はてなキーワード: 社会福祉とは
寝付けない時に、そこそこ使えて人間より安価なロボットが普及してしまったらどうなるかシミュレーションしながら寝てる。
ロボット税のようなものを作って、ロボットのコストを人件費と同レベルまで引き上げて、
税収でベーシックインカムを導入するしかないかなと漠然と考えていたんだけど、
イーロン・マスクも同じ事(http://gigazine.net/news/20161108-elon-musk-on-basic-income/)を言っていたのでもう少し具体的に考えてみよう。
ある企業がロボットを開発してリース販売をはじめる。価格は5年リースで2500万円(保守費込み)。
年間500万かかるが、基本的に24時間365日稼働するので、バイト3人分の仕事をしてくれる。
500万/365日/24時間 = 時給570円なので人間より安い。
かなり雑だけど、労働人口6500万人として、20%がロボットに置き換わるとする。
ロボットは24時間稼働できるコンビニや工場だと3人力くらいだけど、それ以外の業務も踏まえて2人力とする。
そうなると650万台くらいのロボットが導入されて、1300万人が失業する。
ロボット1人力のコストが年250万なので350万くらいになるようにロボット税をかける(税率40%)。
税収は年間650万台*200万円で13兆円。これを全国民(1.2億人)にベーカムとして配ると10.8万円くらい。
あれー、まったく成り立たないぞ。
ロボットが安くなり、耐用年数も長くなって10年リースで1000万円に下がったことにして、3000万台普及し、1台につき年間600万の税金がかかれば達成可能だ。
ほとんどの人が失業してしまったし、これだけ税金がかかると物価もあまりかわらない。年150万で暮らすのは厳しいなぁ…。
さらにその他の社会保障や社会福祉の費用をベーカムに移せば結構いけるかも?
他の人の意見がききたい。*1
【追記】
ロボットがコンビニで働けるレベルという想定で始めたので、身体のいらない頭脳労働とAIについてごそっと抜け落ちてた。
でも、ロボットにしろAIにしろ一握りの企業に富が極端に集中してしまうので税金をかけるしかないというのは変わらないと思う。
ただ、少数の企業が労働の大半を担ってしまうと、国家とのパワーバランスも逆転してしまいそう。
いや、高齢化する一方で子供が減っていったら、社会福祉とか介護とかどうするんだとか、
理屈は充分わかるんだけど。
人がたくさん住んでいる都市のそばにも工場建てて、水も空気も汚れて・・・
そういえば、アフリカには飢餓でおなかだけ膨れて苦しんでいる子供達がいるけれど、
このまま地球の人口が増えていくと、地球の人口が増えていくと絶対に食料が足りなくなる、
だからすでにお隣の中国では、「一人っ子政策」というのをやっているのだ・・・
(得てして、最後は「君たちは恵まれているんだから、給食を残してはいけません」とかいう
妙に卑近なオチになったりするのだが)。
あと、昔読んだ星新一のショート・ショートも、どこかで影響したかもしれない。
それは、こんな話だった。
理由はわからないが、どんな夫婦からも一人しか子供が産まれなくなった未来。
当然、人口はどんどん減っていくのだが、
どんな人でも2~3代経るうちに、遺産を相続してそこそこの資産を持つようになる。
で、生産力も人口に比して過剰になっており、さまざまな労働が機械化されているので、
そんなに働かなくてもモノが溢れるようになる。
人口の多い時代に作られた住宅や施設はだんだんと余るようになり、
暇をもてあました人たちの間で、それらを破壊する遊びがはやるようになり・・・・
まあ、最後のネタバレはしないが、あえていえば、人類史全体の輪廻転生のようなオチがついていた。
いや、実際にそんな風に行かないのはわかるんだけど、
長谷川夫さんの末路なんて知らんけど、社会福祉制度に頼ることは否定してないよ。
長谷川は社会福祉制度に頼ることを否定したが働くことは否定していない
低能はその逆
イーブンだろwww
論旨が違うなんてただの詭弁だよなあ
結局金を減らそうとしている点は変わらないんだから
また失ったらまた別の仕事を見つけて働けばいいじゃないですか。
どうしようもなくなったら生活保護にでも何でも頼って英気を培ったら
また働けばいいんです。
長谷川だって医療費全額払えない糖尿病患者の末路なんて知らんけどっていえるよね
その理屈ならwww
長谷川夫さんの末路なんて知らんけど、社会福祉制度に頼ることは否定してないよ。
そりゃお前の都合だ低能
どういう風に会話が繋がってるの、これ?
