※大きな街では、東西南北で町並みが全然変わっていた。東側は中国風、西側はイスラム風みたいに

 ・めっきり、お互いの民族間で交流しなくなった。市場他民族を見る事がなくなった

 ・(相手民族)が怖い。間違っても人通りの多い所には行きたくない

 ・あなたが行く事もオススメしないよ。彼らは野蛮だから

 ・南の方は観光客(※漢民族含み)が減って商売あがったり

 ・カザフモンゴルキルギス族の多い北の方は、逆に景気良いよ

  -.政府(※地方政府)がロシアから建築家招いて、超豪華な公衆トイレ作ってくれたんだぜ!日本トイレみたいだろ!

   →野原の中に超立派な公衆トイレ・・・



眠たくなってきたのでこの辺でいったん〆るけど、なんとなく現地人の雰囲気が伝わるような物をピックアップしてみた。

総体的に、彼らと話していて感じた事は「民族としての連帯が非常に緩い」「人生楽しそうだな」という事。

今、よく日本で言われている「少数民族としての劣等感」「独立意識」「民族弾圧」のような要素を感じる事は無かった。

政府への不満はよく聞いたけど、それは中国に住む人であれば皆同じ事を言う類のものだった。

よく漢民族の言う「少数民族優遇されている!」というのも、本当なのだなと思った。

日本で言う所の在日特権みたいな物も存在するんだけど、新築マンション家賃8割政府負担は恐れ入った。

はいえ、増え続ける失業者対策の一環なんだろうとは思いつつ。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------------


ちなみにウイグル騒乱の時は、彼女を通じてウルムチの様子をLIVEで聞いていた。広場ウイグル族に殴り殺された漢民族女の子の話、

仇を取ろうと仲間を集めて家を出て行ったその子の父親と、それを必死で止めた、ウイグル族の隣人。殺到する群衆を恐れて、

橋の下で夜通し隠れていたウイグル族の親子。その親子が深夜、公安保護されてようやく帰宅できた話。

異人系の顔立ちだから漢民族ウイグル族どちらからターゲットにされてしまカザフ族の話や、漢民族との勘違いを恐れて、

家の外に出られないモンゴル族の話。結果、ターゲットにされて腕を刺されてしまった男性の話。


この時、僕らは彼らに何も出来なかった。地理的な距離がありすぎたし、日本と違ってそもそも、支援する手段が無かったからだ。

※情勢が落ち着いた頃、新疆は冬が厳しいという話を聞いてユニクロヒートテックグッズを送ってあげた。

 寒い地域では本当に喜ばれるので、お土産オススメ


腕を刺された男性は、後日傷を見せてもらった。痛々しかった。でも命があって良かったと思った。こんなので刺されたら、普通死んじゃうわ。

http://www.koohji.com/upload/2009/4/200904111726561635.jpg


全て彼女の身近な人だったから、サンプルとしては凄く少ないのだけど、民族間対立とは、紛争とは何か、

中国という国は何かを考えさせられるには十分すぎる体験だった。

これは未だに考え続けていて、答えは見つからない。今後も考え続けるんだろう。

答えが見つかる気はしないし、誰かが答えを教えてくれる気もしない。どうしたもんかなあ。

2013-10-25

日本の不幸は中国朝鮮である

日本の不幸は中国朝鮮である

この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、

同じ古典を共有しているが、もともと人種的に異なるのか、

教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。

情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明国際法について知りながら、

過去に拘り続ける中国朝鮮精神は千年前と違わない。

国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じることもない。

もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない。

東アジア共同体」の一員としてその繁栄に与ってくれるなどという

幻想は捨てるべきである日本は、大陸半島との関係を絶ち、

欧米と共に進まなければならない。

ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。

この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。

悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。

私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである

福沢諭吉 「脱亜論」(明治18年)

2013-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20130913131921

インドだろうと、どこの大陸だろうとソフトウェア産業は箱じゃなくて人。

人が転職すれば全部パー。

オフショアでよく言われたインドだけど、有名プログラマーは当たり前だけど本社つーかシリコンバレースカウトされるから長い間国にいたりしない。

国内だろうとどこだろうと、箱は信用するべきじゃない。

オフショアしていて、オフショア先の会社リーダー級のプログラマーシリコンバレースカウトされたらどうするんだろうな。

この業界転職が当たり前の国に対しては3年以上先のクオリティーはわからん。下手すりゃ箱ごと売却されててもおかしくない。

2013-09-12

退職します。

流行退職ブログが書ける日が来るとは!

