「外山滋比古」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 外山滋比古とは

2016-09-08

無題

一身上の都合でしばらく休職することに相なりました。

せっかく暇になるので、精神的に負荷のかからない範囲で色々と教養を深めていきたいと考えている所存なのですが、

なかなか自分の好きなジャンル作品ばかり読んでいると、選書にも限界があるなと最近感じています

そこで、はてなにおわします賢人諸兄に、おすすめの本などありましたら伺いたい所存です。

参考までに、最近私が読んでいいなと思った本はこんな感じです。

ジャンルは違えど匂いの似た本があれば教えていただければ幸いです。

小説

月と6ペンス サマセット・モーム

第三の嘘 アゴタ・クリストフ

日の名残り カズオ・イシグロ

春にして君を離れ アガサ・クリスティー

すばらしい新世界 オルダス・ハクスリー

動物農場 ジョージ・オーウェル

盤上の夜 宮内悠介

何もかも憂鬱な夜に 中村文則

センセイの鞄 川上弘美

深海ソラリス らきるち

エッセイ系】

夜を乗り越える 又吉直樹

第一阿房列車 内田百閒

乱読のセレンディピティ 外山滋比古

不道徳教育講座 三島由紀夫

御家騒動 百瀬明治

あんまりラノベを読んだことがないので、上記と雰囲気の似たラノベがあれば教えていただけるとよろこびます

2014-11-13

プライベートスペースの確保について

からトイレは一種のゆとり空間である

これから寒くなるとトイレにいるのもきつい人間いるかもしれないが、真のトイレ好きは便座暖房があれば温かい季節程ではなくとも心地よさは残る。

そこには公衆トイレの汚らしい見た目も息の詰まるようなにおいも無く、日本的一般家庭の居心地の良さがあるのみだ。

読書新聞漫画ゲーム外山滋比古という方の著書で三上という言葉を知った。馬上、枕上、厠上では良い考えが生まれやすいということらしい。

私はクリエイティブ仕事についてるわけでもなく、人間性ももっていないがこの言葉には大いに同意できる。良い考えは会議からはうまれない。トイレから生まれる。

外山氏曰く良い考えが生まれても忘れてしまやすからメモを置いておくといいらしい。私が中学生の時、友達新築の家に上がらせてもらった。

新しいことをするときはえてして完璧を求めるものである。家を建てる時もそうだろう。家具の配置にもこだわるに違いない。時を経て使いやすい配置に変わることも多々あるだろう。

だがこの友達家族は唯一完璧にすべきものをわかっていた!落ち着け場所を最優先に考えるべきことをわかっていた!

彼らの家のトイレは整然としていた。一般的清潔さと新築の輝きでほぼ完ぺきだった。そこに一つ加えるだけで居心地が圧倒的に良くなるのをわかっていた!

本棚が置いてあったのだ。中にはあたしんちという漫画が置いてあった。トイレの中にカレンダーを貼る家庭は多いのか。勉強のための本屋ポスターを置く家庭は多いのか。

洋式トイレに長時間座っていると腸が下がってくるらしい。もちろんトイレを使う人間自分だけじゃない場合が多い。必然的滞在時間は短くなる。

そんなときトイレのみに集中しない人間は何をすべきなのか。トイレを至福の空間と考えている人間にはわかるはずである

そう、トイレとは外界から隔絶された空間であるべきでそこには一切の気遣いを生む物は持ち込む必要はないのだ!

日本人は年をとっても漫画を読む人間が多い。トイレに求められる漫画は温かみがあり、余計な思考をする必要がなく、そしてなにより、これら前者を投げ打ってでも短い漫画であるべきだ!

あたしんちというのは4コマ漫画だ。4コマならばトイレ片手にさっと読める。決して難解な哲学書や法律であるべきではない。

また、トイレというものが好まれ理由の一つに体にフィットした狭さというものがある。猫はせまいところや箱、果ては鍋にまで入りたがる。ライオンやトラもそうらしい。

これは私の推測であるが、おそらく人間狩猟民族時代の習慣が抜けきっていないのではないか。人間はひ弱な分脳が発達した。群れを作り、道具を使い文明を作った。

狩猟複数で石槍などを使っていた。人間は捕食者でありながら生物それじたいの強さはとても弱かった。人間は隠れる必要があった。なるべく狭く密閉性のあるところに。

私たちは今でも何かと闘っている。そして疲れ果て、安らぎを欲した時、トイレにかけこむのだ。

私はここに言う。トイレとは日本国民及び全人類が家の中で最も念入りに作るべき場所である文明の発達した現代から言えることだ。

間違いなく半世紀前にはこのようなことは考えられなかっただろう。文明の発達に応じて考えるべきものもまた変わるのだ。

そして何より言いたいのは汲み取り式便所というものは早々になくすことである。昔トリックという映画で全国トイレ水洗化計画というのがあったがそれを安陪政権ただちに実行すべきだ。

