はてなキーワード: ぬるま湯とは
就活は難航したが、運よく一部上場企業のの人事とか総務とか経理とかやってるようなところに滑り込むことが出来た。
晴れて働き始めて4か月ちょっと経つことになる。
ただ、なんというか、会社とか社会に絶望しちゃってる私がいて辛い。
だから変わった形とはいえ社会人と話す機会が他の女子大生よりはあった、と思う。
長年働きぬいた落ち着いたお爺さんは嫌味なく昔どれだけ一生懸命働いていたかを教えてくれた。
電車でよく見るような普通のサラリーマンも、キャストそっちのけで仕事について
熱く語ることがあった。
就活が始まってからも、説明会では社員の人は「やりがい」とか「充実したことぉ」をよく語ってくれた。
働くことはきっと大変に違いない。
でも、同じくらいやりがいがあって、頭と心をフル回転させて、夢や目標を持ってやっていけるものなんだ!と私は思っていた。
内定をもらった時は、
「この会社で全力で頑張ろう!」と誓い、大学の卒業式後から入社式の間までは、
社会人のマナー、社会人の心がけ、新入社員の鉄則…そんな本やネット記事をたくさん読んで、大変だけど頑張るんだ!と張り切った。
そして働き始めてからは、
「今私に出来ることは何か、プラスアルファで出来ることはないか」を常に考えながら仕事に取組み、
出張の時は交通ルートはもちろん、コンビニやトイレ、美味しいお店のリサーチも欠かさない…
まあとにかくとにかく全力だった。
そして自分から仕事を見つけ、上司に頼まれる前にやっておいて、頼まれたときに「実はもうやっておいたんです」と言って上司が喜びながら驚いているのを見るとすごい達成感だった。
とにかく暇なのである。
しかも他部署がめちゃくちゃ頑張って残業してそれで稼いできた利益の上にあぐらをかいて、私の部署は暇なのである。
最初はエクセルで文系のくせしてマクロを組んで便利な表を作ってみたり
でも。
左では上司が「暇だなー」「帰りてえなー」と言いながらネットサーフィンをしている。
前では一回り上だけどめっちゃ美人な人がだるそうにネットサーフィンをしている。
こう書くと、重苦しい雰囲気の中皆が無言でパソコンいじってるようなイメージを抱いてしまうかもしれないけど、みんなすごいいい人だ。部の皆でケラケラ笑いながら雑談したり、飲み会も全然嫌じゃない、むしろ楽しみ。
めっちゃ話しかけてきてくれるし、話していると楽しいし、人間関係は本当に恵まれたとおもってる。
でも、働く、ってこんなことだったの?って。
やりがいなんかなくて、ただどうやって暇をつぶすか。
定時になるのをひたすら待つだけ。
このままだと、私はタイピングとファイリング、ちょっとだけのエクセル入力しかできないまま25歳くらいにまでなっちゃうんじゃないかって。
転職サイトを見ても、いいなって思った会社は「前の会社で○○の経験があること」っていう条件付きがおおい。
一般事務みたいなことしか経験がなくて、しかも初めての社会人経験がぬるま湯な職場の私は大丈夫なのか、ってたまに穴におっこったような気分になる。
でもずっとここにいたら、本当にただネットサーフィンして給料もらってるだけの、本当に馬鹿の置物になる。頭も心も使いたい。
それとも私が夢見すぎてただけか?
「やりがい」とか「仕事が楽しい」なんて一部の経営者とか運よく素敵な会社とか仕事を見つけられた人だけが感じる特権で、皆内心「帰りたいな」って思いながら働いてるものなのか?
説明会でニコニコ話していた人たちは、内心「そんなことねーよ」って思いながら話してたのか?
業務中はしっかり頭使って、関わる人すべてに貢献して…
そんなこと考えていたんだけど、それは社会を知らない子供の夢見がちな妄想だったのか…
それとも偶然この会社がぬるすぎるだけ?
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追記:
まずびっくりした。
ここまで反応を頂けるとは思わなかった
口開けて餌が来るのを待ってるそのスタンスをやめろっていう意見
すごい心に響いた
確かに最近は心の中で愚痴ってばかりで、自分から何か能動的に行動しようと思ってなかったから、またなんとかその心を取り戻せるように頑張るよ
大学時代、英語を専攻しててTOEIC800点越してたんだけど
会社で全然使わなくて今となってはポンコツだからまた勉強してみようと思う
コメント見ながら「自分が身につけるスキルはなんだろう」って考えてたら案外英語好きだったこと思い出した、ありがとう
やっぱり会社に期待しすぎてたんだね
社会人になれば全部劇的にかわる、って思い込んでたんだと思う
増田さんがおたずねになりたいことは、
>でもなんで声優なの…?
