はてなキーワード: 適応障害とは
去年、いやもう一昨年か
1日中変なクレーマーに当たった上に会社のパワハラババアにめっちゃ暴言吐かれて次の日から適応障害患って数ヶ月寝たきりになってたくらいにはメンタルは強くなかった。
辞めた後もそのパワハラ上司のSNSに悪口書かれて悔しかったし立ち上がりたいって本当に思ったしそればかり去年は考えてなかった。
だけど数年間消えていた炎がまた灯った。
それと同時に解放されたし張り詰めていた糸がゆるゆるになった。
今の会社ももうすぐ辞める予定だ。パワハラババアのことは忘れて自分が幸せになれる道を歩みたいと思った。
お前日本人か?AIか?言葉理解できないんですか?って言われたけど面白くて笑ってしまった
なんとも感じていないくらいおう!機械だよ!社会の歯車の!(笑)って言いたくなるくらいなんともなかった。
去年の自分だったら真に受けて傷ついてシクシク泣いていたかもしれない。
だけど今驚くくらい心が穏やかだ。
幸せだ。
まだ次の内定先も決まっていないのに寧ろそれがワクワクして楽しいのだ。
一皮むけたな、自分
勤続二桁目前で適応障害でぶっ倒れ、数ヶ月休職した影響で自分は昇進できないだろうとは理解していたが、後輩が昇進するのは納得できない。
適応障害の原因は色々あったが基本的には対人のストレスだった。耄碌してミスを連発する嘱託のジジイの尻拭い、他部の上司から受けたハラスメント、先輩の育児休暇に伴う人手不足とカバーする気のない上司と後輩、相談しても「なんとかなる」しか言わず、朝言ったことが夕方には変わってる上司。「なんとかなるんじゃねえ、なんとかしてんだよ」と言う前に眠れなくなった。
休職から復帰したら、元いた部署の後輩は自身の担当の仕事以外、午後の仕事をすべて免除されていた。「技術習得のため、資格試験のため」と上司から免除されたと他の部署の先輩から聞いた。
私がやっていた仕事と後輩の仕事が免除されている分、溢れた仕事を先輩が巻き取らされているらしくめちゃくちゃイライラしていた。平謝りした。
ぶっ倒れたと聞いた途端に上記の嘱託ジジイから宗教勧誘を受けたので、ジジイから距離を取るべく元いた部署には戻らず他の部署の仕事をしばらくこなしていた。
元いた部署の後輩は部屋中にベタベタと試験勉強の付箋を貼り、談笑し、スマフォをいじっていた。「甘やかされてんな〜」と思いながら過ごした。
こちらの仕事が火を吹いて昼休憩もろくに取れずグロッキーになっていても、上司は手伝いどころか様子を見にも来ず、後輩にコーヒーを奢ってキャッキャウフフと談笑していて、爆弾を投げ込んでやろうかとも思った。
先輩曰く「いつものこと」らしい。
後輩は試験に落ちた。
何なら仕事を免除されてない別の部署の後輩は受かり、仕事を免除されていた後輩は落ちた。
自分と先輩の「は?」のタイミングがあれほど揃ったことはないだろう。
「上司は腹切るかエンコ詰めるかするんか?」と思ったが今のところ腹も無事だし小指も無事である。
それなのに試験に落ちた後輩は昇進するらしい。
しかも仕事の免除は継続らしい。今年も試験に落ちたらその時点で即退職しよ☆と思った。
めちゃくちゃ憂鬱だ。
「後輩さんが昇進するんだからそっちに仕事を回してください。自分はヒラなので」って言っても、こっちにヘルプ要請が回ってくる。昨日もそのせいで残業して、後輩はさっさと定時で帰った。チョコザップに行くらしい。
めちゃくちゃ憂鬱だ。
即座に辞めた方がいい気がするが、夏のイベントに持ち込むだけのボーナスは回収したい。お金ほぢい。
まだ上司と昨年度の業績についての面談をしていないんだが、「いつエンコ詰めるんですか?」ってどうやって聞いたらいいんだろう。
エビリファイ(アリピプラゾール)を飲み始めて少し経ったので現時点で感じているメリット・デメリットをまとめてみる
・集中力が上がる、軽い過集中的傾向も消えず
・食欲過多が改善された(少ない人は増える?)
