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はてなキーワード: 案内状とは

2019-07-19

大学OB会なんて発足しないでくれ

これまでこの地域には大学OB会の支部なんてなかったのに、いきなり発足した。

しっかり捕まって案内状が届いた。

市の職員からすごく逃げにくい。特に初回は。

高い会費払って、貴重な休日を潰して、知らないおっさんおばさんと酒飲むなんて何が楽しくてやらないといかんのじゃ。

クソ迷惑から第1回で参加者なすぎて組織破綻しろ

2019-07-08

anond:20190708000058

俺も40代だけど一度も出てない

仕事関係案内状もらったことが2回あるけど都合がつかなくていけないと断ったことがある

2019-07-05

事前投票に行って来た

まぁなんか予定はいったらアレだし投票できなかったなんて結果はいやなので。一応写真付きの身分証明書として運転免許証が財布に入ってるのを確認した。

免許は2年前に更新したんだが、別人が写っててマジでドン引きした。今と比べて20kg太ってた2年前怖い。人間、20kg体重かわったら顔別人にしかみえねえ……

実際の事前投票、ウチの自治体はまだ投票案内状が送られていないということで、なんか用紙に氏名住所生年月日書いたのをPCなんやかや確認しただけでできてしまった。こんなに簡単にできて良いのかと思わないでもなかった

帰ってきて酒飲みながらゲームしてる

以上日記でした

2018-03-29

同窓会案内状が届いたら

欠席に○をつけて返そうと決めているのだけど、案内状は一回も届かないまま四半世紀が過ぎた。どうしたものか……

2018-03-12

anond:20180310114453

行かなきゃいいだけじゃん。

それに普通招待状送る前にちゃん電話確認するぞ?

うちも本家が遠方だったから、片道だけど飛行機代とホテル代は全部こっちで持った。

航空券ホテル宿泊券と一緒に招待状を送ったわ。

この辺も全部、相手の了承を取った上で。

 

それでも行けないなら、祝電と祝い金少し包んで送れば終わりやん。

そういう親戚も実際にいた。

べつにそれでなんらこっちは困らない。

それすらしたくないなら、人を祝う気持ちがない人と

このまま付き合いを続ける気はないかな。

 

というか参加者はこの電話での確認ですべて終わっていて、

招待状は来てくれる人たちへの案内状みたいなものだぞ?

 

からカツアゲではない。

2017-09-01

よく調べたら、都知事の追悼文お断りは当然の処置だった

東京新聞:関東大震災朝鮮人虐殺 小池都知事が追悼文断る:社会(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017082402000130.html

 追悼式が行われる横網町公園内には、七三年に民間団体が建立した朝鮮人犠牲者追悼碑があり、現在は都が所有している。

そこには「あやまった策動と流言蜚語(ひご)のため六千余名にのぼる朝鮮人尊い生命を奪われた」と刻まれている。




1.団体への古賀議員ツッコミ要求

追悼碑を巡っては、今年三月都議会一般質問で、古賀俊昭議員自民)が、

碑文にある六千余名という数を「根拠希薄」とした上で、

追悼式の案内状にも「六千余名、虐殺文言がある」と指摘。

知事歴史をゆがめる行為に加担することになりかねず、追悼の辞の発信を再考すべきだ」と求めた。

要するに、

この古賀俊昭という議員が当該事件について資料を調べて、

「この民間団体の主張・碑文には根拠がまったく無いゾ」

「そのような内容が含まれている限り、都知事は彼等にお墨付を与えるようなことをすべきではない」

要求したわけ。


普通要求じゃん。

古賀議員に反対したいなら、

「いやいや6000人は事実ですよ、根拠はこの資料ですよ」と説明するしかないよね。


2.小池知事対応

そこで小池知事はどう対応たかというと。

 これに対し、小池知事は「追悼文は毎年、慣例的に送付してきた。

「今後については私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁」しており、

都側はこの質疑が「方針を見直すきっかけの一つになった」と認めた。

古賀議員の指摘に対し、

「従来の知事の追悼文送付は慣例的に送付して来た」と。

まりこれまでも相手団体の主張内容をきちんと精査してやってきたわけではないようだ(メクラ判だったと。ひどい)と。

指摘を受けた今後は、自分団体の主張をよく読んだうえで判断します」と約束した。


まともな対応じゃん。

超穏当。

何も考えずに追悼文送ってたこれまでの都知事(と、去年の小池自身)より仕事してる。



3.実際のところ、犠牲になった朝鮮人は何人だったの?