でしょうか。それとも、
ので、どういう進路を勧めたらいいのかということでしょうか。
文章を読んだだけでは判断出来なかったので、とりあえず後者に重きがあると考えて回答させていただきます。
結論から言えば、頭ごなしに声優を目指すのを辞めろという必要は無いでしょう。
増田さんが考えられたように、養成所を勧めるのが無難ではないでしょうか。以下、詳説していきます。
まず、増田さんの片割れさんが声優に向いてないのは間違いありません。
>正直片割れの声に魅力があるとは思えないんだよね。容姿も私と同じく見れたもんじゃない。
これはプラス要素ではありませんが、そこまで致命的なマイナス要素とも言えません。
声はトレーニングしたあとでどうなっているかがすべてであり、現時点の声質は例えば「ヘリウム吸っても声が変わらない」金田朋子さんとかそのレベルの特異な立ち位置を取れるぐらいでない限り、さほどの決定的な要素にはなりません。
容姿も増田さんの主観以外に情報がありませんし、メイク技術を磨いたり、コーディネイトを学ぶ等で自ずと変わる物です。
>ましてや学習障害で漢字もスラスラ読めないしさ。何に使ってるのかわからないけど金遣いも荒くて、心配した父親に100万もらってるし。
これはどちらも大きなマイナスです。声優は基本的には台本に沿って演技する仕事であり、これをスムーズに読めないというのは大きなハンデとなります。確かに世の中には漢字が苦手なのが知られている声優さんもいますが、それは例えば「子役出身でキャリアをみっちり積んできて『漢字が苦手でも使ってやろう』と考える人がいる」浪川大輔さんみたいな人だから許される話であって、今から勉強する新人にとっては、かなりの不利となります。
金銭感覚の粗さもマイナスです。近年のアプリ・配信市場の活況に伴って若手声優の収入事情は大幅に改善されましたが、それでも、余程の幸運に恵まれない限り、新人声優の生活が苦しいのは変わりません。今も昔も新人声優の引退理由の大半は「役がないので収入が苦しく将来の展望が持てない」ですので、なる前から引退の可能性を上げているようなものです。
>話し合ってるうちに、譲歩して養成所を勧めたらそもそも養成所の存在を知らなかった。いや調べろよ。知っとけよ。悲しいよ。
これも極めて大きなマイナスです。声優というのは自営業であり、個人事業主であって、事務所の社員ではありません。ですので、必要な情報は自分で調べて自分で解決できるのが基本です。片割れさんのような情報感度の低い方が目指すのは、相当に厳しいと言わざるを得ません。
そして、それらすべてをひっくるめたよりも大きいマイナスが、
>昨日22歳の
です。
身も蓋もない話で恐縮ですが、声優を目指す上で一番重要なのは年齢です。私が業界研究を始めた20年以上前の時点でも年齢の重要性は指摘されていましたが、現今の情勢では間違いなく最重要としか言えません。
分かりにくい形容かも知れませんが、高校在学中、もしくは高校卒業後直ちに声優を目指す場合、RかSR程度の才能でも十分ですが、22歳から目指すとなると最低でもSSR、できればそれ以上の才能が必要です。
これは、声優の訓練の難しさと、声優になるための競争という二つの面で年齢が大きなハンデになるためです。順に説明します。
まず、声優というのは役者の一種であり、役者とは技術職であると同時に肉体労働でもあります。従って修行というのは体力勝負の面もあり、どうしても若くて回復力のある人間の方が有利です。
また、プロの見解を総合すると、一応の才能の持ち主であっても、声優に必要な技術を身につけるには、3年から5年の訓練が必要というのが相場です。
実際には専門学校は2年制ですし、養成所も1年から2年のカリキュラムを主力としているところがほとんどで、年数が足りません。
現在の情勢で新人声優になる、つまり養成所を卒業して声優事務所とジュニア契約を結ぶというのは、
「現時点での技術はまだ心許ないが、今までの本人の態度と成長速度を考えれば、今後とも研鑽を怠らなければ、将来的にはプロの声優として独り立ちできる。かもしれない。」
ここで問題になるのが「競争」です。どの事務所も、同程度の才能・能力であれば、若い方を優先して契約します。
当然ですね。仮にブレイクした場合、若い方がより長い期間活躍できますし、そうなるまでに技術を身につけるために勉強する時間的余裕も持てます。
事務所側にしても、「あまり年齢のいった人とお情けで契約するよりはすっぱりと諦めて貰う方が本人の今後の人生のためになる」というようなことを言っていたりもします。
さて、普通の声優志望者が高校卒業後に専門学校に行き、卒業後にさらに養成所に入って2年間勉強すると、なんと22歳になっています。
片割れさんが声優を目指すというのはつまり、4歳、無為に歳を取った状態から、今まで4年間みっちり勉強した人たちを押しのけるだけのパフォーマンスを出さなくてはならない、ということになります。普通に考えれば無理でしょう。
「だから声優なんか目指さない方がいい」というのが普通の結論になります。
ですが、現在の情勢で、声優を目指す人だけが養成所や専門学校に在籍しているわけではありません。
声優系専門学校の中退率はだいたいどこでも5割を超えるというのが定説です。