今月付で、都内ソフトハウス退職する。6年半務めた。

2年前くらいかオフショア開発を始めた。近年では全部中国開発だ。だから辞めた。一番大切な部分を他人に任せているような気になったからだ。

最初は詳細設計書を渡して、成果物が納品されていた。そのうちに詳細設計の一部が現地対応のほうが早い(工数がかからない)となり、それがどんどん増えていった。こちらに中国語が喋れる人はおらず、大陸側に日本語をしゃべれるコーディネーターがいて仕事を進めている。

これはつまり、こちらから見れば大陸ソフトハウスは替えが効かなくなってしまっている。向こうは日本語が喋れるのだから日本語圏の仕事ならどこでも問題なくプラグインできるというわけだ。最初のころは社内に中国語が喋れる日本人がいたのだが、日本語が喋れる中国人のほうが安いので入れ替わった。これも経過とともにそうなった。

日程の詳細管理大陸側で行っている。品質も一時受け入れは大陸側で行っている。こちらで納期のチェックとおおざっぱな進捗管理、最終納品チェックとおこなって、発注元に納品となる。もううちでなにがしらかの技術が身に付く瞬間は存在しない。修正、更新機能追加も大陸対応しているのだからプログラミング機能なんてぜんぜん知らなくてもソフトハウスをやっていける。勢い、社内の人は減っていった。正しくは減らしていった。究極、営業だけでいいんじゃないかと、俺は思う。

そうやっていろいろ手放していって、最終的にどんな会社になるのか見てみたかったが、俺が退職する番となった。特に悔やむことはない。

2013-08-26

http://anond.hatelabo.jp/20130605053423

・これは番号を入力するとその番号に応じてさまざまな場所にいける装置で指定の番号を入力後扉を開けるとその扉の向こうにはその番号に対応した場所がある

・目の前に扉がある、横には電卓のようなものがある、ためしに数字を入れてみる、扉が開いて隣の部屋に通じている、戻って色々探索してみてもう一度入ろうとして適当数字を入れる、でも開いた扉の向こうがさっき電卓に入れた数字の時と今入れた数字の時と隣の部屋が違う!