行ってみて思ったことを書いていく
各施設の障害者の作ったストラップや椅子、クッション、お手玉、積み木、などなど色々なものが売られていた。
いわゆる手作りのバザーのような形。
100円ショップに売ってある材料を使って作ったんだなーってものも多かった。
特に高くもなく、材料費だけというような価格かなと思えるほどの価格。
私が目を引いたのは焼き物だった。
他にも猫の形の箸置きやマグネットもあった。
なかなか可愛くていいなと思ったがそちらは少し高かったので買わなかった。
そういう目を引く物もあるけれど、
売り上げはいいのか?
バザーならいいのかもしれないけれど、
もし可能なら入所者が作るもので売り上げがあるならいいんじゃないかなと思って考えてみた。
私が思い浮かんだのは
入所者がその商品を作るとか。
アニメやおもちゃ会社も自然と社会福祉に貢献できてwinwinかなと思った。
実際はそんな簡単じゃないんだろうけど。版権とか分からないし。
例えばブレスレットを作ったとして、
そこにキャラの絵よついたものを追加するだけで価値はぐんと上がるんじゃないだろうか?
またはキャラを作る
デザインでもいい。
それならばオーダーメイド制にして、
欲しい人の為の商品を作るとか。
前向きさとか、多いのかなとか思ったので、
前向きな言葉の本とか?
あるあるだけど。
だから本人たちに頑張ってこちらに働きかけて欲しい。
何よりまぁ、一番簡単で確実だと思うのは、
これはやはりいい売り上げになるんじゃないかな?
ね、ここ大事ですよ?
あのね、イベントでね、
それは残ってて、
そういうのが売り切れてたんです。
食べたかったんです!←
障害者の方が直接物を売るのは
でもそこは裏方で良いのではないでしょうか?
表に出たい人も居ると思いますけど、
売れなきゃ意味がない。
ステージも見ていってください。
ってあったけど、
ちょっと歌が、下手でその、、。
でも、その前に付加価値をつけたら?
「ほとんど話すことのできない人が、
猛特訓をして今日、皆様に歌声を届けることが出来るようになりました!
などなど。
そんなの言われたら、
多分どんなに下手でも涙流すよ。
頑張ったんだなって。
でもそれは逆差別になりかねないな。
感動ポルノだっけ、前にどこかで聞いた。
それで無く、普通に
「俺の歌を聴けー!」
ならそこそこ聴けるくらい上手い人出してください。
そんな事ないよ。
身内でカラオケするなら良いよ好きにすれば。
運営する人も何も思わないのか?
または私がただの身内のお祭りに迷い込んでしまっただけなのか。
関係ないけど、
サービス?があって、
それは手紙のやり取りができたりする。
やってるかな?
何かできるんじゃないかな?