また、少し調べれば分かるとおり、声優系専門学校というのは、2年という時間と数百万円の学費と生活費をドブに捨てるのと大差ありません。違いは、ドブに捨てたお金はドブさらいをすれば多少は回収できる可能性があるのに対して専門学校に投じたお金は絶対に帰ってこないことぐらいです。
現状、専門学校を卒業して事務所といきなり契約できる人は率で言えば1%未満の極めて才能に恵まれた人だけであり、それ以外のほとんどの人は養成所に行って勉強し直して、初めて声優になれています。
そしてそれらの人が(母校に気兼ねしなくていい場面で)言うことは、
「養成所に入って分かったが専門学校とはぬるま湯につかってるみたいなもので本気の修行なんて行われていない」だけだと言ってよいほどです。
さて、代アニのような駄目な学校が運営する週1コースでは、詳細な説明を見ると、学内オーディションすらなく、単なる趣味の延長線上であることがそれとなく(あるいは、大っぴらに)書かれていたりします。
そういう目で見ると、例えば業界最大手である日ナレの場合でも、主力である週1コースの学費は入学金10万円年間受講料20万円で、まあ「安い」と手放しで言えるほどの額ではありませんが、大人の趣味として考えると、そこまで高い物でもありません。
増田さんが片割れさんの要望を頭ごなしに否定しないというのは相手を気遣われてのことだと思いますし、それはとても大事な事だと思います。
それでも、専門学校に行くことで生じる金銭的・時間的ロスは極めて大きな物ですから、最低限、それだけでも止めるべきでしょう。仕事に行きながら、でも通えるどこかの週1コースに行き、本人が納得したら辞める、というので十分ではないでしょうか。
なお、何かの間違いで、片割れさんが本気で声優を目指していて、僅かな可能性でも本気で挑戦したい、そして増田さんがそれを応援したい場合についても書いておきます。
この場合の選択肢は養成所、それも東京青二塾もしくはプロ・フィット声優養成所(本科)のような難関養成所しかありません。
これらはいずれも実績のある養成所で、現在の日本で声優を目指すなら一番分のいい場所と言えます。また、1年制であり、良くも悪くも1年で結果が出ます。
もっと言うと、入学倍率が厳しく、0年で結果が出る方が多いですが。
厳しい、と言っても青二塾が7から15倍程度、プロフィット本科が15から20倍程度とされるので、まあ、簡単ではないですが、大規模公募型オーディションとかと比べれば一桁少ない数字です。これを通れないようであれば、そもそも声優を目指すなど無理ということであり、すっぱり諦める方が後人生のためになるでしょう。
暑気厳しき折柄、参議院選挙まことにお疲れさまでした。これで亥年選挙も、年末解散とかいう法螺が実現しなければ概ね終了、何人の同志が再び議席を得、何人の同志が涙を呑んだことでしょうか。一部には議席の食い合いに終わっただけという評もありますが、ともかくその努力には敬意を払いたいと思います。
戦勝気分に水を差すようですが、共同通信試算によれば、この参院選、同日選だったらもう一回2/3の議席を自公側に与えるような大敗北です。いえ、もちろん同日選だったらもうちょっとうまくやっていたでしょうが、それはいつもの死児の年を数える行為です、生産性がない。
独裁安倍政権が樹立されてから、彼らの主張するには国政選6連勝と驕っているそうです。とりもなおさずそれは野党系にとっては6連敗。いや敗北はないとおっしゃるかもしれませんが、打撃を与えるほどではありませんでした。思い出してください、あなた方は嘗て政権を取っていた。にもかかわらず、今や議会の1/3を抑えたことに狂喜乱舞して勝利と喧伝する、この精神的退廃は一体なんでありましょう。
加えてこの選挙で明らかになったのは、国民の政治不信が飽和点に達しつつある、という点です。左右のポピュリスト政党が急激に伸長したのはひとえに「もはや既存政党、就中旧民主党系が占める野党勢力は過去の経緯から全く信が置けない」という国民的な意志の発露です。これは少なくとも近代民主政治の信奉者としては看過できません。これが飽和点に達した時どうなるか、まさか過去に欧米に学べないとは言いますまい。
思えば、私たちはあなた方の政権に3年間耐えました。さらにあなた方が何も考えずにアベガーアベガーと玉砕選挙を繰り返し、空費したこの年月も耐えてきました。もう沢山です。
今度は私たちが要求する番です。せめて3年ぐらい「アベガー」を言わないで、粛々と政策論争をする、そのぐらいのことはしていただけないでしょうか。
無論悪の権化極右安倍政権からは今にもまして罵詈雑言が飛んできましょう。内調のハッカー部隊がネトウヨを煽って卑劣な攻撃を仕掛けてくることでしょう。それによって次なる選挙もまた劣勢に陥るかもしれません。しかしそれに対して歯を食いしばって只々無言の抵抗をする、憲法9条を正に生かすが如くの気高い精神性は必ずや国民に受け入れられましょう。同時にきちんとした政策を練り上げることで、次期政権の受け皿たる力があるということを示してください。
競うべきは政策であって、トップ屋が持ち込む怪しい不祥事のケツを嗅ぎ回ることではありません。そんなことは共産党にでもさせておけばいい。アベの首さえ取れればいいのですか?で、取った後どうするんですか?取った後考える? またこの前の3年を、劣化させて繰り返すんですか? 地に足の着いた議論はできないのですか?