同じ現象でも上と下では受ける印象が全然違う

現代人ってそういう描き方できないよね

現代人ってまず理屈道理が合って、と言う考え方する

まず全体像があって

昔の人はまず自分の体験が合って気持ちがあって、と言う考え方する

全体像を見えない視野の狭い自分の感じた体験があって

現代人の考え方は既に全てをマスターした人の視点で語ろうとするから

何も見えない、何も知らない、自分視点で、「自分の肌」で経験する不思議やなぞを、一つ一つ解明すると言う体験が出来ない

昔の何か起こるか分からないけれど未知の大陸を求めて~と言う冒険心と物理的な障害があって

と言うのの違いと思いだと思う

同じ不思議な事が起こる話でも

現代人の話では、まずどうしてこういう事が起こるのかの説明がなされている

昔の話では、何故こういう現象が起こるのかは主人公視点では分からない

魔術が使える~で例えると、現代人はこの世界では魔術が使えて~~~と説明が入ってからその説明に沿った魔術が使えて

昔は何の予備知識も無い状態でその現実では起こるはずの無い不思議な現象を目撃、小さな不思議いかにすごい事であるかのように演出する

2013-08-13

二百三高地」をBSTBSで放送してたから、前半チラ見、後半は目が離せなくてずっと見てた。

なんというか悲惨一言に尽きる。

あんなに無残にばたばたと死んでいって、尊い犠牲といえるのは最後攻略だけで、最初の無謀な突撃の繰り返しなんてただの無駄死にだ。

最後はとりあえず勝ったけど、ただの一時の高揚でしかなくて、虚しさが残る。

あと、どでかい大砲運ぶのが人力だったので驚いた。時代を考えれば当たり前だけど。

よくこんな状態で大陸戦争したなと思った。車がある有り難みよ。

2013-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20130706124232

作り方によってはそうでないんですよ

もしも

選択肢1「飛行機

選択肢2「船」

選択肢3「陸伝い」

製作者が選択肢を一つ一つ作って

そのどれかを選択しなさい

という作り方をした場合

朝鮮半島までフェリーで行って、大陸に上がってから北上してロシアまで。」

と言う選択肢は無い

作者が作ってないのだから出来るはずが無い・・・・・・



では、世界と言う空間を作って

そこに「飛行機」、「船」、「陸路」と言うものを作っただけの場合だったらどうか

そこにあるものは、世界と言う「空間」と、空間の中で使う事ができる「手段」だけ

から、その「手段」で可能な事だったら何だって出来る訳です

そこでのプレイヤーの行動は自分で下した選択であって選択肢を選んだ訳ではない

プレイヤーの選んだ選択によってどう分岐するかが決まったのであって、あらかじめ作られた選択肢の中から選んだ事で分岐した訳じゃない

そこで選択肢≠分岐

もしも究極的に考えればプレイヤー日本からアメリカにいきたい時

日本場所アメリカ場所があって

そこに移動する事の出来る飛行機と言う物と船と言うものがあります

最初はただそれだけ

飛行機でも船でも

歩いてでも、泳いででもいける

この例で、作者が作ったのは、「日本場所」と「アメリカ場所」と「飛行機」と「船」だけ

後はどう行動するかプレイヤーの判断

選択肢としてシナリオを作るとプレイヤー選択肢1「飛行機」だったら「飛行機を使ってアメリカまで到着する」までのシナリオを作らなきゃいけない

選択肢が複数あるのならその選択分全部を作らなきゃいけない

分岐とは、プレイヤーの行動したフラグによって変化するものです

日本場所」と「アメリカ場所」と「飛行機」と「船」だけが作られた世界プレイヤー飛行機チケットを買ったか、船のチケットを買ったか

それらに対して、プレイヤーから見えない部分で何かが変化しま

それが分岐

選択肢としてシナリオの分岐を作った場合プレイヤーの行動をどこで何をするのか全て完璧監視して管理する必要があります

シナリオから外れたら困るからシナリオどおりにプレイヤーを動かすためです

でも分岐するかどうかだけ、だったら、「どの行動をとたっか」「何をしたか」「何をしなかったかしか監視する必要は無いので

労力もかからない

そしてプレイヤーも束縛されていないので自分の判断こそが意味のあるものになります


作ってる人が監視するのは、プレイヤーの見えない「何々をやったか(やってなかったか)」「何々を通ったか(通らなかったか)」「何々をもっていたか(持っていないか)」

プレイヤーの通ってきた結果だけ

プレイヤーのこれからする事なす事全てを制御しようとするから作業が膨大になるうえ、限られた選択肢しか出来なかったりする

から監視してない部分に関しては完全にスルーしま

なのでルール上で許される監視されてる条件さえ整えれば想定外の行動だって許されるのです






















ゲームが分岐で表現されるのは、分岐する事そのもの面白みがあるからです

そもそもゲームと言うものが分岐で出てきている

例えばポーカー

どのカードを残してどのカードを捨てるか

プレイヤーは自由に出来る

ゲームディーラーが見るのは最終的に残ったカードだけ

作る側は場所ルールを与えるだけでプレイヤーは何をするのも自由

それを選択肢には限りがあると考えてる人は、こう考える

スリカードで勝つか、フラッシュで勝つか

スリカードを作る為のカードの残し方と、フラッシュを作る為のカードの残し方以外に選択肢が無い

からもともと、その二つを強制的に選ばされる

そのプレイヤーによってはもしかしたら全てのカードを取り替えたいかもしれないし

思いもよらない手を考えるかもしれない

それなのに、スリカードで勝つか、フラッシュで勝つか