大事なのは事実関係。 

もちろんこの事件専門家であり当事者である式の主催者団体に聞くのがいい。

 式を主催する団体の赤石英夫・日朝協会連合会事務局長(76)は犠牲者数は碑文の人数を踏襲してきた。

…これは、答えになってませんよね。

ダウトに対して突きつけ返すような根拠が何もないということ。

「俺達は雰囲気で6000人虐殺事件と言っている」と。

ここでもう一旦ゲームセットだと思います

団体説明がこれならば、古賀議員の指摘と小池知事対応妥当です。

団体は主張の事実関係が怪しい部分は取下げたうえで改めて都知事に招待状を出すべきで、

その時は都知事も追悼文を出すべきだと個人的には考えます



4.傍証

ちなみに古賀議員平成28年11月8日文教委員会質問で述べたところによると

古賀委員 私が文献をいろいろ調べたが、当時の関東周辺、朝鮮人人口について当時から日本国勢調査をしていた。

3年前の大正9年国勢調査

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  2,485人、

埼玉県  78人、

千葉県  40人、

神奈川県 782人、

合計3,385人。

だそうな。

国勢調査東京朝鮮人人口は2500人弱。関東主要県で3400人弱。

把握されてなかった人達を含めても

そもそも6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きいのではないかと。


譲ってちょうど6000人ぐらいはいたとしましょう。

その人達が大震災火災で一切犠牲にならず生き延びたうえで

日本人によってほぼ一人も逃がさなレベルの皆殺しにされたというストーリー江戸っ子虐殺並みの設定だね しか

「6000人の朝鮮人犠牲者」は成り立たないわけです。


古賀議員の調べてきた前提に反論出来ない限り

この民間団体が主張し流布する「犠牲者6000人」というストーリーは、やはりです。



蛇足1】識者のブコメからにわかること 

ところで、調べ終えてから改めてブコメを眺めたら

どうもこのあたりの事情について私以上によく知っているっぽいコメントが混ざって居るのに気付いた。

sink_kanpf 公務云々を言い訳にするかと思ったら、

被害者数が不正確なので事件があったのかは怪しい」という南京事件と同じ、

学術研究無視しないと成立しない言い訳をしてくるとは思わなかったw 

これは流石にイカれてる。

2017/08/24 リンク Add Startaka3756478djsouchou

tikani_nemuru_M 「数がはっきりしない」を理由にしていいなら、

広島長崎東京大空襲シベリア抑留否定できるんだけどな。

2017/08/24 リンク Add Starmorimori_6855takuzo1213

ここまで読んでくださった人達ならこの2氏がどんな話逸らしを試みているかよくわかるだろう。

古賀議員は「事件自体否定する」ではなく「6000人と言う数字そもそも根拠が無いのでないか」と述べている。

であるのに、「数字が怪しいからって事件がなかったと言えるのかー!」と

古賀議員が言ってもいない論点に逸らしてから反撃している。


もっと重要なのは

この2氏が古賀議員本来論点を迂回していることだ。

もしこの古賀議員の指摘や前提自体瑕疵があれば、

私よりずっとこのような事件に詳しい2氏ならば「6000人にはこんなにしっかりとした根拠がありますー! バーカバーカ!」と

嬉々としてソースを突きつけ本筋の反論をするはず。

が、それをせずに迂回した。


私も今回これ以上調べる手段リソースがないけれども、

この2氏のこのリアクションは、どうも6000人はほんとに根拠がないっぽいなあという

強めの手応えの1つにはなった。



蛇足2】追悼文を出さないことの意義とは

igHopeClasic 出して何の損もしない文書を出さないというのは、

それ自体が凄まじい政治的メッセージなんだけど、わかってんのかね?/

学術研究に対する電波妄言存在理由に「何が正しいかわからん」ってやめません?