次の参院選は3年後、総選挙は間に挟みますが、そこで勝っても参院の構成が変わらななければ何一つできません。ならば石の上にも三年、真っ当な言動というモノを見せてください。
繰り返しますが、もう沢山です。無論今までの運動律から逃れるのは困難でしょう。無責任な社会党の地位は確かに楽しいでしょう。分派行動をしたあいつらは憎いでしょう。結局は取れもしない一人区の擁立国盗り合戦は面白いでしょう。ぬるま湯に浸り続けるのは楽です。現に国民も今の体制というぬるま湯から暑いとも冷たいとも知れぬ次の湯に入ろうという気概は湧きません。ましてその湯の色すら、湯船が現にあるのかすら判然としないのです。そんな霧の中にそこに清水の舞台から飛んで入れ、とは誰にも命じられる謂れはありません。せめて湯がちゃんと入ってるのだ、ということは見せてください。そのために土台を作り、まきを割り、水をくむ、そういう作業をちゃんと見せることが必要です。
あなた方はこの間政権を嘘と妄想で簒奪した時言いました。「一回試させてください」と。我々は試し、そして失敗しました。
ならばこんどはこちらが言います。「一回、政策議論をちゃんとする道を試してください」と。あなた方はそれを容れる度量すらもう失いましたか?人に要求するだけですか?妄執の繰り言をいつまで続けるつもりですか?
今こそが、国政はちゃんと議論ができるのだということを示す最後のチャンスです。極右安倍政権は変わりません。ならば変わる一歩は社会の前衛である勢力こそが踏み出すべきです。
出来ないなら?ならば、滅びるだけです。しかし、それが単にあなた方だけの自死だけで済むでしょうか。あなた方が無残に死んだあと、その生態ニッチを埋める者が果たして何者か、良くお考えください。それが果たして我が国のためになるのでしょうか。
御英慮を期待しております。
最近の問題が持ち上がる前は、吉本の稼ぎ頭の人気芸人が「兄さん文化」によって、食えない若手に飯を奢ってやったり、お小遣いを配ってやったりすることを男気があると言われていた。
大学病院も同じで、教授にすべての金と権力が集中し、学会なんかでは、教授のお気に入りの若手は食事代やホテル代がすべて出してもらえることがある。
さて、芸人も大学病院も稼ぐ力が上から順に100, 10, 5, 3, 2, 1, ,1 , 1, .....だとしたときに、
100の人気芸人や教授が1億の年収(または自由に使えるお金)だとして、1しか稼げない若手は100万でいいな、その代わり困ったときには100の俺らが助けてやるからな、
というのがこの界隈のしきたりであった。俺らはたしかに100稼いでいるんだから、ほら、これのどこに問題ある?
