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2021-04-24

最近の若者は優秀だ

増田ITエンジニアである

給料は悪くないが、今いる会社ではキャリアスキル天井が見えてきたので転職を考えている、そんな感じのよくいるITエンジニアだと思う。

増田のいる会社特別大きいわけではないけれど、毎年ちゃん新入社員が入ってきてくれる。

それも見境なく採用しているわけではなく、しっかり採用計画を立てた上で当人スキル志向を見て合否を判断、予定の人数に着地させている。

学生からすれば大手に落ちたらなんとなく面白そうだしで入ってくれるような会社、という立ち位置に落ち着いているようにも思うし、実際増田もそのクチである

さて、繰り返しになるが増田のいる会社特別大きくはないため、新人研修も大規模なものではなく、多くは社員時間担当科目を割り当てて行っている。

その内容は組織事業の紹介をはじめとして、開発ツール技術の軽い演習を交えた研修など多岐に渡り、それなりに立場のある者から2-3年目の若手まで、自身資料を用意して新人研修に臨む。

スケジュールや大筋の内容は事前に決められるものの、細かいコンテンツについては割り当てられた社員に一任されている。

増田も例に漏れず毎年新人研修担当しているのだが、他の研修を覗くと年々ブラッシュアップされていて、改めて一式受けてみたいと思えるほどだ。

2-3年目の若手が技術的な背景までしっかり理解した、それでいてかみ砕いた分かりやす研修を行う姿、また入ってきたばかりの新人理解して使いこなせるようになっていく姿は毎年増田を驚かせてくれる。

個人差は大いにあるものの、平均的には毎年新入社員の質が高まっているように感じる。

もちろん大学で学ぶ内容も増田の頃からすれば進化していて、注入される知識技術現代的なものに入れ替わっているのもあるだろう。

しか技術学習コスト過去類似技術と地続きで学ぶよりも新規参入して学ぶ方が高くつくもので、優秀さは疑いようのないものだと思う。

このように若手が優秀に映ることで、若手よりも高い給料をもらっている増田には、若手の評価面での天井となってしまわないようにしなければというプレッシャーが生じている。

増田がしっかり評価されないことには子弟関係にあたる若手たちも増田ほどでないということで評価されないし、増田上司増田をうまく使えていないということで評価されなくなってしまう。

彼らの障壁となってしまわないよう増田自身も優秀でありたいと思う一方、増田視点での増田評価天井、ひいては給料の上限も見えてきているので転職もありかなと思う次第である

今の給料が十分であるかとは別の話で、高く評価されたとしても給料の伸びしろがないことが分かってしまうと、その後の就業意欲に影を落とす。

成果を出せば出した分だけ、成長すれば成長した分だけ評価され、評価の結果として報酬を得たいのが人間の性であろう。

ありきたりな結論になってしまったが、今の若者は優秀であり、優秀な若者が優秀なまま活躍し続けるためにも、はたらきに見合うだけの報酬を、十分な伸びしろをもって提示すべきだろうと増田は思う。

2020-09-09

無職病人日記o日目

腹腔鏡手術からあと数日で1ヶ月になろうかという。

傷の瘡蓋周りから体液が衣類に付着がここ数日。

さきほど瘡蓋がとれ、えぐれた箇所から白い液体とぐずぐずした患部、縫合糸の黒い端が見えていた。

昼の段階で電話問い合わせ。高熱と急激な患部の熱感がない限りは放置と言われ、患部を掻いたりしないよう言われたが寝てる間はどうなるか分からない。

何も対応しようがないということなのか。

医療従事者と一般人とで感覚差が激しいと思う。

退院後の不安を取り除くというようなことが入院間中スケジュール内に記載があったが、不安だらけだった。

担当科目医師特に適当な印象が強いし、当番医はまず話を聞かない。

術後の違和感で別の科目を受診したとき医師がまるっとフォローしてくれた形となり、不信感が強まっている。

たまたま退院後に医療系の動画配信を見ていた。

コミュニケーションの得手不得手は患者医師に双方あれども、確かに話を聞いてもらえなかったという不信感を医師全体に持って、診察に臨んで頑なな対応をとってしまうのはある程度仕方ないのではと感じた。