全部試してうまくいかなくて今の形なのかもしれないけど。。
そんなつぶやき。
長々と読んでくださった人いたらありがとね。
http://anond.hatelabo.jp/20160928005843
この増田のブコメがいい感じに馬鹿で、これが社会の成長を阻害する連中かって呆れる。
頭の悪いリベラルの存在こそが自由を奪うのは民主党政権で学んだだろ。
本当に透析患者だけでなく社会福祉で多くの人間を救いたいのなら、考えるべきことがずれてる。頭を使え。
ハンデキャップを持った人を支援するのは未来への投資だ。増田は考えを改めるべき!ハンデキャップを背負った人にしか出来ない社会貢献を考えろ!自分が実現出来なくても、いずれ社会に役立つ日が来る。人を信じろ。
そりゃ社会は経済で回ってるんだからコスパ悪いのは問題だ。ただそれが1年で見るコスパであるべきなのか100年で見るべきなのかがものによって違う。福祉はもちろん後者。
透析患者に溶かしてる1.5兆円があれば、100年もたてば透析患者に100年間で150兆円使った場合の数千倍のリターンが帰ってくる
33万人の透析患者に500万づつ使う位なら、330万世帯の経済的理由で子供のない20~30代の夫婦に対し出産後10年間にわたって、子ども一人に付き年間50万づつ支援する方が良い。
透析患者が子孫を残しても遺伝病もちだが、小梨世帯に支援すれば健康な遺伝子の子供が増える、と誰もが思うだろうよ。
10年で人口が、健康な国民が、1000万人増えれば、GDPに換算した場合のリターンを考えた時、透析患者が稼げる金額など鼻くそ程の価値がない事が容易に想像できる。
100年でみれば、なおさらのこと利益の差は拡大する。透析患者は切り捨てた方が良いという結論にしかならない。お前ら、本当に馬鹿だろ?
短期的に見ても救うべきものは救わねばならない、出来る事なら誰一人として切り捨てなくていい社会を作り上げたい。
しかし現時点ですら財源に問題が出てきていて、更に悪化が見込まれている。さて、それをどうする?それを考える所が最低条件なんだよ。
今後もコスパがいかに悪くても、救うためには1にも2にも金なんだって事を理解して口を開け
透析患者に費やしてる1.5兆円を含めて、社会保障の出費をどうにかしなければ、早晩、盲腸になれば500万なんて時代が来る
それをどうにかしようって議論が、そもそも目に入ってない。呼吸する空気さえ無駄。
id:mur2 病気は仕方のないことだが、社会全体で不公平さへの是正が必要。働いているのに生活保護者より少ない賃金しか受け取れないワーキングプアの問題の解決が一番の課題。ベーシックインカムと人工臓器が実現してほしい。
誰が貴様の様な無能を食わせる事を議題にしてるよ。財政を是正しないと誰一人救えねぇ未来が来るぞって話が、コスパって議論の根底にある。
もしもBIなんか導入すれば、社会保障の一切は消える。それこそ、透析患者すら民間の保険に入って、自費で透析を受けろという事になる。
どこの会社が現在の透析患者を受け入れるんだ?人工臓器なんて10年以上未来の話をする間に、現在の透析患者を殺したいのか?
この手のバカに使う金こそがムダ金で、コスパ最悪になるわ。とっとと北朝鮮にでも行け。
id:fukken 社会の目的は人々全員を幸福にする事であり、社会のために犠牲になる人を作るようでは、本末転倒。効率を気にするなら遅くとも65歳で全員薬殺しなければならなくなる
id:cinefuk 役に立たない順に下層民を切り捨てていく社会を肯定していくと、いつか自身が最下層になる。ディストピア小説から学ぶべきだよ!これは「若者のSF離れ」の問題かもしれない
今現在、社会の為に犠牲になってる、切り捨てられた人間が居ないとでも?
徐々に下層の足切りラインが上がり続けるって話をしてる時に、問答無用に全員を救うべきとかww
救える人数の上限を引き上げる為に何が必要なのか?って所から考えるべきなのにSF離れとか、何見て語ってんだ。
透析患者に使う1.5兆は投資ではない。リターンなど殆どない負債だ。ただし、社会がそれを受け入れる度量を保ってほしい負債だ。
社会が快く、その負債を受け入れる土壌を作るために何をすべきなのか?が大事な事なんだよ。
財政再建し、経済成長させ、少子高齢化を止めることが出来なければ、それこそBIを導入してしまい、生活保護も国民皆保険もなくなる。
そうなれば今よりも多くの人間が、合理的に切り捨てられるんだよ。頭を使えよ阿呆ども。
そんな時に、お花畑理論でジンケンガーとか言ってる奴は、健全な議論をする気分を一気に損なう阿呆だ。
id:sny22015 福祉制度って本質がコスパ悪いものなのにね。病気や高齢で高いGDPを産めない人を支援するのだから。制度に問題はたくさんあるけど、コスパで福祉を切り捨てていったらいつか先進国と呼ぶに値しない国になるだろうね
安定成長を続ける経済があってこそ、人工臓器や新薬の研究に資本が投資される
政治安定や高レベルの教育があればこそ、世界中の製薬会社や医療機器会社などが研究開発機関を日本に置こうとする
国防に不安のない国だからこそ投資が進み発展し得るし、外交関係が順調であれば技術交換も進む
その様な安定した社会の下で、多くの国民が自分以外の誰かを思いやる余裕を持てれば高福祉の社会を維持し得る
これらは透析患者を殺さないで済む為に必要となる要素だろう。日本が内政外交軍事の全てにおいて先進国であれば、救える命が増える。
「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」を読むと、彼の主張は
ではなく
「生活習慣を帰院として糖尿病を罹患し、人工透析に到った患者は全額自己負担で医療を受けさせろ。それを拒否するなら死んでもらっても仕方ない」
であろうと思います。なのでここで
という反論をしてもきっとかの御仁の胸に響くことはないでしょう。なので反論すべきは
「なぜ自業自得の透析患者を殺してはいけないのか」あるいは「なぜ自業自得の透析患者を全額自己負担にしてはいけないのか」です。
まず自業自得による糖尿病ってなんなの? という問題があります。
糖尿病は生活習慣病ですから、食べ過ぎ飲み過ぎ、体重増加、運動不足によって病気にかかるリスクが高まることが知られています。
糖尿病 | 生活習慣病 | 一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
と思いがちですが、どこからが食べ過ぎ飲み過ぎになるのでしょう?
・毎日、ご飯3合と焼肉400g、ビール1リットルを飲んだら自業自得?
・ケーキが大好きで毎日ショートケーキを1ピースずつ食べている人は自業自得?
・一日おきに牛丼を食べてる人は……?
食べ過ぎ飲み過ぎの線を引くだけでもこれほどあいまいで、境界などありはしないのに、糖尿病は遺伝などによっても発症しやすい体質か否かの差が生じます。毎日ケーキを食べて糖尿病になる人もいればならない人もいるわけです。
長谷川豊氏は一体どこに「自業自得」の線を引けというのでしょうか?
「ああ、あの時、ビール一杯ガマンすれば保険で治療できたのに、あなたはお酒飲みすぎラインを越えちゃったから今後は全額自己負担ね」
国民皆保険制度を壊し、こんな医療制度を実現することが可能だというのでしょうか。
100歩ゆずってみんなが納得する自業自得の線が引けたとしましょう。けれど、その線を引けたからといって、やはり自業自得な患者の医療を全額自己負担にするわけにはいきません。
我が国は国民皆保険制度の下で、どんな人も低額で医療サービスを受けることができるようになっています。これは日本国憲法第25条の第1項に
『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』