一般に、伝統的な日本の会社では、一人を雇うのに、大体3000万必要と言われている。
つまり、3000万稼いでいない社員は会社からすると育成要員であり、新入社員から数年はこれに当たる。
逆に、1億稼ごうが、数億の案件を掴んでこようが、急激に年収が上がることはない。
日本の伝統的なこのやり方に嫌気がさして、外資の刺すか刺されるかの雰囲気の中で切磋琢磨している人たちがいることを知っている。
もちろんそれも良いだろう。
ただ、問題なのは、芸人も大学病院も、刺すか刺されるかのような雰囲気はなく、
むしろ稼ぐ力100の椅子というものが存在し、その椅子にこそ価値があり、中身に大した価値がない。
よって、稼ぐ力100の椅子を150にしようなどと誰も考えず、ただ椅子の取り合いこそが目的の競争となる。これが一点目の問題。
二点目の問題は、トップが若手にお金を配分するという構造自体が権力構造を生み出すことだ。
本来、会社や大学病院が各雇用者の働きに合わせて給与を決定するべきなのに、権力者がその機能を内部化している。
つまり、好きなヤツには仕事やお金をばらまけるし、嫌いなヤツは干すことができる。
これが社長や病院長ならまだしも、一介の芸人、一介の教授ができてしまう。
弟と2人でバッタをとり、しょうゆを出して遊んでいた。どこからか近所の家のお兄ちゃんがやってきて、弟と私を連れて行く。
死んだザリガニが落ちている場所。たくさんのウジがわいていた。
私も弟もウジを知らず、カブトムシの幼虫だと言われたので、そう思った。かわいいと言って2人でてのひらですくいあげる。お兄ちゃんが、かわいいカブトムシの幼虫をお母さんに見せてあげたらいいと言うので、私と弟はウジを両手に抱えて、お兄ちゃんに連れられて家に帰った。
家のドアを開けて母を呼ぶ。母は叫んだ。それに合わせるように、お兄ちゃんも笑いながら叫ぶ。
「おばちゃん、ふたりともいっつもこげんことして遊びよんばい! 悪い子やろ!」
母はお兄ちゃんに、教えてくれてありがとうと言いながら、私と弟をボコボコにした。家の奥から石鹸を放り投げてきて、下の水場で手を洗えと玄関から放り出した。お兄ちゃんはその時には、もうその場にはいなかった。
ふたりで手を繋いで階段を降り、弟の手をゴシゴシ洗ってあげながら、アレは多分カブトムシの幼虫じゃないんだな、と考えていたことを覚えている。
「●●ちゃん、なんでお母さん怒ったと?カブトムシの幼虫、うちで飼わんと?」
私は上半身の体毛が薄い方で、髭も脇毛も胸毛も腕毛も豆もやしみたいなものである。
(幸い髪の毛はフサフサなので要らぬ心配はせぬように)
一方で下半身の毛は何故か濃い。
たまにスネ毛を剃ってみたりチン毛をカットしてみたりしてたのだが、そういえば尻毛に手を入れたことはない。
考えて見たら尻毛の存在意義ってなんなんだ?
ググってみた。
存在価値などないらしい。
気になりだしたら処理したくなるのが人間の性。
あぁ、かくも愚かな人間よ。
今のままで一度も尻毛の居住区を侵略しようなどと考えたこともなかったのに。
ひとたび「ムダ」だというバイアスがかかった途端、私は30年間連れ添った尻毛をいとも簡単に亡き者にしようとしているのである。
カミソリで処理する勇気はない。
万が一処理を誤った日には毎日パンツを買い換える羽目になってしまう。
処理するなら除毛剤だ。
私は早速ドラッグストアに駆け込んだ。
メンズ用の除毛剤がないのだ…!
これでもいいんだけど、よく考えたらレジに持っていくのも恥ずかしい。
手元に届いた除毛剤の注意書きを読む。
「あらかじめ除毛しようとする部位に少量を塗って10分程度放置し、赤み、かゆみなどの刺激がないかを確認してください」
うるせぇ!こちとら一刻も早く尻毛に強制退去を申し出たいんじゃ!
かかる火の粉など知ったことか!
少しヒリヒリする…
でもそれ以上に、気持ち悪い…
尻の谷間に感じる除毛剤の感覚は、あの苦い感覚と酷似している。
うっかり実が出た時の感覚…パンツへの被害をなんとか抑えようと谷間くんが頑張ってくれている時のあの感覚そっくりだ。
10分後、シャワーでぬるま湯をかけながら尻毛を引っ張ってみる。
そう思ったくらい漆黒の縮れ毛が大量に指の中にある。
痛みはほとんどなかった。
ついに私は尻毛とおさらばしたのだ。
街中で人とすれ違う時に心の中で小さく呟く…
「良いだろう、私はお尻つるつるなんだぞ。一味違うんだぞ。」
いつもより胸を張って歩けた気がした。
ところで私はフワッフワのやわらかいダブルロールのトイレットペーパーより、ガッシガシに硬いシングルロールの方が好きだ。
ダブルがいいとか言ってる人は気取ってるか贅沢病に犯された人間に違いないと、そう思っていた。
尻毛を処理して2日後のことだった。
いつものようにカッタイ紙で力一杯尻を拭いた時に痛みが走った…
紙には血がついていた。
そうか、これまで私が硬い紙を好んでいたのは、尻毛に抗うためだったのか…