2017/08/24 リンク Add Starvabo-space24sophizm

「出して何の損も無い」だなんて、とんでもない!

都知事お墨付きを与えることの重大な意味を考えるべきです。

どうも事実に基づず雰囲気で主張をしている民間団体に、精査もせず同調する都知事が居たら、そっちのほうが大大大問題でしょう。


追悼文をやめて何を得るのか 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 ~世間に転がる意味不明

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/083100108/

日経ビジネスにこんなコラムもありました。

のものズバリ、「何を得るのか」と。


文中にこうあります

 わずか90数年前に、われわれは、6000人以上にのぼる無辜朝鮮人を殺しているのだ。

 6000人以上と言われている虐殺犠牲者は、民族差別による殺人犠牲者ではなくて、

一般災害関連死と同じ「様々な被害」として一緒くたにまとめあげることのできる死者だというのか?

ね。

この人もまさにあの6000人を信じて吹聴しているわけです。

デマ再生産が現在進行形で行われている。


事実に基づかない主張に異議を唱えるのは歴史に対する当然の態度ですが、

敢えて目先の「得るもの」を挙げよというなら、

筆者小田嶋氏のようにデマに騙される人、デマ再生産に加担する人がこれ以上増えないようにする、

デマ防止という効果がまず挙げられると思います



追記

ncc1701 事件自体否定しているわけでないのなら、なおさら追悼文をやめる必要ないじゃないか

犠牲者数には議論余地があるとしても、無辜犠牲者を悼む気持ちに変わりはない」と表明すれば済むこと。

2017/09/01

人数の問題ではなく事件の有無が大事ならば、

まず主催民間団体根拠のない数字を取下げたらいいじゃないか

「人数の問題ではない」さんは決まって怪しい人数をそのまま存置しようとするよね。

NOV1975 いやいや、「6000が間違っている」から「追悼文をやめよう」は違うだろって。 考え方

2017/09/01

何がどう違うと思ったか理路ぐらい述べようよ!ねえ!ガキじゃねえんだからさ!

filinionfilinion 何度も言ってるんだけど、人数が不明だ、っていうなら

「多数の方の」とか言い換えても良かったわけで。追悼文自体を取りやめる理由にはならない(=本当の理由はたぶん別にある)。

2017/09/01

何度も言ってるんだけど、

根拠ないのに雰囲気で人数を言うな。 まずまいたデマについて反省を述べて撤回しろ

「人数の問題ではない」は根拠のない数字を存置する理由にはならない。

自分達サイドが姿勢を正したうえで人に対応要求しろ

morimori_68 もしオバマさんが「原爆で何十万人も死んだとは思えないので追悼式なんて行かない」とか言ってたらどうなっていたと思うかい? ふむ

2017/09/02 リンク Add Starnaryk (green)pulusha61shig-i

原爆犠牲者は膨らませていないし根拠資料がある。

例えばもし根拠も無く事実と反して「広島犠牲者500万人」とか言い出す広島なら、

それは日本人立場であっても広島のほうを非難する。

オバマが「500万人を掲げてる限りは追悼出来ない」と言ったとしても理解する。それならおかしいのは広島のほう。


わかる?