と規定され、第2項には
『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』
全国民に認められたこの「社会権」の下、医療保険制度は国民が保険料を負担し、健康機能がおびやかされるに至った別の国民は低額で医療サービスを受けることができる「相互扶助」の精神で運営されています。
つまり、「全員が健康で文化的な最低限の生活ができるように、みんなでお金を出し合って支え合っていきましょう」と決められているわけです。病気を発症する原因を問うことなく、「みんなで病気になった人を助けましょう」というのが日本の医療保険制度です。
人工透析の話に戻れば、長谷川豊氏はこの制度を否定し、「助け合える人間だけで助けあえば良い」「助けたい人間かどうかは助ける側(保険料を支払っている側)の人間が評価すべきだ」と主張されているわけです。
「自堕落な生活で病気になった奴を我々の金で助けるなんて不愉快だ」という感情をベースに人が人の生き死にを左右しようという考え方に見えます。
これほどに極端な記事を掲載した彼の思惑を察するに、「これを起点に医療皆保険制度の議論が活発になれば」ということなのでしょうが、人工透析が医療財政を圧迫していると考えるのであれば、透析医療の値段(診療報酬)を引き下げることを議論すれば良いのです。
あるいは腎臓移植、特に死後移植の活発化を訴えるべきなのです。
彼の極端な記事を読んで
「俺はそんなこと言ってないし、やっぱりネット民はバカばっかりだな」
となお一層調子に乗るだけでしょう。そうではなく、
・国民皆保険制度がなぜ今の日本に存在し、それを破壊することがどのような影響を及ぼすのか
・人が人の生き死にを決めることはどれほど危険な考え方かなのか
要は、身体的なハンディについて、本人が努力してどうにかする(それこそメガネのような補助具から、義手義足、車いすなど)という考え方がある一方で、「バリアフリー」って考え方もあるじゃないですか。社会の方がバリアとなっている関門を積極的に下げることで、ハンディがハンディではなくなるという考え方。階段の横にはエレベーターを設置しましょう、とか。つまり社会全体でハンディの一部を背負うという考え方がある。
では、精神的なハンディについては、どうなんだろうなと。本人の自助努力(カウンセリング、投薬治療なども含め)が全てなんでしょうか。知的なハンディについては、社会福祉の一貫で社会が負担を一部肩代わりすることもされるけれども、精神的に多大な問題を引き起こしそうなハンディ…境界性人格障害だとかサイコパスとか、そこまでいかなくてもADHD、アスペルガー症候群、そういったハンディに対して社会はどれだけ負担をしているのか、するべきなのかとちょっと思ったということです。そのせいで問題が起きたとして、それは100%本人に責任を帰すべきなのでしょうか?
前者の場合、社会が「一部を負担する」という関わり方ができるのに、後者の場合は、責任能力の「有無」みたいな、0か1かという極端な判断のされ方をする。でも、ハンディってそういうものじゃないということがだいぶ分かってきた現代において、精神的なハンディに対する法の在り方は時代に即しているんだろうか、と思ったわけです。
そういやこの前、低賃金で非正規で働かせられるので雇用保険料減額しました〜なんでニュースになってたな
その前に雇用保険余ってんなら充実させる方法考えろやって思うわ
というか、財政出動??雇用保険にかけてる金を保育士に回すってなんやねん
もっと職業訓練に金使うとか失業時に支払われる雇用保険額増やすとかしてくれていいんだけど
超就職率悪いらしいし、そういうのきちんと改善した方がいいんじゃ無いって気がする
保育士に補助を出すんじゃなくて最低賃金を1500円にしてくれませんかね
いつだって誰かを身内として身分階級を作るコミュニティっぽい理屈で金が回るならむしろ全員その中に入れろや
特権階級じゃないんやぞ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23488282
彼は社会学者としての立場から法律や改憲論者と論壇で登って答弁しているわけだが、オレには佐藤氏と古市さんとの間で話がまったくかみ合っていないように思える。
正直、この佐藤という人を含め、古市さんを叩いてる人にはマーケット感覚がないんじゃないか?と思うんだが、具体的にどうやってそれを示したらいいのか見えてこない。
山本みずき氏との論壇でも同様だと思う。山本みずき氏にはマーケット感覚がない。一方で古市氏にはマーケット感覚がある。
議論のレベルがかみ合ってない。山本氏も佐藤氏も、社会の泥臭い面や言葉通りにいかない部分が見えてない。古市氏の方が社会を間接的に知る手段が豊富で信頼できると思うんだが
同じように思ってる人はいないのかな。。。
一応個人的に考えてみた内容をまとめてみたので、知見のある方々の指摘や修正がほしい。
是非論駁してみてくれ。
個人的な思考なんだが、『佐藤氏』と『古市氏』のバックヤードに目を向けてみた。
ソースはwikipediaくらいしか簡単に示せるものはなく、佐藤氏のことはオレはほとんど知らないので、あまり知ったようなことは言えないんだが・・・
『佐藤氏』
『古市氏』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E5%B8%82%E6%86%B2%E5%AF%BF
佐藤氏の両親は政治学者と弁護士。つまり歴史と法に重きを置く典型的な法学部タイプ。日本は法治国家で資本主義として成功した社会主義タイプなので、佐藤氏は典型的な右派で保守的なタイプ。
一方で古市氏は環境情報から社会学へと転向した。つまりバックヤードとなる知識や感性は科学者タイプ。
ゆえに、古市氏の論じる分野には必ず〝マーケット〟がある。お金と結びついて物事を考える発言がきちんと身についている。またそこに時価がある。
ここで勘違いしてはいけないのは〝経済〟や〝金融〟ではない、ということだ。要するに〝政治色〟が薄い。よく言えば庶民的。別の言い方をすると〝資本主義的〟。
また彼は友人に起業家を持っており、堀江貴文を含め、財界との繫がりも多い。ほりえもんちゃんねるなどにもよく登場する。
これを〝強い者に擦り寄る〟と表現するものもいるが、そのあたりの〝評価〟は置いておいて、マーケット感覚を得られる環境にいることは間違いない。
http://blogos.com/article/154867/
例えばここで古市氏は『すき家は企業が社会にもたらした社会福祉のひとつ』と述べたことで叩かれているが、なにが間違っているのだろう?と思う。
マイクロソフトをはじめとする新時代の新興企業の多くは、既存の制度を上手に利用して新しい形の報酬を従業員に還付している。
(※その代わり徹底的に税金を逃れている! ←善し悪しは置いておいて、事実そうである)
どの国に所属しているかよりも、どの会社に所属してその会社が与える福利厚生を受けられるか
ストックオプションを行使できるか、金融資産を持てるかどうかが豊かさへと直結する時代になったのに、いったい何故古市氏の述べていることが的外れなのだろうか?
シリコンバレーでは福利厚生を提供するサービスを行っている会社がYコンビネーター出身者によって起業されている。
ケータリングサービスやタクシーチケット、社宅システムなど、上げればきりがないと思うのだが・・・
http://asread.info/archives/722
日本に自衛権があることを古市氏は知らなかったと述べているが、これもある意味で間違っていないと思う。
実際のところ、実質的に自衛権を行使できなかったことには違いない。
・ミサイルを発射されながらもそれを撃墜できるのは日本に駐在している二機の米軍潜水艦のみであること。
・敵国が領空侵犯をしても命令がなければ撃墜できない。引いては物理的に〝敵飛行機を押す〟という意味不明な対処しかできない
これらの現行法の脆弱さをどれだけ学者やSEALsは理解してるのだろうか?
http://trafficnews.jp/post/46566/3/
自衛権は認められているが、〝実質的に言って認められていない〟ことと一緒。
であるにも関わらず、古市氏が『日本の自衛権って認められてるんだ…』という発言を〝知識がない〟〝教養が無い〟と評価する論調はいかがなものか。
一方で佐藤氏にはマーケット感覚が無いといえる理由はここにある。つまり法律や政治に関する学問を背景にしているところに問題がある。
この手の人間がやっかいなのは、やたらと知識や雑学は多く言葉に言葉を返すのは上手いのだが、思考回路に多くの前提条件や知識条件が抜け落ちていることが多い。
言ってしまえばマリー・アントワネットのタイプだ。
古市氏の発言が法学や政治に強い識者から叩かれやすいのは何故だろうか。
それは叩く者たちが〝歴史の変遷〟が、実は〝市場の変遷〟であること、をよく分かっていないからだ。
市場経済はより自然科学的だ。お金は政治や法律によって生まれたわけではない。自然に発生して、それが整備されて整えられた。実は人類が進化の果てに手に入れた概念だ。
軍事力と経済力のふたつは大国の力を現す両輪と考えられるが、実は歴史を手繰ると三番目の車輪があったことが分かる。その名も〝宗教〟。
鎌倉幕府の台頭に現れているように、歴史的に見ると既にこの頃から宗教の力は徐々に衰えを見せており、政治と軍事力の二つが世界を動かしていたと言える。
表の世界での政治はほとんどが宗教と密接に関わっており、もっぱらここが市民と政治の大きな接点であったと言える。
一方で軍事力は実質的な世界の掌握と統治を行う役割を担っていた。
少なくとも、日本においては明治維新でサムライが不要となるまではそうだったのだ。
しかし第一次世界大戦、第二次世界大戦に代表されるように、軍事政権は失敗を迎えた。
正しい仕方で行使されなかった軍事政権は、共産主義や社会主義を生み出したからだ。
一方で米国のような市場経済を中心として発展した国は一定の成功を収めた。士・農・工・商のうち、最後に勝ったのは商人というわけだ。
マーケットは〝国の力が弱まりつつある〟ことを明らかにしつつある。既に鎌倉幕府の時代から、政府が持つ立法の力は軍事力か経済力のどちらかを担保にしており、宗教はアイドルでありスケープゴートであったに過ぎない。
そして過去〝政(まつりごと)=宗教〟が中心だった国家は、現在政治の中心を〝経済〟へと移している。
軍事政権が実質的な掌握を行っていた政治は、現在では財界が実質的な掌握を行う社会へと変化した。そしてそれは加速していく。
実際、国が提供する福祉よりも企業が従業員に提供する福祉の方が優れている場合が多い。しかもマーケットに従った結果なので、相応の人材を兼ね備えており、無駄が無い。
パナマ文書にも代表されるように、国家の枠組みを超えた企業にとっては国境など存在しないも同然。
スターウォーズの通商連合のように、もはや国とは独立した別の政治形態と言って差し支えない。
戦後70年の間で形成されてきた常識などいくらでも覆る。今後の歴史は大転換を迎えると考えてまず間違いない。
その意味では、いまだに全時代的な歴史の踏襲と繰り返し論議を重ねる、マーケット論の無き法学者や政治学者が出る幕は実質的に言って存在しない。
宗教がその存在を弱めたように、政治もまた本質は思想であり宗教であるから、その実質である軍事力や経済力のいずれかに依存せざるを得ず、結果として時代に取り残される。
軍事力の台頭は世論が許さないだろうし、世界もそれを望んでいない。よって、これから重要になるのは、〝個人がどの市場経済に所属しているか〟である。
世界を牽引してきたのは技術革新と金融だ。宗教を背景にした政治はストーリーを創り出す力があったが、現代ではその力は失われている。
闇雲に政治を追いかけても歴史を追いかけても真実は見えてこない。
必要なのは産業界の歴史を追いかけること。経済史の発展と衰退の繰り返しの中に答えがある。
古市氏がどういう器なのかは知らないが、少なくとも歴史と現状を比較して将来を占う上で非常に恵まれた立場にいることは間違いない。
彼は川上の最新情報にアクセスできることが可能で、新時代のリテラシーも十分持っている。
法学者も歴史学者も、企業の間接部門でしかない。プロフィット部門ではない存在の者たちがとやかく言う論壇や議論に意味はない。
その点は古市氏も同様だが、彼は自分の立場が弱者であることを自覚している分、市場に対する的確な論壇を展開できる下地がある。
叩かれるのがその証拠だ。叩いてる奴らのほとんどはマリーアントワネットばかりなのだから、叩かれている姿を見てむしろ安心すべきだ。