ヤワな紙は尻毛の生えてない、もしくは処理している人にとって、あふれんばかりの優しさを以って接してくれる偉大なる母のごとき存在だったのだ。
私はそれまで自らが抱いていた差別意識を恥じた。
あぁ、かくも愚かな人間よ。
我らには想像力というものがありながら、痛みと後悔無くしては反省することすらできないのだ。
しかし、私は尻毛を通じて己の弱さをひとつ認識することができた。
私にとって尻毛の処理はムダではなかったのだ。
貴方たちによって悟りに一歩進んだ人間が、少なくともここにひとりは存在する。
私は感謝しなければならない。
タ○デントを入れ歯じゃなくてマウスピースの洗浄に使っている。ある日朝にマウスピースとタ○デントの錠剤とぬるま湯を食べ終わったヨーグルトの容器に入れて洗面所に置いておき、夜にマウスピースをしようと中を覗いたらタ○デント液のなかでコバエが三匹ほど死んでいた
マウスピースは何度も洗って口に入れた。
それからすぐ、今度は夜寝る前の一時間ほど同様にタフデントを使った。
するとやはりコバエが浮かんでいた。
最近は蓋ができる容器を使ってタ○デントしてるので問題ないんだけど、それにしても洗面所でコバエなんてこれまで見たことなかったのに、どこから来てなぜタ○デントの液のなかで死んでいたんだろう。
気になっている。
42歳11ヵ月、東京在住、既婚、子なし、年収950万、そんな俺の戯れ言。
地方に帰省するたびに、誰々に孫ができたという報告を耳にする。
晩婚化な昨今でも結婚しても当たり前になっている年齢とはいえ、40代で孫ってなんだよ?いや物理的にはありうるけどさ、そんな話を聞くと別次元の事に感じてしまう。
「盛りのついた猿が産み散らかした子供が、親同様に好き放題産み散らかしてる」それくらい別次元で、自分とは無縁の感覚。
別段、それを咎める訳では無いけど、こいつら人生計画あるのか?計画的な俺ならストレスになるだろう。
子供産まなきゃという焦りでは無く、「あいつヤりたい放題やって、少子化対策に貢献して…凄いな…。それでオラついたミニバン乗り回してるのかよ。自分には無理だ…」という呆れを通り越して、おかしな劣等感を抱いてしまうほど。いや、劣等感なんてないんだけどさ。
そして友人から「30〜40歳過ぎて子供がいない。いても小学校行ってない。しかも車も持っていないのは、こちらでは今だにおかしいと思われる。」という言葉を聞く。
これも、子供がいない事に焦りを覚えるわけでは無く、「40過ぎて、DINKSで、過剰な仕事あってこそ優雅な暮らし」を謳歌している自分が地元に住んだら、自分が望んでいない将来を想像され、出来ない自分に低評価が下される世界が恐ろしくて仕方が無い。
地方住民の曲解というか思い込みなのか、年々恐ろしくなっている事の一つ。
あとは仕事の話。
何事も無かったように就職してドラッグストアの店員とかで、仕事に必死にしがみつくことなく年収300万の正社員で安住している地元の人間。
終身雇用制度が崩壊しつつあることに備えて、しっかりスキルアップして、転職を繰り返す度に年収アップして、自分の稼ぐ力をつけてきた俺からしたら、ぬるま湯な地方とは何なのか意味がわからなくなる。
地元でそこそこの学校出て、地元でそこそこの仕事をして、地元で子育てしていく中流家庭とか遠い昔の話なのだと再確認。
親に対しても「金がない」と口にしていたら、冗談だと思っていた様子。いや、冗談だが。
400万くらい稼いでいるのに、謙遜して言っているとか思い込んでいた感じかなあれは。
「あちこち仕事を転々としてるようだけど幾ら稼いでいるんだ?」と聞かれたから、「もうすぐ年収1000万くらいだよ」って返した。
両親とも驚いていた。「お前どうやってそんな金額稼いでいるんだ!?闇営業でもやってるのか?」みたいな感覚で接された。
自分の中では「あ〜あ、やっぱりこういう感覚なのか」と周囲との温度差を痛感する。
だからこそ、安堵というか自分も低所得者になったつもりで、激しく同意するような意見を書き込んだりしていた。
けれど、現実でその話をすると、あからさまに自分が異端であると気付かされてしまう。ネットに入り浸って低所得者になりきるなんて時間の無駄だと。
いや、単に自分が暇すぎるだけ…?
嫌なことから脱却すべく行動して努力してきた結果だし、望んで自己を優先してきた結果だけど、生活環境自体を、楽しんでしまっている自分。
その癖、後ろめたさではないが、地元の連中これでいいのかよと勝手に鼻で笑う。
そう思い東京に住んでいると、他者の中で薄まる存在感があるからか、やっぱりナンバーワンになり、もっともっと特別なオンリーワンにならなければと思える。
自分は東京で結婚式をあげた。その際結構な数の式場やホテルを下見した
東京タワー近所のメルパルクも見たが、一瞬で無いわってなった。立地は良いが細かいサービスが全部ダメ。そもそも駅から遠すぎ。東京タワーをバックに格安で式を上げたいってカップルが餌食になっているんだろうな
そもそも超ぬるま湯の元郵政が客サービス出来る訳がない。元手紙運ぶしか出来ない奴らの保養施設だよ?
結婚式を挙げるならとにかく立地と交通の便。最低限、最寄り駅からの無料送迎くらいはデフォルトで無きゃ駄目。どんなに食事が美味しくて、どんなに雰囲気が良くても、列席者に駅からタクシー乗り合いさせるような式場だったら止めるべき。大体、当日は予定と異なること起きるから。その式場で
仕事のことやプライベートなことも全て学生時代や幼少期、自分の見た目やらなんやらに転嫁してぬるま湯で文句だけ言うカルチャー。
「教育実習」
教職課程を取っている人なら誰しもが行くであろう最後の難関とも言える4週間ほどの実習。勿論本気で教員を目指している人も、そうでない人もいるが、とりあえず皆単位認定と免許取得のためにこの実習を行う。
僕もその1人で、特に教員になるつもりはなく、就活をしていたが3年間の自分の努力を水の泡にするのも癪だったのでとりあえず免許だけは...と思い、母校へ実習に。勿論、こんな半端な思いではいけないと分かっていたので、せめて実習期間だけは本気で教員を目指している人を演じようとした。自分は教職課程で嫌という程困難な単位も取得してきた経験から、大抵の事はそれなりに出来るだろうと踏んでいた。
しかし、大きな誤算があった。
友達は少ない方で、あまり口数も多くない。少人数を好み、内気で外に出ていくような性格ではない。こんなやつが教育実習を行おうとしていたなんて今思うと笑い話である。
僕の他にも何人か教育実習生はいた。実習期間中は控え室で他の実習生と過ごす時間が多くなるのは当たり前のことだが、僕はそれがとても苦痛だった。
先にも言った通り、内向的で人見知りな性格なので「知らない人」がいる空間というのはいささか居心地が悪いのだ。しかも、4週間は同じ人と顔を合わせないといけないし、嫌でも一緒にいなければならない。
この性格で馴染むことはできず、実習生とは距離を置いて生活していた。
大人なんだから、それくらいどうにかしろよ!とも思われるかもしれないが、性格面の問題は自分が苦痛を受けて皆と平穏に過ごすか、自分がストレスフリーで皆と距離を置くかの2択しか無かった。僕は勿論後者を選んでしまった。
教育実習生活は想像を遥かに凌駕する程の過酷なものであった。定時に退社するという概念はなく、朝がとても早いのに夜は遅くまで残って指導案を書いたり、教材研究をしたり、雑務をこなしたり...とにかく今までぬるま湯生活を送ってきた僕には宛ら監獄生活のように思えた。
やっと来た休日でさえも疲れて動けない。どこかに行こうという気力も、何かをしようという意欲も湧いてこなかった。
そんな中で唯一の救いだったのは指導教員の緩さだった。他の実習生を見ると、指導教員に怒られ、やる気はあるのか?と捲し立てられる人もいたくらいだから僕はとても恵まれていた方だと思っていた。
しかし、それは違った。
指導教員が緩かったのは、ただ単に僕に無関心だったからだ。好意も悪意もない、何の感情もない。指導案も授業計画も全て何の意見もせずに一言「良いんじゃない、それでお願いします」とだけ。
無関心な事を後押しするエピソードとして、初日に僕が実習生として指導教員のクラスに着くことを生徒に言い忘れ、最終日も今日で実習生は終わりということを生徒に告げてはいなかった。
他にやることがたくさんあるのは承知していたし、自分の仕事にプラスして実習生を請け負う(負担を増やす)という事も分かっていたけれど、他の実習生は怒られてでも関心を持たれて指導をされていたのが羨ましいと思った。
そして何故か教壇実習(授業を行うこと)は、意外と何の問題もなくこなせた。
人見知りなので人前に出る事が苦痛だったし、30人もの生徒を前に緊張で何も喋れなかったらどうしよう...等と考えていた自分がアホらしく思えたくらいには堂々とした態度で臨むことができた。
指導教員以外の先生方のご指導を頂いて、大変実になる経験であったと感じたし、自分の潜在能力にも驚かされた。ひとつ言えるのは、性格面に問題があろうと、担当科目に対する幅広い知識や教養を身につけていればそれを口頭説明する感じで乗り越えられるという事だ。
どうかこれを見たor見ている人見知りで内向的な教育実習を控えた人に少しでも勇気を与えたいと思って僕はこの記事を書いている。なので、似たような境遇の人がどんな目に遭ったのか最後まで見ていてもらえると嬉しいです。
授業を重ねていくうちに、必然的にクラスの生徒とも喋るようになった。人見知りだが、相手から話されればある程度は話せるし、どちらかと言うと自分で話を振るのは苦手なのでどんどん話すタイプの人とは相性がいい。聞き手に回るのは得意だったので、生徒の色々な話を聞いたりしてとても懐かしい気持ちになったり、楽しくなった。
危惧していたクラスの生徒との関係性もまあまあ良好、と言ったところであった。
そして早く終わってくれ、と思った教育実習もあっという間に1ヶ月が経ち、最終日を迎えた。