・朝必ず同じ時間に目が覚めるようになる
・やる気の有無にかかわらずタスクに取り組める
・幸せを感じるハードルが低くなった?(晴れてて幸せ、ご飯おいしい幸せ、みたいな)
・人と話す時緊張しにくくなった
・(室内だと)常に眠い、頭がぼーっとする
・眠気でパフォーマンスが30%くらい落ちる
・飲み始めは手の震えがあった(3日くらいで消えた)
・服用初日の深夜に目が覚め、何故かパニック状態になり嘔吐(これも初日だけ)
・不安感は完全には消えない
・うつ病なのか適応障害なのか不安障害なのか知りたくて精神科に行ったら特に診断されないまま処方された。結果的には満足している
・平常時はぼーっとしていて何かやる時には集中力を一定に保てる。トータルではプラスになっていると感じる
・人と話す時にぼーっとしているのは逆に良かった。考えすぎてしまって空回りするのを防げた
マッチングアプリで知り合った人と付き合って、なにかしら問題を感じる→話し合えない→破綻、というパターンが続いている。
私としては「問題があるなら話し合おう。自分から見えているもの、感じていること、どうしたいか/してほしいかの希望を出し合って、お互いに良いと思えるところを探そう。トライしてどうしても妥協できなければ別れを選択肢に入れよう」という感覚で、「長い付き合いでは問題も必ず起きるのだから、話し合いは避けて通れない」という考え。
相手は「問題を感じたら自分の中で消化する。相手には伝えない。我慢しきれなくなったら別れる」というようなポリシーに見える。説明してはもらえないので、正確なところはわからないのだけど。
なぜなのか、わかる人がいたら教えてほしい。
以下は私に思いつく仮説と、観察結果:
=楽しいことだけ共有したい。話合いのような面倒くさいことをするくらいなら独り身のほうがマシ?
→少なくとも口では「人生のパートナーを求めている」と言うし、一緒に暮らすことを提案してくれたり、実際に同棲したりしている。元彼のうち一人は話合いを避けるがあまり適応障害でメンタルクリニックに通うに至り、そこまで追い詰めてしまった申し訳なさと共に「そうなる前になんで言ってくれなかったの…?」という困惑がすごい。もう全然気軽じゃない。
=私が感情的だったり責める口調だったりして、話す気になれない?
→反省する点はたくさんあり、謝ったこともある。ただ、言い方については常に考えていて、「長く一緒にいるために話合いがしたい。自分が正しいと思っているわけではなくて、自分なりに考えて思っていることがあるから聞いてほしいし、あなたの見方を教えてほしい」というような言い方をしても話合いにならない。「わからない」のような返答だったり、関係ない方向へ話が逸れていったり。
=自分の考えをうまく言葉にできず、その間にこちらが話過ぎてしまってさらに混乱させている?
→これは大きいのだと思う。「紙に書きだそう」「時間が必要なら言ってくれれば待つよ」「文章でやり取りしよう」「伝わっていないなら私の言い方が悪いのだと思う。わからないならわからないと言って質問してほしい」など提案してみたけどうまくいかなかった。そういえば質問しないし意見を言わない人って会社とかでもいる…
けど、彼らの能力の問題と見做すには時期尚早?頭のいい人たちだと思うし、それは学歴や職歴に表れている。恋愛や人生のような漠然としたものについて話すのは勉強や仕事について話すのとは違う?