事実と理性でやってくれと言っている。

膨らませておいて突っ込まれて、被害者ヅラで話を逸らすな。

2017-01-31

客に送る案内状ハンズオン形式ハングオン形式と書いて送ってたことに気付いた

というか毎回前回のメールコピペして送ってたんで2年くらいハングオン形式セミナーを案内してた事になる。

まあよくあることだわ。

2016-11-22

年賀状

年賀状毎年書く。今年はイモ判作って年賀状こさえようとおもって。イモ判ていうのはイモを彫刻して判子にすることです。それで公民館にイモ判の講師が来てイモ判をおしえてくれるっていうから行ってきた今夜。まあ案内状にはイモを一個持ってきてくださいねってあったんだけど何かなんとなくいちおう2個イモをもってった。それで机の上に2個ならべておいたらイモ判の講師

「え何やってんですかやめてくださいよ。あなたみたいな素人の分際で2個のイモを用意してくるとか何考えているんですか。そうやって2個のイモを持ってくるとね2個目のイモをあてにして1個目のイモなんて失敗してもいいやって気持ちが生まれるでしょう。イモ削るたび失敗するかも成功するかもとか思ってどうするんですか。たった一個のイモでちゃんとつくろうと思いなさいよケナガマンモス。」って言われた。

イモはたったの2個だけなのに、そのうち1個をわざわざ講師の前で故意に失敗作にしようと思うなんてありえる? 普通はそんなこと思わない。でも結果的に2個イモ用意したってのはつまるところ、無意識適当にやってもいいやっていう気持ちが働いていたんだろうなあ。そこをイモ判の講師は見抜いたのだろうなあ。

こういうことっていろんなことにあてはまる。一瞬一瞬を大事にするっていうのは難しいものだなあ。

2016-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20160610184159

>って言ってるから、そのトリガーになるのは葬式をやったか否かではなくて、死亡通知書の提出だって言ってるのに

え、死亡通知書は最初から相続期限の手続きの期限とは全く関係ないよ。

相続手続きの期限の成立は、法定被相続人が故人の死を知った瞬間だから

何かだいぶ上から目線の書きぶりだけど、民法915条すら知らなかったの?

http://www.katuo-office.jp/category/1508451.html

これは、被相続人の死亡後3ヶ月が過ぎているが、死亡を知ってから3ヶ月以内の事例です。

 

相続放棄は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法915条1項本文)から3ヶ月以内に家庭裁判所に申立てをする必要があります

したがって、被相続人が親で子が相続人場合には、親が死亡したことを知った日から3ヶ月以内に相続放棄をしなければなりません。

(中略)

督促状により初めて被相続人が死亡したことを知っていることから、督促状を受け取った日から3ヶ月以内に手続きをすれば相続放棄は認められます



上で挙げた例のうち、仮にこの被相続人葬式に出席していたとしたら、被相続人が故人の死を知らなかったとは絶対にみなされないから、

それだけに葬式もっと言えば葬式案内状を出すこと)が事実認定に非常に重要意味がある。慣習としてね。これは裁判手続き上と言い換えてもいい。

というか、第三者が登場するときとかに重要。例えば、借金取りが故人が死んでからすぐに借金取り立ての手続きはいらないのは、

すぐに手続きに入ると故人の死を知らなかった被相続人に故人の死を知られるばかりか相続放棄されるリスクがあるから。上の督促状がまさにそのパターン

から遺産相続で揉めそうな事情アリ家庭の場合は、配達証明内容証明をつけて法定被相続人になりうる人たち全員に案内状を送る。

こちとら司法書士事務所で勤めてるから、たまにそういう家庭にも出くわすよ。勉強になってよかったね。

2016-02-29

牛丼屋で『傘寿』の読み方を尋ねる男性


雨が降るなか、腹が減ったので近所にある牛丼屋へ行った。その辺によくあるチェーン店牛丼屋。

夕方5時という微妙時間帯のおかげで客は自分ひとり。

カウンター席で値段350円の牛丼が運ばれてくるのをぼんやり待っていると、高齢男性がひとり入店してきた。その男性は店員に「こんにちわ」と声をかけ、店員もくだけた感じで「いらっしゃい」と男性を迎える。男性はどうやらこの店で顔なじみの客のようだ。男性は発券機で食事を注文したあと、私の真隣に腰を掛けた。そして「今日寒いなあ」などとカウンター越しに店員と会話しながら、おもむろに懐から1枚のはがきを取り出す。

男性)「この漢字の読み方が分からなくて。88歳はべいじゅだが、80歳は何て読むんだ」

店員A)「同窓会案内状?確かに88歳はべいじゅですね...80歳は...なんだろう」

店員B)「わかんないですね」

男性)「朝にもここで聞いてみたんだが、結局わからなかった」

店員A)「ちょっと待ってくださいねスマホで調べてみます

店員Aがひとりバックヤードへと駆けていった。厨房料理をするのにスマホ携帯していない。もう一方で残された店員Bは「漢字って本当に難しいですよね」「同窓会ですか?そういうのって良いですよね」などと男性と会話している。私はお祝いで80歳をなんと呼ぶのか知らなかったし、会話に参加することな牛丼を食べなが成り行きを伺った。そして男性が先ほど述べた「朝にもここで聞いてみた」という言葉が気になっていた。それはつまり男性がひとり暮らしで、朝晩の食事チェーン店牛丼屋で済ませており、1日のうちで他人と会話する(漢字の読み方を質問する)チャンスがこの場所に限られている事を示していたからだ。そうではないかもしれないけれど、その可能性は高いと思われた。

そう時間が経たないうちに店員Aが戻り、男性に「さんじゅって呼ぶそうですよ」と教えた(そうなんだなあ)。男性もそうかそうかと納得したようで、次にはがきに書いてある同窓会についての話で花を咲かし始めた。年齢の話になると店員に「おとうさん80歳だったんですか?もっと若いかと思ってました。全然80歳にみえないですよ」と褒められ、なんだか照れくさそうに口ごもったりする。同窓会幹事を「あの馬鹿が」と罵ってみたり、離れた出身地まで戻らねばならないのを「めんどくさい」とこぼしてみたり、店員たちと会話する表情はなんとも楽しそうである

正直に言うと私には男性が80歳かそれ以上に見えた。背中もかなり曲がっていて、格好もヨレヨレな感じであるしか店員に「80歳に見えない」と褒められ、楽し気に出生地同窓会についての話をする男性の姿はすこしだけ若返って見えたかもしれない。男性生活には、会話というものがどれだけ存在しないのだろうか。ひとりで生活している人間は、どこに他人との会話も求めて出かけていくのだろう。男性場合は近所の牛丼屋だった。

2016-01-24

絵を描くヒト

幼いころから、絵を描くのが「得意」だった。

美術に携わる家系に育ったという経緯が一番影響したのだと思う。夏休みの宿題で出す絵は大体入賞したし、それが当たり前だと思っていた。「私は画家の子。絵がうまい子」という優越感は必ずどこかにあった。

でも、どこか親の仕事への反抗的気持ちもあって、小中学校のころはスポーツに励んでいた。親はそれについて何も言わず、ただひたすら私を見守ってくれた。

転機は高校1年生の冬。私は、中学生の時に無理がたたって膝を壊した。スポーツはもうできない。だから、だらだら帰宅部をしていたんだけど、美術先生おもしろい人で、私はその人に惹かれて、誘われるままにふらふらと美術部へ入った。

私の学校進学校だったんだけど、なぜか美術部が強かった。みんな、美術に対して真摯で、一生懸命で、今思えば私は本当に良い環境の中で美術を始めることがあった。元々の素養もあったし、あっという間にメンバーよりうまくなるのだと固く信じていた。

2年生の秋、私の優越は打ち砕かれた。初めてコンクールに出した私の絵は優秀賞ではあったけれど、全国大会にも、ブロック大会にもだしてはもらえなかった。学校の中で二人までしか上位大会に行けない、という縛りがあったからだ。

全国大会には私が心の中で密かに馬鹿にしていた、A子の堅実で真面目な絵が選ばれた。ブロック大会には、B子の彫刻が、珍しいからという理由で選ばれた。

作品評価の際に、審査員先生に「君の絵は、金縁にかざっても堂々として栄える作品だけれど、どこか鼻につく」と、言われたのをよく覚えている。きっと、私の心の中の優越感が、絵ににじみ出てしまっていたんだと思う。