僕は教育実習生とはあまり仲良くは出来なかったが、そこそこな関係は築けたのではないかと思った。しかし、特にこれといって仲良くはないので教育実習後のお疲れ会と称した飲み会には不参加でお願いした。面白いのが実習生で断ったのは僕ただ1人という事だ。皆この1ヶ月でとても仲良くなっていて驚いた。
そして最終日の最後のホームルームを迎え、僕はいつも通りにホームルームをした。しかし、クラスのみんなにプレゼントがあったので、ホームルームを早めに引き上げ、お菓子を配った。その中に手紙も入れた。自分なりに話した生徒の特徴を書いて、30人それぞれに違うメッセージを送った。生徒たちが喜んでいる姿を見て自分も嬉しくなった。
しかし、最終日に「今日で最後」という認識は生徒になく、皆驚いた顔でこちらを見ていた。
ホームルームが終わったあとで何人かの生徒は駆け寄ってきてこう言った。
どの言葉も嬉しかった。自分にとってはそれだけで満足であった。30人いる中でたった一人でも、少人数であろうと、自分のことをそういう風に思ってくれる生徒の存在というのは何よりも大きかった。
しかし、控え室に戻ると他の実習生は大号泣。花束を抱え、もう一方の手には色紙を持っていた。自分はまたそれを見て羨ましく思った。
色紙や花束を貰いに実習をしに行った訳では無い。勿論それらは気持ちであるし、指導教員の計らいでもある。
という事を考えると、指導教員はやはり自分に無関心で何の感情もなく、自分を惨めな思いにさせたと感じて一気に敬いの気持ちが消えた。自分勝手な考えなのは百も承知だが、普通に最終日の予告もなし、何も用意せずただ「実習お疲れ様でした」の一言だけはさすがに1ヶ月耐えた自分には辛いものがあった。しかも指導教員に菓子折り(渡すべきものと大学側から言われていた)を渡すと「これあんまり好きじゃないんだよなー、まあ、誰かにあげますわ(笑)」と冗談ぽく笑っていたが、自分の心はこの態度に酷く傷つけられた。
唯一の救いは何人かの生徒はノートの端切れに「ありがとう」や「楽しかった」などのコメントを書いてくれたものを渡してきてくれたことだ。最後と知らなかったので、ほんの気持ちでしかない贈り物だったが、自分には一生の宝物となった。
と同時に一生こんな人にはなるまい、と指導教員を反面教師として生きていこうとも思った。
実は書類の不備で実習を終えた母校にもう一度足を運ばなければならないのだが、その際にまたあの指導教員と合うと思うと憂鬱で仕方ない。
実習を終えることはできても、かなり自分の心身を酷使したイベントであった。
どうかこれから実習に行く人は気負わずに気楽に行って欲しい。指導教員との相性が悪くとも、性格に難アリで厳しそうでも、始まってしまえば終わりが来る。
大学受験に失敗した。予備校に通うお金もなく、宅浪する覚悟もなくて、後期で受かった地方国立大に通って2年目。眠れないのは隣人の騒音のせいじゃない。
第1志望の学科には合格できなかったけれど、最初のうちは長く続いた受験勉強から解放されたということもあり、自分なりに楽しもうと思っていた。でもダメだった。
周りと自分のやりたいことが全く違うのが苦痛だった。遊んでばかりいる人がやたらと目について、「本来自分はここにいるような人間じゃなかった」なんて考えるようになってしまった。
そんな態度が周りに伝わったのか、元々のコミュニケーション能力の低さが原因なのかはわからないけれど、友達もあまりできずに今は1人で講義に出ることがほとんどだし、サークルもやめた。バイトの同期は違う学科でほとんど会えない。土日は家から一歩も出ないことのほうが多い。今まで一度もできなかった彼氏は、今もできないままだ。
なんとなくフォローを返した大学の知り合いのインスタグラムのストーリーには、毎週のように飲み会の様子があがる。
予備校に通っていた高校のときの同級生は、志望の大学に合格して楽しそうに毎日を過ごしているみたいだ。
親のことは大事だけれど、奨学金を借りずに大学に行けている人のこと、留学できている人、予備校に通える余裕があった人を見ると、羨ましくてたまらなくなる。
具体的に何が辛い、というのははっきりと言えないけれど、ぬるま湯につかったような毎日に、ぼんやり死にたいなあと思っている。やりたいことがないわけではない。好きなもの、楽しみなことがないわけでもない。だけれど、それすら面倒に思えてくるほど毎日が億劫で仕方がない。
大学に入ってから顔への執着が酷くなった。周りの目線が怖くなった。
講義で当てられると泣きそうになった。
狭い講義室が怖くなった。
「大学生なのに」充実していないことをみんなに悟られるのが心底嫌だ。
夏休みに帰省するけれど、大学に行かない生活が長く続くと、もう行けなくなるのではないかと不安になる。かと言って中退する勇気もないし、今まで大学に払ってきたお金が無駄になるかと思うとこのままなんとなく通って卒業して、なんとなく就職するのだろう。
なんのために生きているのかほんとうにわからなくなってきた。