→説明してよー!と思ってしまうのが私の限界で、なにかあるのかな。説明してさえくれれば真剣に検討するし実践もしてみたいと思ってるんだよ…
誰か教えてください。
適応障害に薬は効かないけど
どうしても心苦しく逃げ出したくなったので、仕事を休んで旅をした。
その顛末を話したい。
大学時代、親(同じく学校教員だ)に強く勧められなんとなく教職課程の受講を始めた。
なんとなく高校教員になろうと思っていたが、何の因果か教育実習は中学校に配属された。
実習中は忙しかったものの、生徒が人懐っこくこちらに近づいてくれたことが非常にうれしく、授業以外でも彼らとの交流(体育祭の練習に一緒に参加するなど)に楽しさを覚えた。
これって本当に教員の仕事か?と思えるような事務作業がやたらと多かった。
また、「校務分掌」という名目でやたらと多くの業務が割り振られた。日本は年寄りは何でもありの価値観が蔓延しており、年齢の低い私には特に業務が集中した。
これらの業務は事務職員の仕事ではないらしい。事務補佐員は人数が少なく短時間しかいない。また、個人情報を含むものの取り扱いができないため依頼できることがほとんどない。
やっと作業が終わり(もちろん時間外)ヘトヘトになったところで始めるほかなかった。
建前では休憩時間はあるらしいが、その時間も業務が振ってきて休むこともできず。
おまけに最近はアクティブラーニングやICTの重要性が叫ばれており、授業の事前及び当日の準備はそれどころではない大変さがあった。
それでも、教育実習の時と変わらず、コミュ障の私に偏見を持たず純粋な心で関わって、笑顔を見せてくれる生徒たち(教室に来れない生徒にも)に元気づけられていた。
体育祭は大嫌いで、私は自チームを応援する気は起きなかった(自チームカラーの服を着ている先生が目立ったが、私はどのチームにも関係ない色のものを着ていた)が、練習は一緒に楽しんだ。
生徒に交じって競技を楽しむのもまた一興。一緒に生徒の中に混ざるだけで生徒は喜んでくれた。
授業はただ真面目にやるのではなく、時にネタを入れると生徒が反応してくれてうれしかった。
アイマス(担当アイドルの話とか)をはじめとしたソシャゲネタ、鉄道ネタ、自虐ネタ、淫夢ネタにちょっと不謹慎なネタなどを入れるだけで笑いが取れた。
定期テストも、かなり完璧主義的に作ったにもかかわらず、その結果を見て教えたことをしっかり身に付けてくれたこともうれしかった。
しかし、どうしても大変なことは大変で、それが私を疲弊させた。
例えば、生徒の失くしもの(学校からの貸与品)の捜索を命令され、どうしても見つからず教頭に報告すると「知るか、自分で何とかしろ」の一点張りで取り付く島もない。
なければ学校に余りはありますか、それとも購入は可能ですか、と聞くと「お前さぁ、それ教育者としてやることか!?」と怒鳴られた。
また、目標申告書(全国でやっている)で下っ端は記入不要の項目も「制度上は記入義務はないがみんなやっている」と強制された。
(余談だが、記入例に不登校生徒減少の話があったが、なぜ不登校は生徒自身の選択なのにそれを無視して無理やり連れだす必要があるのか、それが原因で自殺されたら本末転倒ではと思った)
まあいいやこんなこともあると思いつつ耐えていたが、こんな出来事があり、ついに限界が来た。
生徒が下校した後、いつも通り雑用に追われていたが、なぜか隣の校舎の窓に火が見えた。
他の先生方に相談したところ、無関係な私が急行するよう言われた。するとなぜか鍵が閉まっていた。
鍵を開けると、面識のない生徒数人がおり、その隣には火柱が上がっていた。
どうやら裏側から侵入して火遊びをしていたらしいが、すぐに水をかけ消火した。
事情を聴くと「これは作業だ」「面倒だから仕方ない」「効率的だからやっている」と。
今後こういったことはやめるよう言えば「燃料は自腹だ。100円の自腹がもったいない」と反論。さすがにこちらもキレて「命と100円どちらが大事なんだ」と言って無理やりやめさせた。
重大事案なので当該生徒が在籍する学年に報告すると、ある先生は「あー…最悪のメンバーがそろってる」と。
管理職に報告するとこちらの責任のあることではないのにやはり怒鳴られた。「どうするか自分で考えろ」「早くしろ」とわけのわからないことを言われ。
教頭から「怒るのはあなたを信頼して成長してほしいからだ」と言われたが、(わざわざ応募して選考を突破した)管理職と下っ端は意欲が違うし、成長したくないので信頼せず放置してくれと思う。
校長は「生徒の失敗を大目に見たらどうか」と状況を理解せず、面倒をこちらに丸投げする発言。
なぜ私だけこんな目に遭わなければいけないんだと思った。
気づくと、どうすればこんなことから解放されるだろうと思い色々検索していた。
隣の先生にこれを見られ、「行動に出る前に管理職に相談した方がいい」「教頭は口調がきついから真に受けないほうがいい」「私も色々失敗した」などといろいろ慰めの言葉をくれた。
私と同時に着任した先生などにも相談に乗ってくれた。「あなたは完璧を目指そうとしてたんだ。60点でいいのでは」とも言ってくれた。
また、該当生徒の指導はその生徒が在籍する学年に依頼できることになり、非常に助かった。
何もかもやる気を失った。大好きな曲を聴いても拒否反応がすごかった。
テレビをつけると、時代劇の切腹シーンが出てきてますます気分が沈んだ。
通勤途中に外国人観光客を見ると、なぜ日本人だけ労働に苦しまなければいけないのかと思った。私も自由気ままに旅行したいのに。
(日本は労働法規に甘く、バカンスもなく権利行使がしにくい、下手すると同じ立場の労働者が権利行使を妨げてくるのはなぜだろうか。一説には資源の少なさと正社員制度が原因だというが…)
その後の数日、外出したいとも思わなかった。
そういえば、今までも出勤できていたものの、疲れというかなんとなく休み明け出勤したくない気分になることがしばしばあった気がする。
しかし今回はその気持ちが特に強かった。そんななか、ベッドの上のぬいぐるみが私に話しかけてきた。
渋谷凛「もう休めば。疲れてるでしょ」
島村卯月「早く休まないと…大変です!」
本田未央「よく頑張ったねプロデューサー。思い切って休んじゃお!」
あれ、苦しいときは休めばいいんじゃね?なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう。
今まではこんなこと考えつかなかったが、思いついた途端肩の荷が一気に下りた気がして、気がすごく楽になった。
そういえば、小学校の頃の私は皆勤至上主義で、ひどい風邪でも登校していた。
高校でそのおかしさに気づき少しでも体調が悪ければ欠席するようになったのだが、なんでこの解決法を忘れてしまったんだろう。
だが、この計画は勤務校はもちろん、何かの機会で口外するリスクのある同僚には当然言えない。
一見仲間にも見える両親にも口外してはならない。
母親は祖父(母方の曾祖父)が職を失いつまらなそうにしていたのを見て、仕事があることが素晴らしい、働かせていただいていると思うようになったそう。
つまり、「クビになりそう」→「ならないようにどんなことでもする」という感覚の持ち主だ。
父親は偉そうに上司にも独りよがりなイデオロギービジネスマンとしての心構えを力説していたらしい(それで啖呵を切って職を転々としていたらしいが)。
「自分の思い通りにならない、またはその仕事の責任を120%果たせないなら辞めるべき」と思っているらしい。
その日は特別な準備を要する授業や前述の生徒の指導も予定されており、休んだら迷惑かと思ったが、どうでもよくなっていた。
となると、どのような手段で休もうか。
休むのは電話すればいいのは知っているが、真っ暗な家で引きこもっても体調回復は絶望的だろうと思った。
じゃあ逃避行してしまおう。せっかくだし最近行っていない江ノ島に行こう。
ふと気になった。この休みはどういった扱いになるのだろうか。休暇の一覧表をみると、「病気休暇」があった。
利用条件は「ケガや病気で勤務できないとき」とのことだが、「病気」の詳しい定義がない。
ということは、「精神的に辛く体調がすぐれない」(これが悪化したものが「うつ病」「適応障害」などの精神疾患)も問題ないはずだ。
日数でいろいろ条件も変わるらしいが、今回の場合はまずは電話一本で、正式な手続きは出勤できてからで問題ないらしい。
ところで、病気休暇を取得している期間は病気の療養に専念しなければならない。
逃避行で精神の不調が回復するのならそれも療養であるから問題なく、むしろ進んで行わなければならない。
病気休暇が使えないなら年次有給休暇の利用、それもダメなら(給与が減るが)欠勤扱いでもよい。いずれも無断欠勤よりずっとマシだ。
今日は出勤しなくていいんだ。そういうつもりで髭剃りと歯磨き、自宅の風呂掃除とトイレ掃除を念入りに。
教員の労働環境のブラックさが世に知られ叩かれ出したことから、働き方改革の一環で電話は始業時間までつながらない。
始業後に連絡すると迷惑だろうから、自分が所属する学年団への連絡手段(こちらは連絡時間の制限は特にない)があったので、先にそちらに体調不良の旨連絡した。
学年団の先生方(原因となった出来事を直接は知らない人含め)は「ゆっくり休め」と言ってくれた。
「次の日も厳しいかもしれない」と続けて言えば、「好きなことをしてしっかりとリフレッシュしなさい」とも。事情を知っているのかな?
元気のない声で、やる気を出そうにも空回りしている雰囲気を出した。
何の問題もなく休暇が取れた。休暇届提出は次回の出勤日でいいらしい(説明もその時するから急ぐなとのこと)。
混雑したバスが来るいつもと変わりないバス停。そこに私はとてもラフな出で立ちでいた。
家を出発する際は、勤務するときと同等の服装だったが、バス停近くの隠れられる場所で着替えた。
・本田未央ちゃんのフルグラフィックTシャツ(二次元コスパ)を着てアロハシャツを羽織り
・本田未央ちゃんの腕時計(キャラアニ。スーパーグルーピーズじゃないよ)を左腕に
・本田未央ちゃん、渋谷凛ちゃん、島村卯月ちゃんのぬいぐるみをカバンにしまい
・八宮めぐるちゃんやライブ(空は澄み、今を越えて。他)記念のキーホルダーをカバンに付けた。
どうだ、カッコイイだろ。
普段の通勤と時間があまり変わらないので混雑がストレスになるのは変わらない。
まあすぐに解放されるしいいか、と思っているうちに新宿駅に着いた。
ATMでお金を引き出し、藤沢までの切符とロマンスカーの指定券を購入(本当は特急券不要の快速急行でもよいのだが、せっかくなので…)。
江ノ島方面のロマンスカーは夕方までないとのことなので、相模大野で普通電車に乗り換えることにした。
横断歩道で信号待ちをしていると、知らない人からサイエントロジーとかいう宗教団体のチラシをもらった。すぐ捨てた。
コンビニで酒(ほろよい桃味)とつまみを買ってから(車内は)滅多に人が来ないところなんで、そこでしこたま酒を飲んでから(デレステを)やり始めたんや。
飽きたので、Amazonで大崎甜花ちゃんのフルグラフィックTシャツをポチっと購入。送料込みで7,321円也。
小田急線を乗り通すのは15年ぶりだ。複々線区間が代々木上原~向ヶ丘遊園まで伸び、列車種別構成の大きな変更があり、準急が緩行線を走行するようになったらしい。
藤沢に着いた。片瀬江ノ島まで行っても江ノ電を使ってもよかったが、せっかくなので大船まで戻る。
乗り換え専用改札があった。こういう改札は利用区間が制限されないICカードでしか通行できないものだが、聞いてみるとICカードとここまでの切符の組でも通れるという。
ここまでの切符を入れ、すばやくICカードをタッチすれば通行できた。ちなみに、新幹線乗り換え口でも似たようなことができるらしい(クレジットカードやEX-ICは不要)。
ここからは神奈川のジェットコースターとも評される、湘南モノレールに乗車。
強烈な地響きとともに列車が入線。駅壊れるぞ。
大船を出たばかりなのに猛スピード。おい、右に葬儀場があるぞ。車両は棺桶じゃないぞ。
思ったほど揺れなかったが、心配なのは走行高度が低すぎる点だ。大型路線バスとかぶつかるのでは。
湘南深沢から先はさらに本気を出した。70-80 km/hは出したか。これに匹敵するのは東京モノレールの一部区間(昭和島付近)だけだ。
15分程度で終点の湘南江の島に到着。テラスでアイドルたちと記念撮影。
そのまま南に歩き、湘南海岸公園に。やることがないので近くの岩場で昼寝。
雲が動き日差しがまぶしいので、目隠しをした。時に涼しく時に熱くなるがこれが気持ちいい。
1時間ほど寝たら、桟橋の方を覗いてから15年ぶりに新江ノ島水族館へ。
岩場を歩いたり、飛び込み泳ぐペンギンさんが人間の言葉を話せたら何を言うのか、不謹慎なセリフを考えると非常に面白い。
最後に物販店でくじ引き。2等が当たり、店員さんがハンドベルを鳴らした。後ろから拍手。恥ずかしいだろ。
江ノ島にも行った。
恋人同士が鳴らす鐘らしきものの前で、本田未央ちゃんと一緒に記念撮影。
気づかず徒歩で戻ったのだが、どうやら船で江ノ島大橋のところまで帰れたらしい。
時間が足りず、江ノ島シーキャンドルやそのまわりの施設群、しらす丼は手付かずだった。また今度行った時味わおう。
江ノ電は意外にもVISAのタッチ決済による運賃収受を行っているらしい(決済端末は改札内なので、一部改札は不正通行検知装置を切っている)。
日本の改札は専用の券を駅などで購入し、機械に通す方式を取っており、欧州で一般的なQRコード付きの切符を任意の場所で印刷して通行するようにするのは難しいとのこと。
そこでVISAのタッチ決済による運賃収受が導入されたが、おそらく江ノ電は日本で2-3番目あたりには早く導入したかと思う。
本田未央「今日は楽しかったね!ねぇねぇ、明日も一緒にどっか行こうよぉ!」
勤務校と学年団に連絡した。2回目なので良心の呵責は全くない。
電話は教頭ではなく事務職員が取るため、こちらの事情は知らない。「はい分かりました」で終わり。
そこで、今日はアロハシャツの下には乙倉悠貴ちゃんのTシャツを。
いつものバス停に行く途中、ネームホルダーが落ちていた。手に取って見ると近くの幼稚園のものだと分かった。
グーグルマップでその幼稚園の電話番号を調べ電話をかけると、「どこに落ちていたのですか」と聞かれた。近いので「そちらに持っていきます」と伝えすぐに向かった。
その幼稚園に着くと、ちょうど登園時間とかぶっており保護者が子供を預けに来ていた。
乙倉悠貴ちゃんのTシャツ丸出しの男はロリコン扱い間違いなしなので、アロハシャツのボタンを閉めて事務室へ。
対応した職員さんは、電話に出た人とは別のようだが、「これ落ちてました」と言えば「ありがとうございます」で終わり。さっさと退散。
暑いので路地裏に入って下着を脱ぐ。肌の上に直接乙倉悠貴ちゃんがくっついてきて興奮する。
昨日歩きすぎたのか、右足小指に水ぶくれが。
昨日よりかは早いが、それでもまた出発が遅れてしまった。
今日もバスと電車を乗り継いで新宿へ。今日は小田原方面に向かうのでロマンスカーも多く走っている。
なんと小田急の自動券売機はクレジットカードに対応していた。箱根湯本までの切符と特急券を買うと、なぜか乗車券は小田原→箱根湯本のものしか出てこなかった。
小田急の改札は切符を2枚重ねで投入できるが3枚重ねはできず、しかたなく新宿→小田原の切符と特急券を投入。箱根湯本到着後有人改札で事情を話すことにした。
今日もセブンイレブンに行き酒とつまみを買い乗車。今日は酒2本(ほろよい桃味とぶどう味)。
電子レンジによる加熱が必要だが温め忘れてしまったものがあった。まぁ生で食べて腹を壊せば休みを伸ばせて都合がいい。
車内でつまみを全部食べ終わってから Permalink | 記事への反応(12) | 13:12
ドグマチールと、ジアゼパムと、デエビゴが処方された。診察はwebから事前に問診票も書いていたせいもあってか、15分程度。ウチの病院の初診はもう少し丁寧だぞ……と思った。
でも、話そうとすると声がかすれた。
端的にいうと、20年近く勤めている病院で看護部長と上手くいかず、メンタルがやられて眠れなくなった。バッチリ、適応障害にあてはまる。
それもさ、精神科認定看護師と精神看護専門看護師なんて大層な名前のする資格も持っていたりする。
何が認定だ。どこが専門だ。
今になると、どこか恥ずかしい感じすらする。
この反応もあるいは症状なのだろうかと思う。
とくに、ここ最近は、動悸(心拍が上がるというよりは心音に自覚的になってしまい、苦しくなる)、呼吸苦、声が出なくなるような感覚、不眠や中途覚醒、早朝覚醒、強い不安感などが出現している。
注意力や集中力の低下も顕著に感じる。自宅でも仕事についてのことで不安で頭がいっぱいな状況であり、気持ちが休まらないことが数ヶ月に渡って継続している。
特に夜に帰宅する際、1人で直線の長い道路を運転していると、ふと「車が追突してくれたらいいのに」「ガードレールに突っ込んだらどうなるだろう」という考えが浮かび、自分の考えに恐怖し、慌てて否定することもあった。
毎日、行き詰まり感、やるせなさ、無力感、情けなさ、恥ずかしさなど様々な感情が渦巻き、頭がいっぱいである。
恥ずかしながら、イライラや落ち込みも増え、職場でも他のスタッフに不快感を与えるようなコミュニケーションをとっているのでないかと感じている。
そんな僕だけど、自分自身で向精神薬を飲むのは初めてだ。「処方された薬はキチンと飲みましょう」と患者さんに言い続けてきた僕ですが、余分な知識があるせいか、服用することに変な期待と地味な恐怖感がある。
あと休職もすすめられたが断った。
会社での自分の立場がさらに悪くなると思ったからだ。しかし、これも典型的な反応だ。
ひとまず、元気になる胃薬を飲もう。
皆様もご安全に。