こうして、私のデビュー戦は屈辱の中で終わった。親にその話はしなかったし、絵も見せなかった。親も、その話をとりたてて聞こうとしなかった。

その後、B子は美術塾のある地区学校へ転校した。私は、A子と競うようにたくさんの絵を描いた。A子は努力家で、本当にどんどんうまくなっていった。その隣にいるのも誇らしかった。

本当に楽しい時期だった。自分の、才能のある分野で、才能のある友人と競い合うことに、私は心から充足を感じた。

最後コンクールで、私は花を持つ女の人の絵を描いた。本当に渾身のできで、私は思わず父に感想を求めた。

父は「去年の絵を実は密かに見たが、あっちがよかった。今年は、審査員受けする絵を描いている感じがする。お前の絵じゃないな」とぽつりと言った。

その言葉で、私の絵は「万人受けする絵になりつつある」ことにようやく気付いた。そして、私に影響を多大に及ぼしていた画家によく似た作品であることにも、気がついた。

その作品は、もはや「私の作品」ではなく、「褒めてもらうためのそれっぽい美術」だった。承認欲を満たすためのプロセスだった。それは、私の技術の拙さからくる甘えでもあった。

そして、私の家族の人たちが命がけでやっている「美術」とは明らかに違った。

どこかにあるものでは、美術は成り立たない。自分の明確な美を表現しなければ、美術ではない。それを、一番良く知っているのは親の背中を見てきた自分だった。

私は結局、その一言スランプに陥った。そして、美大の進学を取りやめ、逃げるように総合大学へ進学した。美術に関わらず、ギタ-を弾き、ツテを訪ねて海外をいろいろまわった。自暴自棄に近い学生生活を送った。

私の人生は派手だ。いつも楽しい。賑やかで何でもできる人だと言われる。でも、美術ほど、のめり込めるものに、出会ってははいない。

そして今、私は社会人で、やっと筆をとっている。美術大会に出すとか、そんな大仰なものじゃなくて、会社イメージキャラクターデザインしたり、友達結婚式案内状制作したり、塾の先生をやっている友達の教材に挿絵を描いたりしている。もちろん、対価はもらっていない。あったとしてもせいぜいお菓子類だ。

絵を描くたびに、確かにほろ苦い気持ちになる。

結局、私は求められないと絵を描かない。褒めてもらうためにしか、絵が描けない。

だけど、色を重ねるたびに喜びが溢れる。逃げずに、もっと向き合っていればよかったな、と思わずはいられない。あの時、なにくそ、と思って、描き続ければ、また違う未来が待っていたのかもしれない。

もしも、の話を思いながら、私は休日ごとに絵を描き続けるんだろう。私は所詮、絵の得意な人間しかないのだ。

2014-03-21

今日はオヒガンなので、墓参りに行きお寺にもアイサツした。この場合のアイサツというのは、言語コミュニケーションだけでなく金品の受け渡しを伴うものである。そのことに不快感を覚える人もいるだろうが、アイサツはとても重要古事記にもそう書いてある。アイサツを行わないことはスゴイシツレイに当たり、ムラハチにされても文句は言えない。

というわけでおれはお寺の受付に法要会の案内状と幾許かの現金の入った封筒を渡し、返礼として「粗品」と書かれたA4ほどの大きさのビニール袋を受け取った。

その中身は、いつもなら、ブディズム関連の小さなパンフレットと数片のヒガシ・ウエファーに決まっている。ところが今回は、それに加えて銀色防災アルミシートが入っていた。敷いたりかぶったりして使うやつ。それなりの保温性があるのだろうが、その分厚みもあり、かさばる。

これはもしかして災害時に防災シートをかぶって念仏を唱えれば極楽に行けるという意味であろうか。なんだかブラックで、実にマッポーの世の壊滅的アトモスフィアを表す1エピソードオーであることだなあ。

 
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