しか頭に思い浮かんでいない作者は、スリカードで勝つか、フラッシュで勝つかしか選択肢を与えない

選ぶ行動が決まっているゲーム果たして面白いのか

もともと何を残し何を捨てるのかはプレイヤーの自由だったはずです

ルールによってのみプレイヤーは束縛を受け、ルール上ならどんな行動も許される

但し、それらには全て結果が伴う

最後にそろえたカードのみで判定が下される

最後に残った役でのみ「分岐」する

同じ数字カードが3枚あったか、同じ絵柄のカードが5枚あったか

そこで結果が出て

そしてその選択と結果を繰り返す事で最終的にどうなったか

それがゲームの基本構造

将棋でもいごでも同じだし鬼ごっこでも同じ





製作者は意志を持つ事が出来ない

製作者が意志をもってプレイヤーの結末を決めていてプレイヤーがそのレールに乗るだけだったらつまらない

製作者がするのは判定だけ

または裁定

プレイヤーのやった事に対して

あなたは条件を満たしたのでこうだ

あなたは条件を満たさなかったのでこうだ

その結果、分岐が発生する

からプレイヤー自分にとって都合のいい結果または分岐に進む為に試行錯誤を繰り返す

それがゲーム

火事で火が迫って来る

兎に角、出口を目指すか

鍵を先に探して来るか

自由

但し出口に付いた時、鍵がかかっていれば出られない

火が広がっているなら戻れない

ゲームは結果でしか判定されない

もしも出口に来た時、鍵を持っていればそのまま出られる

もしも鍵を持っていなければ出られない、その時はもう火の手が迫って戻れない

それが自分の選択によって生じた結末の分岐

もしも必ず鍵を探してから出口を出る

鍵を取るまで出口に向かう事が出来ない

と言うシナリオが固定されていればプレイヤーは何の判断もする必要が無いのだからプレイヤーとしている必要性がそもそも無い




自由な場所ルールが与えられていても、裁定を下す存在(人=作者)がなければつまらない

人は自分がした事が正しいのか、間違ってるのか、その答えを求めたがる

その答えを与える存在がなければ何をやっても暖簾に腕押しでやってる人は意味を感じない

自己満足がいいところ

良い、悪い

の判定があるからこそ意味を感じる

良いの後にはどうなるのか、悪いの後にはどうなるのかそれが分岐

良いいの後ももう一度、良い選択が出来るかもしれないし、そうはならないかもしれない

悪いの後まだ続きがあるかもしれないしそのまま終了する事だってある

そういうツリーをたどって一番の良い結末を目指すのがゲーム本質

または、悪い結末はどうなるのかを怖いもの見たさで見るのも楽しみの一つ

逆に何をしても変化が無いのならゲームゲームとしての意味が消えてしま

http://anond.hatelabo.jp/20130703210628

そりゃ今までのゲームから推測してるだけだな。

ゲームが分岐で表現されるのは、そうすることしかできんかったからだよ。

マルチエンディングなんてのが典型的だな。

人生というヤツには、ターニングポイントっちゅうヤツがある。

それが大事からと、ターニングポイントで「ああしてなかったら」という

別の可能性を考えて、選択肢をつくることができるな。

とりあえず分岐=選択肢表現を変えておくが、

「もし大学受験もっと勉強して、1ランク上の大学入学できてたら?」

という選択肢を考えることができる。

ここでは1ランク上とだけ設定してあるから、まあ基本的に

「大して勉強せず実際に通った大学にまた通う」

もっと勉強して1ランク上の大学に通う」

の2つの分岐が考えられるな。

だがな、こんなの所詮は設定した人間意志に狭められてんだよ。

ラブひなに感化されて、不眠不休勉強して東大に行く」

高卒工場勤務」

高校卒業後、単身アメリカ自分探しに」

セクロスマスターになるために、ナンパに明け暮れる」

どの選択肢も、やろうと思えばできない選択肢ではないが、

さっきの1ランク上うんぬんの選択肢では無視されている。

他にも、「日本からアメリカ旅行に行くとき」の選択肢を考えてみりゃわかる。

選択肢1「飛行機

選択肢2「船」

選択肢3「なるべく陸伝い」

一応は、陸海空の3つを用意したが、

この選択肢の設定では、致命的なまでに

朝鮮半島までフェリーで行って、大陸に上がってから北上してロシアまで。

 ロシアの東端まで歩いて、アメリカ大陸までボートで。

 アラスカ歩くの面倒だからカナダまで飛行機

 カナダに着いたけど、アメリカ行く気分じゃなくなったか飛行機でそのままイギリスへ。

 ヨーロッパ観光が終わって、アメリカ行こうと思ったら、

 資金が底をついて慌てて日本へ帰国」

みたいなわちゃわちゃなルートは辿れない。致命的なまでに。

しかアメリカ行けてないしね。目的達成されてない。

こうした複雑な選択肢は、ところどころに更なる分岐を設定しない限り無理。

さらに複雑にするには、そこから更なる分岐をもっと設定せにゃならん。

そして「更なる分岐を設定する」という人為的行為には、限界がある。

DQFFテイルズ、どのRPGも「世界を救う」というゲーム目的上、

世界を救わない」という選択肢は選び得ない。

(結果的に世界を救えずに終わることはあるものの)

しか現実はどうだ?

もし「幸せになる」というのを最終目標だとして、

だって最終目標のために色んな選択肢自分で設定できるし、

ことによれば最終目標反故にして「幸せにならない」というのもアリ。

まりは、ゲーム選択肢表現しようとする以上は、

選択肢を設定する製作者の意志を裏切ることは絶対にできない」ってことだ。




そんなことのんべんたらり述べつつ、

俺は今日洋ゲーエロMODを探す旅を続けているのです。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん