私は上半身の体毛が薄い方で、髭も脇毛も胸毛も腕毛も豆もやしみたいなものである。
(幸い髪の毛はフサフサなので要らぬ心配はせぬように)
一方で下半身の毛は何故か濃い。
たまにスネ毛を剃ってみたりチン毛をカットしてみたりしてたのだが、そういえば尻毛に手を入れたことはない。
考えて見たら尻毛の存在意義ってなんなんだ?
ググってみた。
存在価値などないらしい。
気になりだしたら処理したくなるのが人間の性。
あぁ、かくも愚かな人間よ。
今のままで一度も尻毛の居住区を侵略しようなどと考えたこともなかったのに。
ひとたび「ムダ」だというバイアスがかかった途端、私は30年間連れ添った尻毛をいとも簡単に亡き者にしようとしているのである。
カミソリで処理する勇気はない。
万が一処理を誤った日には毎日パンツを買い換える羽目になってしまう。
処理するなら除毛剤だ。
私は早速ドラッグストアに駆け込んだ。
メンズ用の除毛剤がないのだ…!
これでもいいんだけど、よく考えたらレジに持っていくのも恥ずかしい。
手元に届いた除毛剤の注意書きを読む。
「あらかじめ除毛しようとする部位に少量を塗って10分程度放置し、赤み、かゆみなどの刺激がないかを確認してください」
うるせぇ!こちとら一刻も早く尻毛に強制退去を申し出たいんじゃ!
かかる火の粉など知ったことか!
少しヒリヒリする…
でもそれ以上に、気持ち悪い…
尻の谷間に感じる除毛剤の感覚は、あの苦い感覚と酷似している。
うっかり実が出た時の感覚…パンツへの被害をなんとか抑えようと谷間くんが頑張ってくれている時のあの感覚そっくりだ。
10分後、シャワーでぬるま湯をかけながら尻毛を引っ張ってみる。
そう思ったくらい漆黒の縮れ毛が大量に指の中にある。
痛みはほとんどなかった。
ついに私は尻毛とおさらばしたのだ。
街中で人とすれ違う時に心の中で小さく呟く…
「良いだろう、私はお尻つるつるなんだぞ。一味違うんだぞ。」
いつもより胸を張って歩けた気がした。
ところで私はフワッフワのやわらかいダブルロールのトイレットペーパーより、ガッシガシに硬いシングルロールの方が好きだ。
ダブルがいいとか言ってる人は気取ってるか贅沢病に犯された人間に違いないと、そう思っていた。
尻毛を処理して2日後のことだった。
いつものようにカッタイ紙で力一杯尻を拭いた時に痛みが走った…
紙には血がついていた。
そうか、これまで私が硬い紙を好んでいたのは、尻毛に抗うためだったのか…
ヤワな紙は尻毛の生えてない、もしくは処理している人にとって、あふれんばかりの優しさを以って接してくれる偉大なる母のごとき存在だったのだ。
私はそれまで自らが抱いていた差別意識を恥じた。
あぁ、かくも愚かな人間よ。
我らには想像力というものがありながら、痛みと後悔無くしては反省することすらできないのだ。
しかし、私は尻毛を通じて己の弱さをひとつ認識することができた。
私にとって尻毛の処理はムダではなかったのだ。
貴方たちによって悟りに一歩進んだ人間が、少なくともここにひとりは存在する。
私は感謝しなければならない。