医師からしたら多数いる患者のひとりでしかなく、患者からしたら自分しかないわけで。

そこにただでさえ不調という状態異常が加わるのだ。

今回当番医については、当初予定していた退院時に歩けない食べられないという不調のなかどうやってでも一度帰宅して具合悪ければもう一回受診しろと言ったのに、

付き添いの家族には『原因が分かるまでは退院させられない』とちぐはぐな説明対応をしたので、なんだこいつという感想が抜けない。(結局、その原因とやらは説明されていない)

腹立たしく、解決しなかったことも含めて整理してまとめたいと考えている。

とりあえず明日は予約外受診の予定。

えぐれた傷には不安しかないし、衣類はずっと汚れるので何かしらの対処を知りたいところ。

2020-07-31

義務教育廃止論全面的に支持する

もはや義務教育はいらないと思う。国民全員の教育税金を費やして援助するのは無駄だと思う。

理由1 わざわざ学校で教える必要がない

この情報化社会において、わざわざ学校に通わずとも、小学校高校までの勉強学習することは誰でもできる。

受験産業の振興の副作用で、巷には良質な参考書や、格安で受けられる映像授業などが豊富にある。そういうものはもう20年くらい前でも、既に学校の授業の水準をはるかに上回っていたように思う。

理由2 教育の質が高くない

小学校では、掛け算の順序がどうとか極めて愚劣なことが行われているようだが、中学以降でも大して変わらないだろう。地方公立中学校のひどい所など最早「通わない方がマシ」というレベルなんじゃないだろうか。

そこまで酷くないにしても、自分担当科目範囲を超えた知識を持った上で教えている教師は稀であるさら事務業務煩雑化などにより、教師教育に割ける時間はどんどん減っている。その上、出退勤管理自動化のような設備投資、教材の電子化なども全然進んでいない。

理由3 劣悪な環境いじめなどの問題がある

公立小中高の教室にはエアコンがなかった(今は知らん)。気温が30度を超えようが、氷点下だろうがそのままである。今にして思えば、よく通ったもんだ。エアコンの無い会社に勤めろって言われたらほとんどの人は辞めると思う。

また、いじめ等で取り返しのつかないほど人生めちゃくちゃになる可能性もある。可能性があるどころか、いじめ自体どんな学校にもある。高校なら辞めりゃいいと思うけど、義務教育なのにいじめがあって通えないというのは、おかしな話だと思う。

理由4 そもそもほとんどの人にとって教育必要ない

そもそも学校で習ったことなんてほとんどの人は社会に出て使っていないだろう。つまり不要なのである不要なことを教えるのは無駄である

2019-12-20

1年単位の変形労働時間制を導入し、2年めに突入した私立学校の現状

公立学校教員労働時間についての詳細な話等は記しません。「教職調整額」という名の搾取システムについては、このあたりの記事が分かりやすいかと思います

教師残業代が出ない理由理解するために知っておきたい2つの事実

https://education-career.jp/magazine/career/2019/kyouin-zangyoudai/

残業代ゼロ 教員長時間労働を生む法制度(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20171211-00079169/

今回は、公立学校や他の私立学校に先んじて「変形労働時間制を導入した私立学校」の実態レポートをお送りします。「何かの足し」になれば良かれと思いまして。

以下、時系列に沿って記します。

------2017年9月------

突然、理事から就業規則改定の話が来る。

それまで、私の勤務先については「残業代」についての規則存在しておらず、36協定も締結していなかった。

そもそも私立学校の勤務時間管理は「一般企業」と同じ扱いであったらしい。そのことを私は知らなかった。なお、私は職場組合の「代表者」を務めている。

酷い話だ。酷いのは自分だ。

私の勤務先は、様々な点において「公立学校に準ずる」という点が多かった。それは、学校法人税金を受け取って運営されているという面もあろう。勤務についても、公立学校と同じく「残業青天井」だと思い込んでいた、それまでは。

そもそも、この話は何故始まったのか。

理事側が言うには、その夏に労働基準監督署からの指摘があったということだった。「36協定を締結せよ」「協定が無いままに、職員残業させてはならぬ」と。嘘か本当か分からぬが、その夏休み都内私立学校の幾つかにに対して、同様の査察(?)が行われたという話も理事から聞いた。

私はそれまでの20数年間、残業代支給されないのは当然のことであると考えていた。

タイムカードがあるわけでも無く、管理職は各教員の詳細な勤務時間を把握しているわけでも無く。

また、部活動指導に費やす時間についても、その状況は教員によって様々であった。「部活動指導」というパンドラの箱は、本校内においても「開きかけたり、閉じたり」している。本格的に開けてしまうと、カオスが増すからである

2017年度においては、「各専任教諭は、何かしらの部活動顧問を務めるように」というお達しがあった。

2019年度現在、「なるべく、部活動顧問をやってくれ」という風に、理事(校長等)側は「言うだけは言って」いる。理論上は部活動顧問を持たないことも、可能にはなっているようだ。

しかし、実際は「公立学校部活動顧問の状況」と大差ないと言えよう。「やりたい人間」は放っておいても、年中ほぼ無休(かつ、ほぼ無給)で部活動指導に勤しむ。「やりたくない人間」も当然居る。また、「やりたくないけど、仕方なく」という者も。

公立学校部活動顧問の状況に詳しいサイトこちら。

公立中学校 部活動顧問制度絶対違法だ!!

http://bukatsu1234.blog.jp/

話は2017年9月に戻る。

理事側の希望としては、2017年10月(年度の真ん中)より、36協定を発効させたいとのことだった。そのため、理事側は36協定の素案を提示してきた。

その素案は、全体として「現状の勤務・賃金形態を変更せずに、法に沿うように規則を再構築した」と言えるものだった。

給料等は一切変わらないが、現行の「調整手当」を「残業代の定額払い」として再定義するという話だった。

この「調整手当」とは、公立学校(等の地方)公務員場合、「東京都(区部等)の物価が高いので、それを調整するため」に支給されているものである。従って、そもそも残業代に相当するもの」ではない。

勤め先は私学であるが、この「調整手当」も「公務員に準じる」ということで、支給されていたのだ。

この解釈は、理事側が社労士(?)あたりに相談し、法的に問題ないことも確認済みだという話だった。

私を含めた組合側の代表も、「給料手取りが変わらないのであれば、拒否する必要もないだろう」という見解を伝え、後に組合員全体に諮ったのであった。

その話し合いに付随し、理事などが言っていたことは、おおよそ以下の通りだった。

来年度(2018年度)からは変形労働時間制を導入する予定。

・「週1日の『研修日』」を廃止し、「完全週休2日制」とする。

・調整手当の定義を変更(残業代扱い)する。

・調整手当はおおよそ40時間分の残業代であるといえる。

・40時間を超えた部分については、新規に「超過勤務手当」を支給する。

残業時間は、最大でも月に45時間。それ以上は働かせない。

研修日」とは、公立私立を問わず中学高校ではよく見られるシステムだ。

週の1日程度、「担当する授業を持たない日」を設定しておき、その日は「出勤せずとも済む」のである

数年前の又聞きではあるが、都立高校」の教諭について記す。休日である日曜日(と土曜日?)の労働(だいたい部活動絡み)が「所定の数(詳細は不明)」を超えると、翌年度は研修日が設定可能になる、とのことだった。

私の勤務先の仲間である組合員(残念ながら、過半数は超えていない。しかし、私の職場はその意見尊重してくれている)からも、「36協定」について、特に異論はなかった。

2017年10月に「遅すぎた36協定」は締結されることとなった。

------2017年10月------

36協定が発効する。

------2018年3月------

変形労働時間制の年間の案が示される。

その「年間計画」が妥当なのかについては、理事側と組合側で意見を摺り合わせる機会も無かった。

基本的ルールは以下の通りだった。作成したのは、基本的に人事担当職員だった様子。

・それぞれの教員(および事務職)について、平日1日を「法定外休日」として設定する。

基本的週休2日となる。

行事(各種式典・保護者会・入試等)で「頭数」が必要な日は、全員出勤となる。

・法定外休日がどの曜日にあっても、総勤務日数(250日強)と総勤務時間(2000時間強)が変わらないように設定する。(←この点に非常に苦労したはずである)

・所定労働時間数は年間を通して平均週40時間以内。

基本的に8時間勤務となり、途中に1時間の休憩を挟む。

会議が設定されている曜日などについては、10時間勤務で途中に1時間の休憩を挟む。

・育短、産休、育休、介護休業等に入っている者は、前述の「8時間勤務で間に1時間の休憩」。

「ご意見があれば、直接立案者まで」という話であった。

個人としては「カレンダーを作るのが大変だったろうなぁ」と考えた。また、その人事担当職員に対しても、普段仕事ぶりには敬意を持っていた。そのため、特に異論」を申し入れることはしなかった。

------2018年4月------

変形労働時間制の運用開始。

36協定も改めて締結。

2017年度と比較し、勤務時間等を含めた「働き方」自体は、概ね変わらなかった。良い点も悪い点も。

『出勤簿上の勤務時間と実際の勤務時間には齟齬がある』ということだ。ただし、結果的には「拘束される時間」は若干の増加を見た気がする。

この『齟齬』が労働基準監督署などに改めて見出された場合指導が入ることになるのだろう。

------2019年4月------

変形労働時間制が2年目に突入

36協定も改めて締結。

明らかな変更は、先に述べた「部活動顧問強制では無いが、なるべく何らかの顧問担当して欲しい」という指示があったこである

------現在問題------

どこの学校であっても「あまり文句を言わず仕事をコツコツと進める人物に、仕事が集中しがちになる」という面はあるのでは無かろうか。

私の勤める学校理事も、それを改善するつもりはあるようで、「仕事分担は公平に」という意図メッセージを随時発してはいる。

しかし、年度当初あるいは年度途中、各分掌(教務とか生活指導とか進路とか)や各学年、各教科内で様々な仕事を割り振る段階で、1人あたりの仕事量の軽重が発生してしまうのである。加えて学校幹部は「何らかのプロジェクト」を(勝手に)立ち上げ、その責任者に「忙しい人」を指名したりする。

なお、教科の違いについては、私の勤務先ではあまり考慮されていない。週当たりの「担当授業コマ数」については、概ね一定となっている。このあたりは、学校によって異なるはずである

授業準備という「重要仕事」をする際に、最も関わってくるのが「担当科目の種類数」でもあろう。このあたりも、私の勤務先では明文化されていない。

個人的には「教えることが一番楽な教科」は数学だろうと感じている。なお、私が担当している教科は数学ではない。「楽」イコール楽しい」というわけでは無いだろうとも思う。私は、学生時代に最も好きだった、楽しかった教科の教員をやっている。それなりのやりがいを感じながら。

2019-11-19

anond:20191117140606

貧乏常勤教員の俺からすれば,常勤教員非常勤教員よりはるかに高給なんてギャグは一切笑えない。

仮に1科目2.7万円で計算するとして,2.7万円×担当科目数が基本給を超えてるなんてことはザラにある。

しろ1科目単位で考えれば,非常勤講師の方が高くついてる。うん。大学やばいね。やばい

2019-06-18

人見知り実習

教育実習

教職課程を取っている人なら誰しもが行くであろう最後の難関とも言える4週間ほどの実習。勿論本気で教員を目指している人も、そうでない人もいるが、とりあえず皆単位認定免許取得のためにこの実習を行う。

僕もその1人で、特に教員になるつもりはなく、就活をしていたが3年間の自分努力を水の泡にするのも癪だったのでとりあえず免許だけは...と思い、母校へ実習に。勿論、こんな半端な思いではいけないと分かっていたので、せめて実習期間だけは本気で教員を目指している人を演じようとした。自分教職課程で嫌という程困難な単位も取得してきた経験から、大抵の事はそれなりに出来るだろうと踏んでいた。

しかし、大きな誤算があった。

それは自分が極度の人見知りなことである

友達は少ない方で、あまり口数も多くない。少人数を好み、内気で外に出ていくような性格ではない。こんなやつが教育実習を行おうとしていたなんて今思うと笑い話である

僕の他にも何人か教育実習はいた。実習期間中は控え室で他の実習生と過ごす時間が多くなるのは当たり前のことだが、僕はそれがとても苦痛だった。

先にも言った通り、内向的で人見知りな性格なので「知らない人」がいる空間というのはいささか居心地が悪いのだ。しかも、4週間は同じ人と顔を合わせないといけないし、嫌でも一緒にいなければならない。

この性格で馴染むことはできず、実習生とは距離を置いて生活していた。

大人なんだから、それくらいどうにかしろよ!とも思われるかもしれないが、性格面の問題自分苦痛を受けて皆と平穏に過ごすか、自分ストレスフリーで皆と距離を置くかの2択しか無かった。僕は勿論後者を選んでしまった。

教育実習生活想像を遥かに凌駕する程の過酷ものであった。定時に退社するという概念はなく、朝がとても早いのに夜は遅くまで残って指導案を書いたり、教材研究をしたり、雑務をこなしたり...とにかく今までぬるま湯生活を送ってきた僕には宛ら監獄生活のように思えた。

やっと来た休日でさえも疲れて動けない。どこかに行こうという気力も、何かをしようという意欲も湧いてこなかった。

そんな中で唯一の救いだったのは指導教員の緩さだった。他の実習生を見ると、指導教員に怒られ、やる気はあるのか?と捲し立てられる人もいたくらいだから僕はとても恵まれていた方だと思っていた。

しかし、それは違った。

指導教員が緩かったのは、ただ単に僕に無関心だったからだ。好意も悪意もない、何の感情もない。指導案も授業計画も全て何の意見もせずに一言「良いんじゃない、それでお願いします」とだけ。

無関心な事を後押しするエピソードとして、初日に僕が実習生として指導教員クラスに着くことを生徒に言い忘れ、最終日も今日実習生は終わりということを生徒に告げてはいなかった。

他にやることがたくさんあるのは承知していたし、自分仕事プラスして実習生を請け負う(負担を増やす)という事も分かっていたけれど、他の実習生は怒られてでも関心を持たれて指導をされていたのが羨ましいと思った。

そして何故か教壇実習(授業を行うこと)は、意外と何の問題もなくこなせた。

人見知りなので人前に出る事が苦痛だったし、30人もの生徒を前に緊張で何も喋れなかったらどうしよう...等と考えていた自分がアホらしく思えたくらいには堂々とした態度で臨むことができた。

指導教員以外の先生方のご指導を頂いて、大変実になる経験であったと感じたし、自分の潜在能力にも驚かされた。ひとつ言えるのは、性格面に問題があろうと、担当科目に対する幅広い知識教養を身につけていればそれを口頭説明する感じで乗り越えられるという事だ。

どうかこれを見たor見ている人見知りで内向的教育実習を控えた人に少しでも勇気を与えたいと思って僕はこの記事を書いている。なので、似たような境遇の人がどんな目に遭ったのか最後まで見ていてもらえると嬉しいです。

授業を重ねていくうちに、必然的クラスの生徒とも喋るようになった。人見知りだが、相手から話されればある程度は話せるし、どちらかと言うと自分で話を振るのは苦手なのでどんどん話すタイプの人とは相性がいい。聞き手に回るのは得意だったので、生徒の色々な話を聞いたりしてとても懐かしい気持ちになったり、楽しくなった。

危惧していたクラスの生徒との関係性もまあまあ良好、と言ったところであった。

そして早く終わってくれ、と思った教育実習もあっという間に1ヶ月が経ち、最終日を迎えた。

僕は教育実習生とはあまり仲良くは出来なかったが、そこそこな関係は築けたのではないかと思った。しかし、特にこれといって仲良くはないので教育実習後のお疲れ会と称した飲み会には不参加でお願いした。面白いのが実習生で断ったのは僕ただ1人という事だ。皆この1ヶ月でとても仲良くなっていて驚いた。

そして最終日の最後ホームルームを迎え、僕はいつも通りにホームルームをした。しかし、クラスのみんなにプレゼントがあったので、ホームルームを早めに引き上げ、お菓子を配った。その中に手紙も入れた。自分なりに話した生徒の特徴を書いて、30人それぞれに違うメッセージを送った。生徒たちが喜んでいる姿を見て自分も嬉しくなった。

しかし、最終日に「今日最後」という認識は生徒になく、皆驚いた顔でこちらを見ていた。

ホームルームが終わったあとで何人かの生徒は駆け寄ってきてこう言った。

「…今日最後って知らなかったです」

最後って知ってたら手紙とかもっと色々したのに...」

「私も先生プレゼントたかったです」

どの言葉も嬉しかった。自分にとってはそれだけで満足であった。30人いる中でたった一人でも、少人数であろうと、自分のことをそういう風に思ってくれる生徒の存在というのは何よりも大きかった。

しかし、控え室に戻ると他の実習生は大号泣花束を抱え、もう一方の手には色紙を持っていた。自分はまたそれを見て羨ましく思った。

色紙や花束を貰いに実習をしに行った訳では無い。勿論それらは気持ちであるし、指導教員の計らいでもある。

という事を考えると、指導教員はやはり自分に無関心で何の感情もなく、自分を惨めな思いにさせたと感じて一気に敬いの気持ちが消えた。自分勝手な考えなのは百も承知だが、普通に最終日の予告もなし、何も用意せずただ「実習お疲れ様でした」の一言だけはさすがに1ヶ月耐えた自分には辛いものがあった。しか指導教員菓子折り(渡すべきもの大学から言われていた)を渡すと「これあんまりきじゃないんだよなー、まあ、誰かにあげます(笑)」と冗談ぽく笑っていたが、自分の心はこの態度に酷く傷つけられた。

唯一の救いは何人かの生徒はノートの端切れに「ありがとう」や「楽しかった」などのコメントを書いてくれたものを渡してきてくれたことだ。最後と知らなかったので、ほんの気持ちしかない贈り物だったが、自分には一生の宝物となった。

と同時に一生こんな人にはなるまい、と指導教員反面教師として生きていこうとも思った。

実は書類の不備で実習を終えた母校にもう一度足を運ばなければならないのだが、その際にまたあの指導教員と合うと思うと憂鬱で仕方ない。

実習を終えることはできても、かなり自分の心身を酷使したイベントであった。

どうかこれから実習に行く人は気負わずに気楽に行って欲しい。指導教員との相性が悪くとも、性格に難アリで厳しそうでも、始まってしまえば終わりが来る。

人生はそういうもんだ(小並感)。

2015-01-11

私立学校予備校を廃止するべきである

私は教育学部大学院生だ。社会の変革を目指している。

現在日本を変えるために、私立学校予備校は廃止されるべきである学校はすべて公立にし、さらにどこで勉強するにしてもすべて学費無料にされなければならない。

現在のあらゆる社会的格差はすべて教育格差還元できる。教育格差は家庭の経済格差還元できる。経済的に貧しい家庭の子供が十分な教育を受けられないことが社会格差の最大の原因である。これを打破するにはどうすればいいか。教育をすべての人に平等に与えられるものにする以外の道はない。

まず真っ先に撲滅しなければならないのは私立中学、私立高校である。程度の高い教育金持ちだけに与える制度など、社会的格差を広げる原因でしかない。そのうえで、すべての学校システムを変革しなければならない。

現在の小・中・高校教員レベルの低さは問題である。なぜ教員レベルが低いのか。それは教員が魅力的な仕事ではないからだ。なぜ魅力的な仕事ではないのか。教員が授業以外のさまざまな仕事をしなければならないうえ、給与も良くないからだ。つまり教員が授業だけを担当給与改善されれば、学校教員レベルも上がるだろう。それは日本学生学力向上に直結する。

思うに、学校教員研究者でなければならない。教育者である前に研究者でなければならないのだ。私は小中高の教員全員に博士号の取得を義務付けるべきだと強く主張する。そして、小学校から科目ごとに専門の教員を設置し、本質的な授業を行うべきだ。現在小学校教員レベルを知っているか分数の割り算をなぜひっくり返すのかも理解していないのだ。中学国語教員は古文を原文で読むこともできない。こういう教員蔓延っていて、日本教育レベルが上がるはずがない。教員は数年に一度教員免許更新試験を受けることを義務付けるべきだ。小中高の教員担当科目大学院入試レベル試験を受けるようにするべきなのである

さらに、学校現在予備校が担っているような仕事もするべきである。つまり放課後学習をある場合希望者に、ある場合は全員に受けさせるのだ。定期的に模擬試験実施し、小学生のころから周囲と切磋琢磨する習慣を付けさせるべきである

ひとつの学年は学力ごとにクラス分けされるべきだ。最も優秀な生徒のみが集まったクラスのなかでさらに優秀な生徒を選抜して集めた学校を市にひとつ設立し、優秀な生徒はそこに行くようにするべきである。これが現在私立中学の役目を果たすだろう。

このようなことを国がすべて無償国民提供するべきなのであるしかし現状では予算が足りない。削るべきは何か。老人福祉に他ならない。

これから日本を支えていくのは子供たち若い世代だ。老人たちは死にゆくだけの存在である。老人たちに出すお金など必要ない。年金がないと生活できない老人は、60を超えるまでにろくに貯金してこなかったのが悪いのであり、自業自得である。これから若い世代がその尻ぬぐいをする必要はない。

教育格差の撲滅こそ、日本再建の第一歩でなのである

2013-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20131029140447

担当科目で満点をとれること」は講師や教師としての必要条件ではないからな。

教えられる側よりも比較的に知識が多いってだけだし。

で、周辺知識が豊富であったり総知識量が多くて教え方がうまいと優秀な教員ってだけの話。

家庭教師とか塾講師って、もちろん担当科目入試時間内満点なんだよね?

まさか間違えるとかないよね?

 
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