別名ぼっとん便所のもたらす害は人生を貧しくする。

2014-04-20

島国と大陸のズレ

韓国フェリー沈没事故報道を見て思うのは、遺族の感情表現がとても激しいこと。

衆目憚らず猛烈に泣き叫び暴れる。先日のマレーシア航空墜落事故での、中国人遺族も同様。

その昔、大韓航空爆破事故報道映像でも似たように嘆き悲しんでいた遺族を記憶している。

「泣き女」という文化中国朝鮮には存在する。葬式の場で大いに泣いて悲しい雰囲気演出する、歴とした職業らしい。

翻って日本人が、特にマスコミの前などで、そのように感情を爆発させることは少ない。

感情を赤裸々に発露させようとしても、恥が歯止めをかけるのか。

他のアジアの国だと、前観た映像で、台風被災したフィリピン人遺族は粛々と泣いていた。

欧州について。

自分の知る何人かのイギリス人は、感情の起伏が実に乏しい。

フランス人は議論するとすぐ白熱して、天下の往来でも大きな声と身振りで言葉を交わす。

色々例を挙げて何を伝えたいのかというと、感情を抑える、爆発させないことは島国に特有気質なのではないかということ。

島国と大陸二元論的に語られるトピックだと常々思っていて、たとえば外山滋比古言語における差異を「アイランドフォーム」と「コンチネンタルフォーム」と区別している。

むちゃくちゃ端折ると、島国と大陸言語論理体系がまったく異なるので、相互理解は大変だよって話。

結局のところ、マスコミの前で慟哭する大陸の人々は、自分にとって異文化だなぁ、と思うのであります

2010-02-01

時の試練に耐える作品、消える作品。ちょっと前のスレイヤーズのアレ

http://anond.hatelabo.jp/20091215072940

外山滋比古の思考の整理学本屋平積みになっていた。家に帰り、久しぶりに件の本を棚から引っ張りだしてパラパラと捲った。その中の一段、時の試練という項目で取り上げられている、当時は天才と持て囃されたけれども時代とともに忘れ去られた島田清次郎と、当時賛否両論であったのに現代は国民作家となった夏目漱石との対比の例を見て、ふと脈絡なくスレイヤーズのことを思い出した。

富士見ファンタジア系、といってもそこまで詳しくないのだけれど、当時見ていて覚えているのは、スレイヤーズ、天地無用、セイバーマリオネットとかだろうか。確かに面白かったし、同じ文脈を持った同年代と出会うと大抵話題に上る。けれども、そこで終わり。懐かしむ以上のものはない気がする、といったら傲慢だろうか。

順調に年を取り、或いは40年後、擁護老人ホームで溜め込んだオタクコンテンツを消費する生活になったとして、何を見るか、何が残っているか、みたいなのを夢想する。もしかしたら、その頃にはアニメをみていないのかもしれない。今でさえもうリアルタイムで追っていない。もしくは、アニメという産業自体が存在しているかどうかも分からない。

近年で言うと、DVD,BDともに一番売れた化物語が数年後どうなっているのかとか。個人的に西尾維新は好きだけれども、数年後は分からない。空の境界などはどうだろうか。こちらもDVDが売れているみたいだけれども。と思ったら、ニコニコ動画のチャージマン研ブームのように、局地的に意外な視点で取り上げられることもある。SFが好きなため、ハルヒは一巻の頃から追っていたが、あそこまでブームになるとは思わなかった。突然話がずれるけど、書痴は何でも読むから書痴なのであって、当然ライトノベルも読む。そこで、当時図書館スレイヤーズと一緒に借りたのが・・・記憶曖昧だが、それが確か島田清次郎の何かだったかも・・・というのを思い出した。いや、出来すぎだから多分記憶違いだろう。

今年も様々なアニメ作品が放映されるけれども、どれだけの作品が残るのか、というのも興味深い。ちなみに、掲示板の質問で、どんなアニメをみたらいいか、という内容のときたまに上がるプラネテスだけれども、あれは正しいと思う・・・みたいな感じで作品は語り継がれていくのかな、とも思ったり。

2008-06-08

[][]人間関係には距離をおけ!

教訓 9. 人間関係には距離をおけ。

人には距離が必要なのです。

これは、日本のコトワザの「三尺下がって師の影を踏まず」や「親しき仲にも礼儀あり」と同じ考え方といえるでしょう。

車の衝突事故を防ぐために「車間距離」が必要なように、

人間社会での衝突を回避するためには「人間(じんかん)距離」を置かなくてはならないと、

外山滋比古氏は「英語ことわざ集」で書いています。


◆名言『真の愛は、相手を自由にこそすれ、不自由にするものではない』から学ぶ幸せのヒント [まぐまぐ!]

真の愛は、

相手を自由にこそすれ、不自由にするものではない。

走行する車が、

安全に走るために車間距離が必要なように、

人と人の間にも、

適当人間(じんかん)距離がなければならないのだ。

真の愛 - ☆ 真実のメッセージ ☆

Amazon.co.jp: 愛をつかむ―心に美しい花を育てる人に (PHP文庫): 渡辺 和子: 本


孤独は山になく、街にある。

一人の人間にあるのではなく、大勢の人間の"間"にある。

三木清


車間距離というのがあるように 人と人との間にも距離が必要だと思うのです

頭まで登って、顔まで舐めだす奴がいる。 俺はそういう奴が大嫌いなんだ。

【人間関係】ヤマアラシのジレンマ【アンビバレンス】

[人間関係は腹六分]

君は君の友にあまりに近づきすぎて彼に隷属せずにいることができるか

相手の同意なく相手を支配できるほど優れた人など存在し得ない。

自分の期待に答えることを相手に要求するのは、「支配」です。

相手の期待に答えることを自分に要求するのは、「隷属」です。

支配したり、服従したりしないで、それでいて、何者かで在り得る人間

私は私のことをします。ですから、あなたはあなたのことをして下さい。

愚か者でないかぎり誠実であることは危険である。バーナード・ショー

君子は和して同ぜず小人は同じて和せず

君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴の如し

小人と仇讐することを休めよ、君子に諂媚することを休めよ。

出会いは偶然、別れは必然。

Yahoo!辞書 - 人間(にんげん)万事塞翁(さいおう)が馬

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん